ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

英国

英首相「国民からアンディと呼ばれたい」

 バチカンニュースによると、「保守党の元党首であるボリス・ジョンソン氏は、カトリックの洗礼を受けていたものの、英国国教会の信徒として育ち、特定の宗教を実践することはなかった。一方、英国国教会の信徒であったトニー・ブレア氏は、在任中からカトリックの信仰を実践していたが、正式に改宗したのは2007年に首相を退任した後だ」という。一つの宗教を最後まで全うするのが通常と考えている人にとって、ジョンソン氏のように、生まれはカトリック、その後英国教会の信徒となり、現在は教会に距離を置いている、といった宗教歴を聞けば、「英国人は宗派に捉われない人間だ」と驚く。

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▲ダウニング街10番地で就任演説するバーナム新首相、2026年7月20日、英国首相府公式サイトから

 一般的に、英国国民は宗教の問題を政治の場に持ち込むことを好まない。そのような中、アンディ・バーナム新首相(56)が「公にカトリックの信仰を表明する初の英国の政府首脳」(バチカンニュース)ということにどれだけニュースバリューがあるか自信はないが、「何事も初物には特別の価値がある」と考え、生え抜きの初のカトリック系首相について書いてみた。ちなみに、英国の人口に占めるカトリック教徒の割合は1割弱に過ぎない。英国国教会(アングリカン・チャーチ)が最大宗派だ。

 イングランド北部リバプール近郊のアイランド系カトリックの家庭に生まれたバーナム氏は2017年5月からグレーター・マンチェスター市長を務めてきた。。バーナム氏は近隣のウォリントンでカトリック教徒として育ち、そこで侍者も務めたことがある。そして、自分の子供たちをカトリック系の学校に通わせてきた。

 英国のカトリック教会は、労働党党首のバーナム氏が英国の初のカトリック首相に就任したことに、慎重ながらも期待を寄せてきた。教会関係者は、政治の根本的な転換まではさすがには予想していないが、カトリックの社会教説が政治的行動により強く反映される可能性はあると見ている。司教協議会議長のウェストミンスターのリチャード・モス大司教は、7月20日付の祝賀メッセージの中でバーナム氏に対し、「人間としての尊厳、そして家族や社会的に疎外された人々、弱い立場にある人々のニーズに対して、真の配慮と敬意を持って行動してほしい」と控えめな要望を表明している。

 バチカンニュースには「英国初のカトリック首相」にさまざまな期待と要望が報じられている。英国の司教らは、バーナム新首相が緩和ケアに対して示している姿勢を歓迎し、カトリック系の慈善団体は貧困層への支援や気候危機への対策に取り組むにあたり、自身の信仰を指針とするよう求めている、といった具合だ。

 バーナム氏は、自身の政治的姿勢に対する信仰の影響について、「カトリック社会教説が私の政策の基盤を成している」と述べている。実際、首相に任命されるわずか数時間前に、バーナム氏はロンドンを拠点とするホームレス支援団体「ザ・パッセージ(The Passage)」を訪問している。バーナム氏は首相就任演説において、「わが国の路上からホームレス状態をなくす。正しい価値観と正しい規範を、政府運営の中心に据えることこそが重要だ」と述べている。

 政治的には、中道左派に属する労働党の政治家として、公教育、社会福祉給付、税制改革、住宅開発などを主張してきた。マンチェスター市長時代のインフラ改革や投資に関する実績は、公に高く評価されてきた。一方、中絶、安楽死、性教育、LGBTQ+の権利といった問題については、リベラルな見解を持っている。特に2015年には、同性婚をめぐり、教皇フランシスコに対し教会を「21世紀へと」導くよう呼びかけたことがある。バーナム氏が中絶問題や同性婚問題などでカトリック教会と衝突することが予想される。

 ところで、バーナム新首相は7月20日、ダウニング街10番地(首相官邸)前で就任演説をしたが、その要点は、「政治的安定の回復」「新経済モデル(大きな政府)への転換」「地方分権の推進」の3点に集約されるだろう。

  バーナム氏はここ10年間で7代目の首相(第59代英首相)だ。英国の政界は腐敗とスキャンダルが絶えなかった。国民の政治不信は深い。それ故に、政治的安定を取り戻すことを急務となるというわけだ。また、国家が経済や社会により介入する「大きな政府」への転換を掲げている。「生活に欠かせない必需品」を国家の管理(公有化)に戻し、公共料金を支払える水準まで引き下げることで、国民の生活費負担を軽減すると明言している。そして新たな経済・政治モデルの道筋を示すため、年内に「10カ年計画」を策定すると発表した。ロンドン中心主義から脱却し、政治権力をロンドン(ウェストミンスター)から切り離し、全国の地方へ権限を分散・移譲させることなども目標に挙げている。政策はかなり過激だ。

 バーナム首相は「早期の解散総選挙は行わない」と明言し、2029年までの任期をフルに使ってこれらの課題に挑む構えだ。バーナム首相は国民から「アンディ」と呼ばれることを願っているという。そのような日が早く到来することを期待したい。

「シャーロック・ホームズの日」を迎えて

 「5月22日」は名探偵シャーロック・ホームズの生みの親アーサー・コナン・ドイルが生まれた日で、「シャーロック・ホームズ・デー」と呼ばれている。アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Arthur Ignatius Conan Doyle)は1859年5月22日、スコットランドのエディンバラで生まれた。シャーロック・ホームズなどの本を書く前はわずかな期間だが眼科医だった。1902年に「サー(ナイト)の爵位が授与された。1930年7月7日、71歳で亡くなった。

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▲シャーロック・ホームズのシルエット(「The Sherlock Holmes」Book、DKから)

 日本でも多数のシャーロック・ホームズ・ファンがいるし、ホームズ関連の情報は既によく知られている。ドイルは短編「最後の事件」でホームズを崖から落として殺し、シャーロック・ホームズ・シリーズを終える考えだったが、読者の猛抗議や巨額の執筆料の提示を受け、後に復活させた話は良く知られている。シャーロック・ホームズが死んだことを知った多くの読者は当時、腕に喪章を付けて、その死を追悼したといわれている。

 当方は欧州に居住してからシャーロック・ホームズの探偵物に関心を持ち出した遅すぎたファンの一人だ。海外に住むようになって、BBCのシャーロックホームズ(2010年)やホームズがニューヨークで活躍するCBSTVシリーズ「エレメンタリー」(2012年)などを楽しく観た。

