ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

ベラルーシ

中東発ベラルーシ行便が急増

 独ヴェルト日曜版(11月7日)が報じたところによると、中東地域とベラルーシ間の飛行機便が大幅に増加している。トルコのイスタンブール、シリアのダマスカス、ドバイからベラルーシ行の飛行機便が来年3月まで週約40便の運航が予定されているという。ベラルーシと中東都市間のフライト数は2019〜20年では約17便だったから、2倍以上に増えている。新型コロナウイルスの感染が拡大して便数は減少していたが今夏以降、急増してきた。

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▲ベラルーシ東部マヒリョウ市視察中のルカシェンコ大統領(2021年11月5日、ベラルーシ大統領府公式サイトから)

 ベラルーシの独裁者ルカシェンコ大統領が中東の難民(特に、イラク人、アフガニスタン人)を集め、ミンスクに送り込み、ポーランド国境経由で欧州連合(EU)諸国に送り込もうとしている、と報じられてきた。ヴェルト日曜版はを今回、その情報を裏付けたわけだ。

 航空便数が増えたのは、中東の国民にとってベラルーシ、その首都ミンスクが観光地として脚光を浴びてきたからではない。もちろん、EUの本部ブリュッセルがミンスクの政府に中東の移民・難民の輸送を依頼したわけでもない。ベラルーシ政権が自主的にEU諸国に送り込んでいるだけだ。何故か? ベラルーシに制裁を実施するEUへの報復だ。

 ミンスクに到着した中東の移民・難民はミンスク市内で観光を楽しむ時間も与えられず、即ポーランドの国境線まで運ばれる。ヴェルト日曜版によると、ベラルーシで現在800人から1000人がポーランド入りを希望して待機中という。ベラルーシ当局はミンスク国際空港だけではなく、更に5カ所の空港にも中東からの移民希望者を運ぶ予定という。

 ベラルーシと国境を接するポーランドは今、突然現れた多数の中東からの難民・移民の収容に対峙し、ベラルーシとの国境線を閉鎖したばかりだ。ポーランドのドュダ大統領は9月2日、東部地方に非常事態宣言を発令した。ベラルーシ経由で流入するイラクやアフガニスタンなどからの多数の不法移民への対処が目的だ。それに先立ち、ポーランド、リトアニア、ラトビア、エストニアの4カ国首脳は8月23日、「ベラルーシのルカシェンコ大統領は意図的にポーランド、リトアニア、ラトビア、エストニアに不法移民を送りこみ、それらの国内の政情を不安定にしようとしている」と批判した共同声明を発表している。

 第32回東京五輪夏季大会にベラルーシから参加した陸上女子のクリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手(24)が8月3日、東京羽田空港からウィーン経由でポーランドに亡命した件は日本の国民にもよく知られている。同選手はルカシェンコ政権への批判とも受け取れる言動をしたとして、ベラルーシ代表団から強制帰国を命令されたことを受け、「帰国すれば生命の危険がある」として政治亡命を決意。同選手の願いを受け入れたポーランドに亡命した。

 米CNNによると、「8月以来、ポーランドとベラルーシの国境を不法に越えようとして止められた人の数は約1万6000人。8月には少なくとも4人が国境付近で死亡している」という。

 ルカシェンコ政権は中東の難民をポーランドだけでなく、ベラルーシの反体制派活動家の亡命拠点となっているリトアニアにも送り込もうと画策している。昨年5月29日に逮捕された反体制派活動家セルゲイ・チハノフスキー氏(41)の妻で大統領候補者だったスベトラーナ・チハノフスカヤ夫人は現在リトアニアに亡命中だ。

 リトアニア国境には6月末ごろからベラルーシから追放された多数の難民が殺到、リトアニア側も対応に苦しんできた。欧州対外国境管理協力機関(Frontex)が難民の殺到を阻止するため対ベラルーシ国境の閉鎖に乗り出している、と言った具合だ。

 ベラルーシでは昨年8月の大統領選後、選挙不正と長期政権に抗議する大規模デモが発生。ルカシェンコ政権はデモ参加者を摘発し拘束するなど、反政権活動家への弾圧を強めてきた。指導的な反体制派活動家は隣国リトアニアやウクライナに亡命していった。一方、EUはベラルーシに対して制裁を実施し、人権弾圧に関与した関係者の口座閉鎖、渡航禁止などの措置を実施中だが、1994年7月から大統領に君臨している「欧州の最後の独裁者」ルカシェンコ大統領は反政府活動家への弾圧をさらに強化し、譲歩する姿勢を見せていない。

