ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

カトリック

ジャニーズ事件と「聖職者の性犯罪」

 故ジャニー喜多川氏の性加害事件は、大手芸能事務所ジャニーズ事務所が会社名を変更し、忌まわしい過去からの決別、再出発を決めたことで、今後は被害者への賠償問題に焦点が移る。日本のTV、週刊誌、新聞などを巻き込んで大騒ぎとなったジャニー喜多川氏の性犯罪は特定人物の異様な性向がもたらした事件と受け取られているが、その性加害事件に直接、間接的に関わったメディア、TV関係者には依然重苦しい空気が漂っている。

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▲ジャニーズ事務所(ウィキペディアより)

 一方、ローマ・カトリック教会は1990年代に入り、聖職者の未成年者への性的虐待事件が発覚し、その対応で苦慮してきた。聖職者の性犯罪件数はメディアで報じられただけでも数万件以上だ。バチカン教皇庁、教会関係者が事件を隠蔽してきたこともあってこれまで明らかにならなかったが、聖職者の性犯罪は過去も現在もあった。

 世界13億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の最高指導者ローマ教皇フランシスコは2019年、聖職者の性犯罪問題で信者からの信頼を失い、教会から脱会する信者が増加してきたことを受け、聖職者の性犯罪対策に乗り出してきた。バチカンで4日から4週間、世界代表司教会議(シノドス)が開催中だ。世界の司教たちだけではなく、平信者、女性代表らも参加する世界シノドスの主要テーマには聖職者の性犯罪問題も含まれている。

 日本国内を騒がした「ジャニーズ問題」、世界で数十万人の被害者を出している「カトリック教会の聖職者問題」はいずれも「性犯罪」だ。日本ではジャニー喜多川氏の性加害事件にはメディアの注目が集まったが、カトリック教会の性犯罪問題については日本のメディアがほとんど無視してきたこともあって、カトリック教会聖職者による未成年者への性的虐待が世界各地で起きているという事実を知らない日本人が多い。

 日本はカトリック教国ではない。信者数は約45万人に過ぎないこともあって、カトリック教会という宗教団体の内情に多くの日本人は関心がない。一方、ジャニー喜多川氏のケースは週刊誌やワイドショーの格好のテーマであり、メディアは大きく報道し、国民の関心は大きかった。ちなみに、日本では、ジャニー喜多川氏の性加害事件とローマ・カトリック教会の聖職者の性犯罪を比較しながら報じたメディアはこれまでなかった。

 くどくなるが、両者は被害者件数こそ雲泥の差だが、「未成年者への性的虐待」という点で同じだ。違いは、一方は芸能人世界での出来事であり、他方は宗教団体での問題ということだ。

 数百人の未成年者の犠牲を出したジャニーズ事務所は会社名の変更を余儀なくされたが、数十万人の被害者を出しているカトリック教会が教会名を変えたとは聞かないし、教会名称の変更自体、世界シノドスのテーマとはなっていない。前者は加害者が分かっているが、後者は加害者が数十万人になる。前者は単独犯罪であり、後者は組織的犯罪だ。

 ジャニー喜多川の性加害事件をあれほど騒いだのに、それ以上の規模で今も起きている聖職者の性犯罪問題を報じないのは、メディア関係者、報道機関の問題意識の欠如だ。人権問題に日頃うるさいメディア関係者がなぜローマ・カトリック教会の解体を要求しないのか。日本のカトリック教会内でも聖職者による性犯罪は起きている。月刊誌文藝春秋(2019年3月号)でルポ・ライターの広野真嗣氏が「“バチカンの悪夢”が日本でもあった! カトリック神父<小児性的虐待>を実名告発する」という記事を掲載している(「日本教会にもあった聖職者『性犯罪』」2019年2月16日参考)。

 ところで、日本では岸田文雄首相が「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)の解散請求を出す意向という。今回の解散請求は安倍晋三元首相暗殺者、山上徹也容疑者の供述に基づいている。母親が高額献金し、その結果、家庭は破産に追い込まれたということで、献金先の旧統一教会憎しがテロリスト山上容疑者の旧統一教会批判の核だ。

 だから、旧統一教会を批判する側は教会側の高額献金問題を先ず挙げる。このコラム欄でも書いたが、献金がその信者の贖罪意識に基づいたものであった場合、問題は少ないが、そうではない場合、献金後問題が生じるケースはあり得る。問題は献金する側の贖罪意識の有無にかかっている。換言すれば、宗教的動機に基づいた献金行為には、「高額献金」、「少額献金」といった金額の差は問題にならない。ただ、贖罪意識の乏しい信者に、強制的に、偽りの贖罪意識を植え付けて献金を集めようとすれば、問題が後日生じる(「人はなぜ『献金』するか」2023年9月17日参考)。

