ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

オーストリア

面白くなってきたオーストリア総選挙

 オーストリアで9月29日、ネハンマー連立政権の任期満了による議会選挙が実施される。選挙では極右政党「自由党」が支持率30%余りを取って第一党に躍進するのではにないかと予想されている。各政党は既に選挙モードだが、そのような時、ネハンマー政権のジュニア政党「緑の党」の副党首であり、環境相のレオノーレ・ゲヴェスラー女史が17日、政権内の合意もない中、ルクセンブルクで開催された欧州連合(EU)の環境相会合でEUが推進している「自然再生法」に署名したのだ。ネハンマー首相の与党「国民党」は激怒し、署名の無効を欧州司法裁判所に訴えると宣言し、環境相に対しては「職務乱用」で告訴すると表明、中道右派「国民党」と「緑の党」から成るネハンマー連立政権は崩壊の危機に陥っている。

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▲ルクセンブルクで開催されたEU環境相会合に参加したゲヴェスラー環境相(オーストリア環境省公式サイトから、2024年6月17日)

 「自然更生法」については前日のこのコラム欄で説明済みだが、同法が採択されるためには、EU諸国の55%、人口の65%の支持が不可欠だ。オーストリアが署名したことでこれらのハードルをクリアし、採択される運びとなったわけだ。

 ゲヴェスラー環境相は会合後、「自分の役割を果たせて嬉しい。署名決定は安易ではなかったが、法的な問題はまったくない」と自信をもって語っている。「自然再生法」が採択されたことで、EU加盟国は今後2年以内に具体的な行動計画を作成しなければならなくなる(「『自然再生法」を巡る環境相の独走?」2024年6月18日参考)。

 ちなみに、「自然再生法」(Nature Restoration Law)は2050年までに気候中立を達成するためのEUの包括的な気候保護パッケージ「グリーンディール」の重要な部分だ。その目標は、生物多様性に富み、回復力のある生態系の長期的かつ持続可能な再生だ。これには、森林の再植林、湿地の再湿地化、より自然な河川流域の維持、そして結果としての生物多様性の保護が含まれる。「自然再生法」は、環境保護と経済成長を両立させるための重要な施策として位置付けられており、持続可能な未来を目指すEUの取り組みの一環だ。

 「自然再生法」については、与党「国民党」内で強い反対があること、関係相のノーベルト・トーチニグ農業相は「環境相のイデオロギーに基づいた行動で我が国の多くの国民が大きな困難を抱えることになる」と説明し、環境相の独走を厳しく批判している。ちなみに、農林、建設業は国民党の支持基盤であり、「自然更生法」が採択されれば、さまざまな規制が新たに実施されることから反対がある。 

 国民党のカロリン・エットシュタドラー憲法担当相は「環境相は連邦州の意見に法的に拘束されており、農業省との合意を図らなければならないとされている連邦省庁法にも従わなければならない。憲法や法律を無視すれば、当然法的な結果を招くことになる。環境相は意図的に憲法および法律違反を犯している。これは極めて無責任であり、異常だ」と述べ、「事案の内容に関わらず、法が法であり続けなければならない。イデオロギーが法を上回ることは決してあってはならない」と強調している。

 ネハンマー首相は17日、環境相の独走を批判し、職務乱用で訴える一方、「緑の党」との連立を解消する考えはないことを明らかにしている。政権の任期があと3カ月あまりしかないこと、夏季休暇に入る前に議会で採択すべき50余りの法案が控えていることもあって、早期議会解散は出来ないという事情がある。ちなみに、それらの法案は主に国民党が提出したものであり、党としては早期採択したい法案だ。

 多分、ゲヴェスラー環境相は環境相の立場にあるこの時、「自然再生法」をぜひとも採択したいという願いがあったはずだ。その上、ネハンマー首相が連立を解消できないことを理解していたはずだ。環境保護グループ「グローバル2000」の指導者でもあった環境相はこれまでも「緑の党」の中でも冷静で切れ者と見られてきた。特に、欧州議会選挙で「緑の党」の筆頭候補者の不祥事もあって、支持率を大きく落としただけに、「自然再生法」を採択し、環境保護政党として実績を有権者にアピールできるというわけだ。

 なお、「自然再生法」では国民の80%以上が支持しているだけに、国民党も法案への批判を控え、ゲヴェスラー環境相の一方的な独断への批判に留めている。

 一方、支持率でトップを走る自由党は「緑の党」の環境相を批判し、議会で不信任案を提出する意向だが、社会民主党、リベラル政党「ネオス」は「自然再生法」を支持していることもあって、環境相の独走を問題視、法的に訴えることは「わが国の評判を落とすだけだ」と主張している。

 総選挙まであと3カ月余りだ。ゲヴェスラー環境相の独走問題で議会内が再び賑やかになり、オーストリア総選挙の行方が俄かに面白くなってきた。

民主主義がエモクラシ―となった?

 2024年が「史上最大の選挙イヤー」(英誌エコノミスト)ということもあって、民主主義(Democracy)について論じる記事が目立つが、最近「Emocracy」という言葉を初めて知った。エモーションに民主主義を付けた造語だ。日本語に訳するとしたら、感情的民主主義、感情主導民主主義といったところだろう。現在の政治の世界ではこのエモクラシ―が猛威を振るっているというのだ。

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▲演説上手な自由党キックル党首(自由党公式サイトから)

 オーストリア連邦議会のソボツカ議長が新型コロナウイルスが席巻していた時、「我々の民主主義が事実や専門的知識に代わって感情や世論の流れに押されるエモクラシ―となってはならない」と警告を発していた。すなわち、コロナ感染問題について、感染症としての専門的な知識、ファクトを無視して、感情的な思い込みでその是非を論じてはならないというわけだ。その際に、同議長はエモクラシ―という言葉を使用していた。

 選挙の年を迎えた国では、政党の支持率に関する世論調査が頻繁にメディアで報じられる。特に、ドイツやオーストリアでは極右政党が躍進しているだけに、その動きに政治家も国民も強い関心を持っているからだ。

 選挙は民主主義の要であり、公平でフェアな選挙の実施は民主主義国家の証でもある。選挙に不正や投票集計に恣意的な工作が行われる場合、その選挙は公平で民主主義的な選挙ではなかった、と指摘される。

