ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

イスラム

IRNA通信の「イスラエル経済解説」

 イスラエル空軍は1日、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館を空爆し、そこにいた「イラン革命防衛隊」(IRG)の准将2人と隊員5人を殺害した。これを受け、イラン最高指導者ハメネイ師は2日、イスラエルに対して報復を表明、軍は厳戒体制を敷いている。それ以来、イラン国営IRNA通信は激しいイスラエル批判を展開し、明日でもイスラエルとの戦闘が始まるような緊迫感が漂っている。

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▲IRNA通信が作成したイスラエル通貨シェケルの下落動向(同通信2024年04月07日から)

 もちろん、イスラエルを「宿敵」とするイラン当局の反イスラエル路線は今始まったわけではない。冷静な読者ならば、IRG司令官の英雄、カセム・ソレイマニ将軍が2020年1月、バクダッド国際空港近くで米無人機の攻撃で殺害された時、イラン全土で追悼集会が開催され、イラン当局が米国に対して報復を宣言した時を思い出すかもしれない。

 イラン当局は当時、米国批判を高め、直ぐにも対米戦争を始めるのではないかといった雰囲気があったが、さすがに世界最強国米国と一戦を交えるほどの軍事力がないことを知っていたから、対米戦争宣言は避けた。今回もイスラエルを批判するが、イラクかシリアからミサイルをイスラエルに向けて数発撃ちこんでメンツを保つのではないか。イラン聖職者政権は今年2月、イラン革命45周年を祝ったが、中東の軍事強国イスラエルとの正面衝突は躊躇せざるを得ないからだ。

 そのように考えていた時、イランIRNA国営通信が7日、「ガザ紛争でイスラエル経済が危機に陥っている」という経済記事をグラフを付けて報じたのだ。記事のタイトルはIsraeli-economy-continues-to-suffer-as-Gaza-war-drags-onだ。

 IRNA通信は「公式統計と報告書によると、イスラエルの国民経済は巨額の損失を被り、通貨シェケルの対米ドルレートが過去8年間で最低水準に達している。パレスチナのハマス抵抗運動がイスラエル占領地南部で前例のないアル・アクサ嵐作戦を開始した10月7日、シェケルは3%以上下落して3.96ドルに達し、イスラエル中央銀行は通貨変動に対処するために最大450億シェケル(114億ドル)の支出を余儀なくされた」と報じている。IRNA通信は「これはブルームバーグに語った元イスラエル中央銀行総裁カーニット・フルーグ氏の発言だ」とわざわざ断っている。イラン側のイスラエル経済への批判的解説記事だ。

 もう少し、IRNA通信のイスラエル経済記事を紹介する。

 「イスラエル中央統計局の公式統計によると、2023年第4四半期の国内総生産(GDP)が19.4%減少した。そして今年2月初旬、ムーディーズ機関はイスラエルの信用格付けをA1からA2に引き下げ、ガザ戦争による政権への重大な政治的・財政的リスクを理由に、信用見通しはマイナスとなっている。政府がガザ戦争のためにタマル・ガス田の操業を一時停止したため、エネルギー、観光、雇用、テクノロジーもすべて打撃を受けた。また、ガザからの報復ロケット弾とミサイル攻撃を受けて、ベングリオン空港の便が80%減少するなど、イスラエルを発着する外国航空便が大幅に減少している。これは観光客の減少によるもので、公式統計では昨年10月以降、観光収入が76%減少したことが記録されている。イスラエルのハポアリム銀行は、ガザ戦争の費用を見積もるのは時期尚早だと考えている。しかし、観測筋や経済アナリストらは、その代償は大きく、経済への影響は過去のどの戦争よりもはるかに苦痛であり、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響よりもさらに深刻だと考えている」

 当方はIRNA通信(英語版)を定期的に読んでいるが、イスラエル経済について上記のような解説記事に過去、読んだことがない。敵国イスラエルの国民経済の通貨危機を報じれば、「それではイラン経済はどうか」といったごく当然の質問が飛び出す懸念もあったからだろう。そしてイランの経済は残念ながらイスラエルの国民経済より厳しい。イスラエル経済はガザ戦争で大きな負担を背負っていることは間違いないが、聖職者支配政権のイランの国民経済は構造的な欠陥を抱えているのだ。

 イランの国民経済は厳しい。イランの通貨イラン・リアルの対ドル為替レートの下落に歯止めがかからない。インフレ率も久しく50%を上回ってきた。その一方イラン当局はパレスチナ自治区ガザのハマス、レバノンのイスラム根本主義組織ヒズボラ、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派へ武器、軍事支援をし、シリアの内戦時にはロシアと共にアサド政権を擁護するなど、多くの財源を軍事活動に投入している。

 イランでは若い青年層の失業率が高く、多くの国民は「明日はよくなる」という思いが持てない。特に、ソーシャルネットワークで育った若者は、イスラム革命のイデオロギーに共感することは少ない。聖職者統治政権と国民の間の溝は更に深まっている(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。

 汝の敵を知れ、という狙いからIRNA通信は今回、イスラエルの国民経済の現状に目を向けて、それを厳しく批判したわけだ。次回はイランの国民経済の現状に対して客観的に分析する記事を配信してほしいものだ。

「殉教」を避け、逃走するテロリスト

 ロシアの首都モスクワ北西部で22日夜(現地時間)ロックバンドのコンサート会場「クロッカス・シティー・ホール」で発生した襲撃テロ事件で死者数が140人となった。ムラシコ保健相が27日、発表した。実行犯4人はモスクワに移送され、テロ罪で起訴された。テロ現場で2人のテロリストが殺害されていたことから、実行犯グループは6人と見られる。全員が中央アジアのタジキスタン出身だ。事件は実行犯がコンサートが始まる前に会場に突入し、集まっていたファンたちに銃撃し、火炎瓶を投げ、会場に火をつけた。

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▲テロ事件の犠牲者を追悼するプーチン大統領(2024年03月24日、クレムリン公式サイトから)

 同テロ事件では、現場から逃走した実行犯がウクライナ方向に向かったという情報が報じられると、ロシアのプーチン大統領は、「テロ事件の背後にはウクライナが関与している」と主張したが、事件当時のビデオや実行犯への尋問などを通じて、ロシア治安関係者は「イスラム過激派テロリストの仕業」でほぼ一致したという。ただし、プーチン大統領は、「大量殺害の命令はイスラム主義者が実行したが、首謀者は別の場所にいる」と強調、依然ウクライナ関与説を捨てていない。

