ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

北京冬季五輪

現れなかった聖火最終ランナー

 北京冬季五輪大会開会式で聖火リレーで最後のランナーとなった2人のうちの1人、新疆ウイグル自治区出身のジニゲル・イラムジャン選手(20)の「その後」が気になっていた。海外中国メディア「大紀元」によると、同選手は大会2日目の5日、クロスカントリーの女子スキーアスロン競技に参加した。結果は43位に終わった。その後、メディアの取材エリアを通過することが参加選手には義務付けられていたが、同選手はそこには現れずに姿を消したという。多分、欧米メディアから取材されるのを恐れた中国側が同選手を別のルートから逃避させたのだろう。

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▲開会式でスピーチするバッハ会長(2022年2月4日、IOC公式サイトから)

 イラムジャン選手が冬季五輪大会開会式のハイライト、聖火の最終ランナーに選ばれたこと自体、中国側の政治的思惑がみえみえの決定だった。通常聖火最終ランナーになる選手はその国のスポーツ界の英雄や実績がある選手が選ばれるものだ。北京冬季五輪ではスキーアスロンで過去実績があったとはきかないイラムジャン選手が選ばれた。ウイグル人弾圧、人権蹂躙問題が世界のメディアに報じられていることに苛立ちを見せていた中国共産党政権には最終聖火ランナーにウイグル人のイラムジャン選手を使って反論する意図があったのだろう。しかし、その意図は誰の目にも明らかだったこともあって、国際人権擁護グループから逆に激しく批判された。

 ちなみに、中国のウイグル人弾圧政策など人権弾圧に抗議して米、英、カナダ、オーストラリア、日本、スイスなどが、「選手の参加は認めるが、政府関係者を開会式や閉会式などに派遣しない」と表明、外交ボイコットを実施したこともあって、開会式前後の習近平国家主席の“五輪外交”は寂しいものとなった。

 開会式での聖火リレーの役割が終わったことで、無名に近いスキーアスロンのイラムジャン選手の役割は終わった。そこで欧米メディアは、最終聖火ランナーに選ばれた理由などを同選手から直接聞こうと待ち構えていたが、同選手は5日、競技が終わると姿を消したわけだ。

 大紀元によると、聖火の点火を見守る同選手の家族のライブ動画が流れたが、開会式会場から3000キロ以上離れた彼女の実家では、「誇らしげな顔をしている親族や友人らが一緒に感動を分かち合っている」と伝えたという。そのメッセージが事実であることを願うが、画面に映った親族や友人20数人のうち、男性は2、3人しかおらず、ほぼ全員が女性であることから、SNSでは「男性はどこに行ってしまったのか」と疑問を投げかけるネットユーザーがいたという。

 中国ではスポーツ選手が突然、姿を消すことがある。中国の世界的女子テニス選手、彭帥(ペン・シューアイ)さんもその1人だった。欧米メディアの激しい追跡報道に懲りた中国側は国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長に同選手とビデオ会談させ、中国前副首相(張高麗)から性的虐待を受けたとの告白後、姿を消していた同選手が無事であることを世界にアピールさせたことはまだ記憶に新しい。

 そのバッハ会長は北京冬季五輪大会開催中も中国側の意向に沿って重要な役割を果たしている。同会長は5日、彭帥さんと会見し、8日には北京の首鋼ビッグエア競技場で行われたフリースタイルスキー女子ビッグエア決勝を一緒に観戦している。

 そこでバッハ会長にお願いだ。イラムジャンさんと会見し、中国の女子スキー選手の実情のほか、最終聖火ランナーとなった経緯などを聞いてみてほしい。彭帥さんの無事を世界のアピールしたバッハ会長だから、イラムジャンさんとも同じようにリアルなメッセージを聞き出せるはずだ。それが出来れば、評判が芳しくないバッハ会長の株がひょっとしたら急上昇するかもしれない。習近平主席から要請がないからできない、といった弁明は聞きたくない。

 なお、大紀元が国際人権組織から聞いた情報によると、北京の冬季五輪大会の競技場から数キロ先に法輪功メンバーたちが拘留されている収容所施設の一部が存在するという。若く健康な法輪功メンバーたちが強制的に臓器摘出されていることはこのコラム欄でも何度か伝えた。バッハ会長、法輪功メンバーが20年以上、中国共産党政権下で非情な弾圧を受けていることをどうか忘れないでほしい(「なぜ法輪功学習者を迫害するのか」2021年7月7日参考)。

