ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

バイデン

教皇「同性婚は神の計画ではない」

 責任者が重大な問題でその是非をはっきりと表明ぜす、美辞麗句で事を曖昧にした場合、遅かれ早かれ問題が生じやすいものだ。世界13億人以上の信者を誇るローマ・カトリック教会の最高指導者、フランシスコ教皇の言動についてだ。そして重大な問題とはここでは同性愛者へのサクラメント、神の祝福を与えるか否かの問題だ。南米出身のフランシスコ教皇は人が良く、嫌われることを恐れる性格も手伝って、同性愛者問題ではこれまでかなり揺れてきた。その教皇がここにきて「同性婚は神の計画ではない」とはっきりと言明し、関連の声明文を発表させたのだ。

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▲バチカン教理省の建物(バチカンニュース公式サイトから)

 バチカン教理省(前身・異端裁判所)は15日、「同性婚者への神の祝福を与えることは出来ない。これは同性愛者への差別でもないし、審判でもない」という内容の声明文を公表した。声明文には教理省長官ルイス・ラダリア枢機卿と次官のジャコモ・モランディ大司教が署名している。

 声明文によると、「教会は同性愛に基づく婚姻に対し、神の祝福を与える権限を有していない。神父は同性愛者のカップルに対し、その婚姻に如何なる宗教的な認知を与えることも禁止される」と述べている。バチカン教理者宛てに提示された疑問に答えたもので、「フランシスコ教皇はその法令を公表することに理解を示した」と付け加えている。

 バチカンニュースによれば、バチカンが同性婚に今回はっきりノーといったのは、同性婚が神の計画ではないこと、サクラメントは神の祝福の価値と真理に基づくもので、教会の聖餐式であり、典礼行為だ。同性愛者へのサクラメントは異性間の婚姻と同等扱いという間違ったシグナルを与える危険があるため、それを排除する必要があったからだという。

 バチカンは過去、同性婚者問題で揺れ動いてきた印象を与えてきたが、実際はフランシスコ教皇が揺れてきたのであって、バチカン教理省ではない。同教皇は過去、多くの脱線発言があった。同性愛問題でも教皇就任の年(2013年)、「同性愛者にああだ、こうだといえる自分ではない」と述べ、同性愛者に対し寛容な姿勢を示した。少なくとも、同性愛を認めない前教皇ベネディクト16世とは明らかに違っていた。

 また、フランシスコ教皇がドキュメンタリー映画で同性愛者同士の事実上の婚姻を容認する発言をし、国際的な論議を呼んだことがある。驚いたバチカンはその直後、「教会の教義に言及したわけではない」として教理の変更を否定する内容の内部通知を各国の司教らに送ったほどだ。

 ちなみに、フランシスコ教皇はバチカン内に同性愛者がいることを認めている。教皇は2013年6月6日、南米・カリブ海諸国修道院団体(CLAR)関係者との会談の中で、「バチカンには聖なる者もいるが、腐敗した人間もいる。同性愛ロビイストたちだ」と述べている(「同性愛者の元バチカン高官の『暴露』」2017年5月11日参考)。

 そしてフランシスコ教皇は2018年12月1日、ローマで発表されたインタビュー集の中で「教会には同性愛者を迎え入れる場所がない」と断言し、「同性愛性向の聖職者は聖職を止めるべきだ」と主張。そのうえで、「現代の社会では同性愛性向が流行している。その影響は教会内まで及んでいる」と警告を発しているほどだ。参考までに、カトリック教会の伝統的な教義では「同性愛は罪」と久しく受け取られてきた。その意味で、フランシスコ教皇の発言は決して新しいものではなく、原点に返ったというべきだろう(「教皇は『同性愛』を容認しているか」2018年12月5日参考)。

