ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

中東

「イスラエル」と「ユダヤ民族」の関係

 イランのマフムード・アフマディネジャド元大統領は2010年9月の国連総会で、「イスラエルを地上の地図から抹殺してしまえ」と暴言を発し、国際社会の反感を買ったことがあった。一方、パレスチナ自治区を実効支配しているイスラム過激テロ組織ハマスは10月7日、イスラエル領内に侵入して1200人余りのユダヤ人を虐殺し、200人以上を人質として拉致した。ハマスは「ユダヤ民族の撲滅」をその創設文に明記するテロ組織だ。

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▲国民向けに声明を発表するイスラエルのネタニヤフ首相(2023年12月5日、イスラエル首相府公式サイトから)

 両者に違いがあることに気が付く。イラン元大統領はシーア派のイスラム教徒であり、ハマスはスンニ派グループに属する。それだけではない。元大統領は「イスラエルを地上の地図から抹殺」と呼び掛け、後者は「ユダヤ民族の撲滅」を標榜していることだ。すなわち、憎悪の対象が前者は「イスラエル」であり、後者は「ユダヤ民族」の違いだ。一見、ささやかな違いのようだが、相違はある。

 イスラエルの呼称は旧約時代のヤコブまで遡る。旧約聖書の創世記によると、神はヤコブに「イスラエル」という呼称を与えている。

 神はサラにも1人の息子イサクを与える。そのイサクからヤコブが生まれた。ヤコブは母親の助けを受け、父イサクから神の祝福を受けた。そのため、イサクの長男エサウは弟ヤコブを憎み、殺そうとしたので、ヤコブは母親の兄ラバンの所に逃げる。そこで21年間、苦労しながら、家族と財産を得て、エサウがいる地に戻る。その途中、夢の中で天使と格闘し、勝利する。その時、神はヤコブに現れ、「イスラエル」という名称を与えたのだ。

 「あなたは、もはやヤコブと言わず、イスラエルと言いなさい。あなたが神と人とに、力を争って勝ったからです」(創世記32章28節)と記述されている。「イスラ」は「戦う、支配する」を、「エル」は「神」を意味する。

 一方、「ユダヤ民族」はイスラエルの12部族の一つ、「ユダ部族」を指していた。ヤコブの12人の息子から始まったイスラエル民族はエジプトで約400年後、モーセに率いられ出エジプトし、その後カナンに入り、士師たちの時代を経て、サウル、ダビデ、ソロモンの3王時代に入ったが、神の教えに従わなかったイスラエル人は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされる。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝国の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となったが、バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ペルシャ王クロスはBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還することを助けた。なぜ、ペルシャ王は当時捕虜だったユダヤ人を解放したかについて、旧約聖書のエズラ記に説明している。ユダヤ人という言葉は、バビロン捕囚以降、イスラエル12部族全体を指すようになった。

 このように説明すると、「イスラエル」と「ユダヤ民族」はほぼ同じ意味と受け取れるが、1948年に建国したイスラエルの人口構成をみると、3つの異なった出自がある。2022年5月のイスラエル中央統計局によると、.筌灰屬侶貪引く生粋のユダヤ人(約74%)、▲▲薀峽呂妊ぅ好薀┘觜饑劼鰺する国民(約21%)、キリスト教徒など少数派(5%)で、全人口は約950万人だ。だから、たとえ、ユダヤ人が全体の4分の3を占めているといっても、イスラエル=ユダヤ民族というわけにはいかないわけだ。

 イスラエルでユダヤ人と呼ばれるには母方の血統が問われる。母親がユダヤ人だったら、父親には関係なくユダヤ人と呼ばれる。ユダヤ民族は母親の血統重視なのだ。アブラハムを“信仰の祖”とするキリスト教やイスラム教は教えを広げようとするが、ユダヤ教には宣教という考えはない。なぜならば、ユダヤ人となるためには母親の血統が不可欠だからだ。

 興味深い点は、イスラエルでは18歳から男性(3年間)だけではなく、女性(2年間)も兵役義務があるが、それは主にユダヤ人国民だけを対象としたもので、キリスト教徒やアラブ系のイスラム系国民は兵役が免除されていることだ。国家の安全を守る兵役義務は他民族出身の国民には任されないという考えがその根底にあるのだろう。リベラルな国民が増えてきた現在のイスラエル社会ではキリスト教徒やアラブ系のイスラム系国民にも兵役義務を課すべきだという声が出ているという。

 参考までに、アフマディネジャド元大統領の「イスラエルを地上から抹殺」発言はユダヤ、アラブ系を含む全てのイスラエル国民の殺害を意図し、ハマスの「ユダヤ民族撲滅」宣言はイスラエル内の4分の3を占めるユダヤ人だけの抹殺を意味している、と解釈できるわけだ。

「小さな灰色の脳細胞」が綴る話

 英国の推理作家アガサ・クリスティ(1890〜1976年)の名探偵小説の主人公エルキュール・ポワロの「小さな灰色の脳細胞」は難解な事件を事実の積み重ねから論理的な思考で解決していくが、当方の「小さな灰色の脳細胞」は残念ながら論理的な思考からはほど遠く、直感と推理によって事件の背景を追っていく。以下の話は、当方の灰色の脳細胞に浮かび上がった思考を論理的ではなく、思いつくまでに書き綴る。

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▲ウィーンの「雪が降る日」(2023年12月02日、撮影)

 イスラエルが1日、イスラム過激テロ組織ハマスが戦闘休止の合意内容に違反したとしてガザ戦闘を再開したというニュースは少し残念だったが、ネタニヤフ首相ら戦闘内閣には他の選択肢がなかったのかもしれない。ハマスは戦闘休止が終わる直前、ロケット弾をイスラエルに向けて発射した。戦闘休止の延期を模索していたイスラエル側は、ハマスの戦闘再開の意思表示と受け取らざるを得なかったのだろう。

 戦闘再開については、米国から強い制止の圧力がかかっていた。ブリンケン米国務長官がイスラエル入りしたばかりだ。ハマスの壊滅を図るネタニヤフ首相にとって余り時間が残されていないことが分かってきたはずだ。急いで今、ハマスを叩かないと、米国と国際社会からの戦闘中止への圧力が高まり、「ハマス壊滅」の目標を達成できなくなるという焦りがあっただろう。

