ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

ロシア

「ウクライナ敗戦論」が囁かれ出した

 戦況を含め、キーウから流れてくるウクライナ情報はここにきて余り芳しくはない。東部・南部での戦況でウクライナ軍の攻勢が停滞する一方、ゼレンスキー大統領の政治スタイルを「専制主義的」といった批判の声が国内の野党(例・キーウ市のビタリ・クリチコ市長)から飛び出し、ウクライナの政治エリート層の腐敗問題が欧米メディアで頻繁に報じられてきた。

vMAcBcXGMMLl07ghQAVPcKTFI34vgml1
▲サウジを訪問し、ムハンマド皇太子と会談するロシアのプーチン大統領(2023年12月6日、ロシア大統領府公式サイトから)

 それだけではない。ウクライナが対ロシア戦で敗戦する危険性が出てきた、といったシナリオまで飛び出してきたのだ。ロシア軍は世界の軍事大国だ。「ウクライナ軍はこれまで善戦してきたが、ここにきて息切れしてきた」、「ロシア軍の抵抗に遭ってウクライナ軍の反攻は失敗した」といった類の軍事専門家の評価まで聞かれ出したのだ。「ウクライナの敗戦」予想は今年上半期では聞かれなかったシナリオだ。ロシア側の情報工作の成果だろうか。

 「ウクライナ敗戦シナリオ」が飛び出した直接の原因は、ウクライナ軍の守勢というより、同国への最大支援国・米国の連邦議会の混乱を反映したものだろう。米国がウクライナへの支援を停止した場合、といった前提に基づく予測だ。総額1105億ドルの米国の「国家安全保障補正予算」のうち約614億ドルがウクライナへの援助に充てられ、140億ドル相当がイスラエルへの援助に充てられていることになっているが、米共和党議員の中ではウクライナ支援の削減を要求する声が高まっているからだ。

 米共和党議員の中には、ウクライナ支援と難民政策をリンクさせ、「バイデン米政権がこれまで以上に強硬な難民政策を実施するならば……」といった条件を持ち出す者もいるのだ。共和党は現難民法を大幅に強化し、入国許可する移民数を減少させたい。

 共和党穏健派のミット・ロムニー議員は、「われわれはウクライナとイスラエルを支援したいが、そのためには民主党は国境開放を阻止する必要がある」と述べ、 共和党が補正予算を承認するかどうかは国境の安全問題の解決にかかっているというわけだ。

 民主党支持者の大多数はウクライナ支持に賛成している一方、共和党支持者の中で賛成しているのは少数だ。特にドナルド・トランプ前大統領の支持者らは支援を拒否している。来年11月の大統領選を控え、民主党・共和党両党とも選挙戦モードだ。

 ゼレンスキー大統領の首席補佐官アンドリー・イェルマック氏はワシントンでのイベントで、「米議会が支援をすぐに承認しなければ、ウクライナが戦争に負ける可能性が高い」と警鐘を鳴らしているほどた。また、ホワイトハウスは「ウクライナへの資金は年末までに枯渇する」と議会に警告している。バイデン米大統領は、「ウクライナ支援の削除は間違っている。米国の国益にも反する」と強調し、ウクライナ支援の履行を約束している。

 ウクライナ支援問題では、米国だけではなく、欧州諸国も揺れ出している。欧州連合(EU)27カ国で対ウクライナ支援で違いが出てきている。スロバキア、ハンガリーはウクライナへの武器支援を拒否し、オランダでも極右政党「自由党」が11月22日に実施された選挙で第一党となったばかり。もはや前政権と同様の支援は期待できない。欧州の盟主ドイツは国民経済がリセッション(景気後退)に陥り、財政危機に直面している。対ウクライナ支援でも変更を余儀なくされるかもしれない。

 欧州議会の中道右派「欧州人民党グループ」のマンフレッド・ウェーバー代表は、「ウクライナがこの戦争に負ければ平和はない。プーチン大統領は我々を攻撃し続けるだろう。プーチン大統領が移民を政治的武器として利用しているため、フィンランドは対ロシア国境を閉鎖している。バルト三国ではロシアからのサイバー攻撃が毎日見られ、スロバキアではロシアからのフェイクニュースが溢れている」と指摘、各国政府首脳に対し、「来週のEU首脳会議ではウクライナ支援の明確なシグナルを送る必要がある」と述べた。

 一方、プーチン大統領は11月27日、議会が既に承諾した2024年予算案に署名したばかりだ。同予算では国防費は前年度比で70%増額されている。GDP(国内総生産)に占める国防費の割合は6%。ウクライナ戦争の長期化に備えた準備と受け取られている。

 プーチン大統領は来年3月17日実施予定の大統領選での5選を目指して独走態勢を敷く一方、6日にはアラブ首長国連邦(UAE)とサウジアラビア両国を訪問するなど、積極的な外交を見せている。国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)が3月17日、プーチン大統領に戦争犯罪容疑で逮捕状を発布した時、プーチン氏には追い込まれたような困惑と危機感が見られたが、ここにきて余裕すら見せてきているのだ。

 以上、2023年の終わりを控え、ウクライナにとって2024年の予測は楽観的ではない。厳密にいえば、かなり悲観的だ。プーチン大統領と停戦・和平交渉に応じるか、それともクリミア半島を含む全被占領地をロシア軍から奪い返すまで戦争を継続するか、ゼレンスキー大統領は厳しい選択を強いられてきている。

戦時下のウクライナで2度目の冬到来

 雪が初めて降った日はこのコラム欄で必ず記したものだ。初雪の日を忘れないためという意味もあったが、雪が初めて降った日はやはり特別な思いが湧いてくるからだ(「雪が降る日、人は哲学的になる」2015年1月8日参考)。

4a5379fa5f06247ecfc758e32a11715e_1701346317_extra_large
▲ドイツのショルツ首相と防衛政策の協調で電話会談するゼレンスキー大統領(2023年11月30日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 8年前のコラムの中で「『ベートーベンの生涯』を書いた作家ロマン・ロランは『ウィーンはどこか軽佻(けいちょう)な街だ」と表現している。非日常的なイベントで明け暮れる観光の街に住んでいると、人々は落ち着きを失い、内省する習慣もなくなっていく。例外は雪が降る日だ。ウィーン子は雪の降る日、人生について考え出すのだ」と書いたほどだ。

