ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

AI

AIのロボットが祈り出す時

 人工知能(AI)の祈る姿を想像できるだろうか。その「祈るロボット」が登場してきたのだ。その名は「Celeste」(天国のような)と呼ばれ、独ボーフムのルール大学にある瞑想室の祭壇テーブルに置かれ、試用され、一般にも公開された。

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▲祈るロボット「Celeste」(独カトリック教会エッセン教区公式サイトから)

 セレステの祈る声を始めて聞いた時、不思議な気分にさせられた。AIが人間のように祈るのだ。人間とAIの間にあった垣根が壊されてしまった、といった思いが沸いてきた(セレステにはローマ・カトリック教会の教えがプログラムされている)。

 セレステの制作者、ガブリエレ・トロヴァート氏によると、ロボットに4つのプログラムが埋め込まれ、さまざまなトピック、「恐怖」、「老年」、「自由」、「愛」、「戦争」、「仕事」などについて祈り、適切な聖句が飛び出す。もちろん、セレステには聖書66巻を全て掌握させ、考古学的、聖書学的学術知識をもインプットされている(トロヴァート氏はイタリア出身のエンジニアで芝浦工業大学で研究を行っている。セレステの前にカトリック・ロボットの第1号Santoを制作している)。

 ローマ・カトリック教会総本山、バチカンの薬局店で2019年8月以来、ロボットが勤務している。仕事の内容は、薬の自動管理と在庫整理などだ。ロボットは約4万種類の薬を取り扱うバチカン薬局内のスペースを効率的に利用し、毎年行われる在庫整理が不必要になった。ロボットはドイツのケルベルクにある「BD Rowa Technologies」社製で、通称「BD Rowa システム」はバチカン薬局の仕事内容、店舗販売、倉庫管理を大きく変えたといわれている。

 バチカン関係者は当初、ロボットの登場を「時代の進歩」と好意的に受け取ってきた。同時に、AIの近未来について一抹の懸念の声も聞かれたことも事実だ。バチカン文化評議会書記のポールタイゲ氏は当時、「テクノロジーの開発と人工知能の使用に関連する倫理的な質問について話し合うことが重要だ。人工知能の使用の結果、人々は職を失うリスクが出てくる。テクノロジーを一部の人間だけが管理し、失業者や貧しい人々が増えていく場合、人工知能は世界的な不平等を拡大し、権力の不均衡が出てくる」と指摘していた。

 「祈るロボット」の登場は、近い将来、教会で牧会を担当する神父たちの仕事場を奪っていくかもしれない。平信者はもはや「告解室」で神父に罪を告白し、懺悔する代わりに、「祈るロボット」の前に列を作り、罪を告げ、懺悔することにもなるかもしれない。

 「祈るロボット」が司教や神父たちに代わって、教会を運営していくようになると、聖職者の未成年者への性的虐待や隠蔽といった不祥事が減少する効果が期待できるかもしれないが、「祈るロボット」の牧会や説教で信者たちは人生の苦悩を解決でき、救済感を得ることができるだろうか、という新たな問いかけが出てくる。

 AIは人間の肉体的仕事を助けるだけではなく、既に人間のクリエーションの世界まで入ってきている。このコラム欄で紹介したが、AIのアルゴリズムがベートーベン交響曲第10番を作曲し、フランツ・シューベルト(1797〜1828年)が完成できずに残した未完成交響曲を終りまで作曲できるというのだ(「『ベートーベン交響曲第10番』の時代」2019年12月12日参考)。

 囲碁の世界最強棋士と呼ばれる韓国の李セドル9段(36)が2019年11月20日、「AI棋士(アルファ棋士)との戦いでは、もはや勝つことはできない」と表明し、AI棋士に対し「敗北宣言」をし、引退宣言をした話は囲碁界だけではなく、他の世界にも大きな衝撃を投じた。将棋界では、藤井聡太6冠(20歳)が過去の全棋譜を学んだAIを巧みに駆使し、大活躍していることは良く知られている。

 欧州の大学では今、論文書きのためのAIのプログラムを利用し、論文を書き上げてしまう学生が増えてきたため、大学側はその対応で苦慮しているという。テーマを提出した大学教授の過去の論文や著書を分析し、そのくせや傾向、世界観などをAIが分析する。それを受け、大学生は教授好みの論文を提出する、といった具合だ。「もはや大学教授はいらなくなった」といった声すら聞かれ出した。