 カトリック教義の番人、バチカン教理省が今回、同性婚問題に対する立場を明確にした背景には、現地の教会責任者が同問題で戸惑っていることがあるからだ。ある教会では同性愛者はサクラメントを受け、別の教会では拒否された、といったように一貫性がなく、現場の教会では戸惑いがあったからだろう。そこで教理省は信者たちの質問に答えるという形で見解を明らかにしたわけだ。

 バチカンは婚姻問題では異性間の婚姻、男性と女性の婚姻しか認知していない。ただし、同性愛者への差別や不法な迫害については、「批判してきた」。すなわち、教理上では、異性間の婚姻こそ神の祝福だというバチカンの姿勢は揺れていない。同性愛者への寛容と寛大な姿勢を求める教皇のメッセージが恣意的に誤解され、メディアで「バチカンは同性愛者を認知した」と報道されたことがあった。

 実際、フランシスコ教皇が公表した回勅「 Amoris laetitia」(愛の喜び)では、同性愛者を突き放すのではなく、随伴し、導くことが神のみ心だと記述されている。そのため、教会によってはサクラメントを同性愛者にも与えてきた。回勅「愛の喜び」はフランシスコ教皇が2014年と15年開催された「家庭に関する公会議」の結果をまとめたものだ。

 ところで、フランシスコ教皇は今年3月19日から「第10回世界家庭の集い」(2022年6月26日)がローマで開催されるまで、「家庭」を牧会のキーワードとするという。その「家庭の年」がスタートする前に、同性愛者問題で教会の見解を明らかにするために今回の声明文の公表となったのだろう。

 蛇足ながら、バイデン米大統領はジョン・F・ケネディ大統領(在任1961年1月20日〜63年11月22日)に次いで2人目のカトリック教徒の米大統領だ。バチカンニュースによると、「ケネディは当時、米カトリック教会の全面的支持を得ていたが、バイデン氏の場合、米国社会と同様、教会は二分化している」という。バイデン氏は教会の礼拝に参加し、ロザリオを身に着けている典型的な実践信者だが、中絶問題では個人的には中絶を拒否しているものの、法的に中絶を禁止することに反対してきた。同時に、同性婚でも常に寛容の姿勢を示してきた。そのため、バイデン氏の信仰姿勢を疑う信者たちがいるほどだ(「カトリック信者バイデン氏の『足元』」2020年11月10日参考)。

 バチカン教理省は今回同性婚に対してはっきりとした見解を明らかにした。次はバイデン氏の反応が注目される。バイデン氏が自身の信仰生活に調和をもたらしたいならば、教会から脱会するか、「信仰は政治家のアクセサリー以上のものではない」と割り切って生きていくかの2通りの選択肢しかないだろう。

「米国のネアンデルタール人」の波紋

 ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は歴代教皇初のイラク訪問中で、6日はイラクのイスラム教シーア派の精神的指導者アル・アリ・シスターニー師と会見が予定されている。そこでその会見の意義について少し書こうと考えていた。その時、バイデン米大統領が3日、新型コロナウイルス対策のマスク着義務に反対する保守州の指導者たちに向かって「ネアンデルタール人(原始人)」と呼んだことに対して、保守派から「侮辱だ」という強い反発の声が上がっている、というワシントン発の外電を読んで、コラムのテーマを急遽、「米国のネアンデルタールの人々」に変更した。

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▲保守派州指導者をネアンデルタール人と暴言を発したバイデン大統領(ホワイトハウス公式サイトから)

 フランシスコ教皇とシーア派指導者との会見は、宗派間の融和を模索するものとして注目されているが、米国のマスク着用派とマスク反対派も一種の宗派論争のように見えるからだ。ローマ・カトリック教会とイスラム教シーア派の対話がアブラハムという同じ「信仰の祖」を有しながら難しいように、マスク支持者と反対者の融和もコロナウイルスという共同の敵に対峙しながら、喧々諤々の状況だ。後者の場合、バイデン氏が大統領就任直後に表明してきた「分断した米国」の再統合問題にも関わるテーマだけに重要である。