 参考までに、欧米メディアがハマスの10月7日の奇襲テロ計画をネタニヤフ首相は事前に詳細に知らされていたと報じたこともあって、同首相を取り巻く国内外の圧力と批判は高まってきている。注意しなければならない点は、中東紛争の場合、多くの偽情報が流れてくることだ。当方の「灰色の脳細胞」によると、「詳細な情報ほど偽情報が多い」ことだ。偽情報であるゆえに、それが正しいことを証明するために長く、詳細になっていくからだ。曰く、「詳細にわたる、長い情報には気を付けよ」だ。

 当方が「イスラエル・ガザ戦闘」で考えているテーマはこのコラム欄でも数回、紹介したが「平和」と「公平・正義」の選択問題だ。イスラエルは現在、10月7日のハマスのテロ奇襲への報復を実行し、失われた公平・正義の回復に全力を投入している。一方、イスラエルの自衛権を認める欧米諸国はここにきてガザ住民の人道的危機のカタストロフィを回避するために戦闘の休止、停戦を呼び掛けてきた。

 テロの実行者はハマスであり、大多数のパレスチナ住民はガザ戦闘の犠牲者だ。イスラエル側はテロ実行者のハマスへの報復を履行する中で、ガザ紛争でパレスチナ住民の犠牲をも強いてきた面がある。イスラエル側は「ハマス撲滅」を継続する一方、パレスチナ住民の安全を確保しなければならない、といった難問に直面しているわけだ。

 当方は、「イスラエル側は『公平』ではなく、『平和』を求めるべき時を迎えている」と考え出している。もちろん、「平和」といっても、紛争双方の合意に基づいた「和平」は現時点では期待できないが、犠牲が「公平」より少なくて済むというメリットがあるからだ。

 ところで、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は1995年11月、3年半以上続いた戦闘後、デイトン和平協定が成立した。その結果、ボスニアはイスラム系及びクロアチア系住民が中心の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」とセルビア系住民が中心の「スルプスカ共和国」とに分裂し、各国がそれぞれの独自の大統領、政府を有する一方、それぞれが欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)加盟を目標としてきた。

 ボスニア紛争は死者20万人、難民、避難民、約200万人を出した戦後最大の欧州の悲劇だった。イスラム系、クロアチア系、セルビア系の戦いは終わったが、現状は民族間の和解からは程遠く、「冷たい和平」(ウォルフガング・ぺトリッチュ元ボスニア和平履行会議上級代表)だった。必要に差し迫られた和平だった。

 しかし、和平協定後、紛争勢力間で些細な衝突はあったが、大きな戦闘はこれまで回避されてきた。これが「冷たい和平」の成果だ。同じことが、イスラエルとパレスチナ紛争でも当てはまるのではないか。イスラエルとパレスチナ間の「冷たい和平」こそイスラエルが今、戦闘を停止して追及していかなければならない目標ではないか。もちろん、「冷たい和平」が民族間の和解に基づいた「暖かい和平」に進展していく、という期待は排除すべきではないだろう。

 話は少し飛ぶが、「トラベリング・イスラエル」という動画によると、イスラエルの合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの推定数)は3・1でOECD(経済協力開発機構)で最も高出生率国だ。同国の少数派だが、超正統派ユダヤ人の地域の合計特殊出生率はなんと7・2だ。超正統派ユダヤ人が多くの子供を生む背景にはナチス・ドイツによって失った同胞600万人を取り戻す目的があるといわれ、ユダヤ民族を撲滅しようとしたアドルフ・ヒトラーへの復讐というのだ。

 21世紀のイスラエルではリベラルな考えの国民が圧倒的に多くなったが、「ヒトラーへの復讐」は今なお国民の脳細胞に刻み込まれているといわれる。

イスラエルよ、公平より平和を選べ

 1回の延期を含め計6日間の戦闘休止の期限終了直前、イスラエル側とパレスチア自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織ハマスは戦闘休止を再度延期し、人質の交換を継続していくことで合意したという。イスラエルとハマス間を調停してきた米国、カタール、エジプトなどの仲介が実ったわけだが、2度目の戦闘休止がいつまで続くのかは現時点では不明だ。カタール側によると、11月1日まで1日延期という。

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▲ネタニヤフ首相、取り壊されたスデロット警察署と新警察署を訪問(2023年11月29日、イスラエル首相府公式サイトから)

 ハマスが10月7日、イスラエル領に侵入し、1300人あまりのイスラエル人らを虐殺した後、イスラエル側はハマスに対し報復攻撃を宣言、ネタニヤフ首相は、「人質解放とハマス壊滅」の2つの目標を掲げてガザ地区を包囲し、空爆を行い、地上軍を派遣してきた。

 その間、ガザ地区の住民の人道的危機が深刻化する一方、パレスチナ側の犠牲者の数が1万人を超えた頃から、アラブ・イスラム諸国だけではなく、米国、国連からも戦闘の休止を求める声が高まった。イスラエル側は当初、戦闘休戦には難色を示していたが、最終的には米国からの政治的圧力、240人余りの人質解放を求める家族や国民の声の高まりを受け、戦闘休止に合意し、30日まで戦闘休止を実施してきた経緯がある。

 当方はイスラエルの自衛権を全面的に支持し、テロ組織ハマスの壊滅を掲げるネタニヤフ首相を支持してきた。なぜならば、この戦闘はイスラエル側が開始したものではないこと、ハマスを壊滅しなければハマスのテロは今後も起こることが予想されるからだ。

 ただし、ここにきてイスラエル軍の自衛権の行使はいつまで容認されるか、といった法的な問題が浮上してきた。当方は国際法の専門家ではないから、法的観点からは何も言えないが、ガザ紛争ではイスラエル軍がハマスより軍事的にも圧倒的に強く、戦闘が続けば、パレスチナ側に更なる犠牲者が出ることは明らかだ。それ故に、どこまで報復攻撃が出来るか、「自衛権にも法的制限がある」といった論争が出てきたわけだ。

 イスラエルの著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は10月27日の英国の著名なジャーナリスト、ピアス・モルゲン氏のショー(Uncensored)の中で、「歴史問題で最悪の対応は過去の出来事を修正したり、救済しようとすることだ。歴史的出来事は過去に起きたことで、それを修正したり、その時代の人々を救済することはできない。私たちは未来に目を向ける必要がある」と強調。「歴史で傷ついた者がそれゆえに他者を傷つけることは正当化できない。そして『平和』(peace)と『公平』(justice)のどちらかを選ぶとすれば、『平和』を選ぶべきだ。世界の歴史で『平和協定』といわれるものは紛争当事者の妥協を土台として成立されたものが多い。『平和』ではなく、『公平』を選び、完全な公平を主張し出したならば、戦いは続く」と説明していた(「『平和』と『公平』のどちらを選ぶか」2023年10月29日参考)。

