ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

北朝鮮

南北の「汚物風船」対「対北拡声器宣伝」

 朝鮮半島の情勢がここにきて風雲急を告げてきた。戦いが始まれば、第2次朝鮮動乱の勃発となるが、砲弾が炸裂するといった戦闘ではなく、北朝鮮はごみ屑などを詰めた「汚物風船」を南に向かって飛ばす一方、韓国は北朝鮮の独裁政治を暴露した「対北拡声器宣伝」を展開している。ミサイルや砲弾を利用した戦いではないため、これまでのところ人的犠牲は出ていないが、本当の実弾による戦闘が勃発する危険性は排除できない。欧州メディアは南北間の「汚物風船」対「対北拡声器宣伝」といった一風変わった戦闘の行方を好奇心もあって大きく報道している。

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▲ロシアのプーチン大統領と金正恩総書記の会見(2023年9月13日、クレムリン公式サイドから)

 韓国側は9日、北朝鮮の「汚物風船」に対抗するために「対北拡声器宣伝」を開始したが、韓国軍合同参謀本部は11日、北朝鮮軍の兵士が9日午後0時半ごろ(現地時間)に南北軍事境界線を一時侵犯し、韓国軍が警告放送と警告射撃を行ったことを発表したばかりだ。南北間で実弾による衝突が起きたことから、南北間で軍事エスカレートする危険性が出てきたと受け取られている。ちなみに、韓国軍合同参謀本部が11日報じたところによると、北朝鮮兵は直ちに境界線の北側へ戻ったという。

 これまでの経過をまとめる。北朝鮮は先月28日から「汚物風船」を南に向かって飛ばした。韓国統一省は同月31日、「大量のごみや汚物がはいった風船が約260個、韓国領土に届いた」と発表、「今後も北から大量の風船が飛んでくる可能性がある」と警戒態勢を敷いていた。北側は今月2日、「これで風船を南に送るのは停止する」と一方的に‘休戦’宣言をしたが、韓国側が「対北拡声器宣伝」を開始したことを受け、8日に入ると「汚物風船」を再開した。韓国軍合同参謀本部によると、9日午前10時時点で330個が確認されたという。

 ちなみに、北朝鮮の「汚物風船」に反発して、韓国の活動家たちはK−POPの録音、ドル紙幣、北朝鮮の指導者金正恩を批判するビラを風船に載せて北朝鮮に送っている。これらの活動は一部の北朝鮮難民によって設立されたグループによって行われ、韓国国内では物議を醸している面もある。

 北朝鮮は過去、韓国民間団体のビラ散布、韓国軍の拡声器による北体制批判に対して神経質になってきた。韓国側の情報によると、拡声器は2018年4月の南北首脳による「板門店宣言」を受けて撤去されるまで最前線に固定式が24台、移動式は16台が設置されていた。今回も同数の拡声器が利用されているものと見られる。放送時間や場所などについては軍事作戦のため未公表だ。なお、大型拡声器(高出力スピーカー)の場合、20舛ら30舛泙燃叛軸錣らの音量は届くという。韓国大統領府は9日、「拡声器を設置し、放送を開始する」と予告し、「両国間の緊張のエスカレーションの責任は全て北朝鮮にある」という趣旨の声明を出した。

 それに先立ち、韓国側は2018年の北との間の軍事協定を停止すると発表した。同協定は朝鮮半島での緊張を緩和し、国境沿いでの意図しないエスカレーションを避けることを目的としていた。韓国は昨年、平壌が軍事偵察衛星を宇宙に送り込んだ後、部分的に軍事協定を停止してきた。

 ところで、韓国側は国民に「汚物風船」を発見しても触ってはならないと警告を発している。なぜならば、汚物風船の中はこれまでゴミやプラスチック、動物の糞、紙くずだけで、「安全に関わる物質は見つからなかった」(韓国統一省)が、北側が韓国側の拡声器による宣伝工作に激怒して、生物・化学兵器、放射性ダーテイ爆弾を挿入する危険性が排除できなくなってきたからだ。例えば、南の「対北拡声器」に対し北側が無人機で爆発する可能性も考えられる。

 当方はこのコラム欄で、「今回の『汚物風船』の中は汚物だけだったが、生物兵器、化学兵器、放射性ダーティ爆弾が入っていたらそれこそ一大事だ。軍事用語でいう『戦略的曖昧さ』が北側の狙いではないか。ひょっとしたらダーティ爆弾ではないかと相手側に思わせることができれば、戦場での戦いを有利に展開出来るからだ」と書いた。北側は韓国国民を動揺させる心理作戦を展開しているわけだ(「『汚物風船』を巡る北の戦略的曖昧さ」2024年6月2日参考)。

 南北間で緊張が高まっている中、ロシアのメディア情報によると、ロシアのプーチン大統領は今月中にも訪朝する予定だという。実現すれば、プーチン氏の訪朝は2000年以来だ。

 ロシア軍が2022年2月、ウクライナに侵攻して以来、ロシアとウクライナの間で戦闘が続いているが、プーチン大統領は北朝鮮との関係を強化し、不足する兵器を補うために北朝鮮から砲弾などを手に入れていることは知られている。プーチン大統領は昨年9月、ロシア極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地で金正恩総書記と首脳会談を行っている。

 プーチン氏は今回、北朝鮮から弾薬などの武器だけではなく、労働者の支援を要請するのではないかと見られている。ロシアではウクライナ戦争以来、国民経済は戦時体制を敷いているが、工場での労働者不足が深刻だからだ(「中国『金正恩氏のロシアへの傾斜』懸念」2024年3月26日参考)。

「汚物風船」を巡る北の戦略的曖昧さ

 贈り物をする側は相手がそれを見て喜ぶ姿を見たいという思いがある。受け手が贈り物をみて鼻をつまみ、激怒するならば、それはもはや贈り物ではなくなる。受け手が気分を害している姿を見て、送り手が喜ぶといった構図は少々病的だ。そんな贈り物には相応しくない物を入れた風船が北風に乗って南に飛んできた。それも1つ2つではなく、韓国メディアによると、先月28日から約260個の風船が飛んできたという。その一つはソウルの駐韓日本大使館が入居するビルの上にソフトランディングしたという。

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▲北朝鮮の「汚物風船」(ドイツ週刊誌ツァイトオンラインの動画からスクリーンショット)

 韓国統一省は先月31日、「大量のごみや汚物がはいった風船が先月28日から約260個、韓国領土に届いた」と発表、「今後も北から大量の風船が飛んでくる可能性がある」として警戒態勢を敷いていることを明らかにした。繰り返すが、弾道ミサイルの飛来ではない。汚物やごみの入った風船部隊の飛来に、韓国側は怒りと共に戸惑いを感じているのだ。