 その音楽の都ウィーンはここ数年、雪が余り降らなくなった。地球の温暖化のせいかは知らないが、暖冬が続いたので重いマンテル(外套)を着て冬用の靴を履く、ということはここ数年なかった。

 雪が降らなければ、雪掻きをするサイドビジネス(お小遣い稼ぎ)をしている人々にとっては収入源の喪失を意味する。雪掻きの仕事を希望する市民は市当局の担当部署に登録しておく。そして雪が降って、路上の雪掻きが必要となれば、市当局から登録していた市民に電話が入る。通常、早朝、3時、4時ごろから雪掻きが開始される。

 アルプスの小国オーストリアのチロルなどアルプス山脈地域は、ウインタースポーツのメッカだ。ただ、アルプスの地域でも雪が十分に降らないためにアルペンスキーW杯大会が開催できないという事態もあった。

 幸い、今年はそのようなニュースは届かない。今夏は例年にない暑い日々が多かったというニュースを聞いたばかりだったが、ここにきて「今年の冬は寒くなるだろう」という予測が出ている。

 今年のウィーンの初雪は11月25日から26日にかけて降った。ただ、太陽が昇るとすぐに消えてしまった。そして12月2日、本格的に雪が降った。自宅のベランダには約30センチの雪が積もった。本当に久しぶりの雪だ。その翌日(3日)、近くの教会から朝7時を告げる鐘の音がいつもより小さく響いてきた。教会の鐘の音が積もった雪に吸収されてしまったのだろう。路上から聞こえる音も3日が日曜日ということもあるが、静かだ。

 ところで、ウィーンから1000キロも離れていないウクライナでは既に冬が始まっている。「初雪だ」といって当方のようにのんきなことをいっている場合ではない。ウクライナの冬はウィーンより寒い。ウィーン大学で学生が「今日は寒いわ」と呟くと、キーウ出身の女学生が「寒い?この程度の寒さなど問題ではないわ。ウクライナではマイナス20度は普通」と答えたという。「ウィーンの寒さ」と「キーウの寒さ」では大きな差があるわけだ。

 ウクライナ国民にとって寒さだけではない。ロシア軍の攻撃を受け、電力・水道などの産業インフラが破壊されたこともあって、停電は日常茶飯事、自宅で温かいスープで寒さをしのぐといった贅沢なことは難しい。爆撃で窓が吹っ飛んでしまったアパートメントに住むキーウ市民は新しいガラスは直ぐに手に入らない。寒さがもっと厳しくなる前にビニールを貼って緊急処置をする。

 マイナス20度、停電、空腹の状況下に生きている人々がどんなに大変かは体験しないと理解できないだろう。ロシア軍と戦うウクライナ兵士は更に大変だ。生命の危機を常に感じながら、戦場でロシア軍兵士と闘っている。冬になれば、通常の戦闘は難しくなるから、無人機攻撃やミサイル攻撃が中心となってくる。兵力の増強を決定したロシア軍は戦時経済体制のもと武器を依然十分保有しているから、欧米諸国からの武器供与に依存するウクライナ軍はやはり不利だ。

 ウクライナ軍によると、ウクライナ軍とロシア軍の間の戦闘はここにきてウクライナ東部に集中している。アヴディウカ戦線では、過去24時間に20回のロシア軍の攻撃が撃退された。ウクライナ軍参謀本部の最前線報告によると、ロシア軍はバフムートを15回攻撃した。ウクライナ南部ヘルソン地域では、ウクライナ軍がドニプロ川南岸の新たな陣地を維持しているという。

 ウクライナ戦争は来年2月24日でまる2年目を迎える。ウクライナ国民の祖国への愛国心、防衛の決意は途絶えていないが、2022年上半期のような高まりはないだろう。犠牲者も増えれば当然のことだ。この冬を何とかして乗り越えなければならない。ゼレンスキー大統領はどのような思いを持ちながら、国の指揮をとっているのだろうか。同大統領は11月30日、AP通信とのインタビューの中で「期待した成果は実現していない」と、現状が厳しいことを認めている。

 欧米諸国はウクライナ支援の継続と連帯を繰り返し表明しているが、欧州諸国(EU)の27カ国でも対ウクライナ支援で違いが出てきている。スロバキア、ハンガリーはウクライナへの武器支援を拒否し、オランダでも極右政党「自由党」が11月22日に実施された選挙で第一党となったばかりだ。もはや前政権と同様の支援は期待できない。欧州の盟主ドイツは国民経済がリセッション(景気後退)に陥り、財政危機に直面している。対ウクライナ支援でも変更を余儀なくされるかもしれない。最大の支援国・米国では連邦議会の動向が厳しい。共和党議員の中にはウクライナ支援のカットを要求する声も聞かれる、といった具合だ。もちろん、イスラエルとハマスの戦闘は米議会の関心を中東に傾斜させているため、ウクライナへの関心は相対的に薄くなりつつあることは事実だ。

 ウクライナ国民は今、内外共に厳しい時を迎えている。ウィーンで空から静かに落ちてくる白い雪を見つめていると、キーウ市民はどのような思いで今、雪を眺めているだろうか、と考えざるを得なかった。

宗教者は「アブラハム停戦」のため祈れ

 ローマ教皇フランシスコは21日、ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナに侵略して以来の戦争の恐怖を伝えるエフゲニー・アフィネフスキー監督のドキュメンタリー映画「Freedom on Fire」の上映会に出席した。このイベントはウクライナの民主革命「マイダン革命」(尊厳の革命)10周年を記念して開催されたものだ。映画は約2時間、ロシア軍のウクライナ侵略後の戦争の恐怖が実写で語られている。バチカンニュースは22日、同上演会の様子を報道した。

kerze
▲ハマスのテロ襲撃で亡くなったイスラエル人への追悼(エルサレム・ポスト紙のヴェブサイトから、2023年10月13日)

 上演が終わると、参加者全員が立ち上がり、拍手した。最後列の席で映画を観ていたフランシスコ教皇は戦争下にあるウクライナでの残虐性と痛みについて「大変な苦悩だ」と吐露したという。教皇は、「戦争はわれわれ人類にとって常に敗北を意味する。私たちは多くの苦しみを抱えている人々に寄り添わなければならない。戦禍にある国民のために祈り、平和が一刻も早く到来するように祈ってほしい」と語った。

