ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

イラン

「平和」と「公平」のどちらを選ぶか

 イランのアフマディネジャド大統領(当時)が2010年9月の国連総会で、「イスラエルを地図上から抹殺する」と暴言を発した時、世界はイランとイスラエルが天敵関係であるという現実を痛いほど感じたものだ。そのイランに約1万人のユダヤ人が住んでいると聞いて、驚かれるかもしれない。イラン革命前まではユダヤ人の数は8万人いたという。イラン革命後(1979年)、イスラエルなどに移住するユダヤ人も出てきたが、それでも現在のイランにはユダヤ教徒の礼拝の場所、シナゴークが10カ所もあるというのだ。

fac137a0
▲ユダヤ人とペルシャ人に良き時代があった、と示唆したロウハニ大統領(左)2018年7月4日、オーストリア公式訪問で(オーストリア連邦首相府で撮影)

 他宗教を認めない国や独裁国家でもキリスト教会やイスラム寺院がたっている。例えば、北朝鮮では「宗教の自由」が憲法で保障されていることを対外的にアピールする目的、プロパガンダのためにキリスト教会の聖堂があるように、イスラム聖職者支配体制のイランでユダヤ教のシナゴークがあっても不思議ではない。

 オーストリア国営放送(ORF)イラン担当のカタリーナ・ヴァーグナー特派員は27日、テヘランでユダヤ教のラビにインタビューしていた。ラビは、「私たちの信仰の自由は国から保障されているから、自由に祈祷することもできる」と語っていた。ただし、同特派員がパレスチナのガザ情勢について質問しようとしても、誰もそれには応じなかったという。やはりイスラム教徒以外の他宗派の指導者たちはイラン当局の監視下にあることが推測されるが、それにしてもユダヤ教徒が自由にその信仰を実践できるということには重ねて驚かされた。

 このコラム欄で度々紹介してきたが、ユダヤ教の発展は、ペルシャのクロス王がBC538年、奴隷の身にあったユダヤ人の祖国帰還を許してから本格的に始まった。クロス王が帰還を許さなかったならば、今日のユダヤ教は教理的に発展することがなかったといわれる。そのイスラエルとイランが21世紀、宿敵として紛争を繰り返しているわけだ。

 イランのロウハニ大統領(当時)が2018年7月4日、ウィーンを公式訪問した時、同大統領は記者会見の中で、「イランとイスラエルは何時も敵対関係だったというわけではない」と指摘、ペルシャ人とユダヤ人が友好的な時代があったことを懐かしむように語っていたことを思い出す(「ロウハ二師に“笑み”がこぼれた瞬間」2018年7月6日参考) 

 参考までに、それではなぜクロス王は捕虜だったユダヤ人を解放したのか。旧約聖書のエズラ記1章1節によると、「ペルシャ王クロスの元年に、主はさきにエレミヤの口によって伝えられた主の言葉を成就するため、ペルシャ王クロスの心を感動させたので、王は全国に布告を発し……」というのだ。ペルシャ王の心を感動させたということは、ペルシャ王は夢を見たのではないか。旧約時代では「夢」は神のメッセージを伝える手段だと考えられた。クロス王は夢を見て、国内にいるユダヤ人を即釈放すべきだと悟ったのだろう。

 英国の著名なジャーナリスト、ピアス・モルゲン氏は27日、自身のショー(Uncensored)でイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏にインタビューしていた。ハラリ氏は、「歴史問題で最悪の対応は過去の出来事を修正したり、救済しようとすることだ。歴史的出来事は過去に起きたことで、それを修正したり、その時代の人々を救済することはできない。私たちは未来に目を向ける必要がある」と強調。「歴史で傷ついた者がそれゆえに他者を傷つけることは正当化できない。そして『平和』(peace)と『公平』(justice)のどちらかを選ぶとすれば、『平和』を選ぶべきだ。世界の歴史で『平和協定』といわれるものは紛争当事者の妥協を土台として成立されたものが多い。『平和』ではなく、『公平』を選び、完全な公平を主張し出したならば、戦いは続く」と説明している。

 ハラリ氏はパレスチナのガザ情勢について、「イスラエルはハマスを非武装化し、壊滅しなければならない。そしてハマス壊滅後、イスラエルはサウジアラビアとの外交交渉を再スタートすべきだ。そこではパレスチナ人の未来問題が含まれているからだ。ハマス壊滅後もパレスチナ人の生活が改善されなければ、ハマス以上の極悪なテロリストたちが生まれてくるだろう」と警告した。

 同氏は最後に、「ホロコースト(ユダヤ虐殺)で多くのユダヤ人がナチスドイツ軍に虐殺されたが、イスラエルとドイツは現在、良好関係だ。イスラエルが近い将来、パレスチナとも同じような関係を築けることを願っている」と語った。

 ハラリ氏は直接言及しなかったが、イスラエルとイラン両国関係も同じことが言えるのではないか。ある日、両国が手を結ぶ日がきても不思議ではないはずだ。

核兵器は「イスラムの教え」に反する

 国際原子力機関(IAEA)の第67回年次総会は25日、5日間の日程で本部のウィーンで開幕した。同総会(加盟国177カ国)では、ウクライナ南東部にある欧州最大規模のザポリージャ原子力発電所の安全問題、日本の福島第一原発の処理水の放出問題などのトピックのほか、イランの核計画問題、北朝鮮の核問題などが協議される。

53212695965_57d7c873ac_z
▲第67回IAEA年次総会でオープニングスピーチをするグロッシ事務局長(2023年9月25日、IAEA公式サイトから)

170623595 (1)
▲「イランは核兵器を製造しない」と答えるライシ大統領(IRNA通信9月25日から)

 ここではイランの核問題についてまとめておく。

 IAEAの9月理事会(35カ国理事国)に提出されたイラン核問題に関する最新報告書では、「監視カメラの再設置など未解決問題の解決は進展していない」と指摘された。IAEAのグロッシ事務局長は2月28日、イランの核関連施設で濃縮ウラン83.7%が発見されたことを確認している。兵器用濃縮ウラン90%までもはや手の届くところまできている。濃縮ウラン83.7%の痕跡は、今年1月、イラン中部フォルドーの地下ウラン濃縮施設の検査中に発見された。イラン当局はIAEAに対し、「非常に高いレベルの濃縮は意図しない変動で生じたもの」と弁明してきた(「イラン『濃縮ウラン83・7%』の波紋」2023年3月2日参考)。

