ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

イラン

最高指導者ハメネイ師の「弁明」

 イランが揺れ動いている。地震ではない。22歳のクルド系女性マーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみだしているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、9月16日に死亡が確認された事件がイラン国内で大きな怒りを呼び起こしているのだ。

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▲イラン最高指導者ハメネイ師「最近の騒動は独立国イランに対する米国の画策だ」(2022年10月3日、IRNA通信)

 イランでも過去、イスラム聖職者支配体制に抗議するデモが行われた。例えば2017年だ。しかし、抗議デモはテヘランなど限られた場所で起き、参加者も限られ、警察当局にすぐに鎮圧された。だが、今回は抗議デモがクルド系地域だけではなく、イラン全土で起きている。避暑地でも女性たちの抗議デモが起きたというニュースが流れてきたほどだ。そして抗議デモに参加するのは若い女性たちだけではなく、男性も参加している。2日夜、テヘランのシャリフ大学の学生と治安部隊が衝突。治安当局はキャンパスを封鎖している。要するに、アミ二事件を契機に、イラン国民がイスラム聖職者支配の現政権(ムッラー政権)に対して抗議の声をあげてきたのだ(「イラン国内を揺さぶる『アミ二事件』」2022年9月22日参考)。

 チュニジアで民主化を求める抗議デモが起き、そのデモの輪はアラブ全土に広がり、イラク、リビアなどで政権交代が起きた「アラブの春」を思い出す人もいる。この欄でも「ペルシャ(イラン)の春」が到来するか」というタイトルのコラムを書いたばかりだ。「イランの春」の到来はもはや非現実的ではなくなってきている(「10年遅れで『イランの春』到来するか」2022年9月24日参考)。

 強硬派のライシ大統領はアミ二さんの死を「遺憾だ」と語り、アミ二さんの両親に電話をかけ、事件の解明を約束したが、その一方「アミ二さんの事件を悪用して社会の秩序を混乱させる者に対しては厳格に処罰する」と警告した。

 オスロに拠点を置く人権団体「イラン・ヒューマン・ライツ」(IHR)は2日、イラン南東部シスタン・バルチスタン州ザヘダンで9月30日にデモ隊と治安部隊が衝突し、41人が死亡したと発表した。IHRによると、ザヘダンでは30日の金曜礼拝後、同州の港湾都市チャバハルの警察署長が15歳の少数派バルチ人少女に性的暴行を加えたとして抗議するデモが発生した。IHRによると、これまでにイラン全土で130人以上が犠牲になったという。

 バイデン米大統領は3日、イランの抗議デモと治安部隊の弾圧について、「重大な懸念」を表明し、イラン当局者を対象に追加制裁を週内に発動する考えを示した。一方、欧州でもドイツ、フランス、イタリア、チェコ、スペインらが主導となってイランの弾圧に対し、同じように追加制裁を欧州連合(EU)外相理事会で今月17日に協議する予定だ。それに先立ち、カナダは3日、イランに対して新たな制裁を決めている。

 当方はコラムで、「問題は、1979年のイスラム革命以降施行されている服装規定だけでなく、女性に対する差別全般だ。多くの国民は、若い女性が『数本の髪の毛』のために死ななければならなかったことに憤慨しているわけだ」と書いたが、現在は「女性への差別だけではなく、イラン支配体制への批判へとエスカレートしてきた」のだ。イランの統治者側が危機感を深めるのは当然だ。もはや女性の髪の長さでも、女性一般への差別が問題でもなく、「あなた方が問題だ」と国民から追及されているわけだ。

 その意味でイラン最高指導者アリ・ハメネイ師がどのような反応を示すかに注目が集まった。同師は3日、「わが国を混乱させている抗議デモを煽っているのは米国とイスラエル、そして海外に住むイランの反体制派によるものだ。アミ二さんの死亡には胸を痛めているが、コーラン(イスラム教の聖典)を燃やし、モスク(イスラム礼拝所)や集会所などに火を放つなどの暴動は正常な反応ではない。米国やイスラエルなどが画策したものだ」と主張している。全ての悪は米国、そしてイスラエルからくるというこれまでの発想から抜けきれないのだ(「イラン『デモ参加者は外国の傭兵』」2022年9月30日参考)。

 もちろん、それなりの理由はある。イランの核開発にタッチしてきた科学者が過去、車に仕掛けられた爆発物で殺害されてきた背後にはかなりの確率からモサド(イスラエル諜報特務庁)の関与があったことは間違いない。イランの核開発を許さない、といったイスラエル側の強硬政策があるからだ。

 ウィーン在中のイラン人ジャーナリスト、ソルマズ・クホルサンドさんは3日、オーストリア国営放送とのインタビューで、「イランの政治家の中には『ヘジャブ(スカーフ)を廃止したらどうか』というリベラルな声も聞かれるが、聖職者や保守派から『イスラムの教えを捨てることを意味する』と強い反対がある」と語った。イランのムッラー政権は「一つ譲歩すれば、次々とそれが拡大され、最終的にはイスラム教支配体制から西側世俗化社会へ押し流される」といった恐れを感じているというのだ。

イラン「デモ参加者は外国の傭兵だ」

 テヘランで22歳の女性、マーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみ出しているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、死亡した事件はイラン国内で大きな怒りを呼び起こしている(「イラン国内を揺さぶる『アミニ事件』」2022年9月22日参考)。

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▲抗議デモ参加者とイラン治安関係者が衝突(2022年9月28日、オーストリア国営放送ニュース番組のスクリーンショットから)

 事件後、30日で2週間が経過するが、テヘランでは女性たちが路上に飛び出し、女性の権利を蹂躙するイスラム原理根本主義政権(ムッラー政権)を批判する抗議デモを行っている。問題にされているのは、1979年のイスラム革命以降施行されている服装規定だけでなく、女性に対する差別全般だ。多くの若い女性たちは、「数本の髪の毛」のために死ななければならなかったことに憤慨し、「私たちはジェンダー・アパルトへイト体制にうんざりしている」と怒りを吐き出している。

 一方、イラン軍はイラク内のクルド系武装勢力に砲撃を加えるなど、イラン側の焦点はクルド系への攻撃にシフトを変えてきている。アミニさん はクルド人のルーツを持ち、家族と一緒にクルディスタン州に住んでいたため、特に多くのクルド人の都市で、暴力的な抗議行動や警察との衝突が起きているからだ。

