ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

ハマス

中東紛争と歴史教科書の記述問題

 オーストリアの工業専門学校(HTL)の地理・歴史・政治教育のための教科書の中で、パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスについて、「イスラム派民族抵抗運動」と説明されていることが判明し、文部省関係者も驚いて、教科書の出版社に訂正を要請したという。同国のメトロ新聞ホイテが24日、報じた。

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▲欧州最古の総合大学の一つ、ウィーン大学の正面入口(2023年6月、撮影)

 ハマス関連の記述に気が付いたのは、ウィーンのユダヤ博物館の前所長、ダニエレ・スペラさんだ。彼女の指摘が報じられると、ソーシャル・メディアで大きな反響を呼んだ。ポラシェック文相の広報官によると、「教科書を出版している会社に連絡を取り、ハマス関連個所の訂正文を印刷して学校に送った」という。

 ハマスに関する定義では、イスラエル側はイスラム過激テロ組織と呼んでいる一方、アラブ諸国・イスラム国では一般的には「パレスチナ民族をイスラエルの占領から解放する運動」と受け取っている。国連で「テロ」対策のためにその定義を作成しようとした時、パレスチナ解放機構(PLO)を「テログループ」とするか、「民族解放運動」とするかで喧々諤々の論争が展開されたことがあった。

 オーストリア政府はハマスが10月7日、イスラエルに侵攻して1300人のユダヤ人を殺害した直後から、ハマスを武装テロ組織と呼び、イスラエル軍のガザ地区報復攻撃に対しても全面的にイスラエルを支援、その自衛権を認めてきた。ネハンマー首相自身、ハマスに対する「断固とした行動」を呼びかけ、停戦に反対を表明し、「停戦などのあらゆる幻想はハマスに力を与えるだけだ。ハマスとの戦いには一切の妥協があってはならない」と強調している。ちなみに、同首相は10月25日、イスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相に全面支持を伝えている(「ガザ情勢でEU『首脳宣言』を採択」2023年10月28日参考)。

 そのオーストリアの学校の教科書でハマスを「民族解放勢力」と説明しているとなれば、大きな問題となるところだったが、文部省が迅速に対応して事の拡散を最小限度に抑えたわけだ。ただし、同国で社会党(現社会民主党)が政権を握っていた1980年代、その中東政策はパレスチナ寄りだった。ネハンマー現政権は保守政党「国民党」主導の連立政権だ。

 ところで、学校の教科書、特に歴史の教科書は自国の歴史、世界の歴史、政治情勢をコンパクトにまとめて学生に教えるだけに、その時々の政治情勢が教科書に反映されて、問題が生じることがある。

 日本でも、「正しい歴史教科書を作ろう」という一部の保守派学者、知識人たちの運動があると聞く。特に、日本と朝鮮半島の関係では複雑な歴史問題があるだけに、歴史の教科書で客観的に正確に子供たちに伝えることは非常に大切だ。特に、敗戦後の日本人には自虐的な歴史観が一方的に教えられたこともあって、若い世代に自国の文化を誇り、祖国への愛を伝えることが難しい面がある(「『日本軍慰安婦』+『集団情緒』=反日?」2020年1月6日参考)。

 ロシアや中国など独裁国家、共産党政権では学校の教科書は政府の意向をプロパガンダする手段として利用されている。最近でも、ロシア政府は8月7日、ウクライナ侵攻を正当化し、西側諸国がロシアを破壊しようとしていると主張する新しい教科書を発表したばかりだ。ロシアのクラフツォフ教育相によると、新しい歴史の教科書は、17歳から18歳の11年生が学ぶものという。

 プーチン大統領は2022年2月24日、ロシア軍をウクライナへ侵攻させたが、同大統領は「ウクライナ戦争はキーウの政権と欧米諸国が仕掛けた」と堂々と表明、そのフェイク情報がロシアの歴史教科書にそのまま記載されているというのだ。

 中国共産党が政権を握る中国でも状況はロシアと似ている。習近平国家主席は、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告を発する一方、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調、キリスト教会の建物はブルドーザーで崩壊され、新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒に中国共産党の理論、文化の同化が強要され、共産党の方針に従わないキリスト信者やイスラム教徒は拘束される一方、「神」とか「イエス」といった宗教用語は学校の教科書から追放されている。

 若い世代は学校の教科書だけでなく、インターネット、ソーシャルメディアからさまざまな情報を吸収しているから、学校の教科書で一方的な偏見の歴史観、情報が記述されていた場合、自己チェックできる機会はある。しかし、幼いころに学校の教科書から学んだ歴史はその人の生涯、脳裏に刻み込まれる。それだけに、学校の教科書での記述は慎重にチェックされなければならないだろう。

宗教者は「アブラハム停戦」のため祈れ

 ローマ教皇フランシスコは21日、ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナに侵略して以来の戦争の恐怖を伝えるエフゲニー・アフィネフスキー監督のドキュメンタリー映画「Freedom on Fire」の上映会に出席した。このイベントはウクライナの民主革命「マイダン革命」(尊厳の革命)10周年を記念して開催されたものだ。映画は約2時間、ロシア軍のウクライナ侵略後の戦争の恐怖が実写で語られている。バチカンニュースは22日、同上演会の様子を報道した。

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▲ハマスのテロ襲撃で亡くなったイスラエル人への追悼(エルサレム・ポスト紙のヴェブサイトから、2023年10月13日)

 上演が終わると、参加者全員が立ち上がり、拍手した。最後列の席で映画を観ていたフランシスコ教皇は戦争下にあるウクライナでの残虐性と痛みについて「大変な苦悩だ」と吐露したという。教皇は、「戦争はわれわれ人類にとって常に敗北を意味する。私たちは多くの苦しみを抱えている人々に寄り添わなければならない。戦禍にある国民のために祈り、平和が一刻も早く到来するように祈ってほしい」と語った。

 ちなみに、映画「Freedom on Fire」は、バチカンで今年2月、ウクライナ戦争勃発の日にローマ教皇の立会いの下で上映され、今月21日に再び一般公開された。 11月21日は10年前、ウクライナの首都キーウのマイダン広場で自由を求めて蜂起した「尊厳革命」が始まった日に当たる。その革命を追悼するという意味合いがあって、2023年11月21日、革命10年目の日に映画が一般公開されたというわけだ。

