ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

日常雑感

「トロッコ問題」と「トリアージ問題」の話

 始まりがあれば必ず終わりがあるものだ。猛暑日が続き、酷暑日がその間に入ってくる夏の日々を過ごしてきた人ならば、気温が30度以下に下がった日には、「やれやれ、暑い日々もこれで終わりかな」と一息つく。気温が体温と同じレベルまで上がると、人は正常に考えることが出来ない。暑さという牢獄に収監されたような状態が続く。

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▲「イタリア北部ロンバルディア州で新型肺炎の感染者の治療に苦悩する医者」、オーストリア代表紙プレッセ2020年3月24日

 もちろん、猛暑の日がぶり返すかもしれないが、峠を越えたことはほぼ間違いないだろう。そこで暑さの牢獄生活中に考えていたことを忘れないうちに整理してみた。その際、動画「寝落ちの雑学」の「トロッコ問題、副題・功利主義200年」を参考にした。

 「トロッコ問題」という言葉をご存知だろう。ブレーキが故障したトロッコがレールの上を走ってくる。その前方には5人の労働者が働いている。このままいくと5人はひき殺されてしまう。ただ、分岐器のレバーで線路を変えることが出来る。その場合、5人は助かるが、その別の線路上には1人の労働者が働いていた。問題は、1人の労働者を犠牲にして5人を救うためにレバーを変えるかだ。調査結果によると、およそ9割の人がレバーを引いて、5人を助けると答えたという。「5人対1人」の数の問題だ。哲学的には功利主義に基づいている。選択には余り躊躇はなかった。

 「トロッコ問題」には続きがある。線路上に5人の労働者が働いている。別の線路はない。ブレーキが利かないトロッコが接近してくる。その時、歩道橋に一人の頑丈な男性がいた。そこでその男性を歩道橋から線路に落として疾走するトロッコを止めることが出来れば、5人の労働者は助かるが、ブレーキ替わりとなった男性は死ぬ。問題は、あなたは5人を救うために1人の男性を歩道橋から突き下ろすかだ。調査によると、男性を上から落とすという選択には大多数が抵抗感を感じる、という結果だった。功利主義的に考えれば、1人の男性を犠牲にして5人を救うという「1対5」の選択には変わらないが、多くの人はその選択を拒否したのだ。

 以上の話が「トロッコ問題」と呼ばれ、多くの賢者を悩ましてきた。「トロッコ問題」は突き詰めれば、功利主義者のジェレミ・ベンサム対イマヌエル・カントの対立構図であり、「冷たい数字」対「直観」(定言命法)だ。人間はこの「トロッコ問題」に久しく頭を悩ましてきた。そしてその答えを得るために今なお、考え続けているというのだ。

 「トロッコ問題」に酷似したテーマには「トリアージ問題」がある。中国武漢発の新型コロナウイルスが欧州に席捲した時、欧州の病院はどこも患者で溢れた。全ての患者を年齢や過去の病歴に関係なく平等に治療したい医者はどの患者を優先して治療するかで悩んだ。病院にはもはや空きベットはなく、患者用の救命救急リソースの数は限られている。医者は考え出す。あの患者は高齢で病気持ちだ。彼はまだ若く未来がある、といった思考が生まれては消えていく。

 トリアージについて、トリアージ専門家のバーバラ・フリーゼネッカー氏は独週刊紙「ディ・ツァイト」とのインタビューで、「地震や列車事故の場合、事故現場に到着し、医師が少なすぎて全ての患者を適切にケアできない場合、医師はどの患者を最初に救済しなければならないかを判断しなければならない。集中治療を受ける患者とそうではない患者に分け、別々のカードを使って区別する。生存の可能性の少ない患者は緊急治療から外す。トリアージの目的は緊急事態で出来るだけ多くの命を救うことだ」と説明している。

 例えば、ドイツ連邦憲法裁判所(独南部カールスルーエ)の第1上院が2021年12月28日、トリアージの際に障害者の保護を要求した9人の障害者の訴えを認め、「障害者権利条約に基づき、トリアージが発生し、医師が誰を救うか、誰を救わないかを決定する状況になった場合、障害者を保護するために直ちに予防措置を講じる必要がある」と裁定し、立法府に迅速にトリアージでの障害者の保護を明記した法案を作成をするように要請した。

 「トリアージ問題」の専門家は、「非常に異なる状況にある複数の患者がいる場合、すばやく客観的で正しい決定を下すことは困難だ。その場合、『宝くじ』の倫理原則に従って、サイコロを投げたり、棒を引いたりする。優れた医学的意思決定とは何の共通点もない絶望的な行為だ」と述べていた。トリアージは患者たちにとって過酷な運命だが、医師たちにとっても苦しい選択となる(「トリアージ問題」専門家の重い発言」2021年12月1日参考)。

 以下、「トロッコ問題」や「トリアージ問題」の場合、当事者の選択は生命に直接関わる苦悩に満ちたものだ。どちらを選択したとしてもその影響、精神的痛みが残ることは避けられない。

 医者が苦々しい思いから「サイコロを転ばして選択しなければならなくなる」と吐露していたが、サイコロを転がして選択するという手段は無責任のように思えるが、非常に思慮に富んだやり方ではないか。

 サイコロを転がすまでは当事者、人間の責任だが、何を選択するかはサイコロが決めるのであって、サイコロを投げた者ではない。サイコロは生死の選択を強いられる人の重荷を軽くする。

