ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

中国

中国が恐れる北の核実験による大惨事

 北朝鮮はこれまで6回の核実験を実施し、核爆発を重ねる度にその核能力を発展させてきた。2006年10月に1回目の核実験を実施した。その爆発規模は1キロトン以下、マグニチュード4・1だった。6回目の17年9月3日には爆発規模160キロトン、マグニチュード4.4だった。北側の発表では「水爆」だという。

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▲韓国との経済関係を断絶すると表明する北朝鮮の金正恩総書記(2024年2月8日、朝鮮中央通信から)

 興味深い点は、北朝鮮の6回の核実験で放射性物質が検出されたのは1回目と3回目のだけで、残りの4回の核実験後、キセノン131、キセノン133など放射性物質が検出されていないことだ。北の核実験で放射性物質が検出されにくい理由として、北朝鮮の山脈は強固な岩から成り立っているため、放射性物質が外部に流出するのに時間がかかるからだといわれている。3回目の核実験の55日後に放射性物質が検出されたのは、北当局が核実験用トンネルをオープンしたのでキセノンが放出されたという。なお、核実験が行われた日の前後の天候も希ガス検出に影響を与える。気流の流れにも左右される。

 北朝鮮の核実験の影響について、韓国の核物理学者らから、「北朝鮮の豊渓里核実験場では、2017年9月の6回目の核実験の際にすでに大地震が発生しており、トンネルや地盤の崩壊や陥没への懸念が続いている。核実験の爆発により実験場の地盤が崩壊した可能性がある」と警告する声が出てきている。

 韓国気象庁の『2023年の地震年報』によると、北朝鮮の豊渓里付近での地震の数が2022年の3倍以上に増加した。専門家らは「マグニチュード3.0以上の地震の数は増加し続けており、今年はその可能性が高い。マグニチュード4.0以上の大地震が発生する可能性がある」というのだ。

 例えば、北の最大規模の核実験では核実験場から南東約7キロ付近で地盤が陥没し、それに伴う揺れが発生したという。水爆の爆発によって周辺の地盤が揺れ、地震が発生したという説明だ。実際、アメリカの北朝鮮分析サイト「38ノース」は2017年9月5日、核実験場周辺の地形が崩れ、地形の変動が見られると報告している。

 韓国の聯合ニュースは2017年9月5日、「北の核実験場がある北東部の咸鏡北道吉州郡で被爆した疑いが持たれる症状を訴える人が出ている」と報じた。核実験場周辺の住民への被曝は考えられるが、恐ろしいシナリオは、中国と北朝鮮の国境に位置する白頭山(標高約2744m)の噴火だ(「白頭山の噴火と第3回核実験」2011年3月11日参考)。

 東アジア最大の地震観測所を持つ韓国地質鉱物資源研究院のイ・ピョング所長は、「北朝鮮が将来追加核実験を実施すれば、大地震が発生する可能性がある」と予測している。

 北朝鮮の核実験を懸念しているのは隣国中国だ。特に、中朝国境都市周辺の住民は不安を高めている。地理的に隣接する中国の東北3省は、空気や地下水を介して広がる放射線の影響を免れないだろう。北朝鮮が7回目の核実験を実施した場合、過去6回の核実験で蓄積された核物質が急速に表面化し、北朝鮮と国境を接する中国の広範囲を放射線で覆う可能性がある。「豊渓里での北朝鮮の核実験は、近くの活火山である長白山にも影響を与えている。最近、長白山から鳥や動物が大量に移動しているのが目撃されており、中国東北三省の住民の間で不安が広がっている」というのだ。
 
 韓国の著名な火山学者、ユン・ソンヒョ教授によると、「核爆発による強力な衝撃波は、120キロメートルも離れた長白山(白頭山)地下のマグマだまりをかき乱し、噴火を引き起こす可能性がある」という。火山を扱う中国地震局研究所のシミュレーションでは、「長白山が噴火し、灰が空を覆い工場が麻痺すれば、中国経済に大きな打撃を与える可能性がある」と予測されており、中国東北部3省の2000万人が避難を余儀なくされる。

 韓国統一部が最近、北朝鮮の核実験場の近くに住んでいた亡命者を対象に放射線被爆調査を実施したところ、対象者の20%に染色体異常が見つかった。脱北者らによると、吉州郡の住民は核実験場の川水を飲料水として利用しており、核実験以降、結核患者が急増し、多くの死者が出ているという。

 中国東北3省の住民の多くは、6回目の核実験以来、地震を何度も感じたと報告している。中朝国境都市にとって放射能だけではない。北には少なくとも5カ所、化学兵器を製造する施設がある。中国が恐れているのは両国国境近くにある北の化学工場だ。2008年11月と09年2月の2度、中国の国境都市、丹東市でサリン(神経ガス)が検出されたという。中国側の調査の結果、中朝国境近くにある北の新義州化学繊維複合体(工場)から放出された可能性が高いというのだ。北の化学兵器管理が不十分だったり、事故が発生した場合、中国の国境都市が先ず大きな被害を受けるという(「中朝国境都市にサリンの雨が降る」2013年5月31日参考)。

 中国東北3省の住民にとっては時限爆弾を抱えているような状況だ。北側が7回目の核実験を実施した場合、放射能、地震、地形崩壊などの大惨事が発生する危険性が排除できないからだ。

中露「海外亡命反体制派から目を離すな」

 「兄弟」の話をする。ここでは弟アベルを殺した兄カインの人類最初の殺人事件の話を繰り返すつもりはない。ロシアのプーチン政権と習近平国家主席の中国共産党政権が“兄弟のように似ている”という話だ。

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▲習近平国家主席とプーチン大統領(2023年3月21日、クレムリン公式サイトから)

 なぜ改めてそうのように感じたかを以下、説明したい。

 ロシアは旧ソ連共産党政権の後継国だから、程度の差こそあれ70年以上の共産国の歴史を引きづっている。一方、中国共産党政権は依然、共産党一党独裁の国家だ。その意味から、両国の国体は酷似している。ロシアで多くの国民が粛清され、弾圧されているように、中国でも人民は弾圧され、法輪功メンバーたちは生きたまま臓器を摘出されるといった非人道的な犯罪が国家の管理のもとで運営されている。

 ロシア軍からウクライナに亡命した28歳のパイロットが「ウクライナ戦争に関与したくない」と決意し、キーウに亡命。その後、スペインで亡命生活を送っていたが、19日、銃弾を受けて殺害されているところを発見された。冷戦時代は西側に政治亡命すれば、例外もあったが、何とか身の安全を確保されたが、プーチン政権と習近平政権の時代に入ると、亡命者は国外に逃げても安全とはいえなくなった。ロシアの青年パイロットのように執拗に追及され、最悪の場合、モスクワや北京から派遣された刺客に殺されてしまう。政治亡命者は今、冬の時代を迎えているのだ。

