ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

パレスチナ

イスラエルよ、公平より平和を選べ

 1回の延期を含め計6日間の戦闘休止の期限終了直前、イスラエル側とパレスチア自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織ハマスは戦闘休止を再度延期し、人質の交換を継続していくことで合意したという。イスラエルとハマス間を調停してきた米国、カタール、エジプトなどの仲介が実ったわけだが、2度目の戦闘休止がいつまで続くのかは現時点では不明だ。カタール側によると、11月1日まで1日延期という。

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▲ネタニヤフ首相、取り壊されたスデロット警察署と新警察署を訪問(2023年11月29日、イスラエル首相府公式サイトから)

 ハマスが10月7日、イスラエル領に侵入し、1300人あまりのイスラエル人らを虐殺した後、イスラエル側はハマスに対し報復攻撃を宣言、ネタニヤフ首相は、「人質解放とハマス壊滅」の2つの目標を掲げてガザ地区を包囲し、空爆を行い、地上軍を派遣してきた。

 その間、ガザ地区の住民の人道的危機が深刻化する一方、パレスチナ側の犠牲者の数が1万人を超えた頃から、アラブ・イスラム諸国だけではなく、米国、国連からも戦闘の休止を求める声が高まった。イスラエル側は当初、戦闘休戦には難色を示していたが、最終的には米国からの政治的圧力、240人余りの人質解放を求める家族や国民の声の高まりを受け、戦闘休止に合意し、30日まで戦闘休止を実施してきた経緯がある。

 当方はイスラエルの自衛権を全面的に支持し、テロ組織ハマスの壊滅を掲げるネタニヤフ首相を支持してきた。なぜならば、この戦闘はイスラエル側が開始したものではないこと、ハマスを壊滅しなければハマスのテロは今後も起こることが予想されるからだ。

 ただし、ここにきてイスラエル軍の自衛権の行使はいつまで容認されるか、といった法的な問題が浮上してきた。当方は国際法の専門家ではないから、法的観点からは何も言えないが、ガザ紛争ではイスラエル軍がハマスより軍事的にも圧倒的に強く、戦闘が続けば、パレスチナ側に更なる犠牲者が出ることは明らかだ。それ故に、どこまで報復攻撃が出来るか、「自衛権にも法的制限がある」といった論争が出てきたわけだ。

 イスラエルの著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は10月27日の英国の著名なジャーナリスト、ピアス・モルゲン氏のショー(Uncensored)の中で、「歴史問題で最悪の対応は過去の出来事を修正したり、救済しようとすることだ。歴史的出来事は過去に起きたことで、それを修正したり、その時代の人々を救済することはできない。私たちは未来に目を向ける必要がある」と強調。「歴史で傷ついた者がそれゆえに他者を傷つけることは正当化できない。そして『平和』(peace)と『公平』(justice)のどちらかを選ぶとすれば、『平和』を選ぶべきだ。世界の歴史で『平和協定』といわれるものは紛争当事者の妥協を土台として成立されたものが多い。『平和』ではなく、『公平』を選び、完全な公平を主張し出したならば、戦いは続く」と説明していた(「『平和』と『公平』のどちらを選ぶか」2023年10月29日参考)。

 紛争当事国が「公平」を掲げて、戦いを続けるならば、終わりのない戦いを余儀なくされるケースが出てくるが、「平和」を前面に掲げて紛争の解決を目指すならば、長い交渉となるかもしれないが、紛争双方が何らかの譲歩や妥協をすることで戦闘の停戦、和平協定の締結の道が開かれるというわけだ。

 ハマスのテロ奇襲後のイスラエルの自衛権行使は「公平」(「正義」)の原理に一致するが、ハマス側がイスラエルの建国時まで歴史を遡って「公平」を主張するならば、喧々諤々の公平論争となり、終りが見えなくなる。イスラエルとパレスチナ間の過去の紛争は文字通り、双方が信じる「公平」を前面に出した戦いだった。その結果、中東の和平は掛け声に終始し、紛争を繰り返してきたわけだ。そこでイスラエルもパレスチナ側も歴史の「公平」を前面に出すのではなく、未来に向けての「平和」の実現。共存の道を模索していくべきだという論理が出てくるわけだ。

 以上、ハラリ氏の「公平より平和を」を当方なりに解釈してみた。「公平」は重要だ。「公平」を勝ち取るために人類は多くの犠牲を払ってきたことは事実だ。しかし、ハラリ氏が主張していたように、「どの国の歴史でも、ある時は加害者、ある時は被害者であった。一方だけの歴史という国はない」。「公平」を独占できる国は残念ながら存在していないのだ。

 イスラエルは自衛権を行使した。今、その「公平」から「平和」にその重点をシフトする時ではないか。戦闘休止の延期がその機会となることを期待したい。

ガザ「病院爆発」40日後の「事実」

 国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(HRW)は26日、先月17日のパレスチナ自治区ガザのアルアハリ・アラブ病院爆発はイスラエル軍によるものではなく、「パレスチナ武装勢力が一般に使用しているロケット弾の誤射の可能性が高い」という調査結果を公表した。HRWの調査報告は民間機関によるものだが、「公開された写真、映像、衛星画像の分析、目撃者や専門家へのインタビュー」に基づいたものだけに信憑性は高い。

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▲ドイツのシュタインーマイヤー大統領と会談するイスラエルのネタニヤフ首相(2023年11月27日、イスラエル首相府公式サイトから)

 以下、HRWの調査結果の一部だ。

 The explosion that killed and injured many civilians at al-Ahli Arab Hospital in Gaza on October 17, 2023, resulted from an apparent rocket-propelled munition, such as those commonly used by Palestinian armed groups, that hit the hospital grounds、

 当方はこのコラム欄で「『病院空爆』はゲーム・チェンジャー?」(2023年10月19日)という見出しのコラムを書いた。それを参考に当時を少し振り返る。

 「パレスチナのガザ地区で17日、病院(Al-Ahli-Klinik)が空爆され、欧米メディアによると『300人から500人が死んだ』という。病院空爆が報じられると、パレスチナ自治政府のあるヨルダン西岸地区やレバノンのパレスチナ人が路上に出て、イスラエルを激しく批判するデモを行い、イランやイスラム諸国でもイスラエル批判の声が高まっている。バイデン米大統領を迎えてヨルダンでガザ戦争の停戦を協議する会議は延期されるなど、大きな波紋を呼んでいる」と、病院爆発直後の反応をまとめた。