 旧約聖書の「箴言」には、「人は考え、神が決める」という内容の聖句がある。「最大多数の最大幸福」を目指す功利主義者に対し、最終的に決めるのは神だ、といえば「それは信仰告白に過ぎない」と受け取られるかもしれない。サイコロを転がしたとしても、その前提となる神が不在ならば、人間の苦悩は一層深刻となってしまうかもしれない。

ウィーンの夏の日の「宗教雑談」

 世界では「神会議」とか「メシア会議」といった名称の国際会議がある。「神会議」には様々な宗派の神の代表が参加し、「メシア会議」には自称救世主を名乗る宗教者が集まり、世界の諸問題の解決策について話し合う。

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▲フリードリヒ・ニーチェの肖像(1882年)、ウィぺディアから
 
 ところで、21世紀の現在、何人のメシアが地上に生きているのだろうか。世界の紛争が終わり、平和が実現できるのならば、メシアと呼ばれる救世主は多いほどいい。志のある人はメシアと名乗って世界の平和実現のために率先して活動して頂きたい。ただ、過去の歴史を振り返ると、楽観的にはなれない。メシアと宣言する宗教家が他のメシアと名乗る人物と戦い、殺害し合うことが少なくなかったからだ。宗教は平和をもたらすのではなく、戦いを拡散する手段として利用されてきたことが多かった。

 ウィーンは19日、気温が久しぶりに30度以下と低い。そこで少し宗教について雑談したい。
 唯一神教の神は‘妬む神‘といわれてきた。唯一神を崇拝する信者が他の宗派の神を拝むようなことがあれば、一大事だった。唯一神は異教の神を信じる者たちを滅ぼせと命令する。幸い、人類の歴史は心霊が高まるにつれて次第に理性的になってきた。そして連帯、共存の道を模索し出した。ただ、宗教間のいがみ合い、不和は依然根絶されていないから、時には暴発する。

 唯一神の代表は「アブラハムの神」だ。アブラハムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3大唯一神教から「信仰の祖」と呼ばれてきた。異教の地から神に召されたアブラハムは、神から「わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう」(創世記12章)と祝福された。神の祝福を受けたアブラハムはその神の約束を素直に受け、カルデヤのウルから出て神の示す地に出かけた。神の祝福はアブラハムからイサク、そしてヤコブと継承する、神はヤコブにイスラエルという名称を与え、それからイスラエルの歴史が始まった。アブラハムはヘブライ語で「多数の父」を意味する。

 興味深い点は、ここにきて「スピノザの神」が注目されてきたことだ。 バールーフ・デ・スピノザは1632年11月、オランダのアムステルダムの裕福な貿易商のユダヤ人の家庭に生まれ、将来はユダヤ教会のラビになると期待されるほど、優秀な若者だったが、後日,正統派のユダヤ教会から「神を侮辱する人間」としてオランダのユダヤ人コミュニティからへーレム(破門)された哲学者だ。スピノザは汎神論者と言われた。彼は「神は自然だ」と主張し、聖典の人格神は信じなかった。「アブラハム・イサク・ヤコブの神」を信じる有神論者からみれば、「スピノザの神」は明らかに異なっていた。ちなみに、理論物理学者アルベルト・アインシュタイン(1879年〜1955年)は「教会が主張する神は信じられないが、スピノザの神ならば信じられる」と告白したという。

 欧州のキリスト教社会で忘れることが出来ない人物はドイツ哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844〜1900年)だ。「神は死んだ、私たちが神を殺した」と指摘したニーチェは厭世家で反キリスト教的人生観の思想家といったイメージが付きまとうが、実際はその逆だ。ニーチェ哲学は現在、人間自身が新しい価値観を創造して進化する力への意思を説く生の哲学と呼ばれている。

 「神は死んだ」ということは、神はその前には生きていたことを意味する。神は社会生活では共通の価値観、世界観だった。その神が死ねば、当然、価値観、人生の意味を失う。価値観の最高の保証人である神を失った結果、人間は価値や意味のない世界に放り出されたわけだ。

 ニーチェは近代社会から価値、意味を奪ったが、そこで留まっていない。新たな価値観を見出すべき「超人」の道を模索しだす。これはニーチェの「超人思想」だ。 ニーチェのいう「超人」(Ubermensch)とは、既存の価値観や規範に囚われず、自らの力で新たな価値を創造し、常に自己を超克し続ける人間のことだ。安楽や平穏ではなく、自己の成長と創造を追求する強い意志を持つ存在という。そして「永却回帰」で苦しい過去も楽しい過去もすべて肯定的に捉え、その過去を踏まえてこれから最善の行動をとるべきだと主張しているのだ。幸せになるためにはその過去を肯定的に捉えるしかないというアドバイスだ。

 「アブラハムの神」がその生命力を失ってきた一方、無神論者と不可知論者が増えてきた。同時に、ニヒリズムが拡散してきた。欧州社会では実用的な不可知論(Agnosticism)と宗教への無関心が次第に広がってきた。英国から「神はいない」運動が欧州全土に拡散してきた。十字架は学校や公共場所から追放され、人間は一個の細胞とみなされ、金銭的な評価で価値が決定される。