 グローバリゼーション時代の影響だという人もいるかもしれない。どの国に逃げても、世界は昔のように大きくはなく、亡命者の隠れ場所は発見され、毒薬、ドローン、銃殺などの手段で殺されてしまう危険が排除できなくなってきたのだ。

 例えば、スイスは昔、母国で迫害され、生きる場所を失った亡命者の隠れ地といわれ、世界から逃げてきた人々が住み着いた。ウラジーミル・レーニンはスイスに逃れ、革命を計画し、ジャン・カルヴァンはスイスに逃れて宗教改革を起こした。21世紀の現代、アルプスの小国スイスに亡命しても安全とはいえなくなった。ロシアの元石油王、ユコス社社長だったミハイル・ホドコフスキー氏は2012年末に釈放されると一時期、スイスに亡命したが、現在はロンドンに生活している。安全問題があったからだ。

 ロシアの亡命者殺人事件は過去、多数起きている。例えば、英国で2018年3月4日、亡命中の元GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)のスクリバリ大佐と娘が、英国ソールズベリーで意識を失って倒れているところを発見され、調査の結果、毒性の強い神経剤が犯行に使用されたことが判明した。犯行は当時、GRUの関与が囁かれた。ちなみに、ロシアではGRUの他、ロシア連邦保安庁(FSB)とロシア対外情報庁(SWR)が海外で亡命者暗殺計画を実行する(「英国のスクリバリ事件の『核心』は?」2018年4月21日参考)。

 一方、中国共産党政権もプーチン政権に負けないほど海外亡命者狩りに専心している。中国共産党政権が海外に自国の警察署を設置、自国の反体制派活動家を監視しているというニュースが流れている。中国が海外に住む自国民を監視していること自体は新しいことではないが、その監視体制が強化されてきているのだ。

 スペインに拠点を置く「セーフガード・デファンダース」は「中国の国境外で警察活動は野放しになっている」として、「中国は世界21カ国、54カ所に 『海外警察サービスセンター』を設立している。それらのほとんどはヨーロッパにあって、スペイン9カ所、イタリア4カ所 、英国では、ロンドン2カ所、グラスゴー1カ所が発見されている」という。中国側は「海外に住む中国人へのサービスセンターだ」と説明しているが、「セーフガード・デファンダース」は、「中国共産党政権を批判する海外居住国民を監視し、必要ならば強制的に帰国させる機関だ」という。海外拠点の中国警察関係者から嫌がらせの電話や脅迫を受けた海外居住中国人が少なくないという。

 当方は2005年11月3日、シドニー中国総領事館の元領事で同年夏、オーストラリアに政治亡命した中国外交官の陳用林氏(当時37歳)とウィーンで会見した。同氏は江沢民国家主席(当時)が1999年に創設した「610公室」のメンバーだった。「610公室」は超法規的権限を有し、法輪功の根絶を最終目標としている。中国反体制派活動家たちは「610公室」を中国版ゲシュタポ(秘密国家警察)と呼んでいる。陳用林氏はオーストラリアにいる中国人社会を監視し、法輪功メンバーがいたらマークするのが任務だった。彼は自身の任務に疲れ、その職務に疑問を感じて亡命した。

 中国共産党政権は2014年、「社会信用システム構築の計画概要(2014〜2020年)」を発表した。それによれば、国民の個人情報をデータベース化し、国民の信用ランクを作成、中国共産党政権を批判した言動の有無、反体制デモの参加有無、違法行為の有無などをスコア化し、一定のスコアが溜まると「危険分子」「反体制分子」としてブラックリストに記載し、リストに掲載された国民は「社会信用スコア」の低い2等国民とみなされ、社会的優遇や保護を失うことになる。中国では顔認証システムが搭載された監視カメラが既に機能しているから、「社会信用スコア」の低い危険人物がどこにいてもその所在は直ぐに判明する。その監視システムの対象が海外に住む中国人にまで広げられてきているのだ(「中国、海外にも自国警察署を設置か」2022年10月28日参考)。

 参考までに、北朝鮮もロシアと中国両国と同様、海外に住む脱北者への監視を強めている。マレーシアのクアラルンプール国際空港での金正男氏殺害事件(2017年02月13日)を思い出す読者もいるだろう。いずれにしても、独裁国家と呼ばれるロシア、中国、北朝鮮は国外に亡命した国民からその監視の目を外さない、蛇のような執拗さがあるのだ。

中国の悩み「核実験回数が少ない」

 米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は20日、衛星写真を基に中国が同国西部新疆ウイグル自治区にある核実験地を再改修、拡大していると報じた。中国の習近平国家主席が2013年に就任して以来、人民解放軍が核兵器の強化と増加に乗り出していることは久しく知られてきたが、今回、衛星写真で追認されたわけだ。

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▲中国の最初の核実験(1964年10月16日、CTBTO公式サイトから)

 ウイグル自治区のロブノール(Lop Nor)は旧ソ連カザフスタンのセミバラチンスク核実験所と共に核実験所として知られてきた。ウィーンに本部を置く包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)によると、中国は過去、ロブノールで地上、地下計45回の核実験を行った。同国の最初の核実験は1964年10月16日、これまで最後の核実験(地下実験)は1996年7月29日だ。

 新疆ウイグル自治区では核実験の放射能の影響で多くの奇形、障害児が生まれている。国際社会は同自治区の現地調査を中国側に要求すべきだ。

 ロプノールは広大な地域で、そこにある乾燥した塩湖が核兵器の実験場だ。1964年10月の最初の実験から60年が経て、中国は実験場を再建している。ニューヨーク・タイムズ紙によると、米国の諜報機関はロプノールの再建を何年にもわたって監視してきたという。

 現在、世界9カ国が核兵器保有国と受け取られている。米ロ英仏中の国連安保常任理事国の5カ国、それにインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮だ。次期核保有国候補国としてイランが挙げられている。

 1996年9月、包括核実験禁止条約(CTBT)が作成され、核物質の爆発を禁止する国際条約の署名、批准が始められたが、条約発効に必要な要件(条約第14条=核開発能力所有国の44カ国の署名・批准)を満たしていないため、条約は依然発効していない。ただし、米英仏ロ中の5カ国は核実験のモラトリアム(一時停止)をこれまで遵守してきた。

 中国は1996年にCTBTに署名したが、批准していない。中国と同様、署名したが、未批准の米国の出方を伺っている、と受け取られている。また、ロシアはCTBTを署名・批准済みだったが、昨年11月に批准を撤回している(「ロシアは近い将来『核実験』再開か」2023年8月18日参考)。