 イラン軍は28日、ロケットとドローンで隣国イラク内のクルド人グループの複数の建物を攻撃した。テヘラン側は「クルド人グループによる以前の攻撃に対する報復だ」として正当化している。保守強硬派のライシ大統領は抗議デモの矛先が最高指導者ハメネイ師や政府に向かってきたことに危機感を強めている。同大統領は、クルド系武装勢力がアミニ事件を理由に活動を強化しているとして、抗議行動を「敵の陰謀」と受け取っている。

 当局によると、イラク北部のクルド人自治区アルビルとスレイマニヤ近郊で28日、イラン革命防衛隊(IRGC)による攻撃があり、民間人を含む13人が死亡し、58人が負傷した。ニュースサイトKurdistan24.netが報じたところによると、爆発物を搭載したドローンがイランのクルド民主党(KDPI)の建物を攻撃した。また、少なくとも9機の無人偵察機が、スレイマニヤ県の左翼クルド人政党コマラの建物を攻撃した。

 イランのワヒディ内相は、「イランでの反政府デモに一部のクルド人グループが関与している」と非難している。政府によると、クルド人地域のイランのデモ隊にクルド人の武器が手渡されたという。

 アミニさんの死後、イランでは毎日のように抗議活動が行われ、当局はこれに対して強権を行使して取り押さえている。死亡者数と逮捕者数に関する正確な情報はないが、イランの国営放送局は、40人以上、その他の情報源によると70人以上が死亡したと報じている。全国で数千人が逮捕されたともいう。その中には、影響力のある元大統領アリ・アクバル・ハシェミ・ラフサンジャニの娘、ファエセ・ハシェミさんが含まれているという情報がある。有名な女性の権利活動家ハシェミさんは何年にもわたってイスラム政権を批判しており、スカーフ着用の義務付けには常に反対してきた。

 ライシ大統領は拘束中の若い女性(アミニさん)の死はイスラム共和国のすべての国民を悲しませたと認めたが、アミニさんの死をめぐって広がる暴力的な抗議を通じて混乱を起こすことは受け入れられないと警告している。

 イラン警察は28日、デモ参加者への対策を強化すると発表し、「反革命分子や敵対勢力の陰謀に全力で反対する。公の秩序と治安を乱した者に対しては断固として行動する」と表明した(「10年遅れで『イランの春』到来するか」2022年9月24日参考)。

 イランではインターネット アクセスも引き続き制限されている。イッサ・サレプール電気通信相は28日、「制限は暴動のために命じられたものであり、必要な限り継続される」と述べた。「イラン学生通信」(ISNA通信)による、ブロックされたアプリの一部は米国からのもので、デモ参加者間の通信手段として使用されたため、ブロックされたという。

 イランのアリ・アルガメール司法長官は26日、全国的な抗議デモ中に逮捕されたデモ参加者のための特別法廷を計画していると発表したばかりだ。政府と司法当局はデモ参加者全員を海外からの“雇われデモ傭兵”と受け取っていることもあって、デモ参加者に対して長期の懲役刑が予想されている。なお、特別裁判所には、国家安全保障違反を扱い、厳しい判決で悪名高い革命裁判所が含まれている。

 イランの抗議デモはイギリスやカナダなど欧米の多くの都市にも波及し、連帯デモが行われている。国連のグテーレス事務総長は、「女性や子供を含む死亡者数が増加している」と懸念を表明し、イランの治安部隊に対し、不必要な武力を行使しないよう求めている。

10年遅れで「イランの春」到来するか

 22歳のイラン女性マーサー・アミニさんがテヘランで、イスラム教の服装規則を遵守せずヘジャブ(ヘッドスカーフ)を正しく着用していなかったという理由で宗教警察に逮捕され、警察署内で尋問中、死去した事件はイラン全土で激しい抗議デモを呼び起こしている。

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▲テヘランで開催されたイラン軍パレード(2022年9月22日、IRNA通信)

 アミニ事件の経緯を簡単にまとめる。

 テヘランのホセイン・ラヒミ警察署長は19日、「彼女は非イスラム的行動で宗教警察に逮捕され、警察署に連行された。警察官は彼女に何も暴力を振るっていない。拷問したという情報は根拠がない」と反論。警察側の説明によると、クルド系女性のアミニさんは警察署で急性心臓病を発病し、昏睡状態に陥り、運ばれた病院で16日、死亡が確認されたという。

 一方、クルド系のRudawメディア・ネットワークは、「彼女はヘッドスカーフが原因で警察官に殴打された。彼女の父親は娘の体に拷問の痕跡があったと主張している。彼女が以前に病気を患っていたという情報についても、父親は『娘は完全に健康だった』と述べた」と報じた。また、彼女の治療にあたったクリニック関係者は、「彼女は13日に入院した時に既に脳死状態だった」と証言したという。

 アミニさんの死亡が報じられると、テヘランでは若い世代を中心に政府への批判の声が高まった。ファールス通信社によると、数百人のデモ参加者が19日夜、テヘランのケシャワール中心部の大通りで抗議した。警察は時折、群衆に対して放水銃や警棒を使用した。デモ参加者は、ゴミ箱に火をつけたり、石を投げた。イラン西部のクルディスタン州でも多くの人々が街頭に繰り出したという。メディア報道によると、治安部隊とデモ参加者の間で衝突があった。未確認情報だが、同州の主要都市ディワンダレ市では発砲があったという。 

 イランの国営メディアによると、イランの約15の都市で抗議活動が行われたというが、人権活動家は 「実際は30以上の都市で抗議デモが広がっている。オンラインに投稿されたビデオには、抗議者たちがヘッドスカーフを脱いで燃やしたり、歓声を上げる群衆の前で髪を切ったりしている様子が映っている。イスファハンでは、抗議者たちがイランの精神的指導者であるアヤトラ・アリ・ハメネイの写真が描かれた横断幕を引き裂いた」というのだ。

