ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

デンマーク

デンマーク「コーラン焼却禁止法案」

 間違いを一つもせず、ゴールまで走り切った人はほとんどいないだろう。1人間の人生だけではない。民族、国家も同様だろう。間違いや誤りがあれば、それを是正して前進していくことで、人生は豊かになり、民族、国家も発展していくはずだ。

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▲イスラム教の聖典「コーラン」(バチカンニュース2023年7月4日、写真はANSA通信)

 少々大げさな書き出しとなったが、デンマーク政府は25日、公共の場でのイスラム教の聖典「コーラン」の焼却を刑法で禁止する法案を作成した。同法案はコーランだけではなく、キリスト教の聖書やユダヤ教のトーラ、またキリスト教のシンボルである十字架などに対する冒涜行為にも適用される。法律に違反すると、罰金と最大2年の禁錮刑という。

 デンマークのペーター・ホメルゴー法相は、「政府が提出した法案は、宗教共同体にとって重要な宗教的な対象の不適切な取り扱いを禁止するものだ」と説明している。デンマークではここ数カ月の間で宗教的な文書や関連施設への冒涜行為が頻繁に行われたことから、イスラム教世界で抗議が高まってきた。

 同法相は、「公共の場での聖典の焼却行為だけではなく、踏みにじる行為や他の冒涜行為も法律の対象に含まれる。コーランの焼却は、基本的に軽蔑すべき行為であり、わが国の国益に害を及ぼす。外国および国内でのデンマーク人の安全を脅かす冒涜行為だ」と述べている。同時に、「言論の自由」問題にも言及し、「この法案は何を考え、言うことができるかを記述したものではない」と強調することを忘れなかった。すなわち、政府が作成した法案は「言論の自由」を規制するものではないというわけだ。

 北欧のデンマークやスウェーデンで最近、コーランを焼かれたり、イスラム教の聖典が冒涜されたりする出来事が多発していることをこのコラム欄でも報じてきた。北欧の両国はこれまで「言論の自由」という理由でコーランを焼く実行者に対して法的な規制を行わなかった。

 例えば、スウェーデンの首都ストックホルムの警察はユダヤ教とキリスト教の聖典を燃やすデモ申請を許可せざるを得なかった。カリナ・スカーゲリンド警察広報官は当時、「許可は公にトーラと聖書を焼くためのデモ申請に関するものではない。言論の自由に基づいて意見が表現される集会として許可しただけだ。両者には重要な違いがある」と説明した。ただし、デモ関係者の説明によると、「デモの申請書にはトーラと聖書の写しを焼くと報告してある。コーランの焼却は言論の自由の表現だ」と述べてきた(「ハイネの“予言”は当たった」2023年7月06日参考)。

 スウェーデンでは今年1月21日、右翼過激派のリーダー、ラスムス・パルダン氏がトルコ公館前で市民の面前でコーランを焼却し、国際的なスキャンダルとなった。スウェーデン政府関係者は当時、この行為を非難し、事件の直後、コーラン焼却を禁止した。その理由は、イスラム世界での反スウェーデン抗議行動や過激派のウェブサイトからの攻撃の呼びかけがあった故の安全上の懸念からだ。

 それに対して、ストックホルムの裁判所は「根拠は不十分だ」として禁止を取り消した。曰く、「抗議とデモの自由は憲法で保護されている権利だ。一般的な脅威状況だけでは介入の根拠にはならない」と説明している。要するに、「言論の自由」は宗教団体の聖典を燃やす行為を容認しているという立場だ。デンマークでもこれまでは同じだった。

 北欧のコーラン焚書と、それを取り締まらず容認する国に対し、イスラム世界では怒りの声が高まってきていた。「イスラム協力機構(OIC)」(56カ国・1機構)は2日、サウジアラビア西部ジッダで臨時会合を開き、対応を協議した。また、欧州連合(EU)カトリック司教協議会委員会(COMECE)は4日、スウェーデンにおけるコーランの焚書を非難した。

