ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

東京五輪

「東京五輪開催」ありがとう!

 第32回東京夏季五輪大会は8日、成功裏に幕を閉じた。新型コロナウイルスの感染拡大下で大きな不祥事もなく、17日間の競技を無事終了したということは、ホスト国日本が世界に誇ることが出来る大きな成果だ。3年後の次期パリ夏季五輪開催地関係者は東京大会の成功を誰よりも喜んでいるに違いない。東京夏季五輪大会は今後の五輪開催に勇気と希望を与えたことは間違いないだろう。

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▲東京夏季五輪大会の閉会式(2021年8月8日、オーストリア国営放送の中継から)

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▲閉会式でオリンピック旗が降ろされる(2021年8月8日、オーストリア国営放送の中継から)

 東京五輪開催反対の声が絶えない最中での五輪開催は関係者にとって厳しい試練だっただろう。新型コロナの感染拡大を最大限に阻止し、選手村での感染拡大といった悪夢もなく無事運営できたことは大きな成果だ。五輪反対を主張してきた国民も日本人選手の活躍にはやはり感動したのではないか。金27個、銀14個、銅17個の獲得メダル数は歴代最高だ。選手たちが成し遂げた実績はホスト国日本を助け、勇気づける結果となった。100点満点ではなくても80点以上の合格点を取れる成果だ。同時に、コロナ禍でトレーニングも十分にできないような環境下で努力を重ねた選手たちに拍手を送りたい。

 目を当方が住むオーストリアに移す。アルプスの小国オーストリアにとっても忘れることができない大会となった。金1、銀1、銅5の計7個のメダルを獲得したのだ。メダル総数では2004年のアテネ大会の8個に次いで歴代2番目の成果だ。国民にとって最高のエキサイティングな五輪大会となった。

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▲東京五輪大会で新風を巻き起こしたアンナ・キ―ゼンホファー選手(2021年7月25日、オーストリア国営放送の中継から)

 その大きな成果の切っかけを与えたのは女子自転車競技ロードレースのアンナ・キ―ゼンホファー選手の快挙だ。2004年のアテネ大会ぶりの金メダリストの誕生だった。同選手はプロの自転車競走選手ではなく、大学で数学を教えている学者であり、他の選手からはノーマークだった。そのアンナが総距離137キロのロードレースで他のプロ選手を圧倒し、大差をつけてゴールを切ったのだ。米CNNも同選手の活躍を大きく報じていた。

 アンナの金メダル獲得に刺激を受けたオーストリア選手団はその後、柔道で女子70キロ級で銀1、男子81キロ級で銅1個を獲得し、「欧州の柔道王国」といわれた同国の名声を復活させた。その後、空手女子組手55キロ級、男子円盤投げ、ボート女子シングルスカル、男子スポーツクライミングでそれぞれ銅メダルを獲得した。国民の中で誰が開催前に7個のメダル獲得を予想しただろうか。

 「わが国はウィンター・スポーツ国だ。夏季五輪ではメダルを期待しない」と考えていた国民は連日の選手の活躍に大喜び。長いコロナ規制もあってコロナ・ブルーな状況にあった国民が生き生きとなった。大会を中継するオーストリア国営放送スポーツ担当者は、「またメダルを取りました」と笑顔で報道。大会開催前まで、「東京は新型コロナ感染が拡大し、五輪大会開催は厳しい」といったネガティブなニュースだけを報じてきたことなど忘れ、国民と一緒になって大騒ぎとなった。東京五輪大会は国民のコロナ・ブルーを吹っ飛ばしてくれたのだ。

 当方は東京五輪大会の競技をTV観戦してきた。そこで感じた点をここに記す。

 「スポーツ」と「スポーツ競技」とは全く違ってきたという印象を強く受けた。人は体を動かすことに喜びを感じる。スポーツは心身の健康維持には欠かせない。しかし、スポーツがいったん競技となれば、その喜びも減少し、成績のために汗と努力が求められ、時には人間の体力の限界点まで酷使しなければならない。それに伴い、選手たちはさまざまなメンタルな健康問題に直面する。一流選手となれば、大企業からスポンサーがつくから、一層結果を求められる。選手たちは過剰なストレスを感じざるを得なくなるわけだ。

 米女子体操選手で今回の東京五輪では金メダル確実と見られ、期待されてきたシモーン・バイルス選手(24)が先月27日、女子団体戦を途中棄権し、29日には女子個人総合に出場しないと表明、関係者を驚かせた(幸い、同選手は再び競技に参加した)。東京五輪大会の開会式で聖火ランナーの最終走者を務めたプロ女子テニスの大坂なおみ選手も国民からの期待が大きいだけに大変だっただろう。スポーツ選手のメンタルヘルスは今後大きな課題となる。

 「東京五輪の『金メダル』は国を救う」という見出しのコラムを書いた。五輪開催反対といった声もメダルの獲得の報の前に小さくなっていったが、17日間の五輪開催期間中、選手村以外の東京を含む日本各地で新型コロナの新規感染者数は急増してきている。

 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は8日の閉会式で、「東京五輪大会の開催はコロナ禍で苦しむ世界の人々に希望と連帯、平和をもたらした。困難な状況下で五輪を開催できたのはホスト国日本のお陰だ。日本の国民にありがとうを言いたい」と述べている。

 日本の国民は過酷な状況でも五輪開催に成功し、世界に向かって希望と夢を与えることができたという誇りを忘れることなく、次は新型コロナの感染防止のために結束してほしい。

教皇が「五輪観戦」を楽しめない理由

 第32回東京夏季五輪大会が開幕して以来、根がスポーツ好きということもあって時間がある限りオーストリア国営放送の五輪番組を観ている。オーストリアが7月末現在で金1、銀1、銅3個と久しぶりに好成績を挙げたこともあって、メディア関係者を含む国民は生き生きしてきた。

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▲不正財政問題で起訴されたベッチウ枢機卿(バチカンニュース、2020年9月24日から)

 当方はこれまで国連機関の動向やローマ・カトリック教会の動きをフォローしてきたが、ウィーンの国連機関は新型コロナウイルスの感染防止ということもあって、自由な取材活動はできない状況だ。そのため暫くお休み状況が続いている。包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)でオーストラリア出身の豪外務貿易省保障措置・不拡散事務局長のロバート・フロイド氏が今月1日から新しい事務局長に就任。国連工業開発機関(UNIDO)ではドイツ経済協力・開発相ゲルト・ミュラー氏が理事会で次期事務局長に選出され、初の欧州出身事務局長として今年12月に正式に総会で承認された後、UNIDOの再建に乗り出すことになっている。

 ところで、バチカンからはこの期間、結構さまざまな動きがあったが、東京五輪開催中ということもあって、このコラム欄で適時に紹介することができなかった。そこでここでまとめて報告しておく。