 パレスチナ自治政府のアッバス議長は当時、「大虐殺だ。イスラエルは超えてはならないレッドラインを超えた」と批判。ガザ地区を実効支配するイスラム過激組織ハマスは、「病院には多数の患者、避難民の女性や子供たちがいた。イスラエル軍の空爆は非人道的な蛮行だ」と批判している。

 一方、国連のグテレス事務総長は、「多数のパレスチナ市民が殺害され、医療関係者も犠牲となった」と強調、「犯罪者は国際法に違反している」と非難、犯行が暗にイスラエル側であるかのような印象を与えた。それだけではない。欧州でもフランスのマクロン大統領は「病院空爆は絶対に容認されない」と、国連事務総長と同じスタンスを維持しながら、イスラエル側の空爆を批判していた。

 アッバス議長やハマスの反応は別として、グテレス事務総長やマクロン大統領らのコメントは当時、決して突飛な発言ではなく、多くの政治家や国際人権グループは同様の判断に傾いていた。

 イスラエルはガザ地区に軍事侵攻し、ハマス撲滅に乗り出す予定で、ガザ地区への境界線周辺に戦車や装甲車が待機中だったが、ガザ地区の病院が空爆され、多くの犠牲者が出たことを受け、国際社会ではイスラエルの軍事活動への批判が急速に高まっていった。

 オーストリア国営放送(ORF)のティム・クーパル・イスラエル特派員は、「病院が空爆され、多くのパレスチナ人が死亡したことで、ハマスのテロを批判してきた国際社会がイスラエル批判に急変する可能性が出てきた」と説明、病院空爆が“ゲーム・チェンジャー”となる可能性があると報じていたほどだ。

 ちなみに、朝日新聞は10月20日の社説で、「あってはならないことが起きた。イスラエル軍の空爆が続くパレスチナ自治区ガザで病院が爆発した。ガザの保健省は、患者や医療従事者、避難中の市民ら『471人が死亡した』と発表した。保健省は『イスラエル軍が大虐殺を行った』と非難した。イスラエル側は関与を否定し、ハマスとは別の武装組織がロケット弾を誤射したためだと主張している。実行者がだれであれ、病院への攻撃は国際人道法に違反する重大な戦争犯罪で、決して許されない」と報道していた。

 国際社会からの批判に対し、イスラエルのネタニヤフ首相は、「病院を空爆したのはイスラエルではない。イスラム過激派テロ組織『イスラム聖戦』が発射したロケットが誤って病院に当たった可能性が高い」と説明、イスラエル軍による空爆説を一蹴した。イスラエル軍は18日、パレスチナ側が発射したミサイルが病院に当たる瞬間を撮った空中ビデオを公開して身の潔白を証明してきた。

 そして「病院爆発」から40日後、HRWは調査結果を公表し、病院の爆発は「パレスチナ武装勢力が使用する武器」の誤射の可能性が高いことを明らかにしたわけだ。それまでイスラエル側は国際社会から「病院爆破」の実行者として戦争犯罪者の汚名を浴びせられてきた。

 当方はコラムの中で、「イスラエルはハマスへの報復を実施するために、ガザ地区を包囲、地上軍を侵攻させようとしていた矢先だ。その時、イスラエル側が恣意的にガザ地区の病院を空爆することは考えられない。イスラエル側にはガザ地区の病院を空爆する理由がない一方、ハマスやイスラム聖戦にはある」と書いた。HRWの調査結果はそれを裏付けたわけだ。

 「病院爆発」はイスラエル軍の仕業ではなかったとしても、結果として国際社会のイスラエル批判の声はその後、急速に高まっていった。その意味で、「病院爆発」はガザ情勢でゲーム・チェンジャーとなったともいえるわけだ。ただし、そのゲームチェンジャーは事実に基づいて生じたというより、偏見と誤報によって生じたといえるわけだ。換言すれば、戦況も政治情勢も時には誤報と偏見によって大きく動かされることがあるわけだ。事実が判明した後、「当時の情報は間違っていた」と謝罪しても、名誉回復には少しは貢献するかもしれないが、状況を元返しにすることはできない。

 もし10月17日の「病院爆発」の直後、パレスチナ人武装勢力が発射したロケット弾の誤射によるものだということが分かっていたならば、ガザ地区のパレスチナ人はどのように反応しただろうか。ひょっとしたら、ハマス批判の声が飛び出したかもしれない。そうなれば、ガザ紛争はまったく現在の状況とは異なった展開となったかもしれない……。

 国際社会の関心は人質交換に集中しているが、HRWの「事件の核心」に迫る調査活動を高く評価したい。

なぜ戦闘し、なぜ休戦するのか

 戦闘中の当事国とその国民には不謹慎なタイトルとなったかもしれない。イスラエルとパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織ハマス間で24日から休戦に入っている。その間、双方で人質を解放し、人道的救援物質などがガザ地区に運び込まれている。

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▲ゼレンスキー大統領夫妻、ホロドモール(大飢餓)犠牲者への追悼(2023年11月25日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 ガザ地区の1人の中年のパレスチナ人男性が、「どのような合意内容が締結されたかは知らないが、ミサイルの炸裂する爆音を聞かなくてもいいので嬉しい。できれば明日もそうあってほしいね」と吐露していたのが印象的だった。

 一方、テルアビブやエルサレムでは人質の全員解放を願ってイスラエル人が集まり、祈祷しているシーンがテレビで放映されていた。人質解放2日目に妻と娘さんを解放されたイスラエル人男性は、「嬉しいが、依然多くの人質が解放されていないので、まだ喜ぶことはできない」と述べていた。

 イスラエルのネタニヤフ首相はイスラエル現職首相として初めてガザ地区に入り、前線で戦うイスラエル軍を視察し、兵士たちを激励していた。同首相は、「人質全解放とハマスの壊滅という2つの大きな目標は変わらない」と強調する一方、「可能ならば休戦を延期して人質を全員解放したい」と述べていた。人質解放初日、2日目、そして3日目と休戦状況は継続し、人質も解放される度に、イスラエル国民は喜びを表す、その姿を見ているネタニヤフ首相は休戦を4日間で終え、再び戦闘を再開するとは言えなくなってきているかもしれない。