 北朝鮮は故金日成主席、金正日総書記、そして金正恩総書記と3代世襲の独裁国家だが、国連にも加盟している一応れっきとした国家だ。その国が隣国の韓国に向けて汚物やごみが入った風船を送り込んではしゃいでいるとしたら、北朝鮮は国家としての品位、威厳の全てを捨ててしまったことになる。韓国統一省は北朝鮮の風船を早速「汚物風船」と命名している。

 韓国聯合ニュースによると、韓国軍は31日、「北朝鮮から飛んできた風船に対しては撃墜などの措置は取らず落下した後に回収している。風船の中身が有害かどうか判断できないからだ」と指摘する一方、「必要な措置を検討しており、より強力な行動を取る準備はできている」と述べている。ただし、「どのような強力な措置か」については説明していない。まさか、対空ミサイルで迎撃するのではないだろう。韓国情報筋からは「第4次休戦協定または国際法への違反とみなされる可能性があるため、国連軍司令部はこの問題を調査している」といった情報も流れてくる。

 なお、韓国統一省は31日、「北の政権の実体と水準を自ら全世界に自白した。全体主義の抑圧統治下で塗炭の苦しみにあえぐ2600万人の住民の暮らしを先に助けるべきだ」(聯合ニュース)と指摘している。もっともな意見だ。

 当方は北風に乗って南に到来した「汚物風船」に関する解説記事をこのコラム欄で書くつもりはないが、「汚物風船」を同民族の韓国に送る北朝鮮指導者の心理状況には強い関心がある。金正恩総書記の実妹、金与正党副部長は29日、「韓国は過去、わが国と指導者を侮辱するビラなど入れた風船を送ってきた」と説明、汚物風船を「誠意の贈り物だ。今後も拾い続けなければならない」と挑発している。

 金与正副部長の発言で気になる点は、彼女が「汚物風船」について真剣にその背景を説明し、いつものように韓国側を脅迫していることだ。そこにはユーモアのかけらすら感じられない。「汚物風船」を説明する金与正副部長の精神状況は常に緊張したままだ。いつかプツーンと切れてしまうのではないかと心配になってしまう。

 北朝鮮の風船にディズニーランドで買ったおもちゃなどを入れて南に向けて飛ばせば、韓国国民は大喜びで、風船の行方を追い回すだろう。その状況を朝鮮中央通信(KCNA)がライブで報道すれば、北朝鮮の最高の宣伝となるだろうし、韓国軍が緊急体制を敷くといった事もなくなるはずだ。

 ところで、北から飛来してきたのは「汚物風船」だけではない。2022年12月26日、北朝鮮の5機の小型無人機が韓国領空に侵入するという出来事があった。北朝鮮問題といえば、核トライアド(大陸間弾道ミサイル、弾道ミサイル搭載潜水艦 、巡航ミサイル搭載戦略爆撃機の3つの核兵器)が主要テーマだったが、無人機が加わることで、北の軍事力、日韓への攻撃力は飛躍的に拡大することが予想された出来事だった(「北無人機の韓国侵入が見せた近未来」2022年12月31日参考)。

 韓国の首都ソウルに姿を現した北の無人機に対し、「なぜ撃墜しなかったのか」といった批判の声があったが、韓国関係者によると、「戦闘機は無人機の撃墜を避けた」という。その理由は「撃墜した場合、地上で民間人が犠牲になる危険性が考えられた。無人機に化学兵器が搭載されていたならば大惨事だ。そのため、韓国空軍パイロットはあえて撃墜しなかった」という。

 「汚物風船」でも同じことが懸念される。今回は北の汚物だったが、生物兵器、化学兵器、放射性ダーティ爆弾が入っていたらそれこそ一大事だ。軍事用語でいう「戦略的曖昧さ」が北側の狙いではないか。ただの「汚物風船」だが、ひょっとしたらダーティ爆弾ではないかと相手側に思わせることができれば、戦場での戦いを有利に展開出来る。これこそ立派な戦略的曖昧さだ。北から飛んできた「汚物風船」は北軍部の高等戦略かもしれない。

 ただ、出来る事ならば、次回は「汚物風船」ではなく、北の特性のおやつか食材入りの「北特産物風船」ならば大歓迎されるだろう。そうなれば、北の風船を朝鮮半島だけに限定せず、日本海を飛び越えて日本国民にもその恩恵を分け与えてほしいものだ。「北特産物風船」は岸田文雄首相の訪朝より日朝友好の上で数段効果的だろう。

中国政府は難民条約第33条を守れ

 中国国内には北朝鮮から脱北した人々が安全な地への亡命のために潜伏しているが、中国当局は脱北者を摘発すると北朝鮮に強制送還している。韓国統一省の具炳杉報道官は昨年10月、「韓国政府は、いかなる状況においても、在外北朝鮮人を本人の意思に反して強制送還してはならないという立場を取っている。意思に反する強制送還は、国際規範のノン・ルフールマン原則に反する」と述べ、中国政府の違法な強制送還に対し、遺憾の意を表明している。

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▲朝鮮人民軍空軍司令部を視察 した金正恩総書記と娘のジュエ氏(北朝鮮の月刊画報「朝鮮」から)

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の難民条約によれば、「締結国は迫害の危険がある国へ難民を送還してはならない」というノン・ルフ―ルマン原則(ルフ―ルマンは仏語で送還を意味)がある。このノン・ルフ―ルマンは難民保護の土台だ。ノン・ルフールマン原則は、難民申請者にも適応される。難民申請者(庇護希望者)は難民認知の不可が明確になるまで送還されてはならない。

 UNHCRの難民の地位に関する1951年の条約、難民条約33条(1)によると、「締約国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見のためにその生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放しまたは送還してはならない」と明記している。

 ちなみに、ノン・ルフールマン原則が適応できない例外もある。難民の滞在国の安全に非常に深刻な危険が伴う場合と殺人、強姦、武装強盗など特に重大な犯罪について有罪が確定している場合だ。ただし、そのような例外であっても「適正な手続きがなされる必要があり、送還により拷問などの相当な危険につながる状況があってはならない」と記述されている。

 それに対し、中国政府は「中国には脱北者と呼ばれる人間は存在しない。北からの大多数の入国者は経済難民だ」として、難民条約33条(1)には該当しないと弁明している。すなわち、中国から強制送還された脱北者には帰国しても命の危険や迫害はないというわけだ。

 中国共産党政権は北朝鮮が金正恩総書記下の独裁国家であることを知らないはずがない。北朝鮮を「地上の天国」と考えていることはないだろう。中国は北朝鮮当局との合意に基づき脱北者を送還しているだけだ。実際、人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)」は「脱北者の多くは女性で、送還後に投獄されたり、性暴力を受けたり、殺される可能性がある」と指摘している。