 戦争や紛争は世界の至るところで起きている。ウクライナ戦争やイスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦争だけではない。昔もそうだったし、21世紀の今日もそれが続いている。フランシスコ教皇は11月8日の一般謁見で「如何なる戦争も人類にとって敗北だ」と述べた。戦争を防ぐことができなかったという意味で、戦争はその時の人類にとって敗北を意味するというわけだ。

 そして「戦争は始めるより、終わらせることのほうが難しい」といわれる。ひょっとしたら、ロシアのプーチン大統領自身が身にしみて感じていることかもしれない。バチカンでのドキュメンタリー映画の記事を読んでいて、戦争を始めた政治家、指導者はそれを早急に終わらせる義務と責任があるが、宗教指導者も同じだろうと感じた。特に、中東でのイスラエルとパレスチナ問題は宗教的な色合いが濃い紛争だ。単に、領土の問題ではなく、宗教とその信仰問題が紛争の背後で問われてきているからだ。

 ハマスはガザの支配権やパレスチナ民族の領土返還を要求しているのではなく、ユダヤ民族の抹殺を目標としている。イスラエルの有名な歴史学者ユバル・ノア・ハラリ氏が指摘していたように、ハマスはもはやイスラエルとパレスチナの平和的共存などを願ってはいない。中東和平は彼らにとってユダヤ人抹殺の障害にすらなるのだ。

 エルサレムからのメディア報道によると、「イスラエルとイスラム組織ハマスは22日、受刑者や人質の一部を解放するとともに、戦闘を少なくとも4日間休止することで合意した」という。実行は23日から開始される。ガザには、約240人の人質が拘束されている。カタール政府によると、ハマスがこのうち女性と子供の計50人を解放するのと引き換えに、イスラエルは同国内で収監しているパレスチナ人の女性や子供を釈放。イスラエル政府によると、ハマス側が追加で人質を10人解放するたび、休止を1日延ばすという(エルサレム発時事電)。

 戦争当事国の間で「クリスマス停戦」、「イースター休戦」など重要な宗教の祝日を契機に戦闘を一時止めることがある。ウクライナ戦争でも正教会のクリスマスやイースターが近づく度にクリスマス停戦、イースター停戦が叫ばれた。ポジティブにいえば、紛争を行う政治家、指導者が国民的重要な宗教行事を利用して、紛争解決を実現しよとする試みと言えるわけだ。

 戦争を終わらせるためには、政治家だけではなく、宗教指導者の責任も大きい。フランシスコ教皇のウクライナ戦争の和平調停の平和特使、イタリア司教会議議長のマッテオ・ズッピ枢機卿は今月15日、説教の中で「戦争が起きている時、何もせずに静観などできない」と述べている。宗教家の偽りのない告白だ。

 宗教指導者には、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、正教会、仏教など宗派の違いこそあれ、紛争や戦争が眼前で展開されている時、それを止めさせる使命がある。特に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、正教会は「信仰の祖」アブラハムから派生した宗教だ。換言すれば、同じアブラハム家出身の兄弟といえる。兄弟同士が残虐な武器を持って互いに殺し合う戦争は本来、あってはならないのだ。

 ウクライナで、そして中東で、戦争の火が一刻も早く消えることを願わざるを得ない。「アブラハム停戦」の実現のために、宗教指導者は可能な限りの手段を駆使してその使命を果たすべきだ。

グレタさんと「反ユダヤ主義」の関係

 スウー―デンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさん(20)が11月12日、アムステルダムの集会で環境保護を訴えるのではなく、イスラエル批判、ユダヤ憎悪をアピールし、集まった環境保護グループの仲間や参加者を驚かせた。集会に参加していた男性が舞台に上がり、グレタさんからマイクを取り、「私たちは環境保護のためにここに集まっているのであって、(あなたから)イスラエル批判、ユダヤ憎悪を聞くためではない」と訴えると、グレタさんは「占領地(パレスチナ)に気候の正義は存在しない」と反論する、といったシーンが展開されたのだ。

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▲独週刊誌シュピーゲル最新号の表紙を飾ったグレタさん(2023年11月18日号のシュピーゲルの表紙)

 グレタさんとその男性の間でマイク争いがあったが、集会関係者によって男性は舞台から降ろされてハプニングは収まったが、その余震は続いている。グレタさんのイスラエル批判に衝撃を受けた「フライデー・フォー・フューチャー」のドイツ支部のリーダー、ルイーザ・ノイバウアーさんは独週刊誌シュピーゲル最新号(11月18日号)とのインタビューの中で、「グレタさんは我々の運動のシンボルだが、われわれは環境保護を訴えているグループであって、中東問題などの政治問題ではない」と指摘、グレタさんが今後も政治運動にのめり込むようだと、グレタさんが創設した環境保護グループから出ていかなければならなくなるかもしれないと示唆している。ちなみに、シュピーゲルは最新号の表紙にグレタさんを登場させ、「Irrweg eines Idols=アイドルの誤った道」というタイトルを付けている。

 グレタさんはパレスチナのスカーフを首に巻き、アムステルダムで8万5000人の観衆の前で反イスラエルを訴えた。彼女は群衆に向けて、気候変動運動には「抑圧されている人々の声に耳を傾ける義務がある」と叫んだ。グレタさんの演説後、サラ・ラクダン氏がマイクを握り、同じように、「イスラエルが我が国で大量虐殺を行っている」と主張した。ラクダン氏はハマスのイスラエル民間人攻撃を称賛し、テロリストを賞賛し、ホロコーストを矮小化することで知られている人物だ。

 パレスチナ自治区ガザを2007年以降実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」が10月7日、イスラエルに侵攻して1300人余りのイスラエルの民間人らを虐殺したが、グレタさんは殺害されたイスラエル人への同情や連帯は一言も語らず、パレスチナ人への連帯を表明し、「パレスチナの自由」を要求、イスラエル軍のガザ報復攻撃を「大量虐殺」と呼ぶなど、アムステルダムの集会前から徹底した反イスラエル言動を繰り返している。

 それに対し、ドイツ・イスラエル協会会長で緑の党の政治家フォルカー・ベック氏は、「気候変動活動家としてのグレタ・トゥーンベリさんの終わりだ。彼女は今後、イスラエル憎悪がその使命となるだろう」と指摘、「緑の党」議員マレーネ・シェーンベルガー氏は「グレタさんはもはや模範ではない」と失望している(ドイツ民間ニュース専門局ntv11月14日から)。

