ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

国連記者室

「世界人権宣言」と「親の不在」

 第2次世界大戦後、国際連盟に代わって現在の国際連合が創設された。そして1948年12月10日には国連第3回総会(パリ)で「世界人権宣言」が採択されて今年で75年目を迎えた。30年前の1993年6月には、ウィーンで「世界人権会議」が開催され、「世界人権宣言」の履行を監視するため、「ウィーン宣言および行動計画」として「ウィーン人権宣言」が採択され、同年12月に国連人権高等弁務官が創設された。

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▲ジュネーブのUPR審査風景(2012年10月31日、ジュネーブの国連で撮影)

 スイスのジュネーブでは国連人権理事会(UNHRC)が開催されるが、スイス公共放送配信のニュースレター(3月6日)は「世界人権宣言」75周年を迎え、その意義と課題を報じていた。そこで人権問題の基本法とも呼ばれる「世界人権宣言」を振り返りながら、現在の人権問題について少し考えてみた。

 「世界人権宣言」では、第1条「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」と記述され、第2条は「すべての人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる」と明記されている。

 第2次世界大戦で民間人を含み7000万の人が犠牲となった。ユダヤ民族はナチス・ドイツによって600万人が虐殺された。そのような悲惨な戦争を体験した世界は「2度と戦争をしてはならない」という強い決意があった。それが国際連合の誕生であり、「世界人権宣言」となったわけだ。「世界人権宣言」文の起草委員会では故フランクリン・D・ルーズベルト米元大統領の妻エレノア・ルーズベルト氏が大きな役割を果たした。ルーズベルト氏は宣言を人権の「マグナ・カルタ(大憲章)」と呼んだという。

 「世界人権宣言」は前文と30の条文からなっており、世界各国の憲法や法律に取り入れられるとともに、様々な国際会議の決議にも用いられ、世界各国に強い影響を及ぼしている。文面は高貴であり、それを読む人に勇気と希望を与えるものであることは間違いないだろう。

 「世界人権宣言」を土台として、その後、さまざまな国際人権法が生まれてきた。「世界人権宣言」で規定された権利に法的な拘束力を持たせるため、『経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)』と『市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)』の2つの国際人権規約が採択され、その後も個別の人権を保障するために様々な条約が採択されている。例えば、「人種差別撤廃条約」(1965年採択)、「国際人権規約の自由権規約」(1966年)と「社会権規約」(1966年)、「女子差別撤廃条約」(1979年)、「拷問禁止条約」(1984年)、「子どもの権利条約」(1989年)などだ。

 日本法務省は「世界人権宣言」の項目の中で、「世界人権宣言は、基本的人権尊重の原則を定めたものであり、それ自体が法的拘束力を持つものではないが、初めて人権の保障を国際的にうたった画期的なものだ」とその意義と価値を明記している。

 「世界人権宣言」の精神、それを監視する機関は整ったが、それでは過去75年間で世界の人権状況は改善されただろうか。特別報告者が人権問題を調査し、人権理事会は加盟国全ての人権状況を定期的に審査する「普遍的・定期的審査」(UPR)制度などが出来ている。その一方、独裁国家では人権弾圧が堂々と行われ、国際社会の追及には「内部干渉」という理由で反論するといった状況が続いてきた。例えば、中国共産党政権は 新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル人への人権弾圧問題が人権理事会でテーマとならないように加盟国に圧力をかけている。実際、国連人権理事会では昨年10月6日、ウイグル自治区での人権侵害問題に関する討論開催の是非を問う欧米主導の動議が反対多数で否決された。

 トゥルク国連人権高等弁務官は「世界人権宣言」を「奇跡の文書」と呼んだという。確かに、そうかもしれないが、21世紀の現実の世界情勢をみると、残念ながら世界至る所で人権が蹂躙されている。ロシアのプーチン大統領はウクライナを兄弟国と言いながら、ウクライナに軍事侵攻し、民間人を恣意的に殺害し、人間が生きていくうえで不可欠なインフラを破壊している。東方正教会のコンスタンティヌープル総主教、バルソロメオス1世は、「ウクライナに対するロシアの戦争を即時終結すべきだ。この『フラトリサイド戦争』(兄弟戦争)は人間の尊厳を損ない、慈善の戒めに違反している」と述べているほどだ。

 人類は有史以来、絶えず争い、殺しあってきた。兄カインが弟アベルを殺して以来、歴史は「兄弟戦争」を繰り返してきた。兄弟同士の争いの場合、その争いを止めることができるのは普通、家庭では「親」だ。現実の戦争の場合、停戦、和解への調停者、仲介者が出てくる。時には国連が乗り出す。いずれにしても、兄弟争いをストップさせるためには、双方の立場を理解して、説得できる中立の調停者が必要となる。

 兄弟争いに別の兄弟が入ってきて、「兄貴が正しい」とか「弟が間違っている」と言い出せば、争いは広がる。同じように、紛争の一方の利益を支持する中立性のない調停役がちょっかいを出すならば、解決する紛争も解決できなくなる。

 「人権」は基本的には兄弟間の争いをやめさせ、公平で平等に生きていくための約束事だ。その人権が遵守されず、争いがエスカレーションする場合、家庭でも戦争でも、親(のような調停者)の登場が願われる。換言すれば、「親探し」が急務となってくる。「親の不在」こそが紛争解決を妨げる大きな原因となるからだ。同時に、「親権」の復帰が願われるのだ。

ロシアはCTBTから離脱するか

 ロシアのプーチン大統領は21日、年次教書演説でウクライナ情勢に言及し、「戦争は西側から始められた」と強調し、戦争の責任は西側にあるといういつもの論理を展開する一方、米国との間で締結した核軍縮条約「新戦略兵器削減条約(新START)」の履行停止を発表した。  

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▲ビキニ環礁で行われた最初の核実験(1946年7月)CTBT公式サイトから

 新STARTは2009年12月に失効した第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約として2011年2月に発効され、21年2月に5年間延長された。同条約では戦略核弾頭の配備数(1550発以下)などを決めている。ただし、バイデン米政権は1月31日、ロシアが条約に基づく査察を拒否したと批判したばかりだ。

