ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

その他

サッカーで‘不景気風’を吹っ飛ばせ

 「早く来い来い、お正月・・」ではないが、14日から7月14日までまる一カ月間、ドイツで欧州サッカー連盟(UEFA)主催の欧州選手権(ユーロ2024)が開催される。ホスト国のドイツでは既にサッカー・フィーバーが吹き荒れ、ウクライナ戦争や中東のガザ戦争のニュースから国民の目はナショナル・チームの一挙手一投足に熱く注がれている。欧州のサッカーファンの熱気に水を差すとすれば、テロの脅威だ。欧州のテロ専門家の間では「多くの関心と観衆が集まる欧州サッカー選手権はイスラム過激テロ組織の襲撃の格好のターゲットだ」と指摘し、主催者側のドイツ当局に警戒を呼び掛けている。

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▲ドイツ開催のユーロ2024(EURO2024公式サイトから)

 初日の14日午後9時(日本時間15日午前4時)、ホスト国ドイツとスコットランドの試合がバイエルンの本拠地のミュンヘンのアリアンツ・アレーナで始まる。開催地はミュンヘンのほか、ベルリン、ドルトムント、シュトゥットガルト、ハンブルク、ゲルゼンキルヒェン、フランクフルト・アム・マイン、ケルン、デュッセルドルフ、ライプツィヒの計10か所の競技場で試合が行われる。

 ファンはスタジアムだけではなく、ドイツ全土のファンゾーンやパブリックビューイング、バーやビアガーデンでチームを応援できる。UEFAによると、ユーロ2024の期間、計51試合が行われ、チケットは全試合既に完売という。パブリックビューイングだけでドイツ国内から最大1200万人が来場すると予想している。大型スクリーンで試合中継を行う大規模な無料ファンゾーンも設けられている。

 ユーロ2024を待ち望んでいるのはファンだけではない。テログループもそうだ。ドイツのフェーザー内相は13日、「治安当局は適切な態勢を敷いている。現時点で具体的な脅威情報は入っていない」と述べた。しかし、治安当局はイスラム過激派のほか、ロシアのウクライナ侵略戦争やガザ地区での戦争などの潜在的な脅威を理由に警戒を緩めていない。例えば、サッカーの試合ではフーリガンが暴れることもある。ドイツ当局は欧州の治安当局とフーリガン関連情報の交換、国境警備の強化に乗り出している。治安当局によると、「スタジアムやその他の会場へのドローン(無人機)による奇襲テロも十分考えられる」として対策を検討している、といった具合だ。

 一方、ホスト国ドイツではユーロ2024が国民経済を活性化させることを期待している。ユーロ2024の経済効果だ。同国は昨年リセッション(景気後退)に悩み、今年に入ってようやくプラス成長となったとはいえ、物価の高騰、エネルギー・コストの急騰などで消費者の購買意欲は停滞している。ドイツ連邦統計庁によれば、今年第1・四半期の国内総生産(GDP)は前期比(季節調整後)で0.2%増だったが、依然厳しい。2006年のドイツ開催のサッカーワールドカップ(W杯)ほどではないとしても、ユーロ2024は小売、ケータリング、宿泊施設などの消費者関連の経済部門を回復させるチャンスでもあるわけだ。

 欧州サッカー選手権はワールドカップ(W杯)に次いでビッグイベントだ。24チームが6グループに分かれ、グループ戦が行われ、グループ上位2位と各組3位のうち成績上位4チームがラウンド16に進出し、欧州最強の座をかけて本戦に入れる。前回2021年のロンドン主催の欧州選手権ではイタリアが決勝戦でイングランドに3対2で勝って2度目の欧州王者となった。

 ドイツはかってはサッカー強国と見られ、ブラジル、フランス、イングランドと並ぶサッカー王国だったが、前回のカタールで開始されたW杯ではグループ戦で3位となり、本戦にも行けず早々と帰国した。ドイツチームはビッグイベントの試合では最近は悉くファンの期待を裏切ったため、「サッカー王国」から「世界のサッカー界のBチーム」と酷評されてきた。それだけに、ホスト国となった今回は健闘を期待しているファンが多い。ただし、英国のブックメーカーによると、ドイツの優勝を予想する声は少ない。逆にいえば、期待されていない分、気楽に試合に臨めるというメリットがある。若い選手が多いだけに、思い切ってプレイできれば結果も期待できる(「『サッカー王国』ドイツのW杯予選落ち」2022年12月4日参考)。

 なお、優勝有力候補は前回のW杯の覇者フランスを筆頭に、イングランド、スペイン、フランスといったところだろうか。当方が住んでいるオーストリアはDグループでオランダ、ポーランド、フランスといった強豪が相手だけに予選通過は大変だ。ただし、各国チームの実力は拮抗しているので、勢いに乗ったチームが予想外の活躍をするのが欧州選手権だ。参加国の選手の活躍と安全を願う。

精神科医フランクルと「モーセの十戒」

 ウィーン生まれのユダヤ人精神科医ヴィクトール・フランクル(1905〜1997年)についてこのコラム欄でも書いたばかりだが、一つ大切なエピソードを忘れていたので、ここで紹介することを許してほしい。以下のエピソードはオーストリア国営放送(ORF)がウィーンの3人のユダヤ人精神科医について放映した番組の中でフランクル自身が語ったものだ(「3人のユダヤ人精神科医の『話』」2024年6月7日参考)。

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▲花咲かすぺラルゴ二ウム(2024年4月13日、ウィーンで撮影)

 時代はナチス・ドイツ軍がオーストリアに迫っていた時だ。フランクルは医者だったので、ナチス・ドイツ軍は彼に対し他のユダヤ人とは異なり、少しは融和的な扱いをしていた。フランクルのもとには「早く米国に逃げたらいい」というアドバイスとビザも届いていた。フランクルは亡命するべきか否かで悩んだ。自分が医者だからドイツ軍も自分の家族、父、母、妹たちを強制収容所送りをしないことを知っていたから、もし自分が亡命したならば、家族はどうなるかを考えていた。

