ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

中東

スイスは「パレスチナ国家承認」を否決

 イスラエル軍とパレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」間の戦闘は8日で9カ月目に入った。イスラエル側にはガザ紛争は年内まで続くだろうという声が聞かれる中、イスラエル軍の戦闘で多数のパレスチナ人が死傷していることを受け、国際社会ではイスラエル批判の声が高まっている。

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▲踊りだしたパレスチナの人々(2012年11月29日、ウィーン国連内にて撮影)

 そのような中、ノルウェー、アイルランド、スペインの欧州3カ国は先月28日、パレスチナを国家承認すると発表した。現在、193カ国の国連加盟国のうち145カ国がパレスチナ国家を承認している。欧州連合(EU)の27カ国の加盟国では、スウェーデン、キプロス、ハンガリー、チェコ、ポーランド、スロバキア、ルーマニア、ブルガリアはパレスチナ国家を承認済みだった。

 欧州3カ国のパレスチナ国家承認でEU内で承認への動きが加速するのではないかと予想されている。それを裏付けるように、スロベニア議会は4日、パレスチナを国家承認する動議を可決した。動議は、中道左派の与党が提出し、4日、議会の90議席中52人が賛成した。野党側は多くのEU加盟国と同じく現時点での承認には反対として、投票をボイコットした。スロベニアが国家承認した結果、EU27カ国中、11カ国が承認したことになる。次はマルタが国家承認するのではないかと見られている。

 一方、北欧のデンマーク議会は先月28日、パレスチナ国家承認を「必要な条件が整っていない」として否決した。その直後、スイス国民議会(下院)も今月4日、パレスチナを独立国家として承認する内容の動議を否決した。EU加盟国の北欧デンマーク、そして中立国・スイスの「国家承認」否決は「パレスチナ国家承認」が複雑な問題であることを改めて明らかにした。

 ちなみに、スイス公共放送協会(SRG)のスイスインフォ(日本語版6月5日)によると、「社会民主党(SP/PS)が提出した動議は、イスラエルとパレスチナという2つの主権国家が存在することが永続的で公正な平和の基盤になると訴えている。ハマスが昨年10月7日に拉致したイスラエル人人質を解放するという条件で、国家承認するよう提案していた。賛成票を投じたのは社会民主党と緑の党(GPS/Les Verts)だけだった。討論は白熱し、時に感情的になった」という。

 パレスチナ国家承認では、「パレスチナ国家をイスラエルとの和平合意の一部としてのみ承認する」というのが西側諸国の基本的方針だった。その観点からいえば、ガザ紛争の状況はそのような情勢からほど遠い(「パレスチナ国家承認は時期尚早だ」2024年5月30日参考)。

 スイスは過去、イスラエル・パレスチナ間の領土紛争を巡っては、「1967年境界線により、イスラエルと将来の独立したパレスチナ国家が平和かつ安全に共存することを目指す『2国家解決案』を支持し、パレスチナの主権国家の樹立を支持してきた。国連の安全保障理事会は4月、パレスチナの国連加盟の勧告を求める決議案の採決を行ったが、スイスはパレスチナの国連加盟が「現時点では適切ではない」「中東情勢の沈静化と和平努力につながらない」として投票を棄権している。

 スイスの代表紙「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」(NZZ)は「パレスチナ国家承認は、イスラエルとの改革と和平プロセスを成功させるためのゴールであり、インセンティブ(誘因)でなければならないが、ノルウェー、アイルランド、スペインは現在、パレスチナ人にアメを与え、同時に、イスラエルに一方的に圧力をかけている。それにより和平は1センチも前進していない」と報じている。全く正論だ。

 最後に、スイスインフォ(日本語版)が報じていた面白いエピソードを紹介する。

 スウェーデンが2014年、西側で初めてパレスチナ国家承認をした時だ。「イスラエルのアヴィグドール・リーベルマン外相(当時)は『スウェーデン政府は、中東関係は自分で組み立てるイケアの家具よりも複雑であることを理解すべきだ。この問題は責任と繊細さをもって処理されるべき』と述べた。それに対して、スウェーデンのマルゴット・ヴァルストローム外相は『私は喜んで(リーベルマン外相に)組み立て式のイケアのフラットパック(家具などを部品に分けて隙間なく梱包したもの)を送りたい』と返答した」

なぜ「左翼」はイスラエルを憎悪するか

 パレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」が昨年10月7日、イスラエル領に侵入し、1200人余りのイスラエル人を虐殺し、250人以上を人質にした奇襲テロ事件が起きて今月7日で8カ月目を迎える。イスラエル側はハマスに報復攻撃を即実施、ネタニヤフ首相は「ハマスの壊滅」を掲げて激しい攻撃を開始した。パレスチナ保健当局の発表では、イスラエル軍の攻撃で3万5000人以上のパレスチナ人が犠牲となった。イスラエル側の激しい軍事攻勢に対して、国際社会からはイスラエル批判の声が高まっている。

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▲ガザ北部のジャバリアで瓦礫の中に座る少年、2024年6月4日(国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の公式サイトから)

 欧米諸国ではガザ紛争勃発直後、エリート大学内や路上でイスラエル批判の抗議デモや集会が開催されてきた。抗議デモ集会は当初、主にパレスチナ人、アラブ人が中心となって行われたが、その主役がここにきて左翼勢力に移ってきている。

 ドイツ民間ニュース専門局ntvのウェブサイトでヴォルフラーム・ヴァイマ―記者は「なぜ多くの左翼がイスラエルを憎むのか」をテーマに興味深い記事を掲載していた。同記者は「カール・マルクスからグレタ・トゥーンベリに至るまで、150年間驚くべきことに、ユダヤ人に対する激しい憎悪が左翼運動のDNAの一部として存在している」と書いているのだ。

 ヴァイマ―記者は「イスラエルに対する抗議はエスカレートしている。世界中のパレスチナ支持活動家や抗議する学生たちは、大声でイスラエルの存在権を否定し、文化人は舞台でガザにおけるイスラエル軍のジェノサイドを訴えている。イスラエル批判は初めはイスラム教徒が熱心だったが、今では左翼の支持者たちがその主導権を奪い、イスラエルを非難するケースが増えている。グレタ・トゥーンベリからジュディス・バトラーまでイスラエルを批判し、ますます露骨な反ユダヤ主義の様相を帯びてきた」と指摘している。

