ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

フランス

マクロン氏の3日間のドイツ国賓訪問

 フランスのマクロン大統領は26日から3日間の日程でドイツを公式訪問した。国賓としては2000年のシラク大統領以来24年ぶりのドイツ訪問となった。ウクライナ戦争が勃発して以来、独仏間にはウクライナ支援で政策や方向性の違いが浮き彫りとなったり、首脳間のコミュニケーションがスムーズにいかない場面が目立っていた。それだけに、マクロン大統領のドイツ訪問で両国間の意見調整、リセットが進められるものと期待された。その狙いは成功しただろうか。

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▲ドイツを国賓訪問したマクロン大統領(左)と歓迎するシュタインマイヤー大統領(2024年5月26日、ドイツ連邦大統領府公式サイトから)

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▲マクロン大統領のドレスデンでの演説(2024年5月27日、ドイツ連邦大統領府公式サイトから)

 初日の26日はベルリンでシュタインマイヤー大統領との首脳会談が行われた。その後の記者会見で、シュタインマイヤー大統領はフランスからのゲストを歓迎し、「独仏両国の団結」と強調し、マクロン大統領は「独仏友好の重要性」を改めて指摘した。

 マクロン氏はフランスとドイツ間で不協和音があるという報道について、「それは事実ではない。私たちは前進している」と述べ、シュタインマイヤー大統領は、「独仏協力は一部のコメントで批判されるような状況だとは思わない。両国が常に同じ意見を持つ必要はない。我々は二つの異なる国であり、異なる利益を持つこともある」と述べ、共同防衛プロジェクトなどの最近の進展に言及した。マクロン氏はまた、「当然、我々は同じではなく、常に同じことを考えるわけではないが、ヨーロッパの進展は共に前進し、共に決定を下すことによってのみ達成される」と説明している(「独仏の間に隙間風が吹く」2024年3月18日参考)。

 会談では欧州の現状、ウクライナ支援、極右ポピュリズムへの対応などで意見の交換が行われた。マクロン大統領は国内で支持率30%を獲得してきた右翼政党「国民連合」に言及し、「国民が民族主義、極右運動に魅力を感じてきている」と警告を発し、「欧州が消滅する危険性が出てきた」と述べている。シュタインマイヤー大統領は「ドイツ人とフランス人は特に、自由、平和、民主主義が天から降ってくるものではなく、闘い、交渉し、防衛し、強化されるべきものであることを知っている」と語った。

 2日目の27日はマクロン大統領は東独のドレスデンを訪問し、ドレスデンのフラウエン教会前で挙行されたヨーロッパ青年祭でスピーチした。同大統領はヨーロッパの重要性を強調し、ヨーロッパの積極的な関与を呼びかけ、「我々が誤った決断をすれば、我々のヨーロッパは滅びるかもしれない。それを防がねばならない」と語り、「ヨーロッパの歴史は民主主義の歴史だが、現在、民主主義、平和、そして繁栄が危機に瀕している」と述べた。

 ドレスデンでの演説はマクロン氏のドイツ訪問のハイライトだ。マクロン大統領は「ヨーロッパは現在、3つの大きな課題に直面している。『平和』、『繁栄』、『民主主義』の課題だ」というのだ。

 .茵璽蹈奪僂歪垢ご屐∧刃造諒歉攷佑任△辰燭、ロシアのウクライナ侵攻以来、ヨーロッパには再び戦争が起きている。ロシアは大陸全体を攻撃している。ヨーロッパ人は共同防衛と安全保障の構造を築くべきだ。その際、ナショナリズムに陥ることなく、ヨーロッパ人として断固として行動すべきだ。ヨーロッパは独自の技術、軍事技術、イノベーションを構築する必要がある。
 
 ▲茵璽蹈奪僂枠鳳鼻∪長の夢の場であり、また寛大な社会制度の場だが、ヨーロッパは現在自らの成長を達成できない危険に直面している。人口動態も課題だ。新しい成長モデルを構築する必要がある。それは成長と気候保護の間で選択しなければならないということではない。我々は欧州の予算を倍増させるべきだ。投資市場への資金調達だ。

 8什澆量閏膽腟舛蓮独裁的な傾向が強まってきている。我々は目を覚まさねばならない。ヨーロッパと民主主義への取り組みを強めるべきだ。我々はこれらの課題を共に克服することができる。ドイツはフランスを頼りにできる。フランスはドイツを頼りにしている。ヨーロッパは我々を頼りにできる。我々はヨーロッパを頼りにしている。

 最終日の28日午前、マクロン大統領はミュンスターでヨーロッパへの貢献が評価され、ウェストファリア国際平和賞を受賞した。同日午後からは訪問最後の行事として、ベルリン近郊のメーゼベルク城でショルツ独政府関係者と会合し、今後の政治課題について意見の交換を行う。なお、フランスとドイツ両国政府はロシアに対抗するためにウクライナへの軍事支援を継続する必要性があること、欧州理事会の全会一致原則を破棄し、一部の決定には27カ国の政府のうち3分の2の加盟国の賛成で十分とするなど、EU理事会の刷新の必要性などで既に合意しているという。

 ドイツのメディア報道を見る限り、マクロン大統領のドイツ訪問は一般的に好意的に受け取られている。若く、ビジョンに溢れるマクロン大統領の演説を聞いていたドイツのジャーナリストは「オバマ米大統領のような雰囲気がある」と報じていた。派手なパフォーマンスからはほど遠いショルツ首相の地味で実務的な演説を聞き慣れてきたドイツ国民にとって、マクロン氏の演説は刺激的であり、表現力も豊かであることは間違いない。ただし、マクロン氏は教会の説教者ではないから、マクロン氏の政治指導者としての評価はやはりその政策の実行力で決まると言わざるを得ない。

習近平主席の5年ぶりの訪欧の狙いは

 中国の習近平国家主席のフランス、セルビア、ハンガリー3カ国の欧州歴訪は‘中国離れ’が見え出してきた欧州の流れに何らかのインパクトを与えただろうか。習近平主席の5年ぶりの欧州3カ国訪問の成果とその狙いについて駆け足で振り返った。

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▲習近平国家主席夫妻を南仏オートピレネー県のツールマレー峠に招き、羊飼いの踊りを楽しむマクロン大統領夫妻(2024年5月7日、フランス大統領府公式サイトから)


 習近平氏の2019年以来の欧州訪問のハイライトはフランス訪問(5日〜7日)だ。習近平主席はマクロン大統領との首脳会談、それに欧州連合(EU)の欧州委員会のフォンデアライエン委員長を交えた3者会談、その前にはフランス企業指導者との経済懇談会などをこなしている。

 マクロン大統領は昨年4月5日から7日までの日程で北京を公式訪問し、習近平主席と会談し、その後、習近平主席が自ら広州など中国内を案内するなど、異例の厚遇を受けている。習近平主席の今回のフランス訪問(国賓)はその返礼訪問だ。

 マクロン大統領は訪中前、フランスのメディアとのインタビューで、「欧州は台湾問題で米国の追随者であってはならない。最悪は、欧州が米国の政策に従い、中国に対し過剰に対応しなければならないことだ」と指摘、米中両国への等距離外交を強調した。マクロン大統領の発言が報じられると、米国やドイツなど欧米諸国から「西側の対中政策の歩調を崩す」といった批判が高まったことはまだ記憶に新しい(「『パンの誘惑』対『共通の価値観』」2023年4月12日参考)。