 フランクルが米国に亡命しない決意を固めたのには理由があった。家に置いてあった石について父に尋ねると、それは破壊されたウィーンのシナゴークの瓦礫から見つけた石の破片を父親が持ち帰ったものだった。そこにヘラブライ語の文字が刻まれていて、それはモーセの十戒の「あなたの父と母を敬え」の一節だった。強く心打たれたフランクルは両親を残してアメリカに亡命することを止めてウィーンに残ることを決意したという。老齢になったフランクルは列車の中でインタビューでこの話をしながら涙ぐんでいた。

 しかし、ドイツ軍は次第に、医者であろうと関係なく全てのユダヤ人を強制収容所に送り出した。その結果、フランクルは家族と共に強制収容所送りとなった。ドイツ軍が敗走し、収容所から解放されると、妻や両親の安否を尋ねたが、家族全員が殺されてしまったのを知った。

 精神科医としてフランクルはナチス・ドイツ軍が侵攻する前から、精神科医として悩む人々の相談相手として歩んでいた。そのフランクルも収容所から解放された直後は、家族全てを失い、生きる意味、価値、喜びを無くして鬱に陥った。しかし精神科医として再び人々を助ける道に戻っていった。暫くして、オーストリア人でカトリック教徒の女性と知り合い、再婚する。フランクルは死ぬまで妻と共に生きた。世界で多くの読者を感動させたフランクルの著書「それでも人生にイエスと言う」はフランクル自身の体験談に基づいた証だ。フランクルは「人は人生で意味、価値を見いだせない時、悩む。人は先ず『生きる意味、価値』を見出していくべきだ」と語っている。

 フリードリヒ・ニーチェ(1844〜1900年)は「20世紀はニヒリズムが到来する」と予言したが、ローマ・カトリック教会の前教皇ベネディクト16世(在位2005〜2013年)は2011年、「若者たちの間にニヒリズムが広がっている」と指摘している。欧州社会では無神論と有神論の世界観の対立、不可知論の台頭の時代は過ぎ、全てに価値を見いだせないニヒリズムが若者たちを捉えていくという警鐘だ。簡単にいえば、価値喪失の社会が生まれてくるのだ(「“ニヒリズム”の台頭」2011年11月9日参考)。

 人は価値ある目標、人生の意味を追及する。そこに価値があると判断すれば、少々の困難も乗り越えていこうとする意欲、闘争心が湧いてくる。逆に、価値がないと分かれば、それに挑戦する力が湧いてこない、無気力状態に陥る。同16世によると、「今後、如何なる言動、目標、思想にも価値を感じなくなった無気力の若者たちが生まれてくる」というのだ。残念ながら、21世紀に入り、状況は次第にベネディクト16世が警告した世界に近づいてきている。

 バラの一片から‘神の善意’を感じた名探偵シャーロック・ホームズのように、私たちも自身の周囲にある数多くの‘神の善意’を見出し、生きていく意味を学ぶべきではないか(「バラの美は『神の善意』の表れ?」2024年4月12日参考)。

カフカ没後百年とユダヤ人の「運命」

 今年はプラハ生まれのユダヤ人作家フランツ・カフカ(1883〜1924年)の没後100年目だ。世界各地で様々な特集やイベントが行われている。カフカは40歳で結核で亡くなったが、3人の妹ら家族は後日、強制収容所送りになって、そこで全員が亡くなった。カフカはナチス・ドイツが侵攻する前に病死したので、ナチス・ドイツ軍の蛮行の直接の犠牲とはならなかった。カフカが強制収容所送りを体験しなかったことは、カフカ自身にとって幸せだったのかもしれない。

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▲没後100年を迎えたユダヤ人作家フランツ・カフカ(ウィキぺディアから)

 カフカの友人、ユダヤ人作家マックス・ブロート(1884〜1968年)はドイツ軍が西側行きの列車を閉鎖する直前、最後の列車に乗ることが出来て西側に亡命した。ブロートがナチス・ドイツ軍に拘束され、強制収容所送りになっていたならば、「審判」「変身」「城」といったカフカ作品は世に出ることがなかっただろう。カフカは生前、自身の作品をほとんど公表していない。カフカの作品の価値を理解していた友人ブロートはカフカの原文を鞄に詰めて国境を出ることが出来たわけだ。オーストリア国営放送(ORF)はカフカ没後100年を祝って6回のシリーズでTV映画を放映したが、ブロートがドイツの国境警察に鞄を開けさせられ尋問される場面があった。カフカ文学の運命の瞬間だったわけだ。

 第二次世界大戦中、杉原千畝氏は日本領事館領事代理として赴任していたリトアニアで、ナチス・ドイツによって迫害されていた多くのユダヤ人にビザを発給した話は有名だ。ドイツ軍の侵攻前に亡命で来たユダヤ人、亡命が遅れたたために強制収容所送りになったユダヤ人など、様々な運命があった。

 7日のコラムでも紹介したが、精神分析学のパイオニアのジークムント・フロイト(1856〜1939年)、アルフレット・アドラー(1870〜1937年)はナチス・ドイツがオーストリアに侵攻する前にロンドンや米国に亡命できた。一方、ヴィクトール・フランクル(1905〜1997年)は家族と共に強制収容所送りになった。収容所から解放された直後、妻や母、姉妹たちが全て殺されたことを知って絶望し、一時期生きる力を無くして鬱に陥ったといわれる。フランクルは鬱を乗り越え、「それでも人生にイエスと言う」という本を出している。

 興味深い例としては、ユダヤ系作家フランツ・ヴェルフェル(1890〜1945年)は非常に太っていたために、山を越えフランスへ亡命するのが大変だった。そこで「この山を無事超えて亡命出来たらルルドの聖人ベルナデットの話を小説にする」と神に約束したという。ヴェルフェルは最終的に米国に亡命した後、神との約束を果たし、小説「ベルナデットの歌」を書いている。

 ところで、ユダヤ人を亡命に強いた張本人アドルフ・ヒトラー(1889〜1945年)はウィーンで画家の道を歩むことが出来たならば、ユダヤ人大虐殺といった蛮行に駆り立たれなかったかもしれない。アドルフ・ヒトラーは1907年、08年、ウィーン美術アカデミーの入学を目指していたが、2度とも果たせなかった。ヒトラーの入学を認めなかった人物こそ、グリーケァル教授だ。

