ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

シリア

欧州からシリア難民が帰国する日は

 シリアのアサド政権が崩壊した。半世紀以上、シリア国民はアサド父子2代の独裁政治を甘んじなければならなかったが、反体制派のイスラム過激組織「シャーム解放機構」(HTS、旧ヌスラ戦線)が12日余りの武装蜂起後、アサド政権は崩壊し、アサド大統領は家族と共にモスクワに逃避した。54年間続いた暗黒の時代は終わった。ポスト・アサドについてHTSを中心に様々な武装勢力がシリアの未来について協議を始めている。HTSの指導者ジャラウニ氏によると、2017年に反体制派が設立した「シリア救国政府」を再構築してシリアの統一を実現したい意向という。

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▲オーストリアのネハンマー首相(ウィキぺディアから)

 ところで、シリアのアサド政権は倒れた翌日、オーストリアのネハンマー首相は「現在進行中のシリア人の難民申請は即、停止すること、難民の家族引き寄せも中断し、既に認可された難民申請を再検討するようにとカルナー内相に指示した」という。それを受け、同内相は「シリアへの秩序ある送還および退去プログラムを準備するように担当関係者に指示した」と説明。具体的には、第一審での約7300件の未処理案件の審査停止だ。ちなみに、難民許可は最初の3年間は一時的なもので、再審査を経て無期限の滞在許可に切り替わる。

 オーストリアには現在、約9万5000人のシリア人が居住している。2015年から2024年11月までの期間に、8万6905人のシリア人が亡命認可を受け、1万7421人が補完的保護に基づく認可を受けた。2024年11月30日時点で、第一審と第二審合わせて1万2886件のシリア人による案件が未処理であり、そのうち1146件が家族呼び寄せに該当する。第一審は連邦移民庁(BFA)が担当しているが、これらの手続きが停止される。第二審は連邦行政裁判所(BVwG)が担当する。

 ネハンマー首相は「数千人のシリア人にとって、安全な祖国と帰国の可能性が現実に近づいている。亡命は一時的な保護であり、帰国の促進こそ重要だ」と述べた。ネハンマー首相のシリア難民の審査中断、帰国希望者は即シリアに戻れるようにするという発言が報じられると、難民救済を行っているNGO関係者から少々驚きの声が聞かれた。アサド政権崩壊後1日しか経過していないのだ。HTSが如何なるイスラム組織か、その指導者,元アルカイダ―のジャウラニ氏は民主的なシリアを建設する考えか、シリア国内の他の武装組織との関係はどうか、等々が依然明らかではない。その不透明なシリアに難民を送還させて大丈夫だろうか、という素朴な疑問が出てくる。しかし、極右政党「自由党」のキックル党首は「全てのシリア難民を帰還させる時だ」と政府を発破かけている。

 オーストリアだけではない。隣国ドイツでもシリア難民問題で議論が湧いている。野党第一党の「キルスト教民主同盟」(CDU)のシュパーン下院議員は「シリア難民は帰国を願っている人が多い。自主的に帰国しようとする難民にはスタート基金として1000ユーロを支援すればいい」と述べていた。一方、与党社会民主党のフェーザー内相は「シリア難民の送還問題を急いで決めるべきではない」と慎重な態度を表明している。独連邦政府はシリア難民にどのように対処すべきか未決定だ。連邦内務省によるシリアへの強制送還は計画されていない。ドイツ連邦移民・難民庁(BAMF)は9日、シリア人からの4万7000件以上の未申請の難民申請を処理する作業を一時停止する」と正式に発表している。

 なお、ドイツの国際法専門家たちは現在進行中のシリア人の亡命手続きを一時停止するよう勧告している。同時に、「数十万人のシリア人の迅速な帰還や国外追放は、物流上、行政上、そして法的に難しい」と説明している。

 ちなみに、イタリアとイギリス両国もシリア人の亡命手続きを一時停止した。イタリアでは、メローニ首相の政権が他の欧州諸国の例に倣う形で決定を発表。イギリス内務省の広報官は「現在の状況を評価している間、シリア人の亡命申請に関する決定を停止する」と述べている。

 一方、欧州委員会は、シリア難民の迅速かつ問題のない帰還が可能だという期待に対し警告を発している。「安全かつ尊厳のある帰還の条件が現在の評価では整っていない」とブリュッセルのスポークスマンは語っている。