 イランの国営テレビは、16日に抗議行動が勃発して以来、17人が死亡したと報じた。それに対し、オスロに本拠を置くイラン人権団体 (IHR)は22日、宗教警察に逮捕されたアミニさんの死亡以来、少なくとも31人の民間人が抗議デモ中に死亡したという。イラン当局はさらにインターネットへのアクセスを制限し、オンラインネットワークの WhatsApp と Instagram をブロックしている。

 問題は、1979年のイスラム革命以降施行されている服装規定だけでなく、女性に対する差別全般だ。多くの若い女性たちは、「数本の髪の毛」のために死ななければならなかったことに憤慨し、「私たちはジェンダー・アパルトへイト体制にうんざりしている」と怒りを吐き出している。

 国連総会に出席するためにニューヨーク入りしたイランのライシ大統領は22日、アミニさんの死についてのジャーナリストの質問に答え、「公式の検死結果は出ているが、内務省に経験豊富な警察官と法医学の専門家からなる特別チームがその結果を調査する」と説明している。それに先立ち、同大統領は18日、アミニさんの家族に自ら電話をかけ、「問題が明らかになるまで調査を続ける」と約束したという。

 なお、CNNのジャーナリスト、クリスティアン・アマンプール女史はツイッターで、イラン大統領の顧問が21日、ニューヨークでライシ大統領とのインタビューの際はヘッドスカーフを着用するように頼んできたが、その要請を拒否したことを明らかにした。イラン系英国人の同ジャーナリストは、「イラン国外のインタビューでイランの国家元首が女性記者にそれを要求したことは一度もない」と説明した。その結果、長い間準備していたインタビューはキャンセルされたという。

 2011年初頭から中東・北アフリカ諸国で民主化を求める運動が広がり、チュニジア、エジプト、リビアでは政権交代が行われた。その民主化運動はメディアでは「アラブの春」と呼ばれた。一方、イランではイスラム教聖職者支配体制が今日まで続いてきた。アミニ事件はイラン国民、特に女性たちを立ち上がらせ、ムッラー政権の崩壊、イランの民主化運動を引き起こすかもしれない、といった期待の声が西側では聞かれ出した。“アラブの春”より約10年遅れだが、“ペルシャの春”は到来するだろうか。

イラン国内を揺さぶる「アミニ事件」

 今年3月のワールドカップ(W杯)アジア予選のサッカー試合でチケットを購入済みの女性ファンが入場を拒否されたと聞いた時、「サッカー試合の観戦まで女性差別とは」とため息が出たが、今回の出来事では正直言って怒りを覚えた。

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▲アミニ事件を報道するイランのメディア(オーストリア国営放送のスクリーンショットから)

 テヘランの22歳の女性、マーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみだしているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、死亡した事件はイラン国内で大きな怒りを呼び起こしている。以下、オーストリア国営放送が19日に報じた「アミニ事件」の記事を参考に、事件の経緯をまとめた。

 アミニさんの家族は、「娘は健康だった。突然心臓病を発病することは考えられない。娘は警察から拷問を受けたからだ」と指摘、警察当局を批判している。同事件が報じられると、イラン国内で多くの女性たちがイスラム原理根本主義政権(ムッラー政権)を批判する一方、アミニさんへの連帯意思表示として髪を切り落としている。

 テヘランのホセイン・ラヒミ警察署長は19日、「彼女は非イスラム的行動で宗教警察に逮捕され、警察署に連行された。警察官は彼女に何も暴力を振るっていない。拷問したという情報は根拠がない」と反論。警察側の説明によると、クルド系女性のアミニさんは警察署で急性心臓病を発病し、昏睡状態に陥り、運ばれた病院で16日、死亡が確認されたという。

 クルド系のRudawメディア・ネットワークは、「彼女はヘッドスカーフが原因で警察官に殴打された。彼女の父親は娘の体に拷問の痕跡があったと主張している。彼女が以前に病気を患っていたという情報についても、父親は『娘は完全に健康だった』と述べている」と報じた。また、彼女の治療にあたったクリニック関係者は、「彼女は13日に入院した時に既に脳死状態だった」と証言したという。

 アミニ事件が報じられると、テヘランでは若い世代を中心に政府への批判の声が高まっている。ファールス通信社によると、数百人のデモ参加者がテヘランで19日夜、ケシャワール中心部の大通りで抗議した。警察は時折、群衆に対して放水銃や警棒を使用した。デモ参加者は、ゴミ箱に火をつけたり、石を投げた。イラン西部のクルディスタン州でも多くの人々が街頭に繰り出したという。メディア報道によると、治安部隊とデモ参加者の間で衝突があった。未確認情報だが、同州の主要都市ディワンダレ市では発砲があったという。

 イランのファールス通信によると、アミニさんの故郷Saghesでは治安部隊との衝突が生じ、警察は群衆を解散させるために催涙ガスを使用。アミニさんに連帯を示すため、クルド系の商人たちは19日、店を閉めた。国内のほとんどの新聞は、死者を追悼する記事を掲載している、といった具合だ。

 アミニさん事件はイランだけではなく、海外でも大きく報道された。米国のホワイトハウスは19日、「イランは基本的権利を行使する女性に対する暴力を止めなければならない。アミニさんの死は、恐ろしく、ひどい人権侵害だ」と批判。 欧州連合(EU)のジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表のスポークスマンは、「アミニさんに起こったことは容認できない。加害者は責任を負わなければならない」と抗議している。

 当方が住むオーストリアでは亡命イラン人のコミュニティがあるが、彼らも、「イランでの女性に対する暴力を防ぐために、アミニさんの死を世界中で報じ、厳しく非難すべきだ」と強調し、オーストリア連邦政府に、「イランのエブラヒム・ライシ大統領にアミニさん殺害と人権侵害の責任を問うべきだ」と要求した。

 改革派聖職者と見なされているモハメッド・ハタミ元大統領は、「わが国の評判をひどく傷つけるだけではなく、イスラム教の評判も傷つけた」と語っている。インターネットでは多くの女性たちが抗議のメッセージを送り、「私たちはこのジェンダー・アパルトヘイト体制にうんざりしている」と、怒りを吐露している。

 問題は、1979年のイスラム革命以降施行されている服装規定だけでなく、女性に対する差別全般だ。多くの国民は、若い女性が「数本の髪の毛」のために死ななければならなかったことに憤慨しているわけだ。

