ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

ポーランド

ポーランドはEUから離脱するか

 欧州連合(EU)とポーランドの関係が険悪化してきた。まず、ことの経緯を簡単に説明する。EUの司法裁判所(ECJ)は7月、加盟国ポーランドの憲法裁判所が裁判官への懲戒処分を実施する権限を有していることに、「司法の独立性に反し、EUの法に合致しない」と判断、その適応停止を命令したが、ポーランドは司法裁判所の命令を無視して対応せずにきた。ECJは今月27日、欧州委員会の要請を受けてポーランドが命令に従う日まで1日100万ユーロの制裁金を欧州委員会に支払うように命じた。それに対し、ポーランドが、「国内法はEUの法より優位だ」と表明したことで、この問題はEUの統合を揺るがす危機となっている。英国がEU離脱した直後だけに、次はポーランドがEUから離脱するのではないか、といった懸念の声すら聞かれる。

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▲欧州議会でポーランドへの批判に答えるモラウィエツキ首相(2021年10月19日、ポーランド首相府公式サイトから)

 ポーランドの与党「法と正義」(PiS)主導の右派政権は2018年に司法改革を実施、政府の方針に反する判決を出す裁判官に対し、最高裁に当たる憲法裁判所が懲戒処分を下せる改革を行った。それに対してEU委員会は、「欧州の理念に反する。懲戒処分の即停止」を要求してきた。それに対して、ポーランド政府は「脅迫だ」として一蹴。今回は「国内法はEUの法より優位にある」とまで言い切ったため、EUは一歩も引くことができなくなってしまった。

 「国内法がEU法より優位」とすれば、なぜポーランドは2004年5月、EUに加盟したのか、という問いが出てくる。加盟交渉では通常、EU側が連合の理念とする法体制を候補国に提示し、候補国がそれを受け入れることが前提条件だ。

 ポーランドの場合、加盟後もブリュッセルの政策を拒否するケースが少なくなかった。2015年の難民受け入れ割り当て政策に対してもハンガリーと共に拒否してきた。その一方、ブリュッセルからは補助金や開発支援金などを受けてきた。EU委員会は今回、コロナ回復基金の支払いを遂に止めた。ポーランドのモラウィエツキ首相はEU側の経済制裁に対し、「絶対容認できない」と強く反発している、といった具合だ。

 ここではEUの法体制受入れに拒否反応を示すポーランド側の深層心理をちょっと覗いてみたい。ポーランドを含む旧東欧共産国の加盟国に見られる傾向が浮かび上がるからだ。ポーランド国民は上からの為政者の命令に対して直ぐに拒否反応を示す傾向がある。ソ連共産党政権下で弾圧されてきた東欧国民には冷戦終焉後30年以上が経過した後もその傾向は完全にはなくなっていないのだ。ブリュッセルが旧東欧共産圏出身の加盟国に見られるこの敏感性を無視し官僚的に対応した場合、今回のようにことがエスカレートしてしまうことになるわけだ。

 当方はこのコラム欄でポーランドの国民性について指摘したことがある。ポーランドは国も国民も冷戦時代から野党精神が強い。同国で旧東欧諸国の民主化(独立自主管理労組『連帯』)運動が始まったのは決して偶然ではない。ポーランドの場合、過去に3度、プロイセン、ロシア、オーストリアなどに領土を分割され、国を失った悲惨な経験を味わっている。だから、為政者(統治者)に対する批判精神は鍛えられていったが、統治能力は十分成長せずに今日に到っている、と指摘した(「『野党精神』は如何に生まれたか」2015年6月13日参考)。

 EUを弁護するわけではないが、ブリュッセルは旧ソ連共産党政権ではない。必要な支援を惜しまない一方、EUの結束と連帯を維持するために一定のルールを構築している。だから、加盟国でそのルールを破る国が出てくれば警告を発し、必要ならば今回のように経済、外交制裁を実施することになる。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、「国内法はEU法より優位」というポーランド側の返答を「EUの法秩序に真っ向から挑戦するものだ」と深刻に受け取っている。

 オーストリアのワルトハイム大統領(在任1986〜92年)がナチス・ドイツ軍の戦争犯罪に関与した疑惑が浮かび上がった時、ブリュッセルは他の加盟国にオーストリアとの外交交流を控えるよう、外交制裁を実施したことがあった。その意味で、EU側が加盟国に制裁を実施することは過去にもあったが、ポーランドに対する制裁はかなり強烈だ。

 アイデンティティ問題からみれば、ブリュッセルのアイデンティティとポーランドのそれとが近ければそれだけ両者は良好な関係をつくれるが、そうではない場合、関係は険悪化する。超国家的組織へのアイデンティティは長続きはしない。「ソ連」しかり、「ユーゴスラビア連邦」しかりだ。連邦構成国の共和国、自治州が民族主義の台頭を受け、ソ連、ユーゴ連邦を離脱していった。民族に根付いていない国名、組織名はいつかは消滅する。「ヨーロッパ人」も同様だろう。ヨーロッパ人という民族の国民はない。オーストリア人であり、ポーランド人だ。その後、地理的にはヨーロッパ人だということになる。加盟国がEUのアイデンティティと整合性を感じない場合、それを拒否してしまうだろう。

