ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

中東

ICCが金正恩氏に逮捕状を発付する日

 トランプ大統領は9月22日の国連総会一般討論演説で、国際刑事裁判所(ICC、本部オランダ・ハーグ)を「ならず者機関」と非難し、全加盟国に脱退を要求するなど、米国はICCへの圧力を強めている。ICC非加盟国の米国が加盟国に対して脱退するように圧力を行使すること自体は少々、奇妙なことだ。米国がICCに対して抱く最大の懸念は、自国民が米国以外の国際機関によって有罪判決を受け、収監されることだ。主権国家への介入と受け取られるからだ。

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▲オランダのハーグにある国際刑事裁判所(ICC),ICC公式サイトから

 ICCには、国家元首や政府首相を起訴し、有罪判決が下れば収監(拘禁刑の執行)する「法律上の権限」がある。国際法上、現職の国家元首や首相には他国の裁判所から裁かれない特権があるが、ICCの根拠条約であるローマ規程第27条では、国家元首などの公的資格による「免責(不訴追の特権)」を一切認めていない。ただし、軍隊などの実力組織は有していない。 ICCは、125の加盟国(締約国)に対し、容疑者が自国領内に入った際に身柄を拘束してハーグへ引き渡すよう要求する。

 過去にはスーダンのバシル元大統領などに逮捕状が出され、近年ではロシアのプーチン大統領や、イスラエルのネタニヤフ首相に対しても戦争犯罪などの容疑で逮捕状が発付されている。歴史的に見ても、国のトップが在任中に逮捕された例は極めて稀。2025年にフィリピンのドゥテルテ前大統領が国内で逮捕されハーグへ移送された例がある。加盟国であっても政治的・外交的配慮から、訪問してきた指名手配中の首脳(例:モンゴルを訪問したプーチン大統領)を逮捕せずに出国させてしまう事例もあり、法律上の権限と実際の執行力の間には大きな乖離があるのが実情だ。

 ICCの課題と問題点を考えるうえで、北朝鮮の金正恩総書記とイスラエルのネタニヤフ首相の立場が参考になるのでここでは両者とICCの関係について考えたい。前者はICCから逮捕状は出ていない一方、後者は2024年11月に逮捕状が発布されている。共通点は北朝鮮もイスラエルもICCには加盟していないことだ。2人の状況が分かれている最大の理由は、ICCが裁判を行うために必要な「管轄権( jurisdiction )」の有無にある。

 北朝鮮の場合、ICC非加盟国であり、国内での人道に対する罪(強制収容所での虐殺や拷問など)は自国内(非加盟国の領土内)の出来事であるため、ICCは原則として捜査する権限がない。ただし、非加盟国の国内犯罪であっても、国連安保理が「国際社会に対する脅威」とみなしてICCに捜査を付託すれば、ICCは管轄権を持つことができる(過去のリビアのガダフィ大佐などの例)。実際は、安保理ではロシアと中国が拒否権を行使して反対するので難しい。

 ただし、ここにきて金正恩氏を取り巻くICCの立場に変化が出てきている。北朝鮮がロシアのウクライナ侵攻に対して軍隊や武器を派遣している。そしてウクライナはICCの管轄権を受け入れているため、ウクライナ領内(またはロシア領内の戦闘地域)で北朝鮮軍が関与した戦争犯罪については、金正恩氏が「共犯」や「指揮官」としてICCの捜査対象になる法的な足がかりが出てきたのだ。金正恩氏を戦争犯罪容疑でICCに告発する条件は整ってきている。今後のウクライナ情勢やICC検察官の動き次第では、将来的に逮捕状が出る可能性がゼロではなくなった(「金正恩総書記をICCに引き渡しを」2024年5月05日参考)。

 一方、イスラエルはICC非加盟国だが、事件の舞台であるパレスチナ(ガザ地区など)がICCの加盟国(締約国)として承認されているため、そこでの戦闘行為や人道危機(餓死の武器化など)に対してICCの管轄権が及ぶ。ネタニヤフ氏は「加盟国(パレスチナ)の領土内での犯罪容疑」として逃れられずに逮捕状が出たわけだ。

 ただし、パレスチナは正式の主権国家としては認知されていない。にもかかわらず、ICCがパレスチナ内での戦争犯罪がICCの管轄権が及ぶと判断したのは、ICCの裁判部が「一般的な国際法上の国家承認の是非」と「ICC条約(ローマ規程)における加盟資格」を切り離して判断したからだ。

 2012年、国連総会においてパレスチナの地位が「オブザーバー組織」から「非加盟オブザーバー国家(Non-member Observer State)」へと格上げされる決議が採択された。これにより、パレスチナは国連機関が管理する様々な国際条約に「国家」として加入する資格を実質的に得ることになった。

 パレスチナはこの国連での地位をもとに、2015年にICCの根拠条約である「ローマ規程」の加入書を国連事務総長に提出し、正式に受理された。その結果、条約のルール(第12条2項a)に基づき、加盟国であるパレスチナの領域内(1967年の第3次中東戦争以降にイスラエルが占領したガザ地区、ヨルダン川西岸、東エルサレム)で起きた犯罪については、自動的にICCの管轄権が及ぶことになったわけだ。

イスラエル外相「極右党首の演説」を評価

 オーストリアの極右政党「自由党」のキックル党首は16日、ストラスブールの欧州議会で、欧州議会の会派「欧州の愛国者」(Patriots for Europe)が主催した「イスラム主義と反ユダヤ主義、欧州の自由への脅威」と題する会議で演説し、「私は党首として自国および自党の歴史に向き合っている。我々は現在と未来に対する責任を引き受ける。反ユダヤ主義との闘い、そして反シオニズムとの闘いは、私が目指す連邦政府の政策の柱となる」と主張。そして「オーストリアにおけるユダヤ人の生活の安全と自由を守る決意だ。ホロコースト――人類に対する前例のない犯罪――を決して忘れてはならない」と述べた。オーストリア国営放送(ORF)ウェブサイトが報じた。

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▲フランスの「国民連合」党首ジョルダン・バルデラ氏(右)と会見するキックル党首、同党首公式サイトから

 同会議には、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相率いるリクード党の代表者も出席していた。キックル氏はリクード党との緊密な関係を強調し、「同党が我々の国際的な政党同盟において、オブザーバーからパートナーへと発展した」と指摘し、「リクード党との歴史的な協力関係に対し、深い責任感を抱いている」と語った。

 キックル党首の演説に対し、イスラエルのサール外相はXでの投稿で、キックル氏がオーストリアの歴史における暗部とその結果に対し責任を認めたこと、そしてオーストリアのユダヤ系市民、国家社会主義(ナチズム)の犠牲者とその子孫、さらにはユダヤ民族全体に対して謝罪したと評価している。同外相はハマスの奇襲テロ事件(2023年10月7日)に対するキックル氏の「明確な非難」、イスラエルの生存権と自衛権の承認、そしてオーストリアや欧州におけるユダヤ人の生活を守るという姿勢を歓迎した。なお、サール氏は右派保守政党「新しい希望(New Hope)」の党首だ。