 紛争当事国が「公平」を掲げて、戦いを続けるならば、終わりのない戦いを余儀なくされるケースが出てくるが、「平和」を前面に掲げて紛争の解決を目指すならば、長い交渉となるかもしれないが、紛争双方が何らかの譲歩や妥協をすることで戦闘の停戦、和平協定の締結の道が開かれるというわけだ。

 ハマスのテロ奇襲後のイスラエルの自衛権行使は「公平」(「正義」)の原理に一致するが、ハマス側がイスラエルの建国時まで歴史を遡って「公平」を主張するならば、喧々諤々の公平論争となり、終りが見えなくなる。イスラエルとパレスチナ間の過去の紛争は文字通り、双方が信じる「公平」を前面に出した戦いだった。その結果、中東の和平は掛け声に終始し、紛争を繰り返してきたわけだ。そこでイスラエルもパレスチナ側も歴史の「公平」を前面に出すのではなく、未来に向けての「平和」の実現。共存の道を模索していくべきだという論理が出てくるわけだ。

 以上、ハラリ氏の「公平より平和を」を当方なりに解釈してみた。「公平」は重要だ。「公平」を勝ち取るために人類は多くの犠牲を払ってきたことは事実だ。しかし、ハラリ氏が主張していたように、「どの国の歴史でも、ある時は加害者、ある時は被害者であった。一方だけの歴史という国はない」。「公平」を独占できる国は残念ながら存在していないのだ。

 イスラエルは自衛権を行使した。今、その「公平」から「平和」にその重点をシフトする時ではないか。戦闘休止の延期がその機会となることを期待したい。

ガザ「病院爆発」40日後の「事実」

 国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(HRW)は26日、先月17日のパレスチナ自治区ガザのアルアハリ・アラブ病院爆発はイスラエル軍によるものではなく、「パレスチナ武装勢力が一般に使用しているロケット弾の誤射の可能性が高い」という調査結果を公表した。HRWの調査報告は民間機関によるものだが、「公開された写真、映像、衛星画像の分析、目撃者や専門家へのインタビュー」に基づいたものだけに信憑性は高い。

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▲ドイツのシュタインーマイヤー大統領と会談するイスラエルのネタニヤフ首相(2023年11月27日、イスラエル首相府公式サイトから)

 以下、HRWの調査結果の一部だ。

 The explosion that killed and injured many civilians at al-Ahli Arab Hospital in Gaza on October 17, 2023, resulted from an apparent rocket-propelled munition, such as those commonly used by Palestinian armed groups, that hit the hospital grounds、

 当方はこのコラム欄で「『病院空爆』はゲーム・チェンジャー?」(2023年10月19日)という見出しのコラムを書いた。それを参考に当時を少し振り返る。

 「パレスチナのガザ地区で17日、病院(Al-Ahli-Klinik)が空爆され、欧米メディアによると『300人から500人が死んだ』という。病院空爆が報じられると、パレスチナ自治政府のあるヨルダン西岸地区やレバノンのパレスチナ人が路上に出て、イスラエルを激しく批判するデモを行い、イランやイスラム諸国でもイスラエル批判の声が高まっている。バイデン米大統領を迎えてヨルダンでガザ戦争の停戦を協議する会議は延期されるなど、大きな波紋を呼んでいる」と、病院爆発直後の反応をまとめた。

 パレスチナ自治政府のアッバス議長は当時、「大虐殺だ。イスラエルは超えてはならないレッドラインを超えた」と批判。ガザ地区を実効支配するイスラム過激組織ハマスは、「病院には多数の患者、避難民の女性や子供たちがいた。イスラエル軍の空爆は非人道的な蛮行だ」と批判している。

 一方、国連のグテレス事務総長は、「多数のパレスチナ市民が殺害され、医療関係者も犠牲となった」と強調、「犯罪者は国際法に違反している」と非難、犯行が暗にイスラエル側であるかのような印象を与えた。それだけではない。欧州でもフランスのマクロン大統領は「病院空爆は絶対に容認されない」と、国連事務総長と同じスタンスを維持しながら、イスラエル側の空爆を批判していた。

 アッバス議長やハマスの反応は別として、グテレス事務総長やマクロン大統領らのコメントは当時、決して突飛な発言ではなく、多くの政治家や国際人権グループは同様の判断に傾いていた。

 イスラエルはガザ地区に軍事侵攻し、ハマス撲滅に乗り出す予定で、ガザ地区への境界線周辺に戦車や装甲車が待機中だったが、ガザ地区の病院が空爆され、多くの犠牲者が出たことを受け、国際社会ではイスラエルの軍事活動への批判が急速に高まっていった。

 オーストリア国営放送(ORF)のティム・クーパル・イスラエル特派員は、「病院が空爆され、多くのパレスチナ人が死亡したことで、ハマスのテロを批判してきた国際社会がイスラエル批判に急変する可能性が出てきた」と説明、病院空爆が“ゲーム・チェンジャー”となる可能性があると報じていたほどだ。

 ちなみに、朝日新聞は10月20日の社説で、「あってはならないことが起きた。イスラエル軍の空爆が続くパレスチナ自治区ガザで病院が爆発した。ガザの保健省は、患者や医療従事者、避難中の市民ら『471人が死亡した』と発表した。保健省は『イスラエル軍が大虐殺を行った』と非難した。イスラエル側は関与を否定し、ハマスとは別の武装組織がロケット弾を誤射したためだと主張している。実行者がだれであれ、病院への攻撃は国際人道法に違反する重大な戦争犯罪で、決して許されない」と報道していた。

 国際社会からの批判に対し、イスラエルのネタニヤフ首相は、「病院を空爆したのはイスラエルではない。イスラム過激派テロ組織『イスラム聖戦』が発射したロケットが誤って病院に当たった可能性が高い」と説明、イスラエル軍による空爆説を一蹴した。イスラエル軍は18日、パレスチナ側が発射したミサイルが病院に当たる瞬間を撮った空中ビデオを公開して身の潔白を証明してきた。