 それだけではない。ウィーンの外交筋によると、ロシアはウィーンに事務局を置く包括的核実験禁止条約(CTBT)から離脱する意思をちらつかせているという。CTBTは署名開始から今年で27年目を迎えたが、法的にはまだ発効していない。署名国数は2月現在、186カ国、批准国177国だ。その数字自体は既に普遍的な条約水準だが、条約発効には核開発能力を有する44カ国(発効要件国)の署名、批准が条件となっている。その44カ国中で署名・批准した国は36カ国に留まり、条約発効には8カ国の署名・批准が依然欠けている。

 米国は1996年9月24日にCTBTに署名しているが、クリントン政権時代の上院が1999年10月、批准を拒否。それ以後、米国は批准していない。一方、ロシアは米国と同時期に条約に署名、2000年6月30日に批准済みだ。米国とロシア両国はCTBT発効に批准が欠かせられない特定44カ国(第14条)に入っている。ロシアがCTBTから離脱したとして米国は批判できない立場だ。

 以上、新STARTの履行停止、CTBTからの撤退の動きなどから、ロシアが近い将来、核実験を再開する可能性が出てきた。核兵器を実際に使用すれば、国際社会から最大級の非難を受け、ロシアがこれまで以上孤立化することは目に見ている。一方、核実験は批判されるが、CTBTから脱退することで国際条約上の束縛はなくなる。そのうえ、ウクライナに武器を供与する欧米諸国にロシアの核の脅威を与えることができる。

 核関連の動きはロシアだけではない。イランが84%の濃縮ウランを生産した疑いがもたれている。核兵器用の濃縮ウランには純度約90%が必要だが、84%の濃縮ウランが生産されたとすれば、核兵器用はもはや時間の問題だ。

 核エネルギーの平和利用を促進する国際原子力機関(IAEA)によると、イランでIAEA査察官が純度84%のウランを検出したという。イランが意図的に生産したのかは今後の査察を通じて検証しなければならない。

 イラン国家原子力機関の報道官は、「わが国は純度60%以上のウランを濃縮していない」(IRNA通信)と報道を否定している。また、イラン議会の国家安全保障および外交政策委員会のアボルファズル・アムエイ報道官は20日、イランが核兵器レベルまでウラン濃縮を開始したという報道について、「来月6日から開催されるIAEA定例理事会のイラン協議に影響を与えることを狙ったものだ」と述べている。

 ちなみに、国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイランの間で2015年、核合意が締結されたが、同合意ではイランはウラン濃縮は3・67%となっていた。トランプ前米政権が2018年、核合意から離脱した後、イランは濃縮度を段階的に上げ、60%まで濃縮ウランを生産してきたことは明らかになっている。84%の濃縮ウランの生産が事実とすれば、核兵器用濃縮ウランを目指していることになる。なお、2021年4月に開始されたイランとの核合意再建交渉は、数カ月にわたって停滞している。

 イランの核保有はイスラエルだけではなく、サウジアラビア、エジプトなどにも大きな影響を与えることが予想される。イスラエルはイランの核兵器製造を軍事攻撃で阻止することも考えられる。一方、スンニ派の盟主サウジにとってもシーア派のイランの核兵器保有は絶対に容認できないから、独自の核兵器製造に動きだすかもしれない。いずれにしても、イランの核兵器製造は中東・アラブに大きな波紋を及ぼすことは必至だ。

 一方、北朝鮮は今月18日、米全土を射程距離に入れたICBM(大陸間弾道ミサイル)を発し、米国側に圧力をかけている。7回目の核実験も視野に入れているといわれる。

 第1次冷戦の終了直後、ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」無意味論を展開したが、米国と並んで世界最大の核保有国ロシアがウクライナ戦争を契機に核兵器に手を伸ばす気配を見せるなど、大量破壊兵器使用へのブレーキや自制心が緩んできている。危険な兆候だ。

戦時下の原発の安全に取り組むIAEA

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は、ウクライナの4カ所の原子力発電所 (NPP)と廃炉となったチェルノブイリサイドに専門家の支援ミッションを派遣する。IAEA専門家の常駐派遣は、ウクライナの原発が戦闘で重大な原子力事故を起こすことを防ぐためだ。ウクライナの4カ所の原発とチェルノブイリサイドに約11人〜12人の常駐スタッフを派遣することになる。IAEAの歴史でも前例のない大規模な取り組みだ。

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▲ウクライナの原発の安全に取り組むIAEAの旗(IAEA公式サイトから)

 ウクライナといえば、旧ソ連時代のチェルノブイリ原発事故(1986年4月26日)を思い出す人が多いだろう。同原発から放出された放射能は欧州全土を覆った。そのウクライナには現在15基の原子炉があり、設備容量では世界第8の原発国だ。ロシア軍が昨年2月24日に侵攻して以来、多くの原発は戦場下にある。

 ウクライナ戦争で最も恐れられてきたシナリオはロシア軍やウクライナ軍が撃った砲撃が原発を直撃した場合だ。実際、ウクライナ南東部にある欧州最大規模のザポリージャ原子力発電所(ZNPP)で昨年8月5日、少なくとも3回の砲撃があり、原子炉が設置されている発電区画付近に着弾した。幸い、死傷者はなく、放射能漏れは検出されなかった。同原発は同月6日にも砲撃を受け、関連施設に被害が出た。ウクライナ国営原子力企業エネルゴアトムによると、ロシア軍がロケット砲を打ち込み、高圧送電線などが損傷し、敷地内で火災が生じたという。

 南ウクライナ原発(SUNPP)でも昨年9月、近くに砲撃があり、現場の3系統の送電線に影響を与え、窓ガラスが損傷した。ゼレンスキー大統領は、「原発への攻撃は戦争犯罪であり、テロ行為だ」と激しく批判している。ZNPP地帯はロシア軍が昨年3月以来占領、管理しているが、原発関係者はウクライナの専門家たちが常駐している。ZNPPには6基の原子炉がある。

 IAEAのラファエル・グロッシ事務局長は、「戦闘で原子力災害が発生しないようにしなければならない。非常に現実的なリスクだ」と強調、そのために、仝業にIAEA専門家を常駐させる、原発周辺を原子力安全/セキュリティ保護エリアと設定し、非戦闘地帯として如何なる戦闘も中止する、という2点を提案し、ロシア側とウクライナ側の間の合意を促してきた。

 グロッシ事務局長は17日、ウクライナ政府の要請を受け、IAEAのリウネ原発支援サポートミッション (ISAMIR)を立ち上げ、南ウクライナ原発でも同じようにスタートした。同事務局長によると、18日にチェルノブイリサイドに、そして数日以内にフメルニツキー原発にIAEA専門家ミッションを派遣する。ZNPPには既に2人、最大4人のIAEA査察官が昨年9月以来、常駐している。

