ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

パレスチナ

人は統計上の死者に涙を流せるか

 ウクライナのゼレンスキー大統領は先月25日の記者会見で、ロシア軍の侵攻で過去2年間、約3万1000人のウクライナ兵が死亡したと発表した。米国側は昨年8月の段階で、ウクライナ軍に約7万人、ロシア軍に約12万人の兵士が死亡したと発表していた。

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▲ウクライナのゼレンスキー大統領「占領者に安らぎの場所があってはいけない」(ウクライナ大統領府公式サイトから、2024年3月11日)

 パレスチナ自治区ガザの保健当局が2月29日発表したところによると、パレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激派ハマスが昨年10月7日、イスラエルに侵攻し、イスラエル軍とハマスの戦闘が勃発した以降、ガザ区で3万人のパレスチナ人が死亡したという。

 上記の2件のニュースは偶然にも死者数が3万人だから列記したのではない。繰り返すが、ロシアのプーチン大統領が2022年2月24日、軍をウクライナに侵攻させて以来、ウクライナ側に3万人以上の兵士が亡くなり、ガザ紛争ではハマス壊滅に乗り出した出したイスラエル軍の攻撃で3万人を超えるパレスチナ人が亡くなったという死者の統計を紹介したのだ。

 前者はウクライナ兵の死者数だけであり、実数はそれをはるかに超えている可能性が高い。民間人の犠牲者数を計算に入れれば、死者数はひょっとしたら2倍以上かもしれない。ガザ紛争のパレスチナ人死者数も同様で、実数はもっと多いだろう。いずれにしても、3万人の死者数だけでも如何に多いか。そして亡くなった兵士、その家族関係者にとっては取り返しのつかない痛みを与えてきた悲劇だ。同じことがガザ区のパレスチナ人の犠牲者数にもいえる。多くの女性、子供たちがその死者の中に含まれている。

 「いかに必要であろうと、いかに正当化できようとも、戦争が犯罪だということを忘れてはいけない」と語った米小説家ヘミングウェイの言葉を思い出す一方、ソ連の独裁者スターリンの「1人の人間の死は悲劇だが、数百万の人間の死は統計上の数字でしかない」という言葉を苦々しい思いで再確認するのだ。

 人は祖国の防衛のために亡くなったウクライナ兵士の全ての名前を思い出すことは出来ないし、ガザ紛争で犠牲となったパレスチナ人の死者でも同じだ。彼らの死は「過去2年間のロシアとの戦いで亡くなった3万人の兵士」のカテゴリーに入るだけであり、パレスチナ人の死者も同じだ。戦闘を世界に配信するメディアは死者数と負傷者数を報じるが、戦争の悲惨さ、その規模を知る上で死者数が必要であり、負傷者数が求められるからだ。

  死者の場合、そのプロフィールが分かれば、それだけ亡くなった人間への共感や想像力が湧いてくるが、数十万人の死者という統計上の死者には共感するということは難しい。何百万人の苦難よりも、1人の悲劇の方が人々の心を動かすものだ。だから、BBCなどのメディアは戦争報道では戦争に駈り立てられた兵士、軍関係者をピックアップし、戦争の事態を関係者の生の声で語らせる努力をしている。ある時は、戦争をドラマ化するといった批判の声も聞かれるが、視聴者の心を掴むのには特定の死、犠牲が不可欠だからだ。

 例えば、ドイツ民間ユース専門局ntvは昨年8月3日、「若い医師の悲劇」という見出しの記事を報じた。25歳の医師、ウクライナ人のドミトロ・ビリィさんの話だ。ビリィさんは8月2日、ウクライナ南部へルソン市にあるカラベレス病院に初出勤した。その日、ロシア軍が病院を直撃し、勤務中のビリィさんは死去した。2日はビリィさんの初出勤の日であり、同時に最後の日となった。若い医師の死がソーシャルメディアで報じられると、その死を惜しむ声が溢れるなど、大きな反響を呼んだ。

 特定の1人の死については、われわれは涙を流すことができるが、数千、数万人の死者について涙を流すことが出来るだろうか。スターリンがいったように、それは単なる統計上の数字であり、死者はその統計の中に組み込まれ、非人間化されてしまう。だから、「ウクライナで3万人の兵士が死亡した」と聞いても、驚くが、涙が流れることは少ない。

 ウクライナ戦争ではキーウ近郊のブチャ虐殺事件、廃墟化したマリウポリなどを報じる時、特定の死者を取り上げて紹介するケースがある。死者がどこで、どのようにして亡くなったか、可能な限り特定化することで、死者を統計上の世界から救い出そうとする。

 イスラエルはハマスの奇襲テロで亡くなったギブツのユダヤ人の名前、顔写真を重視するし、ハマスに拉致された130人余りのイスラエル人の人質でも名前と顔写真を掲げて、その解放を訴える。大量虐殺されたユダヤ人の歴史を有するイスラエルは死者が追悼される前に忘却されることを恐れ、死者の特定化に力を注ぐ。「600万人のユダヤ人がナチス・ドイツ軍によって虐殺された」という事実は人類に忘れることが出来ない出来事として刻印されているが、イスラエル人は倦むことなく600万人の1人1人を特定化し、その悲惨さを世界に訴えてきたわけだ。

 共産革命で数億人が粛清され、虐殺されてきた。その1人1人の命に対して人類は涙を流さなければならない。それはスターリンに対抗するためではない。同じ悲劇を繰り返さないためにも、死者を可能な限り特定化することで涙を流し、死者を追悼しなければならないからだ。死者を統計上の世界から救済することは生きている人間の責任だ。

UNRWAの解体と人道支援の行方

 パレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスが昨年10月7日、イスラエルを奇襲襲撃し、キブツなどで1200人余りのイスラエル人を殺害したテロ事件に国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員の少なくとも12人が直接関与していたことが判明、UNRWAに支援金を拠出してきた米国、ドイツ、日本などが次々と支援金を一時停止した。

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▲パレスチナ避難民の子供たち(2023年、UNRWA公式サイトから)

 国連グテーレス事務総長は支援金提供国に対して、「パレスチナ人の人道支援が途絶えれば、多くの犠牲が出てくる」として支援金停止撤回を求めている。UNRWAによると、欧米諸国からの支援金が途絶えた場合、2月末までに人道支援活動は停止に追い込まれてしまうという。