 そして「病院爆発」から40日後、HRWは調査結果を公表し、病院の爆発は「パレスチナ武装勢力が使用する武器」の誤射の可能性が高いことを明らかにしたわけだ。それまでイスラエル側は国際社会から「病院爆破」の実行者として戦争犯罪者の汚名を浴びせられてきた。

 当方はコラムの中で、「イスラエルはハマスへの報復を実施するために、ガザ地区を包囲、地上軍を侵攻させようとしていた矢先だ。その時、イスラエル側が恣意的にガザ地区の病院を空爆することは考えられない。イスラエル側にはガザ地区の病院を空爆する理由がない一方、ハマスやイスラム聖戦にはある」と書いた。HRWの調査結果はそれを裏付けたわけだ。

 「病院爆発」はイスラエル軍の仕業ではなかったとしても、結果として国際社会のイスラエル批判の声はその後、急速に高まっていった。その意味で、「病院爆発」はガザ情勢でゲーム・チェンジャーとなったともいえるわけだ。ただし、そのゲームチェンジャーは事実に基づいて生じたというより、偏見と誤報によって生じたといえるわけだ。換言すれば、戦況も政治情勢も時には誤報と偏見によって大きく動かされることがあるわけだ。事実が判明した後、「当時の情報は間違っていた」と謝罪しても、名誉回復には少しは貢献するかもしれないが、状況を元返しにすることはできない。

 もし10月17日の「病院爆発」の直後、パレスチナ人武装勢力が発射したロケット弾の誤射によるものだということが分かっていたならば、ガザ地区のパレスチナ人はどのように反応しただろうか。ひょっとしたら、ハマス批判の声が飛び出したかもしれない。そうなれば、ガザ紛争はまったく現在の状況とは異なった展開となったかもしれない……。

 国際社会の関心は人質交換に集中しているが、HRWの「事件の核心」に迫る調査活動を高く評価したい。

なぜ戦闘し、なぜ休戦するのか

 戦闘中の当事国とその国民には不謹慎なタイトルとなったかもしれない。イスラエルとパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織ハマス間で24日から休戦に入っている。その間、双方で人質を解放し、人道的救援物質などがガザ地区に運び込まれている。

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▲ゼレンスキー大統領夫妻、ホロドモール(大飢餓)犠牲者への追悼(2023年11月25日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 ガザ地区の1人の中年のパレスチナ人男性が、「どのような合意内容が締結されたかは知らないが、ミサイルの炸裂する爆音を聞かなくてもいいので嬉しい。できれば明日もそうあってほしいね」と吐露していたのが印象的だった。

 一方、テルアビブやエルサレムでは人質の全員解放を願ってイスラエル人が集まり、祈祷しているシーンがテレビで放映されていた。人質解放2日目に妻と娘さんを解放されたイスラエル人男性は、「嬉しいが、依然多くの人質が解放されていないので、まだ喜ぶことはできない」と述べていた。

 イスラエルのネタニヤフ首相はイスラエル現職首相として初めてガザ地区に入り、前線で戦うイスラエル軍を視察し、兵士たちを激励していた。同首相は、「人質全解放とハマスの壊滅という2つの大きな目標は変わらない」と強調する一方、「可能ならば休戦を延期して人質を全員解放したい」と述べていた。人質解放初日、2日目、そして3日目と休戦状況は継続し、人質も解放される度に、イスラエル国民は喜びを表す、その姿を見ているネタニヤフ首相は休戦を4日間で終え、再び戦闘を再開するとは言えなくなってきているかもしれない。

 一方、ハマスは人質解放の履行では少し遅れが出てきている。人質解放が遅れたために、イスラエル側から「零時前に履行しなかれば戦闘を再開する」という最後通告を受けたが、土壇場で人質解放は無事行われた。外電によると、10月7日のイスラエル奇襲テロを実行したハマス指導者4人のうち、3人がこれまでの戦闘で死亡したというから、ガザ地区のハマスは指導者不在の状態なのかもしれない。

 休戦での懸念はハマスのほか、イスラム過激テロ組織イスラム聖戦の動きだ。10月7日のテロはハマスと共に実行していた。彼らも人質を取っている。だから、ハマスがイスラエル側と休戦に合意しても、イスラム聖戦が納得しなければ、休戦合意が破棄される危険性が出てくる。ちなみに、人質解放初日にはイスラム聖戦が拘束していたイスラエル人の人質が1人含まれていたというから、現時点ではハマスの命令のもとに動いていることが確認されている。

 ハマスは10月7日、イスラエル側に侵入し、1300人のイスラエル人を殺害。それに対し、イスラエル側はハマス壊滅を掲げて報復攻撃を開始、連日ガザ地区のハマスの軍事拠点を空爆。そして地上軍を派遣し戦闘を展開、ハマスの地下トンネル網を破壊し続けてきた。そしてカタール、エジプト、米国らの仲介もあってイスラエルとハマスの間でまず4日間の休戦、人質の解放が合意された経緯がある。

 3日目の人質解放が無事履行された直後、4日目以降も休戦を続け、人質を解放すべきだという声が、バイデン米大統領から流れてきている。それを受け、欧米メディアでは「休戦はいつまで続くか」「戦闘はいつ再開されるか」という見出しの記事が見られてきた。その予測記事を読んで少し違和感が出てきた。

 戦闘はハマスの奇襲テロがきっかけだ。休戦はイスラエル軍の空爆などでガザ地区の住民の人道的危機が生まれてきたこと、人質解放へのイスラエル国民の声の高まりなどがあって実現した。それなりの理由は分かっているが、その間にイスラエル側に1400人余り、パレスチナ側に1万人以上の犠牲者が出た。どのような理由があるとしても、これまで余りにも多くの犠牲が払われてきた。そして今、4日間の休戦だ。ひょっとしたら、休戦期間は延長されるかもしれないという。ここまで考えていくと、それでは「なぜ戦闘が起き、なぜ今休戦か」といった上記の問いかけが飛び出すのだ。

 ロシア軍がウクライナに侵攻して、ロシアとウクライナ両国間で戦闘が始まった。その戦闘は既に2年目が過ぎ、2度目の冬を迎えている。その間、ウクライナとロシア両国で多くの犠牲者が出てきた。中東で戦闘が始まったこともあって、ウクライナ戦争への関心が減少してきたという。戦争が長期化することで、なぜ戦闘するのか、といった問いかけはもはや誰も口に出さないし、新鮮味もない。爆音と警報サイレンに慣れたのはキーウ市民だけではない。カラスでさえ近くで爆弾が破裂してももはや木から飛び立たないというのだ。