 国連の北朝鮮の人権特別報告者であるエリザベス・サーモン氏は昨年、2014年の国連人権理事会の勧告を再確認し、北朝鮮政府とその指導者を人権犯罪で国際刑事裁判所(ICC)に引き渡すべきだと主張している。金正恩氏の罪状といえば、数十万人の政治犯の収容、海外派遣労働者の搾取、不法麻薬取引、「信教の自由」の蹂躙、女性の権利はく奪など多方面に及ぶ。北朝鮮は国自体が大きな刑務所だといわれているほどだ。その国から脱出して自由を求める北朝鮮国民が増えてきているのだ(「金正恩総書記をICCに引き渡しを」2024年5月5日参考)。

 中国当局から北朝鮮に強制送還された脱北者の数は不明だが、BBCは昨年10月14日、「中国の情報筋は、夜に数百人がトラックに乗せられ、収容施設から北朝鮮に送られたと報じた」と報告している。また、HRWは、「北朝鮮が昨年8月に国境を解放して以降、脱北者の強制送還への懸念が高まっている。2021年7月以来、170人近くが強制送還されたことが確認されている」という。また、「強制送還された人々が、強制労働キャンプに収容される深刻な危険性がある。拷問や処刑の可能性もある」と述べている。

 当方は2015年8月14日、中国・上海経由で2008年、韓国に亡命した脱北者の朴正玉女史(Jongok Park)とインタビューする機会があった。同女史は現在、韓国の「北朝鮮のための正義」(JFNK)という非政府機関(NGO)に所属し、北朝鮮の人権弾圧などを訴える活動を行っている。朴正玉女史は1954年、北朝鮮・咸興市生まれ。当時の亡命動機について、「1999年はわが国は飢餓カタストロフィーの状況下にあった。路上には多数の死体が転がっていた。彼らは飢えで亡くなったのだ。夫は既に亡くなっていたので、飢餓から逃れるため一人娘を連れて中国の親戚を頼って亡命した」という。中国での生活は「いつ中国の治安部隊に摘発され、北側に送還されるかといった恐怖から解放されることがなかった」という。しかし、2002年、中国治安部員によって発見され、北に即強制送還された。北では治安関係者から激しい拷問を受けた。長時間、同じ姿勢で立つように強いられるなど、拷問を受けたという(「中国は脱北者の強制送還中止せよ」2015年8月16日参考)。

 朴正玉女史の話は9年前のことだ。中国政府は今年に入っても脱北者を強制送還し続けている。どれほどの多くの脱北者が犠牲となったかを中国政府は考えるべきだ。国際法上の「ノン・ルフ―ルマン原則」の堅持は締結国の義務だ。

金正恩総書記をICCに引き渡しを

 北朝鮮の最高指導者を人道に対する犯罪で国際刑事裁判所(本部オランダのハーグ=ICC)に引き渡すべきだという声は久しくあった。2009年、世界中の非政府機関(NGO)が人権犯罪で金正日総書記(当時)をICCに引き渡そうと試み、2014年には、北朝鮮に関する国連調査委員会が報告書を公表し、安全保障理事会に問題をICCに付託するよう勧告した。北朝鮮の人権特別報告者であるエリザベス・サーモン氏が昨年、2014年の国連人権理事会の勧告を再確認し、北朝鮮政府とその指導者をICCで起訴するよう求めている、といった具合だ。今、金正恩氏のICC引き渡し問題が浮上してきたのだ。

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▲北で女性への性暴力が蔓延している実態を記した国際人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」報告書

 金正恩氏のICC引き渡しの動きが活発化してきたのは、金正恩氏の犯罪がここにきて増えたからというより、ロシアのプーチン大統領が2023年3月、ウクライナ占領地の子供を拉致するなど人道的犯罪を問われ、ICCに逮捕状が発表されたこともあって、「プーチン氏に逮捕状が発布されたのならば、金正恩氏をICCに引き渡せないことはない」という動きが高まってきたのだ。

 金正恩氏をICCに引き渡すためには、国連安全保障理事会によるICCへの付託が最善の道だが、国連安保理には拒否権を有する中国とロシアがいるから、実現することは難しい。だから、プーチン氏と同様、状況が十分に深刻であると証明されれば、ICC内で検察の裁量が発動される可能性があり得る。具体例は、2023年3月のICCによるウクライナ占領地からの子供の不法な移送に対するプーチン大統領への逮捕令状だ。

 ちなみに、北朝鮮の人権問題を国連の舞台で議論しても、実効力のある決定は期待できない。北朝鮮の同盟国ロシアと中国が安保理事国である限り、実効力のる決議案が採択されることがないからだ。3月28日、北朝鮮に対する制裁決議の実施を監視する国連安全保障理事会専門家パネルの任期延長に関する決議案が、安保理理事国の過半数の支持にもかかわらず、ロシアの拒否権によって否決された。北朝鮮はロシアを味方につけている限り、国連安保理での対北決議案を恐れる必要がなくなってきたわけだ。

 それでは金正恩氏の罪状といえば、数十万人の政治犯の収容、海外派遣労働者の搾取、不法麻薬取引、「信教の自由」の蹂躙から、女性の権利蹂躙、日本人や韓国人の拉致まで幅広い。最近、「ロシアで働く北朝鮮労働者の実態」(2024年2月29日参考)で一日15時間余り働かされ、手取りは1割といった労働条件で働く北の労働者の事を紹介したばかりだが、国際労働機関(ILO)が知ったらびっくりするだろう。北の海外派遣労働者は現代版の奴隷といわれてきたのだ。

 参考までに、韓国に亡命した元外交官の高英煥(コ・ヨンファン)氏によると、中国の吉林省にいる数千人の北朝鮮労働者が、未払いの給与に抗議して1月に一連のストライキと暴動を起こしたというのだ。

 ところで、少しデータが古いが、韓国統計庁の「2015年北朝鮮主要統計指標」によると、韓国の平均寿命は男性が78.2歳、女性が85.0歳、北朝鮮は男性が66.0歳、女性が72.7歳で、南北の差は男性が12.2歳、女性が12.3歳だったという。南北間に驚くべき寿命の格差が存在するのだ。

 朝鮮半島が南北に分断されなかったならば、北の男性寿命も韓国のそれと大きくは違わなかっただろう。それが南北分断後、国民寿命に大きな格差が生じたという事実は、乳児の死亡率、国民の食糧事情などの結果だが、その直接の責任は金日成、金正日、金正恩氏の3代にわたり世襲独裁政権を続けた金王朝にあることは疑いない。北の金王朝は国民の寿命を奪ったのだ。これほど大きな犯罪があるだろうか。それも過去形ではなく、北朝鮮で今も進行している犯罪だ(「北の金王朝は国民の寿命を奪った」2015年12月22日参考)。

