ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

アメリカ

バイデン「人権外交」の最初の試練

 バイデン米大統領は25日、ロシアの天然ガスをバルト海底経由でドイツに運ぶ「ノルド・ストリーム2」の海底パイプライン建設で米国が関連事業会社への制裁を見送った理由として、‘鰻設は今年1月の段階でほぼ完了していること、▲肇薀鵐彖粟権時代に悪化した欧州諸国との関係正常化を重視するため、の2点を挙げて弁明した。

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▲人権外交で揺れるバイデン大統領(2021年1月20日、 ホワイトハウス公式サイトから)

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▲「ノルド・ストリーム2」のルート図(ガスプロム公式サイトから)

 もっともらしい説明だが、バイデン大統領が忘れていることがある。欧州議会が今年1月21日、ロシアの反体制派活動家ナワリヌイ氏の拘束に抗議して、「ノルド・ストリーム2」の建設即時中止などを加盟国に要請した決議案を賛成多数で採択していることだ。すなわち、欧州議会は反体制派活動家の拘束を重大な人権蹂躙として加盟国が賛成多数でロシアを批判し、「ノルド・ストリーム2」の建設中止を要求したという事だ(「国際社会はナワリヌイ氏に連帯を!」2021年1月25日参考)。

 同プロジェクトはロシアの天然ガス独占企業「ガスプロム」とドイツやフランスなどの欧州企業との間で2005年、締結され、第1パイプラインは2011年11月8日に完成し、操業を開始した。2本目のパイプライン建設「ノルド・ストリーム2」は計画では2019年に完工する予定だったが、トランプ前政権は、「ドイツはロシアのエネルギーへの依存を高める結果となる。ひいては欧州の安全問題にも深刻な影響が出てくる」と強く反対してきた。

 米国は昨年12月、「ノルド・ストリーム2」の建設に西側企業が参加することを禁じる制裁を発動した。そして超党派の米上院議員グループは「ノルド・ストリーム2」に絡む現行制裁措置の拡大法案を提出した。

 ポンペオ前米国務長官は当時、「ノルド・ストリーム2」について、「欧州の安全を守るために米国はあらゆる措置を講じる」と強調した。2017年の新制裁法「制裁による米国敵性国家対抗法」(CAATSA)の拡大適用だ。具体的には、「パイプライン建設から手をひけ、さもなければ痛い目に合うぞ」といったカウボーイ的な警告を発したほどだ。米国の制裁警告を受け、スイスのオールシーズはパイプ敷設作業を停止している。

 欧州でもバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)やポーランドは「ノルド・ストリーム2」の建設中止を強く要求してきた。ナワリヌイ氏拘束問題で欧州は結束してロシアの人権蹂躙を厳しく批判した。ただ、欧州の盟主ドイツのメルケル首相はロシアの人権弾圧を批判する一方、「ノルド・ストリーム2」と人権問題は全く別問題として、同パイプライン建設の推進を支持してきた。

 「ノルド・ストリーム2」計画によれば、全長約1200キロメートルで、最大流動550億立法メートル、パイプラインはロシアのレニングラード州のヴィボルグを起点とし、終点はドイツのグライフスヴァルト。パイプラインが完成すれば、ドイツは全電力の3割をカバーできる。

 ドイツは脱原発を目指しているため、天然ガスの供給は不可欠だ。「ノルド・ストリーム2」計画が完了すれば、ドイツはロシアから安価なガスをこれまでの2倍確保できる。だから、バイデン氏の「制裁しない」という発言はドイツ側を喜ばしているわけだ。

 バイデン氏は対中政策では少数民族ウイグル人への人権弾圧を厳しく批判する「人権外交」を推進している一方、ロシアの人権問題に対しては沈黙し、制裁を見送れば、「人権問題で対中と対ロシアでダブルスタンダードだ」という批判を受けることになる。中国側が強く反発するだろう。

 バイデン氏はその批判を敢えて甘受しても、米メディアとのインタビューの中で「殺人者」と酷評したロシアのプーチン大統領と来月16日、ジュネーブで開催する米ロ首脳会談を配慮し、プーチン氏に融和のシグナルを送りたいのだろうか。それとも、高齢で認知症傾向があるといわれるバイデン氏は欧州議会がロシアの人権蹂躙を理由に対ロシア決議案を採決したという事実を忘れていたのだろうか。欧州はナワリヌイ氏拘束問題を忘れていないのだ。

「ノルド・ストリーム2」はバイデン氏が言うようにほぼ完了している。だから、いまさら前政権の制裁を継承してロシアとドイツら欧州諸国に制裁をしても余り効果がない、それよりドイツとの関係修復の機会に利用したほうが得策といった外交的判断が働いたのだろう。また、ロシアとは軍縮問題からイランの核問題まで多くの難問を協議しなければならない。ロシアとの関係正常化はバイデン氏も重要課題として取り扱わなければならない。そのように考えると、バイデン氏の「ノルド・ストリーム2」プロジェクトへの制裁の回避は多分、正しいだろう。

 しかし、バイデン氏の外交判断は同盟国に一抹の不安を与えることにもなる。バイデン氏の「人権外交」への懸念だ。対中で人権外交を前面に出して北京に圧力を行使するバイデン政権がある日突然、「制裁に効果がない。対中関係の正常化のほうが重要だ」と対中政策で軌道修正する可能性が考えられるからだ。同盟国にも動揺が起きるだろう。状況次第でバイデン氏はその政策を変更、修正するのではないか、といった懸念が強まれば、欧米諸国の結束にひびが入る。

 「外交の世界ではどの国も最終的には国益重視に走る。バイデン米国も例外ではない」といわれれば、その通りだが、バイデン米政権が「米国ファースト」から「世界の指導国家」として世界の諸問題に積極的に関与していく姿勢を見せているだけに、バイデン氏の「人権外交」の揺れは、米国と同盟諸国の関係に致命的なダメージを与え、国際社会の米国への信頼感を損なうことにもなる。

愛犬を失ったバイデン氏の試練

 米ホワイトハウスに住んでいたジャーマンシェパードのメジャーが警備員を噛んだため左遷させられ、もう1匹チャンプ(13歳の老犬)と共にデラウェア州の実家に戻されたというニュースを聞いて、心が痛かった。

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▲米ホワイトハウスの全景(ホワイトハウス公式サイトから)

 3歳のシェパードにとって、ホワイトハウスは理想的な住処ではなかった。特に、大統領戦の騒動もあって、ワシントン周辺の環境は落ち着きを失い、トゲトゲしくなっているからだ。毎日、新しい顔を見るメジャーにとって、かなりのストレスだったはずだ。カメラのフラッシュもひょっとしたら我慢の限界に達していたのかもしれない。英王室を震撼させた“メグジット”は、パパラッチたちのカメラのフラッシュが関係者の心を乱したことが遠因となったのではないだろうか。

 メジャーは左遷されたように受け取られるかもしれないが、実家に戻れて、むしろ良かったのではないか。心配な点はメジャーではなく、むしろ飼い主バイデン大統領だ。愛犬を失った大統領は静かに話しかける相手を失ったのだ。バイデン氏は一癖も二癖もある政治家たちに囲まれ、心にもないお世辞が飛び交う職場で、78歳の高齢のバイデン氏の神経は耐えられるだろうか。愛犬の目線を感じながら職務に従事できたバイデン氏は幸せだったが、メジャーを失った結果、バイデン氏は今後どのようにして精神的疲れを癒せばいいのだろうか。メジャーの不在はバイデン氏の政治判断にも影響を及ぼすかもしれない。

 ここコラム欄でも書いたが、最近は犬を飼う政治家が増えた。これは決して一時的な流行ではないだろう。政治の世界がストレスの多い職場だからだ。オーストリアのクルツ政権下で保健相を務めるアンショーバー氏は毎日、愛犬を自分の職務室のデスクの下に連れてくる。アンショーバー氏は几帳面な性格で教師歴のある政治家だ。バーンアウト(燃え尽き症候群)になったことがある。愛犬は保健相の精神的ケアには不可欠なのだ。