 不可知論とは、神の存在、霊界、死後の世界など形而上学的な問題について、人間は認識不可能であるという神学的、哲学的立場だ。それゆえに、神の存在を否定しないが、肯定もしないという立場を取る。欧州の知識人の中には、「無神論者」であることをカムフラージュするために不可知論者を装うケースが少なくない。彼らにとって、不可知論は居心地がいい避難場所だ。「神を信じる者」からも「信じない人」からも、一定の尊敬を勝ち得ることが出来るからだ。なお、不可知論者を聖書的に表現すれば、「熱くもなく、冷たくもない、生ぬるい人」といえるかもしれない。

 本当の無神論世界観はカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスが「共産党宣言」を宣布して始まった。唯物主義が台頭し、神は追放され、「宗教はアヘン」として蔑視されていく。人は精神的存在ではなく、高度に発展し、進化した物質的存在と見なされていった。ここに現代人が考える「無神論者」が生まれてきたわけだ。その意味で、共産主義思想の登場は歴史的出来事だった。それまでは、自身が信じる神と「他の神」との戦いの歴史が久しく続いてきたが、その後、共産主義と神との本格的な戦いの幕が開いたのだ。

 共産主義が登場して以来、もはや宗教戦争はなくなった。厳密にいえば、共産主義が自身の勢力を拡大するために宗教間の戦いを煽ってきた。実相は共産主義と神との代理戦争だ。キリスト教会の分裂、スンニ派とシーハ派の戦いも共産主義勢力が背後で煽っている。その戦いは、政治、経済、科学の世界だけではなく、文化の世界にまで広がっている。戦いの檜舞台は米国社会だ。終末時のハルマゲドンの戦いというべきだろう。
 

芥川龍之介の「心の底に潜んでいる怪物」

 数年前、網膜剥離を患ったこともあって、最近は長い資料や文章を読むことが億劫になってきた。そのかわり、眠れない夜などは、オーディオブックでシャーロックホームズの探偵話や小説を聞くようになった。
 最近、芥川龍之介の短編「疑惑」を聞いた。20分余りの物語で、内容は安眠を願っていた当方には少々重いテーマだったが、考えさせられた。

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▲芥川龍之介,ウィキぺディアから

 話は、大地震で崩れ落ちた家屋で下敷きになった妻をもはや救済できないと判断した夫(玄道)が撲殺するというストーリだ。内容は決して安楽死の云々を問うものではなく、「妻を殺したのは、殺したかったからではないか」という心から湧いてくる自身への疑惑だ。倫理学を専門とする「私」は突然、宿泊地の部屋に現れて、「どうか私の話を聞いて下さい」と懇願する玄道の告白を聞くことになった。妻を失った玄道にその後、再婚話が持ち込まれてくる。玄道には自身が妻を殺したのではないか、という苦悶から逃げることができなくなる。断り切れずに悶々としているうちに婚礼の場となり、花嫁の婚礼装束が近づいてくる時「私は人殺しです、極上悪の罪びとです」と叫びながら倒れてしまう。その後、玄道は狂人という名を負わされ余生を送らねばならない身となった。

 玄道は「「私」に告白した後、「私を狂人にしたものは、やはり我々人間の心の底に潜んでいる怪物のせいではございますまいか。その怪物が居ります限り、きょう私を狂人と嘲笑している連中でさえ、明日はまた私と同様な狂人にならないものでもございません」というのだ。

 玄道が吐露した「心の底に潜んでいる怪物」とは何だろうか。芥川はその怪物の正体については何も説明していない。キリスト教の観点からいえば、「怪物」は悪魔(サタン)だ。悪魔は人間に常に囁きかけてくる。玄道のように「自分はひょっとしたら妻を殺したかったのではないか」と、自身への疑惑に悩む人間に囁きかける。その自問に耐えられなくなった玄道は生きていくことが出来なくなるのだ。

 ちなみに、新約聖書「ローマ人への福音書」第7章で、、聖パウロは「わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いを挑み、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。わたしは、なんというみじめな人間なのだろう」と慨嘆している。

 人を騙せたとしても自分を欺くことはできない。「怪物」は玄道に「お前は妻を殺したかったのだ」と、耳元で囁き続けるのだ。
 
 芥川は1927年、自宅で服毒自殺したが、遺書には「ぼんやりとした不安」とだけ書かれていたという。芥川も玄道と同じように「怪物に取り憑かれた存在」として、救いの道を模索していたのではないか。
 

3人のユダヤ人作家が生きていた時代

 3人のユダヤ人作家、フランツ・カフカ(1883年〜1924年)、ヨーゼフ・ロート(1894年〜1939年)、そしてシュテファン・ツヴァイク(1881年〜1942年)の話を聞く機会があった。第一次世界大戦(1914年〜18年)、ハプスブルク帝国の解体(1918年)、ナチス・ドイツの躍進(1930年代初頭)、そして共産主義の台頭(1920年代から30年代)といった時代の大変革の時に生まれ、作家、ジャーナリストとして活躍した人物だ。

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▲ヨゼーフ・ロート(1926年撮影)、ウィキぺディアから

 カフカは日本でも多くの読者をもっている。カフカは41歳になる直前、結核でウィーン郊外のサナトリウムで亡くなった。彼は健康管理には注意を払ってきた。食事では必ず40回噛むことを実行し、朝は体操した。にもかかわらず、といっては可笑しいが、41歳の誕生日を迎える前に結核で亡くなった。労働者傷害保険協会に勤務していたカフカは、結核にかかっていた労働者を世話したことから、感染したらしいといわれる。