 ちなみに、映画「Freedom on Fire」は、バチカンで今年2月、ウクライナ戦争勃発の日にローマ教皇の立会いの下で上映され、今月21日に再び一般公開された。 11月21日は10年前、ウクライナの首都キーウのマイダン広場で自由を求めて蜂起した「尊厳革命」が始まった日に当たる。その革命を追悼するという意味合いがあって、2023年11月21日、革命10年目の日に映画が一般公開されたというわけだ。

 戦争や紛争は世界の至るところで起きている。ウクライナ戦争やイスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦争だけではない。昔もそうだったし、21世紀の今日もそれが続いている。フランシスコ教皇は11月8日の一般謁見で「如何なる戦争も人類にとって敗北だ」と述べた。戦争を防ぐことができなかったという意味で、戦争はその時の人類にとって敗北を意味するというわけだ。

 そして「戦争は始めるより、終わらせることのほうが難しい」といわれる。ひょっとしたら、ロシアのプーチン大統領自身が身にしみて感じていることかもしれない。バチカンでのドキュメンタリー映画の記事を読んでいて、戦争を始めた政治家、指導者はそれを早急に終わらせる義務と責任があるが、宗教指導者も同じだろうと感じた。特に、中東でのイスラエルとパレスチナ問題は宗教的な色合いが濃い紛争だ。単に、領土の問題ではなく、宗教とその信仰問題が紛争の背後で問われてきているからだ。

 ハマスはガザの支配権やパレスチナ民族の領土返還を要求しているのではなく、ユダヤ民族の抹殺を目標としている。イスラエルの有名な歴史学者ユバル・ノア・ハラリ氏が指摘していたように、ハマスはもはやイスラエルとパレスチナの平和的共存などを願ってはいない。中東和平は彼らにとってユダヤ人抹殺の障害にすらなるのだ。

 エルサレムからのメディア報道によると、「イスラエルとイスラム組織ハマスは22日、受刑者や人質の一部を解放するとともに、戦闘を少なくとも4日間休止することで合意した」という。実行は23日から開始される。ガザには、約240人の人質が拘束されている。カタール政府によると、ハマスがこのうち女性と子供の計50人を解放するのと引き換えに、イスラエルは同国内で収監しているパレスチナ人の女性や子供を釈放。イスラエル政府によると、ハマス側が追加で人質を10人解放するたび、休止を1日延ばすという(エルサレム発時事電)。

 戦争当事国の間で「クリスマス停戦」、「イースター休戦」など重要な宗教の祝日を契機に戦闘を一時止めることがある。ウクライナ戦争でも正教会のクリスマスやイースターが近づく度にクリスマス停戦、イースター停戦が叫ばれた。ポジティブにいえば、紛争を行う政治家、指導者が国民的重要な宗教行事を利用して、紛争解決を実現しよとする試みと言えるわけだ。

 戦争を終わらせるためには、政治家だけではなく、宗教指導者の責任も大きい。フランシスコ教皇のウクライナ戦争の和平調停の平和特使、イタリア司教会議議長のマッテオ・ズッピ枢機卿は今月15日、説教の中で「戦争が起きている時、何もせずに静観などできない」と述べている。宗教家の偽りのない告白だ。

 宗教指導者には、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、正教会、仏教など宗派の違いこそあれ、紛争や戦争が眼前で展開されている時、それを止めさせる使命がある。特に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、正教会は「信仰の祖」アブラハムから派生した宗教だ。換言すれば、同じアブラハム家出身の兄弟といえる。兄弟同士が残虐な武器を持って互いに殺し合う戦争は本来、あってはならないのだ。

 ウクライナで、そして中東で、戦争の火が一刻も早く消えることを願わざるを得ない。「アブラハム停戦」の実現のために、宗教指導者は可能な限りの手段を駆使してその使命を果たすべきだ。

ロシア軍、出稼ぎ外国労働者を兵士に

 ロシア軍がウクライナに侵攻してはや20カ月が過ぎた。ロシア軍はウクライナ軍の軍事施設を攻撃するのではなく、電気や水道など産業インフラを破壊し、病院や学校、宗教関連施設など民間施設を砲撃し、兵士ばかりか多数の民間人が犠牲となっている。

269010631_extra_large
▲砲兵部隊、ミサイル部隊、工兵部隊の兵士たちを訪問し、挨拶するゼレンスキー大統領(2023年11月3日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 ウクライナでは戦争が勃発して以来、まもなく2回目の冬を迎える。エネルギー、電力不足で暖房もままならない状況が再び生じる。ウクライナ国民には暖房用の発電機が必要だ。ロシアの攻撃で多くのエネルギー・インフラ施設が破壊されると、ウクライナ各地で大規模な停電が発生するからだ。ちなみに、日本政府は国際協力機構(JICA)を通じてウクライナに発電機237台を支援したが、継続的支援が不可欠だ。

 ウクライナ戦争が長期化する中、中東ではパレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム過激テロ組織「ハマス」とイスラエル間で戦争が勃発し、世界の関心はウクライナ戦争から中東戦争に移ってきたが、ウクライナでは連日、戦争が続き、多くの兵士や民間人が亡くなっている状況に変わりはない。

 戦争が長期化すれば、前線の兵士不足が出てくる。ウクライナだけではなく、ロシアでも兵力不足は深刻だ。ドイツ民間ニュース専門局ntvのモスクワ特派員によると、ロシア軍の兵士募集担当はタジキスタン、ウズベキスタン、キルギスタン出身の若い労働者に声をかけ、ロシア旅券を提供し、一時金を支払い、リクルートしているというのだ。

 タジキスタンやキルギスタンなどからモスクワに出稼ぎに行く青年たちは多い。彼らはイスラム教徒(主にスンニ派)が多く、信者にとって重要な「金曜礼拝」に参加するためにモスク(イスラム寺院)にくる時、ロシア軍リクルート担当官はそこで、若く健康な青年たちに声をかけ、ロシア軍に参加を呼びかける。そして「軍に入隊すれば、2000ユーロを提供する」というオファーを出す。彼らの給料の約5倍の額だ。貧しい家庭出身の青年たちはその一時金を受け取り、ロシア旅券をもらう。その後、兵士として短期間の訓練を受けると、ウクライナの前線に派遣されるというのだ。彼らの中にはロシア語を十分に話せない者もいるという。

 ntvのモスクワ特派員は1人のタジキスタンの青年と匿名インタビューしていたが、その青年によると、「友人がロシア軍の兵士として戦地に派遣されたが、数日後、戦闘で死んだ」という。十分に訓練されずに戦場に派遣され、そこで戦死する若い兵士が数多くいるという。もちろん、ロシアのメディアは外国労働者出身のロシア兵士の話など報じないから、どれだけの兵士たちが動員され、犠牲となっているかは不明だ。

