ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

サッカーW杯

習近平国家主席「サッカー王国」目指す

 ドイツで開催中のサッカーの欧州選手権(ユーロ2024)は9日からいよいよ準決勝に入る。スペイン対フランス戦、そして10日は英国対オランダ戦だ。4チームのどの国が勝利してもおかしくはない。欧州のサッカーの強豪国チームがグループ戦と本戦のKO戦を乗り越えて準決勝戦までたどり着いたわけだ。

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▲熱烈なサッカーファンの習近平国家主席(2022年3月7日、中国人民共和国国務院公式サイトから、写真は新華社)

 ホスト国ドイツはスペイン戦で1対2で惜敗したが、ドイツ国内のサッカー熱は燃え続けている。ドイツチームはユリアン・ナーゲルスマン監督のもと若手を中心に次第に結束し、実力をつけてきた。次期のサッカー・ワールドカップ(W杯)を目指していく。ドイツが往年のサッカー王国に復活する日もそう遠くはないだろう。

 独週刊誌シュピーゲル(2024年6月29日号)には「ユーロ2024」関連の記事が多いが、その中に興味深いニュースがあった。「ユーロ2024」の主要スポンサーは13社だが、そのうち5社は中国企業だというのだ。中国大手企業「阿里巴巴集団(アリババグループ)」が運営する海外向けの通販サイトAliExpressとその金融関連企業が提供する決算サービスのAlipay、 IT部品や自動車事業を扱うBYD、総合家電メーカーのハイセンス(Hisense)、そしてスマートフォンメーカーのVivoの5社だ。ホスト国ドイツの企業は3社しか主要スポンサーとなっていない。なお、中国企業がどれくらいのスポンサー契約金を支払っているかは不明だ。ホスト国ドイツもUEFA(欧州サッカー連盟)も公開していないが、スポンサーからの総収入は推定5億6800万ユーロといわれている。

 ところで、「ユーロ2024年」は欧州のサッカー選手権であり、中国チームはもちろん参加していない。にもかかわらず、中国企業がスポンサーとして顔見せしているのだ。それも5社も主要スポンサーとなっている。その理由の一つは、中国の最高指導者習近平国家主席がサッカー好きだからだという。同主席が2012年に中国共産党政権のトップに就任して以来、卓球王国の中国でサッカーが広がっていった。

 中国には一応サッカーリーグが存在する。スーパー・リーグだ。UEFAの国別ラインキングでは中国のサッカーは世界88位だ。中国のナショナルチームがW杯に参加できるまでにはまだ多くの年数がかかるだろう。

 習近平主席は2050年までに中国でW杯大会を開催し、優勝することを目標に置いている。それゆえ、中国人選手のサッカーのレベルアップのため、欧州各地から多くのサッカー選手を高額の契約金でスカウトしている。

 シュピーゲル誌には2017年に訪独中の習近平主席夫妻がドイツのメルケル首相(当時)と一緒に子供たちのサッカーチームと撮影した写真が掲載されている。メルケル首相は現職時代11回も中国を訪問している。輸出国ドイツ企業の中国市場進出を後押しするためだが、ドイツ企業の製品を紹介するだけではなく、ドイツのナショナルスポーツともいうべきサッカーを中国に輸出していたのかもしれない。その意味で、中国のサッカー熱の影の功労者はメルケル氏ともいえる。

 シュピーゲル誌にはドイツのナショナルチームのキャップテン、イルカイ・ギュンドアン(FCバルセロナ所属)の実兄がドイツで中国語学科に学び、現在、中国とサッカーに関連した博士論文をまとめているという話を紹介していた。ギュンドアン主将はトルコ人の親を持つドイツ生まれの選手であり、兄は中国語学科を学ぶ学者の道を歩みだしている。ドイツと中国の間にはサッカーを通じてさまざまな繋がりがあるわけだ。

 中国共産党政権はサッカーをスポーツというより、政治、ビジネスのための手段と見ている。中国国内のサッカー人口は少数派だが、中国企業が「ユーロ2024」のスポンサーになる背景には、サッカーの持つ潜在的な人気をビジネスに利用したいという狙いがあるのだろう。UEFAによると、「ユーロ2024」のイベントの波及効果は世界50億人を超えるという。中国企業が世界的な企業に成長するためのイメージ作戦にとってサッカー欧州選手権は絶好のチャンスというわけだ。

 考えてみてほしい。中国大手の決算サービス社Alipayが欧州で開催される「ユーロ2024」のスポンサーになるメリットは何だろうか。欧州国民がAlipayのAPPを通じてを支払いをするだろうか。

 中国の経済体制は需要と供給の関係で動く市場経済システムではなく、国家がまず目標を立案し、作成された計画(例5か年計画)に基づいて運営される経済社会だ。欧米諸国の市場経済は短期戦ではその強みを発揮するが、長期戦となれば計画経済システムが地力を表すこともある。ひょっとしたら、2050年までには習近平主席の進軍ラッパのもと中国サッカー界は黄金期を迎えるかもしれない。

W杯決勝を視なかったローマ教皇

 驚いた。アルゼンチン出身のフランシスコ教皇は18日に国際サッカー連盟(FIFA)主催のサッカー世界選手権(W杯)の決勝戦、フランス対アルゼンチン戦を観戦しなかったというのだ。最初は信じられなかったが、バチカンニュースがフェイクニュースを流すことはないだろうから、教皇は母国アルゼンチンが前回優勝国のフランスと争う決勝戦を本当に見なかったのだろう。

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▲バチカン杯で優勝した小児病院チーム(2022年12月14日、バチカンニュースから)