 仏大統領府筋によると、マクロン大統領は習近平主席との会談では両国間の経済関係の強化のほか、ウクライナ問題など国際問題についても意見の交換をした。1年前のマクロン氏の訪中では、50社以上の同国代表企業が随伴し、仏航空機大手エアバスは中国航空器材集団から160機を受注、仏電力公社EDFと中国国有の国家能源投資集団は海上風力発電の分野で合意するなど、大口の商談が次々とまとまった。習近平主席は今回、経済界との会談で、原発や航空機事業分野で共同プロジェクトの他、仏産チーズ、ハム、ワインなどの輸入拡大に意欲を示した。同時に、米国を念頭に、「経済・貿易の政治問題化に反対する」と強調したという。

 注目すべき点は、マクロン大統領は前回の訪中で欧米から批判を受けたことを踏まえ、今回は習近平氏との首脳会談だけではなく、EUのフォンデアライエン委員長を招いて3者会談を開いたことだ。

 予想されたことだが、同委員長は中国側の経済政策を厳しく批判した。曰く、〇埔譽▲セスの不均衡:EU企業が中国市場にアクセスする際には、しばしば制限や障壁に直面する一方、中国企業はEU市場へのアクセスに比較的容易になっている。これはEU側の不満の源泉だ、∧篏金と競争の歪み:中国政府は、多くの産業に補助金を提供し、これが国内市場での競争を歪め、EU企業との競争にも影響が出ていること、EUと中国の間で貿易不均衡が存在。EUは巨額の貿易赤字を抱えている等々、対中国貿易での問題点を突っ込んで説明した。

 マクロン大統領はEU委員長にEUの立場を説明させる一方、自身は仲介者の立場を取り、中国との経済関係を深めていくという高等戦術を展開させている。そして訪中時の返礼として、マクロン大統領は自身のゆかりの地、南仏オートピレネー県のツールマネー峠に習近平主席夫妻を招くなど、習近平主席との関係強化に関心を注いでいる。

 参考までに、マクロン大統領は7日、Xで「習近平国家主席、広東で私を歓迎してくださったのと同じように、私にとってとても大切なオートピレネーのツールマレー峠で皆様をお迎えできることをとても嬉しく思います」と発信している。

 その後、習近平主席はセルビアを訪問し、アレクサンダル・ヴチッチ大統領と首脳会談をした(ヴチッチ大統領は2022年2月、訪中し、習近平主席と会談した)。今年は北大西洋条約機構(NATO)がセルビアの首都ベオグラードにある中国大使館を間違って空爆した事件から25年目を迎える。中国側は米国への批判を込めて、セルビアとの協調関係を演出したわけだ。

 セルビアは伝統的に親ロシア派だが、2014年以来、EUの加盟候補国だ。中国側にとってバルカンの盟主セルビアはギリシャのピレウス湾岸から欧州市場を結ぶ中継地として重要な位置にある。セルビアには多数の中国企業が進出している。ハンガリー・セルビア鉄道、ノビサド・ルマ高速道路の建設をはじめ、2016年には中国鉄鋼大手の河北鉄鋼集団が、セルビア・スメデレボの鉄鋼プラントを買収した。2018年8月末にはベオグラード南東部にある欧州最大の銅生産地ボルの「RTBボル」銅鉱山会社の株63%を12億6000万ドルで中国資源大手の紫金鉱業が落札している。

 中国企業の進出は歓迎されるが、「債務の罠」(debt trap)に陥るケースも出てくる。セルビアの隣国モンテネグロ政府は、アドリア海沿岸部の港湾都市バールと隣国セルビアの首都ベオグラードを高速道路で結ぶ計画を推進するために多額の融資を中国政府から受けたために借款返済に苦しんでいる。セルビアでも対中借款が増え、国の全借款4分の1は対中借款だという(「バルカン盟主セルビアの『中国の夢』」2022年12月19日参考)。

 習近平主席の最後の訪問国はハンガリーだ。習近平主席は8日夜、ハンガリー入りし、9日、オルバン首相と首脳会談をした。その後の記者会見で、習近平主席は「中国とハンガリー両国の関係は最良の時を迎えている」と指摘、両国関係を包括的戦略パートナーに引き上げたことを明らかにした。イタリアが離脱した巨大経済圏構想「一帯一路」にハンガリーは依然深く関与し、中国との関係を深めている。ハンガリーのメディアによると、両国は電気自動車(EV)や鉄道、原発分野などの協力事業で合意したという(「ハンガリーの中国傾斜は危険水域に」2020年4月30日参考)。

 なお、ハンガリーは今年下半期のEU議長国だ。EU、NATO加盟国でありながら、ロシアとの関係も維持するオルバン首相のハンガリーは中国にとって欧州市場の絶好の窓口となっている。

 中国国営通信新華社によると、習近平主席は「中国と欧州双方はパートナーとしての位置付けを堅持し、対話と協力を続け、戦略的意思疎通を深め、戦略的相互信頼を増進し、戦略的共通認識を凝集し、戦略的協力を行い、中欧関係が安定かつ健全に発展するよう推進し、世界の平和と発展に新たな貢献を続けていくべきである」と述べている。5年ぶりの習近平主席の欧州訪問はその布石であり、フランス、セルビア、ハンガリーの欧州3カ国はその目的を実現するための駒というわけだろうか。

マクロン氏「核抑止力の議論」を提案

 フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、27日掲載されたメディアグループ「エブラ」とのインタビューの中で、欧州共通の防衛における核兵器の役割(核の抑止論)について議論を呼び掛けた。ロシア軍のウクライナ侵攻という事態が生じなかったならば、マクロン大統領とはいえ、公の場では提案できるテーマではなかっただろうが、ウクライナ戦争によって欧州の安保情勢は急変した。それを受けて、核兵器の役割について堂々と語ることができるようになったわけだ。

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▲「欧州の核抑止力」議論を呼び掛けたマクロン大統領(フランス大統領府公式サイトから)

 ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」の無用論を主張したが、マクロン大統領は今、「核兵器有用論」を展開しているのだ。冷戦時代終了直後のパウエル氏とは違い、第2の冷戦時代に突入したといわれる今日、核兵器の価値は再認識されてきたわけだ。

 マクロン大統領はインタビューで、「ミサイル防衛、長距離ミサイル能力、そして米国の核兵器を保有する人々、あるいは国内に核兵器を保有する人々らと共に討論会を開きたい。全てをテーブルの上に置いて、私たちを本当に確実に守ってくれるものは何かを考えてみたい。フランスは欧州の防衛のために更に貢献する用意がある」と表明している。

 欧州での独自の核の抑止論を主張しているのはマクロン大統領一人ではない。第60回ミュンヘン安全保障会議(MSC)の開催(2月16日〜18日)に先駆け、ドイツのジグマ―ル・ガブリエル元外相は独週刊誌シュテルンに寄稿し、「欧州には信頼できる核の抑止力が不可欠だ」と語っている。同氏は、「このテーマを考えなければならない時が来るとは思ってもいなかったが、欧州の抑止力を高めるためには欧州連合(EU)における核能力の拡大が必要な時を迎えている。米国の保護はもうすぐ終わりを告げる。欧州の安全の代案について今すぐ議論を始めなければならない。私たちがこの質問に答えなければ、他の国が答えてしまうだろう」と指摘し、欧州の自主的な核抑止力の強化を強調している。

