ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

日常雑感

芥川龍之介の「心の底に潜んでいる怪物」

 数年前、網膜剥離を患ったこともあって、最近は長い資料や文章を読むことが億劫になってきた。そのかわり、眠れない夜などは、オーディオブックでシャーロックホームズの探偵話や小説を聞くようになった。
 最近、芥川龍之介の短編「疑惑」を聞いた。20分余りの物語で、内容は安眠を願っていた当方には少々重いテーマだったが、考えさせられた。

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▲芥川龍之介,ウィキぺディアから

 話は、大地震で崩れ落ちた家屋で下敷きになった妻をもはや救済できないと判断した夫(玄道)が撲殺するというストーリだ。内容は決して安楽死の云々を問うものではなく、「妻を殺したのは、殺したかったからではないか」という心から湧いてくる自身への疑惑だ。倫理学を専門とする「私」は突然、宿泊地の部屋に現れて、「どうか私の話を聞いて下さい」と懇願する玄道の告白を聞くことになった。妻を失った玄道にその後、再婚話が持ち込まれてくる。玄道には自身が妻を殺したのではないか、という苦悶から逃げることができなくなる。断り切れずに悶々としているうちに婚礼の場となり、花嫁の婚礼装束が近づいてくる時「私は人殺しです、極上悪の罪びとです」と叫びながら倒れてしまう。その後、玄道は狂人という名を負わされ余生を送らねばならない身となった。

 玄道は「「私」に告白した後、「私を狂人にしたものは、やはり我々人間の心の底に潜んでいる怪物のせいではございますまいか。その怪物が居ります限り、きょう私を狂人と嘲笑している連中でさえ、明日はまた私と同様な狂人にならないものでもございません」というのだ。

 玄道が吐露した「心の底に潜んでいる怪物」とは何だろうか。芥川はその怪物の正体については何も説明していない。キリスト教の観点からいえば、「怪物」は悪魔(サタン)だ。悪魔は人間に常に囁きかけてくる。玄道のように「自分はひょっとしたら妻を殺したかったのではないか」と、自身への疑惑に悩む人間に囁きかける。その自問に耐えられなくなった玄道は生きていくことが出来なくなるのだ。

 ちなみに、新約聖書「ローマ人への福音書」第7章で、、聖パウロは「わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いを挑み、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。わたしは、なんというみじめな人間なのだろう」と慨嘆している。

 人を騙せたとしても自分を欺くことはできない。「怪物」は玄道に「お前は妻を殺したかったのだ」と、耳元で囁き続けるのだ。
 
 芥川は1927年、自宅で服毒自殺したが、遺書には「ぼんやりとした不安」とだけ書かれていたという。芥川も玄道と同じように「怪物に取り憑かれた存在」として、救いの道を模索していたのではないか。
 

3人のユダヤ人作家が生きていた時代

 3人のユダヤ人作家、フランツ・カフカ(1883年〜1924年)、ヨーゼフ・ロート(1894年〜1939年)、そしてシュテファン・ツヴァイク(1881年〜1942年)の話を聞く機会があった。第一次世界大戦(1914年〜18年)、ハプスブルク帝国の解体(1918年)、ナチス・ドイツの躍進(1930年代初頭)、そして共産主義の台頭(1920年代から30年代)といった時代の大変革の時に生まれ、作家、ジャーナリストとして活躍した人物だ。

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▲ヨゼーフ・ロート(1926年撮影)、ウィキぺディアから

 カフカは日本でも多くの読者をもっている。カフカは41歳になる直前、結核でウィーン郊外のサナトリウムで亡くなった。彼は健康管理には注意を払ってきた。食事では必ず40回噛むことを実行し、朝は体操した。にもかかわらず、といっては可笑しいが、41歳の誕生日を迎える前に結核で亡くなった。労働者傷害保険協会に勤務していたカフカは、結核にかかっていた労働者を世話したことから、感染したらしいといわれる。

 交際していた女性がいたが、最終的には結婚を断念し、生涯独りだった。時代はナチス・ドイツが台頭する直前だったこともあって、カフカは強制収容所などを体験しなかったが、愛する3人の姉妹たちはカフカの死後、いずれも収容所で亡くなっている。カフカは生前、会社勤務を終えると、夜、小説を書くといった今でいう2刀流の生活だった。死ぬ寸前、彼は友人マックス・ブロートに自分が書いた原稿を全部燃やしてほしいと頼んだが、ブロートはカフカの原稿を持ち出すことに成功し、後日、カフカの作品、「城」、「審判」などを世に出した。ブロートがいなければ世界文学にカフカの名はなかっただろう。

 作家であり、ジャーナリストだったロートは45歳で亡くなった。自分の家を持たず、ホテルを転々しながら生活をしていた。ホテル代が払えなくなると、友人のツヴァイクに支援を要請する手紙を書いた。ツヴァイクは当時、流行作家として有名な作家だった。裕福な家庭出身のツヴァイクは経済的に困窮するユダヤ人作家たちにお金を送って支援していた。ただし、ロートに対しては必要な資金だけを提供し、余分なお金は送らなった。ロートが金があれば直ぐに酒を飲むことを知っていたからだ。