 年を取るにつれて、眠りにつくのが容易ではないこともあって、直近はもっぱらオーディオブックでシャーロック・ホームズの物語を楽しんでいる。そしていつの間にが眠ってしまうことが多い。だから、「海軍条約文書」や「ボヘミアの醜聞」などは何十回も聞いている。

 最近では、「ヤング・シャーロック」(全8話)が3月、放映された。TV用シリーズ(ガイ・リッチー監督)だが、ベーカー街の冷静沈着な名探偵時代ではなく、オックスフォード大学に通う青年シャーロックの話だ。もちろん、ドイルの作品ではないが、シャーロックと父親の関係、そして将来のライバルとなるジェームズ・モリアーティが登場する。続編が制作中という。

 シャーロック・ホームズに関連したエピソードは多い。シャーロック・ホームズのモデルはエディンバラ大学医学部時代の恩師、ジョセフ・ベル教授といわれている。教授は患者の観察から病気だけでなく、職業や経歴まで言い当てる天才的な観察眼の持ち主だったという。

 短編「ボヘミアの醜聞」の中で、ホームズはワトソンに「君は、この部屋へ上がってくる階段が何段あるか知っているか」と聞くと、ワトソンは答えられない。ホームズは「君は見ている(see)が、観察(observe)していないのだ」という有名な台詞を言う。そのシーンにはベル教授の影がちらつく。眼科医だったドイルは「見る』と「観る」の違いに人以上に拘るわけだ。

 英国の推理作家アガサ・クリスティ(1890〜1976年)の名探偵小説の主人公エルキュール・ポワロは難解な事件を事実の積み重ねから論理的な思考で解決していく。一方、シャーロック・ホームズは独自の科学的推理(アブダクション)と観察眼で難事件を解決する。その事件解決へのプロセスには違いがあるが、観察を重視する点では同じだ。シャーロック・ホームズは「マインドパレス」(記憶の宮殿)という言葉をよく使う一方、ポワロは「小さな灰色の脳細胞」という言葉が口癖となっている(「バイデン米大統領の『マインドパレス』」2024年2月10日参考)。

 伝記を読むと、息子を25歳という若さで亡くしたドイルは再び息子と話したいと、晩年には心霊主義に傾斜していく。ドイル自身はその前から心霊には強い関心を持っていたが、息子の死が大きな影響を与えたといわれている。

 興味深い点は、19世紀後半から20世紀初頭にかけ、心霊や幽霊に関心を持つ作家が多いことだ。スウェ―デンの国民的作家ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ(1849年〜1912年)は幽霊を捕まえようとしてガラス瓶を持って墓場を徘徊した話は有名だ。当時、映画や蓄音機が出てきてばかりの時代で、亡くなった人の姿や声が見、聞けることから、多くの人々は死後の世界に関心が高まっていた。フランツ・カフカも当時、映画が好きで頻繁に映画館に通っていた。ちなみに、カフカは日記の中で「シャーロック・ホームズのように観察する」といった表現を記している。

 今年7月でドイル没後96年だ。2030年には没後100年を迎える。その時にはシャーロック・ホームズが再び世界的に登場するだろう。「わが巨人軍は永久に不滅です」といった長嶋茂雄氏に倣って言うならば、「シャーロック・ホームズは永久に不滅です」。

英国、中国のスパイ工作への防衛線強化

 英国政府は1月20日、ロンドン中心部のタワーハムレットに巨大な中国大使館を建設する計画を正式に承認した。中国政府は2018年、ロンドン塔近くの旧王立造幣局跡地(ロイヤル・ミント・コート)を約2億5500万ポンドで購入。しかし、 地元のタワーハムレット評議会が22年12月、住民の安全やテロへの懸念、抗議デモによる混乱を理由に、建設申請を否決。2024年に入り、労働党への政権交代後、中国の習近平国家主席がスターマー首相に直接介入を要請。それを受け、英政府が決定権を地元評議会から引き継ぎ、独自に審査を開始。2025年: 安全保障上の精査が必要として、政府は決定を数回にわたり延期したが、先月20日、「安全保障上のリスクは管理可能」と判断して建設を正式に承認した経緯がある。

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▲訪日のスターマー英首相と会談する高市早苗首相、首相府公式サイト,2026年1月31日

 承認された大使館はヨーロッパ最大級(2万平方メートル)で、地下に200以上の部屋やトンネルがある。予定地付近には金融街の重要通信ケーブル(光ファイバー)が通っており、スパイ活動やサイバー攻撃の拠点になるリスクが指摘されてきた。今回の正式承認決定がスターマー首相の訪中直前に下されたこともあって、冷え込んだ中国との関係を修復し、経済協力を模索する政治的な譲歩ではないか、といった批判の声が聞かれた。米国のトランプ大統領は、スターマー首相の対中接近を「非常に危険な行動だ」と公然と批判し、西側諸国の足並みの乱れを懸念しているほどだ。
 
 スターマー政府は「中国は現在ロンドン市内に7つの外交拠点を有しているが、新しいメガ大使館が出来れば1か所に集約するから、監視や管理が効率的になる」という情報機関(MI5やGCHQ)の見解も踏まえて承認を決定したと説明している。

 スターマー英首相は1月末、 2018年以来となる首相の訪中を実現。冷え込んだ経済関係をリセットするために金融、医療、サービス分野での市場開放や協力強化で習近平主席と一致した。また、 英国市民が30日以内の滞在であれば中国への入国ビザが免除されることで合意している。

 ロンドン外交官リストによると、中国はロンドンに現在、約116名(2020年時点の公式記録。最新の2026年のリストでも同規模か)の外交官、職員を有している。中国はロンドン市内に7つの個別の外交拠点(外交官の宿舎や事務所)を分散して保持してきた。一方、北京の英国大使館に駐在する外交官の数は約70〜80名程度だ。2025年8月より、ピーター・ウィルソン氏が駐中国英国特命全権大使を務めている。

 ちなみに、中国はロンドンの大使館に加え、マンチェスター、エディンバラ、ベルファストに領事館を有している。英国は在中拠点を北京の大使館のほか、上海、広州、重慶、武漢、香港(総領事館)に置いている。

 英国の対中政策はその時々でアップダウンがあった。キャメロン政権下の2015年、英国・中国関係はピークを迎え、習近平国家主席が国賓として訪英し、経済協力を最優先する「黄金時代」が宣言された。しかし、香港国家安全維持法の導入や新疆ウイグル自治区の人権問題、ファーウェイの5G排除などをめぐり、両国関係は2020年以降、冷え込んでいった。