 大統領選中も自宅の地下室に籠り、外出する時はマスク姿で有権者の前に出るなど、バイデン氏の場合、コロナ禍が発生して以来、一貫してマスク支持者だった。一方、トランプ前大統領はコロナ禍を軽く見ていた傾向があった。その結果というか、自身もメラニア夫人もコロナに感染し、病院の世話になった。退院後はトランプ氏もマスクを着用する機会が増えたが、バイデン氏のようにマスク信奉者ではなかった。

 ところで、バイデン氏からネアンデルタール人呼ばわりされるマスク拒否者は何を考えているのだろうか。中国共産党政権の悪行を暴露し、中国発の新型コロナ感染の脅威を国民に訴える一方、その予防策のマスク着用には消極的というより、強い拒否反応を示す人々だ。

 当方は外交、安保政策では共和党を支持しているが、コロナ対策ではマスク派を支持せざるを得ない。欧州で新型コロナの感染が広がり始めたころ、マスク着用に強く反対する国民がいた。「マスクはアジア人の文化だ」といった文化論争も飛び出した。しかし、新型コロナが欧州全土を席巻し、多数の死者が出てくる段階に入って、マスク反対派は後退していった。極右派と呼ばれる一部の人々だけが頑固にマスクを拒否し続けている。

 マスクは他者に感染させないためのものだ。通常のマスクでは自身の感染防止にはならない。FFP2マスクの場合、自身も他者も感染防止に役立つ。ただし100%感染防止とはならない。コロナワクチンでもその有効性はファイザー・ビオンテック製のワクチンの95%前後が最高だ。100%ではないし、さまざまなウイルス変異種が出てきた今日、その有効性は揺れてきている。

 100%確実ではないから、と言ってマスクの着用を拒否する人はバイデン氏からネアンデルタール人と呼ばれても仕方がないかもしれない。繰り返すが、100%確実なマスクも、ワクチンも現時点ではない。それを理解している人がマスクの着用に反対するのはもはや信念といわざるを得ない。その信念が宗教レベルまで昇華されることによって、マスクの着用云々は宗派間の論争となってしまう。その結果、早期の和解は期待できなくなる。

 バイデン氏は公約の「分断した米国社会の再統合」と叫ぶが、それが難しいことが分かるために、ついつい激怒して「あなたたちはネアンデルタール人だ」と大統領として言ってはならない暴言を吐いてしまったのだろう。

 米国社会の分断問題に言及したついでに、そのテーマについて少し考えたい。米国社会には誰でも夢を実現できるチャンスがある。アメリカン・ドリームを実現した多くの米国人が過去にも現在にもいる。その意味で「機会の平等」(Equality)は米国民主主義の中核であり、米国型資本主義社会の核だ。それに対し、ハリス副大統領ら民主党リベラル派は「機会ではなく、結果の平等だ」(Equity)と主張しているという興味深い記事を読んだ。「結果の平等」となれば、どうしても一部の少数者、特定勢力を恣意的に優先することになり、全体主義的傾向が帯びてくるという論考は大きくは間違っていないが、正論とはいえない。

 前者の「機会の平等」は本来、残念ながら存在しないからだ。人間は生まれた時からさまざまなハンデイを背負って生まれてくる。外貌も経済力も異なった背景で生まれてくるから、人間のスタート・ポジションは平等ではない。だから、政府が関与し、その避けられない不平等を最大限是正するための補助政策などを実施するわけだ。すなわち、100%の「機会の平等」は魅力的なキャッチフレーズだが、実際は幻想であり、100%「結果の平等」を目指したら、その社会は社会主義的全体主義国家になる危険性が出てくる。考えられる唯一の平等は「価値の平等」だが、それは余りにも哲学的だ。