 ロートの主な作品に「果てしなき逃走」「ラデツキー行進曲」「聖なる酔っぱらいの伝説」などだ。ツヴァイクと同様に、オーストリア=ハンガリー帝国に郷愁を抱き続けた。ロートを知っている友人は「ロートに会った時、彼は当時まだ40代だったが、60代の老人のような姿だった」と報告していた。欧州各国を転々と亡命し、パリでアルコール中毒もあって病死した。

 一方、ツヴァイクはロートと同じようにハプスブルク帝国時代を夢見ていた。民族を超えて、様々な民族が君主制のもと共存する時代だ、しかし、帝国は滅ぶ一方、ナチスが台頭。逃亡を嫌っていたが、これ以上留まると危険だという友人の助言を受け、オーストリアを離れ、最終的にはブラジルまで逃避した。人道的理想主義者だったツヴァイクは未来に希望を失い、妻と共に自殺した。60歳だった。人気作家で有名なツヴァイクの自殺は当時、メディアでも大きく報道された。

 ロートは一時期、共産主義に惹かれ、モスクワを訪問したが、失望して帰国している。ロートもツヴァイクも少数民族のユダヤ人にとって、ハプスブルク帝国のような多民族の共存した世界にあこがれ、そこに自身が安息できるアイデンティティを探していたのだろう。カフカの場合、ユダヤ人という出自がカフカ文学の中にどのように反映しているのかを知りたいものだ。

 グローバリゼーション、多様性という言葉が一時期、各分野でもてはやされたが、ここにきて各民族、国家のアイデンティティを重視する傾向が再び見られてきた。同時に、反ユダヤ主義的傾向が拡散してきている。現代は3人のユダヤ人作家が生きていた時代に似てきている。

ウィーンで旧暦の「和風月名」を発見

 和風月名と呼ばれる旧暦の月の呼び方は季節感に溢れている。1月を睦月(むつき)と呼び、3月は草木が生い茂るという意味で弥生(やよい)といった具合だ。

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▲灼熱の太陽と一輪の花,ウィーンで撮影

 当方の部屋には旧暦のカレンダーが掛かってる。6月は「水無月」(みなづき)と呼ばれる。この時期は、梅雨が明け、田んぼに水を入れる時期であることから「水の月」という意味で「水無月」と呼ばれるようになったという。古語の「無」は、「の」を意味する表音文字だったという。

 欧州では最近、6月は真夏日が続く一方、地方によって旱魃シーズンで雨が降らない。トウモロコシ畑で一人の農家の人が溜息をつきながら天を仰いでいるところがテレビのニュース番組で放映されていた。カトリック教会の神父が日曜礼拝で信者たちと共に、「水が降りますように」と特別のお祈りをすることもある。だから、6月は文字通り雨が降らない、水がない月という意味の「水無月」のほうが現実には当たっているように感じる(和風月名の由来については様々な諸説がある)。

 7月は「文月」(ふづき、ふみづき)だ。文月の由来は、7月7日の七夕に詩歌を献じたり、書物を夜風に曝したりする風習があるからというのが定説だ。別のところでは、稲の穂が実る頃という意味の「穂含月(ほふみづき)」が転じて「文月」になったという説がある。

 面白いところでは、旧暦では10月は「神無月」(かんなづき)と呼ばれる。全国の神々が出雲大社に集まって縁結びの相談する月だ。だから、出雲大社以外の地域では神が不在となることから、10月を「神無月」と呼ぶというのだ。一方、神々が集まる出雲大社では「神在月」と呼ぶ。非常に論理的だ。

 旧暦10月10日の夜に、出雲大社では稲佐の浜で神々を迎える神迎祭が行われる。そして神が会議の進行役となって話し合いを始める。月の最終日には、神々を各地へ送り出す「神等去出祭」が挙行される。ただし、別の解釈では、収穫を祝い神様に感謝することから、10月は「神の月=神無月」となったという。

 ところで、理論物理学者のアインシュタインは日本を訪問して1か月以上滞在したが、彼は日本人の宗教観にいたく感動したという話が伝わっている。キリスト教会の人格神を否定するアインシュタインは至る所で様々な神々を祭る日本人の宗教観に心を惹かれている。ひょっとしたら、日本でオランダの哲学者バールーフ・デ・スピノザ(1632から1677年)の汎神論を見出したのかもしれない。

 ちなみに、キリスト教や仏教といった宗教の壁を越えて、人類の救済のために毎年、世界各地から多数の神が集まって「神会議」が招集される。それだけではない。自称メシア(救世主)が結集して「メシア会議」も開かれているというのだ。出雲大社の「神々の集会」という呼称は世界各地で見いだせるのだ。

 民族、国家を超え、人類は神々を拝み、神々と対話してきたわけだ。その意味で、唯一神教のユダヤ教、キリスト教、イスラム教はちょっと異質の宗教ともいえるわけだ。


 注・・「和風月名」の由来に関連した諸説は人工知能(AI)やグーグールの情報に基づいて引用した。

シェルドレイクの仮説から「祈り」を検証

 北欧スウェ―デンに住む一人の修道女が語った言葉が心に響いた。彼女は「私の日々はここで神の前に祈りを捧げることです。少しでも世界が良くなり、平和が実現できますように祈ります。これが私の仕事です」と述べていた。下界との接触は最小限に止め、ほとんどの時間を祈りや瞑想に費やすというのだ。

