ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

チェコ

ロシア「EU議長国チェコを狙え」

 そのような事態が起きるだろうとは予想していたが、夏季休暇が過ぎ、9月が始まるとすぐに起きた。チェコの首都プラハで3日、約7万人が参加した大規模なデモが行われた。ロシアのプーチン大統領が軍をウクライナに侵攻させて以来、欧州各地でロシアのウクライナ侵攻に抗議するデモは開かれたが、今回のデモはロシア批判というより、「政府はウクライナ支援ではなく、国民生活の改善に努力を」というものだ。要するに、ウクライナではなく、チェコ・ファーストを叫ぶデモだった。

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▲今年下半期のEU議長国チェコのフィアラ首相(右)とEUのフォンデアライエン委員長(中央)2022年7月1日、チェコ政府公式サイトから

 ロシア軍が2月24日、ウクライナに侵攻した直後、欧州連合(EU)は「ウクライナを救え」ということで結束し、米国らと共に対ロシア制裁を一斉に実施する一方、北大西洋条約機構(NATO)はウクライナへの軍事支援を実施、ウクライナへの連帯の輪は急速に広がっていった。欧米指導者たちはロシア軍と戦うウクライナに連帯を示すためにキーウ詣をし、ゼレンスキー大統領を鼓舞してきた。

 それが8月に入った頃から、祖国防衛で士気が高かったウクライナ兵士にも戦い疲れが目立ち始めた。一方、ウクライナ支援で結束してきた欧州では、プーチン大統領が天然ガス、原油などのエネルギーを武器に供給制限に乗り出してきたこともあって、エネルギー価格は高くなり、物価高騰がみられてきた。月のインフレ率は10%を超えるなど、国民の生活は圧迫されてきた。

 チェコはウクライナ戦争勃発後、他のEU諸国と同様、対ロシア制裁を実施する一方、旧ワルシャワ条約機構時代の武器を提供してきた。同時に、ウクライナからの避難民を積極的に迎え入れてきた。チェコが他の欧州諸国より飛びぬけてウクライナ支援を実施してきたわけではない。

 チェコでは昨年10月8、9日の両日、議会選挙(下院、定数200)が実施され、リベラル・保守政党の野党連合(Spolu)と左翼のリベラルの政党「海賊党」と「無所属および首長連合」(STAN)の選挙同盟が勝利し、野党連合のペトル・フィアラ首相を中心とした連立政権が昨年12月17日、発足したばかりだ。

 そのチェコは7月1日から今年下半期のEU議長国だ。新政権は議長国として5点から成る政策課題の優先事項を発表している。第1の課題は長期化の様相を深めているウクライナ戦争への対応だ。具体的には、ウクライナへの武器供給、難民収容、経済支援を含む人道支援だ。ウクライナのゼレンスキー大統領が、「ロシアとの戦争は単なるロシア・ウクライナ戦争ではなく、独裁国家ロシアと欧州の民主国家との戦いだ」と強調してきた。フィアラ首相は当時、「ウクライナの復興とEU加盟支援は大きな課題だ」と述べている。

 EU議長国は27カ国から成る加盟国の協調を促進する役割を担っている。その議長国でウクライナ戦争勃発後初めて「ウクライナよりも自国民優先を」というデモが行われたのだ。EU全体に大きな影響を与えることは必至だ。

 チェコの隣国ハンガリーのオルバン政権はプーチン大統領と個別で交渉し、ロシア産天然ガスの供給増しでモスクワと合意している。オルバン首相は、「私はハンガリー国民の生活に責任を有する立場だ」と説明、厳冬で国民が暖房できないような状況を避けなければならないから、ブリュッセルの方針よりハンガリー優先の政策を実施してきたわけだ。チェコ国民はオルバン政府の政策を知っているから、「わが国もウクライナ支援ばかりではなく、国民の生活改善に力を入れるべきだ」といった声が出てくるわけだ。

 ロシアのプーチン大統領はニヤニヤしながら喜んでいることだろう。ロシア国営のエネルギー大手ガスプロムは8月31日、ロシアからドイツに続くパイプライン「ノルド・ストリーム1」を経由するの欧州へのガス供給を完全に止めている。9月が始まった、学校も再開した。新型コロナウイルスの感染対策もある。そのような情況下で、チェコ国民がデモをする気持ちは理解できるが、他の国でも同じようなデモが行われれば、対ロシア制裁は効果を失っていく一方、軍事大国ロシアと戦うウクライナは苦しくなる。

 セレンスキー大統領はロシア側に占領された領土を奪い返し、クリミア半島の奪回をも視野に入れている。米国からの軍事支援は続いているが、戦いの長期化は避けられない。戦争が続けば、家計が苦しくなる国民は増える。そうなれば、プラハ市民のようなデモが欧州各地で行われ、ウクライナ戦争はロシア側に有利となっていく、という懸念が出てくる。

 その意味で、プラハ市民の4日のデモはウクライナ戦争の行方に大きな影響を与えることが予想されるわけだ。欧州はウクライナ支援を継続していくためにも、物価高騰などで苦しむ国民の救済が急務となってきた。容易ではないが、欧州はエネルギー価格高騰に対してはロシア産石油価格の上限設定など統合した政策を実施する一方、国民の経済的負担を軽減する対策を積極的に実施すべきだ。ショルツ独政権は4日、総額650億ユーロの第3家計負担軽減策を決めている。年金生活者や学生への一時金支給から電気代上限設定などが含まれている。

 参考までに、プラハで7万人の大規模なデモが行われた背後には、ロシア情報機関の工作があったのではないか。独週刊誌シュピーゲル(8月27日号)は「プーチンの陰の戦士」というタイトルの記事で、「ロシアが欧州全土でハッカー、スパイ工作、サボタージュなどを行っている」と警告を発している。ロシアはEU議長国チェコの国内世論を操作し、EUの対ロシア制裁の結束を崩す工作を仕掛けてきているのではないか。

EU議長国チェコの対中政策

 少し遅れたが報告する。中欧のチェコは7月1日、フランスから欧州連合(EU)の議長国を引き継き、下半期議長国(7月〜12月)の座に就任した。欧州がロシア軍のウクライナ侵攻、それに関連し、エネルギー問題・物価高騰、地球温暖化対策など難問に直面している時だけに、チェコのかじ取りが注目される。

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▲チェコ新政権が今年1月7日、台湾など民主主義諸国との協力を強化するとの外交政策を発表したことを受け、中華民国外交部は、歓迎の意を示した。(中央社)

