ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

パレスチナ

「ハマスは出ていけ」と叫ぶパレスチナ人

 パレスチナ自治区ガザで25日、数百人の住民がイスラエルに対する戦争の終結を求めて自発的にデモを行い、その際、同地区を支配するイスラム過激派テロ組織「ハマス」に対するシュプレヒコールも聞かれた。目撃者の報告によると、ガザ地区北部のベイト・ラヒアで行われた抗議集会では、主に男性のデモ参加者が「ハマス出て行け」「ハマスはテロリスト」と叫んだ。また、近くのジャバリヤや封鎖された沿岸地域南部のカーンユニスでも同様の抗議活動があった。ガザ地区ではこのようなデモは珍しい。ハマスは内部の敵対者を取り締まることでよく知られているからだ。

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▲荒廃したパレスチナ自治区ガザ、UNRWA公式サイトから

 このニュースを読んで、イスラエルへの憎悪は変わらないが、パレスチナ人の中にハマスへの怒りが生まれてきているのではないかと思った。パレスチナ自治区に住む住民の間に「ハマスはテロリストだ」と叫ぶ者が出てきたことは新しい動きだ。パレスチナ人住民がガザでハマスを公の場で批判すれば身の危険もあることを考えると、「ハマスはガザから出ていけ」と叫んだ住民は命がけだったはずだ。

 独民間放送ニュース専門局NTVは25日、「ガザでハマスへの抗議デモ」という見出しで報じているが、それによると「少なくとも1件の抗議の呼びかけがオンラインサービスのテレグラム上で広まった。あるデモ参加者は、誰がデモを組織したのか分からないという。 また別の参加者の一人は『私は国民を代表して戦争を終わらせるというメッセージを送るために参加した』と述べている。報復を恐れて匿名で答えた男性は、私服を着たハマスの治安部隊が抗議活動を解散させているのを見たと語った」という。ハマスが抗議デモを解散させようと腐心していたことが伺える。

 「ハマス」は2023年10月07日、イスラエル領に侵入し、1210人以上のイスラエルを殺害し、250人余りを人質にした。それに激怒したイスラエル側は「ハマス壊滅」を掲げてこれまで戦闘を繰り返してきた。ハマスの奇襲テロがなければ、イスラエルとの戦闘はなかったということが、パレスチナ自治区の住民の間にも広まってきているわけだ。抗議デモ参加者は「私たちは疲れている」と呟いたという。イスラエルとの戦闘が長期化するのにつれ、パレスチナ人住民の間にハマスへの不信が深まってきているのだろう。

 イスラエルと「ハマス」の間で1月19日、停戦が合意されたが、ここにきて再び戦闘が始まった。イスラエル側がハマスが停戦の合意を違反したとして、ガザ地区のハマス拠点への大規模な空爆を再開した。現地からの外電によると、イスラエル軍は今月19日、パレスチナ自治区で新たな地上作戦を開始したという。

 ハマスは武器を放棄し、生き残った人質を解放することを拒否しているという。一人のデモ参観者は「ハマスにとって解決策が権力放棄につながるとしても、住民を守るためならなぜ権力を放棄しないのか」と語っている。

 米国のウィトコフ中東担当特使によると、ハマスが実現不可能な要求を突き付けるなど、停戦延長交渉は難航している。ハマスの出方は分からないだけに、ラマダン明けのパレスチナ情勢は不透明だ。

 なお、「ハマス」側の発表によれば、これまでに50,000人以上が死亡したという。

イスラエル、UNRWAの活動を禁止

 パレスチナ自治区のガザ地区を2007年以来実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」が昨年10月7日、イスラエルとの境界網を破り、近くで開催されていた音楽祭を襲撃し、キブツ(集団農園)に侵攻して1200人以上のユダヤ人を虐殺し、250人以上を人質にしたテロ事件が報じられると、世界はその残虐性に衝撃を受け、ユダヤ人犠牲者に同情心や連帯感が寄せられたが、時間が経過するにつれてその同情心、連帯感は薄れ、中東紛争でこれまでよく見られた「加害者」と「被害者」の逆転現象が起き、イスラエル批判が高まってきた。

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▲パレスチナ難民の子供たち(UNRWA公式サイトから)

 ネタニヤフ首相は戦闘では「ハマスの壊滅」を目標に掲げてきたが、ハマスのガザ区最高指導者ヤヒヤ・シンワル氏の殺害(10月17日)などを通じ、その目標はほぼ達成し、イスラエル軍は現在、レバノンのイスラム教シーア派テロ組織「ヒスボラ」の壊滅を新たな軍事目標としてきた。

 ところで、イスラエルは「10・7奇襲テロ事件」に国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員の少なくとも12人が直接関与していたと指摘、それを受けてUNRWAに支援金を拠出してきた米国、ドイツ、日本などが次々と支援金を一時停止した(時間の経過と共に、日本を含む西側諸国で支援を再開する国が出てきた)。

 UNRWAはガザ区に約1万3000人の職員を抱えているが、その大部分がパレスチナ人だ。そしてパレスチナ人職員の10%以上がハマスやイスラム聖戦と関係がある。イスラエルのネタニヤフ首相は「ガザ戦争が終われば、UNRWAは解体だ」と表明してきた。

 そのような中で、イスラエル議会(クネセト)は28日、UNRWAの活動を来年からイスラエル国内では禁止する法案を可決した。議会(120議席)では、92人の与野党の議員が賛成票を投じ、アラブ系議員が反対しただけだ。外電によると、新しい法律が施行されると、イスラエル当局はこの組織との接触を一切禁止する予定であり、法案の公布から90日以内に実行される。なお、当初予定されていたUNRWAをテロ組織として公式に認定する条項は、クネセトの議事日程に上がった二つの法案には含まれていなかった。

 この結果、UNRWAの活動は大幅に制限される。1967年にイスラエルが併合した東エルサレムも禁止対象に含まれている。特に、紛争の続くガザ地区においては、UNRWAの支援を頼りにする約200万人の住民にとって大きな影響が懸念されている。