 ロシア軍の侵攻を受け、祖国防衛のためにロシア軍と戦っているウクライナ兵士と比較すれば、インスタントの新兵士の戦闘意欲、能力が劣ることはいうまでもないことだ。

 ちなみに、ゼレンスキー大統領は3日、砲兵部隊、ミサイル部隊、工兵部隊などの兵士たちを訪問し、挨拶したが、「あなたがた兵士たちと会うたびに、私は(あなた達から)ウクライナを守る準備ができているだけではなく、この戦争に勝利するという決意を感じている」と喜びをもって語っている。

 ウクライナ東部と南部で戦争は続いている。同国第2の都市ハリキウが3日、最大規模のロシア無人機攻撃を受けた。 ゼレンスキー大統領は、「犠牲者はいない。約40機の無人機のうち半数以上を撃墜した」と述べている。

 外電によると、ロシア軍はまた、東部ドネツク州アウディイウカ周辺で激しい攻勢に出ている。一方、南部ザポロジエ州ではウクライナ軍の反転攻勢が続いている、といった具合だ。

 オーストリアのインスブルック大学政治学者でロシア問題専門家、マンゴット教授はロシアとウクライナ間の戦争の見通しについて、「ロシア軍は大規模な攻勢は現時点では難しい。一方、ウクライナ軍も夏ごろから開始した反攻もあまり領土を奪い返すことができなかった。これからは冬の季節を迎えるから地面は泥濘化し、地上戦は難しい。本格的な戦闘は来年春以降となるだろう」と予想している。

ウクライナ戦争は兵器の実験場に

 どのような兵器も様々な実験を繰り返し、その性能をチェックしてからしか実戦には投入されない。平時は新兵器を実戦でテストする機会が余りない。ロシアはシリア内戦ではロシア軍需産業が開発した新兵器を積極的に導入してその性能をチェックしたという。だから、シリアは「ロシア兵器の実験場」といわれた。

f0da631bd8a3aa2e39b64707a97a62c9_1696518910_extra_large
▲ゼレンスキー大統領とドイツのショルツ首相の会見(ウクライナ大統領府公式サイトから、2023年10月5日)

 ロシアのプーチン大統領は5日、外交政策専門家フォーラムで、「われわれは原子力推進の全球射程巡航ミサイル(ブレヴェストニク)の実験に成功した。これを受け、ブレヴェストニクと大型大陸間弾道ミサイル(サルマト)の開発を事実上完了し、量産化に取り組む」と発表した。この発表が事実とすれば、ロシアは遅かれ早かれ、その新兵器を実戦の場で使用することが予想される。もちろん、ロシアだけではない。米国でも同様だ。新兵器には実戦の場が不可欠だ。表現は良くないが、性能の高い新兵器を開発するためには戦争が必要となる、というわけだ。

 ところで、ロシア軍が昨年2月24日、ウクライナに侵攻して以来、1年半以上の月日が過ぎたが、ウクライナは次第にロシアや欧米諸国の兵器の実験場となってきている。例えば、ドローン(無人機)が戦場で大量に導入されたのはウクライナ戦争が初めてではないか。ウクライナ軍の2基のドローンがロシアの中心、クレムリン宮殿にまで侵入し、モスクワはその対空防御システムの脆弱さを暴露させた。ドローンは製造が比較的容易ということもあって、イランは大量に製造し、ロシアに輸出していることが知られている。

 高性能のドローンはターゲットを自動的に識別できるから、大量の高性能のドローン部隊の攻撃を受けた場合、防御は大変だ。軍事専門家によると、ドローンは半自律兵器と呼ばれている。米国のパトリオットミサイル防衛システムは、ミサイルの探索と発射に関して部分的に自律的だ。そして今後、完全な自律型兵器が戦場に投入されるのは時間の問題というのだ。

 国連のグテーレス事務総長と赤十字国際委員会(ICRC)のスポルジャリッチ委員長は、人間の介入なしに目標を探し出して発射する完全自律型兵器システム(一般的にはキラー・ロボットと呼ばれる)に対して、共同声明で「人類を守るため明確な障壁を設ける国際条約が緊急に必要である」と述べている(ドイツ通信DPA)。

 戦争は単純な武器、大砲などの通常兵器での争いから、大量破壊兵器が登場し、第2次世界大戦終了直前、米軍は2回、日本に原爆を投下した。広島に投下された原爆はウラン爆弾であり、長崎はプルトニウム爆弾だった。米軍は製造した2種類の原爆の性能、効果を戦場で確認しようとしたわけだ。

 米国とソ連が対峙した第1次冷戦時代は、原爆が再度投下はされることなく幕を閉じた。ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」の無意味論を主張した。それが第2次冷戦時代に入り、核兵器に触手を伸ばす国が出てきた。

 そしてウクライナ戦争では大量破壊兵器に代わって、ドローン、キラーロボットといった人間の介入なく、敵の目標を探して攻撃する半自律型、完全自律型兵器が戦場で主役を演じる時を迎えようとしている。もちろん、キラーロボットの製造、使用を規制するために「自律型致死兵器(LAWS)の法的枠組みに関する交渉」はジュネーブの軍縮会議で行われているが、現時点では反対もあって成果はない。

 現実のウクライナ戦争を振り返る。キーウ側は欧米諸国に武器の供与を求めてきた。例えば、欧州の大国ドイツは最初は防御用武器に制限(軍用ヘルメットなど)、その後、防御用戦車、攻撃用戦車「レオパルト2A6」、地対空防御システムなどをウクライナ側に供与したが、キーウが要求する戦闘機、長距離巡航ミサイル「タウルス」の供与は依然拒否している。

 明らかな点は、戦争が長期化すれば、高性能で破壊力の強い武器が求められる。また、戦争の当事国ロシアやウクライナにとって人的資源(兵士)は無限ではないから、ドローン、キラー・ロボットなどの半・完全自律型兵器が前面に出てくることが予想される。その結果、戦争は一層、残虐性を帯び、非人間的な様相を深める。この懸念は次第に現実的になってきている。