 ところで、エモクラシ―という言葉について少し考えてみたい。人間は理性と共に感情がある。正確にいえば、感情が先行し、その感情の流れを理性が管理、制御しているといったほうがいいかもしれない。いずれにしても、人間は感情的な存在だ。その時々の感情の動きがその人の性格を形作っていく。怒りやすい人、冷静な人、陽気な人、といった具合だ。

 選挙戦でもその人間の感情が大きな影響を与えることは間違いない。有権者の感情の動きに精通した政治家は自身の政策を表明する時も、有権者の感情的な反応を計算に入れてしゃべる。「演説がうまい」といわれる政治家はその演説内容というより、聴衆(有権者)の心を掴むのがうまい人といえる。いくら深遠な内容、政策を語っても聞く国民の心をしらけさせるならば、その政治家は演説が下手だといわれてしまう。

 IT時代を迎え、情報は至る所に氾濫している。聞く人も情報には慣れている。有権者の心を掴む演説が出来ない政治家にとって、21世紀は厳しい。逆に、演説の巧みな政治家がいる。彼らの特徴は、その演説内容が専門性があるとか、理性的だというより、感情的な表現が多いことだ。

 オーストリアでは極右政党自由党のキックル党首の演説をよく聞くが、内容は別として聞くものの心を掴み、時にはユーモアを入れ、政権を厳しく批判する。間の取り方もうまい。キックル党首の自由党が世論調査で30%を獲得して、選挙戦レースを独走しているが、けっして偶然のことではない。与党国民党のネハンマー首相、緑の党のコグラー副首相も演説力ではキックル党首に負けている。有権者の心、彷徨う感情の世界を掌握しない限り、選挙では有権者の票を取れない。

 ここまで書くと、当方はエモクラシ―支持者であり、プロパガンダに長ける極右政党の党首を支持していると受け取られるかもしれないが、事実はそうではない。現実の政治の世界、選挙の動向で国民の「感情」のもつ影響力を無視できないからだ。

 民主主義がエモクラシ―にとって代わられることは危険だし、選挙戦での政策論議は重要だ。有権者の感情にアピールするだけでは政治はできない。有権者が聞きたくないことをも、それが必要であるなら整然と語る信念のある政治家は稀だが、貴重な存在だ。ただ、感情を重視するエモクラシ―を表面的で薄っぺらいと一蹴するのは良くない。人は、有権者は、その時々の感情に動かされる存在だからだ。人の感情を止揚できるような演説が出来れば、その政治家は大きな影響力をもつだろう。民主主義から「D」を消したエモクラシ―を極右政党のプロパガンダの専売特許とさせてはならない。

“極右の足音”に困惑するドイツ国民

 オーストリアとドイツは言語(独語)が同じということもあって兄弟国のように見られてきた。ドイツの社会的流行、トレンドも少し時間がたてば隣国オーストリアでも見られるようになる、といわれてもきた。ドイツは欧州の経済大国で兄貴の立場とすれば、アルプスの小国オーストリアは弟だ。ドイツが時代を先行し、オーストリアがその後を追う、といった関係が続いてきた。それがここにきて風向きが変わり、ドイツの政界、国民はウィーンから吹き荒れる風に怯え、吠え出しているのだ。以下、その背景を説明する。

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▲ハンブルク市の反AfD抗議デモ、参加者で溢れる(2024年01月20日、オーストリア国営放送の中継からのスクリーンショット)

 ドイツでは目下、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)関係者がポツダム近郊のホテルで欧州の極右関係者などと共に会合し、そこで移民・難民の強制移住計画などについて話し合っていたことが判明し、ドイツの政界、国民は大きな衝撃を受けていることはこのコラム欄でも数回報じた。ドイツ各地で先週末、数十万人の人々がAfDに抗議するデモ集会に参加した。

 問題は移民難民の強制送還の話を持ち出した参加者はAfD関係者ではなく、オーストリアの最大極右組織「イデンティテーレ運動」(IBO)の元代表マーティン・セルナー氏だ。同氏は、ニュージーランドのクライストチャーチで2019年3月15日、2カ所のイスラム寺院を襲撃し、50人を殺害したブレントン・タラント(当時28)から寄付金を受け取っていたことが判明し、物議をかもしたことがあった。

 ドイツのメディアによると、セルナー氏は会合で、北アフリカに最大200万人を収容する「モデル国家」を構築し、難民を収容するという考えを提示した。第2次世界大戦の初めに、ナチスはヨーロッパのユダヤ人400万人をアフリカ東海岸の島に移送するという「マダガスカル計画」を検討したことがあったが、セルナー氏の「モデル国家」はそれを想起させるものがある。ポツダム会議の内容は調査報道プラットフォーム「コレクティブ」が明らかにした。

 欧州の過激主義について研究しているロンドンの「過激主義研究所」のユリア・エブナー博士は20日、オーストリア国営放送(ORF)とのインタビューの中で、「オーストリア国民にとってセルナー氏の主張はよく知られていることで、今更驚くべき内容ではないが、ドイツ国民にとってセルナー氏の主張はナチス時代を思い出させたのだ」と指摘し、ドイツ政界、国民がオーストリアから来た極右活動家の提言に驚きと衝撃を受けたという。

 ドイツ民間放送のニュース専門局ntvは抗議デモに参加していた70歳代の男性にインタビューしていたが、その男性は「自分はこれまで路上に出て抗議デモに参加したことがなかったが、今回は参加せざるを得なくなった」と説明し、ポツダム近郊の極右団体の会合に危機感を持ったことを明らかにしていた。

 オーストリアのセルナー氏の現代版「マダガスカル計画」についてドイツ人はオーストリア人より歴史的痛みを強く感じたのかもしれない。それも隣国から招かれたオーストリア人の男性がポツダムで喋ったのだ。その内容、そして戦後の戦争処理を話し合ったポツダムの地という歴史的な書割も手伝って、ドイツ国民は忘れかかっていた歴史的痛みを思い出したのだろう。

 ドイツ国民の中には、オーストリアからきたセルナー氏の姿にアドルフ・ヒトラーの亡霊を感じた人々もいたかもしれない。ちなみに、ヒトラーはオーストリア人だ。画家の道を目指したが、ウィーンの美術学校の入学試験に落ちたためにドイツに行った。そしてヒトラーが率いるナチス政権が後日、オーストリアを併合したために、オーストリアは一時的だが消滅した。