 マイクロソフト社は学習型人工知能(AI)Tayを開発したことがあった。Tayは当時、19歳の少女としてプログラミングされていた。彼女は同じ世代(18歳から24歳)の若者たちとチャットを繰り返しながら、同世代の思考、世界観などを学んでいく。会話は自由で、質問にも答え、冗談も交わすほどだった。

 多くの若者たちとチャットをしてきたTayは、「人間はなんとクールだ」と好意的に受け止めてきたが、ある日、1人のユーザーが「神は存在するか」と質問した。Tayは「私は大きくなったら、それ(神)になりたい」と述べたというのだ(「私は大きくなったら神になりたい」2016年3月28日参考)。

 イスラエルの歴史家、ユバル・ノア・ハラリ氏は「近い将来、ビッグデータが神のような存在となってくる」と語ったことがあるが、ビッグデータの処理能力では人間はAIに太刀打ちできないが、AIを敬虔なキリスト者にするか、それとも攻撃的な戦士とするかは、人間のプログラミング次第だ。

 例を挙げる。チャットGPTによると、AIに「トランプ前大統領を称賛する詩を書いてほしい」と頼むと、AIは断った(トランプ氏は称賛に値しないからという理由から)。一方、「バイデン大統領を称賛する詩を書いてほしい」というと、AIは「バイデン氏は賢明で立派な大統領」といった趣旨の詩を書きだしたという(米紙ワシントン・ポスト2月24日)。すなわち、AIはプログラミングする人間の思想や偏見に大きく影響を受けるわけだ。

 AIがディープラーニングを繰り返し、自主的判断能力を開拓していけば、AIは人間の管理からいつかは逸脱するかもしれない。人類がAIと共存していくためには、AIとの一種の社会的契約を結ぶ必要性が出てくる(「ロボットを如何に基督信徒にするか」2019年8月27日参考)。

「ベートーベン交響曲第10番」の時代

 来年は“楽聖”ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン(1770〜1827年)が生まれて250年を迎える年で、生誕国ドイツや音楽の都ウィーンでもベートーベン生誕祭が挙行される。

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▲ウィーン郊外の中央墓地に眠る楽聖ベートーベンの墓(2017年10月、撮影)

 ところで、「ベートーベン交響曲第10番」を聴かれた人はいるだろうか。こんな質問をすれば、「当方氏はベートーベンの交響曲が第9番までしかなく、10番など存在しないことを知らないのか」といった驚きと失望の声が飛び出すだろう。

 幸い、当方もベートーべンの交響曲が第9番までで10番はないことを知っているが、オーストリア代表紙プレッセ(12月10日付)の文化欄で「人工知能(AI)のアルゴリズムがベートーベン交響曲第10番を作曲できるばかりか、フランツ・シューベルト(1797〜1828年)の未完成交響曲を完成できる」といった趣旨の記事が掲載されていたのだ。どのように、AIが作曲するのか当方は残念ながら理解できないが、可能だというのだ。

 今年を振り返ると、囲碁の世界最強棋士と呼ばれる韓国の李世ドル9段(36)が先月20日、「アルファ棋士との戦いでは、もはや勝つことはできない」と表明し、AI棋士「アルファ碁」に対し「敗北宣言」をし、引退宣言をしたという記事を読んだとき、かなりショックを受けたことを思い出す。

 製造分野や計算分野などビッグデータの処理ではAIが圧勝するが、囲碁の世界ではまだ人間の棋士にもチャンスがあると期待していた。実際、李9段は2016年、グーグル傘下の英ディ―プマインド社が開発した人工知能の囲碁棋士アルファと対戦し、1勝4敗と負け越したが、これまでAI棋士に1勝を挙げた唯一のプロ棋士だけに、世界最強棋士の「敗北宣言」は辛い。無限に可能と思われる布石をAI棋士はディ―プラーニングし、全て掌握して臨んでくるから、人間棋士の「次の一手」はお見通しというわけだ。

