ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

時事問題

「世界を救った男」ペトロフ氏の話

 世界の軍事専門家によると、冷戦時に2度、米ソ間の核戦争の危機があったという。1962年のキューバ危機(1962年)と1983年だ。後者の危機を救ったのは旧ソ連防空軍中佐だったスタニスラフ・ペトロフ氏だ。同氏の歩みは「世界を救った男」という映画になっているからご存知の方もいるはずだ。人工知能(AI)時代に入り、AIの暴走による核戦争の勃発の危機すら囁かれている時だけに、同氏の当時の行動を振り返ることは意味があるだろう。

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▲「世界を救った男」のスタニスラフ・ペトロフ氏、ウィキぺディアから

 1983年9月26日深夜、ソ連の秘密軍事基地「セルプホフ15」で起きた。ソ連の早期警戒システムが「アメリカから5発の核ミサイルが発射された」という警告を発した。鳴り響く警報音、赤く点滅する「MISSILE ATTACK(ミサイル攻撃)」の文字、そして恐怖に震える部下たちを前に、ペトロフ氏は「これは誤報だ」と決断したのだ。

 緊迫した中で、ペトロフ氏は「アメリカが本当に核戦争を仕掛けるなら、報復を防ぐために数百発の規模で一斉に撃ち込んでくるはずだ。わずか5発であるはずがない」と冷静に考えた。ペトロフ氏は、当時ソ連が国運を賭けて開発した最新鋭の核早期警戒システム「オコ(Oko=ロシア語で『眼』の意味)」の致命的な欠陥を見抜いたのだ。

 オコ・システムを構成する人工衛星は、アメリカのミサイル基地から核ミサイルが発射された際に出る「ロケットエンジンの熱(赤外線)」を感知する仕組みだった。しかし、高高度の雲の先端に反射した強烈な太陽光を、人工衛星のセンサーが「ミサイルの噴射熱」と誤認した。自然現象の光の反射をフィルタリング(排除)する機能が、当時のシステムには備わっていなかったのだ。

 人工衛星が光を検知した際、システムのコンピュータはその光が「本物のミサイルかどうか」を二重・三重に厳しくチェックするが、この時システムのソフトウェアは反射光のパターンを「確実なミサイル発射(信頼度100%)」と誤って判定した。これにより、管制室の画面には自動的に「ミサイル攻撃」という最悪の赤文字が点灯し、警告音が鳴り響く事態となったわけだ。

 オコ・システムはまだ開発されてから日が浅く、多くのバグ(過ち)や欠陥を抱えたまま、冷戦の軍拡競争に間に合わせるために「突貫工事」で実戦配備された未完成のシステムだった。また、当時ソ連が運用していた衛星の軌道は、地球を楕円形に回るものだったため、決まった地域を常に真上から監視し続けることが難しかった。

 このシステムの開発・設置プロジェクト自体に関わったITと技術の専門家だったペトロフ氏はシステムが不完全で、バグが出やすいことを誰よりも熟知していた。そのため、地上のレーダー(水平線外レーダー)が「敵ミサイルを一切捉えていない(沈黙している)」という事実と重ね合わせ、「コンピュータがまた誤作動を起こしている」と確信を持って判断することができたというのだ。

 ソ連の核早期警戒システムは、人工衛星と地上レーダーの二段構えの防衛網だった。ペトロフ氏が警報を「誤報」だと見抜くことができた最大の技術的根拠は、この2つのシステムの情報が矛盾していたことだ。

 ペトロフ氏は、「目(衛星)は太陽光に騙されることがあるが、電波(レーダー)は嘘をつかない。レーダーが何も捉えていない以上、これは衛星のコンピュータの誤作動だ」と、2つのシステムの特性の違いを冷徹に分析できたからこそ、世界を滅ぼすボタンを押さずに済んだというわけだ。

 世界を核戦争から救った同氏は、しかし、ソ連軍からは冷遇され、「マニュアルを遵守しなかった」という理由から左遷されるなど冷遇された。同氏が果たした役割が世間に広く知られるようになったのは冷戦終結後の1990年代後半になってからだ。欧米などで高い評価を受け、彼の功績を讃えるドキュメンタリー映画『世界を救った男』も制作されたりした。訪米し、国連では演説もしているが、本人の晩年は貧しかったという。「自分はヒーローではない。あのとき、あの場所にいたのが、たまたま自分だっただけだ」と謙虚に語り続け、2017年に77歳で亡くなった。

 ペトロフ氏の話を書いた日は偶然、核戦争の危機があった日(1983年9月26日深夜)から43年目だったことを後で気が付いた。「あの日」のペトロフ氏のことを私たちはもっと知るべきだろう。

AIが登場して「核の抑止力」は無効に

 米マイクロソフト社の共同創業者ビル・ゲイツ氏は、米NBCテレビのインタビューで、人工知能(AI)は「10億人の死者を出すような事態を引き起こす十分な力を持っている」と警告し、AI開発の減速に向けた法規制を訴えた。

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▲AIの規制強化を訴えるゲイツ氏、ビル・ゲイツ氏の公式サイトから

 ゲイツ氏が警告した「10億人の死者を出すような事態」とは具体的に何を意味しているのだろうか。考えられる最初のシナリオは悪意の人間、ならず国家、テロリストがAIを操作して核のボタンを押し、核戦争が勃発するというものだろう。

 ただし、悪意のある人間や国家が核ボタンを押して核戦争が起きるというシナリオはAIが登場する前からあった。問題は、AIが核ミサイルを直接操作しなくても、防衛システムや警戒システムにAIが組み込まれているから、もし相手国のAIが「攻撃の兆候(誤報やバグ)」を検知した場合、人間が介入して確認する間もなく、AIがミリ秒単位で自動的に「先制反撃」の判断を下し、それが核戦争へエスカレートするシナリオが考えられることだ。

 AIがシステムをハッキングして核を奪うのではなく、軍が効率化のためにAIに核の警戒や運用の部分的な権限を最初から与えてしまうことが現実的なリスクとして議論されている。ゲイツ氏らが警鐘を鳴らしているのは、AIが意思を持つというSFの話ではなく、「人間の悪意やバグを、AIが爆発的なスピードと規模で増幅してしまう」という現実の技術的リスクだ。

 AIが関与して発生する核のボタンを押すという誤射を防止するために、核保有国は「核の運用には必ず人間を介在させる(Human-in-the-Loop)」という原則の法制化を進めているという。核兵器の発射判断やコントロール権をAIに完全に委ねず、最終的な決定権は常に人間が握り続けるというわけだ。また、自律型兵器(LAWS)の規制交渉が国連の特定通常兵器条約(CCW)の枠組みで進められてきている。