 国内事情からEU統合に問題がある加盟国は統合テンポを緩めるという「2段階統合プラン」が議題となったことがあった。これも加盟国間の相違や事情を考慮した妥協案だ。EU理念に迅速に統合できる加盟国は早いテンポでその結束を強化し、そうでない加盟国は後からゆっくりとついていく、という考えだ。例えば、EUの経済通貨統合(共同通貨ユーロ)、ヨーロッパ諸国間で出入国審査なしに自由に国境を越えることを認めるシェンゲン協定の場合、加盟する国とそうではない国に分かれている。

 欧州委員会よりも欧州議会の権限を強化することでブリュッセルと加盟国間の空気の流れをスムーズにするという声も聞かれるが、不均衡な加盟国の統合は容易ではない点では大きな違いはない。

 EUは現在、西バルカン諸国との加盟交渉を進めてきている。バルカン諸国は程度の差こそあれ政治家の汚職・腐敗問題、治安対策でEU水準からほど遠い国が少なくない、それらの国が加盟すれば、EUにとって統合への新たな障害となる。マクロン仏大統領が西バルカンのEU拡大に消極的な理由は当然かもしれない。

 ブリュッセルは今、英国の離脱(ブレグジット)後、次の離脱候補国を抱えようとしているわけだ。ただし、国力と経済力から判断して、ポーランドは英国ではない。EUから得るプラスは失うマイナスより大きいから、ポーランドの近い将来の離脱は考えにくい。ちなみに、ワルシャワからの情報によると、国民の約40%は政府の対EU政策に批判的、という世論調査の結果が出ている。

イスラエルとポーランドの過去問題

 イスラエルとポーランドの間でナチス・ドイツ時代の賠償問題で再び対立が先鋭化してきた。直接の契機は、ポーランドのアンジェイ・ドゥダ大統領が14日、戦時中に押収された財産や資産の賠償などを含む行政手続き法の改正法案に署名したことだ。イスラエルのラピド外相は同日、「ホロコーストの犠牲者への賠償請求を不可能とするものだ」と指摘し、ポーランドの改正法を「非道徳であり、反ユダヤ主義だ」と批判、在ワルシャワの同国大使代理を帰国させた。それに対し、ポーランド外務省は16日、イスラエルの批判を根拠のないものとして一蹴し、駐イスラエルの同国大使に帰国命令を出すなど、両国間の外交関係はここにきて急速に険悪化してきた。

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▲行政手続き改正法案に署名するポーランドのアンジェイ・ドゥダ大統領(ポーランド大統領府公式サイトから、2021年8月14日)

 ポーランド大統領が署名した行政手続き改正法(amendment to the Code of Administrative Proceedings)は「時効30年が経過した要件について、如何なる法的決定も下さない」というもので、ナチス時代に押収された財産、資産などの返済請求権が30年後、時効となるというものだ。イスラエル側は「ホロコーストによって犠牲となったユダヤ人の賠償請求権を失効させる狙いがある」として、ワルシャワ政府の決定を厳しく批判しているわけだ。

 ラピド外相は、「ホロコーストがイスラエル国民にとってどれだけの痛みを残しているかをポーランド側も考えるべきだ」と述べ、ポーランドの今回の決定に対し米国らと協議して対応を決めたいと強調、ポーランド側に政治的圧力をかける意向を示唆している。

 ポーランド政府は、「わが国は過去、イスラエルの政治家たちにナチス政権の責任を押し付けられ、ホロコーストの悲劇に対しても、わが国の責任を追及されてきた」と指摘し、イスラエルは間違った歴史観を持っていると反論してきた。

 ちなみに、ワルシャワ控訴院は16日、2人の著名なホロコースト研究家に対してワルシャワ地方裁判所が今年2月に下した判決を無効とした。2人の研究家は共同の著書の中でポーランドのナチス政権時代の戦争責任を指摘したが、「不正確な情報に基づく」として有罪判決を受けていた。ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺の犠牲者を追悼するヤド・ヴァシェム(イスラエル国立記念館)関係者は、「ホロコーストを研究する者に対し、学術的、政治的圧力を行使することは受け入れられない」と厳しく批判している。

 ポーランド上院は2018年1月31日、物議を醸した「ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)に関する法案」(通称「ホロコースト法案」)を賛成57、反対23、棄権2の賛成多数で可決した。そしてアンジェイ・ドゥダ大統領の署名を受け、同改正法案は施行された。

 「ホロコースト関連法案」はユダヤ人強制収容所を「ポーランド収容所」といった呼称をつけたり、ポーランドとその国民に対し、「ナチス・ドイツ政権の戦争犯罪の共犯」と呼んだ場合、罰金刑か最高3年間の禁固刑に処す、という内容だ。

 ポーランド上院のスタニスワフ・カルチェフスキ議長は外国居住のポーランド国民宛てに書簡(3頁)を送り、その中で「反ポーランドの言動があったら、それを最寄りの大使館、領事館を通じてワルシャワに連絡してほしい」と訴えているほどだ。同議長は、「ポーランド国民はナチス・ドイツの戦争犯罪の犠牲国だ」という強い信念がある。だから、ユダヤ人強制収容所をポーランド強制収容所と呼ばれると、強い反発を覚えるわけだ。その傾向は中道右派「法と正義」(PiS)政権が発足以来、一層強まってきた。