露の核推進力巡航ミサイルの脅威は

 ロシアのプーチン大統領は5日、外交政策専門家フォーラムで「われわれは原子力推進の全球射程巡航ミサイル(ブレヴェストニク)の実験に成功した。これを受け、ブレヴェストニクと大型大陸間弾道ミサイル(サルマト)の開発を事実上完了し、量産化に取り組む」と発表した。同時に、「議会が包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を取り消す可能性がある」と警告した。AP通信が同日、モスクワ発で報じた。

RDS-1___2_08
▲旧ソ連の最初の核実験1949年8月29日(CTBTO公式サイトから)

 同巡航ミサイルは核弾頭または通常弾頭を搭載でき、核推進力のため他のミサイルよりも長時間飛行でき、ミサイル防衛システムに探知されずに地球を周回できるというのだ。

 プーチン大統領が2018年の教書演説でロシアがこの兵器の開発に取り組んでいることを初めて明らかにした時、西側の軍事専門家は懐疑的に受け取ってきた。その理由は「そのような兵器は扱いが難しく、環境上の脅威となる可能性がある」からだ。米国とソ連(当時)は冷戦時代に原子力ロケットエンジンの開発に取り組んだが、危険すぎるとして最終的にはプロジェクトを棚上げした。未確認情報だが、ブレヴェストニクは2019年8月、ロシア海軍演習場での実験中に爆発を起こし、5人の原子力技術者と2人の軍人が死亡し、その結果、放射能が一時的に上昇し、近くの都市で恐怖を煽ったという(AP通信)。

 プーチン大統領は昨年9月21日、部分的動員令を発する時、ウクライナを非難する以上に、「ロシアに対する欧米諸国の敵対政策」を厳しく批判、「必要となれば大量破壊兵器(核爆弾)の投入も排除できない」と強調し、「This is not a bluff」(これはハッタリではない)と警告を発した。同発言から1年以上が経過した。そして現在、CTBT条約からの離脱、核実験の再開へと進もうとしているのだ。

 クレムリンの管理下にあるロシア国営テレビRTのシモニャン編集長は2日の番組の中で、「シベリアのどこかで熱核爆発(核実験)を起こせばいい」と発言し、国内外で物議を醸したばかりだ。

 ちなみに、当方はこのコラム欄で「ロシアはCTBTから離脱するか」(2023年2月23日参考)と「ロシアは近い将来『核実験』再開か」(2023年8月18日参考)の2本のコラムを書いてきたが、事態はその方向に傾いてきているのだ。

 ロシアは1996年9月にCTBTに署名し、2000年6月に批准を完了したが、米国は1996年9月にCTBTに署名したが、クリントン政権時代の上院が1999年10月、批准を拒否。それ以後、米国は批准していない。だから、プーチン大統領は「Russia could “mirror the stand taken by the U.S.」と発言し、米国が批准していないCTBTから「理論的に離脱する可能性がある」と示唆したわけだ。プーチン氏がCTBTからの離脱を示唆したのは今回が初めてだ。

 CTBTは署名開始から今年で27年目を迎えたが、法的にはまだ発効していない。署名国数は2月現在、186カ国、批准国177国だ。その数字自体は既に普遍的な条約水準だが、条約発効には核開発能力を有する44カ国(発効要件国)の署名、批准が条件となっている。その44カ国中で署名・批准した国は36カ国に留まり、条約発効には8カ国の署名・批准が依然欠けている。

 今年8月に入ると、英日刊紙デイリー・メールが12日付の電子版で、「ロシアのプーチン大統領は近い将来、北極のソ連時代の核実験場ノヴァヤ・ゼムリャ島(Nowaja Semlja )で1990年以来初めての核実験を実施するのではないか、という懸念の声が欧米軍事関係者から聞かれる」と報道した。実際、ロシア国防省関係者は、「プーチン大統領によって命令された核実験の再開準備は確実に遂行される。ノヴァゼメリスキー試験場(The Novozemelsky test range)は常にその準備を保ってきた」と説明している。

 プーチン氏はウクライナ戦争で即戦略核兵器を使用すれば国際社会の反発が大きいことを知っているから、核実験を実施して核兵器の怖さをウクライナと欧州諸国に誇示する作戦に出るのではないか。最近の核実験は北朝鮮の2017年9月3日に実施したものだが、欧州大陸でのロシアの核実験は1990年10月以降はない。それだけに、ロシア連邦領のノヴァヤ・ゼムリャ島で核実験が行われれば、欧州諸国へのインパクトは大きい。

 いずれにしても、プーチン氏が発表したように、ブレヴェストニクは完成したのか、それとも単なる脅しかは現時点では判断できない。明らかな点は、前者が事実とすれば、もはや欧州だけではなく、世界がロシアの核兵器の脅威にさらされることだ。

長距離地対地ミサイル供与の効果

 ウクライナのゼレンスキー大統領は訪米ではあることを肌で感じたのではないか。最大の支援国・米国でもウクライナ戦争への関心が減少していることをだ。バイデン米大統領はウクライナへの追加支援を発表したが、米議会でのゼレンスキー大統領への歓迎ぶりは昨年12月の最初の訪米時と比べれば、明らかに冷めていた。米議会での演説も出来ず、米国らしい熱狂的な歓迎といったシーンは少なかった。

ATACMS
▲米陸軍の長距離地対地ミサイル「エイタクムス」(ウィキぺディアから)

 次期大統領選を来年11月に控えている米国では政治家も有権者も最大の関心事は次期大統領選に注がれている。大統領を含む政治家の全ての言動は選挙戦にプラスか否かが最大の判断基準となる。戦場から飛んできたゼレンスキー氏は一抹の不安と寂しさを感じたに違いない。その点、米国訪問後のカナダ訪問(22日)では大歓迎を受け、ゼレンスキー氏は鼓舞されたことだろう。カナダのトルドー首相は今後3年間で約715億円相当の追加支援を発表した。