 チェコでは昨年10月8、9日の両日、議会選挙(下院、定数200)が実施され、アンドレイ・バビシュ首相が率いるポピュリスト運動「ANO2011」が反バビシェで結束したリベラル・保守政党の野党連合(Spolu)と左翼のリベラルの政党「海賊党」と「無所属および首長連合」(STAN)の選挙同盟に僅差ながら敗北した。

 その結果、野党連合のペトル・フィアラ首相を中心とした連立政権が昨年12月17日、発足したばかりだ。EU懐疑派だったバビシュ前政権とは異なり、フィアラ新政権は親EU路線を推進していくものと予想されている(Spoluと「海賊・STAN」の2選挙同盟は政治路線が全く異なる。選挙戦ではバビシュ降ろしで結束できたが、連立政権の政策運営で相違が浮き彫りになる可能性は排除できない)。

 新政権にとってEU議長国就任はそのプレゼンスを欧州全土に知らしめるチャンスだ。それに先立ち、新政権は6月15日、議長国として5点から成る政策課題の優先事項を発表している。第1の課題は4カ月が過ぎ、長期化の様相を深めているウクライナ戦争への対応だ。具体的には、ウクライナへの武器供給、難民収容、経済支援を含む人道支援だ。ウクライナのゼレンスキー大統領が、「ロシアとの戦争は単なるロシア・ウクライナ戦争ではなく、独裁国家ロシアと欧州の民主国家との戦いだ」と強調しているように、ウクライナ戦争はEUの存続を賭けた戦争ともなってきている。フィアラ首相は、「ウクライナの復興とEU加盟支援は大きな課題だ」と述べている。

 第2はウクライナ戦争に関連して先鋭化してきたエネルギーの安全保障問題だ。ロシア産の石炭、石油、天然ガスに依存してきた欧州諸国にとっては、ロシアが地下資源を武器として脅迫してきただけに、EU加盟国にとって安全なエネルギー確保は急務となってきている。特に、再生可能エネルギーを掲げ、脱原発、脱石炭を掲げるEUの経済大国ドイツにとって大きな挑戦だ。

 EUはエネルギー安全保障については、「欧州グリーン・ディール」を推進する政策パッケージ「Fit for 55」を掲げ、温室効果ガス削減目標の達成に向けて、エネルギーのロシア産化石燃料依存から脱出、水素エネルギーへの転換を進めることを政策課題としている。

 そのほか、欧州の防衛力、軍事力の向上、サイバー・セキュリテイの強化問題だ。EU加盟国は同時に北大西洋条約機構(NATO)加盟国が大多数であることもあって、EUとNATOの連携強化が問われるわけだ。その意味で、マドリードで開催されたNATO首脳会談は米国を加え、NATOの拡大強化が明らかになったばかりだ。

 EU議長国となったチェコの外交で注目される点は、前政権下で進められてきた親台湾政策だ。チェコのミロシュ・ビストルチル上院議長が2020年8月末から9月5日にかけ台湾を訪問し、中国から激しい批判を受け、経済制裁まで受けた。台湾から招請されたヤロスラフ・クベラ前上院議長が不審な急死を遂げ、事件の背景についてメディアでも大きく報道されたことはまだ記憶に新しい(「中欧チェコの毅然とした対中政策」2020年8月10日参考)。

 「Taiwan Today」(TT)によると、中華民国外交部(台湾)は1月、「台湾とチェコの関係は常に緊密で、友好的。フィアラ政権とは自由、民主主義、基本的人権の尊重などの価値観を共有し、理念を同じくするパートナーシップを構築している。2021年に行われたチェコ議会下院選挙で勝利した野党連合による新政権は、台湾との関係を強化する選挙公約を示した。政策方針でも台湾との関係強化を打ち出したことは、両国の関係がさらに発展することを重要視しているものだ」と述べ、両国間の関係深化を期待する声明を公表している。

 フィアラ新政権下で新台湾政策が継続されていくならば、中国から経済制裁を含む圧力がさらに強まってくることが予想される。中国側はチェコの親台湾路線の修正を図るためにさまざまな手段を行使するだろう。ただ、ロシアのウクライナ侵攻に直面した今日、ロシアと連携する中国共産党政権に対する警戒心がEU、NATO内で広がってきている。中国共産党政権がプーチン大統領のウクライナ侵攻に倣い、台湾海峡に軍を進出させるのではないか、といった懸念だ。チェコはEU議長国として対ロシア、対中国政策で毅然とした対応が期待される。

ハリーク氏「教会は深刻な病気だ」

 チェコの著名な宗教社会学者であり神父でもあるトマーシュ・ハリーク氏は昨年、ワルシャワで開催された児童保護会議で講演した。聖職者の未成年者への性的虐待問題が多発する現在の教会にとって、非常に啓蒙的な内容を含んでいたのでその概要を紹介する。同内容はバチカンニュースが昨年9月22日報じている。

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▲チェコの著名な宗教社会学者トマーシュ・ハリーク氏(ハリーク氏のサイトから)

 ローマ・カトリック教会は今日、聖職者の未成年者への性的虐待問題に直面し、教会内外で信頼性を失い、多くの信者が教会から離れている。ハリーク氏は、「聖職者の性犯罪問題は久しく軽視されてきたが、ここにきて教会は取組み出した。聖職者の未成年者への性的虐待は個人の病気ではなく、教会システムの病気だ。だからより広い枠組みの中で考えなければならない。教会と聖職の神学的、牧会的、そして精神的な理解のレベルで多くの関連する問題を改革する必要がある。懲戒処分だけでは問題は解決しない」という。

 ハリーク氏は、「聖職者の性的問題は中世の改革の契機となった免罪符(贖宥符)発行事件と同じ役割を果たしている。聖職者の性的問題は一見、末端の限定された現象のように受け取られるが、実際はそうではない。教会と権力、聖職者と平信徒、その他多くの関係のシステムの病気を明らかにしているのだ。現代のカトリック教会の状況は、改革直前のそれに非常に似ている」と語る。

 同氏は、「教会の改革が制度の改革に留まるなら、表面的であり、教会の分裂につながる可能性が出てくる。16世紀の『カトリック改革』は、インスピレーションとしてとらえるべきだ。その本質的な要素は精神性の深化だった」と説明する。

 ローマ教皇ヨハネ23世(在位1958年10月〜63年6月)は1962年10月11日、教会の近代化と刷新のため「第2バチカン公会議」を開催した。ハリーク氏は、「教会の牧歌的なスタイルと現代の世俗的な世界との関係を改革しようとした試みだ。ただ、教会が近代との文化戦争を行えば、教会は歴史の行き詰まりに陥ってしまうから、『カトリック主義』から『カトリック性への移行』を試みたわけだ。この改革は、特に共産主義の支配下にある国々では、大部分が誤解され、実現されずにきた。聖職者主義のシステムは克服されていない」と説明する。