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▲中国のキリスト信者たち(バチカン・ニュースのHPから)

 「祈り」には凄いエネルギーが必要だ。24時間のうち多くの時間を祈る修道女にはただ敬服せざるを得ない。同時に、「祈り」が世界を変えるという強い信念にはやはり圧倒される。

 このコラム欄で何度か「祈り」をテーマにしてきた。なぜ人は祈るのかについて理解したかったからだ。同時に、「祈り」の影響についてだ。最近、「シェルドレイクの仮説」について聞く機会があった。それによって、「祈り」が祈る本人だけではなく、他者にも大きな影響を与えるメカニズムが少し理解できた感じがした。

 ウィキぺディアで調べると、イギリスの元ケンブリッジ大学フェロー、生物学者、超心理学者のルパート・シェルドレイクが唱えた仮説で、離れた場所に起こった一方の出来事が、他方の出来事に影響し、形態のみならず、行動パターンも共鳴する。これらは「形の場」による「形の共鳴」と呼ばれるプロセスによって起こるというのだ。簡単に言えば、「直接的な接触が無くても、ある人や物に起きたことが他の人や物に伝播する」とする仮説だ。

 「スウェ―デンの修道女の祈り」はその修道院という場を超え、他の場所、人に共鳴現象を通じて伝達され、祈りの内容がいつしか成就される、という解釈が成り立つのだ。「祈り」は無益な行為ではなく、時空を超えて他の場に伝達させる業ということになる。要するに、スウェ―デンにいても東京に住む人のために祈りを伝達でき、その願いを実現できる道を開く、ということになる。「場の共鳴現象」で祈りのパワーを実証できるのではないか。

 聖書の中で、祈る場合、隠れて祈るべきだとイエス自身が助言している。新約聖書の「マタイによる福音書」の6章5節によると、「祈る時、自分の部屋に入り、戸を閉じて、隠れたところにおいでになるあなたの父に祈りなさい」と諭している。喧騒な場から離れ、静かな場で祈りに集中せよ、というわけだ。

 もちろん、「祈り」はキリスト教徒だけの専売特許ではない。全ての人が祈る。キリスト信者やユダヤ教徒、イスラム教徒だけではない。仏教徒も他の宗教の信者たちも祈る。その意味で人は平等だ。困難な時ほど、その「祈り」の真剣度は深まる。祈りが自分の為だけではなく、他者の為に祈る時、最も力を発揮できるというのだ。

 祈りは私的なものから、公的なものまである。声を出して祈る場合もあるが、多くの場合、心の中で祈る。欧州人は米国人よりも公の場で祈ることに臆病だが、やはり祈る。

 キリスト教会では、祈りで始め、祈りで終わるといわれる。自身の弱さを吐露する祈りは非常に私的だが、それだけにその祈る瞬間は真剣だ。祈るのに、どの宗派に所属しているかは問題ではない。デンマークの哲学者セーレン・キェルケゴール(1813〜55年)は祈りについて、「祈りは神を変えず、祈る者を変える」と述べている。
 
 当方は2020年の新型コロナウイルスのパンデミックの時、「地域、民族、国境を越えて同じ試練に直面するという機会は歴史上でも多くはない、21世紀の世界で人類は、初めて、共通の、緊急の試練に直面していることにむしろ感謝しなければならない。この機会を逃してはならない」と書き、「祈り」という人類の武器を使用すべきだと提案した。

 激動期に入った。大量破壊兵器が見直され、核戦力の強化に乗り出す国が出てきている。悪が徒党を組み暴れ出そうとしている。世界の義人たちは「祈り」を結集させるべきだ。

遥かな宇宙から私たちへのメッセージ

 ビックバンの大爆発で宇宙が形成されたのは今から約138億年前という。私たちが住む地球が誕生したのは約46億年前だ。その地球に人類が誕生したのは約500万年前だ。宇宙の形成プロセスを振り返ると、ビックバンから飛び出した莫大なエネルギーから水素、それからヘリウム、そして様々な素粒子、原子、分子が生まれ、星が誕生していった。インフレーション論によれば、宇宙は今日も膨張を続けている。最も興味深い点は、宇宙に広がった最初のエネルギーは完全に消え失せることなく、形態を変えながらも今も存在し続けているという事実だ。

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▲「地球」NASA公式サイトから

138億年、46億年という天文学上の数字を振り返る時、私たちの前に、悠久な歴史が既に経過してきたという事実が胸に迫ってくる。長い天文学的年数から見たならば、私たちが生きてきた歴史は瞬きするほどだろう。

 思考を宇宙の世界に拡大していくと、人類の歴史が瞬間に過ぎず、そこで生きている人間が微々たる存在に感じ、心細くなってしまう。

 天才の物理学者アインシュタインは教会の教えや聖書の世界の神を信じなかった。それらは伝説に過ぎないと受け取っていたからだ。しかし、神の存在は否定していなかった。彼はオランダの哲学者スピノザの神観(汎神論)に感動していた。アインシュタインは眼前の宇宙、森羅万象が余りにも秩序正しく、一定の公式に基づいて運営されていることに感動し、敬意すら払っていた。サムシング・グレートな存在への敬意とでもいえるかもしれない。その意味で、彼は無神論者ではなかった。