 同氏は「欧州の安全保障を強化するにはドイツとフランス、理想的にはイギリスと協力した大規模な戦略的攻撃力を構築することだ。例えば、トランプ氏が再びホワイトハウスの住人となった場合、米政権がウクライナへの支援を拒否した時、欧州はどのようにしてウクライナを支援するかについて明確にする必要がある。ドイツを含め、欧州はそのような脅威についてまだ真剣に認識していないのではないかと懸念する」と述べている。ガブリエル氏の論調はマクロン大統領とほぼ同じだが、マクロン氏の場合、欧州の防衛はあくまでもフランス主導、といったニュアンスが払拭できない。

 欧州では英国のEU離脱(ブレグジット)以来、フランスが唯一、核保有国だ。もちろん、北大西洋条約機構(NATO)加盟国には 米国の核兵器がイタリア、ベルギー、オランダ、ドイツのラインラント・プファルツ州のビューヒェルに保管されている。すなわち、欧州は米国の核の傘下にあるわけだ。

 ところで、マクロン大統領は今月25日、パリのソルボンヌ大学での講演の中で欧州防衛の強化を訴えたばかりだ。同大統領は大統領選出直後の2017年9月にもソルボンヌ大学で共通の防衛軍を持つ自立したEU像を描いている。2回目のソルボンヌ大学での演説はその意味で同じ路線だが、トーンは異なっていた。オーストリア国営放送(ORF)のプリモシュ・パリ特派員は「マクロン氏の7年前の演説は決して楽観的ではないにしても、まだ情熱的で明るさがあったが、2回目のソルボンヌ大学での演説では、悲観的なトーンがあった」と解説していた。

 実際、マクロン大統領は演説の最後に、「現代の世界で楽観的になることは難しい。ヨーロッパ人は将来の危険な進展を予測し、対処するために、明確な思考が重要だ」と述べている。7年前のようなエネルギッシュな情熱は失われ、説教者のような雰囲気がある。

 マクロン氏が2017年に要求した共同防衛政策は、ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、EUの最優先課題の一つとなってきた。同氏は「民主主義秩序の敵に対して、自分自身を主張できる唯一のチャンスは、共通の防衛を更に発展させることだ」と信じている。しかし同時に、右派ポピュリストが台頭し、主権国家を強調し、欧州の舵取りを奪おうとしている。マクロン氏は「ヨーロッパの夢が破れる可能性がでてきている。ヨーロッパは死ぬかもしれない」と警告を発している。

 ウクライナ戦争ではNATOの地上軍のウクライナ派遣を提案し、武器問題でも米国製の武器ではなく、メイド・イン・ヨーロッパの武器が必要であり、そのために生産拠点を確立していかなければならない。すなわち、欧州の防衛産業の構築だ。ロシアとの直接な軍事衝突を恐れるドイツは「マクロン氏の提案はウクライナ戦争をエスカレートさせる危険な提案」と受け取っている。

 ウクライナ支援問題でもEU27カ国は結束していない。ハンガリーやスロバキアは武器供与には反対だ。そのような現状で、欧州軍、地上軍の派遣、欧州独自の核抑止力といった論議はEU内の分裂を更に加速させる危険性が出てくるが、マクロン氏の欧州防衛論、核の抑止力強化は欧州が生き延びていくために避けて通れないテーマとなってきた。

「生きる権利」と「女性の自己決定権」

 欧米諸国で中絶の是非論が活発化してきた。中絶論争に火を付けたのはフランスだ。国際女性デーの3月8日、フランスは女性が自由意志に基づいて人工妊娠中絶を決める権利があることを憲法の中に明記することになった。女性の中絶の権利を憲法の中に記述するのは世界で初めてのことだ。

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▲当方宅のベランダで花咲かすぺラルゴ二ウム(2024年4月13日、ウィーンで撮影)

 マクロン大統領はイスラム教の教祖ムハンマドを「冒涜する権利」があると豪語し、世界のイスラム教国からブーイングが飛び出したことはまだ記憶に新しい。そのマクロン大統領が今度は「女性には中絶する権利がある」と主張しているわけだ。同大統領は女性の中絶の権利を欧州連合(EU)の憲法に当たる「基本権憲章」に明記することを目指している。同大統領は2022年1月、フランスEU理事会議長就任の冒頭で、中絶へのアクセスを憲章に明記する意向を発表して話題を呼んだ。

 ちなみに、EU議会は8日、女性の中絶の権利を欧州基本権憲章に明記することに賛成の立場を表明した。具体的には、女性の中絶の権利を明記した決議案に対して、賛成336人、反対163人、棄権39人だった。同決議案では、欧州議会はEU加盟国に対し、身体的自己決定の権利と、安全で合法な中絶を含む性と生殖に関する健康への自由、十分な情報に基づいた完全かつ普遍的なアクセス等を基本的権利憲章に盛り込むよう求めている。

 この提案は、社会民主党、自由党、緑の党、左翼の議員のほか、欧州人民党(EPP)の保守系キリスト教民主派に所属するスウェーデン国会議員の一部によって提案された。キリスト教民主党EPPの議員43人は中絶に対する基本的権利に賛成票を投じた。70人が反対、11人が棄権した。

 一方、ローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁は欧州基本権憲章に中絶の権利を盛り込むべきというEU議会の決定を「イデオロギー的」で「後ろ向きな決定だ」と批判している。

 教皇庁生命アカデミー会長のヴィンチェンツォ・パリア大司教 (Vincenzo Paglia)は「文化的、社会的観点から見ると、この決定が胎児の権利を考慮していないことは非常に憂慮すべきことだ。胎児はより弱く、話すことができず、何も要求することができない。胎児と女性の両方の当事者の中で、一方の当事者のみに権利を要求するのは間違った決定だ。中絶の権利は女性に必要な支援を損なうことにもなる。欧州議会の決定は女性の権利の前進ではなく後退を意味する」と述べている。

 中絶問題における重要な問題は「生命の定義」だ。何の権利によって命を除外したり、排除したりできるかという点だ。生まれてくる人の権利を完全に無視して、他の人の権利を優先することは、明らかに文化の後退であるという主張はキリスト教関係者に多く聞かれる。

 教皇庁生命アカデミーのバーリア大司教は「私たちは生まれてくる命に対する共同責任を再発見しなければならない。マザー・テレサは妊婦たちに『子供たちを産んでください、私が面倒を見ます』と言っていた。非常に多くの女性が、おそらく経済的、心理的、あるいは別の種類の問題を抱え、孤独で誰にも助けが得られないために中絶をしている。『私』を美化し続ける文化ではなく、『私たち』の文化を目指さなければならない。この『私たち』は人間性、連帯、友愛の本質であり、したがって正義でもある」と述べている。傾聴に値する見解だ。

 ドイツでは12週間以内の中絶は違法であるが罰せられない。「生きる権利」と「女性の自己決定権」の賢明なバランスといわれている。ちなみに、米西部アリゾナ州最高裁は今月9日、1864年に制定された人工妊娠中絶を禁止する法の施行を認める判断を下している。同法では、母体の健康に危険がある場合以外は中絶が禁止されている。

 なお、欧州諸国の大半で中絶は合法化されているが、一部のEU加盟国は中絶を制限している。カトリック教徒が多い東欧ポーランドでは、強姦などによる妊娠や母体の健康に危険が及ぶ場合などを除き中絶を法律で禁止してきた。ポーランドの憲法裁判所は2020年10月22日、胎児に障害があった場合の人工妊娠中絶を違憲とする判決を下した。同決定に反対する女性や人権擁護グループが抗議デモを行った。