 そして、「現代の世界と合意するための公会議の努力は遅すぎた。モダニズムは1960年代にピークを迎え、その直後すぐに終わった。公会議はポストモダニズム時代での教会のあり方について何も準備していなかった。今日、社会的、文化的文脈全体が変化した。教会は宗教の独占を失った。世俗化は宗教を破壊こそしなかったが、変質させていった。今日の教会の主な競争相手は世俗的ヒューマニズムではなく、教会から解放された新しい形の宗教と精神性だ。教会が根本的に多元的な世界でその位置を見つけることは難しい。特に共産主義の過去によって形作られた教会は、この世界を理解するのに非常に困難を抱えている。ポーランド社会の現在の劇的な世俗化はその好例だ。共産主義時代の“ハードな世俗化”とポスト共産主義時代の“ソフトな世俗化”が起きている。前近代社会を懐かしむ誘惑は大きく、教会の中にはポピュリストやナショナリストの政治の流れと危険な同盟を組もうとする動きが見られる」と語る。

 聖職者の性的虐待は一面に過ぎない。1960年代の「性革命」に対する教会の反応は、恐れとパニックだった。教会の教えと司祭を含む多くのカトリック教徒の実践との間に格差が生じた。教会は、世俗的なメディアが聖職者の性スキャンダルを暴露したことを受け、偽善とスキャンダルに対処するために初めて動き出したが、それは余りにも遅すぎだ、というのだ。

 ハリーク氏は、「聖職者の性的虐待は、聖職者全体の危機だ。権力と権威を乱用する聖職者主義を克服しなければならない。この危機は、今日の社会における教会の役割を理解することによってのみ克服できる。教会は神の『巡礼者』が集まるところであり、キリスト教の知恵を学ぶ『学校』、『野戦病院』だ。そして『出会い、交流、和解の場』だ」と主張している。

 当方がハリーク氏の上記の発言の中で最も共鳴した箇所は、「今日の教会の主な競争相手は世俗的ヒューマニズムではなく、教会から解放された新しい形の宗教と精神性だ」という指摘だ。

チェコの「コロナ事情」と新政権

 「新型コロナウイルスへのワクチン強制接種に対して自分は最初は懐疑的だったが、パンデミックの拡大に直面してその考えを変えた」
 チェコのミロシュ・ゼマン大統領は慣例のテレビのクリスマス演説でこのように述べた。

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▲フィアラ首相(中央)=チェコ政府公式サイトから、2021年12月17日

 コロナ感染が拡大し、デルタ株、オミクロン株などの変異株が拡散してきた事態に直面し、欧州ではワクチン接種義務化について容認する声が高まってきている。ゼマン大統領もその1人だ。政治家が公の場で自身の考えが変わったと表明するケースはこれまで少なかったが、パンデミック以来、増えてきている。

 チェコの隣国オーストリアでも政府のコロナ政策を悉く批判してきた野党、リベラル政党「ネオス」のベアテ・マインル=ライジンガー党首は記者会見で、「自分はワクチン接種の義務化には反対してきた。国民の自由な判断を尊重していたからだ。しかし、ワクチン接種の現状やコロナ感染の拡大などをみて、ワクチン接種の義務化を支持することにした。さもなければ、第5、第6のロックダウンが回避できなくなるからだ」と説明していた。

 ゼマン大統領は、「ワクチン接種の義務化はパンデミック対策でわれわれが取れる対策の一つと確信している。実際、われわれは過去、他の多くの病気に対してワクチン接種の義務化を実行してきた。なぜコロナウイルスに対して反対するのか」と問いかけている。

 ゼマン大統領がここにきてワクチン接種義務に立場を変えた最大の理由は、オーストリア政府のワクチン接種義務化政策の影響があることは疑いない。オーストリアでは来年2月から接種義務化を実施することになっている。チェコのワクチン接種率は27日時点で1回接種率63・7%、2回完了62%で、欧州の中ではかなり低い。

 チェコでは11月22日から飲食店、宿泊施設、サービス店舗(美容院など)を利用する際にはワクチン接種証明又は感染済み証明だけが有効となり、PCR検査や抗原検査の陰性証明書は無効となった。そして11月26日から12月25日まで30日間の非常事態宣言が発令された。同国では5度目となる非常事態宣言下のコロナ規制は、ロックダウン(都市封鎖)は行わず、店舗は営業が継続され、店舗面積に応じた人数制限が行われ、レスピレーター(FFP2マスク)の着用義務、飲食店の営業時間は夜22時まで、公共の場での飲食は禁止、イベント参加人数は上限100人まで、スポーツやコンサートなどの文化イベントは1000人まで等となっている。

 非常事態宣言の終了後、 2、3のコロナ規制、外出制限は解除されたが、イベント参加人数などは一層強化される。フィアラ新連合政権は27日から厳しい入国規制を施行する。ロイター通信によると、チェコでは新規感染者数は減少傾向にあり、平均1日6070人の新規感染者が報告されている。1日平均人数のピークだった11月26日の32%に当たる。パンデミック開始以降、12月26日時点で累計感染者数は244万5741人、死者数3万5749人だ。

 ちなみに、コロナ禍下で実施された下院選挙(10月8,9日)でバビシュ首相が率いるポピュリスト運動「ANO2011」が反バビシュで結束したリベラル・保守政党の野党連合(Spolu)と左翼のリベラルの政党「海賊党」と「無所属および首長連合」(STAN)の選挙同盟に僅差で敗北した。選挙結果を受け、ゼマン大統領は野党連合に新政権の組閣を要請する予定だったが、本人が病気に倒れ、入院。退院後、今度はコロナに感染して再入院となったため、新政権の発足は遅れ、12月17日になってようやく「市民民主党」(ODS)のペトル・フィアラ党首主導の新政権が誕生したわけだ。

 なお、バビシュ政権は2022年3月から60歳以上の国民にワクチン接種の義務を決定したが、新政権のヴラスティミル・ヴァレク新保健相は前政権のコロナ対策の見直しを発表している。左右両陣営の政党から構成されたフィアラ政権は欧州全土に急速に拡散するオミクロン株対策に取り組むことになる。ゼマン大統領の「ワクチン接種義務化」についての発言は今後の感染状況次第では本格的な議論を呼ぶかもしれない。