 イスラエル最大級の総合ニュースサイト「Ynet Global」は17日、「会議には、ネタニヤフ首相率いるリクード党をはじめとする欧州の右派政党の代表者が出席した。この集会は反ユダヤ主義とイスラム主義に焦点を当てたもので、党の物議を醸す歴史にもかかわらず、オーストリア自由党がイスラエルとの関係構築にますます力を入れていることを反映していた」とポジティブに報道している。

 ただし、オーストリア代表紙「ディ・プレッセ」紙はキックル党首の演説内容と記録を照合したところ、「キックル氏が国家社会主義(ナチズム)の犠牲者やその子孫に対して明確な謝罪を行わなかった」と指摘し、イスラエル側の過大な評価にむしろ戸惑いを感じている。

 一方、オーストリアのイスラエル・コミュニティもキックル党首の演説に対して厳しい評価を下している。オーストリアのユダヤ人社会は長年にわたりFPO(オーストリア自由党)とは関係を持たないという方針を維持してきた。ウィーン・ユダヤ人共同体(IKG)のベンヤミン・ネーゲレ事務局長は日刊紙「デア・シュタンダルト」に対し、「信頼性とは、ストラスブールでの演出されたイベントによって測られるものではなく、ウィーンにおける行動や決定によって測られるものだ」と語っている。

 ちなみに、イスラエルのネタニヤフ首相は今年1月25日、ミリ・レゲフ交通相と共にエルサレム首相府で 欧州議会の政治会派「欧州の愛国者(PfE)」に所属するハンガリー、フランス、オーストリア、スペインの4カ国、5名の欧州極右議員団と約45分間、会談した。

 ネタニヤフ首相は会合では、「西洋のユダヤ・キリスト教文明は攻撃を受けている。極左過激派とイスラム主義者との共謀によるものだ。彼らは理論上はライバルだが、イスラエルとユダヤ人への憎悪という一点で結束している」と説明、そして「欧州の多くの国々は麻痺状態に陥り、何の監視も受けずに国境を開放した。これは1年や2年ではなく、長期にわたる闘争だ。この点において、私たちは単なる同盟国や戦友ではなく、世界の未来をかけた決戦において兄弟姉妹だ」と述べた。

 ところで、イスラエル(特にリクード党)が、ナチスとの関連や反ユダヤ主義的言動で批判されてきた欧州の極右政党に接近してきた背景について、レゲフ交通相は「愛国者代表団との会談は、イスラエルが孤独ではないことを証明している。ヨーロッパには、イスラエルの闘争が、主権、国境、そして国民的アイデンティティのための闘争でもあることを理解している勇敢な指導者たちがいる。ヨーロッパ愛国者との連携は、国際舞台におけるイスラエルの立場を強化し、ボイコットや非正統化の試みに対して明確な前線を築くための戦略的な動きだ」と説明している。

 ちなみに、欧州議会の新会派「欧州の愛国者(Patriots for Europe)」は、2024年7月にハンガリーのオルバン首相が主導し、フランスの国民連合(RN)やイタリアの「同盟」、ハンガリーの「フィデス・ハンガリー市民同盟」、オーストリアの「自由党」、スペインの「Vox」、チェコの「ANO」などが参加して結成された極右・EU懐疑派のグループだ。結成時点で第3会派だ。 主な主張は、反不法移民、EUの権限縮小と加盟国の主権強化、欧州グリーンディールへの批判などだ。

 なお、オーストリアは戦後、ヒトラーと関連する歴史的事例には平静に対応できなかった。オーストリアがヒトラーの戦争犯罪の共犯者だったことを正式に認めたのはフラニツキー政権が誕生してからだ。同首相(任期1986年6月〜96年3月)がイスラエルを訪問し、「ナチス・ドイツ軍の戦争犯罪はオーストリアにも責任があった」と初めて正式に認めた。同国がそこまで到達するのに半世紀余りの歳月を要した。

  自由党は公式ウェブサイトで「キックル党首は演説で、ユダヤ人コミュニティに対して歩み寄りの姿勢を示し、信頼と実務的な協力に基づく新たなパートナーシップを提案した。これに対し、イスラエル側からは非常に好意的な反応が寄せられた。イスラエルのアミハイ・チクリ・ディアスポラ担当大臣は声明の中で、今回のイベントをFPO、イスラエル国家、そしてユダヤ人社会との関係における『歴史的な転換点』であると評した。同相はまた、キックル氏の演説を、イスラエルおよびユダヤ人社会に関してオーストリアの政治家が行った演説の中で最も重要なものの一つであると位置づけている」と強調している。

エルサレムで修道女を襲撃した男に無罪

 イスラエルのエルサレムのシオンの丘近くで、39歳のユダヤ人男性が4月28日、道を歩いていたフランス人修道女を突き飛ばし、倒れた修道女を足蹴にするなどの暴行を加えた事件に対し、エルサレム治安判事裁判所は8月26日、被告の男に対して「精神疾患を患っている」として無罪判決を下した。同裁判所は「男が修道女に暴行を働いたことは事実だが、精神鑑定の結果、犯行当時は精神病状態にあり、したがって刑事責任能力を有していなかった」と説明している。また、男に対し、6年間の精神科施設への強制収容を命じた。これは「彼が起訴された罪状の中で最も重い罪に対する法定最高刑」に相当する。ただし、精神医療審査会の再検討を経て、この6年間の収容期間が短縮される可能性もあるという。

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▲礼拝を行うエルサレムのラテン典礼総大主教ピッツァバッラ枢機卿、バチカンニュース2026年5月5日

 被害に遭った修道女は、エルサレムにあるフランス聖書・考古学学院で研究員として働いている。彼女は4月28日、イエスの「最後の晩餐」の場所とされる「最後の晩餐の部屋(セナクル)」の近くで襲撃された。ネット上に公開された動画には、被告が彼女を背後から地面に突き倒し、執拗に蹴りつける様子が映っている。イスラエル警察は翌日、男を逮捕した。警察は逮捕時の映像に加え、修道女の頭部右側に負った傷を示す写真も公開し、国内ばかりか、国際社会にも大きな反響を投じた。

 エルサレムのベネディクト会修道院長であるニコデムス・シュナーベル氏は、カトリック通信社(KNA)とのインタビューで、今回の判決について、「加害者の精神疾患に偏見の目を向けるべきではないが、それによって私たちは真の社会問題を見失ってはならない。すなわち、キリスト教徒に対する憎悪が存在するということであり、あらゆる襲撃事件を精神医学的な観点だけで説明できるわけではない」と語った。

 事件発生当時、このコラムでも報じたが、イスラエル社会の中には「キリスト教徒に対する憎悪が存在する――そして、あらゆる襲撃事件を精神医学的な観点だけで説明できない」ということだ。ガザ紛争やレバノン紛争でも明らかだが、イスラエルとイスラム教徒の間での憎悪、対立はよく報じられてきたが、ユダヤ教とキリスト教の間にも同じような宗派間のいがみ合い、憎悪が存在することを忘れてはならない(「ユダヤ人に見られる反キリスト教傾向」2026年5月5日参考)。