 ライシ大統領は19日、国連総会での一般演説のためにニューヨークに向かったが、大統領府の声明によると、大統領は内務省にアミニさんの死について経験豊富な警察官と法医学の専門家からなる特別チームが調査を開始するように指令したという。大統領は18日、アミニさんの家族に自ら電話をかけ、「問題が明らかになるまで調査を続ける」と約束したという。

 ちなみに、アラブのスンニ派盟主サウジアラビアから女性の権利獲得のニュースが流れてくるようになった。例えば、同国では2018年6月から女性が車を運転できるようになった。一方、シーア派のイランでは女性は車を運転できたが、サッカー試合の観戦はこれまで認められなかった。それが今年8月下旬から認められたばかりだ。ただ、サウジもイランも女性の服装規則では依然、イスラム教の教えに基づき厳格だ。

 ところで、イランでは高等教育を受ける学生の性別では女性が男性より多い。その優秀な女性の知性、能力を無駄にしないためにも、イランのイスラム教指導者は女性の人権を尊重すべきだ。アミニさんの悲劇を繰り返させてはならない。

テヘラン「米国のイラン包囲網」警戒

 バイデン米大統領は13日から就任初の中東歴訪中だ。13日にイスラエルのテルアビブに到着し、14日にはラピド首相らイスラエル首脳陣と会談し、米国とイスラエル両国間の安全保障協力を確認。その後、ヨルダン川西岸を訪問し、パレスチナ自治政府のアッバス議長と会談した後、15日にはサウジ西部で開催される湾岸協力会議(GCC)拡大首脳会談に出席、サウジの実質的最高指導者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子とも会談し、高騰する原油価格対策のためサウジに原油増産を要請する予定だ。

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▲ライシ大統領、1月19日、ロシアを訪問し、プーチン大統領と会談(IRNA通信から)

 ところで、バイデン大統領は13日に放映されたイスラエルのメディアとのインタビューの中で、イラン核問題について、「イランの核兵器保有を阻止するために最終手段として武力行使も排除しない」と答えている。バイデン氏はこれまでイラン核問題ではトランプ前大統領が離脱した核合意の包括的共同行動計画(JCPOA)の再建を目標に掲げ、「イランが核合意を遵守するまで外交的、経済的圧力を強めていく」と述べてきたが、今回、「イランの核開発計画を武力で阻止する考えも除外しない」と一段と強硬姿勢を明らかにしたことになる。

 バイデン氏の発言はイスラエル訪問中に飛び出したもので、「イランが核兵器を製造する気配があれば、即軍事攻撃で核関連施設を破壊する」と表明してきたイスラエル側の政策に歩み寄るものだが、その発言内容については、「外交辞令の域を超えたものではない」と冷静に受け取る声と、「ワシントンがイラン核問題で従来の『核合意再建』路線ではなく、同盟国と連携して『イラン封鎖』に乗り出す路線に修正してきた」と分析する声が聞かれる。

 イラン国営IRNA通信は13日、ニューヨーク特派員発電で、「バイデン米大統領の中東訪問は問題の解決をもたらす旅ではなく、新たな問題を生み出す歴訪となるだろう」という記事を配信した。

 イスラム根本原理主義国イラン指導部は米国が「対中包囲網」と同じように、「対イラン包囲網」を構築しようとしていると強く警戒している。具体的には、バイデン大統領は15日にはサウジアラビアを訪問し、イスラエルとサウジを加えた「対イラン包囲網」を計画していると指摘、「米国の外交はルーソフォビア(Russophobia 、ロシア嫌悪)と共に、イラノフォビア( Iranophobia 、イラン嫌悪)を世界に広げている」と解説している。

 ちなみに、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の6月定例理事会で先月8日、イラン国内の未申告施設で核物質が見つかった件でイラン側の説明がないとして,非難決議案を賛成多数で採択したばかりだ。それに対し、イラン原子力庁は、「イラン側の対応が正当に評価されていない」として、核施設に設置されている2つの監視カメラを停止している。

 バイデン氏は15日、次の訪問国、サウジではビン・サルマン皇太子と会談し、世界最大の原油輸出国サウジに原油価格を抑えるために増産を要求する予定だが、サウジとイスラエル両国関係の正常化にも積極的に関与する姿勢を見せている。

 バイデン氏はサウジの反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(2018年)の暗殺問題でサウジ皇太子の関与を指摘してきたが、今回のリヤド訪問を通じてサウジとの関係改善を図ることで、米国、サウジ、イスラエルという3軸を中心にしたイラン封鎖を構築する狙いがあるとみられている。

 イランのエブラヒム・ライシ大統領は13日、テヘランでの閣僚会議でイラン核合意へのスタンスは不変だと強調し、「米国は過去の経過から学ぶべきだ。わが国に対する圧力政策は失敗するだけだ」と述べ、「イランはJCPOAから撤退したことがない。(撤退した)米国がイランに核合意に戻るべきだと主張しているのだ」と批判、米国の圧力に屈しない姿勢を改めて強調した。

 なお、 イラン議会のモハマドレザ・プール・エブラヒミ経済委員会長は12日、「ロシアのプーチン大統領が19日、テヘランを訪れ、イランとロシアの間の経済関係の拡大について話し合う予定だ」と述べた(同会合にはトルコのエルドアン大統領も参加)。テヘランはロシア、中国、トルコなどの友好国との関係強化を通じて、米国のイラン封鎖を突破する考えだ。

イランは10番目の核保有国目指すか

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は13日、慣例の年次報告書を発表し、冷戦後、続いてきた核軍縮の動向が減速し、今後10年間で核保有国の核弾頭数が増加に向かう可能性が高まった、という見通しを明らかにした。核弾頭数は今年1月段階で1万2705発で、前年1月比375発減を記録したが、ウクライナ戦争など国際情勢の緊迫化を受け、核保有国が今後、核弾頭を増加させる一方、その近代化を加速すると予測している。

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▲核保有国9カ国の核弾頭数の動向(SIPRI年次報告書から)