 ドイツはオーストリアから来たヒトラーが主導したナチス政権が発足し、第2次世界大戦では戦争犯罪国というレッテルを貼られる国となった。そのヒトラーの国から今度は極右運動の指導者セルナー氏がポツダム近郊の会議でヒトラーが夢見ていた「マダガスカル計画」の現代版を提言したのだ。ドイツ国民が寒い冬にも拘わらず、路上の反AfD抗議デモに出てきた背後には、「ドイツは“いつか来た道”を行こうとしている」といった危機感があるからかもしれない。

 ドイツでは現在、AfD禁止問題が大きなテーマとなっている。元憲法判事リュッベ=ヴォルフ氏は、「ドイツではAfDの禁止問題は常に、『もしNSDAP(国民社会主義ドイツ労働者党=ナチス)が禁止されていたらヒトラーの台頭は防ぐことができたのではないか』といった歴史的懺悔とリンクされる傾向が強い」という。NSDAPは1923年のヒトラー一揆後に一時的に禁止されたが、ヒトラーの台頭を防ぐことが出来なかった。それに対し,リュッぺ=ヴォルフ氏は、「法的力が不足していたのではなく、この党を阻止するという政治的意志が欠けていたからだ」と指摘している。

 欧州の政界では右傾化が話題となっている。そのパイオニア的役割を果たしたのはオーストリアのイェルク・ハイダー氏だ。同氏が率いる極右政党「自由党」が2000年、保守派政党「国民党」を担ぎ出して政権に参加したことが欧州極右政党が起こした最初の衝撃だった。欧州諸国は当時、自由党が参画したシュッセル連立政権の発足を受け、オーストリアとの外交関係を中断する制裁を実施したことはまだ記憶に新しい。

 オーストリアでは今年、議会の総選挙が実施されるが、複数の世論調査では自由党が支持率30%前後を獲得し、第1位を独走している。欧州の極右政党で総選挙で第1党、支持率30%を獲得できる政党は現時点でオーストリアの自由党しかない。オーストリアの極右政党は文字通り一歩先行している。それゆえに、ウィーンから聞こえてくる極右の足音にドイツの政界、国民は困惑と不安を感じ出しているのだ。

オーストリアも今年は「選挙の年」

 2024年は世界的に重要な選挙が実施される年だ。3月のロシア大統領選、11月の米大統領など大国のトップを選出する選挙が実施される。今年は米ロの大国だけではない。アルプスの小国オーストリアも選挙の年だ。選挙日程はまだ正式には決定していないが、現政権の任期5年の満期を迎える9月か10月には選挙(定数183議席)が行われる予定だ。

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▲不法難民の即送還を訴える自由党のキャンペーン「オーストリア要塞」のオンライン署名活動(自由党公式サイトから)

 そこで日本のメディアでは報じられることが少ないオーストリア連邦議会選挙の見通しを紹介する。議員の任期は5年、現政権はネハンマー首相が主導する保守派政党「国民党」と環境保護政党「緑の党」による2党連立政権だ。選挙の年を迎えて、ネハンマー首相の与党「国民党」もコグラー副首相の「緑の党」も世論調査では苦戦は免れない状況だ。もう少しリアルに表現すれば、「国民党」も「緑の党」も支持率を落とすことが予想される。一方、野党の極右政党「自由党」の第1党への躍進は現時点では確実と受け取られている。要するに、ネハンマー政権の継続は難しく、自由党を中心とした新しい政権が発足する可能性が出てきたわけだ。

 先ず、前回の総選挙(2019年)の結果を振り返る。国民党はまだクルツ首相が党首時代だ。37・5%でトップ、それを追って社会民主党21・2%、自由党16・2%、「緑の党」13・9%、そしてリベラル政党「ネオス」8・1%、共産党0・7%だった。その結果、国民党と「緑の党」の連立が生まれた。

 次に、現在の党の支持率の動向を見る。ネハンマー党首の国民党は21%、社民党23%、自由党29%、緑の党9%、ネオス11%、そして共産党3%だ。すなわち、国民的人気があったクルツ党首の辞任後の国民党はその支持率を大きく失っている。それに代わって、自由党は支持率では30%を超えているところもある。このままいけば、キックル党首の自由党が次期総選挙で第1党になることは間違いないわけだ(「極右『自由党』が支持率で独走」2023年9月3日参考)。

 もちろん、極右政党の自由党が第1党を獲得して、政権を担うようなことがあれば、欧州全土にも大きな衝撃を投じることは間違ないだろう。欧州の政界ではフランス、イタリア、オランダなどで極右系政党が躍進している。その右傾化を一層、加速することにもなるからだ。

 自由党が次期総選挙で複数のメディアの世論調査の結果を裏付ける躍進を遂げるかどうかは、今年6月9日に実施される欧州議会選挙の結果をみれば、より確実な予測ができる。その意味で、各政党は総選挙のテストケースとして6月の欧州議会選に力を入れ出している。

 極右自由党の躍進の背景には、不法移民への対策強化を訴える反難民、外国人排斥を掲げるオーストリア・ファースト政策があることは間違いない。イタリア、オランダ、フランスでも極右政党が躍進する理由はその反移民政策にある。

 ネハンマー首相は自由党の躍進を警戒する一方、移民政策では自由党と同じように強硬政策を実行して、自由党に流れる有権者を奪い返す政策を実施してきている。国民党の右傾化とメディアでは論じられている。

 自由党が第1党になるのは確実視されているとしても、政権を構成できる過半数を得ることは出来ないから、どうしても連立パートナーが必要となるが、現時点ではどの政党も自由党との連立を拒んでいる。

 1999年の総選挙で第2党に躍進した自由党が第3党の国民党と連立を組み、首相ポストを国民党のシュッセル党首に譲ることで連立政権を発足したことがある。その時、欧州諸国ではオーストリアで極右政党が政権に入ったとしてオーストリア新政権への激しいバッシングが行われたことはまだ記憶に新しい。

 キックル党首が3党に後退した国民党に声をかけて同じようなオファーを国民党に提示するならば、自由党・国民党の連立政権の発足も十分あり得る。政策的に見れば、自由党と国民党は移民政策では似ている。ただし、自由党が反欧州連合(EU)路線を維持している限り、親EU路線の国民党との連立が難しくなることが予想される。