 UNRWAはガザ区に約1万3000人の職員を抱えているが、その大部分がパレスチナ人だ。そしてパレスチナ人職員の10%以上がハマスやイスラム聖戦と関係がある。イスラエルのネタニヤフ首相は「ガザ戦争が終われば、UNRWAは解体だ」という。

 UNRWAは1948年のイスラエル建国とその後の第1次アラブ・イスラエル戦争により難民として登録されたパレスチナ人とその子孫を支援してきた。国連の統計によると、ガザ地区の住民240万人のうち約170万人が難民として登録されている。彼らの多くは難民キャンプで暮らしている。

 ところで、イスラエル側のUNRWA解体論にはそれなりの理由はある。ハマスはガザ区でパレスチナ人に対して食糧や医療の提供のほか、学校教育まで支援してきたが、ガザ区の学校教育ではイスラム教徒のテロは美化され、イスラエルを悪者にする憎悪に満ちたコンテンツをカリキュラムとしている。すなわち、米国やドイツ、日本からの支援金でガザ区でテロ組織ハマスの予備軍が育てられているわけだ。UNRWAの職員がハマスのテロ奇襲に関与していたことが判明し、イスラエル側のUNRWA解体要求はもはや譲歩の余地がないわけだ。

 一方、国連側や人権擁護団体はUNRWAの職員がテロに関与していたという事実より、困窮下にあるパレスチナ人に食糧や医療品などを支援してきたUNRWAの職員がいなくなれば、パレスチナ人は生存できなくなるといった危機感のほうが強い。眼前で苦しむパレスチナ人の姿、負傷して苦しむ子供たちの姿を目撃すれば、欧米のメディアを含む多くの人権団体がイスラエル軍の軍事活動に対して批判的になるのは理解できる。

 中東専門家のベンテ・シェラー氏はオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「UNRWA以外に現時点で迅速に救援活動ができる組織はない。特にイスラエル軍との戦闘の最中ではなおさらだ。戦前でさえ、ガザの人口の大部分は援助団体からの物資に依存してきた」という。また、UNRWAへの支援金が途絶えれば、ヨルダンやレバノンの不安定化をもたらす危険が出てくると警告する。

 要するに、UNRWAを解体すべきか、新しい支援体制を敷いて活動を継続するか、まったく新しい組織を設置するかなど、さまざまなシナリオが考えられるが、ガザ区のパレスチナ人の状況はそれらの政治的なやり取りが決着するまで待つことが出来ない。今日をどうするか、明日はどうなるか、といった切羽詰まった問題だからだ。

 難民救済を目的とした国連機関は現在、2つある。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)だ。イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ難民の救済を目的としてUNRWAが創設された。パレスチナ難民は世界の難民の中でも一種の特権的な位置にあって、国連を含む世界から支援金を受けている。

 参考までに、1948年の国連総会決議194の第11条には、「パレスチナ難民の故郷への帰還の権利」が明記されている。一方、イスラエルはパレスチナ難民の帰還の権利を拒否している。しかし、1949年に創設されたUNRWAはウェブサイトで、「UNHCRとは異なり、出身国への帰還を含む難民に対する永続的な解決策を模索する」と述べている。イスラエルがUNRWAに対し批判的なのは、UNRWAがパレスチナ難民の帰還の権利を認めているからだともいえる。

 以下は当方の考えだ。

 UNHCRが一時的にパレスチナ人の難民救援に関与し、UNRWAをUNHCRの管轄下に置き、その活動を管理、実施する。世界からのパレスチナ難民支援金を受けてきたパレスチナ自治区は強く反対するだろうが、ガザ地区の状況が落ち着くまで、パレスチナ人への人道支援を継続し、イスラエル側の理解を得るためには難民問題の専門機関であり、中立的な立場のUNHCRがUNRWAの職員管理、その支援内容の指導などを担当する、というのはどうだろうか。

ハマスのテロ襲撃に加わった国連職員

 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員の一部がパレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスのイスラエル奇襲テロ事件に関与していた疑いが浮上、欧米諸国の中から「疑惑が解明するまでUNRWAへの支払いを一時停止する」と表明する加盟国が続出してきたことはこのコラム欄でも速報してきた。

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▲カーン・ユニスからガザ地区南部ラファへの避難を強いられたパレスチナ家族(2024年1月22日 UNRWA公式サイトから、写真提供:アシュラフ・アムラ氏)

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▲UNRWAへの2022年支援金供与国リスト(単位百万ドル)2024年01月30日、オーストリア国営放送ORF公式サイトから

 ここにきて昨年10月7日のハマスのイスラエル奇襲テロ事件にUNRWAの12人の職員がどのように関与してきたかが次第に明らかになり、欧米諸国では「UNRWAとテロ組織ハマスの繋がりは想像以上に深い」と驚きの声が出てきている。

 米紙ニューヨーク・タイムズ28日付によると、ハマスは境界網を破壊し、近くで開催していた音楽祭に来ていたイスラエル人らの若者たち、キブツに住むユダヤ人家族を奇襲襲撃し、イスラエル国内で約1200人が犠牲となり、ガザ区では約250人が人質となった。このテロ事件に、UNRWAの職員の1人は女性の拉致に加わり、別の職員はキブツでの奇襲テロに直接関与、他の職員は車両や武器をハマスのテロリストに手渡すなどしていたというのだ。ちなみに、テロ関与が疑われている12人の職員のうち、10人はハマスのメンバーだという。これらの情報が事実とすれば、その衝撃が如何に大きいかは想像に難くない。

 イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ人が難民となったが、彼らの救済目的で、1949年にパレスチナ難民の支援のために創設されたUNRWAはこれまでガザ地区、ヨルダン川西岸、ヨルダン、シリア、レバノンのパレスチナ人に人道支援を提供してきた。

 UNRWAには3万人以上の職員がおり、そのほとんどがパレスチナ人だ。UNRWAはガザ地区だけで約1万3000人を雇用している。そのほか、ヨルダンやレバノンなどでも事業を展開し、パレスチナ難民に教育や医療などの基本的なサービスを提供している。

 ガザ区のUNRWA職員のうち約10%はハマスやイスラム聖戦と関係があるという。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが諜報機関の報道を引用して報じた。諜報報告書の情報は、携帯電話のデータ、捕らえられたハマス戦闘員の尋問、殺害された戦闘員から回収された文書に基づいているから、その信頼性は高いという。米政府はこの情報文書について知らされていたという。