 ところで、中国は核兵器開発では米国やロシアに後れを取っている、という認識を有している。中国は1964年〜96年の間、ロプノールで45回の核兵器実験を行ったが、モスクワは冷戦時代、700回以上、米国は1000回以上の核兵器実験を実施してきた。核実験回数では中国は米ロ両国と比較して圧倒的に少ない。核兵器の性能向上を実現する目的にとっては、それは大きなマイナスだ。

 それだけではない。中国共産党政権派の環球時報の編集長・胡錫進氏は2020年7月28日、「中国は比較的短期間に核弾頭の数を1000基水準に増やすことが必要だ」と話し、「米国との戦争に勝利するためには1000個の核弾頭が必要だ」という趣旨の論評を掲載し、大きな反響を呼んだ。すなわち、中国は核弾頭の数も米ロに比較して少ないという認識があるはずだ。それが中国の核実験の再開情報の根拠となっているわけだ。

 もちろん、核実験の再開への誘惑は中国だけではない。米国を含む核保有国は「1980年代、90年代の核兵器が依然機能するかを知りたがっている」(軍事専門家)からだ。実験を繰り返し、問題がないと確認されない限り、その兵器は実戦では使用できない。米国やロシアは過去、臨界前核実験を実施したが、核兵器の安全性などをチェックするためには核実験以上の手段はないからだ。

 北朝鮮を除く8カ国の核保有国はどの国も「核実験のモラトリアムを最初に破った国」という汚名を避けたいと思っている。逆にいえば、核保有国の一国でも核実験を再開すれば、他の核兵器保有国も次々と雪崩を打って核実験を再開することが予想されるのだ(「CTBTOは存続できるか」2023年11月13日参考)。

 北京だけでなく、ワシントンやモスクワも近年、核実験場を大規模に拡張している。アメリカのネバダ州の実験場、北極にあるロシアの極地ノヴァヤ・ゼムリャ上空で撮影された衛星画像によってそれは証明されている(ノヴァヤ・ゼムリャでの核実験は、1955年9月21日から90年10月24日までの間に130回行われた)。

UNIDO、中国との関係を深める

 中国の習近平国家主席が提唱した新シルクロード構想「一帯一路」が発表されて今年で10年目を迎えたが、それを祝賀する第3回「国際協力サミットフォーラム」が17日から2日間の日程で北京で開催された。北京発によると、参加国151カ国、41の国際機関から1万人以上の代表者が集まったという。ただし、慣例の首脳陣全員参加の円卓会議は開かれず、共同声明はなく、参加国の2カ国間会議、テーマごとの専門会議が主に開かれた。

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▲UNIDOとファーウェイが提携して設立した「AIM Globa」発足式(2023年7月10日、ファーウェイ社から)

 中国側の発表では、2023年6月の時点で、150カ国と30の国際機関にまたがる200以上の「一帯一路」協力協定により、中国と相手国間の輸出入総額は累計19兆1000億ドルに達し、2013年から2022年までの年平均成長率は6.4%という。

 王毅外相は、「今回のフォーラムで合計458件の協力成果が達成された」と述べて、会議の成果を誇ったが、参加した首脳陣の数は2017年、19年の会議より減少し、中国から巨額なインフラ投資や財政支援を受けた開発途上国が債務漬けで経済的困難に陥る一方、主要国首脳会議(G7)で唯一、2019年に参加して注目されたイタリアのメローニ首相は今年9月9日、離脱を表明するなど、習近平主席の肝煎りの「一帯一路」は10年前の勢いを失い、急速に減速してきている。

 同フォーラムで注目されたのは、会議の内容というより、国際刑事裁判所(ICC)から戦争犯罪人として逮捕状が出されて以来、旧ソ連圏以外で初の外遊となったロシアのプーチン大統領の中国訪問だ。北京側もプーチン大統領の動向を大々的に報道し、習近平国家主席はプーチン氏と3時間に及ぶ会談を行い、ロシアと中国の関係強化を内外にアピールしたばかりだ。

 ここでは中国側が低迷する「一帯一路」を補強し、再活発化するために国連の工業開発専門機関、ウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)と急速に関係を深めてきていることを報告する。

 UNIDOへの最大の拠出国は数年前から中国だ。特に、8年間、前UNIDO事務局長だった李勇(元中国財政部副部長)時代(2013年〜21年)に、UNIDO内の中国の影響がプロジェックト数、人材面でも深まっていった。2021年12月からドイツのゲルト・ミュラー現事務局長(前独経済開発協力相)が就任した後もその流れは変わらないどころか、より深まってきている。

 実例を挙げると、UNIDO、ファーウェイおよびその他のパートナーは今年7月、第6回世界人工知能大会(WAIC)で「産業と製造業のための人工知能に関するグローバル・アライアンス」(AIM Global)を正式に発足させた。UNIDOが中心となり、AIM Globalは官民のパートナーを統合し、産業と製造業におけるAIの利用とイノベーションを推進するという。米国や欧州連合(EU)がファーウェイがセキュリテイ上危険としてその使用を禁止している時、UNIDOはフェ―ウェイとの関係を深めているわけだ。ちなみに、UNIDOは北京に本部を置く国際開発金融機関の「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)との連携も強化している。

 ウィーンで国連および他の国際機関担当の中国の王群大使は、「長年にわたりUNIDOとの健全な協力を維持しており、世界開発構想(GDI)の推進と実現に関してUNIDOと全面的な協力を行う用意がある」(新華社)とエールを送っている。

 一方、ミュラー事務局長は、過去40年間の中国の大きな変化や貧困緩和と雇用創出における同国の成果を挙げ、「UNIDO加盟国、特に発展途上国は中国の開発経験から学ぶことができる」と中国を称賛し、中国が提案するGDIを支持している(中国新華社2023年2月11日)。

 中国側の狙いは、UNIDOに技術、知識、投資の移転の架け橋を期待し、「一帯一路」と積極的に関わり、投資プロジェクトの持続可能性を確保しながら貧困削減と雇用創出という途上国へのプラス効果を支援していくというのだ。

 ミュラー事務局長は、「『一帯一路」は17の目標と169のターゲットからなる『持続可能な開発目標(SDGs)』達成の促進剤の機能を発揮できる」と指摘。具体的には、資金不足を解消してクリーンエネルギー、産業、インフラ、気候変動への強靱性への投資などを促進できるという期待だ。

 なお、中国の王毅外相は18日、「第3回フォーラムでは、『一帯一路」』協力を質の高い新たな段階に引き上げるという合意に加え、団結、開放、ウィンウィンの協力などを含む4つの成果が得られた」(新華社)と述べている。

 いずれにしても、中国側は国際的な批判が出てきた「一帯一路」を発展させていくために、米国、英国、カナダなど欧米主要国が脱退したUNIDOを引き寄せて、欧米の技術、知識、投資を利用していこうというわけだ。