 もしヒトラーが美術学生となり、画家になっていれば、世界の歴史は違ったものとなっていたかもしれない。ウィーン美術学校入学に失敗したヒトラーはその後、ミュンヘンに移住し、そこで軍に入隊し、第1次世界大戦の敗北後は政治の表舞台に登場していく。

 歴史で「イフ」はタブーだが、グリーケァル教授がヒトラーを入学させていたならば、その後の歴史は変わっていただろうか。ナチス・ドイツ軍は存在せず、ユダヤ民族への大虐殺はなかったかもしれない(「画家ヒトラーの道を拒んだ『歴史』」2014年11月26日参考)、「ヒトラーを不合格にした教授」2008年2月15日参考)。

 米映画「オーロラの彼方へ」(原題 Frequency、2000年)は、人生をやり直し、失った家族や人間関係を回復していくストーリーのパイオニア的作品だ。米俳優ジェームズ・カヴィーゼルが警察官役で登場している。オーロラが出た日、警察官になった息子が無線機を通じて殉職した消防士の父親と話す場面は感動的だ。ストーリーは父親の殉職と殺害された母親の殺人事件を回避し、最後は父親、母親と再会する。同映画は人生の失敗、間違いに対してやり直しができたら、どれだけ幸せか、という人間の密かな願望を描いている(「人生をやり直しできたら・・・」2017年12月30日参考)。

 「運命」が存在するか否かは分からないが、選択が間違ったゆえに、全く予期しない人生を歩みだす人も少なくない。サクセスフルな人生を歩み、多くの富と名声を得た人でも、生まれて死ぬまで100%計画通りに歩んできた人間はいないだろう。程度の差こそあれ、さまざまな後悔や無念の思いを抱きながら生き続けている。「運命はわれわれを導き、かつまたわれわれを潮弄する」と述べたフランスの哲学者ヴォルテールの言葉を思い出す。

3人のユダヤ人精神科医の「話」

 オーストリアの首都ウィーンはモーツァルト、シューベルトといった作曲家が活躍した‘音楽の都’として知られているが、同国はフロイト、アドラー、フランクルという3人の世界的な精神科医を輩出している。3人の精神科医はいずれもユダヤ人であり、精神分析学、心理療法を確立していったパイオニアだ。

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▲オーストリアの3人のユダヤ系精神科医(左からフロイト、アドラー、フランクル)(2024年6月4日のオーストリア国営放送(ORF)の「Kreuz und quer」からスクリーンショット)

 オーストリア国営放送(ORF)は4日夜、文化番組でジークムント・フロイト(1856〜1939年)、アルフレット・アドラー(1870〜1937年)、ヴィクトール・フランクル(1905〜1997年)の3人の精神科医を紹介する30分余りの短い番組を放映した。3人に共通しているのはオーストリアに住んでいたユダヤ人ということだ。

 フロイトは生前、毎水曜日、精神科医の集いを開いていたが、ある日、新しいゲストが入ってきた。カール・グスタフ・ユング(1875〜1961年)だ。ユングはユダヤ人ではなく、スイス人生まれの精神科医であることを知ったフロイトは喜んだという。なぜならば、当時、精神科医といえば“ユダヤ人の学問”と受け取られるほど、ユダヤ系学者が多数を占めていたからだ。

 ここで3人の精神分析学の業績を紹介するつもりはない。それらは既に知られていることで、世界には数多くの専門家が語りつくしているからだ。ここではアカデミックの世界では余り知られていない話を拾って紹介したい。

 3人の精神分析学者の中でもフロイトは文字通り精神分析学の創設者だ。彼は「無意識の世界」を分析し、夢の分析で知られている。患者をソファーに寝かせ、話を聞きながら患者の過去を分析していく。フロイトは骨や細胞ではなく、精神(魂)に刻み込まれた過去、無意識の世界を解析していった。それゆえに、フロイトは「魂の考古学者」と呼ばれたほどだ。

 フロイトはナチス・ドイツ軍が1938年3月、オーストリアに侵攻する直前、ロンドンに亡命したが、その時は既に末期がんに冒され、自由にしゃべることすらできなかった。亡命1年後、フロイトは亡くなった。

 興味深い点は、フロイトは当時、精神分析学の開拓者として絶対的な権威を有していたが、それゆえにというか、フロイトにひかれて集まってきたアドラーやユングは最終的にはフロイトと袂を分かっている。アドラーはフロイトのもとで学んでいたが、過去の原因論ではなく、現在、未来の課題を重視する未来志向の分析学を目指していく。専門家はアドラーの精神分析学を「個人心理学」と呼ぶ。フロイトの原因論ではなく、現実の課題を重視する目的論を標榜し、他者との比較などで生れる劣等感などを克服していく生き方を鼓舞した。21世紀の現代人にとってアドラー心理学は人気がある。アドラーは精神分析を社会生活の中で応用し、多くの貧者や少数派の人々を癒していくことに専念していった。

 ちなみに、ユングは個人的な過去の無意識の世界を模索するフロイトのもとで学んでいたが、無意識の世界の解明だけに満足せず、個人の無意識の世界を超えたものが現在の存在に影響を及ぼしていると感じたユングは後日、「集合的無意識における原型の理論」で有名となっていく(「人類歴史が刻印された『集合的無意識』」2022年4月20日参考)。

 フロイトとアドラーはナチス・ドイツがオーストリアに侵攻する前に米国やロンドに亡命したが、フランクルは家族と共に強制収容所に収容された。そこでの体験は名著「夜と闇」の中で描かれている。彼は生き延びるためには意味、価値を見出すことが不可欠と主張し、民族や国家の「集団的罪」を否定し、収容所にもいいドイツ兵士がいたと証言したため、他のユダヤ人から批判にさらされた。彼の精神分析はロゴセラピーと呼ばれる心理療法で、多くの学者が継承している。

 収容所で家族を全てを失ったフランクルは解放直後、深い鬱に悩んだという。人生の意味を見いだせなかったからだ。新しい女性と出会い、再婚することで人生に意味を再び発見していく。著書「それでも人生にイエスと言う」は世界で多くの人々に読まれている。