 ちなみに、9月のIAEA報告書によると、イランは8月19日時点で60%に濃縮した六フッ化ウランを推定121・6キロ貯蔵している。5月の報告書から7・5キロ増えた。

 また、イラン当局はここにきて同国の核施設の査察を目的としたIAEAからの追加査察官の認定を取り消している。グロッシ事務局長は今月16日、「イランのウラン濃縮活動を監視するIAEAの監視能力が大幅に制限される」と発表し、「イランの決定は、間違った方向への新たな一歩だ」と述べ、懸念を表明した。

 イラン側は、「ドイツ、フランス、英国が今月14日、核開発計画を巡るイランに対する既存の制裁を解除しないと決定したことを受けた対応だ」と主張。イラン外務省のナセル・カナニ報道官は声明で、「西側諸国がイスラム共和国とIAEAの協力を妨害しようとしている」と非難し、「査察官の認定取り消しは合法である」と強調した。

 IAEA年次総会に先駆け、イランのライシ大統領は米CNNとのインタビューに応じている。同大統領は「イラン人は自国のウラン濃縮を純度60%レベルまで上げた、これは2015年の核合意を欧州諸国が遵守していないことへの対応だ」と述べる一方、兵器級レベル近くまでのウラン濃縮をきっぱり否定し、「われわれが取ろうとしている行動は、いかなる種類の核兵器やいかなる種類の軍事的側面に及ぶことを意図したものではないと公式に発表されている」と説明した。

 イラン最高指導者ハメネイ師は過去、「大量破壊兵器の核兵器はイランの教えとは一致しない」と強調し、イランが核兵器を保有する考えがないことを繰り返し主張してきた。

 イランは2015年7月、国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国と核合意を締結し、イランの核開発計画があくまでも核エネルギーの平和利用と主張してきた。イランの核合意の代わりに、制裁を解除することになっていた。しかし、トランプ米前政権は2018年5月、イランが核合意の背後で核開発を続行しているとして核合意から離脱。それ以来、イランは順次に核合意で締結した合意内容を破棄してきた。

 そして、21年1月1日、同国中部のフォルドウのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。4月に入り、同国中部ナタンツの濃縮関連施設でウラン濃縮度が60%を超えていたことがIAEA報告書で明らかになっている。なお、イラン議会は20年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決した。そして今回、ウラン濃縮83.7%の製造だ。イランの核開発計画は核拡散防止条約(NPT)など国際条約の違反であり、国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)への明らかな違反だ。

 一方、イランの核武装化を恐れるイスラエルは、「テヘランが核兵器を保有することは絶対に容認されない」と指摘、必要ならばイランの核関連施設を空爆すると警告してきた。イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破したことがある。

 スンニ派の盟主サウジアラビアもイラン(シーア派)の核兵器開発をただ静観していることはないはずだ。サウジの実質的統治者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子は20日、米FOXニュースとのインタビューの中で、「イランの核武装は悪い一歩。もしテヘランが核爆弾を手に入れたら、サウジも同じことをしなければならなくなり、地域全体での核軍拡競争をもたらすだろう」と警告を発している。

ところで、同総会では中国や韓国の代表が基調演説の中で、福島第一原発の処理水の海洋放出開始について言及するものと予想される。IAEAは独自の調査結果をまとめ、「福島第一原発の処理水放出では国際規約に一致し、問題はない」と公表済みだ。日本からは高市早苗経済安全保障担当相が出席し、処理水の放出に加盟国の理解を求める。

 なお、グロッシ事務局長の再任が今回の総会で承認される。任期は今年12月から4年間だ。

イラン「アミニさん一周忌」を迎えて

 22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が昨年9月、イスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去したことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がっていった。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧してきた。9月16日のアミニさん1周忌を迎え、イラン各地で抗議デモが行われると予想され、イラン治安警察は警戒を強めている。特に、アミ二さんの故郷、クルド系住民が多く住む地域では抗議デモ集会が呼びかけられている。

Screenshot_20220921-093337
▲「アミニ事件」を報道するイランのメディア(オーストリア国営放送のスクリーンショットから)

 イラン各地で始まった抗議デモで多数の国民が逮捕され、処刑されてきた。米国を拠点とする組織、人権活動家通信社 (HRANA)の報告によると、合計で約2万人以上が逮捕され、多数が死刑判決を受けている。その中には未成年者71人が含まれる。路上デモに参加した者の中にも既に7人が処刑された。人権活動家の話によると、拘留中に死去した参加者に対して、「治安関係者は建物最上階から飛び降りて死亡したと説明し、虐待後亡くなったことを隠す」という(「イラン国内を揺さぶる『アミ二事件』」2022年9月22日参考)。

 欧州連合(EU)のジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表は13日、イランの市民的自由はさらに激しく抑圧されていることに懸念を表明し、「イランにおける死刑執行の増加は極めて憂慮すべきことだ。抗議活動の中で、EU加盟国のパスポートを所持していたイラン国民が恣意的に逮捕されている。さらに、イラン政府はロシアのウクライナ侵略戦争を支持していることもあって、、EUとイランの関係は最悪の状態にある」と述べている。

 一方、欧米社会からの批判に対し、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は、「わが国を混乱させている抗議デモの背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張。イスラム革命防衛隊(IRGOC)や警察当局は、「われわれは国内の抗議行動と戦う準備が出来ている」と戦闘意欲を誇示し、「イスラム共和国の敵の悪魔的な計画を破壊する」と檄を飛ばし、強権で抗議デモを鎮圧してきた(「最高指導者ハメネイ師の『弁明』」2022年10月05日参考)。