 李勇氏は事務局長時代の2018年4月、中国メディアとのインタビューの中で、「UNIDOは中国共産党と連携し、習近平主席が提唱した『一帯一路』関連のプロジェクトを推進させてきた」と語った。同発言は5年後の2023年、非常に現実味を帯びてきているのだ(「ファーウェイが国連を支配する日」2019年3月7日参考)。

EU経済は中国依存を打破できるか

 欧州連合(EU)欧州委員会と上級代表は20日、「欧州経済安全保障戦略」に関する共同声明を発表した。同声明文では、「地政学的な緊張の高まりと技術革新の加速を背景に、経済の開放性とダイナミズムを最大限に維持しながら、特定の経済の流れから生じるリスクを最小限に抑えることに焦点を当てている」という。

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▲ドイツ・中国両国政府間協議の参加者記念写真(2023年6月20日、ドイツ連邦政府公式サイトから)

 「経済安全保障戦略」は17ページからなっている。具体的なターゲットは対中政策だ。中国については直接的には言及されていないが、「特定の経済的つながりによってもたらされるリスクは、現在の地政学的および技術的環境において急速に進化しており、安全保障上の懸念とますます結びついている。このため、EUは経済安全保障に対するリスクを共通に特定、評価、管理するための包括的なアプローチを開発する必要がある」と指摘している。欧州理事会は6月29日〜30日の会合で「経済安全保障戦略」について話し合う予定だ。

 ウルズラ・フォン・デア・ライエンEU委員長は、「経済安全保障はわれわれにとって優先事項だ。例えば、ヨーロッパから軍事利用可能なハイテクが中国を経由してロシアに届くことを防止しなければならない。そのためにはブリュッセルはより厳格な輸出要件を提示すると共に、欧州企業の対中投資をより綿密に監視する必要がある(外国直接投資審査規則の見直し)と指摘。ただし一部主張されている対中政策でのデカップリング(分断)には、はっきりと拒否し、「開放経済は今後も欧州企業にとってより力であり続けるだろう」と述べている。

 共同声明の最後には、「オープンでルールに基づいた貿易は、EU発足以来、EUを形成し、利益をもたらしてきた。同時に、地政学的緊張の高まりと地戦略的・地経済的競争の激化、さらには新型コロナウイルスのパンデミックやロシアのウクライナに対する侵略戦争などのショックにより、特定の経済的依存に内在するリスクが浮き彫りになっている。このようなリスクは、適切に管理されない限り、私たちの社会、経済、戦略的利益、行動能力の機能を脅かす可能性がある。EUがリスクを評価し管理し、同時に開放性と国際的な関与を維持するには、内外の政策にわたる共同行動やEUおよび加盟国レベルでの一連の一貫した措置を含む包括的な戦略が不可欠だ」と説明している。

 中国国営企業が欧州の先端技術メーカーから民生および軍事目的に使用できるデュアル・ユースアイテムやノウハウを獲得していることは周知の事実だ。ドイツの産業用ロボット製造大手「クーカ」が2016年、中国企業に買収され、ロボット製造のノウハウが中国側に流れた。2018年にはイタリアの軍用ドローンメーカーが同じように中国国営企業に買収されている。

 中国側は西側企業買収で先端技術を入手するだけではなく、それに関与する人材をリクルートしてきた。ドイツ連邦空軍の元パイロットが中国側にリクルートされた問題が発覚して、ドイツ側を驚かせたばかりだ。英メディアは昨年、元英国軍パイロットらが多額の資金で中国に誘惑されていると報じたばかりだ。BBCによると、最大30人の英国人が中国側の呼びかけに従ったという。彼らには27万5000ユーロ相当の金額(約4130万円)が提供されているという。

 (中国共産党政権は世界の最先端を行く知識人、科学者など海外ハイレベル人材を獲得するプログラム、通称「千人計画」を推進中だ。ターゲットとなった人材に対しては、賄賂からハニートラップまでを駆使して相手を引き込み、リクルートすることはよく知られている)。

 ちなみに、オーストリアの代表的週刊誌プロフィールによると、中国側に2017年に買収されたニーダーエスターライヒ州の小型航空機メーカー「ダイヤモンド・エアクラフト」は中国共産党の意向を受け、中国の隣国ミャンマーで軍のためにDART-450型の練習機を製造するプロジェクトに組み込まれているという。同誌によると、中国側はここにきて西側の航空技術に強い関心を寄せているという。

 ベルリンで20日、「ドイツと中国両国の政府間協議」が開催された。ショルツ首相は李強首相と会談した後の記者会見で、中国依存が問題になっている経済関係について、「一国の相手だけでなく、アジア全体でバランスの取れた経済協力関係を構築していきたい」と述べたが、実際のドイツ経済は、中国依存からの脱出は決して容易ではない。

 例えば、ドイツの主要産業、自動車製造業ではドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売している。そのドイツが対中政策で厳格な対中政策が実施できるかはやはり疑問だ。

 最近の実例を挙げる。ショルツ連立政権は昨年10月26日、ドイツ最大の港、ハンブルク湾港の4つあるターミナルの一つの株式を中国国有海運大手「中国遠洋運輸(COSCO)」が取得することを承認する閣議決定を行った。同決定に対し、「中国国有企業による買収は欧州の経済安全保障への脅威だ」という警戒論がショルツ政権内ばかりか、EU内でも聞かれた。そのため、ショルツ首相は中国側の株式35%取得を25%未満に縮小し、人事権を渡さないという条件を提示し、ハベック経済相(兼副首相)やリントナー財務相らを説得、閣議決定した経緯がある。ドイツ政権内で対中政策で意見が対立しているのだ(「独『首相府と外務省』対中政策で対立」2023年4月21日参考)。

 ドイツのシンクタンク、メルカートア中国問題研究所とベルリンのグローバル・パブリック政策研究所(GPPi)は、「欧州でのロシアの影響はフェイクニュース止まりだが、中国の場合、急速に発展する国民経済を背景に欧州政治の意思決定機関に直接食い込んできた。中国は欧州の扉を叩くだけではなく、既に入り込み、EUの政策決定を操作してきた」と警告した。欧州の「経済安全保障戦略」が中国の野望を打ち砕くことができるかは、単に欧州経済だけではなく、世界経済にも大きな影響がある問題だ。

中国の仲介外交とパレスチナ問題

 6月9日のバチカンニュースに「聖地・平和を実現するためには外部からの仲介が必要」という見出しの記事が報じられていた。同記事には、2014年6月8日、バチカンが主催で開催されたエルサレムの平和実現のための祈祷会にフランシスコ教皇、パレスチナ自治政府のマハムード・アッバス議長、イスラエルのシモン・ペレス大統領(当時)、そしてコンスタンティノープル総主教ヴァルソロメオス1世が一堂に結集した時の写真が掲載されていた。

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▲2014年にバチカンで開催された「聖地の平和」実現のための祈祷会に参加した関係者(2023年6月9日、バチカンニュースから)

