ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

アメリカ

欧州人が理解できない「トランプ人気」

 2024年は「史上最大の選挙イヤー」(英誌エコノミスト)と呼ばれ、世界各地で大統領選、議会選などが実施されているが、そのハイライトは何といっても世界最強国・米国の大統領選だ。今年11月の大統領選には民主党から現職のバイデン大統領、共和党からはトランプ前大統領の出馬が確定したばかりだ。2020年の大統領選の再現となった。ここでは米大統領選の見通しをまとめるつもりではない。

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▲ワシントンで開かれたCPACの年次総会に参加したトランプ氏(UPI)

 欧州人は米国の大統領選に強い関心を寄せている。大西洋を挟んで米国と欧州の2大大陸が横たわっている。そして、欧州と米国は共にキリスト教圏に入り、民主主義を国是とする点など多数の共通点を持っている。同時に、多くの欧州人が理解できないことがある。その一つは共和党の大統領候補者に選出されたトランプ前大統領の人気だ。ズバリいえば、欧州ではトランプ氏への評価は高くない。それ故に、そのトランプ氏が再選された場合、欧州はどうすべきか、というシナリオが囁かれ出している。一種の危機管理メカニズムだ。

 トランプ氏は最近も、「軍事費をGDP比2%をクリアしない北大西洋条約機構(NATO)加盟国に対して米国は防衛しない」と発言した。NATOはロシアのウクライナ侵攻を受け、欧州の防衛という重要な役割を担っている時だ。それだけではない。「ウクライナ支援には一銭も出さない」とハンガリーのオルバン首相との会談の中で語った、というニュースが流れてきたばかりだ。その度に欧州の多くの政治家は首を傾げる。

 ただ、上記の問題は落ち着いて考えれば理解できる。グローバルな多様性社会を標榜してきたが、ここにきてその反動もあって米国ファーストに倣ったハンガリー・ファーストといった標語が欧州でも広がってきている。自国優先の政策を主張する国が増えてきている。トランプ氏はそれを誰よりも声高く叫ぶから批判にさらされるわけだ。

 欧州人が米国の政情を理解するうえで難しい問題がある。トランプ氏には4件の刑事裁判のほか、数多くの民事裁判が待っている。にもかかわらず、トランプ氏は11月の大統領選で再選される可能性があるという現実だ。欧州では1件でも刑事裁判を控えているならば、大統領に当選することは難しいだろう。トランプ氏は4件の刑事裁判と数多くの民事裁判を抱えているのだ。同氏の人気が衰えることはなく、再選の可能性は日増し現実的となってきているのだ。欧州人はやはり「米国は我々とは違う」と呟くことになる。

 例えは、トランプ氏はポルノ女優との不倫疑惑、口止め料13万ドル(約1950万円)の支払い問題で裁判を抱えている。ビル・クリントン元大統領(在任1993年〜2001年1月)のホワイトハウスのインター、モニカ・ルインスキー女史との性的スキャンダル事件を思い出してほしい。この種のスキャンダルは政治家に致命的なダメージを与える。欧州でも米国でも性スキャンダルが表面化した場合、選挙で苦戦を余儀なくされる。

 しかし、米国でのトランプ人気は変わらないのだ。トランプ人気を理解する上で興味深い点は、米国のキリスト教福音派関係者の対応だ。約7000万人の信者を抱える福音派はクリントン氏の性スキャンダルの時、「大統領にある者は道徳的、倫理的にもクリーンでなければならない」と批判し、「道徳と大統領職は分けることはできない」と強調してきた。もっともな主張だ。

 その福音派は今日、トランプ氏を熱烈に応援している。トランプ氏が中絶に厳格に反対を主張し、イスラエルの米大使館をエルサレムに移転させたことを評価し、「トランプ氏は神が遣わした大統領」と称賛してきた。トランプ氏の不倫問題については、「神はダビデを使われた。ダビデは側近ウリアの妻を愛していた。そこでダビデはウリアを最も激しい戦場に送り、そこで戦死させると、ウリアの妻をめとった。ダビデは明らかに過ちを犯したが、神は間違いを犯す人物を使って巨悪に立ち向かう。トランプ氏も間違いがあるが、神はそのような人物を神の摂理で利用されている」と解釈するのだ。ちなみに、トランプ氏は1月末、支持者にビデオを送り、そこで「私は神が遣わした者だ」と宣言している(独週刊誌シュピーゲル2024年03月09日号)。

 要するに、クリントン氏に対しては「道徳と大統領ポストは密接に繋がっている」として、不倫問題を抱えるクリントン氏は大統領には相応しくないと切り捨てたが、トランプ氏の場合、「人間は弱さを抱えている。神はその弱さ持つ人間を敢えて選んで、巨悪との戦いに使う」という論理を展開する。欧州の知識人がその論理を聞いたら、「典型的なダブルスタンダードだ」と一蹴するだろう。

 トランプ氏を熱烈に支援する米国の国民は、自分のように弱さをもち、不倫を犯しながらも神から離れられない人間トランプにシンパシーを感じているのではないか。一方、トランプ氏を好きになれない層はエリート層が多く、自分は間違いないという自負心が強いから、トランプ氏の発言に反発が湧いてくるのだろう。

 トランプ氏の伝記を読むと、トランプ氏の母親は「あの子は頭が悪いのよ」と口癖に言っていたという。母親から頭が悪いといわれ続けてきたトランプ氏はその後、その汚名を晴らすために努力していった。そんな出世話は米国では受けるが、欧州では「やっぱり、トランプ氏は頭が悪いのだ」と受け取る。多くの欧州人は米国のリベラルなメディアが報じる「トランプはプレイボーイ」「彼は虚言癖がある」といったトランプ評を信じる一方、米国の熱心なトランプ支持者はトランプ氏を救世主、神が遣わした者と受け取っている。欧州人と米国のトランプ支持者の間には乗り越えることが出来ない大きなパーセプションギャップがある。

元米大使「トランプの予言」正しかった

 トランプ氏は予言者ではない。れっきとした米国の前大統領であり、次期大統領候補者に共和党から出馬を願っている政治家だ。ただ、同氏の言動を振り返ると、政治家というより予言者という表現のほうが当たっているように感じることがある。その発言は時には支離滅裂であり、突発的であり、論理性とは程遠いことが多いが、その発言内容は結構当たっているのだ。予言者のようだから、エスタブリッシュメントからは批判され、誤解されることは避けられない。

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▲駐独元米国大使のリチャード・グレネル氏(ウィキぺディアから)

 トランプ氏本人は自身を政治家と考えているから、予言者としての資質とは自身の中で時に衝突する。一方、熱狂的なトランプファンは論理性など彼には求めていない社会層出身者が多いから、トランプ氏が中傷され、批判されたとしても彼からは離れない。批判され、中傷されればされるほどファンはむしろ熱狂的になる。

 欧州の政治学者が米国のトランプ熱を理解できないのはある意味で当然かもしれない。トランプ氏は自身の願いとは異なり、21世紀の予言者として登場してきた人物かもしれない。例えとしては妥当ではないが、イエスに従った人物はペテロ、ヤコブといった漁師たち、取税人、売春婦たちが多かった。律法学者、パリサイ人といった学者、当時のエリート層ではなかった。彼らは最先頭に立ってイエスを批判、中傷した人物たちだった。トランプ氏にも同じことが言える気がするのだ。

 興味深いニュースが流れてきた。2020年までトランプ政権下で駐独米大使を務めたリチャード・グレネル氏(Richard Grenell)は独紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングとのインタビューで、「トランプの予言は全て正しかった。もしメルケル首相(当時)が彼の言うことを聞いていたら、ウクライナ戦争は存在しなかっただろう」と主張しているのだ。