 世界のキリスト信者の迫害状況を発信してきた非政府機関、国際宣教団体「オープン・ドアーズ」が公表するキリスト教弾圧インデックスでは、北は2002年以来、最悪の「宗教弾圧国」だ。聖書を持っているだけで拘束され、悪くすれば収容所に送られ、強制労働を強いられる。収容所に拘留されているキリスト者の数は5万人から7万人と推定されている。

 脱北者のキリスト者、金ヨンソク(Kim Yong Sook)さんは「自分が幼い時、父親が座って首を垂れている姿をよく目撃した。歳をとれば皆あんな風になるのかと思っていたが、実際は父親は祈っていたのだ。北では祈ることは許されないから、祈っていることが分からないように祈らなければならないことを知った」と証をしていた(「北のクリスチャンの『祈り方』」2015年9月21日参考)。

 北朝鮮は2023年だけでも47発のミサイルを発射し、軍事偵察衛星を打ち上げるなど朝鮮半島の危機をエスカレートさせてきた。金正恩総書記は韓国の繋がりを完全に遮断し、ロシア、イランといった独裁国家と軍事協力を拡大している。金正恩氏のICC引き渡しは、考えられる最良の危機管理の手段となってきた。

ロシア・イラン・北「3国軍事協力」

 ジェイク・サリバン米国家安全保障担当大統領補佐官は24日(現地時間)、「イランと北朝鮮に対するロシアの防衛提案は西アジアとインド太平洋地域をさらに不安定化させる可能性がある」と主張し、イラン、ロシア、北朝鮮の軍事協力に懸念を表明し、「われわれは過去数年間、イランと北朝鮮の軍事協力を目の当たりにしてきたが、過去2年間のイランとロシアの協力による無人機の大規模な開発は新しいものだ」と語り、「米国はロシアの軍事提案を注意深く監視しており、ロシアがイランに武器を供与すれば中東が不安定化するだろう」と警告を発している。

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▲ロシアのプーチン大統領と金正恩総書記の会見(2023年9月13日、クレムリン公式サイドから)

 サリバン補佐官が述べた「ロシアの防衛提案」とは、イラン国家安全保障最高評議会のアリ・アクバル・アフマディアン書記がロシアの安全保障会議書記ニコライ・パトルシェフ氏と会談し、安全保障分野での覚書に署名したことを指すものと思われる。

 イラン国営IRNA通信は25日、サリバン米大統領補佐官の発言に言及し、「米国は英国および欧州連合(EU)と協調してイランをさらに孤立させ、圧力を強めようとしている」と早速かみついている。

 サリバン大統領補佐官が指摘したように、ロシア、イラン、そして北朝鮮の3カ国間の軍事協力は急速に強化されてきている。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は2019年4月12日、ロシア外務省所属「外交アカデミー」年次集会で「西欧のリベラルな社会秩序に対抗する新しい世界の秩序が生まれてきている」と、「新しい世界の秩序」を高らかに宣言したが、ロシア・イラン・北朝鮮の軍事協力はその展開というのだろうか。

 ロシアと北朝鮮の軍事協力はウクライナ戦争の行方を左右するほど影響を与えてきている。プーチン大統領と金正恩総書記は昨年9月、首脳会談で両国間の軍事協力の強化などで合意した。その最初の成果は北朝鮮の軍事偵察衛星「万里鏡1号」の打ち上げ成功だろう。過去2回、打ち上げに失敗してきた北朝鮮はロシアから偵察衛星関連技術の支援を受け、昨年11月21日の3回目の打ち上げに成功した。ロシア側の軍事ノウハウの提供と食糧支援の代わりに、北朝鮮は弾薬をロシア側に供与している(北朝鮮は7000個のコンテナに弾薬、約250万発をモスクワに輸送)、ウクライナのクレバ外相は「ロシアとウクライナ戦争の行方はここにきて北朝鮮が握っている」と発言した。関係者にとっては想定外の展開だからだ(「ウクライナ戦争の行方を握る北朝鮮」2024年1月26日参考)。

 それだけではない。3月28日、北朝鮮に対する制裁決議の実施を監視する国連安全保障理事会専門家パネルの任期延長に関する決議案が、安保理理事国の過半数の支持にもかかわらず、ロシアの拒否権によって否決された。北朝鮮はロシアを味方につけている限り、国連安保理での対北決議案をもはや恐れる必要がなくなったわけだ。中国共産党政権が金正恩総書記のロシア急傾斜を懸念してきた、という情報も頷ける(「中国『金正恩氏のロシアへの傾斜』懸念」2024年3月26日参考)。

 ロシアはイランから無人機を獲得し、兵力、武器不足に悩むウクライナ軍に対し攻勢に出てきている。イランは今月13日から14日にかけ、イスラエル軍の在シリアのイラン大使館空爆に対する報復攻撃で数百の無人機、弾頭ミサイルをイスラエルに向かって発射したが、イランのミサイルや無人機に北朝鮮製部品が使用されている疑いが表面化している。また、パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」がイスラエル軍との戦闘で使用している武器には北朝鮮武器、部品が見つかっている。そして「ハマス」を武器支援しているのがイランだ。イラン・北朝鮮・ハマスの3者がつながるわけだ。なお、朝鮮中央通信(KCNA)が24日報道したところによると、尹正浩対外経済相を団長とする北朝鮮代表団がイランを訪問している。

 ところで、北朝鮮とイラン両国は弾道ミサイルと核技術分野で協力しているのではないかという噂が絶えない。イランで外相や原子力庁長官などを歴任したアリー・アクバル・サーレヒー氏が駐ウィーンIAEA(国際原子力機関)担当大使だった時、当方は「イランは北朝鮮と核関連分野で情報の交流をしているのか」と尋ねたことがある。すると大使は侮辱されたような気分になったのか、「私は核物理学者としてテヘラン大学で教鞭をとってきたが、北の科学技術に関する専門書を大学図書館で見たことがない。核分野でわが国の方が数段進んでいる」と強調し、ミサイル開発分野での北朝鮮との協調については「知らない」と答えたことを思い出す。

 聯合ニュース日本語版は17日、「米国防総省傘下の国防情報局(DIA)が2019年に公表した報告書によると、イランの弾道ミサイル『シャハブ3』は北朝鮮の中距離弾道ミサイル『ノドン』を元に開発され、『ホラムシャハル』は北朝鮮の中距離弾『ムスダン』の技術が適用された。国情院は今年1月、イスラム組織ハマスが使用した武器の部品にハングルが書かれた写真を公開し、ハマスが北朝鮮製の武器を使用しているとの分析を明らかにした」と報じている。