 同事務局長はまた、SUNPPではウクライナのヘルマン・ハルシチェンコ・エネルギー大臣、ウクライナの原子力会社エネルゴアトムのペトロ・コーチン社長、およびウクライナ原子力規制局のオレー・コリコフ局長らと次々と会談した。

 グロッシ事務局長は、IAEA旗の掲揚式典後、「ウクライナの原子力発電施設とチェルノブイリの現場に専門家を配置することで、ウクライナでの悲劇的な原子力事故を防ぐための技術活動を強化していく」と述べ、IAEAの原発安全にかけた意気込みを表明している。

 IAEAのウクライナ原発リポート(1月17日)によると、ウクライナの南ウクライナ、リウネ、フメリニツキーの3原発では、エネルギーインフラストラクチャーをターゲットにしたロシア軍のミサイル攻撃への予防措置として週末、出力を削減した。ウクライナからの情報によると、電力レベルはその後回復。また、キーウへのミサイル攻撃がキーウ研究所の敷地内の倉庫で火災を引き起こした。このサイドには燃料が取り除かれた研究用原子炉があり、その炉心はサイドの使用済み燃料貯蔵施設に保管されている。負傷者はいなかった。放射線モニタリングが実施され、変化は測定されていない。

 ロシアのプーチン大統領がロシア軍をウクライナに侵攻させてから来月24日で1年目を迎える。戦闘は長期化の様相を深めている。ウクライナの原発でいつ事故が発生するか分からない。グロッシ事務局長が提案したように、ロシアとウクライナ両国は原発周辺を非戦闘地帯に指定すべきだ。

国連人権理「中露問題で対応の違い」

 先ず、2件の時事通信の外電を紹介する。

 々駭⊃邑⇒事会は6日、中国新疆ウイグル自治区での人権侵害問題に関する討論開催の是非を問う欧米主導の動議を反対多数で否決した。
 国連人権理事会は7日、ロシアでの人権状況を監視する特別報告者の設置を求める決議案を賛成多数で採択した。

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▲国連人権理事会で中国のウィグル人政策の討議の是非を問う動議の採決結果(オーストリア国営放送のスクリーンショットから)

 同2件の外電の主体は「国連人権理事会」だ。前者は中国共産党の少数民族ウイグル人弾圧問題に関するものであり、後者はロシアのウクライナでの人権弾圧問題だ。そして前者は反対多数で「否決」され、後者は賛成多数で「採択」された。

 次に、もう少し外電の内容を紹介する。

 ,話羚餠産党政権がこれまで必死に否定してきた少数民族ウイグル人への弾圧問題だ。このコラム欄でも度々報じてきた。最近では、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が8月31日に発表した報告書について書いた。報告書「ウイグル人権報告書」はジュネーブの国連人権高等弁務官事務所のミシェル・バチェレ高等弁務官が退任直前に公表したものだ。報告書では新疆ウイグル自治区での人道に関する罪に相当する深刻な人権侵害を記述したものだ。それゆえに、中国側は同高等弁務官に圧力を行使して、報告書の発表を断念させる一方、在ジュネーブ中国外交官は理事国代表に書簡を送り、報告書公表に反対するように圧力をかけてきた経緯がある。それに対し、同高等弁務官は再選を断念する代わりに、「ウイグル人権報告書」を発表したわけだ(同高等弁務官の任期は8月末で終わった)。

 国際人権グループは、「中国新疆ウイグル自治区では少なくとも100万人のウイグル人と他のイスラム教徒が再教育キャンプに収容され、固有の宗教、文化、言語を放棄させられ、強制的な同化政策を受けている」と批判してきた。中国共産党政権は、「強制収容所ではなく、職業訓練所、再教育施設だ」と説明するが、現状はウイグル民族の抹殺が進められている。ポンぺオ前米国務長官は中国の少数民族への同化政策を「ジェノサイド」と呼んでいる(「バチェレ氏退官前の最後の戦い」2022年7月27日参考)。

 ▲蹈轡△離廖璽船鸞臈領は2月24日、ロシア軍を主権国家ウクライに侵攻させた。その後の経緯は既に報道済みだが、ロシア軍の戦争犯罪は一つや二つではない。兵隊と民間人の区別なく砲撃するロシア軍の無差別攻撃はよく知られている。ウクライナ南東部の湾岸都市マリウポリ市の廃墟化、首都キーウ近郊のブジャの虐殺が報じられると、欧米諸国は衝撃を受けた。ゼレンスキー大統領はウクライナ東部ハルキウ州イジュムでの虐殺を挙げて、怒りを抑えきれないといった表情で、「戦争犯罪だ」と激しく批判したばかりだ。9月16日のウクライナ側の発表によると、イジュムでは少なくとも440体の遺体が見つかった。ほとんどが軍服などを着ていない民間人だったという。遺体の中には拘束中、虐待された痕跡があったという。

 それだけではない。パリに本部を置くユネスコ(国連教育科学文化機関)が6月23日発表したところによると、「戦争が始まって以来、ウクライナで152カ所の文化的遺跡が部分的または完全に破壊された」という。その数はここにきて急増し、ウクライナ国内で既に270余りの宗教施設が破壊された。破壊された建物のうち260棟はキリスト教の教会だが、モスク、シナゴーグ、宗教団体の教育および行政の建物も被害を受けている(「民間人を標的にするロシア軍の『業』」2022年9月18日参考)。

 国連人権理事会(理事国47カ国)は上記の2件の議案に対して、,任話羚颪筌僖スタン、セネガルなど19カ国が反対。賛成は日本を含め17カ国にとどまった。ブラジルやインド、ウクライナなど11カ国は棄権した。中国と経済的・政治的な結び付きが強いアフリカ諸国はほとんどの国が反対か棄権に回った。そして△任脇本を含む17カ国が賛成し、中国やキューバなど6カ国が反対。24カ国が棄権した。その結果、先述したように、,枠欸茲気譟↓△郎梁鬚気譴燭錣韻澄

 以上からどのような結論を下すことができるだろうか。中国の国連外交の勝利だろうか、ロシア外交の孤立か。中国側はいつものように「真実と正義の勝利だ」、「他国の内政干渉は許されない」と声高く叫んでいる一方、ロシア側からは中国外交官のような威勢のいい声は聞かれない。

