ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

カトリック

21世紀の「聖体祭」について

 欧州のカトリック国では30日(木曜日)は「聖体祭」で祝日だった。「聖体」とは生きているイエス・キリストの体を意味し、それを崇敬する祭日だ。イエスが十字架にかかる前、弟子たちにパンを見せて、「これは私の肉だ」といい、ぶどう酒の入った杯をとって「これは私の血だ」と語り、分け与えたという話から由来している。信者はホスチアと呼ばれる小さなパンをミサの時に受けることで生きたイエスが共にあることを祝う。「聖体祭」は初期キリスト教会からあった伝統ではなく、13世紀、ベルギーの教会で始まった風習が今日まで伝わってきたものだ。

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▲ウィーン市内のカトリック教会の「聖体祭」の礼拝風景(2024年5月30日、ウィ―ン市16区で)

 聖体祭には聖職者たちが聖体顕示台を抱えて市中を歩く「聖体行列」と呼ばれる儀式がある。行列には神父や司教たちの後に信者たちが列を作って一緒に進む。聖体行列を初めて見た時、新鮮な驚きを感じた。信者たちは讃美歌などを歌いながら路上をゆっくりと歩く。聖体顕示台はモーセ時代の幕屋に似ている。

 イエスの十字架の死から3日後の復活(イースター)から始まり、キリスト昇天祭、聖霊降臨祭(ペンテコスト)そして聖体祭を迎えると、教会の春の主要行事は終わる。その意味で、聖体祭は春に終わりを告げる前の最後の儀式、風物詩といえるかもしれない。聖体祭は聖霊降臨祭(日曜日)から2週目の木曜日となっている。いずれも移動祝日だ。

 ドイツではバイエルン州やヘッセン州など6州では聖体祭は祝日だが、北部の州ではそうではない。一方、オーストリアはカトリック国なので30日は祝日だ。31日の金曜日を休むと、木、金、土、日の4連休となるため旅行に出かける国民も少なくない。ドイツ方面の高速道路は移動する人々の車で長い列が出来る。

 勤労者にとって、一日でも多く休日があるほうが嬉しい。ただ、クリスマスや復活祭は別にして、宗教に関連した祝日の意義や意味を知っている人は少ない。例えば「聖母マリアの被昇天」(8月15日)などの祭日の宗教的意味が分からない人は結構多い。

 オーストリア教会の最高指導者シェーンボルン枢機卿はウィーン市のメトロ新聞「ホイテ」に「聖体祭とは」といったテーマでコラムを掲載している。そこで聖体祭の意義、由来などを紹介していた。

 ところで、欧州のキリスト教会では聖職者の未成年者への性的虐待事件の多発、不正財政問題などで信者の教会離れが急速に進んでいる。オーストリア、そして隣国のドイツでも教会から脱会する信者は多い。ドイツ福音教会(EKD)によると、プロテスタント教会は昨年、約59万人が減少した。2023年末時点で、EKDの20の地方教会に所属している信者数は約1856万人だ。ドイツでは新旧両教会を合わせると、ここ数年間、年100万人前後の信者が教会から去っている。一方、オーストリアではあと10年もしないうちに、カトリック教会の信者は国民の50%以下になると予想されている。当方が1980年にオーストリアに初めて入国した時、国民の80%以上がカトリック信者だった(「宗教改革者ルターが怒り出す『報告書』」2024年1月28日参考)。

 21世紀の今日、生きたイエスの聖体を崇敬する「聖体祭」はいつまで教会の祭日として祝われるだろうか。12月8日の「無原罪の聖母マリア」の祝日では、カトリック国では会社、学校は休みとなるが、「人々がプレゼントを買う絶好の時季のクリスマス営業にマイナスが大きい」という理由から、12月8日の祝日に商店のオープンが可能になったいきさつがある。社会の世俗化の波は激しい。その中で教会の祝日が生き延びていくことが出来るだろうか、と考えざるを得ないのだ。

 聖体祭を含め、宗教的祭日、式典、儀式にはそれなりの意味と意義があることは間違いない。宗教的儀式には人間の本源的な願いを目覚めさせるシンボル的な意味が含まれているように感じる。アイルランド出身の作家オスカー・ワイルド(1854〜1900年)は死の直前、その式典の美しさゆえにカトリック教会に改宗している。教会の中には歴史を通じて洗練されてきた式典、儀式が多い。無形な神について、聖画などを通じて具象化されてきた。式典、儀式もその一つの表現方法だろう。パンとぶどう酒をイエスの聖体として拝領する「聖体祭」は非常に創意性がある。「堕落した世界」から「神の世界」に戻る一種の血統転換の儀式といえるだろう。

枢機卿の「生年月日」が間違っていた

 誰にも間違うことがあるし、様々な間違いがあるものだ。その一つに生年月日の間違いだ。親が子供の出生を遅く役所に届けたために、間違った生年月日となったという話はよく聞くし、英国のシンガーソングライター、ジェイク・バグのように2月28日に生まれた場合、親の多くはうるう年の29日でなくてよかったとホットする。4年に一度しか誕生日が来なければ、子供も寂しいだろう。

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▲コンクラーベが開かれたシスティーナ礼拝堂(2013年3月12日、オーストリア国営放送の中継から撮影)

 ところで、ここで紹介する話はローマ・カトリック教会のケニア教会のジョン・ニュエ枢機卿の生年月日が間違っていたために、同枢機卿は1年若かったことが分かったという話だ。その結果、80歳未満の枢機卿に与えられているローマ教皇の選出会(コンクラーベ)に2026年初めまで選挙権があることになったのだ。

 教皇の選出会に参加できる枢機卿は80歳未満となっている。80歳を超えると投票権を失う。修正前のバチカン人事録によると、ニュエ枢機卿は1944年12月31日となっていたが、ナイロビの元大司教のニュエ枢機卿は実際は、1946年1月1日生まれであることが判明。その結果、同枢機卿は現在79歳ではなく、78歳となる。したがって、同枢機卿は2026年初めまでコンクラーベに参加できる資格があるという話だ。ニュエ枢機卿は2007年から21年までナイロビの大司教であり、2007年以来、枢機卿団の一員だ。

 バチカン関連問題に関心がない読者は、「それでどうしたのか」ということになるかもしれないが、フランシスコ教皇が亡くなった場合、コンクラーベが開催され、新しい教皇が選出されるが、その選出会に参加できるのは枢機卿だけだ。それも80歳未満という年齢制限がある。フランシスコ教皇が今年か来年に亡くなった場合、まだ80歳未満のニュエ枢機卿はシスティーナ礼拝堂で行われる新しい教皇の選出に出席できるわけだ。