 ベラルーシの著名なジャーナリスト、ロマン・プロタセビッチ氏(26)が今年5月、ギリシャから亡命先のリトアニアに戻る途上、搭乗機がベラルーシ領域に入った時、同国空軍に強制着陸させられ、ミンスクの治安関係者に拘束されるという事件が起き、欧米社会でルカシェンコ政権の「国家によるハイジャック」として批判された。今回は「国家による難民不法輸送」として世界の批判にさらされている。

 厳しい冬を控え、ベラルーシ入りした中東の移民・難民は大変だろう。ルカシェンコ政権は中東の移民・難民を政治道具に利用しているだけで、彼らを収容する考えはないからだ。

暴走するルカシェンコ政権の行方

 第32回東京五輪夏季大会にベラルーシから参加した陸上女子のクリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手(24)は3日、東京羽田空港からウィーン経由でポーランドに向かった。4日中にはワルシャワ入りする予定だ。同選手はルカシェンコ政権への批判とも受け取れる言動をしたとして、ベラルーシ代表団から強制帰国を命令されたことを受け、「帰国すれば生命の危険がある」として政治亡命を決意。同選手の願いを受け入れたポーランドに亡命した。同選手の夫、アルセニ・ジュダネビッチ氏は、「自分が妻への説得工作の圧力手段に使われる危険がある」として、ベラルーシからいち早くウクライナに避難している。

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▲国営企業MZKTを視察したルカシェンコ大統領(2020年8月17日、ルカシェンコ大統領公式サイトから)

 同時期、ウクライナに亡命中のベラルーシ反体制派活動家ビタリー・シショフ氏(26)が3日、キエフの自宅近くの公園で首を吊って死んでいるとことを発見された。キエフ警察当局によると、「シショフ氏の鼻が骨折しているなど、拷問を受けた痕跡があった」として、ウクライナ当局は殺人事件として調査を開始している。同氏はウクライナで、ベラルーシの亡命活動家たちを結集してルカシェンコ政権打倒を目指す非政府機関(NGO)で活動していた。シショフ氏は2日、ジョッキングに出かけた後、戻らないので、関係者が行方を捜していた。同氏の友人は、「明らかにベラルーシ治安関係者の仕業だ」と述べている。

 それに先立ち、ベラルーシの著名なジャーナリスト、ロマン・プロタセビッチ氏(26)は今年5月、ギリシャから亡命先のリトアニアに戻る途上、搭乗機がベラルーシ領域に入った時、同国空軍に強制着陸させられ、ミンスクの治安関係者に拘束されるという事件が起き、欧米社会でルカシェンコ政権の「国家によるハイジャック」として批判が一層高まったことがある。

 ベラルーシでは昨年8月の大統領選後、選挙不正と長期政権に抗議する大規模デモが発生。ルカシェンコ政権はデモ参加者を摘発し拘束するなど、反政権活動家への弾圧を強めてきた。指導的な反体制派活動家は隣国リトアニアやウクライナに亡命していった。一方、欧州連合(EU)はベラルーシに対して制裁を実施し、人権弾圧に関与した関係者の口座閉鎖、渡航禁止などの措置を実施中だが、1994年7月から大統領に君臨している「欧州の最後の独裁者」ルカシェンコ大統領は反政府活動家への弾圧をさらに強化し、譲歩する姿勢を見せていない。

 オーストリアの与党国民党のシンクタンク「外交アカデミー」所長、エミル・ブリックス氏は3日、同国国営放送の夜のニュース番組でのインタビューの中で、「ルカシェンコ大統領は10年前、欧州統合に参加すべきか、ロシア側に帰属すべきかで試行錯誤していたが、ルカシェンコは今日、ロシアのプーチン政権側との共存を決定している。欧米が制裁を強化しても路線を変えることは考えられない」と指摘している。ちなみに、数年前まで同国の貿易は欧州向けとロシア向けが半々だったが、ここにきて対ロシア貿易が急増してきている。

 ブリックス氏は、「ルカシェンコ大統領はプーチン大統領から内外の支援を受けている。ロシアの支援がなければルカシェンコ政権は継続できないことを知っているからだ。一方、プーチン氏は救いを求めるルカシェンコ政権を保護することでロシアの大国意識を満足させている。現時点では、欧米社会の対ベラルーシ制裁はルカシェンコ政権を崩壊に導くのには不十分だ」と説明。その一方、「ルカシェンコ大統領は政治的には明らかに弱体化してきた。反体制派への強権行使はそれを裏付けている。ロシアに対しても援助を仰ぐことでモスクワに弱さを握られている。それだけに、ルカシェンコ政権が予測不可能な行動に暴走する危険性がある」と強調している。

