ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

トルコ

地政学的に重要なトルコの大統領訪独

 この人が外遊すると、訪問の先々で騒音が絶えない、というか、訪問先の(亡命)反体制派活動家から批判の声が飛び交う。その点、中国共産党政権の習近平国家主席の外遊時と似ている。

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▲記者会見に臨むエルドアン大統領(左)とショルツ独首相(ドイツ連邦首相府公式サイトから、2023年11月17日、ベルリン)

 トルコのエルドアン大統領は17日、ベルリンを公式訪問した。ほぼ4年ぶりのドイツ訪問だったが、同大統領のドイツ訪問が発表されると、独メディアは「トルコ大統領のベルリン訪問は厄介なテーマが多い」と、早速報じた。エルドアン大統領のドイツ訪問のために約2800人の警察官が動員され、ゲストの身辺警備に当たった。

 それでは、エルドアン大統領のドイツ訪問が如何に厄介な訪問だったかを少し説明する。エルドアン大統領は先月、トルコ国会で中東情勢について演説し、パレスチナ自治政府ガザを軍事攻撃し、女性や子供たちを殺害するイスラエルを「テロ国家」と糾弾する一方、イスラム過激テロ組織「ハマス」を「パレスチナ民族の解放勢力」と主張したのだ。北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコの国家元首がイスラエルを「テロ国家」と呼ぶこと自体、通常のことではない。

 ちなみに、エルドアン大統領の「イスラエルはテロ国家」発言を聞いたイスラエルのネタニヤフ首相は冷笑を見せ「シリアの内戦でトルコ軍が行ったテロはどうしたのか」と述べ、一蹴している。

 一方、エルドアン大統領を迎えたホスト国ドイツのショルツ首相は、「テロ組織が10月7日、イスラエルにテロ奇襲し、1300人以上のイスラエル国民を殺害した。イスラエル側には自国の安全を守る自衛権がある」と述べ、イスラエルを全面的に支持する姿勢を改めて強調した。

 中東問題でその立場が全く異なるトルコ大統領とドイツ首相が同じテーブルについて中東情勢を話したならば、どのような会話が展開するか、両国関係者でなくても心配になってくる、というわけだ。

 ショルツ首相は17日午後、エルドアン大統領と共に記者会見に出席し、中東問題でのドイツの立場を説明した時、「エルドアン大統領とドイツではパレスチナ問題では異なった立場、非常に異なるスタンスであることは知られていることだ」と断り、ドイツのイスラエル支持を明確に繰り返した。ただし、ゲストの立場を考慮し、「ドイツはパレスチナ人の人道支援では多くを実施してきた」とわざわざ述べている。

 エルドアン大統領は欧州では「交渉相手としては手ごわく、出方が前もって予想できない指導者だ」と受け取られている。エルドアン大統領のトルコは地政学的な観点から見るならば、「非常に重要なポジッションにある」(オーストリア国営放送ドイツ特派員)ことは間違いない。

 例えば、ウクライナ戦争での穀物輸出問題ではトルコはロシアとウクライナの両国間の調停役を演じ、スウェ―デンNATO加盟問題では依然、加盟の批准を拒否し、ストックホルムのNATO加盟にブレーキをかけ、欧州連合(EU)との難民収容協定(2016年締結)問題では協定の延期交渉が控えている(トルコ国内には数百万人の難民、特にシリア難民が収容されている)。すなわち、エルドアン大統領の意向を無視しては決定できないテーマが山積しているわけだ。

 エルドアン大統領はベルリン訪問時には、トルコのEU加盟の早期実現を強く要求する一方、EU諸国へのビザ発給の迅速化を求めるなど、抜け目がない。ドイツにとってもトルコは重要な貿易相手国だ。国内には約500万人のトルコ系国民は住んでいる。エルドアン大統領のドイツ訪問では、トルコの与党「公正発展党」(AKP)を支持しているトルコ系住民は大歓迎する一方、反対派はエルドアン大統領の独裁的な政治を批判するといった具合で、ドイツのトルコ・コミュニティは完全に分裂している。

 ドイツ民間ニュース専門局ntvは17日、「エルドアン大統領はモスクワとNATOの間でダブルゲームをプレイしている。エルドアン大統領の下、トルコはロシアによるウクライナ攻撃以来、繰り返し微妙なバランス調整を進めている。西側諸国との同盟、モスクワとの取引、ウクライナの工場――エルドアン大統領はあらゆるところで多大な問題を引き起こして、最終的に利益を得るのは主に彼自身である」と、エルドアン大統領の政治を辛らつに評している。

 ショルツ首相は記者会見で、「われわれは非常に困難な時代に直面している。それだけに、指導者間の直接対話は大切だ」と述べ、ボスポラス海峡からのゲストとの会談の意義を説明している。

 なお、ベルリンで18日夜、サッカー国際親善試合、ドイツ対トルコの試合が行われるが、エルドアン大統領は試合を観戦せずに、「トルコに戻って観る」という。それを聞いて、トルコ大統領の安全対策に腐心してきたドイツの治安関係者はホッとしたことだろう。

トルコの「ボイコット外交」の成果

 一人(一国)だけが反対し続けることは外から見ているより大変なことだ。膨大なエネルギーがいるうえ、同僚(同盟国)からの厳しい目に晒されるからだ。その外交戦をいつ終焉させるかが勝敗の分かれ目だ。話はスウェーデンの北大西洋条約機構(NATO)加盟をめぐるトルコのエルドアン大統領の外交だ。

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▲会談するトルコのエルドアン大統領(左)はNATOのストルテンベルグ事務総長(中)とスウェーデンのクリステション首相(右)(2023年7月10日、トルコ大統領府公式サイトから)

 エルドアン大統領(69)は10日、リトアニアの首都ビルニュスで開催されるNATO首脳会談の開催直前、スウェーデンのNATO加盟をもはやボイコットしないと表明し、同国の加盟批准書をトルコ議会に提出する意向を明らかにした。スウェーデンがNATO32番目の加盟国となる道が開かれたのだ。なお、トルコと共にハンガリーもまだ批准を終えていないが、オルバン首相はスウェーデンの加盟には問題はないと述べていることから、批准完了はもはや時間の問題だ。