 犯行直後、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)がSNS上で犯行を表明した。今回テロを実行したのは、隣国のアフガニスタンで活動しており、パキスタン近くのホラサンに拠点を置いているIS分派「イスラム国ホラサン州」(IS−K)だ。「ホラサン州」は1月3日、イラン南東部ケルマン市で100人余りを殺害、数百人以上の負傷者が出るというテロ事件を起こしたばかりだ。

 興味深い情報は、.戰薀襦璽靴離襯シェンコ大統領は26日、記者団に、「モスクワ近郊のコンサートホール襲撃事件のテロリストたちはベラルーシへ逃亡しようとしたが、国境検問所があったため引き返した」と証言している。この発言はウクライナ関与説に拘るプーチン大統領の主張とは矛盾している。▲肇襯海琉汰簡歉禊愀玄圓蕕両霾鵑砲茲襪函⊇鰻眸箸箸澆蕕譴襭何佑魯蹈轡△亮鹽圓紡攤澆垢訌阿縫肇襯海紡攤澆靴討い拭襲撃容疑者の1人は2月20日にトルコに入国し、もう1人の容疑者は1月5日にトルコに入国した。2人は別々の時間にイスタンブールのホテルに滞在し、3月2日に同じ便でモスクワに入ったことが分かっていることだ。

 特に、△蓮▲肇襯海烹稗咫檻砲竜鯏世あることを示唆している。トルコ内務省によると、昨年6月1日以降、トルコ国内でIS所属またはISに近い容疑で合計2919人が逮捕されている。ロシア治安関係者は事件後、トルコ側のテロ担当官と協議している。エルドアン大統領は、「テロがどこから来たのか、攻撃者が誰であろうとも、テロは容認できない。トルコはロシアの苦しみを共有している」と語っている。

 西側テロ専門家たちは、「イスラム過激派は欧州で大規模なテロを計画している」と警告を発している。昨年末、ドイツのケルンやウィーンのシュテファン大聖堂を襲撃するテロ計画が発覚した。ISーKによって計画されたものと思われている。彼らはタリバンが政権を握った後、避難の波に紛れてヨーロッパ入りした。6月に入るとドイツでサッカー欧州選手権(6月14日〜7月14日)が、その直後、パリで夏季五輪大会(7月26日〜8月11日)が開催されるだけに、要注意だ。

 ちなみに、パリでは2015年11月13日、同時多発テロが発生した。パリ北郊外の国立競技場スタッド・ド・フランスの外で3人の自爆犯による自爆テロが起き、続いてパリ市内北部のカフェやレストランで銃の乱射や爆弾テロが起きた。そして、パリ11区のコンサート中のバタクラン劇場に乱入したテロリストが銃撃と爆発を起こし、130人が死亡、300人以上が重軽傷を負う史上最大規模のテロ事件となった。

 ところで、パリ同時テロ事件では犯人はほとんど自爆するか、突入した警察によって射殺されたが、モスクワのテロ事件では実行犯6人のうち、2人は射殺されたが、4人は逃走後、拘束された。自爆したテロリストはいない。IS−Kのテロリストらは自爆テロを恐れない狂信的なイスラム過激テロリストという従来のプロフィールとは少し異なっている。彼らは殉教者として死ぬことを回避しているのだ。1人は金銭を約束されていたと供述したという。例外は、イラン南部ケルマン市でのテロ事件では1人のIS−Kメンバーが自爆テロを行った。

 アフガニスタン専門家のエリノア・ゼイノ氏はドイツ民間ニュース専門局ntvのインタビューで、「イスラム国は厳格なサラフィ主義者、スンニ派の組織だ。IS―Kは2015年に設立され、その後、数年間、アフガン国内全域を支配したが、その後、タリバンと西側諸国の軍隊によって押し戻された。他のイスラム過激テロ組織とは違って、IS―Kには外国人戦闘員がほとんどいない。彼らは主にタジク民族グループのアフガニスタン人だ」という。

 ゼイノ氏によると、自爆テロリストを確保するのは非常に困難で、費用がかかる。これには通常、薬物、そして家族への金銭の約束が必要となる。だから自爆したり、殉教することを回避するテロリストが出てくるという。

 英国のキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は、「IS−Kは現在最も活発なテログループであり、その起源はアフガニスタンで、過激で暴力的なジハーディスト(イスラム聖戦主義者)武装集団だ。おそらく現在、西側諸国で大規模なテロ攻撃を実行できる唯一のIS分派だ」と説明している。

「ラマダン」とテロの脅威

 イスラエル側からの情報によると、エジプトのカイロで行われていたイスラエル軍とパレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスとの間の停戦と人質解放を巡る交渉は7日、成果なく終了したという。10日から始まるラマダン(断食月)の期間の停戦実現は難しくなった、

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▲ガザ区のUNRWA避難所の女性と子供たち(国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)公式サイトから)

 イスラエルのネタニヤフ首相は、「ハマスを壊滅するまで戦闘を続ける」と強調し、ハマスの最後の拠点であるガザ南部ラファでの戦闘の継続を表明している。同時に、同首相はラマダン期間での戦闘がどのように危険かを理解した上で、「国際社会からの圧力が高まる時だけに、われわれは団結する必要がある」と訴えている。

 ところで、「ラマダン停戦」、「イースター停戦」、そして「クリスマス和平」といった表現がメディアで報じられる。キリスト教国やイスラム教国にとって最も重要な宗教行事には、敵国との紛争や戦争を停止するという意味だ。キリスト教国にとってはクリスマスや復活祭は最大の祭日だ。一方、ラマダンはイスラム教徒の聖なる義務、5行(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)の一つだ。幼児、妊婦や病人以外は参加する。ラマダンの1カ月間は日の出から日の入りまで身を慎み、断食し、奉仕する。日が沈めば、断食明けの食事(Iftar、イフタール)を友人や親戚関係者と一緒に取る。ラマダン期間の大きな楽しみだ。キリスト信者には分らない彼らの“至福の時”だろう。

 ラマダンの意義と価値について、スーダン出身の知人は、「日頃の物質的な思いから解放され、神と対面できる期間として非常に重要だ。普段だったら直ぐ怒りが飛び出すケースでもラマダン期間だと不思議と平静に対応できる。これもラマダンの影響ではないか」と述べたことを思い出した

