ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

イラン

激動期に突入したイランの政治体制

 10年前以上になると思うが、ウィーン国連で取材活動しているイラン国営IRNA通信の女性記者は「休暇でテヘランに戻るが、イランの飛行機は絶対に乗らないわ」と言っていたことを思い出した。いわく、「欧米社会の制裁で航空機の部品が手に入らないからイランの飛行機はよく故障するのよ」というのだ。彼女はイランに戻る時は母親のためにウィーンで薬を買い、トルコ航空のチケットを購入するのが常だった。

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▲ヘリコプター墜落事故で亡くなったアブドラヒアン外相(左)とライシ大統領(イラン国営IRNA通信、2024年5月21日)

 イランのライシ大統領、アブドラヒアン外相ら9人が搭乗したヘリコプターが墜落して、死亡が確認されたというニュースを聞いた時、上記のイランの女性記者の話を思い出した次第だ。残念ながら、彼女は正しかったのだ。「西側ではあまり報道されないが、イランでは航空機の事故が頻繁に起きている」と語っていた。

 それにしても、自国のフラッグ・キャリアの国営航空の安全性を信じられないということは悲しいことだ。民間の旅行者が利用する航空機の部品ぐらい制裁外にできないものかと考えてしまう。犠牲は政府関係者だけではなく、航空機を利用する多くの国民だからだ。

 ライシ大統領(63)ら9人が搭乗したヘリコプター墜落事故についてまとめておく。イラン北西部でライシ大統領やアブドラヒアン外相らを乗せたヘリコプターが19日に不時着した事故で、イラン国営メディアは20日、搭乗者9人全員の死亡を確認したと報じた。大統領らが搭乗したヘリコプターが1979年のイラン革命前の旧式の機体(米国製ベル212)だったとはいえないから、事故の原因は「悪天候」(バヒディ内相)ということになった。最高指導者ハメネイ師の呼び掛けを受け、5日間の国民服喪が宣言された。

 欧米の情報機関関係者は「悪天候の中、古いヘリコプターに搭乗するとは考えられないほど危機管理がない」と指摘する。ヘリコプター墜落で外からの影響(ミサイルなど)については現時点では聞かれない。独シュピーゲル誌とのインタビューで、イスラエルのイラン問題専門家ラズ・ツィムト博士(Raz Zimmt)は20日、イスラエル側の工作説について「考えられない」と否定している。

 ちなみに、イスラエルのラビの中には「墜落は神の罰だ」といった過激な発言も聞かれる。また、ブリュッセルの欧州連合(EU)がイランの要請で行方不明のヘリコプターの捜索を支援するために衛星追跡システムを起動したことに対し、ドイツ・イスラエル協会のフォルカー・ベック会長は「イランのヘリコプターの捜索支援は外国のテロ組織を支援することに等しい」と批判している。

 ポーランドで2010年4月10日、レフ・カチンスキー大統領ら政府関係者が搭乗したワルシャワ発の旅客機ツポレフ154型機がロシア西部のスモレンスクで墜落し、ポーランドは一度にほとんどの政府関係者96人を失うという大事故があったが、行政のトップの大統領と外交の顔の外相を失ったイランは今後どのようになるだろうか。

 ハメネイ師は国民に向け、「イランは安定しているから、心配しなくてもいい」という緊急メッセージを発していた。4月に85歳になったハメネイ師の健康状況は良好ではない、といわれている。ハメネイ師が亡くなった場合、ライシ大統領がそのポストを継承する予定だったが、ライシ師がいなくなったのだ。ハメネイ師の後継者選びが混とんとすることが予想される。

 イランのメディア報道によると、ライシ師の死を受け、イランで6月28日に大統領選挙が実際され、後継者が選出される予定だ。本来は大統領選は来年実施だった。

 中東エキスパート、ダニエル・ゲルラハ氏(専門誌Zenithの編集長)は20日、ドイツ民間ニュース専門局ntvとのインタビューで、「国内の反体制派、改革派は弱く、保守派が国内を掌握しているから、ライシ師の死で国内が混乱するという懸念は少ない」と分析している。

 イランではイスラム革命後、45年余り、イスラム聖職者による統治政権が続いてきた。2021年から大統領に就任したライシ大統領を代表とした保守聖職者支配政権に対する国民の不信感は強い。22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさんが2022年9月、イスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去したことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がっていった。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧してきた。その強硬政策の張本人がライシ師だった。今年4月には在シリア・イラン大使館空爆への報復としてイスラエル本土へ初の直接攻撃を仕掛けるなど、強硬姿勢が目立った。

 イランはまた、核開発を継続し、国際原子力機関(IAEA)の最新報告書によれば、核兵器用濃縮ウランを増産している。イランは近い将来、核兵器を製造し、世界で10番目の核兵器保有国に入るのはもはや時間の問題と見られている。イランはロシア、中国に傾斜し、欧米諸国からの政治的圧力をかわしてきた。

 イランの国民経済は厳しい。イランの通貨イラン・リアルの対ドル為替レートの下落には歯止めがかからない。インフレ率も久しく50%を上回ってきた。イランでは若い青年層の失業率が高く、多くの国民は「明日はよくなる」という思いが持てない。特に、ソーシャルネットワークで育った若者は、イスラム革命のイデオロギーに共感することは少ない。聖職者統治政権と国民の間の溝は更に深まっている。

 その一方、イラン当局はパレスチナ自治区ガザのハマス、レバノンのイスラム根本主義組織ヒズボラ、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派へ武器、軍事支援をし、シリアの内戦時にはロシアと共にアサド政権を擁護するなど、多くの財源を軍事活動に投入している。

聖職者の資格と役割が問われる時代

 神に仕える一方、この地上を支配する‘この世の神’に仕えることはできない。2つの神に同時に仕えることはできないからだ。また、イエスは「富んでいる者が天国に入るのはラクダが針の穴を通るより難しい」と諭した。

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▲イランの最高指導者ハメネイ師(イラン国営IRNA通信から)

 ところで、聖職者と呼ばれる人間は自身の生涯を神に献身することを決意した人であり、それだけ信者からは一定の尊敬を受けてきた。その聖職者のステイタスが近年、堕ちてきた。誰のせいでもない。聖職者自身が神に仕えるという志を忘れ、この世の神が治める世界に引きづられていったからだ。例えば、世界最大の宗派のローマ・カトリック教会では聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発し、神の宮の教会は汚されている。