 交際していた女性がいたが、最終的には結婚を断念し、生涯独りだった。時代はナチス・ドイツが台頭する直前だったこともあって、カフカは強制収容所などを体験しなかったが、愛する3人の姉妹たちはカフカの死後、いずれも収容所で亡くなっている。カフカは生前、会社勤務を終えると、夜、小説を書くといった今でいう2刀流の生活だった。死ぬ寸前、彼は友人マックス・ブロートに自分が書いた原稿を全部燃やしてほしいと頼んだが、ブロートはカフカの原稿を持ち出すことに成功し、後日、カフカの作品、「城」、「審判」などを世に出した。ブロートがいなければ世界文学にカフカの名はなかっただろう。

 作家であり、ジャーナリストだったロートは45歳で亡くなった。自分の家を持たず、ホテルを転々しながら生活をしていた。ホテル代が払えなくなると、友人のツヴァイクに支援を要請する手紙を書いた。ツヴァイクは当時、流行作家として有名な作家だった。裕福な家庭出身のツヴァイクは経済的に困窮するユダヤ人作家たちにお金を送って支援していた。ただし、ロートに対しては必要な資金だけを提供し、余分なお金は送らなった。ロートが金があれば直ぐに酒を飲むことを知っていたからだ。

 ロートの主な作品に「果てしなき逃走」「ラデツキー行進曲」「聖なる酔っぱらいの伝説」などだ。ツヴァイクと同様に、オーストリア=ハンガリー帝国に郷愁を抱き続けた。ロートを知っている友人は「ロートに会った時、彼は当時まだ40代だったが、60代の老人のような姿だった」と報告していた。欧州各国を転々と亡命し、パリでアルコール中毒もあって病死した。

 一方、ツヴァイクはロートと同じようにハプスブルク帝国時代を夢見ていた。民族を超えて、様々な民族が君主制のもと共存する時代だ、しかし、帝国は滅ぶ一方、ナチスが台頭。逃亡を嫌っていたが、これ以上留まると危険だという友人の助言を受け、オーストリアを離れ、最終的にはブラジルまで逃避した。人道的理想主義者だったツヴァイクは未来に希望を失い、妻と共に自殺した。60歳だった。人気作家で有名なツヴァイクの自殺は当時、メディアでも大きく報道された。

 ロートは一時期、共産主義に惹かれ、モスクワを訪問したが、失望して帰国している。ロートもツヴァイクも少数民族のユダヤ人にとって、ハプスブルク帝国のような多民族の共存した世界にあこがれ、そこに自身が安息できるアイデンティティを探していたのだろう。カフカの場合、ユダヤ人という出自がカフカ文学の中にどのように反映しているのかを知りたいものだ。

 グローバリゼーション、多様性という言葉が一時期、各分野でもてはやされたが、ここにきて各民族、国家のアイデンティティを重視する傾向が再び見られてきた。同時に、反ユダヤ主義的傾向が拡散してきている。現代は3人のユダヤ人作家が生きていた時代に似てきている。

ウィーンで旧暦の「和風月名」を発見

 和風月名と呼ばれる旧暦の月の呼び方は季節感に溢れている。1月を睦月(むつき)と呼び、3月は草木が生い茂るという意味で弥生(やよい)といった具合だ。

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▲灼熱の太陽と一輪の花,ウィーンで撮影

 当方の部屋には旧暦のカレンダーが掛かってる。6月は「水無月」(みなづき)と呼ばれる。この時期は、梅雨が明け、田んぼに水を入れる時期であることから「水の月」という意味で「水無月」と呼ばれるようになったという。古語の「無」は、「の」を意味する表音文字だったという。

 欧州では最近、6月は真夏日が続く一方、地方によって旱魃シーズンで雨が降らない。トウモロコシ畑で一人の農家の人が溜息をつきながら天を仰いでいるところがテレビのニュース番組で放映されていた。カトリック教会の神父が日曜礼拝で信者たちと共に、「水が降りますように」と特別のお祈りをすることもある。だから、6月は文字通り雨が降らない、水がない月という意味の「水無月」のほうが現実には当たっているように感じる(和風月名の由来については様々な諸説がある)。

 7月は「文月」(ふづき、ふみづき)だ。文月の由来は、7月7日の七夕に詩歌を献じたり、書物を夜風に曝したりする風習があるからというのが定説だ。別のところでは、稲の穂が実る頃という意味の「穂含月(ほふみづき)」が転じて「文月」になったという説がある。

 面白いところでは、旧暦では10月は「神無月」(かんなづき)と呼ばれる。全国の神々が出雲大社に集まって縁結びの相談する月だ。だから、出雲大社以外の地域では神が不在となることから、10月を「神無月」と呼ぶというのだ。一方、神々が集まる出雲大社では「神在月」と呼ぶ。非常に論理的だ。

 旧暦10月10日の夜に、出雲大社では稲佐の浜で神々を迎える神迎祭が行われる。そして神が会議の進行役となって話し合いを始める。月の最終日には、神々を各地へ送り出す「神等去出祭」が挙行される。ただし、別の解釈では、収穫を祝い神様に感謝することから、10月は「神の月=神無月」となったという。

 ところで、理論物理学者のアインシュタインは日本を訪問して1か月以上滞在したが、彼は日本人の宗教観にいたく感動したという話が伝わっている。キリスト教会の人格神を否定するアインシュタインは至る所で様々な神々を祭る日本人の宗教観に心を惹かれている。ひょっとしたら、日本でオランダの哲学者バールーフ・デ・スピノザ(1632から1677年)の汎神論を見出したのかもしれない。