 一方、ハマスは人質解放の履行では少し遅れが出てきている。人質解放が遅れたために、イスラエル側から「零時前に履行しなかれば戦闘を再開する」という最後通告を受けたが、土壇場で人質解放は無事行われた。外電によると、10月7日のイスラエル奇襲テロを実行したハマス指導者4人のうち、3人がこれまでの戦闘で死亡したというから、ガザ地区のハマスは指導者不在の状態なのかもしれない。

 休戦での懸念はハマスのほか、イスラム過激テロ組織イスラム聖戦の動きだ。10月7日のテロはハマスと共に実行していた。彼らも人質を取っている。だから、ハマスがイスラエル側と休戦に合意しても、イスラム聖戦が納得しなければ、休戦合意が破棄される危険性が出てくる。ちなみに、人質解放初日にはイスラム聖戦が拘束していたイスラエル人の人質が1人含まれていたというから、現時点ではハマスの命令のもとに動いていることが確認されている。

 ハマスは10月7日、イスラエル側に侵入し、1300人のイスラエル人を殺害。それに対し、イスラエル側はハマス壊滅を掲げて報復攻撃を開始、連日ガザ地区のハマスの軍事拠点を空爆。そして地上軍を派遣し戦闘を展開、ハマスの地下トンネル網を破壊し続けてきた。そしてカタール、エジプト、米国らの仲介もあってイスラエルとハマスの間でまず4日間の休戦、人質の解放が合意された経緯がある。

 3日目の人質解放が無事履行された直後、4日目以降も休戦を続け、人質を解放すべきだという声が、バイデン米大統領から流れてきている。それを受け、欧米メディアでは「休戦はいつまで続くか」「戦闘はいつ再開されるか」という見出しの記事が見られてきた。その予測記事を読んで少し違和感が出てきた。

 戦闘はハマスの奇襲テロがきっかけだ。休戦はイスラエル軍の空爆などでガザ地区の住民の人道的危機が生まれてきたこと、人質解放へのイスラエル国民の声の高まりなどがあって実現した。それなりの理由は分かっているが、その間にイスラエル側に1400人余り、パレスチナ側に1万人以上の犠牲者が出た。どのような理由があるとしても、これまで余りにも多くの犠牲が払われてきた。そして今、4日間の休戦だ。ひょっとしたら、休戦期間は延長されるかもしれないという。ここまで考えていくと、それでは「なぜ戦闘が起き、なぜ今休戦か」といった上記の問いかけが飛び出すのだ。

 ロシア軍がウクライナに侵攻して、ロシアとウクライナ両国間で戦闘が始まった。その戦闘は既に2年目が過ぎ、2度目の冬を迎えている。その間、ウクライナとロシア両国で多くの犠牲者が出てきた。中東で戦闘が始まったこともあって、ウクライナ戦争への関心が減少してきたという。戦争が長期化することで、なぜ戦闘するのか、といった問いかけはもはや誰も口に出さないし、新鮮味もない。爆音と警報サイレンに慣れたのはキーウ市民だけではない。カラスでさえ近くで爆弾が破裂してももはや木から飛び立たないというのだ。

 だからというわけではないが、初心に帰って問いかけたいのだ。なぜ戦闘し、休戦するのか。

中東紛争と歴史教科書の記述問題

 オーストリアの工業専門学校(HTL)の地理・歴史・政治教育のための教科書の中で、パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスについて、「イスラム派民族抵抗運動」と説明されていることが判明し、文部省関係者も驚いて、教科書の出版社に訂正を要請したという。同国のメトロ新聞ホイテが24日、報じた。

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▲欧州最古の総合大学の一つ、ウィーン大学の正面入口(2023年6月、撮影)

 ハマス関連の記述に気が付いたのは、ウィーンのユダヤ博物館の前所長、ダニエレ・スペラさんだ。彼女の指摘が報じられると、ソーシャル・メディアで大きな反響を呼んだ。ポラシェック文相の広報官によると、「教科書を出版している会社に連絡を取り、ハマス関連個所の訂正文を印刷して学校に送った」という。

 ハマスに関する定義では、イスラエル側はイスラム過激テロ組織と呼んでいる一方、アラブ諸国・イスラム国では一般的には「パレスチナ民族をイスラエルの占領から解放する運動」と受け取っている。国連で「テロ」対策のためにその定義を作成しようとした時、パレスチナ解放機構(PLO)を「テログループ」とするか、「民族解放運動」とするかで喧々諤々の論争が展開されたことがあった。

 オーストリア政府はハマスが10月7日、イスラエルに侵攻して1300人のユダヤ人を殺害した直後から、ハマスを武装テロ組織と呼び、イスラエル軍のガザ地区報復攻撃に対しても全面的にイスラエルを支援、その自衛権を認めてきた。ネハンマー首相自身、ハマスに対する「断固とした行動」を呼びかけ、停戦に反対を表明し、「停戦などのあらゆる幻想はハマスに力を与えるだけだ。ハマスとの戦いには一切の妥協があってはならない」と強調している。ちなみに、同首相は10月25日、イスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相に全面支持を伝えている(「ガザ情勢でEU『首脳宣言』を採択」2023年10月28日参考)。

 そのオーストリアの学校の教科書でハマスを「民族解放勢力」と説明しているとなれば、大きな問題となるところだったが、文部省が迅速に対応して事の拡散を最小限度に抑えたわけだ。ただし、同国で社会党(現社会民主党)が政権を握っていた1980年代、その中東政策はパレスチナ寄りだった。ネハンマー現政権は保守政党「国民党」主導の連立政権だ。

 ところで、学校の教科書、特に歴史の教科書は自国の歴史、世界の歴史、政治情勢をコンパクトにまとめて学生に教えるだけに、その時々の政治情勢が教科書に反映されて、問題が生じることがある。

 日本でも、「正しい歴史教科書を作ろう」という一部の保守派学者、知識人たちの運動があると聞く。特に、日本と朝鮮半島の関係では複雑な歴史問題があるだけに、歴史の教科書で客観的に正確に子供たちに伝えることは非常に大切だ。特に、敗戦後の日本人には自虐的な歴史観が一方的に教えられたこともあって、若い世代に自国の文化を誇り、祖国への愛を伝えることが難しい面がある(「『日本軍慰安婦』+『集団情緒』=反日?」2020年1月6日参考)。

