ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

アメリカ

ペンタゴンで原爆投下した爆撃機の写真が削除?

 トランプ大統領は過剰なLGBT運動やジェンダーフリー運動などで定着した「非常識」な世界を「常識」に戻す通称「常識革命」を宣言し、実施中だが、「非常識」を「常識」に戻すために「非常識」な手段や行動に走る、というケースも出てきている。

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▲広島に原爆を投下したB29爆撃機とパイロットのティベッツ大佐、ウィキぺディアから

 AP通信によると、ペンタゴンで1945年に広島に最初の原爆を投下したB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」の写真が少なくとも3枚、データーバンクから削除されたことが明らかになった。国防総省は削除の理由を説明していないが、考えられる理由としては、「エノラ・ゲイ」の「Gay」という単語が英語で「同性愛者」という意味も持つためではないかと言われている。しかし、B29「エノラ・ゲイ」の名称は、実際にはパイロットの母親の名前に由来している。そのことは国防総省側も知っていたはずだ。

 米国防総省はトランプ政権が発足して以来、軍内の過剰なジェンダー主流化を撤廃し、ダイバーシティ・マネジメントに基づく人事管理などの再考を推進、軍内の規律を刷新する「常識革命」を推進中だが、ペンタゴンは歴史的な写真は多様性、公正、包括性(DEI)プログラムの停止措置から除外すると表明していた。

 爆撃機「エノラ・ゲイ」の写真のほか、米空軍初の女性戦闘機パイロットであるジーニー・リーヴィット大佐や、第二次世界大戦中に独立した部隊として戦ったアフリカ系アメリカ人の最初の軍事パイロット部隊「タスキーギ・エアメン」の写真も削除対象となった。しかし、ホワイトハウスの指示により「タスキーギ・エアメン」の動画は再公開されたが、「エノラ・ゲイ」の写真は削除されたままだ。

 B.29「Enola Gay」は、第2次世界大戦の原爆投下という歴史的事件において極めて重要な存在であり、その写真の削除は歴史的な事実の隠蔽と受け取られかねない。また、アフリカ系米国人パイロット「タスキーギ・エアメン」や、米空軍初の女性戦闘機パイロットの写真も削除対象となっていたことから、多様性の歴史を抹消しようとする意図があると疑われても仕方がない面がある。

 トランプ大統領は就任宣言の中で「人間は男性と女性の2性だ」と表明し、過激な性的少数派(LGBTQ)運動やジェンダフリー運動に対し明確な反対の姿勢を表明、伝統的な価値観を重視する政策を推進してきた。軍隊におけるトランスジェンダーの権利制限はその象徴的な例だろう。

 トランプ政権はまた、「文化戦争(Culture War)」と呼ばれる政治的・社会的対立の中で、「政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)」への反発 を鮮明に打ち出している。例えば、バイデン前大統領時代、米国の植民地政策や奴隷制度に関連した人物像や歴史的な像が破壊されたりする暴動が起きた。一般的に 「モニュメント撤去運動(Monument Removal Movement)」 や 「像撤去運動(Statue Removal Movement)」 と呼ばれる運動だ。特にこの運動は、「BLM(Black Lives Matter)運動」 や 「脱植民地化運動(Decolonization Movement)」 の一環として行われることが多く、南北戦争時の南軍指導者(例:ロバート・E・リー将軍)、奴隷制度を支持していた政治家(例:ジェファーソン・デイヴィス)、さらにはクリストファー・コロンブスの像なども撤去対象となった。大学構内で支持派と反対派の間で激しい論争が起きたりした。

 トランプ政権は「反LGBTQ」「反DEI」を掲げているが、歴史的資料までその影響が伸びると、政治的イデオロギーによる歴史の書き換え となる危険性が出てくる。「ポリティカル・コレクトネス(PC)」に反発する一方、「反PC」を推し進めるあまり、逆に極端な検閲をしてしまう、といった自己矛盾に陥る。

 今回のペンタゴンによる写真削除は、もしも「Gay」という単語だけが問題視されているなら、これは歴史の改ざんや言葉狩り に近い動きと捉えられる。特に、「エノラ・ゲイ」は広島に原爆を投下した爆撃機だ。日本人にとっても忘れることが出来ない歴史的出来事だ。

 参考までに、「エノラ・ゲイ」という名前の由来について、ChatGPTから情報を紹介する。
「『エノラ・ゲイ』という名前は、この爆撃機の機長であるポール・W・ティベッツ(Paul W. Tibbets)大佐の母親の名前 から取られた。彼の母の名前は 『エノラ・ゲイ・ハギンス』(Enola Gay Haggins Tibbets) だ。ティベッツ大佐は、広島への原爆投下を行うB-29機に特別な名前をつける必要があると考え、母親の名前を選んだという。それではなぜ母の名前を選んだのか?ティベッツ大佐は 母親に対する敬意と愛情 を込めて、自分の乗る機体に彼女の名前をつけたとされる。名前の響きや意味は当時としては特に問題視されるものではなく、戦争中の爆撃機に個性的な名前をつける伝統の一環 でもあった」

 なお、「ゲイ(Gay)」は当時の英語では 「陽気な」「快活な」「明るい」 という意味だ。現在の「同性愛者」という意味は1945年当時にはなかった。

トランプ氏の手紙はどこに消えたか

  インターネット時代に生きる現代人は手紙を書くという習慣を次第に失いつつある。当然だろう、PCやスマートフォンでメールを送れば、即相手のもとに届くからだ。手紙の場合、相手が遠いところに住んでいるなら、届くまでかなりの日数がかかる。クリスマスカードを送ったのに、相手には新年に入ってから届いたという話をよく聞く。だから、手紙を書くことがなくなっていったわけだ。

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▲政府関係者たちとテヘランで会談するハメネイ師、2025年03月08日、IRNA通信