 トランプ大統領時代の側近の1人、元駐独米大使のグレネル氏は、「ウクライナとガザ地区での戦争の責任はアンゲラ・メルケル元首相にある。トランプ氏は当時、ドイツに早急に満たさなければならない3つの要件を提示していた。.離襯鼻Ε好肇蝓璽爍欧僚焉、国防費の増加、イランに対する新たな制裁だ。最終的には歴史がそれらの要件が正しいものであったことを証明した」というのだ。

 具体的に見てみよう。.瓮襯吋觴鸛蠅慮綰ぅ轡腑襯勅鸛蠅魯蹈轡△肇疋ぅ調屬離蹈轡∋催形灰ス輸送パイプライン建設計画「ノルド・ストリーム2」の承認を停止した。パイプライン建設は既に完成し、関係国の承認待ちだった。同計画に対しては、トランプ氏は「ロシアのエネルギー依存は欧州の安全にとって危険だ」と受け取っていた。▲肇薀鵐彁瓩和臈領時代から北大西洋条約機構(NATO)加盟国は自国の国防費に対し国内総生産(GDP)比2%を実現すべきだと要求してきた。NATOのストルテンベルグ事務総長は14日、記者会見で、加盟国31カ国中、18カ国が目標の対GDP比2%を実現できる見通しだと表明している。イランは国際原子力機関(IAEA)の査察を拒否し、濃縮ウランを増産してきている。イランの核開発計画は危険な水域に入ってきた。

 トランプ氏が警告していた3要件はその後、実現されるか、その方向に向かっているわけだ。これがグレネル氏の「トランプの予言は正しかった」という証となるわけだ。ドイツ民間ニュース専門局ntvは25日、ヴェブサイトで「メルケル氏はウクライナ戦争で責任がある」という見出しで報じていた。グレネル氏は、 「メルケル首相が私たちに従っていれば、ウクライナやガザでの戦争は起こらなかっただろう」と語っているからだ。

 ちなみに、トランプ氏がNATOを弱体化させたかったというニュースに対し、グレネル氏は「トランプ大統領は、NATOが強くなりたいのであれば、強化に取り組むつもりだ。そのためには全員が公平に貢献しなければならない、という立場だった」と説明する。トランプ氏の「GDP比2%を実現しない国は守らない」という部分だけが拡大して報道されたため、欧州諸国は米国がNATOから離脱するのではないか、といった懸念が囁かれた。ミュンヘンの安全保障会議(MSC)でもトランプ氏の発言が関係者の話題を独占していたほどだ。

 メルケル政権(2005年11月〜2021年12月)は16年間続いた。その期間、メルケル首相は対ロシア、対中国政策で融和政策を実行してきた。ロシアがクリミア半島を併合した時もメルケル政権はプーチン政権に対して終始甘い対応だった。その結果、プーチン政権はその強権政治を拡大し、経済問題では、メルケル首相は中国の覇権主義を無視し、16年間の政権時代に12回訪中するなど中国経済依存体質を生み出していった。

 ウクライナ戦争の勃発後、メルケル氏の政治舞台での登場、発言が急減した。ドイツのメディアもメルケル氏に発言を求めなくなった。物理学学者らしい合理性、論理性を重視し、移民・難民殺到時には福音主義派の牧師の家庭に育ったメルケル首相は人道主義的な対応で多くの移民・難民を受け入れていった。

 メルケル氏の外交政策は、非合理性、非論理性、突発性がトレードマークの予言者トランプ氏のそれとは180度異なっていた。だから、両者が会合した時も歯車がかみ合わなかった。16年間のメルケル政権下で国民は経済の安定を享受できたが、ここにきて国民経済は中国経済の低迷もあってリセッション(景気後退)に陥り、外交政策ではそのツケを払わされている。

バイデン米大統領の「マインドパレス」

 脳内で記憶を管理する場所は海馬と呼ばれる。2014年のノーベル生理学・医学賞に英ロンドン大のジョン・オキーフ教授、ノルウェー科学技術大のマイブリット・モーザーとエドバルド・モーザー夫妻の3人の脳神経学者が受賞したが、3氏は「場所細胞」と呼ばれる機能を有する脳内の海馬について研究し、記憶の仕組みを解明したことが授賞理由だった。

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▲超党派の上院国家安全保障協定に関して話すバイデン米大統領(2024年02月04日、ホワイトハウス公式サイトから)

 なぜ突然、海馬の話をするかというと、バイデン米大統領が過去に会談した政治家の名前が出てこなくなったり、最近では長男の亡くなった年月を忘れてしまうという状況がメディアで報じられ、世界最強国・米国大統領の海馬について懸念しているからだ。81歳と高齢だから、時には忘れることはある。しかし、バイデン氏は米大統領だ。そして今年11月の大統領選で再選を願っている人物だ。その海馬が正常に機能しないとすれば、バイデン氏個人の問題ではなく、世界の問題といわざるを得ないのだ。

 当方は脳神経学者でないから、音楽の都ウィーンからワシントンのバイデン氏の海馬の状況について遠距離診察をする考えはないが、やはり心配だ。世界は2024年に入り、多くの予言者が語っていたように、戦争、紛争、混乱、天災、人災が起きてきている。その時、米大統領の海馬がうまく機能せず、紛争解決や調停工作で支障が生じたらどうするのか。大統領選でバイデン氏が勝利しようが、トランプ氏(77)がホワイトハウスにカムバックしようが、両者は高齢者だ。トランプ氏の海馬は今のところ大きな支障がないみたいだが、決して大丈夫だとは断言できない。米国の政界には健全な海馬をもつ若い政治家はいないのか、とついつい呟きたくなる。

 当方はコナン・ドイルの名探偵シャーロック・ホームズとアガサ・クリスティ(1890〜1976年)の名探偵小説の主人公エルキュール・ポワロが大好きだ。彼らに共通していることは記憶力が抜群だという点だ。シャーロック・ホームズは「マインドパレス」(記憶の宮殿)という言葉をよく表現するし、ポワロは「小さな灰色の脳細胞」という言葉が口癖となっている。

 シャーロックは初めて会った人物のプロフィールをその外観や言動から素早く読み解く。彼は頭の中で事実を整理し、過去の情報を引き出しながらプロフィールを構築していく。その観察力はすごい。彼が「マインドパレス」を訪れている時、周囲に静かにするように求める。集中力が妨げられるからだ。シャーロックの記憶宮殿は脳内の海馬だろう。それも異常に発達した海馬ではないか。ポワロの場合も「小さな灰色の脳細胞」は海馬のことだろう。

 興味深い点は、超記憶力の持ち主がテレビや映画の犯罪シリーズで頻繁に登場することだ。例えば、米テレビ番組「クリミナル・マインド」のFBI行動分析課捜査官の1人、スペンサー・リード博士は先天的映像記憶力の持ち主で、1度読んだ書物の内容を忘れない。ニューヨークの大手法律事務所の世界を描いて人気を博した米TV番組「スーツ」では主人公の1人、青年マイク・ロスは六法全書を丸暗記している。最近では、犯罪サスペンス「アンフォゲッタブル」の女刑事キャリー・ウェルズもその1人だ。1度見た人間、風景を決して忘れないという超記憶力の持ち主だ。

 現代は記憶力のいい人を「頭のいい人」と評し、逆に記憶力の悪い人は「あの人は頭が悪い」というレッテルが貼られる世界だ。その意味で情報が氾濫している現代でバイデン氏が指導者の役割を果たすことは大変だ。同情に価する。日本最大の言論プラットフォーム「アゴラ」の主宰、池田信夫氏は「バイデン氏は裸の王様だ」と評している。米民主党は迅速にバイデン氏に「あなたのマインドパレスはもはや正常に機能していない」と告げて、彼の代わりの候補者を探すべきだというわけだ。