 ゼレンスキー氏はカナダ訪問後、帰国の途上、ポーランドに寄ったが、ポーランドの政治家との会合はなく、負傷したウクライナの子供たちの支援活動に活躍したポーランド人に国家賞を授与したことが唯一のトピックだった。ウクライナ産穀物輸入問題でウクライナとポーランドの間で対立が生まれてきている。そのうえ、ポーランドは現在、議会選挙戦(10月15日実施)の最中だ。与野党は農民層の支持を得るためにウクライナ産穀物輸入には強く反対し、ウクライナとの関係は現在、険悪となってきた。ウクライナ戦争の勃発以来、隣国ポーランドはウクライナからの避難民の最大受け入れ国であり、武器も積極的に供与してきた支援国だった。何度もキーウまで足を運んで支援を表明してきたモラウィエツキ首相は現在、ウクライナ批判の最先頭に立っている、といった具合だ(「ウクライナ戦争と欧米の『選挙戦』」2023年9月23日参考)。

 ところで、ゼレンスキー氏の訪米での成果は、当初供与を渋っていた射程約300キロの長距離地対地ミサイル「ATACMS」(エイタクムス)の供与をバイデン大統領が土壇場で約束したことだ。それに先立ち、バイデン氏はウクライナに対する総額約3億2500万ドル(約480億円)の追加軍事支援も表明したが、長距離地対地ミサイルの供与は最後まで拒否していた。

 長距離大型地対地ミサイルの数や供与時期は未定だが、米国がエイタクムスをキーウに供与することを決めたことで、ドイツの長距離巡航「タウルス」(Taurus)のキーウ供与の道が大きく開かれる。ショルツ独首相は主力戦車「レオパルト2A6」のキーウ供与問題でも常に「わが国は単独ではできない。米国がその主力戦車『M1エイブラムス』を供与するなら、ドイツもそれに応じる用意がある」と表明。米国が今年1月25日、主力戦車の供与を決定した時、ドイツ側は同時に「レオパルト2A6」の供与を決定した経緯がある。

 それだけに、ドイツ製長距離巡航ミサイル「タウルス」の供与問題でも同じことがいえるというわけだ。ちなみに、ドイツ製長距離巡航ミサイル「タウルス」の射程距離は米国のそれより長い約500キロだ。米国とは違い、ウクライナにとって欧州大陸のドイツから長距離巡航ミサイルを獲得できれば、運搬も補給作業も米国のそれより容易だ。英国とフランスは既に射程距離250キロのミサイルをウクライナ軍に供与しているが、ドイツの「タウルス」が加われば、モスクワにとって脅威となることはいうまでもない。

 ウクライナは現在、2014年にロシア側に併合されたクリミア半島の奪回を最大の目標としている。ウクライナ軍は22日、クリミア半島の軍港都市セバストポリにあるロシア海軍黒海艦隊司令部を攻撃し、大きなダメージを与えたという。ウクライナ軍が米国やドイツから長距離地対地ミサイルを獲得できれば、ロシア軍への攻撃力は数倍強化され、戦局を大きく左右することにもなる。例えば、ロシア本国とクリミア半島を結ぶ「クリミア橋」が完全に破壊されれば、ロシア軍のウクライナ南部への補給は完全に断たたれる。

 参考までに、ウクライナとの戦争が始まって以来、約3500人の兵役年齢のロシア人男性がドイツへの亡命を申請している。ドイツ連邦内務省が明らかにしたものだ(独週刊誌「ツァイト」オンライン9月24日)。

ウクライナ戦争と欧米の「選挙戦」

 「選挙」は民主主義の政治体制を支える大きな柱だが、同時に、政治家の言動を狂わす要因ともなるものだ。選挙で当選しなければ、その日からその政治家は“タダの人”となる欧米諸国の選挙では猶更だろう。そのため、政治家は選挙に勝利するためにあらゆる手段を駆使しようとするからだ。

4f4c80e3c47837b096f8454bc8c27a70_1695335138_slider_large
▲バイデン米大統領(左)とウクライナのゼレンスキー大統領(2023年9月22日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 そんな感慨を改めて持ったのはポーランドのモラウィエツキ首相の「ウクライナへは今後武器を供与せず、自国の国力の近代化に投資していきたい」という20日の発言を聞いたからだ。ポーランドは、ロシアがウクライナに軍侵攻をして以来、これまで一貫してウクライナを支援してきた。ウクライナからの避難民を100万人以上受け入れる一方、重火器を積極的にキーウに提供してきた国だ。そのポーランドの首相が突然、「もはや武器をウクライナに供与しない」というのだ。ポーランド政府に何が生じたのか。

 理由は明らかだ。ポーランドは目下、選挙戦が展開中だからだ。ポーランドで10月15日、議会選挙(上・下院)が実施される。選挙の焦点は、2期8年間政権を運営してきた保守系与党「法と正義(PiS)」が政権を維持するか、それとも中道リベラル派の最大野党「市民プラットフォーム」(PO)主導の新政権が生まれるかだ。選挙では、下院(セイム)の460議席、上院(セナト)100議席がそれぞれ選出される。複数の世論調査では、両党は拮抗している。もはや政権交代の可能性も排除できない。

 与党「法と正義」(PiS)としては党の有力支持基盤の農民層を固める必要がある。具体的に説明する。ウクライナからの穀物が大量に国内に流入すれば、国内の農家たちが安価なウクライナ産穀物に対抗できないから苦しくなる。そこでポーランド政府はウクライナ産穀物の輸入を禁止する政策を取った。すると、キーウのゼレンスキー大統領は怒りを発し、「わが国の国家収入の60%を占める穀物輸出を禁止することは自由貿易の立場からいっても受け入れられない」と反発、ポーランド政府が政策を撤回しないので、世界貿易機関(WTO)にポーランドを提訴したばかりだ。

 そのような中、モラウィエツキ首相の「今後ウクライナに武器を供与せず、国内の戦力の近代化に努力したい」という発言が飛び出したわけだ。ただ、ポーランド首相の発言を余り深刻に受け止めるべきではないだろう。実際、ポーランドのドゥダ大統領は翌日の21日、モラウィエツキ首相の発言について、「自国のために購入している新しい兵器は送らないという趣旨だろう」と述べ、今後もウクライナへの支援を続けていく姿勢を改めて強調している。

 ポーランドではロシア軍の侵略を受けるウクライナを支援することでは与野党の間には大きな相違はない。問題が生じたのは、ロシアがウクライナ産穀物の黒海経由での輸出にストップをかけて以来、ウクライナ産の穀物がポーランドに輸送され、そこで取引される事態が生じたからだ。ポーランド政府は農民たちの苦情を無視できないので、同じ事情にあるスロバキア、ハンガリーと共にウクライナ産穀物の輸入禁止という処置を取ったわけだ。あれも、これも、全て「選挙」がなす業だ。

