ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

フィンランド

フィンランド首相「私も人間」

 スウェーデンのマグダレナ・アンデション首相らと共に並ぶフィンランドのサンナ・マリン首相の姿を憶えている。両国が北大西洋条約機構(NATO)に加盟を申請した時だ。マリン首相は歴史的な瞬間を緊張しながらも静かに迎えていた。

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▲パーティー騒動で説明責任が問われるフィンランドのマリン首相(フィンランド首相府公式サイトから、2022年8月24日)

 ロシアのプーチン大統領が軍をウクライナに侵攻されて以来、ロシアと1300キロ余りの国境を接するフィンランドには、「わが国も第2のウクライナになるのではないか」という国防上の危機感が政治家、国民の間で急速に高まっていった。そして最終的には中立を放棄してNATOに加盟申請する決定が下された。

 ロシアのウクライナ侵攻以来、36歳の若いマリン首相は、眠れない日々を送ってきたと想像する。そのマリン首相は今、窮地に陥っている。ロシア軍の軍事的脅威が差し迫ってきたからではない。公務の合間で開かれたプライベートなパーティーで首相が興じる姿を撮影したビデオが外部に流れ、メディアで報道されたからだ。ビデオを観た人は、「首相はハイになっている」という疑いを持った。そこでマリン首相は直ぐに薬物検査を受けて身の潔白を証明したわけだ(テストの結果は22日、陰性だった)。

 最初のビデオはまだ無難だったが、2番目は少し羽目を外すマリン首相が1人の男性と抱擁するところが映っていた。「既婚者の女性が別の男性と…」といった批判の声が聞かれたが、ここまではまだ許容範囲だったかもしれない。しかし、3番目の写真はそう簡単ではなかった。首相官邸で開かれたパーティーに招待されていた2人の女性が上半身裸でキスをしているシーンがメディアで報じられたのだ。さすがにマリン首相も「これはまずい」と謝罪せざる得なくなったわけだ。

 欧州は2022年2月24日以降、戦時下にある、ロシア軍がウクライナで軍事攻撃をしている時だ。平和時だったら、公務を終えた後、リラックスするためにプライベートなパーティーに参加することなど問題にならないが、今は戦争中だ。緊急時に即対応が必要となる。だから、「国家の安全に支障も」と批判が出てきたわけだ。

 もちろん、パーティーが問題となって窮地に陥る政治家はマリン首相が初めてではない。最近では、ジョンソン英首相はコロナ規制中に官邸内でパーティーに参加していたことが知られ、辞任に追い込まれたばかりだ。国民がコロナ規制でパーティーなど開けないときに、首相がその規制を破ってパーティーに参加するとは何事かという批判だ。ジョンソン首相は常識を逸脱した言動で結構人気もあった。窮地を乗り越えることでは天才的と言われた彼も、パーティー騒動を乗り越えることはできなかった。

 日本では政治家の資金集めのパーティーや政党主催のパーティーがよく開かれると聞く。誰それが、どの議員のパーティーに参加したとか、何枚のパーティー券を購入した、といったゴシップのテーマが結構記事となる。

 ところで、「政治家とパーティーの歴史」は結構古い。19世紀の政治家も公務を終えると私的な集いを開いたり、舞踏会を開く伝統があった。欧州では楽聖ベートーヴェンの音楽よりワルツの王ヨハンシュトラウスが愛された。舞踏会にはワルツが欠かせられなかったからだ。

 例えば、ナポレオンの失脚後の欧州の秩序を話し合うために1814年からオーストリアの首都ウィーンで国際会議が開催された。会議のホスト国オーストリアは、参加国の親睦を深めるために舞踏会や宴会を頻繁に開いた。会議自体は参加国の思惑もあって進展しなかった。そこで「会議は踊る、されど進まず」と揶揄されたというエピソートはよく知られている。

 人間は政治家でなくても時にはリラックスして羽目を外すものだ。マリン首相は24日、自身の社会民主党の集会で、「私も人間です。暗雲の中、時には喜びや楽しみを求めることがある」(時事通信)と理解を求めたという。

  蛇足だが、当方は「誰がマリン首相のパーティーの様子を撮影し、それをメディアなど外部に流したか」という点に関心がいくが、フィンランドからはそれに関連したニュースが流れてこない。穿った見方だが、ひょっとしたらロシア情報機関が今回のマリン首相パーティー騒動の件で暗躍していたのではないか。なぜならば、フィンランドがNATOに加盟申請した時、プーチン氏は「わが国は必ず報復する」と声明していた。NATO加盟を表明したマリン首相が今回、そのターゲットとなったのではないか。旧ソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチン氏は、「人は私的なイベントでは脱線しやすい」ことを誰よりも知っているからだ。

フィンランドの「ウクライナ化」とは

 ロシアのプーチン大統領はウクライナへの武力侵攻を断念し、外交・対話政策を進める姿勢を見せてきたが、欧米外交筋では「ウクライナ危機」から次は「フィンランド危機」になるのではないか、といった懸念の声が聞かれる。