 でも、どうしてか。“ペテロの後継者”ローマ教皇も人間だ。突然、40度の高熱に襲われたのだろうか。サッカーのメッカの南米出身のローマ教皇だ。母国チームが36年ぶりのW杯獲得を目指しているのだから予定を変更してTVの前に座って試合を観戦したとしても神の怒りを呼ぶことはないだろう。

 過去の教皇の中には、自国の重要なサッカー試合をぜひとも観戦したいため、教皇庁のプロトコールを変更した教皇がいた。教皇として27年間の長期政権を担当したポーランド出身のヨハネ・パウロ2世だ。教皇に選任された1978年の10月22日、落ち着かなかった。その夜、ASローマとFCボローニヤのサッカー試合がテレビで中継されるからだ。どうしても観戦したかった。そこでパウロ2世はプロトコールを早め、夜テレビ中継が観戦できるように調整したという。大したものだ。ちなみに、同2世はクラクワの子供時代、サッカーが大好きで、ポジションはゴールキーパーだった。

 フランシスコ教皇の場合、教皇に選出された直後、新教皇がアルゼンチンのサッカークラブ、サン・ロレンソ(San Lorenzo)のファンだというニュースが流れてきた。クラブのトリコー(ユニフォーム)を抱えて笑うブエノスアイレス大司教(現フランシスコ教皇)の写真が掲載されたほどだ。大司教は単なるファンではなく、同クラブメンバーに登録していたのだ。クラブへの熱意は中途半端ではない。南米はサッカーの王国だ。サッカーを理解できずに人を牧会できない。

 そのフランシスコ教皇が母国代表のW杯決勝戦をなぜ観戦しなかったのか。アルゼンチンの新聞「ラ・ナシオン」のバチカン特派員エリザベッタ・ピケ氏の証言によれば、18日の夜、教皇は1990年に聖母マリアに「もうテレビを見ない」という約束をしたという。そして教皇はその約束をこれまで忠実に守り続けているというのだ。

 バチカン放送はフランシスコ教皇が聖母マリアになぜ「もうテレビを見ない」と約束したのかについては説明していない。ブエノスアイレス大司教だったフランシスコ教皇が当時、聖務を忘れてサッカー試合に熱中したため、聖母マリアからお叱りを受けたからだろうか。

 フランシスコ教皇はW杯決勝戦をライブでは観戦しなかったが、試合の数時間前に、決勝戦についてイタリアの放送局カナーレ5とのインタビューに応じ、勝利チームへのメッセージを送っている。曰く、「誰もが勝者を祝福します。彼らは勝利を謙虚に受け取るべきです。最大の価値は勝つことではなく、公正かつ適切にプレーすることにあるからです」と強調し、「両チームは握手する勇気も持つべきです。私たちはスポーツマンシップを確実に成長させなければなりません。このワールドカップが、人を高貴にするスポーツマンシップの精神を活性化するのに役立つことを願っています」と語り、締めくくっている。

 当方はこのコラム欄で「なぜ、神様はサッカーを愛するか」(2014年9月3日参考)という記事を書いた。そこで「世界サッカークラブのトップを走るドイツのブンデスリーグには欧州選手だけではなく、アフリカ、アジア、中東から、と文字通り世界各地の選手が集まっている。彼らはゴールを目指し、ボールを追う。そこでは民族、宗派の違いはテーマではない。神様がサッカーというスポーツを愛するのは、そのためだろう」と書いた。その思いは今も変わらない。実際、フランス代表には昔の植民地出身のサッカー選手が多くいることに気づく。

 サッカーはカタールのモダンなルサイル競技場だけではなく、ボール1個あればどこでも楽しむことができるスポーツだ。野原でボールを追いかけっこする子供たちの姿はサッカーのルーツだろう。実際、バチカンにもクレリクス・カップ(Clericus Cup)というサッカーリーグが存在する。リーグ戦には19歳から57歳までの神学生、神父たちが、出身国別ではなく、機関所属別に分かれ、バチカン近くにあるペトリアナピッチで試合が行われる。バチカンニュースによると、小児病院チームがドンバウヒュッテのファブリカチームとの最終戦を3−0で勝利し、2022年のリーグ優勝に輝いている。

 母国に戻ったアルゼンチン代表を歓迎する凱旋パレートが20日、首都ブエノスアイレスで行われ、400万人以上の国民が集まった、というニュースが報じられた。国民は自国に栄誉をもたらした代表たちを迎え、日ごろの苦労を忘れて喜び、その勝利を導いた神に感謝を捧げる。サッカー・ボール1個が国民を結束させ、人々は勝利に酔って歓喜の声を上げ祝い踊る。南米では「サッカーは宗教」といわれる所以だ。

 アルゼンチン代表の主将リオネル・メッシ(35)はインターネット交流サイト(SNS)に「失望がなければ成功はやってこない。さあ行こう、アルゼンチン」(時事通信)と国民を鼓舞したという。

カタールW杯決勝戦はドラマだった

 国際サッカー連盟(FIFA)主催の第22回サッカー世界選手権(W杯)カタール大会は18日、ルサイル競技場で決勝戦が行われ、南米の強豪アルゼンチンが前回優勝国フランスを延長戦、そしてPK戦の末破り、王者となって幕を閉じた。アルゼンチンは1978年自国で開催されたW杯大会と86年のメキシコ大会に次いで36年ぶり3回目のW杯制覇となった。

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▲36年ぶりにW杯を獲得したアルゼンチン代表(2022年12月18日、カタール・ルサイル競技場、オーストリア国営放送の中継のスクリーンショットから)