 社民党はバブラー新党首を迎えて最初の選挙戦となる。新党首は若い時代、マルクス主義者だったことを吐露するほど、思想的には社民党内でも左派系だ。党内を如何に結束して選挙戦に臨むことができるかがポイントだ。

 次期総選挙で興味深い点は共産党が連邦議会で終戦後初の議席獲得を目指している。グラーツ市議会、ザルツブルク州議会選で共産党は大躍進し、市長ポストを獲得し、州議会でも議席を獲得するなど、選挙の台風の目となってきたが、連邦議会選で議席獲得に必要な5%の得票率を獲得するのは容易ではない。オーストリア国民は冷戦時代、ソ連・東欧共産党政権が如何に非人道的な政権であったかを目撃してきているだけに、共産党への不信感は強いからだ(「州議会選で『極右』と『極左』が躍進」2023年4月25日参考)。

 なお、オーストリアではリベラルな政党は躍進できないといわれてきたが、ネオスが投票率を二桁台に躍進させるならば、国民党と社民党、それにネオスの3党連立政権というシナリオも生まれくる。

 オーストリアは小国だが、EUの唯一の中立国となった同国の総選挙の結果は欧州全土に少なからず影響を与えるだけに、その動向が注視されるわけだ。

「イスラム国」分派が欧州でテロ工作か

 ドイツのケルンとウィーンの警察当局は23日夜、「危険な状況が差し迫っている」として警備措置を強化すると発表した。ドイツ通信(DPA)からの情報によると、ケルン警察はケルン大聖堂に対するイスラム主義者グループによる襲撃計画の可能性に関する情報を入手した。また、オーストリアのウィーン市のローマ・カトリック教会のシンボル、シュテファン大聖堂でもテロ襲撃が計画されていると報じられた。

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▲オーストリアのローマ・カトリック教会のシンボル、シュテファン大聖堂(2022年4月、撮影)

 幸い、クリスマスミサは25日、無事挙行された。それに先立ち、ウィーン検察庁は24日、ウィーン市16区のオッタクリングの難民宿泊施設でもテロ容疑者3人が特別テロ対策部隊によって逮捕され、拘留されたことを確認した。ドイツ公共放送ARDによると、ザールラント州(独中西部の州)でも24日、テロ容疑者が逮捕された。

 このニュースを聞いた時、驚いた。当方はオッタクリングに住んでいる。イスラム過激派テロ容疑者の拠点が少し離れているだけで、同じ区にあったからだ。そんなわけでイスラム過激派テロ問題をこれまで以上に身近に感じた(オッタクリングは23区から成るウィーン市では16区で「労働者の区」といわれてきた。トルコ系、セルビア系、クロアチア系の住民が多く住んでいる)。

 23日に拘束されたイスラム過激派テロ容疑者はイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)のホラサン州(ISKP)のテロネットワークに関係しているという。警察側によると、彼らはウィーンでテロを計画し、標的はシュテファン大聖堂だったという。テロ容疑者3名(男性2名、女性1名)は容疑を否認している。このグループはウィーンだけでなく、ケルンやマドリッドでのテロも計画していたという。ただし、容疑者の家宅捜査が実施されたが、「具体的な攻撃計画の兆候はなかった」という。

 英国のキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授によれば、ISKPグループは「現在最も活発なテログループ」であり、中央アジアに拠点を置いているという。同教授はX(ツイッター)で、「その起源はアフガニスタンにあり、アフガニスタンで最も過激で暴力的なジハーディスト(イスラム聖戦主義者)武装集団で、タリバン政府と戦っている。おそらく現在、西側諸国で大規模なテロ攻撃を実行できる唯一のIS分派だ」という。

 容疑者3人は既にウィーン・ヨーゼフシュタット刑務所に連行されている。容疑の内容は、テロ犯罪に関連したテロ組織に関連したものだ。

 警察報道官フィリップ・ハスリンガー氏は、「クリスマス直前に国家安全保障情報局(DSN)からの最新の脅威評価と継続的に強化されたテロ警戒のため、ウィーン警察は安全対策を大幅に強化した」という。クリスマス休暇中から大晦日、新年にかけて、武装した制服警官と私服警官の両方を配備中という。警察の警備の重点は主に教会や宗教行事、特に礼拝やクリスマスマーケットに集中している。治安当局はウィーンの他、オーストリアの第2の都市グラーツでもイスラム過激派の動向を注視している。グラーツにはイスラム根本主義組織「ムスリム同胞団」の欧州の拠点の一つがあるからだ。

 当方はこのコラム欄でクリスマスシーズンに入ると、多くの人々が集まるクリスマス市場や教会の礼拝などがテロリストのターゲットになる危険性があると書いたばかりだ(「今年のクリスマス市場は大丈夫か」2023年11月12日参考)。

 欧州では過去、クリスマス市場襲撃テロ事件といえば、2016年12月のベルリンのクリスマス市場襲撃事件を思い出す。テロリストが乗る大型トラックが市中央部のクリスマス市場に突入し、12人が死亡、48人が重軽傷を負った。また、フランス北東部ストラスブール中心部のクリスマス市場周辺でも2018年12月11日午後8時ごろ、29歳の男が市場に来ていた買い物客などに向け、発砲する一方、刃物を振り回し、少なくとも3人が死亡、12人が負傷するテロ事件が起きている(「欧州のクリスマス市場はテロ注意を」2018年12月15日参考)。

 パレスチナの自治区ガザを実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスが10月7日、イスラエルに侵入し、キブツなどで1200人余りのユダヤ人を虐殺した。ハマスの奇襲テロに報復するため、イスラエルはハマス壊滅のためにガザ区の攻撃を展開させている。パレスチナ自治区保健当局によると、イスラエル軍のガザ攻撃で2万人以上の住民が犠牲になったという。そのような状況下で、イスラム過激派テロ組織が欧州でテロを行う危険性が高まっている。