 エルドアン大統領の決断の前には伏線があった。同大統領はリトアニア入りした直後、記者会見で「わが国の欧州連合(EU)加盟への道が開くことを希望する」と述べ、スウェーデンのNATO加盟承認と引き換えに、トルコのEU加盟の促進をブリュッセルに向かってアピールしたのだ。NATO加盟とEU加盟はまったく異なったテーマだ。エルドアン氏は前者の交渉で後者をリンクさせたのだ。加盟交渉はバザールではない。しかし、外交の世界ではあり得ることをエルドアン氏は示したわけだ。

 エルドアン氏がスウェーデンのNATO加盟へのボイコットを止めた理由をまとめてみたい。

 .好ΕА璽妊鵑頬缶燭靴討たクルド労働者党(PKK)関係者の受け入れ政策の見直しだ。スウェーデン政府はトルコ政府がテロ組織としているPKKの受け入れを今後制限することを約束した。

 ∧胴颪ら戦闘機F16の供与を得ること。バイデン米大統領はNATO首脳会談前にエルドアン氏と電話会談をし、トルコが強く願ってきた戦闘機F16の供与問題で話し合った。実際、サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は11日の記者会見で、「トルコへのF16の供与を議会と調整して前進させる」と明らかにしている。

 トルコは1999年以来、EU加盟候補国のステータスを享受してきだが、加盟交渉は停滞している。エルドアン氏はEUのミシェル大統領と会談し、スウェーデンのクリステション首相との会談でもトルコのEU加盟交渉の促進を要請し、両者から快諾を得た。ただし、EU本部のブリュッセルからトルコ側のEU加盟交渉の促進に関連する何らかのオファーがあった、というニュースは聞かない。

 ぅ肇襯海旅餘廚鮗蕕襪燭瓩吠胴颪筍裡腺圍浪談噌颪箸慮鮠弔虜覗粟に立っているエルドアン氏の姿を国民に見せること。5月の大統領選で苦戦し、国民の批判を肌で感じたエルドアン氏は国民の支持を得るために世界の外交舞台でトルコの国益のために戦っている指導者イメージを見せつけた。

 上記の4点をほぼ達成したと判断し、エルドアン氏はNATO首脳会談開催直前、「トルコはスウェーデンのNATO加盟をもはやボイコットしない」という爆弾宣言を発表したわけだろう。

 考えてほしい。北欧の代表国スウェーデンのNATO加盟をいつまでも反対し続けることはできない。欧米諸国との様々な外交交渉にも支障が出てくる。リトアニアのNATO首脳会談前こそ「ボイコット中止の潮時」と判断したのだろう。

 トルコにとってスウェーデンのNATO加盟問題は自国の存在感をアピールできる絶好の機会だ。そのカードを使い切れるまで利用するのが外交だ。その意味で、エルドアン氏は巧みに振舞ってきたといえるわけだ。

 ところで、トルコ南部のシリア国境近くで2月6日に起きたマグニチュード7・8の大地震で多くの国民が犠牲となった。被災地を視察した時のエルドアン大統領の表情は苦渋に満ちていた。長期政権に君臨してきた政治家エルドアン大統領にも疲れが見えてきた、とさえ感じさせた。それをスウェーデンのNATO加盟問題がエルドアン氏を再び生き生きとさせたのだ。リトアニアのNATO首脳会談でのエルドアン大統領の表情には地震直後の疲れ切った弱々しさはもはや見られなかった。

「戦場」から地震の「被災地」へ

 独日刊紙 Zeit Online から定期的にニュース版が届く。週末には過去1週間の「グッドニュース」集が配送される。戦争、地震、事故といった暗いニュースが多い中、同紙編集局は読者にグッドニュースだけを選択して送ってくる。暗いニュースは新聞やインターネット上に迅速に報道されるが、グッドニュースは案外忘れられたりして読者の手に届かない場合があるからだ。

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▲地震の被災地カフラマンマラシュを見舞うエルドアン大統領(2023年2月8日、トルコ大統領府公式サイトから)

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▲トルコの被災地(バチカンニュース公式サイトから、2023年2月25日、写真・イタリア通信)

 ただし、グッドニュースといっても同紙編集部が選択するから、完全に純粋にいいニュースかというとそうとは言えない。例えば、25日に配信されたトップ記事は「カーディフの政府(ウェールズ首都)は、環境への懸念から、新しい橋や道路の建設を保留決定」だった。環境保護に貢献しているということからグッドニュースのトップを飾ったわけだ。2位は「1週間4日勤務」は機能する、という英国の調査報告記事だ。そして3番目は「韓国の裁判所が初めて同性カップルの権利を認めた」という記事が入っていた。LGBT支持者にとってはグッドニュースだが、そうではない保守的な読者にとっては「韓国よ、お前もか」といった感がするだろう。いずれにしても、100人全員が全て「グッドニュース」と感じるニュースは残念ながらそう多くはないだろう。

 思い出す名言がある、米作家マーク・トウェイン(1835年〜1910年)は、「自分を元気づける一番良い方法は、誰か他の人を元気づけてあげることだ」(The best way to cheer yourself up is to try to cheer somebody else up)と述べている。また、アルベルト・アイシュタインの「Die groste Macht hat das richtige Wort zur richtigen Zeit」(最大の力は正しい時の正しい言葉だ)も思い出す。読者に感動を与える記事もそうだろう。正しい時に正しい言葉を使った記事だ。

 独週刊誌シュピーゲル(2月18日号)には心温まると共に、考えさせる記事が掲載されていた。タイトルは「戦場から被災地へ」だ。トルコ南東部とシリア北部付近でM7・8の大地震が2月6日未明、発生した。23日現在、トルコとシリアで5万人を超える犠牲者が確認された。トルコのソイル内相によると、同国で22日現在、4万3500人超の死亡が確認された。一方、在英のシリア人権監視団筋によると、シリアでの死者は6700人以上となった。

 トルコ大地震のニュースが流れると、ウクライナのゼレンスキー大統領は自国の特別災害救助隊を被災地に派遣することを決め、87人からなる救助隊(救助犬8頭)を派遣した。シュピーゲル誌の記事はその活動ルポをまとめている。

 青と黄の紋章を付けたウクライナから派遣された災害救援隊を見て、多くのトルコ人難民は「国でロシア軍と命がけの戦闘をしている中、われわれを救済するために来てくれた」と、深く感動したという。特に、シリア難民は「彼ら(ウクライナ人)だけだ。シリア人の窮地を理解してくれる人間は」と呟いたという。シリアでは2011年の内戦勃発以来、約660万人以上が国外に避難した。 現在も約670万人が国内避難民となっており、人道支援を必要としている。10年以上の内戦を体験し、命懸けで生き延びてきたシリア難民は、ロシア軍の激しい攻撃を受けている中、地震の被災者救援に来てくれたウクライナの災害救助隊に感謝していた。

