ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

イラン

IAEAと「戦争と平和」

 ウィーンの国連入口のゲート1で朝、国際原子力機関(IAEA)査察局アジア担当のマルコ・マルゾ部長と偶然出会った。「おはようございます」というと、「君はイランに取材に行っていないのか」と聞き、「IAEAはイラク戦争直前の状況に再び対面している」と紅潮した顔でいう。

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▲IAEAのウィーン本部 2011年9月、撮影

 イラクの大量破壊兵器問題でIAEAのエルバラダイ事務局長(当時)査察報告が欧米のイラク戦争勃発の直接の契機となったように、「IAEAは現在、戦争か平和かを決定する重要な役割を担っている」というのだ。
 IAEAは核関連の専門機関だ。政治的決定はニューヨークの国連安保理が握っている。そんなことは分っているが、IAEAの報告内容次第では戦争を誘発する危険性は十分考えられる。
 IAEAは来月5日から5日間の日程で今年最初の定例理事会を開催する。それに先立ち、今月24日前後には天野之弥事務局長が最新のイラン報告書を35カ国の理事国に提示するはずだ。
 同事務局長は昨年11月8日、最新「イラン報告書」を理事国に提出したが、そこでイランの核軍事容疑を初めて明示した。核弾頭製造容疑、核兵器の部品試験、外国人専門家から起爆装置関連技術の獲得などを明記し、イランの核計画に疑問を呈したのだ。
 IAEAは過去8年間、イランの核関連施設を検証し、「同国の核計画が平和利用かどうか検証できない」という立場をキープしてきたが、11月報告書はそれを「軍事転用の疑い有り」に修正したのだ。
 イラン側の反発は当然、大きかった。駐IAEA担当のイランのソルタニエ大使は「IAEAの情報の中には新しいものは何もない。過去の情報を繰り返しただけだ」と指摘し、政治的動機に基づいた報告書をまとめた日本人の天野事務局長を激しく個人攻撃したことはまだ記憶に新しい。
 マルゾ部長は「今月20日のIAEAとイラン当局間の協議は重要だ。イランがIAEAの査察要求などを受け入れない場合、状況は厳しくなる」という。すなわち、20日から2日間開催されるテヘラン協議が「戦争と平和」と決定する正念場だ、というわけだ。部長の緊張した表情は理解できるわけだ。
 例えば、天野事務局長が3月理事会用に提出するイラン報告書の内容次第ではイスラエル側の軍事攻撃が考えられる。米紙によると、パネッタ米国防長官は、今春、イスラエルのイラン核施設への攻撃を予想しているほどだ。
 イランへの軍事攻勢は世界経済に大きなダメージを与えることは必至だろう。原油価格は急騰する一方、紛争が中東全域に拡大する危険性が予想されるからだ。欧米側、イスラエル側、イラン側もその点は理解しているはずだ。
 問題は、紛争に駆り立てるモメンタムが、当事者の意向に反して戦争を誘発させてしまう危険性が完全には排除できないことだ。「間違った情報」「間違った発言」が紛争を勃発させることがあるからだ。

イラン核問題の解決策はこれだ!

 イスラエルは過去2度、核関連施設に軍事攻勢をかけて破壊したことがある。1981年のイラクの原子炉爆破(バビロン作戦)と2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)への空爆だ。
 そしてイスラエルは目下、イランの核計画が核兵器製造を狙ったものと考え、欧米諸国の制裁が十分でなく、イランの核兵器製造の日が近付けば軍事攻勢も辞さない姿勢を維持している。すなわち、3回目はイランだ。
 ところで、イランの核施設への軍事攻勢は過去2回とは全く異なっている。イラクもシリアもアラブ民族国家だったが、イランはアラブ人ではなく、ペルシャ人だ。イスラエルが過去2回の軍事攻勢と同様に考えてイランを攻撃すれば、大きな痛手を受けるかもしれない。
 それでは、アラブ人気質とペルシャ人気質の相違はどこだろうか。当方は過去、その問題についてイラン人外交官とアラブ人外交官に同じ質問をしたことがある。以下、その返答だ。