 ロシアはウクライナ戦争以降、国際社会から完全に孤立化してきている。プーチン大統領自身が先月、ウズベキスタンのサマルカンドで開催された上海協力機構首脳会議で感じたことだ。同盟国・中国、インドもロシアに距離を置きだした。トルコのエルドアン大統領もプーチン大統領のウクライナ東部、南部4州の併合には強く反対している。例外は北朝鮮だけだ。金正恩総書記は7日、プーチン大統領の70歳の誕生日に祝電を送り、「卓越した指導力」とプーチン氏を持ち上げている。

 まとめる。ロシア外交の孤立化は自業自得だ。弁解の余地がない。問題は中国だ。中国共産党政権が国連内での影響力拡大のために多くの時間と資金を投入してきたことはこのコラム欄でも書いてきた。米国が国連外交を軽視している時も、中国はアフリカなどに積極的に進出し、経済支援などでその繋がりを強固にしてきた。その結果、国連人権理のような事態が生じるわけだ。中国は笑いが止まらないだろう。欧米諸国は国連安保理改革を推進させると共に、中国の国連外交にもっと警戒すべきだ(「国連が中国に乗っ取られる……」2019年2月3日参考)。

査察官の写真は未公開が原則では?

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)が先月29日、ウクライナ南部の欧州最大の原発ザポリージャ原発の安全確保のために14人(団長グロッシ事務局長)から成る査察団を派遣する際、事務局長を最前列中央に、査察官が並んだ写真がIAEAから配信された。その写真を見た時、正直言って、査察団の(記念)写真というより、「14人の侍」、「精鋭の特殊部隊」といった映画のフィルムという印象を受けた。同時に、IAEAはこんな写真を公表し、世界に配信して大丈夫だろうか、と少々首を傾げざるを得なかった。なぜならば、IAEA査察局は最も多くの機密情報を扱う部署であり、そこに所属する査察官の氏名、写真はこれまで基本的には部外に公表されることはなかったからだ。

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▲ウクライナに派遣されたIAEA査察団(IAEA公式サイトから)

 IAEAが北朝鮮やイランの核関連施設へ査察官を派遣する場合、査察官の名前や写真を公表したことはなかった。査察局の誰が査察チームに参加するかは一種の機密情報で、メディアに明らかにすることはなかった。

 その背景には、査察官の安全問題があるが、加盟国の核関連施設を査察する査察官の仕事内容、情報は機密に属するからだ。第3国にIAEAの査察情報がリークされれば、査察を受けた加盟国は警戒して、査察を拒否するかもしれない。グロッシ事務局長が今回、特殊部隊の司令官のようにキーウに向かう前に査察官と一緒の写真を撮って配信した、ということは通常ではない。好意的に受け取るならば、ウクライナの原発の安全を懸念する国際社会に対し、「IAEA査察団が現地視察するから大丈夫だ」といったメッセージを送るために、査察団全員が写った写真を撮って、配信したのかもしれない。その意味で例外的措置だったのかもしれない。

 グロッシ事務局長は、「ウクライナの原発は非常に危険な状況にある。事故が生じればチェルノブイリ原発事故(1986年4月)より大きな被害が欧州、世界全土に広がる。IAEAはそれを防止する義務を負っている」と説明してきた。その責任感は立派であり、その危機感は間違いないが、事務局長の言動から何か政治家のパフォーマンスのような印象が払拭できないのだ。穿った見方かもしれないが、アルゼンチン出身外交官、グロッシ事務局長周辺からPR活動のような雰囲気を感じる。ザポリージャ原発視察でも事務局長の目は常にカメラの位置を追っていた。

 IAEAが北朝鮮の核関連施設をまだ査察できた時、基本的にIAEA査察官の人数や写真は公表されなかった。天野之弥前事務局長が北朝鮮核問題の専門査察チームを設立した時、同チームが何人の査察官で構成されるかといった情報は一切公表されなかった。査察局長やアジア担当部長の名前やその顔写真はオープンソースから入手できるが、現場で具体的に査察する専門家の名前、写真は公表されない。今回のように大規模な査察の場合、査察官を確保するために他の部に所属する査察官が呼ばれることも多い。

 IAEAの査察活動の歴史で査察官が北朝鮮寧辺の核施設を査察中に放射能を浴びるアクシデントが一度起きている。同査察官はその後、年1回、健康診断を受けてきた。その危険は今回のウクライナに派遣された査察官にも当てはまる。一度、放射能を浴びれば、生涯、健康診断が必要となる。それほど危険な仕事だ。ましてウクライナの場合、ロシア軍とウクライナ軍が戦闘中だ。原子炉を冷却するための電力が切断されれば、炉心溶融(メルトダウン)する危険が出てくる。

 ザポリージャ原発地帯はロシア軍が3月以来占領、管理しているが、原発関係者はウクライナの専門家たちが従事している。今月に入り、2人のIAEA査察官が常駐している。

 グロッシ事務局長は9日、ウクライナ南東部エネルホダル市が、火力発電所の変電施設への砲撃により、8日に停電に陥ったと明らかにしたばかりだ。同市にあるザポリージャ原発の原子炉の冷却に必要な外部電源の復旧が難しくなってきており、事故リスクが高まってきたわけだ。IAEAによると、原子炉の冷却機能を維持するための施設内の非常用のディーゼル発電機が利用されているが、その燃料の備蓄も限界があるという。6基の原子炉のうち、1基だけが操業しているが、その停止も余儀なくされるかもしれないという。

 ザポリージャ原発は6基のVVER−1000を有する欧州最大の原発。ただし、6号機以外は設計寿命が既に経過している。西側の技術が投入され、事故防止策は一応取られてきた。原子炉の外壁は1メートル半の厚さの防御壁で守られている。些細な衝撃でそれを貫徹することはできない。

 西側の原発安全問題専門家はドイツ民間放送のインタビューの中で、「IAEAの査察官が現地に派遣されたことは重要なステップだが、IAEA査察官が事故を防止できるわけではない。危険防止のためには原発関連施設周辺の非戦闘地帯宣言しかない」と述べていた。

