ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

イラン

イラン「濃縮ウラン83.7%」の波紋

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は2月28日、イランの核関連施設で濃縮ウラン83.7%が発見されたことを確認した。兵器用濃縮ウラン90%までもはや手の届くところまできていることから、IAEAはイランの核開発計画の現状に警鐘を鳴らしている。

170216585
▲アミール・アブドラヒアン外相「イランの核開発は平和目的」(IRNA通信、2023年2月28日)

 IAEAの最新イラン報告書によると、「濃縮ウラン83.7%の痕跡は、今年1月、イラン中部フォルドーの地下ウラン濃縮施設の検査中に発見された」という。イラン当局はIAEAに対し「非常に高いレベルの濃縮は意図しない変動で生じたもの」と弁明しているという。イランのアミラブドラヒアン外相は2月27日、グロッシ事務局長を近日中にテヘランに招き、協議する予定だと明らかにした。今月6日から開催されるIAEA定例理事会(理事国35カ国)でイランの核問題が大きなテーマとなることは必至だ。

 報告書によると、イランは濃縮ウラン20%のウランを約435キログラム保有しており、昨年11月の前回報告書のときより48キロ増えている。ウラン60%の在庫は25キロ増え、現在88キロ近くある。グロッシ事務局長は「濃縮活動が進めば、イランはいくつかの核兵器に十分な濃縮ウランを持つことになる」と指摘してきたが、今回、83.7%濃縮ウランが検出されたことで、イランの核兵器製造という悪夢は現実化してきている。

 イランは2015年7月、国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国と核合意を締結し、イランの核開発計画があくまでも核エネルギーの平和利用と主張してきた。イランの核合意の代わりに、制裁を解除することになっていた。しかし、トランプ米前政権は2018年5月、イランが核合意の背後で核開発を続行しているとして核合意から離脱。それ以来、イランは順次に核合意で締結した合意内容を破棄してきた。

 イランは19年5月以来、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4.5%を超えるなど、核合意に違反した。19年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。20年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR−1」に代わって、新型遠心分離機「IR−2m」に連結した3つのカスケードを設置する計画を明らかにした。

 そして、21年1月1日、同国中部のフォルドウのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。4月に入り、同国中部ナタンツの濃縮関連施設でウラン濃縮度が60%を超えていたことがIAEA報告書で明らかになっている。なお、イラン議会は20年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決した。そして今回、ウラン濃縮83.7%の製造だ。

 また、イランはIAEAの査察を制限し、未申告の核関連施設から検証された核物質について、IAEA査察官のアクセスを拒否してきた。欧米側はイランとの核合意の再建のためにイランと交渉を再開したが、ここ数カ月間、交渉は停止状態だ。イランの核開発計画は核拡散防止条約(NPT)など国際条約の違反であり、国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)への明らかな違反だ。

 ブリンケン米国務長官は1月29日、訪問中にアル・アラビヤ放送とのインタビューで、「イランには核合意に戻るチャンスがあったが、それを拒否した。イランの核問題では、全ての選択肢がテーブルの上にある」と語り、軍事的オプションをもはや排除しない考えを強調した。

 一方、イランの核武装化を恐れるイスラエルは、「テヘランが核兵器を保有することは絶対に容認されない」と指摘、必要ならばイランの核関連施設を空爆すると警告してきた。イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破したことがある。同時に、イランで過去、同国の核開発計画に参加してきた核物理学者が射殺や爆死されてきたが、その背後にはイスラエルのモサドの工作があったといわれている。

 現在、核保有国は米、英、仏、ロシア、中国、インド、パキスタン、イスラエル、それに北朝鮮だが、10番目の核保有国として最短距離にいるのはイランと受け取られている。イランの核兵器を最も恐れているのは宿敵イスラエルだが、スンニ派の盟主サウジアラビアもイラン(シーア派)の核兵器開発をただ静観していることはないはずだ。同じことが、エジプトにもいえる。イランの核兵器製造は中東・アラブ諸国に大きな波紋を投じることは必至だ。

 なお、イランのIRNA通信によると、イランのアミール・アブドラヒアン外相は先月28日、軍縮会議のハイレベル・セグメントで、「JCPOAの現在の状況は、米国の政策の誤算と誤りの結果だ」と述べる一方、「イランの核計画は完全に平和的であり、それは永遠に変わらない。イランは包括的保障措置協定の下での義務に完全にコミットし続ける」と強調。同時に、「わが国に対し、次期IAEA理事会で賢明でない決定が下された場合、対抗措置を取る用意がある」と警告している。

中・イランは「収益性高い価値連鎖」?

 共産主義は「宗教はアヘン」と主張してきた。中国共産党政権も例外ではない。ただ、習近平国家主席は宗教を完全には抹殺できないことを知っているので、「宗教の中国化」に腐心している。一方、イランでは1978年、79年のイスラム革命を通じて欧米社会に傾斜していたパフラヴィー朝が打倒され、イスラム法を国是とした現在のイラン聖職者政権が誕生した。その両国は今日、「友好関係は深まり、相互信頼に値する真のパートナー」(イランのライシ大統領)となっているのだ。

170190917
▲訪中したライシ大統領を迎える習近平国家主席(IRNA通信、2023年2月14日)

170190053
▲ライシ大統領、訪中2日目の15日、北京の東四清真寺(モスク)を訪問し、演説する(IRNA通信、2023年2月15日)

 思想的にみれば、中国共産党政権は無神論国家であり、イランはイスラム教国(シーア派)だ。水と油の関係のようにみえるが、現実の政治の世界では両国は「真のパートナー」だという。

 イランのライシ大統領は14日から3日間の日程で習近平主席の招きを受け北京を訪問し、16日、テヘランのメヘラーバード国際空港に帰国したばかりだ。イラン大統領の中国訪問は20年ぶりだった。ちなみに、習近平主席は2016年1月23日、テヘランを訪問し、最高指導者ハメネイ師と会談し、両国間の25年間の「戦略的協定」を締結するなど、中国とイラン間の関係の土台を構築している。今回のライシ大統領の訪中はその「戦略的協定」の更なる推進を確認する目的があった。