 ゼレンスキー大統領は目下、ニューヨークの国連総会に参加中にポーランド政府の突然の変心を聞いても余り驚いていない。来年大統領選挙を控えるゼレンスキー氏はポーランド政府の事情を理解しているからだろう。そのうえ、ポーランドは歴史的にみても反ロシァア傾向が強い国だ。国防上からもウクライナを捨てることは絶対にないことを知っているからだ。

 興味深いことは、ポーランド首相の発言は本来、ロシア側を喜ばすが、余り浮かれた反応はモスクワからは聞かれない。クレムリンの指導者も「選挙だからだ」と知っているからだ。ちなみに、ロシアでも来年大統領選挙が実施されるが、選挙戦はショーに過ぎず、プーチン大統領の勝利は既に決まっている。モスクワの指導者は「選挙」を控えているからといってその政策を大きく変えることはない。

 ウクライナ戦争は長期戦に入った。消耗戦でもあり、関係国にも戦争疲れが見え出してきた。それだけに、来年選挙を控えている欧米諸国の政治家たちは、国民のウクライナ戦争への支援疲れを見落としてはならないだろう。最大のウクライナ支援国・米国でも来年11月、大統領選が実施される。バイデン大統領は再選出馬を決定している。共和党候補者に勝利するためにはウクライナ戦争への対応でポイントを稼ごうとするだろう。同時に、ウクライナへの全面的支援に対して批判の声が出てきていることもあって、バイデン大統領はキーウ政府の武器要求に対してブレーキがかかってしまう。また、欧州連合(EU)加盟国では欧州議会選が実施される。その最大の争点は難民・移民の殺到問題と共にウクライナ戦争とその支援問題だ、といった具合だ。

 繰り返すが、選挙を控えている国では、政治家の中で想定外の政策や発言が飛び出してくる可能性は排除できない。ポーランド首相だけではない。ロシアのプーチン大統領は欧米諸国の選挙戦を良く知っているから、さまざまな情報戦を展開し、ウクライナ支援疲れの欧米諸国の国民に囁きかけてくるだろう。「選挙」はウクライナ戦争の今後の動向にも大きな影響を与える要因となっている。

プーチン氏を苦しめる「強迫不安症」

 「不安」はKGB(ソ連国家保安委員会)出身のプーチン大統領にとって敵を威嚇するうえで最大の武器の一つだった。ウクライナ戦争でもウクライナを支援する欧米諸国に対して核兵器の使用も辞さない強硬発言をして不安を与え、戦いを有利に進めるという戦略を駆使してきた。例えば、同盟国ベラルーシに核兵器を配置することで、ウクライナを支援するポーランドなど欧州諸国に圧力を行使している。敵国に不安を与えるというプーチン氏らしい戦略だ。

7VGdn7KLABcXy7qkwWAdkRkfgAQgeAJ7
▲「シティ―・デー」でモスクワ市民に祝福を送るプーチン大統領(2023年9月9日、クレムリン公式サイトから)

 ところで、「不安」という人間の最も原始的な感情は常に親ロシア、プーチン氏に味方しているわけではない。ウクライナ戦争が長期化するにつれ、その「不安」がプーチン氏の傍に忍び寄ってきているのだ。

 ロシアの安全保障機関(FSO)の元職員であるヴィターリ・ブリシャチイ氏はロシアの独立系テレビ局Dozhdとのインタビューで、「プーチン氏自身は大統領の安全を守る任務の安保保障機関関係者を信頼していない」というのだ。ブリシャチイ氏は現在、家族とともにエクアドルに移住している(以下、ブリシャチイ氏関連情報はドイツ民間ニュース専門局ntvから)。

 ブリシャチイ氏によれば、プーチン氏は護衛担当の職員に自身の居所を正確に教えないという。具体例として、プーチン氏がクリミア半島を訪れた時、プーチン氏の到着先としてセヴァストポリとシンフェロポリの2つの空港が指定されたというのだ。両空港の間は100キロ以上離れている。護衛隊はどちらの空港か土壇場まで分からなかった。プーチン氏が急遽異なる交通手段を利用するかもしれないのだ。同氏は、「プーチン氏は自らの命をどれほど心配しているかを示している」と証言している。プーチン氏は自身の護衛隊関係者でさえ自分を裏切るかもしれない、といった「不安」にとりつかれているのだ。

 独裁者は実際に亡くなるまで少なくとも数回、暗殺未遂を経験し、生前に何度か自分の死亡が報じられる運命にある。ロシアのプーチン大統領も例外ではない。暗殺未遂事件があった。時期は今年3月だ。ロシア軍のウクライナ侵攻後に暗殺未遂事件が生じたが、プーチン氏は生き延びた。情報源はウクライナ軍事諜報機関SBUだ。それによると「事件は完全な失敗に終わった」という。SBUのキリロ・ブダノフ長官 (Kyrylo Budanow)はウクライナの新聞プラウダに語っている。オーストリア日刊紙クリアによれば、プーチン大統領をターゲットとした暗殺未遂事件は少なくとも5件あったという。

 「ヒトラー暗殺未遂事件」を思い出してほしい。第2次世界大戦後半の1944年7月20日、シュタウフェンベルク陸軍大佐が現在のポーランド北部にあった総統大本営の会議室に爆弾入りの鞄を仕掛けた。爆発したが、ヒトラーは軽傷で済んだ。大佐は同日中に逮捕され、仲間の将校らとベルリンで銃殺になった。歴史に残る暗殺未遂事件だ。

 プーチン氏はヒトラー暗殺未遂事件から学んだのだろう。自身の居所を絶対に漏らさないようにしている。自身の護衛隊にも土壇場まで言わないだけではなく、偽情報を教えることもあるという。ちなみに、プーチン氏の場合、医師、警備員、狙撃兵、フードテイスターがチームを編成し、常に大統領に随伴しているという(「『プーチン暗殺未遂事件』の因果」2022年5月28日参考)。