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▲サウジのファイサル・ビン・ファルハーン・アル・サウド外相(右)とイランのホセイン・アミール・アブドラヒアン外相(左)、中央は会談を調停する中国の秦剛外相(中国政府公式サイトから、2023年4月6日、北京で、写真/新華社)

 あれから9年の年月が経過した。イスラエルとパレスチナ間では依然紛争が続き、平和とはほど遠い。エルサレムはユダヤ教、イスラム教、そしてキリスト教の3大一神教宗教の聖地だ。その聖地の帰属権をめぐり紛争が続いてきた。紛争が激化する度に、停戦を求める声が外部から高まった。そしてバチカン、米国、欧州諸国から紛争停止を願う仲介の動きが出てきた。「パレスチナ問題」はそのようなサイクルをこれまで繰り返してきた。

 しかし、今回は少し違うのだ。中東の仲介者の常連を演じてきた米国のプレゼンスが見られず、米国と覇権争いを展開中の中国がその役割を演じている。中国は共産党政権が君臨する全体主義国だ。その中国が中東に触手を伸ばし、アラブ・イスラム教国の紛争の仲介役を買って出てきた。更に、驚くべきことは、単に掛け声ではなく、歴史的に宿敵同士のサウジアラビアとイラン両国が中国の仲介を受けて協調する姿勢を見せてきているのだ。

 サウジはイスラム教スンニ派の盟主であり、イランはスンニ派と対立するシーア派の代表国だ。スンニ派とシーア派の宗派間の対立がこれまで延々と続いてきた。その両国が突然、中国の仲介を受け、急接近してきたのだ。世界が驚くのは当然だろう。

 スンニ派イスラム教徒が多数派を占める世界最大の石油輸出国であるサウジと、核計画を推進するシーア派のイランとの間の和解は、数十年にわたり紛争と対立が続いてきた中東地域の「バランス・オブ・パワー」を再形成する可能性がある。ちなみに、イランのライシ大統領は今年2月14日から3日間の日程で習近平主席の招きを受けて北京を訪問したばかりだ(「中・イランは『収益性高い価値連鎖』?」2023年2月18日参考)。

 そして中国はここにきて「中東の核心問題」と受け取られてきたイスラエルとパレスチナの紛争問題の仲介にも意欲を見せてきたのだ。パレスチナ自治政府のアッバス議長が13日から16日まで中国を公式訪問する。イスラエルが湾岸諸国(UAE、バーレーン)や北アフリカ諸国(スーダン、モロッコ)との外交関係を改善してきたこともあって、アラブ諸国ではパレスチナ問題に対する関心度が薄れてきた矢先だ。それだけにアッバス議長にとって中国訪問はパレスチナ問題を再び国際政治の舞台に浮上させる絶好のチャンスとなる、という計算があるだろう。

 一方、イスラエルではネタニヤフ右派政権が司法改革で国民から激しい批判を受け、大規模な抗議デモが発生し、ネタニヤフ政権は対策に苦慮している。そのような時、中国共産党政権がイスラエルとパレスチナの仲介役に乗り出してきたのだ。中国の仲介外交はタイミングがいい。米国主導のイスラエル寄りの仲介に不信感が強い中東アラブ諸国にとって、中国の中東外交が歓迎される土壌が生まれてきたわけだ。

 それでは中国主導の中東外交に問題がないか、というとそうとは言えない。中国は共産党政権であり、その宗教政策は無神論を国是とする全体主義国だ。一方、中東は主にイスラム教を国是とする宗教国が多い。本来、水と油の関係だ。

 調停役を演じる中国の習近平国家主席は、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調する一方、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告してきた。具体的には、キリスト教、イスラム教など世界宗教に所属する信者たちには「同化政策による中国化」を進めているのだ。

 例えば、中国新疆ウイグル自治区のウイグル人は主にイスラム教徒でスンニ派が多い。イラン(シーア派)にとってはイスラム教の兄弟だ。そのウイグル人を中国共産党政権は弾圧し、強制的に再教育キャンプに送っている。中国共産党政権のウィグル人弾圧をイスラム国家はいつまでも黙認できるだろうか、といった素朴な疑問が湧いてくるのだ。

 中国共産党政権がサウジ・イラン間の関係改善、イスラエルとパレスチナ間の紛争解決で目に見える成果を上げることができれば、中国の中東外交は世界から評価されるだろう。中国の国際的威信も高まることは間違いないが、決して容易な課題ではない。一歩間違えれば、ウイグル人問題がきっかけで中東諸国で中国共産党政権への批判が高まるかもしれないからだ(「起こるべきして起きた騒動」2023年4月24日参考)。アッバス議長の訪中の成果が注目される。

中国、元独軍パイロットをリクルート

 中国共産党政権は世界の最先端を行く知識人、科学者など海外ハイレベル人材を獲得するプログラム、通称「千人計画」を推進中だ。ターゲットとなった人材に対しては、賄賂からハニートラップまでを駆使して相手を引き込み、リクルートすることはよく知られている。

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▲ドイツ連邦空軍のユーロファイター、EF-2000(ウィキペディアから)

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▲独ピストリウス国防相(左)、中国の李尚福国防相(右)に元独パイロットのリクルート活動の停止を要求(2023年6月3日、ドイツ民間ニュース専門局ntvから 写真はドイツ通信)

 大学教授や研究者の場合、研究費支援、贅沢三昧の中国への旅などが「甘い誘惑」だ。その禁断の実を味わうと、もはや忘れることができなくなるから、最終的には中国共産党の言いなりになってしまう。そして立派なパンダハガーとなっていくわけだ。

 ちなみに、「パンダハガー」(Panda Hugger)とは、中国が世界の動物園に送っている友好関係のシンボル、動物パンダをハグする「抱く」を意味する。その両者を結合して「中国に媚びる人」「中国の言いなりになる人」、日本語訳では「媚中派」を意味する。中国共産党は人間の弱さがどこにあるかを熟知しているから、物欲、性欲を刺激するものをちらつかせるのだ(「トランプ政権の『パンダハガー対策』」2020年8月1日参考)。

 ところで、中国共産党政権は政治家、大学教授、研究者だけではなく、欧米諸国の元戦闘パイロットをもリクルートしている。独週刊誌シュピーゲルが2日、報じたところによると、中国共産党政権はドイツ連邦軍の元戦闘パイロットをリクルートし、中国でトレーナーとして雇用しているという。シュピーゲル誌によると、少なくとも数人の元ドイツ空軍士官が中国で訓練官として、中国空軍パイロットを訓練しているというのだ。

 ドイツのボリス・ピストリウス国防相は3日、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議で中国の李尚福国防相と会見し、元ドイツ戦闘機パイロットのリクルートを停止するよう異例の要請をしたという。それに対する中国側の返答は報じられていない。