 最先端のAIモデルの設計図がひとたび流出すると、個人のPCで安全フィルターを解除(脱獄)して悪用できてしまうため、現在は「AIを動かすための高性能半導体(GPU)の輸出規制」など、物理的なハードウェアの流通を止めるアプローチも並行して行われている。

 問題は、過去の「核の抑止力」がAIの時代には通用しないことだ。AI登場の前と後ではリスクの内容が大きく異なってくる。人間(政治家)には「死への恐怖(相互確実破壊)」があるため、核のボタンを押すのを躊躇するが、AIには恐怖も死生観もない。抑止力の崩壊だ。以前は国家規模の予算が必要だった「人類への脅威」が、AIの普及によって、個人のPCや小さな組織からでも発動可能だ。ウラン濃縮施設など国家規模の巨大なプラントは必要ではない。

 核ミサイルは発射されれば、レーダーや人工衛星で「どの国から飛んできたか」が100%特定できるため、報復が可能だが、AIを用いたサイバー攻撃やバイオテロは、「誰が実行したのか」の特定が極めて困難だ。AIに部分的な自律権が与えられた場合、AIには「人類滅亡への恐怖」も「直感的な疑念」もないから、システムが「攻撃を検知した」と判断すれば、ミリ秒単位の速度で機械的に反撃プロセスを完了させる。

 専門家が危惧しているのは、AIそのものが意思を持って反乱を起こすことではなく、これまでの安全保障のルール(恐怖による均衡)が、AIという新しい技術の特性によって完全に通用しなくなることだ。

 ちなみに、ゲイツ氏が恐れているシナリオは核問題よりも、生物兵器の拡散だろう。現在の高度な生成AIや科学特化型AIは、既存のウイルス(天然痘やエボラなど)をより感染力が強く、ワクチンが効かないように遺伝子操作する設計図を数分で作る能力を持ち始めている。これまでは高度な生物学の知識と設備が必要だった生物兵器の製造が、AIのサポートによって「悪意ある個人」や「過激派組織」でも数万円の設備で可能だ。これにより、数億〜十億人規模の犠牲者が出るパンデミックが意図的に引き起こされるリスクが出てくるわけだ。

 なお、悪意ある人間、国、テロリストはいつの時代にも存在する。彼らがいなくなることは残念ながら近未来では考えられない。その辺のことをAIに聞いてみた。

「まさにその通りだ。多くのトップAI研究者や安全保障の専門家が夜も眠れないほど恐れている点だ。悪意ある人間は必ず存在し、防衛側は100回中100回勝たなければならないが、攻撃側は1回成功すればいいという構造的な非対称性にある。この戦いは、人類にとって勝利のチャンスが非常に少ない、あるいは極めて困難な戦いであることは間違いない。しかし、専門家たちは完全に諦めているわけではない。『勝利(悪意をゼロにする)』ではなく『管理・封じ込め』によって人類滅亡を回避しようと必死の抵抗を試みているところだ」と回答してきた。

連載「心を捉えた言葉(コメント)」��

 脱北者パク・ヨンミさん「エアコンの効いた快適な教室で共産主義を学ぶ米学生」 

 今回から不定期だが、感動した言葉やコメントを紹介し、それに対する感想や関連したことについてコラムを書いていきたい。第1回は、大紀元時報に9月23日に掲載されていた脱北者のパク・ヨンミさんの言葉だ。彼女は米Foxニュースに対し、米学生の間で共産主義思想が広まっている点を指摘し、「学生たちはしばしばエアコンの効いた快適な教室で共産主義理論を学んでいる」と指摘、米学生たちが共産主義国家の実態を知らないことに不安と懸念を吐露している。

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▲1848年2月、ロンドンで出版された「共産党宣言」表紙、ウィキぺディアから

 彼女は北朝鮮から逃れる前は、「毎日真の社会主義体制の支配下で生きなければならなかった。このシステムが現実に導入されると、決して良いことではないと私はよく知っている。多くの人は理論的なレベルでは良いとしか思っていないが、もし本当に共産主義的政府が政権を握り、政策を実施したら、国民にどんな影響を与えるのか全く分かっていない」と述べている。

 ヨンミさんの証を読んで、米大学で共産主義思想が危険レベルまで拡散してきていることを改めて知った。「エアコンの効いた快適な教室で共産主義理論を学んでいる」というヨンミさんの言葉を聞いた時、日本共産党機関紙「赤旗」に毎週小論文を書いていた日本共産党の元書記長ら指導者たちの事を思い出した。夏にはクーラー、冬には暖房がある快適な書斎で資本主義社会への批判の論文を赤旗日曜版に書いている彼らの姿を頭で描きながら、「米学生たちと同じだ」と思った。

 欧州の共産主義政党が冷戦の終焉後、衰退していったのは歴史的事実だ。欧州の国民も冷戦時代、旧ソ連・東欧諸国の共産政権の実態を目撃し、時には亡命者の赤裸々な証を通じて学んできた。冷戦時代、旧ソ連・東欧共産圏から約200万人の政治亡命者を収容してきた中立国オーストリアでは戦後から現在まで連邦レベルで共産党が議席を獲得したことがないのは決して偶然ではない。

 オーストリア国民は共産主義、共産党が如何なる政党、世界観を有し、国民を粛清、処刑してきたかを知っている。難しいマルクス・レーニン主義を理解していなくても、共産主義世界観の実態を目撃してきたのだ。共産主義者が如何に美辞麗句を繰り返したとしても、オーストリア国民の心を捉えることはできないのだ。一方、日本の共産主義者は中国共産党や北朝鮮の独裁政権を隣国として接しているが、その実態を肌で感じる機会が少ないこともあって、依然共産主義思想を信じているわけだ(「『共産党』を“誤解”している友へ」2015年11月08日参考)。

 共産主義が急速に台頭していた1920、30年代、「果てしなき逃走」「ラデツキー行進曲」「聖なる酔っぱらいの伝説」などの作品で知られている作家ヨーゼフ・ロート(1894年〜1939年)は一時期、ジャーナリストとして様々な地を訪問し、紀行文などを新聞に掲載していた、ロートは労働者の天国を標榜する共産主義思想に惹かれていたが、モスクワなど各地を現地取材し、共産主義社会の実態を目撃、強く失望した経過を書いていた。当時世界的なベストセラー作家だったシュテファン・ツヴァイク(1881年〜1942年)も同様だった。トルストイ生誕100年(1928年)で旧ソ連政府に招待された時、共産党独裁の実態を目撃している。

 旧ソ連・東欧共産圏が崩壊して既に35年以上が経過する。共産圏時代の実態を知っている世代は少なくなってきた。米大学で共産主義思想に心が惹かれる学生たちは冷戦時代の共産主義社会の実態をほとんど知らない。一方、冷戦時代で共産主義世界に勝利したと豪語してきた欧米民主主義社会も腐敗、堕落が拡散している。資本主義社会での貧富の格差も益々拡大してきた。そのような社会に生きている学生たちが「人間の顔した社会主義」(チェコのアレクサンデル・ドゥプチェク第一書記)、人道主義的な共産主義思想というラッパに心を踊り出しているのだ。