 フロイトは無神論者だった。アドラーは1896年にプロテスタントに改宗しているが、「神がいると思って生きるほうがいい」と述べていた。フランクルはユダヤ教徒だった。再婚した女性はオーストリアのカトリック信者だった。その相手とフランクルは死ぬまで50年余り共に生きた。

 当方の個人的なエピソードだが、ナチ・ハンターで有名なサイモン・ヴィーゼンタール氏とウィーンで会見した時、同氏は「自分は世界から多くの名誉博士号を得たが、私以上に多くの名誉博士号を得た人物が一人いる、それはフランクルだ」と述べていたことを思い出す。

 ユダヤ人の世界的物理学者アインシュタインはフロイトがノーベル生理学・医学賞を獲得したいと考えていることを知って、フロイトに「心理学は科学ではないよ」とノーベル賞受賞の対象外と諭す一方、「君はノーベル文学賞ならば得られるかもしれないよ」と述べたという。心理学は当時、まだ科学とは見なされていなかったからだ。同時に、フロイトの表現力、記述力にアインシュタインは感動し、フロイトの文才を高く評価していたという。

 なお、オーストリアでは過去も現在も反ユダヤ主義が根強い。パレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」がイスラエルで奇襲テロを実行して以来、オーストリア国内でも反ユダヤ主義的犯罪が急増、2023年は1147件が登録されている。実数はそれ以上多い。フロイト、アドラー、フランクルの3人のユダヤ人の世界的な精神科医を生み出したオーストリアは同時に、アドルフ・ヒトラーが生まれた国でもある。

戦略的「曖昧さ」が引き起こす不安

 21世紀の今日、「曖昧さ」が恣意的に広がってきている。ハーフ・トゥルース、イン・ビトゥイーンといった中間的な立場を意味するのではなく、「曖昧さ」というはっきりとした選択肢として台頭してきているのだ。「イエス」か、「ノー」か、それとも「曖昧さ」か、といった3者選択の世界だ。

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▲エドヴァルド・ムンク作「叫び」(ウィキぺディアから)

 米CNNはファクト・チェッキングという番組で政治家の発言の真偽を確認している。そのターゲットは主にトランプ前大統領の発言だ。正しいか、間違いか、ファクトかフェイクか、の2者選択で判断するわけだ。ここでテーマとするのは「イエス」でも「ノー」でもない第3の選択肢「曖昧さ」がここにきて主流となってきている、という点だ。

 「曖昧さ」を考える場合、軍事用語の「戦略的曖昧さ」(strategic ambiguity)を考えれば一層理解しやすい。敵に対して恣意的にはっきりとした手の内を明かさない。分かりやすい例を挙げれば、パレスチナ自治区ガザでイスラム過激テロ組織「ハマス」と戦闘中のイスラエルは核兵器を保有しているか否かだ。イスラエル側は過去、一度も公表したことがない。これなどは明らかにイスラエル側の恣意的な「戦略的曖昧さ」というべきだろう。

 ただ、興味深い点は、イスラエルが核保有しているか否か、完全には分からない状況下では、多くは「保有している」と考える傾向があることだ。ちなみに、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)などによれば、イスラエルは約200発の核兵器を保有していることになっている。

 ウクライナを侵略したロシアのプーチン大統領はこれまでも何度もウクライナや欧米諸国に対し、核兵器の使用をちらつかせている。プーチン大統領は2022年9月21日、部分的動員令を発する時、ウクライナを非難する以上に、「ロシアに対する欧米諸国の敵対政策」を厳しく批判し、「必要となれば大量破壊兵器(核爆弾)の投入も排除できない」と強調し,「This is not a bluff」(これははったりではない)と警告を発している。ロシアが核大国であることは周知のことだが、いざとなれば核兵器を使用すると威嚇したわけだ。「使用しない」「使用するかもしれない」という2者選択の中で、プーチン氏はどちらとも断言せず、結論を受け手に委ねているのだ(「プーチン氏『これはブラフではない』」2022年9月23日参考)。

 その結果、相手側はロシアの真意を巡って不安になる。「プーチン氏は使用すると断言しなかったから、ロシアは使用しない」と結論を下す人より、多くの人は「ひょっとしたら使用するのではないか」という結論に傾きやすい。プーチン氏はそのことを知っているのだ。

 「戦略的曖昧さ」は自軍にとって攻撃に幅を付ける一方、敵側は負担が増すことになるわけだ。「曖昧さ」が大きな武器となるのは、決して新しいことではないが、現代人が世界の動向に対して楽観的より、悲観的に考える傾向が強まってきていることも手伝って、その効果が増しているのだ。

 バイデン米大統領はウクライナ戦争が勃発すると、ロシア側を批判する一方、「北大西洋条約機構(NATO)は戦争には関与しない」と即発言している。バイデン氏の発言は世界の指導者としては愚の骨頂だ。戦争の動向次第ではNATOはモスクワを攻撃する、と示唆する発言をしていたならば、プーチン氏は考えざるを得なかったが、バイデン氏は早々と「米軍は戦争に関与しない」と言ってしまったのだ。「戦略的曖昧さ」を自ら葬ってしまったのだ。

 ちなみに、バイデン大統領の任期中、ウクライナ戦争、そしてガザ紛争と2つの大きな戦争が勃発したが、決して偶然ではないだろう。バイデン氏は外交専門家を自負しているが、残念ながら実際は外交音痴、戦争音痴と言われても仕方がないだろう。世界最強国の米国の指導力はバイデン氏の任期中、急落してきた。

 身近な例を挙げる。北朝鮮は先月28日から約1000個の「汚物風船」を韓国に送り込んだ。北風に乗って韓国に入った汚物風船に対し、韓国側は撃ち落とすいった対応はとらず、国民に風船に触れないように警告を発した後、落下後、防備服を着た軍隊が慎重に風船を処理した。なぜならば、ひょっとしたら汚物風船の中に化学・生物兵器、放射性ダーティ爆弾が入っているかもしれないからだ。