バチェレ氏退官前の最後の戦い

 中国共産党政権がアフリカ・アジアなどの開発途上国に積極的に進出し、経済支援などを通じてその影響力を拡大してきたことは周知の事実だ。その結果、数がものをいう国連内(加盟国193カ国)のトップ選出や議題採決では中国は自国の政策や候補者への支持を欧米諸国より容易に貫徹できる。中国共産党政権の国連での影響力拡大は世界の安全保障上大きなマイナスだ、といった懸念の声がこれまで国連外交を疎んじてきた米国内でもようやく聞かれてきた。

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▲8月末に退官するバチェレ国連人権高等弁務官(OHCHR公式サイトから)

 ところで、ジュネーブの国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のミシェル・バチェレ高等弁務官は6月、「再選に出馬しない」と表明、8月末に退官する意向を明らかにした。同時に、退官前に中国新疆ウイグル自治区の少数民族の人権状況をまとめた報告書を公表するという。中国側はその報告書の公表を阻止するために加盟国に書簡を送っているという。ロイター通信が今月19日、報道した。

 バチェレ高等弁務官は今年5月、6日間の日程で中国新疆ウイグル自治区を現地視察した。中国は国連側の現地調査を最後まで拒否してきたが、バチェレ氏の忍耐強い交渉の末、2005年以来、17年ぶりの人権高等弁務官の訪中となった。ただ、5月28日の訪中後の記者会見で、「国連側は中国の少数民族ウイグル人への弾圧政策の見直しと改善を要求し、同自治区で行方不明の国民に関連する情報を家族側に提示することを求め、国連側と中国側は今後も同問題で会合をすることで一致した」というだけに留まった。ウイグル人強制収容所への視察もかなわなかった。

 当方はこのコラム欄で「中国での現地調査・視察は無意味だ」(2022年5月30日参考)で書いたが、中国側が事前に管理した日程に基づいた現地視察はもともと成果は期待できない。最近では、世界保健機関(WHO)の新型コロナウイルスの「武漢ウイルス調査団」の調査でも明らかになったばかりだ。中国側の準備した科学者と会合し、国連調査団には親中派の学者が参加していたWHO武漢ウイルス調査団は典型的な例だろう。

 バチェレ氏の訪中結果に対して国際人権団体から厳しい批判の声が続出した。「バチェレ氏は、新疆ウイグル自治区での人道に対する罪やチベットと香港での大規模な弾圧、人権擁護者や弁護士らの強制失踪や恣意的拘束といった国内の人権状況にはまったく言及していない。バチェレ氏の対中姿勢は被害者や人権擁護者との連帯感の著しい欠如、強大な政府の責任を追及する能力あるいは準備の不足をさらけ出した」(スイス公共放送SRFのスイス・インフォ)といった辛辣なコメントまで聞かれた。

 国際人権グループは、「中国新疆ウイグル自治区では少なくとも100万人のウイグル人と他のイスラム教徒が再教育キャンプに収容され、固有の宗教、文化、言語を放棄させられ、強制的な同化政策を受けている」と批判してきた。中国共産党政権は、「強制収容所ではなく、職業訓練所、再教育施設だ」と説明するが、現状はウイグル民族の抹殺が進められている。ポンぺオ前米国務長官は中国の少数民族への同化政策を「ジェノサイド」と呼んでいる。

 バチェレ氏の任期は8月末で終わるが、その前に少数派民族ウイグル人への弾圧状況を集めた「ウイグル人権報告書」を作成し、その公表を準備している。それに対し、在ジュネーブ中国外交官は加盟国にバチェレ氏の人権報告書の公表を阻止すべきだという書簡を送っている。報告書はウイグル人の強制労働を含む、数々の人権弾圧を明確に指摘している。それに対し、中国側は「grave concern」(大きな懸念)と反発し、「人権の政治的利用を許さない。内政干渉だ」とバチェレ氏を激しく批判している。

 バチェレ氏は6月の再選出馬断念を「家庭の事情」と説明したが、再選に出馬した場合、中国側の圧力を回避できなくなるから、ウイグル人の人権弾圧報告書は公表できなくなる可能性が出てくる。当方の推測だが、バチェレ氏は再選出馬を断念する代わりに、報告書を公表しようと考えたのかもしれない。

 中国側は追い込まれたわけだ。そこで6月末から加盟国へ「報告書の公表阻止」を求める書簡を送ったのだろう。中国の書簡にどれだけの支持表明があったかは不明だが、在ジュネーブの中国外交官筋では「100カ国近くが中国側の主張を支持している」という。中国側の攻勢を受け、加盟国の中には「バチェレ氏は権限なしで独自の判断で報告書を作成し、公表することはOHCHRの規約違反になる」といったバチェレ氏批判の声が高まっているという。

 バチェレ氏の最後の報告書となる「ウイグル人弾圧報告書」が実際、公表されるかは現時点では不明だ。バチェレ氏はチリの元大統領(任期2014年〜18年)だ。南米初の女性として国のトップに選出された。ピノチェト軍事独裁政権下で逮捕された父親は獄死し、自身も拘束された体験を持つ。バチェレ氏は今回、退任前、大国・中国の人権弾圧を公表することで有終の美を飾ろうとしているのかもしれない。それとも、成果がなく終わった訪中で失った自身の名誉回復のために戦っているのだろうか。

核兵器禁止条約の「理想」と「現実」

 ローマ・カトリック教会の総本山、ローマ教皇庁を訪問する日本の要人が増えてきた。岸田文雄首相は5月4日、バチカンを訪問し、フランシスコ教皇を謁見したばかりだが、今月15日には国連事務次長で軍縮担当上級代表の中満泉氏がフランシスコ教皇を謁見した。中満事務次長は2017年から軍縮担当事務局を率いている。国連事務局に所属する同部門は、核兵器の拡散を制限し、核兵器、生物兵器、化学兵器の分野で軍縮を促進する任務を負っている。

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▲フランシスコ教皇と会談する国連事務次長の軍縮担当上級代表中満泉氏(2022年6月15日、バチカンニュースから)

 今月21日から開始される核兵器禁止条約(Treaty on Prohibition of Nuclear Weapons=TPNW)の最初の締約国会議がウィーンのオーストリアセンターで開催されることもあって、中満氏は教皇と核軍縮や増大する軍事費問題について意見の交換をしたという。

 中満氏はツイッターの中で、「教皇は『焼き場に立つ少年』の写真のことを思い出され、側近をお呼びになって『戦争がもたらすもの』とのメッセージと教皇さまの署名入りの写真を数枚別室からわざわざお取り寄せになり、私に数枚持たせてくださいました」と書き、教皇からは、「困難な中で努力を続ける勇気とインスピレーションを頂きました」と述べている。

