ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

時事問題

独生まれの外交官キッシンジャー氏

 ドイツ民間ニュース専門局ntvは30日、米ニクソン大統領時代の元米国務長官ヘンリー・キッシンジャー氏の死去を報じ、同氏がドイツ南部バイエルン州生まれのユダヤ人で、少年時代に米国に亡命した難民出身者であり、世界の政治舞台で活躍した米外交官であったと伝えた。その訃報を聞いて、キッシンジャー氏がドイツ生まれだったことを思い出した。

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▲オーストリア国営放送(ORF)とのインタビューに答えるキッシンジャー氏(2010年9月23日、スクリーンショット)

 (元米国務長官は1923年5月27日、ドイツ南部バイエルン州の小都市フュルトで生まれ、15歳の時、ナチス・ドイツ政権の迫害から逃れるために家族と共に米国に亡命、米国で成長し、その後外交官として活躍した。11月29日に米コネチカット州で100歳で死去した)。

 独週刊誌シュピーゲルは30日のオンライン版で、ユダヤ難民、知識人、外務大臣、元老政治家、サッカーファンなど、キッシンジャー氏の人生のさまざまな側面を写真で紹介し、「ヘンリー・キッシンジャー氏ほど広範で長い政治的キャリアを有した政治家は世界でもほとんどいない。1950 年代から亡くなるまで、同氏は世界の政治に関与してきた」と述べている。

 ローマ・カトリック教会総本山バチカンのバチカンニュース(独語版)もキッシンジャー氏の死を追悼する記事を掲載し「元米国国務長官でトップ外交官のヘンリー・キッシンジャー氏の死は、バイエルン州の人々に大きな悲しみを引き起こしている」と報じた。

 バチカンニュースに掲載された追悼記事を以下、少し紹介する。

 ゼーダー州知事(「キリスト教社会同盟」=CSU)はプラットフォームX(旧ツイッター)でキッシンジャー氏に敬意を表し、「キッシンジャー氏は先見の明と優れた分析的洞察力で人々を説得できる重要な政治家だった。そして、彼はバイエルン人、フランケン人、フュルテル人であり、最期まで古き祖国とユダヤ人としての人生を送った。バイエルン州はこの州から生まれた著名な息子の名誉ある記憶を保存するだろう」と語っている。

 また、ミュンヘンとオーバーバイエルンのユダヤ人コミュニティの会長シャーロット・ノブロック氏はキッシンジャー氏を「現代史の象徴」と呼び、「会うたびに、彼の威厳ある態度、内なる静けさ、そして力強く実践的な性格に感銘を受けた。彼の死により、バイエルンとユダヤ人の歴史の一部が失われた」と述べた。

 キッシンジャー氏が生まれたフュルト市のトーマス・ユング市長(社会民主党=SPD)によると、キッシンジャー氏はナチス・ドイツ政権に家族を迫害され、自身は幼い頃に祖国を失ったにも関わらず、ドイツに対して憎悪の考えは全く持っていなかったという。ちなみに、ナチス・ドイツ政権下でキッシンジャー氏の家族11人が殺害されたという。

 同市長はまた、「キッシンジャー氏のフュルト訪問中、私は彼が謙虚で現実的で、とても温かい人物であることを知ることができた。キッシンジャー氏はフュルト市の発展にも興味を持っていた。そしてフュルト市のサッカークラブ、「グロイター・フュルト」(Greuther Furth)のファンでもあった」という。なお、フュルト市庁舎前には追悼旗が掲げられた。 今月4日からは国民が弔問書に署名できる。

 キッシンジャー氏は100歳の誕生日から数週間後の6月末、誕生日パーティーのために再びフュルトを訪れた。市内の劇場で行われた式典で、同氏は「祖国に背を向けることは苦痛だったが、戦後、平和、民主主義、繁栄に尽力する社会に戻ることが出来て本当に嬉しい」と語ったという。

 キッシンジャー氏は高齢にもかかわらず、世界の情勢に強い関心を示し、100歳になった直後の今年7月、中国を訪問し、習近平国家主席と会合するなど精力的な活動を最後まで続けた。同氏が語った発言内容は即、世界の通信社を通じて流された、外交官としてベトナム戦争の和平への貢献でノーベル平和賞を受賞。批評家の中には「キッシンジャー氏は純粋な権力指向の政治家であり、その外交政策は秘密外交だった」という声もあるが、米国と中国の接近など世界史に残る外交を展開したことは周知の事だ。

 ドイツ・バイエルン州マルクトル村出身のローマ教皇ベネディクト16世(在位2005年〜13年2月)が誕生した時、ドイツ国民、特にバイエルン州民は「我々の教皇が生まれた」と大喜びだった。その同16世は昨年12月末、95歳で亡くなった。そして同じバイエルン州出身のキッシンジャー氏が先月29日に亡くなった。バイエルン州民は、過去100年間の激動の世界史を自ら体験しながら生きたユダヤ人外交官が同じ故郷出身であったことを誇らしく感じてきただけに、ベネディクト16世に次いで歴史的人物を失ったことに落胆と悲しみを感じている。

グレタさんと「反ユダヤ主義」の関係

 スウー―デンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさん(20)が11月12日、アムステルダムの集会で環境保護を訴えるのではなく、イスラエル批判、ユダヤ憎悪をアピールし、集まった環境保護グループの仲間や参加者を驚かせた。集会に参加していた男性が舞台に上がり、グレタさんからマイクを取り、「私たちは環境保護のためにここに集まっているのであって、(あなたから)イスラエル批判、ユダヤ憎悪を聞くためではない」と訴えると、グレタさんは「占領地(パレスチナ)に気候の正義は存在しない」と反論する、といったシーンが展開されたのだ。

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▲独週刊誌シュピーゲル最新号の表紙を飾ったグレタさん(2023年11月18日号のシュピーゲルの表紙)

 グレタさんとその男性の間でマイク争いがあったが、集会関係者によって男性は舞台から降ろされてハプニングは収まったが、その余震は続いている。グレタさんのイスラエル批判に衝撃を受けた「フライデー・フォー・フューチャー」のドイツ支部のリーダー、ルイーザ・ノイバウアーさんは独週刊誌シュピーゲル最新号(11月18日号)とのインタビューの中で、「グレタさんは我々の運動のシンボルだが、われわれは環境保護を訴えているグループであって、中東問題などの政治問題ではない」と指摘、グレタさんが今後も政治運動にのめり込むようだと、グレタさんが創設した環境保護グループから出ていかなければならなくなるかもしれないと示唆している。ちなみに、シュピーゲルは最新号の表紙にグレタさんを登場させ、「Irrweg eines Idols=アイドルの誤った道」というタイトルを付けている。