 ケルンとウィーンでは事前にテロ情報を入手し、容疑者を拘束しテロを未然に防いできたが、年末・年始の騒がしい時期を控え、テロの危険はまだ去っていない。

欧州最大の在外北大使館は大丈夫か

 ウィーン14区にある北朝鮮大使館が閉鎖されるのではないか、という疑念があった。オーストリア外務省の外国大使館欄を見る限り、北大使館の住所、電話番号は変わらないから、現時点では「閉鎖されない」と考えていいが、北朝鮮がここにきて在外公館の見直しを実施中で、欧州ではスペイン大使館も閉鎖されたというニュースが流れてきたばかりだ。

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▲在オーストリアの崔康一北朝鮮大使(2020年6月3日、オーストリア連邦大統領府公式サイトから)

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▲駐オーストリアの北朝鮮大使館(2016年2月9日、撮影)

 ウィーンの場合、スイスのジュネーブと同様、北朝鮮が関係する国連工業開発機関(UNIDO)や国際原子力機関(IAEA)など国連の専門機関の本部があるから、北側は閉鎖しないだろうと考えてきたが、2016年、ウィーンの北大使館も閉鎖かという情報が流れたことがあった。

 当方は当時、オーストリア連邦法務省管轄の土地台帳まで調査し、大使館の所有者に変化がないことを確認するまで落ち着かなかった。幸い、当時の北の金光燮大使(大使夫人の金敬淑女史は故金日成主席と金聖愛夫人との間の長女)と話す機会があった。同大使に「大使館は売りに出されるという情報が流れているが、事実か」と単刀直入に聞いた時、金大使は少々驚いた表情を見せながら、「初耳だ。いっておくが、われわれは今後も100年以上、オーストリアに留まるよ」と強調したことを思い出す。

 欧州最大の北大使館は1981年5月26日に土地とともに購入している。その広さは建物758平方メートル、庭園3578平方メートル、計4336平方メートルだ。建物は1949年4月2日、「Denkmalschutz(記念物保護)に基づき、公共利益の記念物保護対象」となっている(オーストリア連邦法務省作成の「土地台帳」Grundbuchから)。ウィーンの北大使館の建物は歴史的建物としてさまざまな制限があるだけに、新しい買い手を見つけ出すのは難しいという事情がある(「北大使『大使館は売らない』と言明」2016年10月2日参考)。

 ウィーンの北大使館は現在、崔康一大使(外務省前北米局副局長=Choe kang il)だ。同大使は2020年6月30日、ウィーンのホーフブルクの大統領府でファン・デア・ベレン大統領に信任状を手渡した。崔ガンイル氏は27年間大使を務めた金光燮大使の後任だ。ちなみに、ウィーンの北大使館はスロベニアとハンガリーをカバーしている。

 欧州連合(EU)の対北制裁もあって、北への圧力が強まっている。ウィーンには昔、2桁の外交官が登録されていたが、現在6人と外交官数は縮小。北は2004年6月末、米国の圧力から欧州唯一の北の銀行「金星銀行」の閉鎖を強いられたことはまだ記憶に新しい(「『ゴールデン・スター・バンク』の話」2019年10月9日参考)。

 北朝鮮は10月、アフリカのウガンダとアンゴラ、欧州のスペインにある大使館を閉鎖し、在香港総領事館も閉鎖を決めた。その後 バングラデシュとコンゴ民主共和国の大使館も閉じられたことが分かった。今後、閉鎖される在外北公館が増えるかもしれない。

 北朝鮮外務省はこれについて「外交的力量の効率的な再配置」と主張しているが、韓国側は、「国際社会による制裁の強化で外貨稼ぎが困難になり、公館の維持が難しくなっているため」との見方をしている。

 なお、今回は閉鎖される北朝鮮大使館でスペイン大使館といえば、2019年2月22日、首都マドリードにある北朝鮮大使館に何者かが侵入し、大使館関係者を拘束し、パソコンや携帯電話などを奪って逃げ去るという事件が発生したことがある。同事件は、CIAエージェントと海外の北朝鮮反体制派グループ「自由朝鮮」の仕業と推測された。

 同事件は平壌指導部を驚かしたことは間違いない。同事件の4年半後、北側はスペイン大使館の閉鎖に踏み切ったわけだ。スペインでの職務はイタリア大使館が兼務することになっている(「『朝鮮半島のハムレット』の幕開け?」2019年3月20日参考)。

 韓国・聯合ニュース(日本語版)によると、北朝鮮が国交を結んでいるのは159カ国・地域を超えるが、経済難に見舞われた1990年代の「苦難の行軍」以降、在外公館は徐々に縮小され、2023年11月29日の時点で北の在外公館は46カ所。平壌に在北朝鮮公館を持つ国も撤退閉鎖が進み、2021年3月時点で残存しているのは13カ国のみだ。

クナイスル元外相の優雅なロシア生活

 ドイツのゲアハルト・シュレーダー元首相(首相在任1998年10月〜2005年11月)とオーストリアのカリン・クナイスル元外相(在任2017年12月〜19年6月)の2人は国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)から戦争犯罪人容疑で逮捕状が出ているプーチン大統領の支持者として知られている。両者とも久しくロシア国営企業の顧問料という名目でプーチン氏から経済的恩恵を受けてきたことでも知られている。それゆえに、両者とも出身国ばかりか、欧州諸国からは「好ましくない人物」と見られてきた。

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▲河野太郎外相と会合するクナイスル外相(いずれも当時)=2018年7月5日、オーストリア外務省内で撮影

 ところで、クナイスル元外相(58)は最近、BBCからインタビューを受けて、移住したロシアでの生活の近況などについて答えている。元外相の名前が世界に知られるようになったのは、クナイスル女史が2018年、同国南部シュタイアーマルク州で自身の結婚式を行った際、ゲストにロシアのプーチン大統領を招き、一緒にダンスするシーンが世界に流されたからだ。「プーチン氏と一緒に踊った外相」ということでその後、彼女の名前は常にプーチン氏と繋げられて報じられた。自身の結婚式にロシア大統領を招待すること自体、異例だ。そのプーチン氏とダンスする姿が報じられると、オーストリア国民も驚いた。

 クナイスル女史は任期期間が短かったこともあって、外相としてその能力を発揮する機会はほとんどなかった。クルツ国民党政権のジュニア政党、極右政党「自由党」から外相に抜擢されたが、自由党のハインツ・クリスティアン・シュトラーヒェ党首(当時副首相)の「イビザ騒動」が契機となってクルツ政権は崩壊した。クナイスル女史はわずか1年半の在任で外相職を失った。その後、プーチン氏とのダンスが縁となって2022年3月までロシア国営石油会社ロスネフチの新役員に就いていた。