 「左翼と反ユダヤ主義の関係について」考えなければならない。同記者によると、「反ユダヤ主義の根は深い。一見、反射的なポストコロニアリズムから来ているように見える。イスラエルは帝国主義的、人種差別的、植民地的な拡張政策を行ってきたと受け取られ、パレスチナ人は一種の先住民と再定義されているからだ。典型的な階級闘争の世界観だ。そこではパレスチナ人、アラブ人、イスラム教徒は被害者であり、イスラエル、ヨーロッパ、アメリカは加害者だ」というのだ(「『加害者』と『被害者』の逆転現象」2023年11月4日参考)。

 キリスト教社会ではユダヤ民族はイエス・キリストを十字架で処刑した「メシア殺害民族」と呼ばれてきた。フランスの初期社会主義でも反ユダヤ主義が広まっていた。ロスチャイルド家と共に「ユダヤ金融封建主義」が全ての悪の根源だと考えられ、左翼は長い間、「ロスチャイルド家」、「ロックフェラー家」、「アメリカの東海岸」をユダヤ人の隠喩として囁き続けてきた。

 そしてカール・マルクスの登場だ。「ユダヤ人問題によせて」(1843年)で露骨な反ユダヤ主義的な憎悪を主張し、「ユダヤ教の世俗的な根源は何か?実用的な欲望、利己主義だ。ユダヤ人の世俗的な礼拝は何か?それは商売だ。彼らの世俗的な神は何か?それは金だ」と描写している。ヴァイマ―記者は「マルクスの主張はナチス・ドイツのその原文のように感じる」と述べている。マルクスの反ユダヤ主義はソ連共産主義政権に継承され、スターリンの下では「ユダヤ人の陰謀」に対する粛清キャンペーンが行われた(「ユダヤ民族とその『不愉快な事実』」2014年4月19日参考)。

 左翼の反ユダヤ主義は反資本主義と関連している。「労働者の天国」を掲げてきた左翼共産主義者は結局、世界の資本世界を牛耳っているユダヤ人資本家への戦闘を呼び掛けているわけだ。左翼にとって、パレスチナ紛争は自身の革命を推進するうえで不可欠な戦いであり、ユダヤ社会に支配されたパレスチナ人の解放運動(共産革命)ということになる。

 そのうえ、共産主義の革命論がヘーゲルの弁証法を逆転して構築(唯物弁証法)されているように、左翼の世界では常に被害者と加害者は逆転される。左翼は「ハマスが昨年10月7日、イスラエル領に侵入し、約1200人のイスラエル人を虐殺し、250人余りを人質にした奇襲テロ事件から現在のガザ戦争が始まった」というファクトを完全に無視し、パレスチナ側を被害者、イスラエルを加害者として、イスラエル打倒を叫んでいる。例えば、1972年9月5日、パレスチナ武装組織「黒い9月」の8人のテロリストは警備の手薄いミュンヘンの五輪選手村に侵入し、イスラエル選手団を襲撃。2人を殺害し、9人を人質にするテロ事件が起きた。その時もパレスチナのテログループは民族解放戦士のように扱われた、といった具合だ(「『ミュンヘン五輪テロ事件』の教訓」2022年9月3日参考)。

 いずれにしても、左翼共産主義者は「宗教をアヘン」と蔑視するが、その思想は非常に宗教的だ。真偽、上下を恣意的に逆転し、世界革命(地上天国)を標榜する似非宗教だ。
 
<参考資料>
 「『反ユダヤ主義』のルーツの深さ」2013年11月6日
 「反ユダヤ主義は耐性化ウイルスか」2013年11月20日
 「なぜ反ユダヤ主義が生まれたのか」2015年1月28日
 「『輸入された反ユダヤ主義』の脅威」2019年3月26日
 「なぜ反ユダヤ主義が消滅しないのか」2020年12月6日 
 「ユダヤ人『DNAに刻み込まれた恐怖』」2023年11月3日
 「パレスチナ人はアラブの危険な番犬?」2023年11月6日

ガザ紛争とアラブ諸国指導者の「困惑」

 パレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」がイスラエル領に侵入し、奇襲テロを実行、約1200人のイスラエル人を虐殺し、250人以上を人質にしてから今月7日で8カ月目を迎える。イスラエルはハマスの奇襲テロへの報復攻撃を開始し、ガザ区でハマスとの戦闘を展開。その間、パレスチナ人側には3万5000人以上の犠牲者が出、国際社会はイスラエル軍の軍事攻勢を批判し、ガザでの軍事行動の即停止を要求する一方、国際刑事裁判所(ICC)は5月20日、イスラエルのネタニヤフ首相、ガラント国防相を戦争犯罪人として逮捕状を請求するなど、ガザ紛争が長期化するにつれてイスラエルへの批判が高まっている。

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▲岸田文雄首相を迎えるサウジのムハンマド皇太子(2023年7月16日、首相官邸公式サイトから)

 戦闘が長期化し、パレスチナ人に多くの犠牲が出るにつれてサウジアラビア、ヨルダン、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)などアラブ諸国ではイスラエルへの批判が強まる一方で「ハマス」への支持が高まってきている。それに対し、アラブ諸国の指導者たちはイスラエルの軍事行動を批判する一方、国内での「ハマス」支持の高まりに警戒心を強めている。

 オーストリア代表紙「プレッセ」(5月31日付)でイスタンブール特派員トーマス・ザイベルト記者は「窮地に陥るアラブの世界」という見出しで、アラブ諸国の指導者がガザ紛争、「ハマス」の台頭に直面して苦悩する状況を分析している。

 アラブ諸国は公式にはイスラエル側を批判している。ガザ最南部ラファの避難民エリアをイスラエル軍が空爆し、多くの犠牲者が出るとサウジからクウェートまでアラブ諸国で一斉にイスラエル批判のトーンがさらに高まった。特に、ガザ南部の国境でエジプト兵士がイスラエル軍兵士に殺害された時、イスラエルとエジプトの両国関係は一時緊迫した。米国のシンクタンク「ウルソンセンター」の中東専門家ジョー・マカロン氏は「イスラエルは中東では益々不可触民(パーリア)国家となってきた」と表現している。

 しかし、イスラエルと外交関係を締結しているエジプト、ヨルダン、アラブ首長国連邦などのアラブ諸国はガザ紛争後、イスラエルとの関係を断つといった動きは見られないという。