 ラマダン期間、敬虔なイスラム教徒は寺院に集まり、太陽が沈むとラマダン明けの食事を一緒にとる。すなわち、ラマダン期間はいつもより頻繁に寺院に集まり、指導者から話を聞く機会が多い。イスラム教徒は一層信仰的になる。当方には多くのイスラム教徒の友人、知人がいる。彼らはラマダン期間、優しいイスラム教徒に変身する。

 ラマダン期間が過ぎると、イスラム教徒によっては異なるが、ラマダンで体重が減って贅肉が取れた者もいる一方、イフタールを十分楽しんだ結果、ラマダン前より太ったイスラム教徒も出てくる。

 ラマダン期間にテロ活動を行ったイスラム派過激組織もある。例えば、2016年7月、バングラデシュの首都ダッカのレストランでイスラム過激派の襲撃テロが発生、日本人7人を含む20人以上が殺害されるテロ事件が起きた。犯人はイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)だった。

 中東問題専門家のアミール・べアティ氏は、「ラマダン期間、紛争が絶えない理由はイスラム寺院の説教者にある。彼らが寺院に集まった教徒たちにコーランを通じて政府批判や紛争勢力への中傷などを繰り返し、信者たちを煽るケースが少なくないからだ」という。同氏によると、イスラム教徒はキリスト信者のように個人意識が成長していない。彼らは集団で行動をする。ラマダン期間はその機会が普段より多い。だから、断食明け後、デモや政治活動に走るケースが出てくる。ラマダン休戦が実現できない理由はイスラム教徒の集団主義と指導者の憎悪説教にあるという。

 参考までに、日本外務省海外安全ホームページには、ラマダン期間中の海外渡航・滞在に関して、「3月11日(月)頃から4月12日(金)頃の期間は、イスラム教のラマダン月及びラマダン明けの祭りに当たります。上記期間中やその前後はテロの脅威が高まる傾向があります。特に、今年はイスラエル・パレスチナ情勢を受け緊張が高まっていることに留意する必要があります」と注意を喚起している。

 ラマダン期間中、ガザ区でイスラエル軍の攻撃が続き、パレスチナ人に多くの犠牲が出るようだと、中東のイスラム過激テロ組織がそれに抗議し、テロ行為に走る危険性が高まる。

 なお、世界のキリスト教会では今月31日、復活祭を迎える。イエスが十字架上で亡くなり、その3日後に蘇ったことを祝うキリスト教最大の祝日だ。ラマダン期間中にキリスト教最大の祝日のイースターを迎えるわけだ。それが吉と出るか、凶と出るかは分からない。

イランで選挙後政権と国民の溝深まる

 イランで1日、議会選挙(定数290、任期4年)と最高指導者任免権を有する専門家評議会選(定数88人)が実施されたが、事前に予想されていた通り、イラン議会選では超保守的な候補者連合がリードしている。国営メディアによると、シーア派学者ハミド・ラサイ氏の「管理委員」リストがテヘランの30議席中18議席を獲得した。他の地域では保守党の支持者が290議席のうち少なくとも156議席を獲得した。

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▲イラン最高指導者ハメネイ師、投票する(2024年03月01日、イラン国営IRNA通信)

 イランの選挙では誰もがサプライズを期待しない。イランの政情が安定しているからではなく、有権者(2023年人口8920万人)の過半数以上が投票場に足を運ぶことに意味を感じなくなっているからだ。

 イラン国営メディアの発表では、イラン全土の投票率は約41%で、首都テヘランでは24%という。実数はそれより低いと受け取られている。「信任投票」と見られている議会選挙での低投票率は現政権にとって願わしくないため、イラン最高指導者ハメネイ師は国民に投票を呼び掛けるなど腐心したが、成果はなかったようだ。

 ちなみに、事前調査によると、首都テヘランでは3月1日に投票に行く人口はわずか8%という結果が報じられた。 2020年の一般投票率はわずか42%で、1979年のイスラム革命以来、最低の数字だったが、今回はそれより下回ることが予想される。

 4年に1回の議会選挙だが、国民の過半数以上が選挙を棄権するということは、国民の政治への関心が想像以上に少ないことを物語っている。選挙で政情が改善し、生活が良くなると希望を持つ国民が少ないからだろう。

 今回の議会選には1万5000人が立候補を申請したが、12人のイスラム聖職者と弁護士から構成された超保守的な「守護評議会」は、候補者のイデオロギー的資質や現政治制度への忠誠心を事前に調査。その結果、今回は選挙の準備段階で約5000人が立候補できなくなった。ライシ現政権を批判する改革派は立候補出来ない仕組みとなっているわけだ。

 イランの元副大統領モハメド・アリ・アブタヒ氏はドイツ通信(DPA)とのインタビューで、「守護評議会が共和国を解体した。現在、多数の原理主義者が国の運命を握っている。国民は選挙に対する信頼を失っている」と述べている。

 ライシ大統領を代表とした保守聖職者支配政権に対する国民の不信感が強い。22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が2022年9月、イスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去したことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がっていった。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧してきた。

 イラン各地で始まった抗議デモで多数の国民が逮捕され、処刑されてきた。米国を拠点とする組織、人権活動家通信社 (HRANA)の報告によると、合計で約2万人以上が逮捕され、多数が死刑判決を受けている。その中には未成年者71人が含まれる。路上デモに参加した者の中にも既に7人が処刑された。イラン当局は国民の抗議デモの拡大を受け、風紀警察の監視を一時中断したが、抗議デモが静まると再び活動を開始している。

 イランの国民経済は厳しい。多数の国民は厳しい経済事情を抱えている。その一方イラン当局はパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織ハマス、レバノンのイスラム根本主義組織ヒズボラ、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派への武器、軍事支援をし、シリアの内戦時にはロシアと共にアサド政権を擁護するなど、多くの財源を軍事活動に投入している。

 オーストリア国営放送のイラン特派員は一人の中年のイラン男性にインタビューしていたが、同男性は、「政府は自身のためや軍事活動に多くの資金を使うが、国民のためには使わない」と述べていた。イランでは若い青年層の失業率が高く、物価は年率約40%と上昇。多くの国民は「明日はよくなる」といった思いが持てない。特に、ソーシャルネットワークで育った若者は、イスラム革命のイデオロギーに共感することがない。選挙後、聖職者統治政権と国民の間の溝は更に深まることが予想される。

 なお、議会選と同時に実施された「専門家評議会」メンバーの選挙はイランの今後の政情を見る上で重要だ。憲法によれば、専門家評議会はイランの最高職である最高宗教指導者の活動を監督し、同指導者を終身選挙で選出する。現職の最高指導者が職務を遂行できなくなった場合、解任する権限も持っている。イラン当局に厳選された144人が今回立候補し、そのうち88人が選ばれる。

 最高指導者のポストは現在、ホメイニ師の後継者のハメネイ師が務めている。84歳のハメネイ師は健康状態が悪いとみられており、後継者問題は近い将来、大きなテーマだ。後継者の有力候補者には保守派の指導者、ライシ大統領の名が挙がっている。

日本「イラン革命45周年」に祝意を伝達?