 だからというわけではないが、初心に帰って問いかけたいのだ。なぜ戦闘し、休戦するのか。

中東紛争と歴史教科書の記述問題

 オーストリアの工業専門学校(HTL)の地理・歴史・政治教育のための教科書の中で、パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスについて、「イスラム派民族抵抗運動」と説明されていることが判明し、文部省関係者も驚いて、教科書の出版社に訂正を要請したという。同国のメトロ新聞ホイテが24日、報じた。

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▲欧州最古の総合大学の一つ、ウィーン大学の正面入口(2023年6月、撮影)

 ハマス関連の記述に気が付いたのは、ウィーンのユダヤ博物館の前所長、ダニエレ・スペラさんだ。彼女の指摘が報じられると、ソーシャル・メディアで大きな反響を呼んだ。ポラシェック文相の広報官によると、「教科書を出版している会社に連絡を取り、ハマス関連個所の訂正文を印刷して学校に送った」という。

 ハマスに関する定義では、イスラエル側はイスラム過激テロ組織と呼んでいる一方、アラブ諸国・イスラム国では一般的には「パレスチナ民族をイスラエルの占領から解放する運動」と受け取っている。国連で「テロ」対策のためにその定義を作成しようとした時、パレスチナ解放機構(PLO)を「テログループ」とするか、「民族解放運動」とするかで喧々諤々の論争が展開されたことがあった。

 オーストリア政府はハマスが10月7日、イスラエルに侵攻して1300人のユダヤ人を殺害した直後から、ハマスを武装テロ組織と呼び、イスラエル軍のガザ地区報復攻撃に対しても全面的にイスラエルを支援、その自衛権を認めてきた。ネハンマー首相自身、ハマスに対する「断固とした行動」を呼びかけ、停戦に反対を表明し、「停戦などのあらゆる幻想はハマスに力を与えるだけだ。ハマスとの戦いには一切の妥協があってはならない」と強調している。ちなみに、同首相は10月25日、イスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相に全面支持を伝えている(「ガザ情勢でEU『首脳宣言』を採択」2023年10月28日参考)。

 そのオーストリアの学校の教科書でハマスを「民族解放勢力」と説明しているとなれば、大きな問題となるところだったが、文部省が迅速に対応して事の拡散を最小限度に抑えたわけだ。ただし、同国で社会党(現社会民主党)が政権を握っていた1980年代、その中東政策はパレスチナ寄りだった。ネハンマー現政権は保守政党「国民党」主導の連立政権だ。

 ところで、学校の教科書、特に歴史の教科書は自国の歴史、世界の歴史、政治情勢をコンパクトにまとめて学生に教えるだけに、その時々の政治情勢が教科書に反映されて、問題が生じることがある。

 日本でも、「正しい歴史教科書を作ろう」という一部の保守派学者、知識人たちの運動があると聞く。特に、日本と朝鮮半島の関係では複雑な歴史問題があるだけに、歴史の教科書で客観的に正確に子供たちに伝えることは非常に大切だ。特に、敗戦後の日本人には自虐的な歴史観が一方的に教えられたこともあって、若い世代に自国の文化を誇り、祖国への愛を伝えることが難しい面がある(「『日本軍慰安婦』+『集団情緒』=反日?」2020年1月6日参考)。

 ロシアや中国など独裁国家、共産党政権では学校の教科書は政府の意向をプロパガンダする手段として利用されている。最近でも、ロシア政府は8月7日、ウクライナ侵攻を正当化し、西側諸国がロシアを破壊しようとしていると主張する新しい教科書を発表したばかりだ。ロシアのクラフツォフ教育相によると、新しい歴史の教科書は、17歳から18歳の11年生が学ぶものという。

 プーチン大統領は2022年2月24日、ロシア軍をウクライナへ侵攻させたが、同大統領は「ウクライナ戦争はキーウの政権と欧米諸国が仕掛けた」と堂々と表明、そのフェイク情報がロシアの歴史教科書にそのまま記載されているというのだ。

 中国共産党が政権を握る中国でも状況はロシアと似ている。習近平国家主席は、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告を発する一方、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調、キリスト教会の建物はブルドーザーで崩壊され、新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒に中国共産党の理論、文化の同化が強要され、共産党の方針に従わないキリスト信者やイスラム教徒は拘束される一方、「神」とか「イエス」といった宗教用語は学校の教科書から追放されている。

 若い世代は学校の教科書だけでなく、インターネット、ソーシャルメディアからさまざまな情報を吸収しているから、学校の教科書で一方的な偏見の歴史観、情報が記述されていた場合、自己チェックできる機会はある。しかし、幼いころに学校の教科書から学んだ歴史はその人の生涯、脳裏に刻み込まれる。それだけに、学校の教科書での記述は慎重にチェックされなければならないだろう。

「ハマスはイスラム教徒ではない」

 バチカンニュース(独語版)を読んでいると、「ハマスはイスラム教徒ではない」という見出しの記事を見つけた。ハマスはパレスチナ自治区ガザを2007年以降実効支配しているイスラム過激テロ組織だが、「ハマスのメンバーはイスラム教徒ではない」というのだ。

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▲ハマス最高指導者イスマイル・ハニヤ氏(2023年11月21日、イラン国営IRNA通信から)

 この発言は、ハマスは10月7日、イスラエルの境界網を破り侵入し、音楽祭に参加していた若者たちやキブツ(自由農園)を襲撃し、1300人余りのユダヤ人らを殺害したが、そのテロを目撃したイスラエル人の一人、イシャイエ・ダン氏が語ったものだ。同氏は22日、バチカンでローマ教皇フランシスコと会合している。

 同氏によると、彼が共同設立したキブツ・ニル・オズとその周辺に住んでいた80歳の義妹カルメラさんは喉を切り取られ、12歳の孫娘ノイアさんも同様だった。彼の甥である53歳のオフェル・カルデロンさんは誘拐され、2人の子供、16歳のサハル君と12歳のエレツ君とともにガザ地区に連行された。全ての人質家族と同様に、ダン氏も親戚がまだ生きているかどうか分からない。