 ところで、手紙を頻繁に書く政治家がいる。トランプ米大統領だ。トランプ氏は最近もイランの最高指導者ハメネイ師に書簡(手紙)を送っている。その手紙の内容を説明する前に、トランプ氏が北朝鮮の金正恩総書記に数回、手紙を送り、金正恩氏からも返答の手紙を受け取った話を少し思い出したい。その手紙の交流の成果もあって、トランプ氏は第1期政権時代、計3回、金正恩氏と会見している。

 米大統領が朝鮮半島の独裁者と対峙会見することはその前までなかった。トランプ氏は第1期政権開始直後、「いつかは金正恩氏と友達になれるかもしれない」とツイッターで呟いている。その後、米朝首脳会談が3度実現した。手紙の効果といってもいいかもしれない。ただ、残念なことは、トランプ氏が願う成果、北朝鮮の非核化は実現できず終わった。

 金正恩氏と今後も会見する考えがあるか、と質問された時、トランプ氏は「もちろんだ。彼は賢い指導者だ」と、批判するのではなく、褒めている。第1期の手紙の効果の賞味期限はまだ切れていないのだ。心を込めて手書きで書いた手紙は時間が過ぎてもその影響は残る。メールでのコミュニケーションで果たしてそのような効果を相手側に与えることができるだろうか。

 それではハメネイ師宛てに送ったといわれるトランプ氏の手紙の内容の話に入る。
 トランプ米大統領は7日、核交渉の可能性を念頭にイラン最高指導者ハメネイ師に書簡を書いたという。トランプ大統領は米放送局フォックス・ビジネスとのインタビューで、「もし軍事介入しなければならなくなれば大変なことになるので、交渉してほしい。選択肢は2つある。イランと軍事的に対処するか、合意を結ぶかだ。私はイランを傷つけたくないので合意を好むという趣旨の手紙を書いた」と説明している。

 参考までに、国際原子力機関(IAEA)は最近、イランにおけるウラン濃縮度が「深刻に憂慮すべき」増加を示していると報告した。これによると、2月8日時点で同国には最大60%濃縮されたウランが推定274.8キログラムあり、11月より92.5キログラム増加した。核爆弾を作るには90パーセントまで濃縮する必要がある。イランの核兵器製造の「Xデー」が近づいてきている。

 イランは2015年、米国、中国、ロシア、フランス、英国、ドイツの6カ国と、イランの核プログラムを制限する核合意を締結した。しかし、米国は2018年、当時のトランプ大統領の下でこの合意を破棄し、イランに対する制裁を再導入した。それに対抗する形で、イランは合意の義務を果たすことを止め、核関連活動を継続してきた経緯がある。

 そこでトランプ氏はイラン側を説得するためにお得意の「手紙」作戦に乗り出したわけだ。果たして、トランプ氏実筆の手紙が頑固なハメネイ師の心を溶かすことができるか、と期待をもってイラン側の返答を待っていた。

 ところがだ。テヘランから返答がない。IRNA通信によると、「ワシントンから手紙が届く予定だと言われているが」とイラン国営テレビの記者が8日、アバス・アラクチ外相に質問した。それに対し、外相は「私たちも同じことを聞いているが、まだ何も届いていない」と答えたという。それが事実ならば、トランプ氏の手紙はどこに消えてしまったのか。それとも、テヘラン側が手紙の内容を脅迫と受け取り、怒り心頭で手紙を燃やしてしまったのだろうか。

 トランプ氏と金正恩総書記で機能した「手紙」がハメネイ師との間ではなぜうまくいかないのか。指導者の間でも相性が合う場合とそうでない場合があるから、「手紙」が同じ効果をもたらすと考えるほうが間違いだろう。

 トランプ氏の手紙の受取人のハメネイ師は8日、「威圧的な勢力による交渉の呼びかけは問題解決を狙ったものではなく、イスラム共和国に要求を押し付けようとする試みだ」と主張し、トランプ氏の「手紙」については何も言及していない。

ゼレンスキー氏「戦争はゲームではない」

 米中央情報局(CIA)のラトクリフ長官は5日、トランプ米政権がロシアの侵攻を受けるウクライナとの情報共有を一時停止したと述べた。米政権は3日、軍事支援を停止したばかりだ。ウクライナに圧力を強める狙いがあるはずだ。

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▲停戦実現のための有志連合政府首脳と電話会議するゼレンスキー大統領
 2025年03月05日、ウクライナ大統領府公式サイトから

 上記のニュースを聞いた時、ウクライナのゼレンスキー大統領が先月28日(現地時間)、ワシントンのホワイトハウスでトランプ米大統領やバンス副大統領と会談し,、やり取りが激しい口論になり、トランプ氏が「貴方(ゼレンスキー氏)には交渉のカードがない」といった時、ゼレンスキー氏は「ゲームをしているわけではない」とやり返したことを思い出した。戦場から訪米したゼレンスキー氏にとっては戦争はオフィスでの商談の交渉ではない、という思いが口から飛び出したのだろう。 
 
 トランプ米政権は28日のゼレンスキー氏との外交交渉が決裂したのを受け、3日にはウクライナへの軍事支援停止を決定した。そして5日、米国の情報機関からの情報をウクライナ側と共有しないと発表したのだ。武器の供与の停止も大きいが、米軍からの情報提供がストップすれば、前線のウクライナ軍兵士にとって計り知れないダメージだ。ロシア軍の動向、兵士の動きなどの戦場での情報が途絶えることを意味する。情報共有が止まった瞬間、戦場のリアルな状況が掌握できないウクライナ軍はロシア軍の攻撃の的になってしまう危険性が高まる。

 もちろん、米国からの武器の供与の停止はウクライナ軍にとって大痛手だ。大砲やミサイルは欧州諸国からの支援で急場を凌げるが、世界最先端のミサイル防衛システム、パトリオット・ミサイルは欧州では製造されていない。それがなくなれば、ロシアからのミサイル、無人機を正確に撃ち落とすことができないから、被害はこれまで以上に広がることが必至だ。

 トランプ氏のウクライナ支援の停止はロシア軍をさらに勢いづけるだけではなく、多くのウクライナ兵士、国民が犠牲となることを意味する。「戦争はゲームではない」というゼレンスキー氏の言葉は事実であり、平時のトランプ氏にはウクライナへの支援停止のリアルなインパクトがひょっとしたら理解できていないのではないか。

