ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

英国

新国王は自動車免許と旅券を失う

 在位70年の最長期間を全うされた英国エリザベス女王の死去は英国国民にやはり大きな喪失感をもたらしているようだ。BBCはほぼすべての番組がエリザベス女王の追悼番組とそれに関連したニュースだ。多くは女王の偉大さを称えるものだ。チャールズ新国王は国王としてのスピーチの中で「私の母、愛するエリザベス女王」の思い出を振り返りながら、新国王としてその歩みを継承していく考えを表明していた。

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▲エリザベス女王(バッキンガム宮殿公式サイトから)

 エリザベス女王の棺は11日、スコットランド・バルモラル城を出発し、13日にはエジンバラから英空軍機でロンドンに運ばれ、14日ウェストミンスター宮殿に到着、そこで4日間安置される。その間、英国民は女王に最後の別れをすることが出来る。そして死後10日目の9月19日、ウェストミンスター寺院で国葬が挙行される。19日はバンクホリデーとなって公休日となる。多くの国民が沿道や寺院周辺、テレビ中継を通じて葬儀を見守っていく。

 父国王ジョージ6世の急死を受け、25歳から亡くなる96歳まで女王の地位にあって、その厳格なプロトコールをこなしていくのは大変なことだ。チャールズ皇太子が母エリザベス女王を継承し、新国王に即位したが、「もはや皇太子時代のような自由はなくなる」といわれている。ちなみに、チャールズ国王は国王となることで3つを失うといわれている。国内の政治動向に中立が求められ、直接、間接的にも自身のオピニオンを表明できなくなる、そしてパスポート、自動車免許を失う。自身の旅券を見せて飛行機に搭乗することも、愛車を自分で運転することもなくなる。1日の生活は全てプロトコールに基づいて側近が伝達する公務に専心しなければならない。

 英国のメディアによると、エリザベス女王は亡くなる前に遺書を残したという。財産(主に城、館など不動産のほか、宝石など)の分割のほか、チャールズ国王の任期を80歳になるまでとし、その後はウィリアム皇太子に継承することが明記されていたという。すなわち、チャールズ国王は現在73歳だから、7年間の任期となり、その後、長男ウィリアム皇太子が国王の地位を継承するというのだ。

 エリザベス女王は、自身の死後、ウィリアム皇太子が即国王に即位する案に対しては、「ウィリアムにも時間が必要だ。子供たちはまだ小さい」と説明して難色を示していたという。70年間公務に従事してきたエリザベス女王は国王の地位がいかに責任の大きい、厳しいものであるかを誰よりも知っていた。ちなみに、女王が保有してきた多くの宝石類はキャサリン皇太子妃に渡されるという。

 欧州の代表的メディア、独週刊誌シュピーゲル最新号(9月10日号)は表紙をエリザベス女王で飾り、女王の歩みを振り返っている。興味深いことは、エリザベス女王の性格についての箇所だ。「女王はインテリではないし、想像力に富んだ女性ではなかった。ただ、自身を律し、言われたことを遵守する意思力と規律があった」と記述している。

 身長160センチの小さな女王は25歳で女王に即位するまで正式の勉強を受ける機会はなかった。女王が想像力に溢れた女性だったら、70年間も公務を黙々とこなすような歩みはしなかっただろうというわけだ。参考までに、女王は生前、自動車のタイヤと油の交換を知っている唯一の王室関係者だったことを誇っていたという。シュピーゲル誌はエリザベス女王を「最も無力でありながら世界の最強者であった」と評している。 

 なお、エリザベス女王は王女時代、21歳の誕生日、近い将来の女王即位を考えながら、「私の生涯は長いか、短いかは分からないが、国のために献身していく」と決意を語ったといわれる。

 エリザベス女王の70年間で最大の危機はダイアナ妃の交通事故死だった。エリザベス女王がダイアナ元皇太子妃の事故死(1997年)に対して沈黙を続けていたため、多くの国民から批判の声が出、「英王室を廃止しろ」といった声まで飛び出した。王室の危機を感じたエリザベス女王はそこで沈黙を破り、国民に向かってダイアナ妃の事故死に悲しみを表明した。「沈黙が金」であった時代は過ぎ去り、コミュニケーションの時代となったことを英王室はダイアナ妃の事故死から学んだといわれる。

 特筆すべきことはエリザベス女王とフィリップ殿下の夫婦関係が良かったことだ。常に女王の陰にいなければからなかった軍人出身のフィリップ殿下は家庭生活が始まった初期は戦いがあったというが、エリザベス女王との仲は最後まで良好だったという。

 非常に心温まる話が掲載されていた。キャサリン皇太子妃が息子ルイ王子(4)におばあちゃん(エリザベス女王)が亡くなったことを教えようとすると、ルイ王子は「おばあちゃん(曾祖母)は今、おじいちゃん(フィリップ殿下=曾祖父)のところにいるよ」と話したという。ルイ王子からみてもエリザベス女王夫妻は仲が良かったのだろう。ただ、女王夫妻の子供たちには多くの不祥事、スキャンダルが起き、エリザベス女王夫妻の心痛は大きかったはずだ。

 英国国民は、ポスト・エリザベス女王時代の到来を迎え、歴史の大きな転換であるこを薄々感じ、不確かな未来への不安と共に、70年間の女王時代の懐かしさに浸っている。

「ロンドンブリッジ・イズ・ダウン」

 エリザベス女王は8日、滞在中のスコットランド・バルモラル城で死去した。96歳だった。女王は「眠るように」に亡くなったという。今年6月、女王即位70年の記念行事が華やかに行われたばかりだ。女王の死去後、王位継承第1位のチャールズ皇太子(73)が新国王チャールズ3世として即位した。

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▲エリザベス女王(バッキンガム宮殿公式サイトから)

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▲エリザベス女王の死去を聞いて献花する英国民(バッキンガム宮殿公式サイトから)

 女王に即位後、70年間公務を大切にしながら歩んできたエリザベス2世の死に対し、英国民ばかりか、世界から弔意と共に、尊敬の意が表明されている。メディア報道によると、バイデン米大統領、グテーレス国連事務総長、ショルツ独首相、カナダのトルドー首相などのほか、ロシアのプーチン大統領からも弔意が表明されるなど、世界各地からエリザベス女王の死を惜しむ声が聞かれる。

 エリザベス女王は6日、トラス新首相を任命しているが、それが最後の公務となった。女王は既に体調が良くなかった。側近が、「新首相の任命はチャールズ皇太子に代行をお願いすれば」と助言した時、エリザベス女王は、「首相の任命は国家元首しかできない」と主張し、公務を優先したという。首相任命式を撮影した写真を見ると、女王の右手が紫色だったことから、女王の健康を懸念する声が聞かれた。その2日後、女王は亡くなったわけだ。トラス新首相はエリザベス女王の任期70年間で15人目の首相だった。
 
 トラス新首相は8日午後、「ロンドンブリッジ・イズ・ダウン」(ロンドン橋が倒れた)というコートフレーズを入手すると、首相官邸(ダウニング街10番地)前で、「エリザベス女王が只今亡くなった。女王の70年間で英国は発展し、繁栄してきた。エリザベス女王はその礎だった」と、女王の功績を称えている(「ロンドンブリッジ」はエリザベス女王を意味するコードフレーズ)。