 参考までに、過去にはニュエ枢機卿とは逆のケースもあった。ポーランド教会のヘンリク・グルビノヴィッチ枢機卿のケースだ。枢機卿の両親が息子の兵役を逃れるために年齢を若くして登録していたことが発覚したのだ。その結果、同枢機卿の誕生日は1928年から1923年に修正された。

 世界に約14億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会には現在、237人の枢機卿がいる。前教皇庁教理省長官のルイス・フランシスコ・ラダリア・フェレール枢機卿が今年4月19日に80歳になった後、教皇選挙に参加できる権利を持つ枢機卿の数は127人に減少した。そのうち、現教皇フランシスコによって枢機卿となった数は92人、ベネディクト16世時代に任命された枢機卿は27人、そしてヨハネ・パウロ2世時代に選ばれた枢機卿は8人だ。

 枢機卿の国別を見ると、イタリア人枢機卿が昔はコンクラーベを独占してきたが、現在は14人で全体の約10%だ。それに次いで米国が11人、スペイン7人、ブラジルとフランスが各6人、インド5人、ポーランドとポルトガルが各4人、ドイツとアルゼンチンが各3人、イギリス、スイス、メキシコ、タンザニア、フィリピンが各2人となっている。ちなみに、大陸別にみると、ヨーロッパ人が51人、南米20人、北米15人、アジア21人、アフリカ17人、オセアニア3人だ。聖職者の未成年者への性的虐待の多発で信者離れが進む欧州教会が依然、枢機卿の最大グループを形成している。

 ちなみに、フランシスコ教皇は現在87歳だ。変形性膝関節症に悩まされている。膝の関節の軟骨の質が低下し、少しずつ擦り減り、歩行時に膝の痛みがある。最近は一般謁見でも車いすで対応してきた。教皇は2021年7月4日、結腸の憩室狭窄の手術を受けた。故ヨハネ・パウロ2世ほどではないが、南米出身のフランシスコ教皇も体力的には満身創痍といった状況だ。いつ次期教皇の選出会が開催されたとしても不思議ではない。

 以上、オーストリア国営放送(ORF)の25日付宗教欄で掲載された記事を参考にまとめた。

「生きる権利」と「女性の自己決定権」

 欧米諸国で中絶の是非論が活発化してきた。中絶論争に火を付けたのはフランスだ。国際女性デーの3月8日、フランスは女性が自由意志に基づいて人工妊娠中絶を決める権利があることを憲法の中に明記することになった。女性の中絶の権利を憲法の中に記述するのは世界で初めてのことだ。

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▲当方宅のベランダで花咲かすぺラルゴ二ウム(2024年4月13日、ウィーンで撮影)

 マクロン大統領はイスラム教の教祖ムハンマドを「冒涜する権利」があると豪語し、世界のイスラム教国からブーイングが飛び出したことはまだ記憶に新しい。そのマクロン大統領が今度は「女性には中絶する権利がある」と主張しているわけだ。同大統領は女性の中絶の権利を欧州連合(EU)の憲法に当たる「基本権憲章」に明記することを目指している。同大統領は2022年1月、フランスEU理事会議長就任の冒頭で、中絶へのアクセスを憲章に明記する意向を発表して話題を呼んだ。

 ちなみに、EU議会は8日、女性の中絶の権利を欧州基本権憲章に明記することに賛成の立場を表明した。具体的には、女性の中絶の権利を明記した決議案に対して、賛成336人、反対163人、棄権39人だった。同決議案では、欧州議会はEU加盟国に対し、身体的自己決定の権利と、安全で合法な中絶を含む性と生殖に関する健康への自由、十分な情報に基づいた完全かつ普遍的なアクセス等を基本的権利憲章に盛り込むよう求めている。

 この提案は、社会民主党、自由党、緑の党、左翼の議員のほか、欧州人民党(EPP)の保守系キリスト教民主派に所属するスウェーデン国会議員の一部によって提案された。キリスト教民主党EPPの議員43人は中絶に対する基本的権利に賛成票を投じた。70人が反対、11人が棄権した。

 一方、ローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁は欧州基本権憲章に中絶の権利を盛り込むべきというEU議会の決定を「イデオロギー的」で「後ろ向きな決定だ」と批判している。

 教皇庁生命アカデミー会長のヴィンチェンツォ・パリア大司教 (Vincenzo Paglia)は「文化的、社会的観点から見ると、この決定が胎児の権利を考慮していないことは非常に憂慮すべきことだ。胎児はより弱く、話すことができず、何も要求することができない。胎児と女性の両方の当事者の中で、一方の当事者のみに権利を要求するのは間違った決定だ。中絶の権利は女性に必要な支援を損なうことにもなる。欧州議会の決定は女性の権利の前進ではなく後退を意味する」と述べている。

 中絶問題における重要な問題は「生命の定義」だ。何の権利によって命を除外したり、排除したりできるかという点だ。生まれてくる人の権利を完全に無視して、他の人の権利を優先することは、明らかに文化の後退であるという主張はキリスト教関係者に多く聞かれる。

 教皇庁生命アカデミーのバーリア大司教は「私たちは生まれてくる命に対する共同責任を再発見しなければならない。マザー・テレサは妊婦たちに『子供たちを産んでください、私が面倒を見ます』と言っていた。非常に多くの女性が、おそらく経済的、心理的、あるいは別の種類の問題を抱え、孤独で誰にも助けが得られないために中絶をしている。『私』を美化し続ける文化ではなく、『私たち』の文化を目指さなければならない。この『私たち』は人間性、連帯、友愛の本質であり、したがって正義でもある」と述べている。傾聴に値する見解だ。

 ドイツでは12週間以内の中絶は違法であるが罰せられない。「生きる権利」と「女性の自己決定権」の賢明なバランスといわれている。ちなみに、米西部アリゾナ州最高裁は今月9日、1864年に制定された人工妊娠中絶を禁止する法の施行を認める判断を下している。同法では、母体の健康に危険がある場合以外は中絶が禁止されている。

 なお、欧州諸国の大半で中絶は合法化されているが、一部のEU加盟国は中絶を制限している。カトリック教徒が多い東欧ポーランドでは、強姦などによる妊娠や母体の健康に危険が及ぶ場合などを除き中絶を法律で禁止してきた。ポーランドの憲法裁判所は2020年10月22日、胎児に障害があった場合の人工妊娠中絶を違憲とする判決を下した。同決定に反対する女性や人権擁護グループが抗議デモを行った。