 ポーランドで昨年10月総選挙が実施され、同年12月、保守政党「法と正義」(PiS)からリベラルな市民連合のドナルド・トゥスク氏を主導する新政権が発足した。新政権は選挙公約で現行の中絶厳禁法の改正を表明してきた(リベラルな「市民連立」、中道右派「第3の道」、「新左派」の3政党から構成されたトゥスク政権内で中絶法改正問題でまだコンセンサスがない)。同国ではローマ・カトリック教会の影響が強く、中絶問題でも厳しい制限を施行してきたが、教会への影響が近年減少し、聖職者の性犯罪問題の影響もあって教会の権威は失墜している。

独仏の間に隙間風が吹く

 人と人の関係はスムーズにいく時とそうではなく刺々しくなることがある。同じように、国と国との関係でも良好な時もあれば、対立する状況も出てくる。欧州の代表国フランスとドイツの関係もそうだ。ミッテラン大統領とコール首相が政権を担当していた時代、両国の関係は良好だった。しかし、独仏関係がここにきてウクライナ戦争での対応で意見の相違が表面化し、両国間で刺々しい雰囲気すら出てきたのだ。

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▲独仏ポーランド3国のワイマール・トライアングル首脳会談(中央・ポーランドのトゥスク首相)ベルリン、2024年03月15日、ドイツ連邦政府公式サイトから

 華やかな国際会議を主催することを好み、大胆な政策を表明するマクロン大統領に対し、派手なパフォーマンスは少ないが、着実に政策を推進するタイプのショルツ首相とはその言動が好対照だ。英国がまだ欧州連合(EU)の一員であった時、フランスとドイツの関係に大きな波紋は立たなかったし、問題があれば英国が両国の間で仲介的な役割を果たせた。しかし、英国のEU離脱(ブレグジット)後、フランスとドイツ両国は迅速に決断を下せるメリットもあるが、両国が対立する状況では英国のような調停役がいないため、関係の険悪化に歯止めがつかなくなるといった状況に陥る。

 マクロン大統領がパリで開催されたウクライナ支援国際会議で演説し、北大西洋条約機構(NATO)の地上軍をウクライナに派遣する提案をした時、ショルツ首相は表情を曇らせ、「そのようなことは出来ない。戦闘をエスカレートさせるだけだ」と一蹴した。米国からの独立を模索するマクロン大統領はこれまでも欧州軍の創設を提案してきた。マクロン氏は、「フランスは地上軍をウクライナに派遣する用意がある」と指摘し、「ロシア側に戦略的曖昧さを与える」と説明する。 

 ロシア軍とNATO軍の衝突でウクライナ戦争が欧州全域に拡大することを懸念するショルツ首相にとってマクロン氏の提案は危険過ぎる。それ以上に、マクロン大統領がショルツ首相とそのテーマで事前協議することなく、国際会合の場で地上軍の派遣の用意があると公表したことに、ドイツ側は不快を感じているのだろう。

 一方、フランス側に不快感を与えたのは、ショルツ首相が、イギリスとフランスの両国軍関係者がウクライナで自国の巡航ミサイル「ストームシャドウ」と「スカルプ」の使用に関与していることを公に語ったことだ。この種の軍事情報はコンフィデンシャルだが、それを公の場で語ったショルツ首相に対し、マクロン大統領は「外交上の慣例を破る」として不快感を露わにした、といった具合だ。

 マクロン大統領はウクライナ支援の重要性を強調し、ウクライナ問題では先駆的な役割を果たしているといった思いが強いが、欧州諸国のウクライナ支援ではドイツが米国に次いで2番目の支援国だ。実質的な欧州最大の支援国はドイツだ。実際より大げさに語るマクロン大統領に対して、ドイツ側はイライラしているといわれる。

 インスブルック大学のロシア問題専門家マンゴット教授は15日、ドイツ民間ニュース専門局ntvでのインタビューの中で、「マクロン大統領は大口をたたくが、実際の行動は僅かだ」と指摘し、「フランスとドイツ両国間の歴史的に強固な枢軸は益々重要性を失いつつある。パリとベルリンの間の対立はその明らかな証拠だ」と説明する。

 例えば、マクロン氏はウクライナ支援では「無制限な支援」を強調する一方、ショルツ首相は「レッドラインを維持しながら可能な限りの支援」を主張してきた。地上軍のウクライナ派遣問題についても、マクロン大統領は「戦略的曖昧さ」政策を強調するが、NATOは既にロシアとの全面的戦争はしないと表明済みだから、今更戦略的曖昧さと言っても意味がないというわけだ。

 ドイツがウクライナの要請にもかかわらず、巡航ミサイルタウルスの供与を拒否していることに、マクロン大統領は批判的だ。一方、フランス側のドイツの軍事供与への批判に対し、ドイツ側は「フランスの納入量はドイツよりはるかに少ない」と反論してきた。

 ウクライナ支援問題で意見を調整するために15日、ベルリンでドイツ、フランス、そしてポーランド3国のワイマール・トライアングルの首脳会談が開催された。それに先立ち、ショルツ首相はマクロン大統領と2時間余り首相官邸で会談している。ベルリンとパリの間で議論すべき多くの議題があったからだ。

 参考までに、フランスとドイツの両政府は、ショルツ首相とマクロン大統領の間に亀裂があることを否定している。ちなみに、フランスのセジュルネ外相は3月初め、「仏独間に対立はなく、問題の80%で合意している」とメディアに語っている。一方、ショルツ首相は13日、連邦議会で野党「キリスト教民主同盟」の議員から「マクロン大統領との関係」を問われ、「フランスとの意見の対立はない」と否定している。

 興味深い点は、仏紙フィガロの分析によると、ロシア軍のウクライナ侵攻直後、マクロン大統領は、「ロシアに余り屈辱を与えるべきではない」と、プーチン大統領に融和的な姿勢を取っていたが、ここにきて、「ヨーロッパとフランス人の安全がウクライナで危機に瀕している。もしロシアが勝てば、フランス国民の生活は変わり、ヨーロッパの信頼性はゼロになる」と警告し、ロシアに対して強硬姿勢を取ってきていることだ。その点、ショルツ首相のロシア観はロシア軍のウクライナ侵攻から今日まで変わらない。ロシアとの軍事衝突を回避するということだ。

 このようにウクライナ政策でマクロン大統領とショルツ首相との間で政策の相違が見られ出した。その違いが決定的な亀裂となるか、それとも外交上のニュアンスの相違に留まるか、ここ暫くは両国のウクライナ支援の動向を注視する必要があるだろう。

ルペン女史とワイデル党首のパリ会合

 2024年は「スーパー選挙イヤー」だ。政治家の動きが活発化している。欧州では6月、欧州議会選挙が実施されることもあって、国を超えた政党間の話し合いも水面下で行われている。その一つ、フランスの右翼ポピュリスト政党「国民連合」( Rassemblement National=RN)のマリーヌ・ルペン女史(国民議会議員会長)とドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)のアリス・ワイデル共同党首が2月初め、パリで会合している。

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▲バルデラRN党首とルペン女史(2024年3月3日開催のマルセイユ大会のポスター、RN公式サイトから)

 欧州の代表的右翼過激派政党の代表、それも女性同士の会合ということでさぞかし華やかな雰囲気の中で話し合われただろうと想像するが、実際はかなり突っ込んだ話し合いが持たれたという。それだけではない。 欧州の政界では先輩格のルペン氏(55)はワイデル党首(45)に宿題を出し、ワイデル党首は近日中にその返答を書簡で送ると約束したというのだ。