 イスラエル側の決定に対し、UNRWAのフィリップ・ラザリ―二事務局長は28日、公式のXで、「今晩のイスラエル議会によるUNRWAに対する投票は前例のないものであり、危険な前例となる。それは国連憲章に反対し、国際法に基づくイスラエル国の義務に違反している」、「これらの法案は、特に人々が1年以上地獄のような状況を経験しているガザでは、パレスチナ人の苦しみをさらに悪化させるだけだ。現地の65万人以上の少年少女が教育を受けられなくなり、全世代の子供たちが危険にさらされることになる」と述べた。

 国連のグテーレス事務総長や米国は、事前にこの法案に反対を表明した。ドイツ、フランス、イギリス、カナダ、オーストラリア、日本、韓国の外相たちは、共同声明でイスラエル政府に対して国際的な義務を果たすよう強く求めた。

 イスラエル側のUNRWA解体論にはそれなりの理由はある。イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ難民の救済を目的としてUNRWAが創設された。そしてハマスはガザ区でパレスチナ人に対して食糧や医療の提供のほか、学校教育まで支援してきたが、ガザ区の学校教育ではイスラム教徒のテロは美化され、イスラエルを悪者にする憎悪に満ちたコンテンツがカリキュラムとなっている。すなわち、米国やドイツ、日本からの支援金でガザ区でテロ組織ハマスの予備軍が育てられているわけだ。UNRWAの職員がハマスのテロ奇襲に関与していたことが判明し、イスラエル側のUNRWA解体要求は一層、強まっていったわけだ。

 一方、国連側や人権擁護団体はUNRWAの職員がテロに関与していたという事実より、困窮下にあるパレスチナ人に食糧や医療品などを支援してきたUNRWAの職員がいなくなれば、パレスチナ人は生存できなくなるといった危機感のほうが強い。眼前で苦しむパレスチナ人の姿、負傷して苦しむ子供たちの姿を目撃すれば、欧米のメディアを含む多くの人権団体がイスラエル軍の軍事活動に対して批判的になるのは理解できる。

 参考までに、1948年の国連総会決議194の第11条には、「パレスチナ難民の故郷への帰還の権利」が明記されている。イスラエルはパレスチナ難民の帰還の権利を拒否しているが、1949年に創設されたUNRWAはウェブサイトで、「UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)とは異なり、出身国への帰還を含む難民に対する永続的な解決策を模索する」と述べている。イスラエルがUNRWAに対し批判的なのは、UNRWAがパレスチナ難民の帰還の権利を認めていることもある。

 イスラエル軍の軍事攻勢が終わった後、ガザを如何に統治するかは現時点では不明だ。UNRWAの今後の役割も不確かとなった。問題は、破壊されたガザに住むパレスチナ人たちの今後だ。ガザは破壊され、4万3000人余りのパレスチナ住民が犠牲となった。「ハマスの奇襲テロ」、そして「イスラエル軍の報復攻撃」は余りにも多くの犠牲をもたらした。「戦いには勝利者はない。敗者だけだ」というが、ガザの現状はその実例だ。

 最後に、私見を少し述べたい。UNRWAの活動が禁止された場合、パレスチナ人への支援をどうするかだ。そこでアラブ圏が主導して「ガザ奉仕活動隊」を創設する。そのメンバーはアラブ語ができ、イスラエと外交関係を有する国出身者(例・ヨルダンやエジプト)から優先的に募集する。雇用者は国連だ。希望者は1年、2年の契約を結んでガザのパレスチナ人を支援し、医療、学校を運営する。参加者の能力、キャリアによって給料は変わる。失業中の若くて優秀なアラブ人が参加すれば、出身国の失業対策ともなるはずだ。

スイスは「パレスチナ国家承認」を否決

 イスラエル軍とパレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」間の戦闘は8日で9カ月目に入った。イスラエル側にはガザ紛争は年内まで続くだろうという声が聞かれる中、イスラエル軍の戦闘で多数のパレスチナ人が死傷していることを受け、国際社会ではイスラエル批判の声が高まっている。

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▲踊りだしたパレスチナの人々(2012年11月29日、ウィーン国連内にて撮影)

 そのような中、ノルウェー、アイルランド、スペインの欧州3カ国は先月28日、パレスチナを国家承認すると発表した。現在、193カ国の国連加盟国のうち145カ国がパレスチナ国家を承認している。欧州連合(EU)の27カ国の加盟国では、スウェーデン、キプロス、ハンガリー、チェコ、ポーランド、スロバキア、ルーマニア、ブルガリアはパレスチナ国家を承認済みだった。

 欧州3カ国のパレスチナ国家承認でEU内で承認への動きが加速するのではないかと予想されている。それを裏付けるように、スロベニア議会は4日、パレスチナを国家承認する動議を可決した。動議は、中道左派の与党が提出し、4日、議会の90議席中52人が賛成した。野党側は多くのEU加盟国と同じく現時点での承認には反対として、投票をボイコットした。スロベニアが国家承認した結果、EU27カ国中、11カ国が承認したことになる。次はマルタが国家承認するのではないかと見られている。

 一方、北欧のデンマーク議会は先月28日、パレスチナ国家承認を「必要な条件が整っていない」として否決した。その直後、スイス国民議会(下院)も今月4日、パレスチナを独立国家として承認する内容の動議を否決した。EU加盟国の北欧デンマーク、そして中立国・スイスの「国家承認」否決は「パレスチナ国家承認」が複雑な問題であることを改めて明らかにした。

 ちなみに、スイス公共放送協会(SRG)のスイスインフォ(日本語版6月5日)によると、「社会民主党(SP/PS)が提出した動議は、イスラエルとパレスチナという2つの主権国家が存在することが永続的で公正な平和の基盤になると訴えている。ハマスが昨年10月7日に拉致したイスラエル人人質を解放するという条件で、国家承認するよう提案していた。賛成票を投じたのは社会民主党と緑の党(GPS/Les Verts)だけだった。討論は白熱し、時に感情的になった」という。

 パレスチナ国家承認では、「パレスチナ国家をイスラエルとの和平合意の一部としてのみ承認する」というのが西側諸国の基本的方針だった。その観点からいえば、ガザ紛争の状況はそのような情勢からほど遠い(「パレスチナ国家承認は時期尚早だ」2024年5月30日参考)。