 ポーランドで昨年10月総選挙が実施され、同年12月、保守政党「法と正義」(PiS)からリベラルな市民連合のドナルド・トゥスク氏を主導する新政権が発足した。新政権は選挙公約で現行の中絶厳禁法の改正を表明してきた(リベラルな「市民連立」、中道右派「第3の道」、「新左派」の3政党から構成されたトゥスク政権内で中絶法改正問題でまだコンセンサスがない)。同国ではローマ・カトリック教会の影響が強く、中絶問題でも厳しい制限を施行してきたが、教会への影響が近年減少し、聖職者の性犯罪問題の影響もあって教会の権威は失墜している。

教皇、復活祭で「戦争の即停止」訴える

 世界に13億人を超える信者を有する世界最大のキリスト教派、ローマ・カトリック教会は31日、ローマ教皇フランシスコの主礼のもと復活祭(イースター)を祝った。復活祭は十字架上で殺害されたイエスが3日後に生き返り、弟子たちの前に現れたことを祝う日だ。キリスト教はイエスの誕生を祝う「クリスマス」から始まったのではなく、「復活したイエス」から始まった。

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▲フランシスコ教皇、ローマと世界に向かって「ウルビ・エト・オルビ」の祝福を発信(2024年3月31日、バチカンニュースから)

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▲野原を走るうさぎ=復活祭のシンボル(2024年3月30日、イタリア北部で撮影)

 87歳の高齢のフランシスコ教皇は30日夜、復活徹夜祭をバチカン大聖堂内で行った後、31日午前には聖ペテロ広場で記念ミサを行い、同日正午に大聖堂の中央バルコニーから復活祭のメッセージを発信した。

 復活祭当日のローマは生憎の曇り空で風が強い日だった。聖ペテロ広場には世界各地からおよそ5万人の巡礼者が詰めかけ、教皇のメッセージに耳を傾けた。

 教皇はイエスの復活の勝利によって人類が神の下に帰る道が開かれたと強調。その後、ウクライナ戦争とイスラエルとパレスチナのガザでの戦闘に言及し、「如何なる戦争も解決をもたらさない。戦争は敗北を意味する。心を開き、対話し、和解することでしか問題は解決できない」と述べた。その上で、戦闘の即停止、人質の解放とガザ区への人道支援の履行を訴えた。ウクライナ戦争では「国家の主権を尊重すべきだ」と述べ、ロシア側のウクライナ侵攻を間接的に批判し、「ロシアとウクライナは戦争囚人の交換を実施すべきだ」と語った。

 スーダンの民族間の和平など世界各地の紛争地にも言及し、復活されたイエスがもたらす希望を全ての人々と分かち合うように求めた。また、紛争や、暴力、テロリズム、社会・経済的危機、社会的分裂や緊張のあるところに、平和と和解、安定がもたらされるよう、復活したキリストの光と希望をアピールした。その後、教皇はローマと世界に向けた祝福「ウルビ・エト・オルビ」を発信し、復活祭の全イベントを終えた。

 2024年の復活祭で気になった点は、「聖金曜日」のイベント、ローマの円形闘技場遺跡コロッセオでの復活祭の行事にフランシスコ教皇が健康を理由に欠席したことだ。バチカン側は、「復活徹夜祭や復活祭のミサなどを控え、教皇の体調を整えるために聖金曜日の行事を欠席してもらった」と説明した。ただし、教皇の健康状況については「特別問題はない」と指摘、健康の悪化説を一蹴した。

 ちなみに、フランシスコ教皇は変形性膝関節症に悩まされている。膝の関節の軟骨の質が低下し、少しずつ擦り減り、歩行時に膝の痛みがある。最近は一般謁見でも車いすで対応してきた。教皇は2021年7月4日、結腸の憩室狭窄の手術を受けた。故ヨハネ・パウロ2世ほどではないが、南米出身のフランシスコ教皇も体力的には満身創痍といった状況だ。

 当方は、コロッセオでの聖金曜日の行事(イエスが十字架上で殺害された日)に教皇が欠席した本当の理由はイスラム過激派テログループの襲撃の情報が入っていたからではないか、と推測している。コロッセオ闘技場遺跡周辺の安全確保は容易ではなく、テロリストの襲撃を完全に防ぐことが難しい、という治安関係者からの警告があったからではないか。

 ロシアの首都モスクワ北西部郊外で3月22日、開催予定のロシアのロックバンドのコンサート会場「クロッカス・シティー・ホール」にイスラム過激派テロリストが襲撃、集まっていたファンたちを銃撃し、火炎瓶を投げ会場に火をつけ、少なくとも143人が死亡したテロ事件が起きたばかりだ。犯行直後、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)がSNS上で犯行を表明した。イタリア当局は3月25日、ローマを含む国内のテロ警戒レベルを引き上げている。

 ところで、復活とは、元の状況に戻ることを意味する。人間の場合、「死」の状況から「生」の世界に戻ることを意味するとすれば、大多数の人はやはり「復活」を願う。人は誰でも幸せになることを願うからだ。人生で挫折した時、人は挫折する前の状況を取り戻そうと苦悩するし、愛する人を失った場合、その人との幸せだった日々を思い出そうとする。「復活イエス」は、死を超克した勝利者として敬慕され、その教えを信じる人々が出てきたわけだ。

 イエス自身、「死」について2通りの解釈をしている。「生きているの名ばかりで、実は死んでいるのだ」(新約聖書「ヨハネの黙示録」第3章)とか、「たとえ死んでも生きる」(「ヨハネによる福音書」)と主張している。神の懐の中に生きる者はたとえ肉体的に寿命が尽きたとしても、神と共に永遠に生きる、という意味が含まれているのだろう(「エッケ・ホモ」(この人を見よ)2023年4月8日参考)。

バチカン「白旗を掲げる」で新解釈を

 ローマ・カトリック教会最高指導者フランシスコ教皇はウクライナに対し、「白旗」を掲げてロシアと戦争の終結を交渉する勇気を持つよう呼び掛けた。フランシスコ教皇がスイス公共放送局RSIとのインタビューで発言した。同インタビューは文化番組の一環としは今月20日に放送される予定だ。教皇の発言の一部が9日、公表された。

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▲フランシスコ教皇と会談するゼレンスキー大統領(2023年5月13日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 ウクライナ戦争では、「ウクライナはロシア軍を撃退できないので諦めるべきだ」と主張する人々と、「勝利するまで戦うべきだ」と檄を飛ばす声で議論が分かれているが、フランシスコ教皇はどちらの意見を支持するかという質問に対し、「状況を見つめ、国民のことを考え、白旗の勇気を持って交渉する人が最も強いと思う」と述べ、「国際社会の協力を得て交渉が行われるべきだ」と付け加えた。

 同教皇は、「交渉という言葉は勇気のある言葉です。自分が敗北し、物事がうまくいっていないと分かった時は、交渉する勇気を持たなければならない。事態がさら​​に悪化する前に、恥ずかしがらずに交渉してください」と語っている。