 犬の話が長くなったが、今回は人間関係を如何に良くするかをテーマに考えていきたい。人間関係がうまくない当方がそのようなテーマを書くこと自体、可笑しいが、年を取るにつれ、人間関係の重要性を理解してきた。人が他者を正しく理解することは至難の業だ。他者だけではない。ひょっとしたら自身も理解していないのかもしれない。

 その結論として、相手を安易に批判したり、中傷できないと考えだした。なぜならば、相手を理解していないからだ。その人間の生い立ち、キャリア、家庭問題から精神生活まで、どれだけ理解しているだろうかと自問する時、答えははっきりとしている。ノーだ。

 IT時代に入り、情報は至る所から発信されている。無数の情報が飛び交う社会では迅速に対応することがこれまで以上に求められる。相手を理解する情報も昔以上に手に入るが、その情報で昔以上に相手を理解できるようになったかと言えば、そうとも言えない。情報が増えれ増えるほど、相手のプロフィールがボケていくといった状況も出てくる。情報は相手を理解する上で重要だが、それが全てではない。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、対面で話し合う機会が激減した一方、Zoom会合、オンライン形式の会議が増えてきた。情報はZoom会議であったとしても提供されるが、Zoomの視野に入らない相手の雰囲気や状況は分からない。欧州連合(EU)の首脳陣からは、コロナ禍が過ぎれば、早急に対面会議を開催して加盟国間の相互理解を深めたい、という声を聞くようになった。

 マクロン大統領も動物保護ハウスから犬のネモをもらった。プーチン大統領は外国ゲストから犬をプレゼントされることが多く、ロシア反体制派活動家ナワリヌイ氏が暴露したプーチン氏の宮殿は犬で溢れているかもしれない。

 それでは、なぜマクロン氏もプーチン氏も犬が好きなのだろうか。犬が入った写真は政敵の心を緩めるだろうし、家庭的なムードを見る人に与えるだろう。それ以上に、マクロン氏にもプーチン氏にも犬が必要なのだ。犬はクーデターを計画しない。ネモがエリゼ宮殿で不祥事をしたとしても、ネモはマクロン氏にとって掛け替えのない存在なのだ。

 換言すれば、それほど多くの人間は人間関係に疲れ、不信に囚われ、それらを癒す解決策を模索している、といえる。犬や猫は病んだ人間社会の魂を癒す精神科医ともいえる(「“ファースト・ドック”の不始末」2017年10月26日参考、(「なぜプーチン大統領は犬が好きか」2016年12月7日参考)。

 傍にいるだけで心が落ち着く存在がいない場合、人は犬を飼う。そして疲れた魂を犬との会話を通じて癒す。これは、犬が如何に人間の友であり、素晴らしい性質を持つ動物かということになるが、人間関係が如何に難しいかをも物語っている。アダムとエバ、カインとアベルの話は今回は書かないが、人間は関係存在だ。その関係がスムーズにいかなければ、問題が生じるのだ。

 メジャーを自宅に戻らせたバイデン氏のその後の職務にマイナスの影響が見られたならば、ホワイトハウスの警備員には申し訳ないが、メジャーを直ぐに呼び戻すべきだ。バイデン氏が平静な心で、正しい政策を選択できるためにだ。

 ちなみに、バイデン氏の前任者、トランプ前大統領は犬や猫を飼わなかった。トランプ氏は清潔好きだったからだ。トランプ氏は現職時代、感情を暴発することが少なくなかった、といわれている。トランプ氏にメジャーのような若く、バイタリティのある犬が傍にいたならば、同氏の大統領職はもう少し静かな日々となったのではないか。同氏の対中国政策が素晴らしかっただけに残念だった。

 (バイデン氏にはファーストレディー、ジル夫人が傍にいるから、バイデン氏の心の安定は守られているが、犬が飼い主に与える癒しは特別なものだ。ファーストレディーの役割を過小評価する考えはない)

バイデン氏の「米国」は戻ってきたか

 バイデン米新大統領は今月19日から開催される欧州最大の外交、防衛問題の国際会議「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)に出席する。会議は対面ではなく、オンラインで行われるが、バイデン氏にとって大統領就任後、最初の国際会議だ。トランプ前米政権でぎくしゃくしていた米国と欧州の関係改善に積極的に乗り出すのではないかと期待されている。

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▲就任演説をするバイデン新大統領(2021年1月20日、 ホワイトハウス公式サイトから)

 主催者側のMSCによると、19日から21日の3日間の日程で開かれる同会議には、欧州連合(EU)のフォン・デア・ライエン委員長、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長、グテーレス国連事務総長、バイデン政権で気候変動対策の大統領特使を担当するジョン・ケリー氏(元国務長官)らの演説が予定されている。

 主要テーマはバイデン新政権と北大西洋同盟諸国との関係改善だ。また地球温暖化対策、新型コロナウイルス問題なども含まれる。新型コロナ感染問題では、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長、 マイクロソフトの共同創業者兼元会長兼顧問のビル・ゲイツ氏がスピーチすることになっている。

 ハイライトはバイデン大統領と欧州の盟主ドイツのメルケル首相との初顔あわせだ。メルケル首相はトランプ前大統領とは良好関係からは程遠く、冷たい同盟関係に終始してきた。移民・難民問題でも壁を建設するトランプ政権に対し、メルケル首相は難民歓迎政策を実施するなど、両者の間には政策でかなり違いがあったからだ。

 それだけではない。駐独米軍の撤退問題から、ドイツとロシアとの間で締結されたロシア産天然ガスのパイプラインの建設問題(「ノルド・ストリーム2」)まで、政策、見解の相違が明らかだった。それだけに、昨年11月の米大統領選で民主党のバイデン氏が当選すると、メルケル首相はいち早くバイデン氏の当選を祝し、「欧州と米国の関係の正常化」へ希望を吐露している。

 それではバイデン氏になって、米独関係、米・北大西洋同盟諸国との関係は急速に改善されるだろうか。バイデン氏は4日、国務省での就任初の外交政策について演説し、その中で駐独米軍の削減計画の凍結を表明している。トランプ前大統領はドイツ駐留の米軍の縮小計画を明らかにしていた。米軍は約3万4500人の兵力をドイツに駐留させてきたが、9500人減らし、2万5000人とするというものだ。トランプ前大統領は昨年6月24日、その一部をポーランドに再配置する意向を明らかにした。

 軍事費の増額や欧州の自力防備の強化を要求するのはトランプ前大統領が初めてではない。米国はジョン・F・ケネディ大統領時代(在任1961〜63年11月)に既に米国はドイツ側に要求してきた。冷戦が終焉した今日、米国が欧州に自力防衛の強化を訴えてきたわけだ。その流れはバイデン氏がホワイトハウス入りしたとしても大きく変わらないだろう。

 ちなみに、トランプ政権下でも駐独米軍の縮小には与党共和党の間にも反対があった。駐独米軍は欧州だけではなく、ロシアや中国の影響が強くなってきた中東、アフリカに対し、米国の戦略上の利益に資する。駐独米軍の規模縮小はロシアへの抑止力を弱め、NATO加盟国が集団安全保障に対する米国のコミットに疑いを持つ契機ともなるからだ。だから、駐独米軍の一部撤退は米国の安全にもかかわる問題だというわけだ。

 なお、バイデン大統領はロシアのプーチン大統領と2月5日に期限切れを迎えた米ロの新戦略兵器削減条約(新START)の5年間延長を決定したばかりだ。

 NATO加盟国は2014年、軍事支出では国内総生産(GDP)比で2%を超えることを目標としたが、それをクリアしているのは現在、米国の3・5%を筆頭に、ギリシャ2・27%、エストニア2・14%、英国2・10%だけで、その他の加盟国は2%以下だ。ドイツの場合、防衛費は年々増加しているが、昨年はGDP比で1・38%に留まっている。バイデン新大統領も前政権と同様、NATOの防衛費の公正な負担を求めるだろう。