 ルカシェンコ政権はイラクなど中東に飛行機を送り、西側に移民を願う難民たちを集めてリトアニアに送り込もうとしている。難民を政治的武器として利用しているわけだ。リトアニア国境には6月末ごろからベラルーシから放出された多数の難民が殺到、リトアニア側も対応に苦しんでいる。欧州対外国境管理協力機関(Frontex)が難民の殺到を阻止するため対ベラルーシ国境の閉鎖強化に乗り出している。

 昨年5月29日に逮捕された反体制派活動家セルゲイ・チハノフスキー氏(41)の妻で大統領候補者だったスベトラーナ・チハノフスカヤ夫人(現リトアニア亡命中)は3日、ロンドンでジョンソン英首相と会見し、「ベラルーシ政権の強権政治がエスカレートしてきている」と警告を発している。

 ちなみに、独週刊誌シュピーゲル(昨年9月5日号)は、「ベラルーシのルカシェンコ政権はなぜ倒れないのか」とについて、2つの理由を挙げていた。一つはロシアのプーチン大統領の内外の支援だ。第2はベラルーシの反体制派内の分裂だ。ルカシェンコ政権の弾圧を恐れた反体制派活動家はリトアニアやポーランドに逃れるか、逮捕され、刑務所に送られている。その一方、大統領選のやり直しなどのベラルーシの今後の政情を話し合う調整評議会メンバーにも路線の対立が見られてきたという(「ルカシェンコ氏がまだ失権しない訳」2020年9月12日参考)。

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▲「ベラルーシとロシアの経済関係」について語るセ二コ外相(当時)セ二コ外相とのインタビューを掲載する世界日報1996年6月6日付

 当方は1996年6月、ベラルーシのウラジーミル・セ二コ外相(当時)とウィーンで単独会見したことがある。ベラルーシが96年4月、ロシアと共同体(同盟)条約を締結した直後だ。同外相は、「ベラルーシにとって隣国ロシアとの経済関係強化は全く自然な決定だ。なぜならばわが国にとって他の選択肢は存在しないからだ。わが国の経済メカニズムは今日まで、ひょっとしたら将来もロシア経済との密接なつながりを有している。多数の大企業はロシア企業のために商品を製造している。経営の悪化した大企業を閉鎖することはさまざまな理由から非常に難しいため、生き延びていくためにはどうしてもロシアとの経済関係を強化せざるを得ないのだ。残念ながら、わが国はドイツや英国、そして日本などの異なった経済形態や水準と歩調を合わせる準備が整っていないのだ」と、同国の現状を率直に吐露した。同外相が説明した内容は現在のベラルーシの状況にも当てはまる。

 欧米諸国がベラルーシの欧州統合を焦って進めていくより、ベラルーシとロシア両国の緩やかな欧州統合を推進していくほうが現実的な選択肢ではないだろうか。ベラルーシは、国内が欧州派とロシア支持派に分断されているウクライナとは民族的、歴史的に異なっているからだ(「ベラルーシはウクライナではない!」2020年8月22日参考)。

ルカシェンコ氏がまだ失権しない訳

 8月9日に実施されたベラルーシ大統領選で得票率82・6%(公式発表)を獲得して6選を果たしたと宣言するまでは多分、ルカシェンコ大統領の計画通りだっただろうが、国民が大統領選を「不正」と指摘し、やり直しの選挙を要求して路上で抗議デモを始めたのには驚いたのではないか。当初は治安部隊がデモ集会を解散できると簡単に考えていたが、大統領選から1カ月が経過しても抗議デモは治まらず、ベラルーシの政情は益々混沌としてきた(「独裁者が国民に『恐れ』を感じだす時」2020年8月20日参考)。

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▲ロシアのプーチン大統領とベラルーシのルカシェンコ大統領(2012年、モスクワで、ウィキぺディアから)

 ロシアのプーチン大統領は、最初はルカシェンコ大統領に国民との対話を進めるように助言したが、首都ミンスクなどで抗議デモが数万人規模に膨れ上がり、国民がベラルーシの国旗を持って集まり、大統領選のやり直しを重ねて要求する段階に入って、プーチン氏は考え直したのだろう。