 ローマ・カトリック教会の総本山バチカンでこの期間、報告しなけれならないニュースは3件あった。

 .札ドア・マカリック枢機卿がワシントン大司教時代に未成年者に性的虐待を行っていた容疑でデダムの刑法地方裁判所で公判を受けることになった。公判は8月26日に始まる。米日刊紙「ボストン・グローブ紙」が先月30日報じた。

 訴えられた容疑によると、同枢機卿は1974年、マサチューセッツ州のウェルズリー大学で結婚式が挙行された時、16歳の未成年者に性的暴行に及んだというものだ。原告の弁護士によると、「他の犠牲者が勇気をもって聖職者の蛮行を明らかにできるようにするために戦う」という。多くの未成年者が同枢機卿に性的虐待を受けたことを示唆している。

 フランシスコ教皇は2019年、バチカン内での調査結果を受け、同枢機卿の聖職をはく奪している。なお、同枢機卿はこれまで容疑内容を全て否定している。

 ▲丱船ン裁判所は7月27日、バチカン前列聖省長官のジョヴァンニ・アンジェロ・ベッチウ枢機卿(72)ら10人の不正財政活動に対する公判を開始した。ベッチウ枢機卿が昨年9月24日夜(現地時間)、突然辞任を表明し、フランシスコ教皇は辞任申し出を受理している。辞任の理由は当時明らかではなかった。べッチウ枢機卿はフランシスコ教皇が2018年6月、枢機卿に任命した人物であり、非常に信頼してきた枢機卿だった。

 べッチウ枢機卿らの主要容疑は、英ロンドンの高級繁華街スローン・アベニューの高級不動産購入問題での不正だ。同枢機卿自身は辞任後の記者会見で「不正はしていない」と容疑を否認しているが、同枢機卿の下で働いてきた5人の職員は既に辞職に追い込まれ、金融情報局のレーネ・ブルハルト局長は辞任している。ベッチウ枢機卿は2011年から7年間、バチカンの国務省総務局長を務めていた。問題の不動産の購入は、この総務局長時代に行われたものだ(「バチカン、信者献金を不動産投資に」2019年12月1日参考)。

 フランシスコ教皇は昨年11月26日、バチカン国務省と金融情報局(AIF)の責任者が貧者のために世界から集められた献金(通称「聖ペテロ司教座への献金」)がロンドンの高級住宅地域チェルシーで不動産購入の投資に利用されたことを認めている。3億5000万ユーロが不動産の投資に利用されていた。なお、べッチウ枢機卿の場合、そのほか、公金を勝手にイタリア司教会議に送金したり、自身の親族が経営するビジネスを支援したり、自身の口座にも献金を送っていた疑いがもたれている。  

 C羚颪膿靴靴せ紛気叙任された。李輝司教だ。バチカンニュースが7月28日報じた。バチカンと中国共産党政権の間で2018年末、司教任命権問題で暫定的に決定した合意内容に基づいて任命された5人目の司教だ。叙任式は中国中北部の甘粛省平涼市の大聖堂で行われた。

 バチカンは2018年9月、司教任命権問題で北京との間で暫定合意(ad experimentum)したが、昨年10月22日、バチカンのナンバー2のパロリン枢機卿は「2年間、暫定的に延長する」と述べた。同時期、中国共産党政権も公式に発表した。欧米諸国では中国の人権蹂躙、民主運動の弾圧などを挙げ、中国批判が高まっている時だけに、バチカンの中国共産党政権への対応の甘さを批判する声が聞かれた。 

 ちなみに、中国「国家宗教事務局」はカトリック教会を含む宗教団体の聖職者を管理統制する新規則(正式名「宗教教職者の行政措置」)を今年1月承認し、5月1日から発効している。聖職者は共産党政権の管理下にあって、「共産党の指導を支持し、社会主義システムを擁護する」ことが義務となり、その言動は党の統制下に置かれる。ちなみに、国家宗教事務局は中国共産党中央統一戦線工作部に所属していることから、聖職者の管理規則は共産党中央統一戦線工作部が実施することになるという。 

 バチカンは「司教の任命権はローマ教皇の権限」として、中国共産党政権の官製聖職者組織「愛国協会」任命の司教を拒否してきたが、中国側の強い要請を受けて、愛国協会出身の司教をバチカン側が追認する形で合意したわけだ。暫定合意は明らかにバチカン側の譲歩を意味している。

 例えば、中国新疆ウイグル自治区(イスラム教)では100万人以上のイスラム教徒が強制収容所に送られ、そこで同化教育を受けている。キリスト教会に対しては官製聖職者組織「愛国協会」を通じて、キリスト教会の中国化を進めている、といった具合だ(「バチカンは中国共産党政権に騙された!」2021年2月17日参考)。

 以上、東京五輪開催後のバチカンの主要な出来事をまとめた。いずれも大変な問題だ。ペテロの後継者を務めるフランシスコ教皇はスポーツ好きで有名だ。教皇はゆっくりと書斎に座って五輪競技を観戦したいところだが、バチカンの現状はそれを許さないのだ。バチカンは面目を失うような不祥事の後始末に苦慮している。内では聖職者の未成年者への性的虐待問題と不正財政問題に、外では中国共産党政権の厳しい宗教政策に翻弄されているのだ。バチカンを取り巻く現状を考えた時、84歳のフランシスコ教皇は五輪大会のスポーツを楽しむ余裕すらないのだ(「ローマ教皇『東京五輪の勝利を祈る』」2021年7月22日参考)。
http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52313143.html

「復興五輪」の大義は消滅していない

 日本政府は2020年の五輪開催地に立候補した時、2011年3月に発生した東日本大震災の復興を掲げて、政府と国民が一体化することを世界に向かってアピールする五輪とする意向だった。そして2013年、東京は2020年夏季五輪大会開催地に正式に選出された。開催地立候補表明から10年余りが経過した。

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▲東京五輪大会の開会式ではためく日本の国旗(2021年7月23日、オーストリア国営テレビ放送の中継から)

 開催地決定時には東京五輪夏季大会のメインテーマは明確だった。東日本大震災、福島第一原発事故からの復興を世界に訴える「復興五輪」だった。そのテーマはいつの間にか曖昧となり、東京五輪には哲学が見えない、といった声が知識人、著名人たちの間から聞こえ出した。日本国内では土壇場まで「東京五輪大会を開催するか否か」に議論が集中して、東京五輪の哲学、理念云々どころではなかった、というのが現実だろう。

 東京五輪大会は開幕して10日目を迎え、日程の半ばを消化したので、東京五輪大会の課題についてここで少し考えてみた。

 「復興五輪」のかけ声を消したのは、2019年に発生し、東京五輪大会開催予定の2020年にはパンデミックとなった中国武漢発の新型コロナウイルスだ。感染の第1波、2波で世界はその対応に苦慮、オリンピック開催どころではなくなった。その結果、東京五輪大会は1年延期され、今年7月23日開幕となった。すなわち、「復興五輪」のかけ声は完全に新型コロナウイルスの感染拡大の前に消されてしまったわけだ。