 それゆえに、パク・ヨンミさんの証は貴重だ。共産党、共産主義者の笑みに騙されてはならない。北朝鮮ではキリスト教徒は祈りすら禁止されている。中国共産党政権下では、法輪功メンバーが弾圧され、彼らの臓器が強制的に摘出されているのだ。米学生たちが当然と考えている「言論・結社の自由」、「信教の自由」といった基本的人権が共産主義を標榜する国では抹殺されているのだ(「北のクリスチャンの『祈り方』」2015年9月21日参考)。

「9・11」と「人間の心の闇」の考察

 米同時多発テロ事件(9・11事件)25年目を迎え、欧州各地で様々な追悼集会が開かれた。ドイツやオーストリアのメディアは長時間番組で当時の様子を詳しく報じていた。一人のTVコメンターが「米国民は以前のようなおおらかさを失い、生来の楽天主義が無くなっていった」と述べていたのが印象的だった。米国は「9・11前とその後では全てが変わった」と言われる。米国への出入国が厳しくなり、外から入ってくる人、モノに対して疑いの目で見るようになっていった。

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▲米同時多発テロ事件25年の追悼集会に出席したトランプ米大統領、2026年9月11日、ホワイトハウス公式サイトから

 3000人余りの人が犠牲となった同事件はその後の米国の政治、文化、社会など全ての分野に大きな痕跡を残していった。今年が25年目という節目を迎えたこともあって、同事件の関連死についても多くの実例や生存者の声を紹介していた。崩れ落ちるワールドトレードセンターの建物からの粉塵で当時その周辺にいたニューヨーク市民や救助隊員の中に肺疾患やがんを患い、後日亡くなった人々が多く出てきた。

 ところで、9・11が起きた日、当方はウィーン市内の精神病院に入院中の知人を見舞いに行っていた。患者たちの食堂にあった小型テレビが米同時多発テロ事件を報じていた。米国の繁栄のシンボルでもあるワールド・トレードセンターに民間旅客機が突っ込んでいくシーンが映し出された。それを観た時、何が起きたのか理解できなかったが、事件を報じるアナウンサーの興奮した声が事件の異常さや恐ろしさを伝えていた。

 当方は当時、9・11のことをじっくりと考える余裕がなかった。当方の頭の中は病院にいる知人への思いが心を占めていた。明るく、陽気だった知人は数か月前から心のバランスを失った。当方の訪問を喜んでくれたが、テレビのニュースを見た知人は「怖い、怖い」と叫び、当方に寄り添ってきた。

 知人が入院している病院はアドルフ・ヒトラーのナチス政権時代、精神障害者や身体的不治の患者たちを集め、様々な人体実験をしていた所で知られていた。知人はその病院のベッドにいる、という事実が当方の心を重くした。9・11事件が米国で起きたテロ事件だけではなく、世界史的な意味合いのある出来事だといった思いが沸いてきたのは後になってからだ。

 バチカンニュースは11日、9・11の直後、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が一般謁見で語った話を紹介していた。「教皇は米国からの知らせに対し、深い衝撃を表す言葉を述べた。ここでは、当時81歳だった教皇が実際に語った言葉を記録する」と説明している。

「昨日は人類の歴史において暗い一日であり、人間の尊厳に対する恐ろしい攻撃が行われた。その知らせを受けて以来、私は事態の推移を深い懸念をもって見守り、主に心からの祈りを捧げてきた。これほど獣のような残虐さを持つ行為が、どうして起こり得るのか。人の心には、言葉にできないほどの邪悪な計画――人々の平穏な日常を一瞬にして打ち砕きかねない計画――を生み出しうる深淵が潜んでいるのだ。憎しみと暴力の連鎖が支配することがないよう、神にお願いする」と語っていた。

 同2世の願いに反して、ブッシュ米政権(当時)は9・11テロへの報復に乗り出し、アフガニスタン、イラクなどに軍を派遣し、報復作戦を展開させていったことは周知の事実だ。9・11だけではない。直近のハマス奇襲テロ事件後、イスラエル軍がハマス撲滅の報復攻撃を実施した。米イスラエル軍のイラン攻撃後、イラン革命防衛隊(IRGC)はイスラエルや駐中東の米軍基地などへ報復攻撃を行っている。「憎しみと暴力」が問題の解決とはならないことを知りながら、「憎しみ」と「暴力」は残念ながら世界各地で拡散している。

 ニューヨークの追悼集会には参加せず、国防総省の追悼式典に出席したトランプ大統領は「私たちは決して、決して忘れない。だからこそ、私たちは今日も戦う。選択の余地はない」と述べている。戦争時の大統領として毅然とした強さと現在の脅威に対抗する決意を強調したわけだ。ただし、戦争(暴力)が問題の解決をもたらさないことをトランプ氏自身が現在、体験しているのかもしれない。

 9・11から25年の年月が経過した。多くの政治指導者は、事件を「民主主義 vs テロリズム」「善 vs 悪」という構図で語り続ける。しかし、故ヨハネ・パウロ2世が語った「人間の心そのものの闇」についての哲学的考察、検証は乏しい。時間がまだ十分ではないからか、‘事件の核心‘から目を逸らさせられているからか。当方には後者のように感じる。

ボスニア虐殺の象徴、ハーグで死去

 戦争犯罪で有罪判決を受け、オランダの旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)のあるハーグで収監されてきた元ボイスニア・セルビア人共和国の軍指導者ラトコ・ムラディッチ氏が27日、死去した。84歳だった。同氏は長年の逃亡生活の末に拘束され、裁判を経て2011年からハーグで収監されていた。「ボスニアの虐殺者」として知られるムラディッチ氏は、スレブレニツァの集団殺害(ジェノサイド)を含むボスニア紛争中の戦争犯罪の主要な責任者の一人だった。

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▲クロアチア系住民とボシュニャク系住民間を結ぶボスニアの「スタリ・モスト橋」(2005年11月、ボスニアのモスタル市で撮影)

 第2次世界大戦後、欧州で起きた最大の民族戦争と呼ばれたバルカン半島のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は20万人の犠牲者、200万人の難民・避難民を出した。1995年、パリでデイトン和平協定が締結されて一応終戦を迎えた。現在のボスニア・ヘルツェゴビナはボスニャク系(ボスニア・ムスリム)とクロアチア系両民族から構成されたボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とセルビア系のスルプスカ共和国の二つの主体からなる連邦国家だ。