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▲36年ぶりのW杯制覇に喜ぶアルゼンチンのファンたち(2022年12月18日、カタール・ルサイル競技場、オーストリア国営放送の中継のスクリーンショットから)

 決勝戦は見応えがあった。試合は前半アルゼンチンのリオネル・メッシ(35)がPKで得点を挙げて先行、36分にはアンヘル・ディマリアが2点目のゴールを挙げて有利に展開した。後半に入ると、フランスが攻勢をかけ、今回のW杯の得点王に輝いたキリアン・エムバペが36分にPK、その1分後に同点シュートを決めて試合は2対2となって延長戦に入った。

 そして延長後半3分にアルゼンチンのメッシがゴール前の混戦を抜け出してシュートを決め、3対2としてアルゼンチンの勝利は間違いないと思われた。3点目の得点を挙げたメッシは、涙を流しながらファンに向かって喜びを共にした。しかし、土壇場の後半13分にアルゼンチンの反則でPKに立ったエムバぺはこの試合3点目の得点を決めて3対3と同点とした。

 試合は最終的にはPK戦にもつれ込み、最初のシュートをアルゼンチンのエースのメッシ、フランス側は得点王のエムバぺがそれぞれ決めて1対1と並んだが、その後、フランス側のPKが2回続けて失敗して4対2でアルゼンチンが勝利を収めた。

 36年ぶりのW杯勝利にアルゼンチンの選手、コーチたち、決勝戦を観るため競技場に来たアルゼンチンのサポーターたちは大喜び。紅潮した顔でピッチ上の選手たちに手を振るファン、神に感謝の祈りをするファンの姿などがTVの場面に映し出された。

 アルゼンチンはブラジルと共に南米サッカーの強豪と恐れられてきたが、W杯では敗退が続いてきた。国民経済が停滞し、苦しい生活を余儀なくされているアルゼンチン国民にとってもW杯大会は特別だ。自分の車を売ってカタールへの飛行機代を工面したファンもいたという。

 特に、アルゼンチンのディエゴ・マラドーナの後継者メッシは過去、選手キャリアで全てのタイトルを取ってきたが、一つだけ欠いていたものがあった。W杯の金メダルだ。メッシは最後のW杯出場となるカタール大会には思いを込めて臨んできたという。

 グループ戦(11月22日)でサウジアラビアに1対2で敗退するなど、スタートは最悪だったが、試合を重ねるに連れてチームワークはよくなり、「W杯カップをアルゼンチンに」という強い思いで団結していった。アルゼンチン代表はこれまでメッシ1人のチームと思われてきたが、カタール大会では選手全員がメッシを支えながら結束していったのが勝因だろう。

 大会ではエムバぺの活躍が目立った。8得点を挙げて得点王に輝いた。エムバぺは今月20日で24歳になったばかりだ。世界のサッカー界を今後引っ張っていくスターであることは間違いない。シュート力、冷静さ、速度、全て兼ね備えた天才的な選手だ。若い時、自分のタイプと似ているポルトガルのクリスティアーノ・ロナウドを英雄視、いつかロナウドのような選手になりたいと思って練習に励んできたというエピソードは有名だ。

 なお、ロナウドのポルトガルは今回、準々決勝(12月11日)でモロッコに0対1で敗れ、W杯制覇の夢がかなわなかった。ロナウドにとってもカタール大会はW杯最後の大会となった。ただ、ライバル、メッシがW杯カップを手にしたのとは好対照の結果となった。サッカーを含む全てのスポーツ競技には多くの人間的ドラマがある。メッシもロナウドもカタール大会を最後に若い世代にサッカー界の未来を委ねることになる。

 カタール大会では開催前、開催中にも人権問題や女性の権利問題、LGBT(性的少数派)問題などが騒がれてきた。中東のカタール大会は開催時期を冬開催に変更するなど、多くの障害があった。ドイツ代表はLGBT連帯を示す腕章をつけて試合に臨もうとしたためFIFAから警告されるなど、ピッチ以外で騒がしい大会となった。

 砂漠の地でW杯を誘致したカタール側は巨額の資金を投入して大会を成功させるために腐心してきた。欧州議会副議長のスキャンダルが大会終盤に入ってメディアに報道され、カタール開催が実現するまでに多くの腐敗や不祥事があったことが改めて明らかになったばかりだ。

 一方、大会に参加した32カ国代表の試合は醍醐味と話題を提供し、世界のサッカーファンを楽しませてくれたことは間違ない。W杯は世界のサッカーの祭典だ。その意味ではカタール大会は成功したといえる。

 最後に、日本代表の活躍は素晴らしかった。ただ、日本代表がベスト8以上に入るためにはまだ多くの課題があることが明らかになった感じがする。日本代表の多くは欧州のリーグで活躍中だ。次期W杯にはベスト8の壁をぜひとも突破してほしい。なお、2026年の次期W杯大会は48カ国のチームが参加し、米国、カナダ、メキシコの3カ国共催で行われる。

エムバペの弾丸シュートを見ろ

 サッカーW杯、日本対クロアチア戦の感想を書く予定だったが、当方は日本とクロアチア戦の前日(4日)、フランス対ポーランド戦を観戦して、弾丸シュート2発を放った仏FWキリアン・エムバペの凄さに感動し、その余韻が今も残っている。

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▲日本対クロアチア戦で前田が44分、先行のシュートを決める(オーストリア国営放送中継のスクリーンショットから、2022年12月5日)