 クナイスル元外相はプーチン氏から結婚のお祝いに時価5万ユーロ相当の高価なホワイトゴールドで飾ったサファイアのイヤリングをプレゼントされている。クナイスル元外相は外相辞任後もその高価な贈り物を私有していたため、オーストリア外務省は「外国の要人から得た贈り物は任期が終了すれば外務省に返還することになっている」と要求し、「私へのプライベートな贈り物だ」と主張するクナイスル女史と一時期争いがあった(最終的には外務省が保管することになった)。

 ちなみに、クナイスル女史はプーチン氏を招いて結婚式を挙行したが、その相手とは2020年4月に離婚している。外相職を失い、夫を失い、そして今、プーチン氏支持者と受け取られて、欧州諸国からはバッシングを受けてきた。いずれにしても、ロシアの独裁者プーチン氏と関係を深めた政治家は平穏な人生を送ることが難しいのは、シュレーダー氏だけではなく、クナイスル女史も同じだ。

 クナイスル女史は親ロシア派としてバッシングを受ける日々に直面、オーストリアで職が見つからなかったためにフランスのマルセイユ、そしてレバノンのベイルートに移動したが、最終的にはプーチン氏の出身都市サンクトペテルブルクに住み、同市の大学の分析センターを指導することになったわけだ。最近は、クナイスル女史のポニーがロシア軍用機でロシアに輸送されたことが国際メディアの話題を呼んだばかりだ。BBCは「オーストリアの元外相カリン・クナイスル氏はポニーとともにロシアへ移住した」と報じたほどだ。

 クナイスル女史はBBCとのインタビューで、「ロシアで今、快適に暮らしている」と述べ、サンクトペテルブルク大学の「学問の自由」を称賛し、「身近な環境で抑圧を経験していない。 ロシアで働く機会を得られたことに本当に感謝している」と語った。

 同女史はまた、欧米諸国の対ロシア制裁が「機能していない」、「対ロシア制裁が望ましい結果をもたらしていないことを多くの人が認めざるを得ない」と強調。プーチン大統領については「彼は最も知的な紳士だ」と高く評価している。ロシアのウクライナ侵略についてはこれまでの通り、何も批判していない。

 なお、クナイスル女史は、「オーストリアでは、私が現在ロシアの大学で働いているという理由で、私の国籍を剥奪するよう求める声が聞かれる。ウィキペディアによると、私は汚職、反逆罪、そして30年間KGBに勤務していたスパイ容疑で告発されている。この種の汚い中傷はすべて人生を破壊する。だから法的措置が講じられるまでは戻りたくない」と述べ、オーストリアに戻る可能性を否定している。

 クナイスル女史は英語やフランス語のほか、アラブ語の達人といわれている。イスラエルとパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織ハマスとの間の戦争について、クナイスル女史の意見が聞けなかったことは残念だった。

「ウィーン人権宣言」とモックさん

 「世界人権宣言」は1948年12月10日、パリで開催された国連第3回総会で採択されて今月10日で75周年を迎える。そして1993年6月25日には、ウィーンで「世界人権会議」が開催され、「世界人権宣言」の履行を監視するため、「ウィーン宣言および行動計画」として「ウィーン人権宣言」が採択された。

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▲オーストリアのアロイス・モック元外相

 「世界人権宣言」では、第1条「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」と記述され、第2条は「すべての人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる」と明記されている(「『世界人権宣言』と『親の不在』」2023年3月13日参考)。

 当方にとって、「世界人権宣言」と聞けば、ウィーンの「世界人権会議」の議長役を務めたアロイス・モック外相(当時、Alois Mock)が「ウィーン人権宣言」を掲げて喜びを表していた報道写真をどうしても思い出してしまう。今年はその「ウィーン人権宣言」採択30周年目だ。そこで同会議議長を務めたモック外相(当時)との思い出を少し振り返った。

 モック外相はオーストリアでは同国の欧州連合(EU)加盟(1995年1月)の立役者であり、「ミスター・ヨーロッパ」と呼ばれてきた政治家だ。オーストリアは当時、社会民主党と国民党の連立政権だった。社民党のフラニツキー首相のもとで国民党党首だったモックさんは外相としてオーストリアのEU加盟交渉でブリュッセルとウィーンの間を飛び回っていた。その激務が後日、モック外相の健康を害することになった。オーストリア日刊紙プレッセは「モック氏はわが国のEU加盟実現の代償として自分の健康を失った」と述べていた。

 当方は1989年9月15日、モックさんが外相時代、外務省執務室で単独会見した。それがモックさんとの最初の出会いだった。モックさんが健康を悪化させ、外相の立場を辞任する時、辞任記者会見には多くのジャーナリストたちが集まった。モックさんが別れを告げるとジャーナリストたちから握手が起きた。別れを告げる政治家に記者たちが暖かい拍手を送る、といったことはこれまでなかったことだ。

 当方が最後にモックさんと会見したのは、モックさんが国民党の名誉党首を務めていた時だ。モックさんは当時、既にパーキンソン症が進んでいて、会話も容易ではなかった。話すことも辛そうなモックさんの姿を見て。「会見すべきではなかった」という思いが湧き、モックさんに申し訳なさを感じた。会話は10分余りで切り上げたが、モックさんは最後まで当方の質問に一生懸命答えようとされていたのを憶えている。

 モックさんがパーキンソン病の治療のために政界から引退した後は、公の場に姿を見せることはほとんどなかった。エディト夫人との間には子供がいなかった。そして2017年6月1日、“ミスター・ヨーロッパ”は82歳で死去した。オーストリア国営放送は同日夜、プログラムを急きょ変更し、モックさんを追悼する番組を放映した(「さようなら“ミスター・ヨーロッパ”」2017年6月3日参考)。

 ところで、「世界人権宣言」75周年、そして「ウイーン人権宣言」の30周年の今年、世界の人権状況は改善されただろうか。中国や北朝鮮などの独裁国家では人権弾圧は続き、国際社会の追及には「内部干渉」という理由で反発するといった状況が続いている。例えば、中国共産党政権は 新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル人への人権弾圧問題が人権理事会でテーマとならないように加盟国に圧力をかける、といった具合だ。