 「ノルド・ストリーム2」問題では、メルケル首相は単に米国からだけではなく、与党「キリスト教民主同盟」(CDU)内からも「建設中止はやむ得ない」といった意見が出てきている。ロシアの反体制派活動家ナワリヌイ氏の拘束に抗議して、欧州議会はドイツとロシア間で進めているロシアの天然ガスをドイツまで海底パイプラインで繋ぐ「ノルド・ストリーム2」計画の即時中止を求める決議を賛成多数で採択したが、メルケル首相は「ナワリヌイ氏の問題と『ノルド・ストリーム2』計画とは別問題だ」として、続行する意向を明らかにしている。

 ロシアの天然ガスをバルト海底経由でドイツに運ぶ「ノルド・ストリーム2」の海底パイプライン建設問題で、トランプ前政権は「欧州がロシア産のエネルギーに依存を深めることは欧州全土の安全問題にとって危険だ」として、ドイツ側に計画の見直しを強く要求してきた。

 欧州は昨年12月30日、中国との間で「EU中国投資包括協定」(CAI)に合意した。同協定はEUと中国間の協定だが、中国はドイツがEU議長国である昨年下半期での合意を願ってきた。同協定によると、「中国側は欧州企業の中国市場へのアクセスを改善し、政府補助金に関する情報の透明性を高め、欧州企業の知的財産の中国本土への強制移転といった差別的習慣を撤廃する」という。

 ドイツのシンクタンク、メルカートア中国問題研究所とベルリンのグローバル・パブリック政策研究所(GPPi)は2018年1月5日の時点で、「欧州でのロシアの影響はフェイクニュース止まりだが、中国の場合、急速に発展する国民経済を背景に欧州政治の意思決定機関に直接食い込んできた。中国は欧州の戸を叩くだけではなく、既に入り、EUの政策決定を操作してきた」と警告している。

 ドイツのホルスト・ゼーホーファー内相は昨年7月9日、ドイツの諜報機関、独連邦憲法擁護庁(BfV)の2019年版「連邦憲法擁護報告書」を公表した。388頁に及ぶ報告書の中で、同内相は中国の諜報、情報スパイ活動に対して異例の強い警告を発した。

 BfVの報告書では「習近平国家主席が政権を掌握した2012年11月以後、諜報・情報活動の重要度が高まった」と指摘、習近平主席は情報活動を中国共産党の独裁政権の保持のために活用してきたという。中国はドイツで先端科学技術分野で独自技術を有する中小企業にターゲットを合わせ、企業を買収する一方、さまざまな手段で先端科学情報を有する海外の科学者、学者をオルグしている(「千人計画」)。その目標はロボット技術、宇宙開発など先端分野で中国が超大国となるという習近平国家主席の野望「中国製造2025」戦略(Made in China 2025)の実現だ(「独諜報機関『中国のスパイ活動』警告」2020年7月12日参考)。

 バイデン新大統領は中国共産党政権に対しどのような政策を展開するだろうか。ブリンケン新国務長官は対中政策ではトランプ前政権のそれを継続する意向を表明している。バイデン新大統領は4日、初の外交演説の中で中国を「最も手ごわい競争相手」と評し、人権問題や不法な経済活動に対しては厳しい姿勢で臨むと述べる一方、「米国の国益と一致する限り、中国と協調していく」と主張している。

 看過できない点は、バイデン新政権下で既にトランプ前政権の対中規制政策の一部が削除され、修正されていることだ。例えば、1月26日、中国政府系教育機関「孔子学院」との合意内容を開示するよう米大学などに求める連邦規則の計画を取り下げている。また、海外反体制派中国メディア「大紀元」によると、バイデン政権発足後の1月21日、米国務省のウェブサイトから「中国の脅威」、次世代移動通信網(5G)セキュリティらの問題が主要政策項目(Policy Issues)から取り下げられたというのだ。バイデン政権下では多くの親中派関係者が入り込んでいる(「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」(2020年9月11日参考)。

 米国は北大西洋ではNATO加盟国を中心に、アジアでは日本、オーストラリア、インドと防衛協力を強化しながら中国包囲網を構築していかなければならない。バイデン氏は4日の外交演説の中で「米国は戻ってきた」と宣言し、同盟諸国との協調路線をアピールした。バイデン大統領の「米国」は本当に戻ってきたのか、それともまったく別の方向に行こうとしているのか。その答えを得るためにはもう暫く時間が必要だろう。

バイデン新政権就任早々の「変調」

 ジョー・バイデン氏が第46代米国大統領に就任してまだ1週間も経過していない段階で、バイデン新政権に対し「ああだ、こうだ」と批判することは時期尚早だろうが、前兆というか、懸念される変化が既に見られる。

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▲バイデン新大統領とハリス新副大統領(ホワイトハウス公式サイトから)

 海外反体制派中国メディア「大紀元」によると、バイデン政権発足後の21日、米国務省のウェブサイトから「中国の脅威」、次世代移動通信網(5G)セキュリティらの問題が主要政策項目(Policy Issues)から取り下げられたというのだ。同サイトには、反腐敗、気候と環境保護、新型コロナウイルスなど17項目が掲載されているが、先述した「中国の脅威」や5G項目が削除されているという。その理由は説明されていない。

 好意的に受け取れば、バイデン新政権は国務省のウェブサイトの刷新中なのかもしれないから、具体的な動きが出てくるまでは何も言うべきではないかもしれないが、少々心配だ。大紀元(2021年1月22日)によると、トランプ前政権時代の政策課題から消滅した項目は、「中国の脅威」、5G問題のほか、「イラン・危険な政権」、「ニカラグア・民主主義への回帰」、「ベネズエラ・民主主義危機」等々だ。

 トランプ前大統領がホワイトハウス入りした直後、前政権のオバマ・ケアの否定など、オバマ政権カラーを次々と抹殺していったことを思い出す時、バイデン新政権だけが特別変わっているとはいえない。民主党と共和党が政権交代する米国の政界では当然のことかもしれない。

 蛇足だが、トランプ大統領が就任直後、行ったことはホイトハウスの大統領執務室のカーテンを自身の大好きなカラー(黄金色)に変えたことだ。バイデン新大統領がデスク上の山積する書類に次々と署名(大統領令)している写真が配信されたが、大統領執務室のカーテンは22日現在、まだ変わっていない。バイデン氏が落ち着き、時間が出来れば、カーテンをトランプ・カラーからバイデン・カラーに変える大統領令(?)を発令するかもしれない。そうなれば「新政権のカラー」とメディアで騒がれるだろう。

 本題に戻る。トランプ政権のポンぺオ国務長官は離任直前の19日、中国共産党政権によるウイグル自治区のウイグル族ら少数民族への迫害を「ジェノサイド」(集団虐殺)と認定するなど、任期が終わる直前まで中国共産党政権の脅威をアピールしてきた。その後継者、アントニー・ブリンケン新国務長官(オバマ政権下では国務副長官)は上院承認公聴会でトランプ政権の中国政策に同意すると発言していた。その段階では、トランプ外交からバイデン外交へといった威勢のいい言葉は聞かれなかった。

 バイデン新大統領もブリンケン新国務長官も外交問題の専門家であり、中国共産党政権の実態をよく知っているはずだ。それではバイデン新政権下で国務省ウェブサイトの主要政策項目の変化は何を意味するのだろうか。

 トランプ政権時代の「中国の脅威」が米民主党のバイデン新政権が発足した途端に消滅した、ということはないだろう。それとも、北京の中国共産党政権が何らかの対話のシグナルをワシントンの新政権に向けて発信したのを受けた対応だろうか。

 中国共産党政権がバイデン新政権発足を受け、覇権政策を修正して対話路線に変えたということは聞かない。そのような時、米国務省の主要政策項目から「中国の脅威」を削除することは北京に誤解を与える危険性がある。中国共産党は相手が弱く出れば、必ず強く出てくる。バイデン新政権が中国に対して懐柔政策に出れば、北京は待ってましたといわんばかりにさまざまな工作を展開させてくるはずだ。