 グレタさんは15歳の時、ストックホルムの議会前で気候環境保護と大きく書かれた紙の前で気候変動に対して抗議する写真で有名になった。彼女が引き起こした運動に多くの若者が賛同し、若い世代のアイドルとなっていった。グレタさんのイメージに亀裂が入り始めたのは、グレタさんが父親とあらゆる種類の儲かるPR取引を行っていたことが知られるようになってからだ。

 ノイバウアー女史は、「多くのことが崩壊しつつあるのは明らかだ。私たちは今、誰と共通の価値観に基づいた協力基盤を見つけられるか、そしてそれがどこにあるのかを見極めなければならない」と述べている。

 グレタさんの変身は、文字通り気候変動運動を二分している。なぜなら、アムステルダムでのデモも含め、左翼のエコロジーグループのかなりの部分で彼女は拍手喝采を受けているからだ。

 左翼の反ユダヤ主義は無反省なポスト植民地主義、グローバリゼーション批判、反資本主義によって煽られており、イスラエルは米国の「帝国主義と植民地主義」の手先とみなされている。パレスチナ人とアラブ人、イスラム教徒は被害者、イスラエルと米国は加害者だ、という構図が出来上がっているのだ。グレタさんがその影響を受け、思想が過激化してきたわけだ。

 「グレタさんと左派の根深いユダヤ憎悪」というタイトルの記事(11月14日付)を書いたヴォルフ・ヴァイマー記者は、「グレタさんはイスラエル批判のリーダーになりつつある。グレタさんのインスタグラムのフォロワーは1500万人で、彼女の「自由なパレスチナ」写真はX(旧ツイッター)で2500万回閲覧されており、おそらく主に若い視聴者に閲覧されている。それを通じて、彼女は左派のイスラエル憎悪と根深い反ユダヤ主義を全く新しい若いターゲットグループに拡散してきているからだ」と述べている。

「反ユダヤ主義の亡霊」の存在証明

 パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配してきたイスラム過激テロ組織「ハマス」が10月7日、イスラエルに侵入して1300人余りのユダヤ人を虐殺して以来、不思議なことだが、ハマスのテロに抗議する反ハマス運動が広がるというより、反ユダヤ主義が拡散している。ハマスのテロの犠牲者のユダヤ人がその後、世界各地で反ユダヤ主義的言動に直面しているのだ。このコラム欄でも加害者と被害者の逆転現象については報告済みだが、被害者のユダヤ人が世界各地でバッシングを受けている。

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▲ウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場を訪れる家族連れ(2023年11月12日、ウィーンにて)

 もちろん、ハマスのテロ奇襲に対してイスラエル軍の報復攻撃で多数のガザのパレスチナ人、特に、女性、子供たちが犠牲となっていることに対する憤りや批判の声が反ユダヤ主義を引き起こしているともいえる。ただ、反ユダヤ主義の拡散状況を見ていると、それだけではないようなのだ。以下、少し説明する。タイトルは「反ユダヤ主義の亡霊の存在証明」だ。

 ユダヤ民族への憎悪、恨みなどの感情には、少なくともユダヤ人が眼前にいるか、その環境圏に住んでおり、社会、国家にそれなりの影響を行使するユダヤ人コミュニティの存在が前提条件のように考えられるだろう。その条件からいえば、国別ユダヤ人人口で最も多くのユダヤ人が住んでいる国は1948年に建国されたユダヤ民族の国イスラエルだ。それに次いで米国だ、欧州ではフランスに最も多くのユダヤ人が住んでいるので、その国・地域には反ユダヤ主義が生まれてくる土壌はあるといえるわけだ。実際、イスラエルを除いて、米国やフランスではハマスのテロ以後、親パレスチナのデモや反ユダヤ主義のデモ集会が頻繁に開かれている。

 ここまでは理解できる範囲だ。周囲に多くのユダヤ人が住み、生活している。そのコミュニティは他とは異なる伝統や風習から食事・生活様式を堅持している。何らかの不祥事が生じれば、それらが契機となって反ユダヤ主義が爆発しても不思議ではない。米国やフランスの現在の反ユダヤ主義的言動は「起きるべくして起きた」とも言われるほどだ。一部では、ハマスのテロ事件後、「これまで黙ってきた反ユダヤ主義的言動が言いやすくなった」という知識人がいたほどだ。

 次は「反ユダヤ主義という亡霊の存在証明」に入る。極端にいえば、ユダヤ人が住んでいない国、地域でも過激な反ユダヤ主義的言動が起きている。

 最近ではロシア南部ダゲスタン共和国の首都マハチカラの空港で10月29日、イスラエルのベングリオン空港から飛び立った飛行機がマハチカラに到着、乗客にイスラエル人がいるという情報がソーシャルネットで流れると、過激なイスラム教徒が空港に殺到して、ユダヤ人乗客を探しては、暴行を加えたり、帰れと叫んだという。空港内の暴動を放映した西側のメディアは、「21世紀のポグロム(ユダヤ人迫害)のようだ」と報じたほどだ。

 ダゲスタンは北カフカス地方とカスピ海の間にあるロシア連邦を構成する共和国の一つ。首都はマハチカラ。人口約318万人(2021年)の約94%がイスラム教徒だ。パレスチナ自治区ガザでイスラエル軍がガザを空爆し、地上軍を導入してハマスの壊滅に乗り出し、多数のパレスチナ住民も犠牲となっていることが伝わると、ダゲスタンのイスラム教徒の中にイスラエル憎悪、反ユダヤ主義が高まっている。ただ、同国には1500人のユダヤ人しか住んでいない(「タゲスタンの反ユダヤ主義暴動の背景」2023年11月1日参考)。反ユダヤ主義的言動をぶっつけるユダヤ人が少なくとも周囲にはいないのだ。

 アウシュビッツ強制収容所のあった東欧のポーランドには戦後、ユダヤ人はほとんどいなくなったが、同国はその後も欧州の中で反ユダヤ主義傾向が強い国だ。タゲスタンやポーランドの例は、反ユダヤ主義が生まれ、拡散するためにはユダヤ人の存在有無は大きな要因ではないことが分かる。極端にいえば、ユダヤ人が住んでいなくても、その地、国に反ユダヤ主義が生まれ、時には暴動や騒動が起きるのだ。当方はその現象を「反ユダヤ主義の亡霊」が存在する証明と考えている。