 グレタさんはパレスチナのスカーフを首に巻き、アムステルダムで8万5000人の観衆の前で反イスラエルを訴えた。彼女は群衆に向けて、気候変動運動には「抑圧されている人々の声に耳を傾ける義務がある」と叫んだ。グレタさんの演説後、サラ・ラクダン氏がマイクを握り、同じように、「イスラエルが我が国で大量虐殺を行っている」と主張した。ラクダン氏はハマスのイスラエル民間人攻撃を称賛し、テロリストを賞賛し、ホロコーストを矮小化することで知られている人物だ。

 パレスチナ自治区ガザを2007年以降実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」が10月7日、イスラエルに侵攻して1300人余りのイスラエルの民間人らを虐殺したが、グレタさんは殺害されたイスラエル人への同情や連帯は一言も語らず、パレスチナ人への連帯を表明し、「パレスチナの自由」を要求、イスラエル軍のガザ報復攻撃を「大量虐殺」と呼ぶなど、アムステルダムの集会前から徹底した反イスラエル言動を繰り返している。

 それに対し、ドイツ・イスラエル協会会長で緑の党の政治家フォルカー・ベック氏は、「気候変動活動家としてのグレタ・トゥーンベリさんの終わりだ。彼女は今後、イスラエル憎悪がその使命となるだろう」と指摘、「緑の党」議員マレーネ・シェーンベルガー氏は「グレタさんはもはや模範ではない」と失望している(ドイツ民間ニュース専門局ntv11月14日から)。

 グレタさんは15歳の時、ストックホルムの議会前で気候環境保護と大きく書かれた紙の前で気候変動に対して抗議する写真で有名になった。彼女が引き起こした運動に多くの若者が賛同し、若い世代のアイドルとなっていった。グレタさんのイメージに亀裂が入り始めたのは、グレタさんが父親とあらゆる種類の儲かるPR取引を行っていたことが知られるようになってからだ。

 ノイバウアー女史は、「多くのことが崩壊しつつあるのは明らかだ。私たちは今、誰と共通の価値観に基づいた協力基盤を見つけられるか、そしてそれがどこにあるのかを見極めなければならない」と述べている。

 グレタさんの変身は、文字通り気候変動運動を二分している。なぜなら、アムステルダムでのデモも含め、左翼のエコロジーグループのかなりの部分で彼女は拍手喝采を受けているからだ。

 左翼の反ユダヤ主義は無反省なポスト植民地主義、グローバリゼーション批判、反資本主義によって煽られており、イスラエルは米国の「帝国主義と植民地主義」の手先とみなされている。パレスチナ人とアラブ人、イスラム教徒は被害者、イスラエルと米国は加害者だ、という構図が出来上がっているのだ。グレタさんがその影響を受け、思想が過激化してきたわけだ。

 「グレタさんと左派の根深いユダヤ憎悪」というタイトルの記事(11月14日付)を書いたヴォルフ・ヴァイマー記者は、「グレタさんはイスラエル批判のリーダーになりつつある。グレタさんのインスタグラムのフォロワーは1500万人で、彼女の「自由なパレスチナ」写真はX(旧ツイッター)で2500万回閲覧されており、おそらく主に若い視聴者に閲覧されている。それを通じて、彼女は左派のイスラエル憎悪と根深い反ユダヤ主義を全く新しい若いターゲットグループに拡散してきているからだ」と述べている。

ウクライナ戦争は兵器の実験場に

 どのような兵器も様々な実験を繰り返し、その性能をチェックしてからしか実戦には投入されない。平時は新兵器を実戦でテストする機会が余りない。ロシアはシリア内戦ではロシア軍需産業が開発した新兵器を積極的に導入してその性能をチェックしたという。だから、シリアは「ロシア兵器の実験場」といわれた。

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▲ゼレンスキー大統領とドイツのショルツ首相の会見(ウクライナ大統領府公式サイトから、2023年10月5日)

 ロシアのプーチン大統領は5日、外交政策専門家フォーラムで、「われわれは原子力推進の全球射程巡航ミサイル(ブレヴェストニク)の実験に成功した。これを受け、ブレヴェストニクと大型大陸間弾道ミサイル(サルマト)の開発を事実上完了し、量産化に取り組む」と発表した。この発表が事実とすれば、ロシアは遅かれ早かれ、その新兵器を実戦の場で使用することが予想される。もちろん、ロシアだけではない。米国でも同様だ。新兵器には実戦の場が不可欠だ。表現は良くないが、性能の高い新兵器を開発するためには戦争が必要となる、というわけだ。

 ところで、ロシア軍が昨年2月24日、ウクライナに侵攻して以来、1年半以上の月日が過ぎたが、ウクライナは次第にロシアや欧米諸国の兵器の実験場となってきている。例えば、ドローン(無人機)が戦場で大量に導入されたのはウクライナ戦争が初めてではないか。ウクライナ軍の2基のドローンがロシアの中心、クレムリン宮殿にまで侵入し、モスクワはその対空防御システムの脆弱さを暴露させた。ドローンは製造が比較的容易ということもあって、イランは大量に製造し、ロシアに輸出していることが知られている。

 高性能のドローンはターゲットを自動的に識別できるから、大量の高性能のドローン部隊の攻撃を受けた場合、防御は大変だ。軍事専門家によると、ドローンは半自律兵器と呼ばれている。米国のパトリオットミサイル防衛システムは、ミサイルの探索と発射に関して部分的に自律的だ。そして今後、完全な自律型兵器が戦場に投入されるのは時間の問題というのだ。

 国連のグテーレス事務総長と赤十字国際委員会(ICRC)のスポルジャリッチ委員長は、人間の介入なしに目標を探し出して発射する完全自律型兵器システム(一般的にはキラー・ロボットと呼ばれる)に対して、共同声明で「人類を守るため明確な障壁を設ける国際条約が緊急に必要である」と述べている(ドイツ通信DPA)。

 戦争は単純な武器、大砲などの通常兵器での争いから、大量破壊兵器が登場し、第2次世界大戦終了直前、米軍は2回、日本に原爆を投下した。広島に投下された原爆はウラン爆弾であり、長崎はプルトニウム爆弾だった。米軍は製造した2種類の原爆の性能、効果を戦場で確認しようとしたわけだ。

 米国とソ連が対峙した第1次冷戦時代は、原爆が再度投下はされることなく幕を閉じた。ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」の無意味論を主張した。それが第2次冷戦時代に入り、核兵器に触手を伸ばす国が出てきた。

 そしてウクライナ戦争では大量破壊兵器に代わって、ドローン、キラーロボットといった人間の介入なく、敵の目標を探して攻撃する半自律型、完全自律型兵器が戦場で主役を演じる時を迎えようとしている。もちろん、キラーロボットの製造、使用を規制するために「自律型致死兵器(LAWS)の法的枠組みに関する交渉」はジュネーブの軍縮会議で行われているが、現時点では反対もあって成果はない。

 現実のウクライナ戦争を振り返る。キーウ側は欧米諸国に武器の供与を求めてきた。例えば、欧州の大国ドイツは最初は防御用武器に制限(軍用ヘルメットなど)、その後、防御用戦車、攻撃用戦車「レオパルト2A6」、地対空防御システムなどをウクライナ側に供与したが、キーウが要求する戦闘機、長距離巡航ミサイル「タウルス」の供与は依然拒否している。