 ここで強調したい点は、米国のさまざまな軍事情報、衛星情報を共有できないことは武器供与の停止よりウクライナ軍にとって大きなダメージとなるのではないか、ということだ。

 英国の「キングス・カレッジ・ロンドン」(KCL)のテロ専門家、ペーター・ノイマン教授は2月15日、ドイツ民間ニュース専門局nTVでの討論会で、「数多くのテロ事件が過去、米国情報機関の情報提供によって未然に防止された。欧州の情報収集力、サイバー防止力などは米国に完全に依存している」と指摘していた。欧州の政治家、メディアは米国、特に、トランプ氏に対して批判的な立場を取るが、安全保障分野では欧州は米国に頼ってきたわけだ。米国との情報共有が途絶えたならば、欧州の対テロ対策は大変だというのだ。これはロシア軍と戦闘中のウクライナにも当てはまることだ。

 英国のスターマー首相、フランスのマクロン大統領、そしてゼレンスキー大統領の3首脳が近いうちに訪米し、トランプ政権とウクライナ停戦について再度テーブルに着くという。ロシアのプーチン大統領との首脳会談を実現し、早期停戦に持ち込みたいトランプ氏は欧州からの3首脳に一種の最後通告をするかもしれない。ウクライナ問題は欧州の問題とはいえ、米国の関与がなければ現実的な停戦は厳しい。

 マクロン大統領は欧州軍の結成を提案している、また、欧州もウクライナも武器の国内生産を強化する方針だが、戦争では欠かせられない軍事情報の分野ではウクライナを含む欧州は完全に米国の傘に頼っている。繰り返すが、米国がウクライナ側ともはや情報共有しないとうニュースはゼレンスキー氏にとっては最悪のニュースのはずだ。

 トランプ氏はプーチン大統領を交渉テーブルに引き出すためにさまざまな譲歩をチラつかせているが、それをやり過ぎるとやはり危険だ。米国とウクライナ間の情報共有の停止もその実例だ。ウクライナ側に更なる犠牲を強いることになるからだ。

トランプ氏の孫は中国語を話す

 独週刊誌シュピーゲル最新号(2025年03月1日)には興味深いインタビュー記事が掲載されていた。「東欧史」の歴史学者、ルール大学ボーフムのゼーレン・ウルバンスキー教授との会見記事だ。記事のタイトルは「習近平国家主席とプーチン大統領は同じトラウマを抱えている」だ。

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▲プーチン大統領を迎える中国の習近平国家主席(2024年5月16日、クレムリン公式サイトから)

 プーチン氏は旧ソ連崩壊が、習近平主席は旧ソ連ら大国によって奪われた領土に対して、トラウマを抱えているというのだ。ただし、ウクライナ戦争が契機となって両国関係は深まってきている。両者とも米国独占の世界秩序ではなく、新たな世界秩序を標榜してきた。ただし、プーチン氏はロシア、米国、中国、インドなど地域の主要国家がその世界秩序のメンバーと考えているが、習近平主席は中国と米国2国の世界秩序体制を夢見、ロシアと同列に扱われることを好まないという。

 ロシアと中国は国連安全保障理事会の常任理事国として国際問題では連携を取りながら、その覇権を拡大強化し、ウクライナ戦争では政略結婚として緊密関係を深めてきたが、ロシアが経済的に中国依存を深めていく中で、中国が政治的にも影響力を行使しようとした場合、大国・ロシアの復興を夢見るプーチン氏の威信が傷つく、といった状況が出てくるかもしれない。

 ここではロシアと中国の長い歴史的な関係を振り返るつもりはない。同教授は「私が家族と一緒にワシントンに3年余り住んでいた時、偶然にもトランプ氏の娘イバンカさんが子供と一緒に遊園地に来ていたのを目撃した。イバンカさんの子供は中国人の家政婦と遊んでいた。その時、子供は中国人の女性と完全な中国語で話しているのを聞いた」という。トランプ氏の孫が中国語を完全に喋っていたのだ。

 その教授の話を聞いて驚いた。なぜならば、トランプ氏といえば、中国共産党政権を最大の敵国、競争国とみなし、同氏が行う外交も最終的には如何に中国の覇権主義を砕くかに注がれているからだ。そのトランプ・ファミリーの娘イバンカさんの家庭に中国人の家政婦(ベビーシッター)が住み、イバンカさんの子供をお世話していたのだ。そして子供はその中国人女性から中国語を聞き、パーフェクトな中国語で答えていたというのだ。

 トランプ大統領はそれを知っているのだろうか。イバンカさんは第一期トランプ政権とは違って第二期目のトランプ政権には入っていないが、さまざまな国家的な情報がイバンカさんの家庭にも自然に流れてくるだろう。そのファミリーの中に中国人の若い女性がベビーシッターとして働いていたというのだ。大げさな表現だが、国家機密が中国側に流れる懸念はないのか、という心配事だ。中国語を話す中国人女性といってもそのプロフィールを知らないし、今も働いているのかは分からないから、多くの事は言えないが、奇妙な組み合わせだ、ということを感じたのだ。

 トランプ大統領の政治スタイルはビジネス・スタイルだ。お得意のディールで交渉をまとめる。ウクライナのゼレンスキー大統領との間のウクライナのレアーアース資源に関する取引は、交渉が破綻して延期されたばかりだ。

 トランプ氏のディールを見ていると、トランプ氏にとってウクライナの安全保障より、資源の獲得がより重要なのだろう。それは批判されることではない。外交もギブ・アンド・テイクだからだ。一方が与え、他方が受けるだけの関係は長続きしない。トランプ氏のディール・スタイルは典型的な米国流実用主義に基づいているといえる。

 ということは、中国共産党政権とのディールでも同じことが考えられるかもしれない。トランプ氏にとっては中国とどのような取引が可能かにかかっている。共産主義イデオロギーを拒否するから中国へ制裁するのではなく、あくまで取引で有利な商談を得るために政策をチラつかせるのだ。

