ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

IAEA

「原発レース」の行方は

 福島原発事故の教訓と原発の安全性強化などを話し合う国際原子力機関(IAEA)主催の閣僚級会合は20日、5日間の日程でウィーンで開幕した。
 天野之弥事務局長は午後の記者会見で、「原発の安全性に関するIAEAの条約を改正する意向はないか」との質問に対し、「条約改正や憲章の修正には時間がかかる。われわれは長い外交交渉をする時間がない」と指摘し、現条約内で安全性の強化を迅速に実施する考えを表明した。
 換言すれば、福島原発事故の結果、原発一般に対し、その安全性に不安を感じる人々が増えている。長々と外交交渉をしている時ではない。現代風にいえば、「アクションの時だ」という表現になるだろう。
 一方、脱原発派は福島原発事故の発生を“神の声”と受け取り、「この時を逃がしてはならない」といわんばかりに攻勢をかけている。イタリアで12日、13日の両日、原発再開を問う国民投票が実施され、投票有効に不可欠の投票率50%をクリアした上、原発反対が約94%を獲得した。
 欧州の主要原発国ドイツでは先月30日、与党キリスト教民主・社会同盟と自由民主党が2022年までに脱原発を決定したばかりだ。同国の17基の原発のうち、安全点検中の7基と操業中止の1基を廃炉し、残りは遅くとも22年までに脱原発する。福島原発事故後、南西部バーデン・ビュルテンベルク州で同国初の「緑の党」出身の州首相が誕生したばかりだ。また、スイスも34年までに脱原発を決定している。
 脱原発派も原発派も福島原発事故後、休む暇もなく東奔西走している。IAEAや原発支持派(ロビイストも含む)には、「原発を恐れる国際社会を安心させるためには一刻も早く対策を決定し、世界に送信しなければ大変な事態になってしまう」という危機感がある。一方、脱原発派は「時間が経過すれば、人々は福島原発事故を忘れてしまう」というわけで、「今はがむしゃらに走る時だ」という信念で固まっている。原発問題で立場は異なるが、双方は「今は考えている時ではない」という点で一致しているわけだ。
 少し、皮肉を込めていえば、国のエネルギー問題という重要問題に対し、脱原発派も原発派も「時間がない」と考え、100メートル競争のように走り出したわけだ。
 放射能の汚染対策は迅速に解決しなければならないことはいうまでもない。早急なアクションが必要だ。一方、「原発の安全性強化」問題は加盟国の利害も絡み、簡単ではない。同時に、代替エネルギーの実用化までにどのようにエネルギー供給源を確保するかなど、時間をかけ、専門家の意見を聞き、構築していかなければならないテーマだ。
 しかし、国際社会は原発派にも脱原発派にも「考える時間」を与えようとしていない。「事故への早急な対応」と「未来のエネルギー問題」をごちゃごちゃにして発破をかけているだけだ。
 原発支持派も脱原発派も一度、止まって、「なぜ、走るのか」を冷静に考えてみたらどうだろうか。

日本の共同提案国入りが遅れた訳

 国際原子力機関(IAEA)の6月定例理事会の争点は対シリア決議案だった。シリアの核関連活動がIAEAとの間で締結された核保障措置協定の義務違反に該当するとして欧米理事国が中心となって国連安保理に付託する決議案が作成された。その決議案(6月7日提出)には13カ国が共同提案国となっていた。オーストラリア、ベルギー、カナダ、チェコ、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、韓国、オランダ、ポルトガル、英国、米国だ。しかし、日本は入っていなかったのだ。
 日本は対シリア決議案の共同提案国入りを避けたのだろうか。そこで関係者に聞くことにした。
 先ず、IAEA担当のGlyn Townsend Davies米大使に尋ねた。同大使は当方の質問を笑いながら、「君、日本人外交官に聞くべきだよ。一般的には、日本外交は強硬姿勢を嫌う傾向があるがね。しかし、事務局に問い合わせて確認すべきだよ」。内政干渉と誤解される言質を与えまいとして、米大使は慎重に言葉を選んだ。
 そこで米大使のアドバイスに従い、次は在ウィーン国際機関日本政府代表部の中根猛全権大使に聞くことにした。
 穏健な中根大使は、「最初の決議案が作成された段階で日本は共同提案国ではなかったことは事実だ。外務省の承諾待ちだったからだ。しかし、日本は今(9日の段階)、決議案の共同提案国となっているよ」という。すなわち、東京の外務省の承諾を得て日本も共同提案国入りしたというのだ(これで共同提案国は14カ国となった)。
 中根大使の答えを聞いて当方の胸のつかえは取れた。日本が対シリア決議案に同調しないとは考えられないからだ。日本が対シリア決議案の共同提案国入りを避けていたならば、それこそ大きな問題となったはずだ。
 日本も共同提案国となった対シリア決議案は9日午後、理事国の過半数の支持を得て採択された。これで一件落着だが、まだしっくりとしないことがあった。決議案は会合の場でインスタントに作成されたものではない。理事会開催前に関係国が慎重に話し合ったはずだ。それなのにどうして日本が他の共同提案国より遅れたのか。アジアからは韓国が最初の決議案の段階で共同提案国入りしていた。日本は共同提案国入りが一日遅れたのだ。共同提案国入りに拘るわけではないが、日本外交はどうして決断するのに他国よりも長い時間がかるのだろうか。
 福島原発事故の対応でも情報伝達が遅く、決断と指導力が乏しいと海外から非難を受けたばかりだ。日本外交の意思決定メカニズムが官僚主義的で柔軟性に欠如しているからではないか。そのように思えてくるのだ。

