ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

金正日

北、金総書記の“殉教死”を演出

 「『強盛国家建設』のための強行軍の中で溜まった精神的・肉体的過労で急性心筋梗塞を引き起こし、ひどい心臓ショックを併発した」
 上の記事を読む限りでは、金総書記は国の将来を心配し、疲れ切て、最後は心臓発作で亡くなったといった印象を与える。換言すれば、記事は金総書記の殉教死を演出している。
 これは朝鮮国営放送の金正日労働党総書記の死去の第1報だ。朝鮮中央通信社(KCNA)の記事に親しんできた当方などは、「これは異常な報道だ」と直ぐに感じた。指導者の死去報道としては「余りにも詳細であり、細部まで伝えている」からだ。
 当方は「北のニセ情報を見破る『原則』」(2009年6月18日)というコラムの中で、「西側情報機関の知人が『北情報では詳しく書いてある記事を先ず、疑え』と教えてくれた」と書いた。当方は当時、その典型的な実例として、朝日新聞が一面トップで報じた金正恩氏の「極秘訪中記事」を紹介し、「記事内容は非常に詳細だ。情報の発信者は、“相手を信じさせるために”詳細に説明せざるを得なかったからだ。これがニセ情報の宿命だ」と指摘した。
 この「原則」から判断すると、北メデイアの金総書記死去報道も「総書記が国民の生活を心配し、自身の健康を無視して現地視察を繰り返していた末、疲れきって亡くなった」ということを内外に伝えるために詳細に書かざるを得なかったわけだ。
 ちなみに、当方は金総書記が官邸や避暑先の寝室のベットで亡くなったと考えている。しかし、これでは飢餓に苦しむ国民の心を掴むことは難しい。張成沢氏(党行政部長)らの“入れ知恵”もあってあのような稀に文学的な報道記事となったのではないか。
 逆にいえば、金総書記死去、政権を引き継ぐ金正恩氏は民心離反にかなり神経を費やしていること、要は不安を持っていることを示しているわけだ。
 さて、北朝鮮の運命は28歳の青年指導者・金正恩氏の動向に移ってきたが、われわれはその青年の年齢、性質、思考世界をほとんど知らない。
 北当局は党創建65周年の昨年10月10日、「不世出の領導者を迎えたわが民族の幸運」と題した「放送正論」を住民に聴取させたが、それによると、正恩氏は経済・文化だけではなく、歴史と軍事にも精通し、2年間のスイス留学で英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語をマスターし、現在、中国語、日本語、ロシア語を学習中という。また、その天才ぶりは農業分野にも及び、正恩氏が作成した標準肥料表に従った結果、翌年の収穫が「1町歩当たり最高で15トンの稲が収穫された」というのだ。
 しかし、それらの「称賛と美化」が空虚な言葉に過ぎないことは誰もが知っている。1200以上の呼称を受けた金総書記もその一人だった。金総書記は自分を「称賛と美化」する幹部たちを本心では信じていなかったといわれる。
 若い金正恩氏に父親のような“醒めた洞察力”を期待することは無理だろう。その意味で、若い指導者を取り囲む幹部たちの意向が今後、大きな影響力を持ってくることは必至だ。