 今回のテーマに入る。聖職者でありながら国の政治に深く関与している宗教指導者がいる。例えば、ロシア正教モスクワ総主教キリル1世、イランの精神的指導者ハメネイ師とライシ大統領はその代表だろう。

 キリル1世についてはこのコラム欄でも何度か書いてきた。同1世はロシア正教会の最高指導者だ。同1世はプーチン大統領が始めた、ロシアとウクライナ間の戦争を「聖戦」と呼び、若きロシア兵たちを戦場に駆りたてている。ウクライナ戦争を「西洋の悪に対する善の形而上学的な戦闘」と意義付けている聖職者だ。

 そのキリル1世は、2月に亡くなった反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏の追悼礼拝を行った聖職者を停職処分している。モスクワ総主教区は23日、ディミトリ・サフロノフ神父をモスクワの教区指導者から解任し、3年間聖職から外したと発表した。

 サフロノフ神父は、ナワリヌイ氏の死の40日後、正教会の教えに基づいて同氏の墓で追悼礼拝を行った。そのビデオはインターネットで大きな注目を集めた。「戦争に反対するキリスト教徒」イニシアティブは、サフロノフ神父がモスクワ総主教から停職処分を受けたのは、拷問で死亡したナワリヌイ氏の墓前で追悼の祈りを捧げたからだと説明している。

 ちなみに、故ナワリヌイ氏のユリア夫人は停職処分されたサフロノフ神父と彼の家族のための寄付を呼びかけている。未亡人は24日夜、ショートメッセージサービスXに「神父の死者への祈りに非常に感謝しています」と書いている。ナワリヌイ氏は2月16日、収監先の刑務所で死去した。47歳だった。同氏は昨年末、禁錮19年を言い渡され、過酷な極寒の刑務所に移され、そこで亡くなった。

 モスクワ総主教庁は、ウクライナ領土のロシアによる併合と隣国への攻撃戦に反対した聖職者に対して聖職を剥奪している。キリル1世は2009年にモスクワ総主教に就任して以来、一貫してプーチン氏を支持してきた。それに対し、世界教会評議会(WCC)は、ロシアによるウクライナ攻撃を「聖戦」と呼ぶことに強く反対している。

 一方、イランではイスラム革命後、45年余り、イスラム聖職者による統治政権が続いてきた。聖職者政権は今日、国民経済の大部分を支配下に置いている。例えば、ハメネイ師が管理するセタードは数十億ドル規模のコングロマリット(複合企業)を率いて中心的な役割を果たしている。ハメネイ師の経済帝国は、重要な石油産業から電気通信、金融、医療に至るまで、多くの分野をその管理下に置いている。一方、ハメネイ師の支持を得て大統領に選出された強硬派のライシ大統領はイラン最大の土地所有者の経済財団を主導している、といった具合だ(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。

 イラン聖職者統治政権は、パレスチナ自治区ガザを支配する「ハマス」だけではなく、レバノンのヒズボラ、イエメンの反政府武装組織フーシ派などイスラム過激テロ組織を軍事的、経済的に支援し、シリア内戦ではアサド独裁政権をロシアと共に軍事支援してきた。そしてライシ大統領はそれらの活動をイラン革命45周年の成果として誇示する一方、イスラエル壊滅を呼び掛けているのだ。同大統領は聖職者であり、ハメネイ師の亡き後の有力な後継者だ。

 聖職者はどのような人だろうか。少なくとも神の召命を受けた人だろう。燃え上がる使命を感じて歩む聖職者もいるだろう。過去には、聖人と呼ばれた聖職者がいた。現在も義人、聖人ともいえる聖職者がいるはずだ。彼らは自身の命を捨てても他者のために生きる。‘地上の星’というべき人たちだ。義人、聖人の存在は同時代に生きる人々に希望を与えてくれる。キリル1世、ハメネイ師、ライシ大統領は看板は聖職者だが、和解と許しを説くのではなく、憎悪を煽っている。和平の代わりに聖戦と叫び、人殺しを呼び掛けている。

 世俗化した社会、国では「政教分離」が施行されているが、独裁専制国家では宗教が統治手段となったり、国民を宗教の名で圧政するケースが見られる。共産主義社会では「宗教はアヘン」と呼ばれてきたが、ロシアやイランでは今日、宗教が積極的に悪用されている。中国共産党政権でも共産主義による国民の統治が難しくなってきたことを受け、愛国主義教育が奨励されてきたが、その際も宗教が一定の役割を果たすように強いられている。

 ウクライナ戦争、中東紛争と世界は激動の時代に突入してきた。宗教指導者の役割は大きい。それだけに似非宗教者、聖職者も出てきた。聖職者の資格が問われる時代だ。

「激動の時代」を再び迎えた中東地域

 イスラエルとイランの間で報復攻撃が繰り返されている。今回の直接の切っ掛けは、イスラエルが4月1日、シリアの首都ダマスカスのイラン大使館を爆撃し、イランが誇る「イラン革命防衛隊」(IRGC)の准将2人と隊員5人を殺害したことだ。イランは同月13日夜から14日にかけイスラエルに向けて無人機、巡ミサイル、弾頭ミサイルなど300発以上を発射させた。

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▲親イラン派のレバノンの「ヒズボラ」がイスラエル兵士の拠点に発射したミサイル(2024年4月19日、イラン国営IRNA通信から)

 イラン側は同報復攻撃を「イスラム共和国とイスラエル政権との最初の直接対決だった。これは歴史問題を考える上で非常に重要な点だ。占領地の奥深くへの効果的な攻撃は、1967年以来イスラム諸国の果たせなかった夢だったが、この地域の抵抗運動の発祥地による努力のおかげで、それが実現した。史上初めて、イラン航空機がこの聖地の上空でアル・アクサ・モスクの敵を攻撃した」と指摘し、イラン側のイスラエルへの報復攻撃の歴史的意義を説明している。

 一方、イスラエルは19日、無人機やミサイルなどでイラン中部イスファハンを攻撃した。イスラエル側もイラン側も同報復攻撃については何も公式発表していない。興味深い点は、イランの13日の集中攻撃も、19日のイスラエル側の攻撃も相手側に大きな被害を与えないように抑制されていたことだ。その意味で、イランもイスラエルも今回の軍事衝突を契機に中東全域に戦争を拡散することは避けたいという暗黙の了解があったことが推測できるわけだ。