 「復興五輪」といった最初の大義は東京の開催側関係者の口から聞こえなくなり、五輪開催組織委員会内で不祥事も起き、関係者の辞任、入れ替えで時間を費やし、国民の間ばかりか、世界でも「東京五輪は中止すべきだ」といった声が高まっていった。「復興五輪」というメインテーマを中国武漢発の新型コロナに奪われた日本側は、それに代わる大会の主要テーマ、大義、哲学を見つけることができない中、開催日を迎えたわけだ。

 そして開催後も五輪中止を求める声が聞かれ、メディアは菅義偉首相に「中止する考えはあるか」といった質問を繰り返し、首相を困惑させるなど、五輪ホスト国の日本側は混乱していった。その混乱を救ったのは、日本人選手たちの活躍だ。7月30日段階で過去最多17個の金メダルを獲得するなど大きな成果を挙げ、国民を喜ばせている。その成果もあって「開催中止」といった声は国民の支持をもはや得ることはなくなってきた。

 オリンピックは世界最大のスポーツ祭典だ。世界からトップクラスのアスリートたちが集まり、世界の耳目が集中する。ホスト国は世界に向かって何らかのテーマを発信する。そのテーマは開催年の「時代の精神」を反映したものとなる。東京五輪では「復興五輪」に代わってコロナ禍での世界の結束と連帯が新たな大義として浮かび上がってきたのだ。

 新型コロナ感染が拡散する現在、民族、国境を越えて世界は同じ課題に直面し、多くの犠牲者を抱えて苦慮している。その中で開催される今回の五輪大会の主要テーマは一国の開催国の大義ではなく、世界の全ての人々を網羅するものとならざるを得ない。「復興五輪」に代わってコロナ禍での世界の結束と連帯を呼び掛ける大義が新たに浮かび上がってきたのは当然だろう。その結果、開催国の日本は大義を見失ったような状況に陥り、「東京五輪には哲学がない」といった声が出てくることにもなったわけだ。

 東京五輪大会には新しい大義がある。世界が初めて同じ問題で苦慮している。コロナ禍を克服するために世界は結束し、連帯しなければならないからだ。

 「2020東京五輪」は世界的な大義を掲げた最初の五輪大会となってきた。五輪大会は今後も開催国のローカル色を尊重しながらも、世界が直面しているテーマ(コロナ対策、環境保護、難民援助、紛争解決など)について結束し、連帯を呼び掛ける機会となっていくのではないか。「2024パリ五輪」はひょっとしたらそのような五輪大会の本格的なスタートとなるかもしれない。

 それでは開催国の大義は完全に消滅するだろうか。開催国は五輪では独自色、大義、哲学を展開できるかを模索するだろう。開会式の選手行進で、世界でも有名な日本のゲーム音楽が背後で流れてきた時、日本の若者たちだけではなく、世界の若者たちを喜ばせたという。同時に、開会式のパフォーマンスでは伝統的な日本文化の一部が紹介された、といった具合だ。

 心をひく話が報じられていた。バドミントン混合ダブルスで銅メダルを獲得した渡辺勇大選手(24)、東野有紗選手(24)ペア=日本ユニシスは東日本大震災を体験している。東野選手は、「震災の経験で気持ちを強く持てた」と述べ、福島の人に元気と勇気を与えるプレーに徹してメダルを獲得したことを喜んでいる。「コロナ禍の克服」で結束と連帯を訴えた新しい大義の下でも、「復興五輪」の大義は選手たちの間で大きな原動力となっていたことを物語っている。

 コロナ禍の克服のために「世界の結束・連帯」の大義の下、「復興五輪」の哲学は開催国の国民の中では消滅せず、生き続けている。ホスト国日本は東京五輪を開催することで2つの大義を結び合わせることができる唯一の国だ。それを誇ろうではないか。

五輪スポーツ選手と「心の健康」問題

 人間は心と体から成り立っている。体が健康であっても心が病んでいる場合、その人は幸せではない。オリンピック大会に参加するスポーツ選手の体力は通常の人より強靭だろう。しかし、心はどうだろうか。そんなことを考えさせる出来事が増えてきた。これは東京夏季五輪大会と直接関係があるというわけではないが、新型コロナウイルスが世界を席巻し、パンデミックとなった今日、一層、心と体の葛藤が浮かび上がるケースが見られる。

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▲東京夏季五輪開会式で聖火台に火を灯した大坂なおみ(2021年7月23日、オーストリア国営放送の中継から)

 米女子体操選手で今回の東京五輪では金メダル確実と見られ、期待されてきたシモーン・バイルス選手(24)が27日、女子団体戦を途中棄権し、29日には女子個人総合に出場しないと表明、関係者を驚かせた。前回のリオ夏季五輪大会(2016年)で4個の金メダルを獲得した米女子体操界のエースに何があったのだろうか。バイルスは「精神的な理由から」とだけ説明しているが、関係者は、「彼女は過度なストレスで精神的バランスを失っている」という。バイルスは、「人生は体操だけではない」と主張するなど、体操への熱意を急速に失っているのだ。

 プロ女子テニスで大坂なおみ(23)は東京五輪大会の開会式で聖火ランナーの最終走者として登場したが、彼女は全仏オープン大会で記者会見をキャンセルし、その後「しばらく静養する」と宣言、ウインブルドン大会を欠席し、今回の東京五輪大会のテニス競技まで実戦から離れていた。彼女は「2018年全米オープン後、うつに悩んできた」と関係者に語っている。

 バイルスも大坂も大きな大会で勝利し、そのネームバリューで世界の一流企業からスポンサー契約を得るトップアスリートだ。例えば、大坂は東京五輪大会参加選手の中で男子テニス界第1位のノバク・ジョコビッチ(34)に次いで高額所得者だ。名誉と富を得たスポーツ選手。それが突然、燃え尽き症候群(バーンアウト)のように、競技や試合する気力を失うことがあるわけだ。

 バイルスの場合、体操は常に危険が伴う。競技で失敗して怪我をする選手は少なくない。バイルスは10代の時は自分が怪我をするとは考えなかったが、24歳になって「もし怪我をして身体障碍者になったら大変だ」という思いが湧いてきた。一度、不安を感じ出すともう演技ができなくなるのだ。心理学的には不安恐怖症と呼ばれる現象だ。危険が伴うスポーツ競技の場合、突然、競技に不安を感じ出すという選手は少なくない。

 過去、多くのトップ選手が心の病になって第一線から退いた。幸い、それを乗り越えて輝かしい成績を残した者もいる。五輪史上、23個の金メダルを獲得したマイケル・フェルプス(36)は小さい時、学校でもジッと席にはおれず、動き回る多動性障害児だった。母親は水泳を通じてマイケルのエネルギーのはけ口としようと考え、水泳を学ばせたという話は有名だ。彼は伝記の中で「自分はうつで自殺をしようと考えたことがあった」という。