外遊できない国家元首の様々な理由

 中国の習近平国家主席は英グラスゴーで来月1、2の両日開かれる国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)首脳会合を欠席する見通し、というニュースが入ってきた。予想されたことだ。なぜなら習近平主席は中国武漢で新型コロナウイルスの感染が広まって以来、昨年1月のミャンマー訪問を最後に、2年余り外国訪問をしていないからだ。

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▲外国訪問を避ける習近平国家主席(2021年10月14日に開催された第2回国連グローバル持続可能な交通会議の開会式でビデオで基調演説する習近平主席、新華社国営通信から)

 習近平主席は欧州連合(EU)首脳やバイデン米大統領との首脳会談はもっぱら電話会談で済まし、対面会議は避けてきた。ただし、習近平主席は世界の首脳たちとその期間、60回あまり電話会談しているから、急に人見知りになったわけではないだろう。実情は会談したいが、対面会談はできないというのだ。もう少し突っ込んで言えば、他の首脳陣と対面会談するための外国訪問は出来ないわけだ。

 外に行くのが億劫になるほどの高齢者ではない68歳の習近平主席が外国訪問を避ける理由については、中国メディアでこれまで様々な憶測が流れている。最もよく言われるのは、習主席は「暗殺を恐れている」という説だ。大国・中国ともなれば、1人や2人、3人の政敵がいても不思議ではない。習近平氏は14億の中国人の国家元首だ。任期を延長して終身君臨を目論む主席には当然、数多くの政敵がいるだろう。

 海外中国メディア「大紀元」ではその辺の事情を詳細に報じているから、関心のある読者は読まれたらいい。「大紀元」によると、習近平主席は2012年に国家元首に就任して以来10回余り、暗殺の危機があったという。毛沢東となるとその数は60回というから、中国共産党の歴史は残虐な歴史を有しているわけだ。

 もう少し、習近平氏が外遊したくない理由を考えたい。2番目の理由はやはりコロナ感染を恐れているからというもの。外国を訪問すれば多くの政治家、関係者と話したり、食事を共にしなければならない。習主席に基礎疾患がないとしても感染する危険は高まる。基礎疾患がある場合、外国訪問が命取りとなる危険性が排除できない。賢明な習近平主席が、“外国訪問で政治指導者と対面会談する緊急議題はない”と考えても不思議ではないだろう。

 マクロン仏大統領のように、まだ若く、来年に大統領選挙が控えているとなれば、国内の問題でポイントが難しい場合、外国を訪問し、外国の大統領や首相らと対面している写真をフランス国民の手元に配信する必要も出てくるかもしれない。国益を守るために海外で奮闘する“われらが大統領”といった感じだ。習近平氏の場合、選挙はないし、国民の機嫌を取る必要もない。

 習近平氏の場合、政治的な理由(暗殺対策)や感染症予防(コロナ感染対策)のために外国訪問しないケースだが、再選してから病院入院や健康問題に追われ、外遊どころではない国家元首といえば、チェコのゼマン大統領(77)を思い出す。チェコで8日、9日の両日、議会選挙(下院、定数200)が実施され、アンドレイ・バビシュ首相が率いるポピュリスト運動「ANO2011」が反バビシュで結束したリベラル・保守政党の野党連合(Spolu)と左翼のリベラルの政党「海賊党」と「無所属および首長連合」(STAN)の選挙同盟に僅差ながら敗北した。その結果、野党連合が連立政権の組閣に取り組む予定だが、選挙結果を受けて新政権の組閣を要請する立場のミロシュ・ゼマン大統領は10日、バビシュ首相との会合後、倒れて病院に搬送され、集中治療室(ICU)に入るという事態が生じ、政権移行プロセスがストップしている。

 プラハからの報道によれば、ゼマン大統領報道官は、「11月8日に選挙後の最初の議会(国会)を開催する」というから、野党の選挙同盟が組閣の要請を受ける可能性がでてきた。バビシュ首相も15日、「野党になる。選挙同盟に組閣を委ねる」と述べているから、選挙後のゴタゴタも終結するかもしれない。

 ゼマン大統領は欧州では「外遊しない国家元首」と呼ばれてきた。それにしても、健康問題で外遊もできない大統領を選挙で再選させたチェコ国民にも責任の一端はある。

 外国訪問できない国家元首と言えば、既に故人となったオーストリアのワルトハイム大統領(在任1986〜92年)を思い出す。世界ユダヤ協会はナチス・ドイツ軍の戦争犯罪容疑でワルトハイム氏を戦争犯罪人として酷評、メディアはそれに合わせてワルトハイム氏を批判する記事を流し続けた。EUは加盟国にオーストリア訪問を避けるように要請したため、ワルトハイム大統領の任期中、ウィーンを訪問をする国家元首はいなかった。もちろん、招待状も届かない。メディアはウィーンの大統領府に留まるワルトハイム氏を「寂しい大統領」と呼んだほどだ。

 習近平氏は暗殺を恐れ、コロナ感染対策のために中国国内に留まり、ゼマン大統領は健康悪化でもはや外遊できる体力がなく、ワルトハイム氏の場合、過去の戦争犯罪疑惑で国際社会から孤立したため、外遊はできなかった。以上、外国訪問しない、できない3人の国家元首の事情を紹介した。

 蛇足だが、北朝鮮の金正恩労働党総書記の場合だ。彼は習近平主席に似ている点がある。当方は「金正恩氏の留守中『誰』が平壌を管理」2018年3月30日参考)で書いたが、北の独裁者の場合、平壌を留守にすることは容易ではない。誰を留守居役にするか、誰を随行させるか、移動手段は飛行機か電車か、など、考えなければならない懸念材料が山積している。北の独裁者を暗殺したい勢力が労働党内、人民軍内で機会をうかがっているからだ。

 金正恩総書記は2018年3月8日、2011年の実権掌握後、初の外国訪問として中国を非公式訪問した。北朝鮮発の特別列車が北京に到着した時、誰が乗っているかで国際メディアはスクープ合戦を展開した。北朝鮮の朝鮮中央通信が同日公表したところによると、金正恩氏の訪中には「ファースト・レディーの李雪主夫人のほか、崔竜海党副委員長、朴光浩党副委員長、李洙ヨン党副委員長、金英哲党副委員長兼統一戦線部長ら」が同行した。そして、実妹の金与正労働党副部長は平壌に留まり、留守番していたことが明らかになった。

 北の場合、独裁者は事前に海外訪問の日程を公表しない。公表は常に訪問が終わった帰国後だ。すなわち、「これから訪問します」ではなく、「われわれの首領様は訪問されました」という過去形とならざるを得ないわけだ。独裁者が自国を留守にする時、誰がその留守居役を担うかは、その独裁政権の政情を知る上で非常に重要な情報を提供する。