 特に、イスラエル側の報復攻撃は小規模で余りにも抑制されていたことから、イスラエル指導部内でも失望の声が聞かれたが、同国の軍事情報に通じる専門家は「重要な点はイスラエル側が大都市イスファハンを報復対象の場所に選び、そこに無人機の攻撃を実施したことだ。同市には無人機製造所やウラン濃縮関連施設など核関連施設が近郊にある。すなわち、『イスラエルはいつでもイランの重要都市に大きなダメージを与えることが出来る』というメッセージをテヘラン側に伝えたわけだ」と受け取っている。イラン側がイスラエルの報復攻撃について国内で公式には報じていないのは、イスラエル側の軍の優位性にイラン軍関係者は改めてショックを受けたからではないか。

 イスラエルは23日には「過越の祭」を迎える。イスラエル側がイランとの戦闘を抑えるか否かは不明だ。いずれにしても、パレスチナ自治区ガザでイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦闘を抱えているネタニヤフ政権はガザ南部ラファへの地上攻撃をどうするか、ハマスとの休戦交渉、イランへの対応など重要な課題が山積している。

 ところで、当コラム欄でも何度か書いたが、イスラエルとイランは常に宿敵関係だったわけではない。モハンマド・レザ・シャー・パフラヴィ(パーレビ国王)は1941年に即位すると、西側寄りの国創りに乗り出し、1948年に建国したイスラエルを同盟国と見なしていた。しかし、1979年の「イラン革命」後、フランスの亡命から帰国したホメイニ師がイスラム共和国を設立すると、イスラエルとの関係は険悪化していった。両国は過去、正面衝突することはなかったが、レバノンの親イラン寄りのヒズボラ(神の党)などがイスラエルと代理戦争を繰り返してきた。

 イランのマフムード・アフマディネジャド元大統領は「イスラエルを地上の地図から抹殺してしまえ」と暴言を発し国際社会の反感を買ったことがあったし、ライシ現大統領は2月11日、首都テヘランのアザディ広場で開かれたイラン革命45周年の記念集会で、宿敵イスラエルのシオニスト政権の打倒を訴えた。イランの最高指導者、アリ・ハメネイ師は2009年、イスラエルを「危険で致命的ながん」と呼んでいる。

 しかし、歴史をもう少し振り返ると、イスラエル(ユダヤ民族)はペルシャ民族(イラン)の助けを受けている。イスラエルではサウル、ダビデ、ソロモンの3王時代後、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされた。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝國の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となった。バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ユダヤ民族はペルシャ王の支配下に落ちた。そのペルシャのクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還することを助けた。そしてユダヤ民族はユダヤ教を確立していく。イラン革命が生じ、イランで聖職者支配政権が確立するまでは紆余曲折があったものの、ユダヤ民族とペルシャ民族は結構良好な関係を維持してきたのだ。

 ここ数年、イスラエルはイスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアに接近する一方、イスラム教シーア派の代表、イランもサウジに接近するなど、これまで考えられなかった動きが中東地域で見られ出している。イランの13日のイスラエルへの無人機攻撃では、サウジやヨルダンなどアラブ諸国が無人機撃墜などで間接的にイスラエル側を助けている。

 中東では現在、単に、ユダヤ教徒とイスラム教、スンニ派とシーア派といった宗派間争いだけではなく、アラブとイランの民族間の覇権争いといった側面も出てきている。それに経済的利害も絡んできて、状況は一層複雑であり、流動的だ。

イラン核関連施設破壊の「Xデー」

 イスラエル戦時内閣は16日、同国を無人機やミサイルなどで集中攻撃したイランへの対応について協議し、「強硬な報復攻撃をする」ことでほぼ一致、その時期、規模などについては明らかにしなった。協議は17日も継続される。

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▲ロシアのプーチン大統領(左)と電話会談するイランのライシ大統領(2024年4月16日、IRNA通信)

 イランの13日夜から14日にかけての攻撃に対し、イスラエル側の被害はほとんどなかった。イスラエルが世界に誇る防空システムのおかげで約300機の無人機、ミサイルをほぼ全て撃墜、1人の少女が負傷しただけに留まったことから、イスラエル側が大規模な報復攻撃は控え、軍事基地や石油生産拠点への限定攻撃に留まるのではないか、という憶測がある一方、「イランの13日の攻撃を受け、イラン国内の核関連施設への攻撃を実施する可能性がある」という情報も聞かれる。

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は16日、「イランの核関連施設への如何なる破壊行動も危険だ」と警告を発している。ちなみに、イランは2015年7月、国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国と核合意を締結し、イランの核開発計画はあくまでも核エネルギーの平和利用と主張してきた。しかし、トランプ米前政権が2018年5月、イランが核合意の背後で核開発を続行しているとして核合意から離脱後、イランは順次に核合意の合意内容を破棄し、IAEAの査察活動を制限する一方、ウラン濃縮活動を加速し、高濃度ウランの増産を進めている。例えば、2023年1月、濃縮ウラン83.7%の痕跡がイラン中部フォルドーの地下ウラン濃縮施設の検査中に発見されている。イラン当局は当時、IAEAに対し、「非常に高いレベルの濃縮は意図しない変動で生じたもの」と弁明してきた(「イラン『濃縮ウラン83・7%』の波紋」2023年3月2日参考)

 イランの核兵器製造を最も恐れているのはイスラエルだ。2002年、イランの秘密核開発計画が暴露されて以来、イスラエルは核関連施設へのサイバー攻撃を実施する一方、核開発計画に関与する核物理学者を暗殺してきた。
 例えば、2010年、「スタックスネット」と呼ばれる、米国とイスラエルが共同開発したコンピュータウイルスが、イランのナタンズのウラン濃縮施設を攻撃した。同サイバー攻撃でイランのウラン濃縮活動は数年間遅れたといわれた。また、2012年にはイランの核科学者、モスタファ・アフマディ=ロシャン氏が、テヘランで車に取り付けられた爆弾で殺害された。また、イラン核計画の中心的人物、核物理学者モフセン・ファクリザデ氏が同じように暗殺された。イラン当局はイスラエル側の仕業と受け取っている(「『イラン核物理学者暗殺事件』の背景」2020年11月29日参考)。