 エムバペのシュートは文字通り弾丸シュートであり、GKが動く前にボールはネットに突き刺さっていた。ひょっとしたら、GKがボールをキャッチしたとしても、ボールと共にネットに押し込まれてしまうのではないか、と感じたほどだ。タイミング、スピード、エムバペはやはり天才的な選手だと分かった。アルゼンチンのリオネル・メッシやポルトガルのクリスティアーノ・ロナウドが抜けた後、エムバペが世界のサッカー界を引っ張っていくのはほぼ間違いないだろう。

 もちろん、サッカー試合は個人スポーツではないので、イレブンの結束、連携なくして勝利は難しい。所属するチームでゴールを何度も打てる選手がナショナルチームでは本来の力をなかなか発揮できないのは、短期間での練習、調整だけで本選に出ていかざるを得ないので、コンビネーションやタイミングがもう一つ決まらないことが多いからだろう。例えば、カタール大会を最後のW杯と考えるメッシは今大会では得点を挙げているが、メッシのボールさばきは天才的だとしても、これまでW杯など国別大会では物足りない成績しか上げられなかったのは当然かもしれない。

 それにしてもエムバペはまだ23歳だ。これからさらに伸びていくだろう。けがなどがない限り、サッカー界を引っ張っていけるスターだ。エムバペはカタール大会で既に5得点を挙げている。得点王の最有力候補だ。エムバペはW杯初出場のロシアW杯大会(2018年)では4得点だった。着実にパワーアップしている。

 ブラジルからペレ氏(82)が闘病生活というニュースが流れてきた。ブラジル国民はペレ氏の回復のために祈りを捧げているという。ディエゴ・マラドーナが亡くなり、サッカーの神様と呼ばれたペレが死闘のベッドにいる。世界のサッカー界は新しいスターを見つけ、エムバペ時代に入ろうとしている。時間は止まらない。その非情さを痛感させるカタールW杯ともなった。

 日本代表は素晴らしい活躍をした。予選でW杯覇者だったドイツ、スペインの両チームを撃破したことは日本のサッカー史に残ることは間違いない。クロアチア代表の主将でFIFAの最優秀選手賞にもなったMFルカ・モドリッチは、「日本チームがスペインとドイツの両チームを破った理由が分かった」と吐露したという。日本の場合、やはりチーム力であり、結束力だろう。素早いボールさばきは相手チームを脅かすのに十分だった。

 森保一監督は試合後、「選手はよくやってくれた。感謝する、同時に、応援してくれた日本の国民にも感謝したい」と述べていた。PK戦で惜しくも敗れたが、仕方がない。どのスター選手でも大きな舞台でのPKは容易ではない。対フランス戦でPKしたポーランドのFWロベルト・レバンドフスキ―(FCバルセロナ)も1度は失敗していた。ドイツのブンデスリーガで何度も得点王に輝いた最高のFWですら、W杯の舞台でのPKは大きなプレッシャーとなるわけだ。日本の選手の場合、ファンや国民の支援、期待を強く感じるゆえに、さらにプレッシャーとなって日ごろの実力を発揮できなくなるのだろう。

 オーストリア国営放送で試合を中継していたヘルベルト・プロハスカ―氏(元オーストリア代表MF)は現役時代、イタリアのセリエAで活躍した選手だが、「練習では簡単に打ててもW杯や欧州選手権では難しい」と語っていた。ロナウドも前回のW杯でPKを失敗した。PKを何度も経験した選手ですらPKでボールをネットに入れることは容易ではないのだ。だからPKで無事ゴールを挙げた選手がその直後、笑顔を見せて喜ぶのは当然のことだ。どの選手にとってもPKは大仕事だからだ。

 日本チームはパスワークは素晴らしいが、ゴール前の争いで負けるシーンが多い。190センチ以上の長身選手が必要だ。ゴール前でボールを転がして攻撃するだけではなく、ゴール前でボールを打ち上げてヘッドでネットに入れられる選手が出てくれば、攻撃にも幅が出てくるから、相手チームにとっても脅威となるだろう。地上戦と共に空中戦の強化だ。

 チャンネルを変えると、アルペンスキー大会が行われていた。ウィンタースポーツたけなわの中、中東カタールでサッカーのW杯が行われているわけだ。カタールW杯はさまざま批判を受けているが、その大会で世界のサッカー界は確実に新しい時代の夜明けを告げているわけだ。選手の技術力の向上もあるが、やはり1人の天才的な選手はサッカー界をさらに刺激的にしている。それだけに、若手の優秀な選手を抱えながらもGKマヌエル・ノイアー(36)やFW/MFトーマス・ミュラー選手(33)に拘るドイツチームの計画性のなさが否応なく目立った。

「サッカー王国」ドイツのW杯予選落ち

 ドイツ国民の苦悩を語る前に、先ず、ドイツのメディアの声を拾ってみる。

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▲サッカーワールドカップ(W杯)予選で敗北が決まったドイツチームのフリック監督の記者会見風景(オーストリア国営放送の中継のスクリーンショットから)

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▲W杯決勝進出ができなくなって失望するドイツ代表(オーストリア国営放送の中継スクリーンショットから)

 「12月1日、偉大で誇りあるサッカー王国の終わりを体験した」(独大衆紙ビルド)

 「ドイツはいいサッカー選手を抱えているが、それだけでは十分ではない。わがチームはまたW杯から早々と落ちてしまった。フリック監督が戦略を有していないからだ。ドイツサッカー協会(DFB)が久しく抱えてきた弱点だ。カタール大会のドイツチームはこれまでと同じだった。すなわち、情熱的だったが、計画性がなかったのだ」(独週刊紙「ツァイト」)