 エルサレムのラテン典礼総大司教であるピッツァバッラ枢機卿は「イスラエルのキリスト教徒(少数派)がますます敵意にさらされている。キリスト教徒に対する攻撃や敵対行為が増加してきた。ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の3宗教の聖地があるエルサレム旧市街では、超正統派ユダヤ教徒がキリスト教の聖職者に唾を吐きかけたり、暴言を吐いたりする行為が常態化している。最近はその頻度が非常に高まっている」と指摘。同総大司教は、イスラエルで予定されている議会選挙についても懸念を抱いていることを明らかにしている。例えばエルサレム旧市街のユダヤ人街やシオン山などにおいて、キリスト教徒にとって状況が「非常に不快なものになりかねない」と述べている(「バチカンニュース2026年6月12日)。

 イスラエル社会における反キリスト教傾向について、�.ぅ好薀┘訐�府内に超国家主義者や宗教的極右勢力が参画したこと、��一部の過激派が「ユダヤ人の土地における異教の排除」という排他的な考えを正当化し、行動をエスカレートさせている、��ユダヤ教の超正統派や右派若年層の一部において、キリスト教を「偶像崇拝」とみなし、エルサレムから排除すべき存在と捉える過激な思想が強まってきている、�ぅ�ザ情勢やレバノン国境での緊張が続く中、宗教的なアイデンティティが先鋭化し、他宗教への不寛容さが攻撃的な形で表出しやすくなっている、等々が要因として挙げられている。

 ちなみに、イスラエル中央統計局(CBS)の最新データに基づくと、イスラエルのキリスト教徒の人口(2025年末時点)は 約18万4,200人で、総人口の約1・9%だ。そのうち約78.7%がアラブ系キリスト教徒だ。ちなみに、エルサレム市には約1万3400人のキリスト教徒が住み、ナザレ(1万8,900人)、ハイファ(1万8,800人)に次いで3番目に多い居住地となっている。

モサドの逆襲が始まった

 米国とイラン間の戦闘終結交渉で合意が実現したが、同合意内容に最も不満を持っていたのは誰の目にも明らかだろう。イスラエルだ。米イスラエル軍は2月28日、イランの核開発を壊滅するという目的でイラン戦争を開始したが、その目的は実現されず、近い将来始まる最終合意を巡る交渉に委ねられることになった。ちなみに、トランプ大統領は2018年、オバマ元政権がイランとの間で実現した2015年の核合意(包括的共同作業計画=JCPOA)から離脱し、イランに経済制裁を科したが、今回の覚書合意内容は2015年のそれより後退した、と指摘する声すらある。

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▲負傷したイスラエル国防軍(IDF)兵士を訪問したネタニヤフ首相、2026年7月7日、イスラエル首相府公式サイトから

 ところで、覚書(MoU)の第8項目をみると、「イラン・イスラム共和国は、核兵器を取得または開発しないことを改めて表明する。両当事者は、ウラン濃縮問題およびイラン・イスラム共和国の核開発ニーズに関連するその他の相互に合意された事項について、最終合意において満足のいく枠組みの中で協議することで一致した」と明記され、第9項目では「最終合意の締結まで、アメリカ合衆国およびイラン・イスラム共和国は現状維持に合意する」というのだ。

 核問題のほか、イランの弾道ミサイル開発の停止、親イラン武装勢力(プロキシ)への軍事支援の即停止問題は覚書交渉ではテーマから外され、先送りとなった。イランのモハンマド・バケル・ガリバフ国会議長側が「イランは米国との合意を通じて最終勝利に向けた大きな一歩を踏み出した」(IRNA通信)と喜ぶのは当然だ。在ドイツのイラン人ジャーナリスト、バムダッド・エスマイリ氏はドイツ民間放送ニュース専門局NTVとのインタビュ−で、サッカーのワールドカップ(W杯)試合に倣い、「イラン―米国戦は1対0でイランの勝利だ」と評したほどだ。イスラエルにとっては、悪夢のような結果だった。

 ちなみに、 アラビア語放送局アルジャジーラによると、イスラエルのダニー・ダノン国連大使は、米イラン合意はイスラエル、米国、そして湾岸諸国にとって「非常に悪いものだ」と述べた。イスラエルのチャンネル14に出演したダノン大使は、「トランプ米大統領が交渉の早期決着を強く求めたことが、イランの立場強化につながった」と説明している。

 イスラエルは合意の履行状況を黙認してはいない。モサド(イスラエル諜報特務庁)の逆襲工作が始まっている。直近の例では、イランのトランプ大統領暗殺計画の暴露だ。イスラエル側(モサド)から情報を入手したトランプ大統領は、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議からの帰路、トルコのアンカラから英国へ向かう際にカタールから贈られた新しいエアフォースワン(大統領専用機)には搭乗せず、代わりに旧型機に搭乗した(英国から米アンドルーズ空軍基地に向かう復路のフライトでは再び新型機に乗り換えた)。イランの暗殺計画と関連したワシントン側の危機管理だったはずだ。

 米国事情通は少し冗談交じりに、「トランプ氏は『殺害対象のリストで私は1番目だ』と記者団に語っていたが、イラン側の暗殺リストではトランプ氏の名前はトップではなかったので気分を害したのではないか」という。いずれにしても、イスラエル側からの情報はトランプ氏にとっても真剣にならざるを得ない内容があったはずだ。NATO首脳会談前後のトランプ氏の言動はいつものようではなかった、という証言が聞かれた。

 次は、イランの核問題に関連する最新情報がメディアに流れた。核問題を専門とする「科学国際安全保障研究所(ISIS)」の報告によれば、「ここ数週間、パルチンにある軍事施設などでこうした動きが確認された」というのだ。イランの軍事研究施設では、衝突クレーターが埋め立てられ、コンクリートミキサー車が往来するなど、活発な動きが見られる。研究者らによると、衛星画像からは、イランが既知の軍事研究施設を再建している様子がうかがえるという。

 CNNによると、核兵器や弾道ミサイルの開発疑惑に関連する他の施設でも、修復作業の兆候が見られる。その中には、地下深くで核関連の作業が行われているとされる「ピッケル・マウンテン(Pickaxe Mountain)」の施設も含まれており、ここ数週間、トンネルに出入りするトラックの姿が確認されているというのだ。

 イランは米国との交渉で、核開発計画に関しては「現状を維持する」と約束した。また、核兵器の開発を行わないことも誓約している。CNNは、「イランの最近の活動は、6月下旬に米国と署名した合意内容に違反している疑惑が出てくる」と報じている。

 以上、直近の上記の2例には、モサドが関与している可能性が濃厚だ。狙いは、トランプ氏に合意内容の再考を促すことだ。

 イラン側がホルムズ海峡を航行中のキプロスの商船を攻撃したという情報を得ると、トランプ氏は即報復攻撃を命じている。深読みすると、覚書違反だというより、イラン側の狡猾なディ―ルに騙された自身への苛立ちもあったのではないか。

 イラン最高指導者・故アリ・ハメネイ師の6日間の告別式典は終わった。イラン国内の実権を掌握したイスラム革命防衛隊(IRGC)はいよいよ対米・イスラエルで強硬路線を強めていくだろう。そのような中、11月の中間選挙をまじかに控え、支持率が低下しているトランプ氏は焦りを感じ出しているはずだ。米、イスラエル、そしてイラン3国を巡る政治・軍事状況は混迷の度合いを深めてきた。

