ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

国連

「国連の改革」に必要な新たな理念

 ポルトガル出身のアントニオ・グテーレス国連事務総長(71)は今年12月に5年の任期を終えるが、再選のため立候補する意向だ。ポルトガルのコスタ首相は24日、ツイッターで「グテーレス事務総長を次期国連総長の候補者に任命した。事務総長はその自主性、その職務能力、対話へ調停力を有している」と評している。同首相はグテーレス氏の再選出馬への書簡を国連総会議長と国連安保理事会宛てに送付済みだ。

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▲アントニオ・グテーレス国連事務総長(ウィキぺディアから)

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▲ニューヨークにある国連本部(ウィキぺディアから)

 グテーレス事務総長は報道官を通じ、「候補任命に感謝している。その信頼に答えるために全力を投入する覚悟だ」と述べている。グテーレス事務総長は今年初めに国連総会議長に2期の任期を目指す意向を既に伝えている。同氏は2017年初めに第9代目の国連事務総長のポストに就き、今年12月に1期目の任期が終わる。

 国連外交筋によると、グテーレス事務総長を脅かす対抗候補者は目下、出てきていない。国連75年以上の歴史で女性事務総長は誕生していないことから、国連内外で女性事務総長待望論が聞かれるが、女性候補者の名前はまだ上がっていない。

 有力な女性候補者が出てこない限り、現職のグテーレス事務総長の再選は濃厚だろう。ちなみに、ヒラリー・クリントン女史が国連事務総長ポストに立候補するのではないかという噂があるが、安保常任理事国の中国、ロシア両国の支持を得ることは難しいだろう。

 興味深い点は、グテーレス氏は国連事務総長選に初めて立候補する時、ヒラリー・クリントン女史がトランプ氏を破って米大統領選で当選することを期待して立候補を決定した。そして今度は、バイデン氏がトランプ大統領を破って当選するまでは再選出馬の意思表明を控えていたことだ。

 国連事務総長の選出では、安保常任理事国、米、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国の意向が決定的な影響を与える。5カ国の1国でも反対すれば、その候補者の選出は難しくなる。事務総長の選出がどうしても外交の裏舞台で進行するため、加盟国には「事務総長選の透明性」を求める声がある。同時に、前述したように、女性国連事務総長の誕生を求める声が久しく聞かれる。

 国連外交の焦点は、バイデン新政権の国連外交と、国連内の政治的影響力を高めてきた中国の出方に注がれる。“アメリカ・ファースト”のトランプ政権は政権発足後、国連外交には余り関心を払わなかった。それだけではない。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の脱退、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」から離脱などを次々と決めていった。

 グテーレス事務総長は2018年7月、職員宛てに「国連の活動資金が底をつきそうだ」という悲鳴にも似た緊急アピールの書簡を送ったことがある。事務総長によると、加盟国中、期日までに分担金を支払っていない国は81カ国にも及ぶという。それ自体、決して新しいことではないが、未払い国の中に最大分担金拠出国の米国が含まれていたからだ。

 バイデン新政権は脱退、離脱の取り消しに関する大統領令に署名し、国連外交に対しても「米国は戻ってきた」というシグナルを国連関係者に向かって発信してきた。

 問題は、国連内での中国の影響力の拡大だ。トランプ政権の国連離れをよそに、中国共産党政権は国連専門機関のトップポストを掌握するなど、その影響力を拡大してきた。例えば、ウィーンの国連工業開発機関(UNIDO、李勇事務局長)、ジュネーブに本部を置く国際電気通信連合(ITU、趙厚麟事務局長)、そしてローマに本部を置く国連食糧農業機関(FAO、屈冬玉事務局長)のトップは中国人だ(「中国共産党の国連支配を阻止せよ」2019年6月10日参考)。

 国連国別分担率で中国は2019〜21年の通常予算で12・005%となり、日本(8・564%)を抜き第2位だ。米中は国連の分担金で1位、2位となる。両国の相違は、国連離れを見せてきた米国に対し、中国は世界制覇の野望実現のため国連を積極的に利用してきたことだ。

 グテーレス事務総長の再選問題に戻る。同氏は職業外交官だ。調整能力は備えているが、21世紀の国連を世界平和実現に寄与する国連に再生できる能力があるだろうか。グテーレス氏は中国のウイグル民族に対する中国共産党政権の弾圧政策を厳しく批判したことがあったか。法輪功信者への強制臓器摘出問題に対して北京を追及したことがあったか。大国間の利害調整は重要だが、中国の人権蹂躙問題に対する事務総長のスタンスは過去、揺れてきた。

 世界各地で紛争は絶えず、国連の調停能力が問われている。戦後75年以上を経過した国連は基本的な刷新が願われている。国益を守ることが外交とすれば、196カ国の加盟国を抱える国連は196の異なる国益外交の衝突の場となる。対立を調停し、妥協可能な解決策を見出すためには、安保理改革だけではない。国益を超えた明確な理念を提示する必要がある。共生、共栄、共義の世界実現の為の理念だ。例えば、国連の上下2院制だ。