冬季五輪で最も幸運な金メダリスト(の話)

 コラムのタイトルをみて思い出される読者もいるだろう。20年前、ソルトレークシティ冬季五輪大会のショートトラック競技で金メダルを獲得したオーストラリア選手の名前だ。同国では英雄であり、郵便切手にもなったスポーツ選手だ。ただ、ブラッドバリー氏はオーストラリアの水泳の英雄イアン・ソープ選手のような多数の金メダルを獲得したという意味での英雄ではない。レースではアウトサイダーと受け取られ、コーチからも、「お前はチャンスがないから、倒れないように滑れ」とアドバイスを受けたほどだ。その選手が強豪選手が次々と倒れたため、金メダルを取ったのだ。「これほどの幸運なオリンピックチャンピオンはいない」といわれた。

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▲幸運で金メダルを掴んだブラッドバリー選手(日刊紙スタンダートから)

 金メダリスト候補者が次々とゴール直前にぶつかり、倒れ、最後を走っていたブラッドバリー氏が1番でゴールを切った時、観ていたファンたちは、「何があったのか」と茫然となっただけではなく、本人も、「何が起きたのか最初は理解できなかった」という。そして、「自分が金メダルを得ていいのだろうか」といった一種の罪悪感すら感じ、長い間、自身の幸運を素直に受け入れることができなかったという。

 当時28歳だったブランドバリーにとって、オリンピックは金メダルを得るためというより参加することが全てだった。メダルのチャンスは最初からなかった。予選ラウンドを乗り越え、準々決勝では4人と競争したが、準決勝に入れる上位2人には入れず、3位に終わった。しかし、カナダの世界チャンピオンであるマーク・ギャニオン選手が対戦相手を不法に妨害して失格となったために、ブラッドバリーは2位に上がり、準決勝に進めたのだ。これが幸運の付き始めとなった。

 準決勝でもブラッドバリーは残り50ヤードでビリだった。しかし、準々決勝と同じようなことが起き、強豪選手がつまずき、フィニッシュカーブでは、2人のスケーターが互いに衝突した結果、ブラッドバリーは決勝へのチケットを手に入れた。そして決勝では彼は、「今回は積極的に前で滑りたい」と考えたが、コーチは、「君にはチャンスはない」といわれてしまった。米国のメディアは「4匹のウサギと後ろの亀さん」と揶揄った。

 その決勝戦でも準々決勝、準決勝の時のように、メダル候補の選手たちが次々と倒れ、ブラッドバリーが結局は1位でゴールを切ったのだ。オー・マイ・ゴッド・金メダルだ!!

 幸運が1度だけの場合、「今日はラッキーだった」で納得できるが、幸運が繰り返した場合、少々不気味になるものだ。ブラッドバリーは金メダルを獲得した後も、「自分は本当に金メダリストだろうか」と自問し、時には罪悪感すら感じ、自分の幸運を納得できるまで時間がかかったとエッセイーの中で書いている。

 ブラッドバリーの選手生活は常に幸運がつきまとったわけではない。ブラッドバリーは1994年の冬季五輪では5000メートルのチームリレーで銅メダルを取ったが、1000メートルの個人レースでは倒れた。別の試合で倒れた時、相手選手のスケートの刃で太ももを切り、重傷。98年の五輪では食中毒に苦しみ、2000年9月には練習中にリンクに衝突して首の骨を折るなど、厳しい期間を経過してきた。医者は選手キャリアを止めるべきだと忠告したが、もう1度オリンピックに参加したいという思いを消すことができなかったという。

 ブラッドバリーは2002年2月16日、金メダルを受け取る時、過去の辛い日々を思い出していた。「自分は最高のスケーターではなかった。1分半のレースではメダルを受け取れないが、過去14年間、1日5時間、週6日練習してきた。メダルはそれに値する」と考え、オーストラリアの国歌を聞いたという。

 48歳となったブラッドバリーは今回、北京冬季五輪大会ではテレビ局7newsでショートトラック競技について専門的なコメントをしている。「幸運をもたらす」という意味から、「ブラッドバリーをする」(Do a Bradbury)というフレーズがオーストラリアの辞書にも紹介されている。その意味は棚からぼたもちで成功する、番狂わせで勝つだ。