 例えば、トルコのエルドアン大統領は昨年12月、ネタニヤフ首相を「ヒトラーと変わらない」と罵倒し、イスラム諸国に対してイスラエルと関係を断つべきだとアピールしたが、トルコはイスラエルとの関係を完全に断つ考えはもともとない。イスラエルの背後に米国がいること、米国からの軍事、経済支援は欠かせられないという事情があるからだ。アラブ指導者がイスラエルへの対応で中途半端な立場を維持するにつれ、国内から批判が聞かれ出している(「エルドアン氏よ、『ハマス』はテロ組織」2024年5月16日参考)。

 その一方、アラブ諸国内で「ハマス」の支持が高まっている。サウジでは「ハマス」への支持率は昨年10月7日の奇襲テロ前は約10%の支持だったが、テロ事件後40%に膨れ上がった。今年1月実施された調査によると、アラブ16カ国の国民の3分の2は「ハマス」の奇襲テロを正当化し、80%は「米国とイスラエルが中東の安全を脅かしている」と受け取っていることが明らかになっている。

 「ハマス」の支持が高まったということは「ハマス」を軍事的、経済的に支援しているイランの成果と考えられる。スンニ派の盟主サウジとシーア派の代表イランは歴史的に中東のヘゲモニー争いを展開してきた関係だ。そのサウジで「ハマス」への支持が高まっているのだ。そして「ハマス」の背後には「ムスリム同胞団」がいる。アラブ諸国の多くは「ムスリム同胞団」をテロ組織と受け取っている。エジプトがガザ最南部ラファの検問所を避難民のために開放しないのは、避難民の中に「ハマス」のメンバーが潜入することを恐れているからだ。

 まとめるなら、ガザ戦闘が長期化し、イスラエル軍の攻勢が激しくなり、パレスチナ人の犠牲者が更に増えれば、ハマス戦闘士はアラブ諸国の国民に英雄視される。その結果、アラブ諸国の指導者は窮地に陥るという構図だ。

 なお、サウジのムハンマド皇太子は米国との安全保障協定の締結をここにきて躊躇しだしているという。なぜなら、同協定ではイスラエルとの関係正常化が義務づけられているからだ。ガザ紛争の停戦なく、同皇太子は同協定を締結できないのだ。

 以上、ザイベルト記者の記事の概要を紹介した。ガザ紛争でのアラブ諸国の事情を理解するうえで助けとなる。

パレスチナ国家承認は時期尚早だ

 パレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織「ハマス」が昨年10月7日、イスラエルに侵入し、奇襲テロで1200人以上のイスラエル人を虐殺、250人余りを人質にしてから7カ月以上が経過した。イスラエル側はその直後、ハマスに報復攻撃を開始し、イスラエル軍とハマス間の戦闘が続いてきた。人質はまだ「ハマス」のテロリストの手にある一方、ガザ戦闘でハマスの盾に利用されたパレスチナ住民3万5000人以上が犠牲となっている。

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▲パレスチナ国家承認を発表するスペインのサンチェス首相(2024年5月28日、スペイン首相府公式サイドから)

 ガザ戦闘への国際社会の反応は、戦闘開始直後はハマスの奇襲テロを受けたイスラエルへの理解があったが、パレスチナ住民に多くの犠牲が出てきたことから、イスラエルへの批判が高まり、イスラエル側の即戦闘停止を求める声が聞かれてきた。子供、女性、患者たちの悲惨な姿を映像で見てきた国際社会では当然、イスラエル側への非難が高まってきた。その頂点はイスラエルのネタニヤフ首相への国際刑事裁判所(ICC)の逮捕状請求だろう。ここにきて、ハマスの奇襲テロへのイスラエルの報復攻撃といった構図は完全に消滅し、軍事力の強いイスラエル軍の脆弱なパレスチナ人への戦争犯罪行為、強者の弱者への一方的な攻撃といった構図に変質していった。これは新しい現象ではない。イスラエルと中東諸国間のこれまでの戦闘は最後にはそのような構図に落ち着く。正義、公平の結果といったものではないのだ。

 なぜ、上記の事をここで書いたかというと、ノルウェー、アイルランド、スペインの欧州3カ国が28日、パレスチナを国家承認すると発表したからだ。再度、明確にガザ戦闘の経緯を想起しなければならないと考えるからだ。

 欧州3国のパレスチナ国家承認は、「パレスチナ国家をイスラエルとの和平合意の一部としてのみ承認する」という西側諸国の長年の姿勢から明らかに逸脱している。イスラエルが欧州3国のパレスチナ国家承認に対し、「ハマスのテロへの報酬だ」として激しく非難したのは当然だ。ハマスの「10月7日奇襲テロ」から始まった今回のガザ戦闘がパレスチナ国家承認という成果をパレスチナとハマス側にもたらしているからだ。換言すれば、ガザ最南部ラファへの攻撃を開始したイスラエルへの懲罰といった意味合いすら出てくるのだ。

 イスラエル軍の圧倒的な軍事力の前に壊滅寸前のハマス側は「われわれはイスラエルに戦争では勝てないが、国際社会の外交舞台では勝利した」と豪語するかもしれない。ガザ最南部ラファのパレスチナ避難所へのイスラエルの空爆で少なくとも45人のパレスチナ人が犠牲となったと報じられ、その画像は世界に大きな衝撃を投じたばかりだ。

 ちなみに、イスラエル軍は28日、「パレスチナ避難所の火災状況を分析すると、イスラエルの空爆で発生した火災を上回る火災が生じている。避難所の地下に保管されていたハマスの弾薬倉庫が空爆で爆発して大火災が生じ、その結果多くのパレスチナ避難民が犠牲となったのではないか」と分析している。昨年10月17日のガザ区のアルアハリ・アラブ病院爆発を思い出してほしい。ハマスはイスラエル軍との戦闘では常にパレスチナ人を人間の盾に利用してきた。ハマスにとってパレスチナ住民の犠牲が多いほど、都合がいいのだ。

 現在、193カ国の国連加盟国のうち145カ国がパレスチナ国家を承認している。欧州連合(EU)の27カ国の加盟国のうち、スウェーデン、キプロス、ハンガリー、チェコ、ポーランド、スロバキア、ルーマニア、ブルガリアはパレスチナ国家を承認済みだ。日本を含む先進首脳会議(G7)の7か国は未承認だ。

 ノルウェー、アイルランド、スペイン3国は、今回の決定でパレスチナ自治区ガザの戦闘終結に向けてイスラエルに圧力をかけ、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」による和平実現を促す契機となり、他の諸国にも国家承認へと動かす契機となると期待している。実際、マルタは検討中で、スロベニアは30日にもパレスチナの国家承認を発表するものと予想されている。