 中国共産党政権下の多くの共産党幹部や政府高官、富豪はゴールデンパスポートを入手するために腐心し、自分の子供たちを米国のエリート大学に留学させている。米国の悪口を散々いう一方で、中国共産党幹部たちは秘かに自分の子供たちを米国に留学させるために特権を駆使している。共産党イデオロギーは二の次なのだ。多分、トランプ氏にとっても同じだろう。中国の覇権主義を抑え、米国が世界の最強国の地位を維持するという大義があるが、実利を得るほうがより大切なのかもしれない。自身の孫が中国語をパーフェクトに話すことができれば、将来のディールにプラスになるという計算が働くだろう。

 日本政府は米国と結束して中国の台湾進攻を防ぐという安保政策を掲げている。そのバックボーンは国際秩序を維持するために民主陣営の共通の価値観を守るという大義だ。しかし、トランプ米政権がある日、中国側の主張を突然支持すると言い出すかもしれないのだ。トランプ氏はウクライナ戦争の停戦問題でプーチン氏のナラティブを信じ、ロシアを支持し出したようにだ。その時になって慌てても遅すぎる。第2次冷戦時代はもはやイデオロギーの戦いではなく、実利獲得の争いとなってきただけに、どの国が同盟国であり敵国かといった区分けは益々複雑となってきている。

ホワイトハウスでの外交決裂と「その後」

 世界の人々が驚いた。アルプスの小国オーストリアに住む当方もやはりビックリしたというか、どうなっているのかと、不安が持ち上がってきた。そして「今後、どのようなことが生じるだろうか」と考えざるを得なくなった。ローマ教皇の入院で多忙なバチカンの新聞「ロセルヴァトーレ・ロマーノ」は2日、ワシントンで生じた外交劇を無視できないとして、「外交は困難で忍耐が必要なものだ。トークショーではない」と論評し、「その後」について一抹の懸念を吐露していた。

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▲ロンドンでスターマー首相と会談するゼレンスキー大統領
 2025年03月01日、ウクライナ大統領府公式サイトから

 ホワイトハウスを訪問したウクライナのゼレンスキー大統領、それを迎えるトランプ大統領とバンス副大統領の3者が織りなしたやり取りの話だ。世界の主要メディアは一大事といわんばかりに、その後、連日、ホワイトハウスでの3者の外交衝突劇について特集で報じているから、読者の皆様は既に大まかな筋、その影響についてご存じだろう。

 ホワイトハウスで演じられた外交劇について、保守派メディアの米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は「ゼレンスキー氏とトランプ・バンス組との衝突、交渉決裂での勝利者は(その場にはいなかった)ロシアのプーチン大統領だ」と総括していた。トランプ第一次政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏は「トランプ大統領とバンス副大統領のウクライナ政策、ロシア支持は米国の安全問題を危機に陥らす」と主張し、ロシア側との停戦交渉を優先する余りにウクライナ、欧州諸国を敵に回すことは危険だという論調を展開させていた。

 米滞在を早めに切り上げたゼレンスキー氏は2日、英国で開催される欧州主要国首脳会議に参加するためロンドンに飛んだ。ホスト国英国のスターマー首相はワシントンからきたゼレンスキー氏を抱擁して迎えた。スターマー首相だけではない。スペインのサンチェス首相らの欧州首脳陣らは次々とゼレンスキー氏を抱擁していた。米国でトランプ大統領らと激しい外交やり取りをしたばかりのゼレンスキー氏を慰めたいといった思いからゼレンスキー氏を大歓迎したのだろう。

 ロンドンのシーンはテレビカメラに撮影され、全世界に配信されたので、トランプ氏が見れば、「欧州は我々側ではない」との間違った印象を受けるかもしれない。すなわち、米国と欧州間の関係に取り返しのつかない亀裂を生み出すことにもなり、プーチン氏を喜ばすことになる。

 ホワイトハウスの出来事について、欧州ではゼレンスキー氏支持の声が強い。オーストリア国営放送はキーウの路上で市民にインタビューしていた。それによると、ウクライナでも大多数の国民は「大統領はよくやってくれた」という声が支配的で、批判の声はほとんど聞かれなかったという。多分、それは事実だろう。

 ここではゼレンスキー氏に対して、2,3の注文をつけたい。米国訪問では外交儀礼を厳守すべきだったということだ。例えば、ホワイトハウスからは「スーツを着用してください」という要請があったという。しかし、戦時中のウクライナから来た大統領は「戦争が終わるまでは私はスーツを着ない」と言って、いつもの黒の長袖シャツでホワイトハウス入りした。キーウからのゲストを迎えたトランプ氏はゼレンスキー氏に「今日は着飾っているな」と皮肉を言っている。会合中、米国ジャーナリストからゼレンスキー氏は「どうしてスーツを着用しないのか」と聞かれていた。

 ゼレンスキー氏の説明は理解できる。数多くの兵士たちが戦闘で命がけの戦いをしている。そんな時にスーツを着ることが出来ない、という強い思いから、米国訪問でも同じスタイルを維持したわけだ。

 仮定だが、ゼレンスキー氏がスーツ姿で登場し、会合の最初に大統領と米国民に向かって、これまでの支援に感謝すると述べていたならば、あのような外交決裂は生じなかったのではないか。

 たかが、外交儀礼、されど、外交儀礼だ。特に、トランプ氏は外交儀礼を重視する。ゼレンスキー氏はトランプ氏がどのような性格の持ち主がかもう少し研究しておけば、良かったのではないか。トランプ氏から「あなたは第3次世界大戦を誘発させる危険性がある」といった警告を受けずに済んだのではないか。

 ゼレンスキー氏を批判するつもりはない。多くの国民が戦場で死んでいるのを直接目撃してきたゼレンスキー氏には平時の政治家では理解できない、怒り、悲しみ、涙が蓄積しているだろう。だから、ちょっとした切っ掛けや言葉からそれが暴発することは考えられる。一方、トランプ氏とバンス氏は、米国メディアのカメラを意識し過ぎていたかもしれない。ゼレンスキー氏の置かれている状況に少しでも配慮する余裕があれば、あのような事態は避けられたのではないか。