 独メディアの報道によると、ドイツ軍の対諜報機関は現在、調査を開始している。ドイツ治安当局は、ドイツの元軍パイロットがドイツ連邦軍と北大西洋条約機構(NATO)の軍事機密を中国人民軍に渡す可能性があると懸念している。特に、中国側が台湾武力再統一を模索している時だけにそれらの情報が役立つからだ。なお、独連邦国防省によれば、中国は採用活動に外部のヘッドハンターを活用しているため、ドイツ側は退職戦闘機パイロットの人材管理は容易ではない。

 ドイツ連邦軍の対諜報機関(MAD)はパイロットらの活動の詳細を解明するため、集中的な調査を開始した。さらに現在、これ以上の元パイロットが中国のオファーに乗ることを防ぐための情報キャンペーンが始まっている。対象は、退職を間近に控えた空軍パイロットたちだ。

 問題は、ドイツの元戦闘パイロットが中国側に雇用されるというケースは初めてではないことだ。英メディアは昨年、元英国軍パイロットらが多額の資金で中国に誘惑されていると報じたばかりだ。 BBCによると、最大30人の英国人が中国側の呼びかけに従ったという。彼らには27万5000 ユーロ相当の金額(約4130万円)が提供されているという。

 BBCは西側当局者の発言として「元軍戦闘機パイロットにとって中国側が提供する金は魅力だ。一方、中国側は台湾紛争などの場合に関連する情報に関心がある。中国空軍は新たな戦術や能力の開発支援のため、西側の経験豊富なパイロットを必要としている」という。

 BBCによると、イギリスの治安当局は 2019年に中国側の元パイロットのリクルートに気が付いたという。コロナ禍後、中国側は一層、リクルートを加速している。西側当局者は「現役パイロットも標的になるだろう。中国政府は欧米諸国のパイロットに興味を持っている」というのだ。

 1人の戦闘パイロットを育成するためには多くの資金と時間が投入される。中国共産党政権はそのパイロットたちに触手を伸ばし、彼らの経験と能力を獲得しようと腐心しているわけだ。

起こるべきして起きた騒動

 先ず、北京発時事の記事を読んでみてほしい。

 「パキスタン北部で今月、水力発電所建設に携わる中国人技術者の男性が、イスラム教を冒涜したとして告発された。怒ったパキスタン人作業員らによる暴動を懸念した地元当局は、男性を遠隔地へ移送。パキスタンでは近年、中国権益への反発が強まっており、住民感情の刺激が両国の不協和音に発展しかねない状況だ。17日のAFP通信などによると、男性はイスラム教のラマダン(断食月)期間のせいで『仕事の進行が遅い』と指摘。作業員との口論で、アラー(神)や預言者ムハンマドを侮辱するような発言があった」

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▲訪中したイランのライシ大統領を迎える習近平国家主席(IRNA通信、2023年2月14日)

 上記の記事を読んで「起こるべきして起きた騒動」といった印象を受ける。パキスタンの国民は95%前後はイスラム教徒だ。その大部分はスンニ派だ。一方、無神論国家の中国共産党政権下で育った国民(中国人技術者)は宗教教育を受けていないし、多くは無神論の観点から偏見された教育を受けてきた。宗教関連施設は官製による飾り物に過ぎず、キリスト教信者、イスラム教徒が教会やイスラム寺院に通って祈っている姿をみる機会はほとんどない。アラーや預言者ムハンマドを侮辱することがどんな行為かを理解できないので、暴言が口から飛び出す。それを聞いた現地の労働者は激怒する、といったパターンだ。フランスのマクロン大統領が2020年、「フランスには冒涜する自由がある」と発言し、世界のイスラム教徒を憤慨させたことはまだ記憶に新しい(「人には『冒涜する自由』があるか」2020年9月5日参考)。

 ところで、サウジアラビアとイランが中国政府の調停を受けて和解へと動き出したというニュースが流れ、中国は米国に代わって中東の調停人の役割を担い出した、といった類の報道があったが、少々皮相的な解説ではないか。

 中東関係者が、「キリスト教とイスラム教の対立より、イスラム教のスンニ派とシーア派の宗派間の抗争のほうが深刻だ」と述べていたことを思い出す。スンニ派の盟主サウジとシーア派の代表イランの接近は経済的、政治的な理由が大きい。一方、イランと中国の接近は反米と双方の経済的恩恵という面があるだろう。はっきりとしている点はスンニ派とシーア派が突然、相互理解と尊重を深めてきたわけではないことだ。両派の関係は今も緊迫している点で変わらない。

 中国の習近平国家主席は、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調する一方、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告している。具体的には、キリスト教、イスラム教など世界宗教に所属する信者たちには「同化政策による中国化」を進めているのだ。

 中国共産党の宗教弾圧は激化している。キリスト教会の建物をブルドーザーで崩壊させる一方、新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒に中国共産党の教え、文化の同化を強要し、それに従わないキリスト信者やイスラム教徒を拘束する一方、「神」とか「イエス」といった宗教用語を学校教科書から追放するなど、弾圧は徹底している。

 ウイグル自治区のウイグル人は主にイスラム教徒でスンニ派が多い。イラン(シーア派)にとってはイスラム教の兄弟だ。そのウイグル人を中国共産党政権は弾圧し、強制的に再教育キャンプに送っている。その国がスンニ派とシーア派の調停ができるだろうか(共産主義は宗教といわれてきたから、中国共産党政権という宗教国家とイスラム教国の接近と受け取ることも可能だ)。今回のパキスタンのように些細な出来事が暴動に発展する恐れは常にあるだろう(「中国共産党政権が宗教弾圧する理由」2019年7月9日参考)。

 例えば、スーダンには100万人の中国労働者が原油開発に従事している。彼らの多くは現地の中国人コミュニティの中で生活しているから、現地人との接触は少ないこともあって、これまで大きな衝突は起きていない。しかし、「中国人ビジネスマンがスーダンに腐敗汚職や賄ろの慣習をもたらした」という声が現地から聞かれる。スーダン社会の伝統的な文化、慣習や宗教は無神論国家中国から派遣された労働者との間でさまざまな軋轢が生じているが、メディアで報道されないだけだ。

 習近平主席が提唱している巨大経済圏構想「一帯一路」は主にインフラ構築など経済・産業的観点で推し進められているプロジェクトだ。その計画に参加する国は中国からの経済的支援が大きな目的だ。一方、中国側にとっては世界制覇の夢を実現するための手段であり、資源獲得という戦略的な狙いもある。中国側に欠けている点は、進出する現地の宗教への理解だ。

 今回のパキスタンでの騒動を受け、中国外務省は18日、「中国政府は在外中国人に対し、現地の法律、規制、慣習を尊重するよう求めている」と説明したが、「現地の宗教」を尊重すべきだとは求めていないのだ。そんなことは言えない。だから、やはり「起こるべきして起きた騒動」と言わざるを得ないのだ。