 ちなみに、イランは今日、ウラン濃縮活動を加速し、核兵器用の濃縮ウラン製造寸前まできている。ロシアから核開発で技術的支援を受ければ、イランの世界10番目の核保有国入りは時間の問題だろう。ロシア・イラン・北朝鮮の3国の独裁専制国家が核・ミサイル開発で手を結び、核保有国となった日、米国を中心とした西側同盟は大きな危機に遭遇する。中国共産党政権が3国の軍事同盟に加わり、西側に挑戦状を突きつければ、世界は文字通り、新「戦国時代」に突入する。

北の不法核拡散に新たな監視ツールを

 ロシアが2023年4月、国連安全保障理事会の議長国に就任した時、欧米諸国では「ウクライナに侵攻し、戦争犯罪を繰り返すロシアが国連安保理の議長国に就任するのは冗談以外の何物でもない」といった囁きが聞かれた。ウクライナのクレバ外相はロシアの議長就任を「ジョークだ」と笑い飛ばした。世界の紛争問題の平和的解決を協議する国連の最高意思決定機関、国連安全保障理事会の議長ポストにウクライナに侵攻し、その主権を蹂躙し、多数の民間人を殺害するロシアが就任することになったからだ。

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▲国連安全保障理事会風景(安保理公式サイトから)

 ところで先日(3月28日)、北朝鮮に対する制裁決議の実施を監視する国連安全保障理事会専門家パネルの任期延長に関する決議案が、安保理理事国の過半数の支持にもかかわらず、ロシアの拒否権によって否決された。

 同パネルは、北朝鮮の核拡散を抑制する上で重要なツールであり、過去15年間、国連加盟国が制裁を忠実に実施するのを支援してきた。このため、安保理事会はパネルの任務を毎年延長してきた。それが今回は違ったのだ。ロシアと北朝鮮の最近の蜜月関係を知っている読者ならば、「モスクワは武器を供給してくれる北朝鮮に恩を返したのだろう。モスクワの意図は丸見えだ」と受け取るだろう。

 韓国情報筋は「北朝鮮の違法な核拡散活動は今後ますます露骨になる可能性がある」と懸念している。金正恩総書記は核能力の強化を国家目標に置き、核兵器の小型化、原子力潜水艦、弾頭ミサイルなどの開発に乗り出している。北側の一連の弾道ミサイル発射や超音速ミサイルエンジンのテストにより、アジア地域の安全保障の危機を引き起こすだけでなく、世界的レベルで核の拡散を加速させることになる。

 北朝鮮にとっては朗報だろう。専門家パネルが廃止されれば、今後、誰が北朝鮮の核開発を監視できるだろうか。例えば、核エネルギーの平和利用を監視する国際原子力機関(IAEA)は核拡散防止条約(NPT)に基づいて、加盟国の核開発を監視してきた。しかし、IAEAは過去15年間、北朝鮮の核関連施設へのアクセスを失っている。効果的な監視ツールがなくなったのだ。

 IAEAと北朝鮮の間で核保障措置協定が締結されたのは1992年1月30日だ。1994年、米朝核合意が実現したが、ウラン濃縮開発疑惑が浮上し、北は2002年12月、IAEA査察員を国外退去させ、翌年、核拡散防止条約(NPT)とIAEAから脱退。06年、6カ国協議の共同合意に基づいて、北の核施設への「初期段階の措置」が承認され、IAEAは再び北朝鮮の核施設の監視を再開したが、北は09年4月、IAEA査察官を国外追放。それ以降、IAEAは過去15年間、北の核関連施設へのアクセスを完全に失い、現在に至っている。そして今、専門家パネルが廃止されれば、北朝鮮はもはや監視を恐れなく核開発に専心できる。そのうえ、ロシアという願ってもない核大国から技術支援も期待できるわけだ。

 ウクライナのクレバ外相はユーモアと少しの皮肉を込めて、「ロシアとウクライナ戦争の行方はここにきて北朝鮮が握っている」と発言した。関係者にとっては想定外の展開だからだ(「ウクライナ戦争の行方を握る北朝鮮」2024年1月26日参考)。

 ロシアと北朝鮮の関係強化は、もはや世界的な脅威となってきている。ロシアの拒否権は、ロシアと北朝鮮の緊密な関係の証明だ。北朝鮮の拡散の執拗な追求は、朝鮮半島、東南アジア、ヨーロッパを含む世界全体に脅威をもたらす。

 プーチン大統領と金正恩総書記は昨年9月、首脳会談で両国間の軍事協力の強化などで合意した。その最初の成果は北朝鮮の軍事偵察衛星「万里鏡1号」の打ち上げ成功だろう。過去2回、打ち上げに失敗してきた北朝鮮はロシアから偵察衛星関連技術の支援を受け、昨年11月21日の3回目の打ち上げに成功した。北側は今後、数基の偵察衛星を打ち上げる予定だ。

 ロシアの今回の決定は、常任理事国としての責任を濫用した無責任なものだ。ウクライナの戦争で証明されているように、ロシアはすでに自らの利益のために一貫して国際的な規範や秩序を侵害している。ちなみに、ロシアのペスコフ大統領報道官は29日、国連安保理で対北朝鮮制裁に関する専門家パネルの任期延長決議案にロシアが拒否権を行使したことについて、「この立場の方がわれわれの利益に合致する」と述べた。タス通信が伝えた。

 一方、日本外務省は3月28日、「安保理において、米国提案の国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネルのマンデートに関する安保理決議案が、ロシアの拒否権行使により否決されたことは遺憾だ。北朝鮮が核・ミサイル活動と安保理決議違反を繰り返す中、国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネルは、2009年の設置以来、毎年全会一致でマンデートを延長し、その調査活動を通じて、北朝鮮による制裁回避活動に関する情報を提供する等、関連安保理決議の実効性を向上させるための重要な役割を果たしてきた」という内容の外務報道官談話を発表している。

 なお、古川勝久・北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員は先月29日、時事通信に対し、「専門家パネルがなくなれば、制裁違反の調査や監視の機能が国連から事実上消える。対北朝鮮制裁が形骸化しかねず、パネルの機能を継続する多国籍組織を有志連合でつくる必要がある」と述べ、有志連合での代替組織設置を提案している。具体的には、北朝鮮のロシア急傾斜を懸念する中国に呼びかけ、ロシアと北朝鮮の危険な軍事協力に圧力をかけ、北朝鮮の核・ミサイルの監視を継続していくという考えだ(「中国『金正恩氏のロシアへの傾斜』懸念」2024年03月26日参考)。

金与正氏、韓国のキューバ国交に報復

 北朝鮮の金与正朝鮮労働党副部長が岸田文雄首相から首脳会談の意向を伝えられたと明かした背景について、欧州の韓国情報筋は、「北朝鮮が日本との関係正常化を真剣に考え出しているとは思えない。日韓関係に楔を打ち込むためだ。金正恩総書記は韓国がキューバと国交を締結したことに激怒している。韓国は北の第一敵対国だからだ」と説明した。すなわち、金与正党副部長は岸田文雄首相の訪朝カードをチラつかし、韓国を困窮させようとしているわけだ。