 明らかな点は、戦争が長期化すれば、高性能で破壊力の強い武器が求められる。また、戦争の当事国ロシアやウクライナにとって人的資源(兵士)は無限ではないから、ドローン、キラー・ロボットなどの半・完全自律型兵器が前面に出てくることが予想される。その結果、戦争は一層、残虐性を帯び、非人間的な様相を深める。この懸念は次第に現実的になってきている。

ジャニーズ事件と「聖職者の性犯罪」

 故ジャニー喜多川氏の性加害事件は、大手芸能事務所ジャニーズ事務所が会社名を変更し、忌まわしい過去からの決別、再出発を決めたことで、今後は被害者への賠償問題に焦点が移る。日本のTV、週刊誌、新聞などを巻き込んで大騒ぎとなったジャニー喜多川氏の性犯罪は特定人物の異様な性向がもたらした事件と受け取られているが、その性加害事件に直接、間接的に関わったメディア、TV関係者には依然重苦しい空気が漂っている。

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▲ジャニーズ事務所(ウィキペディアより)

 一方、ローマ・カトリック教会は1990年代に入り、聖職者の未成年者への性的虐待事件が発覚し、その対応で苦慮してきた。聖職者の性犯罪件数はメディアで報じられただけでも数万件以上だ。バチカン教皇庁、教会関係者が事件を隠蔽してきたこともあってこれまで明らかにならなかったが、聖職者の性犯罪は過去も現在もあった。

 世界13億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の最高指導者ローマ教皇フランシスコは2019年、聖職者の性犯罪問題で信者からの信頼を失い、教会から脱会する信者が増加してきたことを受け、聖職者の性犯罪対策に乗り出してきた。バチカンで4日から4週間、世界代表司教会議(シノドス)が開催中だ。世界の司教たちだけではなく、平信者、女性代表らも参加する世界シノドスの主要テーマには聖職者の性犯罪問題も含まれている。

 日本国内を騒がした「ジャニーズ問題」、世界で数十万人の被害者を出している「カトリック教会の聖職者問題」はいずれも「性犯罪」だ。日本ではジャニー喜多川氏の性加害事件にはメディアの注目が集まったが、カトリック教会の性犯罪問題については日本のメディアがほとんど無視してきたこともあって、カトリック教会聖職者による未成年者への性的虐待が世界各地で起きているという事実を知らない日本人が多い。

 日本はカトリック教国ではない。信者数は約45万人に過ぎないこともあって、カトリック教会という宗教団体の内情に多くの日本人は関心がない。一方、ジャニー喜多川氏のケースは週刊誌やワイドショーの格好のテーマであり、メディアは大きく報道し、国民の関心は大きかった。ちなみに、日本では、ジャニー喜多川氏の性加害事件とローマ・カトリック教会の聖職者の性犯罪を比較しながら報じたメディアはこれまでなかった。

 くどくなるが、両者は被害者件数こそ雲泥の差だが、「未成年者への性的虐待」という点で同じだ。違いは、一方は芸能人世界での出来事であり、他方は宗教団体での問題ということだ。

 数百人の未成年者の犠牲を出したジャニーズ事務所は会社名の変更を余儀なくされたが、数十万人の被害者を出しているカトリック教会が教会名を変えたとは聞かないし、教会名称の変更自体、世界シノドスのテーマとはなっていない。前者は加害者が分かっているが、後者は加害者が数十万人になる。前者は単独犯罪であり、後者は組織的犯罪だ。

 ジャニー喜多川の性加害事件をあれほど騒いだのに、それ以上の規模で今も起きている聖職者の性犯罪問題を報じないのは、メディア関係者、報道機関の問題意識の欠如だ。人権問題に日頃うるさいメディア関係者がなぜローマ・カトリック教会の解体を要求しないのか。日本のカトリック教会内でも聖職者による性犯罪は起きている。月刊誌文藝春秋(2019年3月号)でルポ・ライターの広野真嗣氏が「“バチカンの悪夢”が日本でもあった! カトリック神父<小児性的虐待>を実名告発する」という記事を掲載している(「日本教会にもあった聖職者『性犯罪』」2019年2月16日参考)。

 ところで、日本では岸田文雄首相が「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)の解散請求を出す意向という。今回の解散請求は安倍晋三元首相暗殺者、山上徹也容疑者の供述に基づいている。母親が高額献金し、その結果、家庭は破産に追い込まれたということで、献金先の旧統一教会憎しがテロリスト山上容疑者の旧統一教会批判の核だ。

 だから、旧統一教会を批判する側は教会側の高額献金問題を先ず挙げる。このコラム欄でも書いたが、献金がその信者の贖罪意識に基づいたものであった場合、問題は少ないが、そうではない場合、献金後問題が生じるケースはあり得る。問題は献金する側の贖罪意識の有無にかかっている。換言すれば、宗教的動機に基づいた献金行為には、「高額献金」、「少額献金」といった金額の差は問題にならない。ただ、贖罪意識の乏しい信者に、強制的に、偽りの贖罪意識を植え付けて献金を集めようとすれば、問題が後日生じる(「人はなぜ『献金』するか」2023年9月17日参考)。

 犯罪にも重犯罪と軽犯罪がある。「性犯罪」は重犯罪だ。ところで、重犯罪を繰り返してきたカトリック教会に過去、解散請求が飛び出したことがあったか。国もメディア関係者も教会問題には余り介入してこなかった。ただ、被害者の数が余りにも多いことから、「政教分離」を建前とするフランスでは内務省がカトリック教会に対し、教会の「告白の守秘義務」の廃止を求めた例はある。

 参考までに、「性犯罪」は人間の「下部」に関わる問題だ。加害者が聖職者だろうが、芸能人だろうが、「性犯罪」は人々の好奇心の対象こそなれ、真剣にその対応を考えるテーマとは受け取られない。なぜならば、加害者だけではなく、ほぼ全ての人々が「下部」で同じ問題や弱みを抱えているからだ。その結果、ジャニー喜多川氏や聖職者の「性犯罪」に対して隠蔽や“変な寛容”が生まれてくる一方、金が動く「献金問題」では必要以上に執拗に追及しようとするのだ(「聖職者の性犯罪と『告白の守秘義務』」2021年10月18日参考)。

 岸田首相が政治的判断から旧統一教会の解散請求を出した場合、他の宗教団体も同じ運命に陥る危険性が排除できなくなる。平信者の献金で賄っている宗教団体は、元信者からの献金払い戻し要求を程度の差こそあれ抱えているからだ。