 中国共産党政権と接触し、経済関係の強化に乗り出す国の為政者はそれなりの政策、考えがあって中国と交流を深めているが、その国の国民、労働者はそうではない。だから、中国人技術者がアラーを侮辱する発言をした場合、現地の労働者が怒り、暴動を起こす危険性が出てくるわけだ。実際、昨年4月にはパキスタン南部の最大都市カラチで、中国共産党のプロパガンダ機関「孔子学院」の車両が爆弾テロに遭い、中国人ら4人が死亡するという事件が発生している。現地人の「中国人フォビア」が高まっているのだ。

「パンの誘惑」対「共通の価値観」

 欧州の盟主ドイツのショルツ首相が昨年11月、中国を公式訪問し、習近平国家主席と会談した。北京滞在11時間余りの訪問だが、ドイツ国内ばかりか、欧米諸国では「ショルツ首相の訪中タイミングは良くない」と批判的な声が聞かれた。習近平主席が中国共産党第20回党大会で3期目の任期を獲得、習近平独裁体制が始まった直後という時期に、ドイツの首相が北京を訪問し、習主席と昼食を共にすることで、習近平独裁体制に祝福を与えたのではないか、といった懸念が出てきたからだ。

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▲習近平主席、フランスのマクロン大統領と広州で非公式会談(2023年4月7日、中国政府公式サイトから)

 一方、ショルツ首相の盟友、フランスのマクロン大統領は4月5日から7日までの日程で北京を公式訪問し、習近平主席と会談し、その後も主席が伴って広州など中国内を案内するなど、異例の厚遇を受けた。問題は、同大統領がフランスの新聞レゼコーとオンラインマガジン「ポリティコ」(9日掲載)とのインタビューで、「欧州は台湾問題で米国の追随者であってはならない。最悪は、欧州が米国の政策に従い、中国に対し過剰に対応しなければならないことだ」と指摘、米中両国への等距離外交を主張している。マクロン大統領の発言が明らかになると、米国を始め、ドイツなどでマクロン大統領を批判する声が高まった。

 ショルツ首相の場合、11時間余りの中国滞在だったが、マクロン大統領の場合、3日間と長期滞在となった。訪中の場合、ゲストがどれだけ滞在するかでその待遇ぶりがある意味で推測できる。戦略的に重要な欧米ゲストを迎えた時、中国側はゲストに十分な滞在を要求するのがこれまでの慣例だ。69歳の習主席が直々にゲストを案内するという場合、ゲスト側は中国側に明確な目的があると事前に考えるべきだが、若いマクロン大統領はその余裕がなかったのだろう。習近平主席と会談したマクロン氏は、「欧州は米国の従属国になる危険性がある。目覚めなければならない」と語っているのだ。欧米間の結束に亀裂を入れたい中国側にとって勇気づけられる発言となったことは間違いない。

 ドイツ連邦統計局が2021年2月22日に発表したデータによると、新型コロナウイルス感染症の影響を受けながらも、2020年の中国とドイツの2国間貿易額は前年比3%増の約2121億ユーロに達し、中国は5年連続でドイツにとって最も重要な貿易パートナーとなった。例えば、ドイツの主要産業、自動車製造業ではドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売している。

 一方、マクロン大統領の訪中では今回、50社以上の同国代表企業が随伴し、フランス側の発表によると、仏航空機大手エアバスは中国航空器材集団から160機を受注、仏電力公社EDFと中国国有の国家能源投資集団は海上風力発電の分野で合意するなど、大口の商談が次々とまとまった。年金年齢の引き上げに怒った労働者のデモへの対応で苦悩してきたマクロン大統領にとって、中国からの大型受注話で久しぶりにホクホク顔だっただろう。米国の対中包囲政策、中国の台湾周辺での軍事演習による威嚇問題、ウイグル人への少数民族弾圧政策などを忘れてしまうのに十分な贈り物を受けたマクロン大統領から、対中政策は欧州独自政策を構築すべきであり、米国の対中政策を模倣することはないという発言が飛び出してきたわけだ。

 至極素朴な問いかけが出てくる。自国産の自動車の40%を購入してくれて、自国の飛行機産業に対し160機の大型受注をしてくれる国、この場合、中国に対して、ドイツやフランスは米国と同じ対中政策を実行できるだろうかという点だ。ショルツ首相やマクロン大統領に対中政策でしたたかな政策を実施すべきだ、と提言する学者はいるが、現実の政治はそれからは程遠いのだ。

 駐米のフランス大使館の代表は米国などから聞こえるマクロン大統領批判に対し、「マクロン氏の発言は過度に解釈されている。米国は私たちの価値観を共有する同盟国だ。台湾に対するわが国の立場も変わっていない」とツイッターで書いている。

 問題は「同じ価値観に立っている」という箇所だろう。中国共産党政権とは異なり、欧米諸国は民主主義、法治国家体制、「言論の自由」、「宗教の自由」などを共有するという認識があるが、その共有するはずの価値観が揺れ出し、その定義は曖昧となってきているのではないか。

 マクロン大統領は、中国が大規模な軍事演習をシミュレートしている時、北京と距離を置かず、米国を批判した。ウォール・ストリート・ジャーナルは社説で、「マクロン氏の発言は役に立たない。中国に対する米国と日本の抑止効果を弱体化させ、欧州への米国の関与を減らしたいと主張する米国の政治家を大胆にするだけだ」と批判したのは頷ける。

 少し聖書の世界に入る。悪魔はイエスに3つの試練を行ったが、最初の試練は空腹のイエスに対し「石をパンに変えてみよ」だった。それに対し、イエスは「人はパンのみに生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる」(「マタイによる福音書」第4章)と答え、悪魔の誘惑を退けた。

 悪魔が相手を誘惑する場合、パンの誘惑は最初だ。空腹で食べ物を探している時、目の前に美味しい食べ物が出されたならば、多くの人はその誘いを拒むことができない。イエスの時代だけではない。21世紀の今日でも同じだ。ただ、悪魔は悪魔ですといった面をしていないから、その識別は一層難しい。国の経済が厳しい時、経済大国から特別な商談、経済支援のオファーを受ければ、それを断るのは難しいだろう。マクロン大統領やショルツ首相だけの話ではないのだ。

 それでは「パンの誘惑」に対して、イエスは「人はパンのみに生きるにあらず、神の言葉によって生きている」と答えた。イエスの言う「神の言葉」とは21世紀の世界では欧米諸国が繰り返し主張する「共通の価値観」と解釈できるかもしれない。中国側の大型商談に対し、マクロン大統領は、「国民経済は厳しいが、わが国は欧米と同様の価値観を持っている」と答えて、大型商談の話にも冷静に対応したならば、習主席は驚いて腰を抜かしたかもしれない。ひょっとしたら、欧米諸国はマクロン大統領を改めて評価しただろう。結果は逆になった。習近平主席は薄笑いを見せ、欧米諸国ではマクロン批判に火が付いたわけだ。