冷戦の生き残り「共産党」議席失う

 中欧のチェコで8日、9日の両日、議会選挙(下院、定数200)が実施され、アンドレイ・バビシュ首相が率いるポピュリスト運動「ANO2011」が反バビシェで結束したリベラル・保守政党の野党連合(Spolu)と左翼のリベラルの政党「海賊党」と「無所属および首長連合」(STAN)の選挙同盟に僅差ながら敗北した。その結果、野党連合が連立政権の組閣に取り組む予定だが、選挙結果を受けて新政権の組閣を要請する立場のミロシュ・ゼマン大統領(77)は10日、バビシュ首相との会合後、倒れて病院に搬送され、集中治療室(ICU)に入るという事態が生じ、政権移行プロセスにストップがかかっている(「チェコ総選挙後の政権交代は不透明」2021年10月12日参考)。

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▲フィリプ党首「選挙結果は失望した」(2021年10月11日、KSCM公式サイトから)

 ここまでは前日のコラムの内容だ。チェコ総選挙で看過できないことは、チェコ共産党(ボヘミア・モラビア共産党=KSCM)が議席獲得に必要な得票率5%のハードルをクリアできずに議会進出を逃したことだ。すなわち、チェコ共産党が議席を失ったのだ。1948年以来初めてのことだ。

 チェコ共産党政権は1989年のビロード革命で崩壊したが、その後も共産党は存続し、議会では議席を維持してきた。その点、民主化後、政治の表舞台から完全に姿を消すか、他の名称で細々と生き延びてきた他の東欧諸国の共産党とは異なる。チェコの場合、共産党の名称だけではなく、マルクス・レーニン主義を標榜しているのだ。

 旧チェコスロバキアで1968年、民主化を求める運動が全土に広がった。しかし、旧ソ連ブレジネフ共産党政権はチェコのアレクサンデル・ドプチェク党第1書記が主導する自由化路線(通称「プラハの春」)を許さず、ワルシャワ条約機構軍を派遣し、武力で鎮圧した。

 旧ソ連共産党政権の衛星国だった東欧諸国で1956年、ハンガリーで最初の民主化運動が勃発した(ハンガリー動乱)。「プラハの春」はこのハンガリー動乱に次ぎ2番目の東欧の民主化運動だった。ドプチェク第1書記は独自の社会主義(「人間の顔をした社会主義)を標榜し、政治犯の釈放、検閲の中止、経済の一部自由化などを主張した。チェコで「プラハの春」が打倒されると、ブレジネフ書記長の後押しを受けて「正常化路線」を標榜したグスタフ・フサーク政権が全土を掌握し、民主化運動は停滞した。フサーク政権下では民主運動はその後、一層厳しく弾圧された。

 劇作家のバーツラフ・ハベル氏(Vaclav Havel)、哲学者ヤン・パトチカ氏、同国の自由化路線「プラハの春」時代の外相だったイジー・ハーイェク氏らが発起人となって、人権尊重を明記した「ヘルシンキ宣言」の遵守を求めた文書(通称「憲章77」)が1977年、作成された。チェコの民主化運動の第2弾だ。そして1989年11月、ハベル氏ら反体制派知識人、元外交官、ローマ・カトリック教会聖職者、学生たちが結集し、共産政権に民主化を要求して立ち上がっていった。これが“ビロード革命”だ。チェコ共産党はこの民主化後も生き延びた。KSCMは1989年、チェコスロバキア共産党(ヴォイチェフ・フィリプ党首)の後継政党として結成された。

 チェコ共産党は前回の総選挙(2017年)では得票率7・76%で15議席を獲得した。バビシュ政権を閣外で支援してきたチェコ共産党は今回の選挙では得票率3・62%で5%の壁をクリアできずに議席を失った。もちろん、チェコ共産党は次回の選挙戦に出馬してくるだろうが、5%の得票率のハードルをクリアをできるか否かは不確かだ。ハードルは益々高くなっていくのではないか。

 共産党の今回の敗北について、フィリプ党首は11日、「私たちには強力な左翼党の必要性を有権者に納得させる能力がなかった。私にとって大きな失望であり、KSCMにとって大敗北だ。近代史上初めて、共産党がチェコ共和国の議会制民主主義の一部ではなくなることを意味するからだ」と述べている。

 チェコの共産党の歴史で興味深い話は、冷戦時代の最後の共産党書記長フサーク氏が死の直前、1991年11月、ブラチスラバ病院の集中治療室のベッドに横たわっていた時、同国カトリック教会の司教によって懺悔と終油の秘跡を受け、キリスト者として回心したことだ。無神論世界観を標榜する共産党の最高指導者が死の床でカトリック信者に回心したという話はチェコ国民に大きな反響を与えた。フサーク政権下で多くの宗教人が迫害され、収容所で拘束されてきたことを知っている国民にとって、神の業をみる思いでフサーク氏の回心劇を聞いたことだろう(「グスタフ・フサークの回心」2006年10月26日参考)。

 今回の選挙でチェコ共産党は議席を失った。共産党の敗北は冷戦時代を体験した国民にとって遅すぎたかもしれない。

チェコ総選挙後の政権交代は不透明

 中欧のチェコで8日、9日の両日、議会選挙(下院、定数200)が行われ、実業家で億万長者のアンドレイ・バビシュ首相が率いるポピュリスト運動「ANO2011」が反バビシェで結束したリベラル・保守政党の野党連合(Spolu)と左翼のリベラルの政党「海賊党」と「無所属および首長連合」(STAN)の選挙同盟に僅差ながら敗北した。その結果、野党連合が連立政権の組閣に取り組む予定だが、選挙結果を受けて新政権の組閣を要請する立場のミロシュ・ゼマン大統領(77)は10日、バビシュ首相との会合後、倒れて病院に搬送され、集中治療室に入るという事態が生じ、政権移行プロセスにストップがかることが予想される。

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▲チェコの政権の行方を握るゼマン大統領 習近平国家主席と会談するチェコのゼマン大統領(新華網日本語版から、2019年4月28日)

Spoluと「海賊・STAN」の2つの選挙同盟の議席を合わせると108議席で過半数をクリアした。Spoluは保守的な民主市民党(ODS)、「キリスト教民主同盟」(KDU−CSL)、そして市民自由党TOP09の3党から結成され、得票率で27・8%を獲得し、27・1%のANOを破ったことから、連立政権工作で主導権を握った。ただし、同国の憲法では組閣要請は大統領の任務だが、ゼマン大統領が病院に搬送されたため、政権移行は停滞する。その上、ゼマン大統領は、「第1党が連立工作の権利がある、選挙同盟ではない」と、これまで何度も表明してきただけに、ゼマン大統領が退院し職務に復帰したとしてもANOからSpoluへ組閣要請が出るかは不明だ。なお、両選挙同盟はANOとの連立は拒否している。