 イラン外交官曰く、
 「中国人と日本人間に相違があるように、両民族にはさまざまな違いがある。先ず、言語の相違がある。ペルシャ語は32文字からなるが、アラブ語は28文字で構成されている。ペルシャ語は詩的であり、アラブ語は少々喧騒的だ。4文字の相違はイラン人をアラブ人より感情の表現でより繊細にさせ、表現力で豊かにしている」
 「イランの歴史をみると、ペルシャは7世紀、アラブ民族に支配された。この時に同地にイスラム教が伝播された。ペルシャ民族はアラブ民族が伝えたイスラム教を独自に発展させてきた。アラブでは主にスン二派だが、イランではシーア派が多数派だ」

 アラブ外交官曰く、
 「両者の違いは大きい。ペルシャ人の家庭では女性が実権を握っているが、アラブ世界では男性が全てに支配的だ。イランの家庭では最終的な意思決定権は男性ではなく女性が握っている。すなわち、女性が財布の紐を握っているのだ。イランでは女性の大学進学率は男性をはるかに上回っている」

 今から考えると、アラブ人外交官の意見は非常に啓示的だ。「イラン人の家庭で実権を掌握しているのは夫ではなく、妻だ」という点だ。そして独裁者と呼ばれるイランのマフムード・アフマディネジャド大統領の家庭にもそれが当てはまるという。大統領は夫人との間に複数の子供がいる、大統領夫人は賢妻で強いという。典型的なイラン人女性だ。

 例えば、イラン出身の米女性実業家アヌーシャ・アンサリさん(39)は2006年9月18日、ロシアの宇宙船「ソユーズ」に乗ってカザフスタンのバイコヌール基地から宇宙に飛び立った。2003年度ノーベル平和賞受賞者のシリン・エバディさん(58)はイランの弁護士だ。「イランでは男性よりも女性ががんばっている」といった印象を強く受ける。

 そこで考えた。イランの核問題を解決する道は頑固なイスラム根本主義者アフマディネジャド大統領を何千回説得するよりは、家庭を掌握している大統領夫人にそれとはなく「核兵器など製造してもどの国も使用できません。その上、核兵器の安全管理だけでもかなりの経費がかかります。そのような資金があるのならば、日常消費財を充実し、国民の食卓の質向上に努めたほうが賢明です」と夫の大統領に伝達してもらうほうが得策だ。
 核問題の専門機関、国際原子力機関(IAEA)が8年間査察しても、「イランの核計画が平和目的か軍事目的か」を検証できない。その上、未解決問題の全容解明はほど遠い。しかし、大統領夫人ならば短期間でその目的を果たせるのではないだろうか。
 大学卒の夫人はイランの国民経済が欧米諸国のそれより見劣りすることを知っているから、「馬鹿げた核計画に腐心せず、国民の生活向上に努力するほうがアラーの御心よ」と、夕食時に大統領に囁いてもらうだけでいいのだ。
 イスラエルを地図から抹殺すると豪語していた大統領も夫人の説得には耳を傾けるだろう。少なくとも、8年間のIAEAの査察活動よりも効果的だ。
 イラン核問題の解決はアフマディネジャド大統領夫人が握っているのだ。

 参考までに付け加えるが、「アラブの春」が依然、不安定な状況に留まり、対立や小衝突を繰り返している背景には、男性主導のアラブ人社会の限界があるからだ。「アラブの春」が安定した民主化社会を生み出すためには民主改革のプロセスで女性参画が不可欠だ。



【短信】凍るドナウ川

 地下鉄1でウィーンの国連事務所にいく途中、ドナウ川を通過するが、7日午前9時ごろ通った時、川の一部が凍っているのが見えたので、下車して眺めてみた。
 橋の上から凍ったドナウ川をみると、あの「美しき青きドナウ川」と歌われたワルツの世界からはほど遠く、薄暗く、少々不気味だ。
 ドナウ川はドイツ南部から流れ出し、オーストリア、ハンガリー、セルビアなど10カ国を経由してブルガリアの黒海に流れ着く。欧州2番目に長い河川(総長約2860キロ)だ。
 なお、中・東欧諸国で6日現在、寒波のため300人以上が亡くなったという。