イランはハマスの非武装化に責任

 パレスチナ自治区のイスラム過激派テロ組織「ハマス」は6日、ガザ地区における同組織の行政機関を解散すると発表した。それに対し、イスラエルのギデオン・サール外相はXに投稿し、「ハマスの宣言はトリック(策略)だ」と指摘、「ハマスはまず武装を解除すべきだ。ハマスが武器を保持している限り、いかなる文民政府であってもハマスの意向に従うだろう」と述べ、ハマスに非武装化を改めて要求した。

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▲テヘランにて、殉教したイスラム革命指導者の葬列に参列するアッバス・アラグチ外相(中央)。2026年7月6日、IRNA通信

 イスラエル側はテロ組織のハマスを信頼していない。だから、ハマスの非武装化が実現しない限り、ガザ区からイスラエル軍の段階的撤退は考えられないというわけだ。

 サール外相は「イスラエルはガザ地区の和平に向けた、いわゆる‘トランプ・プラン‘の実施を強く求めている。その核心となる原則は、ハマスおよびその他すべてのテロ組織の武装解除、ならびにガザ地区の完全な非軍事化だ」と明確に述べている。

 ハマスとその同盟勢力は、2023年10月7日にイスラエルを攻撃し、ガザ地区での戦争を引き起こした。一連の殺戮行為の中で、イスラム武装勢力は1,221人を殺害し、さらに251人を人質としてガザ地区へ連れ去った。これを受け、イスラエルはハマスへの報復攻撃を開始した。ハマスの発表によれば、この戦争で7万人以上のパレスチナ人が死亡した。

 ところで、ハマスの非武装化というテーマは、ハマスに武器や軍事資金を提供してきたイランの問題だ。イランがハマスに一切の武器、資金を供与しなければ、ハマスの非武装化は現実的になる。逆に、イランがハマスを軍事支援する限り、ハマスの非武装化は絵に描いた餅に過ぎない。

 それゆえに、米国はイランとの戦闘終結交渉ではイラン側に核開発の停止と共に、ハマス、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派など親イラン派の代理組織(プロキシ)への軍事支援の停止を交渉テーマとしてきた。実際、米国が提示した「15項目の停戦」(2段階の和平案)には、「武装組織への支援停止: ヒズボラやフーシ派など、親イラン武装組織に対する軍事・財政的支援の全面停止」が含まれていた。

 しかし、イラン側がホルムズ海峡の封鎖というカードを駆使し、世界経済を人質にする非対称戦に乗り出したため、トランプ政権はホルムズ海峡の封鎖による世界的な経済ダメージ(原油高)を早期に打開するため、イランとの交渉では「現状復帰(戦争の終結とホルムズ海峡の再開)」と「核開発問題」に焦点を絞り、ハマスやヒズボラへの支援停止問題を議題から外してしまったのだ。

 イスラエル側が米イランの戦闘終結交渉の合意に不満があるのは、核問題は将来の交渉に委ね、イランの代理勢力への支援停止問題は議題から外すことを飲んだトランプ米政権への不信感があるからだ。

 ちなみに、レバノンのジョセフ・アウン大統領は6月5日、CNNとのインタビューの中で、イランが米国およびイスラエルとの紛争において、レバノンを交渉材料として利用していると非難した。同大統領は、「彼らは米国との交渉において、レバノンを駆け引きの道具として使っている。これは容認できない。レバノンへの内政干渉を止めるべきだ。レバノンの国益はイランの国益とは一致しない」と断言した。さらに、イラン革命防衛隊(IRGC)に対しは、「ここは君たちの国ではなく、我々の国だ」と宣言。そしてイランの支援を受けるヒズボラ民兵組織の指導者ナイム・カセム師を、「レバノン国民を代表する人物ではない」と述べている。中東地域での「イランの関与」を指摘したアウン大統領の警告は全くの正論だ。

 いずれにしても、トランプ政権にとって、イランとの戦闘終結交渉では要求を詰め込みすぎてディ―ルが決裂するよりも、まずは「停戦」という最低限の合意を形成することが、これ以上の犠牲を防ぐために必要不可欠だ、という現実主義的な判断があったのだろう。

 同時に、ガザ統治は別の枠組み(平和評議会)に委ね、国際社会やアラブ諸国の資金を投入してガザの非軍事化を進める方針をとってきている。そのため、「イランとの交渉理にハマス問題を扱う必要はない」という判断がトランプ政権内で主導権を握ったのだろう。

 トランプ政権の対イラン交渉を批判的にいえば、トランプ米政権は「世界経済の安定と即時停戦」という短期的な果実を得るために、「中東の根本的なテロ脅威の排除」という長期的な安全保障を先送りした。その結果、ハマスやヒズボラの脅威が温存されることにもなる。

 イスラエル政府は、自国の安全保障に直結するハマスやヒズボラの無力化が含まれていない米イラン合意に対して「我々を拘束するものではない」と受け取っているのは当然だろう。

 パレスチナ人=ハマスではない。同じように、ヒズボラ=レバノンではない。ハマスの非武装化で得をするのはパレスチナ人だ。同じようにヒズボラの非武装化で利益を得るのはレバノン国民だ。

 多くのパレスチナ人はガザ紛争でハマスの正体を知ったのではないか。イスラエル軍の攻撃を避けるために、ハマスは平気でパレスチナ人の子供たちを自身の盾に利用してきた。パレスチナ人を犠牲にしてもイスラエルを破壊したいイラン聖職者政権の指令のもとでテロを繰り返してきたのだ。

米イラン覚書で窮地のネタニヤフ首相

 トランプ米大統領とイランのぺゼシュキアン大統領は17日夜、戦争終結に向けた枠組み合意に署名したことが明らかになった。仲介役を務めたパキスタンによれば、この合意は「即時」発効する。

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▲米イラン間の覚書に署名したイランのぺゼシュキアン大統領、2026年6月18日早朝、IRNA通信

 米イラン間で署名された基本合意書(覚書=MoU)の内容は、4月8日の米イラン間の停戦合意を受けてイラン側が米国側に提示した14項目のそれと酷似している。イランのモハンマド・バケル・ガリバフ国会議長側の「イランは米国との合意を通じて最終勝利に向けた大きな一歩を踏み出した」(IRNA通信15日付)という言葉は決して大袈裟なプロパガンダではなかった。在ドイツのイラン人ジャーナリスト、バムダッド・エスマイリ氏はドイツ民間放送ニュース専門局NTVとのインタビュ−で、サッカーのワールドカップ(W杯)試合に倣い、「イラン―米国戦は1対0でイランの勝利だ」と評していたほどだ。

 イラン専門家の政治学者で国際危機グループ(ICG)のイラン・プロジェクト・ディレクターのアリ・バエズ(Ali Vaez)氏は「この戦争は何の成果も上げていない。むしろ正反対で、状況を悪化させただけだ。より危険なイランを生み出した」と主張していた。同氏によると、「イランは停戦(あるいは合意)を望んでいるが、政治的・戦略的にそれをより差し迫って必要としていたのは米国側だ」と分析していた。