 欧州で見られる反ユダヤ主義の背景には、キリスト(メシア)を殺害した民族というキリスト教的世界観もあるだろう。最近では、中東・北アフリカから欧州に入ってきた難民による「輸入された反ユダヤ主義」も大きい。イスラム教国出身の難民は生まれた時から家や学校で反イスラエル、反ユダヤ主義を学んできているから、欧州に住むようになってもその反ユダヤ主義が消え去ることはない。そのほか、極右派グループにはネオナチ的な反ユダヤ主義が潜んでいる。一方、極左の間には反ユダヤ主義的というより、反イスラエル傾向が見られる、といった具合だ。

 そして看過できないのは、反ユダヤ主義の亡霊の働きだ。国際テロ組織アルカイダ元指導者オサマ・ビンラディンがアラブ語で書いた「アメリカ国民への手紙」が現在、イスラエルの対ハマス戦争を批判する多くの若者に熱心に読まれ、一部で称賛されているという。

 当方はこのコラム欄で「ビンラディンの亡霊が欧米社会に現れ、10月7日のテロ奇襲を正当化し、反ユダヤ主義を煽っている。生きている人間が自身の政治的信条を拡散するために亡霊を目覚めさせることは危ない。亡霊や悪霊の存在を信じない人々にとっては理解できないかもしれないが、生前の恨み、憎悪を昇華せずに墓場に入った亡霊は地上で同じような心情、思想をもつ人間がいれば、そこに憑依し、暴れ出す危険があるからだ。欧米にビンラディンという亡霊が彷徨し出したのだ」と書いた(「欧米にビンラディンの亡霊が出現した」2023年11月18日参考)。亡霊や悪霊の業を理解できなければ、国際政治の動向を正確に分析できない時代圏に入っているのだ。

欧米にビンラディンの亡霊が出現した

 パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」が先月7日、イスラエルとの境界網を破り、近くで開催されていた音楽祭を襲撃し、キブツ(集団農園)に侵攻して1300人余りのユダヤ人を次々と虐殺したテロ事件が報じられると、世界はその残虐性に衝撃を受け、ユダヤ人犠牲者に同情心や連帯感が寄せられた。だが、時間の経過に連れてその同情心、連帯感は薄れ、中東紛争でこれまでよく見られた「加害者」と「被害者」の逆転現象が起きていることはこのコラム欄でも報告済みだ(「『加害者』と『被害者』の逆転現象」2023年11月4日参考)。

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▲ネタニヤフ戦争内閣の閣僚会議(2023年11月16日、イスラエル首相府公式サイトから)

 軍事強国のイスラエルがハマス壊滅という目的でガザ地区に空爆を繰り返し、地上軍も導入してハマス退治に乗り出しているが、同時に、民間人、特に病人、女性、子供たちが犠牲となっている。そのシーンがテレビで放映されると、加害者と被害者の関係は急変し、ガザ地区を空爆するイスラエル軍が加害者、その被害を受けるパレスチナ側が犠牲者と受け取られ、テロ組織「ハマス」の蛮行は忘れられるようになってきた。それを受け、欧米社会ではパレスチナへの同情心、連帯感が叫ばれ、イスラエルへの批判の声が高まってきている。

 米国のエリート大学ハーバードでは教授、学生たちがパレスチナ人を支援、反ユダヤ主義を叫び、一部ではテロ組織「ハマス」の奇襲テロ事件を称賛する声も聞かれるが、それらの教授、学生たちがそれゆえに処罰されたとは聞かない。一方、欧州でも若い世代に親パレスチナ、反イスラエルに同調する若者が出てきているが、ドイツでは反ユダヤ主義に関連する言動は現法によって処罰される。また、スイスのベルン大学の講師がハマスのテロを称賛したため即解雇されている。米国とナチス・ドイツ政権の戦争犯罪の舞台となった欧州ではその対応で違いが出てきている。

 ところで、英紙ガーディアンは2002年、テロ組織アルカイダ元指導者オサマ・ビンラディンがアラブ語で書いた「アメリカ国民への手紙」を全英語訳で報じた。そこでビンラディンはなぜ2001年9月11日に米国を攻撃したかの理由を説明している。そのパンフレットが現在、イスラエルの対ハマス戦争を批判する多くの若者に熱心に読まれ、一部で称賛されているという。

 ビンラディンはそのパンフレットの中でイスラム原理主義と反ユダヤ主義を特徴とする彼の世界観を説明し、さらなるテロを予告し警告を発している。なお、ビンラディンは2011年にパキスタンで米軍特殊部隊によって殺害された。

 ガーディアンは20年以上たってから関心を呼び出したビンラディンのパンフレットの翻訳が、元の文脈なしにソーシャルメディアで広く共有されたとして、ウェブサイトから削除した。同紙は「当社のウェブサイトに掲載された記録は、完全な文脈が伝えられずにソーシャルメディアで広く共有されている。そのため、当社はそれを削除し、代わりに読者を文脈を踏まえた報告書に誘導することにした」と説明している。

 ビンラディンの文書が米国のパレスチナ支持者らによって称賛されているという報告がX(旧Twitter)やその他のソーシャルメディアで広まった。人々に手紙を読むよう呼びかけた若者たちのTiktok動画が証拠となった。特に米国の多くの若いユーザーが、読書体験を短いビデオで報告している。 エルサレム・ポストが書いているように、関連するハッシュタグ#LetterToAmericaは、#freepalestineに加えて、Tiktok上ですでに400万回以上使用されているという。

 Tiktokの広報担当者は、「この書簡を宣伝するコンテンツは、あらゆる形態のテロ支援を禁止する当社の規則に明らかに違反している。当社はこのコンテンツを削除し、どのようにして当社のプラットフォームに掲載されたのかを調査している」と付け加えている。

 以上、ドイツ通信(DPA)からの記事(11月16日)を参考に報告した。

 ビンラディンの亡霊が欧米社会に現れ、10月7日のテロ奇襲を正当化し、反ユダヤ主義を煽っているわけだ。生きている人間が自身の政治的信条を拡散するために亡霊を目覚めさせることは危ない。亡霊や悪霊の存在を信じない人々にとっては理解できないかもしれないが、生前の恨み、憎悪を昇華せずに墓場に入った亡霊は地上で同じような心情、思想をもつ人間がいれば、そこに憑依し、暴れ出す危険があるからだ。欧米にビンラディンという亡霊が彷徨し出したのだ。