 冷戦終焉直後、ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の米国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器の核兵器を「もはや価値のない武器」と言い切ったが、ロシア軍がウクライナに侵攻した後、プーチン大統領はウクライナに軍事支援する北大西洋条約機構(NATO)加盟国に向かって、「必要ならば核兵器の使用を辞さない」と強調し、核兵器の先制攻撃を示唆したことから、核兵器がにわかに「使用可能な兵器」と見直されてきている。SIPRI報告書は、「核保有国で核兵器の意義が見直されてきている」と記述している。

 核兵器保有国は現在、9カ国だ。米国、ロシア、英国、フランス、中国の国連安保常任理事国の5カ国のほか、インド、パキスタン、イスラエル、そして北朝鮮だ。核弾頭の数では米ロの2大核大国が全体の90%以上(2021年1月現在1万1405発)を有している。報告書によると、核弾頭9440発は潜在的な使用のために軍隊に備蓄され、そのうち約2000発の核弾頭が“ハイレディネスモード”(高度待機態勢)下にあるという。

 9カ国の核保有国の状況はそれぞれ異なる、米国は核兵器の開発を凍結しているのではなく、未臨界核実験を繰り返し、核兵器の破壊力の向上、小型化などに取り組んでいる。ロシアにあっても事情は大きくは変わらない。世界の指導国家を目指す中国共産党政権では習近平国家主席の掛け声のもと核弾頭数の増加(現在350発)を目指している。ロイター通信によると、 中国の魏鳳和国防相は12日、シンガポールで開催中のアジア安全保障会議(シャングリラ対話)で、「中国は新たな核兵器の開発で目覚しい進展があった」と述べている。メディア報道によれば、北朝鮮では7回目の核実験が差し迫っている。同時に、米国大陸まで届く大陸間弾頭ミサイルや潜水艦発射型核ミサイルの開発に拍車をかけている。すなわち、核保有国の核レースは現在進行形だ。ただ、ウクライナ戦争は核保有国の国防意識をさらに煽り、核兵器のもつ価値が見直されてきたわけだ。

 問題は、核保有国入りを目指す国の動向だ。10番目の核保有国に最短距離にいるのはイランだ。イランの核兵器を最も恐れているのは宿敵イスラエルだが、スンニ派の盟主サウジアラビアもイラン(シーア派)の核兵器開発をただ静観していることはないはずだ。同じことが、エジプトにもいえるだろう。イランの核兵器製造はイスラエルとアラブ諸国にとって悪夢だ。

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は6日から5日間の日程で定例理事会(理事国35カ国)を開催したが、焦点はイランの核問題だった。米、英,仏はIAEAの査察要求を受け入れず、核合意に反してウラン濃縮活動を推進しているとして非難決議案を提出。イランは8日、それに反発してIAEAの監視カメラ2台の稼働を停止。非難決議が賛成多数で採択されると、イランは9日、同国内の核関連施設に設置された27台の監視カメラを撤去するとIAEA側に通告している。2015年に締結された「イラン核合意」の再建交渉は一層難しくなってきている。

 理事会開催に先駆け、IAEAは先月30日、最新の「イラン核報告書」を理事国に提出した。それによると、イランの濃縮ウラン貯蔵量はイラン核合意で定められた上限202.8キロをはるかに超え、5月15日の段階で3809・3キロと18倍以上に急増している。濃縮度20%の高濃縮ウランの量は238・4キロ、60%以上は43・1キロと推定されている。核兵器用に必要な濃縮ウランは濃縮度90%だ。問題は、「濃縮度20%を超えれば、90%までは技術的に大きな問題はない」(IAEA専門家)ことだ。イランの核開発計画は核拡散防止条約(NPT)など国際条約の違反であり、国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)への明らかな違反だ

 グロッシIAEA事務局長は理事会初日の6日、「イランは、核爆発をもたらす濃縮ウランの量を示す有意量(Significant Quantity=SQ)まで、あと数週間だ」と警告を発している。イランは核兵器開発の疑惑に対し、「核兵器を含む大量破壊兵器はイスラムの教えに反する」と強調し、核兵器製造の意思がないと繰り返し主張してきたが、イランは実際は既に核兵器の製造能力を獲得している。核兵器用の濃縮ウラン製造能力、核兵器の運送手段、ミサイル開発などを総合した核能力をイランはほぼ獲得済みだ。

 イラン核合意の再建交渉が暗礁に乗り上げ、イランが核開発計画を加速すれば、イスラエルは軍事力を駆使してもそれを阻止しようとすることは必至だ。テヘラン側がIAEA側の要求に応じ、核合意再建交渉に乗り出すか、今後数週間が正念場となる。

イラン大統領は「夢」を見たのか?

 陸上競技の三段跳びをご存じだろう。イランの少数宗派キリスト教徒への政策が三段跳びの選手のように見えてくるのだ。説明する。三段跳びに倣いホップ・ステップ・ジャンプで紹介する。

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▲イラン・イスラム共和国の国旗(バチカンニュース2021年12月27日から)

 ホップ・・・イランで先月、裁判所で9人の改宗者(イスラム教徒からキリスト信者に)が自宅や個人の建物で行われた教会礼拝(家の教会)に出席していたとして、禁錮5年の実刑判決を宣告されたが、イラン最高裁判所が11月3日、「キリスト者らの自宅での礼拝の参加またはキリスト教の促進は国家安全保障を侵害する行為とはならない」と判断し、改宗者を訴える必要はないとの裁定を下したのだ。イランではイスラム教以外の宗教者は「国家の敵」と受け取られてきたが、その国の最高裁判所が「そのようには解釈できない」という法解釈を下したのだ(「テヘランから朗報が届いた」2021年12月10日参考)。

 ステップ・・・イスラム教シーア派の盟主イランのエブラヒーム・ライシ大統領から世界のキリスト教徒にクリスマス・メッセージがあった。イラン指導部の強硬派として知られているライシ大統領はフランシスコ教皇宛てのメッセージの中で、「平和と優しさの預言者であるイエス・キリストの誕生日、2022年の初めに、あなたの聖性と世界中のすべてのクリスチャンに心からのお祝いを申し上げます」と述べている。