 当方は上記の平等問題では米国の伝統的哲学、世界観、ウィリアム・ジェームズらが提示した実用主義(プラグマティズム)に基づいて考えるべきだと思っている。「機会の平等」を支援する一方、そこから生じる不平等性の是正を実施し、最大限の実証的、実用主義的結果が生まれてくる政策を施行すればいいのではないか。

 例を挙げたい。世界に誇るウィーン・フィルハーモニー管弦楽団もオーストリア人演奏者を優先する不文律がある。実技・筆記試験をすれば日本人、韓国人の演奏家たちがオーストリア人演奏家たちを上回るケースが多いからだ。ウィーン・フィルといいながら、演奏家がアジア系演奏家たちで独占されれば難しくなる。国民の税金が投入されるウィーン・フィルだから、オーストリア人音楽家に一定数の割り当てを与えるわけだ。「機会の平等」でも「結果の平等」でもなく、実用・実際主義的判断が働いている好例だろう。

 マスク派と反マスク派の宗派論争を克服するためには、実用主義的観点から、マスクの効用がコロナ感染の拡大防止に少しでも役立つならば、それを利用すべきだ。共和党と民主党の政策論争ではないので、その論争には敗北者も勝利者もいない。あえていえば、マスクの効用性が勝利者といえる。

 バイデン氏が「分断した米国社会の再統合問題」を真剣に考えるのならば、党派性を撤廃し、共和党の政策が良き結果を生み出すならばそれを取り入れる、といった実用・実際主義的観点から政策を実行すべきだろう。それが出来れば、分断された米国社会の再統合という課題は、フランシスコ教皇がイラク訪問で演出する宗派間の融和より、はるかに実現性が高いはずだ。

バイデン氏の「米国」は戻ってきたか

 バイデン米新大統領は今月19日から開催される欧州最大の外交、防衛問題の国際会議「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)に出席する。会議は対面ではなく、オンラインで行われるが、バイデン氏にとって大統領就任後、最初の国際会議だ。トランプ前米政権でぎくしゃくしていた米国と欧州の関係改善に積極的に乗り出すのではないかと期待されている。

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▲就任演説をするバイデン新大統領(2021年1月20日、 ホワイトハウス公式サイトから)

 主催者側のMSCによると、19日から21日の3日間の日程で開かれる同会議には、欧州連合(EU)のフォン・デア・ライエン委員長、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長、グテーレス国連事務総長、バイデン政権で気候変動対策の大統領特使を担当するジョン・ケリー氏(元国務長官)らの演説が予定されている。

 主要テーマはバイデン新政権と北大西洋同盟諸国との関係改善だ。また地球温暖化対策、新型コロナウイルス問題なども含まれる。新型コロナ感染問題では、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長、 マイクロソフトの共同創業者兼元会長兼顧問のビル・ゲイツ氏がスピーチすることになっている。

 ハイライトはバイデン大統領と欧州の盟主ドイツのメルケル首相との初顔あわせだ。メルケル首相はトランプ前大統領とは良好関係からは程遠く、冷たい同盟関係に終始してきた。移民・難民問題でも壁を建設するトランプ政権に対し、メルケル首相は難民歓迎政策を実施するなど、両者の間には政策でかなり違いがあったからだ。

 それだけではない。駐独米軍の撤退問題から、ドイツとロシアとの間で締結されたロシア産天然ガスのパイプラインの建設問題(「ノルド・ストリーム2」)まで、政策、見解の相違が明らかだった。それだけに、昨年11月の米大統領選で民主党のバイデン氏が当選すると、メルケル首相はいち早くバイデン氏の当選を祝し、「欧州と米国の関係の正常化」へ希望を吐露している。

 それではバイデン氏になって、米独関係、米・北大西洋同盟諸国との関係は急速に改善されるだろうか。バイデン氏は4日、国務省での就任初の外交政策について演説し、その中で駐独米軍の削減計画の凍結を表明している。トランプ前大統領はドイツ駐留の米軍の縮小計画を明らかにしていた。米軍は約3万4500人の兵力をドイツに駐留させてきたが、9500人減らし、2万5000人とするというものだ。トランプ前大統領は昨年6月24日、その一部をポーランドに再配置する意向を明らかにした。