 英国は欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)後、首相交代、新政府の発足、そしてエリザベス女王の死去、新国王の即位と短期間で大きな変化に直面している。エネルギー危機など国内では多くの難問に対峙している。その嵐が荒れ狂う時、チャールズ新国王の時代が始まったわけだ。

 エリザベス女王が1952年2月、父ジョージ6世が急死したため、国王に即位したとき、女王はまだ25歳だった。女王となったエリザベス2世には戸惑いがあったはずだが、新鮮さとダイナミックな印象を国内外に与えた。エリザベス女王の即位70年間で最大の危機は、1997年、ダイアナ元皇太子妃の交通事故死の時だったろう。その時、エリザベス女王への批判の声すら聞かれたが、その後、「開かれた王室」を目指し、「英国の母」として不動の人気を獲得していった。

 一方、母親エリザベス女王の死を受け今回即位したチャールズ国王は既に73歳だ。“永遠の皇太子”と揶揄された新国王には新鮮さやダイナミックな印象はない。国民的人気のあったダイアナ妃との離婚は大きなダメージとなったことは間違ない。

 チャールズ3世は皇太子時代から英王室問題から政治的テーマに至るまでエリザベス女王と同様、過激な言動を控え、中立的なポジションをキープしてきた。新国王は母エリザベス女王が残した王室への国民の信頼感を継承しながら、新しい王室の在り方を模索していくことになる。国民の中には「新国王は国民との間で新しいコミュニケーションを開くかもしれない」と期待する声が聞かれる。

 英国の国王は、 英国、カナダやオーストラリアを含む英連邦(コモンウェルス)に加盟する15カ国の国家元首を務める。スコットランドの独立問題のほか、オーストラリアでは共和制運動、カナダでも一部で立憲君主制から共和国への移行を主張する動きが出てきている。新国王を取り巻く環境は容易ではないことは事実だ。

 なお、エリザベス女王の棺はロンドンのウェストミンスター宮殿に運ばれ、そこで3日間安置される。その間、英国民は女王に最後の別れをすることが出来る。死後10日目の9月19日、ウェストミンスター寺院で昨年4月亡くなったフィリップ殿下の時と同じように国葬が挙行される。

 なお、チャールズ新国王の即位を受け、国歌の中の歌詞「God save the Queen」は再び「God save the King」に戻る。

メーガン妃は「リリベット」に拘った

 ヘンリー王子とメーガン妃の間に長女が誕生した。その朗報はロンドンのエリザベス女王の元に届けられた。もちろん、孫夫婦の娘誕生を喜ばない祖母はいないだろう。それでは英王室関係者は皆、お喜びかというとそうとは言えないのだ。英王室が一般社会と異なっているからだ、というわけではない。ヘンリー王子とメーガン妃が長女につけた名前が明らかになった時、エリザベス女王だけではなく、多くの王室関係者は、「どうして、なぜ……」といった困惑だけではなく、「英王室をバカにしている」とメーガン妃の無神経な言動に驚きを禁じ得なくなったからだ。

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▲バッキンガム宮殿(バッキンガム宮殿公式サイトから)

 それではなぜ「リリベット・ダイアナ」(Lilibet Diana)という名前が英王室関係者に戸惑いばかりか、憤りさえもたらしたのか。英王室作家アンジェラ・レビン氏の説明によると、「リリベット」はエリザベス女王の愛称だ。それもごく限られた家族間、フィリップ殿下との夫婦間で使われる愛称という。その愛称をヘンリー王子とメーガン妃が長女の名前に付けたのだ。

 当方は最初、「ヘンリー王子とメーガン妃には米移住後、英王室を批判してきたこともあって祖母エリザベス女王に対して申し訳ないという思いがあったはずだ。だから、同夫妻からの和解のシグナルではないか」と受け取っていたが、事実はどうやらそんな簡単なストーリーではないようだ。

 ヘンリー王子夫妻は事前にエリザベス女王に子供の名前に祖母の名前を使う予定だと連絡していたという。その時、「エリザベス」という名前だろうと、女王を含む多くの王室関係者は考えていた。しかし、実際は「エリザベス」ではなく、「リリベット」だった。

 ヘンリー王子の母親「ダイアナ」は当然理解できる。ウイリアム王子の娘(シャーロット王女)のミドルネームにも「ダイアナ」がつけられている。ところで、ヘンリー王子夫妻の場合、それだけではなく、女王自身の愛称を長女のファーストネームにつけたのだ。英王室関係者は、「ヘンリー王子夫妻はリリベットを自分の子供の名前につけることで、女王の愛称すら奪い取ることができることを誇示している」と、批判的に受け取っているほどだ。

 冷静に判断すれば、「リリベット」の名前に拘ったのはヘンリー王子ではなく、メーガン妃だったはずだ。ヘンリー王子は「リリベット」が祖母の愛称であり、祖父フィリップ殿下が好んで使っていたプライベートなニックネームという事を知っていたはずだ。だから、自分の娘に祖母の愛称をつけるといった発想は生まれてこないはずだ。その愛称に拘ったのはメーガン妃だったはずだ。なぜか。答えは一つ、ロイヤルファミリーとの繋がりを失わないためだ。また、ヘンリー王子と離婚した場合、メーガン妃に残るものは娘の「リリベット」という名前が英王室との繋がりを保証することになるからだ。

 少し深読みをする。エリザベス女王は英王室の代表であり、シンボルだ。その女王の愛称を付けた娘を「リリちゃん」と呼ぶ時、メーガン妃は英王室が自分のもとに跪くのを感じ、一種のカタルシスを覚えるのではないか。

 メーガン妃はヘンリー王子と知り合った時、「彼が英国の王子だったと知らなかった」とインタビューの中で答えているが、嘘だ。ヘンリー王子であることを知っていたので近づいたのだ。その際、ヘンリー王子の亡き母親ダイアナ元妃が好きだった香水、服の色などを研究したはずだ。そして見事、ヘンリー王子のハートを掴むことができた、というのが事実だろう。キャサリン妃の場合、ウイリアム王子と同じ学校に通い、ウイリアム王子と結婚したいという願いが最初からあったことは良く知られている。キャサリン妃の両親が娘を何とかして英王室に入れようと腐心していたからだ。だから、多くの資金を投資しても娘をウイリアム王子が通う学校に通わせたのだ。

 ここまでくると、別の憶測も紹介せざるを得ない。メーガン妃は本当に子供を自分で出産したのか、それとも代理母に依頼したのではないか、といった情報が流れているのだ。39歳のメーガン妃は、「自分はヨガをしてきたので、体力的に出産は問題ないわ」と説明しているが、ある人は、「妊娠中、メーガン妃のお腹は6カ月の時のほうが7カ月の時より大きかった」と証言している。もっと驚くのは、王室関係者が子供を出産した場合、「……to  ヘンリー王子・メーガン妃」というべきだが、実際は「…… for ヘンリー王子、メーガン妃」と宣布書に記述されていたというのだ。すなわち、「ヘンリー王子夫妻のために(誰かが代わりに出産した)娘」という意味にも解釈できるというのだ。上記のニュースはメーガン妃嫌いのフェイク情報の可能性があるが、完全には排除できない迫力があることも事実だ。