 スイスは過去、イスラエル・パレスチナ間の領土紛争を巡っては、「1967年境界線により、イスラエルと将来の独立したパレスチナ国家が平和かつ安全に共存することを目指す『2国家解決案』を支持し、パレスチナの主権国家の樹立を支持してきた。国連の安全保障理事会は4月、パレスチナの国連加盟の勧告を求める決議案の採決を行ったが、スイスはパレスチナの国連加盟が「現時点では適切ではない」「中東情勢の沈静化と和平努力につながらない」として投票を棄権している。

 スイスの代表紙「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」(NZZ)は「パレスチナ国家承認は、イスラエルとの改革と和平プロセスを成功させるためのゴールであり、インセンティブ(誘因)でなければならないが、ノルウェー、アイルランド、スペインは現在、パレスチナ人にアメを与え、同時に、イスラエルに一方的に圧力をかけている。それにより和平は1センチも前進していない」と報じている。全く正論だ。

 最後に、スイスインフォ(日本語版)が報じていた面白いエピソードを紹介する。

 スウェーデンが2014年、西側で初めてパレスチナ国家承認をした時だ。「イスラエルのアヴィグドール・リーベルマン外相(当時)は『スウェーデン政府は、中東関係は自分で組み立てるイケアの家具よりも複雑であることを理解すべきだ。この問題は責任と繊細さをもって処理されるべき』と述べた。それに対して、スウェーデンのマルゴット・ヴァルストローム外相は『私は喜んで(リーベルマン外相に)組み立て式のイケアのフラットパック(家具などを部品に分けて隙間なく梱包したもの)を送りたい』と返答した」

パレスチナ国家承認は時期尚早だ

 パレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織「ハマス」が昨年10月7日、イスラエルに侵入し、奇襲テロで1200人以上のイスラエル人を虐殺、250人余りを人質にしてから7カ月以上が経過した。イスラエル側はその直後、ハマスに報復攻撃を開始し、イスラエル軍とハマス間の戦闘が続いてきた。人質はまだ「ハマス」のテロリストの手にある一方、ガザ戦闘でハマスの盾に利用されたパレスチナ住民3万5000人以上が犠牲となっている。

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▲パレスチナ国家承認を発表するスペインのサンチェス首相(2024年5月28日、スペイン首相府公式サイドから)

 ガザ戦闘への国際社会の反応は、戦闘開始直後はハマスの奇襲テロを受けたイスラエルへの理解があったが、パレスチナ住民に多くの犠牲が出てきたことから、イスラエルへの批判が高まり、イスラエル側の即戦闘停止を求める声が聞かれてきた。子供、女性、患者たちの悲惨な姿を映像で見てきた国際社会では当然、イスラエル側への非難が高まってきた。その頂点はイスラエルのネタニヤフ首相への国際刑事裁判所(ICC)の逮捕状請求だろう。ここにきて、ハマスの奇襲テロへのイスラエルの報復攻撃といった構図は完全に消滅し、軍事力の強いイスラエル軍の脆弱なパレスチナ人への戦争犯罪行為、強者の弱者への一方的な攻撃といった構図に変質していった。これは新しい現象ではない。イスラエルと中東諸国間のこれまでの戦闘は最後にはそのような構図に落ち着く。正義、公平の結果といったものではないのだ。

 なぜ、上記の事をここで書いたかというと、ノルウェー、アイルランド、スペインの欧州3カ国が28日、パレスチナを国家承認すると発表したからだ。再度、明確にガザ戦闘の経緯を想起しなければならないと考えるからだ。

 欧州3国のパレスチナ国家承認は、「パレスチナ国家をイスラエルとの和平合意の一部としてのみ承認する」という西側諸国の長年の姿勢から明らかに逸脱している。イスラエルが欧州3国のパレスチナ国家承認に対し、「ハマスのテロへの報酬だ」として激しく非難したのは当然だ。ハマスの「10月7日奇襲テロ」から始まった今回のガザ戦闘がパレスチナ国家承認という成果をパレスチナとハマス側にもたらしているからだ。換言すれば、ガザ最南部ラファへの攻撃を開始したイスラエルへの懲罰といった意味合いすら出てくるのだ。

 イスラエル軍の圧倒的な軍事力の前に壊滅寸前のハマス側は「われわれはイスラエルに戦争では勝てないが、国際社会の外交舞台では勝利した」と豪語するかもしれない。ガザ最南部ラファのパレスチナ避難所へのイスラエルの空爆で少なくとも45人のパレスチナ人が犠牲となったと報じられ、その画像は世界に大きな衝撃を投じたばかりだ。

 ちなみに、イスラエル軍は28日、「パレスチナ避難所の火災状況を分析すると、イスラエルの空爆で発生した火災を上回る火災が生じている。避難所の地下に保管されていたハマスの弾薬倉庫が空爆で爆発して大火災が生じ、その結果多くのパレスチナ避難民が犠牲となったのではないか」と分析している。昨年10月17日のガザ区のアルアハリ・アラブ病院爆発を思い出してほしい。ハマスはイスラエル軍との戦闘では常にパレスチナ人を人間の盾に利用してきた。ハマスにとってパレスチナ住民の犠牲が多いほど、都合がいいのだ。

 現在、193カ国の国連加盟国のうち145カ国がパレスチナ国家を承認している。欧州連合(EU)の27カ国の加盟国のうち、スウェーデン、キプロス、ハンガリー、チェコ、ポーランド、スロバキア、ルーマニア、ブルガリアはパレスチナ国家を承認済みだ。日本を含む先進首脳会議(G7)の7か国は未承認だ。

 ノルウェー、アイルランド、スペイン3国は、今回の決定でパレスチナ自治区ガザの戦闘終結に向けてイスラエルに圧力をかけ、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」による和平実現を促す契機となり、他の諸国にも国家承認へと動かす契機となると期待している。実際、マルタは検討中で、スロベニアは30日にもパレスチナの国家承認を発表するものと予想されている。