 ムラディッチ氏はボスニアのセルビア人勢力の指導者ラドバン・カラジッチ氏の下、軍指導者としてボスニア紛争(1992〜95年)で民族浄化政策を推進してきた。両者を含む数十人はICTYで有罪判決を受けた。カラジッチ氏は現在、終身刑が確定し、イギリスの拘置所に収監されている。

 ムラディッチ氏らはボスニア紛争において、非セルビア系住民(イスラム教徒やクロアチア人)を排除する残酷な「民族浄化」を推し進めた。具体的には、国連が指定した安全地帯であったスレブレニツァで1995年、8,000人以上のイスラム教徒の成人男性・少年を組織的に殺害した。これは第二次世界大戦後の欧州で最悪の虐殺「スレブレ二ツァの虐殺」だ。遺体は集団埋葬地に埋められ、その後何度も別の場所へ埋め直されたが、今日に至るまで、すべての遺体の身元が特定されたわけではない。

 その3年前、ムラディッチ司令官はボスニア・ヘルツェゴビナが独立を宣言した後、新しい首都サラエボを封鎖し、市への出入りは完全に遮断。市民は飢餓に苦しめられた。近代戦史上最長となる4年間続いたこの過酷な包囲戦の最中、およそ1万人が命を落とした。

 元ボスニア・セルビア人共和国軍の総司令官であった同氏は、国連法廷で有罪判決を受けた戦争犯罪人が収容されるハーグの刑務所に拘束されていた。裁判に至るまでには、セルビア国内の多数の協力者に助けられながら16年以上にわたり逃亡生活を送った。その間、ボディガードに囲まれて公の場に姿を現したり、国外で目撃されたりすることもあった。2001年にセルビア大統領のスロボダン・ミロシェヴィッチ氏が逮捕された後、同氏は地下に潜伏し、長期間にわたり逮捕を免れた。

 しかし2011年、特殊部隊と検察当局は、セルビア東部の村にある親族の家で、当時69歳だったムラディッチ氏を早朝に急襲・拘束した。その後、ハ―グのICTYへ身柄を引き渡された。裁判は530日間に及び、約500人の証言が聴取された。被告が反省の意を示すことは一度もなかったといわれている。被害者の遺族を挑発する言動を繰り返したため、法廷から度々退廷させられるほどだった。

 2017年、ムラディッチ氏はジェノサイド(集団殺害)や人道に対する罪など10の罪状で終身刑を言い渡された。ICTYは、元軍高官であった彼に対し、サラエボ包囲戦およびスレブレニツァでのジェノサイドについて有罪判決を下した。この判決は、最終的に2021年、9つの罪状について支持(確定)された。ただし、プリイェドル、サンスキ・モスト、コトル・ヴァロシュ、フォチャ、ヴラセニツァといった他の自治体で行われた虐殺については、有罪判決が下されなかった。旧ユーゴスラビアで犯された残虐な戦争犯罪の代名詞となったのは、スレブレニツァだけだ。

 一方、多くのセルビア人の間ではムラディッチ氏は生涯を通じて英雄視され続けた。2021年に有罪判決が確定した時、セルビア各地で彼を称えるメッセージが見られた。ベオグラード市内には「ラトコ・ムラディッチ、セルビアの英雄」と書かれた落書きもあったという。

 スルプスカ共和国のミロラド・ドディク元大統領は、スレブレニツァでのジェノサイド(集団殺害)を「神話」であり「実際には起きなかったこと」だと主張。国外の極右過激派の間ではムラジッチ氏は英雄として最後まで崇拝されてきた。今日においても、セルビアやスルプスカ共和国の多くの人々は、「スレブレニツァの虐殺」をジェノサイドと呼ぶことを拒み続けている。

 国家の統合には歴史の共有が不可欠だ。その役割を担うのが学校では歴史教育だが、ボスニアでは、教科書も中央政府によって統制されておらず、各機関の責任となっている。そのため、クロアチア人、ボスニャク人、セルビア人の生徒は、ボスニア紛争だけでなく、スレブレニツァでの大量虐殺についても、それぞれ異なる物語(ナラティブ)を教えられている。ウォルフガング・ぺトリッチュ元ボスニア和平履行会議上級代表は05年、筆者とのインタビューで、「ボスニアでは冷たい和平が支配している。ボスニア紛争は内戦だった。勝利者と被占領者に分かれる戦争とは異なり、内戦には勝者はなく、敗者しか存在しない」と語ったことを思い出す。

 なお、国際的な圧力を受けて、2003年に中央慰霊碑がスレブレニツァから数�僧イ譴織櫂肇船礇蠅乏�設され、そこには約7000人の犠牲者が埋葬された。また、国連総会は、7月11日を「スレブレニツァ虐殺の国際追悼の日」とする決議を採択している。

 「スレブレニツァ虐殺」の象徴であったムラディッチ氏の死去は、決して歴史の悲劇の終焉を意味しない。その痛みと悔恨は消えることがないからだ。惨禍の記憶を語り継ぐ責任がある。

愛は死を超えて:コルベ神父殉教85年

 いがみ合い、戦い、戦争が止まない時代に生きている。そのような時代であるからこそ他者のために生きた人の証は何度聞いても心を喜ばす。新約聖書「ヨハネによる福音書」第15章13節には「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」というイエスの言葉が記述されているが、その言葉の通り、生きた人がいたことは私たちの喜びであり、誇りだ。

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▲アウシュヴィッツ収容所で殉教した聖人コルベ神父

 8月14日は聖マキシミリアノ・コルベ神父が亡くなった日だ。今年はコルベ神父の殉教85年目の筋目にあたる。同神父はアウシュヴィッツ強制収容所で囚人の身代わりに自分の命を差し出した聖職者として世界で知られている。ヨハネ・パウロ2世は1982年10月、コルベ神父を列聖した。同神父はアウシュヴィッツの聖者と呼ばれている。47歳の生涯だった。

 コルベ神父(1894年1月8日 - 1941年8月14日)は、第2次世界大戦中、アウシュヴィッツ強制収容所で妻子あるポーランド人の男性の身代わりとなった。1941年7月、収容所から囚人が脱走したことへの見せしめとして、10人の囚人に餓死刑が言い渡された。 選ばれた1人の男性が「私には妻子がいる」と泣いて嘆願したのを見たコルベ神父は、自ら進み出てその身代わりを申し出た。コルベ神父は他の9人と共に地下の餓死監房に入れられ、最後は薬物の注射により処刑された。命を救われた男性ガヨヴニチェク氏は生還を果たし、のちに長く平和と命の尊さを語り続けた。