 ところで、アラビア語放送局アルジャジーラによると、イスラエルのダニー・ダノン国連大使は、米イラン合意はイスラエル、米国、そして湾岸諸国にとって「非常に悪いものだ」と述べた。イスラエルのチャンネル14に出演したダノン大使は、「トランプ米大統領が交渉の早期決着を強く求めたことが、イランの立場強化につながった」と説明した。

 イスラエル国内ではネタニヤフ首相への批判が高まっている。反対派は、戦争開始時に掲げた目標、すなわちイランの核・ミサイル脅威の排除とテヘラン指導部の持続的な弱体化を達成できなかったと非難している。同時に、紛争への対応をめぐる緊張関係が報じられる中、トランプ米大統領との関係も悪化している、と受け取られている。

 覚書(MoU)の第8項目をみると、「イラン・イスラム共和国は、核兵器を取得または開発しないことを改めて表明する。アメリカ合衆国とイラン・イスラム共和国は、第7項に記載された期限内に合意されるメカニズムに基づき、備蓄されている高濃縮物質の処分を規制することに合意した。IAEAの監督下での現地希釈は、最低限の方法である。両当事者は、ウラン濃縮問題およびイラン・イスラム共和国の核開発ニーズに関連するその他の相互に合意された事項について、最終合意において満足のいく枠組みの中で協議することに合意した」と明記され、第9項目では「 最終合意の締結まで、アメリカ合衆国およびイラン・イスラム共和国は現状維持に合意する。イラン・イスラム共和国は核開発計画の現状を維持し、アメリカ合衆国は新たな制裁措置を課したり、地域に新たな部隊を派遣したりしない」というのだ。

 米イスラエル軍は2月28日、イランの核開発を壊滅するという目的でイラン戦争を開始したが、その目的は実現されず、近い将来始まる最終合意に向けた交渉に委ねることになったわけだ。ちなみに、トランプ大統領は2018年、オバマ元政権がイランとの間で実現した2015年の核合意から離脱し、イランに経済制裁を科したが、今回の合意内容は2015年のそれより後退した、と指摘する声もある。

 フランス東部エビアンで開催された先進諸国7カ国首脳会談(G7サミット)は、米国とイランの戦闘終結合意を歓迎、事実上封鎖された原油輸送の要衝ホルムズ海峡の安全な通航再開に向け、連携していくことで一致して閉幕したが、イランの核問題への対応についてはどのG7首脳もほとんど言及していない。

 一方、イスラエル側が覚書の内容に不満を感じるのは当然かもしれない。エルサレム・ポスト紙は15日、「イスラエル国防軍(IDF)とモサド(イスラエル諜報機関)の大多数は、イラン核合意は当事者間の力関係、そしてイスラエルが直面する脅威を考慮すると不十分として反対している」という。

 覚書でもう一つの深刻な問題がある。ネタニヤフ首相はイスラエル国境地帯の住民を保護するため、レバノン南部に部隊を駐留させ続けることを望んでいるからだ。

 覚書の第1項目には「アメリカ合衆国とイラン・イスラム共和国及び現在の戦争における同盟国は、本覚書に署名することにより、レバノンを含むすべての戦線における軍事活動の即時かつ恒久的な停止を宣言し、今後、相互に戦争又は軍事行動を開始しないこと、相互の威嚇又は武力行使を控えること、及びレバノンの領土保全及び主権を擁護することを約束する」となっているからだ。

 ネタニヤフ首相は、国民に対しイランに対する完全な勝利を約束した。開戦当初に掲げた最大の目標は、イランの核・ミサイル脅威の排除、そしてイラン指導部の恒久的な弱体化、ひいては政権転覆であった。しかし、約4か月後、結果は厳しいものとなった。「イスラエル側が得たものは、米国との危機、イランに開放されたホルムズ海峡、革命防衛隊への資金提供、そしてイスラエルに向けられた弾道ミサイルだ」という厳しい声すら聞かれるのだ。

 なお、トランプ大統領は今月初め、電話会談でヒズボラとの戦闘を継続するネタニヤフ氏に対し、「君は完全に狂っている」と発言したと報じられている。報道によると、トランプ大統領はイスラエルがイランとの外交努力を危うくしていると非難したというのだ。

 ただし、ダノン国連大使が語っていたように、「(覚書は)今後の協議のための枠組みに過ぎない。最終決定はまだ下されていない」から、ネタニヤフ氏の巻き返しのチャンスはまだある。中東では考えられないことが常に起きているのだ。

国軍と民兵のパワーバランスの逆転

 想定されていたことだが、レバノンのアウン大統領の5日のイラン批判発言に対して、イラン側は強く反発している。イラン外務省のエスメイル・バカイ報道官は6日、レバノンのアウン大統領が自国の友好国と敵国を区別できていないと指摘、「彼は自分のそばに立つ者を売り渡し、反対する者を買う。彼は自分を支持した者を見捨て、首を絞めている者の後ろを歩く」とアラビア語でXに投稿している。

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▲パキスタンのサイード・モフシン・ナクヴィ内相と会談するイランのアラグチ外相(左)、2026年6月7日、ISNA通信から

 このコラム欄で報告済みだが、アウン大統領はCNNのクリスティアン・アマンプール記者とのインタビューで、「イランが米国およびイスラエルとの紛争において、レバノンを交渉材料として利用している。これは容認できない。レバノンへの内政干渉を止めるべきだ。レバノンの国益はイランの国益とは一致しない」と断言した。さらに、イラン革命防衛隊(IRGC)に対しは、「ここは君たちの国ではなく、我々の国だ」と宣言。そしてイランの支援を受けるヒズボラ民兵組織の指導者ナイム・カセム師を、「レバノン国民を代表する人物ではない」と述べている。レバノンの大統領がイランをこのように激しく批判することは珍しい。それだけに、イラン側の強い反論が予想されていたわけだ。

 イラン側は「もしレバノンがイランの交渉材料であったなら、ずっと前に合意に達していただろう。イランは戦争終結の合意にはすべての戦線での敵対行為の停止を含むべきだと主張してきた。ヒズボラが3月初旬からイスラエルと衝突しているレバノンではそうだ。ヒズボラは、イスラム革命の指導者アリ・ハメネイ師が空爆で殉教したことへの報復としてイスラエルに対する攻撃を開始した。事態のエスカレーション以前、ヒズボラとイスラエルは2024年11月下旬に発効した停戦を維持してきたが、イスラエル側はほぼ毎日のように停戦を破っている」と強く非難しているのだ。

 レバノン情勢を考えると、イランのそれと酷似していることに気が付く。イランには列記とした正規軍の国軍が存在する一方、イスラム革命防衛隊(IRGC)が存在する。軍事力ではIRGCの方が正規の国軍より強い。同じように、レバノンには国軍のほか、民兵のヒズボラが存在する。1982年に創設されたヒズボラ(アラビア語で「神の党」)は結成当初から、レバノン南部を占領するイスラエル軍や、それを支援する米国などの多国籍軍を「排除すべき敵」と定義してきた。