 ちなみに、ナチス・ドイツの戦争犯罪問題について、ポーランドの立場はオーストリアに酷似している。オーストリアは戦後、一貫して「わが国はナチス政権の犠牲国だ」という立場をキープしてきたが、ワルトハイム大統領戦争犯罪容疑問題後、フラ二ツキ政権(在任1986〜96年)は、「わが国にも戦争犯罪の責任の一端がある」と修正した。そこに至るまで戦争後、半世紀余りの時間が必要だった(「ワルトハイムと民族の『苦悩』」2018年4月7日参考)。

 なお、2021年8月14日はアウシュビッツ収容所でポーランド出身のフランシスコ修道院のマクシミリアン・コルベ神父が殉教して80年目だ。収容所所長が「脱走しようとした囚人の刑罰だ」として囚人から10人を選び、餓死刑にすると言い伝えた。その時、コルベ神父は、「死ななければならない囚人の代わりに、私が死にます。私には妻も子供もいません」と申し出た。コルベ神父は餓死刑に処され、最後は毒注射で殺された。コルベ神父は47歳だった。

 同神父は1982年10月10日、故ヨハネ・パウロ2世によって聖人に列聖された。コルベ神父は「アウシュビッツの聖者」と呼ばれている(「地に落ちた一粒の麦『コルベ神父』の証」2020年8月16日参考)。コルベ神父はポーランド国民にとっても誇りだろう。

 そのコルベ神父殉教80年目の今年、ポーランドとイスラエル両国で再び過去問題が浮上し、いがみ合っている。人は忘れても、歴史は忘れることなく、当事者(国)の和解と解決を強いてくるのだろう。

ポーランドのカトリック主義の「落日」

 ワルシャワからニュースが入ってきた。同国の日刊紙デジニック・ガゼッタ・プラウナ(Dziennik Gazeta Prawna)とラジオRMFが4日、報じたところによると、ポーランド国民の65・7%が「カトリック教会の社会での役割」に批判的な評価を下し、評価している国民は27・4%に過ぎないことが判明した。調査は1000人を対象に実施された。

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▲下院(セイム)で新型コロナ感染防止について語るモラヴィエツキ首相(ポーランド政府公式サイトから、2020年10月21日)

 もう少し詳細にみると、教会の教えを実践している信者の場合でも50%が教会の役割を批判的に受け取り、評価しているのは48%に留まっている。ただし、同国の与党、保守政党「法と正義」(PiS)支持者は69%が教会の役割に満足しているという結果が出ている。それにしても、教会を評価している国民の割合は少ない。

  冷戦時代を思い出してほしい。ポーランド統一労働者党(共産党)の最高指導者ウォイチェフ・ヤルゼルスキ大統領は当時、「わが国は共産国(ポーランド統一労働者党)だが、その精神はカトリック教国に入る」と述べ、ポーランドがカトリック教国だと認めざるを得なかった。そのポーランドでクラクフ出身のカロル・ボイチワ大司教(故ヨハネ・パウロ2世)が1978年、455年ぶりに非イタリア人法王として第264代法王に選出された時、多くのポーランド国民は「神のみ手」を感じたといわれているほどだ(「ヤルゼルスキ氏の『敗北宣言』」2014年5月27日参考)。


 ポーランドは久しく“欧州のカトリック主義の牙城”とみなされ、同国出身のヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月〜2005年4月)の名誉を傷つけたり、批判や中傷をすることは最大のタブーだった。同国の国家統計局のデータによれば、国民のほぼ90%はカトリック信者だ。

 そのカトリック教国のポーランドでカトリック教会への信頼が急速に縮小しているわけだ。冷戦時代のポーランドを知る一人としてやはり驚かざるを得ない。冷戦が終焉してまだ30年余りしか経過していないのだ。

 ポーランドは過去、3国(プロイセン、ロシア、オーストリア)に分断されるなど、民族の悲劇を体験してきた。国民にとってカトリック教会は民族を結束できる唯一の機関だった。ポーランド教会で「聖母マリア信仰」が他のカトリック教国の中でも飛び抜けて国民に浸透しているのは苦境下にある国民が癒しを必要としていたからだ。

 そのポーランド教会が国民の信頼を失いつつあるのはもちろん偶然ではない。同国の政治学者アントニ・デュデク氏(Antoni Dudek)は、「教会の危機は今始まったものではなく、長い年月をかけて深刻化してきた。原因として、ゝ豢産党政権との癒着、∪賛者の未成年者への性的虐待と聖職者の贅沢な生活スタイル、聖職者と与党PiSの結びつきなどが挙げられる」と述べている(バチカンニュース11月4日)。

 以下、カトリック教会の信頼失墜の原因をまとめる。

 .檗璽薀鵐俵飢颪任論賛者の性犯罪があったという報告はこれまで1度も正式に公表されなかった。聖職者の性犯罪が生じなかったのではなく、教会側がその事実を隠蔽してきたからだ。沈黙の壁を破ったのは 聖職者の性犯罪を描いた映画「聖職者」(Kler)だ。同国の著名な映画監督ヴォイチェフ・スマジョフスキ氏の最新映画だ。小児性愛(ペドフィリア)の神父が侵す性犯罪を描いた映画は2018年9月に上演されて以来、500万人以上を動員した大ヒットとなった。国内で教会の聖職者の性犯罪隠ぺいに批判の声が高まっていった。

