ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

ハンガリー

欧州で拡散する「オルバン主義」の危機

 ブリュッセルで開催される欧州連合(EU)首脳会談では良し悪しは別にしてこの人ほど注目される政治家はいない。ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相だ。若い時は改革派の代表として活躍し、1998年から2002年、首相の座を初めて獲得したが、その時はまだ35歳だった(当時、欧州の最年少首相)。そして2010年から再び首相ポストに就任して今日に至っている。首相職は通算20年余りだ。今年5月31日に63歳を迎えるが、まだまだ若い。EUで20年間以上、首相の座を務めている政治家はオルバン氏以外にいない。「法と民主主義」の欠如としてハンガリーをいつも批判するEUのウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長もオルバン氏の政治キャリアとその影響力は無視できない。

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▲EUのウクライナ支援を批判するオルバン首相、2026年2月6日、ハンガリー通信(MTI)

 中東・北アフリカから100万人以上の移民が欧州に殺到した2015年以降、オルバン氏はいち早く「ゼロ移民」を掲げ、厳格な移民政策を実施。2022年2月末のロシアのウクライナ侵攻以後、EUの対ロシア制裁には拒否権を発動して繰り返し阻止し、ウクライナ支援では一定の距離を置いてきた。そしてロシアから安価な原油や天然ガスを輸入し続けてきた。‘ハンガリーのトランプ‘と呼ばれ、トランプ米大統領とは懇意な間柄だ。トランプ氏のフロリダ州の別荘「マール・ア・ラーゴ」に招かれ、ロシアのプーチン大統領とはクレムリンで何度も首脳会談をするなど、友好関係を構築してきた。米ロ首脳のトランプ氏とプーチン大統領の両者と良好関係を維持している欧州の政治家は、オルバン首相以外にいない。

 ブリュッセルから‘EUの異端児‘と呼ばれるなか、「私はハンガリーの首相だ。国益を最優先するのは当然だ」と反論、ハンガリー・ファーストを掲げてこれまで邁進してきた。欧州の政治学者はオルバン首相の政治を「オルバン主義」と命名し、欧州の政界の右派傾向の旗振り役と受け取ってきた。実際、ハンガリーの隣国スロバキア(フィツォ首相)やチェコ(アンドレイ・バビシュ首相)など欧州では選挙の度に右派系政党が躍進。欧州議会では右派系政党の政治会派「欧州のための愛国者(PfE)」を設立させるなど、オルバン主義は欧州では歴然とした影響力を誇る。

 しかし、オルバン主義旋風を巻き起こしてきたオルバン首相だが、今年に入り守勢に回ってきている。ひょっとしたらオルバン主義がまもなく終焉を迎えるのではないか、という声すらちらほら聞かれ出したのだ。ハンガリーで4月12日、議会選挙が実施されるが、同国の複数の世論調査によると、オルバン首相率いる「フィデス」がオルバン首相の対立候補であるペーテル・マジャール氏(44)が率いる保守・中道右派政党「尊重と自由党(TISZA)」に先行されているのだ。

 オルバン首相は選挙集会では「ハンガリーがウクライナ紛争に巻き込まれないよう、フィデス党に投票すべきだ」と主張し、「国民は平和と安定の道を選ぶべきか、それとも行き詰まりに陥るEUの道を選ぶべきか、選択を迫られている」と呼び掛けている。前回の選挙戦のような余裕はない。オルバン首相は7日の集会で、ロシア産エネルギーの調達を阻んでいるとして、「ウクライナはハンガリーにとって敵だ」とまで言い切っているのだ。

 また、対立候補であるTISZA党首マジャール氏に対しては、「マジャール氏はEUの傀儡であり、ウクライナのスパイだ」と繰り返し非難してきた。マジャール氏はかつてフィデス党首の側近だったが、2年前に同党と袂を分かった。2024年6月の欧州議会選挙では、TISZAは30%の得票率を獲得した。フィデスの対抗政党として党勢を強めている。

 ハンガリーは巨額の財政赤字に苦しんでいる。「法の支配」の違反により、EUからの数十億ドル規模の援助金はストップされている。物価上昇率は昨年通年で4・4%と他のEU加盟国と比べて高止まりで、国民の間で不満がくすぶっている。

 長期政権が続くと、政権内で様々な汚職やスキャンダルが出てくるものだ。オルバン政権も例外ではない。昨年12月中旬、矯正施設における多数の児童虐待事件が明るみに出、関係者の隠蔽疑惑が浮上した。児童の権利を擁護してきたオルバン政権下のスキャンダルに約5万人の国民が街頭に繰り出し、オルバン首相の辞任を求めるデモを行った。

 また、ハンガリーのオンラインポータルサイトTelex.huは今月9日、「ペーテル・シーヤールトー外務貿易相はサムスン製バッテリー工場の汚染物質排出量が法定基準値を大幅に超えていたにもかかわらず、工場の閉鎖に反対するロビー活動を行っていた」と、オルバン首相の最側近の一人である同外務貿易相を非難した。同サイトによると、「政府はブダペスト近郊の小さな町ゴドにあるサムスン製バッテリー工場を支援し、従業員と地域住民を長期間にわたり発がん性物質の危険にさらしていた」という。

 20年間の長期政権を誇ってきたオルバン政権が4月の議会選でTISZAに敗北する可能性は非常に現実的だ。投票日まで2か月余りあるから、オルバン首相は政権寄りのメディアを総動員し、TISZA批判を展開する一方、国民の不満や批判の矛先をウクライナに向け、ウクライナを「敵」呼ばわりするなど、なりふり構わない選挙戦を展開させている。オルバン主義が欧州全域に拡散する中、家元ハンガリーでオルバン氏は政権存続の危機に直面している。
 

オルバン首相のウィーン訪問の波紋

 ハンガリーのオルバン首相は10月31日、隣国のオーストリアの首都ウィーンを短時間訪問した。隣国の首相を迎え入れたのはオーストリアのネハンマー首相ではなく、極右党「自由党」所属のローゼンクランツ国会議長だった。オーストリアでは国会議長は連邦大統領に次いでプロトコール上、ナンバー2の立場だ。大統領に代わって外国の政治首脳を迎えることはある。オルバン首相のウィーン訪問は野党から批判の声はあったが、問題はなかった。

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▲「ウィーン宣言」に署名したオルバン首相とキックル党首(2024年10月31日、オーストリア自由党の公式サイトから)

 会合は議会内の歓迎ホールで行われ、自由党のキックル党首も同席した。議会の広報によると、オルバン首相の訪問は公式訪問とされ、相応の安全対策が取られたという。事前情報によれば、ネハンマー首相(国民党党首)との会見は予定されていなかった。