 軍事費の増額や欧州の自力防備の強化を要求するのはトランプ前大統領が初めてではない。米国はジョン・F・ケネディ大統領時代(在任1961〜63年11月)に既に米国はドイツ側に要求してきた。冷戦が終焉した今日、米国が欧州に自力防衛の強化を訴えてきたわけだ。その流れはバイデン氏がホワイトハウス入りしたとしても大きく変わらないだろう。

 ちなみに、トランプ政権下でも駐独米軍の縮小には与党共和党の間にも反対があった。駐独米軍は欧州だけではなく、ロシアや中国の影響が強くなってきた中東、アフリカに対し、米国の戦略上の利益に資する。駐独米軍の規模縮小はロシアへの抑止力を弱め、NATO加盟国が集団安全保障に対する米国のコミットに疑いを持つ契機ともなるからだ。だから、駐独米軍の一部撤退は米国の安全にもかかわる問題だというわけだ。

 なお、バイデン大統領はロシアのプーチン大統領と2月5日に期限切れを迎えた米ロの新戦略兵器削減条約(新START)の5年間延長を決定したばかりだ。

 NATO加盟国は2014年、軍事支出では国内総生産(GDP)比で2%を超えることを目標としたが、それをクリアしているのは現在、米国の3・5%を筆頭に、ギリシャ2・27%、エストニア2・14%、英国2・10%だけで、その他の加盟国は2%以下だ。ドイツの場合、防衛費は年々増加しているが、昨年はGDP比で1・38%に留まっている。バイデン新大統領も前政権と同様、NATOの防衛費の公正な負担を求めるだろう。

 「ノルド・ストリーム2」問題では、メルケル首相は単に米国からだけではなく、与党「キリスト教民主同盟」(CDU)内からも「建設中止はやむ得ない」といった意見が出てきている。ロシアの反体制派活動家ナワリヌイ氏の拘束に抗議して、欧州議会はドイツとロシア間で進めているロシアの天然ガスをドイツまで海底パイプラインで繋ぐ「ノルド・ストリーム2」計画の即時中止を求める決議を賛成多数で採択したが、メルケル首相は「ナワリヌイ氏の問題と『ノルド・ストリーム2』計画とは別問題だ」として、続行する意向を明らかにしている。

 ロシアの天然ガスをバルト海底経由でドイツに運ぶ「ノルド・ストリーム2」の海底パイプライン建設問題で、トランプ前政権は「欧州がロシア産のエネルギーに依存を深めることは欧州全土の安全問題にとって危険だ」として、ドイツ側に計画の見直しを強く要求してきた。

 欧州は昨年12月30日、中国との間で「EU中国投資包括協定」(CAI)に合意した。同協定はEUと中国間の協定だが、中国はドイツがEU議長国である昨年下半期での合意を願ってきた。同協定によると、「中国側は欧州企業の中国市場へのアクセスを改善し、政府補助金に関する情報の透明性を高め、欧州企業の知的財産の中国本土への強制移転といった差別的習慣を撤廃する」という。

 ドイツのシンクタンク、メルカートア中国問題研究所とベルリンのグローバル・パブリック政策研究所(GPPi)は2018年1月5日の時点で、「欧州でのロシアの影響はフェイクニュース止まりだが、中国の場合、急速に発展する国民経済を背景に欧州政治の意思決定機関に直接食い込んできた。中国は欧州の戸を叩くだけではなく、既に入り、EUの政策決定を操作してきた」と警告している。

 ドイツのホルスト・ゼーホーファー内相は昨年7月9日、ドイツの諜報機関、独連邦憲法擁護庁(BfV)の2019年版「連邦憲法擁護報告書」を公表した。388頁に及ぶ報告書の中で、同内相は中国の諜報、情報スパイ活動に対して異例の強い警告を発した。