 「ドイツチームがまたW杯グループ戦で敗北した。チームの能力はW杯を戦うだけのものではなかった。責任を取らなければならない。わずかミリメーターだったが、世界のトップチームからは大きくかけ離れていたのだ」(独週刊誌シュピーゲル)。

 次に、欧州の他のメディアの声を少し紹介する。

 BBC「世界サッカー界の巨人が落ちた」

 スペインのスポーツ新聞「ムンド・デポルティーボ」「さようなら、ドイツよ」(グラシアス・ドイツ)

 フランス「ル・モンド」紙「サッカー界に地震が起きた、ドイツは2018年のW杯と同様、予選で敗北した」

 参考までに、カタール大会に参加できなかったイタリアのメディア「コリエーレ・ディラ・セーラ」の声

 「カタールでのW杯は、ドイツチームにとって災害だ。決して諦めず、最後の1秒まで戦うドイツ人の神話は崩壊した。サッカーが変化したのだ。私たちイタリア人以上にそれを理解できる人はいないだろう。ドイツの敗北の主な原因は、GKノイアー選手やFWミュラー選手のような昔の英雄たちだ」

 ドイツはサッカー王国だった。過去、4回、W杯の覇者であったし、3回サッカー欧州選手権者の優勝国だった。過去にはブラジルと匹敵する実績と多くの優秀な選手を輩出してきた。それが前回のモスクワW杯(2018年)では今回のカタール大会と同様、早々と予選で敗北し、欧州選手権でも同様だった。ドイツのナショナルチームに何があったのか……、これをドイツ国民が今、問いかけているのだ。

 グループEのチームが発表された時、多分大多数のサッカーファンの日本人も「決勝戦に進出するのは絶望的だな」と考えただろう。世界のサッカーに精通していないが、愛国心の強い日本人だけが「グループ戦を乗り越え、ベスト8入りも夢ではない」と考えていた。

 同グループには、強豪ドイツ、スペインが入っている。それに南米のコスタリカだ。どうみても日本チームが決勝戦に進出することは厳しい、というのがサッカー界の偽りのない声だったからだ。

 グループ戦は終わった。その結果はグループ1位に日本が入り、2位にスペイン、そしてドイツは最終戦の対コスタリカで4対2で勝利してかろうじて最下位を逃れた。対コスタリカ戦の前半、ドイツは0対1でコスタリカにリードを許した。コスタリカはドイツに勝ち、日本が勝利すれば、F4グループで決勝進出はコスタリカと日本で、スペインとドイツの2大強国は予選落ちとなっていたのだ。世界のサッカーファンは自分の目を疑っただろう。幸い、ドイツがコスタリカ戦で逆転したので、スペインは日本の後塵を拝することになったものの、決勝戦には進出できたわけだ。

 「ドイツの苦悩」について話を続ける。カタール大会だけに限れば、ドイツにとって初戦の相手国日本チームに敗北したことがその後の戦いに大きな影響を与えたことは間違いないだろう。なぜなら、ドイツの選手たちは日本チームに敗北するとは夢にも思わなかったからだ。それが1対2で敗北したのだ。ドイツ対日本試合を中継していたドイツ公営放送のサッカー専門家も信じられないといった顔をしていた。

 その通りだ。ドイツ代表が日本チームに負けるとはサッカーを少しでも知っているファンなら想定外のシナリオだからだ。それゆえに、対日戦敗北を咀嚼して再び這い上がるために選手たち、監督は苦悩したわけだ。ドイツチーム関係者には、4年前の「モスクワW杯」の悪夢が蘇っていたからだ。

 22回サッカーW杯カタール大会では砂嵐ではなく、“政治の風”が吹いている。ドイツのメディアによると、ドイツの選手たちは対日戦前、試合の作戦を考えるより、性的少数派(LGBT)の権利を蹂躙し、女性の権利を認めないホスト国カタールへ抗議の印の腕章をつけて試合に臨むか否かを議論していたという。FIFA側がドイツチームの行動に対し、「ピッチで政治的言動をすることは許されない」と指摘、違反した場合、制裁金を科すと警告した。ドイツチームは、FIFAの警告を無視して「ワン・ラブ」の腕章をつけて試合に臨むかで、土壇場まで選手たちは話し合ったというのだ。そして試合の当日、試合開始前の写真撮影の際、選手たちは口を手でふさぐことで、LGBTの権利要求の声を抑えるFIFAに抗議したわけだ。しかし、肝心の試合は1対2で日本に逆転されたのだ。勝利のために一丸となっていた日本チームに負けてしまったわけだ。

 ドイツの予選落ちが決まると、カタールの国民は喜んだ。1人のカタール人は独メディアのインタビューの中で、「ドイツ人は傲慢だ。よその国にきて女性の権利とか、性的少数者の権利とか叫んでいた。どの国にも文化と伝統があるが、ドイツ人はそれを無視して我が国を批判した」と述べ、ドイツを追っ払ってくれた日本チームに感謝していた。

 一方、ドイツのファンの1人は、「スペインは我が国を救ってくれなかった」と嘆き、怒りをスペインに向けていた。スペインが日本に勝っていたならば、ドイツはグループ2位で決戦に進出できたからだ。いずれにしても、ドイツ代表はW杯の予選で敗北し、ホスト国カタール国民からは「傲慢」と嫌われる、といった散々なな結果に終わったわけだ。

