ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

最後の世代

独「最後の世代」に大規模な強制捜査

 環境保護運動の過激派グループ「最後の世代」に対し、ドイツで連邦7州、15カ所で24日早朝(現地時間)、強制捜査が入った。ドイツのメディアによると、捜査には約170人の捜査官が参加、「最後の世代」関連事務所などを捜査した。捜査容疑は犯罪組織の結成または支援で、22歳から38歳までの計7人が容疑者として捜査対象となっている。容疑者のうち2人は昨年4月にトリエステ・インゴルシュタット石油パイプラインを妨害しようとした疑いが持たれている。

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▲ベルリンの「最後の世代」の拠点を強制捜査する警察隊(2023年5月24日、ドイチェランドラジオ放送のHPから)

 「最後の世代」の広報担当者、カーラ・ヒンリヒス氏のアパートも家宅捜索された。25人以上の警察官が同広報担当者の部屋に入った時はヒンリヒス氏まだベッドにいた。検察庁によると、強制捜査は多数の刑事告訴に基づいて行われたという。

 「最後の世代」は、ドイツやオーストリアで地球温暖化防止を訴え、美術館、博物館で絵画や展示品にペンキをかけたり、ラッシュアワーの主要道路に座り込み車の通過を防止するなどして、注目されてきた。

 「最後の世代」は5月を「活動月間」としてさまざまな過激な活動を展開し、国民からも批判の声が上がっていた。路上を封鎖する活動家に対し、イライラした自動車運転者らが活動家に殴る蹴るの暴行を加え、路上から暴力的に引きずり出すなどのシーンも出てきた。ポツダム地方裁判所は初めて「最後の世代」を犯罪組織として認めている(「環境保護活動が『殺人事件』になる時」2023年5月12日参考)。

 ドイツの首都ベルリンでは24日夜、「最後の世代」メンバーや支持者数百人が警察の強制捜査に抗議してデモを行った。彼らは、ツイッターを通じてベルリン、ハンブルク、ドレスデン、ハノーバーでのデモを呼びかけた。ベルリン警察によると、約300人のデモ参加者がブランデンブルク門に向かってデモ行進した。「最後の世代」のヒンリヒス広報担当者は、「警察側がわれわれを犯罪者扱いにしたとしても地球温暖化阻止の運動は今後も続けられる」と主張している。

 一方、ドイツのフェーザー内相は警察側の大規模な強制捜査について、「今回の措置は、法の支配を破壊する言動は許されないことを明らかにしたものだ。法の支配で越えてはならない一線は非常に明確だ。合法的な抗議活動とはいえ、他者の権利を侵害するなどの犯罪行為は許されない。このレッドラインを越えた場合、警察は行動しなければならない」と説明した。そして「最後の世代」の道路封鎖について、フェーザー内相は、「『最後の世代』のメンバーたちは彼らの行動が犯罪であることについて全く理解していない」と強調した。

 ショルツ独連立政権下の経済相(副首相兼任)を務める「緑の党」のロベルト・ハベック氏は今月2日、「民主主義の社会では政治運動は幅広い多数派を生み出すべきだ。『最後の世代』の活動家には敬意を持っている。彼らは未来に対して恐れている。ただ、国民から批判を受ける活動は政治的には間違っている」と強調し、環境保護グループの過激な活動に対して距離を置く発言をしている。

 なお、警察、検察当局の強制捜査について、他の環境保護グループは批判している。例えば、「エンデ・ゲレンデ」(Ende Gelande)はツイッターで、「強制捜査を受けたのは気候危機を警告する人々で、それに本来責任を負うべき政治家や企業ではなかった」と非難。同じように、グリーンピース理事のマーティン・カイザー氏は、「警察側の行為は完全に不釣り合いだ。地球温暖化を懸念し、気候保護のために活動する人々が犯罪者にされている」と指摘する、といった具合だ。

 警察側の説明では、容疑者は「最後の世代」の犯罪行為の資金を提供するために募金キャンペーンを組織し、少なくとも140万ユーロを集めたという。その金がどこから来たかが捜査対象となっている。警察側は押収額については明らかにしていない。

 捜索は7つの連邦州、具体的にはヘッセン州のフルダ地区、ハンブルク、ザクセン=アンハルト州(マクデブルク)、ザクセン州(ドレスデン)、バイエルン州(アウクスブルクとミュンヘン)、ベルリン、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州のゼーゲベルク地区で行われた。初期情報によると、強制捜査は平和的に行われ、「最後の世代」のウェブサイトは押収され、検察の命令により閉鎖された。

 捜査はバイエルン州過激主義・テロ対策中央局が中心に行っているが、ミュンヘン検察庁の報道官は、「『最後の世代』が過激派やテロリストとして分類されていることを意味するものではない。現在の捜査状況によれば、『最後の世代』はテロ組織ではなく、犯罪組織と推定している」という。

 「最後の世代」(ラスト・ジェネレーション)という名称は、「私たちは気候変動の影響を感じた最初の世代であり、それに対して何かが出来る最後の世代だ」と述べた バラク・オバマ元米大統領の2014年9月23日のツイートからとったもの。「最後の世代」は2021年にドイツとオーストリアで創設され、昨年初頭から活動を開始している。

 いずれにしても、「最後の世代」は警察・検察当局の大規模な強制捜査に反発しているだけに、今後の活動に目を離せない。「最後の世代」のメンバーには良し悪しは別として強い終末観がある。「今立ち上がらなければ遅い」といった強迫観念ともいえる。だから、社会から批判され、罵倒されれば、逆にその信念と結束を強め、言動を過激化する傾向が予想されるからだ。