 北側は韓国側が「汚物風船」に不安と脅威を感じることを織り込み済みだったはずだ。北側は事前に「風船の中はたばこの吸い殻やゴミが入っている」とは言っていない。これなどは低次元だが、北側の戦略的曖昧さといってもいいだろう(「『汚物風船』を巡る北の戦略的曖昧さ」2024年6月2日参考)。

 いずれにしても人は「白」か「黒」か判明できない曖昧な状況下では不安、恐怖を感じるものだ。「ヨーロッパに幽霊が出る―共産主義という幽霊である」……これはカール・マルクス(1818年〜1883年)とフリードリヒ・エンゲルス(1820年〜1895年)によって書かれた書籍「共産党宣言」の冒頭に出てくる有名な一節だ。それに真似ていうならば、「世界に幽霊がでる。曖昧さという幽霊だ」ということになる。

ロボット軍用犬が戦場に登場する時

 オーストリアでジョギング中の女性が闘犬(Kampfhund)に襲われて死亡するという事故が生じ、国民に大きなショックを与えたが、以下の話は「闘犬」ではなく、「ロボット軍用犬」の話だ。

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▲中国のUnitree社のロボット犬(Unitree Go 2)(Unitree社の公式サイトから)

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▲Ghost Robotics 社のロボット犬(Ghost Robotics 社の公式サイトから)

 ロボット軍用犬が戦場で導入される、といったニュースが流れてきた。ロボット犬の写真が掲載されていたが、背中には機関銃が設置され、センサーで動く対象をキャッチし、銃撃できるという。SFの漫画では既に登場していたが、現実の戦場にロボット軍用犬が動員される時代圏に入ったのだ。時代がSFの世界に追いつき、ひょっとしたら追い越していくのではないか、といった一抹の不安を感じる。

 ドイツの民間ニュース専門局ntvは5月30日、「中国人民軍の軍事演習で同国の軍事産業Unitree社(ユニツリー・ロボティクス)が製造したロボット軍用犬が登場した」と報じた。

 カンボジア軍との共同軍事演習で、760人の中国人民軍兵士の中に、Unitree Robotics社製の突撃銃を装備したロボット軍用犬が参加している映像が映っていた。英紙ファイナンシャル・タイムズによると、取材した中国国営テレビ関係者に対して、兵士たちは「ロボット軍用犬は敵を発見し、射撃することができ、都市での戦闘や防衛作戦で新しい戦力となる」と豪語していたという。

 その一方、ロボット軍用犬を製造したメーカーやその会社に投資している企業関係者は異口同音に「軍事目的を支援する企業には投資していない」、「ロボット軍用犬を中国人民軍に販売していない」と説明している。Unitree社は「ロボットを中国軍に販売していないので、人民解放軍がどのようにしてわが社のロボット犬を手に入れたかは分からない」と説明している。Unitree社によると、「製品はあくまで民間用途のために製造されており、軍事目的の使用には関与していない」というのだ。

 全てのアイテムはそれを使用する側によって異なってくる。民需目的にも軍事目的にも使用できるデュアルユース・アイテムというわけだ。だから製造者は責任がもてないというわけだが、その説明は余り説得力がない。中国共産党政権下では全ては党が管理し、科学的最新技術に基づく製品は軍事目的に利用されるケースが出てくる。

 Unitreeのロボット犬は2022年に上海で初めて登場した。当時、地元の住宅建設会社がメガホンを背中に取り付け、都市の住民にアナウンスを伝えるために同ロボット犬を利用したという。それが今、中国人民軍のロボット軍用犬となって戦場に駆り出されているわけだ。ちなみに、ドイツの産業用ロボット製造大手「クーカ」が2016年、中国企業に買収されている。中国共産党政権は欧米のロボット関連技術の獲得に躍起となってきた(「輸出大国ドイツの『対中政策』の行方」2021年11月11日参考)。

 もちろん、ロボット軍用犬は中国企業の専売特許ではない。ntvによると、イスラエル国防軍(IDF)が米社「ゴーストロボティクス社(Ghost Robotics)製のロボット犬をガザ戦闘用に購入しているという。

 Ghost Roboticsのロボット犬は、登ることも泳ぐこともできる。バランスを失って倒れても、再び立ち上がることができるようにプログラムされている。また、中国のロボット犬と同様、武装させることも可能だ。Ghost Roboticsのロボット犬は2年前に初めて公開されたが、機関銃とサーマルカメラが装備され、最大1200メートル先の目標を射撃することができる。夜間や悪条件下でも人物や物体を識別できる視覚センサーを搭載しているから、爆発物も探知できる。

 イスラエル軍は現在、米国のメーカーから3台を購入して所有している。イスラエル軍はロボット犬をパレスチナ自治区ガザでのイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦いに利用している。イスラエルの経済ポータル「Globus」によれば、米社のロボット犬は一台13万ドルだ。ちなみに、中国のUnitree社のロボット犬は一台平均2300ドルだ。

 ロボット犬の武装化については、米国内では議論を呼んでいる。ntvによると、ロボット業界で最も有名な企業の一つ、ボストンダイナミクス社(Boston Dynamics)は、全てのロボットメーカーに対して製品を武装しないよう求める請願書の署名を開始しているというが、Ghost Robotics社は請願書には署名していない。ちなみに、同社は昨年末、韓国の武器メーカーLIX Nex 1に2億4千万ドルで買収された。

 兵力不足を解決し、人的犠牲を最小限に防ぐために、無人機、ロボット兵器が今後、戦場で益々重要な役割を果たすことになるだろう。それでは、戦争で無人機、ロボット兵器が主要な戦争の武器となることで何が変わるだろうか。戦争の仕方、戦略に変化が出てくることは必至だろう(「北朝鮮無人機の韓国侵入が見せた近未来」2022年12月31日参考)。

 最後に、祖国の防衛のために戦場で戦う若きウクライナ兵士が敵国のロボット軍用犬によって射殺された場合、亡くなった兵士の名誉はどうなるだろうか、といった思いが湧いてきたことを付け足しておく。