 もう少し説明すれば、両国の核心的利益を双方が支持表明し、連帯を示す狙いがあったはずだ。イランにとっては、国連安保理常任理事国5カ国とドイツを加えたイラン核合意(共同包括的行動計画=JCPOA)の再建と制裁解除、国民経済が厳しいイランへの北京からの貿易、農業、インフラなどの経済支援だ。一方、中国にとっては、台湾問題で「一つの中国原則」の確認、エネルギー問題のほか、人権問題に対する欧米側の批判への共同防衛体制の強化だろう。

 習近平主席は14日、ライシ大統領との首脳会談の中で、女性のスカーフ着用問題で大規模な抗議デモに直面するイランに対し「如何なる外部勢力もイランの内政に干渉し、安全や安定を損なうことに強く反対する」とエールを送っている。中国とイランを結ぶもっと強い絆は「反米」だ。換言すれば、「共通の敵」が中国とイラン両国をパートナーにしているわけだ。

 興味深い点は、ライシ大統領は15日、北京の東四清真寺(モスク)でイスラム教徒を前に演説していることだ。同師は「米国はタクフィリテロリスト(ムスリム同盟団の反主流派組織)を形成することで、西アジアの政治を不安定化させようとしている」と米国を批判し、「イランに対する米国の敵意は、イスラム共和国が独立国であるためだ。しかし、イランは以前よりも強くなった」と付け加え、イスラム革命後の中国との関係拡大を歓迎し、「両国にはさまざまな分野で関係を発展させる多くの能力がある」と述べている。

 参考までに、米国は中国新疆ウイグル自治区のウイグルへの弾圧・同化政策を「ジェノサイド」と批判しているが、ウイグル人は主にイスラム教徒でスンニ派が多い。イラン(シーア派)にとってはイスラム教の兄弟だ。そのウイグル人を中国共産党政権は弾圧し、強制的に再教育キャンプに送り、同化政策を展開させていることに対し、ライシ大統領は一言も批判らしい声を発していない。そして悪いのは米国であり、タクフィリ勢力だと批判しているだけだ。

 エフサーン・ハーンドージー経済・財務相(「イラン・中国合同経済委員会」イラン代表)は14日、イラン・デイリー紙とのインタビューで、イランと中国両国関係について、「2つの古代文明国は、さまざまな歴史的時期に常に双方にとって好都合なアプローチと戦略を採用してきた。ある日にはシルクロードのような商業ルートで機能し、別の日にはお互いの補完的な経済的および戦略的ニーズを満たしてきた」と描写し、「ライバルと敵の破壊的な作戦がエスカレートしても、両国は潜在的な同盟国となり、互いの発展のコストを効果的に削減できるだけでなく、協力の成功モデルを作成することにより、より広範な協力の中核を形成してきた。収益性の高いバリューチェーン(価値連鎖)の構築につながる」と報じている。なるほど、無神論国家の共産国とイスラム教国の連携は「収益性の高いバリューチェーンの創造」(the creation of profitable value chains)という新しい成功モデルをつくる試みというわけだ。

 なお、テヘランからの情報によると、ライシ大統領は習近平主席をイランに招請、同主席は「都合のいい時期に訪問したい」と答えたという。 

イランが直面する「3つの問題」

 イスラム聖職者支配体制のイランでは現在、3つの問題で国際社会の批判にさらされている。1)イランと国連常任理事国にドイツを加えた6カ国間の締結した「核合意」の再建交渉、2)イラン革命防衛隊(IRG)の「テロ組織」問題、3)そして昨年9月16日に死去した22歳の女性に関連したスカーフ着用問題だ。いずれも相互関連しているテーマだが、ロシアのウクライナ侵略で世界の関心がウクライナに集中している中、「イランの問題」は正念場を迎えている。以下、イランの「3つの問題」の近況をまとめた。

170123254
▲IRGを「テロ組織」に指定する動きを見せるEUに警告するイランのホセイン・アミール・アアブドゥラヒヤーン外相(2023年1月29日、IRNA通信から)

1)「イランの核合意」の再建問題

 アントニー・ブリンケン米国務長官は29日、訪問中にアル・アラビヤ放送とのインタビューで、「イランには核合意に戻るチャンスがあったが、それを拒否した。イランの核問題では、全ての選択肢がテーブルの上にある」と語り、軍事的オプションをもはや排除しない考えを強調した。イランの核武装化を恐れるイスラエルは、「テヘランが核兵器を保有することは絶対に容認されない」と指摘、必要ならばイランの核関連施設を空爆すると警告してきたが、バイデン米政府はここにきてイスラエルの政策に同調してきたわけだ。

 イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破したことがある。国営イラン放送によると、中部イスファハンの軍需工場で1月29日、爆発があった。イスラエル側の工作の可能性が囁かれている。イランでは過去、核開発計画に関与する数人の核物理学者が射殺されたり、爆死している。イラン側は「イスラエルの仕業」と受け取っている。イスラエル側の情報では、イランの核兵器の製造は差し迫っているという。

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の「イラン核報告書」によると、イランの濃縮ウラン貯蔵量はイラン核合意で定められた上限202・8kgをはるかに超え、濃縮度20%の高濃縮ウランの量は238・4kg、60%以上は43・1kgと推定されている。核兵器用に必要な濃縮ウランは濃縮度90%だ。濃縮度20%を超えれば、90%までは技術的に大きな問題はないといわれている。イランの核開発計画は核拡散防止条約(NPT)など国際条約の違反であり、国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)への明らかな違反だ。イランはまた、未申告の核関連施設から検証された核物質について、IAEA査察官のアクセスを拒否するなど、イランとの核合意の再建交渉は膠着状況だ。

2)「イラン革命防衛隊」(IRG)のテロ組織の指定問題

 英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)は29日、欧州連合(EU)がイランの精鋭部隊IRGのテロ組織指定を検討していると報じた。米国は2019年4月にIRGをテロ組織に指定している。イランはイラク、シリア、レバノン、イエメンなどでさまざまなテロ活動を支援したり、実行してきている。その中核はIRGだ。

 パレスチナのハマスはイスラエルにミサイルを発射するが、そのミサイルはイラン側の支援によるものだ。シリア内戦では守勢だったアサド政権をロシアと共に支え、反体制派勢力やイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を駆逐。イエメンではイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」を支援し、親サウジ政権の打倒を図る一方、モザイク国家と呼ばれ、キリスト教マロン派、スンニ派、シーア派3宗派が共存してきたレバノンには、イランの軍事支援を受けたシーア派武装組織ヒズボラがいる、といった具合だ。