 直径最大200ナノメートル(nm)の新型コロナウイルスは今日、民族、国境、大陸を超え、世界全土でその猛威を振るっている。一方、われわれ人類は民族、国境、大陸の壁を超えることが出来ず、戦い、苦悩してきた。このままの状況が続くならば、人類はウイルスよりも劣る存在となってしまう。民族、国境、そして宗教の壁という地の重力から自らを解放し、飛躍しなければならない。さもなければ、われわれは余りにも惨めな存在で終わってしまうのではないか。

IAEAのもう一つの「顔」

 天野之弥氏が2009年12月、日本人初の国際原子力機関(IAEA)事務局長に就任した後、最初に取り組んだテーマはイランの核問題でも北朝鮮の核問題でもない。開発途上国のがん対策問題だった。
 査察関連情報がトップを飾る事が多かったIAEAのHPもがん対策での放射線療法がトップに紹介されるなど、HPも完全に衣替えをしたほどだった。
 天野事務局長は当時、「がんで死亡する患者数は現在、エイズ、マラリア、結核で死亡した人を合わせたより上回っている。その大部分は開発途上国の国民だ」と指摘している。
 ちなみに、世界保健機関(WHO)によると、がんで死亡した数は2010年、約760万人に達し、1270万人が新たにがん患者となっている。
 全てのがんは今日、早期発見し、必要な治療を受ければ40%は治癒するといわれる。がんはもはや死刑宣告ではない。しかし、開発途上国では「約70%ががん診断の遅れが死亡原因となっている」というのだ。
 IAEAは過去40年間、開発途上国での放射線治療の分野で貢献してきたが、放射線治療が必要な患者でその治療を受けることができる割合は依然、全体の20%に過ぎないのが現実だ。

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▲韓国教育科学技術省の金次官、天野事務局長にPACT支援を 2011年9月のIAEA総会にて=IAEAのHPより 

 IAEAは2004年、「がん療法のための行動計画」(PACT)を設立し、WHOや他の国際機関と連携してがん治療の包括的対策の確立を支援してきた。具体的には、IAEAは115カ国で放射線治療機材を供給し、専門家の訓練を支援してきた。
 IAEAといえば、福島の第1原発事故やイラン・北朝鮮の核問題を扱う国際機関として有名だが、PACTはIAEAの主要課題の一つとなっている。「IAEAのもう一つの顔」といえるかもしれない。
 2月4日はWHOが指定した「世界がんの日」(World Cancer Day)だ。ウィーンのIAEA本部では2日、PACT関連の小展示会が開かれた。

 ここまで書いてきてどうしても指摘しなければならないことを思い出した。
 ウィーンの国連Fビル地下1階には免税店がある。IAEAが管理する店舗だが、国連工業開発機関(UNIDO)や包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)など他の国連機関の職員や外交官、その家族も利用できる。その免税店にたばこが売られているのだ。
 当方は過去、このコラム欄で「国連免税店の危うい存在理由」2008年6月9日、「天野事務局長、『決断』の時です」2010年8月26日、「『たばこ追放』実行できない国連」2011年6月1日)等を書き、天野事務局長にたばこを追放してほしいとお願いしてきた。
 喫煙が肺がんを誘発させる最大原因といわれて久しい。WHOもたばこが健康を害するとして禁煙を奨励している。それなのに、ウィーンの国連内の売店でたばこ類が堂々と職員に売られているのだ。
 PACTでがん対策に貢献する一方、たばこを免税価格で売ってがん患者を増やしている、と揶揄されないためにも、天野事務局長は国連売店からたばこを早急に追放すべきだ。


中国と独の対リビア外交の“ツケ”

 世界第2の経済大国・中国と欧州連合(EU)の盟主ドイツの共通点は何か、と聞かれればいろいろな答えが可能だが、一つは対リビア外交で「先見の目がなかった」ということかもしれない。
 中国は、英仏の対リビア武装支援を拒否し、国連安保理決議でも反対してきた。その背後には、カダフィ大佐のリビアとの深い経済・外交関係があるからだ。例えば、中国はリビアから全原油輸入の3%を頼っている。その上、リビア国内でインフラ整備から原油開発まで50を超えるプロジェクトを推進してきた経緯があるからだ。
 カダフィ大佐が首都トリポリから離れたというニュースが流れた直後、中国経済産業省の文仲亮・外国貿易局副局長は23日、「リビアの新政府が中国の投資を保護することを求める」という声明を明らかにしている。
 それに先立ち、リビア反体制派関係者は、「カダフィ政権を支持した中国、ロシア、ブラジルは今後、新政権と難しい関係が生じるだろう」と警告を発している。
 一方、メルケル独政権は英仏の対リビア武力支援を拒否するなど、対リビア外交では慎重な姿勢を取ってきた。その背景にには、アフガニスタンに連邦軍を派遣するメルケル政権にとって、対リビア武力行使まで手が回らないこと、カダフィ政権の崩壊を予測していなかったことなどが理由として考えられる。
 ちなみに、メルケル政権の対リビア外交を静観してきたコール元首相は雑誌「国際政治」とのインタビューの中で愛弟子メルケル首相の名前こそ出さなかったが、「ドイツの現外交は明確な方向性に欠ける」と厳しく批判している。
 それに対し、メルケル首相は、「コール元首相の歴史的功績は認めるが、コール首相時代と現代では全ての政治課題が異なる」(南ドイツ新聞)と述べ、即反論している、といった具合だ。
 カダフィ政権の崩壊でもっとも元気のいいのは英国とフランス両国だろう。両国は新政権とリビアの原油資源開発問題について既に話し合いを持っている。中国とドイツ両国は、英仏の外交を見ながら、必死に巻き返し外交を模索しているところだ。