 2022年、ノーベル物理学賞を受賞した世界的な量子物理学者アントン・ツァイリンガー教授は、「偶然でこのような宇宙が生まれるだろうか。物理定数のプランク定数(Planck Constant)がより小さかったり、より大きかったならば、原子は存在しない。その結果、人間も存在しないことになる」と指摘している。宇宙全てが精密なバランスの上で存在しているというのだ(「量子物理学者と『神』の存在について」2016年8月22日参考)。

 悠久な時間が織りなす宇宙は時に人を威嚇することもあるが、地球という惑星で居住する人類は選ばれた存在ではないかと感じる。なぜならば、ツァイリンガー教授がいうように、地球には全てが整い、その一つでも欠けていたなら人は存在すらできなかっただろうと思うからだ。

 満天の夜空を見ることができるなら、ビックバンが起きた138億年前や地球が誕生した46億年前が昨日の出来事のように私たちの心を捉えるかもしれない。

 宇宙空間には銀河が至るところにあり、それぞれが数十億の星、惑星、衛星を持つ独自の世界を広げている。人間という“種”や冥王星までの太陽系全体も大宇宙の中では砂漠の砂粒にもならない、という思いが自然に沸いてくる。それは人間や地球を卑下するものではなく、圧倒的な宇宙の広がりへの畏敬、といったほうが当たっているだろう。

 宇宙は喧噪な日々を生きる私たちの心を解放し、無限な空間まで広げてくれる。私たちが生まれるずっと前から、宇宙は存在してきたということは、私たちは宇宙の孤児ではなく、私たちが生まれてくるために長い準備があったことを教えてくれる。

言葉(ロゴス)の話と量子の世界

 ドイツ語圏での話だ。若い女の子がマクドナルドでハンバーガーを食べている。「美味しいね。とてもグートよ」と言った。その数年後、別の女の子が同じようにハンバーガー食べて「これはウア・グートね」と親指を立てる。数年後、別の女の子が「フォル・グート!」と言いながらハンバーガーを食べる。そして最近、若い女の子がハンバーガーを食べて「これはブルタールよ」と感動したのだ。

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▲言葉の宝庫、オーストリア国立図書館内のプルンクザール、2025年2月15日、ウィ―ンで撮影

 すなわち、女の子はハンバーガーを食べて「good」、「urgood」、「vollgood」、そして「brutal」と叫んだのだ。意味することはほぼ同じで、「ハンバーガーは美味しい」ということを表現したものだ。しかし、「good」から「brutal」まで時間の経過がある。言語学者によると、「美味しい」という意味の形容詞によって、その女の子が1990代生まれか、2000年世代か、それとも2010年の世代かがおおよそ検討が付くというのだ。例えば、1990年代の女の子の場合、ハンバーガーを食べても決してフォルグートとは言わない。

 言葉は進化する。進化しなくなった言葉はラテン語のように死語となってしまう。上の例で分かるように、「美味しい」という感動を表現する場合も時代によって少しずつ変わっていく。それだけではない。時代の経過と共に言葉の意味も変わっていくケースがある。例えば。「ゲイ(Gay)」は21世紀では同性愛者を意味するが、それは最近のことだ。ゲイは本来、「陽気な」「快活な」「明るい」 という意味だった。現在の「同性愛者」という意味は1945年前にはなかった。言葉の発展史を観ていくと、時代と共に言葉もその意味も少しずつ変化していくことが分かる。

 ところで、ユーチューブのシンプリィライフの動画「量子と脳」によると、「量子の世界からみると、世界は情報から成り立っている」という。物質の局所性も実存性も存在せず、脳内で処理された情報だけが存在する。世界はひょっとすると2次元のホログラムではないかといった世界を紹介していた。ただ、情報も言葉によって認識されて作成されたものだから、大きく言えば、世界は言葉から成り立っているといえる。

 そこで新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章の書き出しの「初めに言(ロゴス)があった。言は神と共にあった。すべてのものは、これによってできた」という有名な聖句が思い出される。同聖句は、現代の最先端を行く量子力学の「世界は情報から成り立っている」という世界観と重なってくる。

 ロゴスに関して興味深い聖句がある。一つは旧約聖書創世記第3章だ。人類の始祖アダムとエバが神の戒めを破ったことを知った神は人類が神のように善悪を知るものとなったことを憂い、人が命の木からも取って食べ、永久に生きるかもしれないことを恐れ、人をエデンの園から追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて命の木の道を守らせられた、と記述されている。 

 もう一つは同じ創世記第11章には「バベルの塔」の話が記述されている。 人びとは天にも届く高い塔を建てようとした。人間の高慢さに怒った神は,言語を混乱させ,人びとを各地に散らして完成を妨げたという話だ。

 「バベルの塔」の話から、神がケルビムと回る炎で守ろうとした「命の木」とは、神のロゴスではなかったか。なぜならば、「ヨハネによる福音書」第1章によれば、宇宙、森羅万象、全てが神の言葉から成っている。その神のロゴスが創世記で創造の源という意味から「命の木」として象徴的に表示されているのではないか、という解釈が出てくる。