 また、オーストラリアの水泳選手、イアン・ソープ(38)は2000年、04年の両五輪大会で5個の金メダル、3個の銀メダル、1個の銅メダルを獲得した英雄的な選手だったが、早期引退している。その後、イアンの生活は乱れ、路上で倒れていて収容されたりした。イアンは麻薬に手をだしたりもしていた。彼は後日、自分が同性愛者であったと表明し、うつ病を悩んできたことを告白している。

 バイルスや大坂は最高潮の現役時代、自身が精神的な病にあることを告白したが、マイケルやイアンは現役のピーク時代ではなく、引退前後、自身の精神的問題を明らかにしている。ある心理学者は、「男性は自分の弱さを隠そうとするが、女性は病になった段階でそれを告白し、周囲に理解者を求める傾向がある」と指摘している。スポーツ選手でも男女差が出てくるのかもしれない。

 スポーツには政治ばかりか、経済も関与してくる。活躍するスポーツ選手には当然、スポンサーが集まる。スポンサーの支援を受けてトレーニング環境が改善され、成果を挙げられる選手がいる一方、巨額の金を受け取り、次第にそれが負担となってスポンサーに押しつぶされる選手も出てくる。五輪大会となると国民の注目度も高まる。メダルを期待されている選手であればあるほど、ストレスは高まってくる。その意味で、トップ選手であるほど、そのメンタル・ケアが重要となるわけだ。

 スケートボードの女子ストリートで日本の13歳の西矢椛が金メダルを獲得して日本の最年少記録を樹立して話題を呼んだ。五輪参加する選手年齢も毎回、若くなってきた。スポンサーの期待と国民の熱い応援を受けた選手たちが激しい戦いを展開するわけだ。精神的にまいってしまう選手が出てきても不思議ではない。五輪を含む様々な国際大会を開催する主催側はスポーツ選手のメンタルヘルスにこれまで以上に配慮する必要が出てきた。

「東京五輪」不参加の北に期待する事

 誰も敢えて言わないし、「あの国はもともと存在していない」とばかりに無視されている、といった感じすら受ける。第32回東京夏季五輪・パラリンピックには205カ国・地域と難民選手団が参加し、1万人を超える選手たちが33競技に熱気ある試合を展開させているが、あの国の選手たちは参加していない。北朝鮮だ。

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▲北朝鮮・朝鮮労働党創建75周年の祝賀会で演壇に立つ金正恩党総書記(朝鮮中央通信公式サイトから)

 23日の国立競技場での開会式を観戦した。行進する参加国の選手たちの姿、そのユニフォームはカラフルで目を楽しませてくれた。「世界にこんな多くの国があったのか」と改めてビックリ。初めて聞く国の代表団もあった。彼らはオリンピックというスポーツの祭典に参加するために集まってきた選手、関係者だ。

 北朝鮮が五輪大会に参加しないのは、核開発関連の国連制裁を受けたからではない。国連加盟国全てからは国家としてまだ承認されていないコソボも代表団を派遣しているし、国連が創設した難民選手団も参加している。それなのに日本の隣に位置する北朝鮮は代表団を派遣していないのだ。それも自らボイコットしたのだ。

 北朝鮮体育省は4月6日、公式サイトで東京五輪大会不参加を表明した。その理由は「北朝鮮オリンピック委員会は先月25日の総会で、悪性ウイルス感染症(新型コロナウイルス感染症)による世界的な保健の危機状況から選手を保護するため、委員の提議により第32回オリンピック競技大会に参加しないことを決定した」(韓国聨合ニュース)という。

 北の五輪不参加の理由をそのまま鵜呑みにする人は少ないだろう。国民の人権を蹂躙してきた北朝鮮当局がここにきて突然、「選手を新型コロナ感染から守るために五輪大会の不参加を決めた」というのは信じられない。国民を犠牲にしても国家の威信を高めるためなら何でも実行する国だ。北の為政者が突然、国民の人権、福祉を強調したとしても土台無理があるわけだ。

 当方はこのコラム欄で、「五輪大会不参加の理由ははっきりとしている。第32回東京五輪大会に参加してもメダルを取れるチャンスは限りなくゼロに近いからだ。五輪大会を含む国際スポーツ大会で、北朝鮮の選手がメダルを取り、国家の威信を世界に発信できないならば、選手団を派遣する意味がないのだ。スポーツと政治をリンクさせてきた北朝鮮にとっては当然の決定だ。『オリンピックは参加に意義がある』といった贅沢な世界は北には当てはまらない」と書いたうえで、「北の五輪不参加表明にはもっと深刻な事情が考えられる。北では五輪参加資格を有する『民族代表スポーツ選手』の場合、選手は特別扱いされ、国民が食糧不足で飢餓状況にあっても国家から食糧は優遇されてきた。その優遇が出来なくなってきたのだ。これが大きな理由だ」と指摘した(「北朝鮮の東京五輪不参加の『事情』」2021年4月7日参考)。

 興味深い点は、東京五輪開幕直後の7月25日、北朝鮮は対外宣伝メディアを通じて、「日本が東京五輪を帝国主義の復活の好機と考えている」と、日本批判を展開させていることだ。曰く、「日本は東京五輪を機に歴史歪曲と領土強奪策動に一層拍車をかけている。各国のスポーツ選手が集まり、世界中から注目される五輪を軍国主義復活に向けて利用している」(聯合ニュース)と非難しているのだ。東京五輪開催と日本の軍国主義の復活をリンクして日本を批判する国は世界を見渡しても北朝鮮しかいないだろう。全くのピンぼけ丸出しの論理だ。五輪参加できない国の恨みが込められていると感じるほどだ。

 どの国からも北の五輪不参加を残念がる声が聞かれないことに、北側はプライドを傷つけられているはずだ。当方は北が東京五輪大会に参加しないことを残念に思ってきた。五輪大会というスポーツの祭典に北の若者たちの姿が見られないことはやはり寂しい。同時に、世界から孤立化している北朝鮮が国際社会への再統合の姿勢を見せることが出来るチャンスでもあっただけに、金正恩総書記の今回の「五輪不参加」決定には失望している。

 北朝鮮には国民が3食を堪能できる食糧が基本的に欠如している。「新型コロナウイルスの感染者はいない」という北側の公式発表は信じられない。ひょっとしたら多くの国民が感染しているのではないか。肝心のコロナワクチンは手に入らない。中国共産党政権が同国のシノバック製ワクチンを提供しようとしても、北側は、「中国製のワクチンは信頼できない。米国製ワクチンがほしい」と主張しているのだ。しかし、米製薬大手ファイザー社などのmRNAワクチンには零下70度で保存できる冷凍保存設備(コールドチェン)が必要だが、北にはそれがない。そうだ、北には全てが「ない、ない」状況なのだ。そんな国がメダルを獲得するためにスポーツ選手を派遣できる余裕があるだろうか。