 なお、イランの企業は80%が国有企業だ。経済の大部分は、政府、宗教団体、軍事コングロマリット(複合企業)によって支配されており、純粋な民間企業はほとんど存在しない。看過できない事実は、IRGはイランでは大きな経済勢力であり、その影響力は過小評価できない。マフムード・アフマディネジャド前大統領の下で著しく成長した。ライシ大統領の下で、さらに多くの経済プロジェクトが彼らの所管に入ってきている。IRGは石油とガス産業、建設と銀行だけでなく、農業と重工業にも食い込んでいるコングロマリットを所有している。豊かな資金源を背景に、テロ活動を実施している。

3)「反体制抗議デモ」の動向

 イラン各地で始まった抗議デモで少なくとも527人が死亡した。米国を拠点とする組織、人権活動家通信社 (HRANA)の報告によると、その中には未成年者が71人、警察やその他の治安機関の職員が70人含まれている。合計で約2万人が逮捕され、そのうち100人以上が死刑判決を受けている。既に数人のデモ参加者が処刑された。

 イスラム共和国での抗議行動は 昨年9月中旬に始まった。引き金は、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさんの死だ。宗教警察は、ヘッドスカーフ着用の強制規則に従わなかったとしてアメニさんを逮捕した。彼女は9月16日に警察の拘留中に死亡した。それ以来、政府の抑圧的な方針とイスラムの統治体制に反対するデモがイラン各地で続いている。

 それに対し、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は、「わが国を混乱させている抗議デモの背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張。革命防衛隊や警察当局は、「われわれは国内の抗議行動と戦う準備が出来ている」と戦闘意欲を誇示し、「イスラム共和国の敵の悪魔的な計画を破壊する」と檄を飛ばし、強権で抗議デモを鎮圧する姿勢を崩していない。

 イラン各地で連日続く抗議デモは現在、女性の権利やスカーフ着用問題にとどまらず、イスラム革命以来続くイスラム聖職者による支配体制のチェンジを要求してきている。米国やEUはイラン当局に対し経済・金融制裁を実施しているが、イラン当局は強権でこの危機を突破する考えを変えていない。同時に、ウクライナ戦争ではロシアに軍事用ドローンを提供し、ロシアを軍事的に支援している。

イラン現体制打倒を目指すデモ拡大

 イスラム聖職者支配体制に抗議するデモがイラン全土で広がる一方、イラン当局はデモ参加者を拘束し、極刑の死刑判決を下すなどで強権を行使している。イランには「革命裁判所」と通常の裁判所があるが、前者は神に反する言動、公共秩序の破壊行為を扱う裁判所だ。抗議デモ参加者は前者の裁判所で判決を受ける。被告人弁護士の不在の場合もある。被告者は控訴できるが、昨年9月中旬から始まった抗議デモでこれまで4人の抗議デモ参加者が処刑されている。

170099064
▲IRGCのホセイン・サラミ最高司令官(IRNA通信、2023年1月10日)

 イランからの情報によると、今年1月7日、新たに2人の男性が処刑された。2人は昨年11月の反体制抗議行動中に治安部隊メンバーの死亡の責任があるとして告発されていた。イランでは昨年12月、2人のデモ参加者が処刑され、国際的な怒りを引き起こしたばかりだ。

 国際社会の抗議にもかかわらず、イラン司法は新たに3人のデモ参加者に死刑判決を下した。司法当局のニュースサイト「ミザン・オンライン」が10日報じたところによると、1人のデモ参加者は同国北部の港湾都市Noshahrで有罪判決を受けた。イスラムの法的見解によると、この参加者は「神に対する戦争」(モハレべ)と「地上での腐敗」の罪で起訴された。

 人権団体アムネスティ・インターナショナルの情報によると、イランでは少なくとも 26人のデモ参加者が死刑に直面している。イランの首都テヘランで10日、抗議デモ参加者への死刑執行に多くの人々が抗議している。

 そのほか、「ミザン・オンライン」によると、イランで開発支援機関の労働者、41歳のベルギー人のオリヴィエ・ヴァンデカスティール氏は、「外国の諜報機関の利益のためにイラン・イスラム共和国に対するスパイ活動」の罪で合計40年の懲役判決と74回のむち打ちを宣告された。また、新聞「Schargh」によると、1人のスポーツジャーナリストは18年の懲役を言い渡されている。同ジャーナリストは、抗議活動を取材した後、昨年10月下旬に逮捕された。彼は国営スポーツ紙「イラン・ワルセスキ」で働いていた。ニューヨークのジャーナリスト保護委員会(CPJ)によると、イランの抗議デモ関連で既に80人以上のメディア関係者が逮捕されているという。

 イラン当局への抗議デモはイランのクルド系女性マーサー・アミニさん(22歳)が昨年9月13日、テヘランでスカーフをイスラムの服装規定に基づいて着用していなかったとして風紀警察によって拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去したことが報じられたことが発端で、イラン全土で女性の権利などを要求して広がってきた。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧してきた。抗議デモは今月16日で4カ月目を迎える。

 米国に本拠を置く組織、人権活動家通信社 (HRANA) によると、70人の未成年者と約70人の警察と治安部隊を含む500人以上が抗議デモで死亡し、1万9000人以上のデモ参加者が逮捕されている。

 イラン当局は、抗議デモ参加者に対し、死刑判決で脅す一方、イラン検察が昨年12月4日、風紀警察を廃止する意向を表明し、抗議デモを取り締まってきた責任者を解任するなど、国民の抗議デモに譲歩を示し、硬軟両面の対応を繰り返してきている。ライシ大統領は昨年12月3日、テレビで演説し、「私たちの憲法は、強力で不変の価値と原則を有している。しかし、その内容を柔軟に実施する方法はある」と述べ、女性への服装規定について柔軟に解釈する可能性を示唆してきた。