 ちなみに、ゼマン大統領は親ロシア、中国派の政治家だ。チェコのミロシュ・ビストルチル上院議長が昨年8月、台湾を訪問する際には中国からの要請を受け、強く反対してきた人物だ。同大統領はここ数年、健康が悪化し、再選後もほとんど外国訪問ができていない。チェコのメディアによれば、ゼマン大統領は肝臓を悪くしているという。

 ANOと連立を組んできた社会民主党(CSSD)は議席獲得に必要な得票率5%の壁をクリアできなかった。その他、共産党(KSCM)、「プリサハ」(誓約)も同様だ。トミオ・オカムラ(岡村富夫)氏が率いる極右派政党「自由と直接民主主義」(SPD)は得票率9・6%を獲得して議会に進出した。

 バビシュ首相は9日夜、選挙の敗北を認め、Spoluのトップ候補者、ODSの党首ペトル・フィアラ氏を祝福している。その一方、ゼマン大統領の決定待ちという姿勢を崩していない。なぜならば、政党としてはANOが第1党だからだ。問題は、ANOに組閣要請が出たとしても、どの政党と連立が組めるかだ。連立を組んだCSSDは議席を獲得できなかった。少数政権を政権外で支持した共産党も議会外だ。


 チェコの選挙戦は激しい他党批判に終始した。選挙戦終盤に入ってタックスヘイブンを利用する政治家、著名人を調査した「パンドラ・ペーパー」が公表され、億万長者のバビシュ首相の名前がそれに掲載されていたことから、野党やメディアはバビシュ首相を追及してきた。海賊党の党首、イヴァン・バルトシュ氏は「腐敗の兆候がある」として調査を要求した。同首相は、「いつものことだ。不動産の購入は事実だが、不法なことはしていない」と否定する一方、「この種の議論にはうんざりした。選挙で第1党になれなかったら私は政界から足を洗う」と警告を発していた。バビシュ首相は過去、首相自身が創設したAgrofert会社に欧州連合(EU)補助金の不正使用の疑いが浮上し、EU側も調査に乗り出した経緯がある。

 チェコでも新型コロナウイルスの感染が拡大し、一時期、人口比では欧州で最も多くの死者を出した。ANOとCSSDの連立政権はコロナ対策の欠如を批判され、世論調査でも支持率を落としたが、ワクチン接種キャンペーンを開始し、新規感染者が減少。バビシュ首相は政権の成果を有権者に訴える一方、公共部門の賃金、給与、年金のアップを公約してきた。

 なお、Spoluと「海賊・STAN」の2選挙同盟は政治路線が全く異なる。選挙戦ではバビシュ降ろしで結束できたが、連立工作が始まれば相違が浮き出てきて組閣工作が難航することが考えられる。投票率は65%弱で、前回選挙(2017年)の61%より上回った。

 なお、ブリュッセル(EU本部)はチェコの総選挙の動向を注視している。チェコは来年下半期のEU理事会議長国だ。EU懐疑派で移民受け入れを拒否するバビシュ政権の継続はEUにとっては歓迎できない。

 いずれにしても、総選挙後の新政権発足の鍵は集中治療室(ICU)に横たわる大統領が握っているわけだ。大統領が職務履行能力を失った場合、チェコは憲法危機に陥ることになる。

ハベル「失った希望を探して耐えた」

独仏共同出資の放送局「アルテ」(ARTE)はチェコの元大統領バーツラフ・ハベル(Vaclav Havel)が亡くなって今年12月で10年目を迎えることを受け、ドキュメンタリー番組を放映した。番組のタイトルは「バーツラフ・ハベル、自由な人間」だ。

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▲インタビューに応じるハベル氏(1988年8月、プラハのハベル氏宅で撮影)

 ハベルは旧チェコスロバキア共産党政権崩壊直後の最初の民主選出大統領(1989〜92年)であり、連邦解体後、チェコ初代大統領(1993年〜2003年)を務めた。ハベルは東欧の民主改革の立役者としてポーランドの自主管理労組「連帯」の指導者レフ・ワレサ氏と共に国際社会で多くの名誉と称賛を勝ち得てきた。

 ハベルは反体制派グループ「憲章77」のリーダーであり、劇作家だった。「憲章77」とは1977年、ハベル、哲学者ヤン・パトチカ、同国の自由化路線「プラハの春」時代の外相だったイジー・ハーイェクらが発起人となって、人権尊重を明記した「ヘルシンキ宣言」の遵守を求めた文書だ。挫折した「プラハの春」後の第2弾のチェコの民主化運動の出発点となった。そして1989年11月、ハベルら反体制派知識人、元外交官、ローマ・カトリック教会聖職者、学生たちが結集し、共産政権に民主化を要求して立ち上がっていった。これが通称“ビロード革命”(1989年11月)と呼ばれる民主革命だ(「『プラハの春』50周年を迎えて」2018年8月10日参考)。

 「プラハの春」20周年を迎えた1988年8月、プラハのモルダウ川沿いにあったハベルのアパートで単独会見したことを今も鮮明に思い出す。ハベルの自宅周辺は私服警察によって厳重に監視されていたこともあって、当方はかなり緊張した。約30分間ほどのインタビューだったが、最後の質問の時、ハベルは、「自分は英語では十分に話せないので、チェコ語で答えるから、ウィーンに戻ったらチェコ人に通訳してもらってほしい」と語った。当方はハベルから自筆サインをもらうと、素早くアパートから離れた。

 また、ハベルが1989年、プラハのヤン・フス像広場でデモ集会した日を思いだす。集会の日の夕方になると、多数の市民が広場に集まってきた。同時に私服警官がデモに参加する市民らを監視していた。市民は散歩するような様子で広場周辺に近づく。当方は反体制派からデモ集会開催の時間を聞いていたから、広場で観光客のような恰好で時間がくるのを待った。

 デモ集会の時間がきた。広場には緊迫感が漂う。1台の小型車が広場に近づき、車から誰かが降りてきた。ハベルだ。彼は直ぐにフス像に近づき、天に向かってVサインをした。すると広場にいた多数の市民が一斉にハベルのところに集まった。私服警官はハベルの周囲を囲む、ハベルは紙を出して何かを読み上げていた。当方は写真を撮ろうとしたが、私服警官がカメラの前にきて妨害。集会は短時間で解散させられた。多くの市民が拘束された。当方はデモが解散させられると、直ぐにその日宿泊す予定の宿に向かったが、私服警官が追ってくるのではないかと内心ひやひやした(「『ビロード革命』の3人の主役たち」2014年11月16日参考)。