 プーチン氏は先月27日、「ベラルーシが混乱して、カオスとなるのを防ぐためロシアの治安機関職員らで作る予備役部隊を創設する」と表明し、ルカシェンコ大統領支援を約束した。同時に、ベラルーシとロシア両国外相会談が今月2日開かれ、3日にはロシアのミハイル・ミシュスティン首相がミンスクを訪問する、といった具合だ。

ルカシェンコ大統領はクレムリンの声と呼ばれる「ロシア・ツディ」(RT)の特派員らロシアのメディア関係者を招いてインタビューに応じるなど、サービスしている。ルカシェンコ大統領は、「国内が厳しい時、あなた方がミンスクで報道してくれることは大きな助けとなる」と感謝しているほどだ。

 ルカシェンコ大統領はその後、治安部隊を動員して抗議デモ参加者を次々と逮捕しているが、ルカシェンコ6選に異議を唱える声はベラルーシ全土に広がり、大学生たちも参加してデモの集会規模は益々大きくなってきた。

 独週刊誌シュピーゲル最新号(9月5日号)は「ベラルーシのルカシェンコ政権はなぜ倒れないのか」と問いかけ、2つの理由を挙げていた。一つはロシアのプーチン大統領の支援約束だ。特に、予備役部隊の創設表明だ。第2はベラルーシの反体制派内の分裂だ。ルカシェンコ政権の弾圧を恐れた反体制派活動家はリトアニアやポーランドに逃れるか、逮捕され、刑務所にいるかだ。その一方、大統領選のやり直しなどのベラルーシの今後の政情を話し合う調整評議会メンバーにも路線の対立が見られてきた。

 今年5月29日に逮捕された反体制派活動家セルゲイ・チハノフスキー氏(41)の妻で大統領候補者だったスベトラーナ・チハノフスカヤ夫人(37)はリトアニアに亡命。国外退去を拒否して拘束された反政権派の女性幹部マリア・コレスニコワ氏(38)は9日、治安当局から「命を奪う」と脅迫を受け、出国を拒否したために拘束されている。調整評議会メンバーのノーベル賞作家のスヴェトラーナ・アレクシィエビッチ氏(72)は9日、「ベラルーシ国民を愛し、誇りに思う」との声明を出し、自身が当局に拘束される日が近いことを示唆している。ミンスクからの情報では、アレクシィエビッチ氏の自宅前には治安部隊の車が監視し、いつでも拘束できる態勢を見せているという。

 ベラルーシの反体制派活動家には政治に直接関わってきた人物が少ない。唯一、例外は元文化相で、外交官であった Pawel Latuschko 氏だが、現在、ポーランドに亡命中だ。26年間、独裁者が君臨してきたベラルーシでは本当の反体制派活動家や国民を指導できるグループは存在しない。調整評議会も大統領選のやり直しを準備する目的のために即製されたものだ。コレス二コワ氏が新しい政党「共に」を創設する考えを表明すると、チハノフスカヤ氏はベラルーシでは新しい政党が認められないと指摘し、大統領選のやり直しに抗議を集中すべきだと述べるなど、評議会メンバーで運動の方針に違いが出てきた。

 ルカシェンコ政権が倒れないもう一つの大きな理由がある。ベラルーシ大統領選の不正を批判し、反体制派活動を支援すべき欧州諸国の連帯が十分ではないことだ。欧州連合(EU)は反体制活動家の拘束の度、ルカシェンコ大統領を批判し、制裁をちらつかせているが、腰が引けているのだ。

 その理由はベラルーシはウクライナとは違い、基本的には親ロシア傾向が強く、国民は反ロシアではないことだ。キエフのマイダン広場(独立広場)のデモ集会にはEUの旗を持参して参加した国民が多数見られたが、大統領選の不正に抗議するミンスクのデモではEUの旗を掲げる市民の姿は見られず、白と赤のベラルーシの国旗だけだ(「ベラルーシはウクライナではない!」2020年8月22日参考)。

 EUは過去、対ウクライナ政策で過ちを犯した。キエフ政府にEU加盟をちらつかせ、ウクライナに自由貿易協定の締結を迫ったことだ。ウクライナの国力と経済力はEU加盟の条件からはほど遠い。その上、国家の腐敗体質は深刻だ。

 ルクセンブルクのアッセルボルン外相は当時、「ロシアの欧州統合を促進せずにウクライナのEU統合を試みたのは間違いだ」と指摘している。ウクライナ内戦の責任の一部はEU側の非現実的な政策にあったというわけだ。そのため、EU側にはベラルーシに対して「ウクライナの失敗を繰返してはならない」という思いが強く、ベラルーシの反体制派への連帯にもう一つ躊躇しているわけだ(「ウクライナ危機では欧米も共犯者」2014年5月6日参考)。