 イランの精神的指導者アリ・ハメネイ師は7日、アフマド・レザ・ラダン将軍をホセイン・アシュタリ氏の後任として警察署長に任命した。ハメネイ師は警察に対し、「能力の向上」と「様々な治安部門の特別部隊の訓練」を命じている。ラダン将軍は、前任者のアシュタリ氏と同様にイランの精鋭部隊「イスラム革命防衛隊」(IRGC)出身者だ。ラダン氏は 2010年 に米国から制裁を受け、後に欧州連合(EU)からも、2009年のイラン大統領選挙後の抗議行動に関連した「人権侵害」で制裁を受けている。

 イラン国営通信IRNAによると、IRGCの最高司令官ホセイン・サラミ少将は10日、シスタン南東部とバルチスタン州の州都であるザヘダンで演説し、「敵は暴動を扇動することによってイランに不和と分裂の種をまこうとしている」と主張し、敵対的な陰謀を断固として阻止する姿勢を改めて強調した。ハメネイ師は、「国内の抗議デモの背後で米国やイスラエルが画策している」と批判してきた。

 なお、イラン出身ドイツ在中のイラン問題専門家、ナタリー・アミリ女史は10日、オーストリア国営放送とのインタビューの中で、「イラン国民は44年間続いてきたイスラム教国家の体制チェンジを願っている。抗議デモは既に4カ月間も続いている。イランの過去のデモは中産階級や学生、労働者を中心としたものだったが、今回は女性が立ち上がり、クルド系の少数民族系の国民と連携しながらデモを行っている。国の民主化はイラン国民の手によってしか実現できないが、ドイツなどEU諸国はイランのIRGCをテロ組織に認定すべきだ」と述べている(米国は2019年4月、IRGCをテロ組織と認定している)。

 なお、未確認情報だが、首都テヘランでは当局への抗議の意思表示として女性の4分の3は現在、スカーフを着用していないという。

イランを怒らせた習近平主席の発言

 一人のイスラム教スンニ派の信者が「ユダヤ教徒やキリスト信者とは何とかやっていけるが、絶対一緒にやりたくない相手はシーア派信者だ」と語ったことがある。イスラム教はスンニ派とシーア派に分かれ、前者は多数派だ。具体的には、アラブの盟主サウジアラビアはスンニ派に属し、その中でも戒律が厳しいワッハーブ派だ。少数派の代表はイランだ。

170026093
▲習近平主席の発言に怒りを吐露するイランのアミラブドラヒアン外相(2022年12月12日、IRNA通信から)

 中国の習近平主席は9日、サウジの首都リヤドで開催された第1回中国・アラブ諸国首脳会談と第1回湾岸協力会議(GCC)首脳会談に出席した。同首脳会談後、公表されたコミュニケによると、アラブ諸国と中国双方は戦略的パートナーの関係を強化することで一致したという。習近平主席は「アラブと中国の新しい歴史が始まった」とその成果を強調した。

 その数日後、イランのテヘランから中国に警告ともいえるニュースが流れてきた。イランのホセイン・アミラブドラヒアン外相は12日、中国政府に対し、イラン・イスラム共和国の領土保全を尊重するよう求めるツイッターを更新した。同外相は中国語で「アブムーサ島、レッサートゥンブ島、グレータートゥンブ島の3つの島(Abu Musa, the Lesser Tunb, and the Greater Tunb)はイランの切り離せない部分であり、永遠に祖国に属する」と書いている。

 何のことかといえば、習近平国家主席が湾岸協力会議(GCC) 加盟国のアラブ指導者とともに声明を発表し、上記の3島の帰属権問題についてイランとアラブ首長国連邦(UAE)両国が協議するよう促したのだ。その後、イランの外相はIRNA通信を通じて「イランの領土保全を尊重するように」と間接的ながら習近平国家主席に抗議したわけだ。

 IRNA通信のイラン外相の発言を読んだとき、先のイスラム教スンニ派信者の話を思い出した。アブラハムから派生したユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3兄弟宗教があるが、イスラム教内のスンニ派とシーア派間の対立はイスラム教とユダヤ教、キリスト教とのそれより根が深いという。

 習近平主席はスンニ派の盟主サウジで戦略的には同盟国のイラン(シーア派)にイランが自国の領土を宣言している3島の帰属権について、紛争中のUAEと協議すべきだと受け取られるような発言をしたわけだ。習近平主席は大国意識もあって仲介役を演じたのかもしれないが、イラン側が気分を悪くするどころか、「習近平、何を言うのか」と怒りが沸き上がっても不思議ではない。

 例えば、イランが自国領土と宣言しているアブムサ島は、ペルシャ湾東部に浮かぶ島でホルムズ海峡入り口付近にある。UAEも領有権を主張している。島は古代からイランの一部であった。20世紀に入ると、イギリスが支配した後、同国は1968年、島の統治権を放棄。その後、イランが同島を再併合したが、UAEとの間で島の主権問題でこれまで紛争してきた経緯がある。

 国営サウジ通信が公表したコミュニケによると、アラブ諸国は台湾をめぐる中国の「一つの中国」原則、香港の統制政策を支持。同時に、人権問題の政治化を拒否することで合意している。例えば、中国では新疆ウイグル自治区のウイグル人弾圧問題、サウジでは同国の反体制ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)殺人事件で国際社会から激しく批判されてきた。サウジは中国共産党政権と同様、人権分野では大きな問題を抱えている。同国は欧米メディアで人権弾圧を糾弾されるたびに「内政干渉」と反論してきた。中東の盟主サウジと中国共産党政権は人権問題では共同戦線を敷く余地があるわけだ。

 中国の王毅外相は昨年3月24日〜30日、6カ国の中東(サウジ、トルコ、イラン、UAE、オマーン、バーレーン)を歴訪し、中国と中東諸国との外交関係強化に動き出してきた。

 中国は過去、中東諸国との外交関係で躊躇してきたのは、それなりの理由がある。サウジを含む中東はイスラム教という宗教が大きな影響を持つ地域であり、人権問題で共同戦線が出来ても、遅かれ早かれ宗教問題で中国共産党政権と衝突する可能性があるためだ。例えば、ウイグル自治区のウイグル人の多くはイスラム教徒(主にスンニ派)だ。そのウイグル人への弾圧を中東諸国はいつまでも黙認できないし、中国共産党政権の宗教政策を批判せざるを得なくなるだろう。ちなみに、トルコは中国から逃げてきたウイグル人を受け入れている。