 これまで支援金の一時停止を決定した国は米国、ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリア、英国、イタリア、スイス、フィンランド、オーストリアなどだ。日本もこれに加わった。UNRWA職員のハマスのテロ関与の事実が更に判明したならば、多くの加盟国が支援金の供与を停止する可能性が出てくる。事態の深刻さに衝撃を受けたグテーレス国連事務総長は31日、援助国の代表と会談し、UNRWAの活動継続とその支援を訴えるという。

 例えば、ドイツは2023年、UNRWAに2億ユーロ以上を支援するなど最大の支援国の一つだ。支援金はガザ区のパレスチナ人に水、食糧、衛生設備、医療品など基本的必要物質の資金調達に使用されてきた。ドイツ外務省は「UNRWAへの新たな資金は提供しないが、人道支援は今後とも継続する」という(ドイツ週刊紙ツァイト=オンライン版)。

 ブリンケン米国務長官は、「重要な点は事実の解明だ。UNRWAはパレスチナ人にとって必要不可欠の仕事に従事している機関だ」と述べている。一方、イスラエルのカッツ外相はラザリーニUNRWA事務局長の辞任を要求する一方、「ガザ地区の紛争後、UNRWAはもはや存続する余地がない」と考えている。

 参考までに、ハマスは「パレスチナ人を支援する国際機関に対するイスラエルの中傷作戦だ」と指摘し、「イスラエルはパレスチナ人のライフラインを全てカットしようとしている」と批判し、国連や他の国際機関に対して「イスラエルの脅迫に屈してはならない」と主張した。なお、西側諸国がUNRWAへの支援停止を続ければ、UNRWAの活動は2月末で停止に追い込まれることが予想される。

 ちなみに、日本政府は1953年以来、UNRWAを積極的に支援し、パレスチナ難民の教育、医療などを支援してきた。日本は2022年時点でUNRWAへの支援では6番目に多い拠出国だ。

「パレスチナ支援」再考の時を迎えた

 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員の一部がパレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスのイスラエル奇襲テロ事件に関与していた疑いが浮上、UNRWA支援国の中から「疑惑が解明するまでUNRWAへの支払いを一時停止する」と表明する加盟国が続出してきた。

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▲UNRWAのフィリップ・ラザリーニ事務局長とパレスチナ日本代表の中島洋一大使(2023年2月6日、UNRWA公式サイトから)

 イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ人が難民となったが、彼らを救済するために、パレスチナ難民の支援目的に1949年に創設されたUNRWAはこれまでガザ地区、ヨルダン川西岸、ヨルダン、シリア、レバノンのパレスチナ人に人道支援を提供してきた。UNRWAの職員が昨年10月7日のハマスのテロに関与していたことが実証されれば、UNRWAは存続の危機に直面することが予想される。

 ドイツ外務省は「UNRWA職員がハマスのイスラエル奇襲テロに関与」という情報を深刻に受け取り、「疑いが解明されるまで、わが国は当面これ以上の資金を支払うつもりはない。ドイツは他の援助国と連携し、ガザ地区のUNRWAへの新たな資金を一時的に承認しない」と表明した。ドイツは2023年、UNRWAに2億ユーロ以上を支援するなど、UNRWAの最大の支援国の一つだ。支援金はガザ区のパレスチナ人に水、食糧、衛生設備、医療品など基本的必要物質の資金調達に使用される。ドイツ外務省は「UNRWAへの新たな資金は提供しないが、人道支援は今後とも継続する」という(ドイツ週刊紙ツァイト=オンライン版)。

 それに先立ち、米国務省は「UNRWAの12人の職員がハマスのテロに関与した疑いがある」と指摘、詳細が明らかになり、国連側が適切に対応するまでUNRWAへの新たな資金拠出を停止すると発表した。そのほか、カナダ、オーストラリア、英国、イタリア、フィンランドは同じようにUNRWAへの援助金支払い停止を表明している。

 2020年からUNRWAのトップのラザリーニ事務局長は27日、「ハマスのイスラエル奇襲テロに関与した疑いのある12人の職員に対して契約を即解除し、解雇した」と説明、ハマスのテロ関与問題の調査に乗り出していることを明らかにした。同時に、「支援国の援助停止は組織の活動を危険にさらす。特に、ガザ区のパレスチナ人の人道的支援活動が困難になる」として、支援国の再考を促している。

 同事務局長によると、「テロに関与した職員は刑事訴追を含む責任が問われる」という。ただし、国連側はテロに関与した職員がどのような活動をしていたのかについては言及していない。アントニオ・グテーレス事務総長は「事態は深刻だ」と懸念を表明している。

 一方、イスラエルのカッツ外相はX(旧ツイッター)で、「UNRWA職員が1200人以上のイスラエル民間人を虐殺したテロ事件に関与していたことは深刻な問題だ」として、ラザリ―二事務局長の引責辞任を要求している。

 (イスラエルは26日、UNRWAに「ガザ地区にいる数千人の同組織職員のうち12人が10月7日のハマスの虐殺に関与した」という情報を提供。それを受け、UNRWAは12人の職員を即解雇すると共に、調査を開始した)。

 UNRWA職員のテロ関与問題について、ハマスは「パレスチナ人を支援する国際機関に対するイスラエルの中傷作戦だ」と指摘し、「イスラエルはパレスチナ人のライフラインをすべてカットしようとしている」と批判し、国連や他の国際機関に対して「イスラエルの脅迫に屈してはならない」と主張した。また、パレスチナ解放機構(PLO)のフセイン・アル・シェイク事務総長は、Xで「UNRWAへの資金提供停止は大きな政治的・人道的リスクをもたらす。UNRWAへの支援停止決定をただちに撤回すべきだ」と書いている。

 難民救済を目的とした国連機関は現在、2つある。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)だ。イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ人が難民となったが、彼らを救済するために、パレスチナ難民だけを対象としたUNRWAが1949年に創設された。パレスチナ難民は世界の難民の中でも一種の特権的な位置にあって、国連を含む世界から支援金を受けている。