 ヒズボラの兵力は常任の戦闘員が約2万〜3万人、予備役を含めると計4万〜10万人に達すると推計されている。特に、イランの支援で訓練されシリア内戦での実戦経験も豊富な精鋭部隊「ラドワン部隊(Radwan Unit)」(約5,000人)は、イスラエル領内への侵入や対戦車戦を専門とする極めて危険な攻撃部隊だ。「カチューシャ」などの無誘導ロケット弾から、イスラエル全土を精密射撃できるイラン製の弾道ミサイル「ファジル5」や「ゼルザル2」まで、約15万発もの莫大な備蓄を誇る。

 レバノン国軍の兵士の平均月給が数百ドル程度、装備も旧式なジープやライフルが主であるのに対し、ヒズボラはイランからの莫大な資金援助により数千ドル規模の給与を払い、国軍よりもヒズボラの方が圧倒的に高い軍事力を持っているわけだ。

 ちなみに、レバノン国軍(LAF)の兵士の給与は急落した現地通貨(レバノン・ポンド)で支払われている一方、ヒズボラはイランからの潤沢な資金援助を受けており、戦闘員や活動家への給与は「米ドル(外貨)」払いだ。

 2026年6月に入り、米国の仲介によりイスラエル政府とレバノン政府の間で「レバノン南部から非国家武装勢力(ヒズボラ)を排除し、レバノン国軍が統治する」という条件付き停戦案が合意された。しかし、肝心のヒズボラ側および後ろ盾のイランはこの停戦案を「降伏に等しい」として拒否しており、現在も戦闘や国境付近での応酬が続いている。

 米国やイスラエルは、レバノン国軍に対し「南レバノンからヒズボラの兵器を排除し、国家の統治権を取り戻せ」と強く迫っているが、繰り返すが、ヒズボラを軍事的に抑える軍事力を現在のレバノン国軍は有していないのだ。そのような中、イスラエル軍はレバノン国軍の3人の兵士をヒズボラと勘違いして殺すといった不都合な出来事が起きたばかりだ。

 次はイラン情勢だ。最高指導者アリ・ハメネイ師の死後、モジタバ・ハメネイ師を担ぎ出し、イランを完全にコントロールしているのはぺゼシュキアン大統領をはじめとする行政府でもイラン国軍でもない。イランを現在統治しているのはイランン革命防衛部隊だ。軍事力ではIRGCは国軍より強い。レバノンのヒズボラと国軍のパワーバランスと同じだ。

 「イラン・インターナショナル」(5月31日)によると、イランのペゼシュキアン大統領は最高指導者宛てに正式な辞任届を提出したという。ペゼシュキアン氏は大統領と政府が国内の重要な意思決定プロセスから事実上排除されており、「このような状況下では政府を運営し法的責任を果たすことができない」と即時辞任を要請したという。モジタバ・ハメネイ師が大統領の辞任を受け入れるかどうかはまだ明らかではないが、書簡の内容はイランの権力最高層に亀裂があることを示している。

 アウン大統領を始めとするレバノン行政府、国軍がヒズボラを抑制できないように、イランでもパゼシュキアン大統領ら政府、議会、イラン国軍もIRGCの独走を抑制できない状況にある。そのような中で、米国やイスラエルが外交交渉で紛争を解決しようとしても、相手は政治家や外交官ではなく、軍服を着た民兵指導者たちだ。交渉が容易でないのは頷ける。

 レバノンに限っていえば、レバノン国軍兵士の給料が民兵組織ヒズボラの戦闘員のそれより高くならない限り、ヒズボラの非武装化は夢のまた夢だ。

イランよ、レバノンは君たちの国ではない

 レバノンのジョセフ・アウン大統領は5日、CNNとのインタビューの中で、イランが米国およびイスラエルとの紛争において、レバノンを交渉材料として利用していると非難した。同大統領は、「彼らは米国との交渉において、レバノンを駆け引きの道具として使っている。これは容認できない。レバノンへの内政干渉を止めるべきだ。レバノンの国益はイランの国益とは一致しない」と断言した。さらに、イラン革命防衛隊(IRGC)に対しは、「ここは君たちの国ではなく、我々の国だ」と宣言。そしてイランの支援を受けるヒズボラ民兵組織の指導者ナイム・カセム師を、「レバノン国民を代表する人物ではない」と述べている。

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▲イランに警告を発するレバノンのジョセフ・アウン大統領、ウィキぺディアから

 アウン大統領の発言を初めて聞いた時、正直言って驚いた。レバノン国軍の最高司令官から大統領に就任したジョセフ・アウン大統領が、CNN のクリスティアーヌ・アマンプール氏との独占インタビュー(2026年6月5日放送)で語ったものだが、レバノンの政治指導者がイランばかりか、ヒズボラの指導者に対しても上記のようにはっきりと警告したのは今回初めてではないか。イスラエルとの停戦案を拒否したカセム師に対して、「レバノン国民は君の人民ではない」と言い放ち、ヒズボラはレバノンを代表していないと断言している。

 レバノン政府はこれまでヒズボラの武力を「イスラエルに対する防衛力」としてある程度容認・黙認してきた。しかし、国軍出身のアウン現大統領は、国家の主権者としてイランの介入を「不法な主権侵害」と断じ、イランが軍事支援するヒズボラはイスラム教シーア派の武装組織であり、イラン(シーア派の盟主)の影響下にあると強調しているのだ。

 キリスト教徒(マロン派)のアウン大統領からすれば、ヒズボラがイランの意向に従ってレバノンを戦争に巻き込むことは、「レバノン国家の主権の侵害」以外の何物でもない。ちなみに、マロン派のキリスト教徒はレバノン独立・建国において中心的な役割を果たしたため、現在でもレバノンの主権や独立性に対するこだわりが極めて強い。2026年3月に始まったイスラエルとヒズボラの戦争により、レバノン国内では3,000人以上が死亡し、100万人以上が家を追われている。イランの代理戦争のせいで国が崩壊の危機に瀕していることに対し、アウン大統領の怒りが爆発したというわけだ。

 トランプ米政権などの仲介で進む停戦案には「レバノン南部からのヒズボラ排除と国軍の統治」が盛り込まれている。アウン大統領はこのインタビューで、「交渉と外交のほかに国を救う道はない」と語り、イランやヒズボラが戦争を続けようとしても、レバノン政府は国軍主導で停戦に突き進むという強い姿勢をアピールしたわけだ。

 同大統領はイランの治安当局者に対し、「イランとの友好関係を築くにしても、それは(ヒズボラという)一つの宗派を通じてではなく、すべてのレバノン国民と直接対等に行われるべきだ」と主張してきた。イランが特定のシーア派武装組織だけを支援して国内を分断している現状に、強い不快感を示したわけだ。

 ところで、イランがレバノンへの軍事支援を開始した決定的な契機は、1982年のイスラエルによるレバノン侵攻だ。この外部介入とレバノン内戦の混乱に乗じる形で、イランは自国の影響力拡大とイスラエルへの対抗を目的としてレバノンに介入した。そしてイスラエル占領に不満を募らせていたレバノン国内のイスラム教シーア派住民に目をつけ、イランは精鋭部隊「革命防衛隊」を現地に派遣。バラバラだったシーア派武装勢力を結集・訓練し、1982年にヒズボラ(アラビア語で「神の党」)が組織された。