 そして今回、習近平主席はサウジを訪問し、そこでイランに対し、同国の島の領土問題でUAEと協議するように助言した。同主席にはシーア派のイラン側が中国側の提案をどのように受け取るか、といった配慮が欠けていたわけだ。アブラハムの3大宗教が広がる中東地域での中国の外交の前には、常に「宗教」というハードルが控えている。

風紀警察の解体より「ヒジャプ廃止」を

 イラン検察が4日、風紀警察を廃止する意向を表明した。このニュースはイラン聖職者体制が2カ月半に及ぶ国民の抗議デモに対して譲歩を示したものと歓迎する声が聞かれる一方、同国内務省が正式に発表するまで喜ぶのは時期尚早と警告する意見と共に、「風紀警察を解体するより、女性のヒジャプ着用義務の廃止を決めるべきだ」という声が出ている。

167005977983919700
▲「憲法実行の責任に関する会議」で演説するライシ大統領(2022年12月3日、イラン大統領府公式サイトから)

 イランのクルド系女性マーサー・アミニさん(22歳)が9月13日、テヘランでスカーフをイスラムの服装規定に基づいて着用していなかったとして、風紀警察によって拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去したことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求する抗議デモが広がってきた。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧。オスロ拠点の非政府組織「イラン・ヒューマン・ライツ」が先月29日公表したところによると、全国的な抗議デモの参加者のうち、少なくとも448人が治安部隊によって殺された」と発表した。また、ヴォルカー・ターク国連人権高等弁務官は先週、抗議デモで子供を含む1万4000人が逮捕されたと述べた。

 イラン当局は抗議デモの拡大を「米国、イスラエル、海外居住反体制派イラン人たちの画策」と反発し、強権で抗議デモを抑えてきた。しかし、抗議デモ参加者は増加し、女性の権利回復だけではなく、イスラム聖職者体制の打倒、ハメネイ師の辞任を要求してきている。欧州議会はイランの人権弾圧を批判する非難決議を採択するなど、国際社会のイラン批判は高まってきている。

 イラン検察が風紀警察の解体の意向を表明することで、抗議デモ参加者の要求を受け入れる形で譲歩したわけだが、内務省は5日現在、何も発表していない。そのうえ、最高指導者ハメネイ師はイラン検察の意向に関して何もコメントを発表していないことから、抗議デモ参加者も「正式に発表されるまで抗議デモを継続する」意向を明らかにしている。

 事例の動向を時間の経過と共にまとめてみる。

 モンタセリ検事総長は2日、「議会と司法が、女性にスカーフの着用を義務付ける法律を見直すために調査委員会を設置する」と語った。 同検事総長によると、「1、2週間で調査委員会の結果が発表されるだろう」というが、法律の何が変わるかについては説明しなかった。風紀警察は内務省の管轄だが、内務省は解体に関してこれまで何も発表していない。

 モンタセリ検事総長の発表について、抗議デモ参加者は、「問題は風紀警察ではなく、スカーフの着用義務だ。女性はスカーフなしでどこにでも行けるようになるべきだ」と主張し、「風紀警察の解体は最初の一歩にすぎない」と述べている。

 ちなみに、風紀警察は2006年、超保守派のマフムード・アフマディネジャド大統領の下で設置された。曰く、「品位とヒジャブの文化を広めることを目的」としてきた。風紀警察はイラン社会では常に物議を醸すテーマだった。イランの女性は 1983年以来、スカーフを着用しなければならない。

 ライシ大統領は3日夜、国会議長のモハメッド・バガー・ガリバフ国会議長とゴラム・フセイン・モフセニ・エドシェヒ法相らと緊急会議を開いている。協議の内容は公開されていない。ライシ大統領は3日、テレビで演説し、「私たちの憲法は、強力で不変の価値と原則を有している。しかし、その内容を柔軟に実施する方法はある」と述べ、女性への服装規定について柔軟に解釈する可能性を示唆している。

 なお、アフマド・ワヒディ内相は4日、抗議デモに関する調査委員会の設置について、「デモ参加者も制度批判者も他の政党も同委員会に参加することはできない。調査委員会は抗議の根源を探るためのものであり、関連当局と独立した法律専門家のみが委員会での議論に参加できる」と説明した。抗議デモ参加者たちからは、「抗議運動の指導者や野党政治家の参加なしに抗議活動を調査しても建設的な結果は得られない」と指摘し、調査委員会の設置案を「ばかげている」と一蹴している。

 抗議デモ参加者は5日から全国でデモとストライキを計画している。ストライキは3日間続くという。ライシ大統領は7日、イランの「学生の日」にテヘラン大学を訪問する予定だが、抗議デモはその日に最高潮に達する。イラン各地でデモ参加者と治安部隊の衝突が懸念されている。

イランで治安部隊が抗議デモに発砲

 イランからの情報は混乱し、その真偽を確認する手段は少ないが、目撃者によると、イラン北西部のクルド人都市マハバードでの抗議行動が暴動に発展し、20日夜、警察と治安部隊が戦車で街に進行し、デモ参加者を無差別に撃ったという。市内の電気も一時停電。状況は悪化し、目撃者の報告によると、多数の住民が負傷したという。死亡者が出たかは不明だ。

166895799704875000
▲抗議デモ対策を協議するイランの閣僚会議(前方中央ライシ大統領)2022年11月20日、イラン大統領府公式サイトから

 政府寄りの通信社「タスニム」(Tasnim)によると、「武装テロリストが20日夜、民家や公共施設に放火し、市全体と住民をパニックに陥れた。しかし、地元の治安関係者はテロリストグループの指導者たちを拘束した」という。政府側にとって、抗議デモ参加者は一様にテロリストと呼ばれている。

 一方、ソーシャルネットワーク(SNS)で共有されている動画によると、通りを走る軍の車列が映っている。オスロに本拠を置くクルド系人権団体 Hengaw は、「ヘリコプターがクルド人の街の上空を旋回している」と報告。同じくノルウェーに本拠を置くイラン人権団体(IHR)は「市内で発砲と悲鳴が聞こえる」という。 IHRのマフムード・アミリー・モガダム議長は、「当局がマハバードの電気を遮断した。機関銃の発砲音が聞こえ、未確認だが、デモ参加者に死亡または負傷が出た模様だ」という。