 聖書「すべてはロゴスから成り立っている」は量子力学「世界は情報から成り立っている」と酷似している。ただ、神の創造した世界(宇宙)が平坦で、ホログラムの世界かは分からない。

 ロゴスは即情報とはいえない。ロゴスが集合して情報が生まれてくるのではないか。戦争や紛争は情報の混乱であり、ロゴスが恣意的に悪用された結果ともいえるのではないか

「良心の囚人」と呼ばれた人々

 冷戦時代、旧ソ連・東欧共産圏では多くの政治囚人が刑務所に拘束されていた。欧米メディアは政治囚人を「良心の囚人」と呼んでいた。自身の政治信念、信仰ゆえに共産政権から拘束され、刑務所や牢獄に監禁されてきた人々だ。反体制派の政治指導者、キリスト教会の指導者など、その出自は多様だったが、共通していた点は自身の良心の声に従って語り、行動した人々だ。

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▲ウィーンの国連で開催されたホロコースト追悼集会で祈るユダヤ教のラビ、2015年1月27日、ウィーン国連で撮影

 「良心の囚人」という表現は、実際に犯罪を犯したわけではなく、主に冷戦時代に、政治的、宗教的、または哲学的な信念を理由に不当に拘束された人々を指す言葉として使われた。アムネスティ・インターナショナル(国際アムネスティ)が広めた概念でもあり、「良心の囚人」と認定された人々の釈放を求める活動を行ってきた。

 ソビエト連邦下の活動家、1980年代初頭のポーランドの「連帯」運動、中国の民主活動家は良心の囚人のカテゴリーに該当した。1989年の天安門事件後、民主的改革を求める活動を行っていた多くの学生や市民が中国政府によって逮捕され、その多くは「良心の囚人」だった。

 最近では、昨年2月16日、刑務所で獄死したロシアの反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏だ。毒殺未遂を経験し、病が癒えるとすぐにロシアに戻っていった人間だ。戻れば死が待っていることを知りながら、祖国ロシアに帰国した。ナワリヌイ氏は誰かからそれをいわれたからそうしたのではなく、自身の心の内からの声、良心の囁きに耳を傾けて生きていった人間だ。それを良心の囚人と呼んできた。

 イギリスの小説家ジョージ・オーウェルの小説「1984年」を思い出した。ビック・ブラザーと呼ばれる人物から監視され、目の動き一つでも不信な動きがあったら即尋問される。何を考えているのか、何を感じたかなどを詰問される世界だ。そこでの合言葉は「ビック・ブラザー・イズ・ウオッチング・ユー」だ。2+2=5を信じなければならない世界だ。過去の多くの良心の囚人はその世界を体験した。

 中国では非常にモダンな監視システムが既に実行されている。中国の「社会信用スコア」システムだ。中国共産党政権は2014年、「社会信用システム構築の計画概要(2014〜2020年)」を発表した。それによれば、国民の個人情報をデータベース化し、国民の信用ランクを作成、中国共産党政権を批判した言動の有無、反体制デモの参加有無、違法行為の有無などをスコア化し、一定のスコアが溜まると「危険分子」「反体制分子」としてブラックリストに計上し、リストに掲載された国民は「社会信用スコア」の低い二等国民とみなされ、社会的優遇や保護を失うことになる。

 昔も現在も、独裁国家では国民を監視するシステムを構築されている。「密告社会」はその典型だろう。親が子を、子が親を、そして妻が夫を密告する社会だ。それを通じて、人を信じる、愛することが難しくなっていく。そのような中でも、良心だけは依然、誰にも宿しているから、その良心の声に耳を傾ける人間が出てくる。彼らの多くは独裁者によって抹殺されたり、殉教の道を行く。

 それでは、「良心の囚人」は無意味か。そうではない。アウシュビッツ強制収容所で他の囚人のユダヤ人のために身代わりになったマキシミリアノ・コルベ神父がいた。同神父は神の声をその良心で聞き、それに従った。その話はアウシュビッツ収容所が解放された後、多くの人々に述べ伝えられ、多くのユダヤ人を慰めた。

 独裁者は人間の中にある良心の声を恐れるから、徹底的に人間の尊厳を傷つける手段でその良心を黒いカバーで覆い隠そうとする。しかし、良心を抹殺することは出来ない。人間の魂に刻印された良心は民族、国家を超えて全てに埋め込まれている。だから、神はその良心というチャンネルを通じて語りかけることができるわけだ。良心がなければ、神も人間に働きかけることはできないはずだ。

 1月27日は「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」 (International Holocaust Remembrance Day)であり、追悼行事が各地で開催された。そして来月16日はナワリヌイ氏の2周忌を迎える。

新年のモットーは「希望」を救えだ

 2024年もあと2日を残すばかりとなった。そこで最近聞いたり、読んだりして感動した2つの話を忘れないために書いておく。

 ドイツ高級紙「ツァイト」オンラインから定期的に記事が送られてくるが、今回は2025年に向けてポジティブな声が特集されている。それも「ツァイト」オンライン編集記者たちの生の声が紹介されている。その中で一人の女性記者の話が心に響いた。彼女は妊娠している。ジャーナリストの彼女は世界の情勢や人間の尊厳が傷つくような世相の中に生きていることを知っている。「このような世界に新しい命を迎えることができるだろうか」といった不安があるはずだが、「私は年の初め、暗くて寒い季節、春がまだ遠い時期が好きではありません。でも2025年は2月が楽しみです。私たちは第一子を期待しています」と書いている。