 フランシスコ教皇は2月中旬に行われたインタビューの中で、ウクライナやロシアといった国名を呼んではいないが、発言の流れから「白旗を掲げる」ように求めている国は明らかにウクライナに対してだ。だから、ドイツ通信(DPA)はリード文の中で「ロシアを喜ばし、ウクライナを怒らす内容だ」と報じているほどだ。

 フランシスコ教皇の発言について、ウクライナのゼレンスキー大統領はどのように答えるだろうか。これまで教皇の発言に対するウクライナ側の反応は報じられていないので断言できないが、プーチン大統領との如何なる交渉も応じないと主張してきたゼレンスキー大統領がフランシスコ教皇の発言をプーチン大統領を擁護するもの、と受け取ったとしても不思議ではない。

 「白旗を掲げる」とは戦場では降伏を意味する。ボクシングで自分側の選手が相手に連打され、もはや反撃は難しいと判断したトレーナーがリングにタオルを投げて試合をストップさせるのと同じ意味だろう。ウクライナ側が白旗を掲げれば、ロシア軍がこれまで不法に占領してきた領土を奪い返すチャンスを失うと共に、ロシア側の更なる要求に譲歩を強いられることになる。ロシア軍のウクライナ侵攻を自由民主国家と独裁専制国家との対立と受け取っているゼレンスキー大統領にとって、ロシア軍の不法な軍事活動に褒章を与えるような「白旗」を掲げることは甘受できないはずだ。

 ちなみに、フランシスコ教皇の「白旗を掲げる」という表現がウクライナ側に誤解されることを恐れたのか、バチカン教皇庁側は「戦闘を停止し、交渉することを意味する」とわざわざ説明している。もし、そのような意味ならば、「白旗を掲げる」という表現は使わない。

 それでは、フランシスコ教皇の発言は間違っているのだろうか。ロシア軍の激しい攻勢を受け、国民に更なる犠牲が出てくる状況が生じれれば、ゼレンスキー大統領といえども戦い続けることは苦しくなる。そのような状況が生まれてこないために、ゼレンスキー氏は欧米諸国に武器の供与を何度も要請しているわけだ。ただ、この最悪のシナリオは完全には排除できないのが戦争だ。祖国防衛の意気に燃え、戦ってきたウクライナ軍も武器と兵力不足でロシア軍の攻勢に苦しんでいる。その一方、ウクライナを支援してきた欧米同盟国の中で結束が緩んできている。戦いが長期化し、消耗戦となればなるほどウクライナ側は苦しい。

 ゼレンスキー大統領は2023年5月13日、フランシスコ教皇と一度、対面会談している。ウクライナ戦争の和平ではゼレンスキー氏と教皇は決して同一の立場ではない。ウクライナ戦争の和平調停について語る時、教皇がロシアを戦争の加害国であるとは明確には非難してこなかったために、ゼレンスキー氏は強い不満を持っている。

 ゼレンスキー大統領はフランシスコ教皇との会談後、テレビとのインタビューの中で、「ウクライナには調停者は必要ない」と明言、教皇の調停の申し出を断る趣旨の発言をした(「ゼレンスキー氏『教皇の調停不必要』」2023年5月15日参考)。

 戦争は「負けるが勝ち」というわけにはいかない。敗北すればそれなりの代償を要求される。祖国防衛のために檄を飛ばしてきたゼレンスキー氏にとって、戦争犯罪を繰り返し、多くの国民を殺害してきたプーチン大統領と停戦の交渉に臨むことは悪に屈服することを意味する。

 ウクライナ戦争の場合、相手国の主権を蹂躙して侵攻してきたロシア側は国際法からみても被告の立場だ。プーチン氏が独自のナラテイブ(物語)を振り回したとしてもロシア側には正義はない。にもかかわらず、ウクライナ側が白旗を掲げてロシアと停戦交渉に応じるということは「正義が悪に敗北する」ことを意味することにもなる。一方、ウクライナ側が正義を死守し、悪に勝利するまで戦い続けるならば、ウクライナ側にも多大な犠牲が出てくるだろう。戦闘で敗北を絶対に甘受しないプーチン大統領は状況が危機となれば大量破壊兵器の使用も辞さないかもしれない。そうなればこれまで以上の大惨事が予想される。

 ここまで考えてくると、「善」と「悪」の世界に生きる宗教指導者のフランシスコ教皇にとっても国際法上からみても正義の立場にあるウクライナに白旗を掲げて、というのは心苦しいことだろう。しかし、現段階でそれ以外のカードがない場合、白旗を掲げ、可能な限りの有利な交渉をするために欧米大国の支持を受けてロシアと交渉テーブルに着くべきだ、というフランシスコ教皇の論理はある意味で理にかなっている。

 誰でも勝利を願い、敗北を嫌う。国家同士の戦いでも同じだ。ただ、完全な勝利が期待できない状況ではやはり妥協と譲歩の原理に基づいた交渉に応じる以外にない。プーチン大統領は世界に多大な損害を与えてきた。ロシア民族に対しても、自身に対してもだ。ウクライナ戦争でプーチン大統領の国家指導者としての評価は地に落ちた。もはや回復できない。ロシアではポスト・プーチンが始まるだろう。

 一方、ゼレンスキー大統領は正義、公正を前面に出さず、停戦と和平の実現に乗り出すべきだ。正義と公平の立場にある者が犯しやすい過ちは、自身が悪をやっつけるという傲慢さとそれで生じる勇み足だ。3年目に入ったウクライナ戦争はウクライナ側につらい決定を強いてきている。「白旗を掲げる」には勇気はいらない。歴史的大局に基づいた冷静な判断だ。

宗教改革者ルターが怒り出す「報告書」

 ドイツの宗教図はローマ・カトリック教会(旧教)とプロテスタント教会(新教)の2大キリスト教会でほぼ2分される。信者数は旧教が少し上回っているが、ほぼ均衡だ。それだけではない。どうやら聖職者の未成年者への虐待事件件数でも両キリスト教会は変わらないことがこのほど明らかになった。“神の宮”と呼ばれる教会の性犯罪問題は旧教だけの問題ではなく、新教も同じように抱えているのだ。ちなみに、ドイツ福音主義教会(EKD)はルター派、改革派、合同派の20の福音主義の加盟州教会の共同体で、ドイツ人口の約25・6%、約2114万人の信者を有する。

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▲ドイツ民族に大きな影響を与えた宗教改革者マルティン・ルター