 「リリベット」という女王の愛称を使用する一方、メーガン妃の母親系の名前は一切使われていない。メーガン妃は実の母親といい関係でないからではないかという。自分の子供の名前に女王の愛称を使い、ロイヤルファミリーとしての市場価格を高めることに腐心している。メーガン妃は自身の母親の名前を使えば、その価値が落ちることを誰よりもよく知っているはずだ。

 ヘンリー王子夫妻が娘に「リリベット」というエリザベス女王の愛称を付けたというニュースが流れると、英国の国民には感動というより、批判が多かった。ヘンリー王子夫妻はこれでロンドンに戻れなくなったという声さえ聞かれる。興味深い点は、メーガン妃の言動に対する受け取り方で英国と米国では異なっていることだ。心の世界の全てを公開することを好む米国文化と、それらをオブラートで包みながら、ユーモアや時には皮肉を交えながら吐露する英国民のメンタリテイとの間には国民性の相違が顕著だ。米国でメーガン妃支持派が多い一方、英国ではメーガン妃批判が強いのは当然かもしれない。

 女優業では米TV番組「スーツ」(Suits)でレイチェル・ゼイン役を演じた以外に、これといった作品に出演していないメーガン妃は今、自身が脚色した英王室ドラマでサセックス公爵夫人役を懸命に演じているのではないか。

ヘンリー王子は「犠牲者役」の脱皮を

 ヘンリー英王子夫妻に第2子の長女が誕生したニュースが届いた。朗報の時に今回のコラムのテーマは相応しくないかもしれないが、書き出した。

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▲ヘンリー王子の近況を報じたオーストリア日刊紙クローネン日曜版表紙(2021年6月6日から)

 英王室があるロンドンとヘンリー王子夫妻が住む米国カリフォルニア州との間には約9000kmの距離があるが、それが単なる地理的隔たりだけではなく、英王室関係者と米移住者ヘンリー王子夫妻との人間的繋がりの疎遠化とならないことを願いたい。

 問題はヘンリー王子夫妻が昨年、突然英王室を去り、米国に移住を決めた時から始まるが、英王室との葛藤は今年3月8日、米国の有名なトークショーのオプラ・ウィンフリーさんとの長時間インタビューが火をつけた。メーガン妃(39)がインタビューの中で「英王室の人種差別」を批判し、「王室に入って以来、英王室の慣習に慣れるために苦労したが、助けを求めても、誰も助けてくれなかった」と述べ、英王室での孤独な日々を語った。「絶望から自殺も考えた」と吐露した時、彼女の目が少し潤んだ。

 メーガン妃の人種差別批判は英王室関係者には驚きとショックを与えたことは間違いない。その後もヘンリー王子はポッドキャスト番組やドキュメンタリーシリーズに登場して祖父母エリザベス女王夫妻の子供教育についても批判し、その悪影響はチャールス皇太子だけではなく、3代目のウイリアムと自分へと世代に継承されてきたというのだ。

 ヘンリー王子(36)のエリザベス女王夫妻への批判に及んで、英国民はもはや平静ではおられないだろう。英王室内のさまざまな問題点をメディアを通じて全世界に告発するヘンリー王子夫妻に対して、英国民の忍耐も切れかかっている。心の世界の全てを公開することを好む米国文化と、それらをオブラートで包みながら、ユーモアや時には皮肉を交えながら吐露する英国民のメンタリテイとはもともと相いれない。それ以上に、ヘンリー王子夫妻には「我々は犠牲者だ」といった犠牲者メンタリティが強く、自身のメンタルヘルス問題すら公表することを躊躇しない。ヘンリー王子の場合、母親ダイアナ元妃の悲劇も重なってくる。

 ヘンリーとウイリアムは独身時代、仲のいい兄弟と言われてきた。ウイリアム王子が冗談で「僕は国王になりたくないよ」と言うと、ヘンリー王子は「それなら、僕にくれて」といったという。兄弟の間では、「ヘンリーは自由を、ウイリアムは特権を」と、一種の棲み分け、役割の分担が行われてきた。

 それがメーガン妃とヘンリー王子が婚姻することで、ウイリアム王子夫妻とヘンリー王子夫妻の間には一種の対立が浮かび上がり、両夫妻の間に隙間風が吹き出してきた。ヘンリー王子がメーガン妃の助言に乗って、英王室の負の輪を断ち切るために米国に移住していったわけだ(「英王室に住む『幽霊』の話」2021年3月10日参考)。

 オーストリア最大の日刊紙クローネン日曜版(6月6日)ではヘンリー王子の近況を特集していたが、その中でオーストリアの心理療法士、マルティーナ・ライボヴィチ博士は、「ヘンリー王子は自身の内的葛藤、英王室での生活を赤裸々に公開し、聴取者や聞き手に同情を勝ち取ってきたが、その一方、自分は犠牲者だというメンタリテイが自身の中で固定化していった」と分析している。すなわち、ヘンリー王子は常に「自分は犠牲者だ」と考えるようになっていく。その結果、ヘンリー王子は犠牲者ステイタスから抜け出せなくなり、犠牲者メンタリテイの犠牲者となるというわけだ。

 それでは犠牲者メンタリテイはどこに起因するのだろうか。聖書学的にはカインとアベルからともいえる。神の祝福を受けたアベルと祝福を得られなかったカインとの戦いから始まったというわけだ。それがヤコブの時代に入って、兄エソウとのヤコブの和解が成立したことから、勝利者を意味するイスラエルという呼称が与えられたといわれている。

 聖書の話をしなくても、英国民なら兄弟間の葛藤と言えば、英ロックバンドのスター、オアシスの兄ノエル・ギャラガーと弟リアム・ギャラガーとのいがみ合いを思い出す人が多いかもしれない。ギャラガー兄弟のいがみ合いから最終的にはグループは解散に追い込まれていった(最近になって、兄弟の和解が進んでいて、グループの再結成という話も流れてくる)。

 ただ、犠牲者メンタリティはカインとアベルの兄弟間の戦いよりもっと広範囲の世界、神から愛されている者とそうではない者の間の葛藤から生まれてくるのもではないだろうか。米国では少数派の権利を擁護する人種差別反対運動や性少数派(LGBT)擁護が広がっている。民主党が選挙対策の一環として「黒人は常に犠牲となっている」と口癖のように主張してきたこともあって、多くの黒人は、「自分たちは犠牲者だ」と信じている。「自分はあなたよりもっと犠牲となった」と、犠牲者争いのような状況すらみられる。その犠牲という言葉の背後には、「私はあなたのように愛されてこなかった」という告発が潜んでいることを見逃してはならないだろう。そのため、「ブラック・ライブズ・マター(BLM )」運動は時には攻撃的な言動に走る。アピールではなく、告発だから、加害者を見つけ出して訴えなければならないからだ。