 犯罪にも重犯罪と軽犯罪がある。「性犯罪」は重犯罪だ。ところで、重犯罪を繰り返してきたカトリック教会に過去、解散請求が飛び出したことがあったか。国もメディア関係者も教会問題には余り介入してこなかった。ただ、被害者の数が余りにも多いことから、「政教分離」を建前とするフランスでは内務省がカトリック教会に対し、教会の「告白の守秘義務」の廃止を求めた例はある。

 参考までに、「性犯罪」は人間の「下部」に関わる問題だ。加害者が聖職者だろうが、芸能人だろうが、「性犯罪」は人々の好奇心の対象こそなれ、真剣にその対応を考えるテーマとは受け取られない。なぜならば、加害者だけではなく、ほぼ全ての人々が「下部」で同じ問題や弱みを抱えているからだ。その結果、ジャニー喜多川氏や聖職者の「性犯罪」に対して隠蔽や“変な寛容”が生まれてくる一方、金が動く「献金問題」では必要以上に執拗に追及しようとするのだ(「聖職者の性犯罪と『告白の守秘義務』」2021年10月18日参考)。

 岸田首相が政治的判断から旧統一教会の解散請求を出した場合、他の宗教団体も同じ運命に陥る危険性が排除できなくなる。平信者の献金で賄っている宗教団体は、元信者からの献金払い戻し要求を程度の差こそあれ抱えているからだ。

 民主主義国の日本で今、宗教弾圧が白昼、堂々と行われている。それを笑いながら駆り立てているのが、宗教に全く関心がない共産党系弁護士、メディア関係者だ。 

5人の枢機卿からの5つの「疑問」

 デュビア(dubia)とはラテン語で「疑い」を意味する。そして5人のデユビア枢機卿、ドイツのウォルター・ブランドミュラー枢機卿、米国のレイモンド・バーク枢機卿、メキシコのフアン・サンドバル枢機卿、ギニアのロバート・サラ枢機卿、元香港司教ジョセフ・ゼン枢機卿がフランシスコ教皇に質問状を起草した。起草者のうち2人は、2016年4月に教皇が再婚した離婚者に聖体拝領を認めると発表した際、デュビアを送ったことがある。当時の起草者は、バーク枢機卿とブラントミュラー枢機卿の2人の他、カルロ・カファラ枢機卿とヨアヒム・マイスナー枢機卿だ。いずれも保守派枢機卿として知られている。

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▲5人の枢機卿から提示された5つの疑義に答えたフランシスコ教皇(2023年10月2日、バチカンニュースから)

 5人の枢機卿が7月15日にフランシスコ教皇に5つの質問を送ったが、それはカトリック教会の信仰の中心的な問題点について、教皇から明確な回答を得るためだ。バチカンの信仰委員会は2日、5人の枢機卿の質問と教皇の回答をウェブサイトに公開した。

 通常、Dubiaの質問に対して、「はい」または「いいえ」の形式で回答が求められるが、フランシスコ教皇はそれを避け、文章で回答している。教皇自身、「質問に対し直接回答することは賢明ではないが、世界シノドの開催が差し迫っているため、即回答した」と説明している。以下、バチカンニュースの独語版記事(10月2日)からその概要を紹介する。

【質問1】現在の文化的および人類学的変化に照らして神の啓示を再解釈する必要があるという主張について。教会における神の啓示は現代の文化的変化に従って、またこれらの変化が促進する新しい人類学的視点に従って再解釈されるべきか。あるいは、神の啓示は永遠に拘束力があり、不変であるのか。

【回答】「再解釈する」という言葉にどのような意味を持たせるかによって決まる。 「より良く解釈される」という意味で理解される場合、この表現は有効だ。文化の変化や歴史の新たな挑戦は啓示を変えるものではないが、その溢れんばかりの豊かさのある側面をよりよく表現するよう私たちを刺激する可能性がある。だから、神の言葉の新しい解釈への懸念を解消すべきだ。例えば、聖書の中の奴隷制や女性に関するテキストについても、文化的な変化は神の言葉を変えるのではなく、それをより明確にする可能性を提供する。これは教会の歴史の中で何度も起こってきたことだ。

 「変えることができないものは、すべての人の救いのために明らかにされたものだけだ。教会は、救いに不可欠なものと、この目的に二次的またはそれほど直接関係のないものとを常に区別しなければならない。聖トマス・アクィナスが言ったことを思い出したい。「細部に至るほど、不確実性は増大する」

【質問2】同性愛の結合(同性婚)を祝福することは黙示録と聖職者の司牧の目的と一致する、という主張について。

【回答】教会は結婚について非常に明確なビジョンを持っている。それは、男性と女性の間の排他的で安定した、解消できない結合であり、自然に子供を産むことを受け入れるものだ。この結合(異性婚)だけを「結婚」と呼ぶことができる。他の形式の結合は「部分的かつ類似の方法で」しか実現していないため、厳密に言えば、それらを「結婚」と呼ぶことはできない。