 政治の世界では今日、「ファースト(自国第一主義)」が台頭し、社会的な連帯の欠如を伴う「ミー・ファースト」が蔓延している。英国の哲学者トマス・ホッブス( 1588〜1679年)は、「人間は他者との間で闘争状態にある」と判断し、「万人は万人に対して狼だ」という有名な言葉を残した。彼は、「全ての言動は最終的には自己保存本能に基づいた自己利益の追求」と考えた。ホッブスの考えは国家論として「社会契約論」と発展していく。また、利己的遺伝子に関する書籍が日本でベストセラーとなったことがある。確かに、人間には生来、生存への飽くなき執着心があり、必要ならば他者を押しのけても生きようとする。

 それとは好対照の哲学は「効果的利他主義」(Effective Altruism)だ。オーストラリアのメルボルン出身の哲学者ピーター・シンガー氏(Peter Singer)は独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で Altruism(利他主義 )の新しい定義を語った。シンガー氏は、「利他主義者は自身の喜びを犠牲にしたり、断念したりしない。合理的な利他主義者は何が自身の喜びかを熟慮し、決定する。貧しい人々を救済することで自己尊重心を獲得でき、もっと為に生きたいという心が湧いてくることを知っている。感情や同情ではなく、理性が利他主義を導かなければならない」という。

 シンガー氏の利他主義は聖人や英雄になることを求めていない。犠牲も禁欲も良しとせず、冷静な計算に基づいた行動を求める。シンガー氏が主張する“効率的な利他主義者”は理性を通じて、「利他的であることが自身の幸福を増幅する」と知っている。だから「理性的ではない場合、利己主義と利他主義の間に一定の緊張感が出てくる」と指摘し、「利口ならば人は利他的になる」と語った。

 ところで、コルベ神父の状況はまさに生と死の分岐点にあった。そのような時、自身の命を他の囚人のために捧げるといった行為をすることは容易ではない。コルベ神父は殉教したが、その行為は後日、助けられた囚人や他の人々を通じて伝えられていく。

 「ヨハネによる福音書」第12章24節には「「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」というイエスの聖句がある。コルベ神父の生涯はまさにそれを実証しているわけだ。

「スピノザの神」が今、注目される

 理論物理学者アルベルト・アインシュタイン(1879年〜1955年)は「教会が主張する神は信じられないが、スピノザの神ならば信じられる」と告白したという。ドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749年〜1832年)は「スピノザの著書をポケットに入れて散歩する時が最も至福の時だ」と語っていたというのだ。アインシュタインとゲーテの心を掴んだ哲学者スピノザとはどのような人間だったのか。

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▲「神と自然は同一」(汎神論)と主張したスピノザ、ウィキぺディアから

 バールーフ・デ・スピノザは1632年11月、オランダのアムステルダムの裕福な貿易商のユダヤ人の家庭に生まれ、将来はユダヤ教会のラビになると期待されるほど、優秀な若者だったが、後日,正統派のユダヤ教会から「神を侮辱する人間」としてオランダのユダヤ人コミュニティからへーレム(破門)された哲学者だ。そして哲学者スピノザの大作「エチカ」(倫理という意味)は生前は出版されなかった。友人たちがその著書をスピノザの死後、別の名前で編集出版したが、その著者が誰であるかは明らかであったため、出版禁止処分にされた。スピノザの「エチカ」は死後、世界の哲学界で大きな影響を与えていく。

 ユダヤ教会、プロテスタント教会、そしてカトリック教会はスピノザの思想に自らの信仰を根底からひっくり返してしまう危険な内容が含まれていることを感知していた。

 スピノザは生前、大学の哲学教授の職も断念し、レンズ磨きの職人として生活の糧を得、仕事が終われば、夜には自身の思考を紙に書いていたという。机の引き出しの中には多数の覚書きや原稿が入っていたという。生前に出版された著作は、1663年の「デカルトの哲学原理」、および1670年に匿名で出版された「神学政治論」のみだ。

 哲学史では、スピノザは汎神論者と言われる。神が唯一の実体である以上、精神も身体も、唯一の実体である神における二つの異なる属性としての思惟と延長に他ならないと考える。「アブラハム・イサク・ヤコブの神」を信じる有神論者からみれば、スピノザの神は「アブラハムの神」とは明らかに異なっていた。スピノザは人格を有する「アブラハムの神」を信じていなかったため、時には無神論者と罵倒されたという。

 「スピノザの神」は、宇宙ばかりか、自然万物世界の至る所に実存する。簡単に言えば、神は自然だ。キリスト教徒らが聖典とする聖書も神の霊の導きで記述された聖典ではなく、書き手がその時代、風習、慣習、伝統などの影響のもと、その時々の内容をまとめた書物と考えていた。

 しかし、科学至上主義が席捲し、世俗化するキリスト教社会の今日、「スピノザの神」が脚光を浴びてきているのだ。ウィーンの天体物理学者フランツ・ケルシュバウム氏はザンクト・ペルテンの教会紙『Kirche bunt』(8月12日号)のインタビューで、「私自身、超越的な何かの存在を確信しているが、それが科学的な探求の対象ではないことも認める。そして宇宙だからといって、草原よりも神の痕跡を多く見出せるわけではない。私としては、星の中に神を見出すのと同じくらい、『あなた』――つまり他の人々――の中にも神を見出している」と述べている。同氏は「スピノザの神」を信じているのか否かはインタビューの中では言及していないが、その世界観、神観は「スピノザの神」に近い。
 
 同氏はまた、「人生の意味は何か」「自己意識はどこから生じるか」「自由意志は存在するか」といった「意味」を問う問いに対して、科学が寄与できることはほとんどないという。天体物理学者にとっては、「自分という存在の本質が根源的な基盤に根ざしていると信じることは、心の安らぎとなるのだ。魂の拠り所とは、おそらく神そのものなのだろう」と説明している。その神観は、教会が教える「三位一体の神」とか、奇跡を行う全能の神といったものではない。

 もし特定の物理定数がほんのわずかでも異なっていれば、核融合の過程で炭素が生成されることはなかった。そして、炭素は生命を意味する。「宇宙全体が、炭素、ひいては生命が生まれるような仕組みになっている。しかし科学者として、それがとりわけ人間の存在をもたらすために創られたのだと主張することはできない」というのだ。

 量子テレポーテーションの実現の業績などで2022年ノーベル物理学賞を受賞したウィーン大学の量子物理学教授、アントン・ツァイリンガー氏は、「量子物理学が神と直面する時点に到着することはあり得ない。神は実証するという意味で自然科学的に発見されることはない。もし自然科学的な方法で神が発見されたとすれば、宗教と信仰の終わりを意味する」という。それでは、宇宙すべては偶然に誕生したものだろうか。ツァイリンガー教授は、「偶然でこのような宇宙が生まれるだろうかと問わざるを得ない。物理定数のプランク定数がより小さかったり、より大きかったならば、原子は存在しない。その結果、人間も存在しない」と説明する。宇宙全てが精密なバランスの上で存在しているというわけだ(「量子物理学者と『神』の存在について」2016年8月22日参考)。