 欧米社会では弱者、犠牲者を過大に擁護する傾向がある。その結果、そのステイタスに甘んじる少数派が増えてきている。社会学者はそれを「犠牲者メンタリティ」と呼んでいる。犠牲者メンタリティは「われわれは多数派によって迫害され、虐待されてきた。全ての責任は相手側にある」という思考パターンだ。フェミニズム、ミートゥー運動もその点、同じだ。しかし、それが行き過ぎると、弱者、少数派の横暴となる一方、強者=悪者説が広がり、強者は守勢を強いられる。社会は活力を失い、健全な社会発展にもブレーキがかかる(「成長を妨げる『犠牲者メンタリテイ」2019年2月24日参考)。

 ヘンリー王子の「犠牲者精神」に戻る。36歳の王子の話を聞く世界の聴取者は彼に涙と同情を禁じ得なくなる。ヘンリー王子がメーガン妃のように俳優出身だったら、その役を終わると、化粧落としをする。そして次の台本に基づいた新しい役作りに取り組む。しかし、ヘンリー王子は俳優ではないので、いつまでその役を続けるべきか分からない。俳優業の先輩、メーガン妃は、ヘンリー王子が犠牲者役に疲れてきたら素早く助言すべきだろう。「あなた、その役は終わったのよ」と。

フィリップ殿下演出の自らの「葬儀」

 エリザベス女王の夫、英国のフィリップ殿下(99)の葬儀が17日、ロンドン近郊ウィンザー城内の聖ジョージ礼拝堂で執り行われた。当日はロンドンにしては珍しく快晴に恵まれていた。新型コロナウイルスの感染を防ぐために、葬儀参加者は30人と制限された(筆者は2時間余りの葬儀式典をオーストリア国営放送を通じてフォローした)。

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▲フィリップ殿下の葬儀風景(2021年4月17日、オーストリア国営放送の中継から)

 エリザベス女王はフィリップ殿下とは73年間、公的にも私的にも生涯を共に過ごした。女王は13歳の時、フィリップ殿下と初めて知り合っている。当時王女だったエリザベス女王は、その時「将来の相手はこの人と」と考えたという。一言で言えば、女王の「一目惚れ」だったわけだ。

 殿下は海軍出身で軍人としてのキャリアを積んでいきたい夢があったという。婚姻後、しばらくは2人でゆっくりと新婚生活を過ごせると考えていたが、エリザベス王女(当時)の父親、国王ジョージ6世の突然の崩御(56歳)で人生の設計は激変した。長女のエリザベス王女は25歳の若さで「女王エリザベス2世」に即位し、殿下は海軍キャリアを放棄せざるを得なくなった。

 妻がエリザベス2世に即位した後、殿下は公務では常に妻の2、3歩後ろからついていく立場となった。この時期、フィリップ殿下が単独で外遊するなど、夫婦関係が厳しくなった、といった憶測が流れたほどだ。

 73年間、エリザベス女王と共に歩んできたフィリップ殿下はある晩餐会で「夫婦生活を支えるのはやはり相手に対する寛容だ」と述べている。公務では妻の後を歩くフィリップ殿下だったが、家庭に戻ると「殿下が主人だった」という。賢明な女王は殿下の主人ぶりを快く受け入れてきたという。エリザベス女王にとって、フィリップ殿下は本音を語れる唯一のパートナーだったわけだ。BBC放送記者は「Great Partner」と呼んでいた。
 
 英国民は殿下に対し「我々の女王を常に世話して大切にしてくれた」として尊敬を払っている。そして殿下と会った人々は等しく「ユーモアのある殿下だった」という。殿下のユーモアは多分、公務で疲れた女王の心を解す瞬間でもあったのだろう。

 ところで、米小説家マーク・トウェインは「ユーモアの源泉は喜びではない。苦しさや寂しさからだ」と述べている。貧しい貴族出身の家庭に生まれ、家族が傍にいない環境で育った殿下が生き延びるために学んできたのがユーモアだったのかもしれない。殿下のユーモアは時には物議をかもしたこともある。

 殿下と女王の間には3人の息子と1人の娘が生まれたが、殿下は長男のチャールズ皇太子より、アン王女が好きだったという。チャールズ皇太子が繊細で傷つきやすい性格だったのに対し、アン王女は男性的で活動的だったからだ。殿下は海軍出身者であり、強くたくましい子供を願っていた。ちなみに、殿下は亡くなる直前、そのチャールズ皇太子に「あとは君の責任だ。女王をケアしてほしい」という願いを託した。

 エリザベス女王と殿下は「我々の子供たち夫婦はなぜ離婚するのか」と悩んできたという。長男チャールズ皇太子、次男アンドルー王子、長女アン王女の夫婦が離婚し、破綻したことが辛かったのだ。チャールズ皇太子とダイアナ妃の婚姻はメディアで大きく報道され、アンドルー王子の醜聞、そしてアン王女の離婚と多くの波乱があった。

 殿下は自身の葬儀を自ら計画し、オーガナイズした。国葬としないこと、棺を運ぶ専用車に自身が愛する車を準備し、ゲストは直接の家族関係者に絞った。葬儀の式典は、追悼の空砲と鐘が鳴らされた後、始まり2時間あまりで終わった。多くの国民はテレビの中継を通じてフォローした。葬儀中、エリザベス女王は顔を沈めていた。米国から葬儀に参席したハリー王子が目を拭うシーンが写った。殿下が愛した孫だ。

 なお、エリザベス女王は宮殿関係者に「コロナ禍のため公務が少なくなったので、殿下と一緒の時間を多く持つことができたことは幸いだった」と語っている。

英国王室に住む「幽霊」の話

 当方はウィーン時間8日午後1時50分からCBS放送のヘンリー王子とメーガン妃とのインタビュー番組を観た。ヘンリー王子夫妻がテレビ放送との長時間インタビューを受けるのは昨年3月、英王室を出て以来初めて。司会者は米国で有名なトークショーのオプラ・ウィンフリーさん。

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▲ヘンリー王子とメーガン妃の結婚式(2018年5月19日、英BBC放送の中継から)

 ヘンリー王子夫妻が英王室を出ていくことになった背景に質問が集中した。司会者のウィンフリーさんはメーガン妃との対談の最初に「メーガン妃のスタッフ虐め」というメディア報道の真偽を聞いた時、メーガン妃は「事実ではない」と否定する一方、メーガン妃が欧州に入って以来、英王室の慣習に慣れるために苦労したが、「助けを求めても、誰も助けてくれなかった」と述べ、英王室での孤独な日々を語った。「絶望から自殺も考えた」と吐露した時、彼女の目が少し潤んだ。

 当方がインタビューの中で関心を引いた点はメーガン妃が英王室を「Institute」(インスティテュート)という表現で何度も呼んでいたことだ。英国国民は英王室を「会社」「カンパニー」と呼んでいる。英王室という「会社」を如何に守るかが英王室関係者にとって至高の使命という。インタビューの後半、対談に加わったヘンリー王子も「自分も兄ウィリアム王子も(そのインスティテュートに)囚われている身だ」と語っていたのが印象深かった。