 ロシアや中国など独裁国家、共産党政権では学校の教科書は政府の意向をプロパガンダする手段として利用されている。最近でも、ロシア政府は8月7日、ウクライナ侵攻を正当化し、西側諸国がロシアを破壊しようとしていると主張する新しい教科書を発表したばかりだ。ロシアのクラフツォフ教育相によると、新しい歴史の教科書は、17歳から18歳の11年生が学ぶものという。

 プーチン大統領は2022年2月24日、ロシア軍をウクライナへ侵攻させたが、同大統領は「ウクライナ戦争はキーウの政権と欧米諸国が仕掛けた」と堂々と表明、そのフェイク情報がロシアの歴史教科書にそのまま記載されているというのだ。

 中国共産党が政権を握る中国でも状況はロシアと似ている。習近平国家主席は、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告を発する一方、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調、キリスト教会の建物はブルドーザーで崩壊され、新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒に中国共産党の理論、文化の同化が強要され、共産党の方針に従わないキリスト信者やイスラム教徒は拘束される一方、「神」とか「イエス」といった宗教用語は学校の教科書から追放されている。

 若い世代は学校の教科書だけでなく、インターネット、ソーシャルメディアからさまざまな情報を吸収しているから、学校の教科書で一方的な偏見の歴史観、情報が記述されていた場合、自己チェックできる機会はある。しかし、幼いころに学校の教科書から学んだ歴史はその人の生涯、脳裏に刻み込まれる。それだけに、学校の教科書での記述は慎重にチェックされなければならないだろう。

「ハマスはイスラム教徒ではない」

 バチカンニュース(独語版)を読んでいると、「ハマスはイスラム教徒ではない」という見出しの記事を見つけた。ハマスはパレスチナ自治区ガザを2007年以降実効支配しているイスラム過激テロ組織だが、「ハマスのメンバーはイスラム教徒ではない」というのだ。

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▲ハマス最高指導者イスマイル・ハニヤ氏(2023年11月21日、イラン国営IRNA通信から)

 この発言は、ハマスは10月7日、イスラエルの境界網を破り侵入し、音楽祭に参加していた若者たちやキブツ(自由農園)を襲撃し、1300人余りのユダヤ人らを殺害したが、そのテロを目撃したイスラエル人の一人、イシャイエ・ダン氏が語ったものだ。同氏は22日、バチカンでローマ教皇フランシスコと会合している。

 同氏によると、彼が共同設立したキブツ・ニル・オズとその周辺に住んでいた80歳の義妹カルメラさんは喉を切り取られ、12歳の孫娘ノイアさんも同様だった。彼の甥である53歳のオフェル・カルデロンさんは誘拐され、2人の子供、16歳のサハル君と12歳のエレツ君とともにガザ地区に連行された。全ての人質家族と同様に、ダン氏も親戚がまだ生きているかどうか分からない。

 ダン氏によると、同氏は左翼平和活動家の家族の出身で、常にガザのパレスチナ人との対話に尽力してきた。 同氏は、「ガザの子供たちや人々が悲惨な状況の中で苦しんでいるのを見ると、私にとっては喜ばしいことではない。彼らが苦しんでいる間、私は安らかにいることができない。過去20年間、私の兄はガザからエルサレムとテルアビブにあるイスラエルの病院に病人を連れて行き、自力ではたどり着けなかった人々をガザに連れ戻してきた。彼らにとっては高すぎたので、キブツが全額負担した。そんなことをしたのは兄だけではない」という。ダン氏はガザ地区でのイスラエル軍の報復攻撃には反対している。

 同氏は、「ハマスがやったことは、あらゆる信仰の観点から見て恐ろしいことだ。 私にはアラブ人の友人、キリスト教徒のアラブ人、イスラム教徒のアラブ人がたくさんいる。彼らはハマスのやっていることに反対している。ハマスのような蛮行がコーランの教えと整合するとは信じられない。ハマスはイスラム教徒ではない」と述べている。

 「ハマスはイスラム教徒ではない」という同氏の発言を聞いて、フランスのパリでイスラム過激派テロリストの3人が仏週刊紙シャルリーエブド本社とユダヤ系商店を襲撃したテロ事件について、同国の穏健なイスラム法学者がジャーナリストの質問に答え、「テロリストは本当のイスラム教信者ではない。イスラム教はテロとは全く無関係だ」と強調したことを思い出した(「“本当”のイスラム教はどこに?」2015年1月24日参考)。

 参考までに、著名な神学者ヤン・アスマン教授は、「唯一の神への信仰( Monotheismus) には潜在的な暴力性が内包されている。絶対的な唯一の神を信じる者は他の唯一神教を信じる者を容認できない。そこで暴力で打ち負かそうとする」と説明し、実例として「イスラム教過激派テロ」を挙げている。すなわち、イスラム教とテロは決して無関係ではないというのだ(「『妬む神』を拝する唯一神教の問題点」2014年8月12日参考)。同教授の主張からいえば、ハマスは単なる過激派テログループではなく、イスラム派過激テロリストの集団ということになる。

 ダン氏は多分、ハマスの残虐なテロ行為を目撃し、計り知れないショックと衝撃を受けたのだろう。だから、「ハマスはイスラム教徒ではない」という発言が飛び出したわけだ。

 ところで、強制収容所から生還したオーストリア人の心理学者ヴィクトール・フランクル(1905〜97年)は、「収容所では苦しむユダヤ人を助けていた兵士がいた」と述べ、「ナチス・ドイツ軍の中にも善意のある人間はいた」と主張、「集団的罪責」を否定し、ユダヤ人社会からもブーイングを受けたことがあった。

 当たり前のことだが、イスラム教徒にもキリスト信者の中にもいい人間と悪い人間がいる。ユダヤ人は悪い(反ユダヤ主義)、イスラム教徒は悪い(イスラムフォビア=イスラム嫌悪)と安易にレッテルを貼るのは危険だ。ただし、テロ行為に対しては明確に一線を画すことが重要だ。

教皇「十分!兄弟よ、もう十分だ!」

 ローマ教皇フランシスコは12日、慣例の日曜正午のアンジェラスの祈りでハマス人質の解放とパレスチナでの停戦を改めて呼び掛け、「十分!兄弟たち、もうたくさんだ!」(Genug! Genug, Bruder, genug!)と叫び、「全ての人は平和に生きる権利を持っている」と語った(バチカンニュース11月12日独語訳)。