 BfVの報告書では「習近平国家主席が政権を掌握した2012年11月以後、諜報・情報活動の重要度が高まった」と指摘、習近平主席は情報活動を中国共産党の独裁政権の保持のために活用してきたという。中国はドイツで先端科学技術分野で独自技術を有する中小企業にターゲットを合わせ、企業を買収する一方、さまざまな手段で先端科学情報を有する海外の科学者、学者をオルグしている(「千人計画」)。その目標はロボット技術、宇宙開発など先端分野で中国が超大国となるという習近平国家主席の野望「中国製造2025」戦略(Made in China 2025)の実現だ(「独諜報機関『中国のスパイ活動』警告」2020年7月12日参考)。

 バイデン新大統領は中国共産党政権に対しどのような政策を展開するだろうか。ブリンケン新国務長官は対中政策ではトランプ前政権のそれを継続する意向を表明している。バイデン新大統領は4日、初の外交演説の中で中国を「最も手ごわい競争相手」と評し、人権問題や不法な経済活動に対しては厳しい姿勢で臨むと述べる一方、「米国の国益と一致する限り、中国と協調していく」と主張している。

 看過できない点は、バイデン新政権下で既にトランプ前政権の対中規制政策の一部が削除され、修正されていることだ。例えば、1月26日、中国政府系教育機関「孔子学院」との合意内容を開示するよう米大学などに求める連邦規則の計画を取り下げている。また、海外反体制派中国メディア「大紀元」によると、バイデン政権発足後の1月21日、米国務省のウェブサイトから「中国の脅威」、次世代移動通信網(5G)セキュリティらの問題が主要政策項目(Policy Issues)から取り下げられたというのだ。バイデン政権下では多くの親中派関係者が入り込んでいる(「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」(2020年9月11日参考)。

 米国は北大西洋ではNATO加盟国を中心に、アジアでは日本、オーストラリア、インドと防衛協力を強化しながら中国包囲網を構築していかなければならない。バイデン氏は4日の外交演説の中で「米国は戻ってきた」と宣言し、同盟諸国との協調路線をアピールした。バイデン大統領の「米国」は本当に戻ってきたのか、それともまったく別の方向に行こうとしているのか。その答えを得るためにはもう暫く時間が必要だろう。

バイデン新政権就任早々の「変調」

 ジョー・バイデン氏が第46代米国大統領に就任してまだ1週間も経過していない段階で、バイデン新政権に対し「ああだ、こうだ」と批判することは時期尚早だろうが、前兆というか、懸念される変化が既に見られる。

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▲バイデン新大統領とハリス新副大統領(ホワイトハウス公式サイトから)

 海外反体制派中国メディア「大紀元」によると、バイデン政権発足後の21日、米国務省のウェブサイトから「中国の脅威」、次世代移動通信網(5G)セキュリティらの問題が主要政策項目(Policy Issues)から取り下げられたというのだ。同サイトには、反腐敗、気候と環境保護、新型コロナウイルスなど17項目が掲載されているが、先述した「中国の脅威」や5G項目が削除されているという。その理由は説明されていない。

 好意的に受け取れば、バイデン新政権は国務省のウェブサイトの刷新中なのかもしれないから、具体的な動きが出てくるまでは何も言うべきではないかもしれないが、少々心配だ。大紀元(2021年1月22日)によると、トランプ前政権時代の政策課題から消滅した項目は、「中国の脅威」、5G問題のほか、「イラン・危険な政権」、「ニカラグア・民主主義への回帰」、「ベネズエラ・民主主義危機」等々だ。

 トランプ前大統領がホワイトハウス入りした直後、前政権のオバマ・ケアの否定など、オバマ政権カラーを次々と抹殺していったことを思い出す時、バイデン新政権だけが特別変わっているとはいえない。民主党と共和党が政権交代する米国の政界では当然のことかもしれない。