 スペインのペドロ・サンチェス首相は「今回の決定はイスラエルとパレスチナ人が平和を築く助けとなることを目的としたものだ。イスラエルを敵とするものではない」と指摘し、パレスチナの国境問題については「マドリードの立場は国連安全保障理事会の決議とEUの伝統的な立場に完全に一致している」と述べた。具体的に、1967年の六日戦争前の国境を認めるという。ヨルダン川西岸地区とガザ地区は回廊で結ばれ、東エルサレムを首都とし、自治政府の合法的な政府の下に統一されるというわけだ。

 「オスロ合意」の舞台となったノルウェーは過去30年間余り、パレスチナ国家の擁護者だった。ノルウェーのエスペン・バース・エイデ外相は「他の国がノルウェーの例に続けば、和平解決により大きな勢いを与えることができる。二国家解決が平和への唯一の道だ」と述べている(「『オスロ合意』30年と関係者の証言」2023年9月13日参考)。

 繰り返すが、イスラエル軍とハマスの戦闘が続いている時、欧州3国のパレスチナ国家承認発表はその意図は別として、ハマスにとって大きな‘戦果’として受け取られるだろう。残念なことだが、現在はパレスチナ国家承認の時ではないのだ。

人は統計上の死者に涙を流せるか

 ウクライナのゼレンスキー大統領は先月25日の記者会見で、ロシア軍の侵攻で過去2年間、約3万1000人のウクライナ兵が死亡したと発表した。米国側は昨年8月の段階で、ウクライナ軍に約7万人、ロシア軍に約12万人の兵士が死亡したと発表していた。

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▲ウクライナのゼレンスキー大統領「占領者に安らぎの場所があってはいけない」(ウクライナ大統領府公式サイトから、2024年3月11日)

 パレスチナ自治区ガザの保健当局が2月29日発表したところによると、パレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激派ハマスが昨年10月7日、イスラエルに侵攻し、イスラエル軍とハマスの戦闘が勃発した以降、ガザ区で3万人のパレスチナ人が死亡したという。

 上記の2件のニュースは偶然にも死者数が3万人だから列記したのではない。繰り返すが、ロシアのプーチン大統領が2022年2月24日、軍をウクライナに侵攻させて以来、ウクライナ側に3万人以上の兵士が亡くなり、ガザ紛争ではハマス壊滅に乗り出した出したイスラエル軍の攻撃で3万人を超えるパレスチナ人が亡くなったという死者の統計を紹介したのだ。

 前者はウクライナ兵の死者数だけであり、実数はそれをはるかに超えている可能性が高い。民間人の犠牲者数を計算に入れれば、死者数はひょっとしたら2倍以上かもしれない。ガザ紛争のパレスチナ人死者数も同様で、実数はもっと多いだろう。いずれにしても、3万人の死者数だけでも如何に多いか。そして亡くなった兵士、その家族関係者にとっては取り返しのつかない痛みを与えてきた悲劇だ。同じことがガザ区のパレスチナ人の犠牲者数にもいえる。多くの女性、子供たちがその死者の中に含まれている。

 「いかに必要であろうと、いかに正当化できようとも、戦争が犯罪だということを忘れてはいけない」と語った米小説家ヘミングウェイの言葉を思い出す一方、ソ連の独裁者スターリンの「1人の人間の死は悲劇だが、数百万の人間の死は統計上の数字でしかない」という言葉を苦々しい思いで再確認するのだ。

 人は祖国の防衛のために亡くなったウクライナ兵士の全ての名前を思い出すことは出来ないし、ガザ紛争で犠牲となったパレスチナ人の死者でも同じだ。彼らの死は「過去2年間のロシアとの戦いで亡くなった3万人の兵士」のカテゴリーに入るだけであり、パレスチナ人の死者も同じだ。戦闘を世界に配信するメディアは死者数と負傷者数を報じるが、戦争の悲惨さ、その規模を知る上で死者数が必要であり、負傷者数が求められるからだ。

  死者の場合、そのプロフィールが分かれば、それだけ亡くなった人間への共感や想像力が湧いてくるが、数十万人の死者という統計上の死者には共感するということは難しい。何百万人の苦難よりも、1人の悲劇の方が人々の心を動かすものだ。だから、BBCなどのメディアは戦争報道では戦争に駈り立てられた兵士、軍関係者をピックアップし、戦争の事態を関係者の生の声で語らせる努力をしている。ある時は、戦争をドラマ化するといった批判の声も聞かれるが、視聴者の心を掴むのには特定の死、犠牲が不可欠だからだ。

 例えば、ドイツ民間ユース専門局ntvは昨年8月3日、「若い医師の悲劇」という見出しの記事を報じた。25歳の医師、ウクライナ人のドミトロ・ビリィさんの話だ。ビリィさんは8月2日、ウクライナ南部へルソン市にあるカラベレス病院に初出勤した。その日、ロシア軍が病院を直撃し、勤務中のビリィさんは死去した。2日はビリィさんの初出勤の日であり、同時に最後の日となった。若い医師の死がソーシャルメディアで報じられると、その死を惜しむ声が溢れるなど、大きな反響を呼んだ。

 特定の1人の死については、われわれは涙を流すことができるが、数千、数万人の死者について涙を流すことが出来るだろうか。スターリンがいったように、それは単なる統計上の数字であり、死者はその統計の中に組み込まれ、非人間化されてしまう。だから、「ウクライナで3万人の兵士が死亡した」と聞いても、驚くが、涙が流れることは少ない。

 ウクライナ戦争ではキーウ近郊のブチャ虐殺事件、廃墟化したマリウポリなどを報じる時、特定の死者を取り上げて紹介するケースがある。死者がどこで、どのようにして亡くなったか、可能な限り特定化することで、死者を統計上の世界から救い出そうとする。

 イスラエルはハマスの奇襲テロで亡くなったギブツのユダヤ人の名前、顔写真を重視するし、ハマスに拉致された130人余りのイスラエル人の人質でも名前と顔写真を掲げて、その解放を訴える。大量虐殺されたユダヤ人の歴史を有するイスラエルは死者が追悼される前に忘却されることを恐れ、死者の特定化に力を注ぐ。「600万人のユダヤ人がナチス・ドイツ軍によって虐殺された」という事実は人類に忘れることが出来ない出来事として刻印されているが、イスラエル人は倦むことなく600万人の1人1人を特定化し、その悲惨さを世界に訴えてきたわけだ。