 メーガン妃は息子アーチーに王子の称号が与えられないということをヘンリー王子から聞いて、驚いた。王子の称号がなければ、英王室からの保護が得られないことを意味するからだ。その理由について「誰も答えてくれなかった」という。メーガン妃がアフリカ系米国人の母を持つ血統であり、「子供の肌の色がどうなるか」で英王室関係者の間で話し合われていたことを知って、さらにショックを受けた。

 メーガン妃は恣意的かどうかは別として「英王室の人種差別的発言」というテーマに拘っていた。司会者が別のテーマに話を移そうとするとき、メーガン妃は「肌の色」という問題に戻そうと腐心している。実際、同対談を報じた外電は「メーガン妃が英王室を人種差別的と批判」と速報を流していた。

 同時に、ヘンリー王子が英王室から追放されたため、その保護がなくなったことを指摘し、メーガン妃は「ヘンリーには保護が必要だ」と訴えていた。司会者が数回、「どのような保護を必要としているのか」と訪ねたが、彼女からは曖昧な答えしか戻ってこなかった。メーガン妃は対談では英王室関係者の具体的な名前を挙げて批判することを避けていた。

 ヘンリー王子だけではない。メーガン妃も自身の歩みをヘンリー王子の母親ダイアナ元妃の悲劇にオーバーラップさせている面がある。同時に、ダイアナ妃の息子ヘンリー王子の保護を求めるメーガン妃には、ダイアナ妃が単に交通事故死ではなかったという思いが強いのかもしれない。

 英王室でアフリカ出身の血統が広がることを警戒する何者かが暗躍しているのだろうか。その何者かは英王室を管理する人物、組織、会社経営者ということになる。エリザベス女王も英王室の存続を担当するメンバーに過ぎないとすれば、英王室関係者を牛耳っている何者かが背後にいるはずだ。「ヘンリーには保護が必要だ」というメーガン妃の発言の真意は英王室から出ていった王子に具体的な危険があるからかもしれない。

 バチカンは「秘密の宝庫」といわれてきた。長い歴史を通じ、時の教皇を通じてその組織を陰でコントロールする存在が暗躍している、といわれてきた。米大統領選でもメディアでは頻繁にダークステート(DS)という言葉が登場してきた。この場合、米大統領選を陰で牛耳っている組織、国家、グループの存在を意味していた。彼らはあらゆる手段を駆使して目的を全うする。英王室にもそのような影の支配者がいるのだろうか。

 メーガン妃との対談を聞いていて、「メーガン妃は英王室で幽霊を見たのではないか」と漠然と感じた。メーガン妃は英王室に住んでいる霊的な存在に恐怖を感じ、王室から逃げていったのではないか。「子供の肌の色」について話していたという情報について、ヘンリー王子もメーガン妃もその発言者名を明らかにしなかったのは、英王室関係者の名誉を守るという目的からではないことは確かだろう。ひょっとしたら、一種の幻聴かもしれない。ヘンリー王子はその声を聞き、メーガン妃に伝えた、というのが真相ではないか。ちなみに、英メディアは「子供の肌の色」問題を取り上げたのは失言が多いフィリップ殿下ではないかと推測している。

 影の支配者、幻聴、そして幽霊といった言葉を使用すると、「当方氏はいよいよおかしくなった」と冷笑されるかもしれないが、当方は真剣だから、もう暫く忍耐してほしい。長い歴史を誇る欧州の王室には至る所に幽霊がいるのだ。人が神に話しかければ、「あの人は信心深い人」といわれるが、神が彼に話しかけたといえば、「彼は狂人だ」と冷笑されてしまう。ヘンリー王子もメーガン妃も「英王室で出現する幽霊の話」はタブーだ。誰だって「狂人」と思われたくないからだ。

 ただし、ヘンリー王子夫妻には結婚後、幽霊が付きまとうことになる。エリザベス女王はヘンリー王子夫妻に結婚祝いに新居を与えている。イギリスのノーフォーク州にある王室所有のサンドリンガム別邸だ。周辺は美しい自然に恵まれている。外観は素晴らしいが、実は幽霊屋敷として知る人ぞ知る謂れのある屋敷だった。

 その屋敷にエドワード7世の息子、アルベルト・ヴィクター(クラレンス公)が生まれた。アルベルトは家族からエディ(Eddy)という愛称で呼ばれていた。彼は学校ではあまり成績の良くない子供だった。大学では豊富な自由時間にポロを興じたり、様々な享楽に耽った。女性から男性、アルコールから麻薬まで全ての享楽の世界に入り込んでしまった。そして1892年、肺炎で死んでしまった。28歳だった。歴史家によると、死因は肺炎ではなく、梅毒だったという。

 問題はエディが亡くなっても彼は自分の屋敷から離れようとしなかったのだ。エディの死後、弟のジョージ(ヨーク公)家族が住んだが、彼らは「屋敷に暗いオーラが漂い、心地よくなかった」という。それ以降、誰もその屋敷に住む者がいなくなったというわけだ。

 エリザベス女王はエディの話を知っていたはずだが、その屋敷をヘンリー王子とメーガン妃の結婚祝いに贈呈したわけだ。女王には悪意がなかったはずだ。当方の解釈だが、「若い彼らならば幽霊が出ようが問題ないだろう」と女王は軽く考えていたのではないか。その話を聞いた直後、ヘンリー王子夫妻は別の屋敷を探しているというニュースが流れた。

 幽霊は英王室だけに出現しているわけではない。スウェーデンのカール16世グスタフ国王の妻シルビア王妃は、首都ストックホルム郊外のローベン島にあるドロットニングホルム宮殿について「小さな友人たちがおりまして、幽霊です」と述べている。2017年1月4日放映のスウェーデン放送の番組の中で語った。ドロットニングホルム宮殿は17世紀に建設され、世界遺産にも登録済み。王妃は、「とても良い方々で、怖がる必要なんてありません」と強調した。国王の姉クリスティーナ王女も同じ番組で、「古い家には幽霊話が付きもの。世紀を重ねて人間が詰め込まれ、死んでもエネルギーが残るのです」と主張。王妃の話を支持したという(「欧州王室に『幽霊』と『天使』が現れた!」2017年1月6日参考)。

 最後に、なぜ幽霊はヘンリー王子とアフリカ系の母親を持つメーガン妃の間から生まれる子供の肌の色について囁いたのか。幽霊は英王室の歴史と関係があるはずだ。アフリカ大陸から欧州に連れてこられた人物かもしれない。それとも何らかの不祥事で亡くなった英王室関係者かもしれない。幽霊の出自を調査するのは難しいが、英王室には幽霊が住んでいるとみて間違いないだろう。

 王室育ちのヘンリー王子にとって「王室に住む幽霊」との出会いは初めてではなかっただろうが、米国の女優世界から英王室入りしたメーガン妃にとって文字通りショックだったはずだ。その幽霊が「生まれてくる子供の肌の色」に関心があることを知って、メーガン妃は恐怖を感じたはずだ。それが、英国国民を震撼させたメグジット(メーガン妃と英国EU離脱=ブレグジットを繋ぎ合わせた表現)の真相ではないか。