 そのような中、プーチン氏はベラルーシの政情を慎重に分析しながら、ベラルーシを事実上統合するロシア・ベラルーシ連邦国家の実現に向けて着実にコマを進めているわけだ。欧米諸国には目下、プーチン氏の野望を阻止する術がないのだ。

ベラルーシ正教会トップ人事の「狙い」

 ロシアのプーチン大統領は27日、国営放送でのインタビューの中で、大統領選(8月9日実施)の不正問題を追及されているベラルーシのルカシェンコ大統領の支援要請を受け、「予備警察の派遣準備をした」ことを明らかにした。ただし、「ベラルーシの治安が混乱し、制御できなくなった場合という前提条件だ」と強調した。ルカシェンコ大統領の大統領選不正問題を追及する欧米諸国の圧力に対し、プーチン氏はロシア側の強硬姿勢をアピールする狙いがあると受け取られている。

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▲ルカシェンコ大統領とモスクワ総主教府のキリル1世(バチカンニュース8月26日、写真はANSA通信)

 ベラルーシはウクライナとは違う。親ロシアのベラルーシに武力介入した場合、ベラルーシの国民を反ロシア側にしてしまう危険性がある。実際、大統領選の不正に抗議する大多数の国民は大統領選のやり直しを要求しているだけであり、ウクライナの民主運動で見られたように、欧州接近かロシア併合か、といった国の方向性は争点ではない。大統領選で対抗候補者だったスベトラーナ・チハノフスカヤ氏ら反体制派メンバーが所属する調整評議会はその点をはっきりと説明している(「ベラルーシはウクライナではない!」2020年8月22日参考)。

 ところで、ミンスクの抗議デモに目を奪われている時、ベラルーシの主要宗教、ベラルーシ正教会のトップが突然代わった。バチカンニュース独語版によると、ロシア正教の運営組織、聖シノドは25日、バリサウのベンジャミン主教(51)をベラルーシとミンスク総主教区の首座に選出したという。それに先立ち、モスクワ総主教のキリル1世は2013年12月からベラルーシ正教会首座だったパーヴェル総主教(72)の辞任嘆願書を受理し、ロシア連邦南部クラスノダールで今月初めに新型コロナウイルスで亡くなって空席となったクバン主教区に同総主教を人事している。

 ベラルーシ正教会のトップ人事は正教会内の事情に基づくものとは考えられない。人口950万人余りのベラルーシの国民の80%が正教会に属している。そのベラルーシ正教会は1991年のベラルーシの独立で一定の自治権を得たが、総主教、主教人事では依然、ロシア正教のモスクワ総主教府が決定している。だから、ベラルーシ正教会のトップ人事はロシア正教会を掌握するプーチン大統領の指図に基づいているとみるべきだろう。

 プーチン氏は自分は幼い時、正教会の洗礼を受けたと公表し、モスクワ総主教のキリル1世とは緊密な関係だということを機会のある度にメディアを通じて表明してきた。プーチン氏はそのロシア正教を通じて国民に愛国心を訴えてきた。プーチン氏にとって、ロシア正教会は自身の政権維持の道具なのだ(「正教徒『ミハイル・プーチン』の話」2012年1月12日参考)。

 それではベラルーシの場合はどうか。プーチン氏は、ロシア正教会のモスクワ総主教府の管理下にあるベラルーシ正教会を通じてベラルーシの国民を親ロシアに繋げておくという政策だろう。

 モスクワ総主教府は今回の人事の理由については何も説明せず、「ベラルーシの社会的混乱に懸念を表明し、早急に社会安定が戻ることを要望したベラルーシ正教会のアピールを支持する」というだけだ。パーヴェル総主教が突然辞任に追い込まれたのには理由があるはずだ。

 パーヴェル総主教は当初、ルカシェンコ大統領の再選を歓迎し、抗議デモ参加者に対しては距離を置き、聖職者関係者には「政治問題に干渉するな」と指示していた。そこまでは問題なかったが、総主教がその後、デモで負傷した参加者が入院している病院を訪問し、デモ参加者と治安部隊の衝突事件の公正な調査を要求し始めたのだ。同総主教の変身に気が付いたモスクワ総主教府は急遽、聖シノドを開き、(プーチン氏の同意を得て)同総主教府を辞任に追い込んだ、というのが事件の核心だろう。