 「ドイツのプロテスタント教会全体でどれくらいの性的虐待が起きてきたか」という疑問に答えるため、EKDの要請を受けて専門家たちの研究フォーラムが3年の年月をかけて初めて調査した。その結果が25日、メディアに公表された。EKDや20の地方教会の責任者の多くが認めようとしているよりもはるかに広範囲に性犯罪が起きてきたことが明らかになった。具体的には、6380件以上の懲戒、人事関連のファイル、被害記録や被害者へのインタビューを通じて、1946年以来、福音主義教会とディアコニー(福祉事業団)で1259人の聖職者が性犯罪を犯し、2225人の犠牲者が見つかったという。

 上記の調査研究結果は、ハノーバー応用科学大学のマルティン・ヴァツラヴィク氏(Martin Wazlawik )の指導の下、8つの大学、単科大学、研究機関で構成される独立研究ネットワークが過去3年間にわたって調査し、作成したものだ。研究の目的は、「福音主義教会における性的暴力の制度的要因を『特定可能』かつ『変容可能』にすることにある」(EKDのキルステン・フェールス評議会議長)という。言葉による嫌がらせから強姦に至るまで、あらゆる形態の性暴力について20の地方教会と17の関連団体で調査された。

 研究責任者のヴァツラヴィク氏は、ハノーバーでの研究結果発表の中で、「これは氷山の一角に過ぎない」と強調している。その理由は、この研究が4282の懲戒ファイルと780の人事ファイル、および1318の他の文書の検討に制限されているからだ(カトリック教会の類似の研究では2018年に総計3万8156の人事ファイルが検討され、1670人の被告と3677人の被害者が特定された)。

 研究者たちは、州教会がデータの提供が遅く、不十分な品質が多いと批判している。教会側が全ての資料、情報を公開したならば、被害者数、被告数も大幅に増加するという。法医学の精神科医であり、プロジェクトの責任者の1人、ハラルト・ドレッシング氏は被告の数を3497人、被害者の数を1946年以来、9355人以上と推定している。EKDはこれまで被害者数を約900人と推定してきた。

 もう一つの驚くべき結果は、EKDの被害者は犯行に遭った時、平均11歳だったということだ。これまで主要な被害者グループは若い成人と考えられてきた。旧教の聖職者の性犯罪と同様、新教の場合も被害者は未成年者が多数を占めているということだ。

 聖職者の性犯罪問題に対してEKDはこれまで消極的であった。EKDが性暴力に対する11項目の行動計画を決定したのは2018年に入ってからだ。2023年末、EKDは連邦政府の虐待委員と共同宣言に署名した。これにより、今後の虐待行為の処理に関する基準が設定された。それまで教会内の聖職者の性犯罪は旧教と同様、隠蔽されてきた。2021年からEKD評議会議長だったアネッテ・クーアシュス氏は2023年11月20日、1人の聖職者の性犯罪を隠蔽していたという疑いを受け、辞任に追い込まれている。

 ドイツ教会といえば、宗教改革者のマルティン・ルター(1483〜1546年)の名前を思い出す人が多いだろう。ルターは教会の改革案「95カ条の議題」を提示し、当時教会が抱えてきた問題点に質問状を突きつけ、欧州全土に大きな影響を与えたことはよく知られている。聖アウグスチノ修道院の神父だったルターは42歳の時、修道女のカトリーナ・フォン・ボラさん(当時25歳)と結婚した。ルターは人間は善行によって義となるのではなく、信仰で義とされると主張(信仰義認)、教会や修道院生活ではなく、信仰を土台とした生活の重要性を指摘、修道士、修道女には修道院から出て結婚するようにと説得。同時に、多くの修道女の結婚を斡旋したが、最後まで相手が見つからなかった修道女カトリーナさんと結婚したという。

 そのルターから派生したプロテスタント教会で聖職者による未成年者への性犯罪がローマ・カトリック教会と同様、広がっているのだ。ルターは教会の現状を見たならばどのように感じるだろうか。「自分が願ってきた教会ではない」と怒り出すかもしれない(「宗教改革者ルターと『終末』」2014年8月9日参考)。

ポスト・フランシスコは既に始まった

 2022年12月31日、ローマ・カトリック教会の名誉教皇ベネディクト16世が95歳で死去した。世界のカトリック教会はサンピエトロ広場で挙行されたベネディクト16世の葬儀式典(1月5日)で新年2023年をスタートした。そして2024年はローマ教皇フランシスコが開始した世界的シナドス(世界代表司教会議)のフィナーレを迎える年だ。教皇は21世紀の最初の四半世紀の節目、2025年に「聖年」開催を布告し、聖年の前年、2024年を大きな「祈りのシンフォニー」として、神の愛の多くの恵みに感謝し、その創造の業を賛美する年にしたいと述べてきた。

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▲一般謁見で演説するフランシスコ教皇(2024年01月03日、バチカンニュースから)

 ちなみに、教皇は25年の聖年が「人々が切望する新たな再生のしるしとして、希望と信頼の環境を再び醸成すること」を希望し、その実現のためには「人々が普遍的な兄弟愛の精神を取り戻すことが必要」と指摘している。

 それに先立ち、今年10月にはシノダリティ(教会の在り方)に関する世界シノドス総会の第2回会合がバチカンで開催される。信徒だけでなく司教も含めた世界中からのシノドス会員が再び参加し、最終文書について討議を重ね、採択する予定だ。

 フランシスコ教皇は2019年に教会刷新のための「シノドスの道」を提唱し、各教会で積極的に協議してきた。各国の教会の意向を重視し、平信徒の意向を最大限に尊重、LGBTQ(性的少数派)を擁護し、同性愛者を受け入れ、女性信者を教会運営の指導部に参画させ、聖職者の独身制の見直しや既婚者の聖職者の道を開く、等々の改革案が話し合われてきた。例えば、バチカン教皇庁のフェルナンデス教理省長官は昨年12月18日、「同性カップルもカトリック教会で祝福を受けることができる」と表明したばかりだ

 ただし、バチカンの2024年の日程は高齢87歳のフランシスコ教皇の健康状況に大きく左右されることが予想される。フランシスコ教皇は昨年8月31日から9月4日までの日程でモンゴルを司牧訪問した。ローマ教皇がユーラシア大陸に位置する内陸国モンゴルを訪問するのは初めてだった。2024年は南米訪問が囁かれているが、現在の教皇の健康状況で遠出の訪問はやはりきつい。訪問計画が土壇場でキャンセルされる事態も十分に予想される。フランシスコ教皇は変形性膝関節症に悩まされている。膝の関節の軟骨の質が低下し、少しずつ擦り減り、歩行時に膝の痛みがある。最近は一般謁見でも車いすで対応してきた。