 ちなみに、キリスト教や仏教といった宗教の壁を越えて、人類の救済のために毎年、世界各地から多数の神が集まって「神会議」が招集される。それだけではない。自称メシア(救世主)が結集して「メシア会議」も開かれているというのだ。出雲大社の「神々の集会」という呼称は世界各地で見いだせるのだ。

 民族、国家を超え、人類は神々を拝み、神々と対話してきたわけだ。その意味で、唯一神教のユダヤ教、キリスト教、イスラム教はちょっと異質の宗教ともいえるわけだ。


 注・・「和風月名」の由来に関連した諸説は人工知能(AI)やグーグールの情報に基づいて引用した。

シェルドレイクの仮説から「祈り」を検証

 北欧スウェ―デンに住む一人の修道女が語った言葉が心に響いた。彼女は「私の日々はここで神の前に祈りを捧げることです。少しでも世界が良くなり、平和が実現できますように祈ります。これが私の仕事です」と述べていた。下界との接触は最小限に止め、ほとんどの時間を祈りや瞑想に費やすというのだ。

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▲中国のキリスト信者たち(バチカン・ニュースのHPから)

 「祈り」には凄いエネルギーが必要だ。24時間のうち多くの時間を祈る修道女にはただ敬服せざるを得ない。同時に、「祈り」が世界を変えるという強い信念にはやはり圧倒される。

 このコラム欄で何度か「祈り」をテーマにしてきた。なぜ人は祈るのかについて理解したかったからだ。同時に、「祈り」の影響についてだ。最近、「シェルドレイクの仮説」について聞く機会があった。それによって、「祈り」が祈る本人だけではなく、他者にも大きな影響を与えるメカニズムが少し理解できた感じがした。

 ウィキぺディアで調べると、イギリスの元ケンブリッジ大学フェロー、生物学者、超心理学者のルパート・シェルドレイクが唱えた仮説で、離れた場所に起こった一方の出来事が、他方の出来事に影響し、形態のみならず、行動パターンも共鳴する。これらは「形の場」による「形の共鳴」と呼ばれるプロセスによって起こるというのだ。簡単に言えば、「直接的な接触が無くても、ある人や物に起きたことが他の人や物に伝播する」とする仮説だ。

 「スウェ―デンの修道女の祈り」はその修道院という場を超え、他の場所、人に共鳴現象を通じて伝達され、祈りの内容がいつしか成就される、という解釈が成り立つのだ。「祈り」は無益な行為ではなく、時空を超えて他の場に伝達させる業ということになる。要するに、スウェ―デンにいても東京に住む人のために祈りを伝達でき、その願いを実現できる道を開く、ということになる。「場の共鳴現象」で祈りのパワーを実証できるのではないか。

 聖書の中で、祈る場合、隠れて祈るべきだとイエス自身が助言している。新約聖書の「マタイによる福音書」の6章5節によると、「祈る時、自分の部屋に入り、戸を閉じて、隠れたところにおいでになるあなたの父に祈りなさい」と諭している。喧騒な場から離れ、静かな場で祈りに集中せよ、というわけだ。

 もちろん、「祈り」はキリスト教徒だけの専売特許ではない。全ての人が祈る。キリスト信者やユダヤ教徒、イスラム教徒だけではない。仏教徒も他の宗教の信者たちも祈る。その意味で人は平等だ。困難な時ほど、その「祈り」の真剣度は深まる。祈りが自分の為だけではなく、他者の為に祈る時、最も力を発揮できるというのだ。

 祈りは私的なものから、公的なものまである。声を出して祈る場合もあるが、多くの場合、心の中で祈る。欧州人は米国人よりも公の場で祈ることに臆病だが、やはり祈る。

 キリスト教会では、祈りで始め、祈りで終わるといわれる。自身の弱さを吐露する祈りは非常に私的だが、それだけにその祈る瞬間は真剣だ。祈るのに、どの宗派に所属しているかは問題ではない。デンマークの哲学者セーレン・キェルケゴール(1813〜55年)は祈りについて、「祈りは神を変えず、祈る者を変える」と述べている。
 
 当方は2020年の新型コロナウイルスのパンデミックの時、「地域、民族、国境を越えて同じ試練に直面するという機会は歴史上でも多くはない、21世紀の世界で人類は、初めて、共通の、緊急の試練に直面していることにむしろ感謝しなければならない。この機会を逃してはならない」と書き、「祈り」という人類の武器を使用すべきだと提案した。

 激動期に入った。大量破壊兵器が見直され、核戦力の強化に乗り出す国が出てきている。悪が徒党を組み暴れ出そうとしている。世界の義人たちは「祈り」を結集させるべきだ。

遥かな宇宙から私たちへのメッセージ

 ビックバンの大爆発で宇宙が形成されたのは今から約138億年前という。私たちが住む地球が誕生したのは約46億年前だ。その地球に人類が誕生したのは約500万年前だ。宇宙の形成プロセスを振り返ると、ビックバンから飛び出した莫大なエネルギーから水素、それからヘリウム、そして様々な素粒子、原子、分子が生まれ、星が誕生していった。インフレーション論によれば、宇宙は今日も膨張を続けている。最も興味深い点は、宇宙に広がった最初のエネルギーは完全に消え失せることなく、形態を変えながらも今も存在し続けているという事実だ。