 「中国の脅威」だけではない。新政権の対イラン政策も懸念材料だ。バイデン新大統領は就任する前から、トランプ大統領が離脱したイラン核合意に再復帰する意向を表明してきた。バイデン氏は昨年9月の選挙戦でトランプ大統領のイラン核合意からの離脱を「失敗」と断言し、「トランプ大統領がイラン・イスラム革命防衛隊ゴッツ部隊のソレイマニ司令官を暗殺したためにイランが米軍基地を攻撃する原因となった」と述べ、対イラン政策の修正を示唆してきた。

 トランプ前米大統領は2018年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱したが、イラン当局は米国の関心を引くために同国中部のフォルドゥのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げたばかりだ。バイデン氏はイランの核の脅威を軽視してはならないだろう(「米国の『イラン核合意』復帰は慎重に」2020年11月26日参考)。

 バイデン新大統領はトランプ政権の新型コロナ対策が不十分だったと頻繁に批判してきたが、40万人以上の米国人の命を奪った新型コロナが中国武漢発であり、中国政府が感染発生直後、その事実を隠蔽した事実に対しては批判を控えてきた。マスク着用を嫌ったトランプ前大統領は新型コロナの発生源については感染拡大当初からはっきりと中国側を批判してきた。

 バイデン民主政権下には既に親中派が入り込んでいる。同時に、リベラルなメディアには中国資本が入り、情報工作をしている。それだけにバイデン新大統領が明確な対中政策を確立しなければ、中国共産党の懐柔作戦に嵌ってしまう危険性がある。バイデン新政権下の国務省ウェブサイトの主要政策項目から「中国の脅威」が削除されたというニュースはその懸念を裏付ける(「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」2020年9月11日参考)。

バイデン新大統領の「使命」は

 コラムのタイトルに「使命」という言葉を選んだ。「課題」とか「テーマ」といった言葉も考えられるが、バイデン新大統領には「使命」という表現がより相応しいのを感じるからだ。それでは誰に対しての「使命」なのか。民主主義国では主権者は国民だから、米国民への「使命」というべきだろうが、78歳の高齢の米大統領にはこれまでの政治人生を導いてきた「神」からの使命という意味合いを含むべきだろう。

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▲第46代米大統領に就任したバイデン氏とジル夫人(2021年1月20日、オーストリア国営放送の中継から)

 バイデン氏は「口の人」ではないことは前回のコラムでも指摘した。「口の人」ともいうべきクリントン、オバマ両元大統領はバイデン氏の就任演説中に“コクリ、コクリ”と居眠りをしていた。IT時代を迎え、国民の心を捉える演説力、情報発信力は大きな武器だが、最終的に問われるのはやはり実行力だろう。

 その点、バイデン氏はクリントン、オバマ両元民主党大統領を凌ぐチャンスがある。4年後の再選を考えず、与えられた4年間に全ての経験、知識を投入してやるべき使命を果たすことができれば、波乱万丈だったバイデン氏の政治生命に花を添えるだろう。このコラム欄で「バイデン次期大統領『高齢者の強み』」(2021年1月9日参考)の中で当方が記した内容だ。

 それではバイデン氏の「使命」とは何だろうか。新大統領が抱える内外の課題、問題は既に明らかだ。就任直後、ホワイトハウスの大統領執務室のデスク上には多くの書類が積み上げられていた。世界保健機関(WHO)や地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からの脱退、離脱の取り消しに関する大統領令などに署名するバイデン氏の写真は世界に発信された。民主党選出のバイデン大統領に期待され、バイデン氏も公約してきた内容だ。オバマ政権の業績を就任直後から破棄していったトランプ前大統領のように、バイデン氏はトランプ政権で決まった内容を迅速に無効にする仕事に取り組んでいるわけだ。徹底した反トランプ報道を貫いてきたリベラルな米メディアが喜ぶ瞬間だろう。

 しかし、当方がこのコラム欄でいうバイデン氏の「使命」はそのような内容ではない。共和党のトランプ前政権の決定事項を無効、破棄することは民主党大統領の必修科目かもしれないが、神が召命したバイデン氏の「使命」ではない。「使命」とは、中国共産党政権に対する明確な神のメッセージを発信することだ。

 習近平国家主席の下、多くの中国国民がその管理下に生きている。特に、50以上の少数民族は激しい弾圧を受け、共産党の“再教育”を受けている。ポンぺオ国務長官は離任直前の19日、中国共産党政権によるウイグル自治区のウイグル族ら少数民族への迫害を「ジェノサイド」(集団虐殺)と認定している。ウイグル民族の女性たちは避妊手術を受け、男性たちは中国同化政策を強要されている。その数は100万人を超えているというのだ。チベット系民族もしかり、モンゴル系住民もしかりだ。

 ナチス・ドイツ政権はユダヤ人、ロマ人ら少数民族を強制収容所で拘束し、ユダヤ人は600万人が虐殺された。アウシュビッツ強制収容所が解放された時、世界はナチス政権のユダヤ人大虐殺を知って驚いたが、21世紀の現代は、中国共産党政権の同じような少数民族への迫害の事実が報じられ、国際社会の知るところとなっている。だから「知らなかった」とは弁明できない。同時代に生きる人間、特に世界の主要国家の為政者は弁明できないのだ。

 外交畑を歩んできたバイデン氏は中国共産党政権の実態を知っているはずだ。バイデン氏は中国に対し、「人権を無視し、法輪功信者から生きたまま臓器を摘出するなど非人道的な犯罪は絶対に許されない」という明確なシグナルを常に発信すべきだ。そして世界の民主国家と結束し、「反中国戦線」を構築して、北京への圧力を強めていくべきだ。中国共産党政権はあらゆる手段を駆使して反撃してくるだろう。その巨大な資金、人材を投入して既に懐柔作戦、情報工作を展開している。共産党は相手が腰を引いているとみれば強硬に出てくるが、相手が強く出れば、慎重になる。

 「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」(2020年9月11日参考)で書いたが、バイデン民主政権下には既に親中派が入り込んでいる。同時に、リベラルなメディアには中国資本が入り、情報工作をしている。中国抜きで世界の運営は難しいが、「中国共産党政権と中国国民は別である」という視点を踏まえながら、対中政策を実施すべきだ。習近平主席が最も恐れているのは「党と人民は別」論だ。

 中国共産党政権は中国の長い歴史の中で出てきた異質の政権だ。それは中国の歴史、文化とは一致しない唯物的世界観を有し、宗教の自由を蹂躙する政治イデオロギーを有している。習近平主席は宗教の中国化を画策している。新型コロナウイルスのパンデミック後、中国共産党政権はマスク外交、ワクチン外交を展開し、相手国を親中派にするために腐心している。彼らの狙いは利他的な「ウインウイン外交」ではなく、中国共産党政権の覇権拡大だ。

 「それでもトランプ氏を推す理由」(2020年7月19日参考)でも書いたが、トランプ前政権の最大の業績は中国共産党政権の実態を世界に明らかにしてきたことだ。トランプ氏個人の人間的弱さ、暴言、失言は歴代大統領の中でも飛び抜けていたが、対中政策では歴代最大の成果を積んできた。一政権では世界の全ての問題を解決できない。それはバイデン新政権でもいえることだ。地球温暖化対策も急務だが、対中政策の動向は世界の安全に直接に関連するテーマだ。

 バイデン新大統領の「使命」は、共産主義思想を国是とする中国共産党政権に対し、その誤りを指摘する不動の政策を貫徹することだ。米国が揺れない限り、中国共産党政権は世界制覇といった野望を実行できないからだ。

 トランプ氏は歴代大統領の中でもレーガン大統領(在任1981〜89年)を最も尊敬していたという。レーガンは冷戦時代、共産主義を「悪魔の思想」と喝破した大統領だった。レーガンは亡くなり、トランプ氏は去った。後継者のバイデン新大統領はその使命を継承し、中国共産党政権に対して、不動の、明確な政策を実行すべきだ。78歳のバイデン氏にとって最大の武器は、長男ボーを失った時(2015年)も常に傍で同氏を鼓舞していた神の支援だ。何を恐れることがあるだろうか。