北の核問題でお手上げのIAEA

 国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は6日午前、冒頭声明の中で北朝鮮との間で締結されたセーフガード(核査察協定)の履行状況について報告した。以下は、冒頭声明文の中の北朝鮮核問題についての発言内容だ。

 「IAEAは2009年4月以来、北で査察関連活動を実施できなくなった。北の核計画は北東アジア地域を越え、深刻な懸念事項だ。北で新たに濃縮関連施設と軽水炉建設に関する昨年の報告は懸念を与える。
 前回の理事会と総会で主張したが、私は北朝鮮に国連安保理決議と核拡散防止条約(NPT)の完全履行を要求し、包括的な核査察協定の内容を完全に、効果的に履行するため、IAEAと協調して、IAEA不在によって生じた未解決問題を解決するように求める。
 私は再度、北側に総会と安保理決議の完全履行を要求する。また、北の核問題の検証でIAEAが主要な役割を果たすことを願う。私は9月理事会と総会までに北でのこれまでの検証活動の包括的報告書を提出する予定だ」

 天野事務局長の発言には新しい内容はない。仕方がない。査察検証が出来ないからだ。IAEA査察局で北朝鮮担当のマルコ・マルゾ・アジア部長などはもうお手上げといった風情だ。理事会に参加していた同部長に声をかけてみた。以下は、その返答だ。

 IAEA査察局アジア担当のマルゾ部長に聞く

 ――北朝鮮が第3日目の核実験を行う兆候が見られる。今回はウラン核実験の可能性が高いが、IAEAはどのように見ているか。

 「IAEAは北の核関連活動に関する情報がないから、何もいえない」

 ――駐オーストリアの北朝鮮IAEA担当官と接触はないのか。

 「北とはまったく人的交流がない」

 ――IAEAから関係改善のイニシャチブは考えていないのか。

 「イニシャチブがあるとすれば、天野事務局長から来るものだが、今のところ、何も聞いていない」

 ――IAEAは現時点では北の核問題ではまったく何もできないというわけか。

 「その通りだ。IAEAは北の核関連情報がゼロだからね」

天野事務局長の「再選」に赤信号?

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長(64)は当然2013年の再選に出馬する考えだが、ここにきて「天野事務局長が再選できない場合」というシナリオが欧米の外交筋で囁かれ出しているのだ。
 国連専門機関のトップの任期は最大2期(1期4年間)、8年間だ。だから天野氏は17年までIAEA事務局長ポストを維持できるわけだ(エルバラダイ前事務局長の12年間、ブリクス元事務局長の16年間は例外)。
 ところが、「天野氏の再選」を快く思わない加盟国が増えてきているという。この傾向が今後も続けば、「天野氏の再選は難しくなる」と予想されだしたのだ。
 天野氏が当選した2009年7月理事会の投票結果を思い出して欲しい。最有力候補だった天野氏の支持票が当選ライン(有効投票の3分の2)に届かなかった。理事国35カ国の場合、当選するためには24票の支持国が必要だが、通算5回の投票で23票止り。当選に1票足りない状況が続いた。そして6回目の信任投票でも支持票は23カ国と変わらなかったが、反対票を投じてきた理事国12国の1国が突然、棄権に回ったため、天野氏は有効投票34票の3分の2の当選ラインを突破できた経緯がある。すなわち、天野氏は理事国の圧倒的な支持を得て事務局長に就任したわけではないのだ。
 だから、再選を果たすためには加盟国の支持拡大が不可欠だが、最初の任期の1年半が過ぎ、「加盟国で天野氏の再選不支持」が広がってきたというのだ。それが事実とすれば、「天野氏の再選に赤信号」が点されたことになる。
 IAEA事務局長に就任した直後、天野氏は「静かな事務局長」(extraordinarily quiet)といわれた。そして昨年12月、内部告発サイト「ウィキリークス」が米外交公電を公表し、そこで「天野氏はIAEA担当米大使に対し、人事からイラン核問題まで重要事項では米の主張を支持すると伝達した」というのだ。
 実際、IAEA担当のソルタニエ・イラン大使は「天野氏は優秀な外交官だが、日本政府の外交政策には満足できない。原爆被爆国にもかかわらず、核軍縮問題で努力が足りない上、米国の核拡散防止条約(NPT)違反に対しては沈黙してきた」と指摘、米国追従姿勢に懸念を表明している。
 そして今年3月、福島原発事故が発生した。加盟国の中には「日本人事務局長に福島原発事故の完全解明は期待できない」といった不信の声が挙がってきた。
 そこで「天野氏が再選されない場合」というシナリオが次第に現実味を帯びてきたというわけだ。
 欧米外交筋が語ったシナリオの一部を紹介する。IAEAと同じウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)の次期事務局長はアジア地域の番だ。中国は世界保健機関(WHO)のトップの座を押えている。韓国は国連事務総長を抱えている。日本の場合、IAEA事務局長を有しているが、天野氏が再選できない場合、「UNIDOトップを最大分担金を負担する日本から選出する」というのだ(もちろん、天野氏の再選が確実の場合、UNIDOトップは他のアジア諸国から選出する)。
 多くの課題を抱え、超多忙な天野氏には自身の再選についてゆっくりと考える時間がないだろうが、再選を確実にするためには不支持国の信頼獲得が急務だ。
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