 ¬閏膕集紊亮匆颪寮ぢ化現象はポーランドだけではない。隣国チェコではビロード革命でカトリック教会は大きな役割を果たしたが、民主化後、同国社会は急速に世俗化していった。チェコ国民の無神論者の割合は先進諸国では断トツに多い。旧東欧諸国の世俗化の波は若い世代を容赦なく襲っている。

 カトリック教会の中絶絶対禁止という教義に多くの国民は次第に抵抗と失望を覚えている。同国憲法裁判所が先月22日、「胎児が先天的疾患と診断されたとしても中絶は違憲」という判断を下した。それに対し、女性だけではなく、多くの国民が「女性の権利を蹂躙する」として抗議デモを行った。

 その際、批判の矛先は党保守政党「法と正義」が牛耳る現政権と共にカトリック教会に向いている。ワルシャワでは10月30日、10万人を超える抗議デモが行われた。教会の壁に落書きが書かれ、礼拝が妨害されるという事態が生じている。

 欧州で敬虔なキリスト国といわれれば、ポーランド教会を直ぐに思い出す。分割時代、共産政権統治時代には国民を取り巻く環境は厳しかったが、神への信仰は燃え上がった。それが民主化後、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)に加盟したが、これまで民族を見守ってきたキリスト教会の神から人々の心が次第に離れてきたわけだ。

 新型コロナウイルスはポーランドでも感染が急増している。国民は目に見えないウイルスの脅威を感じ、不安になっている。EUもNATOも決して強固な組織ではないことが分かってきた。国民は神への信仰に戻っていくだろうか。それとも別の守護神を求めて彷徨うだろうか。先述した調査結果を見る限り、後者の可能性が現実味を帯びてきている。

 ポーランド教会は今、分断時代や共産政権時代とは異なった挑戦に直面し、新しい役割を見出すために苦悩している。

欧州カトリック教会の牙城が崩れた

 ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の27年間の在位中、東欧のポーランド教会は欧州教会で最も影響力を有する教会とみられてきた。そのポーランド教会でも過去、聖職者による未成年者への性的虐待事件が発生していたが、ヨハネ・パウロ2世在位中は公に報じられることはなかった。

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▲ポーランドで大ヒットした映画「Kler」のポスター

 冷戦時代、ポーランド統一労働者党(共産党)の最高指導者ウォイチェフ・ヤルゼルスキ大統領でさえ、「我が国はカトリック教国だ」と認めざるを得なかった。そのポーランドでクラクフ出身のカロル・ボイチワ大司教(故ヨハネ・パウロ2世)が1978年、455年ぶりに非イタリア人法王として第264代法王に選出された。ポーランドの多くの国民は当時、「神のみ手」を感じたといわれている。


 ポーランドは久しく“欧州のカトリック主義の牙城”とみなされ、同国出身のヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月〜2005年4月)の名誉を傷つけたり、批判や中傷は最大のタブーとなった。だから、同教会で聖職者の性犯罪があったという報告はこれまで一度も正式に公表されなかった。聖職者の性犯罪が生じなかったのではなく、教会側がその事実を隠蔽してきたからだ。 

 その沈黙の壁を破ったのは、このコラムでも報じたが、聖職者の性犯罪を描いた映画「聖職者」(Kler)だ。同国の著名な映画監督ヴォイチェフ・スマジョフスキ氏の最新映画だ。小児性愛(ペドフィリア)の神父が侵す性犯罪を描いた映画は昨年9月に上演されて以来、500万人以上を動員した大ヒットとなった。それに呼応して、教会の聖職者の性犯罪隠ぺいに対して批判の声が高まっていったわけだ。

 カトリック教会は同映画の制作を阻止するために、撮影を妨害するなどさまざまな圧力を行使したが、映画に対する国民の関心はそれを吹っ飛ばした(「欧州の牙城『ポーランド教会』の告白」2018年11月23日参考)。

 ボストンのローマ・カトリック教会聖職者による未成年者性的虐待の実態を暴露した米紙ボストン・グローブの取材実話を描いた映画「スポットライト」は第88回アカデミー作品賞、脚本賞を受賞したが、スマジョフスキ監督の「聖職者」はポーランド版「スポットライト」と呼ばれた。

 同国教会の春季司教会議が12日から3日間の日程でワルシャワで開催された。スタニスラフ・ガデツキ司教会議議長は最終日の14日、1990年から2018年の過去28年間の聖職者による未成年者への性的虐待件数を公表した。

 バチカン放送が15日報じたところによると、382人の未成年者が性的虐待を受けた。そのうち、15歳以下は198人。そのほか、243人の犠牲者が報告されているが、未確認として処理されている。

 確認済と未確認済み合わせて625人の未成年者の犠牲者の58・4%は男性、41・6%は女性だ。そのうち、4分の3の件数は教会内の処罰が下されている。性犯罪を犯した聖職者の4人に1人は聖職をはく奪され、全体の40%は聖職を停止されるか、警告を受け、未成年者と接触する仕事から追放された。犠牲者の42%は教会側に性的虐待を受けたことを自ら通達し、21%は家族が教会側に通達している。そのほか、6%は警察当局から、5%はメディアから事件を知らされている。