米国に願われる「ウインウイン思考」

 ワシントンで20日挙行されたバイデン新大統領の就任式をTV中継でフォローした。トランプ前大統領の時もそうだったが、新大統領は就任式に自宅から聖書を持参し、その上に手を置いて宣誓式に臨んでいた。教会の礼拝に持参できないぐらい大きく、分厚い聖書には驚いた。多分、由緒ある聖書なのだろう。

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▲聖書の上に手を乗せて宣誓するバイデン新大統領(2021年1月20日、オーストリア国営放送の中継から)

 新大統領の就任演説はバイデン氏が「口の人」ではないことを改めて明らかにした。内容ではない。その語りっぷりだ。CNNはバイデン氏の演説中、貴賓ゲスト席にいたクリントン元大統領が居眠りをしていたところを映し出していた。オバマ氏も同様で、目をつぶり自分の副大統領だったバイデン氏の演説に耳を傾けていたが、意識を失っていった。カメラが自分に向かっていると直感したのか、目を開いた。CNNはその瞬間を撮っていた。

 両元大統領は現職時代、演説のうまさで定評があった。その両元大統領にとって、就任したばかりの新大統領の演説が余りにも単調で、繰り返しが多く、メリハリのないものだったので、ついつい睡魔に襲われたのだろう。スリーピング・ジョーといわれ、その演説の退屈さはワシントンの政界ではよく知られているが、それを就任初日から裏付けることになったわけだ。

 演説内容は、民主主義の称賛と二分化した米国社会の結束を訴えるものであり、「自分は全ての米国民の大統領となる」という決意表明だった。当方は居眠りせずに最後まで聞いたが、バイデン氏に名演説を期待することは間違っていることが良く分かった。

 コラムのテーマに入る。米国社会は英雄と勝利者を称える社会だ。同時に、その社会は勝者と敗者を生み出す。ワイルド資本主義社会の米国ではアメリカンドリームを実現するために多くの人々が努力するが、頂点に辿り着く人は限られている。

 昨年11月3日に実施された米大統領選でも同じだった。トランプ前大統領は父親に言われたように「絶対に敗北を甘受するな」という言葉を忠実に守って、選挙の不正集計問題を取り上げて最後まで抵抗した。トランプ前大統領の父親は米国社会では敗者が如何に惨めかを体験していたのだろう。

 大統領選が終わると、ワシントンでは住民の入れ替わりが見られる。今回の場合、米共和党関係者はワシントンから引っ越しし、米民主党関係者がワシントンに移転してくる。勝者と敗者の入れ替わりだ。民主党と共和党は過去、大統領選毎、同じ風景を繰返してきた。ワシントンには長くて8年間、短ければ4年で住民の入れ替わりが行われる。

 米国の選挙システムは勝者と敗者をより鮮明にする。勝利すれば、その州に割り与えられた選挙人全てを獲得し、敗者は健闘しても全てを失う。勝者を愛し、敗者に冷たいシステムだ。そのシステムから毎回、新しい米大統領が生まれてくる。

 バイデン氏は「全ての米国民の大統領になる」と表明し、勝者だけではなく、敗者の大統領にもなるという。どの新大統領もよく語る言葉だ。しかし、その実現性はどうだろうか。米国社会自体が勝者と敗者を明確にする。選挙システムだけではなく、経済システムも勝者と敗者を分けていく。どの国でも程度の差こそあれ、同じかもしれないが、米国の場合、非情なまでその区別が鮮明なのだ。

 バイデン氏は20日、就任直後、トランプ前政権が決定していた世界保健機関(WHO)の脱退手続きを取り下げる大統領令に署名している。それだけではない。トランプ政権は2017年8月4日、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」を離脱し、18年5月8日には「イラン核合意」から離脱したが、バイデン氏はそれらの撤回を表明している。大統領が変われば、その度、多国間協定が変わるという異常状況が生まれている。

 冷戦時代、西側民主主義陣営と共産主義陣営に分裂し、レーガン米大統領(在職1981〜89年)はその分裂を「善と悪の戦い」と評した。そして冷戦は前者の勝利となった。ゴルバチョフソ連大統領(当時)は後日、「米国が勝利したことは間違いないが、その後、米国は敗者への配慮に欠き、傲慢になった」と批判したことを思い出す。米国には久しく勝者と敗者の間には深い溝があり、両者の融和は決して容易ではない。

 米国が戦争に巻き込まれない限り、米社会を結束させることは難しい。バイデン氏はカトリック信者だが、米教会もバイデン氏を支持する派と反対する派に分かれている。バイデン氏の足元の教会が分裂している時、米国社会の結束といわれてもその実現性は限りなく非現実的なわけだ。

 米国社会の「勝者・敗者の思考」を変える時を迎えている。具体的には、ウインウイン社会に変えることだ。勝者が敗者社会に埋没すれば、社会主義に落ち込み、社会の活力を失う危険が出てくる。しかし、ウインウイン社会では双方が発展し、成長できる。

 オーストラリアのメルボルン出身の哲学者、ピーター・シンガー氏は相手を助けることは最終的には自分を助けることにもなる、という効率的な「利他主義」(独Altruismus) を主張している。シンガー氏が主張する“効率的な利他主義者”は理性を通じて、「利他的であることが自身の幸福を増幅する」と知っている人々だ。相手のために生きることが自分のためになるという絶対的確信があるからだ。宇宙全ては利他的に運営されていることを理解し、人間社会の発展でもその宇宙原理を実践することで、勝者と敗者、豊かな人と貧しい人、幸福な人と不幸な人の分裂を乗り越えていくわけだ(「利口ならば、人は利他的になる」2015年8月9日参考)。

 その点、トランプ氏の米国ファーストは逆行していた。自国一国だけが幸せになるということは非現実的だ。中国発の新型コロナウイルスは大きなチャンスを与えている。全世界が同じ困難に直面し、苦しんでいるからだ、そのような状況はこれまでなかったことだ。同じ問題だから、相手側の事情が良く理解できる。その分、相互援助も実行しやすいわけだ。ウインウイン思考が定着できる環境が生まれてきているのだ。

 人間関係、国家間の関係もウインウインでない限り、その関係は長続きしない。例えば、米国の軍事的支援が米国と相手国の相互の利益とならない限り、関係は長続きしない。外交世界に精通しているバイデン氏には「ウインウイン外交」を推進してほしい。同時に、米国国民は「勝者・敗者の思考」から脱皮し、「ウインウイン思考」にグレート・リセットすべきだ。

バイデン米新大統領の「信仰の世界」

 米民主党のジョー・バイデン氏(78)が20日、第46代米国大統領に就任した。60年前、ジョン・F・ケネディ(1961〜63年)以来の2番目のカトリック信者の米大統領だ。バチカンでも新大統領の動向に大きな関心と期待を寄せている。

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▲訪米したフランシスコ教皇と握手するバイデン副大統領(当時)=2015年9月23日、ホワイトハウスで、ウィキぺディアから

 独週刊誌シュピーゲルは2019年10月12日号で当時米大統領候補者だったバイデン氏を「米国のヨブ」(Amerikanischer Hiob)と名付けて報じたことがある。ヨブは旧約聖書「ヨブ記」の主人公だ。信仰深いヨブはその土地の名士として栄えていた。神は悪魔に「見ろ、ヨブの信仰を」と自慢すると、悪魔は神に「当たり前ですよ、あなたがヨブを祝福し、恵みを与えたからです」と答えた。そこで神は「家族、家畜、財産を奪ったとしてもヨブの信仰は変わらない」というと、悪魔はヨブから一つ一つ神の祝福を奪っていった。紆余曲折はあったが、ヨブは最後まで信仰を守り、神から祝福を再び得るという話だ。

 独誌はバイデン氏の人生をそのヨブの話に投射して報じたわけだ。バイデン氏は29歳で上院議員に初当選した直後、妻と娘を交通事故で失い、2人の息子だけとなった。長男(ジョセフ・ロビネット・ボー・バイデン)は優秀でバイデン氏は自分の後継者と期待した矢先、脳腫瘍で2015年に亡くなった。残されたのは2番目の息子(ロバート・ハンター・バイデン)だけとなった。