 民主主義国の日本で今、宗教弾圧が白昼、堂々と行われている。それを笑いながら駆り立てているのが、宗教に全く関心がない共産党系弁護士、メディア関係者だ。 

「日刊紙」の紙媒体は終りを迎える

 冷戦時代、毎朝、目を覚ますと自宅に届く日刊紙プレッセとクリアに先ず目を通し、朝食後はドイツのヴェルトを読み、余裕があればフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)とスイス紙の高級紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)にも必要な記事には目を通した。週刊誌ではシュピーゲルを予約し、そのほか、オーストリアの週刊誌プロフィールやドイツのフォークス、そしてカトリック系週刊誌などを愛読していた。

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▲世界最古の現存する日刊紙「ウィーン新聞」(「ウィーン新聞」公式サイトから、2023年4月27日)

 当方は新聞が好きだった、というわけではないが、毎朝届く新聞は貴重な情報源だった。30年前以上の話だ。それがインターネットが登場して、世界のメディアが激変した。それに呼応して、当方の情報源も紙媒体の新聞・雑誌から次第にネットへと変わっていった。現在はシュピーゲル以外は紙媒体は予約せず、もっぱら日刊紙の電子版を読んでいる。歳をとるにつれ、新聞の活字を追うのが億劫になったうえ、インターネットから入る情報のほうが早く、コンパクトだからだ。

 新聞などの紙メディアの終焉が近い、ということはここ10年前ごろから言われてきたことだ。ところで、秋の賃金交渉に先駆け、オーストリアで紙メディアを経営するメディア業界は27日、「ジャーナリストとは賃金や待遇など労働条件の労働協約を解約する」と決定した。その理由は紙コストの高騰など経営問題も含め、紙メディアを取り巻く状況がこれまで以上に厳しくなってきたからだという。もちろんジャーナリスト労組は強く反対している。

 アルプスの小国オーストリアでもインターネット・メディアの攻勢もあって紙媒体のメディア業界は存続の危機に直面している。その象徴的な出来事は、今年6月30日を期して世界最古の日刊紙ウィーン新聞(ヴィーナー・ツァイトゥング)が紙媒体からオンライン電子版に移行したことだ。

 同紙は1703年に始まって2023年まで320年の歴史を有する「現在まで発行している世界最古の日刊紙」と受け取られてきた。320年間といえば、神童モーツァルトも楽聖ベートーヴェンも同新聞に目を通していただろうし、ハプスブルク王朝の栄枯盛衰を目撃してきたことになる。第1次、第2次の世界大戦を目撃し、1938年以降はヒトラーのナチス政権をフォローしたはずだ。同国が誇ってきた世界最古の新聞の終焉を告げる出来事は「時計の針をもはや戻すことはできない」ことを改めて追認させたわけだ。

 紙媒体のメディアは2010年には74紙があったが、2022年には53紙に減少した。例えば、今年に入りウィーン新聞のオンライン化、来年にはオーバーエステライヒ州の国民党機関紙フォルクスブラット(Volksblatt)も紙からオンラインに移行する、といった具合だ。

 ドイツのメディア業界の専門家たちは、「10年後にはドイツでは紙の日刊紙はなくなるだろう」と予言しているが、オーストリアのメディア問題専門家カルテンブルンナー氏は27日、オーストリア国営放送(ORF)の夜のニュース番組の中で、「ドイツが10年とすれば、わが国は13年後には同じような状況になるだろう」と述べていた。

 例えば、新聞を毎日読む年齢層を調査したとたところ、60歳以上は依然、70〜80%が新聞に目をやるが、14歳から19歳の若者は30%と少ない、若い世代はもっぱらインターネットのオンライン情報に集中し、紙の日刊紙を金を払ってまで読む習慣はない。ということはその若い世代の10年後、新聞を読む人が更に少なくなることは一目瞭然だ。

 米紙ニューヨーク・タイムズは久しくオンライン購読者の獲得に力を入れ、現在は同紙の購読者の80%以上がオンライン購読者だ。ローカル紙だった英紙ガーディアンが世界の主要メディアにまで発展できたのもインターネットへの進出があったからだ。

 10年後、長くても15年後には、日刊紙の紙媒体は消滅するだろう。昔の紙媒体の新聞を読みたければ、国立図書館に行くしかない。情報を提供するメディア側は毎日の情報を電子版で報じ、週刊誌、月刊誌の紙媒体で詳細な情報を提供する、といった「日刊紙」と「週刊誌・月刊誌」の間で暫くの間、棲み分けが進むのではないか。

 人間は情報への願望を持っているが、カルテンブルンナー氏は、「新聞が報じる情報を信頼すると答えた人は全体の40%に過ぎず、60%が情報の信頼性を疑っている。特に、新型コロナウイルスが席巻した過去3年間で多くの人はメディアが報じる情報を疑い出してきた」と述べている。「情報とその信頼性」はメディア業界が抱えているもう一つの大きな問題だ。

なぜ人は隠蔽するのか

 恥ずかしいことだが、日本語で「隠蔽」(いんぺい)という言葉を知ったのは、ローマ・カトリック教会の聖職者による未成年者への性的虐待問題を取材していた時だ。「いんぺい」という日常生活ではあまり使わない日本語に戸惑った。「いんぺい」が事実を意図的に隠すことを意味すると知ってから、残念なことだが、当方は「隠蔽」という言葉を頻繁に使用するようになった、というか、「隠蔽」という日本語が必要なテーマを多く扱ったきた。

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▲ジャニーズ事務所(ウィキペディアより)

 直近では、スイスのローマ・カトリック教会の聖職者による未成年者への性的虐待問題の報告書を読んだ時だ。報告者を作成したチューリッヒ大学の歴史学者が、「スイスのカトリック教会は、アイルランド、フランス、ドイツの教会と同様に非人道的な陰謀を行ってきたことが、公開されたパイロット研究によって証明された」と述べている。そして「隠蔽」する理由として、「司教たちは『聖なる』教会の評判を守るためにできる限りのことをした。性的虐待を犯した聖職者が処罰されないことが多いのは、司教たちが共犯者になっていたためだ」と正確に説明している。

 すなわち、隠蔽するのは、「聖なる教会」の名誉を守るためだというのだ。人は自身が行っていることが悪いと思っては悪行を行えない。だから、どうしても自身の悪行を何らかの理由をつけて正当化しようとする。教会の上層部もその点ではまったく同じだ。「教会の名誉を守る」という理由から、神父の未成年者の性的虐待が外部に漏れないように対応する、という行為に出てくるわけだ。

 近代教皇で最高峰の神学者といわれたベネディクト16世もドイツのミュンヘン・フライジンク大司教区の大司教時代(1977年〜82年)、聖職者の未成年者への性的虐待問題に関連し、「適切に対応しなかった」という理由で犠牲者から訴えられた。性犯罪を犯した神父を人事することで犯罪を隠し、その神父がその後も聖業を継続していたことに対しては黙認した、という容疑だ。典型的な「隠蔽」だ。