 外国救助隊は倒壊した建物の下敷きとなった生存者を救出する一方、亡くなった犠牲者を運び出す。負傷者の治療も行う。長時間の救助作業後、一休みするために地べたに横になるとき、ウクライナ救助隊員は、「ここでは地雷の心配がないから安心して体を横にできる」と喜んでいた、というのが印象的だった。

 ウクライナ災害救援部隊の一員で医者のイヴァンが、「どの死が無意味な死か。戦争で死ぬことか、地震で被災して犠牲になる死か」と救助犬の指導者オルガに聞いている。彼女は「戦争で死ぬことだわ。人間が人間を殺す以上に無意味なことはない」と答えた。シュピーゲル誌のルポはオルガの言葉で結んでいる。

 ウクライナ災害救援隊はアンタキヤなどの被災地での救助活動を終えると、再びウクライナに戻った。ロシア軍の激しい銃弾の音が聞こえる中、倒壊した住居などで下敷きとなった国民を救う仕事が待っている。戦争がいつまで続くのか、救援隊の誰も知らない。

地震は“Acts of God”(神の業)か

 トルコのコカ保健相によると、トルコ南部で6日未明に発生したM7・8の大地震で11日現在、トルコ側で2万2327人、シリア側で3553人の死亡が確認され、負傷者は約8万5000人だ。世界から68カ国、8000人以上の救援隊が現地の救助隊と共に生存者の捜索活動を進めている。犠牲者の数は今後さらに増えると見られている。特に、内戦下にあったシリア北西部イドリブ県は反体制派の支配地域で大きな被害が出ているが、救助作業が遅れている。シリアのアサド政権は10日、トルコ大地震で甚大な被害が出たシリア国内での支援について、政府支配地域外を含む被災地に物資を提供することを認めたばかりだ。

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▲地震の被災地シャンルウルファを視察するエルドアン大統領夫妻(2023年2月11日、トルコ大統領府公式サイトから)

 トルコ大地震でこれまで100万人以上の住民が家を失い、夜は外やテントで過ごせざるを得ない状況だ。現地では夜には気温が氷点以下となる。11日現在、2000回の余震が記録されている。崩壊するビルや住居は建築当局の許可なく建設されたケースが多いというから、人災の面もあるわけだ。トルコからの情報では、違法建築の容疑で建設関係者が逮捕されたというニュースが流れている。捜査が進めば、さまざまな欠陥や原因が浮かび上がってくるだろう。

 オーストリア国営放送の夜のニュース番組で地震の様子を放送していた。画面はシリアの状況に移った。1人の男性が地べたに座って、「家族ががれきの下にいるが、救援する道具がない」と泣き声で救援隊の到着を待っていた。別の男性は、「内戦で砲丸が降る中も私たちは生き延びてきたが、今回は地震で家も家族も失った」という。男は「9人の子供のうち幸い3人は生き延びたが……」と呟き、「戦争は人間の責任だが、地震は神の業だ・」というと、それ以上言わずに、泣き出した。男性の口から「神の業だ」という言葉が飛び出した時、驚いた。敬虔なイスラム教徒なのだろう。彼の呟きからは神を糾弾するような響きは感じなかった。男は事実を呟いただけだったのだろう。

 地震は天災だ。神の行為と呼べるかもしれない。トルコ南部とシリア北西部の震源地周辺には複数のプレートが衝突している。「神の業」という言葉を聞いて、「国連の『地球近傍天体(Near Earth Objects=NEO)に関する作業会報告書』の中で、「NEOの動向は人類が完全には予測できない“Acts of God”(神の業)と呼ばれてきた」と記述されていたことを思い出した。どの惑星が将来、地球に衝突するか、人間は予測できない。その意味で、惑星の地球衝突も地震と同様、神の業といえるわけだ。

 トルコでは今年上旬に大統領選が実施される。「史上最悪の地震」とエルドアン大統領は被災地を視察して語ったが、同大統領の危機管理の欠如を批判する声が高まってきているという。今回の地震の被災地エリアには2600万人以上の国民が住んでいる。地震対策が久しく叫ばれてきたが、エルドアン大統領は何も実施してこなかった、という批判だ。

 ウクライナでは昨年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、多数のウクライナ国民が命を失い、家族を亡くし、家屋、財産を失っている。敬虔なウクライナ正教徒ならば「神よ、なぜあなたはロシア軍の蛮行を止められないのか」、「私の子供が死んだ時、あなたはどこにおられたのか」と祈りの中で神に問う人もいるだろう。ポーランドやルーマニアなどに避難してきたウクライナ人女性たちは国に残って戦っている夫や避難できなかった高齢の両親の身を案じながら涙する。ただ、戦争は天災ではなく、人災だ。ウクライナの多くの国民は戦争はロシアのプーチン大統領の仕業と受け取っている。

 人は有史以来、大地震や洪水に襲われ、家族や住居を失う度に、「なぜ」と呟いてきた。神を信じる者はその「なぜ」を神に向けてきた。貧者の救済に一生を捧げた「マザー・テレサ」と呼ばれたカトリック教会修道女テレサもそうだった。「なぜ、神はコルカタ(カラカッタ)で死に行く多くの貧者を見捨てるのか」、「なぜ、全能な神は苦しむ人々を救わないのか」等、問い掛けた(「マザー・テレサの苦悩」2007年8月28日参考)。第2次世界大戦では約600万人のユダヤ人が殺された。多くのユダヤ人は強制収容所で神に問いかけた。「われわれがアウシュヴィッツにいた時、義の神は何をしていたのか」、「なぜ我々を救ってくれないのか」という深刻な問いかけだ(「アウシュヴィッツ以降の『神』」2016年7月20日参考)。

 旧約聖書には「ヨブ記」がある。ヨブの話は当時のユダヤ人たちを驚かせた。ヨブは正しい人だったが、試練を受けたからだ。イェール大学の聖書学者、クリスティーネ・ヘイス教授は、「ユダヤ教では、神の戒めを守り、いいことをすれば神の報酬を受け、そうではない場合、神から罰せられるといった信仰観が支配的だったが、ヨブ記は悪いことをしていない人間も試練を受けることがあることを記述することで、従来のユダヤ教の信仰に大きな衝撃を与えた」と述べていた(「『神』はなぜ世界を救えないのか」2022年5月2日参考)。