英野党指導者「中国に損害賠償請求を」

 ナイジェル・ファラージ氏(56)は英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)を積極的に推進し、長い間欧州議会議員を務めてきた政治家だ。同氏が12月27日、ニューズウイークに、新型コロナウイルスの感染問題をテーマに「今年のクリスマスを台無しにしたのは中国共産党政権だ」と強調し、新型コロナ感染によって生じた損害の賠償を北京政府に求める記事を寄稿している。同氏の大衆迎合的な姿勢には批判もあるが、新型コロナ感染問題で中国の責任を追及する論調には拍手を送りたい。以下、同氏の主張の一部を紹介する。

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▲中国を厳しく批判するファラージ氏(ウィキぺディアから)

 EUがワクチン接種開始を宣言した直後、英国内で感染力が強い新型コロナウイルスの変異種が見つかり、英仏海峡が一時的に閉鎖されたが、同時に、認可され、接種が始まったワクチンの有効性に懸念を表明する声が飛び出すなど、クリスマスを祝う人々の移動は再び制限されてしまった。

 よほど頭ににきたのだろう。ファラージ氏は、「クリスマスの祝日は中国によってキャンセルされてしまった」と怒りを発し、同時に「驚くべきことは、クリスマスを台無しにされたにもかかわらず、中国への批判の声が余り聞かれないことだ」と指摘する。

 同氏は、「新型コロナウイルスが中国からもたらされたことは明確だ。中国共産党政権はそれを隠蔽し、その間多くの中国人が世界を飛び歩いてきた。中国は嘘をつき、人々は死んでいった」と強調し、「今週、人々の不気味な沈黙の背後に何があるのかをを見つけた」という。そしてジョンソン英首相が国民にクリスマスの日に家族で集まるのをやめ、各自、家に留まるべきだとアピールしているのを聞いて、「高まる怒りを感じた」と吐露。そこでツイッターで「クリスマスはキャンセルされた。中国のせいだ」と発したというわけである。

 ファラージ氏によれば、4万5000の人々がリツイートしてきたという。同氏は、「私への膨大な支持は多くの人々が新型コロナウイルスへの中国側の対応やウイグル人への残虐な政策に怒り、この残虐非道な政権に対して可能な限り関わらないことを願っていることを端的に示している」と解説したうえで、「それにしてもなぜ西側の政治指導者は中国共産党政権に批判の声を挙げないのか」と問いかけている。

 同氏のツイート後、中国国営メディアの「チャイナ・デイリー」記者から同氏への攻撃的で下品な言葉の非難が飛んできたという。たとえば、「マスクを着けて、話すのを止めろ」、「トランプのような民族主義者め」といったものだ。

 このコラム欄では海外に派遣されている中国外交官の品性のなさ、ヤクザのような言動について「戦狼外交」と呼んで報告してきたが、中国外交官だけではなく、中国人ジャーナリストにも「戦狼ジャーナリスト」がたむろしているわけだ(「世界に恥を広める中国の『戦狼外交』」2020年10月22日参考)。

 中国のメディアでは、「中国は素晴らしい政府のおかげで国民の日常生活は正常化したが、西側民主主義国では新型コロナ感染で国民経済は完全に混乱している」といった揶揄ったトーンがある。ファラージ氏は、「自分は批判や中傷には慣れているが、問題は、公の立場にある多くの人々がこの種の中傷批判を避けるために沈黙という安易な選択に陥っていることだ」と指摘している。

 ファラージ氏は、「私は今、中国の監視網に入ったので、今後様々な嫌がらせが来るだろう。私のケースは細やかな例に過ぎない。東南アジア地域では中国の覇権の手が伸びてきているから、懸命にそれに応戦している。トランプ米政権は台湾や東南アジア諸国に巨大な支援をしている。ジョー・バイデン氏のホワイトハウスは中国に対し、はっきりと対抗姿勢を見せることができるだろうか」と述べている。

 同氏は、「私が恐れることは、西側政府の中に中国の横暴な強権政治に対して立ち上がる勇気のある政府がないことだ。我々は中国に依存してきた。中国共産党政権は自国民さえ無慈悲に殺害し、一党独裁政治に従わせている国だ。実際、西側の多くの政治家は中国に買われている」と批判する。

 そして最後に、「このパンデミックは中国のせいだ。西側は世界経済に与えた損害の賠償を要求すべきだ。これこそ私の2021年、追及していきたいテーマだ。中国共産党政権が私を嫌うことはハッピーだ。私に対する称賛を意味するからだ。しかし、どれだけの人々が中国と対抗し、北京から非難を浴びても耐えられる準備があるだろうか」と、重ねて問いかける。

 ジグマ―ル・ガブリエル独外相(当時)が2018年2月17日、独南部バイエルン州のミュンヘンで開催された安全保障会議(MSC)で、中国の習近平国家主席が推進する「一帯一路」構想に言及し、「新シルクロードはマルコポーロの感傷的な思いではなく、中国の国益に奉仕する包括的なシステム開発に寄与するものだ。もはや、単なる経済的エリアの問題ではない。欧米の価値体系、社会モデルと対抗する包括的システムを構築してきている。そのシステムは自由、民主主義、人権を土台とはしていない」、「現代で中国だけが世界的、地政学的戦略を有している。一方、欧米諸国はそれに対抗できる新しいグローバルな秩序構築のアイデアを提示していない」と語り、大きな反響を呼んだことを思い出す。ファラージ氏の今回の記事は、それに匹敵する鋭い中国批判だ。(「独外相、中国の『一帯一路』を批判」2018年3月4日参考)

ジョンソン首相「親中路線」見直しか

 当方はこのコラム欄で「ジョンソン首相と太永浩氏に注目」(2020年4月19日参考)を書き、ジョンソン首相に対しては、中国発新型コロナウイルスに感染して入院、集中治療室での治療から回復体験した首相がその後の対中政策にどのような変化を見せるか注目したいと述べた。

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▲新型コロナ問題に言及するジョンソン首相(英首相府ダウニング街10番公式サイトから、2020年5月10日)

 欧州連合(EU)離脱交渉で躓いたテリーザ・メイ首相の後継として、昨年夏に就任したボリス・ジョンソン首相(55)は新型コロナに対しては当初、トランプ米大統領と同じく楽観的な受け取り方をしていたが、新型コロナが欧州で猛威を振るい、首相自身が感染して入院する羽目になった。退院後の発言などから、ジョンソン首相はかなり重症で集中治療室(ICU)に入り、命の危険もあったことが判明した。

 首相は4月12日に退院すると、官邸のダウニング街10番地には戻らずロンドン北西にある首相公式別荘「チェッカーズ」で静養を続け、その数週間後、日常の政治活動を再開した経緯がある。

当方の関心はロンドン市長時代から親中派だったジョンソン首相が新型コロナに感染し、生命の危機を体験したことでその政治路線が変わるだろうかにあった。サウロがパウロに変わった話は有名だが、人は大きな体験をすれば「その後」必ず変わるものだ。ジョンソン首相も例外ではないと考えたからだ。そして、その予想はどうやら当たりそうなのだ。 