 南ドイツ新聞は「ハンス・ディーター・フリック監督の辞任」をさっそく要求している。監督のほか、GKのマヌエル・ノイアー選手(36)やFW/MFトーマス・ミュラー選手(33)の名前も辞任候補者に挙がっている。今後、ドイツ代表の再編が急速に行われるだろう。なぜならば、2024年にはドイツでUEFA主催の欧州選手権が開催されるからだ。それまでにドイツが「サッカー王国」を復活させることができるか、それとも世界サッカー界の「Bチーム」という屈辱的な位置に甘んじるのか。

“政治の風”が吹き荒れるカタールW杯

 国際サッカー連盟(FIFA)主催でカタールで開催中の第22回サッカー選手権(W杯)では砂嵐ではなく、“政治の風”が吹いている。砂嵐の場合、前方すら見えなくなってサッカー試合どころではなくなるが、近代的なサッカー競技場ではそのような心配は不要だ。“政治の風”の場合、ホスト国のカタールにとっても、参加国32カ国チームにとっても、不必要な雑音に悩まされ、試合に集中できなくなる、といった状況が出てくる。

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▲チームの最初のゴールを決めた後、チームメートから祝福される堂安律選手(2022年11月23日、撮影:Chris Brunskill/UPI)

 カタールW杯大会の最初の“政治の風”の犠牲者はドイツチームだろう。W杯で過去、4回優勝している強豪ドイツがFIFAランキングで24位の日本チームに逆転で敗北を喫したのだ。ドイツが日本に敗れると、ファンはショックを受けるとともに、「なぜ敗北したか」というテーマで議論が沸いている。

 ドイツのメディアによると、どうやら選手の不甲斐なさというより、選手たちは対日戦前、作戦を考えるより、性的少数派(LGBT)の権利を蹂躙し、女性の権利を認めないホスト国カタールへ抗議への印の腕章をつけて試合の臨むか否かを議論していたというのだ。すなわち、選手たちは肝心の試合に集中せずに、もっぱらLGBTの支援を意味する腕章をつけて試合に出るか否かに頭を悩ましていたわけだ。

 FIFA側はドイツチームの行動に対し、「ピッチで政治的言動をすることは許されない」と指摘、違反した場合、制裁金を科すと警告した。そこでドイツチームは、FIFAの警告を無視して「ワン・ラブ」の腕章をつけて試合に臨むかで、土壇場まで選手たちは話し合った結果、試合の当日、試合開始前の写真撮影の際、選手たちは口を手でふさぐことで、LGBTの権利要求の声を抑えるFIFAに抗議した。しかし、肝心の試合では1対2で日本に逆転されたのだ。勝利のために一丸となっていた日本チームに負けてしまったわけだ。

 ドイツのファンの1人は、「選手たちは何のためにカタールのW杯に参加しているかを忘れている。少なくとも、LGBT支援のためではない」と指摘している。多分、その意見は正しいだろう。参考までに、ドイツのフェーザー内相は23日、スタンドの貴賓席でレインボー腕章を着けてFIFAのジャンニ・インファンティノ会長の隣に座り、選手たちに代わってLGBT支援をアピールしていた。

 カタールの“政治の風”はドイツチームだけではない。国内で女性の権利が蹂躙され、多くの国民が治安部隊に拘束されているイランのチーム選手たちにも吹きつけている。イランの選手たちは試合開始前の国歌斉唱を拒否し、抗議デモに参加している国民に連帯を表明した。イラン選手の行動について、FIFAは不快感を吐露したが、欧米のメディアはおおむね好意的に受け取って報じた。ただ、イラン選手たちがテヘランに帰国した後、当局からの制裁が待っているのではないかと懸念されている。

 ちなみに、イランの有名なクライマー、エルナス・レカビさん(33)が韓国で開催されたアジア競技大会でヘッドスカーフを着用せずに出場。レカビさんが10月19日、韓国からテヘラン空港に戻った際、一時期行方が不明となった。レカビさんは公開されたインタビューの中で、スカーフを着用せずに競技をしたのは「うかつだった」と謝罪したが、それはイラン当局から謝罪を強要されたためと受け取られた。

 サッカーW杯大会は夏季冬季五輪大会、米国フットボールのスーパーボウルと共に、ファンの数、放映されるテレビ局の数からも世界的なスポーツ・イベントだ。競技結果、選手の一挙手一投足は世界に即発信される。その意味で、W杯で日頃の政治的信念を吐露したいと考える選手たちが出てくる。W杯が大きな政治的舞台ともなり得るからだ。中東初のW杯開催国となったカタールの場合、その典型的な実例だろう。スポーツの祭典、五輪大会の憲章には政治的、宗教的、人種的な意思表明を禁じている。FIFA主催のW杯大会も基本的に同じルールだ。

 なお、欧州連合(EU)欧州議会は24日、サッカーW杯の主催国カタールを巡り、性的少数者(LGBTなど)の人権が蹂躙されているという趣旨の非難決議を採択した。また、W杯開催用のスタジアム建設で数千人の移民労働者が死亡したとして、カタール政府とFIFAに補償するよう求めた。カタールのW杯開催を契機に、欧米のメディアはカタールの人権問題を大きく報道している。

 サッカーW杯は第一にスポーツイベントだ。その場で選手や関係者が自身の政治的信条や宗教的信仰を発信させることはやはり慎むべきだ。適した時と場所があるはずだ。ピッチや記者会見の場でアピールすることは避けるべきだ。参加する選手たちは試合に集中すべきだ。ドイツチームの対日戦の敗北はそのことをはっきりと教えている。それとも、ドイツチームは日本チームとの試合は作戦を考えなくても楽勝できる相手だ、と考えていたとすれば、ドイツチームは傲慢であり、それにゆえに罰せられたわけだ。