 冷たく言えば、3代世襲独裁国家の悲惨な状況は独裁者の自業自得と言えるから、誰を恨んだとしても意味がない。北の国民だけが恨みをぶつけることができる。しかし、北が現状の困窮から脱出するチャンスがまったくないか、といえばそうではない。人は変わることが出来るように、国も変わることが出来るのだ。

 130kgの巨漢だった金正恩氏が短期間で10kgあまりの減量に成功したというニュースが平壌から流れてきている。過去の重みから少しづつ解放されてきた金正恩氏に「人民第一主義」を実践していただきたい。「真夏の夢」物語に終わらせてはならない。独裁者も変わることができることを金正恩氏は世界に証明すべきだ。10kgの減量だけではまだまだ不十分だ。

「欧州の柔道王国」が東京五輪で復活

 オーストリアは過去、「欧州の柔道王国」と呼ばれた。多くの柔道家が世界や五輪の舞台で活躍してきた。そのオーストリアの柔道の歴史でまた1人の新しい英雄が誕生した。シャミル・ボルチャシビリ(Shamil Borchashvili)が27日、東京夏季五輪の柔道81キロ級で3位となり、銅メダルを獲得したのだ。オーストリアでは25日、女子自転車競技ロードレースでアンナ・キーゼンホファーが金メダルを取ったばかりだ。東京五輪で2人のメダリストが出たことになる。オーストリア五輪チームにとって文字通り嬉しい知らせとなった。

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▲聖地武道館の畳にキスするサブリナ・フィルツモザー選手(オーストリア国営通信から、2021年7月26日)

 81キロ級では日本の永瀬貴規(27)がライバルのサエイド・モレイ(モンゴル)を破って金メダルを獲得し、リオ五輪の雪辱は果たしたばかりだ。その81キロ級でボルチャシビリ(26)が3位決定戦でドイツのドミニク・レッセルを破って銅メダルを獲得したのだ。オーストリア柔道界にとってボルチャシビリの銅メダルは、2008年の北京夏季大会でルドヴィック・パイシャーが銀メダルを獲得して以来だ。久しぶりの快挙だ。

 ボルチャシビリはチェチェン出身で、2004年に両親がチェチェンから7人の子供を連れてオーストリアに難民として亡命、トライスキルヒェ難民収容所にいたが、その後、オーバーエステライヒ州のヴェルスに定住した。ボルチャシビリがオーストリア国籍を取得したのは4年前だ。

 同選手は試合後のインタビューで、「表現できないほど嬉しい。最高の日を迎えることができた」とメダル獲得を喜び、「弟たちが自分を励ましてくれた」と語った時、涙声となった。難民の子として過ごした時代を思い出したのだろう。

 蛇足だが、準決勝で永瀬貴規がボルチャシビリと対戦していたら面白い試合になったのではないか、と考えている。ボルチャシビリのワイルドとも思えるパワフルな試合展開に永瀬貴規は苦戦したのではないか。

 ボルチャシビリがメダルを獲得する前日(26日)、女子柔道57キロ級にオーストリアのベテラン柔道家、サブリナ・フィルツモザー(Sabrina Filzmoser)が出場したが、初戦の相手に一本負けした。41歳のサブリナは東京五輪大会を最後の国際舞台と考えていたのだろう。敗北して道場から出ていく時、跪いて畳に接吻した。日本武道館は全ての柔道家にとって聖地だ。その聖地に感謝し、柔道家としての現役のキャリアを終えたかったのだろう。

 サブリナの柔道歴は長い。五輪大会ではメダルを取れなかったが、2005年カイロ、2010年東京で開催された世界柔道選手権で銅メダルを獲得している。オーストリア女子柔道界にとって欠かせない女子柔道家だった。東京五輪では41歳のサブリナは明らかに体力的には劣っていた。勝負の世界は厳しい。サブリナ自身が良く知っていたはずだ。

 サブリナは引退後、ネパールやブータンの開発プロジェクトを支援する歩みやヘリコプター操縦士の教育を受けるなど今後の人生のプランを練っている。「柔道家の人生は終わった。新しい人生を再出発していきたい」という。

 最後に、この柔道家を紹介せずしてオーストリアの柔道を語ることはできない。同時に、辛い。柔道家ペーター・ザイゼンバッハー(Peter Seisenbacher)という名前を思い出す人がいるかもしれない。1984年のロサンゼルス大会と88年のソウル大会の2回、夏季五輪大会で金メダルを獲得した柔道家だ。オーストリアの夏季五輪史上、2大会連続金メダルを獲得したスポーツ選手はザイゼンバッハー1人だ。文字通り、オーストリアのスポーツ界の英雄だ。同氏の活動に刺激を受け、多くの若い後継者が生まれ、オーストリアは「欧州の柔道王国」と呼ばれるようになった。

 ここで話を閉じることができたならばハッピーだが、彼は自身が経営する柔道センターに通っていた2人の少女に対して、性的犯罪を犯したとして2019年12月、禁固5年の判決が言い渡されて、現在服役中だ。

 ザイゼンバッハーは柔道家としての成績ばかりか、トレーナーとしての実績も素晴らしい。ザイゼンバッハーは五輪大会後、オーストリアのスポーツ支援協会代表に就任。その後、2010年からグルジア、そして12年からアゼルバイジャンの男子柔道ナショナル・トレーナーとなった。トレーナーとして、両国で多数のメダリストの柔道家を育て上げている。彼はトレーナーの才能もあった。それだけに、残念だった(「金メダリストの柔道家の『犯罪』」2017年1月19日参考)。

 このコラムを書いている時、朗報が飛び込んできた。柔道女子70キロ級でミヒェエラ・ポレレス(Michaela Polleres)が28日、銀メダルを取ったのだ。金メダルは新井千鶴が獲得した。それにしてもオーストリアは28日現在、金1、銀1、銅1で最近の夏季五輪大会ではベストの成績だ。銀と銅は柔道家が獲得したことになる。「欧州の柔道王国」オーストリアは柔道の発祥の地で開催された東京夏季五輪大会で蘇った。

蓮舫氏「日本国民の1人」を証明?