見直されるファーストレディのパワー

 モーセが60万人のイスラエルの民を神の約束の地カナンへ導く荒野の難行を行うことが出来た背後にはミデヤン時代、祭司の娘だった妻チッポラの協助があったからだ。それだけではない。モーセの生涯を振り返ると、その出生時には母親の機転でエジプト王ファラオの暗殺から逃れ、ナイル川に流されていた赤ん坊のモーセを助けたのはファラオの王女だ。王女は母としてモーセを王宮の王子として成長させた。すなわち、産みの母ヨシャベルや引き取って育てたエジプトの母の王女べシア、そして妻チッポラの助けを受け、モーセはその使命を果たしていったわけだ。モーセの生涯では女性たちが大きな役割を果たしていることが分かる。

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▲キーウを訪問した韓国の尹大統領夫妻を歓迎するゼレンスキー大統領夫妻(2023年7月15日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 紀元前16世紀に活躍したモーセだけではない。歴史上に登場した指導者は母親、妻、姉妹の女性たちの助けを受けて大きな仕事をした人物が結構多い。現代の世界の政治家、指導者たちにもこのことがいえるだろう。今注目されているのは中国共産党の習近平国家主席の妻、彭麗媛夫人だ。

 党大会で異例の3期の任期を勝ち取った習近平主席周辺にはこれまで何度かの暗殺未遂事件が起きている。そのような不穏な政情の中、習近平主席の妻、彭麗媛夫人が政界の表舞台で登場してきたという情報が北京消息筋から飛び出してきた。最近では、国家衛生健康委員会が3月24日、公式ウェブサイトで、彭夫人が世界保健機関(WHO)結核・エイズ防止親善大使として湖南省の省都・長沙市を訪れたことを公表している。

 中国のファーストレディ、習主席夫人の彭麗媛さん(ポン・リーユアン)は中国の代表的歌手だった。ウィーンの国立歌劇場で「ムーラン」(Mulan)の主人公を演じたこともある。夫人にとって、音楽の都ウィーンの国立歌劇場は現役時代の最後の舞台だった。その夫人が中国メディアに頻繁に登場するなど、政治的影響力を強めてきているというのだ(「誰かが“習近平落とし”を図っている」2021年11月28日参考)。

 ソ連共産党時代、レオニード・ブレジネフ書記長の夫人が政治のイベントに登場することは考えられなかった。そのタブーを破ったのはソ連最後の大統領、ミハイル・ゴルバチョフ大統領だ。ゴルバチョフ氏は生前、重要なイベントには必ずライサ夫人を伴っていた。BBCのモスクワ特派員は、「ゴルバチョフ氏は権力を愛したが、それ以上にライサ夫人を愛していた」と述べていた(「ゴルバチョフ氏、夫人の傍で永眠」2022年9月5日参考)。

 中国共産党でも習近平主席時代に入ってからだろう。ファーストレディというステイタスが定着してきた。最近では、国賓としてフランスに招かれた習近平国家主席の傍には華やかな雰囲気を醸し出す夫人の存在があった。中国メディアも夫人の姿を大きく放映していた。

 参考までに、北朝鮮では金正恩総書記の実妹・金与正さん(朝鮮労働党中央委員会第1副部長)の言動が頻繁に報じられてきた。ハノイでの米朝首脳会談では金正恩総書記の傍には常に金与正さんの姿があった。それだけではない。金正恩総書記はここにきて自分の娘を軍事視察や重要なイベントに連れ歩いている。そのようなこともあって、金正恩総書記の後継者は北朝鮮初の女性指導者が誕生するかもしれない、といった気の早い論調もでてきた。儒教の伝統がまだ色濃い北朝鮮で女性指導者の誕生は大ニュースとなるだろう。

 ファーストレディの政治舞台の登場は時代の流れかもしれない。ただ、ファーストレディがメディアに登場し、そのスキャンダルが報じられ、主人の政治活動にマイナスの影響を与えるといった事態も出てきている。韓国で先月、総選挙が実施されたが、尹錫悦大統領の与党が記録的惨敗を喫したばかりだが、その敗因として尹氏の疎通不足や独善的スタイルの他、大統領の金建希(キム・ゴンヒ)夫人が高級バックを受け取った疑惑でメディアからバッシングを受けたことだ。美しいファーストレディゆえに注目されるが、問題が生じれば逆に激しく叩かれることにもなる実例だ。

 ロシア軍と戦闘を展開中のウクライナのゼレンスキー大統領は戦争勃発の年(2022年)、ビデオを通じて国民を鼓舞し、祖国防衛の前線に立って歩んできたが、昨年後半ごろからオレーナ夫人が政治イベントに顔を見せる機会が増えている。戦闘が厳しくなり、大統領への批判の声さえ出てきている時、オレーナ夫人が大統領と共に、ある時は単身で国民の前で優しく語り掛けている姿が報じられ出した。

 政治の表舞台で活躍する政治家、指導者の背後にあって、それを協助するファーストレディの存在が脚光を浴びてきているわけだ(最近では、ファースト・ジェントルマン、ファーストハズバンド)を連れ歩く女性大統領も珍しくなくなった)。

「歓喜の歌」ウィーン初演200年

 フリードリヒ・シラーの詩「歓喜の歌」(An die Freude)をルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが第9交響曲の第4楽章で音楽化(合唱付き)し、200年前の1824年5月7日、ウィーンのケルントナー門劇場で初演が行われたという。シラーの賛歌は「歓び、美しい神の火花」(Freude, schoner Gotterfunken,)いう冒頭の言葉で始まる。

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▲中央墓地のベートーヴェンの墓(2017年10月、撮影)

 なぜ突然、ベートーヴェン(1770年〜1827年)の話をし、交響曲9番の「歓喜の歌」について紹介するのか、というと、「歓喜の歌」が初演されてちょうと200年目という区切りを迎えたということもあるが、人間の平等な社会での理想を描いたシラーの「歓喜の歌」が聞くものを感動させる一方、初演された後の世界を振り返る時、「歓喜の歌」が響き渡るような世界となってはいない、という苦い思いも湧いてきたからだ。

  ベートーヴェンはボン時代、フランス革命(1798年)の報を聞く。王権、貴族階級が崩壊し、自由と平等、博愛を賛美する時代の到来を告げたフランス革命に当時19歳だった若きベートーヴェンは大きな影響を受けた。彼は当時、詩人シラーが1785年夏に書いた「歓喜に寄せて」という詩に曲をつけることを考えたといわれている。