 まとめると、ロンドンでの欧州主要首脳国会議で欧州の政治家がわれ先にゼレンスキー氏を抱擁し、励ます姿はトランプ米政権にいいメッセージを送ることにはならない。米国と欧州諸国の間に北大西洋があり、両者を切り離しているが、ウクライナ問題を解決するためには両者は結束する以外に他の選択肢がないのだ。トランプ米政権もその点を理解していると信じている。

21世紀の「男らしさ」は

 トランプ米大統領は1月20日の就任演説の中で、人の性別を「男性と女性」の二つのみとする大統領令に署名して、米全土で吹き上げてきた「トランスジェンダーの狂気」を排除する「常識革命」を高らかに宣言した。トランプ氏の就任を受け、行き過ぎたジェンダーフリーは消滅し、本来の男女2性の世界が戻ってくることは歓迎すべきだ。

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▲第47代米大統領に当選したトランプ氏(2024年11月07日、バチカンニュースから)

 ところで、トランプ氏を支持してきた保守的伝統主義者の中では、男は男らしく、女は女らしくあるべきだという不文律が再び重要視されていくなか、特に,若い男性の中で、どうすれば男らしくなれるかで戸惑いも見られる。

 「男らしさ」の回帰をもたらす契機となったのは米国ではトランプ大統領だろう。トランプ氏は米国を再び偉大な国にすると宣言し、経済大国を背景に、関税を武器にし、国際関係では「力の政治」を全面に押し出している。また、トランプ氏の最側近、イーロン・マスク氏は効率化省を担当し、脆弱で、実績のない官僚を解雇するなど、剛腕を振るっている。

 トランプ氏もマスク氏もパワーを信じ、行動力を発揮している。経済分野でも、チームワークと多様性といったことより、闘争心、リーダーシップが叫ばれ出してきた。何があっても自分の信念を貫くといった伝統的なアメリカン・マスキュリニティが評価されだしたのだ。

 マスク氏もアルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領も電気のこぎりをもって演壇に上がり支持者に男らしさを見せつけている。あたかも電気のこぎりが「男らしさ」の象徴のようにだ。フェイスブックの生みの親、メタの最高指導者マーク・ザッカ―バーグ氏はもはや小柄なジーンズ姿ではなく、男らしさを取り戻すために筋肉トレーニングに余念がない。マスク氏、ミレイ大統領、ザッカ―バーグ氏はいずれも「男らしさ」の価値を再発見したのだ。

 トランプ氏は78歳の高齢ということもあって筋肉マンにはなれないが、総合格闘技(MMA)のファンとして知られている。囲まれたリンク上で2人の人間が相手を倒すまであらゆる手段を駆使して戦うスポーツだ。いま若い世代の男性たちに「男らしさ」のシンボルと受け取られている格闘スポーツだ。トランプ氏がウクライナ戦争を停戦させるために交渉を求めているロシアのプーチン大統領も男らしさを重視するという点では負けない。上半身裸で馬にのっているプーチン氏の写真はよく知られている。

 すなわち、若い男性ばかりか、権威主義的な政治家も男らしさをアピールすることに余念がないわけだ。これは過度なジェンダーフリー運動の反動としての社会現象といえるかもしれない。「男らしさ」を求めて、筋肉増強や武道に関心をもつ男性が増えてきているのだ。

 1970年代以降のフェミニズムやジェンダー平等運動により、性別に基づく役割意識は大きく変化した。しかし、近年「性差を完全になくすべき」とする過度なジェンダーフリーの流れに対し、「人間には本来の性別による特性がある」という声が強まってきたわけだ。

 トランプ大統領は、従来の政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)やリベラルな価値観に対して、伝統的な価値観の復権を主張してきた。大統領の支持者の多くは、「アメリカ的な男らしさ(rugged masculinity)」を重視し、「強いリーダー」「家族を守る男」といった価値観を支持する傾向がある。

 参考までに、「男らしさ」を求める傾向は、保守的な右派の若者だけにみられるのではなく、イスラム教過激思想に走る若いイスラム教徒にもいえる。ドイツのミュンスター大学でイスラム教の教義を教えているモウハナド・コルチデ氏はオーストリアの日刊紙スタンダード日曜版で「イスラム教で過激主義に走る若者は‘間違った男性像‘を有している」と述べている。

 . ところで、オーストリアの哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは「男らしさとは強さではない。自分の弱さを受け入れることだ」と述べている。この言葉を若い世代に理解させることは容易でないかもしれない。

バンス米副大統領の「爆弾発言」2弾目

 トランプ米大統領の息子、ドナルド・トランプ・ジュニア氏が昨年の大統領選で父親に副大統領候補に強く推薦しただけあってバンス氏はトランプ氏に負けないほどの辛辣な発言を躊躇なく語ることが出来る政治家だ。これは誉め言葉と受け取ってほしい。

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▲米ウィスコンシン州ミルウォーキーで開かれた共和党大会に出席したトランプ氏とJ・D・バンス氏、2024年7月15日、桑原孝仁撮影

 バンス氏は20日、ワシントンでドイツの「言論の自由」問題を再び想起し、「米軍が実施しているドイツの安全保障はドイツの言論の自由の行方にリンクする」と述べ、ドイツが「言論の自由」を保証しなければ、駐独米軍の撤退もあり得ることを示唆したのだ。

 ドイツの国民は今月14日のミュンヘン安全保障会議(MSC)でのバンス氏の発言を直ぐに思い出すだろう。バンス副大統領はMSCで20分余り演説したが、その焦点はトランプ政権の政策やウクライナ停戦問題ではなく、欧州の政治批判に注がれた。欧州は法治主義、民主主義、「言論の自由」を共通価値として掲げているが、バンス副大統領はその欧州の価値観に鋭い批判を投げかけたのだ。曰く「欧州にとって脅威は、ロシアや中国ではない。(欧州の)内部だ」と指摘し、「米国が掲げている共通の価値観からかけ離れている」と主張。特に、「言論の自由」では、「移民問題で厳しい対応を求める右派政党を阻害し、その政治信条が拡散しないように防火壁を構築している」と糾弾したのだ。