 21世紀の世界情勢をみると、残念ながら世界至る所で人権が蹂躙されている。ロシアのプーチン大統領はウクライナを兄弟国と言いながら、ウクライナに軍事侵攻し、民間人を恣意的に殺害し、人間が生きていくうえで不可欠なインフラを破壊している。東方正教会のコンスタンティノープル総主教、バルソロメオス1世は、「ウクライナに対するロシアの戦争は『フラトリサイド戦争』(兄弟戦争)だ」と述べている。

 ところで、ドイツ司教協議会とドイツ福音主義教会(EKD)は世界的な「宗教の自由」に関する第3回の共同報告書を発表したことがあるが、EKDのペトラ・ボッセ=フーバー司教によると、同報告書は「宗教の自由」を例に挙げて普遍的な人権教育を推進するためのものという。同報告書の共同執筆者のハイナー・ビーレフェルト氏は、「『宗教の自由』なくして人権は完全となり得ない」「宗教の自由は社会の中心に位置すべきだ」と述べている(「『信教の自由』なき人権は完全に非ず」2023年7月7日参考)。

 人権の基本法といわれる「世界人権宣言」、その履行状況を管理する「ウィーン人権宣言」は法的な権限はないが、その意義は益々高まってきている。同時に、人権を無視し、蹂躙する独裁国家は依然、存続している。日本のような先進諸国の民主国家でも「信教の自由」が白昼堂々と蹂躙されているのだ。モックさんなら世界の人権状況をどのように評価するだろうか。

戦時下のウクライナで2度目の冬到来

 雪が初めて降った日はこのコラム欄で必ず記したものだ。初雪の日を忘れないためという意味もあったが、雪が初めて降った日はやはり特別な思いが湧いてくるからだ(「雪が降る日、人は哲学的になる」2015年1月8日参考)。

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▲ドイツのショルツ首相と防衛政策の協調で電話会談するゼレンスキー大統領(2023年11月30日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 8年前のコラムの中で「『ベートーベンの生涯』を書いた作家ロマン・ロランは『ウィーンはどこか軽佻(けいちょう)な街だ」と表現している。非日常的なイベントで明け暮れる観光の街に住んでいると、人々は落ち着きを失い、内省する習慣もなくなっていく。例外は雪が降る日だ。ウィーン子は雪の降る日、人生について考え出すのだ」と書いたほどだ。

 その音楽の都ウィーンはここ数年、雪が余り降らなくなった。地球の温暖化のせいかは知らないが、暖冬が続いたので重いマンテル(外套)を着て冬用の靴を履く、ということはここ数年なかった。

 雪が降らなければ、雪掻きをするサイドビジネス(お小遣い稼ぎ)をしている人々にとっては収入源の喪失を意味する。雪掻きの仕事を希望する市民は市当局の担当部署に登録しておく。そして雪が降って、路上の雪掻きが必要となれば、市当局から登録していた市民に電話が入る。通常、早朝、3時、4時ごろから雪掻きが開始される。

 アルプスの小国オーストリアのチロルなどアルプス山脈地域は、ウインタースポーツのメッカだ。ただ、アルプスの地域でも雪が十分に降らないためにアルペンスキーW杯大会が開催できないという事態もあった。

 幸い、今年はそのようなニュースは届かない。今夏は例年にない暑い日々が多かったというニュースを聞いたばかりだったが、ここにきて「今年の冬は寒くなるだろう」という予測が出ている。

 今年のウィーンの初雪は11月25日から26日にかけて降った。ただ、太陽が昇るとすぐに消えてしまった。そして12月2日、本格的に雪が降った。自宅のベランダには約30センチの雪が積もった。本当に久しぶりの雪だ。その翌日(3日)、近くの教会から朝7時を告げる鐘の音がいつもより小さく響いてきた。教会の鐘の音が積もった雪に吸収されてしまったのだろう。路上から聞こえる音も3日が日曜日ということもあるが、静かだ。

 ところで、ウィーンから1000キロも離れていないウクライナでは既に冬が始まっている。「初雪だ」といって当方のようにのんきなことをいっている場合ではない。ウクライナの冬はウィーンより寒い。ウィーン大学で学生が「今日は寒いわ」と呟くと、キーウ出身の女学生が「寒い?この程度の寒さなど問題ではないわ。ウクライナではマイナス20度は普通」と答えたという。「ウィーンの寒さ」と「キーウの寒さ」では大きな差があるわけだ。

 ウクライナ国民にとって寒さだけではない。ロシア軍の攻撃を受け、電力・水道などの産業インフラが破壊されたこともあって、停電は日常茶飯事、自宅で温かいスープで寒さをしのぐといった贅沢なことは難しい。爆撃で窓が吹っ飛んでしまったアパートメントに住むキーウ市民は新しいガラスは直ぐに手に入らない。寒さがもっと厳しくなる前にビニールを貼って緊急処置をする。

 マイナス20度、停電、空腹の状況下に生きている人々がどんなに大変かは体験しないと理解できないだろう。ロシア軍と戦うウクライナ兵士は更に大変だ。生命の危機を常に感じながら、戦場でロシア軍兵士と闘っている。冬になれば、通常の戦闘は難しくなるから、無人機攻撃やミサイル攻撃が中心となってくる。兵力の増強を決定したロシア軍は戦時経済体制のもと武器を依然十分保有しているから、欧米諸国からの武器供与に依存するウクライナ軍はやはり不利だ。

 ウクライナ軍によると、ウクライナ軍とロシア軍の間の戦闘はここにきてウクライナ東部に集中している。アヴディウカ戦線では、過去24時間に20回のロシア軍の攻撃が撃退された。ウクライナ軍参謀本部の最前線報告によると、ロシア軍はバフムートを15回攻撃した。ウクライナ南部ヘルソン地域では、ウクライナ軍がドニプロ川南岸の新たな陣地を維持しているという。

 ウクライナ戦争は来年2月24日でまる2年目を迎える。ウクライナ国民の祖国への愛国心、防衛の決意は途絶えていないが、2022年上半期のような高まりはないだろう。犠牲者も増えれば当然のことだ。この冬を何とかして乗り越えなければならない。ゼレンスキー大統領はどのような思いを持ちながら、国の指揮をとっているのだろうか。同大統領は11月30日、AP通信とのインタビューの中で「期待した成果は実現していない」と、現状が厳しいことを認めている。