 イランは11日、イラン革命45周年を祝う国家的イベントを開催した。イラン国営IRNA通信(英語版)によると、イラン革命を祝うメッセージや祝電が世界からライシ大統領宛てに送られてきているという。その祝意を伝達してきた国名も紹介されていたが、その中に日本も含まれていた。

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▲イラン革命45周年の記念集会(2024年02月11日。、IRNA通信から)

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▲イラン革命45周年を祝賀する国の中に日本も(2024年02月11日、IRNA通信から)

 11日に祝賀メッセージを送った国の中に米国をはじめ西側諸国は含まれていないが、イスラエルに侵攻し、1200人余りのイスラエル国民を虐殺したパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスを軍事的支援するイランに対し、日本が革命45周年を祝うメッセージをテヘランに伝達したということは、ハマスやレバノンのヒスボラなどテロ組織を支援するイラン聖職者主導政権の政治を容認するものだ、と受け取られる可能性が出てくる。

 イランのライシ大統領は11日、首都テヘランのアザディ広場で開かれたイラン革命45周年の記念集会で、「イラン国民は外国勢力への依存ではなく独立を選択した。イラン・イスラム共和国は今日世界で最も独立した国であり、東にも西にも歩調を合わせない立場を維持している。イランは今後も如何なる障害にも負けず前進していく」と強調する一方、宿敵イスラエルのシオニスト政権の打倒を訴えた。

 1979年2月、10日間以上続いたイラン革命は「10日間ファジル(夜明け)」と名付けられ、アザディ広場へのルート沿いには地対地ミサイル「キヤム」が展示されるなど、イランの国威高揚を内外に誇示していた。

 IRNA通信によると、親欧米路線を歩みだしたパーレビ王政を倒した1979年2月のイスラム革命45周年記念集会はイラン全土の1400の都市と3万5000以上の村で同時に開催された。この国家的行事には、国内外から約7300人のメディア関係者が取材したという。

 IRNA通信は、イラン革命45周年の前日、ライシ大統領に送られてきた外国首脳からのメッセージを詳細に紹介し、「2月11日のイランイスラム革命記念日の前夜、イランのエブラヒム・ライシ大統領に祝意が殺到している」と少々大げさに報じている。

 そして祝意を表明した最初の国に日本が挙げられていたのだ。それから韓国、シンガポール、エチオピア、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギスタンが続く。そしてライシ大統領が昨年12月訪問した中国からは「習近平国家主席がライシ氏に宛てたメッセージで革命勝利45周年を祝った」と強調している。そのほか、カザフスタンのトカエフ大統領、カタール首長、副首長、外相らの名前も挙がっている。また、アゼルバイジャンのアリエフ大統領、サウジアラビアからはサルマン国王とムハンマド皇太子、ベラルーシのルカシェンコ大統領らの国家元首たちの名前が列挙され、それぞれ「ライシ大統領へのメッセージの中でイスラム革命勝利記念日を祝った」と報じている。

 ところで、イランはハマスだけではなく、レバノンのヒズボラ、イエメンの反政府武装組織フーシ派などイスラム過激テロ組織を軍事的、経済的に支援し、シリア内戦ではアサド独裁政権をロシアと共に軍事支援してきた国だ。そしてライシ大統領はそれらの活動をイラン革命45周年の成果として言及する一方、イスラエル壊滅を呼び掛けているのだ。そのイランの革命45周年に祝意を伝えるということは、イランの過去45年間の政治・軍事活動の成果を少なくとも容認する立場になる。イランはサウジ、アラブ首長国連邦と共に日本にとって重要な石油供給国だが、イラン革命への祝意伝達はその国の世界観、価値観などを容認することになるのだ。

 イランでは22歳のクルド系女性マーサー・アミニさんが宗教警察官に頭のスカーフから髪が出ているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、死亡が確認された事件がイラン全土で女性の抗議デモへと展開したことはまだ記憶に新しい。イランでは「女性の権利」が蹂躙されているだけではなく、「言論の自由」は保障されていない。

 イランの企業は80%が国有企業だ。経済の大部分は、政府、宗教団体、軍事コングロマリット(複合企業)によって支配され、純粋な民間企業はほとんど存在しない。例えば、最高指導者ハメネイ師が管理するセタードは数十億ドル規模のコングロマリットを率いて中心的な役割を果たしている。ハメネイ師の経済帝国は、重要な石油産業から電気通信、金融、医療に至るまで、経済の他の多くの分野をその管理下に置いている。一方、ハメネイ師の支持を得て 大統領に選出された強硬派のライシ大統領はイラン最大の土地所有者の経済財団を主導している、といった具合だ(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。

 なお、欧州連合(EU)や米国は、イランでの重大な人権侵害を批判し、関係者に制裁措置をとっている。イランがウクライナ戦争でドローン(無人機)をロシアに供与していることに対しても追加制裁を科している。

 看過できない点は、イランの核開発問題だ。ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は昨年末、イランが高濃縮ウランの増産に乗り出していると報告したばかりだ。欧米社会が結束してイランの核開発に警告を発している時、イラン革命45周年に祝意を伝えた日本の外交はどこに目を向けているのだろうか。

イランとパキスタンの“不名誉な”衝突

 当コラム欄で「イスラム教の古傷が再び疼き出した」(2024年1月11日)というタイトルで記事を書き、イスラム教のスンニ派とシーア派の歴史的対立が再び激化する兆候が見えてきたと指摘したが、その後のイランとパキスタン両国国境での武力攻撃は残念ながらその予測を裏付けている。