 ポーランド司教会議は教区、修道院に聖職者の性犯罪に対して調査し、教会の統計事務所と司教会議が設置した教会保護センターが連携して集めたデータの真偽を分析、今回の聖職者の性犯罪報告を作成した経緯がある。

 ちなみに、ワルシャワで開催された春季司教会議にはバチカンからナンバー2の国務長官パロリン枢機卿が参加した。ポーランド司教会議は今年で創設100年を迎え、同時にポーランドとバチカンの外交関係樹立30周年を迎えた。同国司教会議のメンバーは155人で欧州最大規模を誇る。同国人口約3842万人(2017年現在)のうち、約3300万人がカトリック信者として登録している。

 同国教会の聖職者による未成年者への性的虐待報告は、欧州カトリック教会の牙城と言われてきたポーランドのカトリック主義の崩壊を意味するだけではなく、「空を飛ぶ法王」と言われ、世界中の信者ばかりか、政治家からも愛され、尊敬されてきたヨハネ・パウロ2世の27年間の長期任期について、これまでとは違った視点で再考しなければならないことを教えている。

 故ヨハネ・パウロ2世が冷戦時代の終焉に大きな功績があったことは事実だが、今回公表された聖職者の性犯罪のほとんどがヨハネ・パウロ2世時代に起きているという事実があるからだ。

上院議長「反ポーランド言動許すな」

 韓国・平昌冬季五輪大会が開催されて以来、関心が朝鮮半島に向かい、欧州の政情フォローが疎かになってきた感じがしていた時、ポーランドの興味深い政策が報じられた。このコラム欄でも報じた「ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)関連法案」が施行されたが、今回はその続編ともいうべき内容だ(「ポーランドの『ホロコースト法案』」2018年2月2日参考)。

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▲スタニスワフ・カルチェフスキ上院議長(ウィキぺディアから)

 ポーランド上院のスタニスワフ・カルチェフスキ議長は外国居住のポーランド国民宛てに書簡(3頁)を送り、その中で「反ポーランドの言動があったら、それを最寄りの大使館、領事館を通じてワルシャワに連絡してほしい」と訴えたのだ。

 同議長は、「第2次世界大戦中の蛮行、非人間的な戦争犯罪の証拠を集め、それを文書に整理しなければならない」、「わが民族の評判を落とす反ポーランド的な全ての言動を集め、それを文書化してほしい。海外居住の同胞たちよ」、「わが国の大使館、領事館に国の名声を中傷する如何なる言動も隠さず報告してほしい」と強く呼びかけている。

 その上で、「自分はポーランドのディアスポラとその保護に責任を担っている立場だ」と書簡の中で述べ、「ユダヤ人、ポーランド人、ロマ人など迫害されてきた民族の犠牲者への不正な言動を忘却から守るためだ。歴史的真実を効果的に想起できるセミナーや展示会、手紙キャンペーンなどを組織化してほしい」と海外居住ポーランド人に協力を求めている。


 ポーランド上院は1月31日、物議を醸した「ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)に関する法案」(通称「ホロコースト法案」)を賛成57、反対23、棄権2の賛成多数で可決した。そしてアンジェイ・ドゥダ大統領の署名を受け、同改正法案は施行された。
 「ホロコースト関連法案」はユダヤ人強制収容所を「ポーランド収容所」といった呼称をつけたり、ポーランドとその国民に対し、「ナチ・ドイツ政権の戦争犯罪の共犯」と呼んだ場合、罰金刑か最高3年間の禁固刑に処す、という内容だ。

 もちろん、予想されたことだが、イスラエル政府や歴史学者からは、「第2次世界大戦時、ユダヤ民族に対するポーランド人の戦争犯罪を隠蔽するものだ」といった強い批判の声が挙がっている。イスラエル政府だけではなく、米国、フランスからもポーランドの民族主義的なPiS政権への批判が出てきている。
 中道右派「法と正義」(PiS)政権が推し進めるポーランドの民族主義的政策に欧州連合(EU)の本部ブリュッセルは首を傾げる一方、「言論の自由」を蹂躙しているとして批判的だ。

 ポーランド民族は過去3度、プロイセン、ロシア、オーストリアなどに領土を分割され、国を失った悲惨な経験を味わった。そのためか、為政者(統治者)に対する批判精神は鍛えられたが、統治能力は十分発展せずに今日に到っている。他国の批判に過敏に反応する傾向はPiS政権になって一層強まってきた感がする。今回の上院議長の書簡は外国居住の自国民に一種のスパイ行為を要請するような内容であり、危険だ。

ポーランドの「ホロコースト法案」

 ポーランド上院は1月31日、物議を醸した「ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)に関する法案」(通称「ホロコースト法案」)を賛成57、反対23、棄権2の賛成多数で可決した。同法案では、ポーランドがナチス・ドイツで占領されていた時代のユダヤ人強制収容所を“ポーランド収容所”と呼んだり、同収容所が(ナチ政権と連携した)ポーランド国家に帰属していた、といった間違った主張や表現をした場合、ポーランド国民だけではなく、外国人も罰金刑、最高禁固3年の刑罰を受けるという内容だ。