 ちなみに、フランシスコ教皇は2019年9月23日に訪日し、東京のほか、広島、長崎の被爆地を視察するなど、核軍縮問題には強い関心を持っている。安倍晋三元首相は2014年にバチカンで教皇と会談し、来日を招請。日本政府は教皇に被爆地の広島・長崎で犠牲者のために祈祷をお願いし、東日本大震災の被災地でも被災者に激励の声をかけてほしいとの希望を伝達している。先進7カ国首脳会談(G7)で来年は日本が議長国となるので、(親が広島出身の)岸田首相は広島でのG7首脳会談の開催を計画している。そして、国連事務次長で軍縮問題担当の中満泉氏が教皇を謁見訪問したわけだ。いずれにしても、フランシスコ教皇は核問題と関係する日本の政治家、要人との会談には積極的に応じている。

 なお、バチカンは核の軍縮を「倫理的な義務」と位置づけている。バチカンの外務局長、ポール・リチャード・ギャラガー大司教は春の国連会議で、「核兵器のない世界は可能で必要だ」と訴えている。

 ところで、ウィーンで開催される第1回TPNW締結国会議について、国連情報サービス(UNIS)のニュースレターから少し紹介する。

 会議はホスト国のオーストリア外務省核軍縮担当部長のアレクサンダー・クメント大使が議長を務める。第1回TPNW締結国会議は20年以上にわたって交渉された最初の多国間核武装解除条約で、2017年7月7日、122カ国の賛成多数で国連で採択され、2021年1月22日、条約批准国の数が50カ国に達したことを受け、発効した。

 一方、日本は被爆国だが、米国の「核の傘」の下にあり、隣国の中国と北朝鮮が核を保有している現状から、日本が核兵器禁止条約に署名することは国防上賢明ではないという判断もあって、TPNWには署名していない。会議にはオブザーバーとして参加する。

 TPNWでは核兵器を「非人道兵器」と定義し、核兵器のない世界を目標に、核兵器の開発、保有、使用を例外なく禁止した国際条約だ。核拡散防止条約(NPT)が核保有国の権利を維持する一方、非核保有国の核活動を制限する不公平な条約として批判の声があり、核軍縮が進展しない大きな要因となったきた。それに対して、2010年頃から核兵器を法的に禁止しようとする動きが出てきた。TPNW条約に署名した国は6月現在、86カ国、そのうち、62カ国が批准・加盟国だ。日本のほか、米国、ロシアなど核保有国は署名してない。

 ウィーンの第1回締約国会議では、 核廃絶への行動計画や、核実験で被害を受けた国民救済案をまとめる一方、 核軍拡加速に警鐘を鳴らす「政治声明」を策定し、核保有国に軍縮を求める予定という。

 参考までに、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は13日、慣例の年次報告書を発表し、冷戦後、続いてきた核軍縮の動向が減速し、今後10年間で核保有国の核弾頭数が増加に向かう可能性が高まった、という見通しを明らかにした。核弾頭数は今年1月段階で1万2705発で、前年1月比375発減を記録したが、ウクライナ戦争など国際情勢の緊迫化を受け、核保有国が今後、核弾頭を増加させる一方、その近代化を加速すると予測している(「イランは10番目の核保有国目指すか」2022年6月14日参考)。

 核軍縮問題では既存の核保有国と非保有国の溝は深い一方、「核なき世界」という理想と、核の抑止力を重視し、核保有に執着する世界の現実の間にも大きな隔たりがある。「今日の理想」が「明日の現実」になるためには、「今日の現実」を冷静に見つめることが大切だろう。

イランは10番目の核保有国目指すか

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は13日、慣例の年次報告書を発表し、冷戦後、続いてきた核軍縮の動向が減速し、今後10年間で核保有国の核弾頭数が増加に向かう可能性が高まった、という見通しを明らかにした。核弾頭数は今年1月段階で1万2705発で、前年1月比375発減を記録したが、ウクライナ戦争など国際情勢の緊迫化を受け、核保有国が今後、核弾頭を増加させる一方、その近代化を加速すると予測している。

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▲核保有国9カ国の核弾頭数の動向(SIPRI年次報告書から)

 冷戦終焉直後、ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の米国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器の核兵器を「もはや価値のない武器」と言い切ったが、ロシア軍がウクライナに侵攻した後、プーチン大統領はウクライナに軍事支援する北大西洋条約機構(NATO)加盟国に向かって、「必要ならば核兵器の使用を辞さない」と強調し、核兵器の先制攻撃を示唆したことから、核兵器がにわかに「使用可能な兵器」と見直されてきている。SIPRI報告書は、「核保有国で核兵器の意義が見直されてきている」と記述している。

 核兵器保有国は現在、9カ国だ。米国、ロシア、英国、フランス、中国の国連安保常任理事国の5カ国のほか、インド、パキスタン、イスラエル、そして北朝鮮だ。核弾頭の数では米ロの2大核大国が全体の90%以上(2021年1月現在1万1405発)を有している。報告書によると、核弾頭9440発は潜在的な使用のために軍隊に備蓄され、そのうち約2000発の核弾頭が“ハイレディネスモード”(高度待機態勢)下にあるという。

 9カ国の核保有国の状況はそれぞれ異なる、米国は核兵器の開発を凍結しているのではなく、未臨界核実験を繰り返し、核兵器の破壊力の向上、小型化などに取り組んでいる。ロシアにあっても事情は大きくは変わらない。世界の指導国家を目指す中国共産党政権では習近平国家主席の掛け声のもと核弾頭数の増加(現在350発)を目指している。ロイター通信によると、 中国の魏鳳和国防相は12日、シンガポールで開催中のアジア安全保障会議(シャングリラ対話)で、「中国は新たな核兵器の開発で目覚しい進展があった」と述べている。メディア報道によれば、北朝鮮では7回目の核実験が差し迫っている。同時に、米国大陸まで届く大陸間弾頭ミサイルや潜水艦発射型核ミサイルの開発に拍車をかけている。すなわち、核保有国の核レースは現在進行形だ。ただ、ウクライナ戦争は核保有国の国防意識をさらに煽り、核兵器のもつ価値が見直されてきたわけだ。