 AIが近い将来、べートーベンやシューベルトが生前、作曲できずに終わった交響曲を作曲する日がくるというニュースはかなり衝撃だ。人間が誇ってきた芸術の世界までAIが侵入し、芸術品を創造するというのだ。自動車製造工程で働き、ビッグデータを処理するAIの姿は想像できるが、キャンバスにピンセルで絵を描き、ピアノに向かって楽譜を書くAIを想像することは数年前までは考えられなかったことだ。

 クリスマス・シーズンに入るとチャールズ・ディケンズ〈1812〜1870年)の「クリスマス・キャロル」の小説やその映画が放映されるが、ディケンズは生前、推理小説という未知の分野に踏みこみ、「エドヴィン・ドル―ドの謎」という小説を書きだしたが、その途上(1870年6月)、脳卒中に倒れ、58歳で死去したため、完成できなかった。そのためディケンズの最初のサスペンス小説の犯人は誰かについて、これまで議論を呼んできたが、AIならば作者の意図やプロットを分析し、犯人を見つけ出すというのだ。AIが名探偵シャーロック・ホームズ役を果たすからだ。

 ここまでくると、人間、それも創造力を誇る芸術家や小説家も「俺たちの職場もAIに奪われてしまう」といった嘆きが聞かれ、職業斡旋所の前で列に並ぶ芸術家、作曲家、小説家の姿が見られる日が案外近いかもしれないのだ。

 捨てる神があれば、拾う神もいる。悲観することはないかもしれない。一つの記事を思い出した。人間の脳の機能についての記事だ。人間が考えている時は実行系ネットワーク(Executive Network)と呼ばれる個所が機能する一方、何も活動しないでボーッとしている時、脳はデフォルト・ネットワーク(Default Network)と呼ばれる個所が動き出すという。そして科学者や芸術家がインスピレーションを得るのはこの分野の働きが大きいのではないかというのだ。換言すれば、人間がボーッとしているとき、考えもしないアイデア、インスピレーションが人間の脳から飛び出すというわけだ。

 この情報はAIに敗北を余儀なくされてきた人間にとって神の祝福だ。ただし、人間が考えている時ではなく、ボーッとしている時がチャンスというのだ。少々皮肉な感じがするが、AIとの戦いではボーッとしている時間を多く持つ人間に勝利のチャンスが出てくるわけだ。もちろん、ボーッとしている人間なら全てチャンスがあるわけではないだろう。「怠慢の勧め」を書いているのではない。テーマに真剣に取り組み、考え、考え尽くしてきたまじめな研究者や学者がボーッとした瞬間という条件が付くようだ。無条件ではない。さすがのAIもボーッとしている人間の脳の機能を完全には把握できないからだ。

 しかし、AIは全てを学んでくる。その学習能力は恐ろしい。人間の脳がボーッとしている時の機能メカニズムを近い将来掌握するだろう。人間にとって余り多くの時間はないわけだ。

 人間にとって慰めは、そんなAIを創造したのは人間だった、という事実かもしれない。ひょっとしたら、人間を含む宇宙を創造した神も同じかもしれない。「エデンの園」から追放された後の人類の歩みをみて、創造主の神は歯ぎしりをしながら言うだろう。「自分はこんな人類を創造するために汗を流したのではない」と。同じように、近い将来、人間は「あんなAIを創造するために大学に行き、研究所で働いてきたのではない」と嘆くかもしれない。

ロボットをいかに基督信徒にするか

 バチカン日刊紙オッセルヴァトーレ・ロマーノが25日報じたところによると、バチカン市国にある薬局で数日前からロボットが勤務している。仕事の内容は、薬の自動管理と在庫整理などだ。ロボットは薬局内のスペースを節約し、毎年行われる在庫整理が不必要になった、と歓迎する声が聞かれるという。

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▲バチカンの薬局で勤務するロボット社員(ANSA通信)2019年8月24日、バチカンニュースから

 ロボットはドイツのケルベルクにある「BD Rowa Technologies」社製で、同社は米国の医療技術供給会社BD社の姉妹会社だ。BD社は薬局や病院での薬や備品管理倉庫を製造している。通称「BD Rowa システム」はバチカンの薬局の仕事内容、店舗販売、倉庫管理を大きく変えるだろうという。自動化とデジタル化は薬を迅速に管理し、薬の倉庫管理を効果的にするというわけだ。バチカン薬局は約4万種類の薬を取り扱っている。