 プーチン氏はベラルーシへの武力介入の可能性を示唆する一方、ベラルーシ国民をモスクワ離れさせないために、ベラルーシ正教会のトップにモスクワ総主教府に忠実な主教を選出したわけだ。

 蛇足だが、ルカシェンコ大統領は同国の少数宗派、カトリック教会指導部に対し、「教会は国内の政治に干渉するな」と主張し、干渉すれば制裁すると警告を発した。それに先立ち、ミンスク大司教区のタデウシュ・コンドルシユヴィチ大司教は今月21日、ユリー・カラエフ内相と会談し、民主的抗議デモに対する弾圧を批判し、「教会は常に弱者側に立ち、その声が届くことを支援してきた。だから、我が国で今展開されている事態に対して黙過できない」と教会の立場を説明し、拘束されたデモ参加者の即釈放をアピールした。

 ルカシェンコ大統領は今月22日、同国西部のフロドナ市での演説で「聖職者の発言を聞いて驚いた。聖職者は反体制派の言動を支持してはならない。国家当局はそのような言動に対して静観していると考えているのか」と声を大にして批判し、「教会はこれまでと同じように国民のために祈っておればいいのだ」と述べている。

 なお、ベラルーシでは26日、2015年ノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシェービッチさんが捜査当局に出頭を要請され、事情聴取されている。アレクシェービッチさんも大統領選の不正を抗議するデモ参加者を支援したからだ。ルカシェンコ大統領はカトリック教会であれ、ノーベル文学賞受賞者であれ、片っ端から呼び出し、「政権打倒を目論でいる」とクレームを付け、圧力を行使している。「欧州の最後の独裁者」ルカシェンコ大統領の強権政治には限界が見えてきた。

ベラルーシはウクライナではない!

 ロシアのプーチン大統領が大きな影響力を有している点でベラルーシとウクライナは酷似しているが、その内情は異なっている。大統領選の不正問題を追及されているベラルーシのルカシェンコ大統領がプーチン氏に支援を要請したからといって、2014年のウクライナのように、モスクワから即、軍事支援が実施され、反ルカシェンコ派が鎮圧されるということは現時点では考えられない。プーチン氏は両国の違いを知らない指導者ではない。自身の影響を効率的に発揮するためにはどうすればいいかをよく知っているからだ。

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▲ミンスクの聖母と呼ばれる「聖霊大聖堂」(ベラルーシ共和国観光情報サイトから)

 ズバリ、ベラルーシの政情がこれ以上エスカレートし、大統領派と国民の間の亀裂が拡大するようだと、プーチン氏は軍の派遣よりもルカシェンコ大統領にモスクワ亡命を勧めるだろう。ベラルーシ国民を反ロシア側にするような武力介入はマイナスだが、ルカシェンコ大統領がいなくてもベラルーシはやっていけるぐらい、プーチン氏は知っているはずだ。

 ベラルーシの国民はウクライナとは違い、基本的には親ロシア傾向が強い。それをルカシェンコ大統領の独裁政権を守るために軍事介入して国民を反ロシアにするようなバカげたことをプーチン氏はしないだろう。第2、第3のルカシェンコは見つかるが、第2のベラルーシ国民は見つからないからだ。

 リトアニアに亡命した大統領候補者の1人だったスベトラーナ・チハノフスカヤ氏(37)はビデオを通じて新しい国創りに参加する意思を表明するとともに、「新しい国は欧米とロシアの両方に友好な国だ」と述べている。

 ウクライナの場合、東西が分裂し、西側は欧米寄り、東部地域はロシア傾向が強いことはウクライナの内戦を見れば理解できる。西側は東方帰一教会(東方典礼カトリック教会)が強い一方、クリミア半島を含む東部ではロシア系正教会が支配的だ。ベラルーシではそのような地域的分裂は少なく、宗教ではベラルーシ正教が80%以上を占めている(同正教はロシア正教の影響下にある。第2の宗教はカトリック教会だが、その勢力はせいぜい15%)。

 ちなみに、ウクライナ正教会は2018年、ロシア正教会から独立した。その結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を失い、世界の正教会で影響力を大きく失う一方、モスクワ正教会を通じて東欧諸国の正教会圏に政治的影響を及ぼそうとしてきたプーチン氏の政治的野心は一歩後退せざるを得なくなってきた(「ウクライナ正教会独立は『善の勝利』か」2018年10月15日参考)。