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▲火星から観た地球と月の画像
 NASA公式サイトから 

 もう一つの話を紹介する。ナチス・ドイツが台頭してきている時代に生きた2人のユダヤ人作家の話だ。希望を見いだせなかった時代だ。ヨーゼフ・ロートとシュテファン・ツヴァイクの2人の作家は友人で、頻繁に書簡を交換していた。ロート(1894年〜1939年)は東欧ウクライナ出身ののユダヤ人であり、家族はユダヤ教正統派だった。彼もユダヤ教を信じていたが、後半、カトリック教会にひかれていく。ジャーナリストとして活躍しながら小説を書く。そのような生活の中で次第にアルコール中毒となっていく。住む家もなく、ホテル住まいの生活の中で多くの著名な作品を書いていく。一方、ツヴァイク(1881年から1942年)は豊かなユダヤ人家庭の出身で、金には困らなかった。ベストセラー作家として人気を博していた。ロートから助けてほしいという手紙をもらうと、彼はお金を送って助けている。ロートが金が入るとすぐに酒を買い、他の貧しいユダヤ人に金をばらまくのを知っていたので、後半はホテル代を払うが、余分なお金がロートのもとに残らないようにしながらも支援している。

 文学評論家たちによると、ツヴァイクはロートの才能を高くかっていたという。「ロートならば、酒を飲まず本を書けば凄い小説が生まれる」と信じていたからだ。ロートは神を信じていたが、苦しい生活の中でアル中毒が原因で最後は亡命先のパリで40代半ばで亡くなる。一方、ツヴァイクは人間を信じていた。困った人間がいればいつも助けようとしたが、ナチスが台頭する頃には彼を裏切る友人も出てきた。ロートは神を信じ、アル中で死去、ツヴァイクは人間を信じ、最後は亡命先のブラジルで妻と共に、 自分で亡くなった。希望が見いだせないナチス・ドイツの台頭時代に生きた才能ある2人のユダヤ人作家の生涯は壮絶なものがあった。

 2024年は激動の年だった。ロシア軍のウクライナ侵略戦争は依然停戦の見通しはなく、目を中東に移すと、イスラエルとパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦い、そして戦火はレバノンにも広がった。シリアでは50年以上独裁世間を続けてきたアサド父子政権は崩壊し、反体制派勢力による暫定政権が発足したばかりだ。シリアが来年。民主化の道を歩みだすか、それとも武装勢力間の内戦が再発するかは分からない。スーダンでも内戦状況が続いている。その一方、中国共産党政権は核戦力を強化し、台湾再統合を狙っている。北朝鮮の金正恩総書記はロシアとの軍事協定を締結し、軍事大国化の道を歩み出そうとしている。

 バチカンは24日、新たな「聖年」の幕開けを宣言した。「聖年(Holy Year)」とは、カトリック教会において特別な霊的恩恵を受けるための年を意味し、ローマ教皇によって宣言される。「聖年」は、罪の赦し(免償)を得たり、信仰を深めたりするために設定される特別な年で、カトリック教会の伝統だ。「聖年」の幕開けは、ローマ教皇が大聖堂にある「聖なる戸」(Holy Door)を開ける象徴的な儀式から始まる。これは、神への道が特別に開かれることを象徴的に見せているという。

 バチカンは2025年の「聖年」のテーマに「希望」を選んだ。私たちは「希望」に飢えているからだ。コロナ・パンデミックで世界で700万人以上が犠牲となった。戦争や紛争だけではない、世界至る所で貧富の格差は拡大する一方、情報は溢れ、心の安らぎを見出すことが容易ではない。私たちは今、持続的な「希望」を必要としている。閉塞感を乗り越え、明日に対する希望をどこに見つければいいのだろうか。

 ここまで書いてきて、「希望を探す」のではなく、「希望を失わないこと」ではないかと思わされた。このコラム欄でも数回紹介したが映画「希望を救え」のタイトルを思い出したのだ。病院で最高の外科医と言われていた主人公が交通事故でコマ状況(昏睡)に陥り、体から霊が抜け出し、霊人と対話できるようになったことからこの映画のドラマは始まる。霊人との交信を通じて、患者たちを救っていくストーリだ。テーマは「希望」を探すのではなく、既にある「希望」を失わないように、救済することだ。私たちの周囲には本来、希望が至る所に顔を出しているのではないか。

 2024年の一年間、お付き合いしてくださいまして有難うございました。新年が皆様に希望溢れる年となりますように。 

石破首相と「公邸の幽霊」の相性は?