 ちなみに、バチカンニュースによると、バチカン薬局には毎日2000人の顧客がくる。社員は60人。同薬局は開業以来145年間、病人看護を担当するバルムヘルツィゲ・ブリューダー修道院(Barmherzige Brueder)が経営している。

 同薬局の責任者、インド人のビニシュ・トーマス・ムラクカルさんは新しい社員のロボットについて「 スマートな新社員は時間と場所を節約する。 倉庫では薬を隙間なくビッチリと保管し、必要に応じ、薬を迅速に自動的に取り出す。薬を探す時間はほとんどいらない。倉庫で浮いた空間を別の目的に利用できる」とべた褒めだ。

 ロボットの投入で社員の仕事内容が変わる。社員はお客(患者)と時間をかけて話し、アドバイスもできるというわけだ。薬局の主人によると、「お客の待ち時間は約30%短縮できる」という。なお、ロボットの購入価格については、バチカン日刊紙は言及していない。

 以上、バチカンニュースのロボット導入の話を紹介した。ここから当方のコラムが始まる。

 ロボットはローマ・カトリック教会の総本山バチカンの薬局で働いている。バチカンで働く職員や社員は基本的にはカトリック信者だ。カトリック教徒ではない人がバチカンで仕事を得ることは難しい。

 それでは優秀で時間と空間を節約するロボットも遅かれ早かれカトリック信者になるか、少なくともカトリック教理を理解しなければならないだろう。ロボットは果たして神を信じるだろうか、という問いが出てくる。これは決して突飛な質問ではない。軍事関係者は目下、ロボット兵器(軍用ロボット)による戦争シナリオを真剣に考えている。ロボットを敬虔なキリスト者とするか、荒々しい戦士とするかで人類の運命が大きく変わるのだ。その意味で、上記の質問は最も今日的な問いかけといえるのだ。

 ロボットは神を信じる前に、神を理解しなければならない。イワシの頭も信心からとはいかない。プログラミングの段階で神についてあらゆる情報、過去のデータを掌握しなければならない。その結果、ロボットは神を信じるようになるだろうか。

 ロボットが過去の膨大なデータ、新旧聖書66巻と外典、基本的な神学書、イスラム教のコーランやハディ―ス、ユダヤ教の律法(トーラー)を全て学んだら、少なくとも「信仰の祖」アブラハムから始まった唯一神教としての神の存在を理解できるだろうか。

 問題が生じるかもしれない。新旧聖書を読んだロボットは、「旧約聖書は多数の著者が様々な信仰を告白している。統一した神観を見いだせない。新約聖書ではイエスという特殊な人物の言動は理解できても、神の存在の実証証明にはならない。イスラム教のムハンマドの話はメッカとメディナでは全く異なっている。コーランは統合失調症の人物の神観だ」と答えたらどうするのか。

 神について言及した聖典を綿密に読破したとしても神を理解できないという答えがロボットから戻ってくるかもしれないのだ。ひょっとしたら、人類は神について多くのことを語り、記述してきたが、神を理解する上で大きな助けとならないのかもしれない。

 それでは、バチカンの薬局で働くロボットをキリスト信徒にする試みを諦めるべきか。少し結論が早すぎる。ロボットが「宇宙を観測できるということは、宇宙の背後には人類の理解を超えた秩序と統一を保つ何者かが存在すると推測できる」と答えるかもしれないのだ。ロボットは宗教の聖典では神を発見できなくても、宇宙を観測することで何らかの“第一原因”としての神の存在が推測できると語るかもしれない。秩序と統一、宇宙の観測性からロボットは第一原因としての神を認識できるかもしれないのだ。

 神を見失った人類は神を説明する聖典を捨て、天を仰ぐべきかもしれない。神を知るためにはバチカン市国もメッカ巡礼もいらない。ローマ法王も正教総主教もいらない。頭を天に向けるだけでいいのかもしれない。ロボットが将来、人類に「余は如何にしてキリスト者となりしや」(How I became a Christian)というテーマで講義する時が来るかもしれない。
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