 事実ではないものが結婚として認められるかのような印象を与える可能性のあるあらゆる種類の儀式や秘跡を避けるべきだが、私たちは司牧的愛を無視してはならない。私たちは否定し、拒否し、排除するだけの裁判官であってはならない。

【質問3】教会会議は「教会の構成的側面」であり、教会は本質的に教会会議であるという主張について。

【回答】教会は「宣教聖体拝領の秘儀」であるが、この聖体拝領は感情的または霊的であるだけでなく、必然的に真の参加を意味する。階層だけでなく、神の民全体が、さまざまな方法やさまざまな場面で自分たちの意見を聞いてもらう必要がある。レベルを上げ、教会の道の一部であると感じる。この意味で、様式と力学としての教会会議は、教会生活の本質的な側面である。あるグループに都合のよい会議の方法論を神聖化したり押し付けたりして、それを標準にし、すべての人にとって義務的な道にすることは間違いだ。

【質問4】将来、女性にも聖職者叙階が授与される可能性はあるか。

【回答】聖ヨハネ・パウロ2世は1994年、女性に叙階することは不可能であると主張した。しかし、彼は決して女性を差別したり、男性に最高権力を与えたりしていない。聖職者の権能について、それは尊厳や神聖さの領域ではなく、機能の領域にあるということだ。また彼は、神父のみが聖体を主宰するが、その義務は「一方が他方に対して優越するものではない」と明確に断言している。ヨハネ・パウロの女性聖職者の拒否発言はまだ最終的な結論とは思わない(フランシスコ教皇は「ヨハネ。パウロ2世の発言の拘束力はどの程度かを疑問視している。アングリカン教会では1992年以来、女性が神父になることが許可されている」と述べている)。
 

【質問5】「赦しは人権である」という声明と、悔い改めが秘跡的赦免の必要条件ではないように、常にすべての人に赦しを与える義務があるという教皇の主張に疑問がある。秘跡告白の有効性のためには、犯した罪を憎み、再び罪を犯したくないという悔い改めが必要であるというトリエント公会議の教えは今でも有効ですか。

【回答】 悔い改めは秘跡の赦しの有効性のために必要であり、2度と罪を犯さないという意図を必要とする。しかし、ここでは数学は当てはまらない。告白所は税関ではない。悔いはもちろん必要だが、それを表現する方法は多岐にわたる。私たちは主人ではなく、信者たちを養うサクラメントの謙虚な管理者だ。

ローマ教皇「ベトナム信者への手紙」

 フランシスコ教皇が正式な外交関係がないベトナムに住む信者向けに書簡を発表したと聞いた時、フランシスコ教皇の前任者ベネディクト16世が2007年6月30日、「中国人への手紙」を発表したことを思い出した。南米出身のフランシスコ教皇がベネディクト16世の「中国人への手紙」を思い出し、今回の「ベトナム信者への手紙」を書くことを思い立ったのではないか、と勝手に考えた。

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▲ベトナムのボー・バン・トゥオン国家主席を歓迎するフランシスコ教皇(2023年7月27日、バチカンメディアから)

 ベネディクト16世の「中国人への手紙」は2部構成だった。1部は中国共産党独裁政権下で弾圧を受けている地下教会の聖職者、信者への熱いメッセージ、2部では北京政権に対して、「信仰の自由」の保証、特に、バチカンの聖職者任命権の尊重を要求している。

 同書簡は発表から数日後、インターネット上から消えた。中国のインターネット会社は中国当局からの圧力を受け、ベネディクト16世の書簡(通称「中国人への手紙」)をインターネット上から削除した。中国の官製カトリック聖職者団体「愛国協会」関係者はベネディクト16世の書簡を信者に配布することを拒否し、インターネット上からもローマ教皇の書簡が消えた。中国共産党政権にとって、「宗教の自由」を呼びかけたローマ教皇の書簡内容は「過激すぎた」というわけだ(「ローマ法王の書簡が消えた」2007年7月5日参考)。なお、フランシスコ教皇は2018年、北京政権との間で司教任命権に関する暫定的合意に達した。

 ベトナムとバチカン両国はこれまで正式な外交関係はない。ベトナムで1975年、共産党政権(社会主義共和国)が樹立されて以来、両国の関係は途絶えた。ベトナム人口9730万人のうち約800万人がローマ・カトリック教徒と推定され、同国はフィリピン、韓国と共にアジアのカトリック国に入るが、バチカンとベトナムの両国関係は過去、険悪な関係だった。両国間には司教任命問題や聖職者数の制限問題などが山積していた。キリスト教会の活動は厳しく制限され、聖職者への迫害は絶えなかった。