 同大統領は、「イエス・キリストの誕生日は神の意志と力の現れであり、聖マリアの精神的な位置は、神の宗教の存在論における女性の地位の偉大さを示しています。この祝福された誕生日を祝うことは、聖マリア(PBUH)を称える機会であり、利他主義のモデルと抑圧された人々の救いの先駆者であるイエス・キリストの道徳的資質を思い出します」と述べている。クリスマス・メッセージは多くあるが、イランのライシ大統領のそれは宗教者らしい格調のある内容だ(「イラン大統領のクリスマス祝賀書簡」(2021年12月26日参考)

 ジャンプ・・・イランの司法の長は、キリスト教徒の囚人に、家族と一緒に休暇を過ごすことができるように、10日間の休日を与える指令を全国の当局に指示した。イランのクリスチャンは、1月6日にエピファニー(公現祭=異邦への救い主の顕現を記念する祝日)でクリスマスを祝うアルメニア人がほとんどだ。クリスマスシーズンに入ると、テヘランや他の主要都市のいくつかの店はクリスマスツリーを含む装飾を施し、サンタクロースに扮した人々が店の前に立っている。

 イラン最高指導者ハメネイ師はイスラム教の休日に囚人に恩赦または短縮刑を与えることがよくあったが、イランの司法当局がキリスト教徒の少数派のメンバーに配慮したような措置を発表することはまれだ。ニュースポータル「Uca-News」が報じている。

 何人のキリスト教徒の囚人が休暇の恩恵を受けるか、または10日間の期間がいつ始まるかについては報じられていない。ただし、治安を損なう、組織犯罪、誘拐、武装強盗で有罪判決を受けた被拘禁者、および死刑を宣告された者はその恩恵を受けられないという。地元メディアによると、キリスト教徒はイランの総人口8300万人のうち、わずか1%を占めるだけだ。大多数はシーア派イスラム教徒だ。

 ホップ・ステップ・ジャンプでイランという国の三段跳び選手はどこまで飛ぶだろうか。イランは「イラン革命」以来、神権国家であり、イスラム教の法の教えを国是とするイスラム教国だ。そこで少数派のキリスト教徒に対して、司法当局が寛容な政策を実施しているのだ。「家の教会」はもはや国家の敵ではない、という判断は画期的な政策転換を意味する。ひょっとしたら一時的な政策で時間の経過と共に再び厳格な少数宗派政策が行われるのではないか。ローマ・カトリック教会の総本山バチカンは、「イラン当局の政策を過大に評価せずに慎重に受け取るべきだ」と釘を刺している。確かに、イランでは最高裁判所とはいえ、革命裁判所の前には無力かもしれない。それとも、イラン当局内でまだ知られていないが、パラダイムシフトが起きているのだろうか。

 ペルシャ王クロスはBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還することを助けた話をご存じだろう(「ペルシャ王がユダヤ民族を助けた話」(2013年11月28日参考)。ヤコブから始まったイスラエル民族はエジプトで約400年後、モーセに率いられ出エジプトし、その後カナンに入り、士師たちの時代を経て、サウル、ダビデ、ソロモンの3王時代に入ったが、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされる。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝国の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となったが、バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ペルシャ王国の支配下に入った。そのペルシャ王クロスはユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還することを認めたのだ。

 現代のイランの為政者はイスラエルを最大の宿敵と考え、「地図上からイスラエルを抹殺する」と敵愾心を露わにしているが、2550年前、ペルシャ王は夢を通じてユダヤ人を救った。ペルシャ王のその決断がなければ、イスラエルのその後もなかっただろう。

 それではなぜクロス王は捕虜だったユダヤ人を解放したのか。旧約聖書のエズラ記1章1節によると、「ペルシャ王クロスの元年に、主はさきにエレミヤの口によって伝えられた主の言葉を成就するため、ペルシャ王クロスの心を感動させたので、王は全国に布告を発し……」というのだ。ペルシャ王の心を感動させたということは、ペルシャ王は夢を見たのではないか。旧約時代では「夢」は神のメッセージを伝える手段だと考えられた。クロス王は夢を見て、国内にいるユダヤ人を即釈放すべきだと悟ったのだろう。

 世界史で学んだことだが、キリスト教徒を迫害してきたローマ帝国は西暦313年、ミラノ勅令でキリスト教を公認したが、古代末期の歴史家で神学者カエサレアによると、皇帝コンスタンティヌス(在位306〜337年)が戦場に向かう時、上空に光の十字架を見たという。その前に、皇帝コンスタンティヌスは夢を見、そこでイエスが現れたというのだ。ローマ皇帝のキリスト教公認の背景には夢と幻想が大きな役割を果たしているのだ。

 歴史は、その時の指導者や暴君が戦争や紛争を引き起こし、時代の様相が激変していったことを記しているが、歴史的なエポックはクロス王やコンスタンティヌス大帝のように夢や幻想という通常ではない手段でもたらされてきたのではないか。

 イランの最近のキリスト教徒への寛容な政策は現在の世界情勢を反映したものというより、ライシ大統領が見た夢によるものではないか(ひょっとしたら、夢を見たのはイラン最高指導者ハメネイ師かもしれないが……)。いずれにしても、イランの指導者が三段跳び選手のように、ジャンプで遠くに飛ぶために懸命に助走方向に足と手を伸ばしている姿が浮かび上がってくる。当方も夢を見ているのだろうか。

イラン大統領のクリスマス祝賀書簡

 世界に13億人以上の信者を有するローマ・カトリック教会総本山バチカンでは25日、フランシスコ教皇がサン・ピエトロ広場でクリスマス・メッセージを送り、シリア、レバノン、イラク、イエメン、アフガニスタン、ミャンマー、ウクライナ、エチオピアなど紛争地の平和解決をアピールし、ギリシャのレスボス島の難民問題にも言及した後、世界の信者たちに向かって慣例の「ウルビ・エト・オルビ」の祝福を発した。小雨が降る中、コロナ規制の下、信者たちはサン・ピエトロ広場に集まり、パンデミック以来、2年ぶりにローマ教皇のクリスマス・メッセージに耳を傾けた。

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▲サン・ピエトロ広場でクリスマスミサを行うフランシスコ教皇(2021年12月25日、バチカンニュースから)