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▲パキスタン軍、無人機3機でイランの国境地帯を攻撃(2024年1月18日、IRNA通信から)

 シーア派はイスラム教では少数派だが、イランはそのシーア派の盟主だ。同国はイラン革命後、45年間、聖職者支配体制を確立する一方、パレスチナ自治区ガザのイスラム教スンニ派過激テロ組織ハマスを支援、イエメンではスンニ派の盟主サウジアラビアと対立する親イランのシーア派武装組織フーシ派、レバノンでは同じシーア派武装勢力ヒズボラを軍事的、経済的に支援してきた。イスラエル・ガザ紛争で拡散してきた中東危機の背後には、イスラエルを宿敵とするイランが深く関与してることは明らかだ。

 ガザ紛争ではイスラエル軍が非武装のパレスチナ人を虐殺しているとして批判、国際世論を動かし、南アフリカが国際刑事裁判所(ICC)にイスラエルを「ジェノサイド」として訴えるなど、イランの反イスラエル包囲網は着実に構築されてきたが、その戦略的歯車がここにきて狂い出してきたのだ。

 その直接のきかっけは前回のコラムでも指摘したが、イラン革命後最大のテロ事件となったイラン南東部ケルマン市でのテロ事件(1月3日発生)だ。同事件で100人余りが死亡、数百人以上が負傷するという最悪のテロ惨事となった。

 イラン当局は事件直後、「明らかにテロ事件」として、事件に関与した組織、個人に対して報復を宣言した。その直後、イスラム教スンニ派テロ組織イスラム国(IS)は犯行声明を発表した。具体的には、隣国のアフガニスタンで活動しており、パキスタン近くのホラサンに拠点を置いている、通称「イスラム国ホラサン州」(ISKP)の仕業だ。イラン当局はテロ事件後、対アフガニスタン、対パキスタン両国国境の警備を強化し、スンニ派武装組織の侵入防止に乗り出した。

 イランは16日、隣国イラクやシリアのISの拠点を攻撃する一方、パキスタン領内のスンニ派武装テロ組織の2カ所の拠点を空爆した。ケルマン爆発テロ事件に対する報復攻撃だ。翌17日にはイラン革命防衛隊(IRG)のアリ・ジャワダン・ファー大佐がパキスタン国境付近で射殺されている。

 イラン側はパキスタン領土内の攻撃について、「パキスタン領土におけるスンニ派聖戦戦士集団ジャイシュ・アル・アドルを狙った攻撃」と説明している。「ジャイシュ・アル・アドル」(DschaI Sch al-Adl )は、過激なスンニ派運動の元メンバーによって2012年に設立された。近年、このグループはイランで数回のテロ攻撃を行っており、イランではテロ組織と受け取られている。

 一方、イランからのパキスタン領土内への空爆に激怒したパキスタン側は18日、隣国イラン南東部シスタンバルチェスタン州を攻撃し、複数人を殺害したと発表した。イランの地元治安当局者は「パキスタンによるイラン南東部の国境地点への攻撃は無人機3機で行われた」と述べた。イランの精鋭部隊、革命防衛隊が16日にパキスタンを越境攻撃したことへの報復攻撃だ、といった具合だ。イラン外務省報道官は同日、イラン南東部の国境地点に対するパキスタンの攻撃を非難した。

 パキスタン外務省は、「差し迫った大規模テロ活動に関する信頼できる諜報情報を考慮して攻撃を決定した」と述べる一方、「パキスタンはイラン・イスラム共和国の主権と領土保全を全面的に尊重する」と付け加えた。パキスタン情報当局者は、「攻撃はイラン内の『反パキスタン武装勢力』を狙ったものだ」と述べている。

 ちなみに、パキスタンは国民の約97%がイスラム教徒で、その80%はスンニ派、20%はシーア派だ。イランに次いでシーア派が多い国だ。ちなみに、アフガンもほとんどイスラム教徒だが、スンニ派とシーア派の割合はパキスタンとほぼ同じだ。

 スイスのダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会(通称ダボス会議)に出席したイランのアミールアブドッラーヒヤーン外相は18日、「イランはパキスタンとの良好な関係を有している。今回の軍事活動はあくまでも過激派テロ組織をやっつけることが狙いであり、パキスタンの領土を侵害する意図はまったくない」と説明、同じイスラム教国のパキスタンとの兄弟紛争といった印象の払拭に努めている。なお、イランとパキスタンの武力衝突の拡大を危惧する中国とトルコ両国は双方に冷静を呼びかけるなどの仲介外交を展開させている。

 スンニ派過激テロ組織ハマスの指導部の中には、「シーア派のイランに武器や経済支援を依存しすぎることは危険だ」という声が聞かれ出したという。「イスラエルを地図上から消し去る」と宣言したイラン大統領がいたが、イスラム教内の兄弟紛争が飛び出し、イランはその鎮圧のために精力を注がなければならなくなってきたのだ。2024年は龍の年だ。眠っていた龍が目覚め、イスラム教の歴史的兄弟紛争に油を注いでいる。

イスラム教の古傷が再び疼き出した

 新年早々(3日)、イラン南東部ケルマン市で2度、大爆発が起き、100人余りが死亡、数百人以上が負傷するというテロ事件が発生した。ケルマン市の爆破テロ事件はイラン革命後、最悪のテロ惨事となった。イラン当局は事件直後、「明らかにテロ事件」として、事件に関与した組織、個人に対して報復を宣言した。テロ事件直後、イスラム教スンニ派テロ組織「イスラム国」(IS)は犯行声明を発表した。イラン国営IRNA通信によると、7日現在、事件に関与した容疑者32人が逮捕された。

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▲テロ対策で電話会談するロシアのラブロフ外相とイランのアミラブドラヒアン外相(2024年01月10日、イラン国営IRNA通信から)

 ケルマン市爆発テロ事件はイスラム過激派テログループの再台頭を告げるものとして、欧米の治安関係者は警戒している。そこでケルマン市テロ事件の背景をもう少し詳細に分析してみたい。