半旗を掲げるウィーンの北大使館

 部屋から明かりが漏れてこない。3人の婦人たちが中庭を竹箒で掃除する音が微かに外に響いてくるだけだ。

Northkorea-Flag
▲半旗を掲げる北大使館=2011年12月19日、撮影

 金正日労働党総書記が17日、特別列車で現地視察のため移動中、心臓発作で亡くなった。駐オーストリアの北朝鮮大使館(金光燮大使、金正日労働党総書記の義弟)は国家指導者の死去を受け、半旗を掲げていた。雨がいつ降り出してもおかしくない曇り空の中、風がないので半旗は力なく俯いていた。
 海外の北公館でも弔問客を迎える準備があるはずだが、ウィーン14区の大使館の正面玄関はまだ閉ざされていた。
 当地のテレビ局でも19日早朝から「金総書記の死去」をトップで報道していた。金総書記後の後継者・金正恩氏を紹介する一方、日韓が国家安全保障会議を招集し、韓国軍が非常体制を敷いている、といったニュースを繰り返し流していた。
 大使館前の写真掲示板には金総書記の過去視察の様子を伝える写真20枚が貼ってあった。「国民の生活向上のため」というタイトルのもと、金総書記が国民の生活水準の向上にのため努力している、という説明文がそれに付いていた。
 金総書記は2008年、脳卒中で倒れたが、最近は現地視察を後継者の正恩氏を連れて積極的にこなしていた矢先だ。
 69歳の死は“父王”金日成主席より13歳も若い年齢だ。同国国営放送によると、金総書記は「『強盛国家建設』のための強行軍の中でたまった精神的・肉体的過労で急性心筋梗塞を引き起こし、ひどい心臓ショックを併発した」という。金総書記は疲れ切って、最後は心臓発作で亡くなったわけだ。
 ちなみに、金総書記の「死」から「死去報道」まで1日半の時間があったことから、北指導部には緊急会議を招集し、今後の対策を少しは検討する時間があったはずだ。
 主人を失った北大使館は不気味なほど静かだった。嵐の前の静けさか、それとも、当惑と絶望で無気力感に覆われているからだろうか。
 金総書記後の北の動向を予測するためには、「喪明け」まで待たなければならないだろう。

北、李明博韓国政権を切り捨て?

 朝鮮半島の状況が緊迫してきた。北朝鮮の対南批判のトーンが異常なほど高まっているのだ。「平壌指導部に何があったのか」といった疑問が湧いてくる。
 対南批判が金正日労働党総書記の訪中後急速に高まってきたことから、「金総書記の訪中に何か不快な事が生じた」「中国首脳陣が金総書記の要請を断わった」等の情報が流れてくる。
 
 そこで知人の北外交官に単刀直入、聞いてみた。

 ――北朝鮮は異常なほど対南批判、対李明博政権罵倒呼ばわりを繰り返している。何があったのか。金総書記の訪中が成功しなかった腹いせか。

 「金総書記の訪中と今回の対南批判はまったく別問題だ。両者をリンクして考えるべきではない」

 ――それでは何が理由なのか。

 「明確なことは分らない。韓国軍がわが国の指導者の写真をターゲットに射撃訓練を実施しているという。許されない侮辱行為だ。明確な点は、わが国が李明博政権との交渉をもはや願っていないということだ」

 ――すなわち、現政権を見捨て、次期韓国大統領選(来年12月)に影響行使を考えているというわけか。

 「それに近いのではないか」

 ――中国の梁光烈国防相が今月7日、「(北に)冒険はさせない」と北当局に警告を発したという。この発言内容は、北側が何らかの軍事冒険を行う危険性が出てきた、という事を示唆している。

 「わが国が韓国と戦争状況に入ることはない。軍事衝突は双方に何も利益をもたらさないからだ」

 ――北がミサイル発射や3回目の核実験を実施するのではないかと予想されている。

 「核実験は金総書記と軍部の問題だから、何もいえない」

 ――ところで、北朝鮮は潘基文・国連事務総長の再選を支持したという。

 「当然だ。南北間は目下、険悪化しているが、同じ民族だ。わが国は潘基文氏の最初の立候補時にも率先して支持表明してきた」



【短信】ガネム氏、ウィーン入り

 リビア最高指導者カダフィ大佐の腹心の一人、ショクリ・ガネム(Shokri Ghanem)石油相は先月、カダフィ政権に決別し、リビアを出国してチュニジアに逃亡したが、同氏が先日、ローマからウィーン入りしたことが確認された。同氏の滞在目的は不明だが、同氏の息子が経営している会社と関係があるとみられている。リビア消息筋が明らかにした。
 同氏の周辺には数人のガードマンが常時いる。同氏は安保理決議制裁の資金凍結・渡航禁止対象リストには入っていない。