 それでは、「隠蔽」はローマ・カトリック教会だけかといえば、もちろんそうではない。至る所で「隠蔽」が行われている。大手芸能事務所「ジャニーズ事務所」の創設者ジャニー喜多川(2019年死去)の性加害事件について、関係者による隠蔽行為があったはずだ。同芸能事務所とビジネス関係にあったメディア関係者も故ジャニー喜多川の性加害事件を薄々、ないしは良く知っていたが、事件が発覚するまで沈黙してきたことが明らかになってきている。

 カトリック教会の場合、「神聖な教会の名誉を守る」といった動機が強かった。一方、ジャニーズ事務所の場合、ビジネスの経営を守るため、といった理由が大きかったのではないか。もう少し厳密にいえば、カトリック教会の場合、教会の名誉というより、教会指導者の名誉を守るためであり、ジャニーズ事務所の場合、ビジネスで多大な利益を得ていた会社責任者を守るため、という理由が大きかったはずだ。

 ちなみに、カトリック教会には、聖職者の未成年者への性的虐待事件を隠ぺいする組織的メカニズムが存在している。「告白の守秘義務」だ。欧州のカトリック教国フランスで2021年10月5日、1950年から2020年の70年間、少なくとも3000人の聖職者、神父、修道院関係者が約21万6000人の未成年者への性的虐待を行っていたこと、教会関連内の施設での性犯罪件数を加えると、被害者総数は約33万人に上るという報告書が発表されたことがある。それを通じて、教会上層部が性犯罪を犯した聖職者を「告白の守秘義務」という名目のもとで隠蔽してきた実態が明らかになり、聖職者の「告白の守秘義務」を撤回すべきだという声が高まっている。

 未成年者に対して性的虐待を犯した聖職者が上司の司教に罪の告白をした場合、告白を聞いた司教はその内容を第3者に絶対に口外してはならない。その結果、聖職者の性犯罪は隠蔽されることになる。バチカンの基本的立場は明確だ。赦しのサクラメント(秘跡)は完全であり、傷つけられないもので、神性の権利に基づく。例外はあり得ない。それは告白者への約束というより、この告白というサクラメントの神性を尊敬するという意味からだ。しかし、聖職者の性犯罪の増加を受け、その「告白の守秘義務」の再考を求める声が出てきているわけだ。

 「隠蔽」のルーツを探るために少し、聖書の世界に戻る。

 人類最初の「隠蔽」はアダムとエバが「取って食べてはならない」という神の戒めを破り、取って食べたことから始まる。アダムとエバが戒めを破り、取って食べた後、自分たちが裸であることに気が付き、「下部を隠した」と記述されている(創世記第3章)。「取って食べた」ものが果実だったら、人は口を隠すが、アダムとエバはその時、「下部」を隠したというのだ。聖書は「下部」で罪を犯したことを象徴的に記述したわけだ。それ以来、「下部」で行う性行為に対し、人は罪意識を持ったり、恥ずかしさを覚えるようになった。全ての高騰宗教は淫乱を最大の罪にしているのは偶然ではない。そこで罪が始まり、その罪を隠すために「隠蔽」が始まったからだ。

 もちろん、金銭問題でも「隠蔽」は行われる。その場合、法的規制や社会の規約に対して「隠蔽」する。一方、「性的問題」での隠蔽は先ず、人が継承してきた「罪意識」から逃れようとすることから始まる。換言すれば、アダムとエバの末裔の私たちは「隠蔽する存在だ」といえるわけだ。

 参考までに、故ジャニー喜多川の性加害事件は2つの「隠蔽」が混ざっている。ジャニーズ事務所関係者の「隠蔽」は金銭分野に関連する行為であり、故ジャニー喜多川の場合、自身の特異な性向に対する「隠蔽」だ。2つの「隠蔽」が連携していたこともあって、久しく事件は発覚せず、被害者だけが増えていったわけだ。

 ボリビアの詩人フランツ・タマーヨは、「究極の悪は、悪を見ていながら、口に出して言わないことだ」と述べている。未成年者への性的虐待を犯した聖職者や人間を見ながら、口に出して言わない「隠蔽」行為は究極の悪というわけだ。

ジャニーズ性加害事件について

 ジャニー喜多川氏(2019年死去)の性加害事件について、当方はこれまで関心を払ってこなかったが、日本のメディアから流れるニュースに、「ジャニー喜多川性加害事件」関連記事が余りにも多いこともあって、一度事件の全容を理解したいと思っていた。その矢先、ジャニーズ事務所関係者による記者会見が7日開かれたので、一度聞いてみた。ただ、同記者会見が4時間12分以上の長時間ということもあって、残念ながら最後までは付き合うことができなかったことを予め断っておく。

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▲ジャニー喜多川性加害事件はカトリック教会の性的虐待事件と似ている(写真はサンピエトロ広場)

 以下は、ジャニー喜多川性加害事件について、当方なりの感想を書きたい。ジャニーズ事務所での事件がなぜこれまで明らかにされず、隠蔽されてきたか、関係者やメディアの責任などを考えていく中で、「事件とその後の経緯はローマ・カトリック教会の聖職者による未成年者への性的虐待事件に酷似している」と気が付いた。

 記者会見には藤島ジュリー景子代表取締役、東山紀之新社長らが登壇し、事務所の事件に対する立場を改めて表明した後、記者たちの質問に答えた。記者会見に先立ち、先月29日、外部有識者によるジャニー喜多川性加害事件の独立調査報告書が発表された。その報告書では、事件の責任、経緯、今後の対応への提案などが記されているという。

 記者会見では藤島ジュリー景子さんが引責で社長ポストから降り、東山氏が就任した経緯が説明された。大手芸能プロダクション、ジャニーズ事務所として責任を明確にし、東山新社長のもと再スタートをするという予定だ。社名の変更問題や、100%の株を有する藤島ジュリー景子さんが東山新社長体制のもとでどのような役割を果たすことになるかは今後の課題だろう。

 当方にとって関心を引いた点は、週刊誌などでジャニー喜多川の性加害問題は久しく囁かれていたにもかかわらず、被害者が告白するまでこれまで法的にも不問にされてきたことだ。被害者数は数百人に及ぶという。そして事件が公に報道された後、外部の有識者による独立調査委員会が設置され、調査に乗り出し、報告書を作成。それを受けて、関係者は謝罪を表明し、被害者への補償問題、精神的ケア問題がテーマとなってきたわけだ。
 
 この事件発覚前後のプロセスは、カトリック教会の聖職者による未成年者への性的虐待事件のそれと非常に酷似している。

 スーパースター的存在だったヨハネ・パウロ2世時代に聖職者の性犯罪は発生していたが、それを取り上げた聖職者や教会関係者は誰も出てこなかった。それがベネディクト16世に入ると途端、世界各地の教会で聖職者の未成年者への性犯罪が暴露され、犠牲者が公の場で訴え始め出した。ただし、カトリック教会の聖職者の性犯罪件数は数件ではなく、数万件に及ぶ。教会の組織的犯罪というべきかもしれない。