 ドイツのテレビニュースを観ていると、多数のシリア人が9日、ベルリンでアサド政権崩壊を喜んで踊ったりしている姿が放映されていた。若いシリア人の男性は「もちろん、直ぐ帰国する。シリアは自分の故郷だから当然だ」と述べていた。若いシリア女性は「嬉しい。この時が来ることを待っていた」という。テレビで映し出されたシリア人からは、「国内情勢が不明だからもうしばらく状況を見守る」といった声は聞かれなかった。ダマスカスの刑務所から政治囚人が解放されているシーンが放映された。刑務所前には息子や父親と再会するために多くの女性たちが待っていた。解放された父親を見つけた女性は大喜びで飛びついていた。

 いずれにしても、難民救済活動関係者の「アサド政権の崩壊後、どのようなシリアになるか分からない段階で難民を帰国させることは余りにも早急だ。シリアの状況がはっきりするまで待つべきだ」という主張が最も現実的だ。10年以上続いた内戦の復旧作業と国民の結束は、宗派間の対立を乗り越えない限り、困難を極めるだろう。

シリア政府軍保有の化学兵器は大丈夫?

シリアの反体制派組織、イスラム過激派組織「ハヤート・タハリール・アル=シャム」(HTS)が8日、首都ダマスカスに侵攻し、制圧したというニュースを聞いた時、シリアに駐留するロシア軍の動向が気になった。アフガニスタンでタリバンがカブールに侵攻し、同国を再占領する直前、米軍など北大西洋条約機構軍(NATO)は即カブールから退去し、最終的にアフガニスタンから撤退したことを思い出した。

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▲政権が崩壊したシリアのアサド大統領(2024年12月08日、IRNA通信)

 米軍がアフガンの軍事基地に残していった莫大な武器、軍事器材がイスラム過激派テロ組織の手に落ちた。米共和党は米軍のアフガニスタン撤去について、バイデン政権の大きな失策だと批判してきた。同じようなことがシリアでも起きるのではないか。今度は米軍ではなく、ロシア軍が撤退の危機に直面してきたのだ。

 ロシアはシリアにフメイミム空軍基地(Khmeimim Air Base)と地中海沿岸にはタルトゥ―ス海軍基地(Tartus Naval Base)を持っている。ロシアは2015年以来、シリアの内戦に関与し、アサド政権を支援してきたが、それと引き換えに、ロシアはシリア国内に空軍基地と海軍基地を得たわけだ。そのホスト国アサド政権がHTSの12日間余りの武装蜂起で崩壊してしまった。モスクワのタス通信によると、アサド大統領とその家族はモスクワに避難し、ロシア側はアサド大統領の家族に人道的な配慮から難民の資格を提供したと報じている。

 アサド政権の崩壊はロシアにとって威信喪失と受け取る向きがあるが、実際はそれ以上のダメージだ。モスクワが最も懸念していることは、フメイミム空軍基地とタルトゥース海軍基地の安全問題だ。モスクワには苦い思い出がある。ソ連軍が1989年にアフガンから撤退を強いられたことがある。そして今、ロシア軍がシリアから撤退すれば、ロシア軍の第2の撤退としてロシア軍の歴史で屈辱の出来事として記憶されることになる。名誉と威信を重んじるプーチン氏にとっては耐えられないことだ。

 ロシア外務省は8日、アサド大統領が国外に退避したことを確認する一方、「シリアの内戦はまだ終わっていない。シリア国内には様々な武装勢力が存在するからだ」と述べている。ロシアにとってシリア駐留のロシア兵士の安全確保と軍事基地の維持が急務だ。

 フメイミム空軍基地はシリア内戦では重要な役割を果たしてきた。同空軍基地は、シリア政府軍が使用していたバッサル・アル=アサド国際空港をロシアが改修し、2015年に正式に運用を開始した。ロシア軍のシリアにおける空軍活動の中心拠点だ。シリア内戦において、ロシアの航空支援はアサド政権の軍事的優位性を支える重要な要素となってきた。戦闘機(Su−35、Su−34など)、攻撃機、無人機、輸送機が配備され、作戦支援や空爆を行ってきた。ただし、ウクライナ戦争が激化して以降、フメイミム空軍基地から一部の部隊が撤退したと報告されている。

 一方、タルトゥース海軍基地は、ロシアが1971年にシリア政府と協定を結び、ソ連時代から使用している地中海沿岸の補給基地だ。2017年には、ロシアとシリアの間で条約が結ばれ、基地の長期使用権が認められた。ロシアにとって唯一の地中海海域における海軍基地であり、戦略的な価値が極めて高い。潜水艦やフリゲート艦などが定期的に寄港し、補給・修理を行ってきた。ロシア海軍が中東や北アフリカで影響力を行使するための足場となってきた。