 ドイツ民間放送のニュース番組で1人の地震救援隊のドイツ人が、「被災地では、涙を流していない人は1人もいない」と述べていた。人は天災でも人災でも受難した時は涙を流して生きてきた。ちなみに、地震国の日本でも被災者は涙を見せるが、「なぜ」という声を発する前に、運命として諦観する人が多いのではないか。

仲介役で株上昇中の「トルコ外交」

 トルコの外交が活発だ。トルコのチャブシオール外相は17日の記者会見で、イスラエルと「完全な正常化を実現した」と表明し、イスラエルとトルコ間で再び大使を交換するという。「再び」というのは、両国は2018年、イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザでパレスチナ人デモ隊に発砲し、多数の死傷者が出たことを受け、関係は険悪化し、両国の大使追放まで発展したことがあったからだ。トルコ外務省によれば、「イスラエルで政権が交代した2021年6月以降、両国の対話は着実に進んだ」という。ヤイル・ラピッド首相とトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は17日、「イスラエルとトルコは、大使と総領事の復職を含め、関係の完全な正常化に戻る」と発表した。

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▲プーチン大統領とエルドアン大統領の会合(2022年8月5日、クレムリン公式サイトから)

 ラピッド首相は、「トルコとの関係を更新することは、地域の安定にとって重要な資産であり、イスラエル市民にとって重要なニュースだ」と述べる一方、エルドアン大統領は、アンカラの大使の集まりで、「両国が完全な関係を再開することでパレスチナの兄弟を助けることができる」と語っている。

 今年3月、アンカラを訪問したイスラエルのアイザック・ヘルツォーク大統領は新たな関係を称賛し、「東地中海におけるパートナーシップと良き隣人であることは、私たち全員にとって重要だ。イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒など、あらゆる宗教の信者は、一緒に平和に暮らすことができるし、そうしなければならない」と語っている。

 両国関係の正常化はトルコばかりか、イスラエルにとっても大きな外交的成果だ。湾岸諸国との外交関係を樹立し、アラブの盟主サウジアラビアとの関係改善を図るイスラエルにとって、対トルコ関係の正常化は不可欠だったからだ。対イラン包囲網を構築するためにはトルコを無視するわけにはいかない。米国・欧州連合(EU)とイラン間のイラン核合意再建交渉が最終的段階にきている時、イスラエルとトルコ両国の関係正常化が実現できたのは決して偶然ではないだろう。

 トルコの外交が注目される理由のひとつは、同国が東西両文明の架け橋に位置するという地理的な理由だけではない。ロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領の関係が良好だということだ。ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、様々なルートでロシアとウクライナ両国に停戦の呼びかけがあったが、プーチン氏が関心を持つ仲介者は目下、エルドアン大統領だけだ。すなわち、北大西洋条約機構(NATO)加盟国のうえ、ロシアとも密接な関係をキープしている貴重な国がトルコなのだ(「プーチン氏とエルドアン氏は友達?」2022年8月7日参考)。

 トルコ外交の最近の大きな成果はウクライナ産、ロシア産食糧の輸送を実現させたことだ。トルコは7月中旬、ロシア・ウクライナ産の穀物輸送問題で国連と共に仲介に入り、両紛争当事者は封鎖されていたウクライナの3つの港から穀物の輸出を再開することで合意した。プーチン大統領自身、今月5日、ソチでエルドアン大統領と会談した時も真っ先にトルコ側の仲介外交に感謝を表明したほどだ。

 ところで、ウクライナ西部リヴィウで18日、エルドアン大統領はゼレンスキー大統領と会談、その後、グテーレス国連事務総長を加えて3者会談に臨む。そこで黒海穀物輸送問題のほか、ロシアとウクライナ両国間の戦争の外交的出口について協議されるという。特に、ウクライナ南東部にある欧州最大規模のザポリージャ原子力発電所に5日、少なくとも3回の砲撃があり、原子炉が設置されている発電区画付近に着弾したことから、ウクライナ戦争が原発事故を誘発する危険性が出てきたからだ。

 ゼレンスキー大統領は、「原発への攻撃は戦争犯罪であり、テロ行為だ」と激しく批判。国連側は、原発周辺地域の非戦闘地宣言、国際原子力機関(IAEA)の監視団の派遣問題でウクライナ側の支持を得たいし、トルコ側はウクライナ・国連側とロシアの間を仲介する役割を演じることに関心がある。

 トルコはシリア内戦ではロシアと連携したが、テロ組織と見なしているシリアのクルド人民兵YPGを「テロの脅威」として新たな攻撃を画策しているトルコ側を、プーチン氏は、「シリアの安定を損なう危険性がある」として拒否してきた。一方、エルドアン大統領はウクライナ戦争勃発直後、ボスポラス海峡とダーダネルス海峡、つまり地中海から黒海へのロシア軍艦の接続をブロックした。当時、エルドアン大統領はプーチン大統領にウクライナからの撤退を求めていた。

 ここにきてエルドアン大統領は、「ロシアとの武器取引を排除しない」と述べて波紋を投じた。具体的には、ロシアは、ウクライナ軍によって成功裏に使用されたトルコの戦闘無人機バイラックタル(TB2)に関心を持っているといわれる。ロシアがトルコと共同で無人機を開発すれば、モスクワはNATO加盟国の技術にもアクセスできる。NATOは無視できない。ちなみに、トルコが2019年、ロシア製の最新ミサイル防衛システムを購入したことを受け、トルコと欧米諸国の間で大きな物議を醸したことがあった。しかし、ロシアのウクライナ侵攻以来、バイデン米政権はトルコの戦略的価値を見直してきている。

 トルコはNATOのメンバーだが、ロシアに対する西側の制裁には参加していないこともあって、ロシア企業にとってトルコの重要性が増している。ロシアのアレクサンドル・ノバク副首相は、ソチでの会合(8月5日)で輸送、農業、産業、金融、観光の分野での協力を強化するための「具体的な措置」について合意したという(トルコの『ロシア・コミュニティ』の話」2022年7月9日参考)。なお、トルコはロシアの天然ガスに依存している点では欧州諸国と変わらない。トルコのガス購入の 約45%を占めている。また、ロシアの原子力企業ロスアトムはトルコ南部のアックユに原子力発電所を建設中で、来年には稼働する予定という。

 エルドアン大統領の外交は来年6月に実施予定の大統領選、議会選を視野に入れた国内向けだという声もあるが、紛争国間の仲介に乗り出す「トルコ外交」はウクライナ戦争でその頂点を迎えようとしている。

プーチン氏とエルドアン氏は友達?