 イスラエルのイラン核関連施設への攻撃を恐れ、イランはナタンツのウラン濃縮関連施設を地下深い場所に移動し、今日まで活動を継続している。イランの核開発計画を外交交渉で解決する道はもはや難しくなってきている。このままいくとイランは近い将来、核兵器を製造し、世界で10番目の核兵器保有国に入るのは時間の問題だ。

 イランが核兵器を所持すれば、イランが軍事支援するパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織「ハマス」、レバノンのイスラム根本主義組織「ヒズボラ」、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派などに核拡散する危険が高まる。イスラエルは国の安全を脅かすイランの核兵器の開発を阻止しなければならないわけだ(イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破した)。

 ちなみに、米空軍は2021年7月23日、新しい「バンカーバスター」のGBU-72 Advanced 5K Penetratorのテストを実施し、成功した。同バンカー・バスターは5000ポンド(約2.27トン)の爆弾でイランの地下核施設を破壊する威力を有している。GBU-72は戦闘機または重爆撃機によって運ばれるように設計されている。

 イスラエルは2009年、米国から小型のバンカーバスター爆弾GBU-28を密かに購入したが、山の奥深くに埋もれているイランのフォルドウ核施設を貫通する能力はないと受け取られてきた。そこでイスラエル側は米国から「バンカーバスター(GBU-72)」を購入したのではないか(「イスラエルのイラン核施設爆破計画」2021年10月23日参考)。

 すなわち、イスラエル側はイランの核関連施設爆破計画を作成済みとみて間違いないだろう。イスラエルがイラン本土を空爆し、核関連施設を爆破した場合、イラン側の報復テロ、国際社会の批判が高まることは必至だ。しかし、イランがイスラエル領土に無人機、ミサイルなどを発射したばかりだ。イスラエル側は自衛権の行使としてイランへ報復攻撃できるチャンスでもある。イスラエルの「イラン核関連施設破壊Xデー」は非常に現実的なシナリオだ。

「イラン報復攻撃」に関する7ポイント

 21世紀の戦争は単に戦場(正規戦)だけではなく、情報工作など(非正規戦)が大きな役割を果たす。通称「ハイブリッド戦略」だ。軍部広報担当者の仕事はその意味で非常に重要だ。イランが13日夜から14日にかけ300機を超える無人機やミサイルをイスラエルに向けて発射した直後、イスラエル国防軍(IDF)のハガリ報道官はカメラの前に立って、「わが軍の防空システムがイランからの無人機などをほぼ全て撃ち落とした。その的中率は99%だ」と笑顔を見せながら説明、IDFが世界に誇る防空システムが如何に優秀であるかを誇示。イランの報復攻撃による被害については、一か所の軍関連施設に被害が出たほか、南部アラドで1人の少女が負傷したと発表し、「負傷した子供の回復を祈る」と述べた。イスラエル側の余裕すら感じさせるブリーフィングだった。

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▲イランのライシ大統領は「イスラム革命防衛隊(IRGC)の戦士たちがドローンとミサイルの運用でシオニスト政権に『忘れられない教訓』を与えた」と表明した(2024年4月14日、IRNA通信から)

 一方、イラン国営IRNA通信によると、「イラン革命防衛隊」(IRGC)のホセイン・サラミ少将は「報復攻撃は予想以上に成功した」と発表した。イランのアミール・アブドラヒアン外相は「イスラエルが攻撃をしたならば、わが国は更に厳しく対応する用意がある」と強硬姿勢を見せた。いずれにしても、14日のIRNA通信はイラン側の報復攻撃の成果を誇示する内容で溢れていた。

 イラン側の政府・外交担当者の発言の中で、「本音が出ているな」と思ったのは在ニューヨーク国連機関のイラン代表部の「イランの軍事攻撃は国連憲章が明記している自衛権に基づくものだ。今回の攻撃でわが国の報復攻撃は終結する」と表明したコメントだ。イスラエルが今月1日、シリアの首都ダマスカスのイラン大使館を空爆したことを受け、イスラエルに報復攻撃をすると内外に宣言してきた。そのため、報復攻撃は必ず実行されなければならなかった。一種の必修科目だった。ただし、中東の軍事強国イスラエルとの正面衝突は可能な限り避けたいのがイラン側の偽りのない事情だろう。

 今回は、イラン側の報復攻撃に対する捉え方とその評価についてIRNA通信の報道から紹介したい。「イランは、4月初めのシリアのイラン総領事館に対するイスラエル政権による攻撃に対抗し、13日にイスラエルの標的へ報復攻撃を開始した。イスラエル政権を懲罰するイランの軍事行動に関しては7つのポイントがあり、大規模作戦のさまざまな側面を浮き彫りにしている」と指摘、イラン側のイスラエルへの報復攻撃の意義とその評価について解説している。

 .ぅ薀鵑旅況發魯ぅ好薀犇ο孫颪肇ぅ好薀┘訐権との最初の直接対決だった。これは歴史問題を考える上で非常に重要な点だ。占領地の奥深くへの効果的な攻撃は、1967年以来イスラム諸国の果たせなかった夢だったが、この地域の抵抗運動の発祥地による努力のおかげで、それが実現した。史上初めて、イラン航空機がこの聖地の上空でアル・アクサ・モスクの敵を攻撃した。

 ▲瀬泪好スにあるわが国(イラン)の外交施設へのイスラエルの侵略に対するイランの軍事行動は、侵略者を処罰するというイスラム共和国の約束の履行を示したことにある。イラン攻撃は、イスラエルのネタニヤフ首相がイラン外交使節団への攻撃を通じて、ガザでの政権の大敗による圧力から逃れ、勝利を偽装するために断片化したシオニスト世論の注目を集めようと腐心してきた時期に起きた。

 イスラム共和国によるイスラエル陣地への攻撃は、10月7日のパレスチナの「アル・アクサの嵐」作戦に続く、イスラエル政権に対する2度目の戦略的攻撃だ。「アル・アクサの嵐」作戦は、パレスチナ抵抗勢力の人気を高めた。イスラム共和国の約束履行を示す軍事行動も、地域におけるイランに対する国民の支持を高めるのに大きく役立つだろう。

 ぅぅ薀鵑侶鎧作戦はイスラエル政権とその同盟国の防衛システムによって鎮圧されるだろうという憶測があった。しかし、イランの無人機とミサイルは所定の軍事目標に命中し、米国と英国の防衛システムが機能しなかったことを多数の画像が証明した。作戦の規模、正確さ、戦略的計画は、シオニストに衝撃と驚きを与えた。
 