 ハマスが大規模なテロを行った直後、欧米諸国ではパレスチナ支援の停止を求める声が出ていた。UNRWAに1953年以来、積極的に支援してきた日本政府に対しても、「日本のパレスチナ人への支援金はハマスのテロを助けている」として、UNRWAへの支援を停止すべきだという声が聞かれた。日本はUNRWAに対し3320万米ドルを援助し、パレスチナ難民の教育、医療などを支援してきた。日本は2022年時点でUNRWAへの支援では6番目に多い拠出国だ。UNRWA職員がハマスのテロに関与したことが実証されれば、日本政府もUNRWAへの支援を停止するなど対策が急務となる。

 重要な点は、国際社会からの難民救済資金でパレスチナ人の生活が向上し、教育、国民経済が発展したかだ。現実は、ハマスはそれらの資金で武器を購入し、イスラエルへ侵入するためにトンネルを建設してきた。一方、アッバス議長が率いるパレスチナ自治政府には腐敗、汚職の噂が絶えない、といった具合だ(「『難民』はパレスチナ人だけではない」2023年12月14日参考)。

パレスチナ人のアンビバレントな心理

 当方はこのコラム欄でパレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配しているイスラム過激テロ組織ハマスとパレスチナ人は同じではなく違うと主張してきた。1200人以上のユダヤ人を虐殺したハマスの蛮行がパレスチナ住民の総意、同意を得るとは考えられないからだ。ハマスはイスラム過激テロ組織で、ヨルダン西岸やガザ区に住む普通のパレスチナ人はそのような蛮行を拒否すると考えているからだ(「『ハマス』と『パレスチナ人』は違う」2023年10月11日参考)。

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▲ガザ区のパレスチナの子供たち(2023年12月12日、国連パレスチナ難民救済事業機関=UNRWA公式サイトから)

 ところが、ヨルダン川西岸では、ハマスの10月7日テロ後、ハマスへの支持が3倍以上に増加し、ガザ地区でもそれほど多くはないが、支持は増加したという。「パレスチナ政策・調査研究センター」(PSR)が両地域のパレスチナ人を対象に実施した最新の調査結果から明らかになった。

 PSR研究所は1月末の1週間の停戦期間中にガザ地区で調査を実施した。インタビューは、無作為に選択された121カ所で直接行われた。ガザ中南部では、ほとんどの参加者が自宅で面接を受け、一部の面接は難民保護区でも行われた。ガザ北部では保護地域で250件の聞き取りが行われた。

 以下、ドイツ民間ニュース専門局ntvが13日のヴェブサイトに掲載した世論調査結果に関する記事を参考にまとめた。

 調査結果を少し詳細に見る。ヨルダン川西岸地区で調査対象となった人の44%がハマスを支持した。3カ月前の支持率はわずか12%だった。これは、ヨルダン川西岸でテロ集団ハマス支持者が増加している一方、同地を支配するファタハが支持を失っていることを意味している。パレスチナ自治政府の政党ファタハを支持する人はわずか16%だった(9月時点では26%)。

 ガザ地区では現在、政治的傾向はヨルダン川西岸よりも安定している。ガザではハマス支持率は42%で、3カ月前の38%からわずかに上昇した。この結果は、ガザの人々が2007年以来ハマスの管理下で暮らしてきたため、過去16年間にわたる自身の経験に基づいてハマスを評価している、という事実を反映している。

 一方、ヨルダン川西岸のパレスチナ人はハマスを遠くから英雄視する傾向がある。調査は1200人以上の成人を対象に実施され、そのうち481人はガザ地区全域で行われた。支持率がわずかながら増加したが、ハマスの支持率は50%を大幅に下回っている。ヨルダン川西岸とガザ地区の両方のパレスチナ住民の大多数は依然ハマスを支持していないわけだ。

 ハマスの目標に関しては、圧倒的多数の回答者(81%)が占領からパレスチナ人の解放、民族の自由闘争に関するハマスのナラティブ(物語)を支持している。ただし、ガザの人々(69%)はヨルダン川西岸の人々(89%)よりもハマスに対しては懐疑的だ。

 イスラエル南部におけるハマスのテロ蛮行に対して全体的に肯定的な見方が多いのは、パレスチナ自治区におけるメディアの利用によって説明できる。85%の人は、ハマスを描いた国際メディアやソーシャルメディアの動画を見たことがないと答えている。ヨルダン川西岸の調査対象者のうち映画を知っている人はわずか7%、ガザ地区では25%と少し多いが、それでも少数派に過ぎない。

 調査対象となったヨルダン川西岸のパレスチナ人のうち、ハマスの残虐行為に関する報道を信じ、ハマスが戦争犯罪を犯したと述べているのはわずか5%だ。ガザ地区では少し多いが17%だ。イスラエル軍のガザ攻撃については、全回答者の95%は、イスラエルはガザで戦争犯罪を犯していると考えている。

 以上、調査結果からいえることは、ハマスはイスラエルに対する「自由のための戦い」の物語をうまく広めているが、パレスチナ人の大多数の心を掴むことはできないでいることだ。その意味で、「ハマスとパレスチナ人は違う」という当方の主張は裏付けされたわけだ。

 しかし、両地域のパレスチナ人の3分の2は、基本的には「武装闘争がイスラエル占領を終わらせる最良の手段」と確信しているのだ。民族の解放闘争を根本的に支持するパレスチナ人の数はハマス支持者よりもはるかに多いのだ。具体的には、ヨルダン川西岸では暴力を支持する人の割合が70%近くに上昇し、ガザでは56%が武器でイスラエルと戦うことを支持している。

 興味深い点は、イスラエルとの2国家建設案を支持する人の割合は、10月7日テロ後、両地域全体で32%から34%とわずかだが増えていることだ。「武装闘争」を支持する一方、イスラエルとの2国家建設の和平案に希望を託しているわけだ。多くのパレスチナ人はこの“アンビバレントな心理”状況下にあるのだ。

「難民」はパレスチナ人だけではない

 パレスチナ自治区ガザを2007年以降実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスは組織の解体寸前まで追い込まれてきた。イスラエル軍はガザ南部でも北部と同様空爆を実施する一方、地上戦も展開し、ハマス戦闘員に投降を呼びかけている。

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▲パレスチナ難民(2023年12月12日、UNRWA公式サイトから)

 一方、イスラエルの最大支援国バイデン米政権はガザ地区でのパレスチナ人の犠牲者が急増し、人道的な危機に陥っていることを受け、ネタニヤフ首相に「国際社会の支持を失ってきている」と警告を発し、イスラエル軍のガザ攻撃の休戦を要求している。