 フランシスコ教皇はクリスマスイブの24日夜、サン・ピエトロ大聖堂で記念ミサを行い、小さな恵みを大切にして生活してほしいと呼び掛け、「世界の創造主はホームレスです。神はこの世では小さくなり、その大きさは、小ささの中で私たちに与えられている。しかし、私たちはしばしば神を理解せず、むしろ偉大さと名声を求めている。イエスは仕えるために生まれきた。イエスは私たちに人生のささいなことに感謝し、それらを再発見するように願われている。私たちはベツレヘムに戻ろう」と呼び掛けた。

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▲クリスマスを祝う書簡に署名するイランのライシ大統領(2021年12月24日、IRNA通信から)

 ところで、世界からクリスマスを祝うメッセージがバチカンに届いているが、その中にイスラム教シーア派の盟主イランのエブラヒーム・ライシ大統領からのメッセージがあった。イラン指導部の強硬派で知られているライシ大統領はフランシスコ教皇宛てのメッセージの中で、「平和と優しさの預言者であるイエス・キリストの誕生日、2022年の初めに、あなたの聖性と世界中のすべてのクリスチャンに心からのお祝いを申し上げます」と述べている。

 同大統領はクリスマスの意義についても言及して、「イエス・キリストの誕生日は神の意志と力の現れであり、聖マリアの精神的な位置は、神の宗教の存在論における女性の地位の偉大さを示しています。この祝福された誕生日を祝うことは、聖マリア(PBUH)を称える機会であり、利他主義のモデルと抑圧された人々の救いの先駆者であるイエス・キリストの道徳的資質を思い出します」と述べ、「アブラハムの宗教の信者の心と思いを近づけるためのあなたの努力に感謝します。あなたの健康と成功、そして神のすべての僕とすべての人間の幸福と誇りのために全能の神に祈ります」と結んでいる(イラン国営通信IRNA)。非常に格調の高いメッセージだ。ただし、メッセージの中では、救世主イエスは「預言者」と呼ばれている。

 当方は「テヘランから朗報が届いた!!」(2021年12月10日参考)というコラム記事を書いたばかりだ。イランで先月、裁判所で9人の改宗者(イスラム教徒からキリスト信者に)が自宅や個人の建物で行われた教会礼拝(家の教会)に出席していたとして、禁錮5年の実刑判決を宣告されたが、イラン最高裁判所が11月3日、「キリスト者らの自宅での礼拝の参加またはキリスト教の促進は国家安全保障を侵害する行為とはならない」と判断し、改宗者を訴える必要はないとの裁定を下したのだ。イランではイスラム教以外の宗教者は「国家の敵」と受け取られてきたが、その国の最高裁判所が「そのようには解釈できない」という法解釈を下したのだ。驚くべきニュースだ。

 ライシ大統領のクリスマスのメッセージはそれに次ぐ朗報だ。中東は“アブラハムの後裔たち”の歴史だ。頻繁に対立してきたが、共通のルーツを有している。だから、和解の動きが出てきても不思議ではない。スンニ派の盟主サウジアラビアとシーア派のイランの和解だけではなく、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の統合も非現実的とはいえなくなってきた(「サウジとイランが接近する時」2021年4月29日参考)。

 フランシスコ教皇はクリスマス・ミサで信者に、奢ることなく謙虚であるべきだとアピールし、「ベツレヘムに戻ろう」と呼び掛けた。アブラハムから派生したユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3兄弟の宗派がここにきて歩み寄りが見られだしたのだ。2022年はアブラハムの3兄弟の動向に世界の関心が集まるかもしれない。

ウィーンの「イラン核協議」の現状

 イランのIRNA国営通信(英語版)をフォローしている限りでは、ウィーンで開催中のイラン核協議はイラン側の提案を受け、核合意の再発効に向けて前進してきたといった印象を受けるが、米国のジェイク・サリバン国家安全保障補佐官は17日、「イラン核協議の交渉はうまくいっていない」という悲観的な見解を述べている。イラン側と米国の間の受け取り方に相違があるのはいつもの事だが、両者の間に実質的な歩み寄りがないことは事実だ。

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▲イラン代表団のアリ・バーゲリー・カニ外務次官(IRNA通信、2021年12月17日)

 イラン側は15日、国際原子力機関(IAEA)がテヘラン近郊で最新の遠心分離機用の部品を製造しているカラジ核関連施設に監視カメラを再設置することに合意した。ただし、IAEAのグロッシ事務局長によれば、監視カメラの交換は年内に行われる予定だが、ウィーンで協議中の核合意の再建で関係国が一致するまではIAEAは監視カメラの映像を見られないという。

 監視カメラの映像を入手し、それを検証できないとすれば、監視カメラの再設置というニュースは単なるイラン側の交渉カードに過ぎず、イラン核合意再建の実質的な譲歩とは言えない。イラン側が核合意を再建して米国の制裁を解除させたいという本音は伝わってくるが、欧米側のイランの核開発への懸念に真摯に対応するものではない、という意味で、米国側の見解は正しい。

 米国の最大の懸念は、イランが核合意に違反して核兵器製造に必要な濃縮ウランを数カ月で製造できる状況にあるということだ。問題はカラジの核関連施設の監視カメラの再設置云々ではなく、イランが既に獲得した核兵器製造能力だ。具体的には、核兵器用の濃縮ウラン製造能力、核兵器の運送手段、ミサイル開発などを総合したイランの核能力への懸念だ。その意味で、イラン核協議は既に遅すぎたのだ。換言すれば、イラン側は既に核拡散のレッドラインを越えてしまったのだ。イラン側が核開発計画を停止し、これまでの核関連活動の全容を開示しない限り、イランの核問題は解決できない。少なくとも、これが米国の立場だ。

 イランは、米国の核合意離脱とイランがその後に実施した核合意に違反した濃縮ウラン関連活動とを並列に置き、どちらが先に行動を起こすべきかという点に焦点を絞り、核合意から離脱した米国側が制裁実施前の原状復帰を行うべきだと要求している。米国の核合意離脱、その後の対イラン制裁は米国とイラン間の問題だが、イランが米国の核合意離脱後に実施した核関連活動は核拡散防止条約(NPT)など国際条約の違反であり、国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)への違反だ。