 ただし、両国は1990年代以降、外務次官級の代表団を相互派遣し、司教の任命を含む教会の問題について年に1、2回交渉してきた。例えば、べネディクト16世は2007年1月25日、教皇庁内でグエン・タン・ズン首相と会談し、09年12月11日にはグエン・ミン・チェット国家主席をバチカンに招いた。その後もズン首相が14年10月、バチカンを再訪し、フランシスコ教皇と会談。15年1月にはバチカンから福音宣教省長官フェルナンド・フィローニ枢機卿がベトナムを訪問し、ズン首相と会談した。ズン首相は当時、「わが国では宗教の自由が保障されている」と強調し、バチカンとの政府レベルの交流を歓迎している(「ベトナム、バチカンとの関係を前進」2021年11月15日参考)。

 フランシスコ教皇の「ベトナム信者への手紙」は9月29日、バチカンから公表された。ローマ教皇が「ベトナム信者への手紙」を送るのは、バチカンとベトナム両国が9月28日、両国に常駐する代表派遣で合意したことを受けたものだ。その結果、バチカンはハノイに常駐する教皇代理を派遣することができるようになった。フランシスコ教皇は2023年7月27日、ベトナムのヴォ・ヴァン・トゥオン国家主席とバチカンで会合し、両国間の常駐代表の派遣で合意した。

 フランシスコ教皇は手紙の中で、過去数年間の両国間の「良好な関係」を称賛し、7月末にバチカンでベトナムのヴォ・ヴァン・トゥオン国家主席と会談したことに言及、双方向の作業グループでの定期的な対話により「相互の信頼が育まれた」とし、将来的にも成果を生むだろうと述べている。例えば、司教任命権では共産主義政府は司教候補者を推薦する権利を主張していないが、バチカンが望む候補者はまず政府の承認を得なければならないことになっている。これは、2018年に施行された宗教団体に関する法律が定めている。

 フランシスコ教皇はベトナムのカトリック教徒に向けて、「国家の中心で福音を実践し、国が均衡のとれた社会的経済的発展をめざす取り組みを支えるべきだ。『良きキリスト教徒であり、良き国民』であるべきだ。そして公正で連帯的で均衡のとれた社会の構築に忠実でありたい」と述べている。

 そのうえで、教皇は「コロナパンデミックの間、ベトナムの教会はすべての被災者のために活動し、社会の中で酵母としての役割を果たした。将来も、宗教的、民族的、政治的な所属を問わず、ベトナムのすべての人々に対してアプローチし続けるべきだ」と強調している。

 ベネディクト16世の「中国人への手紙」、フランシスコ教皇の「ベトナム信者への手紙」は、いずれも共産主義国に住む信者向けの書簡だ。宗教を否定し、「信教の自由」を蹂躙してきた共産主義社会で神に出会った国民への教皇からの熱いエールだ。前者は学者教皇らしく単刀直入なアピール、後者は外交的な表現で関係の発展を願う心遣いが伝わってくる。

「同性カップル」に神の祝福を与えるか

 独ローマ・カトリック教会ミュンヘン・フライジング大司教区のラインハルト・マルクス大司教(枢機卿)はミュンヘナー・メルクーア紙(9月19日付)とのインタビューで、「同性カップルに神の祝福を与えるか」と質問され、「常に具体的な状況に依存するが、彼らが神の祝福を求めるならば、それに応じるだろう」と答えている。実際、多くのカトリック教会では既に同性カップルのための祝福の儀式が行われているが、教理上からみて問題がないわけではない。

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▲マルクス枢機卿(バチカンニュース2021年6月10日から)

 バチカンは2021年、「神の計画に従って明らかにされたものとしては客観的に認識されない」として、同性パートナーシップの祝福は「許可されていない」と明確にした。それでも、マルクス枢機卿のように、同性カップルに神の祝福を与えようとする聖職者が絶えないのだ。「教理」と現場での「実践」の間に次第に格差が広がってきている。

 最近、デュッセルドルフ近郊のメットマンの教区神父が同性カップルの祝福式を実施したが、保守派聖職者で知られるケルン大司教区のライナー・マリア・ウェルキ枢機卿から叱責を受ける、といった出来事が起きたばかりだ。神の祝福を与えるべきだと主張する聖職者たちは、「私たちは、教会的に結婚の秘跡を受けられないカップルがいることを知っている。しかし、彼らがそのために牧会から排除されることはあってはならない」と指摘している。

 ところで、マルクス枢機卿は2019年12月12日付の週刊誌シュテルンのインタビューの中で、「カトリック教会は同性愛者の人々を歓迎する。同性同士が長年互いに誠実にカップルの生活を送っているなら、教会は彼れらの生き方に一概に負や無の評価をくだしてはならない」と述べる一方、「カトリック教会は同性カップルにも“司牧的に寄り添う”(seelsorgliche Begleitung) ということであって、『結婚の秘跡』を授けるわけではない」と断っている。同枢機卿は4年前の時点で同性カップルに「司牧的に寄り添う」と表現する一方、「結婚の秘跡を授けるわけではない」と両者の違いをはっきりと強調していた。