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▲「地球」NASA公式サイトから

138億年、46億年という天文学上の数字を振り返る時、私たちの前に、悠久な歴史が既に経過してきたという事実が胸に迫ってくる。長い天文学的年数から見たならば、私たちが生きてきた歴史は瞬きするほどだろう。

 思考を宇宙の世界に拡大していくと、人類の歴史が瞬間に過ぎず、そこで生きている人間が微々たる存在に感じ、心細くなってしまう。

 天才の物理学者アインシュタインは教会の教えや聖書の世界の神を信じなかった。それらは伝説に過ぎないと受け取っていたからだ。しかし、神の存在は否定していなかった。彼はオランダの哲学者スピノザの神観(汎神論)に感動していた。アインシュタインは眼前の宇宙、森羅万象が余りにも秩序正しく、一定の公式に基づいて運営されていることに感動し、敬意すら払っていた。サムシング・グレートな存在への敬意とでもいえるかもしれない。その意味で、彼は無神論者ではなかった。

 2022年、ノーベル物理学賞を受賞した世界的な量子物理学者アントン・ツァイリンガー教授は、「偶然でこのような宇宙が生まれるだろうか。物理定数のプランク定数(Planck Constant)がより小さかったり、より大きかったならば、原子は存在しない。その結果、人間も存在しないことになる」と指摘している。宇宙全てが精密なバランスの上で存在しているというのだ(「量子物理学者と『神』の存在について」2016年8月22日参考)。

 悠久な時間が織りなす宇宙は時に人を威嚇することもあるが、地球という惑星で居住する人類は選ばれた存在ではないかと感じる。なぜならば、ツァイリンガー教授がいうように、地球には全てが整い、その一つでも欠けていたなら人は存在すらできなかっただろうと思うからだ。

 満天の夜空を見ることができるなら、ビックバンが起きた138億年前や地球が誕生した46億年前が昨日の出来事のように私たちの心を捉えるかもしれない。

 宇宙空間には銀河が至るところにあり、それぞれが数十億の星、惑星、衛星を持つ独自の世界を広げている。人間という“種”や冥王星までの太陽系全体も大宇宙の中では砂漠の砂粒にもならない、という思いが自然に沸いてくる。それは人間や地球を卑下するものではなく、圧倒的な宇宙の広がりへの畏敬、といったほうが当たっているだろう。

 宇宙は喧噪な日々を生きる私たちの心を解放し、無限な空間まで広げてくれる。私たちが生まれるずっと前から、宇宙は存在してきたということは、私たちは宇宙の孤児ではなく、私たちが生まれてくるために長い準備があったことを教えてくれる。

言葉(ロゴス)の話と量子の世界

 ドイツ語圏での話だ。若い女の子がマクドナルドでハンバーガーを食べている。「美味しいね。とてもグートよ」と言った。その数年後、別の女の子が同じようにハンバーガー食べて「これはウア・グートね」と親指を立てる。数年後、別の女の子が「フォル・グート!」と言いながらハンバーガーを食べる。そして最近、若い女の子がハンバーガーを食べて「これはブルタールよ」と感動したのだ。

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▲言葉の宝庫、オーストリア国立図書館内のプルンクザール、2025年2月15日、ウィ―ンで撮影

 すなわち、女の子はハンバーガーを食べて「good」、「urgood」、「vollgood」、そして「brutal」と叫んだのだ。意味することはほぼ同じで、「ハンバーガーは美味しい」ということを表現したものだ。しかし、「good」から「brutal」まで時間の経過がある。言語学者によると、「美味しい」という意味の形容詞によって、その女の子が1990代生まれか、2000年世代か、それとも2010年の世代かがおおよそ検討が付くというのだ。例えば、1990年代の女の子の場合、ハンバーガーを食べても決してフォルグートとは言わない。

 言葉は進化する。進化しなくなった言葉はラテン語のように死語となってしまう。上の例で分かるように、「美味しい」という感動を表現する場合も時代によって少しずつ変わっていく。それだけではない。時代の経過と共に言葉の意味も変わっていくケースがある。例えば。「ゲイ(Gay)」は21世紀では同性愛者を意味するが、それは最近のことだ。ゲイは本来、「陽気な」「快活な」「明るい」 という意味だった。現在の「同性愛者」という意味は1945年前にはなかった。言葉の発展史を観ていくと、時代と共に言葉もその意味も少しずつ変化していくことが分かる。

 ところで、ユーチューブのシンプリィライフの動画「量子と脳」によると、「量子の世界からみると、世界は情報から成り立っている」という。物質の局所性も実存性も存在せず、脳内で処理された情報だけが存在する。世界はひょっとすると2次元のホログラムではないかといった世界を紹介していた。ただ、情報も言葉によって認識されて作成されたものだから、大きく言えば、世界は言葉から成り立っているといえる。

 そこで新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章の書き出しの「初めに言(ロゴス)があった。言は神と共にあった。すべてのものは、これによってできた」という有名な聖句が思い出される。同聖句は、現代の最先端を行く量子力学の「世界は情報から成り立っている」という世界観と重なってくる。