 教皇は3月13日に教皇在位12年目を迎える。フランシスコ教皇はベルギーへの旅行を発表したが、日程はまだ決まっていない。計画されているポリネシア訪問、教皇の故郷アルゼンチンへの訪問が実現するかどうかはまだ不明だ。南米旅行については、9月にエクアドルのキトで開催される世界聖体会議への参加に関連しているのではないかとの憶測が流れている。また、フランスのマクロン大統領はフランシスコ教皇をパリに招待したいと考えている。2019年の大火災で焼失した世界的に有名な礼拝堂、ノートルダム大聖堂は12月8日に礼拝を再開する予定だ。同時に、パリでは夏季五輪大会(7月26日開幕)が控えていることもあって、フランシスコ教皇を迎えて2024年を盛り上げたい意向が強いという。

 87歳と言えば、普通でも高齢者に入るが、世界13億人以上の信者の最高指導者の立場のローマ教皇には大きな責任と負担がのしかかっている。だから、フランシスコ教皇の後継者問題は2024年に入り、これまで以上に現実的な課題となることは避けられないだろう。

 参考までに、教皇選出権を持つ80歳未満の枢機卿は現在、137人だ。そのうち、フランシスコ教皇が任命した枢機卿は102人であり、残りの35人はベネディクト16世(在任2005〜2013年)、ないしはヨハネ・パウロ2世(同1978〜2005年)によって任命された枢機卿だ。コンクラーベでの選挙で当選するには選挙権を有する枢機卿の3分の2の支持が必要だ。2005年のコンクラーベではべネディクト16世は4回目の投票で、フランシスコ教皇の場合は2013年、5回目の投票でそれぞれ当選している。

 聖職者の未成年者への性的虐待問題、不正財政問題などに直面するローマ・カトリック教会は信者たちの信頼を失い、教会から脱会する信者が増えている。教会の頂点にたつフランシスコ教皇は教会の刷新に乗り出しているが、87歳の教皇にはもはや多くの時間は残されていない。バチカンでは保守派と改革派の間で既にポスト・フランシスコへの主導権争いが始まっている(「宗教は『世俗化』に打ち勝てるか」2023年5月1日参考)。

麻生さん「信教の自由」で首相に助言を

 2023年の宗教界で特筆すべき出来事は岸田政権が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に解散命令を請求したことだろう。宗教法人法上の解散命令の要件となっている「法令違反」は本来、刑罰法違反に限られ、民法上の不法行為は含まれないが、岸田首相は世論の圧力に屈して、その法解釈を修正し、強引に統一教会の解散命令を請求した経緯がある。

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▲2020年のバチカンのクリスマス風景(バチカンニュースから)

 ところで、「日本のローマ・カトリック教会も解散命令の請求を受ける要件を満たしている」という声が聞こえるのだ。日本のカトリック教会を含め、世界のローマ・カトリック教会は聖職者の未成年者への性的虐待が多発し、教会への信頼が急落、特に、欧米教会では教会脱会者が増えている。そして聖職者の性犯罪は刑法犯罪だ。その件数も1件、2件ではなく、数千、数万件だ。平信者の高額献金を理由に憲法で保障された「信教の自由」を無視して旧統一教会の解散命令を請求したが、岸田政権は日本のカトリック教会に対しても解散命令を請求できるのだ。なぜなら、聖職者の未成年者への性的虐待は信者の献金問題と比較するまでもなく重犯罪に属し、刑法の対象に該当するからだ。

 もちろん、欧米教会で聖職者の未成年者への性的虐待が多発しているとしても、日本のカトリック教会で聖職者の性犯罪が発生していないならば、日本教会の解散命令といった事態は考えられない。しかし、残念ながら、日本のカトリック教会でも欧米教会と同様に聖職者の性犯罪は起きているのだ。

 最近では、河北新報が12月20日、「宮城県内のカトリック教会の男性司祭から性的暴行を受けたとして、仙台市青葉区の看護師の女性(70)がカトリック仙台司教区などに計5100万円の損害賠償を求めた訴訟は20日、仙台地裁で和解した。和解条項によると、司教区側は女性に謝罪し、解決金330万円を支払う」と伝えている。

 同紙によると、「女性は1977年、気仙沼カトリック教会の男性司祭から性的暴行を受け、2016年に教会側の窓口に被害を申告。司教区側の第三者委員会が同10月にまとめた報告書は『(性的被害が)存在した可能性が高い』と結論付けたが、司祭の責任は問わなかった。司教区側の代理人弁護士は取材に『被害があった可能性が高いと判断した第三者委の調査結果を受け止め、謝罪する』と述べた」というのだ。

 また、フランシスコ教皇の訪日(2019年11月)前、月刊誌文藝春秋でルポ・ライターの広野真嗣氏は「“バチカンの悪夢”が日本でもあった! カトリック神父<小児性的虐待>を実名告発する」という記事を掲載している。児童養護施設「東京サレジオ学園」でトマス・マンハルド神父から繰り返し性的虐待を受けた被害者が語った内容は非常に生々しい(「法王訪日前に聖職者の性犯罪公表を」2018年12月28日参考)。

 上記の2例は、約45万人の信者しかいない日本のカトリック教会だが、聖職者による未成年者への性的虐待が過去、発生していたこと、その性犯罪がこれまで教会側によって隠蔽されてきたことを明らかにしている。

 日本のカトリック教会司教協議会は2019年、フランシスコ教皇の強い要請を受けて、日本における「聖職者による性虐待の実態調査」を実施し、その結果を翌年3月に公表した。それによると、「2020年2月末日の時点で、全16教区ならびに全40の男子修道会・宣教会、55の女子修道会・宣教会から回答を得た。その結果、聖職者より性虐待を受けたとされる訴えは、16件報告された」という。ちなみに、加害者側の聖職者の所属について、教区司祭(日本人)が7件、修道会・宣教会司祭(外国籍7件・日本人1件)が8件、1件が不明(外国籍)という。

 ただし、同調査報告は「性犯罪は、暗数の多い犯罪でもある。とくに教会という密接なかかわりをもつ共同体の中での性犯罪は、被害者が声を上げることがより難しい。公的機関での公表件数然り、今回の調査においての該当件数も、言葉にできた勇気ある被害者の数であり、氷山の一角にすぎない。今もなお声を上げられない人がいる可能性は大きく、性虐待・性暴力全体の被害者の実数は把握しきれない」と述べて、被害件数の実数は16件よりはるかに多いことを示唆している。調査期間を広げれば、被害件数は少なくとも3桁台になると推測されているほどだ。