 ところが、自由党のキッケル党首とオルバン首相が「ウィーン宣言」という文書に署名したのだ。ここで問題が出てきた。キックル党首は連邦議会選(9月29日実施)で第1党となった政党の党首だが、まだ新政権で首相に任命された立場でもない。オーストリアの名前で外国の政治首脳と文書を署名する権利はもちろない。キックル党首が「オーストリアの代表」としてハンガリーの首相と一種の外交文書に署名したということが伝わると、与野党の中で職権乱用、権限逸脱といった批判が出てきた。以下、物議を醸したオルバン首相のウィーン訪問の波紋を紹介する。

 自由党は9月末に実施された国民議会選で連邦レベルの選挙では初めて第1党となった。保守派政党の与党「国民党」は第2党に後退し、社会民主党は第3党だった。同国では選挙で第1党となった政党が国民議会議長(第1国民議会議長)に、第2党から第2議長、3党から第3議長がそれぞれ選出されるのがこれまでの慣習だった。そこでキックル党首の自由党から弁護士のローゼンクランツ氏が自由党初の第1国民議長に選出されたわけだ。議会での投票では国民党、社会党、ネオスの3党は議会の慣習に従ってローゼンクランツ氏に投票したが、「緑の党」だけが議会の慣習に反して第1党の候補者に反対票を投じた。

 晴れて国民議会の議長に選出されたローゼンクランツ氏は就任最初の外国からのゲストに欧州連合(EU)から異端児と呼ばれているハンガリーのオルバン首相を招いたのだ。その時点で、「緑の党」はローゼンクランツ議長を批判したが、プロトコール上は問題はない。オスバン首相は現在、今年下半期のEU議長国のハンガリーの政府首脳だ。オーストリア国民議長がそのオルバン首相を国会に招いたとしても問題はない。ただ、極右政党出身の国会議長がEUに批判的な政治家で親露派と見られているオルバン首相を招いたことでメディアが騒いだこともあって、注目されたわけだ。オーストリア国営放送の報道によると、ローゼンクランツ議長とオルバン首相の会談は45分間程度で大きな議題はなく、「象徴的な会談だった」という。

 ローゼンクランツ議長との会談後、オルバン首相はキックル党首と2者会談し、そこで「ウィーン宣言」に署名している。両者は「隣国としての友好関係」を示すものとして「ウィーン宣言」に署名したという。報道によれば、「ウィーン宣言」は、自由党とオルバン首相が率いる右派民族主義政党フィデスのヨーロッパ観に基づく主要原則をまとめたものだ。宣言の冒頭では「ハンガリーとオーストリアはここに、隣国としての友好関係と歴史的・文化的に強い絆を再確認する」と記されている。テキストでは、EUによる中央集権化が批判され、「男女以外の性自認」は拒否されている、といった具合だ。

 ちなみに、ウィーンで6月30日、欧州の右派勢力、オーストリアの野党「自由党」、ハンガリーのオルバン首相の「フィデス=ハンガリー市民同盟」(Fidesz)、そしてチェコのバビシュ元首相の「ANO」の3党が欧州議会で新しい会派「Patriots for Europe」(欧州のための愛国者)の結成を表明している(「欧州右派3党、新しい会派を創設へ」2024年7月2日参考)。

 「ウィーン宣言」の署名に対し、国民党はキックル党首に「職権乱用」の疑いを指摘している。国民党のシュトッカー幹事長は1日、「キックル党首がオーストリアの名の下に署名するのは政治的な職権乱用に相当する。彼にはオーストリアを対外的に代表する公式な権限がない」と批判した。また、オルバン首相がローゼンクランツ議長を訪問した際に、議会の接見室からEU旗が片付けられていたことも問題視し、「キックル党首がオーストリアやEUに対していかに軽視しているかが表れている」と主張している。なお、「オーストリアの名」で宣言に署名できるのは連邦大統領または首相のみだ。職権乱用罪は最長6か月の懲役刑が科される。

 「緑の党」のマウラー議員は「キックル氏にはオーストリアの名で署名する権限はない。彼は我が国を代表しておらず、開かれた公正な社会を信じる人々のための声でもない。彼と自由党が行っていることは、計算された誇大妄想の劇だ」と批判している。

 オルバン首相が訪問する先々でこれまで様々な政治的な波紋が投じられてきた。その意味で同首相のウィーン訪問も例外ではなかったが、極右「自由党」が先の総選挙で第1党に躍進した直後だけに、その波紋も一層大きかったわけだ。

 いずれにしても、ファン・デア・ベレン大統領が選挙後、第1党の自由党のキックル党首ではなく、第2党の国民党のネハンマー首相に新政権発足の連立交渉を要請したことで、自由党内で不満の声が高まっていた。それだけに、オルバン首相のウィーン訪問は自由党にとってその政治力を誇示できる絶好の機会ともなったはずだ。国民議会議長という国家の要職を握ったキックル「自由党」は今後、様々な政治的アクションを展開し、政界を揺れ動かしていくものと予想される。

オルバン氏はロシア情報工作の手先?

 先ず、ブタペスト発の2つの外電を紹介する。

 �.魯鵐�リーのオルバン首相は25日、ブタペストの国会演説でロシアと戦争中のウクライナを酷評し、「キーウ政府はウクライナ最西端ザカルパッチャ州に住むハンガリー系少数民族約15万人の母国語の権利を制限している。その権利が回復されるまで、わが国はウクライナを国際政治の舞台では支援しない」と述べた。オルバン首相が批判しているのは、ウクライナ政府が2017年、学校での少数言語の使用を制限する法律を可決したことだ。

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▲ハンガリーのオルバン首相(「フィデス」の公式サイトから)

 �▲�ルバン首相は25日、「スウェーデンの北大西洋条約機構(NATO)加盟の批准を迅速には実施しない。スウェーデンのNATO加盟の批准を急ぐ事情はないからだ。スウェーデンの安全は決して脅かされていない」と主張する一方、「スウェーデンはこれまでわが国に対して法の支配が損なわれているという中傷を繰り返してきた。ストックホルムには先ずわが国への敬意を求めたい」と述べている。

 �,魯Ε�ライナのハンガリー系住民(マジャール人)政策への批判だ。ところで、オルバン首相はなぜ突然、2017年の少数民族の言語の権利に関する法律を持ち出して、ロシアと戦争中のウクライナを批判し出したのだろうか。そして「ハンガリーは今後、ウクライナ側が政策を変えない限り、国際政治上、ウクライナを支援しない」と脅迫しているのだ。