 外遊先でバイデン大統領が外国元首と会談する際、その傍にはブリンケン米国務長官が心配そうな顔をしながら、大統領の言動を追っている姿をニュース番組で見ることが多い。マクロン大統領をミッテラン大統領(1996年死去)と間違えたり、メルケル首相をコール首相(2017年死去)と間違ったりする話を聞く度にバイデン氏の海馬が正常に機能していないことを感じる。

 ところで、マクロン氏をミッテランと間違えた場合を考えたい。「マクロン」も「ミッテラン」も「M」から始まる名前だ。バイデン氏の海馬には無数の記憶の棚があって、それらがアルファベット順に整理されているとすれば、バイデン氏は海馬の中で国別では「フランス」を選んだ後は「M」から始まる棚を開けたまでは良かったが、「マクロン」という記憶の傍にあった「ミッテラン」を引き出してしまったのだ。メルケル首相をコール首相と間違えた場合、ドイツの政治家に関する記憶が保管されている棚から引き出すまでは良かったが、情報がアルファベット順に整理されていなかったので、「コール」という名前を選んでしまったのではないか。

 バイデン氏は「マインドパレス」の無数の記憶の棚からカテゴリーを先ず選別し、そこからサーチしている情報を引き出す作業プロセスに支障があるのではないか。例えば、バイデン氏が日本の岸田文雄首相に言及しようとした時、パレスの個人名のアルファベットの「K」を開けばいいが、国別の棚から「K」を探せば、韓国という国名が先ず目に入る。その結果、バイデン氏の口から「韓国の岸田首相は」といった話が飛び出す。笑い事では済まない。

 参考までに、最近は公聴会や聴聞を受けた政治家が「記憶はありません」と発言し、責任や追及を逃れるケースが見られる。記憶を司る「海馬」をもてあそぶようなことは慎むべきだろう。

バイデン「人権外交」の最初の試練

 バイデン米大統領は25日、ロシアの天然ガスをバルト海底経由でドイツに運ぶ「ノルド・ストリーム2」の海底パイプライン建設で米国が関連事業会社への制裁を見送った理由として、‘鰻設は今年1月の段階でほぼ完了していること、▲肇薀鵐彖粟権時代に悪化した欧州諸国との関係正常化を重視するため、の2点を挙げて弁明した。

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▲人権外交で揺れるバイデン大統領(2021年1月20日、 ホワイトハウス公式サイトから)

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▲「ノルド・ストリーム2」のルート図(ガスプロム公式サイトから)

 もっともらしい説明だが、バイデン大統領が忘れていることがある。欧州議会が今年1月21日、ロシアの反体制派活動家ナワリヌイ氏の拘束に抗議して、「ノルド・ストリーム2」の建設即時中止などを加盟国に要請した決議案を賛成多数で採択していることだ。すなわち、欧州議会は反体制派活動家の拘束を重大な人権蹂躙として加盟国が賛成多数でロシアを批判し、「ノルド・ストリーム2」の建設中止を要求したという事だ(「国際社会はナワリヌイ氏に連帯を!」2021年1月25日参考)。

 同プロジェクトはロシアの天然ガス独占企業「ガスプロム」とドイツやフランスなどの欧州企業との間で2005年、締結され、第1パイプラインは2011年11月8日に完成し、操業を開始した。2本目のパイプライン建設「ノルド・ストリーム2」は計画では2019年に完工する予定だったが、トランプ前政権は、「ドイツはロシアのエネルギーへの依存を高める結果となる。ひいては欧州の安全問題にも深刻な影響が出てくる」と強く反対してきた。

 米国は昨年12月、「ノルド・ストリーム2」の建設に西側企業が参加することを禁じる制裁を発動した。そして超党派の米上院議員グループは「ノルド・ストリーム2」に絡む現行制裁措置の拡大法案を提出した。

 ポンペオ前米国務長官は当時、「ノルド・ストリーム2」について、「欧州の安全を守るために米国はあらゆる措置を講じる」と強調した。2017年の新制裁法「制裁による米国敵性国家対抗法」(CAATSA)の拡大適用だ。具体的には、「パイプライン建設から手をひけ、さもなければ痛い目に合うぞ」といったカウボーイ的な警告を発したほどだ。米国の制裁警告を受け、スイスのオールシーズはパイプ敷設作業を停止している。

 欧州でもバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)やポーランドは「ノルド・ストリーム2」の建設中止を強く要求してきた。ナワリヌイ氏拘束問題で欧州は結束してロシアの人権蹂躙を厳しく批判した。ただ、欧州の盟主ドイツのメルケル首相はロシアの人権弾圧を批判する一方、「ノルド・ストリーム2」と人権問題は全く別問題として、同パイプライン建設の推進を支持してきた。

 「ノルド・ストリーム2」計画によれば、全長約1200キロメートルで、最大流動550億立法メートル、パイプラインはロシアのレニングラード州のヴィボルグを起点とし、終点はドイツのグライフスヴァルト。パイプラインが完成すれば、ドイツは全電力の3割をカバーできる。

 ドイツは脱原発を目指しているため、天然ガスの供給は不可欠だ。「ノルド・ストリーム2」計画が完了すれば、ドイツはロシアから安価なガスをこれまでの2倍確保できる。だから、バイデン氏の「制裁しない」という発言はドイツ側を喜ばしているわけだ。

 バイデン氏は対中政策では少数民族ウイグル人への人権弾圧を厳しく批判する「人権外交」を推進している一方、ロシアの人権問題に対しては沈黙し、制裁を見送れば、「人権問題で対中と対ロシアでダブルスタンダードだ」という批判を受けることになる。中国側が強く反発するだろう。

 バイデン氏はその批判を敢えて甘受しても、米メディアとのインタビューの中で「殺人者」と酷評したロシアのプーチン大統領と来月16日、ジュネーブで開催する米ロ首脳会談を配慮し、プーチン氏に融和のシグナルを送りたいのだろうか。それとも、高齢で認知症傾向があるといわれるバイデン氏は欧州議会がロシアの人権蹂躙を理由に対ロシア決議案を採決したという事実を忘れていたのだろうか。欧州はナワリヌイ氏拘束問題を忘れていないのだ。

「ノルド・ストリーム2」はバイデン氏が言うようにほぼ完了している。だから、いまさら前政権の制裁を継承してロシアとドイツら欧州諸国に制裁をしても余り効果がない、それよりドイツとの関係修復の機会に利用したほうが得策といった外交的判断が働いたのだろう。また、ロシアとは軍縮問題からイランの核問題まで多くの難問を協議しなければならない。ロシアとの関係正常化はバイデン氏も重要課題として取り扱わなければならない。そのように考えると、バイデン氏の「ノルド・ストリーム2」プロジェクトへの制裁の回避は多分、正しいだろう。

 しかし、バイデン氏の外交判断は同盟国に一抹の不安を与えることにもなる。バイデン氏の「人権外交」への懸念だ。対中で人権外交を前面に出して北京に圧力を行使するバイデン政権がある日突然、「制裁に効果がない。対中関係の正常化のほうが重要だ」と対中政策で軌道修正する可能性が考えられるからだ。同盟国にも動揺が起きるだろう。状況次第でバイデン氏はその政策を変更、修正するのではないか、といった懸念が強まれば、欧米諸国の結束にひびが入る。

 「外交の世界ではどの国も最終的には国益重視に走る。バイデン米国も例外ではない」といわれれば、その通りだが、バイデン米政権が「米国ファースト」から「世界の指導国家」として世界の諸問題に積極的に関与していく姿勢を見せているだけに、バイデン氏の「人権外交」の揺れは、米国と同盟諸国の関係に致命的なダメージを与え、国際社会の米国への信頼感を損なうことにもなる。

愛犬を失ったバイデン氏の試練

 米ホワイトハウスに住んでいたジャーマンシェパードのメジャーが警備員を噛んだため左遷させられ、もう1匹チャンプ(13歳の老犬)と共にデラウェア州の実家に戻されたというニュースを聞いて、心が痛かった。