 最後に、なぜ今、「スピノザの神」に関心を持つ人々が増えているのかだ。スピノザの神=自然という汎神論の場合、その神はキリスト教会が主張する人格神ではない。神の教えを守れと厳格に命令する存在ではない。それゆえに、「スピノザの神」から現代人は自由とその責任という重荷を軽減できるのを感じるからだ。全ては因果関係で存在するから、目的にがむしゃらに進むといった仕事人間も心の安らぎを感じることができるからではないか。

 世界そのものが神、「神即自然(汎神論)」の考え方は、一神教的な厳格さよりも、日本の「八百万の神」のような自然観や仏教的な一元論に近く、日本人にとっても非常に受け入れやすい土壌がある。デカルトが心と体を切り離した「心身二元論」に対し、スピノザは「心と体は、一つの実体の表と裏にすぎない」と唱えた。「身体の状態が感情を左右する」という指摘は、現代の神経科学者アントニオ・ダマシオ氏らによって「脳科学的に正しい」と評価されている。

 豊かな自然環境と物質的恵みの中で生きている現代人にとって、砂漠から生まれた「アブラハムの神」は余りにも戒律が厳しい。その点、「スピノザの神」は至る所に神を見出せるから、多くの人間は神の中に生きている自分を発見し、癒しを感じるのではないか。

干ばつ対策は21世紀の‘ヨセフ‘に聞け

 旧暦のカレンダーによると、6月は「水無月」(みなづき)と呼ばれる。梅雨が明け、田んぼに水を入れる時期であることから「水の月」という意味で「水無月」と呼ばれるようになったという。古語の「無」は、「の」を意味する表音文字だった。ところで、欧州では6月以来、猛暑日が続く一方、雨が降らない。暦では8月半ばだが、雨が降らない日々が続く。干ばつで最も苦しむのは農家の人々だ。トウモロコシ畑で一人の農家の人が溜息をつきながら天を仰いでいる姿がテレビで放映されていた。水がない月という意味の「水無月」が欧州では続いているのだ。

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▲干ばつに悩まされるオーストリア、オーストリア農林省公式サイトから

 長期にわたる乾燥した天候は、アルプスの小国オーストリアの農業にも大きな試練をもたらしている。気象条件が大幅かつ持続的に改善しない限り、2026年は観測史上最も乾燥した年になる恐れがあるという。初期の予測では、穀物の収穫量は前年比で平均約20%減少すると見込まれている。特に深刻な状況にあるのは牧草地で、多くの飼料生産地では最大50%の減収となる可能性があるというのだ。トウモロコシ、ジャガイモ、大豆、テンサイ、カボチャなどの作物でも、甚大な収穫減が懸念されている。一部の地域では、すでに家畜をアルプスの放牧地から早期に下ろさざるを得ない状況にあり、飼料や水の不足に加え、牛の緊急売却や緊急屠畜といった事態も発生し始めている(オーストリア農林省公式サイトから)。

 ストッカー首相とトツニク農林相は、農業がこの危機を乗り越えるための共同の取り組み、資金繰りの確保、収穫の保全、農家への支援――農業者のために結束して立ち向かうという。ストッカー首相は「長期にわたる記録的な干ばつは、多くの家族経営農家に大きな困難をもたらしている。連邦政府として、私たちは農家の皆様を全面的に支援する。資金繰りの維持から被害への補償に至るまで、必要とされるあらゆる面で農業部門を支えていく」という。具体的な支援策については、農林相が財務相と調整の上、発表する予定だという。

 雹害保険会社代表が10日公表したところによると、長期間する干ばつでオーストリアの農業関係者を受けた推定被害額は現時点で10億ユーロに達する。これを受け、支援資金をめぐる政治的な駆け引きが生じている。トツニク農林相(国民党)が被災者全員への迅速な支援を約束する一方、国の財布を握るマルターバウアー財務相(社会民主党)は、逼迫する予算状況を指摘し、支援策をめぐっては、政策的な余地はほとんどないことを示唆している。現時点では、財務省は農業省からの支援策要請に関し、国民党側からの具体的な提案を待っている段階という。干ばつ対策も、農業者を支持基盤する国民党と、一般労働者の権利を擁護する社民党では、決して一致しているわけではない。具体的には、支援資金を巡ってここでもホットな政治的な駆け引きが始まっているのだ。

 トツニク農林相は「単に農業予算内で資金を組み替えるだけでは不十分だ。異常事態には異例の措置が必要であり、それは予算面でも同様だ」と主張。そして今回の危機の規模を理由に挙げ、総額2億3000万ユーロの被害が出た2018年の猛暑の例を挙げて、「当時、被害の影響を緩和するために6000万ユーロが支給されたが、今回も同様に、保険の補償範囲を超える支援を行うことを目指す。例えば、営農に必要な資材購入のための融資などを検討している」と述べている。

 雹害保険会社によると、長期にわたる干ばつによる農業被害総額は現在約10億ユーロ(約1836億円)になる。同社が補償するのはそのうち約4億ユーロに留まる。あらゆる地域や作物が影響を受けており、特に牧草地では推定45%の収穫減が見込まれている。ちなみに、現在、オーストリアの耕作地の約80%が干ばつ保険に加入しているのに対し、牧草地の加入率はわずか40%。2025年には、連邦政府と州政府が保険料の55%に相当する約1億6000万ユーロの補助金を拠出した。

 政治面では、与党第1党の「国民党」が、迅速かつ「異例の」措置を講じるよう求める一方、国民党のジュニアパートナー、社会民主党はも野心的な気候変動対策法の制定を要求。リベラル派政党ネオスは「事後補償より予防を」というスローガンを掲げ、土壌保護の強化を訴えている。極右政党で野党第1党の自由党は、マルターバウアー財務相の姿勢を「優柔不断だ」と激しく批判する一方、国民党に対しても批判の矛先を向け、「特にトツニク農林相から何ら強い懸念の声が上がっていないと不満を明らかにしている、といった具合だ。

 環境政党の「緑の党」の農業担当報道官は「この夏は例外的な事象ではない。干ばつ、猛暑、水不足は、今後恒久的に私たちの農業のあり方を左右することになるだろう」と指摘し、「連邦政府が以前からリスクを認識していたことは特に懸念すべき事態だ。今求められているのは、単なる短期的な救済策以上のものだ」と強調している。

 ストッカー首相とトツニク農林相は「農家の皆さんは日々、高品質な地元の食料を供給してくれています。私たちはこの異常事態において、あなた方をしっかりと支えていきます。この極度の干ばつによる影響への対処を、あなた方だけに任せるようなことは決してしません」と表明している。なお、現在、農林省では連日、状況に関するブリーフィングが行われ、そこで得られた情報は、連邦首相府の危機管理室や、省庁横断型の専門作業部会での検討に直接反映されるようになっている。これにより、状況を継続的に把握し、必要な支援策を迅速に準備することが可能となるという。