 同枢機卿の発言は当時、教会内外で大きな波紋を投じ、「私は多方面から批判を受けている。ある人々は『彼は やりすぎだ』と言い、ほかの人々は『彼は 不十分だ』と言う」と述べている。忘れてならない点は、マルクス枢機卿はフランシスコ教皇を支える枢機卿顧問評議会メンバーの1人であり、教皇の信頼が厚い高位聖職者だ。同枢機卿の発言はフランシスコ教皇の意向が反映していると受け取って間違いないだろう。

 ドイツのカトリック教会は現在、教会刷新活動「シノドスの道」を推進している。「シノドスの道」は教会聖職者の性犯罪の多発を契機に始まったもので、フランシスコ教皇が2019年に開始し、世界各教会で積極的に協議されてきた。独司教会議が提示した主要な改革案は、.蹇璽沺Εトリック教会はバチカン教皇庁、そして最高指導者ローマ教皇を中心とした「中央集権制」から脱皮し、各国の教会の意向を重視し、その平信徒の意向を最大限に尊重する。∪賛者の性犯罪を防止する一方、LGBTQ(性的少数派)を擁護し、同性愛者を受け入れる。女性信者を教会運営の指導部に参画させる。女性たちにも聖職の道を開く。だ賛者の独身制の見直し。既婚者の聖職者の道を開く、等々だ。(「教皇の発言でキレた独司教会議議長」2023年2月1日参考)。

 同性カップルの祝福の認可は、ドイツの改革プロセスである「シノダーラー・ヴェク」の主要な要求だが、バチカン教皇庁は独教会の改革案が行き過ぎと判断し、再考を要求している。そのような中、フランシスコ教皇の最側近のマルクス枢機卿が独紙のインタビューの中で同性カップルへの祝福を認める趣旨の発言をしたわけだ。 

 ローマ・カトリック教会は2015年10月、3週間に渡って世界代表司教会議(シノドス)を開催したが、フランシスコ教皇は当時(15年10月4日)、シノドス開催記念ミサで、「神は男と女を創造し、彼らが家庭を築き、永久に愛して生きていくように願われた」と強調した。その教皇は同月25日の閉幕の演説の中では、「家庭、婚姻問題では非中央集権的な解決が必要だ。教会は人間に対し人道的、慈愛の心で接するべきだ。教会の教えの真の保護者は教えの文字に拘るのではなく、その精神を守る人だ。思考ではなく、人間を守る人だ」と指摘し、信者を取り巻く事情に配慮すべきだと述べたのだ。

 教皇のシノドスの開会式と閉幕式の発言では、同性愛問題で微妙なニュアンスの違いが浮かび上がってくる。教皇自身が教理主義の保守派聖職者と現場主義の改革派聖職者の間の真っ只中にいて揺れ動いている。このことは教皇の最側近のマルクス枢機卿にも言えることではないか。

教皇特使のウクライナ調停の道険し

 ローマ教皇フランシスコのウクライナ戦争の和平調停の平和特使、イタリア司教会議議長のマッテオ・ズッピ枢機卿は14日、中国の北京を訪問し、長期化するウクライナ戦争の和平調停問題、穀物の輸出再開などについて、中国外務省ユーラシア担当の李暉( Li Hui)特使と会談した。

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▲フランシスコ教皇のウクライナ和平調停担当特使ズッピ枢機卿(写真はANSA通信)

 フランシスコ教皇は5月、ボローニャ大司教でありイタリア司教会議(CEI)の議長でもあるズッピ枢機卿をウクライナ戦争の平和使節に任命した。教皇の要請を受け、同枢機卿は6月6日、キーウを2日間訪問し、ゼレンスキー大統領と会談し、6月29日にはモスクワでロシア正教会最高指導者、モスクワ総主教キリル1世と会談した。その後、7月17日にワシントンに飛び、18日にバイデン米大統領と会談し、教皇の親書を手渡し、バチカンの和平案について協議を重ねてきた。特使にとって、北京訪問はバチカンの平和外交の最後の訪問国となるだけに、その成果が注目された。ちなみに、中国とバチカンの間には外交関係はない。

 ズッピ枢機卿の北京訪問の日程は13日から15日の3日間だ。フランシスコ教皇はズッピ枢機卿の外交「緊張の緩和」のための「平和攻勢」と呼び、特使の外交に期待してきた。

 ズッピ特使と李暉外務省ユーラシア担当特使との会談内容については公表されていないが、北京側の声明によれば、「会談はオープンで温かい雰囲気の中で行われた。対話を促進し、平和への道を見つける努力をする必要性が確認された」という。また、会談では食糧安全保障の問題も取り上げられたという。