 すなわち、シリアにあるロシアのフメイミム空軍基地とタルトゥース海軍基地は単にシリアだけではなく、中東全土への重要な軍事的足場だ。その拠点がアサド政権の崩壊でその存続の危機に瀕しているのだ。外電によると、HTSはロシア側に両基地の安全を保障したという。それが事実ならば、ロシア側もひと安心だが、シリア国内にはHTSのほかにトルコが支援するSNA(シリア国民軍)やクルド人勢力が主導する多民族混成部隊で、アメリカの支援を受けて活動しているSDF(シリア民主軍)などが存在する。ロシア側としてはHTSとの口約束だけではで十分ではないだろう。しかし、ウクライナ戦争で多くの兵力と軍事品を投入している時だけに、プーチン大統領にはポスト・アサドへの周到な準備が出来る余裕がないはずだ。それゆえに、欧米メディアでは「ロシア軍のシリア撤退も完全には排除できない」と受け取っているわけだ。

 興味深いニュースは、イスラエル空軍が8日、シリア国内のアサド政府軍の軍事拠点を空爆したことだ。決して火事場泥棒ではない。ネタニヤフ首相は8日、アサド政権の崩壊を歓迎し、「イスラエルがヒスボラや武装勢力を弱体化させたことでアサド政権は急速に弱まった」と説明。アサド政権の崩壊にはイスラエル側の功績があったと強調する一方、シリア政府軍が保有している大量破壊兵器(化学・生物兵器など)が危険な武装勢力の手に渡らないためにシリア国内の軍事拠点を破壊したという。アサド政権は過去、化学兵器を実戦で使用したと報じられてきた。

 なお、シリア国内には約900人規模の米軍兵士が駐留している。トランプ新政権が発足すれば、シリア駐留の米軍は完全にシリアから撤退するのではないか、といった情報が流れている。そうなれば、トルコ軍がシリアでの影響力を一層拡大することになる。

 参考までに、イランにとってアサド政権の崩壊は大きな痛手だ。イランはレバノンのシーア派武装勢力「ヒズボラ」への軍事支援をシリア経由で行ってきた。その運送拠点のシリアのアサド政権が倒れたことで、ヒズボラへの支援がこれまで以上に難しくなるからだ。

「アサド政権の崩壊」とその後のシリア

 「アサド政権の崩壊は近い」という見出しを付けてシリアの現状について書き出していたところ、反アサド組織、過激派イスラム組織「ハヤート・タハリール・アル=シャム」(HTS)が8日、首都ダマスカスに侵攻し、制圧、アサド大統領ら関係者は飛行機で首都から逃避したというニュースが入ってきた。HTSは「暗黒の時代は終わった」と宣言し、半世紀以上続いてきたアサド独裁政権が崩壊したと表明している。

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▲政府軍はアル・タアラ空港とハルハラ空港と治安部隊の統治を失う(2024年11月07日、英国に拠点を置くNGO「シリア人権監視団」(SOHR)公式サイトから)

 米国と欧州連合(EU)からテロ組織と指定されているHTSの宣言を鵜呑みにすることはできないが、アサド大統領は少なくとも首都から逃避したことはほぼ間違いない。現地からの情報によると、アサド大統領はまだ国内にいるが、妻と3人の子供たちは既にモスクワに逃避したという。アサド大統領の義兄はアラブ首長国連邦に逃避したという。AFPによると、エジプトやヨルダンの高官たちはアサド大統領にも国外退去し、野党を含む暫定評議会を設立するよう促したという。HTSは政権を掌握し、支持者に破壊行為をせずに平和的に事を進めるようにアピールしているという。

 HTSは先月27日攻勢を開始し、シリアの第2都市、北部の要衝アレッポを制圧し、5日には首都ダマスカスと北部を結ぶ交通の要衝で、シリア第4の都市であるハマも掌握し、次々とシリアの要衝を占領していった。そしてあっという間に、アサド政権が崩壊したことになる。アサド政権は最初は政府軍を派遣し、反体制派の進攻を阻止しようとしたが、反アサドで結束したHTSの攻勢をストップ出来なかったわけだ。2011年から始まったシリア内戦でアサド政権を支援してきたイランとロシアがアサド大統領の要請を受けながらも、軍事支援しなかったことがアサド政権崩壊の最大の原因かもしれない。アサド大統領と同じ少数宗派アラウィ派の人々が避難を始めているという。