 日本の野党「立憲民主党」の蓮舫代表代行は東京五輪開催前までは五輪中止の急先鋒だったが、スケートボード男子ストリートの堀米雄斗選手が金メダルを獲得すると途端に祝福するツイートを発信していたとして、「アゴラ言論プラットフォーム」などでその言動の不一致を追及する声が出るなど、議論を呼んでいる。とても、日本的な議論だ。

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▲東京夏季五輪大会開会式で行進する日本代表団(オーストリア国営放送の中継から、2021年7月23日)

 当方は新型コロナウイルスの感染拡大を恐れ東京五輪開催に反対した国民の意見は間違いとは思わない。デルタ株が拡大してきた現在、世界から多くの選手団が集まる五輪大会開催はやはり危険が伴うからだ。開催準備側はその国民の懸念を考慮して「無観客」を打ち出す一方、コロナ規制を強化するなど感染防止策を打ち出し、23日の開会式を迎えた経緯がある。

 世界最大のスポーツ祭典とも言うべき夏季五輪・パラリンピックが始まった以上、次は、今大会の成功のため、開催問題で議論をぶつけ合ってきた国民は結束する時だろう。その意味で、五輪開催反対の急先鋒だった蓮舫議員が日本に金メダルをもたらした若きヒーローの堀米選手に祝いのツイートを発信した、ということは未来志向的な行動であり、少なくとも批判されるものではない。

 同議員の行動を好意的に解釈すれば、「東京五輪が始まった以上、国民の1人として、ホスト国日本の開催成功を支援する」という心意気から日本選手の金メダル獲得というニュースを喜ぼうとしたのではないか。もちろん、「野党側の五輪開催反対運動は倒閣を目論んだ政治活動だ。その政党、議員たちは、国民の歓喜する姿に押されるように、メディア受けする祝いのツイートを金メダリストに発信しただけだ」として、同議員の「政治的転身」と糾弾される方も出てくるかもしれない。

 蓮舫議員の「転身」ぶりについての報道を読んでいて、ボブスレーを題材とした米スポーツ映画「クール・ランニング」(1993年公開)を思い出した。ジャマイカ出身のボブスレー選手の活躍を面白く描いた名作だ。ビジネス界の仕事を蹴って、ボブスレー・チームに入って冬季五輪大会に参加した息子(ジュニア・パヴェル)に怒っていた父親が五輪大会で頑張る息子の姿を見て応援する場面がある。人は状況が変われば、意見、考えも変わるものだ。政治の世界ではライバル政党の議員たちがこれまでの言動と全く異なる対応をした場合、「転身した」「変節した」という言葉を使用し、相手を貶めることがあるが、通常の場合、人は状況に適応するために変わる存在だ。

 東京五輪「開催前」と「開催後」では状況は異なるから、考えも変わってくる。特に、反対派は新しい状況に対応していかなければならない。だから、,修譴任眸紳个垢襦↓◆峪呂泙辰唇幣紂国民の1人として……」と考え、応援するか、の2通りの対応が考えられる。そして蓮舫議員は後者を選ばれたのではないか。ただし、新型コロナウイルスの感染防止は開催の是非とは関係なく、コロナ禍が終焉するまで続行されなければならないテーマだ。

 スポーツの世界に政治、経済が絡んでくるのは当然かもしれない。純粋なアマチュア・スポーツが後退する一方、スポンサーで動かされるプロのスポーツ選手も少なくない。サッカー欧州選手権に参加したポルトガルのクリスティアーノ・ロナウド選手(36)が記者会見でテーブルにあったコカ・コーラのボトルをカメラに映らないように端によけた通称「コーラー瓶追放劇」は、体に良くない飲み物をコマーシャルすることに反対する彼の姿勢から来たものだ。このように巨額な資金でスポーツ世界をコントロールするスポンサーに抵抗する選手も出てきた。スケートボードで金メダルを獲得した22歳の堀米選手は「米国に豪邸を持っている」といったニュースが流れる、といった具合だ(「ロナルド、『水』で乾杯だ」2021年6月19日参考)。

 自転車競技女子ロードレースでプロ選手を圧倒して金メダルを獲得したアンナ・キ―ゼンホファー選手(オーストリア)はプロの選手ではない。目標を立て、その実現のために仕事後、トレーニングを重ねてきた成果が金メダルだった。オーストリア国営放送のスポーツ・レポーターが、「これで自転車業界からアンナにスポンサーの話が出てくるだろう」と言っていたのは印象的だった(「東京五輪の『金メダル』は国を救う」2021年7月27日参考)。

 活躍するスポーツ選手にスポンサーが集まるのは当然かもしれない。スポンサーの支援を受けてトレーニング環境が改善され、成果を挙げられる選手がいる一方、巨額の金を受け取り、次第にそれが負担となってスポンサーに押しつぶされる選手も出てくる。状況の変化に対し、どのように対応するかで、その後の展開も異なってくるのはスポーツ選手だけではなく、全ての分野でも同じろう。

 蓮舫議員が堀米選手に祝いのツイートを発信したニュースは東京五輪開催に反対してきた同議員の「政治的転身」と受け取るべきではない。むしろ、「2重国籍問題」でこれまで激しくメディアに叩かれてきた同議員が日本人選手の活躍を祝うことで、「日本国民の1人」であることを実証した、と今回は好意的に受け取るほうが賢明だろう。

東京五輪の「金メダル」は国を救う

 このコラムのタイトルはひょっとしたら五輪大会で多数のメダルを獲得するメダル常連国の米国や中国には当てはまらないかもしれない。アルプスの小国オーストリアならではの話かもしれない。オーストリアの東京五輪大会代表の1人が25日、メダルを取ったのだ。それも金メダルだ。同国に2004年のアテネ夏季五輪大会ぶりの金メダルをもたらしたのは自転車競技女子ロードレースのアンナ・キ―ゼンホファー(Anna Kiesenhofer)選手だ。

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▲2004年ぶりに金メダルをオーストリアにもたらしたアンナ

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▲オーストリア国営放送の中継から 2021年7月25日

 競技は東京武蔵野の森公園をスタートし、ゴールは富士スピードウエイで総距離137km。アンナはスポーツのオッズでも全くノーマークの選手だっただけに、彼女の金メダル獲得は大きな衝撃を投じた。

 アンナが如何にマークされてこなかった選手かを物語る出来事を紹介する。同レースの本命、アンネミーク・ファン・フリューテン選手(オランダ)がゴールした時、彼女は自分が1番だと勘違いして、手を高々と挙げて喜びを表したのだ。しかし、ゴールに待っていた関係者の表情は金メダリストを迎える高揚した雰囲気ではなかった。当然だ。数分前にトップランナーが既に到着。彼女は銀メダリストだったのだ。

 第2位となったアンネミークは自分の前に疾走していたオーストリアの、それも無名選手の存在にはまったく気が付かなかった。選手とコーチ陣の連絡も上手く機能しなかったこともあるが、彼女は、「アンナが我々のトップグループにいたことは知っていたが、その彼女が最後までゴールしたとは気が付かなかった」というのだ。トップグループを抜け出したアンナは「40km余り、ソロで走り切った」のだ。アンナの時間は3時間52分40秒で、2位と1分以上の差をつけた圧勝だ。

 アンナは2017年、ベルギーのプロの自転車チームに所属したが、そこを1年余りでやめている。理由を、「自分はチームで競争するタイプではない。自分で計画し、自分で決めることが好きだからだ」という。

 彼女はウィーン工科大学とケンブリッジ大学で数学を学び、その後、カタルーニャ工科大学で博士号を修得し、現在は路上レースに参加する一方、学校で数学を教えている。30歳だ。通常のプロ自転車競技選手ではない。トップクラスの選手たちにとって、アンナは全くの無名選手だったわけだ。それだけではない。オーストリア五輪代表団もアンナがまさか金メダルを獲得するとは考えてもいなかったのだ。