 ダン氏によると、同氏は左翼平和活動家の家族の出身で、常にガザのパレスチナ人との対話に尽力してきた。 同氏は、「ガザの子供たちや人々が悲惨な状況の中で苦しんでいるのを見ると、私にとっては喜ばしいことではない。彼らが苦しんでいる間、私は安らかにいることができない。過去20年間、私の兄はガザからエルサレムとテルアビブにあるイスラエルの病院に病人を連れて行き、自力ではたどり着けなかった人々をガザに連れ戻してきた。彼らにとっては高すぎたので、キブツが全額負担した。そんなことをしたのは兄だけではない」という。ダン氏はガザ地区でのイスラエル軍の報復攻撃には反対している。

 同氏は、「ハマスがやったことは、あらゆる信仰の観点から見て恐ろしいことだ。 私にはアラブ人の友人、キリスト教徒のアラブ人、イスラム教徒のアラブ人がたくさんいる。彼らはハマスのやっていることに反対している。ハマスのような蛮行がコーランの教えと整合するとは信じられない。ハマスはイスラム教徒ではない」と述べている。

 「ハマスはイスラム教徒ではない」という同氏の発言を聞いて、フランスのパリでイスラム過激派テロリストの3人が仏週刊紙シャルリーエブド本社とユダヤ系商店を襲撃したテロ事件について、同国の穏健なイスラム法学者がジャーナリストの質問に答え、「テロリストは本当のイスラム教信者ではない。イスラム教はテロとは全く無関係だ」と強調したことを思い出した(「“本当”のイスラム教はどこに?」2015年1月24日参考)。

 参考までに、著名な神学者ヤン・アスマン教授は、「唯一の神への信仰( Monotheismus) には潜在的な暴力性が内包されている。絶対的な唯一の神を信じる者は他の唯一神教を信じる者を容認できない。そこで暴力で打ち負かそうとする」と説明し、実例として「イスラム教過激派テロ」を挙げている。すなわち、イスラム教とテロは決して無関係ではないというのだ(「『妬む神』を拝する唯一神教の問題点」2014年8月12日参考)。同教授の主張からいえば、ハマスは単なる過激派テログループではなく、イスラム派過激テロリストの集団ということになる。

 ダン氏は多分、ハマスの残虐なテロ行為を目撃し、計り知れないショックと衝撃を受けたのだろう。だから、「ハマスはイスラム教徒ではない」という発言が飛び出したわけだ。

 ところで、強制収容所から生還したオーストリア人の心理学者ヴィクトール・フランクル(1905〜97年)は、「収容所では苦しむユダヤ人を助けていた兵士がいた」と述べ、「ナチス・ドイツ軍の中にも善意のある人間はいた」と主張、「集団的罪責」を否定し、ユダヤ人社会からもブーイングを受けたことがあった。

 当たり前のことだが、イスラム教徒にもキリスト信者の中にもいい人間と悪い人間がいる。ユダヤ人は悪い(反ユダヤ主義)、イスラム教徒は悪い(イスラムフォビア=イスラム嫌悪)と安易にレッテルを貼るのは危険だ。ただし、テロ行為に対しては明確に一線を画すことが重要だ。

宗教者は「アブラハム停戦」のため祈れ

 ローマ教皇フランシスコは21日、ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナに侵略して以来の戦争の恐怖を伝えるエフゲニー・アフィネフスキー監督のドキュメンタリー映画「Freedom on Fire」の上映会に出席した。このイベントはウクライナの民主革命「マイダン革命」(尊厳の革命)10周年を記念して開催されたものだ。映画は約2時間、ロシア軍のウクライナ侵略後の戦争の恐怖が実写で語られている。バチカンニュースは22日、同上演会の様子を報道した。

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▲ハマスのテロ襲撃で亡くなったイスラエル人への追悼(エルサレム・ポスト紙のヴェブサイトから、2023年10月13日)

 上演が終わると、参加者全員が立ち上がり、拍手した。最後列の席で映画を観ていたフランシスコ教皇は戦争下にあるウクライナでの残虐性と痛みについて「大変な苦悩だ」と吐露したという。教皇は、「戦争はわれわれ人類にとって常に敗北を意味する。私たちは多くの苦しみを抱えている人々に寄り添わなければならない。戦禍にある国民のために祈り、平和が一刻も早く到来するように祈ってほしい」と語った。

 ちなみに、映画「Freedom on Fire」は、バチカンで今年2月、ウクライナ戦争勃発の日にローマ教皇の立会いの下で上映され、今月21日に再び一般公開された。 11月21日は10年前、ウクライナの首都キーウのマイダン広場で自由を求めて蜂起した「尊厳革命」が始まった日に当たる。その革命を追悼するという意味合いがあって、2023年11月21日、革命10年目の日に映画が一般公開されたというわけだ。

 戦争や紛争は世界の至るところで起きている。ウクライナ戦争やイスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦争だけではない。昔もそうだったし、21世紀の今日もそれが続いている。フランシスコ教皇は11月8日の一般謁見で「如何なる戦争も人類にとって敗北だ」と述べた。戦争を防ぐことができなかったという意味で、戦争はその時の人類にとって敗北を意味するというわけだ。

 そして「戦争は始めるより、終わらせることのほうが難しい」といわれる。ひょっとしたら、ロシアのプーチン大統領自身が身にしみて感じていることかもしれない。バチカンでのドキュメンタリー映画の記事を読んでいて、戦争を始めた政治家、指導者はそれを早急に終わらせる義務と責任があるが、宗教指導者も同じだろうと感じた。特に、中東でのイスラエルとパレスチナ問題は宗教的な色合いが濃い紛争だ。単に、領土の問題ではなく、宗教とその信仰問題が紛争の背後で問われてきているからだ。

 ハマスはガザの支配権やパレスチナ民族の領土返還を要求しているのではなく、ユダヤ民族の抹殺を目標としている。イスラエルの有名な歴史学者ユバル・ノア・ハラリ氏が指摘していたように、ハマスはもはやイスラエルとパレスチナの平和的共存などを願ってはいない。中東和平は彼らにとってユダヤ人抹殺の障害にすらなるのだ。

 エルサレムからのメディア報道によると、「イスラエルとイスラム組織ハマスは22日、受刑者や人質の一部を解放するとともに、戦闘を少なくとも4日間休止することで合意した」という。実行は23日から開始される。ガザには、約240人の人質が拘束されている。カタール政府によると、ハマスがこのうち女性と子供の計50人を解放するのと引き換えに、イスラエルは同国内で収監しているパレスチナ人の女性や子供を釈放。イスラエル政府によると、ハマス側が追加で人質を10人解放するたび、休止を1日延ばすという(エルサレム発時事電)。