 バンス副大統領の主張は的外れではない。例えば、欧州連合(EU)は27カ国から構成されているが、その政治信条はバラバラで、統合された価値観といえないことは周知の事実だ。また、ドイツでは厳しい移民・難民政策を標榜する極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)に対し、ドイツの既成政党は討論を拒み、「防火壁」(ファイアウォール)を構築していることも事実だ。ちなみに、バンス氏はドイツ滞在中、AfDのヴァイデル共同党首と会見し、イーロン・マスク氏と同様、AfD支持を明らかにしている。

 バンス氏はワシントンでは自身のドイツ批判を更に一歩進め、米軍のドイツ駐留と関連して、「ドイツの防衛は、米国の納税者によって補助されている」と述べ、ドイツに駐留する米軍兵士の存在に言及している。そして「ドイツで誰かがたった一つ悪意あるツイートをしただけで投獄されるとしたら、米国の納税者がそれを容認するだろうか」と問いかけたのだ。

 欧州には約78000人の米軍兵士が駐留している。そのうち、約37000人はドイツに駐留中だ。そして北大西洋条約(NATO)の軍事力,、核の抑止力と通常兵器は米軍なくして考えられないことは言うまでもない。バンス氏はその米軍をドイツの「言論の自由」が保証されないならば、撤退すると脅かしたのだ。バンス氏のミュンヘンの発言内容より、ワシントンでの発言内容はもっと深刻だ(ただし、バンス氏は「米国は欧州との重要な同盟関係を維持していく」と述べている)。

 問題は欧州諸国、特にドイツだけではない。ドイツの不十分な「言論の自由」について苦情を呈し、ドイツの安全保障問題に関連づけたバンス氏が日本を訪問した場合を考えてほしい。これは時間の問題でバンス氏は日本を訪問するだろうから、以下指摘するテーマは今から想定し、対応を検討すべきテーマだと考えるのだ。

 トランプ米大統領は6日、ワシントン市内で開かれた全米祈祷朝食会で演説し、米国は「神の下の一つの国」であり、宗教心を取り戻すことが重要だと強調。反キリスト教的な偏見を根絶するため、ホワイトハウスに「信仰オフィス」を設立し、その責任者に自身の宗教顧問であるポーラ・ホワイト牧師を充てると発表した。トランプ氏は「宗教の自由がないところに、自由な国はない」と述べている。

 それに先立ち、バンス米副大統領は5日、ワシントンで開催された国際会議「国際宗教自由(IRF)サミット」で演説し、トランプ政権が国際的な信教の自由擁護を外交政策の優先課題に位置付け、その取り組みを強化していく姿勢を明確にし、「米国の外交政策の中で、信教の自由を尊重する政権とそうでない政権との違いを認識し、区別しなければならない」と述べている。

 ところで、日本では現在、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の解散請求問題がある。同問題は安倍晋三元首相の暗殺事件を契機に共産党系弁護士、左派メディアが実行犯の供述をもとに旧統一教会叩きを始め、メディアの圧力を受けた当時の岸田文雄首相が法の解釈を変えて旧統一教会の解散請求を持ち出した経緯がある。文部科学省は東京地方裁判所に提出した陳述書を捏造するなど、旧統一教会の解散に突進しているが、そのプロセスで信者たちの「信教の自由」を蹂躙している。まさに、文部科学省の対応は「反キリスト教的な偏見」といえるだろう。

 バンス氏が東京入りし、「日本で『信教の自由』が守られていない。そのような国の安全保障のために貴重な米軍兵士の命、国民の税金を投入することは得策だろうか」と問いかけた場合を考えてほしい。十分あり得るシナリオだ。その時になって慌てふためいても遅い。今からでも旧統一教会の解散請求が正しいか、「信教の自由」を蹂躙していないか、冷静に再検討すべきだろう。

ゼレンスキー氏は本当に「独裁者」か

 当方はトランプ米大統領の「常識革命」を支持しているが、ウクライナのゼレンスキー大統領を「独裁者」呼ばわりしたことには合点がいかない。ひょっとしたら、トランプ氏はロシアのプーチン大統領を「独裁者」と呼ぶところをゼレンスキー氏と間違えて呼んでしまったのではないか、と考えてみた。実際、米大統領の中にはバイデン前大統領のように相手の名前を間違えるケースがあるからだ。超多忙のホワイトハウスの主人は多くのゲストを迎え、世界の政治情勢についてメディアから常にコメントを求められる立場だから、名前ひとつぐらい間違うことがあるものだ。と、多くの寛容な人ならば、考えるかもしれない。しかし、外電を見ると、トランプ氏は自身のSNS「Truth Social」の中で、「選挙のない独裁者、ゼレンスキーはすぐに動かなければ、彼の国はもうなくなるだろう」と投稿しているのだ。トランプ氏は実際、名前を間違えたのではなく、ゼレンスキー氏を独裁者と呼んでいるのだ。

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▲ゼレンスキー大統領とオレナ大統領夫人は、尊厳革命の戦没者に追悼の意を表した。2025年02月20日、ウクライナ大統領府公式サイトから

 それだけではないのだ。トランプ氏は昔芸人だったゼレンスキー氏の経歴を皮肉り、「成功したとは言えないコメディアン」と揶揄。さらに、「彼は大統領としてひどい仕事をした。彼の国は破壊され、何百万もの人々が不必要に死んだ」と非難しているのだ。

 トランプ氏も不動産を取引するビジネスマン出身であり、バイデン前大統領のような職業政治家ではなかった。他国の国家元首に対して上記のような発言はやはり「一線を越えている」と言わざるを得ない。ゼレンスキー氏は2022年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、戦争時の指導者として軍事大国ロシアと闘ってきた人物だ。