 イラン当局は一時、風紀警察を路上から撤退させたが、7月頃から風紀警察が再び路上で監視する姿が目撃されてきた。イラン出身のジャーナリスト、シュウラ・ハシェミ女史は、「風紀警察はここ数カ月、テヘランなど都市からは姿を消していたが、再び登場してきた。風紀警察には多くの女性警察官も働いている。路上でスカーフを正式に着用していない女性を見つけたならば、白色の連行車に連れていき、拘束するなど、再び路上で強権を発揮してきている」と説明している。

 イラン各地の抗議デモは女性の権利やスカーフ着用問題にとどまらず、イスラム革命以来続くイスラム聖職者による支配体制の転換を要求し、反体制派グループも加わって、激しくなってきている。抗議デモでは「聖職者支配体制を打倒」、「独裁者に死を」といった過激なシュプレヒコールが響き渡る。イラン当局が女性のヒジャブ着用を重要視するのは、44年間のイランの聖職者支配体制にとってヒジャブ着用が政治的シンボルとなっているからだ。ヒジャブの着用で一旦譲歩すれば、イスラム教統治体制が崩れていくことを知っている。イラン当局には弾圧を強化する以外に他の選択肢がないのだ。

 オーストリア国営放送は13日、「世界ジャーナル」というドキュメント番組で「一年、女性、人生、自由」というタイトルで「アミ二さん1周忌」について報道していた。そこではイランの若い女性たちが「イスラムの教えのどこに女性蔑視の思想があるのか」と訴えていたのが印象的だった。

 ちなみに、風紀警察は2006年、超保守派のマフムード・アフマディネジャド大統領の下で設置された。曰く、「品位とヒジャブの文化を広めることを目的」としてきた。風紀警察はイラン社会では常に物議を醸すテーマだった。イランの女性は 1983年以来、スカーフを着用しなければならない。

 イランの状況は何年にもわたって不安定であり、特に経済危機が現在の抗議行動の「触媒」となっている面は否定できない。イランの経済専門家マフディ・ゴー氏はオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「国民はますます貧しくなる一方、イスラム政権トップの腐敗と汚職、縁故主義が広がっている。国民の約3分の1が絶望的な貧困の中で生活している。通貨リアルは価値を失い続け、多くの人が失業している」という。

 その一方、イラン国内でミリオネアの数が増加して、米国の経済雑誌「フォーブス」が2021年に報じたところによると、その数は25万人にもなるという。すなわち、イラン社会で貧富の格差が広がっているわけだ。イランの企業は80%が国有企業だ。経済の大部分は、政府、宗教団体、軍事コングロマリット(複合企業)によって支配されており、純粋な民間企業はほとんど存在しない(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。

イランの政情、9月以降に正念場

 イラン当局は一時撤退していた風紀警察を再び路上に配置し、ヒジャブ(ヘッドスカーフ)を正しく着用していない女性の取り締まりを再開してきた。欧米社会から激しい批判を受けたこと、国内各地で抗議デモが発生したことなどを受け、風紀警察が路上から姿を消したため、イラン当局の懐柔政策かと受け取られてきたが、ここにきて再び監視に乗り出したわけだ。同時に、沈静化していた女性や国民の抗議デモが再び活発化することが予想される。 

Screenshot_20220929-101006
▲抗議デモ参加者とイラン治安関係者が衝突(2022年9月28日、オーストリア国営放送ニュース番組のスクリーンショットから)

 ことの契機はこのコラム欄でも報じてきたが、イランの風紀警察が 昨年9月、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)がイスラムの教えに基づいてヒジャブを正しく着用していなかったという理由で拘束し、そのアミ二さんが9月16日に警察の拘留中に死亡したことだ。それ以来、政府の抑圧的な方針とイスラムの統治体制に反対するデモがイラン各地で起きた。

 欧米社会の批判に対し、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は、「わが国を混乱させている抗議デモの背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張。イスラム革命防衛隊(IRGOC)や警察当局は、「われわれは国内の抗議行動と戦う準備が出来ている」と戦闘意欲を誇示し、「イスラム共和国の敵の悪魔的な計画を破壊する」と檄を飛ばし、強権で抗議デモを鎮圧してきた。

 イラン各地で始まった抗議デモで多数の国民が逮捕され、処刑されてきた。米国を拠点とする組織、人権活動家通信社 (HRANA)の報告によると、合計で約2万人以上が逮捕され、多数が死刑判決を受けている。ちなみに、イランの最高指導者ハメネイ師は2月5日、イスラム革命44年を迎えることから、数万人の囚人、被告人に恩赦を与えた。抗議デモ参加者も含まれているといわれる。

 イラン各地の抗議デモは女性の権利やスカーフ着用問題にとどまらず、イスラム革命以来続くイスラム聖職者による支配体制の転換を要求し、反体制派グループも加わって、激しくなっていった経緯がある。米国や欧州連合(EU)はイラン当局に対し経済・金融制裁を実施しているが、イラン当局は強権でこの危機を突破する一方、ここにきてロシアや中国との関係を強化している。イランはウクライナ戦争ではロシアに軍事用ドローンを提供し、ロシアを軍事的に支援している。

 オーストリア国営放送(ORF)は19日、イラン出身のジャーナリスト、シュウラ・ハシェミ女史とインタビューしている。同女史は、「風紀警察はここ数カ月、テヘランなど都市からは姿を消していたが、再び登場してきた。風紀警察には多くの女性警察官も働いている。路上でスカーフを正式に着用していない女性を見つけたならば、白色の連行車に連れていき、拘束するなど、再び路上で強権を発揮してきている」と説明している。

 同女史によると、「イラン国会は現在、ヒジャブに関連した新しい法案を審議中だ。スカーフを着用していない女性に対し、これまで以上に厳しく処罰していく内容だ。具体的には、違反者には先ずSMSで警告の通知を送る。そして、罰金や拘留などの罰則が科せられる。例えば、違反者は就労禁止、勤務禁止が科せられる。また、喫茶店やレストランには入れなくなり、ショッピングセンターにも行けなくするという。

 ハシェミ女史は、「イラン当局が女性のヒジャブ着用を重要視するのは、44年間のイランの聖職者支配体制にとってヒジャブ着用が政治的シンボルとなっているからだ。ヒジャブの着用で一旦譲歩すれば、イスラム教統治体制が崩れていくことを知っているのだ」と強調する。