 スターマー首相は8年ぶりの訪中で習主席と会談し、両国関係のリセットを行ったわけだ。英国は常に「安全保障(対立)」と「経済(実利)」の間で揺れ動き続けてきたわけだ。

 ところで、英国には中国の情報工作機関ともいえる孔子学院(Confucius Institute)が約30か所の大学(例ロンドン大学、マンチェスター大学など)にあり、世界でも有数の設置数を誇っている。しかし、近年は「中国共産党のプロパガンダ機関」としての懸念から、英国政府による厳しい監視下にある。スナク前政権時代には「全廃」も検討されたこともあるが、2023年5月に政府は「即時の閉鎖は現実的ではない」として方針を転換した。

 多くの大学は「中国語教育や文化交流に不可欠」と主張する一方で、英下院外務委員会などは、学問の自由への干渉や、チベット・台湾問題に関する言論封殺の懸念を繰り返し指摘している。現在のスターマー首相も、安全保障上のリスクを認めつつ、中国との対話維持のためにこれらの機関を「監視しつつ存続させる」という現実路線をとっている。

 英国の大学における中国の影響力行使は、現在「学問の自由」と「国家安全保障」を揺るがす深刻な問題として、議会や情報機関で議論されている。英国の大学は政府予算の削減に伴い、海外からの資金に強く依存している。ガーディアン紙の調査によれば、英国の主要大学は過去数年間で中国企業や機関から約2億8100万ポンド(約550億円)以上の資金を受け取っている。その結果、寄付を失うことを恐れ、大学側が中国にとって敏感な問題(台湾、チベット、香港、ウイグル)に関するパネルディスカッションを中止したり、中国に批判的な講師の登壇を制限したりする自己検閲が報告されている。

 英国側が最も警戒しているのは、最先端の科学技術が中国人民解放軍(PLA)に転用されるリスクだ。シビル・サービス・ワールドなどの報道によると、AI、量子コンピューティング、極超音速、合成生物学といった分野での共同研究が、意図せず中国の軍事力強化に貢献している可能性が指摘されている。そこで英国政府はATAS(学術技術承認スキーム)を強化し、軍事転用可能な分野を専攻する留学生に対し、外務省による厳格な審査(ATAS)を義務付けている。

 2023年に発表された英下院情報安全保障委員会の報告書(China Report)は、英国の学術界が中国による「長期的かつ組織的な浸透」に対してあまりにも無防備であったと結論付け、政府に抜本的な対策を求めた。スターマー首相は今回、メガ大使館建設を承認する一方で、英国の大学でのスパイ活動や技術流出を阻止するための新たな法整備もセットで検討している。

 具体的には、中国との経済関係を維持しつつ、学術界やインフラへの浸透を防ぐため、「スパイ防止法の現代化」と「大学への直接介入」の二段構えで対策を急いでいる。
 ��. 国家安全保障法(National Security Act 2023)の運用。2023年に成立したこの新法は、これまでの古くなったスパイ防止法を大幅に刷新したもの。外国政府(特に中国やロシア)の指示を受けて英国の利益を損なう活動に従事した場合、スパイ容疑で即座に訴追可能となる。
 ��高等教育(学問の自由)法。中国からの資金提供が「言論の自由」を奪うことを防ぐ目的。
 �8Φ羂汰簡歉禹靆箒鼻�RSAS)の設立。情報機関(MI5)と政府が連携し、大学向けに「スパイ対策のコンサルティング」を行う専門組織を立ち上げた。
 ��NSI法(国家安全保障・投資法)。大学の研究から生まれたスタートアップ企業などが、中国企業に買収されるのを防ぐための強力な武器だ。

 英国が中国大使館の建設を承認しつつ、裏で防衛線を強化している背景には、次期戦闘機(GCAP)のような「国家の命運をかけた共同事業を保護する」という至上命題があるからだといわれる。英国、日本、イタリアの3カ国によるGCAP(Global Combat Air Programme)は、2026年現在、開発の核心段階に入っている。英国やイタリアの情報機関は、中国が日本を「最も脆弱な環(弱い鎖)」と見なし、日本経由で次期戦闘機のエンジンやレーダー技術を盗み取ろうとすることを警戒している。GCAPには多くの大学や民間企業が関わっているだけに、英国は、日本政府に対して厳格な精査を求めている。

 注・・上記の内容は主にBBC,ロイター通信の関連情報と人工知能(AI)のデータを参考にしてまとめた。

新カンタベリー大主教と聖公会の行方

 英国国教会は今月3日、最高指導者のカンタベリー大主教にサラ・マラーリー氏(63)を選出した。マラーリー氏は英国国教会の歴史で初の女性のカンタベリー大主教だ。元看護師。既婚者で、2人の子供がいる。国王チャールズ3世が承認し、来年3月に第106代として就任する。前任のジャステイン・ウェルビー大主教は昨年11月、国教会関係者の男性が多数の少年らに虐待を繰り返した疑惑を巡り対応を怠ったとして批判され、辞任に追い込まれた。

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▲次期カンタベリー大主教に指名されたサラ・マラーリー氏、ウィキぺディアから

 ところで、保守派「聖公会」グループ「GAFCON」の広報担当者であるルワンダ人首座主教ローラン・ムバンダ氏は16日、「私たちこそが真の英国国教会だ」という趣旨の声明を発表した。リベラル派と受け取られているマラーリー氏がカンタベリー大主教に任命されたことを受けて発表された内容だ。「GAFCON」は、女性の聖職叙任と同性愛関係への寛容さを批判してきた。

 マラーリー氏が任命されたことで、伝統的な信仰を重視する保守派と、より現代的な価値観を取り入れようとするリベラル派との間で長年続いてきた教会内の亀裂がさらに広げられ、組織の求心力が低下する可能性があると受け取られている。ただし、英国国教会は、歴史的に多様な解釈や立場の信徒が存在する組織であり、特定の人物の選出だけで「リベラル化」と断定することはできない、という慎重な声も聞かれる。以下、余り知られていない英国国教会についてまとめた。

 英国国教会は聖公会(アングリカン・コミュニオン)の母体であり、英国の「国教会」としての歴史と位置づけを持つ一方、聖公会は英国国教会から世界中に広がった、各国の独立した姉妹教会の総称だ。