 フランシスコ教皇はアラブ首長国連邦の日刊紙とのインタビューで、「こうした行為に憤り、嫌悪感を抱く」と語った。「神聖とみなされた本は、信者への敬意から尊重されなければならない。表現の自由は、他者を軽蔑する言い訳として決して利用されてはならない」と述べている(バチカンニュース独語版)。

 コーラン焚書は国内のデンマーク国民とイスラム系住民との間に緊張をもたらしている。ホメルゴー法相は、「法案を作成した最大の理由は国内の治安対策とイスラム教国との間の国家安全保障の強化だ」と述べている。

 同法相は、「暴力的な反応を引き起こすためにあらゆる手段を講じる一部の人々を黙って見過ごすことはもはやできない」と指摘。デンマークでは、コーラン焼却以来、国内のテロの脅威が高まってきている。実際、テロ組織のアルカーイダは、スウェーデンおよびデンマークでのコーラン焼却に関して、EU加盟国へのテロ攻撃を示唆する声明を発表している。なお、スウェ―デン政府はデンマークと同様、コーラン焚書などの行為に対する規制強化を検討している。

 デンマーク政府は、「言論の自由」という名目でこれまで黙認してきたコーラン焚書などの行為に対し、「宗教団体にとって重要な意味のある文書や関連物への不適切な行為を禁止する」と明記したわけだ。その目的は第一に国内の治安対策だが、「言論の自由」にも制限が伴うケースがあることを認めたことは大きな前進だろう。政府は同法案を9月1日、議会に提出する予定だ。

コロナ規制解除「勝利宣言」か「冒険」か

 北欧デンマークは10日を期して全てのコロナ規制を解除する。デルタ株のコロナ感染が急増している他の欧州諸国を尻目に、同国は「Covid-19は歴史となった」と豪語するのだ。同国の「コロナ規制解除宣言」を支えているのは80%以上のウイルス・ワクチン接種率だ。コペンハーゲンの今回の決定はコロナ対策成功のパイオニア的勝利宣言か、それとも危険な冒険に終わるだろうか。以下、独週刊誌シュピーゲル9月1日電子版からその概要を紹介する。

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▲「パンデミック終息」宣言をしたホイニケ保健相(ウィキぺディアから)

 オーストリアのクルツ首相は8日、連邦首相府の記者会見で、デルタ株ウイルスの新規感染者が増加してきたことを受け、3点のコロナ規制に関する計画を公表したが、その際「わが国はまだデンマークのようにワクチンの高接種率に至っていない」と指摘し、「デンマークの接種率は86%だ。わが国もデンマークのような接種率を達成するならば、コロナ規制も解除できる」と説明していた。オーストリアを含む欧州諸国は今、デンマークのワクチン高接種率とコロナ規制解除宣言を羨ましく感じながら、デンマークの「パンデミック勝利宣言」の行方を固唾を飲んで見守っている。

 デンマークのパンデミック対策の中心的人物、マグナス・ホイニケ保健相は、「国民はマスクなしで電車に乗り、コロナ検査の陰性証明書などなくてもカフェに座ってコーヒーを飲める。10日を期してコロナ規制は完全に解除され、Covid-19はもはや危険な感染症とは見なされなくなる」と強調した。そして「多くの人が集まる集会やイベントもコロナ規制なく開催できるようになる。サッカー試合もファンに解放され、コロナパスと呼ばれるワクチン接種証明証を提示する必要はない、新規感染者が増加したとしても自動的に新しいコロナ規制を実施されることはない。デンマークではCovid-19は実際終焉した」と言い切っている。

 コロナ対策のサクセスストーリーについて、同保健相は自身のコロナ政策を掲げ、「パンデミックはコントロールされている。わが国のワクチン接種率は記録的に高い」と強調。実際、デンマークでは12歳以上の国民のワクチン接種率は他の欧州諸国を上回り、2回以上の接種率は「80%以上」という。他の国では新規感染者が増加しているが、デンマークはコロナ規制の緩和にもかかわらず増加せず、8日現在、集中治療室の患者は21人に留まっている。