 ロゴスに関して興味深い聖句がある。一つは旧約聖書創世記第3章だ。人類の始祖アダムとエバが神の戒めを破ったことを知った神は人類が神のように善悪を知るものとなったことを憂い、人が命の木からも取って食べ、永久に生きるかもしれないことを恐れ、人をエデンの園から追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて命の木の道を守らせられた、と記述されている。 

 もう一つは同じ創世記第11章には「バベルの塔」の話が記述されている。 人びとは天にも届く高い塔を建てようとした。人間の高慢さに怒った神は,言語を混乱させ,人びとを各地に散らして完成を妨げたという話だ。

 「バベルの塔」の話から、神がケルビムと回る炎で守ろうとした「命の木」とは、神のロゴスではなかったか。なぜならば、「ヨハネによる福音書」第1章によれば、宇宙、森羅万象、全てが神の言葉から成っている。その神のロゴスが創世記で創造の源という意味から「命の木」として象徴的に表示されているのではないか、という解釈が出てくる。

 聖書「すべてはロゴスから成り立っている」は量子力学「世界は情報から成り立っている」と酷似している。ただ、神の創造した世界(宇宙)が平坦で、ホログラムの世界かは分からない。

 ロゴスは即情報とはいえない。ロゴスが集合して情報が生まれてくるのではないか。戦争や紛争は情報の混乱であり、ロゴスが恣意的に悪用された結果ともいえるのではないか
。

「良心の囚人」と呼ばれた人々

 冷戦時代、旧ソ連・東欧共産圏では多くの政治囚人が刑務所に拘束されていた。欧米メディアは政治囚人を「良心の囚人」と呼んでいた。自身の政治信念、信仰ゆえに共産政権から拘束され、刑務所や牢獄に監禁されてきた人々だ。反体制派の政治指導者、キリスト教会の指導者など、その出自は多様だったが、共通していた点は自身の良心の声に従って語り、行動した人々だ。

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▲ウィーンの国連で開催されたホロコースト追悼集会で祈るユダヤ教のラビ、2015年1月27日、ウィーン国連で撮影

 「良心の囚人」という表現は、実際に犯罪を犯したわけではなく、主に冷戦時代に、政治的、宗教的、または哲学的な信念を理由に不当に拘束された人々を指す言葉として使われた。アムネスティ・インターナショナル(国際アムネスティ)が広めた概念でもあり、「良心の囚人」と認定された人々の釈放を求める活動を行ってきた。

 ソビエト連邦下の活動家、1980年代初頭のポーランドの「連帯」運動、中国の民主活動家は良心の囚人のカテゴリーに該当した。1989年の天安門事件後、民主的改革を求める活動を行っていた多くの学生や市民が中国政府によって逮捕され、その多くは「良心の囚人」だった。

 最近では、昨年2月16日、刑務所で獄死したロシアの反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏だ。毒殺未遂を経験し、病が癒えるとすぐにロシアに戻っていった人間だ。戻れば死が待っていることを知りながら、祖国ロシアに帰国した。ナワリヌイ氏は誰かからそれをいわれたからそうしたのではなく、自身の心の内からの声、良心の囁きに耳を傾けて生きていった人間だ。それを良心の囚人と呼んできた。

 イギリスの小説家ジョージ・オーウェルの小説「1984年」を思い出した。ビック・ブラザーと呼ばれる人物から監視され、目の動き一つでも不信な動きがあったら即尋問される。何を考えているのか、何を感じたかなどを詰問される世界だ。そこでの合言葉は「ビック・ブラザー・イズ・ウオッチング・ユー」だ。2+2=5を信じなければならない世界だ。過去の多くの良心の囚人はその世界を体験した。

 中国では非常にモダンな監視システムが既に実行されている。中国の「社会信用スコア」システムだ。中国共産党政権は2014年、「社会信用システム構築の計画概要(2014〜2020年)」を発表した。それによれば、国民の個人情報をデータベース化し、国民の信用ランクを作成、中国共産党政権を批判した言動の有無、反体制デモの参加有無、違法行為の有無などをスコア化し、一定のスコアが溜まると「危険分子」「反体制分子」としてブラックリストに計上し、リストに掲載された国民は「社会信用スコア」の低い二等国民とみなされ、社会的優遇や保護を失うことになる。

 昔も現在も、独裁国家では国民を監視するシステムを構築されている。「密告社会」はその典型だろう。親が子を、子が親を、そして妻が夫を密告する社会だ。それを通じて、人を信じる、愛することが難しくなっていく。そのような中でも、良心だけは依然、誰にも宿しているから、その良心の声に耳を傾ける人間が出てくる。彼らの多くは独裁者によって抹殺されたり、殉教の道を行く。

 それでは、「良心の囚人」は無意味か。そうではない。アウシュビッツ強制収容所で他の囚人のユダヤ人のために身代わりになったマキシミリアノ・コルベ神父がいた。同神父は神の声をその良心で聞き、それに従った。その話はアウシュビッツ収容所が解放された後、多くの人々に述べ伝えられ、多くのユダヤ人を慰めた。

 独裁者は人間の中にある良心の声を恐れるから、徹底的に人間の尊厳を傷つける手段でその良心を黒いカバーで覆い隠そうとする。しかし、良心を抹殺することは出来ない。人間の魂に刻印された良心は民族、国家を超えて全てに埋め込まれている。だから、神はその良心というチャンネルを通じて語りかけることができるわけだ。良心がなければ、神も人間に働きかけることはできないはずだ。