イランが自国の外交を自負する時

 パレスチナ自治区のガザ地区を2007年以来実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」が10月7日、イスラエルとの境界網を破壊し、イスラエルに侵入、1300人余りのイスラエル人を殺害し、人質200人以上を拉致したテロ奇襲事件以来、報復に乗り出したイスラエル軍とハマスの間で戦闘が続いている。イスラエルのネタニヤフ首相は13日、「ハマスはもはやガザ地区の支配を失った」と表明し、人質解放に向け新たな交渉が進められていることを示唆したばかりだ。

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▲イラン外交の成功を自負するイラン外務省のカナ二報道官の記者会見(2023年11月13日、イランIRNA通信サイトから)

 ハマスのテロ襲撃直後、ブリンケン米国務長官はイスラエルを複数回、訪問し、エジプト、レバノン、ヨルダンなど周辺国家を訪問し、ガザ紛争が拡散しないように説得外交を展開させ、イスラエル側には自衛権を擁護する一方、パレスチナ人への犠牲が増えないように要請してきた。それに対し、イラン側は、シオニスト政権(イスラエル)への対抗という大義を掲げ、アラブ・イスラム国首脳と会談を重ね、ハマスへの連帯、パレスチナ人への支援を求めてきた。中東を舞台とした米国とイランの外交戦が展開中だ。

 イランが中東の紛争に積極的に関与するのは、ガザ地区のハマスを軍事的、経済的に支援、レバノンのテロ組織「ヒズボラ」にも軍事支援を実施するなど、宿敵イスラエル打倒に向け久しく直接的、間接的に関わってきたからだ。無敵のイスラエルがハマスの奇襲テロを受けて、困惑し動揺している時だけに、「イスラエルを倒すチャンス」としてアラブ・イスラム諸国にシオニスト政権打倒を呼び掛ける外交を積極的に推し進めているわけだ。

 イラン国営IRNA通信は13日、「アラブ諸国とイスラム諸国を動員し、シオニスト政権の犯罪に対する国際社会の関心を集めるイランの外交努力は成功している」という長文の記事を掲載している。ナセル・カナニ外務省報道官(Nasser Kanaani)は13日の記者会見で、「イスラエル・ガザ戦争の開始以来、イランは戦争を止め、封鎖を解除し、沿岸地域に人道支援の回廊を直ちに開くことなどを重点に外交努力を重ねてきた」と説明している。

 サウジアラビアの首都リヤドで11日、アラブ連盟(21カ国1機構)とイスラム協力機構(OIC、56カ国、1機構)合同の臨時首脳会談が開催されたばかりだ。同会議は、パレスチナ人への連帯と支援、パレスチナ民族の大義とエルサレム問題への立場を再度確認する一方、イスラエル軍のガザ攻撃の即時停戦、パレスチナ住民への人道的援助を支持している。

 ちなみに、同会議はサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が議長を務め、アラブ連盟のアブルゲイト事務総長、OICのターハ事務総長、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のラザリーニ事務局長、トルコのエルドアン大統領、イランのライシ大統領、エジプトのエルシーシ大統領らの要人が参加した。イラン外務省によると、サウジのリヤドで開催されたOICではエジプトとイラン両国の大統領会談が実現した。両国首脳会談ではラファ検問所の開通問題が重要な議題の一つであったという。

 同報道官は「OIC首脳会議の開催は成功だった。この会議はイランの外交努力とサウジの建設的な協力の結果として実現された」と強調。そして「パレスチナ国民は、イスラム諸国政府が会議の開催や確固たる声明の発表に加え、現実的な措置を講じることを期待している。シオニスト政権との政治的・経済的関係の断絶と同政権の外交官の追放は急務だ」と付け加えている。

 イラン外務省のカナニ報道官は記者会見で、イランがハマスを経済的、軍事的に支援していることに対し、「わが国の支援は秘密ではなく、それを隠してはいない。この地域の抵抗勢力(ハマス)はイランからの命令を受けておらず、我々もいかなる命令も出していない」と述べる一方、「米国こそシオニスト政権を支援する、容認できない行動を正すべきだ」と主張している。

 同報道官はまた、イランは当初から戦争の拡大に懸念を表明しており、シオニスト政権への米国の支持継続と停戦確立への反対は新たな戦線の開放につながると警告してきたとして、「米国が、直ちに殺害を停止し、全面封鎖を解除し、地域から軍を撤退させることによってのみ、戦争が他の地域に拡大する可能性を防ぐことができる。中東の紛争拡大防止は完全にシオニスト政権とそのスポンサーである米国政府の行動次第だ」と説明している。

 IRNA通信が報じた外務省報道官の発言を読む限りでは、イランはパレスチナ人問題での同国の関与に自信を深めているようだが、イラン国内の状況を振り返ると、停滞する国民経済、失業者の増加、女性のスカーフ着用問題で浮上してきた人権弾圧政策への国際社会の批判など、聖職者支配体制を取り巻く状況は不安定だ(「イランが直面する『3つの問題』」2023年1月31日参考)。

 イランの外交は徹底した反米、反イスラエル路線であり、ここにきてロシアと中国の2大独裁国家との関係を深めてきている。イランの核開発計画は単に中東地域だけではなく、世界の脅威と受け取られている(「イラン『濃縮ウラン83・7%』の波紋」2023年3月2日参考)

教皇「十分!兄弟よ、もう十分だ!」

 ローマ教皇フランシスコは12日、慣例の日曜正午のアンジェラスの祈りでハマス人質の解放とパレスチナでの停戦を改めて呼び掛け、「十分!兄弟たち、もうたくさんだ!」(Genug! Genug, Bruder, genug!)と叫び、「全ての人は平和に生きる権利を持っている」と語った(バチカンニュース11月12日独語訳)。

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▲ウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場の風景(2023年11月12日、ウィーンで撮影)