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▲韓国平昌冬季五輪大会開会式(2018年2月9日)に参加した金与正党副部長(オーストリア国営放送中継からスクリーン・ショット)

 金与正氏は26日、日本が拉致問題で譲歩しない姿勢を見て、「日本との接触や交渉を無視し、拒否するつもりだ」との談話を出した。朝鮮中央通信が伝えた。北側が拉致問題での日本政府の立場を知らないはずがない。だから北側がわざわざ拉致問題で日本側の立場を批判するのは交渉戦略に過ぎないことは見え見えだ。

 興味深い点は、金与正氏が「史上最低水準の支持率を意識している日本の首相の打算に朝日関係が利用されてはならない」、「先に門をたたいたのは日本側であり、われわれは日本が過去に縛られず新たに出発する姿勢ができていたら歓迎する立場を明らかにしただけだ」(ソウル時事)と言及していることだ。特に、前者の金与正氏の発言は北側の本来の意図を相手側のそれと重ね合わせて憶測しているからだ。

 金与正氏の発言は、韓国が今年2月14日、キューバと国交樹立を実現したことへの報復という意味合いがある。韓国とキューバは米ニューヨークで両国の国連代表部が国交樹立の文章に署名した。韓国側は「ソウルの外交の勝利」と表明してきた。

 北朝鮮にとってキューバは社会主義国の兄弟国だ。その国が北朝鮮の「最大の敵国」の韓国と外交関係を締結したのだ。金正恩氏は昨年末の党中央委員会総会で、韓国との関係をもはや同族関係ではなく「敵対的な国家関係」と断言している。北側の激怒が如何に強烈かを理解しなければならないだろう(「韓国の『外交勝利』と『北の外交惨事』」2024年2月21日参考)。

 朝鮮中央通信(KCNA)によると、北朝鮮の金正恩総書記の実妹、金与正労働党副部長が2月15日、「個人的見解」と断りながら、「岸田文雄首相と金正恩総書記との首脳会談を開催することも可能だ」といった趣旨の談話を発表した。その突然の岸田首相への訪朝の招きは、韓国がキューバとの国交樹立を発表した2月14日の1日後だ。

 もちろん、金与正氏の岸田首相への訪朝の招きにはそれなりの根拠はある。岸田首相は2月9日、衆院予算委員会で停滞する北朝鮮との外交を打破する意味もあってか、金正恩総書記との首脳会談を開く意欲があることを示唆していた。その発言への返事として、金与正氏は「岸田首相の訪朝も」といった内容の談話を発表したと受け取ることもできるからだ。

 韓国情報筋は、「わが国とキューバとの国交樹立というニュースに大慌てした北朝鮮側は韓国側への対抗という意味合いから、岸田首相の訪朝というカードを急遽切った」と述べ、北側が周到な準備の末、日本との国交回復という大きな外交的課題に取り組んでいくという真剣なものではないという。

 韓国情報筋はまた、今年11月に実施される米大統領選について、金正恩総書記はトランプ前大統領のカムバックを想定し、米朝関係の見直しに入っているという。具体的には、トランプ氏との米朝首脳会談のやり直しだ。北側にとって非核化交渉はもはやテーマではない。北側は今日、核保有国のステイタスの獲得を狙っている。そこで次期米大統領との交渉では、核開発の規模の縮小とテンポを抑えるというオファーを米国側に出し、譲歩を獲得しようとするだろうと見ている。

 北朝鮮の最大の外交課題は、米国との関係改善、対北制裁の解除だ。その意味で、金正恩氏は2019年、トランプ前大統領と首脳会談を通じて米朝関係の改善を図ったが、その外交は成果なく終わった。金正恩氏にとって米朝交渉の失敗は大きな痛みとなった。金正恩氏はトランプ氏との第2ラウンドを夢想し、その対策を今から練っているのかもしれない。

中国が恐れる北の核実験による大惨事

 北朝鮮はこれまで6回の核実験を実施し、核爆発を重ねる度にその核能力を発展させてきた。2006年10月に1回目の核実験を実施した。その爆発規模は1キロトン以下、マグニチュード4・1だった。6回目の17年9月3日には爆発規模160キロトン、マグニチュード4.4だった。北側の発表では「水爆」だという。

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▲韓国との経済関係を断絶すると表明する北朝鮮の金正恩総書記(2024年2月8日、朝鮮中央通信から)

 興味深い点は、北朝鮮の6回の核実験で放射性物質が検出されたのは1回目と3回目のだけで、残りの4回の核実験後、キセノン131、キセノン133など放射性物質が検出されていないことだ。北の核実験で放射性物質が検出されにくい理由として、北朝鮮の山脈は強固な岩から成り立っているため、放射性物質が外部に流出するのに時間がかかるからだといわれている。3回目の核実験の55日後に放射性物質が検出されたのは、北当局が核実験用トンネルをオープンしたのでキセノンが放出されたという。なお、核実験が行われた日の前後の天候も希ガス検出に影響を与える。気流の流れにも左右される。

 北朝鮮の核実験の影響について、韓国の核物理学者らから、「北朝鮮の豊渓里核実験場では、2017年9月の6回目の核実験の際にすでに大地震が発生しており、トンネルや地盤の崩壊や陥没への懸念が続いている。核実験の爆発により実験場の地盤が崩壊した可能性がある」と警告する声が出てきている。

 韓国気象庁の『2023年の地震年報』によると、北朝鮮の豊渓里付近での地震の数が2022年の3倍以上に増加した。専門家らは「マグニチュード3.0以上の地震の数は増加し続けており、今年はその可能性が高い。マグニチュード4.0以上の大地震が発生する可能性がある」というのだ。

 例えば、北の最大規模の核実験では核実験場から南東約7キロ付近で地盤が陥没し、それに伴う揺れが発生したという。水爆の爆発によって周辺の地盤が揺れ、地震が発生したという説明だ。実際、アメリカの北朝鮮分析サイト「38ノース」は2017年9月5日、核実験場周辺の地形が崩れ、地形の変動が見られると報告している。

 韓国の聯合ニュースは2017年9月5日、「北の核実験場がある北東部の咸鏡北道吉州郡で被爆した疑いが持たれる症状を訴える人が出ている」と報じた。核実験場周辺の住民への被曝は考えられるが、恐ろしいシナリオは、中国と北朝鮮の国境に位置する白頭山(標高約2744m)の噴火だ(「白頭山の噴火と第3回核実験」2011年3月11日参考)。