 ルベン女史が出した宿題は「AfDが考えている移民について説明してほしい」、もう少し具体的にいうと、「Remigration」(再移民、集団国外追放)の概念について」というものだった。ルペン氏はワイデル党首に、「納得できなければ、欧州議会での会派としての連携を停止する」と脅迫したというのだ。ベルリンに戻ったワイデル党首はAfDの移民についての政策を説明した書簡を早速パリに送った。

 フランスは欧州最大のイスラム・コミュニティがある。欧州一の移民国家だ。だから、ルペン氏が隣国のAfDが移民政策をどのように捉えているかを理解しておく必要があったわけだ。特に、昨年11月のポツダムでの右派政党関係者の会合内容がメディアに報道されて以来、ルペン氏はAfDに距離を置き出していた矢先だった。

 このコラム欄で数回、ポツダム会合については報じてきた。ブランデンブルク州の州都ポツダム市(人口約18万人)で昨年11月25日、AfDの政治家や欧州の極右活動家のほか、「キリスト教民主同盟」(CDU)や保守的な「価値同盟」の関係者が参加し、オーストリアの最大極右組織「イデンティテーレ運動」(IBO)の元代表マーテイン・セルナー氏がその会合で、北アフリカに最大200万人を収容する「モデル国家」を構築し、難民を収容するという考えを提示したという。その際、Remigrationという言葉を使用したというのだ。第2次世界大戦の初めに、ナチスはヨーロッパのユダヤ人400万人をアフリカ東海岸の島に移送するという「マダガスカル計画」を検討したことがあったが、セルナー氏の「モデル国家」はそれを想起させるものがあった。

 調査報道プラットフォーム「コレクティブ」の報道によると、AfDの政治家、右翼保守団体「価値観同盟」のメンバー、右翼過激派や起業家らが2023年11月にホテルに集まり、そこで「外国人、移民の背景を持つドイツ人、そして難民を支援する全ての人たちを強制移住するマスター計画」などについて議論していたことが明らかになり、ドイツ国民や政界に大きな衝撃を投じた。その直後、ルペン氏は「AfDとは距離を置く」と述べていた。

 ワイデル氏はルペン氏に宛てた書簡の中で、AfDが「移民」という用語を使用したことを正当化し、「この言葉は単にドイツの既存法の適用を意味する」と主張。ポツダムでの会合については「AfDを弱体化させることを目的としたメディアの嘘と操作だ」と反論している。そして「国民の支持を失った不人気なショルツ主導政権は実質的な問題をカムフラージュするためにポツダム会合の内容を捏造してAfD批判をメディアに流している」というのだ。

 この説明でルペン氏が納得したか否かは不明だ。ルペン氏は中道派と調和し、右翼過激派の一角から抜け出すために努力してきた。2011年に党指導部に就任したとき、ルペン氏の最初の関心事は、当時まだ国民戦線と呼ばれていた党のイメージ改善だった。彼女は反ユダヤ主義的な発言をした党員を追放している。その中には彼女自身の父親、ジャン=マリー・ルペンも含まれていた。

 その後、ルペン氏は選挙で成功してきたが、その政治信条は大きくは変わらない。フランス・ファーストであり、国家、フランスの主権を強調し、大国を誇示、欧州連合(EU)とドイツを批判。外国人嫌悪が強く、イスラム教徒に対しては批判的だ。

 一方、AfDで思想的に影響力のある人物の1人、チューリンゲン州議長のビョルン・ヘッケ氏は国家社会主義の言葉を彷彿とさせるレトリックを常用し、国家社会主義に基づく専制政治を公然と主張している。ドイツの基本法は「ドイツ国籍を有する者はすべてドイツ人」と明記しているが、ヘッケ氏はそれを認めていない。単なる外国人排斥政策だけではない。反憲法、反民主主義、反ユダヤ主義的な世界観を標榜している。AfDは思想的にRNより過激であることは間違いないだろう。独連邦憲法擁護庁(BfV)がAfDを監視対象としているのも根拠がある。

 いずれにしても、RNは近い将来、中道右派としてその過激な言動を抑えていけば、AfDとの連携は遅かれ早かれ難しくなることが予想される。

「パンの誘惑」対「共通の価値観」

 欧州の盟主ドイツのショルツ首相が昨年11月、中国を公式訪問し、習近平国家主席と会談した。北京滞在11時間余りの訪問だが、ドイツ国内ばかりか、欧米諸国では「ショルツ首相の訪中タイミングは良くない」と批判的な声が聞かれた。習近平主席が中国共産党第20回党大会で3期目の任期を獲得、習近平独裁体制が始まった直後という時期に、ドイツの首相が北京を訪問し、習主席と昼食を共にすることで、習近平独裁体制に祝福を与えたのではないか、といった懸念が出てきたからだ。

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▲習近平主席、フランスのマクロン大統領と広州で非公式会談(2023年4月7日、中国政府公式サイトから)

 一方、ショルツ首相の盟友、フランスのマクロン大統領は4月5日から7日までの日程で北京を公式訪問し、習近平主席と会談し、その後も主席が伴って広州など中国内を案内するなど、異例の厚遇を受けた。問題は、同大統領がフランスの新聞レゼコーとオンラインマガジン「ポリティコ」(9日掲載)とのインタビューで、「欧州は台湾問題で米国の追随者であってはならない。最悪は、欧州が米国の政策に従い、中国に対し過剰に対応しなければならないことだ」と指摘、米中両国への等距離外交を主張している。マクロン大統領の発言が明らかになると、米国を始め、ドイツなどでマクロン大統領を批判する声が高まった。

 ショルツ首相の場合、11時間余りの中国滞在だったが、マクロン大統領の場合、3日間と長期滞在となった。訪中の場合、ゲストがどれだけ滞在するかでその待遇ぶりがある意味で推測できる。戦略的に重要な欧米ゲストを迎えた時、中国側はゲストに十分な滞在を要求するのがこれまでの慣例だ。69歳の習主席が直々にゲストを案内するという場合、ゲスト側は中国側に明確な目的があると事前に考えるべきだが、若いマクロン大統領はその余裕がなかったのだろう。習近平主席と会談したマクロン氏は、「欧州は米国の従属国になる危険性がある。目覚めなければならない」と語っているのだ。欧米間の結束に亀裂を入れたい中国側にとって勇気づけられる発言となったことは間違いない。

 ドイツ連邦統計局が2021年2月22日に発表したデータによると、新型コロナウイルス感染症の影響を受けながらも、2020年の中国とドイツの2国間貿易額は前年比3%増の約2121億ユーロに達し、中国は5年連続でドイツにとって最も重要な貿易パートナーとなった。例えば、ドイツの主要産業、自動車製造業ではドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売している。

 一方、マクロン大統領の訪中では今回、50社以上の同国代表企業が随伴し、フランス側の発表によると、仏航空機大手エアバスは中国航空器材集団から160機を受注、仏電力公社EDFと中国国有の国家能源投資集団は海上風力発電の分野で合意するなど、大口の商談が次々とまとまった。年金年齢の引き上げに怒った労働者のデモへの対応で苦悩してきたマクロン大統領にとって、中国からの大型受注話で久しぶりにホクホク顔だっただろう。米国の対中包囲政策、中国の台湾周辺での軍事演習による威嚇問題、ウイグル人への少数民族弾圧政策などを忘れてしまうのに十分な贈り物を受けたマクロン大統領から、対中政策は欧州独自政策を構築すべきであり、米国の対中政策を模倣することはないという発言が飛び出してきたわけだ。