 オルバン首相がハンガリー・ファーストを標榜する政治家であることは良く知られているが、米国、欧州連合(EU)加盟国が結束してウクライナへの支援を実施している最中に、2017年の法律を持ち出してウクライナを批判するだけではなく、支援しないと警告を発しているのだ。

 �△両豺隋▲�ルバン首相がスウェーデンのNATO加盟の批准を迅速に取り扱わないという声明だが、理由が希薄だ。トルコがスウェーデンのNATO加盟を急がないのは、クルド労働者党(PKK)活動家へのストックホルムの対応が甘いことへの反発があるが、ハンガリーの場合、理由が明確ではない。ただ、オルバン政権へのEU加盟国の批判を理由に挙げているが、スウェーデンを名指しで批判する特別の理由は見当たらない。

 以上、上記の2つの外電の背景を考える時、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロの手助けは無用だろう。上記の2つのニュースで最も喜ぶ国、人間はロシアのプーチン大統領だ、という結論が容易に生まれてくるからだ。

 EU加盟国のハンガリーがウクライナを批判することで、EUの結束を揺るがすことになる。また、北欧スウェーデンのNATO加盟が遅れることはプーチン氏にとって朗報だろう。要するに、オルバン氏の25日の発言はプーチン氏を喜ばすニュースであったことは疑いないのだ。オルバン首相が事前にプーチン大統領と連携して今回の発言をしたとは思わないが、プーチン氏の意向に沿った発言だといえる。

 それでは、オルバン氏にはプーチン氏を喜ばせたい事情があるのだろうか。ハンガリーはウクライナ戦争後も安価のロシア産ガスの輸入を続けている。同国はまた、昨年4月7日、首都ブダペスト南方にあるパクシュ(Paks)原発への核燃料をロシアから空輸している。要するに、ハンガリーは石油、天然ガスばかりか、原発とその核燃料もロシアに依存しているのだ。

 ハンガリー・ファーストのオルバン首相はウクライナ避難民の救助など人道的な支援は行うが、それ以外のEUの軍事支援、武器供給を拒否し、EUの対ロシア制裁を拒んでいるわけだ。換言すれば、プーチン氏を怒らせたくはないのだ。

 だから、オルバン首相は、「EUの対ロシア制裁はロシアよりEU加盟国の国民経済を一層損なうだけだ」として反対の立場を取ってきた。ちなみに、ゼレンスキー大統領は、「オルバン首相はEUの結束を崩すロシアの共犯者だ」と批判している。

 オルバン首相は、EUの本部ブリュッセルからは「民主主義と法の遵守」を求められ、「言論の自由に反する」として制裁を科せられているが、プーチン大統領とは友好関係を維持し、中国とは経済関係を深めている(「ハンガリーの中国傾斜は危険水域に」2020年4月30日参考)。

 EUは現在、ハンガリー向けに割り当てられた約300億ユーロのEU資金をブロックしているが、これには新型コロナウイルス復興基金からの援助と優先融資の120億ユーロが含まれる。EUは「ハンガリーの司法機関と監督機関はEU資金を正しく運営することを保証する十分な独立性を持っていない」と受け取っているからだ。

 ハンガリーは2024年7月1日、EUの議長国に就任する。任期は半年間だ。欧州議会は6月1日、ハンガリーのEU議長国に反対する決議案(全619票)を賛成442票、反対144票、棄権33票の賛成多数で採択した。同決議案は法的拘束力はないが、「象徴的な意味合いがある」という。EU加盟国ではハンガリーに対して不信感が強いわけだ。口の悪い人は「ハンガリーがまだEU加盟国に留まっていること自体、不思議だ」という。

 いずれにしても、オルバン首相の25日の発言を聞けば、「ハンガリーがロシアの情報工作の手先となっている」といった憶測さえ生まれてくるのだ。

ハンガリーの「ゼロ移民」政策の行方

 オーストリアのネハンマー首相の主催でウィーンの連邦首相府でハンガリーのオルバン首相、セルビアのヴチッチ大統領を招き、3カ国の「難民対策首脳会談」が開催された。この種の会談は今回が3回目でオーストリアのホストは初めて。

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▲首脳会談後の共同記者会見(右オルバン首相、中央ネハンマー首相、左ヴチッチ大統領)2023年7月7日、ウィーンで、セルビア大統領府公式サイトから

 3首脳会談のテーマは如何に殺到する難民、不法移民を抑え、国境警備を強化するかだ。北アフリカ・中東からバルカン・ルートを通じて欧州に入る不法難民が急増してきている。会談には3国の外相、内相、警察署長も参加した。

 会議では、各内相による警察業務の分野における4ページにわたる協力覚書の署名が行われた。合同国境警備タスクフォースの設立、密航業者との戦いにおけるより集中的な協力などが合意された。オーストリアはハンガリーとセルビアの国境に警察官を現在の20人から70人に増員することを表明した。

 ネハンマー首相は会合後の共同記者会見で、「EU(欧州連合)の難民・移民対策は壊れており、機能していないことを認識する必要がある。3カ国が協力すれば難民・移民の殺到にブレーキをかけることができる」と強調した。

 一方、ブタペストからウィーン入りしたオルバン首相は、「ハンガリーとセルビアがなければオーストリアとEUにはさらに数十万人の移民が増えるだろう」と述べ、「ハンガリーはゼロ移民政策を実行している。ゼロ移民だ」と繰り返し強調し、「不法な移民や難民の申請を認めていない」と豪語した。

 傍に立っていたネハンマー首相は 「不法移民がハンガリーにいないのは事実だが、彼らの80%はハンガリー経由でオーストリアに入ってきているのだ。その難民申請件数は10万9000件になる。ハンガリーは同期間で45件だ」と指摘し、オルバン政権から収容を拒否された難民・移民がオーストリアに殺到していると語調を強めて主張した(公平を期すために説明すると、ハンガリーからオーストリアに入国した難民・移民の80%以上が隣国の経済大国ドイツを目指して行く。オーストリアに留まる移民・難民の数は少数だ)。

 それに対し、オルバン首相は笑みを漏らしながら、「われわれはヨーロッパで唯一(不法)移民のいない国だ」と指摘、EUが推進している移民の「強制分配」政策について改めて批判した。 

 EUは6月8日の内相理事会で、移民・難民受け入れの負担を分担することで合意した。イタリアやギリシャなど地中海沿岸国は海から渡ってくる難民への対応で他の国々の支援を求めてきた。具体的には、各国が受け入れる移民・難民の人数枠を設けるが、受け入れを拒否する国はその代わりに、受け入れ国に1人当たり約2万ユーロの現金や資材、人材を提供すると定めている。EUの「移民・難民受け入れ枠」について、オルバン首相は当時、「受け入れられない」といち早く拒否した(「地中海で2万人以上の難民が犠牲」2023年6月17日参考)。