 イスラエル軍とパレスチナのイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦闘が勃発して以来、フランシスコ教皇は度々、コメントしてきた。ハマスが10月7日、イスラエル境界網を破り、侵入して音楽祭に参加している若者たちやキブツ(集団農園)を襲撃し、1300人余りのユダヤ人を殺害するというテロ事件が報じられると、フランシスコ教皇は、ハマスのテロ襲撃に恐怖を表明し、「私は、暴力がエスカレートし、何百人もの死傷者を出したイスラエルでの出来事を懸念と悲しみで見守っている。私は犠牲者の家族に親密な気持ちを表明し、彼らと、何時間もの恐怖と、恐怖を経験している全ての人々のために祈る」と語った。紛争当事者に対しては、「攻撃を止め、武器を捨てるべきだ。テロと戦争は解決につながらず、多くの罪のない人々の死と苦しみをもたらすだけであることを理解してほしい」と訴えた。

 そしてローマ教皇は10月11日のサンピエトロ広場の一般謁見で、「攻撃された者には身を守る権利がある」と明確に述べ、イスラエルに自衛権があることを初めて公言している(「教皇『イスラエルには自衛権がある』」2023年10月15日参考)。

 イスラエル・ガザ戦争が始まって1カ月が過ぎた。軍事的に圧倒的な力を有するイスラエル軍はガザ地区北部をほぼ制圧したという。ただ、イスラエル側の空爆は続き、病院や難民収容所が破壊され、女性や子供、患者たちが犠牲となっていることが報じられると、国際世論はイスラエルの自衛権を認める側もやはり少々やり過ぎではないか、といった声が飛び出し、イスラエル批判の声が広がり、停戦を求める声が高まってきている。

 複数のメディアによると、イスラエル側にこれまで1400人以上の犠牲者が出、パレスチナ側には1万人を超える死者が出ている。フランシスコ教皇が「十分、もう十分だ。兄弟よ」と叫んだのも当然かもしれない。特に、後者はハマスのテロリストの戦死者数ではなく、大多数はイスラエルの報復攻撃で出たパレスチナ人の犠牲者だ。

 ところで、イスラエル人、パレスチナ人が住む中東は「信仰の祖」と呼ばれたアブラハムからユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3大唯一神教が生まれた地だ。イスラム教の創設者ムハンマド(570年頃〜632年)は、「アブラハムから始まった神への信仰はユダヤ教、パウロのキリスト教では成就できなかった」と指摘し、「自分はアブラハムの願いを継承した最後の預言者」と受け取っていた。いずれにしても、ユダヤ教(長男)、キリスト教(次男)、イスラム教(3男)は兄弟関係だ。

 少し、アブラハムについて説明する。アブラハムには妻サラ(正妻)がいたが、年を取り子供はいなかった。そこでサラは仕え女のハガルにアブラハムの子供を産むように勧める。アブラハムはハガルとの間に息子イシマエルを得る。イシマエルはアラブの先祖だ。神はハガルとイシマエルに対しても「将来、大きな民族として栄えるだろう」と祝福している。イシマエルから派生したアラブでイスラム教が生まれ、今日、世界に広がっているわけだ。

 一方、神はサラにも1人の息子イサクを与える。そのイサクからヤコブが生まれた。ヤコブは母親の助けを受け、イサクから神の祝福を受けた。そのため、イサクの長男エサウは弟ヤコブを憎み、殺そうとしたので、ヤコブは母親の兄ラバンの所に逃げる。そこで21年間、苦労しながら、家族と財産を得て、エサウがいる地に戻る。その途中、夢の中で天使と格闘し、勝利する。その時、神はヤコブに現れ、「イスラエル」という名称を与えている。

 米イェール大学の聖書学者、クリスティーネ・ヘイス教授は、「名前を変えるということは、その人間の性格が変わったことを意味する」と解釈している。すなわち、ヤコブは21年間、伯父ラバンの下で苦労した後、謙虚になり、信仰を深めていった。そこで神はヤコブに将来の選民の基盤が出来たとして「イスラエル」という名前を与えたわけだ。故郷に戻ったヤコブは、エサウと再会し、和解した。アダム家の長男カインが弟アベルを殺害して以来続いてきた兄弟間の葛藤はこの時、初めて和解できたわけだ(「『アブラハム家』3代の物語」2021年2月11日参考)。

 イスラエルの著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏はレックス・フリードマン氏のポッドキャストでイスラエルの現状について、「問題が国家的、民族的なものだったら、妥協や譲歩は可能だが、信仰や宗教的な対立となれば、妥協が出来なくなる。イスラエルとパレスチナ問題は既に宗教的な対立になっている」と述べている。宗教指導者には責任がある。たとえ、砂漠で叫ぶ声となったとしても、言わなければならないのではないか。兄弟関係ならば猶更だろう。「十分だ、もう十分だ。兄弟よ」と。 

パレスチナ自治区の政治家の「問い」

 今回はパレスチナ自治区の著名な政治家(元パレスチナ情報庁長官)、ムスタファ・バルグーティ氏(Mustafa Barghouti)の問いかけについて考えたい。同氏はCNNとのインタビューで、「米国はウクライナでは占領軍(ロシア)を批判する一方、中東では占領軍(イスラエル)を支援している」という問いだ。

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▲パレスチナの著名な政治家ムスタファ・バルグーティ氏(Mustafa Barghouti)ウィキぺディアから 

 少し説明する。ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナ領土に侵略した時、米国を含む西側諸国は「ロシアのウクライナの主権蹂躙」として、ロシアを国際法違反だと厳しく批判した。一方、イスラエル軍はパレスチナ自治区のガザを実効支配するハマスの10月7日の奇襲テロへの報復としてガザ地区を包囲し、ガザに地上軍を派遣して戦闘を繰り返しているが、米国や他の欧州諸国はイスラエルの軍事行動をパレスチナの主権侵略とは受け取らず、ハマスのテロ攻撃への自衛権の行使として容認し、支持している。

 前者は明らかに軍事大国ロシアの他国の主権蹂躙に当たり、議論の余地はないが、後者はパレスチナ人の視点からいえば、ガザ地区を包囲するイスラエル軍は占領国の立場であり、その占領地に軍を送り、ガザ地区を破壊する軍事活動はパレスチナ人の自治権、人権を蹂躙する行為だという論理になる。そこでバルグーティ氏は問いかけるわけだ。米国を含む西側諸国は前者の主権蹂躙を指摘し、侵略国ロシアに対して制裁を科している一方、後者の場合、イスラエルの軍事行為を容認し、連帯を表明している。「なぜか」だ。ちなみに、国際人権擁護グループ「アムネスティ・インタナショナル」は「人権問題で西側諸国はダブルスタンダートだ」と批判している。