 ところで、バイデン大統領は「イスラエルへの国際的支持が失われきた」と述べたが、中東紛争で米国らの同盟国を除くと、イスラエルは常に国際社会から批判にさらされてきたことは事実だ。特に、パレスチナ問題ではそうだ。その大きな主因はイスラエルが1948年にパレスチナ人を追放してイスラエルを建国したことに遡る。すなわち、イスラエルが“神の約束”に基づいて祖国を再建したが、約70万人のパレスチナ人がその結果、難民となったという事実だ。換言すれば、イスラエルは加害者、パレスチナ人は犠牲者という構図が出来上がっているわけだ。

 確かに、70万人のパレスチナ人が住居を失い難民となったが、イスラエル側も第2次世界大戦後、アラブに居住してきた80万人のユダヤ人が難民となっている。難民の数ではユダヤ難民のほうがパレスチナ難民より多い。しかし、イスラエルとパレスチナ間で紛争が起きる度に、パレスチナ難民問題に焦点が集まり、イスラエル側はユダヤ難民の存在についてはあえて主張しないこともあって無視されてきた経緯がある。

 信頼性の高い動画「トラベリングイスラエル」によると、モロッコには1948年まで約26万5000人のユダヤ人が住んでいたが、2018年の段階でその数は2150人に激減した。イラクでは13万5000人から10人以下に。エジプトでは7万5000人のユダヤ人が2018年には100人になっている。イエメンでも6万3000人から50人以下に。リビアでも3万8000人のユダヤ人が現在ほぼゼロだ。チュニジア、シリア、レバノンでも同様だ。中東・北アフリカに住んでいたユダヤ人が戦後、難民として放浪し、最終的にイスラエルに避難していったわけだ。

 奇妙なことに気が付く。難民救済を目的とした国連機関は現在、2つある。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)だ。イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ人が難民となったが、彼らを救済するために、パレスチナ難民だけを対象としたUNRWAが1949年に創設された。パレスチナ難民は世界の難民の中でも一種の特権的な位置にあって、国連を含む世界から支援金を受けているのだ。

 ハマスの大規模なテロを受け、欧米諸国ではパレスチナ支援の停止を求める声が出てきている。欧州連合(EU)の欧州員会は、パレスチナ援助の見直しに取り組み出している。UNRWAに1953年以来、積極的に支援してきた日本政府に対しても、「日本のパレスチナ人への支援金はハマスのテロを助けている」として、UNRWAへの支援を停止すべきだという声が出ている。日本はUNRWAに対し3320万米ドルを支援し、パレスチナ難民の教育、医療などを支援してきた。日本は2022年時点でUNRWAへの支援では6番目に多い拠出国だ。

 それでは国際社会から難民救済資金を得たパレスチナ自治政府はそれでパレスチナ人の生活向上、教育、国民経済の発展に投資しただろうか。現実は、ハマスはそれらの資金で武器を購入し、イスラエルへ侵入するためにトンネルを建設してきた。一方、アッバス議長が率いるパレスチナ自治政府には腐敗、汚職の噂が絶えない、といった具合だ。

 一方、アラブ・イスラム教国はパレスチナ難民問題でイスラエルを批判するが、それでは同じイスラム教の兄弟パレスチナ難民を収容してきただろうか。イスラエル・ガザ紛争でも明らかだが、例えば、エジプトは病人、負傷者以外、ガザから逃げてきたパレスチナ難民を引き受けていない。イスラエル軍のガザ空爆を批判するが、彼らはパレスチナ難民を収容していないのだ。

 さまざまな理由が考えられる。先ず、経済的理由だろう。ハマスなどのイスラム過激派テロリストが難民に交じって入ってくることを警戒することもあるだろう。普段は「われわれは兄弟だ」といいながら、戦争から避難する兄弟を収容していないことは事実だ。

 多くのアラブ諸国はパレスチナ問題をイスラエル批判のために政治利用してきただけではなかったか。そのアラブ諸国はイスラエル軍のハマス攻撃を人道的犯罪として批判しながら、救済を必要とするパレスチナ人に対しては国境を閉じているわけだ。これは単に偽善といって済ませる問題ではない。

 以上、難民問題に絞って、イスラエルとガザ紛争を見てみた。他の問題も関わってくるから、中東の問題を「難民」からだけで論じることは出来ないが、中東問題で看過されている「ユダヤ難民」問題についても公正に取り扱う必要があるだろう。

「小さな灰色の脳細胞」が綴る話

 英国の推理作家アガサ・クリスティ(1890〜1976年)の名探偵小説の主人公エルキュール・ポワロの「小さな灰色の脳細胞」は難解な事件を事実の積み重ねから論理的な思考で解決していくが、当方の「小さな灰色の脳細胞」は残念ながら論理的な思考からはほど遠く、直感と推理によって事件の背景を追っていく。以下の話は、当方の灰色の脳細胞に浮かび上がった思考を論理的ではなく、思いつくまでに書き綴る。

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▲ウィーンの「雪が降る日」(2023年12月02日、撮影)

 イスラエルが1日、イスラム過激テロ組織ハマスが戦闘休止の合意内容に違反したとしてガザ戦闘を再開したというニュースは少し残念だったが、ネタニヤフ首相ら戦闘内閣には他の選択肢がなかったのかもしれない。ハマスは戦闘休止が終わる直前、ロケット弾をイスラエルに向けて発射した。戦闘休止の延期を模索していたイスラエル側は、ハマスの戦闘再開の意思表示と受け取らざるを得なかったのだろう。

 戦闘再開については、米国から強い制止の圧力がかかっていた。ブリンケン米国務長官がイスラエル入りしたばかりだ。ハマスの壊滅を図るネタニヤフ首相にとって余り時間が残されていないことが分かってきたはずだ。急いで今、ハマスを叩かないと、米国と国際社会からの戦闘中止への圧力が高まり、「ハマス壊滅」の目標を達成できなくなるという焦りがあっただろう。

 参考までに、欧米メディアがハマスの10月7日の奇襲テロ計画をネタニヤフ首相は事前に詳細に知らされていたと報じたこともあって、同首相を取り巻く国内外の圧力と批判は高まってきている。注意しなければならない点は、中東紛争の場合、多くの偽情報が流れてくることだ。当方の「灰色の脳細胞」によると、「詳細な情報ほど偽情報が多い」ことだ。偽情報であるゆえに、それが正しいことを証明するために長く、詳細になっていくからだ。曰く、「詳細にわたる、長い情報には気を付けよ」だ。