 至極素朴な問いかけが出てくる。自国産の自動車の40%を購入してくれて、自国の飛行機産業に対し160機の大型受注をしてくれる国、この場合、中国に対して、ドイツやフランスは米国と同じ対中政策を実行できるだろうかという点だ。ショルツ首相やマクロン大統領に対中政策でしたたかな政策を実施すべきだ、と提言する学者はいるが、現実の政治はそれからは程遠いのだ。

 駐米のフランス大使館の代表は米国などから聞こえるマクロン大統領批判に対し、「マクロン氏の発言は過度に解釈されている。米国は私たちの価値観を共有する同盟国だ。台湾に対するわが国の立場も変わっていない」とツイッターで書いている。

 問題は「同じ価値観に立っている」という箇所だろう。中国共産党政権とは異なり、欧米諸国は民主主義、法治国家体制、「言論の自由」、「宗教の自由」などを共有するという認識があるが、その共有するはずの価値観が揺れ出し、その定義は曖昧となってきているのではないか。

 マクロン大統領は、中国が大規模な軍事演習をシミュレートしている時、北京と距離を置かず、米国を批判した。ウォール・ストリート・ジャーナルは社説で、「マクロン氏の発言は役に立たない。中国に対する米国と日本の抑止効果を弱体化させ、欧州への米国の関与を減らしたいと主張する米国の政治家を大胆にするだけだ」と批判したのは頷ける。

 少し聖書の世界に入る。悪魔はイエスに3つの試練を行ったが、最初の試練は空腹のイエスに対し「石をパンに変えてみよ」だった。それに対し、イエスは「人はパンのみに生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる」(「マタイによる福音書」第4章)と答え、悪魔の誘惑を退けた。

 悪魔が相手を誘惑する場合、パンの誘惑は最初だ。空腹で食べ物を探している時、目の前に美味しい食べ物が出されたならば、多くの人はその誘いを拒むことができない。イエスの時代だけではない。21世紀の今日でも同じだ。ただ、悪魔は悪魔ですといった面をしていないから、その識別は一層難しい。国の経済が厳しい時、経済大国から特別な商談、経済支援のオファーを受ければ、それを断るのは難しいだろう。マクロン大統領やショルツ首相だけの話ではないのだ。

 それでは「パンの誘惑」に対して、イエスは「人はパンのみに生きるにあらず、神の言葉によって生きている」と答えた。イエスの言う「神の言葉」とは21世紀の世界では欧米諸国が繰り返し主張する「共通の価値観」と解釈できるかもしれない。中国側の大型商談に対し、マクロン大統領は、「国民経済は厳しいが、わが国は欧米と同様の価値観を持っている」と答えて、大型商談の話にも冷静に対応したならば、習主席は驚いて腰を抜かしたかもしれない。ひょっとしたら、欧米諸国はマクロン大統領を改めて評価しただろう。結果は逆になった。習近平主席は薄笑いを見せ、欧米諸国ではマクロン批判に火が付いたわけだ。

 マクロン大統領は欧州の独自外交、欧州軍隊の創設などを機会あるごとに訴えてきたが、その前に「欧州は本当に共通の価値観を有しているか」を検証する必要があるだろう。

聖職者の性犯罪と「告白の守秘義務」

 今月5日、欧州のカトリック教国フランスで、1950年から2020年の70年間、少なくとも3000人の聖職者、神父、修道院関係者が約21万6000人の未成年者への性的虐待を行っていたこと、教会関連内の施設での性犯罪件数を加えると、被害者総数は約33万人に上るという報告書が発表された時、ローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁だけではなく、教会外の一般の人々にも大きな衝撃を与えた。報告書は独立調査委員会(CIASE)が2019年2月から2年半余りの調査結果をまとめたものだが、その余震はまだ続いている。

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▲モーツァルトの「戴冠ミサ」が演奏される中、日曜日礼拝が行われた(聖シュテファン大寺院内で、2021年10月17日、オーストリア国営放送のライブ中継から)

 フランスのジェラルド・ダルマナン内相は12日、仏カトリック教会司教会議議長のエリック・ド・ムーラン・ビューフォート大司教とパリで会い、教会の「告白の守秘義務」について話し合った。ダルマナン内相は神学論争をしたのではない。聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発し、教会への信頼が著しく傷つけられる一方、教会上層部が性犯罪を犯した聖職者を「告白の守秘義務」という名目のもとで隠蔽してきた実態が明らかになり、聖職者の告白の守秘義務を撤回すべきだという声が高まってきたからだ。未成年者に対して性的虐待を犯した聖職者が上司の司教に罪の告白をした場合、告白を聞いた司教はその内容を第3者に絶対に口外してはならない。その結果、聖職者の性犯罪は隠蔽されることになる。

 CIASEのジャン=マルク・ソーヴェ委員長(元裁判官)は報告書の中で教会の「告白の守秘義務」の緩和を提唱している。なぜなら、守秘義務が真相究明の障害ともなるからだ。

 ローマ・カトリック教会の信者たちは洗礼後、神の教えに反して罪を犯した場合、それを聴罪担当の神父の前に告白することで許しを得る。一方、神父側は信者たちから聞いた告解の内容を絶対に口外してはならない守秘義務がある。それに反して、第3者に漏らした場合、その神父は教会法に基づいて厳格に処罰される。告解の内容は当の信者が「話してもいい」と言わない限り、絶対に口外してはならない。告解の守秘はカトリック教会では13世紀から施行されている。

 ちなみに、カトリック教会では、告解の内容を命懸けで守ったネポムクの聖ヨハネ神父の話は有名だ。同神父は1393年、王妃の告解内容を明らかにするのを拒否したため、ボヘミア王ヴァーソラフ4世によってカレル橋から落され、溺死した。それほど聖職者にとって「信者の告解」の遵守は厳格な教えなのだ。

 少し脱線するが、新型コロナウイルス感染対策としてスマートフォンで罪の告白をしたいという信者の申し出があった。それに対し教会側は、「スマートフォンでの罪の赦免は有効ではない。神の前で罪を告白し、赦しを得るためには対面告白が不可欠だ」と答えたという。対面告白はコロナ感染対策より優先されるというわけだ。

 エリック・ド・ムーラン=ビューフォート大司教は6日、ツイッターで、「教会の告白の守秘義務はフランス共和国の法よりも上位に位置する」と述べた。その内容が報じられると、聖職者の性犯罪の犠牲者ばかりか、各方面の有識者からもブーイングが起きた。そこでダルマナン内相は司教会議議長に発言の真意を正す目的もあって呼び出したわけだ。ただし、同内相は司教会議議長と会合する際も「召喚」ではなく、「招待」とわざわざ説明している。

 フランスの刑法では、犯罪行為を告訴しないことは許されない。同時に、職業によってはその内容を口外しない権利が保証されている、医師は患者の病歴や症状を第3者に口外してはならない。弁護士もクライアント(依頼人)の情報を他言してはならない守秘義務がある。

 バチカンの基本的立場は明確だ。赦しのサクラメント(秘跡)は完全であり、傷つけられないもので、神性の権利に基づく。例外はあり得ない。それは告白者への約束というより、この告白というサクラメントの神性を尊敬するという意味からだ。その点、信頼性に基づく弁護士や医者の守秘義務とは違う。告白者は聴罪神父に語るというより、神の前に語っているからだ。「告白の守秘義務」は悪(悪行)を擁護する結果とならないか、という問いに対し、「告白の守秘義務は悪に対する唯一の対策だ。すなわち、悪を神の愛の前に委ねるからだ」という。