 アンナはゴールした時、自分が1番だったとは理解できなかったという。「最後の1km余りは厳しかった。ペダルを踏む脚には全く力がなかった」という。しかし、後方を振り返っても誰もいない。アンナは41km余り1人でトップを走っていたのだ。

 彼女の快挙が伝わると、オーストリアでは歓声とともに、「ようやく金メダルが取れた」という安堵感が流れた。オーストリアはウィンター・スポーツの国だ。冬季五輪大会は数回開催してきた。ヘルマン・マイヤーやマルセル・ヒルシャーといったアルペンスキー競技のスーパー・スターを輩出してきた。しかし、夏季五輪となると、惨めな成果しか挙げてこなかったのだ。特に、1964年の「東京大会」以来だ。それまでオーストリアはそれ相当のメダルを獲得してきたが、東京夏季大会で初めてノーメダルの惨めさを味わった。それ以降、「東京の悪夢」は夏季五輪では常に付きまとってきたのだ。 

 ロンドン五輪(2012年)を思い出してほしい。オーストリアのチームはメダルを獲得できずに苦戦し、最後は悲鳴に近い叫びを発し、最後は金メダル、銀メダルどころか銅メダルすら獲得できずに閉会式を迎えた。前回のリオ五輪(2016年)では銅メダル1個だ。オーストリアより小さな国が金メダル獲得で喜んでいる姿を見ながら、言い知れない屈辱感を感じてきた。1人で23個の金メダルを獲得したマイケル・フェルプス(米国水泳選手)と比較するつもりはないが、夏季五輪大会では1964年の東京大会以来、金メダルと縁が薄くなってしまったのだ。

 ハプスブルク王朝時代、欧州を席巻したオーストリアの国民は誇り高い。世界の耳目が集まる五輪大会でノー・メダル国であることが耐えられないのだ。国民の中には、「わが国はウィンター・スポーツ国だ。夏季五輪で成績が悪いのは仕方がない」と考え、自ら慰める姿がみられる。少し哲学的な国民ならば、「五輪はメダルだけが目的ではない。参加に意義があるのだ」といった昔の名言を思いだす。

 2回目の東京夏季五輪大会を前にオーストリア五輪関係者は外では威勢のいいことを言っていたが、内心では「1人でもメダリストが出てきたら……」だった。オーストリア五輪関係者には「1964年の東京大会の悪夢」が忘れられないのだ。

 話をアンナに戻す。彼女の出身地、ニーダーエスタライヒ州知事ばかりか、ファン・デア・ベレン大統領、クルツ首相ら政府関係者から祝いのツイートが届いた。オーストリア国営放送はオリンピック・スタジオに彼女を招き、インタビューするなど、深夜まで大騒ぎとなった。

 オリンピックが開幕されたものの、五輪ムードに乏しかったオーストリアが、彼女の金メダルのニュースが流れると全て変わった。メディア関係者は生き生きしてきたし、国民の間では「アンナが金メダルと取ったそうだね」といった会話に花が咲く、といった具合だ。

 オーストリア社会に活気が戻ってきた。新型コロナウイルスの感染拡大とコロナ規制のため、国民は過去2年あまり委縮してきたが、アンナの金メダル獲得ニュースでそのような閉塞感は吹っ飛んでしまった。「五輪は参加することに意義がある」といった近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタンには悪いが、五輪ではやはり金メダルの価値は大きい。

現代の浦島太郎「五輪開会式」観戦記

 アルプスの小国オーストリアの首都ウィーンに住んで40年が過ぎた。その間2、3回しか日本に帰国していないので、当方は日本に戻れば「現代の浦島太郎」のような立場だ。見るもの聞くもの全て昔とは違う。唯一、人々が話す言葉が日本語だから、彼らの会話が理解できるが、正直言って全て分かるとは言えなくなってきた。人々の口から飛び出すさまざまな外来語混じりの日本語についていけなくなってきたのだ。その度、ヤフーやグーグルの検索でその意味を調べなければならない。

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▲東京夏季五輪大会の開会式に臨まれる天皇陛下

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▲ホスト国日本の国旗掲揚へ
(いずれもオーストリア国営放送の中継から、2021年7月23日)

 そんな当方は23日午後1時(ウィーン時間)から5時頃まで4時間余り、テレビの前に座り、第32回東京夏季五輪大会開幕式を家人と共に観戦した。長時間だったの少々疲れたが、やはり感動した。どの場面、どのシーンが、と問われれば、「この場面が特に良かった」とは答えられない。世界で新型コロナウイルスの感染が拡散し、パンデミックとなり、400万人以上の人々が犠牲となっている。多くの犠牲と困難な年に、東京で開かれた最大規模のイベントというべき五輪大会が開催された、という事実に感動した、といったほうが正確かもしれない(敢えていえば、約1800台のドローンが競技場上空で巨大な輪を描いた時には驚いた)。

 時事通信社記者は、「『東京五輪開催反対』と叫ぶ人々の声が開幕式の会場、国立競技場にも風に乗って聞こえた」と報じていた。デルタ変異株の感染が世界的に拡がっている最中の五輪大会の開催だ。感染拡大を恐れる人々がいても当然だ。オーストリア国営放送は、「日本の国民の半分が開催反対だった」と報じていたが、それは少々過大報道といった感じはした。

 五輪大会が無観客で開催することが決定された時、「無観客の五輪大会は意味がない」という反発の声があったという。オーストリアの日刊紙スタンダートの「読者の声の欄」では、「新型コロナ感染の拡大の危険を無視して欧州サッカー選手権では観客入りの試合を強行した。スポンサー問題、巨額の金銭問題があったからだ。一方、東京は新型コロナ感染防止という事を最大の課題として経済的な損失を甘受して無観客開催を強行した。日本側の決定は非常に賢明だ」と評価する意見が掲載されていた。当方は新型コロナ感染が続いている以上、無観客開催はやむを得なかったと考える。確かに、五輪イベントの雰囲気は減少するが、テレビ中継などを通じて五輪大会を観戦出来る。

 2013年、第32回夏季五輪大会が東京で開催されることに決定した。あれから8年の開催準備期間が経過した。厳密にいえば、開催地に立候補を表明した2011年から数えると今年で10年目だ。この立候補表明から23日の開催日まで歩んできた関係者にとってどれほど困難な道だったかを考える時、当方は思わず涙がこぼれそうになった。この10年の間、東日本大震災、福島第1原発事故があった。新型コロナ感染拡大のため五輪史上、初めて開催が1年延期された。それらは想定外の出来事だった。

 開会式典を観ている時、オーストリア放送記者が「台風が接近しています」と報じた。当方は「ああー」と大きなため息がこぼれてしまった。大震災、原発事故、新型コロナウイルスのパンデミック、そして台風の襲撃、これでもか、これでもかといわんばかりに多くの試練に直面している日本、東京五輪大会を考える時、過酷な条件下で五輪開催に踏み切った関係者に対し同情の念を禁じえない。