 母体教会は1534年、イングランド国王ヘンリー8世がローマ教皇の承認を得ずに離婚を望んだことが直接的な原因となり、ローマ教会から離脱した。そして「国王聖下法」が制定され、イングランド国王がイングランド国教会の首長(最高指導者)となった。これにより、ローマ教皇の権威から独立した独自の教会が設立されたわけだ。

 その後、英国国教会は、聖書のみを信仰の根拠とするプロテスタント的な考え方(長老制)と、カトリック的な伝統を重んじる考え方(聖公会)が併存し、神学的、儀式的な意見の相違が生じた。英国国教会内部には、様々な教会派が存在している。

 カンタベリー大主教は英国国教会全体を代表する象徴的な存在であり、聖公会世界連盟(Anglican Communion)の議長を務める。世界中で約8500万人を抱える聖公会の儀式上のトップだ。聖公会は保守的なキリスト教徒、特に同性愛が非合法とされている国もあるアフリカのキリスト教徒と、一般的にリベラルな欧米のキリスト教徒とに分かれている。カトリック教会のような中央集権的な組織ではなく、各地域の教会が自治権を持つ連合体であり、分散型の構造を持っている。

 英国国教会は、信徒が約2600万人だ。近年、閉鎖される教会も多く、絶滅の危機にある。過去15年間で約1,000の教会が取り壊された。組織としては、チャールズ3世が最高指導者であり、イングランド全土にカンタベリー管区とヨーク管区の2つの管区が置かれ、それぞれがさらに教区に分かれている。

 一方、英国教会連合(GAFCON)は、保守的な聖公会(アングリカン)の信徒や指導者たちの連合体で、保守的な聖書解釈を支持し、性的指向やジェンダーの問題に関する「アングリカン・コミュニオン」の伝統的な教えからの逸脱を批判してきた。「GAFCON」はマラーリー氏のカンタベリー大主教任命に憤慨し、「この任命は世界中の信者に対し背を向けるものだ」と述べている。

 「GAFCON」は声明の中で、聖公会を聖書のみに基づいて再編成すると発表した。これは、聖公会改革公式文書とGAFCONの2008年の原則声明である「エルサレム宣言」に定められた信仰に基づく、自治権を持つ各教区からなる共同体を意味する。同声明ではまた、「我々は、聖公会の共同体機関、カンタベリー大主教、ランベス会議、聖公会諮問評議会(ACC)、そして首座主教会議を拒否する」と述べている。

 ちなみに、2018年からロンドン主教を務めてきたマラーリー氏は、シビルパートナーシップや結婚における同性カップルの祝福を認めるなど、教会内でリベラルな措置を支持してきたことで知られている。

ウクライナ停戦問題で蘇る英国の外交

 ウクライナ停戦問題でロンドンで急遽開催された欧州主要国首脳会談(有志国会談)は、欧州連合(EU)を離脱して5年が経過した英国が再び欧州の代表国として登場する舞台となった。
 英国のスターマー首相は1日、ワシントンでトランプ大統領らとの外交会合が決裂して意気消沈していたウクライナのゼレンスキー大統領を温かく迎え抱擁した。そのシーンは2020年1月のブレグジット以来低迷してきた英国の外交が蘇った瞬間でもあった。

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▲ゼレンスキー大統領を歓迎する英国のスターマー首相
 2025年03月1日、ロンドンで、ウクライナ大統領府公式サイトから

 スターマー首相はロンドンの会議の前にワシントンでトランプ大統領と会合し、ウクライナ停戦問題で話し合っている。ロシアとの停戦を急ぐトランプ氏に対して欧州の立場を説明するとともに、米国とロシア間の停戦交渉がうまくいくように連携姿勢を見せている。その数日後、スターマー首相は欧州の主要国にウクライナ停戦問題での欧州の役割を話し合うために首脳会談を招集したのだ。

 ロンドンで2日開催された主要国首脳会談にはウクライナ停戦問題でイニシアチブを発揮しているフランスのマクロン大統領をはじめ、EUのウルズラ・フォンデアライエン委員長、北大西洋条約機構(NATO)のルッテ事務総長らが参加した。欧州独自のウクライナ停戦案をまとめたことは、「欧州に英国あり」といった印象を世界に発信させると共に、スターマー首相の大きな外交ポイントとなったことは間違いないだろう。「ホワイトハウスの交渉決裂劇」と「ロンドンの欧州主要国首脳会談」は外交的演出という観点からみればまさにコントラスだ。

 独民間放送ニュース専門局NTVのコラムニスト、ヴォルフラム・ヴァイマー記者は4日のコラムの中で、「EU離脱から5年が経った今、英国人が旧大陸の主導的役割を再び担いはじめた。非EU加盟国がEUを団結させ、自信に満ちた新たな欧州精神の世界を切り開いたのだ。カウボーイ、専制君主、マフィアの手法を取り入れた新世界秩序の中で、イギリス人はヨーロッパ的、民主的であり、信頼でき、心地よい古風なやり方を誠実に見せた」と論評している。

 労働党のスターマー首相はこれまで華やかさに欠けた辺境の人物のように見えた。しかし今、スターマー氏は欧米間の外交の危機を巧みに利用して尊敬を集めている。ヴァイマー記者は「最初は自信がなかった首相が、突然、自信に満ちた世界政治のプレーヤーのように見える。彼は、アメリカに失望している不安なヨーロッパ人たちに優しい顔を見せている」と描写している。

 英国が蘇ってきたことから、欧州の諸問題は今後、スターマー氏、マクロン氏、ドイツの次期首相メルツ氏の3人の指導者が中心になって取り扱われていくだろう。3人はいずれも「強く、自信を持った欧州」を主張している。もちろん、問題がないわけではない。欧州の2大核保有国、英国とフランス両国の主導権争いが出てくるかもしれない。その時、EUの盟主ドイツの仲介が求められる。

 ちなみに、「EUには4億4,800万人以上が住んでいるが、米国にはわずか3億4,000万人しかいない。 EUは世界最大の工業製品とサービスの輸出国だ。世界貿易に占めるEUのシェアは13.7パーセントだが、米国は10.4パーセントに過ぎない。 EUは17兆ユーロの国内総生産を生み出している。ロシアは2兆しかない。経済的には、EUはロシアの8倍強い」(ヴァイマー記者)。