 スペインのペドロ・サンチェス首相は「今回の決定はイスラエルとパレスチナ人が平和を築く助けとなることを目的としたものだ。イスラエルを敵とするものではない」と指摘し、パレスチナの国境問題については「マドリードの立場は国連安全保障理事会の決議とEUの伝統的な立場に完全に一致している」と述べた。具体的に、1967年の六日戦争前の国境を認めるという。ヨルダン川西岸地区とガザ地区は回廊で結ばれ、東エルサレムを首都とし、自治政府の合法的な政府の下に統一されるというわけだ。

 「オスロ合意」の舞台となったノルウェーは過去30年間余り、パレスチナ国家の擁護者だった。ノルウェーのエスペン・バース・エイデ外相は「他の国がノルウェーの例に続けば、和平解決により大きな勢いを与えることができる。二国家解決が平和への唯一の道だ」と述べている(「『オスロ合意』30年と関係者の証言」2023年9月13日参考)。

 繰り返すが、イスラエル軍とハマスの戦闘が続いている時、欧州3国のパレスチナ国家承認発表はその意図は別として、ハマスにとって大きな‘戦果’として受け取られるだろう。残念なことだが、現在はパレスチナ国家承認の時ではないのだ。

ネタニヤフ首相「アマレクを忘れるな」

 イスラエルのネタニヤフ首相は昨年10月28日、パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配してきたイスラム過激テロ組織「ハマス」がイスラエル領に侵入し、奇襲テロを実行した直後、「アマレクが私たちに何をしたかを覚えなさい」と述べたという。

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▲ジェイク・サリバン米国家安全保障問題担当補佐官と会談するネタニヤフ首相(2024年5月19日、エルサレムで、イスラエル首相府公式サイドから)

 ネタニヤ首相はなぜ、突然「アマレクの蛮行を忘れるな」と言い出したのだろうか。ネタニヤフ首相の発言は旧約聖書「申命記」第25章17〜18節に記述されている。アマレクは古代パレスチナの遊牧民族で、旧約聖書によると、イサクの長男エサウの孫エリファズの子だ。

 「あなたがエジプトから出てきた時、道でアマレクびとがあなたにしたことを記憶しなければならない。すなわち、彼らは道であなたに出会い、あなたがうみ疲れている時、うしろについてきていたすべての弱っている者を攻め撃った。このように彼らは神を恐れなかった」。

 モーセがエジプトから60万人のイスラエルの民を引き連れて神の約束の地に歩み出していた時、アマレク人がイスラエルの民を襲撃した。ネタニヤフ首相は「アマレク人の蛮行」と「ハマスのテロ」を重ね合わせて語ったはずだ。約1200人のユダヤ人が殺害されたハマスのテロ奇襲のことをイスラエル国民は忘れず、記憶しておくべきだというわけだ。

 イスラエルでは「アマレク」は悪のシンボルのように受け取られている。ネタニヤフ首相はハマスの奇襲テロの直後ということもあって、申命記に登場するアマレクに言及したのだろう。イスラエル人はどの世代にも背後からイスラエルを殺そうとする敵が存在すると考えてきた。ナチスもアマレクだった。

 ところが、南アフリカは2023年12月末、申命記第25章17節から引用したネタニヤフ首相の演説内容を、「パレスチナ人に対するジェノサイドへの呼びかけ」と解釈し、国際司法裁判所(ICJ)に訴訟を起こす根拠に挙げている。それに対し、ウィーン大学のユダヤ学研究所のゲアハルト・ランガー所長はオーストリア国営放送(ORF)とのインタビューの中で「アマレク人は歴史的にはほとんど知られていない民族だ。アマレクは象徴的な悪を表している。アマレクは決してこの世から消えることのない悪のメタファーだ。その意味で、2023年10月7日のハマスの奇襲テロの際、アマレクが活動していたと言うこともできるが、ネタニヤフ首相がパレスチナ人に対してジェノサイドを呼び掛けたとは受け取れない」と説明している。

 ここで聖書的背景を少し説明する。アマレク人がイサクの長男エサウの後孫である一方、イスラエル人はイサクの次男ヤコブの後孫という事実だ。イサクの家庭にはエサウ(兄)とヤコブ(弟)の2人の息子がいた。神はヤコブを愛し、エサウは神からの祝福を得なかった。その結果、エサウはカインと同じように弟を殺害しようとした。そこでヤコブは母親の助けを受け、母親の兄ラバンが住んでいる地に避難する。そこで21年間苦役し、妻、牛、羊などの財産を持って帰国する途上、天使が現れ、天使と組討して勝利した結果、神はヤコブに「イスラエル」という名前を与えた。そしてヤコブはエサウと再会し、和解した。

 ヤコブから始まったイスラエル民族はエジプトで約400年間の奴隷生活後、モーセに率いられ出エジプトし、その後カナンに入り、士師たちの時代を経て、サウル、ダビデ、ソロモンの3王時代を迎えたが、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされる。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝国の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となったが、バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ペルシャ帝国下に入った。そしてペルシャ王朝のクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還させた(「ユダヤ教を発展させたペルシャ王」2017年11月18日参考)。

 イスラエルは1948年に国家を建設する一方、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3唯一神教の「信仰の祖」アブラハムの妾ハガルから生れたイシマエルの後孫のアラブ民族は当時、パレスチナ地域に住み着いていった。イスラエルは現在、そのパレスチナ地域に住むアラブ系のハマスと戦いを繰り広げている。

 イスラエルとハマスの戦いは宗教戦争でなく、政治的な対立だが、その背後には宗教的な要因が深く絡んでいることが分かる。イスラエル側には、超正統派のハレディムや宗教的シオニストなどの正統派運動があり、彼らはヨルダン川西岸地区やガザ地区がユダヤ人によって再び入植されることで、ユダヤの救済者(メシア)が来ると信じている。一方、パレスチナ側には、パレスチナ・イスラム聖戦やハマスのようなテロ組織が存在するが、ハマスは「ムスリム同胞団」の一派であり、そのイスラム主義は国家主義的であり、宗教的文脈に基づいている。ナショナルリズムは容易に宗教的に変質し、時に宗教的狂信となるわけだ。

 例えば、ハマスは1987年末に設立された。ハマスは政治部門と軍事部門であるアル=カッサム旅団、そして支援組織で構成されている。1988年8月に発表された「ハマス憲章」にはイスラエルの破壊を目標とする旨が設立文書に明記されている。同憲章の冒頭には、イスラム教がユダヤ教やキリスト教に対して優越していることを記述したコーランの第3章が記されている。「ハマス憲章」はユダヤ人に対する戦争が宗教戦争であることを明示しているわけだ。