 ドイツチームのハンジ・フリック監督は24日、オンライン記者会見で、「もう猶予がない。次のスペイン戦(27日)のため集中することが重要だ」と述べている。“政治の風”に吹き飛ばされないために、繰り返すが、ドイツ選手たちは試合に集中すべきだ。

中東「砂漠の地」でW杯開催される時

 イエスは2000年前、イチジクの木を例に挙げて、「イチジクの木からこの譬(たとえ)を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる」(「マタイによる福音書」第24章)と語り、時の訪れを知れと諭した。宇宙、森羅万象の動きから季節の移り変わりを知ることが出来るように、歴史の「時」も分かるというのだ。

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▲第22回W杯開会式を告げるカタールのタミム・ビン・ハマド・サーニ首長(2022年11月20日、オーストリア国営放送の中継から撮影)

 中東では興味深い話を聞く。曰く「遊牧民が放浪生活を止め、定着し、砂漠の地に高い塔を建設する時、人類は終末を迎える」というのだ。中東のカタールで今、国際サッカー連盟(FIFA)主催の第22回サッカー世界選手権が開催中で、グループ戦が始っている。テレビで試合を観戦中、突然、その話を思い出した。

 大会3日目の22日、中東の盟主サウジアラビアのチームが世界の強豪アルゼンチンを2対1で破るという大ハプニングが起きた。ブックメーカーも困っただろう。先述した「砂漠の地で……」の話が俄然、生き生きとして思い出された。メッシはなぜサウジに敗北したのか合点がいかない戸惑いを見せていたが、サウジを代表とするイスラム圏の国民たちはこの時ばかりは国を超え、選手の勝利を喜び、まるで「イスラム国家圏の勝利」のように踊り出した。

 オーストリア国営放送でW杯を解説していた元サッカー選手は、「フランスのW杯の時、欧州で開催されているといった特別な感慨は選手たちにはなかったが、カタールW杯の場合、中東の人々はイスラム教国で初めてW杯が開催されたことに誇りを感じている」としみじみと語っていた。

 カタールのW杯開催が人類の終末の到来の徴(しるし)か否かは分からないが、カタールのW杯ほど西側メディアから批判され続けている大会は珍しい。開催前、カタールがW杯開催の誘致に成功すると「金で買った大会」と誹謗され、砂漠の地に新しい6つのサッカー競技場を建設すると、「外国人労働者が過酷な労働を強いられ、6500人以上の外国労働者が亡くなった」と言われ、国際人権グループから批判にさらされている。同時に、カタールでは女性の権利が蹂躙されていることで女性の権利擁護団体から厳しいお叱りを受け、カタールでは性的少数派が激しい迫害を受けているとして、LGBTグループから「カタールは石器時代の古い伝統にしがみついた国」と中傷されている、といった具合だ。

 W杯に参加した32カ国のチームの中にはドイツチームの選手たちがカタールの人権問題やLGBT差別に抗議する腕章をつけようとして、FIFAから「ピッチではそのような行為は認められていない」という理由で厳重注意を受けたばかりだ。また、イランでは女性の権利が迫害されているが、同国のチーム選手が試合開始前の国歌斉唱を拒否し、連帯を表明した。

 スポーツの祭典、五輪大会の憲章には政治的、宗教的、人種的な意思表明を禁じている。1968年メキシコシティ五輪大会で200m競走の覇者トミー・スミスと3位のジョン・カーロスがメダル授与の表彰台でブラックパワー・サリュート(拳を高く掲げ黒人差別に抗議する示威行為)をしたことは有名だ。両選手はその直後、処罰を受けている。

 サッカーの世界でも同じだ。ピッチでイスラム教徒の選手がゴールした時、アラーに感謝する仕草が見られたが、ピッチ上では本来、宗教的言動は禁止されている。キリスト教徒の選手でも同様だ。ブラジルのナショナルチームが勝利した時、多くの選手が十字架を切り、天を仰いで祈りを捧げる姿が過去、多く見られた。政治だけではなく、宗教的な言動も禁止されている。

 カタールのW杯について、看過できないニュースが流れてきた。イタリアの調査ジャーナリストグループ「IrpiMedia」によると、カタールとFIFAは「カタールW杯大会が気候中立な最初の大会」と宣言してきたが、事実はそうではないというのだ。

 衛星画像からカタールでは過去10年間にW杯用の新たなスタジアムを建設するために少なくとも800万平方メートルがアスファルトで舗装され、コンクリートが敷かれたことが明かになった。サッカー場1140面分に相当する。6つのスタジアムがコンクリートの表面にゼロから建設され、2つの既存のスタジアムが改装された。また、8つの会場間で人々を移動させるために、何千もの新しい道路と駐車場が建設された。ドーハ空港が拡張され、スタジアムを冷却するためなど、多数の補助的な建物が建設され、7つの取り外し可能なシェルターも建設された。淡水化プラントを使用する砂漠での水処理だけでもエネルギー集約的だ。カタールはほぼ化石燃料のみを使用している。FIFAとカタールは、建設段階から大会全体の解体までCO2換算で360万トンの温室効果ガスが大気中に放出されると計算していたが、実際ははるかに多いわけだ。

 話は最初に戻る。砂漠の地で多くの高層ビルが聳え、砂漠にはコンクリートが敷かれ、6つの新しい競技用スタジアムが建設された。カタールではラクダレースしか知らない昔の遊牧民がボールを必死に追いかけるサッカー試合を観て、なんと思うだろうか。終末だろうか、それとも中東の新しい夜明けだろうか。