 ダルマナン内相と司教会議議長の会合の内容は公表されていないが、同内相は、「いかなる法も国の法より上に位置することはない」と強調し、「未成年者への性的虐待を聴いた聖職者は警察に連絡してほしい」と呼び掛けたという。一方、司教会議議長は、「子供を保護することは優先課題であり、その点で全ての司教は一致している。教会は国の関係省と密接に協調していく」と述べたという。

 フランスでは「政教分離」(ライシテ)が施行されている。ライシテは宗教への国家の中立性、世俗性、政教分離などを内包した概念であり、フランスで発展してきた思想だ。フランスは1905年以来、ライシテを標榜し、時間の経過につれて、神を侮辱したとしても批判を受けたり、処罰されることがないと理解されてきた。一方、教会側はライシテを理由に、教会の教義に基づく教会法を重視し、「この世の法」を軽視する傾向が見られた。

 しかし、聖職者の性犯罪問題をきっかけに、国は宗教への中立性を放棄し、教会に「この世の法」を遵守すべきだと主張、教会側は教会法の修正を強いられ、「この世の法」に歩み寄りを示してきた。好意的に受け取るならば、国と教会(政治と宗教)はライシテの枠組みを超え、新しい関係を模索してきたといえるわけだ。そのプロセスの中でライシテの名目で認知されてきた「神を冒涜したり、侮辱する権利」への再考もテーマに挙げられるのではないか(「人には『冒涜する自由』があるか」2020年9月5日参考)。

仏がオーカスに接近する時

 「フランス上院議員4人の代表団は7日、台湾総統府で蔡英文総統と会談した。団長のリシャール元国防相には、台湾とフランスの友好発展に貢献したとして、蔡氏から勲章が授与された」―。「台北時事発」の記事を読んで、「フランスが中国を捨てる日が近づいてきた」という感慨が湧いてきた。

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▲ブリンケン米国務長官とジャン=イヴ・ルドリアン仏外相の米仏外相会議、2021年10月5日、パリで(フランス外務省公式サイトから)

 チェコ上院議長が台北訪問する時もそうだったが、リシャール元国防相によれば、フランスの訪台北では中国側から激しい反対の声があったという。チェコの場合、台湾訪問予定の上院議長がその直前に急死するというハプニングが起きた。そのため、後継の上院議長が台北を訪ねた(「中欧チェコの毅然とした対中政策」2020年8月10日参考)。

 ところで、仏上院は5日、記者会見で、「中国はフランスで開いている孔子学院を通じて仏大学や学術界で組織的に政治的影響を行使している」と警告を発した報告書「大学における欧州以外からの国の影響」を発表している。同報告書は243頁に及ぶもので、アンドレ・ガットリン上院外交・貿易・軍事委員会副委員長が9月29日に上院に提出したものだ。

 海外中国メディア「大紀元」によると、報告書は国内外の政治家や専門家50人以上と、同国内のすべての高等教育機関を取材した上で作成されたもので、「フランスの研究機関、高等教育界は外国政府(中国)の影響を受けている」と懸念を表明している。報告書の作成責任者であるエティエンヌ・ブラン上院議員は、「全世界範囲で、最も組織的な影響力を行使している国だ」と中国を名指しで批判したというのだ。

 「孔子学院」は、中国共産党の対外宣伝組織とされる中国語教育機関だ。2004年に設立された「孔子学院」は中国政府教育部(文部科学省)の下部組織・国家漢語国際推進指導小組弁公室(漢弁)が管轄し、海外の大学や教育機関と提携して、中国語や中国文化の普及、中国との友好関係醸成を目的としているといわれているが、実際は中国共産党政権の情報機関の役割を果たしてきた。「孔子学院」は昨年6月の時点で世界154カ国と地域に支部を持ち、トータル5448の「孔子学院」(大学やカレッジ向け)と1193の「孔子課堂」(初中高等教育向け)を有している(「『孔子学院』は中国の対外宣伝機関」2013年9月26日参考))。

 ウィーン大学にも「孔子学院」がある。そこで親中派の大学教授や知識人は中国共産党政府の政策を学会やメディアに広げる。中国側は定期的に親中派教授たちを北京に招待して、接待する。英語で「パンダハガー」(Panda Hugger)と呼ばれる「媚中派」が誕生するわけだ。「パンダハガー」のパンダは中国が世界の動物園に送っている友好関係のシンボルの動物だ。ハガーは「抱く」を意味する。その両者を結合して「中国に媚びる人」「中国の言いなりになる人」といった意味となる(「トランプ政権の『パンダハガー対策』」2020年8月1日参考)。

 媚中派は、中国の人権問題、法輪功信者への臓器強制摘出、チベット問題、ウイグル人の少数民族弾圧などのテーマは扱わず、中国政府の政策を支持する記事をメディアに寄稿する。その狙いは「中国脅威論」を払しょくすることだ。

 トランプ前米政権が「孔子学院」が中国共産党の情報機関であると暴露したこともあって、「孔子学院」は儒教思想の普及や研究とは関係なく、中国共産党のソフトパワーを広める道具と受け取られ出し、欧米で設置されていた「孔子学院」は次々と閉鎖されてきた(「米大学で『孔子学院』閉鎖の動き」2018年4月13日参考)。

 「孔子学院」について調査報告を発表した全米学識者協会のディレクター、レイチェル・ピーターソン氏によると、「孔子学院」の教材には、中国共産党が「敏感話題」と位置付ける事件や事案については取り上げない。1989年の天安門事件や、迫害政策下に置かれる法輪功などは明記がない。また、台湾や香港の主権的問題やチベット、新疆ウイグル地域における抑圧についても、共産党政権の政策を正当化する記述となっている。

 興味深い点は、仏上院の「孔子学院」報告書に先立ち、フランス国防省は先月20日、646頁に及ぶ「中国共産党政権の影響力を高める行動」の報告書を公表したことだ。同報告書では中国共産党は1948年から統一戦線をスタートし、あらゆる手段を駆使して影響力を広げる工作を実施してきたと指摘し、人権弾圧、法輪功信者への臓器摘出、孔子学院を通じて大学に浸透するなど、中国共産党の世界的戦略を暴露している。同報告書はフランス軍事学校戦略研究所(IRSEM)が50人の専門家による2年間に及ぶ研究調査結果をまとめたもので、フランスの対中政策の柱となる報告書だ。

 米国、英国、オーストラリア(豪)の3国は先月15日、新たな安全保障協力の枠組み(AUKUS=オーカス)を創設する一方、米英両国が豪に原子力潜水艦の建設を支援することを明らかにすると、原潜の開発で豪と既に締結していたフランス側は「契約違反だ」と激怒し、米仏、仏豪の関係は一時険悪化した。メディアは原潜契約問題に焦点を合わせ、米仏間の対立と大きく報道した。しかし、同時期、フランスでは対中政策の抜本的な見直しが進行中だったのだ。オーカスで浮上した問題は、原潜契約違反問題だけではなく、フランスのオーカス参加への模索が始まったことだ。フランス上院議員の台湾訪問団はその先頭部隊ではないか。