 以上、オーストリア国営放送(ORF)のスザンネ・クリシュケ記者の「ガザ戦争での宗教的要因」(2024年5月19日)の記事を参考にまとめた。

 エサウとヤコブは兄弟であり、イスラエルとアラブ民族もアブラハムを共通の祖としている。要するに、中東で現在展開されているガザ紛争は聖書的に表現するならば、アブラハム家庭のドラマといえるわけだ。だから、結局はアブラハムに戻る以外に解決の道がないのだ(「『アブラハム家』3代の物語」2021年2月11日参考)。

エルドアン氏よ、「ハマス」はテロ組織

 イスタンブール発の外電を読んで驚いた。トルコのエルドアン大統領は13日、「パレスチナ自治区ガザでイスラエルとの戦闘で負傷した1000人以上の『ハマス』のメンバーをトルコ国内の病院で治療している」と記者会見で語ったのだ。ただし、大統領の発言に驚いたのは当方だけではなく、トルコ政府側もビックリしたのだろう。その直後、「トルコ国内で治療しているのはハマスのメンバーではなく、ガザの住民です。大統領の勘違いでした」という訂正コメントを流しているのだ。

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▲プーチン大統領とエルドアン大統領の会合(2022年8月5日、クレムリン公式サイトから)

 トルコ内の病院で治療を受けているのはガザ住民であって、欧米諸国でテロ組織に指定されているイスラム過激派テロ組織「ハマス」のメンバーではないということで、大統領の発言による不都合な内容は訂正されたが、エルドアン氏の発言にはもっと厄介な箇所がある。エルドアン大統領は「ハマスは民族解放運動を展開し、イスラエルから占領地を奪い返そうとしている」と説明し、ハマスを全面的に支持しているのだ。明確な点は、エルドアン大統領は「ハマス」を民族解放運動と受け取り、過激派テロ組織とは考えていないことだ。

 トルコは北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、欧州連合(EU)とは加盟交渉をしている。その大統領のエルドアン氏は上記のような発言を公の記者会見の場で語ったのだ。同記事を読んで「トルコはどの方向を向いているのか」と改めて考えざるを得なくなった。ウクライナ戦争ではロシアのプーチン大統領の主張にも理解を示し、ガザ紛争ではさらに一歩踏み込んで「ハマス」支持を全面的に打ち出しているのだ。

 ガザ戦争の発端は、「ハマス」が昨年10月7日、イスラエルに奇襲テロを行い、約1200人が虐殺され、252人が人質として拉致されたことだ。もちろん、イスラエルが1948年にパレスチナ人が住んでいた領地に建国し、多数のパレスチナ人が難民となったという歴史的な事実はある。それならば、ユダヤ民族はイスラエル建国前まではアラブ諸国では迫害を受け、多くのユダヤ人が難民となったという事実はどうなのか。ガザ紛争を歴史問題まで広げると、解決が遠ざかっていく。問題をテロ問題に絞るべきだ。テロは国際法から絶対に容認されない行為だ。

 ちなみに、エルドアン大統領は昨年10月にもトルコ国会で中東情勢について演説し、パレスチナ自治政府ガザを軍事攻撃するイスラエルを「テロ国家」と糾弾する一方、「ハマス」を「パレスチナ民族の解放勢力」と主張している。また、トルコ国内のクルド労働者党(PKK)をテロ組織として激しく攻撃する一方、「ハマス」に対しては民族解放運動と受け取り、トルコ国内で一時期、「ハマス」の拠点すら容認したことがあった。

 ガザ紛争で多くのパレスチナ人が犠牲となり、負傷しているのは、「ハマス」がパレスチナ人の女性、子供たちを自身の戦闘の盾に利用しているからだ。彼らは病院や学校などの施設に潜伏し、イスラエルを攻撃している。一方、イスラエル側は可能な限り民間人の犠牲を抑えるために、戦闘開始地域から住民が避難するように呼び掛けたビラを配っている。通常の戦争でビラを配って民間人の避難を呼び掛ける国があるだろうか。「ハマス」はガザのパレスチナ人に避難せよと呼び掛けたことがあったか。

 ウクライナと戦闘しているロシア軍を見てほしい。彼らは民間施設をターゲットとし、ウクライナのエネルギー供給施設などを破壊している。ロシア軍の軍事行動こそ人道上の犯罪だ。「ハマス」とロシア軍の違いは後者はれっきとした軍事組織であり、前者はイスラム過激派テロ組織だ。両者に共通している点は民間人を自身の戦いに利用し、戦いを有利にしようとしていることだ。

 それにしても、エルドアン大統領の言動には首を傾けざるを得ない。繰り返すが、ロシアを批判せず、「ハマス」のテロ活動を黙認し、同時にウクライナ戦争の仲介役を演じ、ハマスへ連帯を表明しているのだ。エルドアン大統領はイスラム原理主義者の政治組織「ムスリム同胞団」を支持し、イスラム過激派運動の背後にその「ムスリム同胞団」が暗躍していることは周知のことだ。

 なお、イスラエル軍はガザ最南部ラファへの攻撃を開始し、北部でも戦闘を再開している。最大の同盟国・米国はイスラエルに軍事攻撃を考え直すべきだと警告している。「ハマス」の奇襲テロへの報復は理解できるが、軍事攻勢で多くのパレスチナ人が犠牲となれば、結果的には第2、第3の新たな「ハマス」が生まれてくる。「ハマスの壊滅」を掲げるネタニヤフ首相は厳しい選択を迫られている。

「国家主義」の克服は反シオニズムか

 イスラエル系のドイツ人哲学者オムリ・ベーム氏(現ニューヨーク社会調査ニュー・スクール准教授)は7日、ウィーンのユダヤ広場のホロコースト記念碑の前でスピーチし、「人間の尊厳を守りたい者は、そのことを国家主義の枠組みで行うことができない」と語り、イスラエルに「国家主義の克服」を訴えた。それに対し、ウィーンのイスラエル共同体(IKG)は「ホロコースト記念碑の前で反シオニズム、ひいては反ユダヤ主義を標榜することは許せない」と非難し、主催者側にベーム氏を招いたことを批判した。

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▲オムリ・ベーム教授(ウィキぺディアから、2024年2月、撮影Amrei Marie氏)