 オーストリア政府関係者によると、1月から5月までの申請件数は昨年同時期と比べて20.5%減少し、5月はマイナス30%だったが、EU域内の残りの地域での亡命申請件数は30%増加しているという。ネハンマー首相は、「EUが移民政策を完全に改革しないのなら、私たちは自助努力をしなければならない」と述べている。

 難民・移民対策ではハンガリーに対する批判が強い。例えば、オルバン首相は国内で拘留中の外国人の不法移民密入国業者を早期釈放して、国外に追放している。この措置は密入国業者への恩赦ではない。外国人の移民密入国業者を刑務所に長期間収容し続けるためには経費がかかるからだ。もう少しシンプルにいえば、経費削減策だ。

 ブタペスト発のニュースが届くと、ウィーンとブダペストの間で外交的緊張を引き起こしたほどだ。オーストリアのシャレンベルク外相は5月21日、ハンガリーのシ―ヤールトー外相と会談して、ブダペスト側の意図について話し合っている。

 公式情報によると、ハンガリーでは現在、73カ国から約2600人の外国人が刑務所に収監されており、その大半が密入国で有罪判決を受けた犯罪者だ。ハンガリーのメディアによると、セルビア、ルーマニア、ウクライナからの密航者700人が既に釈放された。ただし、釈放から72時間以内にハンガリーを出国しなければ、直ちに再逮捕される(「ハンガリー政府の経費削減の『奇策』」2023年5月24日参考)。

 なお、今回のウィーンの首脳会談について、オーストリア野党第一党「社会民主党」(SPO)の安全保障担当広報担当、ラインホルト・アインワルナー氏は、「会談はオルバン氏にとって虚偽を広め、オーストリアを脅迫する舞台となっただけだ」と述べた。一方、極右政党「自由党」(FPO)のキックル党首はハンガリー首相の「ゼロ移民」政策をオーストリアの模範とみなしている。同党首は 「ネハンマー首相はオルバン氏と話し合うだけでなく、不法大量移民に対してオルバン氏のように行動すべきだ」と発破をかけている、といった具合だ。

 中国の習近平国家主席は新型コロナウイルスのパンデミックに対し、「ゼロコロナ」(Zero-Covid)政策を実施し、感染が終息に向かった時にも「ゼロコロナ」に拘った。その結果、中国の国民経済に大きなダメージを与えたことはまだ記憶に新しい。同じように、オルバン首相は「ゼロ移民」(Zero-Migration)政策を実施し、ブリュッセルの「移民受け入れ枠」を拒否する一方、人身売買業者を刑務所から追い払うなど、「ゼロ移民」政策のために徹底した“ハンガリー・ファースト”を実行している。オルバン首相の「ゼロ移民」政策は共同移民政策を目指すブリュッセルにとって大きな障害となってきている。

ハンガリーは「EU議長国」資格なし?

 ハンガリーは2024年7月1日、欧州連合(EU)の議長国に就任する。任期は半年間だ。欧州議会は1日、ハンガリーのEU議長国に反対する決議案(全619票)を賛成442票、反対144票、棄権33票の賛成多数で採択した。同決議案は法的拘束力はないが、「象徴的な意味合いがある」というのだ。

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▲欧州議会での全体会合の採決風景(欧州議会公式サイトから)

 EUは27カ国加盟国から構成されている。半年ごとに議長国が変わる。2023年上半期はスウェーデン、同年下半期はスペイン、そして来年上半期はベルギーで、その次の半年はハンガリーが議長国となるが、欧州議会は「ハンガリーはEUの基本法第7条、法の遵守に違反している」として、同国の議長国就任の適正に疑いを提示したわけだ。ちなみに、EU加盟国がEUの基本原則としての基本権保護に対する重大な違反を犯す時、EU理事会は同国に対し、制裁を発動することができる(EU条約第7条)。

 議長国の資格論争の話を聞くと、ロシアが今年4月1日、国連安全保障理事会議長国に就任した時をどうしても思い出してしまう。安保理議長国は15カ国メンバーの輪番制で、アルファベット順に毎月交代する。安保理事会は5カ国(米英仏露中)の常任理事国と10カ国の非常任理事国から構成されている。4月の議長国はロシアだった。議長国として、ロシアは理事会の決定にほとんど影響を与えることはできないが、議題を設定し、会合の進行役を務める。ウクライナを軍事侵略しているロシアが国連最高意思決定機関の安保理の議長国に就任し、ウクライナ戦争などの国際問題を主導することに対し、ウクライナのクレバ外相は「悪い冗談だろう」と語ったほどだ(「露の安保理議長国就任は『冗談』か」2023年4月5日参考)。

 欧州議会には7会派が存在するが、そのうち欧州人民党(EPP)、社会民主党(S&D)、自由党(再生欧州)、緑の党、左派の過半数は決議案に賛成票を投じた。彼らは、ハンガリーの「法の支配」に関する問題が十分に進展していないと判断し、基本権利の侵害に対する現在進行中の第7条の手続きを継続することを要求している。

 EUは現在、ハンガリー向けに割り当てられた約300億ユーロのEU資金をブロックしているが、これには新型コロナウイルス復興基金からの援助と優先融資の120億ユーロが含まれる。EUは「ハンガリーの司法機関と監督機関はEU資金を正しく運営することを保証する十分な独立性を持っていない」と受け取っている。

 EUのヨハネス・ハーン欧州委員(予算・総務担当)は、「ハンガリーへの支払いは同国の法の原則の確立にかかっている。ハンガリーはまた、ここ数カ月間、ウクライナ支援などEUの主要な決定を繰り返し阻止してきた」と指摘した。欧州議会の今回の決議は、ハンガリーのEU議長国就任は適正に欠けているというわけだ。議長国は本来、「EU立法に関する理事会の取り組みを前進させ、EUの議題の継続性を確保し、他のEU機関との関係において理事会を代表しなければならない」からだ。

 欧州議会(定数705議席)では来年6月6日から9日、議会選挙が加盟国で実施される。選挙結果を受け、新しい欧州議会が構成されるが、その重要な選挙終了直後にハンガリーが議長国に就任する。欧州議会は選挙後、次期委員会の選挙で重要な役割を果たすから、24年下半期の議長国は政治的な影響力を行使できる可能性が他の時期の議長国より大きいこともあって、加盟国では懸念の声が出ているわけだ。

 問題は、EU条約には、議長国の資格はく奪について何も記述していないことだ。ちなみに、来年上半期はベルギーが続き、その後にハンガリーが議長国となるが、ハンガリーの後には、ポーランドが議長国に就任する。ポーランドは EUのブリュッセル(本部)にとってハンガリーと同様、問題国と見なされているのだ。