 聖職者が未成年者に性犯罪を繰り返していた時、バチカンを含む教会指導者は事件の発覚を恐れて性犯罪を犯した聖職者を人事異動して信者たちの目に触れないようにしたり、事件を隠蔽してきた。

 ジャニー喜多川性加害事件と教会聖職者の性犯罪の酷似点をまとめる。〇件の舞台が大手芸能プロダクション事務所やカトリック教会関連施設といった閉鎖的な社会空間で発生したこと、被害者は未成年者の男の子たちに集中 上司(バチカン、教会指導者、ジャニー喜多川)からパワハラ・セクハラを受けてきた。そのため、被害者は事件を外部に告白できない状況下にあった一方、関係者は事件の発覚を抑えるために隠蔽に走ったことなどだ。

 被害者が事件を告白すると、一挙に沈黙の壁が崩れ、事件は次から次と暴露されてきた。事件を薄々知りながら、沈黙してきた関係者、メディア関係者も事件を報道しだした。そして、有識者による独立調査委員会が設置され、報告書が作成され、被害者への補償問題が出てきたわけだ。

 ちなみに、アメリカでは教会での虐待に関する多くの訴訟が起こっている。性的暴力の被害者が教区に対して損害賠償を求めて訴えている。例えば、サンフランシスコ大司教区では訴訟件数は500件以上のため、損害賠償額は巨額となり、教会は破産の危機に直面している。ジャニー喜多川性加害の犠牲者数が最終的に何人か不明だが、被害者の精神的ケアと共に、損害賠償問題は今後の大きなテーマとなるだろう。

 ジャニー喜多川とカトリック教会聖職者が犯した犯罪は性犯罪だ。それも児童を対象とした性的虐待事件だ。加害者の異常な性向を事前にキャッチすることは容易ではない。ましてや、被害者が未成年者となれば猶更だ。加害者が既に死去し、事件そのものが時効となっている場合、事件発覚後の対応は一層困難となることが予想される。

 いずれにしても、性犯罪を犯す人間はジャニー喜多川やカトリック教会聖職者だけではない。両事件は特殊な閉鎖的な団体、組織で起きたものだが、性犯罪は社会のどこにでも起きている。その意味で、両者の事件からも教訓をくみ取ることができる。他人事ではなく、私たちが直面している問題として考えることができれば、今後の危機管理に役立つだろう。

悪魔の囁き.「旧統一教会を解散せよ」

 第80回ベネチア国際映画祭で8日(日本時間9日)、濱口竜介監督の「悪は存在しない」が国際映画批評家連盟賞を受賞した、という朗報が流れた。当方は同監督の映画の内容はまったく知らないが、そのタイトルが気になった。

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▲ギュスターヴ・ドレによるジョン・ミルトンの「失楽園」の挿絵、「地球へ向かうサタンを描いている」(ウィキぺディアから)

 以下のコラムは映画の内容とは全く関係がないことを先ず断っておく。

 当方は「悪は存在する」と確信しているので、どのような脈絡からにしても「悪は存在しない」といわれれば、「悪は存在する」と叫ばざるを得ないのだ。実際、悪の存在が証明されれば、これまでの未解決な問題や事件の核心が解明できるのだ。逆にいえば、悪の存在を知らない限り、私たちは自身の存在を含め、多くの事が分からず、悪に翻弄されるだけの存在になってしまう、といった懸念を感じるのだ。

 誤解を恐れずに言えば、現代は「神の存在証明」よりも、「悪の存在証明」のほうが数段容易な世界に生きている。戦争は至る所で起き、飢餓、自然災害が広がっている。人生の目的が分からず苦悩している人が多い。

 そのよう中で、多くの人々は「神は存在しない」、「愛の神はいない」と感じ、「神の不在証明」を嘆いたり、怒ったりするが、「戦争や紛争、飢餓の背後には、悪が暗躍している」と喝破し、「悪魔の存在」を指摘する人もいる。世界の現状を「神の不在証明」と受け取るか、「悪の存在証明」と考えるかは人によって異なる。

 米国のサスペンス映画「ユージュアル・サスぺクツ」(1995年作)の最後の場面で俳優ケヴィン・スペイシーが演じたヴァーバル・キントが語る有名な台詞を紹介する(スペイシーはこの役でアカデミー助演男優賞を得ている)。

“The greatest trick the devil ever pulled was convincing the world he did not exist”
(悪魔が演じた最大のトリックは自分(悪魔)が存在しないことを世界に信じさせたことだ)

 それではなぜ悪魔は自身の存在を隠すのか。パパラッチ対策ではない。神が存在しないことを人間に信じさせるために、先ず自分が存在しないことを宣言する必要があるからだ。悪魔が存在していれば、神は何処にか、という問題が湧いてくる。だから悪魔は天地創造の神を否定するためには「自分は存在しない」と言いふらさなければならないのだ。

 私たちは本来、「神の存在証明」より、「悪の存在証明」を優先して取り組むべきだ、という結論になる。過去の多くの哲学者、神学者は前者を優先してきた。ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェは「神は死んだ」と語り、神の不在論を展開させたが、悪が存在するか否かについて言及していない。神は「実存在」だが、「悪魔」は架空の作り物というわけだ。悪魔にとってこれほど都合のいい論理はないのだ。「この世の神」悪魔(サタン)は、地上の人間に「自分は存在しない」と信じさせることに成功しているのだ(「悪魔『私は存在しない』」2021年6月23日参考)。

 「悪魔」について書くと、読者の中には笑いだす人が出てくるかもしれない。神について書けば、「神学的な議論」と受け取ってもらえるが、悪魔について書けばオカルト、と罵倒され、狂人扱いされる。現実は、悪魔の業を指摘せずして事例を説明できないケースが増えてきているのだ。

 具体的な話に少し入る。悪魔が総結集して構築してきたのが共産主義思想だ。神を否定し、愛されている者、豊かな者への嫉妬、恨みを駆りたたせ、「労働者の地上天国」という標語を掲げて世界を席巻してきた。共産主義思想の背後に悪魔の存在を嗅ぎ取って「悪魔の思想」と喝破したのが世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の創設者文鮮明師だ。

 共産主義の実態、その正体を暴露する人物、団体、組織があれば「悪魔」は地上での強権を駆使してバッシングする。旧統一教会が創設以来、常に批判され、罵倒されたのは高額献金問題があるからではない。共産主義が間違いであり、その思想がどこから起因するかを明らかにする理論(勝共理論)を提示し、共産主義に戦いを挑んできたからだ。

 悪魔はメディアを総動員して、旧統一教会との戦いを始めた。山上徹也容疑者が昨年7月8日、奈良市の近鉄大和西大寺駅北口で選挙応援演説中の安倍晋三元首相を射殺したが、悪魔は左派系メディアを総動員して同事件を旧統一教会叩きの機会に利用してきた。その時、焦点を高額献金問題に絞り、共産主義の誤謬を指摘した旧統一教会の思想的理念(統一思想、勝共思想)に対しては恣意的に無視してきた。