 ベーム氏は著書「Radikaler Universalismus.Jenseits von Identitat」(急進的な普遍主義、アイデンティティーを越えて)の中で、アイデンティティーに代わって、カントが主張した道徳法則について‘自身の義務と考える自由を有し、それゆえにわれわれは責任を担っているという普遍主義”を主張している。同氏は「プライベートなアイデンティティーを最高の価値に置くのではなく、“わたしたちのアイデンティティー”の世界を越えたところにある法則、われわれは平等に創造された存在であるという絶対的な真理のもとで考えるべきだ。そうなれば、他国を支配したり、植民地化し、奴隷にするといったことはできない」という“急進的な普遍主義”を提唱してきた。

 ベーム氏の主張がなぜ一部のユダヤ人知識人、政治家には反シオニズムであり、反ユダヤ主義と受け取られるのだろうか。イスラエルの建国の話を思い出せば理解できるかもしれない。ユダヤ民族が神の約束の地パレスチナで民族独自の国家を建設する運動はシオニズム運動と呼ばれ、イスラエル建国の神話となってきた。それに対し、ベーム氏の主張はナショナル・ソブリンティの概念から離れなければならないというのだ。それはイスラエルの建国神話の否定を意味する。ベーム氏は「ヨーロッパへの演説」(「歴史の影、現在の幽霊:中東戦争とヨーロッパの課題」)の中で、「自分自身の神話から離れ、自分自身の普遍的な価値観を自らの歴史の重荷に対して擁護するように」と求めたのだ。

 ベーム氏はユダヤ民族のホロコーストの経験からイスラエルの建国への歴史に目を向け、「理想に自らを委ねるからには、歴史を尊重しなければならない。しかし、その理想は神話に堕ちることがあり、特に『国家の神話』となってしまう。現在、右派政権が国家の神話に取り組んでいるときに、歴史に結びつく理想を再び高く持ち上げなければならない。ヨーロッパが人間の尊厳は侵害されないと宣言するならば、それは自らの歴史とその歴史の過ちの背景を考えながら行わなければならない。なぜなら、人間の尊厳は侵害されないという言葉も、すぐに神話に変わる可能性があるからだ」という。

 ベーム氏によれば、欧州連合(EU)は、大帝国の終焉後の世界に何が可能かという問いに対する唯一の生産的な回答だったという。国家の主権ではなく、その克服が欧州の使命というのだ。

 重要な問題は、欧州の国家主権の克服の教訓が、欧州の歴史の犠牲者、具体的にはユダヤ人やホロコーストにも適用可能かどうかだ。なぜなら、犠牲者の教訓によれば、体系的な迫害や殺人から逃れることができたのは主権のある国家だけだというからだ。しかし歴史的経験からイスラエルの憲法が最初に考慮すべきは、ユダヤ民族の主権ではなく普遍的な人権であるべきだとベーム氏は主張しているわけだ。

 ベーム氏は5日、オーストリア国営放送とのインタビューで、「私はホロコーストの歴史とそれを克服してきたことに対する尊敬の念に深く関わっているが、私たちは時々それを誤った目的のために濫用する形式を開発してきたのではないか、と思っている」という。「イスラエルの文脈に後期植民地主義の考え方を導入している」という批判に対しては、「私はポスト植民地主義の考え方に対する熱心な反対者だ」と説明している。

 現実の中東問題の行方については、「現時点では想像するのが難しいかもしれないが、イスラエルとパレスチナの連邦国家によってのみ解決できる。二国家解決はさまざまな理由から現実的ではない」と主張し、同時に、「私は、私が支持する連邦の方向性に対する疑念を理解している。昨年10月7日以降、状況は耐えがたいものになっているからだ」と述べている。

 ベーム氏は2020年に発表したエッセイ集「イスラエル―ユートピア」の中で、ユダヤ国家と自由主義的民主主義との間に著しい矛盾を感じていると吐露している。ベーム氏は「民族的に中立的な国家」のビジョンを支持しており、それによってシオニズムの運動を克服することが出来ると信じているのだ。

 ベーム氏が指摘するように、昨年10月7日のハマスの奇襲テロ以来、イスラエルとパレスチナの2国家解決は益々非現実的となったが、同時に、同氏が提案するイスラエル連邦国家構想に対しても批判がある。7日のユダヤ広場でのベーム氏の演説に対するイスラエル共同体からの抵抗からもそれが伺える。

「激動の時代」を再び迎えた中東地域

 イスラエルとイランの間で報復攻撃が繰り返されている。今回の直接の切っ掛けは、イスラエルが4月1日、シリアの首都ダマスカスのイラン大使館を爆撃し、イランが誇る「イラン革命防衛隊」(IRGC)の准将2人と隊員5人を殺害したことだ。イランは同月13日夜から14日にかけイスラエルに向けて無人機、巡ミサイル、弾頭ミサイルなど300発以上を発射させた。

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▲親イラン派のレバノンの「ヒズボラ」がイスラエル兵士の拠点に発射したミサイル(2024年4月19日、イラン国営IRNA通信から)

 イラン側は同報復攻撃を「イスラム共和国とイスラエル政権との最初の直接対決だった。これは歴史問題を考える上で非常に重要な点だ。占領地の奥深くへの効果的な攻撃は、1967年以来イスラム諸国の果たせなかった夢だったが、この地域の抵抗運動の発祥地による努力のおかげで、それが実現した。史上初めて、イラン航空機がこの聖地の上空でアル・アクサ・モスクの敵を攻撃した」と指摘し、イラン側のイスラエルへの報復攻撃の歴史的意義を説明している。

 一方、イスラエルは19日、無人機やミサイルなどでイラン中部イスファハンを攻撃した。イスラエル側もイラン側も同報復攻撃については何も公式発表していない。興味深い点は、イランの13日の集中攻撃も、19日のイスラエル側の攻撃も相手側に大きな被害を与えないように抑制されていたことだ。その意味で、イランもイスラエルも今回の軍事衝突を契機に中東全域に戦争を拡散することは避けたいという暗黙の了解があったことが推測できるわけだ。

 特に、イスラエル側の報復攻撃は小規模で余りにも抑制されていたことから、イスラエル指導部内でも失望の声が聞かれたが、同国の軍事情報に通じる専門家は「重要な点はイスラエル側が大都市イスファハンを報復対象の場所に選び、そこに無人機の攻撃を実施したことだ。同市には無人機製造所やウラン濃縮関連施設など核関連施設が近郊にある。すなわち、『イスラエルはいつでもイランの重要都市に大きなダメージを与えることが出来る』というメッセージをテヘラン側に伝えたわけだ」と受け取っている。イラン側がイスラエルの報復攻撃について国内で公式には報じていないのは、イスラエル側の軍の優位性にイラン軍関係者は改めてショックを受けたからではないか。