 バイデン大統領とマクロン大統領との電話会談(9月22日)で両国は関係修復の方向で努力することで一致、ブリンケン米国務長官は5日、訪仏して、オーストラリアの原潜開発計画で険悪化した米仏関係の修復に努力する一方、オーカス創設の目的、対中政策の協調について突っ込んだ話し合いが持たれたはずだ。今月末には欧州でバイデン・マクロン両大統領首脳会談が計画されているが、その時、フランスはオーカス参加の意思表明をするのではないか。

 ちなみに、フランスはニューカレドニアなどインド太平洋地域に領土を有するうえ、植民地時代に多くのアジア諸国を統治してきた国だ。インド太平洋地域での安保・防衛上の枠組みに参加することはフランスの国益と一致するはずだ。ただ、欧州の軍事大国・英国がフランスのオーカス参加には難色を示すことが考えられる。

欧州代表的カトリック教国の「汚点」

 世界13憶人の信者を誇るローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁に5日、震撼が走った。欧州最大のカトリック教国、フランスで1950年から2020年の70年間、少なくとも3000人の聖職者、神父、修道院関係者が約21万6000人の未成年者への性的虐待を行っていたことが明らかになったからだ。教会関連内の施設で、学校教師、寄宿舎関係者や一般信者による性犯罪件数を加えると、被害者総数は約33万人に上るというのだ。

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▲CIASEのジャン=マルク・ソーヴェ委員長(CIASE公式サイトから)

 バチカンニュース(独語版)は5日、仏教会の聖職者の性犯罪報告書の内容をトップで大きく報道した。「フランス、聖職者の性犯罪に関する新しい報告書の恐るべき数字」という見出しだ。バチカンのマテオ・ブルーニ広報局長は、「フランシスコ教皇は報告書の内容にショックを受け、遺憾だと述べた」と伝えている。

 今回公表された報告書は独立調査委員会(CIASE)が2019年2月から2年半余りの調査結果をまとめたものだ。フランス司教会議が2018年11月、調査を依頼したもので、約2500頁に及ぶ。犠牲者の80%は10歳から13歳までの少年であり、20%は異なる年齢層の少女だ。その行為はほぼ3分の1はレイプだった。

 CIASEのジャン=マルク・ソーヴェ委員長(Jean-Marc Sauve、元裁判官)は5日の記者会見で、「犠牲者は恐るべき数に上る。犠牲者は苦しみ、孤立、そしてしばしば恥と罪悪感に苦しんできた。何年も経った今でも彼らの苦しみは続いている」と述べる一方、「教会は2000年初頭まで犠牲者に対して関心を示さず、沈黙してきた」と指摘し、教会は過去の蛮行に対し責任を認めるべきだと強調した。

 調査は21人の弁護士、医師、歴史家、神学者らが全国を巡回し、教会、司法、検察庁、メディア調査、被害者の証言のアーカイブ資料のデータに基づいている。その上、教会、裁判所、警察の犯罪記録と数百人の被害者への聞き取り調査が行われた。委員会関係者が調査で投資した総時間は2万6000時間にもなったという。

 報告書は現在、同国司教会議に提出されている。委員会は被害者への早急な補償を提案している。多くの訴訟は既に失効しており、法廷に持ち込むことはできない。調査委員会は、事件が法的に禁止されている被害者を含め、すべての被害者に対して補償するように推奨する一方、「教会法の改革と聖職者の教育と訓練の刷新が必要だ」(ソーブェ委員長)と主張している。報告書によると、「教会は過去、性犯罪を犯した聖職者を別の教区に移動させるなどをして事件を隠蔽した。過失、沈黙、教会の自己保身のアンサンブルだった」という。

 元裁判官のソーヴェ委員長は、「教会関係者は犠牲者に、教会信者に、そして社会に対して蛮行の責任を負わなければならない。聖職者の性的虐待はもはや貞操法の違反として糾弾されるのではなく、人の生命と尊厳への攻撃だ。教会法の改革が重要だ。現行の教会法では、司教が行使する権限が大きすぎて利益相反につながる可能性がある。教会法に基づく裁判では犠牲者はその場に参加できない。これを早急に是正すべきだ。また、教会の『告白の秘密厳守』についても聖職者の未成年者への性的虐待の場合、調査の障害となってはならない。同時に、教会の内部監視メカニズムの強化が重要だ」と具体的に助言し、教会内で支配的な従順原理の見直しを求めている(ちなみに、ローマ教皇庁は2019年12月に教会法を改定し、13世紀から施行されていた聖職者の「告解の守秘義務」を撤回している)。

 報告書を教会関係者に提出する際、犠牲者の代表の1人が、「あなた方は人類の恥だ」と述べている。委員会代表が、「聖職者の性犯罪に対して、素朴さと曖昧さが支配した時代は終わった」と強調したのは印象的だった。

 仏教会司教会議議長のエリック・ド・ムーラン=ビューフォート大司教は、「被害者に許しを乞いたい。このようなスキャンダルを再発させないために必要な措置を行う」と述べた。フランス教会司教会議は3月に開催した春季総会で聖職者の性犯罪対策の改善のため11項目からなる決議案を採択している。11月の司教会議では報告書内容を更に話し合うという。そして来年から犠牲者への補償金の支払いを開始することになっている。

 聖職者の未成年者への性的虐待が多発する背景には、「聖職者の独身制」があることは間違いない。バチカンで昨年10月、3週間、開催されたアマゾン公会議で既婚男性の聖職の道について話し合われ、アマゾン地域のように聖職者不足が深刻で教会の儀式が行われない教会では既婚男性が聖職に従事することが認められることになったが、聖職者の独身義務の廃止までは踏み込んでいない。

 カトリック教会の独身制は「ドグマ」ではなく、「伝統」に過ぎないことは前教皇ベネディクト16世も認めている。キリスト教史を振り返ると、1651年のオスナブリュクの公会議の報告の中で、当時の多くの聖職者たちは特定の女性と内縁関係を結んでいたことが明らかになっている。カトリック教会の現行の独身制は1139年の第2ラテラン公会議に遡る。聖職者に子供が生まれれば、遺産相続問題が生じる。それを回避し、教会の財産を保護する経済的理由があったという。

 カトリック国のフランスで過去4年間で7人の神父が自殺したという。同国司教会議が昨年実施した「聖職者の健康調査」で明らかになった。バーンアウト(燃え尽き症候群)、憂鬱、肥満、孤独などがフランスの聖職者が頻繁に直面する課題となっているという。具体的には、2%の神父は自身がバーンアウトと感じ、約40%はアルコール中毒であることを認めている。神父の多くは孤立し、孤独に悩んでいるのだ。

 参考までに、フランス教会を過去震撼させた聖職者の性犯罪事件としては通称「プレナ神父事件」と呼ばれる事件がある。元神父のプレナ被告は1971年から91年の間に、未成年者のボーイスカウトの少年たちに性的虐待をした容疑で起訴された。元神父は罪状を認めたことから、教会法に基づき聖職をはく奪された。公判では元神父に性的虐待を受けた犠牲者たち(当時7歳から10歳)が生々しい証言をした後、元神父は、「良くないことだと分かっていたが、衝動を抑えることができなかった。上司の聖職者に相談したが、適切な指導を受けなかった」と説明した。

 もっと衝撃だったことは、同元神父が公判で、「自分も少年時代、同じように聖職者から性的虐待を受けたことがあった」と告白したことだ。「プレナ神父事件」はフランソワ・オゾン監督により映画化「グレース・オブ・ゴッド」(2018年制作、フランス・ベルギー映画)されている(「元神父は性犯罪の犠牲者でもあった」2020年1月23日参考)。
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