 現代の日本社会は、魔女狩りが行われた欧州の中世時代のようだ。ただ、欧州の魔女信仰やそれに関連した魔女狩りには程度の差こそあれキリスト教の影響があったが、日本の場合、共産主義という“偽宗教”が旧統一教会信者への魔女狩りをプッシュしているのだ。同時に、共産党系の反統一教会聖職者や活動家による旧統一教会信者拉致監禁問題を完全に忘れている。

 岸田文雄首相は10月にも旧統一教会の解散命令を請求する予定だという。旧統一教会叩きを主導しているメディア、弁護士、活動家はほとんどが共産党系だ。彼らは、支持率が低迷する岸田政権の弱みを巧みに利用し、旧統一教会の解散命令を強いようとしている。

 繰り返すが、旧統一教会ほど共産主義の実態を知りつくして、戦ってきた団体は日本には存在しない。彼らを失えば、日本は中国共産党政権、北朝鮮らの脅威に一層晒されることになるのだ。まだ、時間はある。悪魔の囁きに乗って、旧統一教会に解散命令を出してはならない。


<参考資料>
 「旧統一教会を誤解している友へ」2022年11月04日
 「岸田首相は拉致監禁被害者と会見を」2022年10月26日
 「安倍元首相銃殺の『事件の核心」は・・」2022年10月17日
 「旧統一教会は何を目指しているのか」2022年8月23日
 「『統一教会』批判を煽る2つの勢力」2022年7月29日 

バービーがイスラム国で嫌われる理由

 アルジェリアで米国の映画「バービー」の上演が禁止された。イスラム教国の中には同じように、自由で活発で美しい若い女性のシンボル、バービー人形にその国の体制が揺れるのを恐れる国がある。イスラム教国だけではなく、キリスト教社会の欧米社会でもバービー人形に対して批判的な保守系の人々もいる。

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▲イランの最高指導者ハメネイ師(イランIRNA通信8月20日から)

 そこでまず、なぜバービー人形は一部のイスラム教国では批判的に受け取られるのかを人工知能(AI)のチャットGPTに質問してみた。

【質問】
 映画バービーが現在、世界で公開されていますが、アラブ諸国の一部で上演禁止されています。なぜイスラム教国ではバービーは批判的に受け取られるのでしょうか。

【回答】
 バービー人形やその関連する商品が一部のイスラム教国で批判的に受け取られる理由は、宗教的な観点や文化的な背景に基づくものと言われています。以下にいくつかの理由を挙げてみますが、これは一般的な傾向であり、すべてのイスラム教国や個々のイスラム教徒に当てはまるわけではありません。

(顕修両彳諭Д弌璽咫漆遊舛論祥里諒顕重象徴の一つであり、その外見やファッションが一部のイスラム教国で伝統的な価値観や規範と衝突する可能性があります。これにより、イスラム教の服装や行動規範に合わないと感じられ、批判や拒否の対象となることがあります。

▲皀薀襪篶冤:一部のイスラム教徒や宗教指導者は、バービー人形が露出度の高いファッションや化粧を推奨していることから、モラルや倫理に反すると考えることがあります。特に、伝統的なイスラム教徒にとって、このような性的な視覚的刺激は問題視されることがあります。

イメージの歪曲:バービー人形は外見に重点を置いたものであり、一部のイスラム教徒や文化にとって、これが女性の役割や価値を単に外見に結びつけているように見える可能性があります。これは女性に対する適切な尊重や平等を欠いているとの批判を引き起こすことがあります。

だ祥諒顕修箸梁侘:一部の地域や国々では、西洋文化に対する抵抗感や反感が存在し、それに属する商品や要素に対しても批判的な姿勢を取ることがあります。バービー人形がこのような文化的摩擦の象徴となることがあるかもしれません。

 注意すべきことは、これらの理由が一般的な傾向であるとしても、イスラム教の教義や実践は多様であり、個々の信者や地域によって異なる解釈がされることです。また、現代の社会では、バービー人形を楽しむ人々もおり、その受け入れ方は文化的な多様性に影響されることがあります。

【質問】
 イスラム教で女性蔑視の教義がありましたら教えて下さい。

【回答】
 イスラム教は多様な宗教的・文化的背景を持つ広大な宗教であり、その教義や実践は異なる宗派や地域によって異なる解釈がされています。したがって、女性に対する態度も異なる場合があります。一般的には、イスラム教では男女平等が強調されており、女性に対する尊重や権利が認められていますが、歴史的には女性の権利が制約されることもありました。

 女性蔑視と捉えられる教義や実践も一部存在していました。以下にいくつかの例を挙げてみますが、これらは特定の解釈に基づくものであり、すべてのイスラム教徒やイスラム教全体に当てはまるわけではありません。

 ―性の証言価値の制限:一部の解釈では、女性の証言が男性の証言よりも半分の価値しか持たないと解釈されることがありました。これは、法廷での証言に関する教義であり、女性が証言する際には男性との比較で不利な扱いを受けることがあったとされています。

 監護権の制約:一部の宗派や地域では、女性の婚姻や離婚において男性の家族が決定権を持つとされ、女性の意思や選択に制約が加えられることがありました。

 0疉規定:一部の地域では、女性に対して厳格な衣服規定が課されることがあり、体の一部を隠すことが強制される場合がありました。これは女性の服装や外見に対する制約として捉えられることもあります。

 以上の例は、一部の解釈や文化的要因に基づくものであり、イスラム教の全ての宗派や信者がこれらの教義や実践を支持しているわけではありません。イスラム教の宗教的な教義や実践は多様であり、女性蔑視の解釈や実践は歴史的な背景や文化的な影響によるものと言えます。現代の多くのイスラム教徒や学者は、女性の権利と尊厳を尊重する立場を取っており、平等な社会の構築に努めています。

 【質問】
 女性にスカーフの着用を義務付けるイラン、女性の高等教育を禁止するアフガニスタンのタリバン政権をどのように受け取っていますか。

 【回答】
 私は中立な立場から情報を提供していますが、一般的な見解を共有いたします。

 イランでは、女性に対してヒジャブ(スカーフ)の着用を義務付ける政策が実施されています。これはイスラム教の宗教的な解釈に基づいて行われており、一部の人々には宗教的な信念として受け入れられている一方で、一部の人々には女性の個人的な選択を制限しているとの批判があります。

 アフガニスタンのタリバン政権は、過去に女性の権利や教育を制約する政策を採用していたことで知られています。彼らの政権下では、女性の教育と職業の機会が制約されることがあり、社会的な自由が制限されることがありました。このような政策は国際的に広く批判され、女性の権利と平等を尊重する必要性が訴えられています。

 これらの政策や実践についての受け取り方は個々の文化的・宗教的背景や価値観によって異なります。一部の人々にとっては、これらの政策が宗教的信念や文化的な伝統を尊重していると受け止められるかもしれませんが、一方で、これらの政策が女性の権利と自由を制限するものとして批判されることもあります。