 1月27日は「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」 (International Holocaust Remembrance Day)であり、追悼行事が各地で開催された。そして来月16日はナワリヌイ氏の2周忌を迎える。

新年のモットーは「希望」を救えだ

 2024年もあと2日を残すばかりとなった。そこで最近聞いたり、読んだりして感動した2つの話を忘れないために書いておく。

 ドイツ高級紙「ツァイト」オンラインから定期的に記事が送られてくるが、今回は2025年に向けてポジティブな声が特集されている。それも「ツァイト」オンライン編集記者たちの生の声が紹介されている。その中で一人の女性記者の話が心に響いた。彼女は妊娠している。ジャーナリストの彼女は世界の情勢や人間の尊厳が傷つくような世相の中に生きていることを知っている。「このような世界に新しい命を迎えることができるだろうか」といった不安があるはずだが、「私は年の初め、暗くて寒い季節、春がまだ遠い時期が好きではありません。でも2025年は2月が楽しみです。私たちは第一子を期待しています」と書いている。

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▲火星から観た地球と月の画像
 NASA公式サイトから 

 もう一つの話を紹介する。ナチス・ドイツが台頭してきている時代に生きた2人のユダヤ人作家の話だ。希望を見いだせなかった時代だ。ヨーゼフ・ロートとシュテファン・ツヴァイクの2人の作家は友人で、頻繁に書簡を交換していた。ロート(1894年〜1939年)は東欧ウクライナ出身ののユダヤ人であり、家族はユダヤ教正統派だった。彼もユダヤ教を信じていたが、後半、カトリック教会にひかれていく。ジャーナリストとして活躍しながら小説を書く。そのような生活の中で次第にアルコール中毒となっていく。住む家もなく、ホテル住まいの生活の中で多くの著名な作品を書いていく。一方、ツヴァイク(1881年から1942年)は豊かなユダヤ人家庭の出身で、金には困らなかった。ベストセラー作家として人気を博していた。ロートから助けてほしいという手紙をもらうと、彼はお金を送って助けている。ロートが金が入るとすぐに酒を買い、他の貧しいユダヤ人に金をばらまくのを知っていたので、後半はホテル代を払うが、余分なお金がロートのもとに残らないようにしながらも支援している。

 文学評論家たちによると、ツヴァイクはロートの才能を高くかっていたという。「ロートならば、酒を飲まず本を書けば凄い小説が生まれる」と信じていたからだ。ロートは神を信じていたが、苦しい生活の中でアル中毒が原因で最後は亡命先のパリで40代半ばで亡くなる。一方、ツヴァイクは人間を信じていた。困った人間がいればいつも助けようとしたが、ナチスが台頭する頃には彼を裏切る友人も出てきた。ロートは神を信じ、アル中で死去、ツヴァイクは人間を信じ、最後は亡命先のブラジルで妻と共に、 自分で亡くなった。希望が見いだせないナチス・ドイツの台頭時代に生きた才能ある2人のユダヤ人作家の生涯は壮絶なものがあった。

 2024年は激動の年だった。ロシア軍のウクライナ侵略戦争は依然停戦の見通しはなく、目を中東に移すと、イスラエルとパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦い、そして戦火はレバノンにも広がった。シリアでは50年以上独裁世間を続けてきたアサド父子政権は崩壊し、反体制派勢力による暫定政権が発足したばかりだ。シリアが来年。民主化の道を歩みだすか、それとも武装勢力間の内戦が再発するかは分からない。スーダンでも内戦状況が続いている。その一方、中国共産党政権は核戦力を強化し、台湾再統合を狙っている。北朝鮮の金正恩総書記はロシアとの軍事協定を締結し、軍事大国化の道を歩み出そうとしている。

 バチカンは24日、新たな「聖年」の幕開けを宣言した。「聖年(Holy Year)」とは、カトリック教会において特別な霊的恩恵を受けるための年を意味し、ローマ教皇によって宣言される。「聖年」は、罪の赦し(免償)を得たり、信仰を深めたりするために設定される特別な年で、カトリック教会の伝統だ。「聖年」の幕開けは、ローマ教皇が大聖堂にある「聖なる戸」(Holy Door)を開ける象徴的な儀式から始まる。これは、神への道が特別に開かれることを象徴的に見せているという。

 バチカンは2025年の「聖年」のテーマに「希望」を選んだ。私たちは「希望」に飢えているからだ。コロナ・パンデミックで世界で700万人以上が犠牲となった。戦争や紛争だけではない、世界至る所で貧富の格差は拡大する一方、情報は溢れ、心の安らぎを見出すことが容易ではない。私たちは今、持続的な「希望」を必要としている。閉塞感を乗り越え、明日に対する希望をどこに見つければいいのだろうか。

 ここまで書いてきて、「希望を探す」のではなく、「希望を失わないこと」ではないかと思わされた。このコラム欄でも数回紹介したが映画「希望を救え」のタイトルを思い出したのだ。病院で最高の外科医と言われていた主人公が交通事故でコマ状況(昏睡)に陥り、体から霊が抜け出し、霊人と対話できるようになったことからこの映画のドラマは始まる。霊人との交信を通じて、患者たちを救っていくストーリだ。テーマは「希望」を探すのではなく、既にある「希望」を失わないように、救済することだ。私たちの周囲には本来、希望が至る所に顔を出しているのではないか。

 2024年の一年間、お付き合いしてくださいまして有難うございました。新年が皆様に希望溢れる年となりますように。 
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