 トルコのエルドアン大統領は5日、ロシア南部のソチでプーチン大統領と4時間余り会談した。両大統領はともに長期政権を掌握してきた超ベテラン指導者だ。その両大統領が1カ月内で2度も会合する場合、話さなければならない緊急テーマがあり、会合後、記者たちに公表する内容と発表しない内々の合意内容があるはずだ。

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▲プーチン大統領とエルドアン大統領の会合(2022年8月5日、クレムリン公式サイトから)

 両大統領はシリア問題で意見が対立している。エルドアン大統領はシリア北部クルド系の地域を既に占領し、テロ組織と見なしているシリアのクルド人民兵YPGを「テロの脅威」と指摘、新たな攻撃を正当化している。エルドアン大統領は今回ソチでプーチン大統領から軍事活動の了解を勝ち取りたいところだが、メディアからの情報では、プーチン氏はトルコ側の要請を今回も拒否したという。

 クレムリンのスポークスマン、ドミトリー・ペスコフ氏は5日、会談の前に、「トルコには安全保障上から正当な理由があり、もちろんそれを考慮に入れているが、シリア情勢の不安定化につながり、シリアの領土的および政治的一体性を危険にさらす可能性のある措置は認められない」と述べている。もちろん、シリアの独裁者アサド大統領もトルコ軍のシリア内での軍事活動には強く反対している。

 ロシアとトルコ両国間の関係は良好だ。トルコはウクライナとロシア両国と緊密な関係を維持し、ウクライナ戦争では仲介者の役割に強い関心を有している。プーチン大統領自身もウクライナ戦争の調停役としてトルコに期待しているほどだ。

 トルコは7月中旬、ロシア・ウクライナ産の穀物輸送問題で国連と共に仲介に入り、両紛争当事者は封鎖されていたウクライナの3つの港から穀物の輸出を再開することで合意したばかりだ。1日にはウクライナ南部オデーサから最初の貨物船1隻が出発、5日はさらに3隻が出航している。プーチン大統領は、「食糧危機にある地域に穀物を無事、運ぶことが出来たのはトルコの仲介による」とトルコ側の労を称えることを忘れていない。

 ちなみに、プーチン氏が今回、黒海経由でウクライナ産の食料輸送を認めた理由は、ロシアと友好関係のある中東諸国で食料不足が深刻化し、ロシアの食料輸送ボイコットに中東から批判の声が出てきたことを受け、それを和らげる狙いがある、とみられている。

 プーチン大統領はトルコのエルドアン大統領との会談前、「両国間の経済協力を強化し、貿易と経済関係の発展に関する覚書に署名できることを願っている」と述べている。

 プーチン大統領はまた、トルクストリーム(Turkstream)天然ガスパイプラインプロジェクトを称賛し、「ヨーロッパは、ロシアのガスの供給が途切れることがないことにトルコに感謝すべきだ」と述べている。

 トルコは欧州諸国と同様、ロシアの天然ガスに依存している。トルコのガス購入の 約45%を占めているほどだ。また、ロシアの原子力企業ロスアトムはトルコ南部のアックユに原子力発電所を建設中で、来年には稼働する予定だという。この発電所は、トルコのエネルギー需要の最大10%をカバーすることを目標としている。

 トルコは北大西洋条約機構(NATO)の加盟国だが、ロシアとの間では軍事協力が積極的に進められている。エルドアン大統領は「ロシアとの武器取引を排除しない」と述べているほどだ。具体的には、ロシアは、ウクライナ軍によって成功裏に使用されたトルコの戦闘無人機バイラックタル(TB2)に関心を持っているといわれる。ただし、ソチの会合では戦闘無人機の件については話題にならなかったという。

 ところで、プーチン大統領がロシア軍にウクライナ侵攻を命じて以来、ロシアから海外に亡命する国民が増えている。ロシア人が亡命する先として最近増えてきたのはトルコだ。欧米の航空会社が対ロシア制裁に関連し、モスクワへの飛行機便を次々と中止したが、モスクワとトルコの間の飛行機便はまだ飛んでいるからだ。そのうえ、ロシア人にとってビザなしで旅行できるトルコは魅力的だ。ロシア軍のウクライナ侵攻以来、世界はロシア・バッシングで、ロシア人を歓迎する国が少ない中、トルコだけはロシア人旅行者を受け入れている。トルコにとって、観光はもっとも安定した収入源の一つだ。そしてロシア人は最大のお得意様だ(「トルコの『ロシア・コミュニティ』の話」2022年7月9日参考)。

 トルコでは来年議会選挙と大統領選挙が予定されており、トルコ経済は80%弱という前例のないインフレに直面している。エルドアン大統領としても外交、経済両分野でポイントを稼ぐ必要がある。その意味で、ロシアとの関係は重要となるわけだ。

 オーストリア国営放送のモスクワ特派員パウル・クリーザイ氏はロシアとトルコ両国の関係について、「もちろん、同盟国とは言えない。国益で一致する分野では互いに積極的に協力する実益重視の関係だ」と解説していた。

トルコの「ロシア・コミュニティ」の話

 ロシアのプーチン大統領がロシア軍にウクライナ侵攻を命じて以来、ロシアから海外に亡命する国民が増えている。公式の統計はないが、その数は20万人から50万人にもなると推測される。理由はさまざまだが、「わが国の未来に希望が持てなくなった」、「自分はロシア人として生まれたが、国はソビエト連邦時代に戻ってきた。全体主義のロシアに留まることができない」などが多い。

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▲ロシア人のコミュニティがあるトルコ最大の都市イスタンブールの風景(ウィキぺディアから)

 そしてロシア人が亡命する先として最近増えてきたのはトルコだ。欧米の航空会社が対ロシア制裁に関連し、モスクワへの飛行機便を次々と中止したが、モスクワとトルコの間の飛行機便はまだ飛んでいるからだ。そのうえ、ロシア人にとってビザなしで旅行できるトルコは魅力的だ。トルコへ出国するロシア人が増えてきたことに呼応し、モスクワ・イスタンブール便の航空チケット代が高くなってきているという。