 バイデン氏の人生は不幸が続く。オバマ前大統領の下、8年間、副大統領を務め、次期大統領に立候補する考えだったが、オバマ氏はバイデン氏ではなく、ヒラリー・クリントン女史を支援した。オバマ氏を友人と信頼してきたバイデン氏はショックを受けた、といった具合だ。そして米国のヨブ=バイデン氏は今回、78歳で米大統領に選出された(「人は『運命』に操られているのか」2019年10月20日参考)。

 バイデン氏は昨年11月7日、デラウェア州ウィルミントン市での勝利宣言の中で、「今は癒しの時だ。トランプ政権下で分裂した米社会の新しい出発をもたらしたい。米国民は素晴らしい。わが国の歴史で、国民が一体化すれば実現できなかったことはなかった」と指摘、国民に結束を呼び掛けた。

 そして勝利演説の終わりになって、「選挙戦、頭の中で教会の歌が常に蘇ってくるんだ。その歌は自分や家族にも、特に亡くなった息子ボーにとって大切な歌なんだ。その教会の歌は自分の、そして全ての米国人の信仰のエッセンスを歌っているのだ」という。

 その歌とは、“ On Eagle’s Wings”(鷲の翼に乗って)だ。カトリック神父だったマイケル・ジョンカス氏が1976年、聖書の詩編にインスピレーションを受けて書いたものだ。5年前、亡くなったボーの葬儀の時、当時副大統領だったバイデン氏は告別ミサで歌った。バイデン氏が人生の中で最も苦しかった時に出会った歌だ。

 汝は空高く鷲の翼の上に導かれ、夜明けの刹那に太陽の如く輝き、神の御手に抱かれる

 アイルランド移民の家族の中で育ったバイデン氏は後日、「自分の信仰はその時期、深まっていった」と告白している。「神は苦しい時、自分を守ってくれた」という確信だ。そして「新型コロナウイルスで20万人以上の国民が亡くなった。その家族、関係者もこの歌が同じように癒しをもたらしてくれることを願う」と述べて、勝利宣言の演説を終えている。

 バチカンニュースはケネディが初のカトリック信者の米大統領に選出された時のことを報じている。米国民には当時、「大統領はローマ教皇の命令に従わざるを得なくなるのではないか」といった懸念の声があった。米国とローマとの関係は現在のような正常な関係ではなかった。両国が完全な外交関係を樹立したのは1984年だ。ケネディは就任式に「神が愛する祖国を導くだろう。我々は神の加護と祝福を願うが、この地上では我々が神の業を実行しなければならない」と語っている。

 ケネディ時代とバイデン氏の時代では異なる。米国とバチカンの関係は問題ないが、米カトリック教会内でバイデン氏のカトリック信仰について様々な批判の声が聞こえる。「教会に定期的に通う実践信者のバイデン氏は同性婚に反対せず、中絶問題でも個人的には反対しているというが、連邦最高裁の判断に異議を唱えなかった」といった批判の声が教会内で囁かれているのだ。

 バチカンニュースは昨年11月8日、「ケネディは当時、米カトリック教会の全面的支持を得ていたが、バイデン氏の場合、米国社会と同様,米教会は二分化している」と報じている。実際、昨年11月の大統領選では、米カトリック信者の52%はバイデン氏に、48%はトランプ氏に投票したという結果が明らかになっている。

 ちなみに、米国のイエズス会系私立名門「フォーダム大学」の宗教文化センターのダビド・ギブソン所長は、「米国の信者は中絶問題や同性愛問題では教会のドグマと自身の信念の間に溝が広がっている。バイデン氏は教会の多数の信者の側に立っている」と説明する。

 米国の建国神話を思い出す。彼らは神の名で国を建国するという明確な理想をもち、全ての人の命を守り、信仰の自由を保障する国の建設に取り組んできた。米国は今日、世界最強国家となり、世界最大の富を誇っている。その米国で貧富の格差が広がり、肌の色が違うということだけで人種差別が行われている。そして大統領選を通じてバイデン氏の足元、米国カトリック教会でも同じように二分化が進んでいる。

 バイデン氏は、「祖父を訪ねると、彼はいつも自分に『信仰を守れ』といった。しかし祖母は『そうではない。信仰を広めよ、広めるんだよ』と自分に語った」というエピソードを明らかにしている(バチカンニュース1月18日)。

 新大統領を取り巻く世界情勢は多くの難問に覆われている。新型コロナ感染への対策、イラン、北朝鮮の核問題、地球温暖化対策、中国の覇権主義への対応などが控えている。それらの課題は深刻であり、早急な対応が求められている。人生で厳しかった時、「鷲の翼に乗って」に励まされてきた78歳の新大統領はそれらの難問に挑戦する。公平で正しい判断が下せるように、祈ろう。

米独議会周辺騒動にみる「深い闇」

 「国民の代表が集まるハウス」(ペンス米副大統領)である議会前に多くの抗議デモ参加者が集まり、議会内に侵入し、建物を破壊するといった出来事は世界を見渡せば、残念ながら珍しくはないが、先進諸国では幸いほとんど見られないものだ。通常、議会周辺の警備体制は他の場所より厳重で、多数のデモ参加者が議会に入り込み、建物内で暴れるといった事態は本来考えられない。しかし、世界最強国の米国で今月6日、トランプ大統領支持者の抗議デモ参加者が首都ワシントンDCの連邦議会内に侵入して破壊行為を行った出来事は、世界に大きな衝撃を与えた。忘れてならない点は、昨年8月末、欧州連合(EU)の盟主ドイツの連邦議会周辺でも同じような騒動が起きていることだ。そこで両国の議会周辺での騒動をもう一度振り返ってみた。

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▲第46代米国大統領を待つホワイトハウス(ウィキぺディアから)

 ドイツの場合、昨年8月29日から30日にかけ、メルケル政権が施行した一連の新型コロナウイルス関連規制法に反対する抗議デモ集会が行われた。警察側の発表によると、29日には総数4万人が複数の抗議デモに参加した。ブランデンブルク門周辺や“6月17日通り”では30日、2500人が参加した。ベルリン州警察は数千人の警察隊を動員し、市内で広範囲に警戒警備・交通規制を実施した。

 問題は29日、極右過激派がベルリンの国会議事堂建物(連邦議会がある)の階段に登り、ナチス・ドイツ時代のドイツ帝国議会の旗を振り、過激な政治的プロパガンダを行ったことから、警察隊が介入して強制解散させた。

 警察当局によると、国会議事堂の階段を上ったデモ参加者数は300人から400人という。316人が逮捕され、33人の警察官が負傷した。131件の刑事責任が問われた。国会議事堂建物の階段で帝国旗を振ったのは極右過激派や「旧ドイツ帝国公民」(Reichsburger)メンバーとみられている。彼らの幾人かは建物の中に入ろうとした。

 シュタインマイアー大統領は30日、デモ参加者が国会議事堂の建物前でナチス・ドイツ時代の帝国旗(Reichsflaggen )を振り、極右的な過激な言動をしたことに対し、「われわれ民主主義の中核への耐え難い攻撃だ。絶対に甘受できない。帝国旗を振った人間の数は少ないが、ドイツでは大きなシンボル的な意味が出てくるのだ」と強く批判した。

 1933年、ドイツ国会議事堂放火事件が起きた。同事件はワイマール共和国の終わりの始まりを告げ、国家社会主義の独裁政治の台頭を促す出来事でもあった。その国会議事堂建物前でナチス時代の「帝国旗」を振るということは、ドイツ国民に1933年の歴史的事件を想起させてしまうわけだ。

 米国の議会内騒動事件を受け、ベルリン警察は7日、国会議事堂周辺の警備強化に乗り出す計画を明らかにしている。米国議会の騒動の二の舞になっては大変というわけだ。ドイツ南部バイエルン州のゼーダー首相は、「連邦議会を含む主要建物の警備強化」を呼び掛けている。具体的には、連邦議会、首相官邸、米大使館などだ。