 9月に入れば、アミ二さんの死去1年目を迎えるから、イラン各地で、特にクルド系地域で大規模な抗議デモが行われることが予想される。SNSでは既に抗議デモの開催が報じられているという。イラン当局は昨年9月、10月のような抗議デモが全土で行われ、そのニュースが世界に流れることを警戒している。

 イラン国民はイランの聖職者支配体制に反対すれば拘留、処刑、虐待されると久しく恐れてきた。その意味で過去44年間の強権による支配体制は成功してきたが、昨年秋、アミ二さんの死を契機に、国民は当局の弾圧をもはや恐れなくなってきたのだ。

 イランの国民経済は低迷し、多くの国民の生活は厳しい。2024年に入れば直ぐにイラン議会の選挙が実施される。誰が選挙に出馬できるか、どの派閥、政治グループが勢力を伸ばすかで政情は流動的だ。抗議デモも今後再び拡大していくことが予想されるだけに、9月以降のイランの政情は大きな転換点を迎えることになる。

イラン「濃縮ウラン83.7%」の波紋

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は2月28日、イランの核関連施設で濃縮ウラン83.7%が発見されたことを確認した。兵器用濃縮ウラン90%までもはや手の届くところまできていることから、IAEAはイランの核開発計画の現状に警鐘を鳴らしている。

170216585
▲アミール・アブドラヒアン外相「イランの核開発は平和目的」(IRNA通信、2023年2月28日)

 IAEAの最新イラン報告書によると、「濃縮ウラン83.7%の痕跡は、今年1月、イラン中部フォルドーの地下ウラン濃縮施設の検査中に発見された」という。イラン当局はIAEAに対し「非常に高いレベルの濃縮は意図しない変動で生じたもの」と弁明しているという。イランのアミラブドラヒアン外相は2月27日、グロッシ事務局長を近日中にテヘランに招き、協議する予定だと明らかにした。今月6日から開催されるIAEA定例理事会(理事国35カ国)でイランの核問題が大きなテーマとなることは必至だ。

 報告書によると、イランは濃縮ウラン20%のウランを約435キログラム保有しており、昨年11月の前回報告書のときより48キロ増えている。ウラン60%の在庫は25キロ増え、現在88キロ近くある。グロッシ事務局長は「濃縮活動が進めば、イランはいくつかの核兵器に十分な濃縮ウランを持つことになる」と指摘してきたが、今回、83.7%濃縮ウランが検出されたことで、イランの核兵器製造という悪夢は現実化してきている。

 イランは2015年7月、国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国と核合意を締結し、イランの核開発計画があくまでも核エネルギーの平和利用と主張してきた。イランの核合意の代わりに、制裁を解除することになっていた。しかし、トランプ米前政権は2018年5月、イランが核合意の背後で核開発を続行しているとして核合意から離脱。それ以来、イランは順次に核合意で締結した合意内容を破棄してきた。

 イランは19年5月以来、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4.5%を超えるなど、核合意に違反した。19年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。20年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR−1」に代わって、新型遠心分離機「IR−2m」に連結した3つのカスケードを設置する計画を明らかにした。

 そして、21年1月1日、同国中部のフォルドウのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。4月に入り、同国中部ナタンツの濃縮関連施設でウラン濃縮度が60%を超えていたことがIAEA報告書で明らかになっている。なお、イラン議会は20年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決した。そして今回、ウラン濃縮83.7%の製造だ。

 また、イランはIAEAの査察を制限し、未申告の核関連施設から検証された核物質について、IAEA査察官のアクセスを拒否してきた。欧米側はイランとの核合意の再建のためにイランと交渉を再開したが、ここ数カ月間、交渉は停止状態だ。イランの核開発計画は核拡散防止条約(NPT)など国際条約の違反であり、国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)への明らかな違反だ。

 ブリンケン米国務長官は1月29日、訪問中にアル・アラビヤ放送とのインタビューで、「イランには核合意に戻るチャンスがあったが、それを拒否した。イランの核問題では、全ての選択肢がテーブルの上にある」と語り、軍事的オプションをもはや排除しない考えを強調した。

 一方、イランの核武装化を恐れるイスラエルは、「テヘランが核兵器を保有することは絶対に容認されない」と指摘、必要ならばイランの核関連施設を空爆すると警告してきた。イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破したことがある。同時に、イランで過去、同国の核開発計画に参加してきた核物理学者が射殺や爆死されてきたが、その背後にはイスラエルのモサドの工作があったといわれている。

 現在、核保有国は米、英、仏、ロシア、中国、インド、パキスタン、イスラエル、それに北朝鮮だが、10番目の核保有国として最短距離にいるのはイランと受け取られている。イランの核兵器を最も恐れているのは宿敵イスラエルだが、スンニ派の盟主サウジアラビアもイラン(シーア派)の核兵器開発をただ静観していることはないはずだ。同じことが、エジプトにもいえる。イランの核兵器製造は中東・アラブ諸国に大きな波紋を投じることは必至だ。

 なお、イランのIRNA通信によると、イランのアミール・アブドラヒアン外相は先月28日、軍縮会議のハイレベル・セグメントで、「JCPOAの現在の状況は、米国の政策の誤算と誤りの結果だ」と述べる一方、「イランの核計画は完全に平和的であり、それは永遠に変わらない。イランは包括的保障措置協定の下での義務に完全にコミットし続ける」と強調。同時に、「わが国に対し、次期IAEA理事会で賢明でない決定が下された場合、対抗措置を取る用意がある」と警告している。

中・イランは「収益性高い価値連鎖」?