 イスラエルは23日には「過越の祭」を迎える。イスラエル側がイランとの戦闘を抑えるか否かは不明だ。いずれにしても、パレスチナ自治区ガザでイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦闘を抱えているネタニヤフ政権はガザ南部ラファへの地上攻撃をどうするか、ハマスとの休戦交渉、イランへの対応など重要な課題が山積している。

 ところで、当コラム欄でも何度か書いたが、イスラエルとイランは常に宿敵関係だったわけではない。モハンマド・レザ・シャー・パフラヴィ(パーレビ国王)は1941年に即位すると、西側寄りの国創りに乗り出し、1948年に建国したイスラエルを同盟国と見なしていた。しかし、1979年の「イラン革命」後、フランスの亡命から帰国したホメイニ師がイスラム共和国を設立すると、イスラエルとの関係は険悪化していった。両国は過去、正面衝突することはなかったが、レバノンの親イラン寄りのヒズボラ(神の党)などがイスラエルと代理戦争を繰り返してきた。

 イランのマフムード・アフマディネジャド元大統領は「イスラエルを地上の地図から抹殺してしまえ」と暴言を発し国際社会の反感を買ったことがあったし、ライシ現大統領は2月11日、首都テヘランのアザディ広場で開かれたイラン革命45周年の記念集会で、宿敵イスラエルのシオニスト政権の打倒を訴えた。イランの最高指導者、アリ・ハメネイ師は2009年、イスラエルを「危険で致命的ながん」と呼んでいる。

 しかし、歴史をもう少し振り返ると、イスラエル(ユダヤ民族)はペルシャ民族(イラン)の助けを受けている。イスラエルではサウル、ダビデ、ソロモンの3王時代後、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされた。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝國の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となった。バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ユダヤ民族はペルシャ王の支配下に落ちた。そのペルシャのクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還することを助けた。そしてユダヤ民族はユダヤ教を確立していく。イラン革命が生じ、イランで聖職者支配政権が確立するまでは紆余曲折があったものの、ユダヤ民族とペルシャ民族は結構良好な関係を維持してきたのだ。

 ここ数年、イスラエルはイスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアに接近する一方、イスラム教シーア派の代表、イランもサウジに接近するなど、これまで考えられなかった動きが中東地域で見られ出している。イランの13日のイスラエルへの無人機攻撃では、サウジやヨルダンなどアラブ諸国が無人機撃墜などで間接的にイスラエル側を助けている。

 中東では現在、単に、ユダヤ教徒とイスラム教、スンニ派とシーア派といった宗派間争いだけではなく、アラブとイランの民族間の覇権争いといった側面も出てきている。それに経済的利害も絡んできて、状況は一層複雑であり、流動的だ。

イスラエルの「過越の祭」と報復攻撃

 英語ではパスオーバーと呼ばれるユダヤ人の祝日「過越の祭」(ヘブライ語でペサハ)が今月23日から29日まで1週間続く。米メディアでは、イスラエルは「過越の祭」が終わる今月末まではイランへの報復攻撃を控えるのではないかという観測報道が流れていたが、イラン国営メディアによると、19日早朝(現地時間)、イスラエルからイラン中部イスファハンにミサイルの攻撃があったという。イスファハン州の軍事施設近くで3回の爆発音が聞こえたほか、複数のドローンが撃墜されたという。被害状況や攻撃の規模については報じられていない。

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▲ネタニヤフ首相はモサド(諜報特務庁)とISA(総保安庁)の高官と会談し、「国内の不和は今すぐ解消される必要がある」と強調(2024年4月18日、イスラエル首相府公式サイトから)

 イスファハン州には軍事基地や無人機製造施設のほかウラン濃縮活動を行うナタンツの核施設があるが、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は19日、「核関連施設は攻撃を受けていない」と述べた。

 「過越の祭」は、ユダヤ人の指導者モーセがエジプトで奴隷生活をしてきたイスラエルの民を率いて神の約束の地カナンに向かって出エジプトをする話の中で登場する。モーセがエジプト王ファラオにイスラエルの民を出国させよと求めるが、ファラオはそれを拒否。神は裁きとして長子を全て殺すと警告。同時に、イスラエルの民には家の戸口に羊の血で印をつけるようにと命じた。その結果、エジプトの家庭の長子は悉く殺されるが、戸口に子羊の血が塗られている家は無事だった。イスラエルの民はその後、神に感謝し、家族が揃ってゼーダーと呼ばれる特別な食事を楽しむ祝日となった。パン種を用いずに焼かれたマツォットと呼ばれるパンを食べる(「モーセと『神の娘(バト・ヤー)』の話」2024年4月3日参考)。

 一方、イスラム教徒はイスラムの5行の一つ、ラマダン(断食月)を終えたばかりだ。聖なるラマダンの期間、パレスチナでイスラエル軍とガザ地区のイスラム過激テロ組織「ハマス」間の戦闘が休戦するのではないか、と一部で期待された。同じように、ユダヤ民族の主要祝日「過越の祭」が始まる今月23日を控え、イスラエル側はイランへの報復攻撃を控えるのではないかという憶測情報が一部で流れた。 

 シリアの首都ダマスカスのイラン大使館が今月1日、イスラエル側の攻撃によって破壊され、イラン革命防衛隊(IRGC)の准将2人と隊員5人が犠牲となったことを受け、テヘランは13日から14日にかけ、300発以上のロケット弾、巡航ミサイル、無人機でイスラエルを攻撃した。イラン国営メディアによると、「エマド」や「ケイバルシェカン」などの中距離ミサイルや巡航ミサイル「パヴェ」が発射された。そしてシャヘド136と呼ばれる「神風無人機」が攻撃に加わった。同無人機はロシア軍がウクライナとの戦いでも使用している。

 イラン当局の説明によると、イラン革命防衛隊(IRGC)はイスラエルに対する大規模な攻撃では最新鋭のミサイルを使用しなかった。タスニム通信は、IRGC航空宇宙軍司令官アミール・アリ・ハジザデ准将の発言として、「われわれは最小限の強度の旧式兵器を用いてシオニストの敵に対して行動した」と伝えた。イラン当局がイスラエルとの正面衝突を回避するため報復攻撃を抑制したものと受け取られている。