 ロシア軍のウクライナ侵攻以来、世界はロシア・バッシングで、ロシア人を歓迎する国が少ない中、トルコだけはロシア人旅行者を受け入れている。

 トルコの国際都市イスタンブールにはロシア人が多くみられる。オーストリア国営放送が報じたところによると、“東洋と西洋の交差点”といわれるイスタンブールにはロシア人コミュニティが存在する。彼らは互いに助け合い、情報を交換して生きているという。

 イスタンブール居住のロシア人の未来は3通り考えられるという。.ぅ好織鵐屐璽襪ら西側に入り、欧州に住む、⊃届のアルメニアに行く、トルコに留まる。

 問題は仕事だ。仕事がないとロシアから持参してきた資金が直ぐに底をつく。だからやむ得ずロシアに戻るロシア人も出てきているという。イスタンブールには反体制派活動グループがあって、モスクワとの間でインターネットを通じて活動報告や反体制派活動を続けているロシア人がいる。活動資金の一部は英国亡命のオリガルヒ(新興財閥)から受け取っているという。ただ、反体制派活動家は常に身辺の安全に不安を抱えている。モスクワからキラーが派遣され、殺されるのではないか、という恐れだ。

 また、多くの亡命ロシア人はトルコに長く留まるというシナリオには抵抗があるという。ロシア人にとって文化、言語、宗教で異なるトルコでの生活は厳しいからだ。一方、アルメニアは親ロシアであり、宗教もキリスト教圏に入るから、ロシア人には社会に溶け込みやすいわけだ。

 イスタンブールにはロシアから逃げてきたオリガルヒがいるが、彼らは「トルコで投資する物件を見つけることは難しい」という。彼らは高級アパートメントや不動産を購入するが、「トルコではビジネスで魅力的なターゲットは少ない」という。

 モスクワで反プーチン・デモに参加して逮捕され、しばらく牢獄生活をしたという若いロシア人は、「デモをしても何も変わらないどころか、国の統制はますます厳しくなってきた。ロシアは今、昔のソビエト連邦時代に戻ってきた」という。青年はモスクワに住んでいたが、いつ警察官が自分のアパートの戸を叩いて入ってくるかと不安だったという。そこで亡命を決意したわけだ。「長く躊躇しているとプーチンが国境を閉鎖するかもしれない。そうなれば出国できなくなる。そこで決断してトルコにきた」と説明していた。

 ロシアの反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏は、モスクワから東部100km離れたウラジーミル州ポクロフ(Pokrow)にある流刑地(IK−2)に収監された時、ロシア社会が次第にイギリスの小説家ジョージ・オーウェルの小説「1984年」の世界に酷似してきたと述べている。ビッグ・ブラザーと呼ばれる人物から監視され、目の動き一つでも不信な動きがあったら即尋問される。何を考えているのか、何を感じたかなどを詰問される世界だ。そこでの合言葉は「ビック・ブラザー・イズ・ウオッチング・ユー」だ(「モスクワ版『1984年』の流刑地」2021年3月28日参考)。

 なお、ロシアとトルコは中東シリアの内戦では共同戦線を張る一方、ウクライナ戦争ではプーチン大統領はトルコのエルドアン大統領の調停工作を支持するなど、両国関係は良好だ。

 しかし、トルコにロシアからの政治亡命者が集まり、トルコのロシア・コミュニティが更に拡大していけば、両国関係に近い将来、問題が起きる可能性は排除できないだろう。

中国ウイグル人問題で揺れるトルコ

 中国の王毅外相は先月24日から30日まで6カ国の中東(サウジアラビア、トルコ、イラン、アラブ首長国連邦=UAE、オマーン、バーレーン)を歴訪した。日本のメディアでは余り報道されなかったが、外電によると、トルコ訪問時に中国新疆ウイグル自治区のウイグルへの弾圧に抗議するデモが行われた。トルコは過去、中国の同化政策から逃れた多くのウイグル人を受け入れてきた。その数は少なくとも5万人と推定されている。そのトルコ在住のウイグル人がデモに参加したわけだ。

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▲ウイグル人問題で揺れるエルドアン大統領(トルコ与党「公正発展党」公式サイトから)

 それに先立ちトルコでは3月8日、イスタンブールでイスラム系ウイグル人の女性数百人が、中国の新疆ウイグル自治区にある強制収容所の閉鎖を求めて抗議デモを行っている。収容所では「組織的なレイプや強制的な不妊手術が行われている」と訴えている。

 ウイグル人は8世紀までに中国西部に定住したトルコ系遊牧民の子孫にあたるという。言語や文化の面で共通点が多く、トルコ政府は「同胞」と受け取っている。だからウイグル人の弾圧はトルコ人にとって静観できないテーマだ。

 実際、「バレン郷事件」31周年の今月5日、トルコの野党政治家が同事件に言及し、中国共産党政権を批判するメッセージを投函した。「バレン郷事件」とは新疆ウイグル自治区のアクト県バレン郷で、1990年4月5日に起きた反政府の大規模な農民蜂起事件だ。ウイグル分離独立派と中国軍の衝突により死者が出た。同事件を機に、ウイグル人が大量に逮捕され、トルコへ数万人が脱出している。

 海外中国メディア「大紀元」によると、トルコの優良党のメラル・アクシェネル党首と同国の最大野党・共和人民党(CHP)で指導的な立場にあるマンスール・ヤワシュ氏のメッセージが報じられた。ヤワシュ氏は「1990年の大虐殺の痛みを今でも感じることができる」と述べている。

 それに対し、トルコ駐在の中国大使館はすぐに反論のツイートを流し、「新疆ウイグル自治区が中国の領土の不可分の一部であることは、国際的にも認められ、議論の余地がない事実だ」、「わが国の主権と領土的一体性に対する個人あるいは権力からのいかなる挑戦にも断固対抗する。中国側は正当に対応する権利を留保する」と述べている。「中国への批判を絶対に許さない」といったいつもの攻撃的な反論だ。

 中国側が威嚇すればトルコ側は静まると考えていたとすれば、大きな間違いだ。トルコ人は相手が批判した場合、それを黙認する民族ではない。オスマン・トルコ帝国の血を引くトルコ民族は激しい闘争心を秘めている。批判されれば、絶対反撃する民族だ。欧州連合(EU)との交渉で一歩も譲歩せずに主張するエルドアン大統領はその典型的な例だ。

 実際、中国大使館のトルコ批判に対し、トルコ国内のネットユーザーから8000件以上の批判のメッセージが書き込まれたという。それだけではない。トルコ外務省は6日、中国大使を呼び出して抗議している。曰く、「この国はあなた方の植民地ではない。この国の国民を脅すことはできない。外交ルールを守れ!」だ。