 共産主義は「宗教はアヘン」と主張してきた。中国共産党政権も例外ではない。ただ、習近平国家主席は宗教を完全には抹殺できないことを知っているので、「宗教の中国化」に腐心している。一方、イランでは1978年、79年のイスラム革命を通じて欧米社会に傾斜していたパフラヴィー朝が打倒され、イスラム法を国是とした現在のイラン聖職者政権が誕生した。その両国は今日、「友好関係は深まり、相互信頼に値する真のパートナー」(イランのライシ大統領)となっているのだ。

170190917
▲訪中したライシ大統領を迎える習近平国家主席(IRNA通信、2023年2月14日)

170190053
▲ライシ大統領、訪中2日目の15日、北京の東四清真寺(モスク)を訪問し、演説する(IRNA通信、2023年2月15日)

 思想的にみれば、中国共産党政権は無神論国家であり、イランはイスラム教国(シーア派)だ。水と油の関係のようにみえるが、現実の政治の世界では両国は「真のパートナー」だという。

 イランのライシ大統領は14日から3日間の日程で習近平主席の招きを受け北京を訪問し、16日、テヘランのメヘラーバード国際空港に帰国したばかりだ。イラン大統領の中国訪問は20年ぶりだった。ちなみに、習近平主席は2016年1月23日、テヘランを訪問し、最高指導者ハメネイ師と会談し、両国間の25年間の「戦略的協定」を締結するなど、中国とイラン間の関係の土台を構築している。今回のライシ大統領の訪中はその「戦略的協定」の更なる推進を確認する目的があった。

 もう少し説明すれば、両国の核心的利益を双方が支持表明し、連帯を示す狙いがあったはずだ。イランにとっては、国連安保理常任理事国5カ国とドイツを加えたイラン核合意(共同包括的行動計画=JCPOA)の再建と制裁解除、国民経済が厳しいイランへの北京からの貿易、農業、インフラなどの経済支援だ。一方、中国にとっては、台湾問題で「一つの中国原則」の確認、エネルギー問題のほか、人権問題に対する欧米側の批判への共同防衛体制の強化だろう。

 習近平主席は14日、ライシ大統領との首脳会談の中で、女性のスカーフ着用問題で大規模な抗議デモに直面するイランに対し「如何なる外部勢力もイランの内政に干渉し、安全や安定を損なうことに強く反対する」とエールを送っている。中国とイランを結ぶもっと強い絆は「反米」だ。換言すれば、「共通の敵」が中国とイラン両国をパートナーにしているわけだ。

 興味深い点は、ライシ大統領は15日、北京の東四清真寺(モスク)でイスラム教徒を前に演説していることだ。同師は「米国はタクフィリテロリスト(ムスリム同盟団の反主流派組織)を形成することで、西アジアの政治を不安定化させようとしている」と米国を批判し、「イランに対する米国の敵意は、イスラム共和国が独立国であるためだ。しかし、イランは以前よりも強くなった」と付け加え、イスラム革命後の中国との関係拡大を歓迎し、「両国にはさまざまな分野で関係を発展させる多くの能力がある」と述べている。

 参考までに、米国は中国新疆ウイグル自治区のウイグルへの弾圧・同化政策を「ジェノサイド」と批判しているが、ウイグル人は主にイスラム教徒でスンニ派が多い。イラン(シーア派)にとってはイスラム教の兄弟だ。そのウイグル人を中国共産党政権は弾圧し、強制的に再教育キャンプに送り、同化政策を展開させていることに対し、ライシ大統領は一言も批判らしい声を発していない。そして悪いのは米国であり、タクフィリ勢力だと批判しているだけだ。

 エフサーン・ハーンドージー経済・財務相(「イラン・中国合同経済委員会」イラン代表)は14日、イラン・デイリー紙とのインタビューで、イランと中国両国関係について、「2つの古代文明国は、さまざまな歴史的時期に常に双方にとって好都合なアプローチと戦略を採用してきた。ある日にはシルクロードのような商業ルートで機能し、別の日にはお互いの補完的な経済的および戦略的ニーズを満たしてきた」と描写し、「ライバルと敵の破壊的な作戦がエスカレートしても、両国は潜在的な同盟国となり、互いの発展のコストを効果的に削減できるだけでなく、協力の成功モデルを作成することにより、より広範な協力の中核を形成してきた。収益性の高いバリューチェーン(価値連鎖)の構築につながる」と報じている。なるほど、無神論国家の共産国とイスラム教国の連携は「収益性の高いバリューチェーンの創造」(the creation of profitable value chains)という新しい成功モデルをつくる試みというわけだ。

 なお、テヘランからの情報によると、ライシ大統領は習近平主席をイランに招請、同主席は「都合のいい時期に訪問したい」と答えたという。 

イランが直面する「3つの問題」

 イスラム聖職者支配体制のイランでは現在、3つの問題で国際社会の批判にさらされている。1)イランと国連常任理事国にドイツを加えた6カ国間の締結した「核合意」の再建交渉、2)イラン革命防衛隊(IRG)の「テロ組織」問題、3)そして昨年9月16日に死去した22歳の女性に関連したスカーフ着用問題だ。いずれも相互関連しているテーマだが、ロシアのウクライナ侵略で世界の関心がウクライナに集中している中、「イランの問題」は正念場を迎えている。以下、イランの「3つの問題」の近況をまとめた。

170123254
▲IRGを「テロ組織」に指定する動きを見せるEUに警告するイランのホセイン・アミール・アアブドゥラヒヤーン外相(2023年1月29日、IRNA通信から)

1)「イランの核合意」の再建問題

 アントニー・ブリンケン米国務長官は29日、訪問中にアル・アラビヤ放送とのインタビューで、「イランには核合意に戻るチャンスがあったが、それを拒否した。イランの核問題では、全ての選択肢がテーブルの上にある」と語り、軍事的オプションをもはや排除しない考えを強調した。イランの核武装化を恐れるイスラエルは、「テヘランが核兵器を保有することは絶対に容認されない」と指摘、必要ならばイランの核関連施設を空爆すると警告してきたが、バイデン米政府はここにきてイスラエルの政策に同調してきたわけだ。

 イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破したことがある。国営イラン放送によると、中部イスファハンの軍需工場で1月29日、爆発があった。イスラエル側の工作の可能性が囁かれている。イランでは過去、核開発計画に関与する数人の核物理学者が射殺されたり、爆死している。イラン側は「イスラエルの仕業」と受け取っている。イスラエル側の情報では、イランの核兵器の製造は差し迫っているという。