 イスラエルのイラン核関連施設への攻撃を恐れ、イランはナタンツのウラン濃縮関連施設を地下深い場所に移動し、今日まで活動を継続している。イランは2015年7月、国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国と核合意を締結し、イランの核開発計画は核エネルギーの平和利用と主張してきた。しかし、トランプ米前政権が2018年5月、イランが核合意の背後で核開発を続行しているとして核合意から離脱後、イランは順次に核合意の内容を破棄し、IAEAの査察活動を制限する一方、ウラン濃縮活動を加速し、高濃度ウランの増産を進めている。イランの核開発計画を外交交渉で解決する道はもはや難しくなってきている。イランは近い将来、核兵器を製造し、世界で10番目の核兵器保有国に入るのは時間の問題だ(「イラン核関連施設破壊の『Xデー』」2024年4月18日参考)。

 イランが核兵器を所持すれば、イランが軍事支援するパレスチナ自治区ガザの「ハマス」、レバノンのイスラム根本主義組織「ヒズボラ」、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派などに核拡散する危険が高まる。イスラエルは国の安全を脅かすイランの核兵器開発の阻止を最重要課題としている(イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設「ダイール・アルゾル施設」を爆破)。

 西側の軍事専門家は「イスラエルの無人機がイスファハンまで飛行してきたことにイラン側はショックを受けている。イスラエル側が大量の無人機を動員すれば、イランの防空システムではイスラエルの無人機を全て撃ち落とすことはできない」と予想している。

 イスラエルは今日、民族の存続を脅かす宿敵イランと直接対峙している。ネタニヤフ政権がどのような戦略を下すかは「過越の祭」が終わる今月末までには明らかになっているだろう。

イラン核関連施設破壊の「Xデー」

 イスラエル戦時内閣は16日、同国を無人機やミサイルなどで集中攻撃したイランへの対応について協議し、「強硬な報復攻撃をする」ことでほぼ一致、その時期、規模などについては明らかにしなった。協議は17日も継続される。

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▲ロシアのプーチン大統領(左)と電話会談するイランのライシ大統領(2024年4月16日、IRNA通信)

 イランの13日夜から14日にかけての攻撃に対し、イスラエル側の被害はほとんどなかった。イスラエルが世界に誇る防空システムのおかげで約300機の無人機、ミサイルをほぼ全て撃墜、1人の少女が負傷しただけに留まったことから、イスラエル側が大規模な報復攻撃は控え、軍事基地や石油生産拠点への限定攻撃に留まるのではないか、という憶測がある一方、「イランの13日の攻撃を受け、イラン国内の核関連施設への攻撃を実施する可能性がある」という情報も聞かれる。

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は16日、「イランの核関連施設への如何なる破壊行動も危険だ」と警告を発している。ちなみに、イランは2015年7月、国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国と核合意を締結し、イランの核開発計画はあくまでも核エネルギーの平和利用と主張してきた。しかし、トランプ米前政権が2018年5月、イランが核合意の背後で核開発を続行しているとして核合意から離脱後、イランは順次に核合意の合意内容を破棄し、IAEAの査察活動を制限する一方、ウラン濃縮活動を加速し、高濃度ウランの増産を進めている。例えば、2023年1月、濃縮ウラン83.7%の痕跡がイラン中部フォルドーの地下ウラン濃縮施設の検査中に発見されている。イラン当局は当時、IAEAに対し、「非常に高いレベルの濃縮は意図しない変動で生じたもの」と弁明してきた(「イラン『濃縮ウラン83・7%』の波紋」2023年3月2日参考)

 イランの核兵器製造を最も恐れているのはイスラエルだ。2002年、イランの秘密核開発計画が暴露されて以来、イスラエルは核関連施設へのサイバー攻撃を実施する一方、核開発計画に関与する核物理学者を暗殺してきた。
 例えば、2010年、「スタックスネット」と呼ばれる、米国とイスラエルが共同開発したコンピュータウイルスが、イランのナタンズのウラン濃縮施設を攻撃した。同サイバー攻撃でイランのウラン濃縮活動は数年間遅れたといわれた。また、2012年にはイランの核科学者、モスタファ・アフマディ=ロシャン氏が、テヘランで車に取り付けられた爆弾で殺害された。また、イラン核計画の中心的人物、核物理学者モフセン・ファクリザデ氏が同じように暗殺された。イラン当局はイスラエル側の仕業と受け取っている(「『イラン核物理学者暗殺事件』の背景」2020年11月29日参考)。

 イスラエルのイラン核関連施設への攻撃を恐れ、イランはナタンツのウラン濃縮関連施設を地下深い場所に移動し、今日まで活動を継続している。イランの核開発計画を外交交渉で解決する道はもはや難しくなってきている。このままいくとイランは近い将来、核兵器を製造し、世界で10番目の核兵器保有国に入るのは時間の問題だ。

 イランが核兵器を所持すれば、イランが軍事支援するパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織「ハマス」、レバノンのイスラム根本主義組織「ヒズボラ」、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派などに核拡散する危険が高まる。イスラエルは国の安全を脅かすイランの核兵器の開発を阻止しなければならないわけだ(イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破した)。

 ちなみに、米空軍は2021年7月23日、新しい「バンカーバスター」のGBU-72 Advanced 5K Penetratorのテストを実施し、成功した。同バンカー・バスターは5000ポンド(約2.27トン)の爆弾でイランの地下核施設を破壊する威力を有している。GBU-72は戦闘機または重爆撃機によって運ばれるように設計されている。

 イスラエルは2009年、米国から小型のバンカーバスター爆弾GBU-28を密かに購入したが、山の奥深くに埋もれているイランのフォルドウ核施設を貫通する能力はないと受け取られてきた。そこでイスラエル側は米国から「バンカーバスター(GBU-72)」を購入したのではないか(「イスラエルのイラン核施設爆破計画」2021年10月23日参考)。

 すなわち、イスラエル側はイランの核関連施設爆破計画を作成済みとみて間違いないだろう。イスラエルがイラン本土を空爆し、核関連施設を爆破した場合、イラン側の報復テロ、国際社会の批判が高まることは必至だ。しかし、イランがイスラエル領土に無人機、ミサイルなどを発射したばかりだ。イスラエル側は自衛権の行使としてイランへ報復攻撃できるチャンスでもある。イスラエルの「イラン核関連施設破壊Xデー」は非常に現実的なシナリオだ。
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