 共産革命で数億人が粛清され、虐殺されてきた。その1人1人の命に対して人類は涙を流さなければならない。それはスターリンに対抗するためではない。同じ悲劇を繰り返さないためにも、死者を可能な限り特定化することで涙を流し、死者を追悼しなければならないからだ。死者を統計上の世界から救済することは生きている人間の責任だ。

UNRWAの解体と人道支援の行方

 パレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスが昨年10月7日、イスラエルを奇襲襲撃し、キブツなどで1200人余りのイスラエル人を殺害したテロ事件に国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員の少なくとも12人が直接関与していたことが判明、UNRWAに支援金を拠出してきた米国、ドイツ、日本などが次々と支援金を一時停止した。

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▲パレスチナ避難民の子供たち(2023年、UNRWA公式サイトから)

 国連グテーレス事務総長は支援金提供国に対して、「パレスチナ人の人道支援が途絶えれば、多くの犠牲が出てくる」として支援金停止撤回を求めている。UNRWAによると、欧米諸国からの支援金が途絶えた場合、2月末までに人道支援活動は停止に追い込まれてしまうという。

 UNRWAはガザ区に約1万3000人の職員を抱えているが、その大部分がパレスチナ人だ。そしてパレスチナ人職員の10%以上がハマスやイスラム聖戦と関係がある。イスラエルのネタニヤフ首相は「ガザ戦争が終われば、UNRWAは解体だ」という。

 UNRWAは1948年のイスラエル建国とその後の第1次アラブ・イスラエル戦争により難民として登録されたパレスチナ人とその子孫を支援してきた。国連の統計によると、ガザ地区の住民240万人のうち約170万人が難民として登録されている。彼らの多くは難民キャンプで暮らしている。

 ところで、イスラエル側のUNRWA解体論にはそれなりの理由はある。ハマスはガザ区でパレスチナ人に対して食糧や医療の提供のほか、学校教育まで支援してきたが、ガザ区の学校教育ではイスラム教徒のテロは美化され、イスラエルを悪者にする憎悪に満ちたコンテンツをカリキュラムとしている。すなわち、米国やドイツ、日本からの支援金でガザ区でテロ組織ハマスの予備軍が育てられているわけだ。UNRWAの職員がハマスのテロ奇襲に関与していたことが判明し、イスラエル側のUNRWA解体要求はもはや譲歩の余地がないわけだ。

 一方、国連側や人権擁護団体はUNRWAの職員がテロに関与していたという事実より、困窮下にあるパレスチナ人に食糧や医療品などを支援してきたUNRWAの職員がいなくなれば、パレスチナ人は生存できなくなるといった危機感のほうが強い。眼前で苦しむパレスチナ人の姿、負傷して苦しむ子供たちの姿を目撃すれば、欧米のメディアを含む多くの人権団体がイスラエル軍の軍事活動に対して批判的になるのは理解できる。

 中東専門家のベンテ・シェラー氏はオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「UNRWA以外に現時点で迅速に救援活動ができる組織はない。特にイスラエル軍との戦闘の最中ではなおさらだ。戦前でさえ、ガザの人口の大部分は援助団体からの物資に依存してきた」という。また、UNRWAへの支援金が途絶えれば、ヨルダンやレバノンの不安定化をもたらす危険が出てくると警告する。

 要するに、UNRWAを解体すべきか、新しい支援体制を敷いて活動を継続するか、まったく新しい組織を設置するかなど、さまざまなシナリオが考えられるが、ガザ区のパレスチナ人の状況はそれらの政治的なやり取りが決着するまで待つことが出来ない。今日をどうするか、明日はどうなるか、といった切羽詰まった問題だからだ。

 難民救済を目的とした国連機関は現在、2つある。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)だ。イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ難民の救済を目的としてUNRWAが創設された。パレスチナ難民は世界の難民の中でも一種の特権的な位置にあって、国連を含む世界から支援金を受けている。

 参考までに、1948年の国連総会決議194の第11条には、「パレスチナ難民の故郷への帰還の権利」が明記されている。一方、イスラエルはパレスチナ難民の帰還の権利を拒否している。しかし、1949年に創設されたUNRWAはウェブサイトで、「UNHCRとは異なり、出身国への帰還を含む難民に対する永続的な解決策を模索する」と述べている。イスラエルがUNRWAに対し批判的なのは、UNRWAがパレスチナ難民の帰還の権利を認めているからだともいえる。

 以下は当方の考えだ。

 UNHCRが一時的にパレスチナ人の難民救援に関与し、UNRWAをUNHCRの管轄下に置き、その活動を管理、実施する。世界からのパレスチナ難民支援金を受けてきたパレスチナ自治区は強く反対するだろうが、ガザ地区の状況が落ち着くまで、パレスチナ人への人道支援を継続し、イスラエル側の理解を得るためには難民問題の専門機関であり、中立的な立場のUNHCRがUNRWAの職員管理、その支援内容の指導などを担当する、というのはどうだろうか。

ハマスのテロ襲撃に加わった国連職員

 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員の一部がパレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスのイスラエル奇襲テロ事件に関与していた疑いが浮上、欧米諸国の中から「疑惑が解明するまでUNRWAへの支払いを一時停止する」と表明する加盟国が続出してきたことはこのコラム欄でも速報してきた。

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▲カーン・ユニスからガザ地区南部ラファへの避難を強いられたパレスチナ家族(2024年1月22日 UNRWA公式サイトから、写真提供:アシュラフ・アムラ氏)

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▲UNRWAへの2022年支援金供与国リスト(単位百万ドル)2024年01月30日、オーストリア国営放送ORF公式サイトから

 ここにきて昨年10月7日のハマスのイスラエル奇襲テロ事件にUNRWAの12人の職員がどのように関与してきたかが次第に明らかになり、欧米諸国では「UNRWAとテロ組織ハマスの繋がりは想像以上に深い」と驚きの声が出てきている。