 英紙ガ―ディアンが24日報じたところによると、ジョンソン首相は2023年まで3年以内に中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)を英国の第5世代移動通信システム(5G)網から完全に排除する計画だという。

 トランプ米大統領はファーウェイが国家の安全を脅かす危険性があるとして市場からの排斥を進めてきたが、米国と親密な同盟国の英国ジョンソン首相は今年1月28日、国内5G網整備について、「コア部分を除き、その他周辺機器については中国の華為技術の参入を容認する」と決定し、トランプ政権を少しがっかりさせた。英国与党・保守党議員からもジョンソン首相の決定に反対する議員がファーウェイ排除の法案を提出したが、否決されている。それから4カ月後「今後3年の間にファーウェイの5G網の関与を完全に排除する」と方針を変えたわけだ。

 ジョンソン首相の親中路線に変化が見えたのは、新型コロナ感染体験があったからではないか。ガ―ディアンは「英国家サイバーセキュリティ・センター(NCSC)が24日、ファーウエイの脅威に対して見直しを実施した結果」と説明していたが、その背後には、ジョンソン首相の中国共産党政権への見直しがあったのだろう。

 中国発ウイルスで英国でも多数の感染者、死者数が出てきている。同時に、新型ウイルスの実態を隠蔽してきた中国共産党政権に対して国内で批判的な声が高まってきている。そして今、ジョンソン首相は中国傾斜路線の見直しを示唆したわけだ。

 ジョンソン首相はロンドン市長時代から中国寄りだった。習近平国家主席が推進する新しいシルクロード「一帯一路」を高く評価してきた。その中で、ファーウエイは昨年、「人工知能研究センター」、そして「5Gイノベーション&エクスペリエンスセンター」を開設するなど、ロンドンを拠点として着実に基盤を構築してきている。

 ジョンソン首相はEU離脱(ブレグジット)後の国民経済の活路を中国市場に見出し、中国企業との関係を強化してきた。ロンドン市長時代(在任期間2008〜16年)には、ロンドンと上海の2大金融拠点の連携を強化、その結果、昨年年6月17日、上海・ロンドン株式相互接続(ストック・コネクト)が正式に始まっている。ちなみに、昨年1〜8月にかけて、中国企業に買収されたイギリス企業は15社、買収価格は83億ドルに上る。

 ガ―ディアンによれば、ジョンソン首相の親族関係者には中国と関係が深い人物が多い。ジョンソン首相の父親スタンリー・ジョンソン氏は駐ロンドン中国大使と面識があり、首相の弟ジョー・ジョンソン氏は大学担当大臣在任中、イギリスの大学代表団を率いて中国視察ツアーを行い、中国の教育大臣らと対談し、レディング大学と南京情報科学技術大学(NUIST)との提携を取り付けた。首相の異母弟、マックス・ジョンソン氏は北京大学でMBAを取得した後、香港のゴールドマン・サックスに入社。現在は中国向けに製品を販売する企業を対象とした投資会社を運営している、といった具合だ(海外中国メディア「大紀元」4月20日参考)。

 ジョンソン首相は欧米指導者の中で唯一、新型コロナを自分の身体で体験している。その首相がこれまでの親中政策から決別すれば、北京にも大きな影響を与えるだろう。ジョンソン首相の親中路線の見直しがうまくいくかどうかは現時点では不確かだが、注目すべき変化だ。

ジョンソン首相と太永浩氏に注目

 当方は今、2人の政治家の「今後」に注目している。1人は大衆迎合型政治家(ポピュリスト)として、いい悪いは別として人気があって、欧州連合(EU)離脱交渉で躓いたテリーザ・メイ首相の後継として、昨年夏に就任したボリス・ジョンソン首相(55)だ。もう1人は15日の韓国総選挙で野党から出馬して当選した元駐英北朝鮮公使の太永浩氏(57)だ。なぜ2人に注目するのかを以下に説明する。

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▲エリザベス女王から首相に任命されたボリス・ジョンソン氏(2019年7月24日、英宮殿内、BBC放送から)

 ボリスは同棲していたキャリー・シモンズさんと共にダウニング街10番地に入居した際、動物ハウスから1匹の犬、ジャックラッセルの小犬ディリンをもらった。その話はこのコラム欄でも紹介したが、英メディアで「ディリンが動物ハウスに戻された」という情報が流れた時は驚いた(その情報の真偽は不明)。パートナーが妊娠中ということもあって、ボリスは犬にまで神経がいかなくなったのか、と漠然考えていた。

 その直後、ボリスが新型コロナウイルスに感染していることが判明した。軽症だろうといわれていたが病状は重く、ロンドンのセント・トマス病院に入院、翌日には集中治療室(ICU)に移された。人工呼吸器は使用しなかったが、かなり重症だった。

 ボリスは12日に退院すると、官邸には戻らずロンドン北西にある首相公式別荘「チェッカーズ」で静養を続けると説明した。ドミニク・ラーブ外相が首相の公務を代行している。

 入院直後、「ベットで仕事をしている」とツイートしていたボリスが新型コロナから回復すると、仕事でなく静養に入ったわけだ。退院直前のボリスの写真が1枚、発信されていたが、少しやせた感じがした。ポピュリストらしいキラキラした目ではなく、かなり考えている目だった。それを見たとき、「ボリスは入院中、いろいろと考えたのだろう。ひょっとしたら、彼は大きく変わったのかもしれない」と直感した(読者の皆さん、これは当方の一方的な直感で、根拠があるわけではありません)

 人は死を眼前にするとやはり深刻に考える。人生の意義、死後の世界などについてだ。ボリスも入院中、考えたはずだ。彼はブレグジットのために奮闘し、国民を扇動しながら歩んできた。そして首相の座にまで上り詰めた。ブレグジットは実現した。残された仕事はブリュッセル(EU本部)との離脱後の条件交渉だけだ。年内には終わるだろうと予想されていた。

 その時、新型コロナウイルスにやられてしまった。病状は深刻だった。回復すると、医師団の指示に従って、ダウニング街10番地に戻らず、別荘で静養生活を始めたと聞いた時、ボリスは入院中に人生の生き方を変えるような体験をしたのだろうか、と考えた次第だ。

 退院する時、ボリスは病院関係者に丁寧にお礼をしている。回復した嬉しさのためか、助けてくれた医師や看護師たちに本当に感謝している姿だった。英メディアによれば、ボリスは医療者関係者たちに「皆さんの献身的な対応は一生忘れません」と述べたという。

 人は変わる。ボリスは新型コロナに感染し重症化した世界最初の指導者だ。その体験が今後の政治運営に反映すると考えるのはおかしくないはずだ(「ボリス(ジョンソン)で大丈夫か?」2019年7月25日参考)。

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▲太永浩氏(ウィキぺディア)

 もう1人は元駐英北朝鮮公使だった太永浩氏だ。同氏の著書「北朝鮮外交秘録」(文芸春秋刊)を読んで以来、同氏に強い関心をもっている。彼は韓国に亡命した後、自分の余生を「北朝鮮の独裁政権から同胞を解放するために捧げたい」と述べてきた。彼の著書は脱北者出身者とは思えないほど客観的な筆運びで記述されていた。非常に賢明な外交官という印象を受けた。