 EU条約には「理事会議長職が均等な交代制に従って交代する」ことが明確に規定されている。そのため、加盟国の議長国の資格をはく奪することは条約上難しいうえ、EUの結束を破壊する恐れが出てくる。

 インスブルック大学の欧州法、国際法、国際関係学のウォルター・オブウェクサー教授(Walter Obwexer)はオーストリア国営放送(ORF)のインタビューの中で、「欧州議会の決議案は政治的には重要かもしれないが、法的には価値が小さい。欧州議会は基本的に理事会の議長職問題に介入できない。欧州理事会はハンガリーやポーランドによるEUの価値観の深刻かつ持続的な違反を認定する決定を採択していないから、現時点では理事会議長の職を停止することはできない」という。

 欧州議会が来年下半期の議長国の適正問題を現時点で議論する背後には、EUのウクライナ支援問題が絡んでくるからだ。ハンガリーはEUのウクライナへの財政支援に度々反対してきた。EUでは重要案件の採決では加盟国の全会一致が原則だ。ハンガリーが反対する限り、EUはウクライナに財政支援が出来なくなる。ハンガリーの議長国の資格有無論争はEUの政治メカニズムの見直しを強いる問題に発展する可能性がある。

 以上、ORFの関連記事を参考にまとめた。

ハンガリー政府の経費削減の「奇策」

 日本の広島で開催された先進7カ国首脳会談(G7広島サミット)は無事終わった。これからは欧州の動向に再び焦点を合わせていこうと考えていた矢先、ビックリするようなニュースがブダペストから入ってきた。ニュースバリューはあるが、日本のメディアでは余り報じられていないので、これまた驚くと共に、「日本にとって欧州はやはり遠い世界なのだ」という現実を改めて実感した次第だ。

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▲欧州の移民対策でドイツのフェーザー内相(左)と会談するオーストリアのカーナー内相(2023年5月25日、オーストリア内務省公式サイトから)

 本題。ブダペスト発のニュースは欧州が今、直面している移民問題と関連する。欧州連合(EU)の異端児と呼ばれ、欧州の統合の破壊者と受け取られているハンガリーのオルバン首相は国内で拘留中の外国人の不法移民密入国業者を早期釈放して、国外に追放しているという。この措置は密入国業者への恩赦ではない。外国人の移民密入国業者を刑務所に長期間収容し続けるためには経費がかかるからだ。もう少しシンプルにいえば、経費削減策だ。

 ハンガリー政府が先月末に発布した規制によると、投獄された人身売買業者は72時間以内にハンガリーを出国すれば釈放される。ハンガリーの刑法は、密航者に対して通常2年から20年の長期懲役刑を規定している。

 公式情報によると、ハンガリーでは現在、73カ国から約2600人の外国人が刑務所に収監されており、その大半が密入国で有罪判決を受けた犯罪者だ。ハンガリーのメディアによると、セルビア、ルーマニア、ウクライナから密航者700人が既に釈放された。ただし、釈放から72時間以内にハンガリーを出国しなければ、直ちに再逮捕される。

 最近では、どの国でも麻薬関連法違反者が多く拘留されている。例えば、大麻を初めて消費した人間を全て逮捕して、刑務所に送れば、どの国の刑務所も囚人で溢れる。だから、重犯罪者を収容するために、軽犯罪者を刑務所に収容しなくてもいいように、刑法の改正を進めている国が多い。

 具体的には、大麻消費者の非犯罪化が欧州のトレンドだ。ドイツのショルツ政権は現在、大麻の合法化法案を進めている。特定の施設や消費ルートを政府側が設置することで、大麻の部分的合法化を進めているのだ(「独政府『大麻の合法化法』を発表」2023年4月15日参考)。

 ここまで書いてくると、オルバン政権の「有罪判決を受けた密入国業者を長い間、刑務所に拘留することは経済的負担が大きい」という理由もけっして飛び抜けて驚くべきことではないのかもしれない。「大麻消費者」の非犯罪化を外国人の「密入国業者」の非犯罪化に拡大適応しただけだといえるからだ。ただ、「大麻消費」と「不法移民の密入国業者」ではその犯罪の重さは違う。

 毎年、多くの難民がバルカン半島経由で西ヨーロッパに入ろうとするが、その多くは密入国業者の助けを借りる。ハンガリー政府の決定を受け、現在、条件付きで数千人が釈放されている。隣国オーストリアは釈放された密入国者が入国するのではないかと警戒し、隣国との国境での取り締まりを強化中だ。オーストリア内務省によると、ハンガリー、ルーマニア、セルビアからの車両は集中的に検査されている。

 ハンガリーで有罪判決を受けた密入国者の早期釈放は、ウィーンとブダペストの間で外交的緊張を引き起こしている。オーストリアのシャレンベルク外相は21日、ハンガリーのシ―ヤールトー外相と会談して、ブダペスト側の意図などについて話し合っている。

 不法移民の密入国は重犯罪だ。重犯罪者を一方的に釈放させるということは周辺国家の安全にも大きな影響を与える。ハンガリーのメディアによれば、釈放された密入国業者のルーマニア人、ブルガリア人、セルビア人がハンガリーの刑務所を出た後、オーストリアや他の西側諸国に向かっているという。ハンガリーの厳格な移民政策を評価してきたオーストリアの極右政党「自由党」のヘルベルト・キックル党首も今回のハンガリー政府の決定に対しては「理解できない」と批判している。

 参考までに、2015年8月、ウィーンとブダペストを結ぶ高速道路に放置されたトラックから71人の遺体が発見されたことがある。トラック内で窒息死した遺体の多くはシリア難民だった。密入国業者が彼らを欧州まで運ぶ途上だった。

 移民を欧州に連れて行く密入国業者のビジネスは巨大だ。現在、数千人の移民がセルビアの森林で厳重に警備された国境フェンスを越えてハンガリーに入る機会を待っている。彼らの最終目的地はドイツだ。移民希望者は欧州入りするために数千ユーロをプロの業者に支払う。

 なお、ロシアのプーチン大統領は不法移民の西側殺到を欧州を混乱させる武器として利用しているといわれる。偶然にも、ハンガリーの不法移民の密入国業者早期釈放は、プーチン氏の画策を意識的か、無意識かは別として、支援することになる。ちなみに、ハンガリーはEUによる5億ユーロ相当のウクライナへのさらなる軍事援助を阻止している。資金は欧州平和ファシリティ(EPF)から出されるもので、加盟国の全会一致でのみ放出できる。親ロシア派と受け取られているオルバン首相のためにも、今回の密入国業者釈放はあくまでも経費削減を動機としたもであってほしいものだ。