 ゥぅ薀鵑ら占領地への懲罰作戦は、広大な地理的地域(出発点と目的地)を網羅して実施され、イランがいかなる状況にも完全に対応できる準備が整っていることを明確に示した。

 Ε潺汽ぅ襪般疑裕,占領地に到達する数時間前に、イスラエルに対するハイブリッド作戦の開始に関する革命防衛隊の早期発表は、イランの準備、自信、確信のレベルを示した。シオニストへの処罰とイスラム国家の内部強化に成功した。

 Э百発のミサイルや無人機の集中的攻撃は、イスラエル側が反撃を開始したとしても壊滅的な打撃を受ける結果となることを認識させただろう。

 戦争時の広報は多くはプロパガンダだ。だから、それを聞き、読む者は流れてくる情報の真偽を慎重に分析しなればならない。IRNA通信の「報復攻撃の7つのポイント」の内容は、イスラエル側の広報とは違い、余裕はなく、一方的な思い込みや願いを事実のごとく解釈する傾向がみられる。それでも、イラン側の事情を知る上で役立つ。特に、,魯ぅ薀鵑魎泙爛ぅ好薀狃国の潜在的な願いを理解させる。

イスラエル「イラン核施設」へ空爆も 

 イランが13日夜(現地時間)、イスラエルに向けて数百機の無人機、ミサイルを発射した。イスラエル側からの報道によると、防空システム「アロー」がほぼ全ての無人機を撃ち落としたという(イスラエル軍の発表では的中率は99%)。軍事施設の一部が破壊されたほか、一人の子供が負傷したという。

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▲テルノフ空軍基地を視察したネタニヤフ首相(2024年4月11日、イスラエル首相府公式サイトから)

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▲イラン革命防衛隊のホセイン・サラミ少将「報復攻撃は予想以上に成功した」(2024年4月14日、IRNA通信から)

 「真の約束」と呼ばれるイランの今回の軍事攻撃は、今月1日、イスラエル空軍の在シリアのイラン大使館への爆発攻撃に対する報復という。同攻撃で「イラン革命防衛隊」(IRG)の准将2人と隊員5人が犠牲となった。イラン国連代表部13日、「イランの軍事攻撃は国連憲章が明記している自衛権に基づくものだ。今回の攻撃でわが国の報復攻撃は終結する」と表明している。

 一方、イスラエルのガラント国防相は「イランが本土からわが国を攻撃した場合、わが国は必ず報復する」とイラン側に警告を発している。バイデン米大統領はイスラエルの防衛に責任を持つと表明する一方、イスラエル側にイランへの報復攻撃には慎重を呼び掛けている。グテレス国連事務総長は「世界は新たに戦争する余裕はない」と指摘し、イランとイスラエル両国に対して戦争のエスカレートを避けるように求めている。

 以上、外電から14日午前までのイスラエルとイラン間の戦闘状況を整理した。イランが報復攻撃を継続するのか、イスラエル側がイラン本土への報復攻撃に乗り出すのか現時点では不明だが、一つ懸念事項がある。イスラエルがイランの核関連施設の攻撃に乗り出すのではないかということだ。

 イランは核開発を継続し、核兵器製造用の濃縮ウラン製造を進めている。国際原子力機関(IAEA)の最新報告書によれば、イランは核兵器用濃縮ウランを増産している。IAEAとイラン間の核合意はほぼ失効している。すなわち、イランは近い将来、核兵器を製造し、世界で10番目の核兵器保有国に入るのはもはや時間の問題と見られている。

 イスラエルはイランの核開発を警戒してきたから、イランが核兵器を製造するのを黙認しないだろう。核交渉ではイランの核計画をストップできないことは明らかになった。イスラエルは過去、イラン核計画の中心的人物、核物理学者モフセン・ファクリザデ氏など核開発に従事していた核物理学者を次々と暗殺する一方、核関連施設へのサイバー攻撃などを行ってきたが、十分ではなかった。そこで考えられるシナリオは、イラン中部ナタンツ、フォルドウなどの核濃縮ウラン施設やイスファハンの核施設を攻撃することだ。イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破したことがある(「『イラン核物理学者暗殺事件』」の背景」2020年11月29日参考)。

 イスラエルは絶好のチャンスを得た。イランがイスラエル本土に向けて軍事攻撃を行ったことから、イスラエル側は自衛権の行使という理由でイランの核関連施設に軍事攻撃ができるからだ。放射能が外部に漏れる危険性は排除できないが、イランの核開発をストップできる機会だ。一方、イラン側はこれまで核兵器を製造する考えはないと世界に向かって表明してきた。それだけに、イスラエル側のイラン核関連施設への攻撃の被害状況を公表しにくいだろう。

 イランの報復攻撃「真の約束」は国民や同盟国に向かって表明してきただけに必ず実行しなければならなかったが、イスラエルとの正面衝突は避けたいというのが本音だろう。換言すれば、イランはイスラエルの戦略にまんまと嵌ってしまったわけだ。

 イスラエル側は在シリアのイラン大使館内でイスラム革命部隊の幹部たちがガザ攻撃について作戦を練っていたことをキャッチし、そこで空爆した。イスラエル側にとってイラン大使館破壊は自衛権の行使ということになる。そしてイラン側が今回、自国大使館への攻撃に激怒し、本土からイスラエルへ攻撃するだろうと読んでいたのではないか。バイデン米政権もイスラエル側の意図を知っているはずだ。米国にとってもイランの核開発をストップすることは大きな課題だ。

 イスラエル側の計算通りに事が進むか、予想外の出来事が起きて、中東全域に戦争が拡散するかもしれない。世界は大きな分岐点に対峙している。

IRNA通信の「イスラエル経済解説」

 イスラエル空軍は1日、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館を空爆し、そこにいた「イラン革命防衛隊」(IRG)の准将2人と隊員5人を殺害した。これを受け、イラン最高指導者ハメネイ師は2日、イスラエルに対して報復を表明、軍は厳戒体制を敷いている。それ以来、イラン国営IRNA通信は激しいイスラエル批判を展開し、明日でもイスラエルとの戦闘が始まるような緊迫感が漂っている。

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▲IRNA通信が作成したイスラエル通貨シェケルの下落動向(同通信2024年04月07日から)