 ズッピ枢機卿の会談相手の李暉特使は同様に、中国政府からウクライナにおける平和の道を模索する使命を受けている。同特使は過去数か月間にウクライナやロシアだけでなく、ブリュッセルの欧州連合(EU)本部、そしてドイツ、フランス、ポーランドでも「政治的解決」についての協議を行ってきた。

 なお、ズッピ特使の平和使節の旅程に中国が含まれていることについて、フランシスコ教皇は8月、スペインの雑誌ヴィダ・ヌエバのインタビューで「アメリカに加えて中国が紛争の緊張を解消する鍵を握っている」と説明している。

 フランシスコ教皇のウクライナ戦争の和平調停に関する意欲は理解できるが、現実は厳しい。教皇自身がウクライナのゼレンスキー大統領との会談(5月13日)で分かったはずだ。ゼレンスキー大統領はイタリアの首都ローマを訪問し、セルジオ・マッタレッラ大統領とメローニ首相らと会談した後、同日午後、ローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁を訪れ、フランシスコ教皇と会談している。

 会談は40分間余り続いた。ゼレンスキー氏は会談の中で、教皇にロシアのウクライナへの軍事侵略を明確に非難するように求め、「被害者と侵略者の間には平等はあり得ない」と強調したという。フランシスコ教皇は調停役を演じるためにはキーウとモスクワの間で「中立的な立場」を維持することが前提条件と考えているからだ。ゼレンスキー大統領はフランシスコ教皇との会談後、テレビとのインタビューの中で、「ウクライナには調停者は必要ない」と明言している(「ゼレンスキー氏『教皇の調停は不必要』」2023年5月15日参考)。

 一方、中国外務省は今年2月24日、ウェブサイトで12項目の和平案を発表し、両国に紛争の「政治的解決」を求めている。「ウクライナ危機への政治的解決のための中国の立場」とタイトルされた和平案では、「紛争当事者は国際人権を厳守し、民間人や民間施設への攻撃を回避しなければならない」と明記され、第1項目は「国家の主権を尊重:一般に認められている国際法と国連憲章は厳密に遵守されなければならない」と記述されている。しかし、李暉特使は訪問先の欧州で、ウクライナ東部の占領地域をロシアに「譲渡」し、即時停戦を促すよう求めたという。駐モスクワ中国大使を務めたことがある李暉特使が提示した和平案はロシア軍の侵略を容認する内容であることが明らかになったばかりだ(「中国の和平案は『ウクライナ領土分割』」2023年5月28日参考)。

 キーウのギリシャ・カトリック教会のスヴャトスラフ・シェフチュク大司教はローマで行った記者会見で、「ズッピ枢機卿の北京訪問に期待する。教皇は戦争に甘んじないこと、聖座と教皇が私たちの国で起きていることに無関心でないこと、そしてこの無意味な戦争を終結させるためにどんな可能性でも模索されていることが明らかになった」と評価している。ウクライナ人の大半は正教徒であり、人口の約6%がギリシャ・カトリック教会の信者だ。

 いずれにしても、ズッピ特使はこれでウクライナ和平交渉に関係する国を一通り訪問した。同特使がウクライナ和平の可能性についてどのような感触を得たかは明らかではないが、ウクライナとロシア間は目下、ウクライナ軍の攻勢を受け、戦闘は激化の兆候が見られ、和平停戦の可能性は依然見えてこない。バチカンで外交の名手といわれるズッピ特使だが、フランシスコ教皇の願いに答えることは容易ではない状況だ。

人はなぜ「献金」するか

 安倍晋三元首相が銃殺されてはや1年2カ月以上が過ぎた。山上徹也容疑者(43)の供述によると、母親が宗教法人「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)の信者であり、高額献金をして家庭を破綻させたとして、容疑者は旧統一教会を恨み、同教会と関係があると判断して安倍元首相を射殺したという。それ以後、多くの日本のメディアは山上容疑者の供述を鵜呑みにして旧統一教会を反社会グループと独断し、バッシングに突き走ってきた。

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▲オーストリアのローマ・カトリック教会のシンボル、シュテファン大聖堂

 ところで、人はなぜ献金するのだろうか。「献金」行為は高額であろうが少額であろうが、その行為は本来、非常に宗教的なルーツに基づいている。ドイツの哲学者クリストフ・トゥルケ氏( Christoph Turcke)は独週刊誌シュピーゲルのインタビュー記事(2015年5月16日号)の中で、「お金」の宗教的ルーツを説明していた。同氏は、「なぜ、人々は金の話となれば冷静に話せなくなるのか。それはお金の誕生には宗教的起源があるからだ」と強調し、その宗教的ルーツについて語っている。