ローマ教皇のアンビバレントな旅

 ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は28日から3日間の日程でハンガリーを訪問中だ。南米出身の同教皇にとっては教皇就任(2013年3月)以来、41回目の外遊(司牧訪問)である。教皇は2021年にブタペストで開催された聖体世界会議を訪問しているから、ハンガリー訪問は2度目となる。大多数のハンガリー国民はカトリック信者だ。なお、今回の訪問では、教皇の健康問題もあって首都ブタペスト市だけに留まり、他の都市を訪れる予定はない。

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▲フランシスコ教皇とオルバン首相(2023年4月28日、ブタペストで、バチカンニュースから)

 フランシスコ教皇はハンガリー初の女性大統領、カタリン・ノヴァク新大統領やヴィクトル・オルバン首相らの歓迎を受けた。同教皇は元修道院の建物でブタペスト最初のスピーチをし、欧州の統合を支援し、ポピュリズム(大衆迎合主義)に反対、移民の人道的な扱いを求める姿勢を明確に述べた。その一方、「ブダペストは自由の価値を知っている国の中心であり、ナチス・ドイツ政権、共産主義政権下で大きな代償を払って、民主主義の宝と平和の夢を守ってきた。ハンガリー動乱(1956年)をどうして忘れることが出来るだろうか。ブタペストは今日、ユダヤ人人口の割合が最も高い欧州の都市の一つだ」と強調した。

 フランシスコ教皇は、「首都ブダペストは今年で創建150年を迎える。1873年に、ドナウ川の西にあるブダとオブダ(旧ブダ)、対岸のペストの3つの都市が統合されて生まれた。ブタペストは今日、欧州大陸の中心に位置する大都市だ。ブタペストの誕生は、欧州がその後辿った共通の道を先駆けてきた」と説明している。

 ここまで聞いたならば、「フランシスコ教皇は欧州連合(EU)ではハンガリーが異端国と受け取られ、欧州委員会から『民主主義と法の遵守』、『メディアの自由』の分野で欧州司法裁判所(EuGH)に提訴されていることを知らないのだろうか」と首を傾げるかもしれない。知らないはずがない。ホスト国に対する外交辞令はあるだろうが、ハンガリーに対し、EUの本部ブリュッセルからの視点ではなく、カトリック教国ハンガリーという観点からの期待を込めたバチカンのメッセージだろう。

 実際、フランシスコ教皇は民族主義とポピュリズムに警告を発し、「ブダペストは橋の街だ。ドナウの真珠と呼ばれるブタペストは橋を通じて他を接続している」と述べ、欧州が現在直面している移民・難民の殺到について「画期的な挑戦だ」として受け入れることを暗に求めている。ハンガリーはウクライナやオーストリアなど7カ国と国境を接している内陸国だ。なお、フランシスコ教皇は29日、ブタペストの聖エリザベス教会で困窮者、難民、教会のソーシャル ワーカーと会合した。

 フランシスコ教皇は、ハンガリーの隣国ウクライナでの戦争のことが常に気になるのだろう。ブタペストにも戦争勃発以来、多くの難民がウクライナから殺到している。教皇には「ウクライナの国民の悲しみ、苦しみ、そして平和を求める祈りの声が聞こえる地理的に最も近い場所に自分は今、立っている」という思いが強まったとしても不思議ではない。

 ちなみに、オルバン首相は2月18日、ロシア軍のウクライナ侵攻1年目を控え、ブタペストで「国家の現状について」の演説を行い、ロシアのウクライナ侵攻については、「主権国家への軍事侵攻は絶対に容認できないが、ウクライナの国益をハンガリーの国益より重視する政策は道徳的にも間違っている」と強調し、「2022年の大きな成果は、わが国が可能な限り、ウクライナ戦争の影響に飲み込まれないようにしたことだ」と言い切る。ある意味でハンガリー・ファーストだ。欧州メディアでは“オルバン主義”と呼ばれる政治だ。

 EUの欧州員会は昨年7月15日、オルバン首相が率いるハンガリー政府に対し、「民主主義と法の遵守」、「メディアの自由」などを要求し、その是正を求めてきたが、その中には、ハンガリーが小児性愛者対策を目的とし、教材や宣伝で同性愛や性転換の描写や助長を禁じる新法「反小児性愛法」を施行した問題も含まれ、EUからは「反LGBT法」として批判されてきた。それに対し、オルバン首相は「結婚は男性と女性の異性婚しかない」と主張し、同性婚をはっきりと拒否している。

 参考までに、バチカンは同性愛問題では「同性愛者への差別は是正すべきだが、同性婚は認めない」というスタンスを取っている。また、中絶問題でも女性の権利を認める一方、生命の尊重という観点で中絶を認めない。同性愛問題、中絶問題ではハンガリーは欧州でバチカンのカテキズムに最も忠実な国といえる。

 フランシスコ教皇はハンガリーに対して民主主義の欠如や移民への排他主義を間接的に非難する一方、カトリック教国ハンガリーを「自由の価値を知る国」という表現で期待を吐露するなど、ハンガリー批判一辺倒の他の欧州諸国の姿勢とは距離を置いている。フランシスコ教皇のハンガリーへのスタンスは典型的なアンビヴァレンツ(独語Ambivalenz)だ。

オルバン首相「今年は危険な年だ」

 ロシア軍がウクライナに侵攻して今月24日で1年目を迎えるが、プーチン大統領は侵攻1年目を前に軍事的成果を上げるために再度、ウクライナ東部・南部で大攻勢をかけるのではないかと予測されている。一方、ドイツのミュンヘンで17日から3日間の日程で開催された第59回「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)では欧米諸国を中心に200人以上の政府首脳、閣僚、有識者らが集まり、ウクライナ戦争の対応について話し合われた。今年もMSC会議にはロシア代表は招待されなかった。

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▲G7外相会議(中央は議長国・日本の林芳正外相)2023年2月18日、ミュンヘンで、日本外務省公式サイトから

 ミュンヘン会議の共通トーンは、ロシアの軍事活動への批判とウクライナへの軍事支援の強化を求める声だ。ウクライナのゼレンスキー大統領はビデオで参加し、欧米諸国に武器の供与を改めて要請している。ミュンヘンでは同時期、主要先進7カ国首脳会議(G7)の外相会議が開催され、ロシアのウクライナ戦争を批判、「ウクライナからすべての軍隊と装備を即時かつ無条件に撤収し、国際的に認められた国境内での独立、主権、領土保全を尊重するように」と求める一方、ロシアの不法な戦争を軍事的、物質的に支援したり、対ロシア制裁に違反する国、団体に対して制裁を実施すると警告を明記した声明文が発表された。