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 3日はイラン革命防衛隊(IRG)司令官だったカセム・ソレイマニ将軍が2020年1月、米無人機の攻撃で殺害された命日にあたる。そしてケルマン市は同司令官の出身地だ。ソレイマニ司令官はケルマン市の殉教者墓地に埋葬されている。イラン国営通信IRNAは3日、「イラクの首都近郊で米国の無人機攻撃で暗殺されたカセム・ソレイマニ司令官の追悼式に大勢の人々が出席していた」という。

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 答えは明確だ。同司令官はシリア内戦時、シリア内で暗躍するIS退治を指導した中心人物だったからだ。そのうえ、同司令官はイラン国民の間では英雄視されてきた軍人だ。その命日の追悼式で爆発テロを実施することで、シーア派イランへの報復テロという意味合いも出てくるわけだ。

 ISは犯行を声明したが、ISはシリア、イラクでの拠点を失い後退してきた。ISはイランの大半を占めるシーア派住民をイスラム教からの背教者とみなし、彼らを軽蔑している。今回テロを実行したのは、隣国のアフガニスタンで活動しており、パキスタン近くのホラサンに拠点を置いている、通称「イスラム国ホラサン州」(ISKP)だ。

 英国のキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は、「ISKPは現在最も活発なテログループであり、その起源はアフガニスタンで、最も過激で暴力的なジハーディスト(イスラム聖戦主義者)武装集団だ。おそらく現在、西側諸国で大規模なテロ攻撃を実行できる唯一のIS分派だ」と説明している。ISKPにはアフガンやタジキスタン、ウズベキスタンなどからリクルートされたジハーディストたちが集まっている。

 ぅぅ好薀┘襪肇僖譽好船兵治区を実効支配しているイスラム過激テロ組織ハマスとの戦闘はアラブ・イスラム国で反イスラエル、反欧米の動きが活発化している。ケルマン市の爆発テロにもその影響が見られるか。

 ハマスの昨年10月7日のユダヤ人虐殺テロ事件は、2001年の米同時多発テロ事件のように大きな影響をアラブ圏・イスラム圏に投じていることは間違いないが、ただし、ケルマン市テロ事件はあくまでもソレイマニ司令官への報復テロと受け取るべきだ。明確な点は、「10・7テロ事件」は「9・11米多発テロ事件」と同じ大きな出来事である点は間違いない。

 ィ稗咤烹仄臚海離謄躬件が今後、世界的に多発する危険性は考えられるか。

 2015年、16年、欧州には100万人余りの中東、アフリカからイスラム系難民が殺到した。その中にはイスラム過激派テロリストも潜入していた。現在はその数は少ない一方、欧米社会内で過激化するイスラム系難民、移民が増えてきている。その意味で、ローンウルフ型テロ事件が増えることが予想される。それだけにテロを未然に防止することが難しくなってきている。

 Εぅ好薀犇気和腓くはスンニ派とシーア派に分かれているが、ケルマンのテロ事件はスンニ派過激テロ組織のISによるシーア派の盟主イランに対する攻撃という構図が浮かび上がる。

 イスラム教過激派対ユダヤ教、キリスト教の対立と共に、イスラム教内のスンニ派とシーア派の対立が激化する兆候が見える。イスラム教徒は「スンニ派とシーア派の対立はイスラム教とユダヤ教との対立より激しい」と指摘しているほどだ。

 イスラエルのガザ戦争でイランは、ハマスを支援し、アラブ・イスラム圏を反イスラエル包囲網へと集結させようと腐心している。その矢先にスンニ派過激テロ組織のISのケルマン市爆破テロ事件が生じたわけだ。シーア派の盟主イランの聖職者政権は大きな戦略的痛手を負った。スンニ派対シーア派の対立といったイスラム教の古傷が再び疼き出してきたのだ。

イラン革命後の最悪のテロ事件

 イラン南東部ケルマン市で3日、2回の大規模な爆発テロが発生し、少なくとも84人が死亡、284人が負傷するというイスラム革命後、イランの45年間の歴史で最悪のテロ事件となった。現地の情報では、2回の爆発で少なくとも1回は自爆テロだったという。そして4日午後(現地時間)、スンニ派イスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)がプロパガンダチャンネルを通じて犯行を声明した。それによると、イラン革命防衛隊(IRG)司令官だったカセム・ソレイマニ将軍の命日である1月3日の追悼行事中に、2人の戦士が爆発ベルトを爆発させたというのだ。イランは4日、全国規模で「犠牲者追悼の日」を挙行し、イランの在外公館は半旗を掲げた。

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▲ケルマン市の爆発テロ現場(2024年1月4日、IRNA通信から)

 このコラム欄で前日報じたが、イラン当局はテロ勃発直後、誰の犯行かを曖昧にし、「イラン国家の邪悪で犯罪的な敵が再び悲劇を引き起こし、多数の人々が殉教した。加害者は間違いなく正当な処罰の対象となり、彼らが引き起こした悲劇に対して厳しい対応を受けるだろう」(イラン最高指導者ハメネイ師)、「間違いなく、この卑劣な行為の犯人と首謀者は間もなく特定され、有能な治安部隊と法執行部隊によって裁かれるだろう」(ライシ大統領)と警告を発するだけに終わっていた。

 イランでは国内で不祥事や反体制デモ集会が行われる度に、イラン当局は、「事件の背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張し、糾弾するのが常だった。それだけに、イランの指導者2人が爆発テロ直後、米国やイスラエルを批判せずに、警告を発するだけに止めていたことは奇妙だったわけだ。IS側が「ケルマン市爆発テロはわれわれが行った」という犯行声明を出すまではハメネイ師は爆発テロの責任の所在を明確にすることを避けていたわけだ。

 もちろん、ハメネイ師やライシ大統領の周辺からは「米国とイスラエルの仕業」といった従来の批判の声はあった。例えば、イラン大統領顧問モハマド・ジャムシディ氏はX(旧ツイッター)で、「この犯罪の責任は米国とシオニスト政権にあり、テロは手段に過ぎない」と述べている。また、イラン革命防衛隊コッズ部隊のイスマイル・ガアニ現司令官は、「ケルマンの市民が米国とシオニスト政権の血に飢えた人々によって攻撃された」と述べた。これらの批判は政権のプロパガンダに過ぎないわけだ。