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の「イラン核報告書」によると、イランの濃縮ウラン貯蔵量はイラン核合意で定められた上限202・8kgをはるかに超え、濃縮度20%の高濃縮ウランの量は238・4kg、60%以上は43・1kgと推定されている。核兵器用に必要な濃縮ウランは濃縮度90%だ。濃縮度20%を超えれば、90%までは技術的に大きな問題はないといわれている。イランの核開発計画は核拡散防止条約(NPT)など国際条約の違反であり、国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)への明らかな違反だ。イランはまた、未申告の核関連施設から検証された核物質について、IAEA査察官のアクセスを拒否するなど、イランとの核合意の再建交渉は膠着状況だ。

2)「イラン革命防衛隊」(IRG)のテロ組織の指定問題

 英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)は29日、欧州連合(EU)がイランの精鋭部隊IRGのテロ組織指定を検討していると報じた。米国は2019年4月にIRGをテロ組織に指定している。イランはイラク、シリア、レバノン、イエメンなどでさまざまなテロ活動を支援したり、実行してきている。その中核はIRGだ。

 パレスチナのハマスはイスラエルにミサイルを発射するが、そのミサイルはイラン側の支援によるものだ。シリア内戦では守勢だったアサド政権をロシアと共に支え、反体制派勢力やイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を駆逐。イエメンではイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」を支援し、親サウジ政権の打倒を図る一方、モザイク国家と呼ばれ、キリスト教マロン派、スンニ派、シーア派3宗派が共存してきたレバノンには、イランの軍事支援を受けたシーア派武装組織ヒズボラがいる、といった具合だ。

 なお、イランの企業は80%が国有企業だ。経済の大部分は、政府、宗教団体、軍事コングロマリット(複合企業)によって支配されており、純粋な民間企業はほとんど存在しない。看過できない事実は、IRGはイランでは大きな経済勢力であり、その影響力は過小評価できない。マフムード・アフマディネジャド前大統領の下で著しく成長した。ライシ大統領の下で、さらに多くの経済プロジェクトが彼らの所管に入ってきている。IRGは石油とガス産業、建設と銀行だけでなく、農業と重工業にも食い込んでいるコングロマリットを所有している。豊かな資金源を背景に、テロ活動を実施している。

3)「反体制抗議デモ」の動向

 イラン各地で始まった抗議デモで少なくとも527人が死亡した。米国を拠点とする組織、人権活動家通信社 (HRANA)の報告によると、その中には未成年者が71人、警察やその他の治安機関の職員が70人含まれている。合計で約2万人が逮捕され、そのうち100人以上が死刑判決を受けている。既に数人のデモ参加者が処刑された。

 イスラム共和国での抗議行動は 昨年9月中旬に始まった。引き金は、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさんの死だ。宗教警察は、ヘッドスカーフ着用の強制規則に従わなかったとしてアメニさんを逮捕した。彼女は9月16日に警察の拘留中に死亡した。それ以来、政府の抑圧的な方針とイスラムの統治体制に反対するデモがイラン各地で続いている。

 それに対し、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は、「わが国を混乱させている抗議デモの背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張。革命防衛隊や警察当局は、「われわれは国内の抗議行動と戦う準備が出来ている」と戦闘意欲を誇示し、「イスラム共和国の敵の悪魔的な計画を破壊する」と檄を飛ばし、強権で抗議デモを鎮圧する姿勢を崩していない。

 イラン各地で連日続く抗議デモは現在、女性の権利やスカーフ着用問題にとどまらず、イスラム革命以来続くイスラム聖職者による支配体制のチェンジを要求してきている。米国やEUはイラン当局に対し経済・金融制裁を実施しているが、イラン当局は強権でこの危機を突破する考えを変えていない。同時に、ウクライナ戦争ではロシアに軍事用ドローンを提供し、ロシアを軍事的に支援している。

イラン現体制打倒を目指すデモ拡大

 イスラム聖職者支配体制に抗議するデモがイラン全土で広がる一方、イラン当局はデモ参加者を拘束し、極刑の死刑判決を下すなどで強権を行使している。イランには「革命裁判所」と通常の裁判所があるが、前者は神に反する言動、公共秩序の破壊行為を扱う裁判所だ。抗議デモ参加者は前者の裁判所で判決を受ける。被告人弁護士の不在の場合もある。被告者は控訴できるが、昨年9月中旬から始まった抗議デモでこれまで4人の抗議デモ参加者が処刑されている。

170099064
▲IRGCのホセイン・サラミ最高司令官(IRNA通信、2023年1月10日)

 イランからの情報によると、今年1月7日、新たに2人の男性が処刑された。2人は昨年11月の反体制抗議行動中に治安部隊メンバーの死亡の責任があるとして告発されていた。イランでは昨年12月、2人のデモ参加者が処刑され、国際的な怒りを引き起こしたばかりだ。

 国際社会の抗議にもかかわらず、イラン司法は新たに3人のデモ参加者に死刑判決を下した。司法当局のニュースサイト「ミザン・オンライン」が10日報じたところによると、1人のデモ参加者は同国北部の港湾都市Noshahrで有罪判決を受けた。イスラムの法的見解によると、この参加者は「神に対する戦争」(モハレべ)と「地上での腐敗」の罪で起訴された。

 人権団体アムネスティ・インターナショナルの情報によると、イランでは少なくとも 26人のデモ参加者が死刑に直面している。イランの首都テヘランで10日、抗議デモ参加者への死刑執行に多くの人々が抗議している。

 そのほか、「ミザン・オンライン」によると、イランで開発支援機関の労働者、41歳のベルギー人のオリヴィエ・ヴァンデカスティール氏は、「外国の諜報機関の利益のためにイラン・イスラム共和国に対するスパイ活動」の罪で合計40年の懲役判決と74回のむち打ちを宣告された。また、新聞「Schargh」によると、1人のスポーツジャーナリストは18年の懲役を言い渡されている。同ジャーナリストは、抗議活動を取材した後、昨年10月下旬に逮捕された。彼は国営スポーツ紙「イラン・ワルセスキ」で働いていた。ニューヨークのジャーナリスト保護委員会(CPJ)によると、イランの抗議デモ関連で既に80人以上のメディア関係者が逮捕されているという。