 ガザ地区は長さ約40キロ、幅6キロ〜12キロの約365キロ平方メートルの細長い地域に約220万人のパレスチナ人が住んでいる。その大きさはオーストリアの首都ウィーン市より少し小さい。ガザ地区には3カ所、国境検問所があるが、イスラエル軍は全てを封鎖してきた(ラファ検問所は現在、人道支援の受け入れ先としてオープン)。中東のメディアはガザ地区を世界最大の野外刑務所と呼んできた。

 ウクライナの主権を蹂躙したロシアのプーチン大統領はガザ地区の現状を「ナチス・ドイツ軍に包囲されたレニングラード(現サンクトペテルブルク)のようだ」と述べ、イスラエル軍をナチス・ドイツ軍と同列に置き批判する一方、ハマスの奇襲テロに対しては何も言及していない。ロシアはこれまでパレスチナ人の解放運動を支援してきた。その意味で、ハマスのテロは非人道的な暴力行使ではなく、民族の解放運動の一環と受け取っていることが推測できる。それだけではない。プーチン大統領は真顔で「ウクライナ戦争はキーウ政府とそれを支援する欧米諸国が始めた」と主張している。

 バルグ―ティ氏の問いかけを考える前に、「ハマスとパレスチナ人は別だ」ということをもう一度確認する必要がある。中国共産党政権と中国国民とは違うように、イスラム過激テロ組織「ハマス」と大多数のパレスチナ人とは別だ。イスラエルを占領国というより、パレスチナ人はハマスに支配され、統治されている住民というべきではないか。実際、イスラエル軍はガザ地区で本格的な軍事活動をする前にガザ市民を避難させるために南部に移動するように何度か要請している。どの国の占領軍が住民に戦禍を避けるために避難を求めるだろうか。

 ただ、問題はある。イスラエル軍の目的がハマスの壊滅だとしても、戦闘で多くの民間人、住民、子供たち、女性たちが犠牲となることは避けられないことだ。だから、ハマスはイスラエル軍の空爆を受ける度に、負傷したパレスチナ人を映像に流して、イスラエル軍の非人道的な戦闘を国際社会に訴える。バルグーティ氏が「ハマス」を「パレスチナ民族解放運動」と考えるならば、イスラエル軍の攻撃を支持する欧米諸国のダブルスタンダートが問われることになるかもしれない。

 ところで、ニューヨークの国連総会で先月27日、イスラエルとイスラム過激テロ組織「ハマス」の戦闘が続くパレスチナ自治区ガザを巡る緊急特別会合が開かれ、ヨルダンが提出した「敵対的な行為の停止につながる人道的休戦」を求める決議案が賛成120票、棄権45票、反対14票で採決されたばかりだ。

 アラブ諸国がまとめた決議案ではイスラエルをテロ襲撃したハマスの名前は言及されず、ただ、10月7日以後のイスラエル軍の報復攻撃の激化に対する懸念だけが表明され、「敵対行為の停止」につながる「即時恒久的かつ持続可能な人道的停戦」を求めている。同決議案に反対票を投じた国は、イスラエル、米国、グアテマラ、ハンガリー、フィジー、ナウル、マーシャル諸島、ミクロネシア、パプアニューギニア、パラグアイ、トンガ、オーストリア、クロアチア、チェコの計14カ国に過ぎない。イスラエルを支持し、連帯を表明してきたドイツ、英国は棄権し、フランスは賛成票を投じている。欧米諸国でもパレスチナ問題ではコンセンサスがないことが分かる。

 独週刊誌シュピーゲル(10月21日号)には読者から大きな反響を呼んだエッセイが掲載されていた。タイトルは「南から観た中東」で、インド出身でロンドンに住む著作家パンカジ・ミシュラ氏(Pankaj Mishra)が、「イスラエルとパレスチナ紛争で誰が犠牲者で誰が加害者か」と問いかけている。エッセイではグローバルサウスの視点から中東情勢を眺めている。そして欧米諸国のモラルや価値観が決して世界共通のものではないという現実を浮かび上がらせている。

欧州のユダヤ人の安全を守れ!!

 パレスチナ自治区のガザ地区を2007年以来実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」が10月7日、イスラエル領土に侵入し、1300人余りのユダヤ人らを虐殺したテロ事件はイスラエル国民だけではなく、世界を震撼させた。

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▲ネタニヤフ戦時内閣の閣僚会議(2023年11月08日、イスラエル首相府公式サイトから)

 イスラエル軍は現在、ガザのハマス拠点を空爆するなど報復攻撃に出ているが、イスラエル軍の空爆で多くのパレスチナ人が犠牲となっているシーンがソーシャルネットワークサービス(SNS)を通じて世界に流されることもあって、アラブ世界だけではなく、欧米社会でもイスラエル批判、反ユダヤ主義的言動が増加してきている。

 英国の「キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)」で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は8日、オーストリア国営放送とのインタビューで、「『10月7日』前はイスラム過激主義は停滞し、欧州ではテロ活動の危険性は少なくなってきたと受け取られてきたが、『10月7日』後、イスラム過激主義は再び感情的にも高揚し、活発化してきた」と警告を発する。

 ハマスはイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)のように外国からテロリストをリクルートしないが、SNSを通じて世界のテロリストたちを活動に駆り出させている。ハマスとイスラエルとの戦闘ではシリア内戦のようではなく、「イスラム(教徒)」対「ユダヤ(民族)」の宗教対立が中心テーマに戻ってきている。イスラム過激派の狙いは、欧米社会のイスラムフォビアや反イスラム教への抗議ではない。彼らのターゲットはユダヤ人に向けられているのだ。

 ノイマン教授は、「欧州では2015、16年、イスラム過激派テロが頻繁に起きたが、10月7日後、それを上回るイスラム系テロ事件が起きる危険性が排除できなくなった」という。ただし、ISなどのテログループに属しているテロリストによるテロ事件というより、ローンウルフと呼ばれるどの組織にも属していないが、SNSを通じ、イスラエル軍のパレスチナ人への迫害を見て、激怒するテロリストが単独でユダヤ人やユダヤ教関連の施設を襲撃するテロ事件が起きてくるという。彼らのターゲットはユダヤ人だから、「欧州の治安関係者はユダヤ人の安全に全力を投入しなければならない」という。