 米紙ニューヨーク・タイムズ28日付によると、ハマスは境界網を破壊し、近くで開催していた音楽祭に来ていたイスラエル人らの若者たち、キブツに住むユダヤ人家族を奇襲襲撃し、イスラエル国内で約1200人が犠牲となり、ガザ区では約250人が人質となった。このテロ事件に、UNRWAの職員の1人は女性の拉致に加わり、別の職員はキブツでの奇襲テロに直接関与、他の職員は車両や武器をハマスのテロリストに手渡すなどしていたというのだ。ちなみに、テロ関与が疑われている12人の職員のうち、10人はハマスのメンバーだという。これらの情報が事実とすれば、その衝撃が如何に大きいかは想像に難くない。

 イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ人が難民となったが、彼らの救済目的で、1949年にパレスチナ難民の支援のために創設されたUNRWAはこれまでガザ地区、ヨルダン川西岸、ヨルダン、シリア、レバノンのパレスチナ人に人道支援を提供してきた。

 UNRWAには3万人以上の職員がおり、そのほとんどがパレスチナ人だ。UNRWAはガザ地区だけで約1万3000人を雇用している。そのほか、ヨルダンやレバノンなどでも事業を展開し、パレスチナ難民に教育や医療などの基本的なサービスを提供している。

 ガザ区のUNRWA職員のうち約10%はハマスやイスラム聖戦と関係があるという。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが諜報機関の報道を引用して報じた。諜報報告書の情報は、携帯電話のデータ、捕らえられたハマス戦闘員の尋問、殺害された戦闘員から回収された文書に基づいているから、その信頼性は高いという。米政府はこの情報文書について知らされていたという。

 これまで支援金の一時停止を決定した国は米国、ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリア、英国、イタリア、スイス、フィンランド、オーストリアなどだ。日本もこれに加わった。UNRWA職員のハマスのテロ関与の事実が更に判明したならば、多くの加盟国が支援金の供与を停止する可能性が出てくる。事態の深刻さに衝撃を受けたグテーレス国連事務総長は31日、援助国の代表と会談し、UNRWAの活動継続とその支援を訴えるという。

 例えば、ドイツは2023年、UNRWAに2億ユーロ以上を支援するなど最大の支援国の一つだ。支援金はガザ区のパレスチナ人に水、食糧、衛生設備、医療品など基本的必要物質の資金調達に使用されてきた。ドイツ外務省は「UNRWAへの新たな資金は提供しないが、人道支援は今後とも継続する」という(ドイツ週刊紙ツァイト=オンライン版)。

 ブリンケン米国務長官は、「重要な点は事実の解明だ。UNRWAはパレスチナ人にとって必要不可欠の仕事に従事している機関だ」と述べている。一方、イスラエルのカッツ外相はラザリーニUNRWA事務局長の辞任を要求する一方、「ガザ地区の紛争後、UNRWAはもはや存続する余地がない」と考えている。

 参考までに、ハマスは「パレスチナ人を支援する国際機関に対するイスラエルの中傷作戦だ」と指摘し、「イスラエルはパレスチナ人のライフラインを全てカットしようとしている」と批判し、国連や他の国際機関に対して「イスラエルの脅迫に屈してはならない」と主張した。なお、西側諸国がUNRWAへの支援停止を続ければ、UNRWAの活動は2月末で停止に追い込まれることが予想される。

 ちなみに、日本政府は1953年以来、UNRWAを積極的に支援し、パレスチナ難民の教育、医療などを支援してきた。日本は2022年時点でUNRWAへの支援では6番目に多い拠出国だ。

「パレスチナ支援」再考の時を迎えた

 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員の一部がパレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスのイスラエル奇襲テロ事件に関与していた疑いが浮上、UNRWA支援国の中から「疑惑が解明するまでUNRWAへの支払いを一時停止する」と表明する加盟国が続出してきた。

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▲UNRWAのフィリップ・ラザリーニ事務局長とパレスチナ日本代表の中島洋一大使(2023年2月6日、UNRWA公式サイトから)

 イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ人が難民となったが、彼らを救済するために、パレスチナ難民の支援目的に1949年に創設されたUNRWAはこれまでガザ地区、ヨルダン川西岸、ヨルダン、シリア、レバノンのパレスチナ人に人道支援を提供してきた。UNRWAの職員が昨年10月7日のハマスのテロに関与していたことが実証されれば、UNRWAは存続の危機に直面することが予想される。

 ドイツ外務省は「UNRWA職員がハマスのイスラエル奇襲テロに関与」という情報を深刻に受け取り、「疑いが解明されるまで、わが国は当面これ以上の資金を支払うつもりはない。ドイツは他の援助国と連携し、ガザ地区のUNRWAへの新たな資金を一時的に承認しない」と表明した。ドイツは2023年、UNRWAに2億ユーロ以上を支援するなど、UNRWAの最大の支援国の一つだ。支援金はガザ区のパレスチナ人に水、食糧、衛生設備、医療品など基本的必要物質の資金調達に使用される。ドイツ外務省は「UNRWAへの新たな資金は提供しないが、人道支援は今後とも継続する」という(ドイツ週刊紙ツァイト=オンライン版)。

 それに先立ち、米国務省は「UNRWAの12人の職員がハマスのテロに関与した疑いがある」と指摘、詳細が明らかになり、国連側が適切に対応するまでUNRWAへの新たな資金拠出を停止すると発表した。そのほか、カナダ、オーストラリア、英国、イタリア、フィンランドは同じようにUNRWAへの援助金支払い停止を表明している。

 2020年からUNRWAのトップのラザリーニ事務局長は27日、「ハマスのイスラエル奇襲テロに関与した疑いのある12人の職員に対して契約を即解除し、解雇した」と説明、ハマスのテロ関与問題の調査に乗り出していることを明らかにした。同時に、「支援国の援助停止は組織の活動を危険にさらす。特に、ガザ区のパレスチナ人の人道的支援活動が困難になる」として、支援国の再考を促している。

 同事務局長によると、「テロに関与した職員は刑事訴追を含む責任が問われる」という。ただし、国連側はテロに関与した職員がどのような活動をしていたのかについては言及していない。アントニオ・グテーレス事務総長は「事態は深刻だ」と懸念を表明している。