 公開された映像には、マハバードの抗議者が通りに座ってバリケードを建てているのが見える。 Hengaw によると、この地域の事業者は20日にストライキを行い、警察の暴力に抗議したという。隣接するクルディスタン州のサナンダジ市からの映像によると、治安部隊に撃たれた女性が映っている。

 Hengawは、「政府軍は少なくとも3人の民間人を射殺した。クルディスタン州のディワンダレ市では19日、既に危機的な状況だった。ブカンやサケスなど、クルド人が多数を占める他の都市でも状況は同じだ」という。

 サケス市(Sakes)は マーサー・アミニさんの故郷だ。22歳のクルド系女性アミニさんは9月13日、宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみだしているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、同16日に死亡が確認された。同事件が報じられると、イラン全土で女性の抗議デモが広がっていった。10月には、イラン北西部アルダビルで15歳の少女アスラ・パナヒさんが他の生徒と共に抗議デモでスローガンを叫んだ時、私服姿の女性警官に暴力を振るわれ、学校に戻って再び殴打され、搬送先の病院で死亡するという事件が発生し、抗議デモに参加する国民を一層、激怒させた(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。

 アミ二事件から2カ月が過ぎた。アミ二事件、15歳の少女の死、そしてイランの有名なクライマー、エルナス・レカビさん(33)が韓国で開催されたアジア競技大会でヘッドスカーフを着用せずに出場した問題は、いずれも女性がイスラム教の服装規定に反する、ないしはそれに抗議した理由から生じたが、イランで現在行われている抗議デモは女性のスカーフ問題、女性の人権といった範囲を超え、イスラム革命後から43年続くイスラム聖職者支配体制への抗議でもあり、国民経済の停滞への不満の爆発によるものだ。

 メディアの報道によると、イランの司法当局は、政治、映画、スポーツ界の著名人に対して捜査を開始した。具体的には、元国会議員2人、女優5人、サッカーのコーチ1人が尋問のために呼び出された。彼らは、SNS上で当局者に対して「挑発的で侮辱的な」発言をしたとして告発されている。8人が起訴された場合、長期の就労禁止に直面することになる。司法当局は、著名人がSNSを通じて抗議デモを支援することは「国家安全保障に対する脅威」と考えている。

 テヘランの革命裁判所は抗議デモ参加者に対し、有罪判決を下し、「混乱の中で、殺人、テロの拡散、社会の不安定化を意図してナイフを抜いた」として死刑判決を下した。ちなみに、抗議デモ参加者への死刑判決はこれまで6回下されている。

 イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は、「わが国を混乱させている抗議デモの背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張。強硬派のライシ大統領は先月16日、「バイデン米大統領がイランで混沌とテロと荒廃を扇動している」と非難している。また、イラン軍、革命防衛隊、警察の司令官はハメネイ師宛ての共同書簡の中で、「われわれは国内の抗議行動と戦う準備が出来ている」と戦闘意欲を誇示し、「イスラム共和国の敵の悪魔的な計画を破壊する」と檄を飛ばすなど、強権で抗議デモを鎮圧する姿勢を崩していない、といった状況だ。

 懸念材料は、イランがウクライナに軍事進攻するロシアのプーチン大統領を支援し、イラン製無人機(ドローン)をロシアで現地生産する方向で、イランとロシア両国が合意したということだ。イランは国内では民主化を要求する国民を強権で鎮圧し、対外的には軍事力でウクライナに侵攻するロシアとの関係を深めようとしている。一方、イランの核合意(米英独仏中露の6カ国とイランが2015年に合意した、イランの核をめぐる包括的共同作業計画)再建外交は進展していない。イスラエルの情報によると、イランの核兵器製造は差し迫っているという。イランがモスクワに無人機支援の見返りに、ロシアの支援を受けて核開発の最後のステップを踏み出す、というシナリオが現実味を帯びてきているのだ。

ロシアとイランの下手な「言い訳」

 ロシアのプーチン大統領は2月24日、ロシア軍をウクライナに侵攻させた時、欧米社会から激しい批判に直面した。その時、プーチン氏は「欧米世界こそロシアの国益を害している」として西側社会の批判に反論した。

raisi
▲イランのライシ大統領(左)、ロシアのプーチン大統領(右)と会合(写真は2022年1月19日、IRNA通信から)

 同大統領によると、「米国を代表する西側世界はウクライナを西側陣営に引き留めるために北大西洋条約機構(NATO)に加盟させようとしている。明かにロシアの安全保障を脅かす試みだ」と説明、ロシアのウクライナ侵攻批判に対して言い訳した。

 一方、イランでは9月13日、22歳のクルド系女性マーサー・アミニさんが宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみだしているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、同16日に死亡が確認された事件はイラン全土で女性の抗議デモを引き起こし、これまで少なくとも250人以上の死者が出ている。抗議デモが鎮まる気配は目下、見られない。

 イラン最高指導者アリ・ハメネイ師は10月3日、「わが国を混乱させている抗議デモを煽っているのは米国とイスラエル、そして海外に住むイランの反体制派によるものだ。アミニさんの死亡には胸を痛めているが、コーラン(イスラム教の聖典)を燃やし、モスク(イスラム礼拝所)や集会所などに火を放つなどの暴動は正常ではない。米国やイスラエルなどが画策したものだ」と主張した。ライシ大統領も、「わが国で拡大している抗議デモの背後には米国とイスラエルがいる。彼らはわが国の治安を不安定にしようと画策している」と指摘、抗議デモ拡大の主因は米国ら西側社会にあると主張した。

 興味深い点は、プーチン氏のウクライナ侵攻への弁明もイランでの抗議デモ拡大の主因も米国らを代表とする「西側世界のせい」という言い訳で一致していることだ。両指導者の言い訳の背景には、「悪いのは全て西側であり、われわれはその被害者だ」という“犠牲者メンタリティ”がある。ただ、両国の「言い訳」はあくまで弁解であり、真実ではないので、時間の経過とともに綻びが見えてくる。

 ロシア軍はウクライナ軍の攻勢に直面する一方、弾薬や砲弾不足で攻撃にも支障が出てくるなど苦戦。そこでイランから無人機を獲得し、ウクライナへ自爆無人機を飛ばして守勢をカバーしている。