 ウクライナで親ロシアのヤヌコーヴィチ大統領退陣要求デモが発生した時を思い出してほしい。キエフのマイダン広場(独立広場)のデモ集会には欧州連合(EU)の旗を持参して参加した国民が多数見られたが、大統領選の不正に抗議するミンスクのデモではEUの旗を掲げる市民の姿は見られなかった。ベラルーシはロシアのプーチン大統領が推進するユーラシア連合に参加している。

 一方、プーチン氏の対ウクライナと対ベラルーシの姿勢は明らかに異なっている。ウクライナでは同国の少数民族、ロシア系住民の権利を守るために直接的、間接的に軍事支援し、ロシア系が多数占めるクリミア半島を併合した。対グルジア戦争でも同じだった。ロシアは2008年、親西欧派のグルジアから分離を模索する南オセチア、アブハジアと連携を結び、グルジアと戦闘を開始し、短期間で勝利したことはまだ記憶に新しい。

 しかし、ベラルーシでロシアが軍事介入するメリットはないのだ。だから、プーチン大統領は欧米諸国に「ベラルーシへの内政干渉は止めよ」と強く釘を刺しただけだ。もちろん、ベラルーシの政情が激変し、欧米諸国の影響が強まれば、プーチン氏も軍事介入のシナリオを考えざるを得なくなるかもしれない。

 EUは過去、対ウクライナ政策で過ちを犯した。キエフ政府にEU加盟をちらつかせ、ウクライナに自由貿易協定の締結を迫ったことだ。ウクライナの国力と経済力はEU加盟の条件からはほど遠い。その上、国家の腐敗体質インデックスでは179カ国中、134番目だ。そのウクライナのEU準加盟交渉は両者にとって不幸なだけだ。ルクセンブルクのアッセルボルン外相は当時、「ロシアの欧州統合を促進せずにウクライナのEU統合を試みたのは間違いだ」と、ズバリ指摘している。ウクライナ内戦の責任の一部はEU側の非現実的な政策にあったわけだ。EU側はベラルーシに対して同じ間違いを繰り返してはならない(「ウクライナ危機では欧米も共犯者」2014年5月6日参考)。

 旧ソ連・東欧諸国の経済統計・分析で有名なウィーン国際経済比較研究所(WIIW)のウクライナ経済専門家のロシア人エコノミスト、ヴァシ―リー・アストロフ氏は、「ウクライナは歴史的発展でも東西は異なる。宗教もそうだ。理想的な選択肢は欧州とロシア両者と友好関係を維持することだ。その前提条件は欧州とロシアの関係が深化することだ。欧州とロシアの双方と自由貿易協定を締結できれば、ウクライナは現在のようなジレンマに苦しむことはない」(「ウクライナ経済専門家に聞く」2014年3月5日参考)と述べている。同氏の発言内容はベラルーシに対してもいえることだ。

 EUのミシェル大統領は20日、プーチン大統領と電話会談を行い、ベラルーシ国民と連帯するEUの立場を伝えている。早急なベラルーシ接近はウクライナの二の舞になる危険性が出てくるだけに、ロシアとの対話を継続しながらベラルーシとの関係を深めていくべきだろう。

独裁者が国民に「恐れ」を感じだす時

 旧ソ連ベラルーシでアレクサンドル・ルカシェンコ大統領(65)の6選が決定したが、その大統領選挙(8月9日)に不正があったとして抗議するデモが全土に拡大、26年間君臨してきたルカシェンコ大統領は初めて政権崩壊の危機に直面し始めている。

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▲国営企業MZKTを視察したルカシェンコ大統領(2020年8月17日、ルカシェンコ大統領公式サイトから)

 今年5月29日に逮捕された反体制派活動家セルゲイ・チハノフスキー氏(41)の妻で大統領候補者だったスベトラーナ・チハノフスカヤ夫人(37)は17日、亡命先のリトアニアからビデオで国民にゼネストを呼び掛け、新しい政権が誕生するまで暫定政権の発足を促す意向を表明した。

 欧州連合(EU)は19日、緊急首脳会談をビデオ会議形式で開催し、不正大統領選の全容解明などを求める一方、抗議デモで拘束中の国民の即釈放を要求する予定だ。それに対し、ルカシェンコ大統領はロシアのプーチン大統領に支援を要請。プーチン氏は欧米諸国に対し「内政干渉はやめるべきだ」と警告を発した。