 戦争当事国の間で「クリスマス停戦」、「イースター休戦」など重要な宗教の祝日を契機に戦闘を一時止めることがある。ウクライナ戦争でも正教会のクリスマスやイースターが近づく度にクリスマス停戦、イースター停戦が叫ばれた。ポジティブにいえば、紛争を行う政治家、指導者が国民的重要な宗教行事を利用して、紛争解決を実現しよとする試みと言えるわけだ。

 戦争を終わらせるためには、政治家だけではなく、宗教指導者の責任も大きい。フランシスコ教皇のウクライナ戦争の和平調停の平和特使、イタリア司教会議議長のマッテオ・ズッピ枢機卿は今月15日、説教の中で「戦争が起きている時、何もせずに静観などできない」と述べている。宗教家の偽りのない告白だ。

 宗教指導者には、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、正教会、仏教など宗派の違いこそあれ、紛争や戦争が眼前で展開されている時、それを止めさせる使命がある。特に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、正教会は「信仰の祖」アブラハムから派生した宗教だ。換言すれば、同じアブラハム家出身の兄弟といえる。兄弟同士が残虐な武器を持って互いに殺し合う戦争は本来、あってはならないのだ。

 ウクライナで、そして中東で、戦争の火が一刻も早く消えることを願わざるを得ない。「アブラハム停戦」の実現のために、宗教指導者は可能な限りの手段を駆使してその使命を果たすべきだ。

「反ユダヤ主義の亡霊」の存在証明

 パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配してきたイスラム過激テロ組織「ハマス」が10月7日、イスラエルに侵入して1300人余りのユダヤ人を虐殺して以来、不思議なことだが、ハマスのテロに抗議する反ハマス運動が広がるというより、反ユダヤ主義が拡散している。ハマスのテロの犠牲者のユダヤ人がその後、世界各地で反ユダヤ主義的言動に直面しているのだ。このコラム欄でも加害者と被害者の逆転現象については報告済みだが、被害者のユダヤ人が世界各地でバッシングを受けている。

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▲ウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場を訪れる家族連れ(2023年11月12日、ウィーンにて)

 もちろん、ハマスのテロ奇襲に対してイスラエル軍の報復攻撃で多数のガザのパレスチナ人、特に、女性、子供たちが犠牲となっていることに対する憤りや批判の声が反ユダヤ主義を引き起こしているともいえる。ただ、反ユダヤ主義の拡散状況を見ていると、それだけではないようなのだ。以下、少し説明する。タイトルは「反ユダヤ主義の亡霊の存在証明」だ。

 ユダヤ民族への憎悪、恨みなどの感情には、少なくともユダヤ人が眼前にいるか、その環境圏に住んでおり、社会、国家にそれなりの影響を行使するユダヤ人コミュニティの存在が前提条件のように考えられるだろう。その条件からいえば、国別ユダヤ人人口で最も多くのユダヤ人が住んでいる国は1948年に建国されたユダヤ民族の国イスラエルだ。それに次いで米国だ、欧州ではフランスに最も多くのユダヤ人が住んでいるので、その国・地域には反ユダヤ主義が生まれてくる土壌はあるといえるわけだ。実際、イスラエルを除いて、米国やフランスではハマスのテロ以後、親パレスチナのデモや反ユダヤ主義のデモ集会が頻繁に開かれている。

 ここまでは理解できる範囲だ。周囲に多くのユダヤ人が住み、生活している。そのコミュニティは他とは異なる伝統や風習から食事・生活様式を堅持している。何らかの不祥事が生じれば、それらが契機となって反ユダヤ主義が爆発しても不思議ではない。米国やフランスの現在の反ユダヤ主義的言動は「起きるべくして起きた」とも言われるほどだ。一部では、ハマスのテロ事件後、「これまで黙ってきた反ユダヤ主義的言動が言いやすくなった」という知識人がいたほどだ。

 次は「反ユダヤ主義という亡霊の存在証明」に入る。極端にいえば、ユダヤ人が住んでいない国、地域でも過激な反ユダヤ主義的言動が起きている。

 最近ではロシア南部ダゲスタン共和国の首都マハチカラの空港で10月29日、イスラエルのベングリオン空港から飛び立った飛行機がマハチカラに到着、乗客にイスラエル人がいるという情報がソーシャルネットで流れると、過激なイスラム教徒が空港に殺到して、ユダヤ人乗客を探しては、暴行を加えたり、帰れと叫んだという。空港内の暴動を放映した西側のメディアは、「21世紀のポグロム(ユダヤ人迫害)のようだ」と報じたほどだ。

 ダゲスタンは北カフカス地方とカスピ海の間にあるロシア連邦を構成する共和国の一つ。首都はマハチカラ。人口約318万人(2021年)の約94%がイスラム教徒だ。パレスチナ自治区ガザでイスラエル軍がガザを空爆し、地上軍を導入してハマスの壊滅に乗り出し、多数のパレスチナ住民も犠牲となっていることが伝わると、ダゲスタンのイスラム教徒の中にイスラエル憎悪、反ユダヤ主義が高まっている。ただ、同国には1500人のユダヤ人しか住んでいない(「タゲスタンの反ユダヤ主義暴動の背景」2023年11月1日参考)。反ユダヤ主義的言動をぶっつけるユダヤ人が少なくとも周囲にはいないのだ。

 アウシュビッツ強制収容所のあった東欧のポーランドには戦後、ユダヤ人はほとんどいなくなったが、同国はその後も欧州の中で反ユダヤ主義傾向が強い国だ。タゲスタンやポーランドの例は、反ユダヤ主義が生まれ、拡散するためにはユダヤ人の存在有無は大きな要因ではないことが分かる。極端にいえば、ユダヤ人が住んでいなくても、その地、国に反ユダヤ主義が生まれ、時には暴動や騒動が起きるのだ。当方はその現象を「反ユダヤ主義の亡霊」が存在する証明と考えている。

 欧州で見られる反ユダヤ主義の背景には、キリスト(メシア)を殺害した民族というキリスト教的世界観もあるだろう。最近では、中東・北アフリカから欧州に入ってきた難民による「輸入された反ユダヤ主義」も大きい。イスラム教国出身の難民は生まれた時から家や学校で反イスラエル、反ユダヤ主義を学んできているから、欧州に住むようになってもその反ユダヤ主義が消え去ることはない。そのほか、極右派グループにはネオナチ的な反ユダヤ主義が潜んでいる。一方、極左の間には反ユダヤ主義的というより、反イスラエル傾向が見られる、といった具合だ。