 同氏によると、「人類は高き天上にいましたもう存在(神々)に対して罪意識があった(キリスト教では原罪)。そして、天災を恐れてきた。天災を回避するために、神々に対し、罪を償わなければならないと感じ、神々の怒りを鎮めるため最も大切なものを供え物として捧げた。最初は人間が供え物となった(例・旧約聖書「創世記」のアブラハムのイサク献祭)。それから贖罪用の動物(古代ギリシャ時代は「牛」)を供え物とした(独語の「お金」Geldはラテン語ではPecuniaだが、その語源は「牛」を意味するPecusだ)。その後、金、銀、銅といった貴金属がその贖罪手段として登場した(金は太陽を、銀は月を、銅は愛と美の女神ビーナスを映し出すと信じられていた)。

 そして現在、流通している紙幣とコインの「お金」が生まれてきたわけだ。それらに共通している点は、贖罪手段だったということだ。すなわち、私たちが今、利用している「お金」は本来、贖罪手段であり、「献金」とは、贖罪のために供え物を捧げる行為を意味していた」という(「『お金』に潜む宗教性について」2015年5月26日参考)。

 キリスト教会を含む全ての宗教団体にとって信者からの「献金」は重要だ。慈善事業から宣教活動まで、信者からの「献金」で運営されているケースが多い。大口の献金をする信者がいれば、教会側はもちろん大歓迎するだろう。

 問題は、献金をした信者が後日さまざまな理由からその献金を返してくれと教会側に要求する場合だ。そのようなケースは多くはないが、ある。例えば、世界キリスト教情報によれば、米ミネアポリスのマーセル・メイジャー氏は1999年、福音教会に13万ドルを献金したが、失業して生活に困った為に、その献金の返却を求めて教会を告訴した。教会側は、「メイジャー氏の献金はその時、自主的に行われたものだ。教会としては同氏の信仰の表れとして受け取った」と説明した。米国の法律専門家は、メイジャー氏のような告訴が勝訴する可能性は皆無ではないが、少ないという。

 その背景は、「献金は教会ではなく、神に捧げるもの」という認識が米国では定着しているからだ。一旦、神に捧げた以上、その献金はもはや信者の所有ではなく、神に属する、という認識が一般的だからだ。

 もう少し説明すると、献金がその信者の贖罪意識に基づいたものであった場合、問題は少ないが、そうではない場合、献金後問題が生じるケースは十分あり得る。問題は贖罪意識の有無にかかっているわけだ。換言すれば、宗教的ルーツに基づいた献金行為には、「高額献金」、「少額献金」といった金額は問題にならないのだ。

 問題となるのは、宗教的ルーツとは無関係の献金行為の場合だ。その場合、贖罪とか神の加護といった世界に無縁の共産党弁護士のビジネスの餌食になるだけだ。日本では共産党系弁護士たちが、統一教会に献金したが、後日、その献金を返してくれと訴えている元信者たちの相談窓口となって、統一教会に返金を求めている。弁護士たちにとってビジネス・チャンスであり、統一教会にダメージを与えることが出来るというわけだ。

 キリスト教会にとって「献金」は商品ではない。効果がないから商品の代金を返してほしいといわれても困るわけだ。所有権の問題だ。この世が所有するか、神が所有するかの問題だ。献金は神に所有権を移行させる行為といえる。万の神を信じ、ご利益信仰の場合、効果がなければ、返品を求めたくなるのは理解できるが、キリスト教の場合、一旦献金した場合、それはもはや自分の所有物ではなく、神の所有物だ。もはや発言権はないのだ(「献金」と神のオーナーシップ」2022年8月12日参考)。

 贖罪手段(支払手段)は時代が進むにつれて、より軽く、交換しやすく、人間に負担が少ない方法へと変わっていった。21世紀の今日、デジタル通貨も誕生した。それにつれて、「お金」のルーツ、贖罪という宗教性は希薄化していき、「お金」は単なる購買力を表す手段とみなされてきた。

 キリスト教会は、「お前たちは罪人だ。神の前に供え物を捧げるように」と説教してきた。そして、教会の「献金」制度が出来た。ところが、21世紀に生きる私たちは古代人のような罪意識や贖罪感を持ち合わせていない。献金制度の前提であった信者たちの罪意識が乏しくなると、献金は集まらなくなる。贖罪意識の乏しい信者に、強制的に、偽りの贖罪意識を植え付けて献金を集めようとすれば、後日問題が生じるのは当然だろう。

 繰り返すが、旧統一教会の献金問題はそれが高額であろうが、少額であろうが、宗教的ルーツ(贖罪)に基づく限り、全く問題はない。高額献金を問題視し、旧統一教会を糾弾する共産党系弁護士たちは自らが宗教の世界に疎いことを証明しているだけだ。

 最後に、贖罪意識があっても「献金」する先がない社会を考えてみてほしい。無神論的唯物論を掲げる共産主義国のような社会だ。その世界に生きる人々は自身の罪悪感、贖罪感をどうようにして止揚できるだろうか。贖罪と献金の受け皿(宗教)のない社会こそ最も恐ろしい世界ではないか。 