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▲新年のスピーチをするフィンランドのサウリ・ニー二スト大統領(フィンランド大統領府公式サイトから、2022年1月1日)

 フィンランドは冷戦時代から中立主義を堅持し、地理的に隣接している大国ロシアとは友好関係を維持してきたが、そのフィンランドで北大西洋条約機構(NATO)への加盟を模索する動きが出てきたからだ。
 
 フィンランドは1995年に欧州連合(EU)に加盟したが、北欧ではスウェーデンと同様NATOには加盟していない。ヘルシンキでは今、「バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)が2004年3月、NATOに、同年5月にはEU加盟を実現したように、わが国もEUだけではなく、NATOにも加盟しておくべきだった」と嘆く声が聞かれる。当時、ウクライナ危機のような新たな東西紛争が起きるとは予想していなかったからだ。

 同国ではNATO加盟問題(2020年の時点で加盟国30カ国)は久しくタブーだったが、プーチン大統領がウクライナのNATO加盟を拒絶し、対ウクライナ国境沿いに10万人以上の兵力を結集させ、キエフに圧力をかけている状況を目撃したフィンランドではロシアに対する警戒心が再び高まってきた。それを受け、NATO加盟問題が再びホットなテーマとなってきたわけだ。

 ドイツ放送のギュナール・ケーネ記者は14日、フィンランドのNATO加盟の可能性について長文の記事を掲載している。同記者は、「フィンランドのサウリ・ニーニスト大統領は新年のスピーチで自国の安全保障問題をテーマに語り、その中でNATOとのメンバーシップという言葉を発した。ほんの数年前には想像もできなかったことだ」と述べている

  フィンランドは1939年(冬戦争)と1941年の継続戦争の2回の対ソ連戦争で敗北し、カレリア地域の大部分を失い、モスクワによって命じられた友好条約に署名しなければならなかった。全ての重要な外交政策決定はその後、ソ連との間で暗黙のうちに調整しなければならなくなったことから、「フィンランド化」という表現が生まれたわけだ。

 ただ、冷戦の終結後、フィンランドは外交政策の自由を取り戻し1995年にEUに加盟したが、NATOには加盟しなかった。しかし、ロシアが2014年にクリミアを併合して以来、フィンランドはいわゆる「NATOオプション」を公式の政策としている。

 一方、プーチン氏はウクライナのNATO加盟を含む東方拡大に強い警戒を示しているが、北欧のフィンランドとスウェーデンに対しても警戒を緩めていない。ロシア外務省のスポークスマンは昨年12月、「フィンランドとスウェーデンのNATOへの加盟は深刻な軍事的および政治的結果をもたらす」と警告を発した。ロシアのラブロフ外相はスウェーデンとフィンランドに手紙を書き、「独自のセキュリティポリシーを追求しないことを書面で宣言するように」と要求し、同時に、「NATOの軍隊または武器は1997年まで同盟国ではなかった国には駐留すべきではない」と主張している。これはスウェーデンとフィンランド両国はNATOとの共同軍事演習を実施してはならない、ということを意味する。もちろん、両国はロシアの要求を即座に拒否した。

 フィンランドは加盟国ではないが、NATOとの協力関係を深めている。フィンランドはアフガニスタン、イラク、西バルカンでのNATO任務に参加している。バルト海地域や東欧に関する軍事情報の交換も進められているという。

 NATOのストルテンベルグ事務総長は1月末、スウェーデンとフィンランドの両国外相をブリュッセル本部に招き、「両国が願えばいつでも加盟できる」と伝えている。

 NATO加盟について、フィンランドでは今年初めての世論調査では45%が加盟に傾いている。同国では過去、その割合は最大30%だったから、国民の間でNATO加盟支持が増えてきているわけだ。その背後には、フィンランド人の潜在的な反ロシア感情があるうえ、ロシア人の不動産の買い占めなどに対する反発があるといわれる。 

 その一方、フィンランドはロシアのガスと投資に依存し、ウランと石炭を購入している。ロシアの国営原子力企業ロシアトムは、フィンランド中部で原子力発電所建設に出資している。ロシアの第2の都市サンクトペテルブルクはフィンランドの首都ヘルシンキからわずか380キロしか離れていない、といった具合だ。

 ロシアはバルト海地域を戦力重要地域と受け取り、着実にその軍事的インフラを固めてきている。同時に、プーチン大統領は2018年、北極圏におけるロシアの軍事力増強を表明した。それを受け、モスクワは近年、多数の基地を拡張し、S−400中距離ミサイルを配備している。なお、ロシア軍は毎年、極北で大規模な軍事演習を行っている。

 以上、ドイツ放送のケーネ記者の記事を参考にフィンランドの近況を報告した。

 ウクライナ危機は米ロ間の外交対話で落ち着きを取り戻すかは現時点では不明だが、ウクライナ危機がフィンランドを一層、NATO加盟に傾斜させたことは間違いない。ウクライナの「フィンランド化」ではなく、フィンランドの「ウクライナ化」が大きな懸案として浮上してきているのだ。
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