 一方、米連邦議会での騒動はトランプ大統領支持者の暴動と受け取られ、米民主党のナンシー・ペロシ下院議長は、「議会侵入騒動はトランプ大統領の責任だ」として、同大統領の即解任を要求。連邦捜査局(FBI)は議会内に侵入したデモ参加者の身元割り出しを進めている。また、議会警備担当の警察責任者が解任されたが、問題はどうして多くのデモ参加者が簡単に議会内に侵入できたのかという点だ。ソーシャル・メディアで流れる動画などでは「議会に入れ」と扇動している声が聞き取れる。明らかに誘導者がいたことが分かる。

 ドイツでは警察隊が議会内に侵入しようとした多数のデモ参加者を拘束し、侵入を阻止した。「米国の民主主義の拠点」ともいうべき米連邦議会周辺の警備体制がドイツ連邦議会のそれより緩かったのか。それとも何らかのサボタージュがあったのか、という憶測すら出てくる。

 ドイツの場合、抗議デモ集会はコロナ規制への反対だ。同集会には極右過激派だけではなく、極左過激派も集会を開いていた。米国の場合、トランプ大統領支持者の集会であり、大統領選の不正に抗議することがその主要目的だった。1月6日は米上下両院合同会議が開催中で、ジョー・バイデン氏の当選を正式に追認する会議が進行中だった。トランプ支持者はその会合の議会前で抗議することが目的だったが、その一部が議会に侵入し暴れ出したわけだ。

 その結果、トランプ支持者は「暴徒」と受け取られ、トランプ氏は暴徒を煽る大統領として激しいバッシングを受ける羽目となり、バイデン氏が大統領として公認されるのを助けることになった。すなわち、議会内に侵入して暴動化したトランプ支持者は意図とは逆にバイデン氏を支援したことになったわけだ。もし、極左過激派活動家たちがトランプ支持者を装ってデモ参加者を巧みに議会に誘導したとすれば、それは大成功だったわけだ。

 ちなみに、米俳優アーノルド・シュワルツェネッガー氏は10日、ツイッターでトランプ支持者の議会侵入事件を反ユダヤ主義暴動の1938年のナチス・ドイツの「水晶の夜」事件と比較し、「トランプ氏は国民を誤動する指導者だ」と批判している。

 当方は米議会内侵入事件を「水晶の夜」と比較するシュワルツェネッガ―氏の見解には同意できない。今回の騒動でトランプ氏を糾弾することに追われ、肝心の、大統領選の不正問題の解明問題が忘れられてしまうことは避けなければならない。

 ドイツの議会内侵入(未遂)は同国のナチス・ドイツ時代の「歴史」を蘇らせ、米議会内侵入事件では同国の建国以来の「民主主義」が問われ出したが、両者とも事件の核心に至るまでには「深い闇」が覆っているのを感じる。

バイデン次期大統領「高齢者の強み」

 1月6日、次期大統領を認定する最後のハードル、上下両院合同議会での審議はトランプ大統領支持派の議会建物内への侵入といった想定外の騒動で一時中断されたが、再開後、バイデン氏の勝利が正式に認定された。4人が犠牲となった米議会侵入騒動後、トランプ氏は流石にショックだったのだろう、「円滑な政権移譲」を約束し、大統領選の敗北を認めた。

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▲米次期大統領ジョー・バイデン氏(バイデン氏の公式フェイスブックから)

 ジョー・バイデン氏は29歳で上院議員となってから約半世紀後、最高峰に到達した。上院議員に初当選した直後、妻と娘を交通事故で失い、優秀な長男(ジョセフ・ロビネット・ボー・バイデン)を自分の後継者と期待した矢先、長男が脳腫瘍で2015年に亡くなるなど、同氏は“米国のヨブ”と呼ばれ、さまざまな人生での波乱を経験した後、世界最強国の大統領に就任することになったわけだ。

 一方、トランプ氏は「絶対負けてはならない」と言い続けてきた父親の遺訓を最後まで死守するために奮闘したが、自身の支持者の騒動で結局、幕を閉じざるを得なくなった。4年後の起死回生を表明しているが、誰が4年後のトランプ氏の心の世界が分かるだろうか。多分、本人すら確かではないだろう。

 先ず、トランプ氏について考えてみたい。同氏は選出当初からリベラルなメディアから大統領職への資格が問われ続けてきた。その理由の一端は不動産業界の世界からホワイトハウス入りした異端児だったこともあるが、やはりその言動に大きな理由があった。リベラルなメディアはトランプ氏に「大衆迎合政治家」というレッテルを貼りつけ、批判し、揶揄ってきた。エンターテーメントの世界を知っているトランプ氏は自身への批判や中傷も人気と受け取り、連日、ツイッターを通じてさまざまな発言を発信し、話題を提供することでメディアを喜ばせてきた。

 トランプ氏を支持した米国人はラストベルト(Rust Belt、錆びた地帯)に代表される、グロバリゼ―ションについていけなくなった地域の労働者たちが多かった。彼らは「彼(トランプ氏)ならばなんとかしてくれるのではないか」といった希望を託した。トランプ氏が米国経済の景気の動向に神経を払ったのは当然だった。経済を回復し、米国を再びグレートにするという公約に拘った。回復途上の国民経済に中国武漢発の新型コロナウイルスが直撃し、トランプ氏の再選という夢を粉塵にしてしまったわけだ。

 保守派有識者がトランプ氏を支持する第一の理由はその中国政策にある。世界最強を目指す中国の台頭に米国内の保守派は危機感を感じてきた。共産党政権の中国の躍進は米国ファーストをも脅かすぐらいになってきたからだ。そこでトランプ氏を掲げて、反中政策を推進していったわけだ。

 ただし、トランプ氏には明確な中国共産党政権の脅威が理解されていたかは確かではない。ジョン・ボルトン氏(前米大統領補佐官・国家安全保障問題担当)らの回顧録を読む限りでは、保守派の反中政策と完全に一致していたとは言い切れない。北京が魅力的なオファーをすれば、トランプ氏のスタンスが180度豹変する恐れさえあったのではないか。幸い、トランプ氏は自身の再選チャンスを壊した中国政権への怒りもあって、その中国政策は現職中には変わらなかった(「ボルトン氏のトランプ評は正しいか」(2020年7月22日参考)。

 トランプ氏は生来、ナルシストだ。反中政策を支持する保守層の支持を自身への支持と勘違いしてきた。7400万人以上の票を獲得したが、その投票動機はトランプ氏支持というより、難民受け入れを制限、米国民ファーストの経済対策、反中政策にあった。トランプ氏はその支持を最後まで自身への支持と受け取ってきた。ナルシストらしい“美しい誤解”が最後まで見られた。

 一方、バイデン氏には常にオバマ前大統領の影が付きまとう。仕方がないだろう、8年間、オバマ政権下で副大統領を務めてきたからだ。その結果、バイデン氏には自身の政治カラーがなく、米国初の黒人大統領オバマ氏の国民的人気の影にあって存在感は薄かった。しかし、46代米大統領に選出された現在、同氏は彼の政治理念を発揮できるチャンスを得たのだ。

 そのバイデン氏は、次期政権の側近にオバマ政権時代の人材を多数登用し、「バイデン次期政権は第3次オバマ政権」と既にメディアで揶揄されている。大統領戦の最後のトランプ氏との正面討論では、トランプ氏から「あなたは8年間、オバマ氏の下で副大統領だった。その8年間であなたは自身の政治理念を実行できる十分な時間があったはずだ」と指摘された時、「自分は副大統領だったから…」と弁明するのが精一杯だった。すなわち、トランプ氏から「あなたは何を過去、実行してきたか」と問われたわけだ。

 “苦労人”バイデン氏にも幸福の女神が笑顔を見せてきた。下院だけではなく、上院でも民主党は過半数を獲得できた。米南部ジョージア州で5日、上院(定数100)の残る2議席をめぐる決選投票が行われ、2人の民主党候補者が勝利し、上院での勢力は50対50となり、カマラ・ハリス次期副大統領の票を入れれば、民主党は過半数を獲得できるため、ねじれ現象を回避できる。バイデン次期政権は共和党の拒否権を恐れる必要がなくなったわけだ。