 日本のメディアは27日、石破茂首相が間もなく公邸に引っ越しする予定だと報じた。引っ越しに際しての石破首相の説明がいい。「自分はオバケのQ太郎世代だから、(幽霊は)たいして怖くない」というのだ。「公邸」と「幽霊」の話は長い。首相時代に公邸に住んだ首相もいたが、さまざまな理由から公邸に引っ越しするのを避けた首相もいた。当方は11年前、「公邸の幽霊は人を選ぶ」というコラムを書いた。首相の立場からではなく、幽霊の視点から、幽霊も首相を選んで出現するという内容だ。

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▲自由民主党総裁選で当選が決まり、祝福の拍手を受ける石破氏 
 自民党公式サイト、2024年09月27日

 このコラム欄の読者の皆さんは既にご存じだと思うが、当方は過去、幽霊については結構、頻繁に書いてきた。幽霊は当方には欠かせられない現実の存在だからだ。幽霊の存在や彼らの考えを理解しないと、問題が解決できないことがあるからだ。それだけ、幽霊は地上で生きている人間にさまざまな影響を与えているのだ。

「幽霊」といえば、どうしても書かざるを得ない話がある。スウェーデンの国民作家と呼ばれるヨハン・アウグスト・ストリンドベリ(1849〜1912年)は霊魂をキャッチするためにガラス瓶をもって墓場に行ったというのだ。また、スウェーデンのカール16世グスタフ国王の妻シルビア王妃は、首都ストックホルム郊外のローベン島にあるドロットニングホルム宮殿について「小さな友人たちがおりまして、幽霊です」と述べたことがある。ドロットニングホルム宮殿は17世紀に建設され、世界遺産にも登録済み。王妃は、「とても良い方々で、怖がる必要なんてありません」と強調している。国王の姉クリスティーナ王女は『古い家には幽霊話が付きもの。世紀を重ねて人間が詰め込まれ、死んでもエネルギーが残るのです』と説明しているほどだ。日本の皇室関係者が「幽霊」の話をしたとは聞かない。日本には幽霊がいないのではなく、幽霊が反社会的な存在として嫌われているからかもしれない。

 欧米の映画やTV番組では幽霊はまだ生きている人間と同じように取り扱われるケースが多い。その意味で、幽霊は欧米社会では市民権を有している。日本の場合、幽霊は単に好奇心や恐怖心の対象として取り扱われることがまだ多いのではないか。

 当方が好きな映画「希望を救え」では病院で最高の外科医と言われていたチャーリーが交通事故でコマ状況(昏睡)に陥り、体から霊が抜け出し、霊人と対話できるようになったことからこの映画のドラマは始まる。事故から回復し、再び勤務するチャーリーは手術中に意識を失った患者が霊人となって自分の前に現れ、話しかける体験をする。患者は自分の病歴などをチャーリーに話したり、家族問題を相談する。チャーリーは最初は驚いたが、霊の存在を次第に生きている人間のように感じ、コマ状況で霊が肉体から離れてしまった患者の人生相談に応じる。チャーリーが手術前から患者の病気の原因を知っていることに同僚の医師たちは驚く。チャーリーには患者が教えてくれたのだ。

 また、カナダのTV映画には霊人(幽霊)が出てくる番組が多い。カナダ騎馬警察官の活躍を描いた「Due South」や、劇団の世界を演出した「スリングス・アンド・アロウズ」もそうだ。それもホラーな怖い話ではなく、霊人が日常生活の中で自然に出てきて、生きている人間と会話を交わすストーリーが多い。   

 日本のメディアでは一時期、安倍晋三氏が首相時代、なぜ公邸に住まず、私邸から首相官邸に通っているのかで話題を呼んだことがあった。その際、公邸には幽霊が住んでいるからではないか、といわれたほどだ。それなりの理由が報じられた。産経新聞によると、「公邸は昭和11年、旧陸軍の青年将校が起こしたクーデター『2・26事件』の舞台となっており、犠牲者の幽霊が出るとの噂話がある」という。

 安倍さんの後継者の菅義偉元首相は議員宿舎に寝泊まりしていたという。岸田文雄前首相は公邸に住んでいたが、幽霊騒動は聞かない。要するに、公邸の幽霊は誰でもいいというわけではないのだ。相性の合わない首相の前には出現しない。出てきてもそれが幽霊だと分らない首相の前には出てきたくないのではないか。

 幽霊の特性を知らなければならない。幽霊が出る場合、幽霊とその人物の間には何らかの関係があるはずだ。自分の性格を理解できないような人物の前に幽霊は出て来ない、というより出てこれない。幽霊が傍にきてもそのような人物は分からないからだ。幽霊は何らかのメッセージを地上の人物に託したいと願っている場合がある。地上で出来なかったことがあったら、地上の人物を通じて成し遂げたいと願うこともある。公邸の幽霊の場合も同じだろう。

 当方は石破首相の生い立ちや性格、政治家としてのキャリアを知らないから、石破さんと「公邸の幽霊」の相性は分からない。石破さん自身は「オバケのQ太郎の世代」だから、「幽霊は怖くない」と言われている。幽霊を漫画やTVの主人公のようなキャラクターと誤解されているのかもしれない。いずれにしても、石破さんが公邸に引っ越しされ、「昨夜、幽霊を見たよ」と記者団に語ることも決して排除できない。