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▲米ホワイトハウスの全景(ホワイトハウス公式サイトから)

 3歳のシェパードにとって、ホワイトハウスは理想的な住処ではなかった。特に、大統領戦の騒動もあって、ワシントン周辺の環境は落ち着きを失い、トゲトゲしくなっているからだ。毎日、新しい顔を見るメジャーにとって、かなりのストレスだったはずだ。カメラのフラッシュもひょっとしたら我慢の限界に達していたのかもしれない。英王室を震撼させた“メグジット”は、パパラッチたちのカメラのフラッシュが関係者の心を乱したことが遠因となったのではないだろうか。

 メジャーは左遷されたように受け取られるかもしれないが、実家に戻れて、むしろ良かったのではないか。心配な点はメジャーではなく、むしろ飼い主バイデン大統領だ。愛犬を失った大統領は静かに話しかける相手を失ったのだ。バイデン氏は一癖も二癖もある政治家たちに囲まれ、心にもないお世辞が飛び交う職場で、78歳の高齢のバイデン氏の神経は耐えられるだろうか。愛犬の目線を感じながら職務に従事できたバイデン氏は幸せだったが、メジャーを失った結果、バイデン氏は今後どのようにして精神的疲れを癒せばいいのだろうか。メジャーの不在はバイデン氏の政治判断にも影響を及ぼすかもしれない。

 ここコラム欄でも書いたが、最近は犬を飼う政治家が増えた。これは決して一時的な流行ではないだろう。政治の世界がストレスの多い職場だからだ。オーストリアのクルツ政権下で保健相を務めるアンショーバー氏は毎日、愛犬を自分の職務室のデスクの下に連れてくる。アンショーバー氏は几帳面な性格で教師歴のある政治家だ。バーンアウト(燃え尽き症候群)になったことがある。愛犬は保健相の精神的ケアには不可欠なのだ。

 犬の話が長くなったが、今回は人間関係を如何に良くするかをテーマに考えていきたい。人間関係がうまくない当方がそのようなテーマを書くこと自体、可笑しいが、年を取るにつれ、人間関係の重要性を理解してきた。人が他者を正しく理解することは至難の業だ。他者だけではない。ひょっとしたら自身も理解していないのかもしれない。

 その結論として、相手を安易に批判したり、中傷できないと考えだした。なぜならば、相手を理解していないからだ。その人間の生い立ち、キャリア、家庭問題から精神生活まで、どれだけ理解しているだろうかと自問する時、答えははっきりとしている。ノーだ。

 IT時代に入り、情報は至る所から発信されている。無数の情報が飛び交う社会では迅速に対応することがこれまで以上に求められる。相手を理解する情報も昔以上に手に入るが、その情報で昔以上に相手を理解できるようになったかと言えば、そうとも言えない。情報が増えれ増えるほど、相手のプロフィールがボケていくといった状況も出てくる。情報は相手を理解する上で重要だが、それが全てではない。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、対面で話し合う機会が激減した一方、Zoom会合、オンライン形式の会議が増えてきた。情報はZoom会議であったとしても提供されるが、Zoomの視野に入らない相手の雰囲気や状況は分からない。欧州連合(EU)の首脳陣からは、コロナ禍が過ぎれば、早急に対面会議を開催して加盟国間の相互理解を深めたい、という声を聞くようになった。

 マクロン大統領も動物保護ハウスから犬のネモをもらった。プーチン大統領は外国ゲストから犬をプレゼントされることが多く、ロシア反体制派活動家ナワリヌイ氏が暴露したプーチン氏の宮殿は犬で溢れているかもしれない。

 それでは、なぜマクロン氏もプーチン氏も犬が好きなのだろうか。犬が入った写真は政敵の心を緩めるだろうし、家庭的なムードを見る人に与えるだろう。それ以上に、マクロン氏にもプーチン氏にも犬が必要なのだ。犬はクーデターを計画しない。ネモがエリゼ宮殿で不祥事をしたとしても、ネモはマクロン氏にとって掛け替えのない存在なのだ。

 換言すれば、それほど多くの人間は人間関係に疲れ、不信に囚われ、それらを癒す解決策を模索している、といえる。犬や猫は病んだ人間社会の魂を癒す精神科医ともいえる(「“ファースト・ドック”の不始末」2017年10月26日参考、(「なぜプーチン大統領は犬が好きか」2016年12月7日参考)。

 傍にいるだけで心が落ち着く存在がいない場合、人は犬を飼う。そして疲れた魂を犬との会話を通じて癒す。これは、犬が如何に人間の友であり、素晴らしい性質を持つ動物かということになるが、人間関係が如何に難しいかをも物語っている。アダムとエバ、カインとアベルの話は今回は書かないが、人間は関係存在だ。その関係がスムーズにいかなければ、問題が生じるのだ。

 メジャーを自宅に戻らせたバイデン氏のその後の職務にマイナスの影響が見られたならば、ホワイトハウスの警備員には申し訳ないが、メジャーを直ぐに呼び戻すべきだ。バイデン氏が平静な心で、正しい政策を選択できるためにだ。

 ちなみに、バイデン氏の前任者、トランプ前大統領は犬や猫を飼わなかった。トランプ氏は清潔好きだったからだ。トランプ氏は現職時代、感情を暴発することが少なくなかった、といわれている。トランプ氏にメジャーのような若く、バイタリティのある犬が傍にいたならば、同氏の大統領職はもう少し静かな日々となったのではないか。同氏の対中国政策が素晴らしかっただけに残念だった。

 (バイデン氏にはファーストレディー、ジル夫人が傍にいるから、バイデン氏の心の安定は守られているが、犬が飼い主に与える癒しは特別なものだ。ファーストレディーの役割を過小評価する考えはない)

バイデン氏の「米国」は戻ってきたか

 バイデン米新大統領は今月19日から開催される欧州最大の外交、防衛問題の国際会議「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)に出席する。会議は対面ではなく、オンラインで行われるが、バイデン氏にとって大統領就任後、最初の国際会議だ。トランプ前米政権でぎくしゃくしていた米国と欧州の関係改善に積極的に乗り出すのではないかと期待されている。

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▲就任演説をするバイデン新大統領(2021年1月20日、 ホワイトハウス公式サイトから)

 主催者側のMSCによると、19日から21日の3日間の日程で開かれる同会議には、欧州連合(EU)のフォン・デア・ライエン委員長、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長、グテーレス国連事務総長、バイデン政権で気候変動対策の大統領特使を担当するジョン・ケリー氏(元国務長官)らの演説が予定されている。

 主要テーマはバイデン新政権と北大西洋同盟諸国との関係改善だ。また地球温暖化対策、新型コロナウイルス問題なども含まれる。新型コロナ感染問題では、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長、 マイクロソフトの共同創業者兼元会長兼顧問のビル・ゲイツ氏がスピーチすることになっている。

 ハイライトはバイデン大統領と欧州の盟主ドイツのメルケル首相との初顔あわせだ。メルケル首相はトランプ前大統領とは良好関係からは程遠く、冷たい同盟関係に終始してきた。移民・難民問題でも壁を建設するトランプ政権に対し、メルケル首相は難民歓迎政策を実施するなど、両者の間には政策でかなり違いがあったからだ。

 それだけではない。駐独米軍の撤退問題から、ドイツとロシアとの間で締結されたロシア産天然ガスのパイプラインの建設問題(「ノルド・ストリーム2」)まで、政策、見解の相違が明らかだった。それだけに、昨年11月の米大統領選で民主党のバイデン氏が当選すると、メルケル首相はいち早くバイデン氏の当選を祝し、「欧州と米国の関係の正常化」へ希望を吐露している。