 以上、オーストリア日刊紙スタンダート2022年2月7日のアンドリアス・グシュタルトマイヤー記者の記事を参考にした。

北京「政治的な、余りにも政治的な」

 東京夏季五輪大会の時もそうだったが、北京冬季五輪大会開会式をオーストリア国営放送の中継放送で観た。冬季五輪には約3000人のアスリートたちが参加、16日間、109競技で争う。この期間中、日本人選手とオーストリア選手の活躍を中心にフォローしたいと思っている。

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▲北京冬季五輪大会の開幕を宣言する習近平国家主席(オーストリア国営放送の中継放送から、2022年2月4日)

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▲オーストリア選手団の入場(同)

 2時間弱の開会式の総演出は世界的に有名な映画監督の張芸謀(チャン・イーモウ)氏が指揮を振るった。氷と光が繰り広げる素晴らしい演出だった。ただ、開会式の最後、最終聖火走者の1人にウイグル人の女性ジニゲル・イラムジャン選手が登場したのは中国共産党政権が考えた演出だったのだろう。「見て下さい、ウイグル人は欧米メディアにいわれるように弾圧されていませよ」といったメッセージを世界に発信する狙いがあったことは誰の目にも明らかだ。

 問題は、それで「少数民族ウィグル人への中国当局の同化政策はフェイクニュースだった」と考える人は少ないことだ。むしろ、最終聖火走者にウイグル人女性を登用させてまでウイグル人弾圧という情報を否定したいところをみると、ウイグル人への“ジェノサイド”はやはり本当だろう、と多くの人々は考えるのではないか。中国共産党指導者と大多数の人民との間には認識にズレがあるのだ。典型的なパーセプションギャップだ。

 当方が住むオーストリアはノルウエーと共にウィンタースポーツのメッカだ。今回は106人の代表団が派遣された。残念なのは、女子スキージャンプで金メダル最有力候補者だったマリク・クラマー選手が北京に向かう直前、コロナ感染が判明して、五輪に参加できなくなったことだ。

 W杯で6勝している彼女は北京五輪でも当然金メダルの有力候補者だった。コロナ感染で陽性となったことが分かると、彼女は泣いた。インスタグラムで「世界は不公平だ!」と思いをぶちまけて嘆いたという。クラマー選手のライバル、高梨沙羅選手は4日、「彼女のことを考えると苦しい」と同情していた。

 オーストリア・チームには朗報が届いた。ノルディックスキー女子距離複合(15キロ)でテレサ・シュタドローバー選手(Teresa Stadlober)が5日、銅メダルを獲得した。オーストリアのメダル第1号だ。彼女の場合、4年前の平昌冬季五輪大会でゴール直前まで銀メダルコースを走っていたが、何を考えたのかコースを間違えて別のコースに入ってしまったためメダルのチャンスが吹っ飛んでしまった、という苦い体験がある。4年後、その無念を見事に払ったわけだ。そして6日、スキージャンプ男子ノーマルヒルでマヌエル・フェットナー選手が銀メダルを獲得した。

 ところで、オーストリア代表紙プレッセ4日は、北京冬季五輪大会を「巨大なプロパガンダのショーだ」と書いていた。国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は4日の開会式ではいつものように美辞麗句を並べ、「中国は今回、ウィンタースポーツの国となった」と称賛していた。中国に13億人のウィンタースポーツファンが生まれるというのだ。中国は昨年11月から400台の人工降雪機を動員し、13億リットルの水を利用して競技場に人工雪を敷いた。環境保護グループは、「冬季五輪を開催する為に自然が破壊された」と批判していた。口の悪い欧州メディアは北京冬季五輪を「フェイク・ウィンター大会」と呼んでいる。

 主要な欧米諸国の首脳陣たちは北京冬季五輪大会の開幕式参加をボイコットした。ウイグル人やチベット人への激しい人権蹂躙に抗議する目的だ。それに対し、中国側は「スポーツを政治化している」と反論した。オーストリア国営放送のヨーゼフ・ドリンガー北京特派員は、「中国では全てが政治化されます。スポーツもそうです」と論評していた。スポーツを政治利用しているのは中国共産党政権だろう。フリードリヒ・ニーチェの本のタイトルに真似ていえば、北京冬季五輪は「政治的な、あまりにも政治的な」イベントだ。

北京「フェイク・ウィンター」五輪?