 米国ら西側はイランが戦争犯罪を繰り返すロシア軍を支援しているとして批判、米国はイランに対して追加制裁を実施。国際社会の批判にさらされたイランのアブドラヒアン外相は今月5日、「無人機のロシア供与はウクライナ戦争前のものだ」と説明し、ウクライナ戦争勃発後ではないと弁明。それに対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は、「わが国は連日、数十機のイラン製無人機を撃墜している」と指摘、イラン外相の言い訳を「嘘」と断言している。

 それに先立ち、ロシアは先月25日、ウクライナが放射性をまき散らす危険性のある汚い爆弾を準備していると批判、国連安保理の非公式会合でウクライナを批判した。それに対し、ゼレンスキー大統領は国際原子力機関(IAEA)のウクライナ査察を歓迎し、IAEAも査察後、ウクライナの汚い爆弾云々の情報に関連する物的証拠がなかったと否定したばかりだ。

 イランやロシアの「言い訳」は全く根拠がない政治的プロパガンダだ。戦時には情報工作が重要であり、相手国に圧力を行使するためにさまざまなプロパガンダを展開させる。その意味で、ロシアとイラン両国の情報工作は異常なことではないが、直ぐに嘘と分かる「言い訳」や「プロパガンダ」は自国の名誉を傷つけるだけだ。

 いずれにしても、嘘も貴重な情報源だ。嘘の背景を冷静に分析することで、相手国の状況が浮かび上がってくることがある。その意味で、嘘情報も立派な情報といえる。ただ、ロシアとイランの「言い訳」、「弁明」は根拠、証拠のないもので、すぐに嘘とばれてしまう次元だ。独裁者は攻撃に出ている時は強さを発揮できるが、一旦守勢に回ると直ぐにボロが出やすいものだ。ロシアとイランの「言い訳」はそのことを端的に物語っている。イギリスの歴史家トーマス・フラー(1608年〜61年)は「下手な言い訳は黙っているより悪い」と言っている。

イランはクレプトクラシー(盗賊政治)

 22歳のクルド系女性マーサー・アミニさんが9月13日、宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみだしているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、同16日に死亡が確認された事件はイラン全土で女性の抗議デモへと発展させた。今月に入り、イラン北西部アルダビルで15歳の少女アスラ・パナヒさんが他の生徒と共に抗議デモでスローガンを叫んだ時、私服姿の女性警官に暴力を振るわれ、学校に戻って再び殴打され、搬送先の病院で死亡するという事件が発生し、抗議デモに参加する国民を一層、激怒させたばかりだ。

169092461
▲イラン最高指導者アリ・ハメネイ師(イランのIRNA国営通信から)

 また、BBCが報じたところによると、イランの有名なクライマー、エルナス・レカビさん(33)が韓国で開催されたアジア競技大会でヘッドスカーフを着用せずに出場したことを受け、イランに帰国後、テヘランで自宅軟禁されている可能性があるという。

 レカビさんは韓国から19日、テヘラン空港に戻った際、多くの人々から出迎えられたが、その後、一時期行方が不明となっていた。レカビさんは公開されたインタビューの中で、スカーフを着用せずに競技をしたのは「うかつだった」と謝罪したが、それはイラン当局から謝罪を強要されたためと受け取られている。

 アミ二事件、15歳の少女の死、そしてレカビさんの問題はいずれも女性がイスラム教の服装規定に反する、ないしはそれに抗議した理由から生じたものだが、イランで現在、展開されている抗議デモは女性のスカーフ問題、女性の人権といった範囲を超え、イスラム革命後から43年続くイスラム聖職者支配体制への抗議でもあり、国民経済の停滞への不満の爆発によるものだ。すなわち、抗議デモの焦点は「女性の人権」問題から「体制批判」へと移行してきたわけだ。

 イランの状況は何年にもわたって不安定であり、特に経済危機が現在の抗議行動の「触媒」となっている面は否定できない。イランの経済専門家マフディ・ゴー氏はオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「国民はますます貧しくなる一方、イスラム政権トップの腐敗と汚職、縁故主義が広がっている。インフレ率は現在50%を超え、国民の約3分の1が絶望的な貧困の中で生活している。通貨リアルは価値を失い続け、多くの人が失業している」という。その一方、イラン国内でミリオネアの数が増加して、昨年米国の経済雑誌「フォーブス」が報じたところによると、その数は25万人にもなるという。すなわち、イラン社会で貧富の格差が見られだしたわけだ。ちなみに、イランは2021年、国際非政府組織「トランスペアレンシーインタナショナル」の腐敗認識指数(CPI)は180カ国中、150位にランクされた。

 イランの企業は80%が国有企業だ。経済の大部分は、政府、宗教団体、軍事コングロマリット(複合企業)によって支配されており、純粋な民間企業はほとんど存在しない。

 最高指導者ハメネイ師が管理するセタードは数十億ドル規模のコングロマリットを率いて中心的な役割を果たしている。セタードまたはイマームの執行本部 (EIKO) と呼ばれるハメネイ師の経済帝国は、宗教的少数派、シーア派、実業家、追放されたイラン人などイラン市民の財産を組織的に没収している。現在では、非常に重要な石油産業から電気通信、金融、医療に至るまで、経済の他の多くの分野をその管理下に置いている。一方、ハメネイ師の支持を得て 昨年に大統領に選出された強硬派のライシ大統領はイラン最大の土地所有者の経済財団を主導している。他の全ての財団と同様に非課税だ、といった具合だ。

 看過できない勢力は革命防衛隊(IRG)だ。ハメネイ最高司令官に報告するパスダラン(革命防衛隊)は、この国のもう1つの経済勢力であり、その影響力は過小評価できない。マフムード・アフマディネジャド前大統領の下で著しく成長した。ライシ大統領の下で、さらに多くのプロジェクトが彼らの所管に入ってきている。革命防衛隊は石油とガス産業、建設と銀行だけでなく、農業と重工業にも組み込んでいるコングロマリットを所有している。イランの経済システムは、政府、軍、財団の支配下に完全に置かれているわけだ。

 クレプトクラシー(英Kleptocracy)という言葉がある。官僚や政治家などの支配階級が民の資金を横領して個人の富と権力を増やす、腐敗した政治体制を意味し、支配者が被支配者の財産と収入を恣意的に管理し、被支配者を犠牲にして自分自身またはそのクライアントを豊かにする盗賊政治だ。イランのイスラム聖職者支配体制はクレプトクラシーと呼ばれている。