 プーチン氏が「不安」に取りつかれている理由は明らかだ。5月3日未明、ロシアのクレムリン宮殿に向かって2機の無人機が突然、上空から現れ、それをロシア軍の対空防御システムが起動して撃ち落すという出来事があった。ウクライナ軍のドローンがロシアの対空防衛システムを簡単にくぐりぬけてモスクワのクレムリン宮殿まで飛んできたのだ。また、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者エフゲニー・プリゴジン氏(62)による「24時間反乱」(6月23〜24日)が起きたばかりだ。同反乱の背後には、ロシア軍内の幹部の関与も噂にになった。プーチン氏を取り巻く周囲はウクライナ戦争前には考えられないほど不安定になっているのだ(「プーチン氏『ハト派よりタカ派が怖い』」2023年7月23日参考)。

 国際刑事裁判所(ICC、本部ハーグ)が今年3月17日、ロシアのプーチン大統領に戦争犯罪の容疑で逮捕状を出して以来、ICC加盟国の間では「どの国がプーチン氏を逮捕するか」で話題を呼んでいる。逮捕されることを恐れ、プーチン氏はその後、外遊を控えている。

 ちなみに、20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の次期議長国ブラジルのルラ大統領は9日、「プーチン大統領が来年のG20サミットに出席しても、わが国は逮捕しない」と明言した。ブラジルはICC加盟国だ。ルラ大統領の「逮捕しない」といった口約束を信じて、プーチン氏がブラジルまで飛ぶとは残念ながら現時点では考えられない。G20サミットにもプーチン氏は欠席し、ラブロフ外相を代理に送ったばかりだ(「猫(プーチン氏)の首に鈴をつける国は」2023年3月26日参考)。

 ドイツ通信(DPA)は「ロシアで密告が復活」という見出しの記事(5月16日)を配信したが、ロシアがイギリスの小説家ジョージ・オーウェルの小説「1984年」のような状況になってきているのだ。あれもこれも全て、自身に差し迫ってきた「不安」を追い払うためだ。

戦争はウクライナにとって一層つらい

 ロシアのプーチン大統領が昨年9月、部分的動員令を発した時、ロシア国内では大きな動揺が起きた。徴兵命令が届く前にロシアから出国するため、ビザのいらないトルコやカザフスタンなどに逃げたロシア人が急増した。一方、ロシア軍の侵略を受けたウクライナでは祖国防衛に燃える国民が率先して武器をもって立ち上がった。女性たちの中でも軍に入る人が出てきた。

3338306c3e8d4df4e6016ad9e36604a5_1693858465_extra_large
▲ザポリージャ地区でロシアの侵略を撃退した戦闘旅団を視察したゼレンスキー大統領(2023年9月4日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 それを目撃した欧米諸国の国民は国を守るために家族を犠牲にして立ち上がるウクライナ兵士に感動し、支援を惜しまなかった。そのような状況はつい最近まで続いた。両国国民の戦意の差が戦場での結果として現れたのは当然だった。守勢側のウクライナ軍の健闘に欧米諸国は喝采し、進んで武器や物品を支援してきた。

 ウクライナ戦争は既に1年半となり、戦いは長期戦、消耗戦の様相を深めてきた。当然だが、ウクライナ側でも戦争疲れが見えてきた。ウクライナ国境警備隊によると、ロシアの侵攻が始まって以来、2万人以上の兵役義務を負うウクライナ男性たちの逃亡を阻止したという。

 国境警備隊の広報担当者、アンドリイ・デムチェンコ氏は5日のニュース番組で、「昨年2月24日以降、国境警備隊は合計で約1万4600人の不法な出国を試みたウクライナ国民を逮捕した。同時に、偽の出国許可書を持っていた約6200人の男性も捕まった」と語った。兵役回避者は主に18歳から60歳の男性で、ルーマニアとモルドバとの国境線で発見されている。「ルーマニアとハンガリーとの国境河川ティッサで少なくとも19人の男性が溺死し、数人がカルパチア山脈を越えて逃亡中に凍死した」という。

 ウクライナでは戦争勃発以来、18歳から60歳までの兵役義務を負う男性の国外出国が禁止されているが、欧州連合(EU)の統計機関であるEUrostatによれば、EUの27カ国とノルウェー、スイス、リヒテンシュタインには18歳から64歳までの約65万人のウクライナ男性が難民として登録されているのだ(オーストリア国営放送ヴェブサイトから)。

 キーウ当局は、EU諸国に不法に出国した兵役義務者の引き渡しを検討している。ウクライナでは徴兵を免除するための文書の販売が盛んで、その文書の価格は現在、1万ユーロ(約158万円)以上に上昇しているという。

 ゼレンスキー大統領は8月に入り、軍の徴兵に関する地域オフィスの全責任者を解任した。同大統領によると、検察当局、反汚職機関、そしてSBU(ウクライナ国家保安庁)の調査の結果、112件の刑事捜査が開始されたという。違反は、ドネツク、ポルタワ、ヴィンニツャ、オデーサ、キーウなどの地域で明らかになったというのだ。

 ウクライナ捜査当局は7月23日、既に解任されていたオデーサ地区の人材紹介会社責任者を汚職容疑で逮捕した。この男は賄賂と引き換えに男性の兵役を免除することで不法に富を得ていたと言われている。この軍関係者は戦時中にスペインで数百万ドル相当の不動産を購入したという。有罪判決を受けた場合、最長で懲役10年の刑が科せられる可能性がある(「ウクライナで兵士不足が深刻か」2023年8月13日参考)。

 ちなみに、ウクライナ側は兵役拒否者への対策を強化する一方、ロシア軍からウクライナに逃げてきた兵士に報奨金を提供している。最近では、ロシアのパイロットが亡命し、Mi−8ヘリコプターをキーウ側に引き渡したが、その報酬として50万ドルを提供することになっているという。軍事情報機関の広報担当者、アンドリイ・ユソフ氏は、「報奨金はウクライナの通貨であるフリブナで支払われる」と説明、ロシア軍兵士に戦わずにウクライナに亡命するように呼びかけている。

 戦争が長引き、多くの犠牲者が出てくれば、戦争勃発時には見えなかったさまざまな不都合な事実が表面化してくる。ロシア軍だけではない。ウクライナ側でも同様だろう。

 最後に、米国作家ヘミングウェイの名言を紹介する。
 「いかに必要であろうと、いかに正当化できようとも、戦争が犯罪だということを忘れてはいけない」

 ウクライナの場合、ロシア軍が侵略してきたのだから防戦する必要があるし、その戦いは国際法上からも正当化できるが、戦争が非人道的な犯罪である点では変わらない。その意味で、ウクライナ側はロシアより一層つらいわけだ。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