 第24回北京冬季五輪大会開催まであと1週間となった。オーストリア国営放送公式サイトには「フェイク・ウィンター」(Fake Winter)という見出しで黒い山肌と木々が見える中、滑降用の競技場周辺だけが雪で覆われているロイター通信の写真が掲載されていた。数百の降雪機が動員され、人工雪で固めた滑降施設は、アルプスの小国に住むウィンタースポーツ国オーストリア国民が見たら異様な風景だが、開幕を控え、今更、競技場の雪問題で議論をしても意味がない。開催地に北京が決定した時から分かっていたことだからだ。ちなみに、北京で活躍する人工降雪機は南チロルの会社が開発したものという。いずれにしても、北京は夏季と冬季の五輪大会を開催した最初の都市となる。

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▲北京冬季五輪大会のメディア・センター(北京冬季五輪公式サイトから)

 オーストリア冬季五輪大会参加者を見送る式典が26日、ホーフブルク宮殿の大統領府で開催された。106人のアスリートを含む五輪代表団はヴァン・デア・ベレン大統領やネハンマー首相ら政府関係者から激励を受けた。ファン・デア・ベレン大統領は挨拶の終わりに、「日ごろの成果を十二分に発揮して頑張ってください。健康で帰国できることを願っています」と述べた。オーストリア政府は外交ボイコットを表明していないが、スポーツ担当相のコグラー副首相ら政府要人は北京に行かない予定だ。

 オーストリアはノルウエー、スイスなどと共にウィンター・スポーツ国だ。過去2回、インスブルックで冬季五輪大会を開催した実績がある。2006年のトリノ大会では金メダル9個を含め23個のメダルを獲得してメダル獲得数では出場国中3番目だった。2018年の韓国平昌大会では金5、銀3、銅6、計14個のメダルだった。オーストリア五輪委員会のカール・シュトス会長は、「メダル獲得数でベスト10には入りたい」と期待を表明している。

 中国共産党政権にとって、スポーツは国への愛国心、ナショナリズムを高揚する手段だ。だから、北京は世界が注目する冬季五輪大会を成功させるためにあらゆる手段を駆使している。特に、北京に新型コロナウイルスのオミクロン株が感染拡大し、選手や北京市民に感染が拡大しないように「ゼロ・コロナ」を徹底し、監視と検疫体制を敷いてきた。競技は無観客開催となる可能性が高い一方、選手たちと市民との接触を封鎖するバブル方式が徹底される予定だ。選手はホテルに入ると、競技が終わって帰国するまで隔離生活を強いられる。東京夏季五輪大会では選手村から逃げ出したアスリートがいたが、北京ではそんな冒険は絶対に許されないという。

 ところで、中国のスポーツ大会開催と新型コロナウイルスの感染問題を考える時、2019年10月、武漢で開催された第7回世界軍人運動会を思い出す。同運動会に参加した選手が帰国後、新型コロナの症状の疑いが出て入院した。4カ国で同じ報告があった。当時はまだ新型コロナウイルスの正体が不明だったため、病気の発生原因を追究できなかったが、ウイルス学者の中には、「武漢での世界軍人運動会で選手たちが体調を崩したのはコロナウイルスの感染が考えられる」と受け取っている。世界軍人運動会よりその規模、参加選手数が多い冬季五輪大会の場合、一度、オミクロン株が選手に感染した場合、そのクラスターは大変だ。中国からの情報では北京で既にオミクロン株の感染が広がっている。

 冬季五輪大会で懸念されるのはオミクロン株の感染拡大だけではない。選手用ホテルやセンターで出てくる中国の料理に対して、注意を呼び掛ける声があるのだ。東京五輪大会では世界のアスリートたちは多種多様の料理に舌鼓をうつことができたが、北京では要注意という。

 ドイツ反ドーピング機構(NADA)は10日、北京冬季五輪大会に参加する選手らに対し、中国産食肉を食べないよう注意を喚起している。NADAのニュースレターによると、「中国産食肉に筋肉増強剤クレンブテロールが混入している可能性がある。中国の畜産業者は豚や牛にクレンブテロールを与え、食肉の赤身を増やす。その肉類を大量に食べれば、ドーピング検査で陽性となる危険性が出てくる」というわけだ。