 ゲリラ戦の末、ヒズボラは2000年、イスラエル軍をレバノン南部から全面撤退させることに成功した。ヒズボラはこの成果を「自らの勝利」として大々的に宣伝し、レバノン国内での支持を不動のものにした。その後もイランから大量の資金や高性能ミサイル・ドローンなどの軍事支援を受け続け、現在ではレバノン国軍を凌駕する武装組織へと急成長してきた。ヒズボラは一国の正規軍に匹敵する、あるいはそれを凌ぐ「世界で最も重武装された非国家組織」と評価されている。

 米イスラエル軍のイラン攻撃で、イランの最高指導者ハメネイ師が殺害されたことへの報復として、ヒズボラは3月2日、イスラエル北部へ大量のミサイル・ドローンを発射した。これを受け、イスラエル軍は「ヒズボラの非武装化」と「安全地帯の確保」を掲げてレバノンへの空爆を開始し、3月16日からはレバノン南部への地上侵攻に踏み切った。

 2026年6月に入り、米国の仲介によりイスラエル政府とレバノン政府の間で「レバノン南部から非国家武装勢力(ヒズボラ)を排除し、レバノン国軍が統治する」という条件付き停戦案が合意された。しかし、肝心のヒズボラ側および後ろ盾のイランはこの停戦案を「降伏に等しい」として拒否しており、現在も戦闘や国境付近での応酬が続いている。

 ちなみに、国軍はレバノン唯一の公式な国家軍隊だが、ヒズボラは政府の統制を完全に無視して動く「国の中の国」とも言える巨大な私兵組織(民兵)。国軍はヒズボラを武力で抑え込む能力を持っていない。また、下手にヒズボラを攻撃すれば、レバノン国内で再び凄惨な内戦が勃発するため、国軍側はヒズボラとの軍事衝突は避けてきた事情があった。

 米国やイスラエルは、レバノン国軍に対し「南レバノンからヒズボラの兵器を排除し、国家の統治権を取り戻せ」と強く迫ってきた。実際に国軍は南部への展開を強化し、ヒズボラの武装解除に向けた政治的な調整や偵察を行っているが、ヒズボラ側は「イスラエルと戦うための武器を捨てる気はない」と断固拒否している。

 ガザ紛争の時、数人のパレスチナ青年が「ハマスよ、お前たちはパレスチナ住民の代表ではない。ガザから出ていけ」と叫んだことがあった。その叫び声がガザ区で拡散されていったならば、イスラム過激派テロ組織「ハマス」は消滅したかもしれないが、いつしかその叫び声は聞こえなくなった。アウン大統領がCNNのインタビューで放った言葉は、イランやヒズボラからの激しい反発を呼び起こすだろう。だからこそ、その悲痛な叫びを過酷な孤立の中に放置してはならない。今、国際社会の真摯な連帯が試されている。

ユダヤ民族の「歴史的トラウマ」について

 バチカンニュースによると、イスラエル議会(クネセト)の移民・統合・ディアスポラ委員会は13日、エルサレム旧市街におけるキリスト教聖職者や巡礼者への嫌がらせについて協議するため会合を開いた。エルサレム・デーの民族主義的な旗行進を前に、同委員会のギラド・カリブ委員長(労働党)は外務省主導による関係省庁間の円卓会議の開催と、旧市街における警察と宗教指導者間の緊密な連携を呼びかけ、「イスラエルの根本的な価値観を損なうキリスト教徒への攻撃という‘忌まわしい現象‘に対し、すべての国家機関が対処しなければならない」と述べている。

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▲クネセトの委員会でキリスト教徒への蛮行について会合、バチカンニュース2026年5月14日、ANSA通信

 このコラム欄でも既に報告済みだが、イスラエルでキリスト教関連施設への攻撃や信者への嫌がらせがここにきて立て続けに起きている。レバノン南部のデブル村でイスラエル軍兵士が先月19日、ハンマーでイエス・キリストの像を損壊する画像がSNSで拡散された。イスラエルのエルサレムのシオンの丘近くでは、39歳のユダヤ人男性が4月28日、道を歩いていたフランス人修道女を突き飛ばし、倒れた修道女を足蹴にするなどの暴行を加えた。修道女への暴行事件の様子は今月3日に入って動画で拡散され、イスラエル国内で衝撃を与えた。今月12日にはレバノン南部で聖母マリア像の口にタバコを押し付けた兵士1名には3週間の拘禁刑、その様子を撮影した同僚兵士には2週間の拘禁刑が科せられたばかりだ。

 現地メディアによると、2025年の1年間だけで155〜181件の反キリスト教的嫌がらせが記録された。被害者や目撃者が匿名で事件を報告できるオンラインデータセンター「report-hotline.com」によると、そのうち150件はエルサレムで発生した。メディアは増加する反キリスト教的言動を「単発の嫌がらせではなく、コミュニティを排除しようとする組織的な圧迫だ」と報じている。記録された事件の約6割が「(修道士や神父を狙った)唾吐き」であり、ほかに暴言、教会の看板や十字架への器物破損、落書きが占めている。

 イスラエル国内で増加する反キリスト教的言動に対し、イスラエルのメディア(特にリベラル系の「ハアレツ紙」など)や現地のキリスト教指導者たちは、「単なる宗教摩擦ではなく、イスラエルという国家の民主主義と国際的信用に対する死活的な脅威」と警告している。
 また、アメリカをはじめとする海外のキリスト教徒からの支持を失うリスクや、エルサレムへのキリスト教巡礼者が激減することによる観光業への大打撃が懸念材料として挙げられている。

 イスラエル国内メディア(特に英語でも読める大手紙)では、この問題を「イスラエル社会の寛容性の喪失」や「法の支配の危機」として捉え、政府や警察に対して断固とした取り締まりを求める論評が掲載されている。その一方、反キリスト教的言動の背景については、歴史的背景や宗教的因縁に深く踏み込んだ論評も見られるという。

 「メシア殺害民族」、「神殺し」というキリスト教会側の一方的な非難については、「虚偽の主張(The Christ-Killer Lie)」として退ける。理由は、�―住�架刑は当時の統治者であるローマ帝国の刑罰であり、ユダヤ教の処刑方法(投石など)ではないこと、��当時のユダヤ教指導層の一部が関与した可能性は否定できないが、民族全体や後世の世代に責任を負わせる「民族罪」という考え方は不当、��神学的反論としては、ユダヤ教の教義において、イエスはメシア(救世主)の条件を満たしていないから、神殺しという概念自体が成立しない、等々が挙げられている。

 看過できない点は、多くのユダヤ人は「わが民族は2000年の間、キリスト教徒から『お前たちはイエス(神)を殺した民族だ』と罵声を浴びせられ、十字軍、ポロム(虐殺)、ホロコーストなどの凄惨な迫害を受けてきた」と指摘、「ユダヤ人は歴史的トラウマに悩まされてきた」と受け取っていることだ。

 イスラエル国内の報道では、一連の反キリスト教的事件を単なる「最近の若者の非行」として片付けるのではなく、「イエスの時代から続くキリスト教とユダヤ教の血塗られた歴史的因縁」を現代の政治的状況が呼び覚ましてしまっているという、非常にディープな宗教歴史的アプローチからの解説が見られることだ。ガザ情勢やレバノン国境での緊張が続く中、宗教的なアイデンティティが先鋭化し、他宗教への不寛容さが攻撃的な形で表出しやすくなっている、というわけだ。