 ISのテロ事件はイランでは既に経験済みだ。2022年10月、ISはイラン南部都市シラーズにあるシーア派寺院襲撃事件の犯行声明を出した。同テロ事件では十数人が死亡した。イラン司法当局はイランが攻撃の責任を負ったアフガニスタン国籍を持つ男性2人を公開処刑した。ISはまた、2017年にイラン国会議事堂とイスラム共和国建国者ホメイニ師の墓に対する2件の爆破事件を起こしている。

 ISはスンニ派のイスラム過激派テロ組織だ。そしてイランはシーア派の盟主だ。そのISがイラン国内でイランの英雄ソレイマニ司令官の命日にテロを行ったということになる。ISのイランへの挑戦だ。換言すれば、イスラム教のスンニ派とシーア派の宗派間争いという構図が浮かび上がってくるのだ。ISはイランの大半を占めるシーア派住民をイスラム教からの背教者とみなし、彼らを軽蔑している。ISの分派は隣国のアフガニスタンで活動しており、パキスタン近くのホラサンに拠点を置いている。通称「イスラム国ホラサン州」(ISKP)と呼ばれている。

 一方、イランはスンニ派の盟主サウジアラビアと接近している時であり、イスラエルのガザ戦争ではハマスを支援するイランはアラブ・イスラム教国を結束させて反イスラエル包囲網を構築している矢先だ。それだけに、ISのテロはタイミングが悪い。ISは同じスンニ派のハマス指導部に対し、「シーア派組織(イラン系)とは余り関係を深めないように」と警告を発しているのだ。

 参考までに、ISKPの台頭はイランや中東地域だけではなく、欧州でも警戒を要する。彼らはユダヤ人とキリスト教徒に対する世界的な攻撃を呼びかけているからだ(「『イスラム国』分派が欧州でテロ工作か」2023年12月27日参考)。

 英国のキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は「ISKPは現在最も活発なテログループであり、その起源はアフガニスタンで、最も過激で暴力的なジハーディスト(イスラム聖戦主義者)武装集団だ。おそらく現在、西側諸国で大規模なテロ攻撃を実行できる唯一のIS分派だ」と説明している。

 なお、イラン当局がケルマン市の爆発テロ直後に取った最初の対応は対アフガン、対パキスタン国境線の警備強化だったという。イランがISKPの侵入を恐れていることが良く分かる。

「ソレイマニ司令官の命日」のテロ事件

 テヘランからの情報によると、イラン南東部ケルマン市で3日、2度大爆発が起き、少なくとも103人が死亡、140人以上が負傷したという。イラン当局は犠牲者の多さにショックを受け、「明らかにテロ行為だ」として、断固対応すると表明している。犯行声明は出ていないので、誰の仕業かは目下不明だ。複数のメディアによると、「バッグに入っていた爆発物が遠隔操作でさく裂した」という。

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▲米軍の無人機で殺害されたソレイマニ司令官の埋葬(2020年1月7日、ケルマン市、IRNA通信公式サイドから)

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▲イラン最高指導者ハメネイ師、テロを厳しく批判し、報復を表明(2024年1月3日、IRNA通信から)

 3日はイラン革命防衛隊(IRG)司令官だったカセム・ソレイマニ将軍が2020年1月、米無人機の攻撃でイラクで殺害された命日にあたり、同司令官の出身地ケルマン市ばかりか、イラン各地で同司令官の追悼集会が開催されていた。イラン国営通信IRNAは3日、「イラクの首都近郊で米国の無人機攻撃で暗殺されたカセム・ソレイマニ司令官の追悼式に大勢の人々が出席していた」という。爆発テロは明らかに同司令官の追悼式の参加者を狙ったものだ。ソレイマニ司令官はケルマン市の殉教者墓地に埋葬されている。

 米国関係者は、「テロのやり方がイスラム過激テロ組織『イスラム国』(IS)のそれに酷似している」として、「IS犯行説」を匂わせる一方、イランの宿敵イスラエルのモサドの関与については否定的な立場を取っている。

 イラン革命部隊「コッズ部隊」のソレイマニ司令官はイランでは英雄だ。同司令官はイラクばかりか、シリア、レバノン、そしてイエメンなどで親イラン派武装勢力を支援してきた人物であり、数多くのテロ襲撃事件の黒幕の1人だった。その意味でソレイマニ司令官は国際テロ組織「アルカイダ」の指導者ウサマ・ビンラディンやISの指導者アブバクル・バグダティと同様、欧米諸国では危険人物だった。ちなみに、米国は2019年4月にIRGをテロ組織に指定している(「ソレイマ二司令官は英雄だったのか?」2020年1月14日)。

 バグダッド国際空港近くで米国の無人機攻撃により暗殺されたソレイマニ司令官の死が報じられると、イラン全土で追悼集会が開催される一方、イラン当局は米国に対して報復を宣言していた。あれから3年が経過していた。同司令官の命日の追悼に参加していた人々が今度は爆発で殺害されたわけだ。

 イランのイスラム革命最高指導者ハメネイ師は3日夜(現地時間)、ケルマン南東部の都市でのテロ攻撃で数十人が殉教したことについてメッセージを発表し、「イラン国家の邪悪で犯罪的な敵が再び悲劇を引き起こし、多数の人々が殉教した」と述べ、「加害者は間違いなく正当な処罰の対象となり、彼らが引き起こした悲劇に対して厳しい対応を受けるだろう」と警告した。

 また、ライシ大統領は、「間違いなく、この卑劣な行為の犯人と首謀者は間もなく特定され、有能な治安部隊と法執行部隊によって裁かれるだろう」と述べている。

 問題は誰が今回のテロを実施したかだ。イランの核関連物理学者が暗殺されたり、イラン政府の関係者が事故死すると、「イスラエルのモサドの工作」と直ぐに糾弾してきたが、IRNA通信(英語版)は4日現在、具体的なテロリストや組織名を挙げて報じていない。ということは、今回のテロには米国もイスラエルも関与していないからだろう(「『イラン核物理学者暗殺事件』の背景」2020年11月29日参考)。

 22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が昨年9月、イスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、病院で死去したことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がっていった。その時、ハメネイ師は、「わが国を混乱させている抗議デモの背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張し、反論するのが常だった。そのイランが多くの死傷者を出したテロで米国やイスラエルの名前を出して批判していないのだ。今回のテロには両国が関係していないからだ(「イラン『アミ二さん一周忌』を迎えて」2023年9月16日参考)。