 米テレビ番組「Dr・House(ドクター・ハウス)」でハウスが「人が神に話しかければ、『あの人は信心深い人』」といわれるが、神が彼に話しかけたといえば、『彼は狂人だ』と冷笑される」と語っていた。石破さんが「昨夜、幽霊を見たよ」といえば、「首相は度胸がある」と言われるかもしれないが、「幽霊が自分に話しかけてきたよ」と言って、その内容を語り出したら、記者団は「首相が可笑しくなった」といった記事を速報するかもしれない。

「4月の夏」が到来した

 オーストリアは筆者が住み始めた40年前はまだ春・夏・秋・冬の4つの四季が定期的に訪れたが、季節の移り変わりが次第に薄れ、カレンダーでは冬が到来したのに雪が降らないといったシーズンが増えてきた。今年もウィーンでは数回の雪しか降らなかった。

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▲散歩道の花壇(2024年4月5日、ウィ―ン16区で撮影)

 このコラム欄で数回書いたが、1980年初めごろ、オーストリアに住みだした時、知人が「ここに住むには冬には厚い外套(マンテル)が必要だよ」とアドバイスしてくれた。そこでかなり重いマンテルを買ったが、マンテルが必要な冬が到来しなくなったこともあって、マンテルをどこに仕舞ったか忘れてしまった。

 今年の2月、3月は気象庁観測史上もっとも暖かな月となった。そして4月に入った。本来ならば厳しい冬を終え、花や虫が出てきて一年でも最も過ごしやすい季節だが、5日の日中の最高気温は24度、7日には30度に迫るという。地中海からの高気圧に覆われ、週末には北アフリカから非常に暖かい空気がオーストリアに流れ込むというのだ。4月に真夏日が到来するわけだ。ちなみに、最も早い猛暑日(最高気温が35℃以上)はザルツブルク市で1934年4月17日に測定された。

 オーストリア気象庁の予測では、今後数日間の気温は、4月の第1週の平均値より約15度高くなる。標高1500メートルの山では最高20度、標高2000メートルでは15度まで気温が上がる。グロースグロックナー山頂でも気温は氷点以上になるという。少々異常な状況だ。4月も観測史上最も暑い4月となることは間違いないという。このトレンドが続くと7月、8月はどんな猛暑となるだろうか。

 当方は欧州で数回、40度以上の気温を体験した。チェコの首都プラハで40度以上を体験した時、ムーンとした熱風が頬を包む。風景がボーと沸騰しているように感じたことを思い出す。2018年の8月はウィーンでも40度を超えた(「『地球』に何が起きているのか」2018年8月8日参考)。

 「2022年地軸大変動」(松本徹三著)というSFを読んだことがある。地軸の大変動で熱帯地域から極寒帯地になるアフリカ大陸の人々を救うために世界の指導者たちは英知を結集。地軸の変動が開始する前にアフリカ国民を安全な地域に移住させようと史上最大規模の移住計画が立てられる。アフリカは多くの犠牲を払いながらも、アフリカ連邦共和国として存続していくという話だ。ハッピーエンドだが、非常に啓蒙的な話だ(「『2022年地軸大変動』を読んで」2021年11月7日参考)。

 東日本大震災(2011年3月11日)では地球の地軸が僅かだが動いたと聞いたことがある。地球温暖化は久しく警告されてきた。地球温暖化には人類の責任が問われるかもしれないが、地軸変動は人類の責任というより、惑星地球の運命と受け取るべきかもしれない。

 参考までに、米航空宇宙局(NASA)は2021年11月24日、地球に接近する小惑星の軌道を変更させることを目的とした「DART」と呼ばれるミッションをスタートさせた。未来の地球の安全を守るためにNASAと欧州宇宙機関(ESA)が結束して「地球防衛システム」を構築するためのビッグプロジェクトだ。DART計画は、宇宙探査機(プローブ)を打ち上げ、目的の小惑星に衝突させ、小惑星の軌道の変動を観察する実験だった。NASAの管理者、ビル・ネルソン氏は2022年10月11日、小惑星衛星ディモルフォスの軌道が9月のDART探査機の衝突の結果、その軌道に影響があったと語ったのだ。ディモルフォスがディディモスを周回するのにこれまで11時間55分かかっていたが、現在は11時間23分だ。人類は惑星の運命すら変えようとしているのだろうか(「天体の動きを変えた人類初の試み」2022年10月13日参考)。

 当方は「4月の夏」を迎えたアルプスの小国オーストリアの気象の変動から人類の終末、黙示論的な世界を描く意図は全くないことを断っておく。名探偵シャーロック・ホームズが友人ワトソン博士に「君は僕と同じように見ているが、僕のようにそれを観ていない」と語る場面がある。当方は努力して少しでも観ていきたいのだ。

 4月に30度の気温を体験することは気象学的には少なくとも正常ではない。めったにないことだから、「4月の夏」をエンジョンすればいいだろう、という意見もある。長い地球の歴史には過去、同じようなことがあった。驚くことはない、と楽観視することも可能だろう。

 ところで、イエスは「いちじくの木から譬を学びなさい。その枝が柔らかになり葉が出てくると、夏が近いことが分かる」(「マルコによる福音書」第13章)と述べ、時の徴(しるし)を見逃してはならないと警告を発している。当方は「4月の夏」の訪れに一種の緊張感と戸惑いを感じている。
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