 もちろん、イスラエルを「宿敵」とするイラン当局の反イスラエル路線は今始まったわけではない。冷静な読者ならば、IRG司令官の英雄、カセム・ソレイマニ将軍が2020年1月、バクダッド国際空港近くで米無人機の攻撃で殺害された時、イラン全土で追悼集会が開催され、イラン当局が米国に対して報復を宣言した時を思い出すかもしれない。

 イラン当局は当時、米国批判を高め、直ぐにも対米戦争を始めるのではないかといった雰囲気があったが、さすがに世界最強国米国と一戦を交えるほどの軍事力がないことを知っていたから、対米戦争宣言は避けた。今回もイスラエルを批判するが、イラクかシリアからミサイルをイスラエルに向けて数発撃ちこんでメンツを保つのではないか。イラン聖職者政権は今年2月、イラン革命45周年を祝ったが、中東の軍事強国イスラエルとの正面衝突は躊躇せざるを得ないからだ。

 そのように考えていた時、イランIRNA国営通信が7日、「ガザ紛争でイスラエル経済が危機に陥っている」という経済記事をグラフを付けて報じたのだ。記事のタイトルはIsraeli-economy-continues-to-suffer-as-Gaza-war-drags-onだ。

 IRNA通信は「公式統計と報告書によると、イスラエルの国民経済は巨額の損失を被り、通貨シェケルの対米ドルレートが過去8年間で最低水準に達している。パレスチナのハマス抵抗運動がイスラエル占領地南部で前例のないアル・アクサ嵐作戦を開始した10月7日、シェケルは3%以上下落して3.96ドルに達し、イスラエル中央銀行は通貨変動に対処するために最大450億シェケル(114億ドル)の支出を余儀なくされた」と報じている。IRNA通信は「これはブルームバーグに語った元イスラエル中央銀行総裁カーニット・フルーグ氏の発言だ」とわざわざ断っている。イラン側のイスラエル経済への批判的解説記事だ。

 もう少し、IRNA通信のイスラエル経済記事を紹介する。

 「イスラエル中央統計局の公式統計によると、2023年第4四半期の国内総生産(GDP)が19.4%減少した。そして今年2月初旬、ムーディーズ機関はイスラエルの信用格付けをA1からA2に引き下げ、ガザ戦争による政権への重大な政治的・財政的リスクを理由に、信用見通しはマイナスとなっている。政府がガザ戦争のためにタマル・ガス田の操業を一時停止したため、エネルギー、観光、雇用、テクノロジーもすべて打撃を受けた。また、ガザからの報復ロケット弾とミサイル攻撃を受けて、ベングリオン空港の便が80%減少するなど、イスラエルを発着する外国航空便が大幅に減少している。これは観光客の減少によるもので、公式統計では昨年10月以降、観光収入が76%減少したことが記録されている。イスラエルのハポアリム銀行は、ガザ戦争の費用を見積もるのは時期尚早だと考えている。しかし、観測筋や経済アナリストらは、その代償は大きく、経済への影響は過去のどの戦争よりもはるかに苦痛であり、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響よりもさらに深刻だと考えている」

 当方はIRNA通信(英語版)を定期的に読んでいるが、イスラエル経済について上記のような解説記事に過去、読んだことがない。敵国イスラエルの国民経済の通貨危機を報じれば、「それではイラン経済はどうか」といったごく当然の質問が飛び出す懸念もあったからだろう。そしてイランの経済は残念ながらイスラエルの国民経済より厳しい。イスラエル経済はガザ戦争で大きな負担を背負っていることは間違いないが、聖職者支配政権のイランの国民経済は構造的な欠陥を抱えているのだ。

 イランの国民経済は厳しい。イランの通貨イラン・リアルの対ドル為替レートの下落に歯止めがかからない。インフレ率も久しく50%を上回ってきた。その一方イラン当局はパレスチナ自治区ガザのハマス、レバノンのイスラム根本主義組織ヒズボラ、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派へ武器、軍事支援をし、シリアの内戦時にはロシアと共にアサド政権を擁護するなど、多くの財源を軍事活動に投入している。

 イランでは若い青年層の失業率が高く、多くの国民は「明日はよくなる」という思いが持てない。特に、ソーシャルネットワークで育った若者は、イスラム革命のイデオロギーに共感することは少ない。聖職者統治政権と国民の間の溝は更に深まっている(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。

 汝の敵を知れ、という狙いからIRNA通信は今回、イスラエルの国民経済の現状に目を向けて、それを厳しく批判したわけだ。次回はイランの国民経済の現状に対して客観的に分析する記事を配信してほしいものだ。

イランで選挙後政権と国民の溝深まる

 イランで1日、議会選挙(定数290、任期4年)と最高指導者任免権を有する専門家評議会選(定数88人)が実施されたが、事前に予想されていた通り、イラン議会選では超保守的な候補者連合がリードしている。国営メディアによると、シーア派学者ハミド・ラサイ氏の「管理委員」リストがテヘランの30議席中18議席を獲得した。他の地域では保守党の支持者が290議席のうち少なくとも156議席を獲得した。

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▲イラン最高指導者ハメネイ師、投票する(2024年03月01日、イラン国営IRNA通信)

 イランの選挙では誰もがサプライズを期待しない。イランの政情が安定しているからではなく、有権者(2023年人口8920万人)の過半数以上が投票場に足を運ぶことに意味を感じなくなっているからだ。

 イラン国営メディアの発表では、イラン全土の投票率は約41%で、首都テヘランでは24%という。実数はそれより低いと受け取られている。「信任投票」と見られている議会選挙での低投票率は現政権にとって願わしくないため、イラン最高指導者ハメネイ師は国民に投票を呼び掛けるなど腐心したが、成果はなかったようだ。

 ちなみに、事前調査によると、首都テヘランでは3月1日に投票に行く人口はわずか8%という結果が報じられた。 2020年の一般投票率はわずか42%で、1979年のイスラム革命以来、最低の数字だったが、今回はそれより下回ることが予想される。

 4年に1回の議会選挙だが、国民の過半数以上が選挙を棄権するということは、国民の政治への関心が想像以上に少ないことを物語っている。選挙で政情が改善し、生活が良くなると希望を持つ国民が少ないからだろう。