 米国側が示唆する「IS説」が正しいとすれば、イランにとって少々厄介だ。ISはスンニ派のイスラム過激派テロ組織だ。そしてイランはシーア派の盟主だ。そのISがイラン国内でイランの英雄ソレイマニ司令官の命日にテロを行ったということになる。換言すれば、イスラム教のスンニ派とシーア派の宗派間争いという構図が浮かび上がってくるからだ。

 イランはスンニ派の盟主サウジアラビアと接近している時だけに、スンニ派過激派テロ組織ISのテロが事実とすれば、イランにとってタイミングが悪い。イスラエルのガザ戦争ではハマスを支援するイランはイスラエルの報復攻撃を人道的犯罪だと糾弾し、アラブ・イスラム教国を結束させて反イスラエル包囲網を構築している時だ。イスラム教国の結束を壊す宗派間の対立劇はそれゆえに歓迎されないのだ(「サウジとイランが接近する時」2021年4月29日参考)。

 その推測を裏付けるように、IRNA通信は4日、「北ホラーサーン州のスンニ派聖職者らは声明を発表し、イランの治安当局と司法機関に対し爆発実行犯に対して厳しく対処するよう求めた」、「イランの著名なスンニ派指導者であり、ザヘダーンにあるスンニ派マッキ・モスクの金曜礼拝指導者のモラヴィ・アブドゥル・ハミド師も、このテロ攻撃を衝撃的だと述べ、このテロ攻撃を強く非難した」と、スンニ派聖職者の声をわざわざ掲載している。

ガザ地区のキリスト教徒「存続の危機」

 イスラエルの首都エルサレムはユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の聖地だ。アブラハムを「信仰の祖」とする3大唯一神教は過去、エルサレムの帰属権で争ってきた。そして現在、イスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスとの間で1週間の戦闘休止を挟んでガザ紛争が続いている。宗教的な立場からいえば、ハマスがイスラム教をその精神的バックボーンとするグループか否かは別にして、ユダヤ教のイスラエルとイスラム教を掲げるハマスの間の戦いだ。特に、ハマスはユダヤ民族の撲滅をその最終目標に掲げているテロ組織だ。

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▲「アブラハムファミリーハウス」のオープニング式典(2023年2月19日、バチカンニュース公式サイトから)

 ここにきて、ベツレヘムをイエスの生誕地とするキリスト教はどうしたのか、といった問いかけが聞こえてくる。換言すれば、ユダヤ教とイスラム教は互いに戦闘し、その存在感をアピールしているが、ユダヤ教を母体として誕生したキリスト教の存在感が見られないのだ。

 中東専門家のスティーブン・ヘフナー氏(Steven Hofner)は3日、ポータルkatholisch.deに寄稿した記事の中で、「聖地のキリスト教徒に対する脅威が増大している。イエス生誕の地にキリスト教徒が存在することは歴史的な現実だが、将来にわたって保証されるものでは決してない」と警告を発している。同氏はヨルダン川西岸のラマラにある「コンラッド・アデナウアー財団」の責任者だ。

 イスラム教が席巻する中東では少数宗派のキリスト教への迫害は今に始まったわけではない。中東ではイスラム根本主義勢力、国際テロリスト、そしてトルコ系過激愛国主義者によるキリスト教徒への迫害が拡大している。例えば、イラクでは戦争前までいた約120万人のキリスト系住民の半数以上が亡命していった。カルデア典礼カトリック教会バグダッド教区関係者は、「信者の亡命は現在でも続いている。このままいくと、キリスト教会自体が存続できなくなる」といった懸念を抱いているほどだ。

 エジプトではコプト典礼カトリック信者がさまざまな弾圧を受けてきた。エジプトではイスラム教徒が主流だが、コプト系キリスト教徒も人口の約1割いる。イスラム教徒とコプト系教徒間の衝突が絶えない。

 イラク出身の友人は、「中東ではキリスト者はハイ・ソサエティに属する者が多かった。イラクのフセイン政権時代のタレク・アジズ副首相もカルデア典礼のカトリック信者だったし、シリアのバース党創設者ミシェル・アフラク氏はギリシャ正教徒だった。キリスト教会は独自の教育システムを構築して信者たちに高等教育を施した。イスラム教は子弟の教育体制では遅れを取った。しかし、イラク戦争後、状況は変わってきた。中東では少数宗派のキリスト教徒も攻撃対象となってきた」と説明していたことを思い出す(「中東で迫害されるキリスト教徒」2006年10月31日参考)。
https://wien2006.livedoor.blog/archives/50346639.html
 ヘフナー氏は、「ガザ戦争の影響で長年にわたって不安定だったキリスト教徒の状況はさらに悪化している。彼らは現在、2つの潜在的な危険に直面している。国家宗教的なユダヤ人過激派の脅威にさらされる一方、ヨルダン川西岸とガザ地区でイスラム化が進んでいる」と指摘。

 ガザ地区では約1000人のキリスト教徒が閉じ込められ、爆弾攻撃にさらされている。ヨルダン川西岸と東エルサレムでは、イスラエル占領により移動の自由が制限されている。東エルサレムのキリスト教徒パレスチナ人とヨルダン川西岸のキリスト教徒パレスチナ人のクリスマスの家族再会は、特別な許可がなければ不可能だ」と批判する。

 キリスト教徒に対する差別の増大により、その地域からの移民が加速し、その結果、地元コミュニティは弱体化してきた。パレスチナ自治区ではキリスト教徒は約47000人で、人口の1%未満にすぎない。

 ヘフナー氏は、「キリスト教徒人口の割合は減少しているが、パレスチナ自治区の社会的、経済的生活の改善には貢献している。キリスト教徒組織はヨルダン川西岸で3番目に大きな雇用主だ」と強調し、パレスチナ人もキリスト教の社会制度から恩恵を受けているという。「聖地におけるキリスト教徒の人道的・開発的重要な役割は、この地域の理解、安定、緊張緩和にとって不可欠な基礎である」と説明する。
(ヘフナー氏の発言はバチカンニュース12月3日の記事から引用)

 “アブラハム3兄弟”(ユダヤ教徒=長男、キリスト教徒=次男、イスラム教徒=3男)が共存できる時は訪れるだろうか。3兄弟が和解し、団結できれば、世界は平和へと前進できるだろう。その意味で、3兄弟が密集する中東地域は世界の平和実現へのモデルケースともなり得るわけだ。
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