 開催日直前までさまざまな不祥事、出来事から関係者が辞任したり、責任者の入れ替えが行われた。そして23日、東京で半世紀以上ぶりに再び五輪大会の開催日を迎えたわけだ。

 「現代の浦島太郎」の当方は競技場で日本の国旗が掲揚されるシーンで目頭が熱くなった。この時まで舞台の裏で準備してきた人、重要な決定を下さなければならなかった政府、JOC、組織委員会等の関係者、そして新型コロナ感染を防止するためと考え五輪開催の中止を訴えてきた国民に対して、「ご苦労さん」という思いが湧いてきた。五輪開催のためにを汗を流した人々、感染防止のため開催に反対した人々、同じ日本国民として全力を投入してきたわけだ。そして開催された以上、次は日本国民の一員として大会の成功のために思いを一つとしてほしい。

 繰返すが、新型コロナ感染の拡大阻止は重要だ。東京五輪大会が後日、歴史的な大会となったと評価されるとすれば、開催反対を主張した国民もそのために一定の役割を果たしたことになる。開催反対者がいたらこそ、開催者側は一層努力と改善を図ってきたからだ。東京五輪大会で施行されるコロナ規制は最高水準だ。オーストリアの参加選手の1人が、「選手間の交流や観光も制限されているから残念だが、それだけ競技に集中できるメリットがある」と好意的に受け止めていたのが印象的だった。

 8月8日まで世界から集まったスポーツ選手たちが競技を行う。彼らはコロナ禍という困難な状況下でトレーニングをせざるを得なかったはずだ。どうか悔いのないように持てる力を発揮してほしい。

 東京五輪大会はひょっとしたら「五輪は参加することに意義がある」といった近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタンの五輪精神が蘇る大会となるのではないか。世界が同じ困難に直面し、開催できるかどうかすら確かではない状況下で、無観客で開催された五輪大会に参加した、という事実は、スポーツ選手にとって金メダルを取ったと同じ大きな喜び、思い出となるのではないか。一方、その五輪大会のホスト国となった日本の国民には、「歴史に参画した」という感動が時間の経過と共に深まっていくのではないか。そうであってほしい。

東京五輪選手の健康管理に万全を

 サッカー欧州選手権が11日、イタリアとトルコ戦を皮切りに1次リーグ戦が始まった。新型コロナウイルスの感染に悩まされてきた欧州にとって1年半ぶりの大規模なスポーツイベントである。それだけに選手もファンも大喜びだ。選手たちの活躍と共に大会の無事成功を祈るばかりだ。

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▲サッカー欧州選手権が11日、ローマで開幕(オーストリア国営放送の中継から、2021年6月11日)

 欧州選手権は今回、24チームが11都市で1次リーグ戦を戦い、決勝は7月11日、ロンドンで開催される。欧州選手権は本来、2020年に開催されることになっていたが、新型コロナウイルスの感染拡大があって、開催が1年延期された。

 ところで、12日夜、デンマークとフィンランド戦をテレビ観戦していた時だ、前半43分、デンマークのスター選手、MFのクリスチャン・エリクセン選手(29)が敵陣で味方からスローインを受ける直前、意識を失い、倒れたのだ。エリクセン選手は動かない。事態の急変を感じた選手たちが直ぐに医者を呼んだ。ピッチに駆け付けた医療救援チームは約20分余り、心臓マッサージなど心肺蘇生(CPR)に努めた。デンマークチームの選手たちは治療を受けている状況が外から見えなくするために壁を作った。

 デンマーク選手もフィンランド選手も最初は何が起きたのか理解できなかったが、どうやら心臓発作という事が分かって、祈り出す選手もいた。1万5000人余りのコペンハーゲンのパルケン競技場のファンの中には涙を流す人の姿がTVで映し出された。

 その後、エリクセン選手は病院に搬送された。デンマーク選手たちはストレッチャーで運ばれるエリクセンに付き添いながら、見送った。エリクソン選手の奥さんもピッチに姿を見せ、デンマークの選手たちから慰められていた。幸い、エリクソン選手は意識を取り戻したという情報が流れてきた。

 試合は1時間半後、再開された。試合が続行されるという知らせを受けた時、当方は正直言って驚いた。エリクセン選手の状況を目撃した選手たちは、同僚の突然の状況にショックを受けているはずだ。そのような状況下で試合を続行できるだろうか、考えたからだ。

 試合続行は欧州サッカー連盟(UEFA)ら主催者側の決定だろう。試合を延期した場合、その後の日程に狂いが生じる。それだけではない。サッカー欧州選手権のスポンサーとの関係、放送権の問題もある。幸い、エリクセン選手は最悪状況から脱した。だから試合を続行しようと決めたのだろう。試合は結果はフィンランドが1−0で勝利した(情報では、エリクセン選手が病院からデンマークの選手たちに試合続行を願ったという)。

 スポーツ選手はサッカー選手だけではない。通常の人より強靭な体力を有しているが、そのスポーツ選手が今回のエリクセン選手のように突然心臓発作に見舞われるケースは過去、皆無ではない。スポーツ専門医によれば、選手たちは毎日、過酷な訓練を受けている。一流のスポーツ選手は記録を追及し、成績を求めるから、体力の限界まで酷使して試合に臨む。だから今回のエリクセン選手のような状況も生じるわけだ。

 その上、プロの選手となれば、スポンサーとの契約がある。女子テニスの大坂なおみ選手の記者会見ボイコットでも明らかになったが、スターとなれば、記者会見も義務となる。個人の事情は後回しだ。そのような中でスポーツ選手は戦っていくわけだ。スペインの名GK、イケル・カシージャス選手は2019年5月、練習中に心臓発作を起こし、病院には搬送されている。一流選手であればあるほど、多くのストレスに悩まされる。若い時からデンマークのホープと見られて、現在はイタリア・セリエAのインテルに所属するエリクセン選手もそのよう選手の1人だ。

 東京夏季五輪大会の開催も間近に迫ってきた。五輪に参加する選手たちに突発的な健康問題が生じる危険性は排除できない。サッカー欧州選手権での出来事は決して他人事ではない。新型コロナ感染が完全に終息したわけではない。通常のトレーニングができない状況下にあった選手も少なくないだろう。だから、五輪大会に参加する選手の健康管理に万全を期すべきだ。エリクセン選手の出来事は東京夏季五輪大会運営関係者に改めて警鐘を鳴らしている。

 夏季五輪大会の場合、競技の種類も多いうえ、世界から選手が集まるから、サッカー欧州選手権よりも課題は多い。それらを一つ一つ克服して、東京夏季五輪大会が成功すれば、新型コロナウイルスの感染で苦しんできた世界の人々に希望を与えることが出来るはずだ。
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