 最後に、「干ばつ」と言えば、旧約聖書の「創世記」第41章に記述されている「ヨセフの夢解き」の話を思い出す。エジプト王のファラオの夢をヨセフが解き明かし、飢餓の危機を乗り越えるという話だ。ファラオの夢は、7年間の大豊作の後、すべてを食い尽くすほどの強烈な「7年間の大飢饉」がやってくるという内容だった。ヨセフはファラオに豊作の時に、その収穫の一部を保存し、その後の飢饉に備えるべきだと助言した。事態はヨセフの夢解きのようになった。

 干ばつに襲来されている現在、私たちは豊作の後にやってくる飢餓の年に対応するために備えをしてきただろうか、と考える。未来のために必要な準備、備えを怠ったならば、そのツケは現世代と次期世代が背負っていくことになる。‘21世紀のヨセフ‘の登場が願われる。

地下に埋葬されていた「神」が見つかった!

 当方は8月5日のコラム「干ばつとマンモスの骨と『神の遺体』」の中で、歴史的な干ばつでドナウ川の水位がさらに低下すれば、水底から第1次、2次世界大戦時代のナチスの軍需品や宝ものなどが見つかるかもしれない。ひょっとしたら、フリードリヒ・ニーチェを代表とする人類に殺害された「神」の遺体も発見されるかもしれないと書いた。当方の期待に反してあまり反響はなかったが、当方の予言は100%ではないが、当たった。「神の遺体」の発見を書いた当方も驚いている。以下、猛暑の日々を過ごされている読者の皆さんに音楽の都ウィーンから「真夏の夜の夢」物語を紹介する。

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▲トルコ南部で発見された医神「アスクレピオス」の像、オーストリア国営放送(ORF)からスクリーンショット

 トルコ南部のアリャンタ県にある古代都市アスペンドス(Aspendos)の遺跡で、約1,800年前(ローマ帝国時代)のギリシャ神話に登場する医神のアスクレピオスとその息子テレスフォロスの大理石像が発見された。「医療と治癒」を司る神アスクレピオスと、その傍らで「治療・回復・平癒」を象徴する子どもの神テレスフォロスの親子像だ。トルコ文化観光省のメフメト・ヌリ・エルソイ観光相の説明によると、高さ2.2メートルに及ぶ、非常に立派な大理石製の群像だ。年代は 西暦2世紀後半(ローマ帝国盛期)のものと推定されている。

 遺跡内の劇場通り沿いにある東広場の西側、記念碑的な門(モニュメンタル・ゲート)の崩落した跡から出土した。トルコ政府が進める通年発掘・文化財保護プロジェクト「未来への遺産(Heritage for the Future)」の一環として発見されたものだ。

 「アスクレピオスの衣服のドレープ(ひだ)や、特徴的な髪、髭の表現など、非常に精緻で優れた職人技が施されていた。病気の治療から完全な回復までを包括的に表現したこの像は、当時のローマ社会において医療や信仰がどれほど重要視されていたか、また公共の健康に対する価値観を紐解く上で、極めて貴重な発見」と考古学的価値が説明されている。

 賢者は「当方氏は暑さのせいで正しく考えられなくなったのではないか。トルコで発見された『神』はギリシャ神話で登場する神であって、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が信じる唯一神ではない」と説教されるかもしれない。しかし、当方が期待していた「アブラハム・イサク・ヤコブの神」ではないとしても、 アスクレピオスは、ゼウスの息子の太陽神アポロンの息子だ。つまり、最高神ゼウスから見るとアスクレピオスは「孫」、テレスフォロスは「ひ孫」にあたる血縁関係だ。その像が1800年ぶり地上に再現したのだ。「神の再現」といえば少々大袈裟だが、看過できないニュースだ。「なぜ今、最高神ゼウスの孫アスクレピオスの像が発見されたのか。数年前でもなく、10年後でもなかったのか」と考えて頂きたい。

 アスクレピオス神は「医療と治癒」を専門とする神だ。賢者ケイローンから医術を学び、やがて「死者をも蘇らせる」ほどの天才医師になった。ただし、死者を生き返らせたことから、世界の秩序(生と死のバランス)が崩れることを恐れた最高神ゼウスの怒りを買い、その雷を受け、命を落とした。しかし、死後、その偉業を称えられて「へびつかい座」となり、正式に神の列に加わったというのだ。世界保健機関(WHO)のロゴや、世界中の医療機関・救急車のシンボルマークとして広く使われている「1匹の蛇が巻き付いた杖」は‘アスクレピオスの杖‘と呼ばれている。

 なお、医療の神が蛇をシンボルにしているのは、蛇が成長するたびに脱皮し、古い皮を脱ぎ捨てて新しい体に生まれ変わることから、再生と回復を象徴しているからだ。

 ちなみに、アスクレピオスには、息子テレスフォロスのほかに娘たちがいた。例えば、 ヒュギエイア(Hygieia)は予防と衛生の女神であり、病気にならないための「清潔さ」や「健康管理」を司る女神だ。英語の 「Hygiene(ハイジーン:衛生、清潔)」 の語源になった。また、パナケイア(Panakeia)は万能薬の女神だ。あらゆる病気を治す「万能薬」や「治療薬」を司る女神だ。英語の 「Panacea(パナシア:万病の薬、万能の解決策)」 の語源、といった具合だ。最高神ゼウスの絶対的な権力の中で、アスクレピオスの一族は、医療分野で特別な地位を築いていったわけだ。

 以上、ギリシャ神話の世界を紹介した。多神教の世界であり、ゼウスを頂点として様々の神々がそれぞれ特定の分野のスペシャリストとして人類にその恩恵を与えてきた。そして今日、トルコ南部で1800年前のアスクレピオス神の像が発見された。干ばつ、火事、自然災害、そして戦争と紛争が席捲する現在、私たちは痛しと治癒を最も必要としている。そのような時、「医療と治癒」の神アスクレピオスの像が見つかった。繰り返すが、戦争の神、軍神アレスの像ではなく、アスクレピオス神の像が見つかったことは人類にとって朗報だ。

 独哲学者フリードリヒ・ニーチェは「神は死んだ。私たちが神を殺害したのだ」と宣言したように、「アブラハム・イサク・ヤコブの神」は人類によって殺害された。そして「医療と治癒」の神アスクレピオスは祖父ゼウスによって殺された。神はなぜか一度は殺されているのだ。幸い、後者は今回、トルコで考古学者によって発見されたという。この知らせは非常に啓示的だ。