 欧米諸国はウクライナ支援の継続と連帯を繰り返し表明しているが、欧州諸国(EU)の27カ国でも対ウクライナ支援で違いが出てきている。スロバキア、ハンガリーはウクライナへの武器支援を拒否し、オランダでも極右政党「自由党」が11月22日に実施された選挙で第一党となったばかりだ。もはや前政権と同様の支援は期待できない。欧州の盟主ドイツは国民経済がリセッション(景気後退)に陥り、財政危機に直面している。対ウクライナ支援でも変更を余儀なくされるかもしれない。最大の支援国・米国では連邦議会の動向が厳しい。共和党議員の中にはウクライナ支援のカットを要求する声も聞かれる、といった具合だ。もちろん、イスラエルとハマスの戦闘は米議会の関心を中東に傾斜させているため、ウクライナへの関心は相対的に薄くなりつつあることは事実だ。

 ウクライナ国民は今、内外共に厳しい時を迎えている。ウィーンで空から静かに落ちてくる白い雪を見つめていると、キーウ市民はどのような思いで今、雪を眺めているだろうか、と考えざるを得なかった。

「新兵」は何分間、直立不動出来るか

 アルプスの小国オーストリアは第2次世界大戦後、中立主義を国是に掲げ、軍事同盟には加盟せず、冷戦時代には国連外交で紛争勢力間の仲介役を演じることで貢献してきた。

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▲オーストリアの建国記念日で宣誓式に臨む連邦軍の新兵たち(2023年10月26日、ウィーンの英雄広場で、連邦軍国防省公式サイトから)

 ロシア軍のウクライナ侵攻後、欧州の代表的中立国フィンランド、スウェーデンがいち早く北大西洋条約機構(NATO)加盟を決断したが、オーストリアはスイスと共にその中立国の立場を維持している。ただし、スイスは中立主義の定義の見直し(「協調的中立主義」)や武器再輸出法案の是非を検討するなど試行錯誤する一方、そのスイスと共にオーストリアは7月、欧州の空域防衛システム「スカイシールド」(Skyshield)への参加への意思表明書に署名したことはこのコラム欄でも報じた(「『中立主義』との整合を問う2つの試練」2023年7月5日参考)。

 「ヨーロッパ・スカイ・シールド・イニシアチブ」(ESSI)はドイツのショルツ首相が2022年8月末に提案したものだ。現在設置されている防護シールドは、基本的にイランからの潜在的な脅威に備えたものだ。例えば、弾道ミサイルとの戦いや、無人機や巡航ミサイルからの防御において欠陥があり、ロシアからの攻撃には対応できない。そのため、新たな空域防衛システムが必要というわけだ。ショルツ首相は、「高価で複雑な防空システムを独自に開発し、構築するより、欧州の共通防空システムは安価で効率的に利用できる」とアピールしてきた。

 ESSIに加盟を表明した国は現在、17カ国だ。(スウェーデンは正式にまだ加盟していないが)加盟国の全てはNATO加盟国だ。加盟国ではない国の参加はスイスとオーストリアだけだ。それだけに、野党の極右「自由党」キックル党首は、「スカイシールド参加と中立主義は一致しない。NATOとロシアが戦闘した場合、わが国はその戦禍を受けることになる」と強く反対しているが、「スカイシールド」参加はあくまでも国内の空域防衛を目的としたものだ。NATOのように加盟国への支援義務はないから、「中立主義とスカイシールド参加は矛盾しない」という声が現時点では支配的だ。

 オーストリアのネハンマー首相は14日、閣僚会議を招集し、欧州スカイシールド防空システムの一部として長距離システムの購入を決め、2027年に購入を開始することを決めた。ただ、射程50キロメートルを超える長距離システムは連邦軍の10カ年開発計画には含まれていなかったので、この決定を受けて正式に追加される。

 ところで、今回のコラムのハイライトはオーストリアのナショナルデーだった10月26日のことだ。ウィーンの英雄広場では連邦軍の新兵の宣誓式などの慣例の儀式が行われる一方、国民を招き、連邦軍のヘリコプターや特別部隊の活動状況などがデモンストレーションされた。

 後日になって判明したが、ネハンマー首相が先月26日、オーストリア共和国への忠誠を誓った女性兵士25名を含む950名の新兵の宣誓式に出席し、国の歴史、国防の意義などを語っていた時だ。オーストリアのメディアによると、80人の新兵が循環器系の不調のために早々と退席し、14人の新兵は意識を失い、その場で倒れたというのだ。緊張していたこと、天候が暖かく、ユニフォームが重く、苦しかったこともあるだろう。それにしても、若い新兵が1人ではなく、14人も次々と意識を失って倒れたというのだ、その度に、軍関係者が意識不明で倒れている新兵を運び出すシーンが見られた。

 首相の演説は14分間だった。予定では5分だったが、首相は持ち時間を大きくオーバーした。しかし、退席したり、倒れる新兵たちが続出するシーンはやはり問題だといわざるを得ないだろう。野党の社会民主党(SPO)議員が後日、議会でこの件をタナ―国防相に質問している。ネハンマー首相の予定以上に長った演説か、天候のせいか、それとも新兵たちの基礎体力の問題か、さまざまな意見が聞かれたという。

 それにしても、若い新兵たちが首相の14分間の演説を直立不動の姿勢で傾聴できない、ということは少々心細い、ロシア軍が侵攻してきた時、オーストリア連邦軍はウクライナ軍のように勇敢に祖国防衛のために戦うことが出来るだろうか、という一抹の不安が出てくる。

 最新の武器システムは購入できるが、祖国防衛のために戦うスピリットは買えない。戦後から中立主義を堅持してきたオーストリア連邦軍は国連平和活動以外、実戦体験はほとんどないから、新兵に多くは要求できない。それこそ“ないものねだり”といわれてしまう。

 いずれにしても、80人の兵士が気分が悪くなって退席し、14人の新兵たちが意識不明になって倒れた、というニュースを国民はどのように受け止めただろうか。最近の若者はだらしない、と叱咤する国民も出てくるだろう。一番いいことは、戦争が起きないことだ。
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