 聖職者による未成年者への性的虐待が多発する背景について、欧米ではカトリック教会の機関的欠陥(例・独身制の義務)を指摘する宗教学者もいる。いずれにしても、岸田首相にとって日本のカトリック教会に解散命令の請求を出す要件は十分満ちているのだ(「日本教会にもあった聖職者の『性犯罪』」2019年2月16日参考)。

 岸田首相が「旧統一教会とカトリック教会を同一視することはできない」と説明するならば、「法の下に全ては平等」という基本原則を無視することになる。ましてや、憲法でも明記された「信教の自由」の原則からみても、岸田首相の対旧統一教会政策は正当性に欠けているといわざるを得ないのだ。

 幸運なことは、岸田首相の周囲には麻生太郎副総理がいる。彼はカトリック教会の信者だ。岸田首相は麻生氏に「カトリック教会の解散」の是非について相談できる。麻生氏は日ごろ、「礼拝に参加するより、ホテルのカウンターに座ってグラスを傾けるほうが好きだ」と、ダメ信者ブリを披露してきたが、岸田首相の暴走に対し、「信教の自由」の重要性について助言できる立場だ。

 岸田首相がカトリック教会に解散命令の請求を出さなければ、旧統一教会に解散命令の請求を出したのは、法的な根拠はなく、反旧統一教会のメディアと世論の圧力に強いられた結果だと首相自身が認めることになる。岸田首相は論理的には既に破綻している。

バチカン刑務所は3つの独房しかない

 バチカン裁判所のジョゼッベ・ビ二ャトーネ判事は16日、2013〜14年にかけ不動産投資などに絡み横領の罪に問われた枢機卿アンジェロ・ベッチウ被告(75)に対し、禁錮5年6カ月と無期限の公職追放、罰金8000ユーロを言い渡した。ファビオ・ヴィリオーネ弁護士によると、被告は無罪を主張し、上訴する方針だ。

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▲「最後の審判」ミケランジェロ

 べッチウ被告の容疑は、英ロンドンの高級繁華街スローン・アベニューの高級不動産購入問題での横領だ。同枢機卿自身はこれまでも何度か「不正はしていない」と容疑を否認してきたが、同枢機卿の下で働いてきた5人の職員は既に辞職に追い込まれ、金融情報局のレーネ・ブルハルト局長(当時)も辞任した。バチカンが事件の発覚からバチカン警察の捜査、関係者の処分と素早く対応したのは、それだけ問題が深刻だという認識があったからだ。ベッチウ枢機卿は2011年から7年間、バチカンの国務省総務局長を務めていた。問題の不動産の購入は、この総務局長時代に行われたものだ(「バチカン、信者献金を不動産投資に」2019年12月1日参考)。

 フランシスコ教皇は2019年11月26日、バチカン国務省と金融情報局(AIF)の責任者が貧者のために世界から集められた献金(通称「聖ペテロ司教座への献金」)がロンドンの高級住宅地域チェルシ―で不動産購入への投資に利用されたことを認め、「バチカン内部の告発で明らかになった」と述べている。2億ドルが不動産の投資に利用されていたのだ。ちなみに、裁判は2年半、これまで80回の公判が開かれた。

 べッチウ枢機卿の場合、そのほか、公金を勝手にイタリア司教会議に送金したり、自身の親族が経営するビジネスを支援したり、自身の口座にも献金を送った疑いがある。同枢機卿の辞任は当時、それらの疑いが確認された結果、と受け取られた。同枢機卿は記者会見で「フランシスコ教皇は、私に『あなたをもはや信頼することができない』と述べた」と明らかにしている。

 「枢機卿の犯罪」として、同有罪判決のニュースは全世界に流れた。枢機卿といえば、通称「ペテロの後継者」と呼ばれているローマ教皇の次に位置する高位聖職者だ。世界で13億人の信者を抱えるカトリック教会で枢機卿は現在200人を超えるが、次期教皇の選挙権を有し、コンクラーベに参加できる80歳未満の枢機卿は137人だ。ベッチウ枢機卿はその1人だったのだ。それだけではない。フランシスコ教皇が2018年6月に枢機卿に任命した聖職者であり、「教皇が最も信頼する枢機卿」の1人と受け取られ、バチカン列聖省長官を務めてきた人物だ(ベッチウ被告は枢機卿時代の2020年9月24日、突然辞任を表明し、フランシスコ教皇はその辞任申し出を受理した)。同被告は当時、「全ての枢機卿としての権利を放棄する」と述べている。

 ところで、判決後、新たな問題が浮上してきた。バチカン裁判所はベッチウ枢機卿を含め被告7人に計37年の禁錮刑を言い渡したが、バチカン刑務所には3つの独房しかないのだ。いずれもバチカン市国憲兵隊の建物内にある。近年使用されているが、短期間のみで、今回の7人の被告を数年間拘留できる施設、生活用具など整っている独房はないのだ。

 世界の各教会でこれまで聖職者による未成年者への性的虐待犯罪が発生してきたが、性犯罪を犯した聖職者がバチカン刑務所に送られるということは皆無だった。聖職者の犯罪は隠蔽されるか、他の教区に人事されるだけで、バチカン刑務所に拘留されることはなかった。その結果、バチカン刑務所は久しく存在したが、拘留される聖職者・関係者はほとんどいなかった。だから、刑務所の拡張といった考えは出てこなかったわけだ。繰り返すが、バチカン聖職者や関係者がこの世の人間より清く、正しかったからではない。

 しかし、ここにきて教会を取り巻く事情は大きく変わってきた。聖職者の未成年者への性犯罪件数が余りにも多いこともあって、メディアでも報道されるようになった。その結果、教会への信頼や名声は地に落ち、教会から脱会する信者が絶えない状況になった。同時に、裁判に訴えるケースも出てきたのだ。

 参考までに、最近では、バチカン刑務所に拘留された人物は、教皇ベネディクト16世の執務室から機密文書を盗み出した通称「ヴァティリークス事件」(Vatileaks-Fall)の主犯、元従者パオロ・ガブリエレ氏だ。同氏はベネディクト16世から恩赦を受けて早期釈放された。同氏のバチカン独房生活は59日間だった。

 バチカン刑務所ではなく、この世の刑務所で拘留生活を体験した枢機卿も1人いる。フランシスコ教皇に財務省長官に任命されたジョージ・ペル枢機卿は1990年代に2人の教会合唱隊の未成年者に性的虐待を犯したとして2019年3月、禁錮6年の有罪判決を受けて収監されている。同枢機卿は2020年4月、無罪を勝ち取ったが、今年1月10日、ローマの病院での通常の股関節手術後、心臓病の合併症を起こして急死した。81歳だった。同枢機卿は約400日間、独房生活を強いられた最初の高位聖職者だった(「400日『独房』にいた枢機卿」2020年10月16日参考)。