 それではバイデン氏になって、米独関係、米・北大西洋同盟諸国との関係は急速に改善されるだろうか。バイデン氏は4日、国務省での就任初の外交政策について演説し、その中で駐独米軍の削減計画の凍結を表明している。トランプ前大統領はドイツ駐留の米軍の縮小計画を明らかにしていた。米軍は約3万4500人の兵力をドイツに駐留させてきたが、9500人減らし、2万5000人とするというものだ。トランプ前大統領は昨年6月24日、その一部をポーランドに再配置する意向を明らかにした。

 軍事費の増額や欧州の自力防備の強化を要求するのはトランプ前大統領が初めてではない。米国はジョン・F・ケネディ大統領時代(在任1961〜63年11月)に既に米国はドイツ側に要求してきた。冷戦が終焉した今日、米国が欧州に自力防衛の強化を訴えてきたわけだ。その流れはバイデン氏がホワイトハウス入りしたとしても大きく変わらないだろう。

 ちなみに、トランプ政権下でも駐独米軍の縮小には与党共和党の間にも反対があった。駐独米軍は欧州だけではなく、ロシアや中国の影響が強くなってきた中東、アフリカに対し、米国の戦略上の利益に資する。駐独米軍の規模縮小はロシアへの抑止力を弱め、NATO加盟国が集団安全保障に対する米国のコミットに疑いを持つ契機ともなるからだ。だから、駐独米軍の一部撤退は米国の安全にもかかわる問題だというわけだ。

 なお、バイデン大統領はロシアのプーチン大統領と2月5日に期限切れを迎えた米ロの新戦略兵器削減条約(新START)の5年間延長を決定したばかりだ。

 NATO加盟国は2014年、軍事支出では国内総生産(GDP)比で2%を超えることを目標としたが、それをクリアしているのは現在、米国の3・5%を筆頭に、ギリシャ2・27%、エストニア2・14%、英国2・10%だけで、その他の加盟国は2%以下だ。ドイツの場合、防衛費は年々増加しているが、昨年はGDP比で1・38%に留まっている。バイデン新大統領も前政権と同様、NATOの防衛費の公正な負担を求めるだろう。

 「ノルド・ストリーム2」問題では、メルケル首相は単に米国からだけではなく、与党「キリスト教民主同盟」(CDU)内からも「建設中止はやむ得ない」といった意見が出てきている。ロシアの反体制派活動家ナワリヌイ氏の拘束に抗議して、欧州議会はドイツとロシア間で進めているロシアの天然ガスをドイツまで海底パイプラインで繋ぐ「ノルド・ストリーム2」計画の即時中止を求める決議を賛成多数で採択したが、メルケル首相は「ナワリヌイ氏の問題と『ノルド・ストリーム2』計画とは別問題だ」として、続行する意向を明らかにしている。

 ロシアの天然ガスをバルト海底経由でドイツに運ぶ「ノルド・ストリーム2」の海底パイプライン建設問題で、トランプ前政権は「欧州がロシア産のエネルギーに依存を深めることは欧州全土の安全問題にとって危険だ」として、ドイツ側に計画の見直しを強く要求してきた。

 欧州は昨年12月30日、中国との間で「EU中国投資包括協定」(CAI)に合意した。同協定はEUと中国間の協定だが、中国はドイツがEU議長国である昨年下半期での合意を願ってきた。同協定によると、「中国側は欧州企業の中国市場へのアクセスを改善し、政府補助金に関する情報の透明性を高め、欧州企業の知的財産の中国本土への強制移転といった差別的習慣を撤廃する」という。

 ドイツのシンクタンク、メルカートア中国問題研究所とベルリンのグローバル・パブリック政策研究所(GPPi)は2018年1月5日の時点で、「欧州でのロシアの影響はフェイクニュース止まりだが、中国の場合、急速に発展する国民経済を背景に欧州政治の意思決定機関に直接食い込んできた。中国は欧州の戸を叩くだけではなく、既に入り、EUの政策決定を操作してきた」と警告している。

 ドイツのホルスト・ゼーホーファー内相は昨年7月9日、ドイツの諜報機関、独連邦憲法擁護庁(BfV)の2019年版「連邦憲法擁護報告書」を公表した。388頁に及ぶ報告書の中で、同内相は中国の諜報、情報スパイ活動に対して異例の強い警告を発した。

 BfVの報告書では「習近平国家主席が政権を掌握した2012年11月以後、諜報・情報活動の重要度が高まった」と指摘、習近平主席は情報活動を中国共産党の独裁政権の保持のために活用してきたという。中国はドイツで先端科学技術分野で独自技術を有する中小企業にターゲットを合わせ、企業を買収する一方、さまざまな手段で先端科学情報を有する海外の科学者、学者をオルグしている(「千人計画」)。その目標はロボット技術、宇宙開発など先端分野で中国が超大国となるという習近平国家主席の野望「中国製造2025」戦略(Made in China 2025)の実現だ(「独諜報機関『中国のスパイ活動』警告」2020年7月12日参考)。

 バイデン新大統領は中国共産党政権に対しどのような政策を展開するだろうか。ブリンケン新国務長官は対中政策ではトランプ前政権のそれを継続する意向を表明している。バイデン新大統領は4日、初の外交演説の中で中国を「最も手ごわい競争相手」と評し、人権問題や不法な経済活動に対しては厳しい姿勢で臨むと述べる一方、「米国の国益と一致する限り、中国と協調していく」と主張している。

 看過できない点は、バイデン新政権下で既にトランプ前政権の対中規制政策の一部が削除され、修正されていることだ。例えば、1月26日、中国政府系教育機関「孔子学院」との合意内容を開示するよう米大学などに求める連邦規則の計画を取り下げている。また、海外反体制派中国メディア「大紀元」によると、バイデン政権発足後の1月21日、米国務省のウェブサイトから「中国の脅威」、次世代移動通信網(5G)セキュリティらの問題が主要政策項目(Policy Issues)から取り下げられたというのだ。バイデン政権下では多くの親中派関係者が入り込んでいる(「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」(2020年9月11日参考)。

 米国は北大西洋ではNATO加盟国を中心に、アジアでは日本、オーストラリア、インドと防衛協力を強化しながら中国包囲網を構築していかなければならない。バイデン氏は4日の外交演説の中で「米国は戻ってきた」と宣言し、同盟諸国との協調路線をアピールした。バイデン大統領の「米国」は本当に戻ってきたのか、それともまったく別の方向に行こうとしているのか。その答えを得るためにはもう暫く時間が必要だろう。

バイデン新政権就任早々の「変調」

 ジョー・バイデン氏が第46代米国大統領に就任してまだ1週間も経過していない段階で、バイデン新政権に対し「ああだ、こうだ」と批判することは時期尚早だろうが、前兆というか、懸念される変化が既に見られる。

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▲バイデン新大統領とハリス新副大統領(ホワイトハウス公式サイトから)

 海外反体制派中国メディア「大紀元」によると、バイデン政権発足後の21日、米国務省のウェブサイトから「中国の脅威」、次世代移動通信網(5G)セキュリティらの問題が主要政策項目(Policy Issues)から取り下げられたというのだ。同サイトには、反腐敗、気候と環境保護、新型コロナウイルスなど17項目が掲載されているが、先述した「中国の脅威」や5G項目が削除されているという。その理由は説明されていない。

 好意的に受け取れば、バイデン新政権は国務省のウェブサイトの刷新中なのかもしれないから、具体的な動きが出てくるまでは何も言うべきではないかもしれないが、少々心配だ。大紀元(2021年1月22日)によると、トランプ前政権時代の政策課題から消滅した項目は、「中国の脅威」、5G問題のほか、「イラン・危険な政権」、「ニカラグア・民主主義への回帰」、「ベネズエラ・民主主義危機」等々だ。