【短信】夏の日の国連の「停電」

wien009 福島原発事故とその結果、日本では「計画停電」が実施されているというが、ウィーンの国連でも今年、既に2回、停電が発生している。しかし、「計画停電」ではない。突然の停電だ。
 2回目の停電は今月3日午前。仕事が始まった直後だ。当方も突然の停電にぶつかってしまった。
 記者室の隣りの印刷事務所は真っ暗だ。職員が廊下に出て、なにやら囁いている。どうやら、国連建物全てが停電だという。
 後で分ったが、会議場のあるMビルでは停電直後、緊急用電力が作動して一部、停電を回避できた。具体的には、「Mビルの25%は緊急用電力でカバーし、4分の3は停電だった」という。
 原因は国連の電気回線が故障したのではなく、国連建物のあるウィーン市22区で何かが生じ、停電中という。道路工事などで電気回線が切れたのではないかという。
 出勤してきたばかりの国連職員はエレベーターが動かないのでオフィスに行けない。もちろん、コンピューターもダメだ。そこで多くの職員は中庭で座って新聞を読んだり、談笑する姿が見られた。
 1時間半後、電気は回復した。
 なお、韓国の朝鮮日報は23日付電子版で、「東京は今月に入ってから3日間を除いて最高気温が30度を超える猛暑が続いたにもかかわらず、電力供給予備率が10%以下となった日は1日もなかった」と指摘、日本国民の節電への努力に脱帽している。当方も同じだ。

「たばこ追放」実行できない国連

 5月31日は世界禁煙デーだった。その日を記念して潘基文国連事務総長がメッセージを発表した。
 ウィーンの国連情報サービス(UNIS)から入手した同声明文によると、潘事務総長は「たばこの消費は中毒性があり、20世紀だけでも1億人がそのために死去した。われわれが何もせずにいれば、今世紀には10億人の人々がその被害を受けるだろう」と警告を発している。
 国連機関の中でも禁煙対策の最前線に立っているのは世界保健機関(WHO)だ。2003年には「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(FCTC)が採択され、これまで170カ国以上が加盟している。UNISによると、「国連の歴史の中でも短期間にこれほどの加盟国が参加した国連関連条約はない」という。
 禁煙を促進するために、たばこ価格の引き上げ、増税、たばこの宣伝縮小、たばこ箱に警告シールを貼るなど、さまざまな処置が取られてきたことは周知の事だ。
 本題に入る。ウィーンは国連都市の一つだ。国際原子力機関(IAEA)、包括的核実験禁止機関(CTBTO)、国連工業開発機関(UNIDO)などの本部、事務所がある。
 その国連の売店(Commissary)でたばこが売られているのだ。関係者によると、「売店(免税店)の売上を支えているのはアルコール類と共にたばこ類だ」という。税抜きだから、たばこ価格は国連外で買うより30%以上安い。喫煙家にとっては大助かりだ。国連売店でたばこを買うことができるのは国連職員だけではなく、外交官からOPEC(石油輸出国機構)などウィーン駐在国際機関関係者だ。
 とまれ、国連事務総長が「No Tobacco」と叫び、たばこ関連疾患から人類を救うために禁煙促進に努力している時だ。世界保健機構(WHO)が禁煙を実現するため条約を作成し、「たばこフリー・イニシャチブ」(TFI)キャンペーンを進めている時だ。にもかかわらず、肝心の国連の売店でたばこが堂々と売られているのだ。
 当方は過去、数回、このテーマでコラムを書いてきた(「国連免税店の危うい存在理由」2008年6月9日参照)。UNIS関係者から売店関係者、売店を管理するIAEA関係者などに「どうしてたばこ販売を止めないのか」と聞いたが、彼らの多くはそのような質問をする当方を薄笑うだけで、明確な返答はなかった。
 禁煙を促進するために国連売店からたばこ類を追放すればいいだけだ。北朝鮮保有の核兵器を解体させるより数段、簡単な課題ではないか。国連がそれすら実行できないとすれば、無能な集団であり、有言不実行な機関といわれても仕方がないだろう。
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