 なお、G7外相会議議長国の日本の林芳正外相は、クレムリンの核の脅威に対して、「ロシアの無責任な核レトリックは容認できず、化学兵器、生物兵器、核兵器、または類似の兵器の使用は深刻な結果をもたらすだろう」と警告を発した。

 MSC関連の首脳陣たちの発言は多くは既に報道されているので、メディアでは余り取り上げられなかったハンガリーのオルバン首相の演説を今回紹介する。

 ハンガリーの首都ブタペストでオルバン首相は18日「国家の現状について」の演説を行い、「2023年はわが国にとって政変以来、最も危険な年となる」と、国民に向かって警告を発している。具体的には、ロシアのウクライナ戦争、欧州連合(EU)の制裁、エネルギー危機などの課題に直面していることだ。

 オルバン首相は、EUの本部ブリュッセルからは「民主主義と法の遵守」を求められ、「言論の自由に反する」として制裁を科せられているが、欧州首脳の中でロシアのプーチン大統領と依然、友好関係を有し、外交辞令を無視して単刀直入に発言する政治家として有名だ。

 ハンガリーでは昨年4月3日、ウクライナ戦争の最中、国民議会選挙が実施されたが、オルバン首相の与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」は議席の3分の2を獲得し、国民の支持を得、オルバン首相は4選を果たした。オルバン首相は国内のメディアを完全に掌握し、対外政策では親ロ、親中路線を走る一方、EUからは「異端児」と呼ばれてきた。

 ロシアのウクライナ侵攻について、「主権国家への軍事侵攻は絶対に容認できないが、ウクライナの国益をハンガリーの国益より重視する政策は道徳的にも間違っている」と強調し、「2022年の大きな成果は、わが国が可能な限り、ウクライナ戦争の影響に飲み込まれないようにしたことだ」と言い切る。

 ハンガリーはウクライナから殺到する戦争避難民を受け入れる一方、軍事支援、武器供給に対しては拒否してきた。オルバン首相によると、ウクライナへ武器供給した場合、同国最西端ザカルパッチャ州に住むハンガリー系少数民族に危険が及ぶからだ。EUの対ロシア制裁には「制裁はロシアよりEU加盟国の国民経済を一層損なっている」として反対の立場を取ってきた。オルバン首相の政策について、ゼレンスキー大統領は「EUの結束を崩すロシアの共犯者」と批判している。

 ハンガリーはロシアとの経済関係、特にロシア産天然ガスの確保ではこれまで通りの量がロシアから輸入されている。EU加盟国の中でウクライナ戦争後もロシア産天然ガスが止まらず、供給されている国はハンガリーだけだろう。

 興味深い発言は、オルバン首相は「ウクライナ戦争は、ロシアが北大西洋条約機構(NATO)との戦いでは勝利のチャンスがないことを明らかにした」と、ロシア軍の力を冷静に判断していることだ。そして「ロシアはハンガリーの安全保障にとって真の脅威を与えていない」と主張している。

 ウクライナ戦争は現時点では、停戦の可能性が少ない。戦争の長期化を覚悟しなければならないだろう。ロシアの場合、国内で反プーチン勢力の動き、ウクライナでは国民の戦争疲れ、ウクライナを全面的に支援してきた欧米諸国では、支援疲れと共に、オルバン首相のような実利を最優先する政治家の台頭による結束の緩み、等々が予想される。「2023年は危険な年」となることは避けられない雲行きだ。

 なお、ハンガリー国営通信MTIによると、ミュンヘンのMSCに参加した中国の外交トップ、前外相の王毅・共産党政治局員は20日、ブタペストを訪問し、シーヤールトー外相らと会談する予定だ。

“鉄のカーテン”が落ちた本当の理由?

 冷戦時代の幕が閉じようとしていた1989年、ハンガリー社会主義労働者党(共産党)政権がオーストリアへの国境を開放し、多数の旧東独国民がこの国境を通過して西側の自由世界に殺到、その結果、旧東独社会主義統一党(共産党)政権が崩壊する契機となった、と知られている。ところが、ドイツ公共放送が4日、「ハンガリー政府が旧東独国民のため鉄のカーテンをオープンしたのは当時の旧西独政府(コール政権)がハンガリーの債務を救済したことが原因だった可能性がある」と報じた。これまでドイツもハンガリー政府もこの情報を否定してきたが、旧チェコスロバキア政府が旧東独秘密警察(シュタージ)に送った報告書にはそのことが明記されていたというのだ。

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▲ハンガリーの共産党政権時代の最後の首相、ミクローシュ・ネーメト首相(写真は当方とのインタビューに応じるハンガリーのネーメト首相、1989年10月2日、首相執務室で、ハンガリー国営MTI通信)

 多くの旧東独国民は1989年5月以降、ハンガリー国境を越えて西側に逃亡していった。8月には、最初の大規模な脱出があった。それを受け、ハンガリー政府は1989年9月10〜11日の夜、国境を開放。次の数日で、何万人もの東ドイツ市民が西側に逃げた。ハンガリー政府は当時、「鉄のカーテン」を切断することで東西両ドイツ分断時代に終焉を告げる歴史的役割を果たした、と評価されてきた。

 ハンガリーのミクローシュ・ネ―メト首相は当時、「ハンガリーは何の見返りも求めていない。ハンガリーは人を売らない」と説明してきたが、ドイツ公共放送文化局が入手した文書は、この主張に疑問を投げかけている。当時のチェコスロバキアのシークレットサービスが1989年秋、旧東独シュタージに送った文書の中で、「当時の西独政府はハンガリーに経済的支援を提供し、その代わりに東ドイツから逃れたい人々のために鉄のカーテンを開かせた」ことを示唆していたという。

 独連邦公文書館のシュタージ記録局からの文書には、「チェコスロバキア(CSSR)の治安機関の情報。東ドイツ難民の問題におけるUVR(ハンガリー人民共和国)と旧西独の協調について」と明記され、チェコ語からの翻訳というメモの下に大文字で「Topsecret!」と書かれていた。

 チェコスロバキア情報機関の文書は「東ドイツ難民に対するハンガリー側の行動には、経済的、財政的、および外交政策上の理由があることは明らかだ」と述べ、その理由として「ハンガリーは西ドイツの銀行、連邦共和国に多額の借金を抱えていた。ハンガリーは債権者に25億ドル以上を支払わなければならない。ハンガリー政府は当時、銀行との立場を失わないために、国際金融市場で必要な資金を得ようとしていた」と説明している。