 オーストリア国営放送(ORF)の文化欄で「歓喜の歌」初演200年について書いた記事が掲載されていた。曰く「ベートーヴェンはシラーの詩『歓喜の歌』が発表された直後からその詩を音楽化することを考えていた。その後、形式を探求する数十年の探求が続き、最終的にはほとんど耳が聞こえない状態の作曲家が最終楽章に合唱団とソリストを加えることで交響曲の慣習を打ち破ることになった。ベートーヴェンがプロイセンのフリードリヒ・ヴィルヘルム3世に捧げた最後に完成された交響曲は、アントン・ブルックナーやグスタフ・マーラーなどの後続者にとってスタイルの道を開いた」と説明している。

 ベートーヴェンの賛歌「歓喜の歌」は1972年に欧州評議会によって国歌に選ばれ、1985年には当時の欧州共同体によって欧州の国歌に選ばれた。2001年には第9交響曲が国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)によって世界遺産に認定された。

 「歓喜の歌」初演200年後の2024年に戻る。世界には戦争が吹き荒れている。世界の穀倉地ウクライナにロシア軍が侵攻し、その戦争は既に3年目に入った。ウクライナ側とロシア側を合わせれば数万人が犠牲となっている。中東ではパレスチナ自治区ガザでイスラム過激派テロ組織「ハマス」とイスラエルの間で戦いが続いている。数千人のイスラエル人と数万人のパレスチナ住民が犠牲となっている。

 「歓喜の歌」が初演された後、人類は第1次、第2次の世界大戦を経験した。そして疫病で数百万人が死に、アフリカ大陸では飢えが席巻している。「歓喜の歌」は年末の風物詩として、コンサート会場では鳴り響くが、コンサート会場を一歩後にしたら、至る所で涙と悲しみが溢れている世界だ。

 現実の世界は歓喜には満ちていない。それだけに、人は「歓喜の歌」を必要とするのかもしれない。リヒャルト・ワーグナーが「未来の芸術という人類の福音」と賞賛した「歓喜の歌」の最初の節を紹介する。

 「喜びよ、美しい神の火花、エリュシオンの娘よ、我らは火に酔いしれて踏み入る、天よ、貴方の神聖なる聖域に!貴方の魔法は再び結びつける、時流が厳しく分けたものを;全ての人々は兄弟となる、貴方の優しい翼が留まるところに」
(ドイツ語の原文では、Freude, schoner Gotterfunken,Tochter aus Elysium,Wir betreten feuertrunken,Himmlische, dein Heiligtum!Deine Zauber binden wieder,Was die Mode streng geteilt;Alle Menschen werden Bruder,Wo dein sanfter Flugel weilt.)

 2020年はベートーヴェン生誕250周年だったが、中国武漢発の新型コロナウイルスが欧州で感染拡大していたために欧州各地で計画されていた記念イベントやコンサートは開催されなかった。ウィーンでも交響曲第9「歓喜の歌」を楽友協会やコンサートハウスで聞くことはできなかったが、「歓喜の歌」初演200年の今年5月はオーストリア各地でさまざまな記念イベントが開催中だ。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、ベルリンの劇場博物館と国立図書館と共にこの記念日を祝い、歴史的なオリジナルの楽譜の一部を展示している。

インドの「反改宗法」とラブ・ジハード

 バチカンニュース(独語電子版)は21日、インドの「反改宗法の禁止」を求める声を紹介していた。世界最大の人口大国インドで4月19日から議会下院選挙が実施中ということもあって、インドに対する関心が高まってきている。選挙結果は6月4日に発表される予定だ。

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▲日印首脳会談で岸田文雄首相を迎えるモディ首相(2023年9月19日、G20ニューデリー・サミットで。首相官邸公式サイトから)


 インドの「反改宗法」について考える前に、同国の宗教事情を調べてみた。2011年の国勢調査によると、人口の79.8%はヒンドゥー教が占め、それに次いでイスラム教が14.2%、キリスト教が2.3%、 シーク教が 1.7%、仏教が0.7%、ジャイナ教が 0.4%と続く。ちなみに、インドではキリスト教は主に西部と南部の地域に集中しているという。

  インドでは憲法で宗教と良心の自由が保障されているが、インドの29州のうち、7州−グジャラート(2003年)、アルナーチャル・プラデーシュ(1978年)、ラージャスターン(2006年)、マディヤ・プラデーシュ(1968年)、ヒマーチャル・プラデーシュ(2006年)、オリッサ(1967年)及びチャッティースガル(1968年)では、「改宗禁止法」が採択されている。これらの反改宗法は通常、力の行使、勧誘又は何らかの不正手段による改宗を禁じており、また、改宗させようと活動する者を幇助することも禁じている」(日本法務省入国管理局の情報ノート、「インド・宗教的少数派」から)。

 バチカンニュースによると、英国のキリスト教人権活動家らはインドで施行されている広範な反改宗法の廃止を求めている。世界中で迫害されている教会を支援する団体「リリース・インターナショナル」は声明の中で、人民党(BJP)が2014年に政権にカムバックして以来、インドで「キリスト教徒に対する不寛容が劇的に増加している」と述べている。「反改正法」が施行されている州はナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党によって統治されている。

 興味深い点は、改宗で大きな問題となるケースはヒンドゥー教徒が少数派宗派に改宗したり、少数宗派の信者と婚姻した場合だ。改宗禁止法は、虚偽表示、脅迫や武力行使、詐欺、不当な影響力、強制、誘惑、結婚などによる宗教の変更や、ある宗教から別の宗教への改宗の試みを禁止している。「リリース・インターナショナル」のエグゼクティブ・ディレクター、ポール・ロビンソン氏は「反改宗法は信教の自由を保障するインドの憲法に違反している」と強調している。 「法律はクリスチャンが自分の信仰を他の人に伝えることを妨げている」というわけだ。