 今回の議会選には1万5000人が立候補を申請したが、12人のイスラム聖職者と弁護士から構成された超保守的な「守護評議会」は、候補者のイデオロギー的資質や現政治制度への忠誠心を事前に調査。その結果、今回は選挙の準備段階で約5000人が立候補できなくなった。ライシ現政権を批判する改革派は立候補出来ない仕組みとなっているわけだ。

 イランの元副大統領モハメド・アリ・アブタヒ氏はドイツ通信(DPA)とのインタビューで、「守護評議会が共和国を解体した。現在、多数の原理主義者が国の運命を握っている。国民は選挙に対する信頼を失っている」と述べている。

 ライシ大統領を代表とした保守聖職者支配政権に対する国民の不信感が強い。22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が2022年9月、イスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去したことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がっていった。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧してきた。

 イラン各地で始まった抗議デモで多数の国民が逮捕され、処刑されてきた。米国を拠点とする組織、人権活動家通信社 (HRANA)の報告によると、合計で約2万人以上が逮捕され、多数が死刑判決を受けている。その中には未成年者71人が含まれる。路上デモに参加した者の中にも既に7人が処刑された。イラン当局は国民の抗議デモの拡大を受け、風紀警察の監視を一時中断したが、抗議デモが静まると再び活動を開始している。

 イランの国民経済は厳しい。多数の国民は厳しい経済事情を抱えている。その一方イラン当局はパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織ハマス、レバノンのイスラム根本主義組織ヒズボラ、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派への武器、軍事支援をし、シリアの内戦時にはロシアと共にアサド政権を擁護するなど、多くの財源を軍事活動に投入している。

 オーストリア国営放送のイラン特派員は一人の中年のイラン男性にインタビューしていたが、同男性は、「政府は自身のためや軍事活動に多くの資金を使うが、国民のためには使わない」と述べていた。イランでは若い青年層の失業率が高く、物価は年率約40%と上昇。多くの国民は「明日はよくなる」といった思いが持てない。特に、ソーシャルネットワークで育った若者は、イスラム革命のイデオロギーに共感することがない。選挙後、聖職者統治政権と国民の間の溝は更に深まることが予想される。

 なお、議会選と同時に実施された「専門家評議会」メンバーの選挙はイランの今後の政情を見る上で重要だ。憲法によれば、専門家評議会はイランの最高職である最高宗教指導者の活動を監督し、同指導者を終身選挙で選出する。現職の最高指導者が職務を遂行できなくなった場合、解任する権限も持っている。イラン当局に厳選された144人が今回立候補し、そのうち88人が選ばれる。

 最高指導者のポストは現在、ホメイニ師の後継者のハメネイ師が務めている。84歳のハメネイ師は健康状態が悪いとみられており、後継者問題は近い将来、大きなテーマだ。後継者の有力候補者には保守派の指導者、ライシ大統領の名が挙がっている。

日本「イラン革命45周年」に祝意を伝達?

 イランは11日、イラン革命45周年を祝う国家的イベントを開催した。イラン国営IRNA通信(英語版)によると、イラン革命を祝うメッセージや祝電が世界からライシ大統領宛てに送られてきているという。その祝意を伝達してきた国名も紹介されていたが、その中に日本も含まれていた。

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▲イラン革命45周年の記念集会(2024年02月11日。、IRNA通信から)

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▲イラン革命45周年を祝賀する国の中に日本も(2024年02月11日、IRNA通信から)

 11日に祝賀メッセージを送った国の中に米国をはじめ西側諸国は含まれていないが、イスラエルに侵攻し、1200人余りのイスラエル国民を虐殺したパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスを軍事的支援するイランに対し、日本が革命45周年を祝うメッセージをテヘランに伝達したということは、ハマスやレバノンのヒスボラなどテロ組織を支援するイラン聖職者主導政権の政治を容認するものだ、と受け取られる可能性が出てくる。

 イランのライシ大統領は11日、首都テヘランのアザディ広場で開かれたイラン革命45周年の記念集会で、「イラン国民は外国勢力への依存ではなく独立を選択した。イラン・イスラム共和国は今日世界で最も独立した国であり、東にも西にも歩調を合わせない立場を維持している。イランは今後も如何なる障害にも負けず前進していく」と強調する一方、宿敵イスラエルのシオニスト政権の打倒を訴えた。

 1979年2月、10日間以上続いたイラン革命は「10日間ファジル(夜明け)」と名付けられ、アザディ広場へのルート沿いには地対地ミサイル「キヤム」が展示されるなど、イランの国威高揚を内外に誇示していた。

 IRNA通信によると、親欧米路線を歩みだしたパーレビ王政を倒した1979年2月のイスラム革命45周年記念集会はイラン全土の1400の都市と3万5000以上の村で同時に開催された。この国家的行事には、国内外から約7300人のメディア関係者が取材したという。

 IRNA通信は、イラン革命45周年の前日、ライシ大統領に送られてきた外国首脳からのメッセージを詳細に紹介し、「2月11日のイランイスラム革命記念日の前夜、イランのエブラヒム・ライシ大統領に祝意が殺到している」と少々大げさに報じている。

 そして祝意を表明した最初の国に日本が挙げられていたのだ。それから韓国、シンガポール、エチオピア、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギスタンが続く。そしてライシ大統領が昨年12月訪問した中国からは「習近平国家主席がライシ氏に宛てたメッセージで革命勝利45周年を祝った」と強調している。そのほか、カザフスタンのトカエフ大統領、カタール首長、副首長、外相らの名前も挙がっている。また、アゼルバイジャンのアリエフ大統領、サウジアラビアからはサルマン国王とムハンマド皇太子、ベラルーシのルカシェンコ大統領らの国家元首たちの名前が列挙され、それぞれ「ライシ大統領へのメッセージの中でイスラム革命勝利記念日を祝った」と報じている。

 ところで、イランはハマスだけではなく、レバノンのヒズボラ、イエメンの反政府武装組織フーシ派などイスラム過激テロ組織を軍事的、経済的に支援し、シリア内戦ではアサド独裁政権をロシアと共に軍事支援してきた国だ。そしてライシ大統領はそれらの活動をイラン革命45周年の成果として言及する一方、イスラエル壊滅を呼び掛けているのだ。そのイランの革命45周年に祝意を伝えるということは、イランの過去45年間の政治・軍事活動の成果を少なくとも容認する立場になる。イランはサウジ、アラブ首長国連邦と共に日本にとって重要な石油供給国だが、イラン革命への祝意伝達はその国の世界観、価値観などを容認することになるのだ。