 問題は、核保有国入りを目指す国の動向だ。10番目の核保有国に最短距離にいるのはイランだ。イランの核兵器を最も恐れているのは宿敵イスラエルだが、スンニ派の盟主サウジアラビアもイラン(シーア派)の核兵器開発をただ静観していることはないはずだ。同じことが、エジプトにもいえるだろう。イランの核兵器製造はイスラエルとアラブ諸国にとって悪夢だ。

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は6日から5日間の日程で定例理事会(理事国35カ国)を開催したが、焦点はイランの核問題だった。米、英,仏はIAEAの査察要求を受け入れず、核合意に反してウラン濃縮活動を推進しているとして非難決議案を提出。イランは8日、それに反発してIAEAの監視カメラ2台の稼働を停止。非難決議が賛成多数で採択されると、イランは9日、同国内の核関連施設に設置された27台の監視カメラを撤去するとIAEA側に通告している。2015年に締結された「イラン核合意」の再建交渉は一層難しくなってきている。

 理事会開催に先駆け、IAEAは先月30日、最新の「イラン核報告書」を理事国に提出した。それによると、イランの濃縮ウラン貯蔵量はイラン核合意で定められた上限202.8キロをはるかに超え、5月15日の段階で3809・3キロと18倍以上に急増している。濃縮度20%の高濃縮ウランの量は238・4キロ、60%以上は43・1キロと推定されている。核兵器用に必要な濃縮ウランは濃縮度90%だ。問題は、「濃縮度20%を超えれば、90%までは技術的に大きな問題はない」(IAEA専門家)ことだ。イランの核開発計画は核拡散防止条約(NPT)など国際条約の違反であり、国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)への明らかな違反だ

 グロッシIAEA事務局長は理事会初日の6日、「イランは、核爆発をもたらす濃縮ウランの量を示す有意量(Significant Quantity=SQ)まで、あと数週間だ」と警告を発している。イランは核兵器開発の疑惑に対し、「核兵器を含む大量破壊兵器はイスラムの教えに反する」と強調し、核兵器製造の意思がないと繰り返し主張してきたが、イランは実際は既に核兵器の製造能力を獲得している。核兵器用の濃縮ウラン製造能力、核兵器の運送手段、ミサイル開発などを総合した核能力をイランはほぼ獲得済みだ。

 イラン核合意の再建交渉が暗礁に乗り上げ、イランが核開発計画を加速すれば、イスラエルは軍事力を駆使してもそれを阻止しようとすることは必至だ。テヘラン側がIAEA側の要求に応じ、核合意再建交渉に乗り出すか、今後数週間が正念場となる。

中国での現地調査・視察は無意味だ

 中国共産党政権は新型コロナウイルスのパンデミック前までは世界のグローバル化を巧みに利用して国民経済を成長させてきた。同時に、国内の人権・少数民族問題、テロ問題などでは独自の定義を振りかざし国際社会からの批判をかわしてきた。「人権」では普遍的な定義はなく、各国がその社会の発展状況に合った人権があること、政府の政策に反対する国民は一様に「テロリスト」と呼ばれる、といった具合だ。そんな印象を17年ぶりに訪中した国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のミシェル・バチェレ国連人権高等弁務官の6日間の歩みから改めて受けた。バチェレ氏と中国共産党政権の間には深く、どんよりとした河が流れ、両者をつなぐ橋がない、といった状況だ。

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▲訪中日程を終えた直後に会見するバチェレ国連人権高等弁務官(2022年5月28日、OHCHR公式サイトから)

 ジュネーブに本部を置くOHCHRのバチェレ高等弁務官は6日間の日程で中国を訪問し、懸案となっている新疆ウイグル自治区を現地視察し、28日、帰国前にオンラインの記者会見をした。同氏は中国の少数民族ウイグル人への弾圧政策の見直しと改善を要求した。同時に、同自治区で行方不明の国民に関連する情報を家族側に提示することなどを求めた。同氏によると、国連側と中国側は今後も同問題で会合をすることで一致したという。

 バチェレ氏は事前に、「今回の訪中は同自治区の現地調査ではなく、あくまでも視察だ」と指摘し、外電によると、同氏は2日間の日程で区都ウルムチと西部の都市カシュガルを視察したほか、「職業訓練施設」(強制収容所)を訪れたという。

 もちろん、2005年以来、17年ぶりの人権高等弁務官の訪中でウイグル人への人権問題の状況が解明され、解決されるとは誰も期待していなかったが、同氏が記者会見で明らかにした内容は余りにも乏しい。

 (国際人権グループは、「中国新疆ウイグル自治区では少なくとも100万人のウイグル人と他のイスラム教徒が再教育キャンプに収容され、固有の宗教、文化、言語を放棄させられ、強制的な同化政策を受けている」と批判してきた。中国共産党政権は、「強制収容所ではなく、職業訓練所、再教育施設だ」と説明するが、現状はウイグル民族の抹殺が進められている。ポンぺオ前米国務長官は中国の少数民族への同化政策を「ジェノサイド」と呼んでいる)

 バチェレ氏の訪中期間にウイグル自治区警察ファイルが欧米メディアで報道され、習近平国家主席の命令でウイグル人への弾圧、同化政策が実施されてきたことが記述された文書の存在が24日、明らかになった直後だ。追い風を受けた感じだが、バチェレ氏の言動からはまったくそれを感じない。中国高官との間で質疑応答がなかったのだろうか(「『新疆ウイグル区警察ファイル』の波紋」2022年5月26日参考)。

 バチェレ氏は25日、習近平主席とオンライン会議をした。中国国家テレビCCTVによると、習近平主席は、「人権という名目で内政を干渉することは許されない。人権問題を政治化すべきではない」と強く主張、「人権では教師は要らない。国の発展状況に応じてその内容は異なるからだ」と説明したという。バチェレ氏が代表とする国連の人権と習近平主席の「人権」とは大きな隔たりがあるわけだ。

 これでは人権問題で会談したとしても、解決策など出てくるわけがない。ブリンケン米国務長官は28日、「人権高等弁務官の訪中が中国側に管理され、完全で独立した人権状況の掌握には至らなかった」と指摘しているが、「人権」で異なった定義を有する者同士が語り合ったとしても、通訳なしの会話と同じだ。両者間に理解など生まれてこない。