 スターマー首相は「ヨーロッパの分裂は私たち全員を弱体化させる。われわれは歴史の岐路に立っている」と欧州各国に行動を呼び掛けた。EUの2025年上半期議長国ポーランドのトゥスク首相はX(旧ツイッター)で、「欧州は目覚めた」と感動的に受け取っている。

英「子供の性被害に対する民事時効撤廃」

 5日ロンドン発の時事通信の記事を読んで嬉しくなった。それによると、「英政府は5日、性的虐待を受けた子供が加害者に補償を求める民事訴訟について、イングランドとウェールズ地域で時効を撤廃する方針を明らかにした」という。同記事の見出しは「正義追及可能に」だ。

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▲ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州のアーヘンにある大聖堂(バチカンニュース2024年11月19日から)
 
 未成年者への性的犯罪は増えているが、英国の現行法では「被害者が18歳になってから3年以内に提訴する必要がある」となっている。児童への性的虐待に関する独立調査委員会は「被害者が性的虐待について話せるようになるには何十年もかかる」ため、「かなりの数の訴えが却下されている」との証言を得ていたという。民事時効が撤廃されることで、被害者は過去の痛み(性犯罪の被害)を克服した時点で公の場で加害者を訴えることができるようになる。

 ローマ・カトリック教会の聖職者の未成年者への性的虐待問題をフォローしていくと、聖職者の性犯罪問題の解明にブレーキとなっている外的なハードルは「告解の守秘義務」と共に、「時効」問題があることが分かる。その内容をまとめておく。

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 欧州のカトリック教国フランスで2021年10月5日、1950年から2020年の70年間、少なくとも3000人の聖職者、神父、修道院関係者が約21万6000人の未成年者への性的虐待を行っていたこと、教会関連内の施設での性犯罪件数を加えると、被害者総数は約33万人に上るという報告書が発表され、欧州全土に大きな衝撃を投じた。独立調査委員会(CIASE)が2019年2月から2年半余りの調査結果をまとめたものだが、それによると、教会上層部が性犯罪を犯した聖職者を「告白の守秘義務」という名目のもとで隠蔽してきた実態が明らかになった。CIASEのジャン=マルク・ソーヴェ委員長(元裁判官)は報告書の中で教会の「告白の守秘義務」の緩和を提唱している。
 バチカンの基本的立場は明確だ。赦しのサクラメント(秘跡)は完全であり、傷つけられないもので、神性の権利に基づく。例外はあり得ない。それは告白者への約束というより、この告白というサクラメントの神性を尊敬するという意味からだ。

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 ドイツのローマ・カトリック教会アーヘン司教区で2024年11月18日、同司教区が聖職者の性犯罪に関連した慰謝料請求訴訟2件の「時効」を主張し、それが認められたことに抗議して約400人がデモを行った。抗議イベントには、カトリック信徒の代表機関である教区評議会や複数のカトリック団体が支援を表明した。アーヘン地方裁判所は今年7月、聖職者に性的虐待を受けた被害者2人による訴えを棄却した。2人の原告は控訴を予定しており、ケルン高等裁判所に訴訟費用の援助を申請中だ。

 アーヘン司教区の性的暴力独立調査委員会(UAK)議長で社会学者のトーマス・クロン教授は、司教区の委員会を批判、「被害者たちは、長い間虐待について語ることができなかったため、十分な時間があったとは言えない」と指摘した。また、ボンの教会法学者ノルベルト・リューデケ氏も司教区を批判し、「隠蔽によって長期間にわたって真相解明を遅らせた組織が、今度は『終止符』を打とうとする戦術で責任から逃れようとしている」と述べている。

 ちなみに、ドイツにおける性犯罪の時効期間は、犯罪の種類や重さ、被害者の年齢に応じて異なる。軽度の性犯罪(性的嫌がらせなど)は通常3〜5年で、性的暴行(強姦や性的虐待など)は10〜20年となっている。特に未成年者に対する性犯罪の場合、時効の開始は、被害者が30歳に達するまで延期される。特に重大な強姦事件などでは、時効は20年以上となる場合もある。ドイツでは2015年に法改正が行われ、未成年者への性犯罪の時効期間が延長された。性犯罪における時効は多くの議論を呼んでおり、被害者が事件について話すまでに時間がかかる場合が多いことから、時効撤廃やさらなる延長を求める声も上がっている。

 ローマ・カトリック教会は「告解の守秘義務」と「時効」という2つの壁を築き、その前に聖職者の性犯罪を隠蔽し、拡散してきた経緯がある。バチカンは聖職者の未成年者への性的虐待問題では2つの壁を撤廃すべきだ。

独週刊紙が分析する英下院選の背景

 ドイツでキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)のメルケル首相が4期、16年間、政権を維持したが、前回(2021年9月)の連邦議会で社会民主党(SPD)が第一党を獲得し、ショルツ3党現連立政権が発足した。一方、ブレグジットの英国では14年間、キャメロン首相から始まりスナク現首相まで保守党が政権を維持してきた。そして今回の下院選挙(定数650)で社会民主主義を唱える労働党が400議席を上回る議席を獲得し大勝利、単独で過半数を確保し、キア・スターマー党首がゴードン・ブラウン首相(在位2007年〜10年)以来の首相に就任する。

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▲首相官邸があるダウニング街10番地(英首相府公式サイトから)

 多くのドイツ国民が2021年の連邦議会選では16年間のメルケル政権からのチェンジを願ったように、英国国民も14年間の保守党長期政権に疲れ、政権交代を期待してきた。ただし、ドイツの場合、メルケル政権が16年間、政権の顔だったが、英国の場合、過去14年間、キャメロン、メイ、ジョンソン、トラス、そしてスナク現首相まで5人が次々と入れ替わり首相ポストを担当してきた。特に、コロナ時代の首相に就任したジョンソン首相はコロナ規制下にもかかわらず官邸内でパーティーを開くなど自由奔放の言論で国民から批判を受け、有権者の保守党離れを加速させていった。

 英国では何でも賭けの対象となるが、保守党政権から労働党政権への政権交代への掛け率(オッズ)は高くなかった。全ての世論調査が労働党の勝利を確実視していたからだ。結果はそれを追認した。

 スターマー党首が率いる労働党はトニー・ブレア労働党政権時代(1997〜2007年)に匹敵する議席を獲得した一方、スナク首相の保守党は2019年の選挙で得た365議席から131議席と大幅に議席を失った。