 現代の社会では、女性の権利や平等が国際的な関心事となっており、国際社会はこれらの問題に関して議論し、改善を促す努力を行っています。

【質問】
 最後に、キリスト教会では昔、女性蔑視の教えの神学がありましたが、近世に入り、女性の人権尊重が叫ばれ、女性解放運動も起きました。ただし、過度の女性解放運動が別の問題を生み出している面もあると思います。男性と女性が対等で平等な関係を構築するのにはどうすればいいと思いますか。

【回答】
 男性と女性が対等で平等な関係を構築するためには、多くの異なる側面やアプローチが存在します。以下にいくつかの重要なポイントを挙げてみましょう。

 ゞ軌蕕鳩屡:男性と女性の教育機会を均等に提供し、ジェンダーに基づく偏見やステレオタイプを排除するための教育と啓発が重要です。偏見やステレオタイプに対する意識を高め、自己価値を認識することで、個々の人々がより平等な関係を築く手助けができます。

 ∨‥な枠組みの整備:女性の権利を保護し、差別を防ぐために適切な法的な枠組みを整備することが重要です。ジェンダー平等を実現するために、差別的な法律を改正し、平等な権利を確保するための努力が必要です。

 0媼渦革とカルチャーの変革:社会のカルチャーや価値観に影響を及ぼすことが重要です。ジェンダー平等を強調し、男性と女性が異なる役割や責任を果たすことに対する先入観を変える努力が求められます。メディアやエンターテインメント業界の役割も大きいです。

 し从囘な自立の促進:女性が経済的に自立し、職業的な機会を享受できるような環境を整備することが重要です。経済的な自立は、女性の権利や地位を向上させる一つの鍵となります。

 ザζ碓藥と家庭内の平等:家庭内での男女平等も重要です。共同育児を奨励し、家事や育児の負担を男女で均等に分担することで、職業と家庭の両立が可能となります。

 β佻辰閥力:男女の違いを尊重しつつ、対話や協力を通じて共通の理解を深めることが重要です。互いの立場やニーズを尊重し、協力して問題解決に取り組むことで、より健全な関係が築かれます。

 ジェンダー平等は持続的な努力と文化的な変革を要する複雑な課題ですが、教育、法律、意識改革、経済的な自立、家庭内平等などの多角的なアプローチを総合的に取り入れることで、男性と女性の対等で平等な関係を築くことが可能です。

 以上、チャットGPTの回答を紹介した。参考にしてほしい。

バービーとイスラムの女性たち

 音楽の都ウィーンでもこの夏、世界的話題を呼んでいる映画「バービー」(グレタ・ガーウィグ監督、マーゴット・ロビーとライアン・ゴズリング主演)が上映されている。映画館前にはバービーのカラー、ピンク色の服を着た若い人たちが列を作っている。映画を観る前から彼らは興奮している、といった感じだ。

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▲わが家の娘の昔のバービー人形(ノルウェーバービー人形)2023年8月16日、撮影

 ところで、スイスインフォでは、バービー物語の始まりは、1950年代のスイスだったという話が紹介されていた。伊カリャリ大学人文・言語・文化遺産学部のニコレッタ・バッツァーノ准教授(現代史)の「バービー人形のルーツ調査」によると、バービー人形は、マテル社の創業者エリオット・ハンドラーの妻、ルース・ハンドラーさんが1959年3月に発明した。バービーが生まれたきっかけはスイスへの家族旅行だった。ルース・ハンドラーさんはそこで、アメリカには存在しない1つの人形に遭遇したというのだ。名前はリリだ。

 「おままごと用ではなく、どちらかといえば飾り用の人形でした。ルース・ハンドラーさんはその人形を家に持ち帰り、娘のバーバラに因んでバービーと名付けました」という。バービーはその後、時代の変遷とともに、いろいろな役割の人形として人気を得てきた。スイスインフォは「バービーは数十年間、大きな変化を遂げてきた。ストーブの前でくつろぐだけの女性から、何でもできる女性へと生まれ変わり、小さな女の子の願望を可能な限り全て代弁する」と解説している。

 ところで、バービーのピンク色のビッグウェーブの世界からイスラム教国の女性たちに目を移すと、女性の衣服の色だけではなく、まったく異なった生活圏に生きている女性たちの姿に出くわす。

 イランでは女性たちは外ではスカーフの着用を義務づけられ、それに違反すれば、風紀警察が取り締まる。イランの風紀警察はが昨年9月、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)がイスラムの教えに基づいてヒジャブを正しく着用していなかったという理由で拘束した。そのアミ二さんが9月16日に警察の拘留中に死亡した。それ以来、政府の抑圧的な方針とイスラムの統治体制に反対するデモがイラン各地で起きている。国際社会からの批判にもかかわらず、テヘランの聖職者支配政権は風紀警察の路上警備をここにきて強化してきている。

 イランの隣国アフガニスタンでも性的隔離政策を推進し、女性たちは高等教育から疎外され、男性の随伴がなければ公園にも行けない。アフガンの女性たちの楽しみの一つであり、息抜きの空間でもあった美容院も閉鎖されるという。

 独週刊誌シュピーゲル最新号(8月12日号)は、「現タリバン政権は下水路工事、住居建設などをカブール中央政府主導で実施している。第1期政権ではそれさえできなかった。現政権は明らかに第1期政権より行政能力を有しているが、その一方、西側文化や価値に対しては厳しく、特に女性の権利を次々と剥奪している」と指摘し、「タリバンの現指導者は国家の危機対策より堕落した西側文化、異教徒への戦い、文化闘争を重視している」と分析している。タリバン政権の文化闘争の最大の標的は女性だ。

 イランの聖職者支配政権の為政者やアフガンのタリバンの指導者が欧米社会のバービーブームを見たならば、卒倒するかもしれない。ひょっとしたら、「そらみろ、欧米社会は腐敗堕落していることが分かるだろう」と鬼の首を取ったように主張するかもしれない。

 興味深いのは、バービーブームで湧く欧米社会とイランやアフガンでの女性たちの状況がほぼ同じ時期に、多分、意図的ではなかっただろうが、前者は映画を通じて、後者はその独裁政権の政策によって、好対照に描かれていることだ。

 自身の可能性を100%開放したいバービーは自分が偏平足であることを知る。古典的なバービー体形は、高いハイヒールを履けるように設計した湾曲した足の持ち主だったからだ。バッツァーノ准教授は、「これによって、バービーの視界は大きく変わった。もうピンクのハイヒールではなく、普通の靴を履くようになったからです。必然的に、彼女の世界観は変わりました」と解説している。「完全なバービーの世界」から「現実の世界」へとバービーの関心が移っていく。一方、イランやアフガンの女性たちは女性の人権と自由を獲得するために命がけの戦いを展開している。

 両者は生活圏も舞台もまったく異なっているが、女性の本来の在り方、幸せを模索しているという点では、それ程かけ離れていないのではないか。
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