 トランプ前大統領がホワイトハウス入りした直後、前政権のオバマ・ケアの否定など、オバマ政権カラーを次々と抹殺していったことを思い出す時、バイデン新政権だけが特別変わっているとはいえない。民主党と共和党が政権交代する米国の政界では当然のことかもしれない。

 蛇足だが、トランプ大統領が就任直後、行ったことはホイトハウスの大統領執務室のカーテンを自身の大好きなカラー(黄金色)に変えたことだ。バイデン新大統領がデスク上の山積する書類に次々と署名(大統領令)している写真が配信されたが、大統領執務室のカーテンは22日現在、まだ変わっていない。バイデン氏が落ち着き、時間が出来れば、カーテンをトランプ・カラーからバイデン・カラーに変える大統領令(?)を発令するかもしれない。そうなれば「新政権のカラー」とメディアで騒がれるだろう。

 本題に戻る。トランプ政権のポンぺオ国務長官は離任直前の19日、中国共産党政権によるウイグル自治区のウイグル族ら少数民族への迫害を「ジェノサイド」(集団虐殺)と認定するなど、任期が終わる直前まで中国共産党政権の脅威をアピールしてきた。その後継者、アントニー・ブリンケン新国務長官(オバマ政権下では国務副長官)は上院承認公聴会でトランプ政権の中国政策に同意すると発言していた。その段階では、トランプ外交からバイデン外交へといった威勢のいい言葉は聞かれなかった。

 バイデン新大統領もブリンケン新国務長官も外交問題の専門家であり、中国共産党政権の実態をよく知っているはずだ。それではバイデン新政権下で国務省ウェブサイトの主要政策項目の変化は何を意味するのだろうか。

 トランプ政権時代の「中国の脅威」が米民主党のバイデン新政権が発足した途端に消滅した、ということはないだろう。それとも、北京の中国共産党政権が何らかの対話のシグナルをワシントンの新政権に向けて発信したのを受けた対応だろうか。

 中国共産党政権がバイデン新政権発足を受け、覇権政策を修正して対話路線に変えたということは聞かない。そのような時、米国務省の主要政策項目から「中国の脅威」を削除することは北京に誤解を与える危険性がある。中国共産党は相手が弱く出れば、必ず強く出てくる。バイデン新政権が中国に対して懐柔政策に出れば、北京は待ってましたといわんばかりにさまざまな工作を展開させてくるはずだ。

 「中国の脅威」だけではない。新政権の対イラン政策も懸念材料だ。バイデン新大統領は就任する前から、トランプ大統領が離脱したイラン核合意に再復帰する意向を表明してきた。バイデン氏は昨年9月の選挙戦でトランプ大統領のイラン核合意からの離脱を「失敗」と断言し、「トランプ大統領がイラン・イスラム革命防衛隊ゴッツ部隊のソレイマニ司令官を暗殺したためにイランが米軍基地を攻撃する原因となった」と述べ、対イラン政策の修正を示唆してきた。

 トランプ前米大統領は2018年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱したが、イラン当局は米国の関心を引くために同国中部のフォルドゥのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げたばかりだ。バイデン氏はイランの核の脅威を軽視してはならないだろう(「米国の『イラン核合意』復帰は慎重に」2020年11月26日参考)。

 バイデン新大統領はトランプ政権の新型コロナ対策が不十分だったと頻繁に批判してきたが、40万人以上の米国人の命を奪った新型コロナが中国武漢発であり、中国政府が感染発生直後、その事実を隠蔽した事実に対しては批判を控えてきた。マスク着用を嫌ったトランプ前大統領は新型コロナの発生源については感染拡大当初からはっきりと中国側を批判してきた。

 バイデン民主政権下には既に親中派が入り込んでいる。同時に、リベラルなメディアには中国資本が入り、情報工作をしている。それだけにバイデン新大統領が明確な対中政策を確立しなければ、中国共産党の懐柔作戦に嵌ってしまう危険性がある。バイデン新政権下の国務省ウェブサイトの主要政策項目から「中国の脅威」が削除されたというニュースはその懸念を裏付ける(「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」2020年9月11日参考)。

バイデン新大統領の「使命」は

 コラムのタイトルに「使命」という言葉を選んだ。「課題」とか「テーマ」といった言葉も考えられるが、バイデン新大統領には「使命」という表現がより相応しいのを感じるからだ。それでは誰に対しての「使命」なのか。民主主義国では主権者は国民だから、米国民への「使命」というべきだろうが、78歳の高齢の米大統領にはこれまでの政治人生を導いてきた「神」からの使命という意味合いを含むべきだろう。

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▲第46代米大統領に就任したバイデン氏とジル夫人(2021年1月20日、オーストリア国営放送の中継から)

 バイデン氏は「口の人」ではないことは前回のコラムでも指摘した。「口の人」ともいうべきクリントン、オバマ両元大統領はバイデン氏の就任演説中に“コクリ、コクリ”と居眠りをしていた。IT時代を迎え、国民の心を捉える演説力、情報発信力は大きな武器だが、最終的に問われるのはやはり実行力だろう。

 その点、バイデン氏はクリントン、オバマ両元民主党大統領を凌ぐチャンスがある。4年後の再選を考えず、与えられた4年間に全ての経験、知識を投入してやるべき使命を果たすことができれば、波乱万丈だったバイデン氏の政治生命に花を添えるだろう。このコラム欄で「バイデン次期大統領『高齢者の強み』」(2021年1月9日参考)の中で当方が記した内容だ。

 それではバイデン氏の「使命」とは何だろうか。新大統領が抱える内外の課題、問題は既に明らかだ。就任直後、ホワイトハウスの大統領執務室のデスク上には多くの書類が積み上げられていた。世界保健機関(WHO)や地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からの脱退、離脱の取り消しに関する大統領令などに署名するバイデン氏の写真は世界に発信された。民主党選出のバイデン大統領に期待され、バイデン氏も公約してきた内容だ。オバマ政権の業績を就任直後から破棄していったトランプ前大統領のように、バイデン氏はトランプ政権で決まった内容を迅速に無効にする仕事に取り組んでいるわけだ。徹底した反トランプ報道を貫いてきたリベラルな米メディアが喜ぶ瞬間だろう。

 しかし、当方がこのコラム欄でいうバイデン氏の「使命」はそのような内容ではない。共和党のトランプ前政権の決定事項を無効、破棄することは民主党大統領の必修科目かもしれないが、神が召命したバイデン氏の「使命」ではない。「使命」とは、中国共産党政権に対する明確な神のメッセージを発信することだ。

 習近平国家主席の下、多くの中国国民がその管理下に生きている。特に、50以上の少数民族は激しい弾圧を受け、共産党の“再教育”を受けている。ポンぺオ国務長官は離任直前の19日、中国共産党政権によるウイグル自治区のウイグル族ら少数民族への迫害を「ジェノサイド」(集団虐殺)と認定している。ウイグル民族の女性たちは避妊手術を受け、男性たちは中国同化政策を強要されている。その数は100万人を超えているというのだ。チベット系民族もしかり、モンゴル系住民もしかりだ。

 ナチス・ドイツ政権はユダヤ人、ロマ人ら少数民族を強制収容所で拘束し、ユダヤ人は600万人が虐殺された。アウシュビッツ強制収容所が解放された時、世界はナチス政権のユダヤ人大虐殺を知って驚いたが、21世紀の現代は、中国共産党政権の同じような少数民族への迫害の事実が報じられ、国際社会の知るところとなっている。だから「知らなかった」とは弁明できない。同時代に生きる人間、特に世界の主要国家の為政者は弁明できないのだ。