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▲イスラエルとポーランドの共同声明(2016年11月22日)左・ポーランドのシドゥウォ首相(当時)、右・イスラエルのネタニヤフ首相=ポーランド政府公式サイトから

 ポーランドで中道右派「法と正義」(PiS)が政権与党となって以来、「ポーランド強制収容所」の呼び方を刑罰で処する法案作成が進められきた。そして先月26日、ちょうど「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」 (International Holocaust Remembrance Day)の前日、下院(セイム)で採決され、今回上院でも通過したわけだ。同法案はアンジェイ・ドゥダ大統領の署名をもって施行される。

 同法案の内容が明らかになると、イスラエルのネタニヤフ首相は、「ナチ政権時代のポーランドの戦争犯罪を隠蔽するものだ。歴史は変えられない」と警告を発した。また、米国務省も同法案に懸念を表明し、「同法案は過去の戦争犯罪問題に関する自由な表現や議論を妨げる恐れがある」と述べてきた。

 独週刊誌シュピーゲルは、「ポーランドではリベラル派と保守派の間でコンセンサスを見出すテーマは少ないが、ポーランドのナチ占領時代のユダヤ人強制収容所に関する見解では一致している」と評している。すなわち、「ポーランド国民はナチ・ドイツの戦争犯罪の犠牲国だった」という受け取り方だ。だから、ユダヤ人強制収容所をポーランド強制収容所と呼ばれると、強い反発を覚えてきたわけだ。

 例えば、2012年5月30日、オバマ大統領(当時)が第2次世界大戦時のポーランドの地下活動家ヤン・カルスキーの名誉を称える演説の中で、ユダヤ人強制収容所を“ポーランド強制収容所”と述べた時、ポーランド国内で激しい批判の声が挙がった。ラデク・シコルスキー外相(当時)は、「スキャンダルな間違いだ」と酷評したほどだ。また、ドイツ公営放送ZDFが2016年、同じ表現で報道した時、ポーランドのクラクフ裁判所はZDFに謝罪表明を要求している、といった具合だ。

 ポーランド政府がユダヤ人強制収容所を「ポーランドの」と呼ぶことに神経質となる理由は明確だ。ナチ・ドイツ政権の戦争犯罪への責任が追及されるのを恐れるからだ。だから、ポーランドでは「ドイツはナチの戦争犯罪をポーランド側の仕業とするキャンペーンを始めた」といった憶測情報すら流れているほどだ。 

 イスラエル側は、「アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所を建設したのはポーランドではなく、ナチ・ドイツ政府だ。実際、"Auschwitz-Birkenau や 'Arbeit macht frei'という表現はポーランド語の表現ではない。しかし、『ポーランドの』という呼称表現を処罰する法案はユダヤ人虐殺という歴史的事実を曖昧にする危険性が出てくる」と強調する。同収容所だけでも、110万人以上のユダヤ人が虐殺されている。ユダヤ人虐殺では多くのポーランド人がナチ・ドイツ軍の手先となって関与したことは史実だ。

 ポーランドの「ホロコースト問題」を考えていると、アドルフ・ヒトラーの母国オーストリアでもナチ戦争犯罪問題が長い間、協議されてきたことを思い出す。オーストリアは今年、ヒトラー・ナチス政権による併合(Anschluss)80年を迎えるが、同国では久しく、「わが国はナチドイツの戦争犯罪の犠牲国だ」という立場を堅持してきた。「犠牲国」から「共犯者」でもあったと認めるまで長い時間がかかった(「ヒトラーの『オーストリア併合』80年」2018年1月3日参考)。

来年はポーランドが“台風の目”に

  ポーランド上院(定数100議席)で24日、憲法裁判所の権限を大幅縮小する改正法案が賛成多数で採決された。58人の上院議員が支持、反対の議員は28人、棄権は1人だった。下院(定数460議席)では22日に採択済みだから、上下両院が憲法裁判所の改革案を支持したことを受け、アンジェイ・ドゥダ大統領が同法案に署名すれば即施行される運びとなる。

 右派政党「法と正義」(PiS)が主導するシドゥウォ新政権が提出した同改正案に対し、野党勢力からは、「権力の3権分離の原則を崩壊させ、司法を混乱させる」と言った批判の声が強い。一方、国外からも批判の声が上がってきた。上院の採択前日の23日、欧州委員会がポーランドの右派政権に対し、憲法裁判所の独立性を制限する法案に警告を発している。欧州委員会のフランス・ティマーマンス副委員長(オランダ)はポーランドのヴィトルド・ヴァシチコフスキ外相とズビグニェフ・ジョブロ法相宛ての書簡の中で、「改正案を再審査すべきだ」と要求し、法案施行の延期を求めている。ワルシャワが再考しない場合、ブリュッセルは制裁を施行することも辞さない姿勢を示唆したという。