 ところで、ベラルーシ国民はいつルカシェンコ独裁政権への「恐れ」を捨てたのだろうか。26年間、ルカシェンコ政権は反政府運動を弾圧、政権に抵抗する国民をことごとく迫害してきた。大多数の国民はルカシェンコ政権に正面から抵抗することはできずに沈黙を強いられてきた。それがなぜ、今回、国民は立ち上がってきたのだろうか。新型コロナウイルスの感染拡大への恐れ、不安が国民を自暴自棄にさせているのだろうか。

 冷戦時代、旧東欧共産諸国では大多数の国民は共産党政権の弾圧を恐れて沈黙したが、反体制派活動家が命がけの民主化運動を展開、ポーランドではレフ・ワレサ氏を中心とした独立自主管理労働組合「連帯」が創設され、チェコではバーツラフ・ハベル氏ら知識人や反体制派活動家が「憲章77」を結成し、共産党政権の打倒に立ち向かっていった歴史がある。

 最も強烈なインパクトを与えた民主化運動は、24年間独裁政権に君臨していたニコラエ・チャウシェスク大統領を打倒したルーマニア革命だ。 チャウシェスク大統領の政権崩壊への最初の一撃を加えたのは同国トランシルバニア地方の改革派キリスト教会のラスロ・テケシュ牧師(当時37歳)だった。同牧師が主導する少数民族への弾圧政策に抗議する運動が改革の起爆剤となった。

 テケシュ牧師は、「キリスト者としての信仰と、不義な者に対して逃避してはならないといった確信があった。多くの国民も、人間として自由でありたいという願いは、生命を失うかもしれないという恐れより強くなっていた」と後日、語っている(「『チャウシェスク処刑』から30年目」2019年11月27日参考)。

 ベラルーシの場合、国民はいつ独裁者への「恐れ」を捨てたのだろうか。大統領選の不正問題に抗議する国民が治安部隊に殴打され、虐待される姿を目撃した同国国営企業の工場労働者からルカシェンコ大統領批判の声が上がってきたのだ。17日、大統領がミンスクの軍事車両工場を視察した時、工場の労働者から「退陣しろ」といった声が飛び出した。国営企業の労働者を支持基盤としてきたルカシェンコ大統領にとって大ショックだっただろう。不正選挙への抗議デモは治安部隊の動員で鎮圧できるが、国営企業の労働者の怒りを抑えることは出来ない。国営企業の一部労働者はストを続行中だ。一人の労働者が「職場を失うことを恐れていない」と断言していたのが印象的だった。

 ルカシェンコ大統領はここにきて憲法改正、その後の政権移譲などを表明し、譲歩の姿勢を見せだした。これは欧米諸国の批判に耐えられなくなったからではなく、国営企業の工場労働者の「大統領退陣」要求の声が、日頃は強気のルカシェンコ大統領を弱気にさせているのだ。

 旧東独で1989年5月初め、地方選挙が実施されたが、多くの旧東独国民は選挙が不正だったとして路上に出て抗議デモを行った。デモは同年10月のライプツィヒのデモまで続いた。旧東独共産党政権(ドイツ社会主義統一党)の崩壊の始まりだった。ドイツのカトリック教会ヴォルフガング・イポルト司教は、「べラルーシの現状は当時の旧東独と酷似している」と、ケルンの大聖堂ラジオとのインタビューの中で答えている。同司教は旧東独時代の体験から、「ベラルーシの国民にとって今、最も必要なものは欧米社会の連帯だ」という。

 独裁者にとって「恐れ」を捨てた国民ほど怖い存在はない。弾圧や迫害にもかかわらず、立ち上がる人間がいたら、独裁者は「恐れ」を感じる。共産党政権下では数多くの国民が処刑され、殉教した。その圧政に抵抗する力が強くなり、国民の間に独裁者への「恐れ」がなくなれば、独裁者の終わりが始まる。

 ベラルーシの場合、ルカシェンコ大統領は「恐れ」を感じ出してきたはずだ。同大統領が退陣するまでどれだけの時間がかかるか分からないが、もはや長くはないだろう。一度、国民に「恐れ」を感じ出した独裁者はもはや政権を維持できないからだ。

 強権を振るう独裁者の前に「恐れ」を感じ、その前にひれ伏してきた国民がその「恐れ」を捨てた時、人は超人となる。死を恐れない人間、集団、組織が現れれば、独裁者はそれらを抑える手段がない。ルカシェンコ大統領は軍服姿で登壇し、国民に向かって抗議デモの即中止を呼び掛けたが、軍服姿の大統領からは以前のような威圧感は消えていた。
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