 東アジア最大の地震観測所を持つ韓国地質鉱物資源研究院のイ・ピョング所長は、「北朝鮮が将来追加核実験を実施すれば、大地震が発生する可能性がある」と予測している。

 北朝鮮の核実験を懸念しているのは隣国中国だ。特に、中朝国境都市周辺の住民は不安を高めている。地理的に隣接する中国の東北3省は、空気や地下水を介して広がる放射線の影響を免れないだろう。北朝鮮が7回目の核実験を実施した場合、過去6回の核実験で蓄積された核物質が急速に表面化し、北朝鮮と国境を接する中国の広範囲を放射線で覆う可能性がある。「豊渓里での北朝鮮の核実験は、近くの活火山である長白山にも影響を与えている。最近、長白山から鳥や動物が大量に移動しているのが目撃されており、中国東北三省の住民の間で不安が広がっている」というのだ。
 
 韓国の著名な火山学者、ユン・ソンヒョ教授によると、「核爆発による強力な衝撃波は、120キロメートルも離れた長白山(白頭山)地下のマグマだまりをかき乱し、噴火を引き起こす可能性がある」という。火山を扱う中国地震局研究所のシミュレーションでは、「長白山が噴火し、灰が空を覆い工場が麻痺すれば、中国経済に大きな打撃を与える可能性がある」と予測されており、中国東北部3省の2000万人が避難を余儀なくされる。

 韓国統一部が最近、北朝鮮の核実験場の近くに住んでいた亡命者を対象に放射線被爆調査を実施したところ、対象者の20%に染色体異常が見つかった。脱北者らによると、吉州郡の住民は核実験場の川水を飲料水として利用しており、核実験以降、結核患者が急増し、多くの死者が出ているという。

 中国東北3省の住民の多くは、6回目の核実験以来、地震を何度も感じたと報告している。中朝国境都市にとって放射能だけではない。北には少なくとも5カ所、化学兵器を製造する施設がある。中国が恐れているのは両国国境近くにある北の化学工場だ。2008年11月と09年2月の2度、中国の国境都市、丹東市でサリン(神経ガス)が検出されたという。中国側の調査の結果、中朝国境近くにある北の新義州化学繊維複合体(工場)から放出された可能性が高いというのだ。北の化学兵器管理が不十分だったり、事故が発生した場合、中国の国境都市が先ず大きな被害を受けるという(「中朝国境都市にサリンの雨が降る」2013年5月31日参考)。

 中国東北3省の住民にとっては時限爆弾を抱えているような状況だ。北側が7回目の核実験を実施した場合、放射能、地震、地形崩壊などの大惨事が発生する危険性が排除できないからだ。

中国「金正恩氏のロシアへの傾斜」懸念

 北朝鮮最高指導者・金正恩総書記は2019年2月、ベトナムのハノイでトランプ米大統領(当時)と首脳会談を行ったが、その外交は成果なく終わった。北朝鮮の最大の外交課題は当時、米国との関係改善、対北制裁の解除だった。金正恩氏にとって米朝交渉の失敗は大きな痛手となって残ったという。金正恩総書記はその後、核戦力の強化に乗り出す一方、中国、ロシアとの関係拡大に腐心してきた。ハノイの米朝首脳会談の暗礁後、北は非核化交渉を放棄し、韓国を最大の敵対国とし、核保有国のステイタス獲得を目指してきた。北側の国家戦略が大変化したわけだ。

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▲ロシアのプーチン大統領と金正恩総書記の会見(2023年9月13日、クレムリン公式サイドから)

 その北朝鮮が大きく転換したのはロシア軍のウクライナ侵攻だった。ウクライナ戦争が長期化していった事を受け、プーチン大統領は武器不足を解決しなければならなくなった。プーチン氏から金正恩総書記に声がかかった。昨年9月、ロシア極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地で行われたプーチン大統領と金正恩総書記の首脳会談は米朝首脳会談とは180度異なり、多くの成果を北側にもたらした。

 露朝首脳会談後の両国の関係は急速に深まっていった。目に見える実績は、)鳴鮮は7000個のコンテナに弾薬(約250万発と推定)をモスクワに輸送、△修譴飽き換え、ロシアからは軍事衛星関連技術の支援、食糧などの物質援助が行われた。

 プーチン大統領と金正恩総書記は昨年9月、首脳会談でロシアと北朝鮮間の軍事協力の強化などで合意したといわれている。その最初の成果は北朝鮮の軍事偵察衛星「万里鏡1号」の打ち上げ成功だろう。過去2回、打ち上げに失敗してきた北朝鮮はロシアから偵察衛星関連技術の支援を受けた結果、昨年11月21日の3回目の打ち上げに成功した。ちなみに、北側がロシア側に期待している軍事分野での支援は衛星関連技術、原子力潜水艦、核開発の向上などだ。ただしロシアと言えども、核関連ノウハウを北側に譲渡することは現時点では考えにくい。

 米国情報当局者らによると、ロシアは、ロシアの金融機関に預けられている北朝鮮の凍結資産3000万ドルのうち900万ドルの放出を許可した。また、ロシアは北朝鮮にロシアの地方銀行に口座を開くことを承認するなど、金融分野でも北側を支援している。その結果、北側はロシア国内で開いた銀行口座を利用して貿易取引が可能となる道が開かれた、と受け取られている。

 露朝間の関係はそれだけではない。韓国統一研究院のオ・ギョンソプ氏はロシアで働く北朝鮮労働者の実態を報告している。それを読むと、ロシアは国連の制裁にもかかわらず、多数の北朝鮮の労働者を受け入れている。北労働者から入る外貨で金正恩総書記は核・ミサイル開発を進めているという。一方、ロシアはウクライナの戦争による労働力不足を補うために北朝鮮労働者を受け入れる必要があるわけだ(「ロシアで働く北朝鮮労働者の実態」2024年2月29日参考)。

 メディアではあまり報道されていないが、北朝鮮の観光業へのロシア側の支援だ。ドイツ民間ニュース専門局ntvが24日報じたところによると、ロシアから多くのスキー観光客が北朝鮮を訪問しているという。ロシア軍のウクライナ侵攻の結果、ロシア国民は外国旅行が難しくなった。そこで未開発の北朝鮮の観光が脚光を浴びてきたというわけだ。それもクレムリン直々の推薦付きだ。

 北朝鮮には金正恩氏が誇る馬息嶺(Masikryong)スキー場がある。平壌から東へ175km、元山市に近いところにある。2014年1月にオープンしたばかりだ。11本のコースが造成され、ゲレンデの下には、プール、カラオケバーなどが完備された高級ホテルがある。平壌国際空港の近代化とともに、海外から旅行者を誘ったが、新型コロナウイルスの感染拡大、国境閉鎖で観光プロジェクトは閉鎖状況だった。