 蛇足だが、トランプ大統領が就任直後、行ったことはホイトハウスの大統領執務室のカーテンを自身の大好きなカラー(黄金色)に変えたことだ。バイデン新大統領がデスク上の山積する書類に次々と署名(大統領令)している写真が配信されたが、大統領執務室のカーテンは22日現在、まだ変わっていない。バイデン氏が落ち着き、時間が出来れば、カーテンをトランプ・カラーからバイデン・カラーに変える大統領令(?)を発令するかもしれない。そうなれば「新政権のカラー」とメディアで騒がれるだろう。

 本題に戻る。トランプ政権のポンぺオ国務長官は離任直前の19日、中国共産党政権によるウイグル自治区のウイグル族ら少数民族への迫害を「ジェノサイド」(集団虐殺)と認定するなど、任期が終わる直前まで中国共産党政権の脅威をアピールしてきた。その後継者、アントニー・ブリンケン新国務長官(オバマ政権下では国務副長官)は上院承認公聴会でトランプ政権の中国政策に同意すると発言していた。その段階では、トランプ外交からバイデン外交へといった威勢のいい言葉は聞かれなかった。

 バイデン新大統領もブリンケン新国務長官も外交問題の専門家であり、中国共産党政権の実態をよく知っているはずだ。それではバイデン新政権下で国務省ウェブサイトの主要政策項目の変化は何を意味するのだろうか。

 トランプ政権時代の「中国の脅威」が米民主党のバイデン新政権が発足した途端に消滅した、ということはないだろう。それとも、北京の中国共産党政権が何らかの対話のシグナルをワシントンの新政権に向けて発信したのを受けた対応だろうか。

 中国共産党政権がバイデン新政権発足を受け、覇権政策を修正して対話路線に変えたということは聞かない。そのような時、米国務省の主要政策項目から「中国の脅威」を削除することは北京に誤解を与える危険性がある。中国共産党は相手が弱く出れば、必ず強く出てくる。バイデン新政権が中国に対して懐柔政策に出れば、北京は待ってましたといわんばかりにさまざまな工作を展開させてくるはずだ。

 「中国の脅威」だけではない。新政権の対イラン政策も懸念材料だ。バイデン新大統領は就任する前から、トランプ大統領が離脱したイラン核合意に再復帰する意向を表明してきた。バイデン氏は昨年9月の選挙戦でトランプ大統領のイラン核合意からの離脱を「失敗」と断言し、「トランプ大統領がイラン・イスラム革命防衛隊ゴッツ部隊のソレイマニ司令官を暗殺したためにイランが米軍基地を攻撃する原因となった」と述べ、対イラン政策の修正を示唆してきた。

 トランプ前米大統領は2018年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱したが、イラン当局は米国の関心を引くために同国中部のフォルドゥのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げたばかりだ。バイデン氏はイランの核の脅威を軽視してはならないだろう(「米国の『イラン核合意』復帰は慎重に」2020年11月26日参考)。

 バイデン新大統領はトランプ政権の新型コロナ対策が不十分だったと頻繁に批判してきたが、40万人以上の米国人の命を奪った新型コロナが中国武漢発であり、中国政府が感染発生直後、その事実を隠蔽した事実に対しては批判を控えてきた。マスク着用を嫌ったトランプ前大統領は新型コロナの発生源については感染拡大当初からはっきりと中国側を批判してきた。

 バイデン民主政権下には既に親中派が入り込んでいる。同時に、リベラルなメディアには中国資本が入り、情報工作をしている。それだけにバイデン新大統領が明確な対中政策を確立しなければ、中国共産党の懐柔作戦に嵌ってしまう危険性がある。バイデン新政権下の国務省ウェブサイトの主要政策項目から「中国の脅威」が削除されたというニュースはその懸念を裏付ける(「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」2020年9月11日参考)。
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