 トランプ氏はウクライナ戦争はプーチン大統領が始めたのではなく、ウクライナ側が開始したと述べている。その論旨はプーチン氏のナラティブと同じだ。ゼレンスキー氏は「トランプ氏の主張はロシアのフェイクニュースに基づくものだ」と、トランプ氏の批判に対して憤るというより、呆れている、といったところだ。

 トランプ氏は18日、記者会見で、「ゼレンスキー氏の支持率はウクライナ国内で極めて低く、戦争を終わらせることを拒んでいるのは、国外からの資金援助を受け続けるためだ」と主張。「3500億ドル相当の米国の支援は、勝てない戦争に流れ込んだ」と批判した。中途半端な批判ではない。ゼレンスキー氏の人格を攻撃し、戦争の責任はプーチン氏ではなく、ゼレンスキー氏にあると主張しているのだ。

 トランプ氏とその側近の発言は、ロシアの主張に近づいている。ロシア側は「ゼレンスキー氏に国家元首としての正当性がない」という。その理由は昨年予定されていたウクライナ大統領選挙が実施されなかったからだ、と説明する。実際は、ウクライナの法律では戦時中に選挙を行うことは禁じられており、ゼレンスキー氏の反対派ですら戦争終結後まで選挙を先送りすべきと考えていることを付け加えておく。

 トランプ氏の発言内容をもう少し検証してみよう。トランプ氏はゼレンスキーの支持率は4%だと述べたが、キーウ国際社会学研究所の最新の調査では、ゼレンスキー氏の支持率は57%に達している。ゼレンスキー氏を上回る支持を得ているのは、元軍総司令官で現在の駐英ウクライナ大使ワレリー・ザルジニー氏だけだ。また、トランプ氏が述べた「米国のウクライナ支援額は3500億ドル」という主張も、既知のデータと大きく食い違っている。実際、ウクライナへの軍事・財政支援の総額は、米国・欧州ともに約1000億ドルだ(独高級誌「ツァイト」オンライン)。 
 
 トランプ氏は12日、プーチン大統領と電話会談した。その直後、サウジアラビアのリヤドで米ロ高官会議が開催された。そこではウクライナの停戦交渉だけではなく、米ロ両国関係についても話し合われたという。それからだ。トランプ氏の口からロシア批判は消える一方、ウクライナ問題ではキーウ側、特に、ゼレンスキー氏批判が強まってきているのだ。

 「ツァイト」オンラインによると、トランプ氏はウクライナに対し、「米国の支援を、ウクライナの資源で返済する要求を突きつけた」という。それに対し、ゼレンスキー氏は署名を拒否した。その理由は、契約に米国からの安全保障の文言がなかったからだという。ちなみに、「米国の支援」と「ウクライナの資源」の交換案は昨年の秋、ゼレンスキー氏自身がウクライナ議会で提示している。トランプ氏の独自案ではない。

 いずれにしても、トランプ氏の一連の発言はゼレンスキー氏を傷つけたことは間違ない。ウクライナを支援してきた欧州諸国にも戸惑いと失望を与えたのではないか。ディール(交渉)の名手を自負するトランプ氏はプーチン氏と首脳会談を早期実現し、ウクライナ戦争を停戦させるために、恣意的にロシア寄りの発言を繰り返しているのかもしれない。トランプ氏の発言の評価は、ウクライナ停戦が実現するまで保留しておきたい。

「宗教の自由がないところに自由な国はない」

 石破茂首相のトランプ米大統領との初会見は日本のメディアの報道を見る限りでは、左派メディアを除けば「成功」、「予想外に良かった」と評価されている。当然かもしれない。期待が大きければ評価は辛くなるが、会見前から首相の訪米、トランプ氏との初会見については、メディアの期待は低かったからだ。会見が大きな支障なく終了したのだから、「先ずは成功」と及第点が付けられるのだろう。期待が大きければ、多分、様々な辛評が飛び出したことだろう。

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▲日米首脳共同記者会見、首相官邸公式サイトから、2025年02月08日

 海外に居住する日本人の一人として、世界を騒がせている超人気者トランプ大統領と日本の首相が会見、それも大統領就任後、イスラエルのネタニヤフ首相に次いで2番目の外国人首脳として歓迎された、という‘事実‘はやはり嬉しい。トランプ氏が日本の経済的、軍事的重要性をそれだけ認識していると受け取れるからだ。

 日米間に問題がないわけではない。両国間の不均衡な貿易収支問題、最近では日本製鉄のUSスチール買収問題など山積している。それらの問題は扱いかた次第では日米間の関係を険悪化させるだけの爆発を含んだ難問だ。貿易収支問題では、トランプ氏は記者会見で相互関税という表現で必要ならば日本製自動車への関税の可能性などを示唆している。

 トランプ氏がホワイトハウスの主人にカムバックして以来、ワシントン発のトランプ報道は日々、世界のメディア界を賑わせている。日本のメディアも例外ではない。日刊紙の国際面はトランプ氏の言動で溢れている。トランプ氏の大統領再選を苦々しく報道してきた左派系メディアも同じだ。トランプ氏が世界の政治を大きく変えようとしているからだ。

 トランプ氏関連の報道で気が付く点は、関税、不法移民問題からウクライナ戦争、パレスチナ問題などが大きく報道されているが、トランプ氏の「常識革命」については抑え気味な報道が目立つことだ。トランプ氏はバイデン前政権下で行き過ぎたジェンダー問題などの軌道修正に乗り出し、宗教問題について強い関心を有している。特に、日本のメディアはトランプ氏が第2期政権で実施したいと考えている「常識革命」については、かなり控えめな報道に終始している。

 トランプ米大統領は6日、ワシントン市内で開かれた全米祈祷朝食会で演説し、米国は「神の下の一つの国」であり、宗教心を取り戻すことが重要だと強調。反キリスト教的な偏見を根絶するため、ホワイトハウスに「信仰オフィス」を設立し、その責任者に自身の宗教顧問であるポーラ・ホワイト牧師を充てると発表した。トランプ氏は「宗教の自由がないところに、自由な国はない」と述べている。