 マクロン大統領は欧州の独自外交、欧州軍隊の創設などを機会あるごとに訴えてきたが、その前に「欧州は本当に共通の価値観を有しているか」を検証する必要があるだろう。

中国共産党政権の中東政策に要注意

 イスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアとシーア派代表イラン両国が7年ぶりに外交関係再開へ歩み出したことについて、欧米各国のメディアは両国の和解を調停した習近平中国共産党政権の中東外交の成果と報道している。それは間違いではないが、サウジが宿敵イランと外交的和解に動き出した背後には、中国の調停工作の成果というより、中東地域で絶大な影響力を有してきた米国のプレゼンスの後退が大きかったのではないか。原因と結果のどちらに力点を置くかで見方は違ってくる。

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▲サウジのファイサル・ビン・ファルハーン・アル・サウド外相(右)とイランのホセイン・アミール・アブドラヒアン外相(左)、中央は会談を調停する中国の秦剛外相、中国政府公式サイトから、2023年4月6日、北京で(写真/新華社)

 ただ、ここで懸念する点はイランを含む中東諸国が習主席の中国がれっきとした共産党政権だという事実を認識していないのではないかという点だ。世界で初めてロシアに共産党政権が誕生した時、世界最大のキリスト教会、ローマ・カトリックの総本山、バチカン教皇庁は共産主義を正しく認識できなかったという歴史的な事実を思い出すからだ。

 バチカンはナチス・ドイツが台頭した時、ナチス政権の正体を見誤ったが、ウラジミール・レーニンが主導したロシア革命(1917年)が起きた時、その無神論的世界観にもかかわらず、バチカンでは共感する声が聞かれた。聖職者の中にはロシア革命に“神の手”を感じ、それを支援するという動きも見られた。バチカンはレーニンのロシア革命を一時的とはいえ「神の地上天国建設」の槌音と受け止めたのだ。

 しかし、時間の経過と共に、ロシア革命が理想社会の建設運動ではなく、多くの政敵を粛正し、一部の革命勢力だけが特権を享受する暴力革命であることが明らかになった。バチカンは時代の動きを読み違えたわけだ。

 同じことがイスラム教を国是とするサウジをはじめとする中東諸国にも当てはまるのではないか、という懸念がある。イスラエルのアラブ諸国との関係改善、イランの核開発計画など、中東を取り巻く政治・経済情勢は激変してきた。原油輸出で放縦な財政を享受してきたサウジも地球温暖化など環境保護問題が浮上してきたこともあって、地下資源主導の国民経済から脱皮しなければならない時を迎えている。一方、これまで中東のパトロンだった米国の対中東政策には時代の激変を主導できる明確なビジョンが見えないのだ。

 そのような時に中国共産党政権が動き出してきた。反米のイラン、脱米国を図るサウジにとって世界第2の経済大国中国は魅力十分だ。特に、サウジにとってイエメン内戦で戦争疲れもある。中国側が提示する経済支援、交流は大きい。換言すれば、バチカンがレーニンの共産革命を理想世界建設の槌音と勘違いしたように、サウジやイランが北京の調停介入を“神の手”と感じたとしても不思議ではない。

 スンニ派盟主のサウジとシーア派代表のイランの両国の和解はイスラム教の統合という大きな構図から見るならば歓迎すべきだが、その両国間に調停役として介入してきた中国共産党政権はマルクス主義を奉じる無神論国家であることを忘れたなら、バチカンの二の舞を踏むことになる。

 例を挙げよう。中国共産党政権下で宗教の弾圧は進行中だ。現地から流れてくる情報によると、キリスト教会の建物はブルドーザーで崩壊され、新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒に中国共産党の理論、文化の同化が強要され、共産党の方針に従わないキリスト信者やイスラム教徒は拘束される一方、「神」とか「イエス」といった宗教用語を学校教科書から追放するなど、弾圧は徹底している(「中国共産党政権が宗教弾圧する理由」2019年7月9日参考)。

 習近平時代になって、「宗教の中国化」が進められてきた。「宗教の中国化」とは、宗教を完全に撲滅することは難しいと判断し、宗教を中国共産党の指導下に入れ、中国化すること(同化政策)が狙いだ。その実例は新疆ウイグル自治区(イスラム教)だ。100万人以上のイスラム教徒が強制収容所に送られ、そこで同化教育を受けている。

 習主席は、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調する一方、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告している。具体的には、キリスト教、イスラム教など世界宗教に所属する信者たちには「同化政策による中国化」を進めているのだ。

 中国新疆ウイグル自治区のウイグル人は主にイスラム教徒でスンニ派が多い。イラン(シーア派)にとってはイスラム教の兄弟だ。そのウイグル人を中国共産党政権は弾圧し、強制的に再教育キャンプに送っている。イランのライシ大統領は2月14日から3日間訪中したが、ウイグル人の弾圧に対して一言も習主席に苦情を申し出ていない(イランにとって、国連安保理常任理事国5カ国とドイツを加えたイラン核合意(共同包括的行動計画=JCPOA)の再建と制裁解除、北京からの貿易、農業、インフラなどの経済支援が狙いだ)。

 サウジはイエメン内戦を停戦に導くためには2016年以来外交関係が途絶えてきたイランとの関係正常化は急務だ。イエメン内戦ではイランの支援を受けたシーア派フーシ派の反政府勢力と、亡命したスンニ派大統領アブド・ ラッボ・ マンスール・ハーディーの軍隊が戦っているが、実質的にはサウジとイランの代理戦争だ(サウジはイランの中国追従路線に従うべきではない。さもなければ、イランと同様、イスラム教国は名ばかりで無神論国家・中国共産党政権の強権政治の傘下に入ってしまう危険性が出てくる)。

 欧米諸国は習近平政権が「世界の覇権」を目指して政治、経済、軍事力を強化してきていることを目撃してきた。一方、イスラム教国が多い中東・湾岸諸国は共産主義の洗礼をまだ受けていない。宗派間の戦いは体験済みだが、無神論国家との戦いには経験が乏しいのだ。

 スンニ派イスラム教徒が多数派を占める世界最大の石油輸出国であるサウジと、核計画を推進するシーア派のイランとの間の和解は、数十年にわたり紛争と対立が続いてきた中東地域の「バランス・オブ・パワー」を再形成する可能性がある。

 中国外務省の毛寧報道官は、「中国は中東・湾岸地域の安全と安定に貢献したい」と述べ、「中国は中東における和解、平和、調和のための力である」と強調している。中国共産党政権は欧米諸国以上に時代の潮流を先読みしているのだ。
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