 一方、イスラエルのカッツ外相はX(旧ツイッター)で、「UNRWA職員が1200人以上のイスラエル民間人を虐殺したテロ事件に関与していたことは深刻な問題だ」として、ラザリ―二事務局長の引責辞任を要求している。

 (イスラエルは26日、UNRWAに「ガザ地区にいる数千人の同組織職員のうち12人が10月7日のハマスの虐殺に関与した」という情報を提供。それを受け、UNRWAは12人の職員を即解雇すると共に、調査を開始した)。

 UNRWA職員のテロ関与問題について、ハマスは「パレスチナ人を支援する国際機関に対するイスラエルの中傷作戦だ」と指摘し、「イスラエルはパレスチナ人のライフラインをすべてカットしようとしている」と批判し、国連や他の国際機関に対して「イスラエルの脅迫に屈してはならない」と主張した。また、パレスチナ解放機構(PLO)のフセイン・アル・シェイク事務総長は、Xで「UNRWAへの資金提供停止は大きな政治的・人道的リスクをもたらす。UNRWAへの支援停止決定をただちに撤回すべきだ」と書いている。

 難民救済を目的とした国連機関は現在、2つある。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)だ。イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ人が難民となったが、彼らを救済するために、パレスチナ難民だけを対象としたUNRWAが1949年に創設された。パレスチナ難民は世界の難民の中でも一種の特権的な位置にあって、国連を含む世界から支援金を受けている。

 ハマスが大規模なテロを行った直後、欧米諸国ではパレスチナ支援の停止を求める声が出ていた。UNRWAに1953年以来、積極的に支援してきた日本政府に対しても、「日本のパレスチナ人への支援金はハマスのテロを助けている」として、UNRWAへの支援を停止すべきだという声が聞かれた。日本はUNRWAに対し3320万米ドルを援助し、パレスチナ難民の教育、医療などを支援してきた。日本は2022年時点でUNRWAへの支援では6番目に多い拠出国だ。UNRWA職員がハマスのテロに関与したことが実証されれば、日本政府もUNRWAへの支援を停止するなど対策が急務となる。

 重要な点は、国際社会からの難民救済資金でパレスチナ人の生活が向上し、教育、国民経済が発展したかだ。現実は、ハマスはそれらの資金で武器を購入し、イスラエルへ侵入するためにトンネルを建設してきた。一方、アッバス議長が率いるパレスチナ自治政府には腐敗、汚職の噂が絶えない、といった具合だ(「『難民』はパレスチナ人だけではない」2023年12月14日参考)。

パレスチナ人のアンビバレントな心理

 当方はこのコラム欄でパレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配しているイスラム過激テロ組織ハマスとパレスチナ人は同じではなく違うと主張してきた。1200人以上のユダヤ人を虐殺したハマスの蛮行がパレスチナ住民の総意、同意を得るとは考えられないからだ。ハマスはイスラム過激テロ組織で、ヨルダン西岸やガザ区に住む普通のパレスチナ人はそのような蛮行を拒否すると考えているからだ(「『ハマス』と『パレスチナ人』は違う」2023年10月11日参考)。

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▲ガザ区のパレスチナの子供たち(2023年12月12日、国連パレスチナ難民救済事業機関=UNRWA公式サイトから)

 ところが、ヨルダン川西岸では、ハマスの10月7日テロ後、ハマスへの支持が3倍以上に増加し、ガザ地区でもそれほど多くはないが、支持は増加したという。「パレスチナ政策・調査研究センター」(PSR)が両地域のパレスチナ人を対象に実施した最新の調査結果から明らかになった。

 PSR研究所は1月末の1週間の停戦期間中にガザ地区で調査を実施した。インタビューは、無作為に選択された121カ所で直接行われた。ガザ中南部では、ほとんどの参加者が自宅で面接を受け、一部の面接は難民保護区でも行われた。ガザ北部では保護地域で250件の聞き取りが行われた。

 以下、ドイツ民間ニュース専門局ntvが13日のヴェブサイトに掲載した世論調査結果に関する記事を参考にまとめた。

 調査結果を少し詳細に見る。ヨルダン川西岸地区で調査対象となった人の44%がハマスを支持した。3カ月前の支持率はわずか12%だった。これは、ヨルダン川西岸でテロ集団ハマス支持者が増加している一方、同地を支配するファタハが支持を失っていることを意味している。パレスチナ自治政府の政党ファタハを支持する人はわずか16%だった(9月時点では26%)。

 ガザ地区では現在、政治的傾向はヨルダン川西岸よりも安定している。ガザではハマス支持率は42%で、3カ月前の38%からわずかに上昇した。この結果は、ガザの人々が2007年以来ハマスの管理下で暮らしてきたため、過去16年間にわたる自身の経験に基づいてハマスを評価している、という事実を反映している。

 一方、ヨルダン川西岸のパレスチナ人はハマスを遠くから英雄視する傾向がある。調査は1200人以上の成人を対象に実施され、そのうち481人はガザ地区全域で行われた。支持率がわずかながら増加したが、ハマスの支持率は50%を大幅に下回っている。ヨルダン川西岸とガザ地区の両方のパレスチナ住民の大多数は依然ハマスを支持していないわけだ。

 ハマスの目標に関しては、圧倒的多数の回答者(81%)が占領からパレスチナ人の解放、民族の自由闘争に関するハマスのナラティブ(物語)を支持している。ただし、ガザの人々(69%)はヨルダン川西岸の人々(89%)よりもハマスに対しては懐疑的だ。

 イスラエル南部におけるハマスのテロ蛮行に対して全体的に肯定的な見方が多いのは、パレスチナ自治区におけるメディアの利用によって説明できる。85%の人は、ハマスを描いた国際メディアやソーシャルメディアの動画を見たことがないと答えている。ヨルダン川西岸の調査対象者のうち映画を知っている人はわずか7%、ガザ地区では25%と少し多いが、それでも少数派に過ぎない。

 調査対象となったヨルダン川西岸のパレスチナ人のうち、ハマスの残虐行為に関する報道を信じ、ハマスが戦争犯罪を犯したと述べているのはわずか5%だ。ガザ地区では少し多いが17%だ。イスラエル軍のガザ攻撃については、全回答者の95%は、イスラエルはガザで戦争犯罪を犯していると考えている。