 当方が「イスラエル・ガザ戦闘」で考えているテーマはこのコラム欄でも数回、紹介したが「平和」と「公平・正義」の選択問題だ。イスラエルは現在、10月7日のハマスのテロ奇襲への報復を実行し、失われた公平・正義の回復に全力を投入している。一方、イスラエルの自衛権を認める欧米諸国はここにきてガザ住民の人道的危機のカタストロフィを回避するために戦闘の休止、停戦を呼び掛けてきた。

 テロの実行者はハマスであり、大多数のパレスチナ住民はガザ戦闘の犠牲者だ。イスラエル側はテロ実行者のハマスへの報復を履行する中で、ガザ紛争でパレスチナ住民の犠牲をも強いてきた面がある。イスラエル側は「ハマス撲滅」を継続する一方、パレスチナ住民の安全を確保しなければならない、といった難問に直面しているわけだ。

 当方は、「イスラエル側は『公平』ではなく、『平和』を求めるべき時を迎えている」と考え出している。もちろん、「平和」といっても、紛争双方の合意に基づいた「和平」は現時点では期待できないが、犠牲が「公平」より少なくて済むというメリットがあるからだ。

 ところで、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は1995年11月、3年半以上続いた戦闘後、デイトン和平協定が成立した。その結果、ボスニアはイスラム系及びクロアチア系住民が中心の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」とセルビア系住民が中心の「スルプスカ共和国」とに分裂し、各国がそれぞれの独自の大統領、政府を有する一方、それぞれが欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)加盟を目標としてきた。

 ボスニア紛争は死者20万人、難民、避難民、約200万人を出した戦後最大の欧州の悲劇だった。イスラム系、クロアチア系、セルビア系の戦いは終わったが、現状は民族間の和解からは程遠く、「冷たい和平」(ウォルフガング・ぺトリッチュ元ボスニア和平履行会議上級代表)だった。必要に差し迫られた和平だった。

 しかし、和平協定後、紛争勢力間で些細な衝突はあったが、大きな戦闘はこれまで回避されてきた。これが「冷たい和平」の成果だ。同じことが、イスラエルとパレスチナ紛争でも当てはまるのではないか。イスラエルとパレスチナ間の「冷たい和平」こそイスラエルが今、戦闘を停止して追及していかなければならない目標ではないか。もちろん、「冷たい和平」が民族間の和解に基づいた「暖かい和平」に進展していく、という期待は排除すべきではないだろう。

 話は少し飛ぶが、「トラベリング・イスラエル」という動画によると、イスラエルの合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの推定数)は3・1でOECD(経済協力開発機構)で最も高出生率国だ。同国の少数派だが、超正統派ユダヤ人の地域の合計特殊出生率はなんと7・2だ。超正統派ユダヤ人が多くの子供を生む背景にはナチス・ドイツによって失った同胞600万人を取り戻す目的があるといわれ、ユダヤ民族を撲滅しようとしたアドルフ・ヒトラーへの復讐というのだ。

 21世紀のイスラエルではリベラルな考えの国民が圧倒的に多くなったが、「ヒトラーへの復讐」は今なお国民の脳細胞に刻み込まれているといわれる。

イスラエルよ、公平より平和を選べ

 1回の延期を含め計6日間の戦闘休止の期限終了直前、イスラエル側とパレスチア自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織ハマスは戦闘休止を再度延期し、人質の交換を継続していくことで合意したという。イスラエルとハマス間を調停してきた米国、カタール、エジプトなどの仲介が実ったわけだが、2度目の戦闘休止がいつまで続くのかは現時点では不明だ。カタール側によると、11月1日まで1日延期という。

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▲ネタニヤフ首相、取り壊されたスデロット警察署と新警察署を訪問(2023年11月29日、イスラエル首相府公式サイトから)

 ハマスが10月7日、イスラエル領に侵入し、1300人あまりのイスラエル人らを虐殺した後、イスラエル側はハマスに対し報復攻撃を宣言、ネタニヤフ首相は、「人質解放とハマス壊滅」の2つの目標を掲げてガザ地区を包囲し、空爆を行い、地上軍を派遣してきた。

 その間、ガザ地区の住民の人道的危機が深刻化する一方、パレスチナ側の犠牲者の数が1万人を超えた頃から、アラブ・イスラム諸国だけではなく、米国、国連からも戦闘の休止を求める声が高まった。イスラエル側は当初、戦闘休戦には難色を示していたが、最終的には米国からの政治的圧力、240人余りの人質解放を求める家族や国民の声の高まりを受け、戦闘休止に合意し、30日まで戦闘休止を実施してきた経緯がある。

 当方はイスラエルの自衛権を全面的に支持し、テロ組織ハマスの壊滅を掲げるネタニヤフ首相を支持してきた。なぜならば、この戦闘はイスラエル側が開始したものではないこと、ハマスを壊滅しなければハマスのテロは今後も起こることが予想されるからだ。

 ただし、ここにきてイスラエル軍の自衛権の行使はいつまで容認されるか、といった法的な問題が浮上してきた。当方は国際法の専門家ではないから、法的観点からは何も言えないが、ガザ紛争ではイスラエル軍がハマスより軍事的にも圧倒的に強く、戦闘が続けば、パレスチナ側に更なる犠牲者が出ることは明らかだ。それ故に、どこまで報復攻撃が出来るか、「自衛権にも法的制限がある」といった論争が出てきたわけだ。

 イスラエルの著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は10月27日の英国の著名なジャーナリスト、ピアス・モルゲン氏のショー(Uncensored)の中で、「歴史問題で最悪の対応は過去の出来事を修正したり、救済しようとすることだ。歴史的出来事は過去に起きたことで、それを修正したり、その時代の人々を救済することはできない。私たちは未来に目を向ける必要がある」と強調。「歴史で傷ついた者がそれゆえに他者を傷つけることは正当化できない。そして『平和』(peace)と『公平』(justice)のどちらかを選ぶとすれば、『平和』を選ぶべきだ。世界の歴史で『平和協定』といわれるものは紛争当事者の妥協を土台として成立されたものが多い。『平和』ではなく、『公平』を選び、完全な公平を主張し出したならば、戦いは続く」と説明していた(「『平和』と『公平』のどちらを選ぶか」2023年10月29日参考)。