 蛇足だが、欧州の中では、セルビア民族とトルコ民族は闘争心で1、2位を争うだろう。中国側が「戦狼外交」でトルコを脅迫すれば、トルコ側から痛い反撃を受けるのは必至だ。中国共産党政権も今回の件で学ぶべきだ。トルコ人は名誉、威信を重んじる。威信を守る為ならば犠牲を払うことも辞さない民族だ。その民族性があるから、トルコは紛争地・中東で常に一定の役割を果たしてきたのだ。

 しかし、トルコ側にも弱みがある。国民経済の停滞とイスラム過激テロ問題だ。中国共産党政権はトルコが抱えている問題を知っているから、習近平国家主席が提唱した新シルクロード「一帯一路」にトルコを招き、巨額の経済プロジェクトをちらつかせてきたわけだ。トルコ経済専門家によると、インフラ整備などに関する中国のトルコ向け投資は増加し、トルコにとって中国はロシア、ドイツに次ぐ第3位の貿易相手国という。

 “イスラム教国の盟主”を自任するエルドアン大統領は国内のイスラム過激テロ問題では強硬な姿勢を崩していない。中国共産党政権がウイグル人への弾圧、同化政策を「イスラム過激テロ対策の一環」という立場で主張するのは当然の作戦だ。実際、イスタンブールのナイトクラブで2017年1月、39人が殺害されるというテロ事件が発生したが、イスラム教テロ組織「イスラム国」(IS)のウイグル系メンバーだった。

 トルコは中国のウイグル人への弾圧問題では中国批判の最前線に立ってきた。前述したように国民レベルでは中国批判の姿勢は変わっていないが、政府レベルではここにきて中国批判を抑えてきている、と受け取られ出している。

 中国共産党政権の人権蹂躙問題は周知だが、トルコ側もエルドアン政権下で「言論の自由」など人権が蹂躙されている、といった西側の批判にさらされている。人権問題の分野では中国とトルコは双方、同じ問題を抱えているわけだ。両国が共同戦線を敷く余地はあるのだ。

 なお、トルコは昨年12月30日、中国との間で犯罪人引渡し条約を締結したという。トルコ在中のウイグル人は大きな懸念を有しているというニュースが流れてくる。

仏の「ライシテ」の拡大解釈は危険だ

 トルコのエルドアン大統領は時には血気に走る指導者だ。パリの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載し、それに対しマクロン大統領が24日、「わが国には冒涜する自由がある」と弁明したことがよほど頭にきたのだろう。「マクロン氏は精神の治癒が必要だ」と侮辱しただけではなく、イスラム教への批判を強めるマクロン氏に対し、26日には「フランス製品のボイコット」をイスラム教国に呼びかけたばかりだ。

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▲トルコのエルドアン大統領(トルコ大統領府公式サイトから)

 外交の世界では、欧米が“ならず者国家”に対して実施する資産凍結、入国禁止などの制裁は「スマート・サンクション」(Smart Sanction)と呼ばれ、一般国民に制裁の悪影響が及ばないように制裁範囲を限定する。実質的な制裁というより、象徴的な意味合いが強い。不買運動は制裁というより、いやがらせというべきかもしれない。ただし、国や政治家には効果はないが、国民の生活に影響が出てくる。スマート制裁は効果が期待できないとして、戦略的制裁へ格上げをした場合、制裁される側だけではなく、する側にも一定の痛みが伴う。マクロン大統領とエルドアン大統領の「言論の自由」に関する抗争がこれ以上激化しないことを願うだけだ。

 問題は、マクロン大統領が風刺画の掲載を「言論の自由」として一歩も譲歩する姿勢を見せていないことだ。その理由として同国では「政教分離」(ライシテ)が施行されているからだという。ライシテは宗教への国家の中立性、世俗性、政教分離などを内包した概念であり、フランスで発展してきた思想だ。

 フランスがライシテを標榜する権利はあるが、自分がそれで納得していても、相手が理解できない場合、説明する必要が出てくる。フランスとトルコの論争を見ると、その必要性を強く感じる。

 フランスは1905年以来、ライシテを標榜し、時間の経過につれて、神を侮辱したとしても批判を受けたり、処罰されることがないと理解されてきた。なぜならば、国家は如何なる場合でも宗教には関与しないからだ(宗教に対する中立性)。しかし、その考えはライシテを表明すれば他の国民の宗教性を完全に無視できるという論理にもなり、暴論になる。

 「政教分離」は逆にいえば、宗教は国家から如何なる干渉を受けることなく、宗教活動ができることを意味する。「宗教の自由」は保障されていることになる。ところで、信仰を有する国民が自身の信仰、その教祖への冒涜を容認できるだろうか、という問題が出てくる。少なくとも、自身の教祖を冒涜された国民への名誉棄損が成り立つ。神への「冒涜の自由」は認められるが、その神を信仰する個人の名誉棄損は許されない、という理屈は、人間中心主義を徹底化した考え方であり、神仏への極端な排他主義に通じる。

 フランス革命は世俗主義、反教権主義を主張し、人間の権利を蹂躙してきたローマ・カトリック教会とそれを背景にした王制貴族社会への抵抗だった。国民は自由、平等、博愛の人道主義を掲げて立ち上がった。

 ここで看過できない点は、人間の生来の宗教性は完全には無視できないことだ。反教権主義は既成のキリスト教会(この場合、カトリック教会)への抵抗であり、訣別を意味するが、国民の「神」からの決別ではなかったことだ。実際、フランスは欧州一のカトリック教国だ。

 少し説明する。何らかの理由で教会から距離を置いたとしても、神を批判したり、冒涜できる自由を正当化することはできない。教会=神ではないからだ。フランス人の宗教性は「教会の神」に抵抗したとしても、それで自身の宗教性を消滅させることはできないのだ(「人には『冒涜する自由』があるか」2020年9月5日参考)。

 人間は生来、宗教性を有しているから、神を求める。ライシテは既存の教会から決別を宣言したが、神と別れたわけではないから、ライシテは国民の宗教の自由を尊重せざるを得ない。神への冒涜は政教分離に基づいた「言論の自由」から認められるという理屈は、屁理屈に過ぎない。