 ハベルはタバコを手から離さない。共産政権下の反体制活動家にはヘビー・スモーカーが多いが、ハベルもその1人だった。彼は通算5年間の刑務所生活を送っている。喫煙は唯一の楽しみだったという。しかし、それがハベルの健康を害した。10年前の2011年12月18日、75歳で死去した。ハべルの葬儀(国葬)にはクリントン元米大統領夫妻(当時)、サルコジ仏大統領(同)ら欧米社会の首脳たちが参列した。

 ビロード革命を推進したハベル、イリ・ハイエク外相(当時)、そしてトマーシェック枢機卿はいずれも亡くなった。チェコスロバキアは1993年1月、連邦を解体し、チェコとスロバキア両共和国に分かれた。両国とも現在、欧州連盟(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の加盟国だ。

 ハベルと45年間付き添ってきたオルガ夫人が亡くなった時、ハベルは、「オルガは自分にとって妻だけではなく、母親であり、姉だった。常に自分の傍にあって支えてくれた人間だった」と述べている。ハベルは刑務所に拘留されていた時、3歳年上の妻オルガに手紙を書いた。後日、「オルガへの手紙」となってまとめられ出版されている。ハベルはオルガ夫人が亡くなると、その1年半後、女優と再婚した。その時、多くのチェコ国民はオルガゆえにハべルの再婚を余り歓迎しなかった。

 アルテ放送の番組の中でハベルは、「自分は捕まった時は彼らの要求や命令を直ぐ受け入れたよ。しかし、心の中では自分の信念は変わらなかったから、最後は自分が勝つんだ」と述べている。刑務所生活では、「希望はなかった。しかし、失ってしまった希望を見付けられるという希望だけは捨てずに耐えてきた」と語っている。

 ハベルは労働者階級の出身ではなく、裕福な資産家の家庭出身者だ。彼は自由を愛し、ドラマを書いた。そのハベルが反体制派活動家となり、最後は大統領になった。歴史がハベルを使い、東欧共産圏の民主改革を推し進めていったのだろう。ハベルは本来、政治家ではなかった。ハベル自身、「自分は冒険家ではない。ひょっとしたら歴史の中で出てきた間違った登場人物ではないか。自分の人生の歩みは童話であり、悲劇であり、喜劇だ」と語っている。

 チェコ国民はハベルを敬愛してきた。それは、大統領時代の功績というより、反体制派活動家として民主化のため命がけで戦った人間・ハベルの姿を忘れることができないからだろう。それは当方にとっても同じだ。アルテ放送の語り手は、「ハベルはチェコと国民に自由を与えてくれた」と評している。

チェコ・ロシア両国の外交関係悪化

 チェコとロシア両国関係が急速に険悪化してきた。接の契機は、チェコ政府が17日、ロシアの2人の軍参謀本部情報総局(GRU)員が2014年、チェコのヴルビェティチにある弾薬庫を破壊したとして、在プラハの18人のロシア外交官の国外追放を指令したことだ。それに対し、モスクワは18日、在モスクワの20人のチェコ外交官の国外追放で報復に出た。チェコ政府は21日、ロシア側に在モスクワのチェコ外交官追放処分の撤回を要求。ロシアが拒否したことを受け、チェコ外務省は22日、「5月末までに在プラハのロシア外交官の数をモスクワ駐在のチェコ外交官数と同規模に落とすべきだ」と最後通告を発した。具体的には60人以上のロシア外交官の追放となる。

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▲ロシアの弾薬庫爆発事件の詳細を明らかにするチェコのクルハネク外相(2021年4月22日、チェコ外務省公式サイトから)

 チェコ南東部のヴルビェティチ弾薬庫爆発はロシアの2人の工作員の仕業であることは判明しているが、モスクワはチェコ側の批判を一蹴してきた。なお、ロシア工作員が破壊した爆弾倉庫にはウクライナ向けの弾薬が保管されていたことから、ロシア側が弾薬庫の破壊工作を実施したと受け取られている。同事件で2人の犠牲者が出ている。チェコのミロシュ・ビストルチル上院議長は「ロシアの国家テロ事件だ」と非難している。

 ちなみに、プラハには94人のロシア外交官が駐在している一方、モスクワにはチェコ外交官は24人だ。そのうち、20人が既に国外退去を受けているため、チェコ側は「モスクワでの通常な外交活動が難しくなったきた」という。

 チェコ政府の最後通告に対し、モスクワ外務省は「ヒステリーだ」と批判。それに対し、チェコのクルハネク新外相は、「外交関係に関するウィーン条約第11条に基づく通常の反応に過ぎない」と説明している。同時に、「わが国はロシア外交官の国外退去に対し48時間の猶予を与えたが、ロシア側はわが国の外交官に24時間以内の国外退去を命じた」と不快を表明している。ロシア外務省報道官は、「チェコはわが国との関係を破壊しようとしている。わが国も報復処置を取らざるを得ない」と強硬姿勢を崩していない、といった具合だ。

 チェコ側の反応で興味深い点は、ゼマン大統領の姿勢だ。同大統領は今回のチェコ・ロシア関係の関係悪化に対して何も語っていない。チェコのバビシュ首相は記者会見で、「今回の処置は決して好ましくないが、わが国は主権国家だ。ロシアとの関係悪化がエスカレートしないことを願う。ロシア側がわが国の対応を認識することを期待する」と述べているが、ゼマン大統領は沈黙し、ロシアに対して一言も批判をしていないのだ。

 ゼマン大統領が親ロシア派、親中国派の政治家であることは周知の事実だが、国が大国ロシアの圧力を受けている時、大統領が沈黙し、ロシアに対して苦情をいわないのでは問題だ。プラハからの情報によると、ゼマン大統領は25日、今回の件で公式表明する予定という。

 蛇足だが、チェコのミロシュ・ビストルチル上院議長が昨年8月末から9月5日にかけ台湾を訪問し、中国から激しい批判を受け、それだけではなく経済制裁まで受けた。台湾から招請されたヤロスラフ・クベラ前上院議長が不審な急死を遂げ、事件の背景についてメディアでも大きく報道された。その時もゼマン大統領は中国批判を控えるなど、その政治姿勢は親ロシア、親中国色が明らかだ(「中欧チェコの毅然とした対中政策」2020年8月10日参考)。