訪中した金総書記の意図は何か

 当方は4日間、ウィーンを留守にしていた。ギリシャに急遽出発する前、当方には2の心配事があった。一つは訪中の北朝鮮最高指導者、金正日労働党総書記の動向だ。ギリシャでもフォローできるが、旅先では少々勝手が違う。知人の北朝鮮外交官にも聞けないし、じっくりと分析する時間を見出せないだろうと考えたからだ。もう一つはウィーン国連の中東記者たちと会えないことだ。彼らは当方の友人であり、中東アラブの詳細な情報を知る上で貴重な情報源だからだ。
 留守中、金総書記は27日、7日間の訪中を終えて帰国した。北京で首脳会談が開催されたこと、北国営の朝鮮中央通信社(KCNA)を通じて、後継者・金正恩氏が訪中していなかったことが確認された。
 当方はこのコラム欄で「金正恩氏の訪中計画はない」と語った北の知人外交官の発言を紹介した(「金正恩氏の訪中計画は聞かない」2011年5月6日)。そして「金総書記、年齢相応の健康維持」(同年5月15日)の中では、「後継プロセスのテンポが緩やかになる」可能性を示唆した同外交官の発言を伝えたばかりだ。
 これまでの情報によると、北外交官の発言内容は正しかったことになる。もちろん、訪中内容はまだ明らかではないから、後日、サプライズがあるかもしれない。
 当方は金総書記の訪中が明らかになった直後、知人の北外交官に金総書記の訪問目的などを聞いた。過去1年間で3回目となる訪中について、知人は「自分も分からない」と繰り返していた。すなわち、かなり正しい情報を知る知人の北外交官も金総書記の訪中とその目的についてはまったく知らされていなかったことになる。とすれば、金総書記の訪中が「突然、決定した可能性」が排除できなくなる。中国当局から招請されていた正恩氏ではなく、父親の金総書記の訪中が短期間で決まったことが考えられるわけだ。それが事実とすれば、どうしてか。
 とにかく、当方は近いうちに知人の北外交官に会い、金総書記の7日間の訪中目的などについて聞くつもりだ。何か分かり次第、読者の皆様に報告したい。
 なお、当方が訪問したギリシャには北朝鮮と深い接触があった北大西洋条約機構(NATO)退位軍人がいた。北は彼を通じてNATO関連の軍事情報を入手していたことを付け足しておく。

「金総書記、年齢相応の健康維持」

 韓国の李明博大統領は北朝鮮の核放棄合意を条件に来年3月にソウルで開催される第2回核安全保障サミットに金正日労働党総書記を招待すると提案したが、北朝鮮側は「考慮にも値しない。バカバカしい」と一蹴。そのため「北は対話から強硬路線に変わった」といった憶測が流れている。
 欧州の北外交筋は、「韓国大統領の提案はわが国の非核化を条件としている。南北間の対話は条件付であってはならない。南の提案を拒否するのは当然だ」と説明する一方、韓国メディアが報じるように、「対話から強硬政策に転換した」という憶測は根拠がないと強調した。
 金正日総書記の警護担当護衛総局の特殊要員が北京に到着し、中国駐在の北大使が中国党要人らと会合したことから、金総書記の後継者、金正恩氏の訪中が差し迫っていると受け取られている。北外交筋は、「誰がそのような情報を流しているのかね。正恩氏の訪中は現時点では考えられない」と述べ、正恩氏の近日中の訪中説を重ねて否定した。
 昨年9月に開催された党人民代表会で後継者に選出された正恩氏が病後の父親・金総書記の職務を急テンポで相続しているという情報については、「正恩氏はまだ若い。重要な事項は依然、金総書記が行っている」と述べ、正恩氏への職務移行が韓国で考えるほど急テンポでは進められていないことを示唆した。金総書記の健康状況につては「70歳を前にした人間としては当然、完全な健康とはいわないが、職務履行に問題はまったくない」と主張した。
 
 
 
【短信】オーストリア、対日支援総額発表
 
 オーストリア日刊紙によれば、同国は今年3月に大震災を受けた日本への支援金が今月11日現在、約550万ユーロに達したという。具体的には、これは16の慈善団体の義援金総額だ。
 そして、「ドイツはわが国の10倍の人口を有しながら、対日支援金は3倍余りに過ぎない」と指摘、国民1人当たりではオーストリアは大国ドイツ(約1700万ユーロ)より多く支援しているという。感謝
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