 英国の「キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)」で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は7日、ドイツ民間ニュース専門局ntvとのインタビューに応じ、「シリアを支援してきたロシアとイランが今回、アサド政権を支援していないことに驚く。イランは2011年、反体制派の反乱に守勢にあったアサド政権を支援してきた。そして2015年にはロシアが介入したことでアサド政権は有利となって反体制派を鎮圧してきた経緯がある。その両国がアサド大統領の要請にもかかわらず、今回ほとんど支援していないのだ」と指摘している。

 ちなみに、米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は6日、内戦下のシリアから、アサド政権の後ろ盾であるイランの精鋭軍事組織「革命防衛隊」幹部や外交官らが退避を始めたと報じている。一方、ロシアはウクライナ戦争で兵力を大きく割かれているだけに、シリアの反体制派勢力への攻撃に兵力を充てる余裕がなかったのかもしれない。ロシアが今後、アサド政権を擁護するか見捨てるか不確かだ。

 父子2代、50年以上の独裁政権が続いてきたアサド政権崩壊後のシリア情勢はどのようになるだろうか。シリア問題の専門家クリスティン・ヘルベルク女史はntvとのインタビューで、「シリアは2020年以降、4つの勢力に分割されている」と指摘している。具体的には、シリア内の主要な武装勢力はアサド政権のほか、SNA(シリア国民軍)、HTS、およびSDF(シリア民主軍)だ。アサド政権が崩壊したとすれば、SNA、HTS、SDFの3武装勢力の動きがシリアの今後を左右する。

 1.SNA(Syrian National Army)はトルコが支援する反政府勢力の統一組織だ。以前は「自由シリア軍(FSA)」と呼ばれていたが、2019年に再編され、「シリア国民軍」として組織化された。主にスンニ派アラブ人を中心としたシリア人傭兵だ。トルコの軍事支援を受けており、訓練や装備の提供も受けている。目的はアサド政権の打倒と共に、トルコ政府の政策に基づき、クルド勢力(特にSDFの主要構成勢力であるYPG)との戦闘が主な活動だ。活動地域はシリア北部(トルコ国境沿い)だ。

 2.HTS(Hay'at Tahrir al-Sham)はシリア内戦におけるイスラム主義勢力の中で最も影響力を持つグループの一つ。かつて「アル=ヌスラ戦線」としてアル=カイダと提携していたが、現在は独立している。過激派イスラム主義者を中心とした勢力。元アル=ヌスラ戦線のメンバーが主体。シリア国内外からのジハード主義者が加わっている。目的はイスラム法(シャリーア)に基づく国家を樹立すること。アサド政権の打倒が目標だが、他の反政府勢力(特にSNA)やクルド勢力とも対立している。拠点は主にシリア北西部のイドリブ県。イドリブはHTSの実質的な支配下にあり、組織が行政機構や税制を運営している。

 ちなみに、ヘルベルク女史は「HTSはイスラム主義組織であり、国際的なジハード主義者ではない。彼らの議題は国際的なジハードではなく、国家的なイスラム主義だ」と説明している。米国はHTSの指導者アブ・モハメド・アル=ジュラニに1000万ドルの懸賞金をかけている。 

 3.SDF(Syrian Democratic Forces)はクルド人勢力が主導する多民族混成部隊で、アメリカの支援を受けて活動している。シリア内戦における主要な対IS(イスラム国)勢力として知られている。主体はクルド人民防衛隊(YPG)であり、女性部隊(YPJ)も含まれている。アラブ人部隊やその他の少数民族(アッシリア人、トルクメン人など)も参加。推定約5万〜6万人の戦闘員を抱えている。目的はクルド人の自治権確立を目指す一方、シリア全体の安定化を掲げている。IS(イスラム国)の掃討が中心的な役割だったが、現在はトルコやSNAとの戦闘が課題となっている。拠点はシリア北東部(ラッカ、ハサカ、デリゾール)を中心に広範囲を支配。

 上記の3勢力はアサド政権打倒で一致しているが、それ以外では対立。例えば、トルコが支援するSNAはクルド勢力(特にSDFのYPG)を敵視。北シリアの支配地域を巡り衝突を繰り返している。また、HTSとSNAは反アサドだが宗教的・戦略的な相違からしばしば対立。HTSとSDFは地域的には接触が少ないが、イデオロギーが異なり、根本的に対立している。

 以上、3武装勢力はアサド政権崩壊後、重要な役割を演じることになるが、その目的や戦略が異なるために今後、対立する局面が出てくることが予想される。もちろん、アサド政権の残滓勢力の動きも注視しなければならない。また、アサド政権を軍事支援してきたロシアとイラン両国の出方だ。このままでは両国はシリアでの影響力を失う一方、SNAを支援してきたトルコはアサド政権の崩壊で最も戦略的利益を得ることになる。
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