 そして看過できないのは、反ユダヤ主義の亡霊の働きだ。国際テロ組織アルカイダ元指導者オサマ・ビンラディンがアラブ語で書いた「アメリカ国民への手紙」が現在、イスラエルの対ハマス戦争を批判する多くの若者に熱心に読まれ、一部で称賛されているという。

 当方はこのコラム欄で「ビンラディンの亡霊が欧米社会に現れ、10月7日のテロ奇襲を正当化し、反ユダヤ主義を煽っている。生きている人間が自身の政治的信条を拡散するために亡霊を目覚めさせることは危ない。亡霊や悪霊の存在を信じない人々にとっては理解できないかもしれないが、生前の恨み、憎悪を昇華せずに墓場に入った亡霊は地上で同じような心情、思想をもつ人間がいれば、そこに憑依し、暴れ出す危険があるからだ。欧米にビンラディンという亡霊が彷徨し出したのだ」と書いた(「欧米にビンラディンの亡霊が出現した」2023年11月18日参考)。亡霊や悪霊の業を理解できなければ、国際政治の動向を正確に分析できない時代圏に入っているのだ。

地政学的に重要なトルコの大統領訪独

 この人が外遊すると、訪問の先々で騒音が絶えない、というか、訪問先の(亡命)反体制派活動家から批判の声が飛び交う。その点、中国共産党政権の習近平国家主席の外遊時と似ている。

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▲記者会見に臨むエルドアン大統領(左)とショルツ独首相(ドイツ連邦首相府公式サイトから、2023年11月17日、ベルリン)

 トルコのエルドアン大統領は17日、ベルリンを公式訪問した。ほぼ4年ぶりのドイツ訪問だったが、同大統領のドイツ訪問が発表されると、独メディアは「トルコ大統領のベルリン訪問は厄介なテーマが多い」と、早速報じた。エルドアン大統領のドイツ訪問のために約2800人の警察官が動員され、ゲストの身辺警備に当たった。

 それでは、エルドアン大統領のドイツ訪問が如何に厄介な訪問だったかを少し説明する。エルドアン大統領は先月、トルコ国会で中東情勢について演説し、パレスチナ自治政府ガザを軍事攻撃し、女性や子供たちを殺害するイスラエルを「テロ国家」と糾弾する一方、イスラム過激テロ組織「ハマス」を「パレスチナ民族の解放勢力」と主張したのだ。北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコの国家元首がイスラエルを「テロ国家」と呼ぶこと自体、通常のことではない。

 ちなみに、エルドアン大統領の「イスラエルはテロ国家」発言を聞いたイスラエルのネタニヤフ首相は冷笑を見せ「シリアの内戦でトルコ軍が行ったテロはどうしたのか」と述べ、一蹴している。

 一方、エルドアン大統領を迎えたホスト国ドイツのショルツ首相は、「テロ組織が10月7日、イスラエルにテロ奇襲し、1300人以上のイスラエル国民を殺害した。イスラエル側には自国の安全を守る自衛権がある」と述べ、イスラエルを全面的に支持する姿勢を改めて強調した。

 中東問題でその立場が全く異なるトルコ大統領とドイツ首相が同じテーブルについて中東情勢を話したならば、どのような会話が展開するか、両国関係者でなくても心配になってくる、というわけだ。

 ショルツ首相は17日午後、エルドアン大統領と共に記者会見に出席し、中東問題でのドイツの立場を説明した時、「エルドアン大統領とドイツではパレスチナ問題では異なった立場、非常に異なるスタンスであることは知られていることだ」と断り、ドイツのイスラエル支持を明確に繰り返した。ただし、ゲストの立場を考慮し、「ドイツはパレスチナ人の人道支援では多くを実施してきた」とわざわざ述べている。

 エルドアン大統領は欧州では「交渉相手としては手ごわく、出方が前もって予想できない指導者だ」と受け取られている。エルドアン大統領のトルコは地政学的な観点から見るならば、「非常に重要なポジッションにある」(オーストリア国営放送ドイツ特派員)ことは間違いない。

 例えば、ウクライナ戦争での穀物輸出問題ではトルコはロシアとウクライナの両国間の調停役を演じ、スウェ―デンNATO加盟問題では依然、加盟の批准を拒否し、ストックホルムのNATO加盟にブレーキをかけ、欧州連合(EU)との難民収容協定(2016年締結)問題では協定の延期交渉が控えている(トルコ国内には数百万人の難民、特にシリア難民が収容されている)。すなわち、エルドアン大統領の意向を無視しては決定できないテーマが山積しているわけだ。

 エルドアン大統領はベルリン訪問時には、トルコのEU加盟の早期実現を強く要求する一方、EU諸国へのビザ発給の迅速化を求めるなど、抜け目がない。ドイツにとってもトルコは重要な貿易相手国だ。国内には約500万人のトルコ系国民は住んでいる。エルドアン大統領のドイツ訪問では、トルコの与党「公正発展党」(AKP)を支持しているトルコ系住民は大歓迎する一方、反対派はエルドアン大統領の独裁的な政治を批判するといった具合で、ドイツのトルコ・コミュニティは完全に分裂している。

 ドイツ民間ニュース専門局ntvは17日、「エルドアン大統領はモスクワとNATOの間でダブルゲームをプレイしている。エルドアン大統領の下、トルコはロシアによるウクライナ攻撃以来、繰り返し微妙なバランス調整を進めている。西側諸国との同盟、モスクワとの取引、ウクライナの工場――エルドアン大統領はあらゆるところで多大な問題を引き起こして、最終的に利益を得るのは主に彼自身である」と、エルドアン大統領の政治を辛らつに評している。

 ショルツ首相は記者会見で、「われわれは非常に困難な時代に直面している。それだけに、指導者間の直接対話は大切だ」と述べ、ボスポラス海峡からのゲストとの会談の意義を説明している。

 なお、ベルリンで18日夜、サッカー国際親善試合、ドイツ対トルコの試合が行われるが、エルドアン大統領は試合を観戦せずに、「トルコに戻って観る」という。それを聞いて、トルコ大統領の安全対策に腐心してきたドイツの治安関係者はホッとしたことだろう。
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