 同国では11月末、新政権は憲法裁判所の5人の裁判官を解雇し、新政権寄りの裁判官を任命済みだ。それに対し、憲法裁判所は今月、新政権の決定は違法と批判している。 

 欧州連合(EU)理事会議長国ルクセンブルクのジャン・アセルボーン外相は、「ワルシャワで何が起きているのか。例えば、ドイツでカールスルーエの憲法裁判所の権限が剥奪されるといった事態が考えられるだろうか」と、当惑を表明したという。
 アセルボーン外相は、「残念ながら、ポーランド新政権が行こうとしている道は独裁政権がやってきた道だ」と述べ、来年初めにもポーランド新政府関係者を招集し、今回の憲法裁判所改正案についてその見解を質す考えだ。

 国内外の批判に対し、ヴァシチコフスキ外相は24日、「憲法裁判所の改正に関する論議を早急に終わらせるため 欧州評議会に法案の評価を求めた」と説明、理解を求めている。

 トゥスク現EU大統領がポーランド首相(「市民プラットフォーム」PO党首)時代、同国の国民経済は旧東欧諸国の中でも最優等生と受け取られ、順調に発展してきた。にもかかわらず、右派政党「法と正義」が政権を奪い返した背景には、リベラルなPOが主導する経済改革で国民経済は発展したが、その恩恵を受けられない国民が多く、「貧富の格差」が拡大してきたことがある。ポーランドではPOはエリート層の政党、PiSが貧者の政党というイメージが定着してきている。

 ブリュッセル主導のEU政策に批判的で、難民問題でも受け入れ拒否を主張する最大野党PiSは10月25日に実施された総選挙で下院は460議席中235議席、上院100議席中61議席をそれぞれ獲得し、コバチ首相が率いる中道右派のPOから8年ぶりに政権を奪い返し、89年の民主改革後初の1党単独政権シドゥウォ政権を先月発足させたばかりだ。ちなみに、同党は今年5月に実施された大統領選でも同党の候補者ドゥダ氏が、POの現職コモロフスキ大統領を破って新大統領に就任した。

 東欧最大の人口を誇るポーランド(約3800万人)で発足したシドゥウォ右派政権は難民問題や財政危機などに直面しているEUにとって大きな不安材料となることは間違いない。ポーランドは2016年の欧州の新たな“台風の目”となる恐れが出てきた。

ヤルゼルスキ氏の「敗北宣言」

 ポーランドのウォイチェフ・ヤルゼルスキ元大統領が25日、ワルシャワの病院で死去した。90歳だった。軍人あがりの政治家で1989年から90年の間、大統領を務めた。首相時代の1981年12月、レフ・ワレサ氏を中心とした自主管理労組「連帯」の民主化運動を制圧するために戒厳令を発したが、それが契機となり、同国の民主化運動は加速され、旧東欧諸国共産政権の崩壊の道を開いていった。

 冷戦時代、旧東欧共産政権を担当してきた当方はヤルゼルスキ氏という名を聞けば、2つの発言を想起する。一つは戒厳令発令に対する国民からの批判に対してだ。
 同氏は民主化後、「自分が戒厳令を発せなかったら、旧ソ連軍が侵攻することを知っていた。だから、祖国を他国の支配下に置かないために、わが国は戒厳令を敷き、主権国家を守ってきたのだ」と弁明していた。
 当方はこの発言内容は事実ではないかと考える。ポーランドは過去、3国(プロイセン、ロシア、オーストリア)に分断されるなど、民族の悲劇を体験してきた国民だけに、主権を保持することの重要性をどの国よりも理解していたからだ。ヤルゼルスキ氏は母国を共産政権の盟主・ソ連の占領下に置かないために腐心したのだろう。

 もう一つは、「わが国は共産国(ポーランド統一労働者党)だが、その精神はカトリック教国に入る」と述べた発言だ。ポーランドは共産政権下でもローマ・カトリック教の信仰は国民の間で燃え続けてきた。ローマ法王にポーランドのクラクフ出身のカロル・ボイチワ大司教(故ヨハネ・パウロ2世)が選出されたのも偶然のことではなかった。ヤルゼルスキ氏の「わが国はカトリック教国だ」は共産国指導者としては一種の敗北宣言といえる発言だ(同氏自身、カトリック信者だったともいわれる)。

 しかし、旧ソ連・東欧諸国の民主化後、ポーランドでも無神論、ニヒリズム、不可知論が広がり、国民の神への信仰は揺れだしてきた。英国で始まった「神はいない運動」は同国にも進出し、ゲイ・パレードが開催されるなど、同国の世俗化テンポは想像以上に早い。

 例えば、2011年10月9日実施されたポーランド総選挙(下院選挙)では、新党「パリコト運動」が第3党に躍進した。同党は、ローマ・カトリック教会の影響が強いポーランドで反教会主義を掲げ、「国民は教会に支配されてきた祖国を奪い返すべきだ」と主張し、「教会と国家」の分離を強く要求している。(同党は昨年10月、「みんなの運動」に改名)。