 以上、調査結果からいえることは、ハマスはイスラエルに対する「自由のための戦い」の物語をうまく広めているが、パレスチナ人の大多数の心を掴むことはできないでいることだ。その意味で、「ハマスとパレスチナ人は違う」という当方の主張は裏付けされたわけだ。

 しかし、両地域のパレスチナ人の3分の2は、基本的には「武装闘争がイスラエル占領を終わらせる最良の手段」と確信しているのだ。民族の解放闘争を根本的に支持するパレスチナ人の数はハマス支持者よりもはるかに多いのだ。具体的には、ヨルダン川西岸では暴力を支持する人の割合が70%近くに上昇し、ガザでは56%が武器でイスラエルと戦うことを支持している。

 興味深い点は、イスラエルとの2国家建設案を支持する人の割合は、10月7日テロ後、両地域全体で32%から34%とわずかだが増えていることだ。「武装闘争」を支持する一方、イスラエルとの2国家建設の和平案に希望を託しているわけだ。多くのパレスチナ人はこの“アンビバレントな心理”状況下にあるのだ。

「難民」はパレスチナ人だけではない

 パレスチナ自治区ガザを2007年以降実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスは組織の解体寸前まで追い込まれてきた。イスラエル軍はガザ南部でも北部と同様空爆を実施する一方、地上戦も展開し、ハマス戦闘員に投降を呼びかけている。

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▲パレスチナ難民(2023年12月12日、UNRWA公式サイトから)

 一方、イスラエルの最大支援国バイデン米政権はガザ地区でのパレスチナ人の犠牲者が急増し、人道的な危機に陥っていることを受け、ネタニヤフ首相に「国際社会の支持を失ってきている」と警告を発し、イスラエル軍のガザ攻撃の休戦を要求している。

 ところで、バイデン大統領は「イスラエルへの国際的支持が失われきた」と述べたが、中東紛争で米国らの同盟国を除くと、イスラエルは常に国際社会から批判にさらされてきたことは事実だ。特に、パレスチナ問題ではそうだ。その大きな主因はイスラエルが1948年にパレスチナ人を追放してイスラエルを建国したことに遡る。すなわち、イスラエルが“神の約束”に基づいて祖国を再建したが、約70万人のパレスチナ人がその結果、難民となったという事実だ。換言すれば、イスラエルは加害者、パレスチナ人は犠牲者という構図が出来上がっているわけだ。

 確かに、70万人のパレスチナ人が住居を失い難民となったが、イスラエル側も第2次世界大戦後、アラブに居住してきた80万人のユダヤ人が難民となっている。難民の数ではユダヤ難民のほうがパレスチナ難民より多い。しかし、イスラエルとパレスチナ間で紛争が起きる度に、パレスチナ難民問題に焦点が集まり、イスラエル側はユダヤ難民の存在についてはあえて主張しないこともあって無視されてきた経緯がある。

 信頼性の高い動画「トラベリングイスラエル」によると、モロッコには1948年まで約26万5000人のユダヤ人が住んでいたが、2018年の段階でその数は2150人に激減した。イラクでは13万5000人から10人以下に。エジプトでは7万5000人のユダヤ人が2018年には100人になっている。イエメンでも6万3000人から50人以下に。リビアでも3万8000人のユダヤ人が現在ほぼゼロだ。チュニジア、シリア、レバノンでも同様だ。中東・北アフリカに住んでいたユダヤ人が戦後、難民として放浪し、最終的にイスラエルに避難していったわけだ。

 奇妙なことに気が付く。難民救済を目的とした国連機関は現在、2つある。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)だ。イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ人が難民となったが、彼らを救済するために、パレスチナ難民だけを対象としたUNRWAが1949年に創設された。パレスチナ難民は世界の難民の中でも一種の特権的な位置にあって、国連を含む世界から支援金を受けているのだ。

 ハマスの大規模なテロを受け、欧米諸国ではパレスチナ支援の停止を求める声が出てきている。欧州連合(EU)の欧州員会は、パレスチナ援助の見直しに取り組み出している。UNRWAに1953年以来、積極的に支援してきた日本政府に対しても、「日本のパレスチナ人への支援金はハマスのテロを助けている」として、UNRWAへの支援を停止すべきだという声が出ている。日本はUNRWAに対し3320万米ドルを支援し、パレスチナ難民の教育、医療などを支援してきた。日本は2022年時点でUNRWAへの支援では6番目に多い拠出国だ。

 それでは国際社会から難民救済資金を得たパレスチナ自治政府はそれでパレスチナ人の生活向上、教育、国民経済の発展に投資しただろうか。現実は、ハマスはそれらの資金で武器を購入し、イスラエルへ侵入するためにトンネルを建設してきた。一方、アッバス議長が率いるパレスチナ自治政府には腐敗、汚職の噂が絶えない、といった具合だ。

 一方、アラブ・イスラム教国はパレスチナ難民問題でイスラエルを批判するが、それでは同じイスラム教の兄弟パレスチナ難民を収容してきただろうか。イスラエル・ガザ紛争でも明らかだが、例えば、エジプトは病人、負傷者以外、ガザから逃げてきたパレスチナ難民を引き受けていない。イスラエル軍のガザ空爆を批判するが、彼らはパレスチナ難民を収容していないのだ。

 さまざまな理由が考えられる。先ず、経済的理由だろう。ハマスなどのイスラム過激派テロリストが難民に交じって入ってくることを警戒することもあるだろう。普段は「われわれは兄弟だ」といいながら、戦争から避難する兄弟を収容していないことは事実だ。

 多くのアラブ諸国はパレスチナ問題をイスラエル批判のために政治利用してきただけではなかったか。そのアラブ諸国はイスラエル軍のハマス攻撃を人道的犯罪として批判しながら、救済を必要とするパレスチナ人に対しては国境を閉じているわけだ。これは単に偽善といって済ませる問題ではない。

 以上、難民問題に絞って、イスラエルとガザ紛争を見てみた。他の問題も関わってくるから、中東の問題を「難民」からだけで論じることは出来ないが、中東問題で看過されている「ユダヤ難民」問題についても公正に取り扱う必要があるだろう。
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