 外交畑を歩んできたバイデン氏は中国共産党政権の実態を知っているはずだ。バイデン氏は中国に対し、「人権を無視し、法輪功信者から生きたまま臓器を摘出するなど非人道的な犯罪は絶対に許されない」という明確なシグナルを常に発信すべきだ。そして世界の民主国家と結束し、「反中国戦線」を構築して、北京への圧力を強めていくべきだ。中国共産党政権はあらゆる手段を駆使して反撃してくるだろう。その巨大な資金、人材を投入して既に懐柔作戦、情報工作を展開している。共産党は相手が腰を引いているとみれば強硬に出てくるが、相手が強く出れば、慎重になる。

 「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」(2020年9月11日参考)で書いたが、バイデン民主政権下には既に親中派が入り込んでいる。同時に、リベラルなメディアには中国資本が入り、情報工作をしている。中国抜きで世界の運営は難しいが、「中国共産党政権と中国国民は別である」という視点を踏まえながら、対中政策を実施すべきだ。習近平主席が最も恐れているのは「党と人民は別」論だ。

 中国共産党政権は中国の長い歴史の中で出てきた異質の政権だ。それは中国の歴史、文化とは一致しない唯物的世界観を有し、宗教の自由を蹂躙する政治イデオロギーを有している。習近平主席は宗教の中国化を画策している。新型コロナウイルスのパンデミック後、中国共産党政権はマスク外交、ワクチン外交を展開し、相手国を親中派にするために腐心している。彼らの狙いは利他的な「ウインウイン外交」ではなく、中国共産党政権の覇権拡大だ。

 「それでもトランプ氏を推す理由」(2020年7月19日参考)でも書いたが、トランプ前政権の最大の業績は中国共産党政権の実態を世界に明らかにしてきたことだ。トランプ氏個人の人間的弱さ、暴言、失言は歴代大統領の中でも飛び抜けていたが、対中政策では歴代最大の成果を積んできた。一政権では世界の全ての問題を解決できない。それはバイデン新政権でもいえることだ。地球温暖化対策も急務だが、対中政策の動向は世界の安全に直接に関連するテーマだ。

 バイデン新大統領の「使命」は、共産主義思想を国是とする中国共産党政権に対し、その誤りを指摘する不動の政策を貫徹することだ。米国が揺れない限り、中国共産党政権は世界制覇といった野望を実行できないからだ。

 トランプ氏は歴代大統領の中でもレーガン大統領(在任1981〜89年)を最も尊敬していたという。レーガンは冷戦時代、共産主義を「悪魔の思想」と喝破した大統領だった。レーガンは亡くなり、トランプ氏は去った。後継者のバイデン新大統領はその使命を継承し、中国共産党政権に対して、不動の、明確な政策を実行すべきだ。78歳のバイデン氏にとって最大の武器は、長男ボーを失った時(2015年)も常に傍で同氏を鼓舞していた神の支援だ。何を恐れることがあるだろうか。

米国に願われる「ウインウイン思考」

 ワシントンで20日挙行されたバイデン新大統領の就任式をTV中継でフォローした。トランプ前大統領の時もそうだったが、新大統領は就任式に自宅から聖書を持参し、その上に手を置いて宣誓式に臨んでいた。教会の礼拝に持参できないぐらい大きく、分厚い聖書には驚いた。多分、由緒ある聖書なのだろう。

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▲聖書の上に手を乗せて宣誓するバイデン新大統領(2021年1月20日、オーストリア国営放送の中継から)

 新大統領の就任演説はバイデン氏が「口の人」ではないことを改めて明らかにした。内容ではない。その語りっぷりだ。CNNはバイデン氏の演説中、貴賓ゲスト席にいたクリントン元大統領が居眠りをしていたところを映し出していた。オバマ氏も同様で、目をつぶり自分の副大統領だったバイデン氏の演説に耳を傾けていたが、意識を失っていった。カメラが自分に向かっていると直感したのか、目を開いた。CNNはその瞬間を撮っていた。

 両元大統領は現職時代、演説のうまさで定評があった。その両元大統領にとって、就任したばかりの新大統領の演説が余りにも単調で、繰り返しが多く、メリハリのないものだったので、ついつい睡魔に襲われたのだろう。スリーピング・ジョーといわれ、その演説の退屈さはワシントンの政界ではよく知られているが、それを就任初日から裏付けることになったわけだ。

 演説内容は、民主主義の称賛と二分化した米国社会の結束を訴えるものであり、「自分は全ての米国民の大統領となる」という決意表明だった。当方は居眠りせずに最後まで聞いたが、バイデン氏に名演説を期待することは間違っていることが良く分かった。

 コラムのテーマに入る。米国社会は英雄と勝利者を称える社会だ。同時に、その社会は勝者と敗者を生み出す。ワイルド資本主義社会の米国ではアメリカンドリームを実現するために多くの人々が努力するが、頂点に辿り着く人は限られている。

 昨年11月3日に実施された米大統領選でも同じだった。トランプ前大統領は父親に言われたように「絶対に敗北を甘受するな」という言葉を忠実に守って、選挙の不正集計問題を取り上げて最後まで抵抗した。トランプ前大統領の父親は米国社会では敗者が如何に惨めかを体験していたのだろう。

 大統領選が終わると、ワシントンでは住民の入れ替わりが見られる。今回の場合、米共和党関係者はワシントンから引っ越しし、米民主党関係者がワシントンに移転してくる。勝者と敗者の入れ替わりだ。民主党と共和党は過去、大統領選毎、同じ風景を繰返してきた。ワシントンには長くて8年間、短ければ4年で住民の入れ替わりが行われる。

 米国の選挙システムは勝者と敗者をより鮮明にする。勝利すれば、その州に割り与えられた選挙人全てを獲得し、敗者は健闘しても全てを失う。勝者を愛し、敗者に冷たいシステムだ。そのシステムから毎回、新しい米大統領が生まれてくる。

 バイデン氏は「全ての米国民の大統領になる」と表明し、勝者だけではなく、敗者の大統領にもなるという。どの新大統領もよく語る言葉だ。しかし、その実現性はどうだろうか。米国社会自体が勝者と敗者を明確にする。選挙システムだけではなく、経済システムも勝者と敗者を分けていく。どの国でも程度の差こそあれ、同じかもしれないが、米国の場合、非情なまでその区別が鮮明なのだ。

 バイデン氏は20日、就任直後、トランプ前政権が決定していた世界保健機関(WHO)の脱退手続きを取り下げる大統領令に署名している。それだけではない。トランプ政権は2017年8月4日、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」を離脱し、18年5月8日には「イラン核合意」から離脱したが、バイデン氏はそれらの撤回を表明している。大統領が変われば、その度、多国間協定が変わるという異常状況が生まれている。

 冷戦時代、西側民主主義陣営と共産主義陣営に分裂し、レーガン米大統領(在職1981〜89年)はその分裂を「善と悪の戦い」と評した。そして冷戦は前者の勝利となった。ゴルバチョフソ連大統領(当時)は後日、「米国が勝利したことは間違いないが、その後、米国は敗者への配慮に欠き、傲慢になった」と批判したことを思い出す。米国には久しく勝者と敗者の間には深い溝があり、両者の融和は決して容易ではない。

 米国が戦争に巻き込まれない限り、米社会を結束させることは難しい。バイデン氏はカトリック信者だが、米教会もバイデン氏を支持する派と反対する派に分かれている。バイデン氏の足元の教会が分裂している時、米国社会の結束といわれてもその実現性は限りなく非現実的なわけだ。

 米国社会の「勝者・敗者の思考」を変える時を迎えている。具体的には、ウインウイン社会に変えることだ。勝者が敗者社会に埋没すれば、社会主義に落ち込み、社会の活力を失う危険が出てくる。しかし、ウインウイン社会では双方が発展し、成長できる。