 紛争当事国が「公平」を掲げて、戦いを続けるならば、終わりのない戦いを余儀なくされるケースが出てくるが、「平和」を前面に掲げて紛争の解決を目指すならば、長い交渉となるかもしれないが、紛争双方が何らかの譲歩や妥協をすることで戦闘の停戦、和平協定の締結の道が開かれるというわけだ。

 ハマスのテロ奇襲後のイスラエルの自衛権行使は「公平」(「正義」)の原理に一致するが、ハマス側がイスラエルの建国時まで歴史を遡って「公平」を主張するならば、喧々諤々の公平論争となり、終りが見えなくなる。イスラエルとパレスチナ間の過去の紛争は文字通り、双方が信じる「公平」を前面に出した戦いだった。その結果、中東の和平は掛け声に終始し、紛争を繰り返してきたわけだ。そこでイスラエルもパレスチナ側も歴史の「公平」を前面に出すのではなく、未来に向けての「平和」の実現。共存の道を模索していくべきだという論理が出てくるわけだ。

 以上、ハラリ氏の「公平より平和を」を当方なりに解釈してみた。「公平」は重要だ。「公平」を勝ち取るために人類は多くの犠牲を払ってきたことは事実だ。しかし、ハラリ氏が主張していたように、「どの国の歴史でも、ある時は加害者、ある時は被害者であった。一方だけの歴史という国はない」。「公平」を独占できる国は残念ながら存在していないのだ。

 イスラエルは自衛権を行使した。今、その「公平」から「平和」にその重点をシフトする時ではないか。戦闘休止の延期がその機会となることを期待したい。

ガザ「病院爆発」40日後の「事実」

 国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(HRW)は26日、先月17日のパレスチナ自治区ガザのアルアハリ・アラブ病院爆発はイスラエル軍によるものではなく、「パレスチナ武装勢力が一般に使用しているロケット弾の誤射の可能性が高い」という調査結果を公表した。HRWの調査報告は民間機関によるものだが、「公開された写真、映像、衛星画像の分析、目撃者や専門家へのインタビュー」に基づいたものだけに信憑性は高い。

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▲ドイツのシュタインーマイヤー大統領と会談するイスラエルのネタニヤフ首相(2023年11月27日、イスラエル首相府公式サイトから)

 以下、HRWの調査結果の一部だ。

 The explosion that killed and injured many civilians at al-Ahli Arab Hospital in Gaza on October 17, 2023, resulted from an apparent rocket-propelled munition, such as those commonly used by Palestinian armed groups, that hit the hospital grounds、

 当方はこのコラム欄で「『病院空爆』はゲーム・チェンジャー?」(2023年10月19日)という見出しのコラムを書いた。それを参考に当時を少し振り返る。

 「パレスチナのガザ地区で17日、病院(Al-Ahli-Klinik)が空爆され、欧米メディアによると『300人から500人が死んだ』という。病院空爆が報じられると、パレスチナ自治政府のあるヨルダン西岸地区やレバノンのパレスチナ人が路上に出て、イスラエルを激しく批判するデモを行い、イランやイスラム諸国でもイスラエル批判の声が高まっている。バイデン米大統領を迎えてヨルダンでガザ戦争の停戦を協議する会議は延期されるなど、大きな波紋を呼んでいる」と、病院爆発直後の反応をまとめた。

 パレスチナ自治政府のアッバス議長は当時、「大虐殺だ。イスラエルは超えてはならないレッドラインを超えた」と批判。ガザ地区を実効支配するイスラム過激組織ハマスは、「病院には多数の患者、避難民の女性や子供たちがいた。イスラエル軍の空爆は非人道的な蛮行だ」と批判している。

 一方、国連のグテレス事務総長は、「多数のパレスチナ市民が殺害され、医療関係者も犠牲となった」と強調、「犯罪者は国際法に違反している」と非難、犯行が暗にイスラエル側であるかのような印象を与えた。それだけではない。欧州でもフランスのマクロン大統領は「病院空爆は絶対に容認されない」と、国連事務総長と同じスタンスを維持しながら、イスラエル側の空爆を批判していた。

 アッバス議長やハマスの反応は別として、グテレス事務総長やマクロン大統領らのコメントは当時、決して突飛な発言ではなく、多くの政治家や国際人権グループは同様の判断に傾いていた。

 イスラエルはガザ地区に軍事侵攻し、ハマス撲滅に乗り出す予定で、ガザ地区への境界線周辺に戦車や装甲車が待機中だったが、ガザ地区の病院が空爆され、多くの犠牲者が出たことを受け、国際社会ではイスラエルの軍事活動への批判が急速に高まっていった。

 オーストリア国営放送(ORF)のティム・クーパル・イスラエル特派員は、「病院が空爆され、多くのパレスチナ人が死亡したことで、ハマスのテロを批判してきた国際社会がイスラエル批判に急変する可能性が出てきた」と説明、病院空爆が“ゲーム・チェンジャー”となる可能性があると報じていたほどだ。

 ちなみに、朝日新聞は10月20日の社説で、「あってはならないことが起きた。イスラエル軍の空爆が続くパレスチナ自治区ガザで病院が爆発した。ガザの保健省は、患者や医療従事者、避難中の市民ら『471人が死亡した』と発表した。保健省は『イスラエル軍が大虐殺を行った』と非難した。イスラエル側は関与を否定し、ハマスとは別の武装組織がロケット弾を誤射したためだと主張している。実行者がだれであれ、病院への攻撃は国際人道法に違反する重大な戦争犯罪で、決して許されない」と報道していた。

 国際社会からの批判に対し、イスラエルのネタニヤフ首相は、「病院を空爆したのはイスラエルではない。イスラム過激派テロ組織『イスラム聖戦』が発射したロケットが誤って病院に当たった可能性が高い」と説明、イスラエル軍による空爆説を一蹴した。イスラエル軍は18日、パレスチナ側が発射したミサイルが病院に当たる瞬間を撮った空中ビデオを公開して身の潔白を証明してきた。

 そして「病院爆発」から40日後、HRWは調査結果を公表し、病院の爆発は「パレスチナ武装勢力が使用する武器」の誤射の可能性が高いことを明らかにしたわけだ。それまでイスラエル側は国際社会から「病院爆破」の実行者として戦争犯罪者の汚名を浴びせられてきた。