 太永浩氏は韓国総選挙ではソウル市江南地区から保守系最大野党「未来統合党」公認で出馬し当選した。脱北者が比例代表で当選した例はあったが、選挙区で当選したのは太氏が初めて。 太氏は2016年8月に家族と共に韓国に亡命した。

 これまでのところ、北朝鮮の国営メディアで太永浩氏の当選を報じる記事は見当たらないが、同国は太氏が韓国に亡命した時や総選挙出馬の時には激しく批判してきた経緯がある。

 太永浩氏は「金正恩政権が20年内に崩壊する」と予言している。南北融和路線を推進する文政権にとって、北の内情に通じた太永浩氏が国会議員となって活躍しだしたら、さまざまな軋轢が生じるかもしれない。太永浩氏には、文政権の親北路線での問題点があれば、積極的に指摘してほしい。

 聯合ニュースによると、太氏は当選確定後、「政府が北朝鮮の現実を直視し、持続可能な対北朝鮮政策を展開できるよう全力を尽くす」と決意を表明した。同氏は身辺の安全にはくれぐれも注意し、南北再統一に貢献して頂きたい。

ボリス(ジョンソン)で大丈夫か?

 ボリス・ジョンソン氏(55)は24日、エリザベス女王から正式に首相に任命された。ボリス号はいよいよ就航する。英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)では「英国の要求が受け入れられない場合、合意なき離脱も辞さない」という強硬姿勢を表明し、ブリュッセルを脅迫してきた経緯があるだけに、英国の異端児の政治に一抹の不安と懸念の声が絶えない(このコラムでは以下、愛称のボリスで呼ぶ)。

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▲エリザベス女王から首相に任命されたボリス・ジョンソン氏(2019年7月24日、英宮殿内、BBC放送から)

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▲ロンドンの首相官邸前で演説するボリス・ジョンソン新首相(2019年7月24日、ロンドンで、BBC放送から)

 明確な点は、離脱強硬派のボリスの登場で、2016年6月の国民投票の結果を受け、進められてきた英国のブレグジット日程の再延長はなくなり、遅くとも10月末には実現する可能性が高まったことだ。ある意味で、ブリュッセルにとってもボリスの登場は朗報かもしれない。

 ボリスは国民投票前、「EUの統合プロセスはナポレオン、ヒトラーなどが試みたものであり、それら全ては最終的には悲劇的な終わりを迎えた、EUはヒトラーと同じ目標を追求している。超大国だ」と英日刊紙デイリー・テレグラフで述べている。

 テリーザ・メイ前首相はブリュッセルとの離脱交渉で合意した内容を3度、議会で拒否され、最終的には辞任に追い込まれたが、ダウニング街10番地の首相官邸前で辞任の意向を明らかにした時のメイ前首相の姿は忘れられない。メイ前首相の目頭から涙が落ちそうだった。そのシーンは英国の離脱交渉の困難さとその難題に3年間余り取り組んだ女性首相の一途さを端的に物語っていた。

 その英国でメイ氏に代わり“英国版トランプ”といわれるボリス新政権がスタートする。このトップのチェンジが吉と出るか、凶と出るかを判断できるまでもうしばらく時間が必要だろう。

 英国はEU内でドイツに次いで第2番目の経済大国であり、EU内ではフランスと共に軍事大国であり、核保有国だ。その英国の離脱は英国の命運と共に、EUの未来をも左右させる一大政変だ。英国の離脱交渉に集中し、「英国なきEU」の未来についてじっくりとした議論がこれまで聞かれないことに少し懸念が残る。英国がEUに占めてきた経済実績は全体の15%、EU人口の13%だ。その大国が抜けた後はEU全体の国際社会に占める存在感、パワー、外交力は弱体せざるを得ないことは明らかだ。

 難問は、英国領の北アイルランドとEU加盟国のアイルランドとの国境問題に関するバックストップ(安全策)だ。ボリス氏はブリュッセルに強硬姿勢を見せてくるだろう。メイ首相とEU側が合意した内容では、アイルランドの国境管理問題が解決するまで、英国がEUとの関税同盟に一時的に留まるという内容だ。ボリスはブリュッセルから何らかの譲歩がない限り、離脱に伴う打ち切り金の支払いを拒否する意向さえ匂わせているだけに、ブリュッセルは対応で苦慮するかもしれない。

 フォンデアライエン次期委員長は英国との離脱交渉の合意の見直しに応じる可能性を示唆しているが、EUの基本方針は明確だ。EUのミシェル・バルニエ主席交渉官は「ブリュッセルは英国と新たな交渉をする考えはない」と、はっきりと警告している。

 ボリスは何がなんでも離脱を早期実現したい考えだ。ただし、ボリスのこれまでの政治キャリアを振り返ると、同氏は変わり身の早い政治家だ。ロンドン市長、庶民院議員、外相などを務めてきた。これがダメなら、あれだ、といったいい意味で柔軟性があり、現実的だ。

 ちなみに、ボリスは政治家になる前、英紙のブリュッセル特派員だったが、EUに懐疑的なボリスの記事をマーガレット・サッチャー(元首相)は大好きだったという話が伝わっている。

 ボリスの最大の武器は演説の巧みさだ。独週刊誌シュピーゲルはボリスの政治スタイルをシニカルに評している。ボリスは自身の発言の内容に問題点があり、追及されると、素早くジョークを飛ばし、焦点をずらす。批判した者はそのジョークの面白さに心を奪われ、何を批判したかを忘れてしまうのだ。政界の暴れん坊・ボリスがこれまで大きな致命傷を受けずに生き延びることができたのは、自身に批判的な者を抱腹絶倒させるジョークを何時でも発せる才能があるからだろう。

 国民はボリス氏を“英国のケネディー”と受け取り、英国を大きく刷新、改善してくれる政治家と期待する一方、トランプ氏のような存在で英国政界を二分し、カオスに陥れるのではないか、と危惧する声も聞かれる。

 ボリスの父方の祖父はオスマン帝国のアリ・ケマル内相の子孫だ。第一次世界大戦中、名前を母方のジョンソンに改名している。母親の先祖はユダヤ系ロシア人だ。ボリス氏は自身の出自について「民族のるつぼから生まれた男」と自嘲的に語ったという。

 ちなみに、ボリスは自分が首相になる確率について、「エルビスと火星で出会うようなものだ」と語っている(オーストリア日刊紙プレッセ7月24日)。とにかく、ボリスの発言はユーモアと共にシニカルであり、シャープだ。


 いずれにしても、ボリスは英国をEUから離脱させた政治家としてその名を歴史に残すだろうか。それとも、英国を離脱させた後、、英国をEUに再び加盟させた稀有な政治家として歴史に記されるだろうか。後者のシナリオは案外現実味がある。換言すれば、ボリスならばあり得るシナリオだということだ。

 ボリスの理想とする政治家はウィンストン・チャーチル元首相という。ボリスが“第2のチャーチル”となるか、その確率は英国プロサッカーのプレミア王者マンチャスター・シティ―がJリーグのヴィッセル神戸に0対3で敗北するよりも案外高いかもしれない。
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