 イタリア北東部のトリエステのカトリック教会の神父(当時48)は13歳の少女に性的虐待を行ったことを司教に告白した後、部屋で首を吊って死んでいるところを発見されている。未成年者への性的虐待で12年の刑期を言い渡され米マサチューセッツ州の刑務所に拘留されていた米国のポール・シャンレィ神父(Paul Shanley)は2017年7月末、刑期を終えて出所した。同神父の性犯罪は、米ボストングローブ紙が摘発し、米カトリック教会の聖職者の性犯罪問題を暴露、2002年のピューリッツァー賞を受賞している(「元神父は刑務所で何を考えたのか」2017年8月3日参考)。

 罪を犯す聖職者の増加を受け、バチカンの敷地内で新たな刑務所を増設することも一つの案だが、イタリアの刑務所を利用することが現実的な選択肢だ。イタリアとバチカン間の1929年のラテラン条約以来、教皇庁はイタリア領土内の刑務所に受刑者を収容できるようになったからだ。イタリアの刑務所の収容能力はバチカン刑務所の比ではない。

 ノルウエーの大量殺人犯アンネシュ・ブレイビクは独房に入った後、インターネットの接続や読みたい本などを次々と刑務所側に要求し、「ノルウェーの刑務所はホテルのようだ」と言われたことがあった。バチカン刑務所であろうが、イタリア刑務所であろうが、拘留された聖職者は自身が犯した罪の悔い改め、そして死後、神の「最後の審判」を受けるための心構えを準備しなければならないはずだ。

聖職者も「不規則な状況にある人々」

 ローマ・カトリック教会の総本山バチカン教皇庁のヴィクトル・マヌエル・フェルナンデス教理省長官は18日、「同性カップルもカトリック教会で祝福を受けることができる」と表明した。バチカン教理省(前身・異端裁判所)が発表した文書には「不規則な状況にあるカップルや同性カップルを祝福する可能性について」と記述されている。そして「同性カップルも今後、教会内で祝福を受けることができる」と強調する一方、「結婚の秘跡に内在する祝福との混同を避けるため、教会での儀式的枠組みの祝福とは区別しなければならない」と説明している。

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▲オーストリアのカトリック教会の精神的支柱シュテファン大聖堂内(2023年12月19日、撮影)

 バチカンの立場は明確だ。婚姻は男性と女性の異性間のものであること、婚姻のサクラメントは異性婚のカップルに限るものだ。新しい点は、同性カップルに対し典礼外で神の祝福を与えることが出来ることだ。欧米教会で多くの聖職者が既に教会内で同性カップルに神の祝福を与えてきたが、バチカンは今回、それを不法と断罪せずに承認する形だ。ただし、先述したように、「異性婚カップルへの神の祝福と混同してはならない」と何度も釘を刺している。

 バチカンの今回の決定を欧米教会は概ね歓迎している。米シカゴ教会のブレイズ・キューピッチ枢機卿は、「不規則のカップルの祝福を許可したバチカンの宣言を歓迎し、「教会は同性カップルを含む不規則な状況にある人々に対する司牧的なアプローチを何よりも必要としている」と述べ、今回の決定を「前進」と評価している(バチカンニュース2023年12月19日)。

 ちょっと不謹慎かもしれないが、バチカンの文書の中に何度も登場する「同性カップルを含む不規則な状況にある人々」という表現を聞いて、ひょっとしたら「ローマ教皇を含むカトリック教会の聖職者も不規則な状況にある人々」ではないかと感じたのだ。彼らは神の召命を受けて聖職に従事する人々だが、彼らのコミュニティは同性者から構成され、異性者との婚姻を許されていない「不規則な状況にある人々」だからだ。

 神の創造の計画は男性と女性間の婚姻であり、家庭を構築して子孫を繁栄することだ。とすれば、教会の聖職者はその神の創造計画と整合しない人々となるから、明らかに「不規則な状況にある人々」と評しても的外れではないだろう。

 「同性カップルに対しても神の祝福を与えることが出来る」という今回の教理省の発表は神の祝福を願う同性カップルの救済向けとなるが、同性カップルと同じように「不規則な状況にある」聖職者に対しても救いの手を差し伸ばすチャンスと感じるのだ。

 世界のカトリック教会では数万件以上の聖職者の未成年者への性的虐待事件が発生してきた。教会指導者は過去、聖職者の性犯罪を隠蔽してきたが、教会の内情はもはや隠しようがない。“ドイツ教会の重心”マルクス枢機卿は、「教会は同性カップルの生き方に負の評価をくだしてはならない。むしろ“司牧的に寄り添う”(seelsorgliche Begleitung)べきだ 」と語るが、その前に、教会は聖職者を独身制という檻から解放すべきではないか。

 フランシスコ教皇は世界シノドスでは教会の刷新として女性の登用の拡大をアピールしているが、聖職者の独身制の義務を廃止し、聖職者の婚姻を許可すべきだ。神の創造の計画に整合するためには、教会は聖職者の独身制を廃止して、「同性サークルの教会」から「家庭教会」に刷新すべきだろう。

 独身制は明らかに神の創造計画に反している。野生動物学のアンタール・フェステチクス教授は、「カトリック教会の独身制は神の創造を侮辱するものだ」(オーストリア日刊紙プレッセ2018年10月3日付)と言い切っている(「聖職者の『独身制』を改めて考える」2018年10月5日参考)。

 カトリック教会で聖職者の独身制議論が出るたび、教会側は「イエスがそうであったように」という新約聖書の聖句を取り出して、「だから……」と説明する。ただし、ベネディクト16世は、「聖職者の独身制は教義ではない。教会の伝統だ」と述べている。カトリック教会の近代化を協議した第2バチカン公会議(1962〜65年)では既婚者の助祭を認める方向(終身助祭)で一致している。聖職者の独身制は聖書の内容、教義に基づくものではない。教会が決めた規約に過ぎないことをバチカン側も認めている。

 キリスト教史を振り返ると、1651年のオスナブリュクの公会議の報告の中で、当時の多くの聖職者たちは特定の女性と内縁関係を結んでいたことが明らかになっている。カトリック教会の現行の独身制は1139年の第2ラテラン公会議に遡る。聖職者に子供が生まれれば、遺産相続問題が生じる。それを回避し、教会の財産を保護する経済的理由があったという。

 繰り返すが、バチカンは同性カップルへの神の祝福を認可するだけではなく、さらに一歩進め、同じ「不規則な状況にある」“聖職者の独身制の義務”を放棄すべきだ。聖職者の未成年者への性的虐待問題も案外、独身制の廃止が大きな効果をもたらすかもしれないのだ。
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