 オーストラリアのメルボルン出身の哲学者、ピーター・シンガー氏は相手を助けることは最終的には自分を助けることにもなる、という効率的な「利他主義」(独Altruismus) を主張している。シンガー氏が主張する“効率的な利他主義者”は理性を通じて、「利他的であることが自身の幸福を増幅する」と知っている人々だ。相手のために生きることが自分のためになるという絶対的確信があるからだ。宇宙全ては利他的に運営されていることを理解し、人間社会の発展でもその宇宙原理を実践することで、勝者と敗者、豊かな人と貧しい人、幸福な人と不幸な人の分裂を乗り越えていくわけだ(「利口ならば、人は利他的になる」2015年8月9日参考)。

 その点、トランプ氏の米国ファーストは逆行していた。自国一国だけが幸せになるということは非現実的だ。中国発の新型コロナウイルスは大きなチャンスを与えている。全世界が同じ困難に直面し、苦しんでいるからだ、そのような状況はこれまでなかったことだ。同じ問題だから、相手側の事情が良く理解できる。その分、相互援助も実行しやすいわけだ。ウインウイン思考が定着できる環境が生まれてきているのだ。

 人間関係、国家間の関係もウインウインでない限り、その関係は長続きしない。例えば、米国の軍事的支援が米国と相手国の相互の利益とならない限り、関係は長続きしない。外交世界に精通しているバイデン氏には「ウインウイン外交」を推進してほしい。同時に、米国国民は「勝者・敗者の思考」から脱皮し、「ウインウイン思考」にグレート・リセットすべきだ。

バイデン米新大統領の「信仰の世界」

 米民主党のジョー・バイデン氏(78)が20日、第46代米国大統領に就任した。60年前、ジョン・F・ケネディ(1961〜63年)以来の2番目のカトリック信者の米大統領だ。バチカンでも新大統領の動向に大きな関心と期待を寄せている。

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▲訪米したフランシスコ教皇と握手するバイデン副大統領(当時)=2015年9月23日、ホワイトハウスで、ウィキぺディアから

 独週刊誌シュピーゲルは2019年10月12日号で当時米大統領候補者だったバイデン氏を「米国のヨブ」(Amerikanischer Hiob)と名付けて報じたことがある。ヨブは旧約聖書「ヨブ記」の主人公だ。信仰深いヨブはその土地の名士として栄えていた。神は悪魔に「見ろ、ヨブの信仰を」と自慢すると、悪魔は神に「当たり前ですよ、あなたがヨブを祝福し、恵みを与えたからです」と答えた。そこで神は「家族、家畜、財産を奪ったとしてもヨブの信仰は変わらない」というと、悪魔はヨブから一つ一つ神の祝福を奪っていった。紆余曲折はあったが、ヨブは最後まで信仰を守り、神から祝福を再び得るという話だ。

 独誌はバイデン氏の人生をそのヨブの話に投射して報じたわけだ。バイデン氏は29歳で上院議員に初当選した直後、妻と娘を交通事故で失い、2人の息子だけとなった。長男(ジョセフ・ロビネット・ボー・バイデン)は優秀でバイデン氏は自分の後継者と期待した矢先、脳腫瘍で2015年に亡くなった。残されたのは2番目の息子(ロバート・ハンター・バイデン)だけとなった。

 バイデン氏の人生は不幸が続く。オバマ前大統領の下、8年間、副大統領を務め、次期大統領に立候補する考えだったが、オバマ氏はバイデン氏ではなく、ヒラリー・クリントン女史を支援した。オバマ氏を友人と信頼してきたバイデン氏はショックを受けた、といった具合だ。そして米国のヨブ=バイデン氏は今回、78歳で米大統領に選出された(「人は『運命』に操られているのか」2019年10月20日参考)。

 バイデン氏は昨年11月7日、デラウェア州ウィルミントン市での勝利宣言の中で、「今は癒しの時だ。トランプ政権下で分裂した米社会の新しい出発をもたらしたい。米国民は素晴らしい。わが国の歴史で、国民が一体化すれば実現できなかったことはなかった」と指摘、国民に結束を呼び掛けた。

 そして勝利演説の終わりになって、「選挙戦、頭の中で教会の歌が常に蘇ってくるんだ。その歌は自分や家族にも、特に亡くなった息子ボーにとって大切な歌なんだ。その教会の歌は自分の、そして全ての米国人の信仰のエッセンスを歌っているのだ」という。

 その歌とは、“ On Eagle’s Wings”(鷲の翼に乗って)だ。カトリック神父だったマイケル・ジョンカス氏が1976年、聖書の詩編にインスピレーションを受けて書いたものだ。5年前、亡くなったボーの葬儀の時、当時副大統領だったバイデン氏は告別ミサで歌った。バイデン氏が人生の中で最も苦しかった時に出会った歌だ。

 汝は空高く鷲の翼の上に導かれ、夜明けの刹那に太陽の如く輝き、神の御手に抱かれる

 アイルランド移民の家族の中で育ったバイデン氏は後日、「自分の信仰はその時期、深まっていった」と告白している。「神は苦しい時、自分を守ってくれた」という確信だ。そして「新型コロナウイルスで20万人以上の国民が亡くなった。その家族、関係者もこの歌が同じように癒しをもたらしてくれることを願う」と述べて、勝利宣言の演説を終えている。

 バチカンニュースはケネディが初のカトリック信者の米大統領に選出された時のことを報じている。米国民には当時、「大統領はローマ教皇の命令に従わざるを得なくなるのではないか」といった懸念の声があった。米国とローマとの関係は現在のような正常な関係ではなかった。両国が完全な外交関係を樹立したのは1984年だ。ケネディは就任式に「神が愛する祖国を導くだろう。我々は神の加護と祝福を願うが、この地上では我々が神の業を実行しなければならない」と語っている。

 ケネディ時代とバイデン氏の時代では異なる。米国とバチカンの関係は問題ないが、米カトリック教会内でバイデン氏のカトリック信仰について様々な批判の声が聞こえる。「教会に定期的に通う実践信者のバイデン氏は同性婚に反対せず、中絶問題でも個人的には反対しているというが、連邦最高裁の判断に異議を唱えなかった」といった批判の声が教会内で囁かれているのだ。

 バチカンニュースは昨年11月8日、「ケネディは当時、米カトリック教会の全面的支持を得ていたが、バイデン氏の場合、米国社会と同様,米教会は二分化している」と報じている。実際、昨年11月の大統領選では、米カトリック信者の52%はバイデン氏に、48%はトランプ氏に投票したという結果が明らかになっている。

 ちなみに、米国のイエズス会系私立名門「フォーダム大学」の宗教文化センターのダビド・ギブソン所長は、「米国の信者は中絶問題や同性愛問題では教会のドグマと自身の信念の間に溝が広がっている。バイデン氏は教会の多数の信者の側に立っている」と説明する。

 米国の建国神話を思い出す。彼らは神の名で国を建国するという明確な理想をもち、全ての人の命を守り、信仰の自由を保障する国の建設に取り組んできた。米国は今日、世界最強国家となり、世界最大の富を誇っている。その米国で貧富の格差が広がり、肌の色が違うということだけで人種差別が行われている。そして大統領選を通じてバイデン氏の足元、米国カトリック教会でも同じように二分化が進んでいる。

 バイデン氏は、「祖父を訪ねると、彼はいつも自分に『信仰を守れ』といった。しかし祖母は『そうではない。信仰を広めよ、広めるんだよ』と自分に語った」というエピソードを明らかにしている(バチカンニュース1月18日)。

 新大統領を取り巻く世界情勢は多くの難問に覆われている。新型コロナ感染への対策、イラン、北朝鮮の核問題、地球温暖化対策、中国の覇権主義への対応などが控えている。それらの課題は深刻であり、早急な対応が求められている。人生で厳しかった時、「鷲の翼に乗って」に励まされてきた78歳の新大統領はそれらの難問に挑戦する。公平で正しい判断が下せるように、祈ろう。
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