 ただし、バイデン氏にはグッド・ニュースだが、大喜びばかりしておれない。「上院の反対で私の政策は実行できなかった」と国民に弁解できなくなったからだ。バイデン氏は腹を決めて取り組まなければならなくなった。オバマ氏のように「共和党の反対があって」と言う弁解はもはや通用できなくなったのだ。

 現在78歳のバイデン氏は任期中に80歳の誕生日を迎える高齢者大統領だ。大統領選中には認知症の初期症状が見られるといった声も聞かれた。健康問題がバイデン氏には付きまとう。そこでアドバイスだ。バイデン氏は再選を狙うといった野望を早々と捨てることだ。すなわち「私には4年間の時間しかない」という決意のもとに日々の政策に取り組んでいくならば、高齢者大統領には大きなメリットとなるからだ。再選を考えず、1期目の4年間に過去の政治生活で培った全ての経験、知識を投入すれば、米大統領史にその名を残す名大統領となる可能性がある。再選が気になる若い大統領には期待できない高齢者大統領の強みだ。

 懸念材料は、バイデン氏の周辺には、中国共産党と密接なビジネス関係を有する身内やハリス次期副大統領の夫がいる点だ。バイデン氏は政権を始める前にその点、明確にしておくべきだ。豊富な外交経験を有するバイデン氏だからそれは杞憂かもしれないが、中国共産党の魔の手はバイデン氏周辺にまで既に入り込んでいるのだ(「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」2020年9月11日参考)。

 旧約聖書のヨブは、最初は家族、家畜など全てを失っていくが、神への信仰は変わらず、最後は神の祝福を再び得る。苦労人バイデン氏の大統領時代がそのような歩みであることを願う。

米民主主義は危機に瀕しているか

 米連邦議会で6日、「大統領選挙は不正だった」として多数のトランプ大統領支持者が建物内に侵入、上院の議長席を占領するなど、一部は暴動化した。最終的には州兵が動員され、4時間後、暴動は鎮圧された。外電によると、警察隊と支持者との衝突で、1人の女性が警察官に撃たれ、病院で死亡したほか、計4人が死亡、14人の警察官が負傷し、52人が拘束された(4人は武器の不法支持、47人は外出禁止違反でそれぞれ拘束された)。なお、デンバー、フェニックス、ソルトレイクシティなど他の都市でも同様の抗議集会が開かれたが、衝突は報じられていない。首都ワシントンDCのバウザー市長は夜間外出禁止令を発令するなど、異常な状況となった。

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▲第46代米国大統領に選出されたバイデン氏(バイデン氏の公式フェイスブックから)

 連邦議会では同日、昨年11月3日実施された大統領選のバイデン氏勝利を正式に確定する両院合同会議が進行中だった。トランプ氏支持派は「大統領選は不正だった」として抗議集会を開き、トランプ大統領も演説。ただし、支持者の暴動に対しては「暴力は良くない。撤退すべきだ」と呼び掛けた。

 上院の共和党代表、ミッチ・マコネル上院院内総務は「無法な者の要求に屈してはならない」と強調し、ペンス副大統領も「上下両院は国民のハウスだ」と述べ、トランプ支持派の議場内侵入を厳しく批判した。

 バイデン前副大統領は、「われわれの民主主義が攻撃された。わが国は久しく民主主義の希望と灯だったが、このような暗黒の時を迎え、ショックと悲しみを感じる」と述べている。

 以上、ワシントンで6日起きたトランプ支持派の暴動についての外電の内容を簡単にまとめた。

 一方、大西洋を越えた欧州でもワシントンでの暴動に少なからずショックを受けている。7日付けの欧州紙は一様に1面トップで報道し、「トランプ派のクーデター」といった見出しを付けるメディアも出てきた。

 ジョッセプ・ボレル欧州連合(EU)外務・安全保障政策上級代表(外相に相当)はツイッターで、「米国の民主主義、機関、法治国家への例のない攻撃だ。(連邦議会での暴動は)米国ではない。11月3日の大統領選の結果を尊重すべきだ」と述べている。

 EU欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、「私は米国の機関、民主主義の強さを信じている。バイデン氏が大統領選で勝利したのだ」と強調し、シャルル・ミシェルEU大統領は、「米国議会は民主主義のテンプルだ。EUは米国がバイデン氏に平和的に権限が移譲されることを信頼している」と述べている。

 フランスのジャン=イヴ・ル・ドリアン外相は、「米国の民主主義への深刻な攻撃だ。米国民の選挙結果を尊重しなければならない」と指摘。マクロン大統領はツイッターで、「米国の民主主義の強さを信頼している。首都ワシントンで起きたことは米国らしくない」と述べている。

 英国のジョンソン首相は、「恥ずかしい状況だ」と述べ、ドイツのマース外相は、「トランプ氏とその支持者は米国有権者の決定を受け入れ、民主主義を足で蹴っ飛ばすような蛮行は止めるべきだ」と注文を付けている、といった具合だ。

 以上、欧州の政治家は一様に「米国の民主主義が危機に直面している」と懸念を表明しているわけだ。ただし、トランプ氏らが主張する大統領戦の不正問題については全く言及せずに、「大統領選の結果を受け入れるべきだ」とアピールしているのみである。

 欧州の政治家の“トランプ嫌い”は今に始まったことではない。彼らの主張の多くは米国内のリベラルメディアの反トランプ論調と同じだ。トランプ政権の過去4年間、最初から最後まで批判に終始し、大統領の資格に疑問を呈してきたリベラルメディアの論調とほぼ一致している。唯一、ブリュッセルから常に批判にさらされてきたハンガリーのオルバン政権だけはトランプ政権に理解を示してきた経緯がある。

 欧州の政治家にとって、6日の連邦議会での騒動は「トランプ政権とその支持者は民主主義を破壊している」という主張を裏付ける格好の材料となったわけだ。換言すれば、トランプ支持者は反トランプ派に決定的な口実を与えてしまったのだ。反トランプ派はその意味で一枚上手だ。

 ちなみに、米紙ワシントン・タイムズによると、極左組織アンティファのメンバーがトランプ大統領支持者を装って抗議デモにまぎれ込み、連邦議会に乱入していたことが6日、顔認証から明らかになったという。

 ところで、「米国の民主主義が危機」という状況は反トランプ派にもその責任があることは言うまでもない。反トランプ派の先頭を走ってきたCNNはトランプ政権の過去4年間、客観的な報道というメディアの役割を放棄し、民主党の機関紙メディアとなってしまった。

 ペンス副大統領(共和党)は「暴力は決して勝利できない」と指摘し、トランプ氏支持派の今回の暴動を批判した。それは正論だ。同時に、看過できないことは、トランプ氏に政権を奪われた過去4年間、反トランプで終始したリベラルメディアの常軌を逸した反トランプ報道にも大きな責任があることだ。米国社会を分裂させた張本人だからだ(「メディアの常軌を逸した反トランプ報道」2020年11月9日参考)。

 ワシントン・タイムズによれば、▲ミシガン州の67郡を含む接戦州の何10もの郡で、有権者登録数が有権者の人口を上回っていた、▲有権者登録名簿に故人や州外への転居者、外国人など投票資格のない人が多数含まれていた、▲民主党を支持するドミニオン社の集計システムを使用したミシガン州のある郡では約6000票がトランプ氏からバイデン氏に不正に切り替えられた、▲ペンシルベニア州では、州務長官と州最高裁が州法に違反し、選挙のわずか数週間前に、署名確認義務を事実上撤廃したこと――など、多くの不正疑惑が指摘されてきたが、米のリベラルメディアは完全にそれらを無視してきた。それはトランプ氏に投票した7000万人有権者の権利を蹂躙することを意味する。不正があれば、それを調査し、改善することが民主主義の正道のはずだ。米国のリベラルなメディアは将来に大きな禍根を残した。

 米議会は7日、バイデン氏を正式に次期大統領として認定した。バイデン氏が米国国民全ての大統領となることを期待する。
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