 同国のロスキレ大学のウイルス学者ヴィゴ・アンドレアセン氏は、「現在の新規感染者は主に子供、若年成人が多く、彼らの大多数は重症化しない。だから、コロナ規制を実施する必要性がない」と説明、国民の間に「コロナ規制無用論」がコンセンサスとなっているという。

 同氏は、「今冬には約70万人の感染者が出るだろう。入院患者数は2万1000人、そのうち700人が亡くなると予測される。この数字自体、決して劇的ではない。最悪のシナリオでも病院入院患者率は前年比の3分の2に留まる」と予測している。

 デンマークのコロナ対策は最初から一貫したものではなかった。実際、昨年3月、他の欧州諸国に先駆けて厳格なロックダウンを実施し、学校、文化施設などを閉鎖し、労働者は自宅勤務を強いられた。6月に入り、マスク着用が解除されたが、その後、新規感染者数は増加傾向にあった。すなわち、デンマークのコロナ対策は、スウェーデンより厳格で、ドイツより緩やかといえるわけだ。ワクチンが登場し、接種の普及でコロナ規制への解除へとつながったわけだ。

 ワクチンの問題では、デンマークは血栓など副作用の多いアストラゼネカとジョンソン&ジョンソンのワクチンの接取を今春中止。同国では60歳以上の高齢者の接種率は96%だ。新学期が始まったが、「生徒の中に感染者が出たとしても、学校やクラスを閉鎖せずに授業を続行する」方針だ。

 ドイツのウイルス学者たちが所属する「ウイルス学協会」(GfV)は昨年10月19日、集団免疫(独Herdenimmunitat )説を支持し、ウイルスの感染を自然に委ねる対策を公表した。集団免疫説は、「ウイルスの感染者が増加すれば、社会全体の免疫力が高まる。その結果、感染の拡大を防ぎ、ひいては感染危険層をより守ることができる」という考えだ。スウェーデンが感染初期、集団免疫を目指して規制を緩和したことがあった。

 クリスティアン・ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)は当時、「ウイルスがコントロールを離れ、急増することで、死者が増加する危険がある。そのうえ、感染危険対象は、高齢者以外にも多くのグループがある。例えば、肥満体、糖尿病 ガン、腎臓病疾患、慢性肺疾患、肝臓病、移植後の心臓発作、妊婦期間などの国民も危険グループだ。さらに、免疫がいつまで続くのかは不明だ」として、「ワクチンのない状況で集団免疫政策を推進することは非倫理的であり、医学的、社会的、そして経済的にも危険が非常に高い」と反論していた。

 GfVの主張はワクチン接種が始まっていない時だっただけに、強い反対が持ち上がったが、デンマークの「コロナ規制の完全破棄」宣言はワクチン接種の普及を受け、コロナ規制を完全に破棄し、新規感染者が増加しても自然に委ねていくという考えだ。その意味で、米国と英国の3人の感染症疫学者、公衆衛生科学者が表明した「グレートバリントン」宣言の集団免疫論とは前提条件が異なっている。

 デンマークの「コロナ規制完全解除宣言」が成果をもたらすか否かは現時点では即断できない。デルタ株などコロナ・ウイルスは無数の変異株に進化してきているだけに、既成のワクチンの有効性が問題となるからだ。デンマークの「パンデミック終息」宣言は他の欧州諸国に大きな希望を与えているが、コロナ・ウイルスの終焉宣言はまだ時期尚早だろう。

 シェイクスピアのデンマーク王子「ハムレット」の有名な台詞「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」に倣い、デンマークのコロナ対策は「勝利か、それとも冒険か、それが問題だ」という台詞が飛び出してくる。
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