 なお、欧州連合(EU)理事会は17日、イランでの重大な人権侵害に関与し、暴力的な弾圧の直接的な責任を負う4団体と個人11人に対する制限措置を採択した。その中には、風紀警察、政治当局、イラン治安部隊の責任者、弾圧が最も激しかった地域の警察署長が含まれる。EUは20日には、イラン製ドローン(無人機)をロシアに提供したイランの3個人と1団体に追加制裁を科している。

「ポスト・ハメネイ師」の到来が近い

 旧ソ連・東欧共産政権時代、民主化運動を推進するうえでリーダーがいた。チェコスロバキアでは「憲章77」の共同創案者の劇作家ヴァーツラフ・ハヴェル、ポーランドでは独立自主管理労働組合「連帯」議長レフ・ワレサ、ルーマニアではトランシルバニア地方のチミシュアラ市キリスト教改革派教会ラスロ・テケシュ牧師といった具合だ。そして民主化を願う国民はそのリーダーのもとで結束し、共産党政権と戦っていったわけだ。

169943310
▲ライシ大統領、新学期祝賀会で「イランの学生の約60%は女性であり、多くの女性は科学分野で貢献している」と語る(2022年10月8日、IRNA通信)

 それではイランで現在進行中のイスラム聖職者政権への抗議デモ運動では誰がリーダーだろうか。22歳のクルド系女性マーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が先月13日、宗教警察官にスカーフから髪がはみ出しているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれ、同月16日に死亡が確認された事件は、今回の抗議デモの契機となったことは明かだ。イランの80カ所以上の都市でアミニ事件に抗議するデモが行われている。国際人権団体によると、これまでに抗議デモで150人以上が死去、数百人が負傷、1000人以上が逮捕されている。

 イランでは過去、イスラム聖職者支配体制に抗議するデモはあった。2009年にはアハマディネジャド大統領の選挙不正に抗議する大規模なデモが行われ、300万人がデモに参加したが、抗議デモはテヘランなど限られた場所で起き、警察当局に鎮圧された。今回は抗議デモがアミニさんの出身地クルド系地域だけではなく、イラン全土で起きている。避暑地でも女性たちの抗議デモが起きたというニュースが流れてきた。抗議デモには若い女性たちだけではなく、男性も参加している。2日夜、テヘランのシャリフ大学の学生と治安部隊が衝突。治安当局はキャンパスを封鎖している。独週刊誌シュピーゲル(10月1日号)は「今回は違う」というタイトルの記事を掲載しているほどだ。強硬派のライシ大統領は抗議デモをしているテヘランの大学を訪問し、学生たちを説得しようとしたが、彼らから「ライシ、消え失せろ」と罵声を受けている。

 イランでは、多くの若者がイラン全土で抗議デモに参加しているが、それをまとめ主導する人物が不在であることに気が付く。中国共産党政権に弾圧されたが、香港では学生指導者が民主化運動を先導した。象徴的であったとしても、民主化の顔になる人物、リーダー的存在が欠かせない。イランの場合、敢えていえば、女性たちだ。ただ、都市を超え、イラン全土で抗議デモを主導できる、発言力のある女性はまだ出てきていないのが現状だ。

 参考までに、イランにも反体制派グループがいる。彼らは久しくテヘランから追放されている。例えば、在米のイラン反体制派組織、国民抵抗評議会(NCRI)だ。2002年にイランの核開発計画を暴露して世界の注目を浴びたことがある。

 一方、イラン聖職者支配政権はアミニ事件後の抗議デモに神経質になっている。イラン最高指導者アリ・ハメネイ師は3日、「わが国を混乱させている抗議デモを煽っているのは米国とイスラエル、そして海外に住むイランの反体制派によるものだ。アミニさんの死亡には胸を痛めているが、コーラン(イスラム教の聖典)を燃やし、モスク(イスラム礼拝所)や集会所などに火を放つなどの暴動は正常ではない。米国やイスラエルなどが画策したものだ」と主張した。それを受け、イラン軍、革命防衛隊、警察の司令官は7日、ハメネイ師宛ての共同書簡の中で、「われわれは国内の抗議行動と戦う準備が出来ている」と戦闘意欲を誇示し、「イスラム共和国の敵の悪魔的な計画を破壊する」と檄を飛ばしている。イラン学生通信(ISNA通信社)が報じた。

 ちなみに、抗議デモの契機となったアミニ事件を調査してきた国立法医学研究所はアミニさんの死因について、「警察側の暴力はなかった。アミニさんが子供の時から患っていた甲状腺症患が心不全を犯した結果」という検査内容を明らかにしている(アミニさんの両親は「彼女は健康だった」と述べ、法医学研究所の診断を嘘と批判している)。現政権は国を挙げて、今回の抗議デモの火消しに乗り出しているわけだ。

 ホメイニ師が亡命先のパリからイランに帰国し、イスラム革命(1978〜79年)を主導して既に40年以上が経過した。革命後生まれのイラン国民はイスラム聖職者支配体制の現政権に不満が溜まっている。30歳以下の若年者の失業率は30%にもなる。米国の対イラン制裁の影響もあって、国民の日常生活は厳しい。通貨リアルは制裁の影響で価値を失い、国民は必要な薬を買うのも大変だ。「パーレビ王政時代の方がよかった」という声すら聞かれる。石油輸出国機構(OPEC)の加盟国であり、世界的原油生産国だが、イラン国民は経済的恩恵を受けていない。

 看過できない点は、イスラム寺院で行われる金曜礼拝に参加する国民は5%以下だということだ。パーレビ王政時代でも国民の半分は金曜礼拝に参加していた。イラン社会の世俗化は予想以上に急テンポで進んできているわけだ。

 最高指導者ハメネイ師は1989年から現在の地位にあり、既に83歳で、健康に問題があるといわれていることから、ハメネイ師の後継者問題が政権内で大きなテーマとなっている。後継者候補としては、ハメネイ師の息子のほか、ライシ大統領らの名前が挙がっている。イランがハメネイ師後の新しい時代を迎えようとしている時にアミニ事件が起きたことになる。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