 イランでは22歳のクルド系女性マーサー・アミニさんが宗教警察官に頭のスカーフから髪が出ているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、死亡が確認された事件がイラン全土で女性の抗議デモへと展開したことはまだ記憶に新しい。イランでは「女性の権利」が蹂躙されているだけではなく、「言論の自由」は保障されていない。

 イランの企業は80%が国有企業だ。経済の大部分は、政府、宗教団体、軍事コングロマリット(複合企業)によって支配され、純粋な民間企業はほとんど存在しない。例えば、最高指導者ハメネイ師が管理するセタードは数十億ドル規模のコングロマリットを率いて中心的な役割を果たしている。ハメネイ師の経済帝国は、重要な石油産業から電気通信、金融、医療に至るまで、経済の他の多くの分野をその管理下に置いている。一方、ハメネイ師の支持を得て 大統領に選出された強硬派のライシ大統領はイラン最大の土地所有者の経済財団を主導している、といった具合だ(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。

 なお、欧州連合(EU)や米国は、イランでの重大な人権侵害を批判し、関係者に制裁措置をとっている。イランがウクライナ戦争でドローン(無人機)をロシアに供与していることに対しても追加制裁を科している。

 看過できない点は、イランの核開発問題だ。ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は昨年末、イランが高濃縮ウランの増産に乗り出していると報告したばかりだ。欧米社会が結束してイランの核開発に警告を発している時、イラン革命45周年に祝意を伝えた日本の外交はどこに目を向けているのだろうか。

イラン革命後の最悪のテロ事件

 イラン南東部ケルマン市で3日、2回の大規模な爆発テロが発生し、少なくとも84人が死亡、284人が負傷するというイスラム革命後、イランの45年間の歴史で最悪のテロ事件となった。現地の情報では、2回の爆発で少なくとも1回は自爆テロだったという。そして4日午後(現地時間)、スンニ派イスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)がプロパガンダチャンネルを通じて犯行を声明した。それによると、イラン革命防衛隊(IRG)司令官だったカセム・ソレイマニ将軍の命日である1月3日の追悼行事中に、2人の戦士が爆発ベルトを爆発させたというのだ。イランは4日、全国規模で「犠牲者追悼の日」を挙行し、イランの在外公館は半旗を掲げた。

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▲ケルマン市の爆発テロ現場(2024年1月4日、IRNA通信から)

 このコラム欄で前日報じたが、イラン当局はテロ勃発直後、誰の犯行かを曖昧にし、「イラン国家の邪悪で犯罪的な敵が再び悲劇を引き起こし、多数の人々が殉教した。加害者は間違いなく正当な処罰の対象となり、彼らが引き起こした悲劇に対して厳しい対応を受けるだろう」(イラン最高指導者ハメネイ師)、「間違いなく、この卑劣な行為の犯人と首謀者は間もなく特定され、有能な治安部隊と法執行部隊によって裁かれるだろう」(ライシ大統領)と警告を発するだけに終わっていた。

 イランでは国内で不祥事や反体制デモ集会が行われる度に、イラン当局は、「事件の背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張し、糾弾するのが常だった。それだけに、イランの指導者2人が爆発テロ直後、米国やイスラエルを批判せずに、警告を発するだけに止めていたことは奇妙だったわけだ。IS側が「ケルマン市爆発テロはわれわれが行った」という犯行声明を出すまではハメネイ師は爆発テロの責任の所在を明確にすることを避けていたわけだ。

 もちろん、ハメネイ師やライシ大統領の周辺からは「米国とイスラエルの仕業」といった従来の批判の声はあった。例えば、イラン大統領顧問モハマド・ジャムシディ氏はX(旧ツイッター)で、「この犯罪の責任は米国とシオニスト政権にあり、テロは手段に過ぎない」と述べている。また、イラン革命防衛隊コッズ部隊のイスマイル・ガアニ現司令官は、「ケルマンの市民が米国とシオニスト政権の血に飢えた人々によって攻撃された」と述べた。これらの批判は政権のプロパガンダに過ぎないわけだ。

 ISのテロ事件はイランでは既に経験済みだ。2022年10月、ISはイラン南部都市シラーズにあるシーア派寺院襲撃事件の犯行声明を出した。同テロ事件では十数人が死亡した。イラン司法当局はイランが攻撃の責任を負ったアフガニスタン国籍を持つ男性2人を公開処刑した。ISはまた、2017年にイラン国会議事堂とイスラム共和国建国者ホメイニ師の墓に対する2件の爆破事件を起こしている。

 ISはスンニ派のイスラム過激派テロ組織だ。そしてイランはシーア派の盟主だ。そのISがイラン国内でイランの英雄ソレイマニ司令官の命日にテロを行ったということになる。ISのイランへの挑戦だ。換言すれば、イスラム教のスンニ派とシーア派の宗派間争いという構図が浮かび上がってくるのだ。ISはイランの大半を占めるシーア派住民をイスラム教からの背教者とみなし、彼らを軽蔑している。ISの分派は隣国のアフガニスタンで活動しており、パキスタン近くのホラサンに拠点を置いている。通称「イスラム国ホラサン州」(ISKP)と呼ばれている。

 一方、イランはスンニ派の盟主サウジアラビアと接近している時であり、イスラエルのガザ戦争ではハマスを支援するイランはアラブ・イスラム教国を結束させて反イスラエル包囲網を構築している矢先だ。それだけに、ISのテロはタイミングが悪い。ISは同じスンニ派のハマス指導部に対し、「シーア派組織(イラン系)とは余り関係を深めないように」と警告を発しているのだ。

 参考までに、ISKPの台頭はイランや中東地域だけではなく、欧州でも警戒を要する。彼らはユダヤ人とキリスト教徒に対する世界的な攻撃を呼びかけているからだ(「『イスラム国』分派が欧州でテロ工作か」2023年12月27日参考)。

 英国のキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は「ISKPは現在最も活発なテログループであり、その起源はアフガニスタンで、最も過激で暴力的なジハーディスト(イスラム聖戦主義者)武装集団だ。おそらく現在、西側諸国で大規模なテロ攻撃を実行できる唯一のIS分派だ」と説明している。

 なお、イラン当局がケルマン市の爆発テロ直後に取った最初の対応は対アフガン、対パキスタン国境線の警備強化だったという。イランがISKPの侵入を恐れていることが良く分かる。
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