爆弾搭載無人機が独空港で発見された日 

 荷物を送る際には受取人の住所と氏名だけではなく、送り人の名前ぐらいは通常書くが、ドイツ東部ライプツィヒ・ハレ空港で5日未明、ライプツィヒ・ハレ空港の「南滑走路」で、空港職員が正体不明のドローン(UAV)を発見した。そのドローンには爆弾が搭載されていたが、起爆装置が故障していたため幸い爆破せずに大惨事を免れた。連邦警察の爆発物処理班が爆弾を処理したが、ドイツ国民に大きなショックを与えている。連邦検察が重要インフラに対する「重大な攻撃」としてテロ容疑で捜査を開始した。

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▲ドブリント内相(右)の記者会見、2026年8月5日、ライプツィヒ・ハレ空港で、独週刊紙「ディー・ツァイト」から

 ドイツのドブリント内相は5日午後、ライプツィヒ・ハレ空港内でザクセン州内相とともに共同記者会見に臨み、「今回のドローン騒動はこれまでも偵察目的や威嚇目的とみられるものではない。今回の事案は新たなレベルの危険を意味する」と指摘、使用された技術や状況から「素人によるものではない。プロレベルのハイブリッドな脅威のシナリオにわれわれは直面している」とし、外国勢力が関与している可能性を強く示唆した。

 ドイツの主要メディアや当局は、今回の事件を単なる不法侵入や素人の悪戯ではなく、国家的な背景を持つ「ハイブリッド攻撃(灰色事態の攻撃)」の新たな段階と捉えて強く警戒している。独メディアは「ドイツ国内のインフラが事実上の戦場(灰色地帯)と化している実態を浮き彫りにした」と大きく報じている。

 ところで、最初の問題は「爆弾を搭載した無人機の送り人は誰か」だ。犯人探しだ。まず、浮かぶのはロシアの仕業だ。実際、駐独ウクライナ大使のオレクシー・マケイエフ氏は、独メディアに対し「ロシア以外に誰がいるというのか?」と述べていた。当然の推測だ。

 ロシアとウクライナは戦争中だ。そしてライプツィヒ・ハレ空港はドイツ軍や北大西洋条約機構(NATO)同盟国による軍需品の輸送の重要拠点であり、ウクライナのアントノフAn-124「コンドル」輸送機の拠点でもある。ある意味で、NATO物流網(ミリタリーモビリティ)への攻撃ともいえる。また、ドイツを標的とした世論の分断やウクライナ支援妨害を狙う、ロシアの巨大なハイブリッド情報・工作と見てもいいかもしれない。

 ロシアのプーチン大統領はメルツ政権がウクライナ支援を積極的に実施していることに日頃から強い不満と怒りを吐露してきた。だから、今回のような無人機騒動を裏で画策したとしても不思議ではない。ただし、現時点では何も証拠はないし、ロシア側も何のコメントも配信していない。

 ドイツで現在議論されているテーマは、誰が送り人不明の無人機問題を担当するかだ。、連邦議会防衛委員会の委員長を務めるトーマス・レーヴェカンプ氏(「キリスト教民主同盟」CDU)は、ドローン防衛の責任を連邦内務省の下で一元化するよう求めている。

 現在、ドイツの空港におけるドローン防衛の責任は連邦警察が担っている。しかし、昨年末には連邦政府と各州政府によって「ドローン防衛合同センター」も設置された。また、他のすべての機関が技術的に対応しきれない場合には、連邦軍が介入する任務を負うことになっている。

 注目すべき点は、5日未明にライプツィヒ・ハレ空港で発見された爆発物搭載ドローンには、5Gアンテナが取り付けられていたことだ。。治安当局筋の話として「ZDF frontal」や「Die Zeit」が報じたところによれば、これは市販の「ホームセンターで買えるようなドローン」ではなく、モバイルネットワーク経由で専門的に操縦されるタイプのものという。ドローン専門家のクリスチャン・カイザー氏はZDFに対し、「5Gアンテナを使って操縦されるドローンには、理論上、操縦者はライプツィヒ市内のカフェにいても、あるいは海外にいても構わない。必要なのは、デバイスがインターネットに接続されていることだけだ」と説明していた。

 また、使用された爆発物が軍用・産業用の高級プラスチック爆薬「セムテックス(Semtex)」や「PETN」の可能性が高いこと、起爆装置が非常に精巧であることから、「プロの国家アクター(ロシア)」による犯行説がますます強まるのだ。

 ちなみに、滑走路上で爆発物を搭載したドローンを発見したライプツィヒ・ハレ空港の職員は、ドイツ通信(DPA)が入手した治安当局筋の情報によると、「飛行中のドローンを蹴って地上に落とした」という。ドローンが爆発していたら命取りとなったところだ。

 ドイツの軍事産業の大手企業ラインメタルのアルミン・パッパーガーCEOは、ドイツ政府に対し、ドローン防衛への取り組みを強化するよう求めている。「こうしたドローン攻撃を極めて迅速に探知し、必要であれば撃墜するための措置を講じることが絶対に必要だ」と述べた。

 また、英国の「キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)」で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は5日、ドイツ民間ニュース専門局ntvやZDFとのインタビューに応じ、「ドイツのドローン防衛体制は不十分だ。ドローンの防衛・探知システム、責任の所在をめぐる現状の混乱、そして統一された法的枠組みの策定など、取り組むべき課題は山積している」と語っている。

 なお、独代表紙「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」(FAZ)は今回の出来事を「目覚まし時計(Weckruf)」と受け取り、事件を、ドイツ全体の重要インフラ防衛が機能していないことへの深刻な警告であると捉えている。国内空港へのドローン防衛システムの導入が遅れている現状を批判し、「特に、連邦警察、州警察、軍、航空局など42もの航空安全当局が絡む、複雑で拡散した権限のせいで迅速な防衛や意思決定が阻害されている」と官僚主義の弊害を指摘している。

 独週刊誌シュピーゲルは「ドイツの航空保安について誰が責任を負うのかをはっきりさせる必要があるだろう。州警察、連邦警察、航空当局、そして連邦軍は、それぞれがいつ介入を許可され、介入が可能であり、また介入を義務付けられているのかを把握しておく必要がある」と強調している。

 参考までに、2026年上半期、ドイツの空港におけるドローンの目撃件数が大幅に増加した。ドイツ航空管制(DFS)の統計によると、同期間中に国内の国際民間空港15カ所で、こうした飛行物体が計166件報告された。2025年上半期の報告件数は101件だった。今年、最も多くの事案が発生したのは、ベルリンの首都空港であるBER(28件)と、ドイツ最大の空港であるフランクフルト・アム・マイン空港(27件)だ。また、ライプツィヒ・ハレ空港では18件の無許可飛行が目撃された。
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