 イラン当局への抗議デモはイランのクルド系女性マーサー・アミニさん(22歳)が昨年9月13日、テヘランでスカーフをイスラムの服装規定に基づいて着用していなかったとして風紀警察によって拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去したことが報じられたことが発端で、イラン全土で女性の権利などを要求して広がってきた。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧してきた。抗議デモは今月16日で4カ月目を迎える。

 米国に本拠を置く組織、人権活動家通信社 (HRANA) によると、70人の未成年者と約70人の警察と治安部隊を含む500人以上が抗議デモで死亡し、1万9000人以上のデモ参加者が逮捕されている。

 イラン当局は、抗議デモ参加者に対し、死刑判決で脅す一方、イラン検察が昨年12月4日、風紀警察を廃止する意向を表明し、抗議デモを取り締まってきた責任者を解任するなど、国民の抗議デモに譲歩を示し、硬軟両面の対応を繰り返してきている。ライシ大統領は昨年12月3日、テレビで演説し、「私たちの憲法は、強力で不変の価値と原則を有している。しかし、その内容を柔軟に実施する方法はある」と述べ、女性への服装規定について柔軟に解釈する可能性を示唆してきた。

 イランの精神的指導者アリ・ハメネイ師は7日、アフマド・レザ・ラダン将軍をホセイン・アシュタリ氏の後任として警察署長に任命した。ハメネイ師は警察に対し、「能力の向上」と「様々な治安部門の特別部隊の訓練」を命じている。ラダン将軍は、前任者のアシュタリ氏と同様にイランの精鋭部隊「イスラム革命防衛隊」(IRGC)出身者だ。ラダン氏は 2010年 に米国から制裁を受け、後に欧州連合(EU)からも、2009年のイラン大統領選挙後の抗議行動に関連した「人権侵害」で制裁を受けている。

 イラン国営通信IRNAによると、IRGCの最高司令官ホセイン・サラミ少将は10日、シスタン南東部とバルチスタン州の州都であるザヘダンで演説し、「敵は暴動を扇動することによってイランに不和と分裂の種をまこうとしている」と主張し、敵対的な陰謀を断固として阻止する姿勢を改めて強調した。ハメネイ師は、「国内の抗議デモの背後で米国やイスラエルが画策している」と批判してきた。

 なお、イラン出身ドイツ在中のイラン問題専門家、ナタリー・アミリ女史は10日、オーストリア国営放送とのインタビューの中で、「イラン国民は44年間続いてきたイスラム教国家の体制チェンジを願っている。抗議デモは既に4カ月間も続いている。イランの過去のデモは中産階級や学生、労働者を中心としたものだったが、今回は女性が立ち上がり、クルド系の少数民族系の国民と連携しながらデモを行っている。国の民主化はイラン国民の手によってしか実現できないが、ドイツなどEU諸国はイランのIRGCをテロ組織に認定すべきだ」と述べている(米国は2019年4月、IRGCをテロ組織と認定している)。

 なお、未確認情報だが、首都テヘランでは当局への抗議の意思表示として女性の4分の3は現在、スカーフを着用していないという。

イランを怒らせた習近平主席の発言

 一人のイスラム教スンニ派の信者が「ユダヤ教徒やキリスト信者とは何とかやっていけるが、絶対一緒にやりたくない相手はシーア派信者だ」と語ったことがある。イスラム教はスンニ派とシーア派に分かれ、前者は多数派だ。具体的には、アラブの盟主サウジアラビアはスンニ派に属し、その中でも戒律が厳しいワッハーブ派だ。少数派の代表はイランだ。

170026093
▲習近平主席の発言に怒りを吐露するイランのアミラブドラヒアン外相(2022年12月12日、IRNA通信から)

 中国の習近平主席は9日、サウジの首都リヤドで開催された第1回中国・アラブ諸国首脳会談と第1回湾岸協力会議(GCC)首脳会談に出席した。同首脳会談後、公表されたコミュニケによると、アラブ諸国と中国双方は戦略的パートナーの関係を強化することで一致したという。習近平主席は「アラブと中国の新しい歴史が始まった」とその成果を強調した。

 その数日後、イランのテヘランから中国に警告ともいえるニュースが流れてきた。イランのホセイン・アミラブドラヒアン外相は12日、中国政府に対し、イラン・イスラム共和国の領土保全を尊重するよう求めるツイッターを更新した。同外相は中国語で「アブムーサ島、レッサートゥンブ島、グレータートゥンブ島の3つの島(Abu Musa, the Lesser Tunb, and the Greater Tunb)はイランの切り離せない部分であり、永遠に祖国に属する」と書いている。

 何のことかといえば、習近平国家主席が湾岸協力会議(GCC) 加盟国のアラブ指導者とともに声明を発表し、上記の3島の帰属権問題についてイランとアラブ首長国連邦(UAE)両国が協議するよう促したのだ。その後、イランの外相はIRNA通信を通じて「イランの領土保全を尊重するように」と間接的ながら習近平国家主席に抗議したわけだ。

 IRNA通信のイラン外相の発言を読んだとき、先のイスラム教スンニ派信者の話を思い出した。アブラハムから派生したユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3兄弟宗教があるが、イスラム教内のスンニ派とシーア派間の対立はイスラム教とユダヤ教、キリスト教とのそれより根が深いという。

 習近平主席はスンニ派の盟主サウジで戦略的には同盟国のイラン(シーア派)にイランが自国の領土を宣言している3島の帰属権について、紛争中のUAEと協議すべきだと受け取られるような発言をしたわけだ。習近平主席は大国意識もあって仲介役を演じたのかもしれないが、イラン側が気分を悪くするどころか、「習近平、何を言うのか」と怒りが沸き上がっても不思議ではない。

 例えば、イランが自国領土と宣言しているアブムサ島は、ペルシャ湾東部に浮かぶ島でホルムズ海峡入り口付近にある。UAEも領有権を主張している。島は古代からイランの一部であった。20世紀に入ると、イギリスが支配した後、同国は1968年、島の統治権を放棄。その後、イランが同島を再併合したが、UAEとの間で島の主権問題でこれまで紛争してきた経緯がある。