 オーストリア五輪代表団が、「国から食材と料理人を連れていくことが出来れば理想的だが…」と語っていたことを思い出す。食欲旺盛な若きアスリートたちに安全な料理を提供して満足させることは関係者にとって重要だ。北京で肉料理があまり食べられないとなれば、寂しく感じる選手も出てくるはずだ。

 「選手たちが健康で帰国することを願っている」と述べたファン・デア・ベレン大統領の言葉が一層、意味深いものとなって響いてくる。

中国スキー選手、欧州で特訓中

 第24回冬季五輪北京大会開催まで1カ月を切った。北京周辺の積雪量が競技には十分ではないとして、人工降雪機、スノーガンが大量動員されている写真が配信されてきたばかりだ。国際社会から中国共産党政権下の人権蹂躙、宗教の自由弾圧などを激しく追及されている中、ホスト国・中国が4日、「北京大会の成功を確信している」(中国外務省汪文斌副報道局長)と豪語する外電も流れてきた。

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▲ウィンタースポーツの華アルペンスキー競技(北京冬季五輪大会公式サイトから)

 このコラム欄で北京大会のハードルとしては「新型コロナの感染対策」、「外交ボイコット」、そして「競技場の雪不足」の3点を挙げたが、もう一つ大きなハードルがあったのだ。北京大会に参加して中国共産党創建100年を祝賀し、国家の威信を高めるべきトップクラスの中国人スキー選手たちが不足している、というか、冬季五輪大会参加基準をクリアできる選手が決定的に不足しているのだ。

 人口大国・中国だからウィンタースポーツに惹かれるスーパータレントのスポーツ選手たちがどこかに埋もれていても不思議ではないが、実際はそう簡単ではない。それを思い出させてくれたのはドイツ週刊紙「ツァイト」(2021年12月8日)の記事だ。それによると、中国側が大量のインスタント・スキー選手たちを海外のウィンタースポーツ国に派遣し、欧州のスキーコーチのもと、特訓を受けさせているという。具体的には、「ノルウェー、イタリア、ドイツ、オーストリア、スイスなどからトレーナーを雇用し、スキーのテクニックを学んでいる」(ツァイト紙)というのだ。

 中国側には北京大会で多くのメダルを獲得したいという野心はもちろんない。2019年以来、中国代表チームのヘッドコーチ、オーストリア人のヴィリ・ツェヒナー氏(元滑降選手、元オーストリアスキー連盟スキークロスのヘッドコーチ)は、「アルペンスキーでは無事にゴールまで転倒せずに滑ることができればいい」と、目標を急降下させている。なぜならば、オーストリアのスキー場に派遣された中国人選手たちの中には、以前スキー競技でそれなりの実績がある選手はいない。中国国営スキー連盟の要請を受け急遽スキーを滑り出したインスタント選手が多いからだ。世界のトップクラスのスキー選手とメダルを争うことはもともと期待できない。

 ツァイト紙の記者がオーストリアで特訓を受けている中国選手にインタビューをしようとしたところ、予想されたことだが、キャンセルされている。けっしてライバルの欧米選手に特訓中の選手の情報を守るといった秘密保護のためではなく、欧米メディアから冷笑を受けたくない、といったところだろう。

 中国側は全土から北京大会に参加できるスポーツ能力の高い若者をリクルートするために腐心し、ウィンタースポーツと縁がないアスリートにも声をかけた。たが、なかなか逸材が見つからないので、カトリック系修道院で黙想中の若い修道僧にも声をかけたという話まで伝わっている。習近平国家主席から「国家威信を高揚せよ」という使命を受けたスポーツ省の官僚たちの苦労は大変だろうと、同情せざるを得ない。

 北京が2015年、第24回冬季五輪大会の開催地に選出されて以来、習近平国家主席は、「中国国民がウィンタースポーツの魅力を発見し、アイススケート、スキー、ボブスレーに興じるだろう」と期待してきた。中国のスキー業界の白書によると、1990年代半ばには中国にはわずか11のスキー場しかなかったが、2019年には年間2090万人の訪問者がいる770のスキー・リゾート地があるという。それだけではない。毎年数十億元がインフラ整備に投入され、アスリートのトレーニングにも巨額の投資が行われてきた。