 国連人権高等弁務官を擁護するつもりはないが、バチェレ氏の訪中が成果の乏しいものとなったのは、同氏の政治手腕の欠如とか準備不足だったからではない。OHCHRはバチェレ氏の訪中を実現するために数年の年月を費やして準備してきたのだ。それでも成果がなかったのは相手が中国共産党政権だからだ。

 例を挙げる。世界保健機関(WHO)の武漢ウイルス調査団の団長を務めたデンマーク人のぺーター・ベン・エンバレク氏は2021年8月12日、デンマーク公共テレビ局TV2の「ウイルスの謎」というドキュメンタリー番組の中で、WHOが同年2月9日の記者会見で発表した調査報告が中国側からの圧力もあって強要された内容となった経緯を明らかにして大きな波紋を投じた(「WHO調査団長エンバレク氏の証言」2021年8月22日参考)。

 中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源問題で世界は「自然発生説」と「武漢ウイルス研究所=WIV」流出説に2分されていた。中国側は前者を主張し、後者を叩き潰すためにさまざまな手を打っていた。その時、WHOは現地視察に乗り出したわけだが、WHOが選んだ使節団には親中派の英国人動物学者で米国の非営利組織(NPO)エコ・ヘルス・アライアンス会長のペーター・ダザック氏が入っていた。中国側の工作が行われていたのだ(「武漢ウイルス発生源解明は可能だ」2021年11月2日参考)。

 WHO武漢調査団もOHCHRのバチェレ高等弁務官のウイグル自治区視察も中国共産党政権の厳しい監視とコントロール下で行われた。それゆえに、問題の解明はもともと無理なのだ。国連機関の現地視察団を受け入れた、という中国側のアリバイ工作に利用されるだけだ。バチェレ氏の訪中はそのことを改めて追認させた。

ウクライナ危機が示した国連の弱点

 国連総会(加盟国193カ国)緊急特別会合で2日、ロシアのウクライナ侵攻を受け、ロシア非難決議案が賛成141、反対5、棄権35の圧倒的多数で採択された。総会決議は安保理決議とは異なり、法的拘束力はないが、世界の大多数の国がロシアのウクライナ侵攻を非難したことで、ロシアの国際社会での孤立を改めて鮮明にした。2014年のウクライナ南部クリミア半島のロシア併合を非難した総会決議では、賛成は100カ国だった。今回はそれを41上回った。

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▲ロシア非難決議案の結果(独ターゲスシャウ公式サイトから、2022年3月2日)

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▲安保理改革が急務となった国連(国連公式サイトから)

 決議は日本を含む96カ国が共同提案国となり、ロシア軍のウクライナ武力侵攻を国際条約違反とし、ウクライナからの完全撤退、東部親ロ派地域の独立承認を撤回するように要請している、バイデン米大統領は2日、ロシア非難決議案が多数の支持で可決されたことに対し、「ロシアの武力侵攻に対する世界の怒りが如何に大きいかを示した」とその意義を強調している。

 ロシア非難決議案に反対した国をみると、紛争の当事国ロシアを除けば、シリア、北朝鮮、エリトリア、ベラルーシだ。シリアのアサド政権はロシアの軍事支援を受け、内戦を乗り越えてきた経緯があって、ロシアを支援せざるを得ない事情がある。ベラルーシはプーチン大統領のロシアとの間に同盟を締結している関係だ。ベラルーシ軍がロシア軍と連携してウクライナ侵攻を展開している現実をみれば、ベラルーシはロシアと共にウクライナ侵攻の当事国だ。実際、緊急特別会合では、ベラルーシの共同責任が明確に指摘された。

 北朝鮮は今年に入り、計8回、弾道ミサイルを発射するなど、核・ミサイル開発に没頭中だ。北の最大の敵国は米国だ。その点、ロシアと似ている。アフリカ北東部のエリトリアは隣国エチオピアの内戦に関与し、2021年11月、バイデン米政権は同国に制裁を科している、といったそれぞれの事情がある。

 ちなみに、ロシア非難決議案で反対した4カ国はいずれも米国から制裁を受けている。ロシアとベラルーシは今回のウクライナ侵攻で最大級の制裁を受けている。北朝鮮は過去、核実験、ミサイル発射で何度も制裁を受けてきた。米朝の交渉では北の非核化と米国の対北制裁の解除が焦点となってきたことは周知のことだ。シリアに対しては、米国は2020年6月、シリア紛争の政治的解決を妨害した人物、アサド体制の軍事行動・航空産業・石油ガス産業を支える財・サービス・技術の獲得を促進した人物、シリア復興事業に関与することでシリア紛争から利益を得た人物に対し、新たに制裁を科した。

 外交は国益を守ることが目標だ。世界がロシアの戦争犯罪的行為を批判している時に、そのロシアを擁護することはその国にとってもマイナスだ。実際、中国やインドは棄権に回っている。

 にもかかわらず、ロシアに対し忠義を見せる国はロシアから様々な支援を受けてきた国ともいえる。北朝鮮の場合、ウラジオストック経由で軍事支援を含めさまざまな物資の支援を受けてきている。

 40年ぶりに開催された緊急特別総会で国連は一応面目を保った感はあるが、米欧らは安全保障理事会で先月25日、同じロシア非難決議案を提出したが、ロシアが拒否権を行使して否決されたばかりだ。安全保障理事会(15カ国で構成)で米英仏ロ中の常任理事国5カ国が保有する拒否権が国連の活動のブレーキとなっていることは周知の事実だ。換言すれば、ウクライナ危機では国連は何も効果的な決定を下すことができないというわけだ。

 世界第2次大戦終了直後に創設された国連は現在の世界情勢を反映していない。特に、安保理常任理事国5カ国体制は機能していない。国連の無能化の主因だ。常任理事国の拒否権を廃止しない限り、国連は紛争解決能力を持つことができない。もう少し厳密にいえば、強権大国ロシアと中国共産党が入った安全保障理事会は機能しないのだ。

 国連改革で過去、さまざまなアイデアが出た。ユニークな案としては「国連2院制」だ。上院は世界の宗教指導たちが結集して世界の平和実現のために話し合う。下院はこれまでと同じように各国の政治指導者が参加する。そして上下両院で世界の諸問題を話し合うというわけだ。

 国連改革が出来ないのならば、共通の価値観を有する国が集まって新しい国際機関を創設することも検討していいのではないか。ウクライナ危機は国連改革の必要性と共に、機能する新たな国連の創設を求めている。
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