 ヤルゼルスキ氏は共産政権下の独裁者というイメージがあるが、当時の東欧共産党政権下では珍しい人間的な側面を持った指導者だった。

チャウシェスクとカダフィ大佐

 42年間の独裁政権を維持し、多くの国民を苦しめてきたリビアのカダフィ大佐は20日、最後の拠点だった中部シルテで反政権派によって拘束され、その直後、死亡が確認されたという。
 同大佐は「自分は亡命しない」と最後まで抵抗する覚悟を表明してきた。その大佐は狭く汚い下水溝に隠れ、自分を見つけた民兵に対して「撃つな、撃つな」と叫んだという。
 過去、多くの独裁者がいたが、その最後が悲惨だったケースは少なくない。カダフィ大佐の死は独裁者の運命を改めて確認させたわけだ。
 カダフィ大佐の死は北朝鮮の独裁者金正日労働党総書記にも大きな衝撃を与えるだろう、という解説記事が既にみられる。その衝撃度は外からは計り知れないが、金総書記にショックを与えたことは間違いないだろう。
 金総書記の父親・故金日成主席は1989年12月、24年以上、独裁者として君臨していたルーマニアのチャウシェスク大統領(当時)がエレナ夫人と共に特別軍事法廷で死刑を宣告され、処刑されたシーンを観て、ショックを受けたという。それから4年後の94年7月、金主席は心臓発作で急死した。
 金総書記は今回、親北派のカダフィ大佐の死を知り、父親が感じたであろう衝撃を味わっているかもしれない(「ウィーンとカダフィ大佐の息子」2011年2月23日、「『独裁者の息子たち』の行方」11年9月6日参考)。
 数十万人の国民を政治収容所に送り、無数の人間を公開処刑し、大多数の国民を飢餓に苦しめてきた金ファミリーの場合、国民のファミリーに対する怒り、憎しみはカダフィ大佐に対するリビア国民のそれを大きく上回っているかもしれない。
 金総書記と後継者金正恩氏は不穏な勢力の鎮圧に乗り出す一方、国民監視を強化しているという情報が流れている。すなわち、金政権は「Xデー」の足音を既に感じ、恐れ戦いているわけだ。
 朝鮮半島の平和な再統一を願う者にとって、金政権の崩壊とその前後の混乱を最小限度に抑えるためにも、準備を整えておかなければならない。
 カダフィ大佐が死去したことで、リビアは本格的な民主体制の構築に乗り出すが、中東問題専門家のアミール・ベアティ氏は「族長社会のリビアで民主主義を構築する作業はチュニジアやエジプト以上に難しいだろう。その上、政治・経済・司法各分野の専門家が少ないことも大きな問題だ」と予想している。
 カダフィ大佐後のリビアの行方は、金政権の崩壊後の北の動向を予測する上で参考になるだろう。 

ポーランド国民へ

 ポーランドのカチンスキ大統領夫妻らが搭乗した政府専用機が墜落し、大統領夫妻を含む乗客、乗組員ら96人全員が死亡した。このニュースは、ポーランド全土に衝撃を与えている。
 欧州メディアは「ポーランドは泣いている」と報じた。ポーランド人将校が第2次世界大戦、旧ソ連秘密警察によって殺害された通称「カチンの森事件」の慰霊祭に向かう途上で発生した事故であることから、メディアの一部では「カチンの呪い」と呼んでいるほどだ。
 冷戦時代のポーランドは東欧の民主改革の先駆者であった。自主管理労組「連帯」を中心にカトリック教会や知識人たちが自由と民主主義を求め、共産政権と戦ってきた。
 冷戦終焉後、民主化運動を推進してきた「連帯」議長レフ・ワレサ氏(元大統領)ら多くの活動家は政府要職に就いた。カチンスキ大統領も「連帯」でワレサ氏らを支えてきた知識人の一人だった。
 大統領搭乗機の墜落原因については、36歳のパイロット(総飛行時間1939時間)のミスではないか、といわれている。パイロットは、ロシアの空港管制局が「霧が深いのでモスクワかミンスクの空港に向かうように」と指示したが、それを無視して強行着陸を試みたからだ。
 事故の詳細はブラックボックスの解明まで待たなければならないが、ここにきて「カチンスキ大統領がパイロットに強行着陸を指示した」という情報が流れている。大統領の強い要請を無視できなかったパイロットが着陸困難にもかかわらず、強行着陸を試みた、というわけだ。
 ところで、カチンスキ大統領の政治活動を振り返ると、「野党精神」と「愛国主義」がその中核となってきた。
 ポーランド民族は歴史的に批判精神、野党精神が旺盛だ。過去、3度、プロイセン、ロシア、オーストリアなどに領土を分割され、国を失った悲惨な経験を味わったからかもしれない。為政者(統治者)に対する批判精神は鍛えられたが、統治能力は十分発展せずに今日に到っている、といわれる。
 カチンスキ大統領はポーランドの「野党精神」の体現者の一人だった。ちなみに、民主改革の英雄・ワレサ氏も同じだった。ワレサ氏の場合、政治家としては最後、国民から見放され、政界の表舞台から去った。同じ様に、カチンスキ大統領の支持率もここにきて低下していた。
 カチンスキ大統領は徹底した反共主義者だった。同時に、欧州連合(EU)の新基本条約「リスボン条約」の批准にも難色を示すなど、民族主義的傾向が強かった。冷戦後、ポーランドが欧州統合に参加する上で、カチンスキ大統領の政治信条が障害となってきた、という声が聞かれたほどだ。
 ポーランドの政治家や国民は歴史的な「野党精神」を止揚し、欧州の統合プロセスで大きな役割を果たして欲しい。それこそ、民族を愛し続けたカチンスキ大統領が果たしたくても出来なかった夢ではなかったか。
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