 イランは19年5月以来、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4・5%を超えるなど、核合意に違反した。19年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。昨年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR−1」に代わって、新型遠心分離機「IR−2m」に連結した3つのカスケードを設置する計画を明らかにした。

 そして、今年1月1日、同国中部のフォルドウのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。4月に入り、同国中部ナタンツの濃縮関連施設でウラン濃縮度が60%を超えていたことがIAEA報告書で明らかになっている。なお、イラン議会は昨年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決した。

 欧州連合(EU)の首席交渉官であるエンリケ・モラ氏は17日、「技術的な点で一部前進したが、実質的な核協議の前進はみられない」と認める一方、「あと数週間で合意に達することを期待している」と述べている。ロイター通信によると、イラン側は17日、核協議の10日間の休会を申し出た。イランの核協議は年内にも再開する予定という。 イラン代表団のアリ・バーゲリー・カニ外務次官は17日、「反対側がイラン・イスラム共和国の合理的な立場を受け入れるならば、新しいラウンドの交渉は最後のラウンドになる可能性がある」と述べた。全てを相手次第と主張するイラン側の無責任な楽観論だ。

テヘランから朗報が届いた!!

 大きなダムを思い浮かべてほしい。そのダムで小さな亀裂が見つかったとする。水圧を受け、ダムが突然破壊し、大量の水が流れ出し、下流地域は洪水となる。そんな亀裂がイスラム聖職者支配社会にも多数見られ出した。そんなことを思わせるニュースがテヘランから届いた。イランと言えば、核問題を想起する読者が多いと思うが、イランの社会が静かだが、変わろうとしているのだ。

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▲イラン最高指導者アリ・ハメネイ師(イランのIRNA国営通信から)

 イランで先月、裁判所で9人の改宗者(イスラム教徒からキリスト信者に)が自宅や個人の建物で行われた教会礼拝に出席していたとして、5年の刑を宣告された。Asianewsによると、現在20人のキリスト教徒が国家安全保障への脅威の罪でイランに拘留されており、2012年以来100人以上がこの罪で有罪判決を受けてきた。ところが、イラン最高裁判所が11月3日、「キリスト者らの自宅での礼拝の参加またはキリスト教の促進は国家安全保障を侵害する行為とはならない」と判断し、改宗者を訴える必要はないとの裁定を下した。イランではイスラム教以外の宗教者は「国家の敵」と受け取られてきたが、その国の最高裁判所が「そのようには解釈できない」という法解釈を下したのだ。本来はビッグ・ニュースだ。

 しかし、上記のニュースを配信したバチカンニュース(12月7日)は、「今回の判決から、イスラム教からキリスト教への改宗者に対するイラン当局の対応に変化があった、と早計に考えるべきではない」とし、「たとえ最高裁判所の判定としても今回だけの特例かもしれない」と慎重な姿勢を崩していない。

 当方は、イランの聖職者支配体制に小さいが穴が開いてきている、と考えている。イランは軍事的、外交的に成果を上げているが、国内は安定しているとはいえない。1979年のイラン革命前までは近代国家だったが、ホメイニ師主導の革命以来、イラン社会は神権国家か世俗国家かの選択に揺れ、国民も社会も分裂している。その上、新型コロナウイルス感染が世界的に拡大し、原油価格が下落してきた現在、国は国民を養うことができなくなってきた。そのため国民の間で指導層への不満、批判の声が出てきている。イラン国民の平均年齢は30歳以下だ。彼らの多くは失業している。若い世代の閉塞感がイランの政情を不安定にする大きな要因となっている(「イラン当局が解決できない国内事情」2020年12月2日参考)。

 それだけではない。例を挙げてみる。サウジアラビアとイランの間で交流がみられるのだ。独週刊誌シュピーゲル(4月24日号)によると、サウジの情報機関の責任者ハーリド・ビン・アリー・アル=フメイダーン氏(Khalid bin Ali AL Humaidan)と「イスラム革命防衛隊」 (IRGC)のイシマエル・クアー二氏(Ismail Qaani)が4月9日、イラクのバグダッドで会合した。会合の内容は発表されていないが、2016年以来、関係が悪化してきた両国間の会合自体はサプライズだった。 

 サウジはイスラム教スンニ派の盟主を自認し、イランはイスラム教シーア派の代表格だ。両国間で「どちらが本当のイスラム教か」といった争いを1300年間、中東・アラブ世界で繰り広げてきたライバル関係だ。その両国がここにきて接近してきたのだ。聖職者側の許可がない限り、イラン高官がサウジの情報機関責任者と会うことはできない。ということは、イランの聖職者内で何らかの動きが出てきていると考えていいわけだ。

 イスラエルとイラン両国の関係は、現代史に限定すれば犬猿の仲だが、ペルシャ時代まで遡ると、異なってくる。イスラエル史を少し振り返る。ヤコブから始まったイスラエル民族はエジプトで約400年間の奴隷生活後、モーセに率いられ出エジプトし、その後カナンに入り、士師たちの時代を経て、サウル、ダビデ、ソロモンの3王時代を迎えたが、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされる。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝国の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となったが、バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ペルシャ帝国下に入った。そしてペルシャ王朝のクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還させたのだ。現在のイラン人は、「地図上からイスラエルを抹殺する」と強迫するが、彼らの祖先の王が約2550年前、ユダヤ人を捕虜から解放して故郷に帰還させたのだ。ペルシャ王クロスがユダヤ民族を解放しなければ、現在のイスラエルは存在しなかった。

 中東はアブラハムの後裔たちの歴史だ。頻繁に対立してきたが、共通ルーツを有している事実は否定できない。だから、和解の動きが出てきても不思議ではない。シーア派とスンニ派の和解だけではなく、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の統合も決して妄想とはいえない。その意味でサウジとイランの接近、先のイラン最高裁判所のキリスト信者への「国家の犯罪」否定判決は、大きな歴史的な改革へのうねりを感じさせる出来事ではないか。

 参考までに、このコラム欄で「『アブラハム家』3代の物語」2021年2月11日、「欧州社会は『アブラハム文化』だ!!」2021年6月20日、を書いた。中東のユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3宗派は等しくアブラハムを「信仰の祖」と仰いでいる。紛争を繰り返してきた3宗派だが、アブラハムに戻れば同じ兄弟ということになる。
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