 ゼマン大統領から支援はないが、大国ロシアと対峙するチェコに対し、欧州連合(EU)加盟国から連帯支援の声が高まっている。隣国スロバキアは、「わが国はチェコ政府の対応を支持する」と表明し、エドワード・へゲル首相は、「わが国も在ブラチスラバの3人のロシア外交官に対し、7日間以内に国外退去することを命令する」と述べている。同国のヤロスラフ・ナエ国防相は、「わが国の情報機関と同盟国からの情報に基づいた対応だ」と説明。

 ドイツのハイコ・マース外相はチェコ外相との電話会談でチェコ側の対応を支持し、(外交官が急減した)在モスクワのチェコの外交活動を応援すると約束。メルケル独首相はバビシュ首相と電話会見で同じように支持を伝えている。

 また、ブリュッセルの北大西洋条約機構(NATO)は22日、チェコとロシアの関係悪化について懸念を表明する声明文を発表するとともに、チェコの対応に連帯表明している。

 「まさかの時の友こそ真の友」と言われるが、EU、NATOの加盟国チェコは身内には親ロ、親中国派の大統領を抱えているが、幸い多くの友を持っている。ワルシャワ条約機構軍(当時)がプラハの民主化路線を粉砕したプラハの春(1968年)の再現はもはや考えられないわけだ。

チェコ、中国製ワクチンを輸入?

 チェコが中国共産党政権に中国国家医薬集団「シノファーム」(Sinopharm)の新型コロナウイルスへのワクチン支援を要請、という外電が3日報じられた。在中のチェコ大使館関係者によると、中国政府はチェコの要請を快諾したという。チェコは2月末、新型コロナ感染予防のワクチンを中国とロシアから輸入すると発表している。

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▲オーストリア政府が今月1日から無料配布した中国製の抗原検査キット(2021年3月4日、ウィ―ンで撮影)

 チェコ(人口約1100万人)では3日、新規感染者数は1万6642人で、過去7日間で人口10万人当たりの新規感染者数は780人だ。パンデミック以来、累積感染者数は約130万人、2万0941人が亡くなっている。同国保健省の発表では現時点で8162人が病院で治療を受けている。その数字はパンデミック以来の最高値だ。そのうち、1660人の患者は人工呼吸器の助けを必要としているという。

 ヤン・ハマーチェク内相によると、チェコは緊急シナリオを実施中で、加盟国に医療支援を要請した。ドイツは19人の患者を受け入れて、スイスは医療飛行機を派遣して20人の患者の受け入れ、ポーランドでは約200人のベットをチェコ患者用に準備しているという。チェコ保健省は家庭医や救援医療員に対し病院の治療に従事することを義務付けるという。

 一方、同国第2の都市ブルノ市の大学病院では医療薬品としてまだ認知されていない医薬品駆虫薬イベルメクチンがコロナ治療に使用されている。アンドレイ・バビシュ首相は「臨床試験の結果を待っている時間がない。とにかく試みる以外にない」と述べている。

 チェコでは昨年3月の第1封鎖と同様、不要不急の外出は禁止され、食料品の買い物、職場に行く時、病院に通う時だけ外出が出来る。全ての営業は停止・閉鎖され、食料品店、薬局、医療関連施設だけがオープン。昨年10月12日、新型コロナウイルス感染拡大防止のための法律に基づき、公共の場の飲酒、飲食店の営業などを禁止する措置を導入した。それでも新規感染者の増加をストップできない為、同国全土を対象とした第2のロックダウンを実施しているわけだ。

 バビシュ首相は感染急増現象について、「狂ったように増え続けている」と表現していたほどだ。チェコは第1波の新型コロナ感染ではいち早くマスクの着用を実施するなど、イスラエルなどと共に短期間に感染を抑えることに成功し、欧州でも新型コロナ対策では高く評価されてきたが、その後、欧州で最も感染が急増する国になってしまった。

 ところで、チェコでは中国武漢発新型コロナ感染が発生して以来、国内で反中傾向が見られる。同国のミロシュ・ビストルチル上院議長が8月末から9月5日にかけ台湾を訪問し、中国から激しい批判だけではなく経済制裁を受けた。台湾から招請されたヤロスラフ・クベラ前上院議長が不審な急死を遂げ、事件の背景についてメディアでも大きく報道された(「中欧チェコの毅然とした対中政策」2020年8月10日参考)。

 そのチェコで中国製ワクチンの輸入要請という話を聞いて、同国のコロナ禍の深刻さが理解できた。中国共産党政権に対し批判的なチェコがコロナ予防のためにブリュッセルからのワクチン供給を待っていることは出来ない、と判断して急遽、中国製ワクチン輸入となったわけだ。

 ちなみに、欧州連合(EU)では、オルバン政権のハンガリーは既にロシア製ワクチンの輸入を実施中だ。オーストリア政府も中露両国からのワクチン輸入を検討している、といった具合だ。ハンガリー国民の間にはロシア製ワクチンの接種に抵抗感が強い。EUのワクチン供給計画が遅滞し、ドイツやオーストリアでは人口の4%から5%程度の接種が完了した程度で、国民の間からブリュッセルの行政能力を疑う声が高まってきている。オーストリアのクルツ政権は、デンマークとイスラエルとの連携でワクチン製造に乗り出す計画を明らかにするなど、ワクチン確保でブリュッセル任せではなく、自主的に模索する動きが加盟国で出てきている。

 蛇足だが、当方が住むオーストリアでも中国製マスク、コロナ検査キットが溢れている。同国で先日、オーストリア製FFP2マスクは実は中国製で、輸入された後に「Made in Autria」に格上げされていた、というスキャンダルがメディアで暴露されたばかりだ。同マスク製造会社がクルツ首相の知人関係者であることから、ひょっとしたら政権を揺り動かす一大事件に発展するかもしれない。

 それだけではない。オーストリアでは今月1日から鼻・咽頭から採った抗原検査を加速させるために、薬局で1人当たり月5回分の抗原検査キットが無料で配布されることになった。当方も1日、近くの薬局店で検査キットのパックを貰ってきた。興味深い点は、検査キットの無料配布を表明する記者会見では、クルツ首相はその検査キットが中国製であるという事実を公表していないことだ。しかし、テレビに映る検査キットの入った箱に中国語が書いてあったことから、国民に気前よく無料配布する検査キットが中国製であることはほぼ間違いない(「中国製『検査キット』の正確率は5%」2020年5月7日参考)。

 欧州では中国製は「安いが、低品質」というイメージがあるが、その中国製のマスク、検査キット、そしてワクチンを輸入しているわけだ。欧州の医療用品供給チェーンが完全に中国企業に握られているのだ。
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