 当方はこのコラム欄で鉄のカーテン切断30周年の2019年8月19日、「ハンガリーとオーストリア両国間の国境が一時解放され、約600人の旧東独国民がオーストリアに入国し、そこから旧西独に亡命していった。同出来事は『ベルリンの壁』崩壊をもたらす契機となった歴史的出来事となった。あれから30年目を迎えた19日、ハンガリー北西部のショプロン市でメルケル独首相とハンガリーのオルバン首相が会見し、国境解放30年を祝った」と書いたが、鉄のカーテンが落ちたのはハンガリー政府とオーストリア政府の英断もあったが、ハンガリー側には経済的な理由があったことになる(「30年前に東西間の国境が開かれた」2019年8月20日参考)。

 ちなみに、国境解放の直接の契機は、汎ヨーロピアン・ピクニックが両国国境近くでベルリンの壁崩壊を訴える集会を開催したが、その時、ハンガリー入りしていた多くの旧東独国民はハンガリー・オーストリア間の国境が一時解放されると聞き、国境に殺到していった。それに先立ち、ハンガリーとオーストリア両国は1989年6月27日、両国国境線に張り巡らせられていた鉄条網(鉄のカーテン)を切断している。

 旧東西両ドイツ間では、東ドイツからの政治犯の身代金は何十年にもわたって確立された慣行だった。西ドイツ政府は当初、1人あたり約3万マルクを支払った。最初は現金で、後に食品、工業製品、さらには石油、銅、銀の形で支払われた。チェコスロバキアの諜報機関からの情報が正しければ、ブダペストとボンの間の取引でもこの慣行が実行されたものと受け取られている。

 1989年10月5日付けのチェコスロバキアのシークレットサービスからの2番目の文書は、ワルシャワの旧西独大使館で230人の東ドイツ難民の救済のために「ハンガリーのモデルに基づいた解決策がとられた」と記述している。この文書も「トップシークレット!」とマークされていたという。

 チェコスロバキアの情報機関の文書は、ベルリンの壁崩壊の歴史に新たな光を当てることになるかもしれない。明確な点は、ハンガリーが国境開放の見返りを期待しなかったという主張は、2つのチェコスロバキアのシークレットサービスのレポートの内容とは一致しないことだ。

オルバン首相は「ロシアの共犯者」?

 27カ国から構成された欧州連合(EU)の加盟国間で国益の利害もあって統一した政策が難しいケースが増えてきた。ロシア軍が2月24日、ウクライナに侵攻後、EUが米国らと連携して対ロシア制裁に乗り出したが、制裁を実施する段階で加盟国間の不協和音が高まってきた。特に、ロシア産天然ガス、石油などのエネルギーに大きく依存しているハンガリーは、EU委員会が発表する対ロシア制裁に対し、「制裁はロシアよりEU加盟国の国民経済を一層損なっている」(ハンガリーのオルバン首相)として批判を強めてきた。

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▲プーチン大統領と会談後、記者会見に応じるオルバン首相(2022年2月1日、ロシア大統領府公式サイトから)

 EU欧州員会のフォンデアライエン欧州委員長は20日の記者会見で、「ロシアは天然ガスの欧州供給を武器に、欧州の対ロシア政策に揺さぶりをかけてきた。ロシアの天然ガス供給が完全に途絶えた時を想定して、われわれは準備しなければならない」と指摘し、冬場のガス供給を確保するために「天然ガス消費量の15%節約」を加盟国に呼びかけた。

 ロシアはこれまでEUの制裁を実施する12カ国への天然ガス供給を停止、削減するなど圧力を既に行使してきた。ブリュッセルによると、ロシアからの供給量は現在、3分の�軌焚爾僕遒噌�んでいる。現在の域内在庫量は貯蔵能力の約65%という(時事通信)。

 天然ガス消費の4割をロシア産に依存してきたEUは、ロシア産に代わり、米国やアゼルバイジャンなど別の供給先を探す一方、EU域内の消費量の節約、長期的視点から代替エネルギー源の拡大に乗り出してきている。

 フォンデアライエン委員長が記者会見で天然ガス消費量の節約をアピールした翌日(21日)、ハンガリーのペーテル外務貿易相はロシアの首都モスクワを訪問し、ロシア産天然ガスの輸入拡大について協議している。ハンガリーの与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」が明らかにした。ブリュッセルの「天然ガス消費量の節約」アピールをあざ笑うかのように、ハンガリーはロシア産天然ガスの供給量を増やすためにロシア側と交渉し、長期契約で定められた量に加え、7億立方メートルの天然ガスの追加購入を決めたというのだ。

 ちなみに、ハンガリーは4月7日、首都ブダペスト南方にあるパクシュ(Paks)原発への核燃料をロシアから空輸している。同原発はハンガリーの国内電力の半分を供給している。ハンガリーは石油、天然ガスばかりか、原発とその核燃料もロシアに依存しているわけだ。

 ハンガリーとEUの本部ブリュッセルとの関係は良好からは程遠いことは周知の事実だ。EU欧州員会は15日、オルバン首相が率いるハンガリー政府に対し、「民主主義と法の遵守」、「メディアの自由」などを要求し、その是正を求めてきたが、ハンガリー政府が応じなかったとして、ハンガリーを相手に欧州司法裁判所(EuGH)に3件、提訴したばかりだ(「ハンガリーの主張が『正論』の時」2022年7月17日参考)。

 例えば、昨年6月15日に可決、7月1日に発効したハンガリーの新法「反小児性愛法」は、小児性愛者対策を目的とし、教材や宣伝で同性愛や性転換の描写や助長を禁じる内容だ。オルバン首相は、「子供の権利を守る法律だ」とその法案の目的を強調したが、EU各国から非難が続出。ハンガリー側が是正に応じなかったことから今回、EU委員会は提訴に踏み切った。

 オルバン首相は今月15日、ロシア産石油、天然ガスに対するEUの制裁に対し、「EUのトップは制裁によってロシアに打撃を与えられると考えていたが、実際はわれわれが受けた打撃の方が大きかった。自らの肺を撃ち抜き、欧州経済は息も絶え絶えだ」と述べているほどだ(AFP通信)。

 オルバン政権はプーチン大統領のウクライナ侵攻を批判し、ウクライナからの難民を受け入れる一方、軍事支援、武器供給に対しては拒否してきた。オルバン首相によると、ウクライナへ武器供給した場合、同国最西端ザカルパッチャ州に住むハンガリー系少数民族に危険が及ぶと説明している。

 ウクライナのゼレンスキー大統領はEUの対ロシア制裁に異議を唱えるハンガリーのオルバン首相を名指しに「EUの結束を崩すロシアの共犯者」と批判している。
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