 ヒンドゥー教徒がイスラム教徒と婚姻する場合、キリスト信者との婚姻より迫害はさらに深刻だ。「ラブ・ジハード」(愛の聖戦)という言葉がある。ヒンドゥー教徒の女性がイスラム教徒の男性と結婚するためにイスラム教に改宗した時、家族関係者は「ラブ・ジハード」として「反ヒンドゥー教の陰謀だ。娘は洗脳された」と裁判に訴える、といった具合だ(日本法務省入国管理局の情報ノートから)。

 イスラム教徒は教えを積極的に人に伝えようとする。それに対し、ヒンドゥー教至上主義者からは「ラブ・ジハード」として警戒される。インドではキリスト教徒や他の宗教的少数派がヒンドゥー至上主義者に強制的に改宗させられる事例が結構多いという。

 バチカンニュースは20日、「インド南部テランガーナ州ではヒンドゥー教の暴徒が宣教師が運営する学校を襲撃するという事件が生じたが、警察側から取り締まられたのは学校側で『宗教間の敵対を助長した』と逆に訴えられた」と報じている。

 宗派間の対立、葛藤はどの時代、どの地域でも生じてきた。そして一つの宗派から他の宗派に改宗する信者も少なからず生まれてきた。改宗は学校や職場を変えるよりもその波紋は大きい。

 最後に、「改宗」という言葉を聞くと、アイルランド出身の作家で「ドリアングレイの肖像」や「幸福な王子」で良く知られているオスカー・ワイルド(1854年〜1900年)を思い出す。彼はプロテスタントだったが、死の前日、カトリック教徒に改宗している。その動機が耽美派のワイルドらしいのだ。曰く「カトリック教会の式典のほうが華やかだから」というものだった。

人類が直面してきた「3つの侮辱」

 精神分析学の道を開いたジークムント・フロイト(1856〜1939年)はその論文「精神分析の困難」(1917年発表)の中で「人間の意識の素朴なナルシシズムが科学的知識の歴史的進歩によって受けた三つの大きな打撃」と表現し、人類が過去3回、侮辱を受けてきたと指摘、万物の霊長・人類がその名誉と威信を失うプロセスを描写している。それを独語でKrankungen der Menschheit(人類の侮辱)と呼んでいる。

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▲精神分析学創設者ジークムント・フロイト(ウィキぺディアから)

 最初の侮辱は、イタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイ(1564〜1642年)が地球も他の惑星と同様に太陽の周りを回転しているというニコラウス・コペルニクスの地動説を正しいと主張した時だ。その結果、ガリレオ・ガリレイは宗教裁判で有罪判決を受け、終身禁固刑となった。キリスト教会を中心に当時、太陽も他の惑星も地球の周りを回転しているという天動説が支配的だった。ガリレオ・ガリレイが地球静止論を否定し、地動説を主張した時、神の創造説をもとに天体が地球の周囲を回っていると主張してきたキリスト教会は文字通り、足元が崩れ落ちるのを感じた(宇宙論的侮辱)。

 ガリレオ・ガリレイの話は科学と宗教の対立の典型的な例としてよく引用されてきた。ローマ・カトリック教会の故ヨハネ・パウロ2世は1992年、ガリレオ・ガリレイの異端裁判の判決を「教会の過ち」と認めた。1633年のガリレオ異端決議から1992年のガリレオの名誉回復まで359年の歳月がかかった。なお、コペルニクスは1543年に地動説を主張したが、ガリレオ・ガリレイが1632年に「天文対話」の中で地動説を支持するまで、コペルニクスの名や地動説は社会には知られていなかった。

 2回目の侮辱は、旧約聖書の創世記の天宙創造説によれば、神は創造の最後に自身の似姿としてアダムとエバを創造したことになっていた。しかし、チャールズ・ダーウィン(1809〜1882年)の進化論が出現して、ホモ・サピエンスが生まれる前に多くの種が存在してきたというのだ。ダーウィンの1859年の「種の起源」は当時、大きな反響をもたらした。現生人類が誕生する前にネアンデルタール人などが存在し、悠久な歴史の流れの中で、変化に最も適応してきた種が生き残ってきたというのだ(生物学的侮辱)。

 なお、ダーウインの進化論は現在、多くの問題点があることが指摘されている。例えば、古い種と進化して出てきた新しい種を結ぶ中間種が見つかっていないこと、カンブリア爆発と呼ばれる5億4200万年前から4億8800万年前、生物の種類が1万種から30万種へ突然増加していることへの説明がないことだ。ただし、人類は神が直接創造した存在ではなく、悠久な歴史的プロセスを経て進化してきたという考えが定着していった。厳密にいえば、神の創造説と進化論は決して矛盾するものではないが、「進化」という魔法の表現が多くの分野でその影響を与えていったわけだ。

 3回目の侮辱は、ユダヤ人の精神分析学者フロイトが無意識の世界を解明したことだ。人間は意識の他に、人間の言動を支配している「無意識」が存在し、人間は無意識によって操られているというリビドー理論を提唱した。人間は自分で考え、判断して行動していると考えてきたが、実際は無意識によって動かされているケースが多いことが判明したわけだ。フロイトは著書の中で「人間は自分のハウスの主人ではなかった」と表現している(心理学的侮辱)。

 地動説、進化論、そして無意識の世界・・科学史の中でも画期的な業績であり、それらの内容が発表、公表された時、大きな波紋や困惑が生じてきたことは周知の事実だ。科学は本来、宗教と対立するものではないが、特に、欧州の中世時代、キリスト教会の世界観が全ての分野を支配していた時代、新しい科学的発見は宗教界から激しい抵抗に直面せざるを得なかった(「フロイトは『魂』の考古学者だった」2019年9月26日参考)。

 21世紀の今日、神がアダムとエバを創造したように、人類は自身をコピーして人工知能(AI)を開発し、第2の人類を生み出してきた。AIの出現は人類にさらに大きな幸福をもたらすか、AIが主人の座を奪うことになるかは現時点では不明だが、人類は漠然とした不安を感じ出してきた。ちなみに、ドイツの哲学者ヨハネス・ローベック氏は1993年、人類が自ら作り出したものに支配されている現象を「技術的侮辱」と呼んでいる(「『神は愛なり』を如何に実証するか」2021年4月10日参考)。
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