 当方はコラムの中で、「イスラエルはハマスへの報復を実施するために、ガザ地区を包囲、地上軍を侵攻させようとしていた矢先だ。その時、イスラエル側が恣意的にガザ地区の病院を空爆することは考えられない。イスラエル側にはガザ地区の病院を空爆する理由がない一方、ハマスやイスラム聖戦にはある」と書いた。HRWの調査結果はそれを裏付けたわけだ。

 「病院爆発」はイスラエル軍の仕業ではなかったとしても、結果として国際社会のイスラエル批判の声はその後、急速に高まっていった。その意味で、「病院爆発」はガザ情勢でゲーム・チェンジャーとなったともいえるわけだ。ただし、そのゲームチェンジャーは事実に基づいて生じたというより、偏見と誤報によって生じたといえるわけだ。換言すれば、戦況も政治情勢も時には誤報と偏見によって大きく動かされることがあるわけだ。事実が判明した後、「当時の情報は間違っていた」と謝罪しても、名誉回復には少しは貢献するかもしれないが、状況を元返しにすることはできない。

 もし10月17日の「病院爆発」の直後、パレスチナ人武装勢力が発射したロケット弾の誤射によるものだということが分かっていたならば、ガザ地区のパレスチナ人はどのように反応しただろうか。ひょっとしたら、ハマス批判の声が飛び出したかもしれない。そうなれば、ガザ紛争はまったく現在の状況とは異なった展開となったかもしれない……。

 国際社会の関心は人質交換に集中しているが、HRWの「事件の核心」に迫る調査活動を高く評価したい。

なぜ戦闘し、なぜ休戦するのか

 戦闘中の当事国とその国民には不謹慎なタイトルとなったかもしれない。イスラエルとパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織ハマス間で24日から休戦に入っている。その間、双方で人質を解放し、人道的救援物質などがガザ地区に運び込まれている。

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▲ゼレンスキー大統領夫妻、ホロドモール(大飢餓)犠牲者への追悼(2023年11月25日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 ガザ地区の1人の中年のパレスチナ人男性が、「どのような合意内容が締結されたかは知らないが、ミサイルの炸裂する爆音を聞かなくてもいいので嬉しい。できれば明日もそうあってほしいね」と吐露していたのが印象的だった。

 一方、テルアビブやエルサレムでは人質の全員解放を願ってイスラエル人が集まり、祈祷しているシーンがテレビで放映されていた。人質解放2日目に妻と娘さんを解放されたイスラエル人男性は、「嬉しいが、依然多くの人質が解放されていないので、まだ喜ぶことはできない」と述べていた。

 イスラエルのネタニヤフ首相はイスラエル現職首相として初めてガザ地区に入り、前線で戦うイスラエル軍を視察し、兵士たちを激励していた。同首相は、「人質全解放とハマスの壊滅という2つの大きな目標は変わらない」と強調する一方、「可能ならば休戦を延期して人質を全員解放したい」と述べていた。人質解放初日、2日目、そして3日目と休戦状況は継続し、人質も解放される度に、イスラエル国民は喜びを表す、その姿を見ているネタニヤフ首相は休戦を4日間で終え、再び戦闘を再開するとは言えなくなってきているかもしれない。

 一方、ハマスは人質解放の履行では少し遅れが出てきている。人質解放が遅れたために、イスラエル側から「零時前に履行しなかれば戦闘を再開する」という最後通告を受けたが、土壇場で人質解放は無事行われた。外電によると、10月7日のイスラエル奇襲テロを実行したハマス指導者4人のうち、3人がこれまでの戦闘で死亡したというから、ガザ地区のハマスは指導者不在の状態なのかもしれない。

 休戦での懸念はハマスのほか、イスラム過激テロ組織イスラム聖戦の動きだ。10月7日のテロはハマスと共に実行していた。彼らも人質を取っている。だから、ハマスがイスラエル側と休戦に合意しても、イスラム聖戦が納得しなければ、休戦合意が破棄される危険性が出てくる。ちなみに、人質解放初日にはイスラム聖戦が拘束していたイスラエル人の人質が1人含まれていたというから、現時点ではハマスの命令のもとに動いていることが確認されている。

 ハマスは10月7日、イスラエル側に侵入し、1300人のイスラエル人を殺害。それに対し、イスラエル側はハマス壊滅を掲げて報復攻撃を開始、連日ガザ地区のハマスの軍事拠点を空爆。そして地上軍を派遣し戦闘を展開、ハマスの地下トンネル網を破壊し続けてきた。そしてカタール、エジプト、米国らの仲介もあってイスラエルとハマスの間でまず4日間の休戦、人質の解放が合意された経緯がある。

 3日目の人質解放が無事履行された直後、4日目以降も休戦を続け、人質を解放すべきだという声が、バイデン米大統領から流れてきている。それを受け、欧米メディアでは「休戦はいつまで続くか」「戦闘はいつ再開されるか」という見出しの記事が見られてきた。その予測記事を読んで少し違和感が出てきた。

 戦闘はハマスの奇襲テロがきっかけだ。休戦はイスラエル軍の空爆などでガザ地区の住民の人道的危機が生まれてきたこと、人質解放へのイスラエル国民の声の高まりなどがあって実現した。それなりの理由は分かっているが、その間にイスラエル側に1400人余り、パレスチナ側に1万人以上の犠牲者が出た。どのような理由があるとしても、これまで余りにも多くの犠牲が払われてきた。そして今、4日間の休戦だ。ひょっとしたら、休戦期間は延長されるかもしれないという。ここまで考えていくと、それでは「なぜ戦闘が起き、なぜ今休戦か」といった上記の問いかけが飛び出すのだ。

 ロシア軍がウクライナに侵攻して、ロシアとウクライナ両国間で戦闘が始まった。その戦闘は既に2年目が過ぎ、2度目の冬を迎えている。その間、ウクライナとロシア両国で多くの犠牲者が出てきた。中東で戦闘が始まったこともあって、ウクライナ戦争への関心が減少してきたという。戦争が長期化することで、なぜ戦闘するのか、といった問いかけはもはや誰も口に出さないし、新鮮味もない。爆音と警報サイレンに慣れたのはキーウ市民だけではない。カラスでさえ近くで爆弾が破裂してももはや木から飛び立たないというのだ。

 だからというわけではないが、初心に帰って問いかけたいのだ。なぜ戦闘し、休戦するのか。
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