 国営サウジ通信が公表したコミュニケによると、アラブ諸国は台湾をめぐる中国の「一つの中国」原則、香港の統制政策を支持。同時に、人権問題の政治化を拒否することで合意している。例えば、中国では新疆ウイグル自治区のウイグル人弾圧問題、サウジでは同国の反体制ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)殺人事件で国際社会から激しく批判されてきた。サウジは中国共産党政権と同様、人権分野では大きな問題を抱えている。同国は欧米メディアで人権弾圧を糾弾されるたびに「内政干渉」と反論してきた。中東の盟主サウジと中国共産党政権は人権問題では共同戦線を敷く余地があるわけだ。

 中国の王毅外相は昨年3月24日〜30日、6カ国の中東(サウジ、トルコ、イラン、UAE、オマーン、バーレーン)を歴訪し、中国と中東諸国との外交関係強化に動き出してきた。

 中国は過去、中東諸国との外交関係で躊躇してきたのは、それなりの理由がある。サウジを含む中東はイスラム教という宗教が大きな影響を持つ地域であり、人権問題で共同戦線が出来ても、遅かれ早かれ宗教問題で中国共産党政権と衝突する可能性があるためだ。例えば、ウイグル自治区のウイグル人の多くはイスラム教徒(主にスンニ派)だ。そのウイグル人への弾圧を中東諸国はいつまでも黙認できないし、中国共産党政権の宗教政策を批判せざるを得なくなるだろう。ちなみに、トルコは中国から逃げてきたウイグル人を受け入れている。

 そして今回、習近平主席はサウジを訪問し、そこでイランに対し、同国の島の領土問題でUAEと協議するように助言した。同主席にはシーア派のイラン側が中国側の提案をどのように受け取るか、といった配慮が欠けていたわけだ。アブラハムの3大宗教が広がる中東地域での中国の外交の前には、常に「宗教」というハードルが控えている。

風紀警察の解体より「ヒジャプ廃止」を

 イラン検察が4日、風紀警察を廃止する意向を表明した。このニュースはイラン聖職者体制が2カ月半に及ぶ国民の抗議デモに対して譲歩を示したものと歓迎する声が聞かれる一方、同国内務省が正式に発表するまで喜ぶのは時期尚早と警告する意見と共に、「風紀警察を解体するより、女性のヒジャプ着用義務の廃止を決めるべきだ」という声が出ている。

167005977983919700
▲「憲法実行の責任に関する会議」で演説するライシ大統領(2022年12月3日、イラン大統領府公式サイトから)

 イランのクルド系女性マーサー・アミニさん(22歳)が9月13日、テヘランでスカーフをイスラムの服装規定に基づいて着用していなかったとして、風紀警察によって拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去したことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求する抗議デモが広がってきた。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧。オスロ拠点の非政府組織「イラン・ヒューマン・ライツ」が先月29日公表したところによると、全国的な抗議デモの参加者のうち、少なくとも448人が治安部隊によって殺された」と発表した。また、ヴォルカー・ターク国連人権高等弁務官は先週、抗議デモで子供を含む1万4000人が逮捕されたと述べた。

 イラン当局は抗議デモの拡大を「米国、イスラエル、海外居住反体制派イラン人たちの画策」と反発し、強権で抗議デモを抑えてきた。しかし、抗議デモ参加者は増加し、女性の権利回復だけではなく、イスラム聖職者体制の打倒、ハメネイ師の辞任を要求してきている。欧州議会はイランの人権弾圧を批判する非難決議を採択するなど、国際社会のイラン批判は高まってきている。

 イラン検察が風紀警察の解体の意向を表明することで、抗議デモ参加者の要求を受け入れる形で譲歩したわけだが、内務省は5日現在、何も発表していない。そのうえ、最高指導者ハメネイ師はイラン検察の意向に関して何もコメントを発表していないことから、抗議デモ参加者も「正式に発表されるまで抗議デモを継続する」意向を明らかにしている。

 事例の動向を時間の経過と共にまとめてみる。

 モンタセリ検事総長は2日、「議会と司法が、女性にスカーフの着用を義務付ける法律を見直すために調査委員会を設置する」と語った。 同検事総長によると、「1、2週間で調査委員会の結果が発表されるだろう」というが、法律の何が変わるかについては説明しなかった。風紀警察は内務省の管轄だが、内務省は解体に関してこれまで何も発表していない。

 モンタセリ検事総長の発表について、抗議デモ参加者は、「問題は風紀警察ではなく、スカーフの着用義務だ。女性はスカーフなしでどこにでも行けるようになるべきだ」と主張し、「風紀警察の解体は最初の一歩にすぎない」と述べている。

 ちなみに、風紀警察は2006年、超保守派のマフムード・アフマディネジャド大統領の下で設置された。曰く、「品位とヒジャブの文化を広めることを目的」としてきた。風紀警察はイラン社会では常に物議を醸すテーマだった。イランの女性は 1983年以来、スカーフを着用しなければならない。

 ライシ大統領は3日夜、国会議長のモハメッド・バガー・ガリバフ国会議長とゴラム・フセイン・モフセニ・エドシェヒ法相らと緊急会議を開いている。協議の内容は公開されていない。ライシ大統領は3日、テレビで演説し、「私たちの憲法は、強力で不変の価値と原則を有している。しかし、その内容を柔軟に実施する方法はある」と述べ、女性への服装規定について柔軟に解釈する可能性を示唆している。

 なお、アフマド・ワヒディ内相は4日、抗議デモに関する調査委員会の設置について、「デモ参加者も制度批判者も他の政党も同委員会に参加することはできない。調査委員会は抗議の根源を探るためのものであり、関連当局と独立した法律専門家のみが委員会での議論に参加できる」と説明した。抗議デモ参加者たちからは、「抗議運動の指導者や野党政治家の参加なしに抗議活動を調査しても建設的な結果は得られない」と指摘し、調査委員会の設置案を「ばかげている」と一蹴している。

 抗議デモ参加者は5日から全国でデモとストライキを計画している。ストライキは3日間続くという。ライシ大統領は7日、イランの「学生の日」にテヘラン大学を訪問する予定だが、抗議デモはその日に最高潮に達する。イラン各地でデモ参加者と治安部隊の衝突が懸念されている。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