環境保護活動が「殺人事件」になる時

 ドイツでも同じような事があったが、オーストリアの首都ウィーンで10日午前8時頃、環境保護グループ「最後の世代」のメンバーが路上を閉鎖したため、救急車が進行を妨げられ、患者がいる場所に行けず、別の医者が現地で患者をケアしたが、死亡したという出来事が起きた。救急車側の説明では、男性の患者(69)は既に心臓を停止し、医者から心肺蘇生などの応急手当を受けていたという。救急車の到着が遅れたために患者が死亡したというケースではないが、状況は非常に差し迫っていたわけだ。

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▲道路を封鎖する「最後の世代」の活動家たち(「最後の世代」公式サイトから)

 「最後の世代」の活動家たちは、「われわれは救急車が来た場合、即活動を停止し、救急車を通過させるが、救急車が接近しているのを見なかった」という。ただ、デモなどで路上を閉鎖する場合、どの道路をいつ閉鎖するかを事前に救急医療本部に連絡するのが規則だったが、今回は連絡をしなかったという。「最後の世代」側は、「われわれにも落ち度があった」と認めている。警察は道路封鎖に関与した「最後の世代」の9人のメンバーを拘束した。

 10日のような出来事は事前に予測されたことだ。救急車ではなく、家人が急病になったので病院に自家用車で運ぼうとした人が「最後の世代」の道路封鎖のために通過できない、といった事態は十分考えられる。救急車ではないので、「最後の世代」の活動家は分からないから道路に座り、車の通過をボイコットし続けるだろう。病気ではなくても、何か急用で会社や待ち合わせの場所に行かなければならない人もいるだろうし、子供を学校や幼稚園に送る親もいるだろう。運転する人の事情を道路を閉鎖する活動家は分からない。

 路上を閉鎖された運転者が車から飛び出して活動家を掴み、道路脇まで引っ張っているシーンが夜のニュース番組で放映されていた。警察官の到着が遅れていたら、運転者と活動家の間で喧嘩が起きていたかもしれない。

 「最後の世代」についてはこのコラム欄で既に2回、報じてきた。当方は環境保護活動に反対でもないし、気候変動は深刻な問題であるという認識を持っているが、「最後の世代」の活動は考え直すべきだ。

 ドイツの「緑の党」の指導者で、ショルツ連立政権の経済相(副首相兼任)のロベルト・ハベック氏は2日、ハンザ同盟都市ブレーメンのミュージカル劇場で数百人の前で開かれた「緑の党」キャンペーンイベントで、「最後の世代」の活動家の行動について質問を受け、「民主主義の社会では政治運動は幅広い多数派を生み出すべきだ。『最後の世代』の活動家には敬意を持っている。彼らは未来に対して恐れている。ただ、国民から批判を受ける活動は政治的には間違っている」と強調し、環境保護グループの過激な活動に対して距離を置く発言をした。

 「最後の世代」は、「私たちは気候変動の影響を感じた最初の世代であり、それに対して何かをした最後の世代だ」と述べた バラク・オバマ元米大統領(2014年9月23日のツイート)の精神を継承し、環境保護をアピールするために美術館で絵画にペンキを塗ったり、ラッシュアワーに道路を閉鎖するなどの過激な活動を行っているが、環境保護グループの間でもその行動の是非で議論を呼んでいる。オーストリアのネハンマー首相は路上を封鎖する環境ステッカーを「社会の破壊工作員」(Saboteure der Gesellschaft)と酷評しているほどだ。

 道路の不法閉鎖活動で控訴された1人の活動家は罰金の支払いを拒否したために拘留され、期限が経過して釈放された。同活動家はメディアのインタビューに応じ、「今後も活動を続ける。私を止めることは死刑以外にはない」と言い張っている。

 スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさんの「フライデーズ・フォー・フューチャー」では2019年9月、100万人以上が路上で抗議デモをした。それを受け、世界各国で環境保護協定などが施行されてきたが、ここ数年、コロナのパンデミック、そしてウクライナ戦争と大きな問題が生じ、環境保護運動はその陰に隠れてしまった感があった。

 エジプトのシャルム・エル・シェイクで昨年11月6日から開催された国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)でも関係国間の利害の対立があって環境保護の進展は遅々たるものに終わった。「これでは何も改善されない」という危機感が環境保護グループの間に生まれ、「最後の世代」のようなメディア受けする過激な行動を展開するグループが出てきたのかもしれない。

 オーストリア日刊紙クライネ・ツァイトゥングは2023年1月22日、「最後の世代」の運動が宗教的な衝動で動かされている面を指摘している。「彼らは世界の終わりが差し迫っていると信じており、人々に改宗を求めている。歴史的にみて決して新しいことではない。キリスト教とそれによって形成されたヨーロッパの歴史は、世界の終わりとその預言者の歴史でもあった。『地球は燃えている』という叫びは、私たちの文化的記憶に定着している。火と硫黄に沈む様子は、ヨハネの黙示録の世界だ。この地球上の最後の世代であるという考えは、既存の世界の終わりと新しい世界の夜明けを常に期待して生きた最初のクリスチャンの姿だった」と分析している。

 「最後の世代」の活動家を初期キリスト教信者の姿と重ね合わせることには少々無理があるが、「最後の世代」の活動家には世界の終わりといった「終末観」が強く、それゆえに「この世の法など無視しても構わない」といった論理が生まれてくるのだろう。危険だ。
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