 ところで、欧州大陸では、極右政党が旋風をまき散らしている中、英国では労働党が大勝利したが、それは即、社会民主主義の復活を意味するのだろうか。英国は欧州大陸とは違う、というだけでは説得力が乏しい。

 ドイツの週刊紙「ツァイト」オンラインでヨヘン・ビトナー記者は5日、「突然強力な社会民主主義が復活したのだろうか? 現在のイギリスの状況は、ブレアの時代のような衝撃もなく、左派の復活でもない。新しい社会構想や魅力的な未来ビジョンがスターマー党首(元検事)をダウニング街10番地に導いたわけではない。今回の選挙結果は、労働党の勝利というより保守党の歴史的敗北を意味するといったほうが妥当だ。世界で最も古く、最も成功した政党であるイギリスの保守党は、もしかすると今、消滅の始まりを迎えているのかもしれない」と辛らつに論評している。以下、同記者の論評を紹介しながら、英下院選の背景をまとめた。

 具体的には、「保守党は中道層を失い。支配政党とその支持基盤との疎遠化が進み、国民を政治的に孤立させた。その結果、多くの有権者は、他に選択肢がなかったために労働党に投票した」と分析している。もちろん、ナイジェル・ファラージ氏が率いる右派政党「リフォームUK」(改革党)が右派の支持層を分裂させたことも、保守党の大敗北をもたらした原因の一つだろう。BBCの予測によると、ファラージ氏の改革党は13議席を獲得する見込みだ。

 ここで問題は、労働党は選挙では大勝利したが、有権者の信頼を得たわけではないというのだ。スターマー新首相はブレア首相のような国民的人気はない。そのうえ、労働党は筋金入りの社会主義者ジェレミー・コービン党首時代(2015〜20年)に大きく左傾化している。スターマー氏は彼らを中道左派に引き戻すことができるか。スターマー党首は選挙戦中、「急進派左派を追放し、労働党を改革した」と表明してきた。同党首はオバマ元米大統領のキャッチフレーズ「チェンジ」をモットーに選挙選を戦ってきたが、「国の政策のチェンジ」というより、「労働党の刷新」という意味合いが強いのではないか。

 ビトナー記者は「社会的に保守的な有権者、特に労働者階級からの支持を取り戻し、同時に学術層からの左派支持を失わずに統治できるか?ヒラリー・クリントン女史が2016年に失敗し、オラフ・ショルツ首相が3年間の連立で失敗し続けている左派の再結成をスターマー党首は成し遂げられるか」と疑問を呈している。

 ところで、労働党の内部対立の最大リスクは移民問題だ。ブレグジット以降、保守党の約束に反し、過去2年間で約150万人が合法的にイギリスに移住した。同じ期間に8万人がゴムボートで不法に渡ってきた。移民問題で労働党が統一した対策を取れないようだと、「改革派」のファラージ党首が政権を揺るがすだろう。ファラージ党首は「移民制限の約束を何度も破ったことが保守党の衰退の主な原因だ。住宅不足、賃金の停滞、医療サービスの劣化−すべては移民対策の失敗の結果」と主張している。

 スターマー新首相はこれまで中道の現実主義の重要性を強調してきたが、14年間の野党生活を経た労働党議員すべてが元検事の忍耐と節度を持っているわけではない。イスラエルの自衛権を強調するスターマー党首の姿勢に怒る旧労働党支持者が多いイスラム教徒の多い選挙区では、基盤の喪失が懸念されている、といった具合だ。

 最後に、EUとの関係改善について、スターマー党首はブレグジットを元に戻すつもりはないと何度も表明している。ただし、EUとの間の貿易の円滑化と防衛協力の強化を目指すという。ちなみに、同党首は熱心なブレグジット反対者だった。

 ビトナー記者は「選挙で大勝利したスターマー党首への国民の信頼はまだ小さい。彼は議会では多数派となったが、彼が経済を活性化し、医療を改善し、新しい移民管理のアイデアを提示しなければ、長続きしないだろう。労働党の結束が課題だ」と述べている。

チャールズ国王は“聖霊”を受けたか

 6日の土曜日は午前中は買い物した後、3時間あまりテレビの前に座って英国のチャールズ国王戴冠式を観ていた。バチカンの復活祭の記念礼拝は通常2時間で終わるが、戴冠式は3時間以上の長丁場となって、さすがに疲れた。BBCは1日中、戴冠式関連のニュースを流していた。その熱心さには敬服する。

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▲チャールズ国王の戴冠式(2023年5月6日、バチカンニュース公式サイトから)

 当方はテレビの前に座っていたのだが、バッキンガム宮殿から戴冠式が行われたロンドン中心部のウェストミンスター寺院までの道路沿いには多くの国民が旗をもち、戴冠式の様子を共有しようと前日から待っていた様子が映されていた。あいにく戴冠式の日は快晴ではなく朝から小雨が降っていたが大雨にもならず、戴冠式に大きな影響はなっかった。世界から数千人のゲストが集まった。戴冠式を警備する軍関係の警備員の数は4000人以上だったという。

 戴冠式は1000年の伝統に基づくもので、70年ぶりという。そのため王室問題専門家は、「戴冠式では全ての関係者が神経質になっていた。経験した者が誰もいないからだ」と評していたのが印象的だった。BBCは80歳を過ぎた女性にインタビューしていた。彼女は、「10歳の時、エリザベス女王の戴冠式が行われたことは聞いていたが、何も憶えていない。チャールズ国王の戴冠式が自分にとって初体験だ」と答えていたから国民の大半にとって戴冠式の様子を見るのは初めてということになる。

 当方が戴冠式で最も感動したシーンというか、驚いたのはチャールズ国王が金色の布の天蓋の下で、カンタベリー大司教から奉献された聖油を注がれる場面だ。囲まれた聖所のようなところに、国王は王衣をとり白い衣だけになって入った。外からは見えないように四方を囲まれている。周囲を守って囲んでいる関係者も天幕内の様子を見てはならないから、式が終わるまで首を垂れていなければならない。戴冠式で最も厳粛な場面だ。チャールズ国王はカンタベリー大司教から油を注がれ、聖霊を受けた瞬間、文字通り、英国国教会の首長となったわけだ。

 旧約聖書の「サムエル記上」第16章には、最初のイスラエル国王サウル王から「主の霊は離れ」、ダビデに国王が継承される瞬間を記述されている。聖霊を受けない限り、国王になれない。そして聖霊を受けた人物は神の願いにかなった歩みをしなければならない。さもなければ、サウル王のように、聖霊が出ていき、「悪霊が悩ます」というわけだ。