 なお、同教授はまた、「イスラム派テロリストの年齢は年々、低下している。ISのテロリストといえば、10年前は18歳から25歳が多く、男性だけだったが、インターネット、TikTokなどのSNSの影響が大きく、これまで以上に若い青年たちがイスラム過激思想に惹かれ出している」と述べている。

 ノイマン教授は、「ハマスはイスラエルとアラブ諸国との関係正常化を停止させるように圧力を行使している。同時に、欧米社会を分裂させ、欧州に住むユダヤ人に安心して生活できないという不安を与えることに成功している」という。

 ちなみに、イスラエルの世界的に著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏はレックス・フリードマン氏のポッドキャストでイスラエルの現状について、「問題が国家的、民族的なものだったら、妥協や譲歩は可能だが、信仰や宗教的な対立となれば、妥協が出来なくなる。イスラエルとパレスチナ問題は既に宗教的な対立になってきている。それだけに、解決が一層難しくなってきた」と主張している。

 明確な点は、10月7日後、パレスチナ問題の和平交渉が始まるならば、それはハマスの失敗を意味する。ハマスはパレスチナ問題の解決など願っておらず、ユダヤ人の国イスラエルの破滅が最大の目的だからだ。ハマスの10月7日の奇襲テロは停滞する中東和平交渉への苛立ちから起きたものでもなく、ただ、ユダヤ人を1人でも多く殺害する目的で実行されたテロ事件という事実を看過してはならないだろう。

 イランのアフマディネジャド大統領(当時)が2010年9月の国連総会で、「イスラエルを地図上から抹殺する」と暴言を発したことがあったが、ハマスも同じスタンスだ。ハマスにとって、イスラエルとアラブ・イスラム国との和解合意(アブラハム合意)は最悪のシナリオだったはずだ。

ガザ地区のハマス指導者の横顔

 第1次冷戦時代、共産党政権下で刑務所に拘留されてきた政治家、反体制活動家、宗教者と会見したことがある。チェコスロバキア(当時)の初代民選大統領に就任した劇作家ヴァーツラフ・ハベル氏は反体制派指導者時代、通算5年間刑務所に拘留された。その時代の体験は「妻オルガへの手紙」の中で綴られている。

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▲パレスチナのイスラム過激派テログループ「ハマス」(イスラエル国防省公式サイトから)

 当方は2005年6月、中国の著名な反体制派活動家の魏京生氏とウィーンでインタビューしたが、同氏は通算18年間、収容所生活を送っている。同氏は1950年、北京生まれ。78年に民主化運動に参加。翌年に逮捕され、政治犯として強制収容所に。93年に仮釈放、95年に再逮捕、97年に仮釈放後、米国に亡命した。

 当方はまた、アルバニアのホッジャ政権下で25年間、収容所に監禁されていたローマ・カトリック教会のゼフ・プルミー神父と会見した。ホッジャ労働党政権(共産党政権)は1967年、世界で初めて「無神論国家宣言」を表明した。神父は当時、ティラナで小屋のような家に住んでいた。神父は小柄で痩せていた。眼光だけはしっかりと当方に向けられていたが、声は小さかったことを思い出す。

 いずれにしても、長い年月、刑務所、時には独房生活を強いられた人間にはやはり通常の人間とは異なった雰囲気があった。そのように考えていた時、パレスチナのガザ地区を実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」の指導者、10月7日の「黒い安息日」の首謀者ジャジャ・シンワール(Jahja Sinwar=61)は通算23年間、イスラエルの刑務所で留置生活を送ってきたことを知った。

 オーストリア国営放送は8日、シンワールのプロフイールを紹介していた。シンワールはガザ地区南部のカーン・ユニス難民キャンプで生まれ、彼の家族は現在のイスラエルのアシュケロンの出身者だ。シンワールはガザのイスラム大学でアラビア語を学び、1987年の第1次インティファーダの際にはハマスの軍事部門創設者の1人だった。彼はイスラエル兵2人の殺害とパレスチナ人12人の殺害などで何度か終身刑を言い渡された。多くの同胞を殺害することから、「カーン・ユニスの肉屋」と呼ばれ、恐れられてきた。

 シンワールは、「イスラエル人は刑務所が私たちの墓になることを望んでいたが、神と大義に対する私たちの信仰のおかげで、私たちは刑務所を祈りの家と学習の場に変えることができた」と述べたという。彼はイスラエルで合計23年間刑務所で過ごし、そこでヘブライ語を学び、メナヘム・ベギンやイツチャク・ラビンの伝記を読むなどしてイスラエルについて研究したという。

 シンワール氏を知る人々によると、シンワールはカリスマ性があり、寡黙で、残忍で、反応が早く、決意が強く、インスピレーションを与える人物だという。シンワールは2015年に米国によってテロリストに指定されている。

 イスラエルに拘留中、 脳に腫瘍が見つかり、2004年、拘留中に腫瘍を切除した。 2011年、シンワールはフランス系イスラエル人の兵士ギラッド・シャリットと交換にパレスチナ人捕虜1000人の1人として釈放された。2017年、前任者のイスマイル・ハニヤ氏が組織の最高指導者に就任後、亡命。そのため、シンワール氏はガザ地区ハマスの実質的指導者となって現在に至る。

 ハマスが現在、直面している問題は、内部に異なる潮流と、異なる度合いの過激主義が蠢いていること、亡命指導者とガザ指導者の間、政治指導者と軍事指導者の間で権力闘争が生じていることだ。興味深い点は、ハマスはイスラム教スンニ派だが、シーア派の盟主イランから軍事的、経済的支援を受けていることに対して、ハマス幹部の中には「イランとどの程度連携すべきか」で悩んでいる者もいるということだ。

 シンワールとハマス指導部は、アラブ系イスラエル人、占領下の東エルサレムとヨルダン川西岸のパレスチナ人、そしてレバノンのヒズボラに対して、彼らをイスラエルとの武力紛争に引き入れようと画策してきたが、これまでのところ、その試みは成功していない。シンワールは現在、人質200人以上を武器に何らかの有利な取引をイスラエルから勝ち取りたいと考え出しているという。
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