 フランス革命が掲げた人道主義が最終的に行き着いた先は徹底した無神論国家の唯物主義を国是とした共産主義世界だった。フランスで共産主義国家が誕生しなかったのは、国民の「信仰の自由」を認めていたからだ。そうでなかった場合、フランスはロシアよりいち早く共産主義国家となっていたかもしれない。ライシテが非宗教性、中立性、世俗主義を標榜する一方、国民の「宗教の自由」を認めることで、共産主義の侵略を阻止できたわけだ、フランスを共産主義から救済したのは国民の宗教性であり、「信仰の自由」だった。

 繰り返しになるが、フランスが「政教分離」で決別した「神」はあくまでも中世時代に強権を誇った「教会の神」であって、「本来の神」とは全く関係がないから、神への冒涜はやはり許されない。特に、「他の神」を信じている国民に対し、「教会の神」ゆえに冒涜の自由を認めることはライシテの拡大解釈に過ぎない。

 例えば、現トルコは「政教分離」を宣言していない。彼らが信仰の対象としている神は「イスラム寺院の神」だとしても、その神への冒涜は許されない。なぜならば、「本来の神」とは国民一人一人が内包している宗教性に繋がっている存在であり、神への冒涜はそのアイデンティティへの攻撃にもなるからだ。エルドアン大統領の激怒は政治的パフォーマンスを差し引いたとしても、当然の反応といわざるを得ないのだ。

 「私はシャルリー・エブド」ではないし、「私は教師」でもない。「信仰(神)を冒涜する自由を認めない私」だ。そんなプラカードが見られる日がフランスで来るだろうか(「今こそ“第2のフランス革命”を」2020年9月29日参考)。

人は冒涜されればやはり反発する

 フランスのマクロン大統領は9月1日、訪問先のレバノンでの記者会見で、「(わが国には)冒涜する権利がある」と強調した。パリの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことから、イスラム過激派テロの襲撃テロを誘発したことに言及し、フランスには冒涜する権利があると弁明した(「人には『冒涜する自由』があるか」2020年9月5日参考)。

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▲サミュエル・パティさんの追悼式典(エリゼ宮殿公式サイトから、2020年10月21日)

 そのフランスの、それも冒涜する権利があると主張したマクロン大統領に対し、トルコのエルドアン大統領は24日、同国中部のカイセリで党支持者を前に、「彼(マクロン大統領)は今、何をしてるのか知っているのだろうか。世界のイスラム教徒を侮辱し、イスラム分離主義として酷評し、イスラム教を迫害している。彼は宗教の自由を理解していない」と指摘し、「彼は精神的治療を受ける必要がある」と罵倒したのだ。

 それに対し、パリの大統領府は、「国家元首に対するエルドアン大統領の発言は絶対に甘受できない。無礼だ。われわれは侮辱を受け入れることができない」と反発し、駐アンカラのフランス大使を帰国させた。

 エルドアン大統領の発言はマクロン大統領に向かっているが、フランスへの冒涜と受け取られ、フランス側が激怒し、大使を帰国させた外交対応は理解できるが、冒涜されたマクロン大統領は先月初め、「冒涜する権利がある」と述べた張本人だ。その大統領が今回、他国から侮辱を受けたわけだ。

 マクロン大統領の「冒涜する権利」とはフランス国民だけが享受している権利であり、他国がフランスの「大統領」を侮辱し、それを通じてフランスの「国家」を冒涜すれば、許さないというのだろうか。

 通常の論理に従うならば、冒涜する権利があるならば、相手側にもその権利を保証しなければならない。それともマクロン大統領の「冒涜する権利」とは植民地大国だったフランスの特権とでもいうのだろうか。

 フランスとトルコはここ数年、関係が悪化している。シリア内戦、リビア紛争、そして最近では東地中海の天然ガス田開発問題などで対立してきた。アゼルバイジャンとアルメニア間の紛争でもトルコは前者を支援し、フランスは後者を援助するといった具合で、両国の国益、外交路線が至る所で衝突している。

 ところで、両国は北西洋条約機構(NATO)の加盟国だ。本来、加盟国はいざとなれば相互支援するのが建前だが、両国は目下、対立しているのだ。東地中海の天然ガス田開発ではフランスはギリシャとキプロスを支援し、海軍を動員してトルコを牽制している。NATO同盟国が軍事衝突する事態すら考えられる状況だ。

 現行の両国関係を考えれば、エルドアン大統領の発言が誘発した「冒涜」問題も、決して「冒涜の権利云々」といった哲学的な問題ではなく、両国の外交衝突の延長線に過ぎないかもしれない。両国の国益が一致すればマクロン大統領もエルドアン大統領も何もなかったように笑顔を見せて握手するかもしれない。ひょっとしたら、政治の世界ではそうなのかもしれない。

 問題は、イスラム過激派テロ問題では、マクロン大統領のパフォーマンスが目立ちすぎるのだ。イスラム過激派の分離主義への戦いを呼び掛け、今回のテロの犠牲者、中学校の歴史教師サミュエル・パティさんに「言論の自由」を死守したとして勲章を授与し、国葬を挙行するなど、イスラム過激派テロへの怒りを政治的に利用している。エルドアン大統領がイスラム・フォビアというのも一理はある。

 叩かれない限り、叩かれた時の痛みは理解できない。同じように、侮辱されたり、冒涜される立場に立たない限り、侮辱や冒涜を受けた悔しさ、怒りは理解できないだろう。マクロン氏の場合、エルドアン大統領から精神病患者扱いされたわけだから、マクロン氏が怒っても当然だが、同じように、イスラム教徒も冒涜されれば、敬虔な信者でさえ強い反発と怒りが湧いてくるはずだ。

 マクロン大統領は本来、国内のイスラム教への冒涜行為に対して、「それは止めるべきだ」と警告を発すべきだった。パリの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」の風刺画を学校の教材として利用することは行き過ぎだ。火に油を注ぐような行為だ。

 フランス国内に居住する500万人以上のイスラム教徒を敵に回すのではなく、イスラム過激派の分離主義に対して共同戦線を張って戦うべきではないか。「冒涜する権利」発言は逆効果どころか、イスラム過激テロを助長することにもなる。

 エルドアン大統領の政治スタイルに対して欧米では批判の声が多い。「言論の自由」問題でも強硬姿勢が目立つ。だからといって、マクロン氏が欧米メディアを通じてエルドアン大統領批判を強めるようなことは止めるべきだ。マクロン大統領はエルドアン大統領の発言に冷静に対応すべきだ。双方にとって戦うべき相手(敵)はイスラム過激派テロ勢力だからだ。
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