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▲ウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場の風景(2023年11月12日、ウィーンで撮影)

 イスラエル軍とパレスチナのイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦闘が勃発して以来、フランシスコ教皇は度々、コメントしてきた。ハマスが10月7日、イスラエル境界網を破り、侵入して音楽祭に参加している若者たちやキブツ(集団農園)を襲撃し、1300人余りのユダヤ人を殺害するというテロ事件が報じられると、フランシスコ教皇は、ハマスのテロ襲撃に恐怖を表明し、「私は、暴力がエスカレートし、何百人もの死傷者を出したイスラエルでの出来事を懸念と悲しみで見守っている。私は犠牲者の家族に親密な気持ちを表明し、彼らと、何時間もの恐怖と、恐怖を経験している全ての人々のために祈る」と語った。紛争当事者に対しては、「攻撃を止め、武器を捨てるべきだ。テロと戦争は解決につながらず、多くの罪のない人々の死と苦しみをもたらすだけであることを理解してほしい」と訴えた。

 そしてローマ教皇は10月11日のサンピエトロ広場の一般謁見で、「攻撃された者には身を守る権利がある」と明確に述べ、イスラエルに自衛権があることを初めて公言している(「教皇『イスラエルには自衛権がある』」2023年10月15日参考)。

 イスラエル・ガザ戦争が始まって1カ月が過ぎた。軍事的に圧倒的な力を有するイスラエル軍はガザ地区北部をほぼ制圧したという。ただ、イスラエル側の空爆は続き、病院や難民収容所が破壊され、女性や子供、患者たちが犠牲となっていることが報じられると、国際世論はイスラエルの自衛権を認める側もやはり少々やり過ぎではないか、といった声が飛び出し、イスラエル批判の声が広がり、停戦を求める声が高まってきている。

 複数のメディアによると、イスラエル側にこれまで1400人以上の犠牲者が出、パレスチナ側には1万人を超える死者が出ている。フランシスコ教皇が「十分、もう十分だ。兄弟よ」と叫んだのも当然かもしれない。特に、後者はハマスのテロリストの戦死者数ではなく、大多数はイスラエルの報復攻撃で出たパレスチナ人の犠牲者だ。

 ところで、イスラエル人、パレスチナ人が住む中東は「信仰の祖」と呼ばれたアブラハムからユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3大唯一神教が生まれた地だ。イスラム教の創設者ムハンマド(570年頃〜632年)は、「アブラハムから始まった神への信仰はユダヤ教、パウロのキリスト教では成就できなかった」と指摘し、「自分はアブラハムの願いを継承した最後の預言者」と受け取っていた。いずれにしても、ユダヤ教(長男)、キリスト教(次男)、イスラム教(3男)は兄弟関係だ。

 少し、アブラハムについて説明する。アブラハムには妻サラ(正妻)がいたが、年を取り子供はいなかった。そこでサラは仕え女のハガルにアブラハムの子供を産むように勧める。アブラハムはハガルとの間に息子イシマエルを得る。イシマエルはアラブの先祖だ。神はハガルとイシマエルに対しても「将来、大きな民族として栄えるだろう」と祝福している。イシマエルから派生したアラブでイスラム教が生まれ、今日、世界に広がっているわけだ。

 一方、神はサラにも1人の息子イサクを与える。そのイサクからヤコブが生まれた。ヤコブは母親の助けを受け、イサクから神の祝福を受けた。そのため、イサクの長男エサウは弟ヤコブを憎み、殺そうとしたので、ヤコブは母親の兄ラバンの所に逃げる。そこで21年間、苦労しながら、家族と財産を得て、エサウがいる地に戻る。その途中、夢の中で天使と格闘し、勝利する。その時、神はヤコブに現れ、「イスラエル」という名称を与えている。

 米イェール大学の聖書学者、クリスティーネ・ヘイス教授は、「名前を変えるということは、その人間の性格が変わったことを意味する」と解釈している。すなわち、ヤコブは21年間、伯父ラバンの下で苦労した後、謙虚になり、信仰を深めていった。そこで神はヤコブに将来の選民の基盤が出来たとして「イスラエル」という名前を与えたわけだ。故郷に戻ったヤコブは、エサウと再会し、和解した。アダム家の長男カインが弟アベルを殺害して以来続いてきた兄弟間の葛藤はこの時、初めて和解できたわけだ(「『アブラハム家』3代の物語」2021年2月11日参考)。

 イスラエルの著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏はレックス・フリードマン氏のポッドキャストでイスラエルの現状について、「問題が国家的、民族的なものだったら、妥協や譲歩は可能だが、信仰や宗教的な対立となれば、妥協が出来なくなる。イスラエルとパレスチナ問題は既に宗教的な対立になっている」と述べている。宗教指導者には責任がある。たとえ、砂漠で叫ぶ声となったとしても、言わなければならないのではないか。兄弟関係ならば猶更だろう。「十分だ、もう十分だ。兄弟よ」と。 

パレスチナ自治区の政治家の「問い」

 今回はパレスチナ自治区の著名な政治家(元パレスチナ情報庁長官)、ムスタファ・バルグーティ氏(Mustafa Barghouti)の問いかけについて考えたい。同氏はCNNとのインタビューで、「米国はウクライナでは占領軍(ロシア)を批判する一方、中東では占領軍(イスラエル)を支援している」という問いだ。

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▲パレスチナの著名な政治家ムスタファ・バルグーティ氏(Mustafa Barghouti)ウィキぺディアから 

 少し説明する。ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナ領土に侵略した時、米国を含む西側諸国は「ロシアのウクライナの主権蹂躙」として、ロシアを国際法違反だと厳しく批判した。一方、イスラエル軍はパレスチナ自治区のガザを実効支配するハマスの10月7日の奇襲テロへの報復としてガザ地区を包囲し、ガザに地上軍を派遣して戦闘を繰り返しているが、米国や他の欧州諸国はイスラエルの軍事行動をパレスチナの主権侵略とは受け取らず、ハマスのテロ攻撃への自衛権の行使として容認し、支持している。