 日本では現在、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の解散請求問題がある。同問題は安倍晋三元首相の暗殺事件を契機に共産党系弁護士、左派メディアが実行犯の供述をもとに旧統一教会叩きを始め、メディアの圧力を受けた当時の岸田文雄首相が法の解釈を変えて旧統一教会の解散請求を持ち出した経緯がある。文部科学省は今日、「先ず解散ありき」で、東京地方裁判所に提出した陳述書を捏造するなど、旧統一教会の解散に突進しているが、そのプロセスで信者たちの「信教の自由」を蹂躙している。まさに、文部省の対応は「反キリスト教的な偏見」といえるだろう。

 ところで、日本の大手メディアは過剰なLGBT運動を支援し、旧統一教会問題では率先して旧統一教会潰しに加担してきたこともあって、人の性別を「男性と女性」の二つのみとする大統領令に署名して「トランスジェンダーの狂気」を排除、「宗教の自由がないところに、自由な国は
ない」というトランプ氏の一連の「常識革命」の発言は快いものではなかったはずだ。


米国ファーストを止揚する「哲学」を探せ

 トランプ米大統領は1日、カナダ、メキシコに25%、中国に10%のそれぞれ関税を導入すると発表した。一方、カナダのトルドー首相とメキシコのシェインバウム大統領は同日、米国の関税引き上げに対し、対抗措置を実施する方針を明らかにした。カナダは米国の輸入品に、25%の報復関税をかける。中国商務省は2日、トランプ米政権による対中追加関税を巡り、世界貿易機関(WTO)に提訴すると表明した。トランプ大統領の関税政策はいよいよ貿易戦争の様相を深めてきた。カナダやメキシコ、中国だけではない。欧州諸国でもトランプ政権の関税政策を警戒し、その行方を注意深く見守っているところだ。

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▲貿易戦争の渦中にあるカナダのトルドー首相とトランプ大統領、2024年11月06日、トルドー首相の「X」からスクリーンショット  

 トランプ大統領は先月20日の就任演説の中で、第25代米大先領ウィリアム・マッキンリー(任期1897〜1901年)を「偉大な大統領」と呼び、「マッキンリー元大統領は、関税と才能を通じて米国を非常に豊かにした。彼は生まれながらのビジネスマンで、彼がもたらした資金によりテディ・ルーズベルト元大統領は多くの偉業を成し遂げることができた」と述べている。トランプ氏はマッキンリー元大統領の中に自身の未来像を描いているのかもしれない。

 興味深い点は、トランプ氏の最側近の一人、トランプ氏の関税政策を主導する立場にあるハワード・ラトニック氏はトランプ氏の口癖である「米国を再び偉大な国に」というメッセージについて、「アメリカはいつ最も偉大だったか」と問いかけ、「それは1900年のことだ。125年前には所得税はなく、あったのは関税だけだった。しかし、その後の世代の政治家たちは、増税と関税の減少を許し、世界が私たちの昼食を奪う状況を作り出した」と述べている。トランプ氏もラトニック氏も国を豊かにするためには関税が重要だという強い信念があるわけだ。

 一国の指導者が自国の外交、経済政策を国益重視で進めていくのは当然だ。欧州連合(EU)から異端者として批判されているハンガリーのオルバン首相は「自分はハンガリーの首相だ。国民経済のためならばロシアから安価な天然ガス、原油を得るために腐心するのは当り前だ」と語ったことがあった。米国の第47代大統領に就任したトランプ氏が‘アメリカン・ファースト‘を宣言し、自国の経済に有利になるように関税政策を実施することにどの国も批判はできない。

 問題はその米国が昔のような勢いがなく、中国経済の進出に怯えてきたとしても、依然世界超経済大国である事実は変わらないことだ。その超大国の米国が他国からの輸入品に特別関税を実施し、国内の経済、雇用を保護することに専心した場合、やはり他国からの批判は避けられなくなる。

 グロバリゼーションや多国間主義に批判的であるとしても、一国だけの利益のために専心することは21世紀の現在、無理がある。なぜならば、世界の経済ネットワークは米国をも網羅しているからだ。米国は孤立しているのではない。それ故に、それなりの責任を担う必要が出てくるのだ。ドイツで16年間政権を担当してきたメルケル前首相は「トランプ氏は全ての交渉を勝ち負けで判断し、ウインウインを理解していない」と批判しているが、その批判に一理はある。

 オーストラリアのメルボルン出身の哲学者ピーター・シンガー氏(Peter Singer)は独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で Altruism(利他主義 )の新しい定義を語っていた。シンガー氏は、「利他主義者は自身の喜びを犠牲にしたり、断念したりしない。合理的な利他主義者は何が自身の喜びかを熟慮し、決定する。貧しい人々を救済することで自己尊重心を獲得でき、もっと為に生きたいという心が湧いてくることを知っている。感情や同情ではなく、理性が利他主義を導かなければならない」という。

 シンガー氏の利他主義は聖人や英雄になることを求めていない。犠牲も禁欲も良しとせず、冷静な計算に基づいて行動する。シンガー氏が主張する“効率的な利他主義者”は理性を通じて、「利他的であることが自身の幸福を増幅する」と知っている。だから「理性的ではない場合、利己主義と利他主義の間に一定の緊張感が出てくる」と言い切っている。

 米国第一主義は近い将来、効率的な利他主義の生き方に軌道修正する時を迎えるのではないか。それはトランプ氏の「米国を再び偉大な国にする」という旗を降ろすことを意味しない(「利口ならば人は利他的になる」2015年08月09日)。

 このコラム欄でも書いたが、トランプ氏は米国の伝統的実用主義者(プラグマティズム)だ。実用主義は、真理や価値をそれらが生む実際的な結果や有用性に基づいて評価する哲学だ。実用主義の基本は「何がうまくいくか」に焦点を当てることであり、トランプ氏の政策や意思決定もこれに近い特徴を持っている。良し悪しは結果から判断できるからだ。

 典型的な実用主義者のトランプ氏ならば、米国が再び偉大な国になるためならば、米国ファーストを止揚し、効率的な利他主義の船に乗り換えることもそう難しくはないだろう。
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