 聖霊といっても、多くの人にとって理解できないだろう。不可視であり、どこに存在するといったものではなく、あくまでも天から降臨するものだからだ。それを受けない限り、国王として神によって認知されない。油を注がれ、聖霊の祝福を受ける、このコースが戴冠式のエッセンスというわけだ。その点、米国大統領が議事堂前で宣誓式を経て大統領に就任するのとは異なっている。

 キリスト教では神は「父、子、聖霊という三つのペルソナ(位格)をもっておられる」と教える。聖霊はその神の3つのペルソナの一つといえるわけだ。具体的には、聖霊は人に神への信仰を呼び起こす役割があるうえ、「助け手」でもあるから、聖霊を受けた信者が喜びで溢れるということがあるわけだ。

 厳密にいえば、「戴冠式前」と「戴冠式後」ではチャールズ国王は異なった存在といえる。母親エリザベス女王が昨年9月8日、96歳で亡くなった後、国王を継承したのだから、時間と経費の無駄遣いの戴冠式を挙行する必要はない、といった批判が英国内でも聞かれたが、繰り返すが、戴冠式で聖霊を受けない限り、チャールズ国王は世俗的な国王になれても、英国国教会の首長とはなれないのだ。

 今月28日はペンテコステ(聖霊降臨日)だ。イエスが復活し、40日間、弟子たちを再び集めて福音を述べ伝えた後、昇天。その10日後の日曜日、聖霊が降臨した日を祝う祝祭日だ。迫害を恐れてきた弟子たちは聖霊を受けると異言を語り、命がけの伝道に出かける。まさに、聖霊降臨前と後では弟子達は180度変わったのだ。ペンテコステを期して、「教会は始まった」といわれる所以だ。

 例えば、迫害を恐れてイエスを知らないと言い逃れてきたペテロは聖霊を受けた後、逆さ十字架すら恐れない強い信仰者に生まれ変わった、という話が新約聖書に書かれている。多分、ひょっとしたら、このことはチャールズ国王にも当てはまるかもしれない、と考えた。

 欧州の王室は英王室も含め、21世紀の新しい時代を生き延びていくために苦闘している。君主制を維持するか、共和制に移行するか、英国でも議論を呼んでいる。

 チャールズ国王は戴冠式で聖霊を受けただろうか。国王の今後の歩みをみれば分かるかもしれない。

チャールズ国王戴冠式と「信仰の隣人」

 故エリザベス女王の後、国王を継承したチャールズ3世の戴冠式が近づいてきた。70年ぶりの戴冠式ということで英国内外で大きな話題を呼んでいる。戴冠式は6日、ロンドン中心部のウェストミンスター寺院で行われる。式典には、世界各地から2000人余りの要人が参加する。米国からはバイデン米大統領のジル夫人、日本からは秋篠宮ご夫妻が参列される。なお、英国王室からの情報によると、王室を離脱した国王の次男ヘンリー王子は出席予定だが、メーガン妃は欠席するという。

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▲6日に戴冠式を迎える英国のチャールズ3世(バチカンニュースから、2023年4月30日)

 戴冠式では、チャールズ国王は金色の布の天蓋の下で、カンタベリー大司教によって祝福され、奉献された聖油が注がれる。ウェストミンスター寺院の戴冠式は、非常に宗教的な行事だ。チャールズ国王の多くの称号の中には、イングランドがローマと決別した後も維持された英国国教会の「信仰の擁護者」が含まれる。

 メディアでは余り報じられていないが、聖公会が先月29日に発表したところによると、6日のチャールズ国王の戴冠式には宗教改革以来初めて、カトリック教会の司教が出席する。ウェストミンスターのカトリック大司教、ヴィンセント・ニコルズ枢機卿は戴冠式の終わりにチャールズ国王に祝福を与えることになっている。

 戴冠式には、カトリック教会の代表だけではなく、他のキリスト教の宗教団体の代表も出席する予定だ。英国ギリシャ正教会のニキータス・ロウリアス大司教、「自由教会」の指導者ヘレン・キャメロン議長もチャールズ国王を祝福する。戴冠式の後、他宗教の合同挨拶が読み上げられる。プログラムによると、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教、仏教、シーク教の代表たちがチャールズ3世に「信仰の隣人」として挨拶することになっている。

 今回の戴冠式で注目される点は、チャールズ国王が宣言で「(全ての)信仰を保護する」と表明するか否かだ。チャールズ国王は皇太子時代の1994年、英国の宗教的多様性を反映させて「(英国国教会の)信仰の擁護者ではなく、(全ての)信仰の擁護者になる」と述べ、英国内で大きな議論を呼んだことがある。

 新国王は母親エリザベス女王の死後、「これまでの伝統を継承しながらも時代の変遷に応じた改革を実施したい」と語ってきた。英国国教会ではヘンリー8世以来、戴冠式では伝統的に「Defender of the Faith」と宣言してきた。チャールズ3世はそれを「Defender of Faith」と宣言するというのだ。「the」(英国国教会を指す定冠詞)を除き、「全ての信仰の擁護者」という意味合いを込めて「Defender of Faith」と宣言することになる。英国内の保守派からは抵抗があるといわれているが、英国民の過半数は「戴冠式の式典自体はキリスト教会の伝統に基づくものだから問題はない」と受け取っているという。

 英国の現政界を見れば、リシ・スナク首相はヒンズー教徒であり、ロンドンのサディク・カーン市長はイスラム教徒だ。そしてチャールズ3世は英国国教会の首長である。すなわち、英国は英国国教会を中心に他宗派の信者たちと共存しているわけだ。チャールズ3世はその現実を踏まえ、自身の戴冠式に「信仰の隣人」を招くことにしたのだろう。チャールズ3世にとって、英王室の最初の改革ともいえる。

 ところで、ローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁のマッテオ・ブルーニ広報官が先月20日明らかにしたところによると、ウェールズの英国国教会100周年を記念して「バチカン教皇庁は4月初めに真の十字架の遺物の一部を英国王に寄贈した」という。同広報官の説明によると、「真の十字架の遺物の断片は、国王陛下のチャールズ3世への贈り物であり、ウェールズ聖公会の加盟教会であるウェールズ教会の100周年を祝うもの」という。贈り物の十字架の遺物は、バチカンに保管されてきた貴重なものだ(バチカンニュースから引用)。