 前者は明らかに軍事大国ロシアの他国の主権蹂躙に当たり、議論の余地はないが、後者はパレスチナ人の視点からいえば、ガザ地区を包囲するイスラエル軍は占領国の立場であり、その占領地に軍を送り、ガザ地区を破壊する軍事活動はパレスチナ人の自治権、人権を蹂躙する行為だという論理になる。そこでバルグーティ氏は問いかけるわけだ。米国を含む西側諸国は前者の主権蹂躙を指摘し、侵略国ロシアに対して制裁を科している一方、後者の場合、イスラエルの軍事行為を容認し、連帯を表明している。「なぜか」だ。ちなみに、国際人権擁護グループ「アムネスティ・インタナショナル」は「人権問題で西側諸国はダブルスタンダートだ」と批判している。

 ガザ地区は長さ約40キロ、幅6キロ〜12キロの約365キロ平方メートルの細長い地域に約220万人のパレスチナ人が住んでいる。その大きさはオーストリアの首都ウィーン市より少し小さい。ガザ地区には3カ所、国境検問所があるが、イスラエル軍は全てを封鎖してきた(ラファ検問所は現在、人道支援の受け入れ先としてオープン)。中東のメディアはガザ地区を世界最大の野外刑務所と呼んできた。

 ウクライナの主権を蹂躙したロシアのプーチン大統領はガザ地区の現状を「ナチス・ドイツ軍に包囲されたレニングラード(現サンクトペテルブルク)のようだ」と述べ、イスラエル軍をナチス・ドイツ軍と同列に置き批判する一方、ハマスの奇襲テロに対しては何も言及していない。ロシアはこれまでパレスチナ人の解放運動を支援してきた。その意味で、ハマスのテロは非人道的な暴力行使ではなく、民族の解放運動の一環と受け取っていることが推測できる。それだけではない。プーチン大統領は真顔で「ウクライナ戦争はキーウ政府とそれを支援する欧米諸国が始めた」と主張している。

 バルグ―ティ氏の問いかけを考える前に、「ハマスとパレスチナ人は別だ」ということをもう一度確認する必要がある。中国共産党政権と中国国民とは違うように、イスラム過激テロ組織「ハマス」と大多数のパレスチナ人とは別だ。イスラエルを占領国というより、パレスチナ人はハマスに支配され、統治されている住民というべきではないか。実際、イスラエル軍はガザ地区で本格的な軍事活動をする前にガザ市民を避難させるために南部に移動するように何度か要請している。どの国の占領軍が住民に戦禍を避けるために避難を求めるだろうか。

 ただ、問題はある。イスラエル軍の目的がハマスの壊滅だとしても、戦闘で多くの民間人、住民、子供たち、女性たちが犠牲となることは避けられないことだ。だから、ハマスはイスラエル軍の空爆を受ける度に、負傷したパレスチナ人を映像に流して、イスラエル軍の非人道的な戦闘を国際社会に訴える。バルグーティ氏が「ハマス」を「パレスチナ民族解放運動」と考えるならば、イスラエル軍の攻撃を支持する欧米諸国のダブルスタンダートが問われることになるかもしれない。

 ところで、ニューヨークの国連総会で先月27日、イスラエルとイスラム過激テロ組織「ハマス」の戦闘が続くパレスチナ自治区ガザを巡る緊急特別会合が開かれ、ヨルダンが提出した「敵対的な行為の停止につながる人道的休戦」を求める決議案が賛成120票、棄権45票、反対14票で採決されたばかりだ。

 アラブ諸国がまとめた決議案ではイスラエルをテロ襲撃したハマスの名前は言及されず、ただ、10月7日以後のイスラエル軍の報復攻撃の激化に対する懸念だけが表明され、「敵対行為の停止」につながる「即時恒久的かつ持続可能な人道的停戦」を求めている。同決議案に反対票を投じた国は、イスラエル、米国、グアテマラ、ハンガリー、フィジー、ナウル、マーシャル諸島、ミクロネシア、パプアニューギニア、パラグアイ、トンガ、オーストリア、クロアチア、チェコの計14カ国に過ぎない。イスラエルを支持し、連帯を表明してきたドイツ、英国は棄権し、フランスは賛成票を投じている。欧米諸国でもパレスチナ問題ではコンセンサスがないことが分かる。

 独週刊誌シュピーゲル(10月21日号)には読者から大きな反響を呼んだエッセイが掲載されていた。タイトルは「南から観た中東」で、インド出身でロンドンに住む著作家パンカジ・ミシュラ氏(Pankaj Mishra)が、「イスラエルとパレスチナ紛争で誰が犠牲者で誰が加害者か」と問いかけている。エッセイではグローバルサウスの視点から中東情勢を眺めている。そして欧米諸国のモラルや価値観が決して世界共通のものではないという現実を浮かび上がらせている。

ガザ地区のハマス指導者の横顔

 第1次冷戦時代、共産党政権下で刑務所に拘留されてきた政治家、反体制活動家、宗教者と会見したことがある。チェコスロバキア(当時)の初代民選大統領に就任した劇作家ヴァーツラフ・ハベル氏は反体制派指導者時代、通算5年間刑務所に拘留された。その時代の体験は「妻オルガへの手紙」の中で綴られている。

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▲パレスチナのイスラム過激派テログループ「ハマス」(イスラエル国防省公式サイトから)

 当方は2005年6月、中国の著名な反体制派活動家の魏京生氏とウィーンでインタビューしたが、同氏は通算18年間、収容所生活を送っている。同氏は1950年、北京生まれ。78年に民主化運動に参加。翌年に逮捕され、政治犯として強制収容所に。93年に仮釈放、95年に再逮捕、97年に仮釈放後、米国に亡命した。

 当方はまた、アルバニアのホッジャ政権下で25年間、収容所に監禁されていたローマ・カトリック教会のゼフ・プルミー神父と会見した。ホッジャ労働党政権(共産党政権)は1967年、世界で初めて「無神論国家宣言」を表明した。神父は当時、ティラナで小屋のような家に住んでいた。神父は小柄で痩せていた。眼光だけはしっかりと当方に向けられていたが、声は小さかったことを思い出す。

 いずれにしても、長い年月、刑務所、時には独房生活を強いられた人間にはやはり通常の人間とは異なった雰囲気があった。そのように考えていた時、パレスチナのガザ地区を実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」の指導者、10月7日の「黒い安息日」の首謀者ジャジャ・シンワール(Jahja Sinwar=61)は通算23年間、イスラエルの刑務所で留置生活を送ってきたことを知った。