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▲凍りだしたドナウ川 2012年2月7日、撮影

「イラン核報告書」に対する反応

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は8日夜(日本時間9日未明)、24頁に及ぶ最新「イラン核報告書」を35カ国の理事国に提示した。
 同報告書では、イランが核兵器製造関連活動を遂行してきたことを示し、「イランは核兵器製造を目指している」と明言している。
 報告書の内容を受け、欧米諸国やロシア、中国、そしてイスラエルでさまざまな反応が見られる。そこで今回、「イラン核報告書」に対する国際社会の反応をまとめた(情報源は主に国際通信社が配信したニュースに基づく)。なお、IAEAが発表した「イラン核報告書」全文のサイトを紹介する。


 米国務省報道官「IAEAの報告書内容を慎重に検討中」と指摘し、他国の反応を見ながら対イラン制裁の強化に乗り出す意向だ(米国はIAEAの「イラン核報告書」の主要情報源)。

 ロシア外務省「イランの核問題を外交を通じて解決しようとする努力を水泡に帰すものだ」と批判。ロシアはイラン初の原発ブシェールを建設した国(ロシア科学者がイランに核弾頭製造技術を提供した)。

 フランス・ジュペ外相「(イスラエルの武力行使について)軍事攻撃は中東地域に恐ろしい結果をもたらす。イランに対しては制裁強化で対応すべきだ」と主張。同外相は9日、イランの核問題で国連安保理招集を呼びかけた。

 英国「イランが交渉のテーブルに着かない場合は同国の孤立がさらに深まり、衝突のリスクが高まる」(ロイター通信)と警告。

 独ウェスターウェレ外相は「イランの核兵器計画は絶対黙認できない。新たな制裁を実施すべきだ」

 イランのアフマディネジャド大統領「イランは核兵器を必要としない。IAEAの報告は米国の主張の代弁に過ぎない。イランは核計画で絶対後退しない」(イラン国営放送)と主張。7日には、アラブのメディア機関に対し、「イスラエルとアメリカはわが国の国力が高まることを恐れ、国際社会を動員してわが国の発展を阻止するため武力行使を計画している。わが国の核計画は核兵器製造目的ではなく、平和利用目的だ」と強く反論。
 イランのサレヒ外相は7日「西側諸国がイランに武力攻撃を行えば、世界の安全保障にとって脅威になる」(ロイター通信)と強調した。

 イスラエル首相執務室「報告内容を検討中」という。IAEA報告書に対しては、「わが国のこれまでの主張が追認された」と受け取り、歓迎。イスラエルのペレス大統領は先週末、「イランの核問題の解決はもはや外交を通じて実現するより、軍事的手段のほうが現実的となってきた」と指摘、同国がイランの核関連施設を空爆する可能性を示唆した。

 中国外務省の洪磊報道官「わが国はこの報告を検討中だ」とした上で、「IAEAとイランの協力強化は、核問題の全面的、長期的、そして適切に解決する的確な道で、当面の急務」と強調した(中国国際放送局)。中国共産党機関紙は軍事衝突の危険性を警告している。


【解説】
 欧米諸国が対イラン制裁の強化でほぼ一致する一方、ロシアと中国両国は慎重な姿勢を崩していない。米国も世界の原油市場に影響を及ぼす制裁の実施には反対。ただし、安保理が対イラン制裁強化で躊躇していると、イスラエルがイランの核関連施設への攻撃を単独で仕掛ける可能性が高まる。それだけに、欧米諸国はロシアと中国両国にイランの核兵器製造の危機を説得し、イスラエルが満足する対イラン制裁強化に乗り出すことができるかが大きな問題となる。


IAEAのイラン核報告書サイト
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