 なお、聖公会(アングリカン・コミュニオン)は西暦597年、ローマ教皇の支配下でカンタベリー大主教が管理するローマ・カトリック教会所属の教会として始まったが、1534年、英国王ヘンリー8世はローマに離婚願いを申請したが、バチカンがその願いを拒否したことを受け、ローマ教会の支配から脱し、英国王を首長とする英国国教会を創設した。現在、世界に約7000万人の信者を有する。聖公会の教えは本来、ローマ・カトリック教会の教えを土台とし、宗教改革のプロテスタントの影響を受けてきたことから、新旧両教会の中道教会とも呼ばれる。

 参考までに、英国国教会では2002年まで再婚することが禁じられていた。チャールズ国王とカミラ王妃は2005年に通常の結婚式を挙げ、その直後にウィンザー城のセントジョージ礼拝堂でカンタベリー大司教から祝福を受けている。

誰がこんな英国にしたのか?

 当方は1980年初頭、数カ月間英国に住んでいた。ロンドンではなく、ビートルズの生まれたリバプールだ。中欧のオーストリアに常駐するようになってからは残念ながら英国をゆっくりと再訪する機会はなかった。ただ、英国発のニュースにはできるだけ目を通してきた。独週刊誌シュピーゲル(4月15日号)に英国の現状をルポした記事が掲載されていたのを読んで驚いたというより、「誰が英国をこんなふうにしてしまったのか」という憤慨の思いすら沸いてきた。

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▲ロンドンの英国首相府(10Downing Street)英国政府公式サイトから

 日本人にとって、英国は欧州の代表であり、産業革命の発祥地であり、モダンな近代先進国というイメージが強いが、シュピーゲルのルポ記事を読んでいると、「貧富の格差は大きく、国民の活力が減退し、貧困者の生活はこれが英国の現状かと疑いたくなるような状況だ。40年前の英国はもっと活力があったのではないか。ストやデモが多発した1980年代、サッチャーが登場して英国病といわれる国民経済を改革していった。サッチャー改革は短期的には英国病の回復に効果があったが、長期的には現在のような貧富の格差がある社会を生み出していったのか。EU離脱(ブレグジット、2020年1月31日以降)とコロナのパンデミックで英国は再び病んできた、という印象をシュピーゲルの7頁に及ぶルポ記事を読んで感じた。

 例えば、69歳の年金生活者のリンダさん(匿名)は看護師として働いた後、退職して年金(月700ポンド=11万7000円)で生活しているが、アパートを維持するのが精一杯で3食の食事は難しい。台所では料理しないという。電気代を節約するためだ。慈善団体などが運営する無料で食事を提供している場所でスープなど温かい食事をもらうのが日課となっている。曰く、「毎火曜日にはカレーライスが出るので楽しみにしている」という。孫たちが来る日だけ部屋の暖房にスイッチを入れ、それ以外は暖房なしの生活だ。「幸い、近くに友人がいるし、アパートもあるから」という。

 ロンドンの病院では医師や看護師不足で緊急治療は出来なくなった。ケガをしたので救急車に電話を入れたが、2日後に救急車がきたという。政府はテレビや新聞などを通じ、「ケガをしないように、危ないことはしないように」と国民にアピールしている。ケガをしても救急車はこないし、病院には医者はいないことが多いからだ。

 医師や看護師は待遇の悪さにデモをし、辞めていく者も多いという。700万人の国民が病院の予約待ちだ、そして裁判所では65万件の訴訟が公判が始まるのを待っているという。昨年12月以来、バスの運転手、病院の看護師、学校の先生、公務員などのストがない日はない。物価の急騰、巨額の債務、デモの多発などが生じた1970年代の英国の悪夢を思い出す国民もいるという。

 マーガレット・サッチャー時代(1979年〜1990年)の厳格な民営化政策、そして2008〜09年の金融危機もあって不動産の価格が急騰、家賃の高騰で国民は住居を探すのが困難だという。カビが生えたアパートに住んでいた家族の2歳の子供が亡くなったというニュースが流れたばかりだ。

 リシ・スナク首相が国民経済の現状を知るために現地視察に出かけたが、首相の公務車が通過する道路は穴だらけということで、首相の車の通過数分前に、道路にアスファルトを入れて穴を埋めたという。都市の道路の整備は遅れ、道がデコボコだという。労働者不足もあるが、市当局のミス・マネージメントがあるからだ。

 国民経済がどんなに厳しくても英国人はパブに通い、ビールなど飲みながら談笑するのが大好きだ。国民にとって日々のストレス解消の場所だったが、そのパブが昨年560カ所閉鎖に追い込まれ、数千のパブが今後同じ運命にあるという。英国人がパブに通えなくなりつつあるわけだ。ウォッカなしのロシア人を想像できないように、パブの灯が消えた英国の街は考えられない。その日が到来するかもしれないのだ。

 英国は貧困国家ではない。国内に億万長者(ビリオネア)が177人存在する。一方、数百万人の貧困者がいる社会だ。例えば、スナク首相はビリオネアであり、夫人もお金持ちで有名だ。首都ロンドンの中心街を見ている限り、分からないが、上記で記述したような生活環境下の国民が増えてきているのだ。テレビや新聞では安く料理できるレシピが紹介されている。例えば、有名な料理人ジェイミー・オリバーの「ワン・ポンド・ワンダース」(One Pound Wonders)の料理番組が人気を呼んでいる。

 世論調査Ipsosによると、コロナのパンデミック、ウクライナ戦争で欧州の多くの人々は「未来がなくなった」と感じ出しているといわれているが、「英国の国民ほど悲観的な思いに陥っている国はない」というのだ。

 英国の現状を最も反映している都市はブラックプール(Blackpool)といわれる。イングランド北西部、ランカシャー西部にある保養都市だったが、今は多くの店は閉鎖され、索漠とした都市となっている。ブラックプールは英国の没落のシンボルと受け取られている。シュピーゲル記者は、「貧しく、病気で、人生に疲れているならば、ブラックプールには来るな。誰も助けることができないからだ」という現地の声を紹介している。

 政治的に大混乱をもたらしたブレグジット、そしてコロナのパンデミックを迎えた。その後、英国は政治的、経済的、社会的各分野でカオス状況に陥っている。一体、誰が英国をこのようにしたのか(「『不法移民法案』は英国の命運を左右?」2023年3月10日参考)。
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