 オーストリア国営放送は8日、シンワールのプロフイールを紹介していた。シンワールはガザ地区南部のカーン・ユニス難民キャンプで生まれ、彼の家族は現在のイスラエルのアシュケロンの出身者だ。シンワールはガザのイスラム大学でアラビア語を学び、1987年の第1次インティファーダの際にはハマスの軍事部門創設者の1人だった。彼はイスラエル兵2人の殺害とパレスチナ人12人の殺害などで何度か終身刑を言い渡された。多くの同胞を殺害することから、「カーン・ユニスの肉屋」と呼ばれ、恐れられてきた。

 シンワールは、「イスラエル人は刑務所が私たちの墓になることを望んでいたが、神と大義に対する私たちの信仰のおかげで、私たちは刑務所を祈りの家と学習の場に変えることができた」と述べたという。彼はイスラエルで合計23年間刑務所で過ごし、そこでヘブライ語を学び、メナヘム・ベギンやイツチャク・ラビンの伝記を読むなどしてイスラエルについて研究したという。

 シンワール氏を知る人々によると、シンワールはカリスマ性があり、寡黙で、残忍で、反応が早く、決意が強く、インスピレーションを与える人物だという。シンワールは2015年に米国によってテロリストに指定されている。

 イスラエルに拘留中、 脳に腫瘍が見つかり、2004年、拘留中に腫瘍を切除した。 2011年、シンワールはフランス系イスラエル人の兵士ギラッド・シャリットと交換にパレスチナ人捕虜1000人の1人として釈放された。2017年、前任者のイスマイル・ハニヤ氏が組織の最高指導者に就任後、亡命。そのため、シンワール氏はガザ地区ハマスの実質的指導者となって現在に至る。

 ハマスが現在、直面している問題は、内部に異なる潮流と、異なる度合いの過激主義が蠢いていること、亡命指導者とガザ指導者の間、政治指導者と軍事指導者の間で権力闘争が生じていることだ。興味深い点は、ハマスはイスラム教スンニ派だが、シーア派の盟主イランから軍事的、経済的支援を受けていることに対して、ハマス幹部の中には「イランとどの程度連携すべきか」で悩んでいる者もいるということだ。

 シンワールとハマス指導部は、アラブ系イスラエル人、占領下の東エルサレムとヨルダン川西岸のパレスチナ人、そしてレバノンのヒズボラに対して、彼らをイスラエルとの武力紛争に引き入れようと画策してきたが、これまでのところ、その試みは成功していない。シンワールは現在、人質200人以上を武器に何らかの有利な取引をイスラエルから勝ち取りたいと考え出しているという。

ハマス壊滅後、誰がガザ地区を統治?

 イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザを包囲し、イスラム過激派テロ組織「ハマス」の壊滅を進めている時であり、少々時期尚早かもしれないが、「誰がハマス後のガザ地区を統治するか」という問題について関係国の間で協議が既に進められている。

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▲上川陽子外相、リヤード・マーリキー・パレスチナ外務・移民庁長官と会見(2023年11月3日、日本外務省サイトから)

 ネタニヤフ首相は6日、米ABCニュースとのインタビューで、ハマス壊滅後、イスラエルがガザ地区を無期限に統治する考えを述べた。一方、イスラエルの野党指導者ヤイル・ラピド元首相はヴェルトTV局との会見で、「自分の出口戦略は政府とは異なる。パレスチナ自治政府にガザの統治を任せるべきだ」と指摘し、イスラエルにとって同自治政府のマフムード・アッバス議長にガザ地区を統治させることが最も安全な対応となろうと述べている。

 イスラエル軍は2005年にガザ地区から撤退した。イスラム過激派ハマスは翌年の議会選挙で勝利し、2007年にはガザ地区の単独支配権を奪取した。アッバス議長が率いるファタハ軍はガザ地区から追放された。ラピド氏は、「ガザには自治政府当局の代表者はほとんど残っていないが、インフラはまだ残っている」という。

 ラピド氏はヨルダン川西岸での情勢について、「ジェニンやナブルスなどの都市では思ったより制御されていないが、他の場所では上手く進んでいる」と語り、「ガザ地区の統治を議長に委ねることは、悪い選択の中で最もひどいものではない」と強調し、アッバス議長のガザ統治を支持する意図を明らかにしている。なお、ラピド氏は「人道的理由」によるガザ紛争の停戦を拒否し、「まず第一に、戦争に勝たなければならない」と強調している。

 ちなみに、パレスチナ自治政府のアッバス議長は現在、ガザ戦争後の国際社会の中心的窓口として、米国、トルコ、アラブ世界、ロシアの国家元首や政府首脳との会話や会談を重ねている。約18年間自治当局の長を務めてきたアッバス氏が紛争解決においてどのような役割を果たせるかは不明だ。

 87歳の同議長に長い間欠けているのはパレスチナ国民の支持だ。ガザ地区だけでなく、ヨルダン川西岸でも、パレスチナ人の同議長への支持は低い。同議長はこれまで頻繁に選挙を中止し、14年間も信任なしで権力にしがみついている一方、汚職の疑惑が根強く残っているだけでなく、政府のスタイルも権威主義的として批判されてきた。スイス公共放送(SRF)は、「パレスチナ領土におけるアッバス氏の力はゼロに近づきつつある」と報じているほどだ。

 同議長は、国内では指導者として“死に体”だが、国際の政治上では「他の選択肢がない」という理由もあって、パレスチナ問題の窓口となっているというのが実情だろう。トルコのエルドアン大統領とも連絡を取り合い、ロシアのプーチン大統領を訪問している。また、アッバス氏はバイデン米大統領と電話で会談したが、ガザ地区の病院へのロケット弾攻撃に関連して予定されていたバイデン氏との対面会談は中止されている。

 ブリンケン米国務長官は5日、中東歴訪でヨルダン川西岸を訪問し、ラマラでアッバス議長と会談した。両者の会談内容は公表されていないが、ガザ戦争が始まって以来、イスラエル占領下のヨルダン川西岸地区で暴力が激化している問題の他、「ポスト・ハマス」のガザ地区の統治問題について話し合われたことは間違いないだろう。