 しかし、ここにきてスキー場も少し活気を帯びてきた。ロシアからのスキー客が訪れ出したからだ。ロシア人カップルがあまり人がいないゲレンデでスキーを楽しんでいる姿が放映されていた(「金正恩氏の公約と『現実』との深い溝」2016年5月27日参考)。

 国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)は昨年3月、戦争犯罪の疑いでプーチン氏に逮捕状を出すなど、プーチン氏を取り巻く国際状況は益々孤立化の度を増している。同じように、国際社会から孤立している北朝鮮の金正恩総書記との友好関係はそれ故に貴重だ。そこで制裁に苦しむ北朝鮮の国民経済を少しでも緩和するために援助を積極的に申し出てきたわけだ。プーチン大統領は1月16日、クレムリンで北朝鮮の崔善姫外相を歓迎したばかりだ。プーチン氏の訪朝も既に計画中だ。両国の外交交流もここにきて活発化している。両国にとって現時点ではウィンウィンの関係だ。

 北朝鮮とロシアとの両国関係関連のニュースが多い中、中朝関係は静かだ。金正恩氏のロシア傾斜を懸念する中国共産党政府は北京を訪問した北朝鮮の金成男・朝鮮労働党国際部長に王毅・共産党政治局員兼外相が23日、会談するなど、北側のゲストを手厚くもてなしている。中国外務省の発表によると、両氏は「中朝友好の維持」などで合意したという。

 ウクライナのクレバ外相はユーモアと少しの皮肉を込めて、「ロシアとウクライナ戦争の行方はここにきて北朝鮮が握っている」と発言した。関係者にとっては想定外の展開だからだ(「ウクライナ戦争の行方を握る北朝鮮」2024年1月26日参考)。

 金正恩氏はロシアと中国の2大国から声をかけられるなど、これまで経験したことがない異例の政治情勢の中、「核保有国の認知」という野望の実現に向かって邁進してきた。

ドイツ、今秋にも平壌の大使館再開か

 北朝鮮の最高指導者金正恩総書記は今年1月15日に開催された最高人民会議での施政演説の中で、憲法を改正して韓国を「第一の敵対国」とすると表明し、武力による朝鮮半島統合に向けて檄を飛ばした。同時に、ロシアの要望に応えて武器を供与する一方、ロシアからは軍事衛星関連のノウハウや近代兵器の情報を入手するなど、ロシアとの関係を急速に緊密化してきた。

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▲ロシアとの関係強化に乗り出す北朝鮮の金正恩総書記(2024年01月19日、北朝鮮中央通信KCNA公式サイトから)

 米国の核科学者ジークフリード・へッカー氏ら北朝鮮専門家は1月11日、北朝鮮分析サイト「38ノース」の中で、「朝鮮半島は1950年の朝鮮動乱後、最も危険な状況だ」と指摘し、金正恩総書記は核兵器の開発を促進し、軍事強化に乗り出すなど、「戦争する用意がある」と警告を発したばかりだ。

 そのような中、コロナ感染後、平壌の大使館を閉鎖してきたドイツは先月25日、10人から成る使節団を平壌に派遣したことが明らかになった。使節団には外交官、通訳、医者、北朝鮮滞在経験者などが含まれている。独週刊誌シュピーゲル最新号(2024年03月9日号)は「ドイツ外務省は朝鮮半島の状況が緊迫してきたのを受け、現地からの情報を得るために大使館を再開する方向で検討に入っている」という。

 ドイツは2020年3月、北側が新型コロナウイルスの感染防止のために国境を閉鎖したことを受け、平壌の大使館を閉鎖し、中国の北京に移動した。平壌に駐在する外国大使館はほぼ全て閉鎖された。すなわち、北朝鮮では過去4年間、西側外交官ばかりか、国連関係者、非政府機関(NGO)関係者は誰も駐在していない状況が続いてきた。しかし、北朝鮮が約3年7カ月ぶりに国境を再開放したことを受け、大使館を再開する国が出てきた。シュピーゲル誌によると、これまでロシア、中国、モンゴル、ベトナムが平壌の自国大使館を再開している。

 シュピーゲル誌によると、ドイツ使節団は北京から列車で中朝国境線に向かい、国境からは北側が用意していた2台のバスで平壌に向かった。同使節団は北滞在中に北朝鮮外務省高官などと会談し、大使館の再開問題について協議したもようだ。4年間閉鎖されていたドイツ大使館には変化はなく、平壌を離れる前のような状況だったという。大使館の再開問題では「即、再開というわけではなく、この秋頃を目安に再開を目指している」という。

 ドイツの大使館再開の動きについて中国側も歓迎している。シュピーゲル誌によると、北朝鮮がここにきてロシアとの関係を急速に強化していることに北京側は少々懸念している。西側情報筋によると、北側は約7000のコンテナでミサイル、砲弾など武器をモスクワに送っている。中国側は、ドイツが北朝鮮に大使館業務を再開することで北側のロシア傾斜にストップがかかるのではないかと期待しているという。

 北朝鮮外務省は昨年末から在外公館の見直しを推進し、ウガンダ、アンゴラ、スペイン、在香港の総領事館、バングラデシュ、コンゴ民主共和国、ウガンダ、ネパールなどの大使館を次々と閉鎖した。これについて「外交的力量の効率的な再配置」と主張しているが、韓国側は、「国際社会による制裁の強化で外貨稼ぎが困難になり、公館の維持が難しくなっているため」との見方をしている。

 韓国情報筋によると、北側が武器をロシアに供与する代わりに、先述したように軍事関連ノウハウをモスクワから得ると共に、食糧などを大量に援助されているという。北側が韓国を含む国際社会に対し、強硬姿勢を取れる背後には、中国からだけではなく、ロシアから大量の食糧援助などの物質的支援が大きいことがある。

 ちなみに、北朝鮮の最大の外交課題は、米国との関係改善、対北制裁の解除だった。その意味で、金正恩氏は2019年、トランプ前大統領と首脳会談を通じて米朝関係の改善を図ったが、その外交は成果なく終わった。金正恩氏にとって米朝交渉の失敗は大きな痛手となって残っているといわれる。金正恩総書記はその後、核戦力の強化に乗り出す一方、中国、ロシアとの関係拡大に腐心している。ハノイの米朝首脳会談の暗礁後、北は非核化交渉を放棄し、核保有国のステイタス獲得を目指してきた。北側の国家戦略が大展開したわけだ。

 なお、ドイツが朝鮮半島の状況には強い関心を持っているのは、ドイツが東西両ドイツの分断国家であったこと、そして1990年に再統合を実現したという歴史的な経験が韓国と北朝鮮の南北分断国家の再統合に何らかの貢献ができるのではないか、という思いがあるからだという。金正恩総書記が韓国を「第一の敵対国」と位置付けた現在、ドイツは強い危機感を持っている。
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