 第32回東京夏季五輪大会では、中国代表団は88個のメダルを獲得し、メダル獲得数では世界2番目だったが、前回の韓国の平昌冬季五輪では9個のメダルを取り、金メダルはスピードスケートの1個に留まった。冬季五輪の華、アルペンスキー競技(滑降、回転、大回転、スーパーG)ではメダルがない。地元開催の利はあるが、中国選手がアルペンスキー競技で活躍するためにはまだ多くの時間がかかるだろう。

欧州アルペンスキー国の「懸念」

 オーストリアは今年の第32回東京夏季五輪大会では予想外の成果を上げ、国民は大喜びだった。メダル数では金1、銀1、銅5の計7個を獲得した。メダル総数では2004年のアテネ大会の8個に次いで歴代2番目の成果だ。国民にとって最高のエキサイティングな五輪大会となった。同時に、新型コロナウイルスの感染拡大の下で大きな不祥事もなく、17日間の競技を無事終了したということは、ホスト国日本が世界に誇ることが出来る結果となった。

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▲アルペンスキー国オーストリアの女子大回転(オーストリア・スキー連盟公式サイドから)

 オーストリアは本来、ウインター・スポーツのメッカだ。過去2回、インスブルックで冬季五輪大会を開催した実績がある。2006年のトリノ大会では金メダル9個を含め23個のメダルを獲得してメダル獲得数では出場国中3番目だった。2018年の韓国平昌大会では金5、銀3、銅6、計14個のメダルだった。来年2月4日から始まる第24回北京冬季五輪大会にアスリートばかりか国民もメダルへの期待は大きい。オーストリアは、長野冬季大会(1998年)で大回転とスーパー大回転で2個の金メダルを取ったヘルマン・マイヤーや、ワールド・カップ総合優勝8連覇の大記録をつくったマルセル・ヒルシャーを輩出したアルペンスキー大国だ。

 ところが、オーストリア・スキー連盟(OSV)関係者から北京五輪に対して不安と懸念の声が聞こえる。OSVでアルペンスキーの組織準備責任者パトリック・リムル氏は、「北京大会はわれわれにとって大きな挑戦だ。問題はアルペンスキー競技が実施されるオリンピック競技場のアルペンスキーセンター(北京市延慶区)を訪ねたことがないことだ。私たちはスキー・クロッサーなど限られた競技の体験しかない。そのうえ、新型コロナウイルスの感染対策は昨年以上に厳しくなった」という。

 スキー選手は大きな大会前には必ず現地を訪ね、コースなどを視察し、距離感、傾斜などの感触を学ぶ。W杯大会となれば、一流選手は過去、何度もそのコースを滑ったことがあるので不安は少ない。しかし、北京の場合、選手も関係者も現地を全く視察したことがない。選手や関係者もコースへの不安や雪の状況について懸念を払しょくできないわけだ。

 リムル氏は、「前回の韓国平昌大会では、大会前に5回、現地を視察した。延慶では、昨年(男子)と今年(女子)のW杯レースが行われる予定だったが、コロナウイルスのパンデミックのため、レースはキャンセルされた」という。

 リムル氏によると、「来年1月22、23日開催されるキッツビュール大会後、中国に飛び、宿泊施設や競技会場をみて、現地の雰囲気を感じたい。選手団は1月28日、29日には中国入りする予定だ。ただ、確認済みのフライトはまだない」という。

 参加国に対する中国側からの要請はコロコロ変わるという。リムル氏は、「オーストリアとしては、自国のホスピタリテイ・チームを派遣し、わが国から料理人を連れていきたいところだ。ただし、可能としても現地での食材確保は大丈夫かなど不明な点は多い」と述べている。

 オミクロン変異株が広がっていることもあって中国側の検疫体制は厳格なだけに、選手たちにとって負担は大きい。北京大会では選手や関係者と外部との接触は遮断される「バブル方式」だ。

 なお、オーストリアのネハンマー首相(国民党党首)は、「五輪参加問題を政治化する考えはない」と強調し、米国、英国、カナダなどの外交ボイコットには加わらない意向を明らかにしている。新型コロナウイルスが広がった時、中国からマスクや医療保護服の支援を受けるなど、オーストリアは中国とは友好関係を維持している。ちなみに、コグラー副首相(スポーツ担当相兼任、「緑の党」党首)は、「中国当局の人権弾圧に抗議する。北京の冬季五輪には参加する予定はない」という。

 注:リムル氏のコメントはオーストリア通信(APA)からの引用。

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