サッカーファンは“ハムレットの悩み”

 イングランドの劇作家ウィリアム・シェイクスピアの劇「ハムレット」の中でデンマーク王子ハムレットが、「生くべきか、死すべきか、それが問題だ」と呟く場面があるが、カタールで20日から開かれる国際サッカー連盟(FIFA)主催のサッカー世界選手権大会(W杯)の開幕を前に、世界のサッカーファンの中には、「カタールで行われるサッカー試合を観るべきか、断念すべきか、それが大問題だ」と深刻に悩んでいる人もいるという。

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▲カタールW杯の主要競技場の一つ(オーストリア国営放送のスクリーンショットから


 「何のことか」というと、「カタールはW杯の開催権を金で買い取った。そのうえ、サッカー場の建設では多くの外国労働者を動員し、彼らを酷使して近代的なサッカー場を建設した。多くの外国労働者は灼熱の下で10時間以上働き、わずかな賃金しか受け取らなかった。過労のため亡くなった外国労働者は多い」ということから、サッカーファンの中には、「労働者の権利を蹂躙し、多くの労働者の犠牲によって建設されたサッカー場での試合を観ることは人道上から考えても許されない」という理由で、「サッカー試合は観たいが、しかし、観ることは出来ない……」といったハムレットのような葛藤に悩まされているというのだ。

 もちろん、そのような葛藤を感じることなく、サッカーの試合をエンジョイしたいと考えるファンは少なくない。ひょっとしたら、そのほうが多数派だろう。ただ、西側メディアが葛藤するハムレット型ファンの動向を多く報道することもあって、「カタールのW杯は開催すべきではなかった」といった、遅すぎた嘆き節がここにきて聞こえてくるわけだ。

 ドイツ民間放送がカタールのW杯開催について、街でサッカーファンの声を拾っていた。若い男性は、「サッカーは好きだが、カタールの開催はやはり間違っていると思う」という。それではW杯期間中、試合を観ないのか、という質問に対して、その男性は少し顔を曇らせながら、「ドイツのチームが出る時ぐらいは観たい。他の試合は見ないつもりだ」と答えていた。ドイツのハムレットの偽りのない声だ。

 2010年、FIFA主催の第22回W杯開催地の誘致でカタール開催が決まると、西側メディアは「金で買ったW杯」と批判し始めた。批判にはそれなりの理由はある。カタールにはサッカー文化がない。サッカーを国技とする英国などからみたら、カタールでスポーツといえばラクダレースしかない、という素朴な疑問が出てくるわけだ。

 一方、カタールは開催が決まると、サッカー場の建設ばかりか、交通ネットワークなどインフラに巨額の投資をしてきた。独メディアによると、カタールは2010年以来、総額2000億ドルをW杯のインフラ整備のために投資してきたという。開催日は灼熱下では選手たちも大変だということで11月開催に落ち着いた。

 中東の地の初のW杯開催はカタールにとって大きな勲章だ。そのため、西側から批判が集中した外国人労働者の待遇問題についても、新しい労働法を施行し、労働条件を改善してきた。国際労働機関(ILO)もカタールの努力を評価、「カタールの労働条件は2019年以来、著しく改善されてきた」と認めているほどだ。

 ちなみに、カタールの人口は約250万人だが、純粋にカタール人はその10分の1で、他は外国国籍者だ。同国で労働する国民は主に外国人といわれる。カタールには世界90カ国以上の外国人が働いている。カタールで働く1人のアジア出身の労働者は、「賃金はあまり高くないが、自分の国よりいい」という。カタールの建築現場で働きながら給料を故郷の家族に送る出稼ぎ労働者が多いわけだ。なお、首都ドーハにあるサッカーアカデミーには約2000人、70カ国以上の出身者が登録しているという。

 西側メディアが、「カタールでは多くのイスラム教国と同様、女性の権利は蹂躙され、社会的地位は低く、性的少数派を拒否している」と報じると、女性権利の人権擁護グループや欧米の性的少数派グループが激しく噛みつく、などの展開がこれまで続いてきた。

 カタールは国のプレスティージのためにサッカー場だけではなく、道路、交通機関などを整備してきている。キックオフまでに一定のインフラは整備されたが、カタールのサッカー試合を観戦する外国人ファンを収容するホテルの数が少ないといわれ出した。カタール側も初の世界的スポーツイベントだけに試行錯誤している、というのが現状だろう。

 カタール主催のW杯の舞台は既に準備されている。今更、カタールW杯ボイコットを叫んでもあまり意味がない。開催される以上、中東初のW杯開催が成功することを願うだけだ。世界のサッカーファンの多くはテレビ観戦となるが、見るか、見ないかといったハムレットのように苦悩することは精神上良くないから、ここは割り切って、試合(チーム数32、試合数64、11月20日〜12月18日)を堪能するほうがいいのはないか。

 労働者の権利、女性の権利を含むカタールの人権問題を理由にW杯開催をボイコットすることには無理がある。中国共産党政権下で北京冬季五輪大会が開催されたばかりだ。北京冬季大会の開催では中国の少数派民族ウィグル人や法輪功メンバー弾圧など人権問題を理由に北京開催中止を求める西側メディアの報道はあまりなかった。カタールの「西側メディアのダブルスタンダート」(タミム・ビン・ハマド・サーニ首長)という批判は残念ながら間違ってはいない。

 当方は、というと、ウィーンでカタールのW杯を時間の許す限りテレビ観戦するつもりだ。日本チームの健闘を祈る。
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