 パレスチナ通信社ワファの報道によると、アッバス議長は、ブリンケン米国務長官との会談で、ガザ地区での即時停戦を呼び掛けた。また、ガザ地区、ヨルダン川西岸、エルサレムからのパレスチナ人の追放に対して、「平和と安全はイスラエルの占領を終わらせることによってのみ達成できるが、何十年にもわたる外交交渉では、この点に対する解決策は見つかっていない」と警告を発している。

 未確認情報だが、アッバス議長は、バイデン政府当局者に対し、「パレスチナ自治政府はイスラエルとの広範な和平構想の一環である場合にのみガザ地区の統治に戻ることを検討する」と語り、ヨルダン川西岸と東エルサレムに対する包括的な政治的解決策の「パッケージ」の一部として「ガザ地区に対する全責任を負う用意がある」と表明したという。パレスチナ人はこれらの地域を自国の領土と主張している。アッバス氏はバイデン当局者に対し、「イスラエルの戦車の上に乗って」ガザに戻るつもりはないと語ったいう。

 ブリンケン国務長官がパレスチナ自治政府にガザ地区の統治を要請したとしても、ユダヤ国家に対する脅威として、イスラエルのネタニヤフ政権はその提案を拒否することが予想される。

パレスチナ人はアラブの危険な番犬?

 アラブ諸国にとって「パレスチナ問題」はアラブの結束を内外に誇示する貴重なテーマだった。その背後には、イスラエルへの対抗という政治情勢があった。だから、アラブ諸国はパレスチナ難民を人道的、経済的に支援してきたが、アラブ諸国の中でイスラエルと国交を正常化する国も出てきたこともあって、パレスチナ問題はもはやアラブの結束を促すテーマから徐々に脇に追やられていった。

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▲踊りだしたパレスチナの人々(2012年11月29日、ウィーン国連内にて撮影)

 ただし、アラブ諸国は公式の場では依然、パレスチナ人の支援を表明する。パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激派テロ組織「ハマス」がイスラエルに侵入してテロを行い、イスラエル軍がガザ地区に報復攻撃を始め、ハマス壊滅に乗り出すと、アラブ諸国はハマスの奇襲テロには一定の距離を置きながらも、イスラエル軍の報復攻撃を受けるパレスチナ人に同情と連帯感を表明している。

 興味深い点は、パレスチナ人に同情心を有するエジプト、レバノン、ヨルダンもイスラエル軍の攻撃から逃れ彷徨うパレスチナ人難民を収容しようとする動きはないことだ。アラブ諸国は過去、パレスチナ難民の収容を拒否してきたが、現在も同じように拒んでいるのだ。

 パレスチナ自治区ガザ地区からエジプトに入国できる唯一の検問所ラファは国連や国際社会からの圧力もあって人道的支援物質をガザに運び入れるためにオープンされた。その後、外国人旅券を有する住民はエジプトに入国が許可されたが、パレスチナ人は重傷患者以外はエジプトに入国許可されない。10月7日前もパレスチナ人は合法的にエジプトに入国するチャンスはほとんどなかった。

 (ガザのパレスチナ人にとって、ヨルダン川西岸に移動することも、レバノンに行く道も、北東のシリアに行く道も塞がれている。イスラエルはパレスチナ難民がガザを出て自国を旅行することも認めていない)

 エジプトがパレスチナ難民を受け入れない理由としては、経済的な負担があるだろう。数万人のパレスチナ人がエジプトに殺到すれば、彼らを収容するために難民キャンプを設置し、人道的支援を実行しなければならない。巨額の経済的負担であることは間違いない。

 それだけではない。エジプトがパレスチナ人の入国を拒否するのは、難民の中にハマスが入り込み、その過激な思想が国内に広がることを恐れているからだ。エジプトはイスラム原理主義者の政治組織「ムスリム同胞団」の発祥地であり、ハマスは「ムスリム同胞団」の系列に入る。エジプトではアブドル・ファタハ・エルシーシ大統領がエジプトを統治する前、「ムスリム同胞団」出身のムハンマド・ムルシ氏が2012年から13年まで大統領を務めた。後継者のエルシーシ氏は同組織に対して強硬な措置を講じ、テロ組織として分類し、ムルシ氏を逮捕した。ハマスがパレスチナ難民の中に入り、シナイ半島を拠点とするイスラム過激派グループと合流するようなことがあれば、エジプトの治安は再び混乱することは避けられない。近年、シナイ半島はイスラム過激派の潜在地となっているからだ。

 ヨルダンもガザ難民の受け入れを拒否している。同国は過去、多くのパレスチナ人の入国を許可した。その結果、人口の3分の1はガザまたはヨルダン川西岸の出身者だ。ガザからヨルダン川西岸までの回廊を設置する案について、ヨルダンの現国王アブドゥッラー2世は直ちに拒否し、「ヨルダンには難民はいらない」と語っている。同時に、ヨルダンはパレスチナ人に対して「あなた方が一旦、パレスチナ以外に出国すれば、再び入国できなくなるだろう」と指摘し、自身が住んできたパレスチナから出ることを避けるように呼び掛けている。

 シリアは10年以上の内戦下にあった。アサド政権にとって国の立て直しが先決だ。一方、レバノンはシリアからの難民で溢れている。人口約600万人のうち約150万人がシリアからの内戦避難民だ。パレスチナ難民を受け入れる余地がない。

 カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦は難民の宿泊施設に資金を提供できるが、西側からの裕福な外国人以外の外国人、難民の入国を認めていない。イランはハマスの最大の支持者だ。ガザからパレスチナ人の大量出国はイランの利益とはならない、といった具合だ。

 ドイツ民間ニュース専門局ntvのケビン・シュルテ記者は11月4日、「なぜアラブ諸国はパレスチナ人を恐れるか」という記事で、「アラブ世界はパレスチナ人に同情しているが、潜在的には彼らを危険な番犬と見なし、自分たちの寝室や子供たちから遠ざけたいと考えている。番犬は寝室ではなく庭につながれ、敵(イスラエル)に対して吠えるべきだと思っている」と書いている。

 アラブ諸国はパレスチナ問題を自国の安全装置のように考えているのだろう。パレスチナ人にとって不運といわざるを得ないわけだ(「『パレスチナ問題』をもう一度考えよう」2020年11月20日参考)。
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