 ちなみに、、「メシア殺害民族」問題では、キリスト教側とユダヤ教側から相互理解を促進する動きがあった。キリスト教側からは、1965年の第2バチカン公会議による宣言「ノストラ・アエターテ」(キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言)で、カトリック教会は「イエスの死の責任は当時のユダヤ人全員にも、今日のユダヤ人にも帰せられない」と公式に宣言した。ユダヤ教からは 2000年、200人以上のユダヤ人学者やラビが連名で「ダブルー・エメット」(真実を語れ)という声明を発表した。これは「キリスト教徒を敵ではなく、神を敬うパートナーとして見る」という前向きな姿勢を示したもので、歴史的な敵対心を乗り越えようとする動きだ。

 興味深い点は、ユダヤ人としてのアイデンティティを保ちながら、イエスをメシア(救世主)として信じる「メシアニック・ジュダイズム(メシアニック・ジュー)」と呼ばれる信仰を持つイスラエル国民が近年増加傾向にあることだ。彼らは外部からは「キリスト教の一派(新宗教)」とみなされているが、本人たちは「われわれこそ真のユダヤ教徒である」と主張しているのだ。

レバノンでの十字架像冒涜とその対応

 レバノンで倒れた十字架像の頭部をイスラエル兵が斧で叩きつける画像が19日、ソーシャルメディア上で拡散した。イスラエル国防軍(IDF)は同日夜、この画像の信憑性を確認し、内部調査の結果、写真に写っている兵士は確かに軍人であることが判明したと発表した。十字架像破壊事件はレバノン南部、イスラエル国境に近いキリスト教徒の村デブルで起きた。ファディ・ファルフェル司祭(レバノン・デブル村)は「イスラエル兵が十字架を壊し、私たちの神聖な象徴を冒涜するという恐ろしいことをした」と述べ、地元コミュニティの深い憤りを伝えた。

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▲イタリアのフィレンツェの「サンタ・マリア・ノヴェッラ教会」の「十字架のイエス」(フィレンツェ・ガイドブックから)

 IDFは公式ソーシャルメディアアカウントXへの投稿で、この事件を「極めて厳重に対処している」とし、「兵士の行為は部隊に求められる価値観と全く相容れない」と付け加えた。軍は、この事件は北部方面軍が調査しており、「責任者に対する適切な措置を講じるため、指揮系統を通じて処理されている」と強調した。関与した兵士は戦闘任務から解任され、30日間の軍拘禁刑に処されるという。イスラエル軍は最終的に、地域社会と協力して「像を元の場所に戻す」と表明した。

 イスラエルのネタニヤフ首相は20日、この事件に「衝撃と悲しみ」を表明し、「我が国ではあらゆる宗教が栄えており、我々はすべての信仰を持つ人々を社会構築において平等な存在とみなしている」と強調した。サール外相は「この行為は完全に我々の価値観と反する。イスラエルは、様々な宗教とその神聖な象徴を尊重し、信仰間の寛容と相互尊重を促進する国である。不快な思いをされたすべてのキリスト教徒の方々に深くお詫び申し上げる」と述べている。

 ローマ教皇レオ14世は事件を直接的に名指しはしなかったものの、X上で「中東のキリスト教徒のために、かつてないほど祈りを捧げている」と投稿し、地域の信仰の自由への懸念をにじませている。また、駐イスラエルのハッカビー米大使は「迅速かつ厳格な結果が必要だ」と述べ、速やかな法的措置を求めている。

 カトリック通信(KNA)によると、聖地カトリック司教会議は20日に声明を発表し、「この行為はキリスト教信仰に対する重大な侮辱であり、レバノン南部でイスラエル国防軍兵士によるキリスト教の象徴への冒涜が報告されている複数の事例の一つである」と述べた。

 エルサレム・ラテン総大司教であり、総会議長でもあるピエルバッティスタ・ピッツァバラ枢機卿が署名した公式声明の中で、「この行為はキリスト教信仰に対する重大な侮辱であり、レバノン南部でイスラエル軍兵士によるキリスト教の象徴の冒涜に関する他の報告事例に加わるものだ。この事件は、道徳的・人間的形成における憂慮すべき欠陥、すなわち、聖なるものへの最も基本的な敬意や他者の尊厳さえも著しく損なわれている状態を示している」と指摘。そして「信者にとって、十字架は尊厳、希望、そして贖いの源であり、自己犠牲的な愛を通して暴力に打ち勝つための呼びかけでもある」と述べた。

 なお、 イタリアのタヤーニ外相も今回の事件に言及し、「中東和平の担い手であるキリスト教徒に対する暴力的な扇動行為だ。決して許されない事件であり、二度と繰り返されないことを願う」と述べた。また、欧州議会のピナ・ピチェルノ副議長は「信仰の自由に対する、重大かつ前例のない、受け入れがたい侵害である」との声明を出した。


【一口解説】

 イスラエルでは過去にも軍兵士や過激派による宗教施設への攻撃や冒涜事件が報告されている。例えば、ガザ地区での戦闘中(2023年)、イスラエル兵がモスクのスピーカーを使ってユダヤ教の祈りを詠唱したり、商店の品物を破壊したりする動画がSNSで拡散し、国際的な批判を浴びた。2025年には、ガザ唯一のカトリック教会である「聖家族教会」の敷地が攻撃を受け、避難していた市民が死傷した事件がある。また、ガリラヤ湖畔にある著名な教会「パンと魚の奇跡の教会」が2015年、ユダヤ教過激派によって放火され、壁にヘブライ語で異教徒を侮辱する落書きがされた。エルサレムのシオンの山にあるキリスト教徒の墓地で、墓石や十字架が破壊される事件が発生した。今回の事件は十字架像の頭部を斧で破壊するシーンが拡散されたことで、その画像を観た関係者、特に、キリスト教徒には大きなショックを与えている。

 今回の事件で驚いた点は、イスラエル軍側の対応の迅速さだ。IDFは報告を受けて数時間後、事件を確認し、破壊行為をした兵士を見つけ出し、処罰を下している。それだけではない。IIDFは正式に謝罪表明しているのだ。

 ユダヤ民族は過去、キリスト教会から「メシア殺害民族」と指摘され、キリスト教社会では反ユダヤ主義的蛮行の犠牲となった長く苦い歴史がある。イスラエル軍の今回の異常とも思える対応の迅速さは、イスラエル側の危機管理が機能していることを証明している。それだけではなく、「メシア殺害民族」というレッテルはユダヤ民族にとって今なお歴史的重荷となっているのだ。

 なお、レバノンは中東で最もキリスト教徒の割合が高い。キリスト教徒の割合は約35%と推定されている。、主な宗派: マロン派(最大勢力)、ギリシャ正教、メルキート・カトリックなどだ。レバノンでは、大統領はマロン派キリスト教徒、首相はスンニ派イスラム教徒、国会議長はシーア派イスラム教徒が務めるという宗派別権力分立制がとられている。
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