ローマ教皇「モンゴル」を初訪問へ

 世界に13億人以上の信者を有するキリスト教最大の教派、ローマ・カトリック教会の最高指導者、ローマ教皇フランシスコは31日から9月4日までの日程でモンゴルを司牧訪問する。フランシスコ教皇を含み、ローマ教皇がユーラシア大陸に位置する内陸国モンゴルを訪問するのは今回が初めてだ。

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▲ウランバートルにある聖ペテロ・聖パウロ大聖堂で礼拝に参加するモンゴルの信者たち(2023年8月28日、バチカンニュース公式サイトから)

 モンゴルは1990年に民主化され、92年2月、新憲法で「信教の自由」が保障されて以来、15歳以上の国民の64・4%が宗教を信じているという。同国国家統計局の2011年のデータによれば、同国の主要宗教は仏教、特にチベット仏教が86%以上を占め、次いでイスラム教4・9%、シャーマニズム4・7%だ。キリスト教は3・5%と少数宗派に過ぎない。カトリック教会の信者人口が乏しい国をローマ教皇が司牧訪問すること自体、非常に異例と受け取られている。

 以下、バチカンニュースの報道に基づく。

 モンゴルのカトリック教会の最高指導者はモンゴルの首都ウランバートルの使徒府代理のジョルジョ・マレンゴ枢機卿だ。同枢機卿は2020年から、仏教のラマ教とシャーマニズムに影響を受けたモンゴルの小さなカトリック信者たちを導いている。彼は国内の使徒的庁(教区の前段階)の長として、約1500人の信者と9つの教会に責任を持っている。

 マレンゴ枢機卿は、バチカンメディアとのインタビューの中で、「ローマ教皇の訪問は私たちも教会の中心にいることを感じさせてくれる機会となるだろう。地理的には、私たちは伝統的な軸に比べて世界の端に位置しているが、教皇を私たちの間に迎えることで、私たちは遠くではなく、教会の中心に非常に近い位置にいることを実感できる。また、教皇の訪問は、聖座とモンゴルとの良好関係をさらに発展させる機会となるだろう」と強調している。

 同枢機卿はまた、「地方教会にとって、ペテロの後継者を迎えることは大きな名誉であり、特別な恩寵だ。私たち全員にとって本当に素晴らしい贈り物だ。この国にとって、800年前に当時の教皇インノケンティウス4世が、モンゴルの支配者との対話のためにモンゴルへの最初の平和使者を派遣して以来の出来事となる。私はこれが特別な意義を持つ歴史的な旅行であり、国際政治の舞台でも特に重要だと考えている」と述べている。ちなみに、ロシアと中国の間にある内陸国モンゴルの教会指導者はまだ49歳で世界最年少の枢機卿だ。

 バチカンとモンゴル間の外交関係は1992年から始まった。モンゴルが1990年代初頭に民主化するにつれて、キリスト教の宣教師たちも再びモンゴル入りできるようになった。現在、モンゴルで活動している宣教師は約70人だ。そのうち約25人は神父、約30人は修道女、そのほか、信者宣教師だ。聖職者の出身は27カ国に及ぶ。モンゴルからの神父も2人いる(バチカンニュースから)。

 キリスト教徒はモンゴルでは少数宗派だけに、他の宗教との対話が重要になる。特に仏教界、シャーマニズム界、その他の宗教界、たとえばイスラム教などとの関係は大切になるという。

 モンゴルで「宗教の自由」が憲法に明記されて以来、宗教による差別は禁止され、国と教会は政教分離が原則だ。伝道活動には厳格な規則が適用されるという。

 フランシスコ教皇は25日、ローマの使徒宮殿の窓から「アジアの中心地、モンゴルへの旅を楽しみにしている。待ち望んできた訪問だ。数的には少ないが信仰に生きる大きな愛の教会と、高貴で賢明な宗教的伝統を持つ偉大な民族に出会う機会を感謝している。特に、宗教間のイベントを通じてお互いを理解することができることを願っている」と述べている。宗教間対話イベントは来月3日、ウランバートルのフン劇場で開催される。信仰を分かち合い、異なる宗教間の交流を図る場となる予定だ。

 フランシスコ教皇は、「私はモンゴルの皆さん、兄弟姉妹に向けて、あなたたちの間の兄弟として、あなたたちのもとに行くことを楽しみにしています。温かい招待をしてくださった政府に感謝し、私の訪問を熱心に準備してくれる皆さんにも感謝します。皆さんにお願いです、この訪問を祈りとともに支えてください」と語っている。

 バチカンが発表した教皇のモンゴル訪問の日程によると、31日午後18時30分に、教皇はカトリック教会の最高指導者として初めてモンゴルへの旅に出発し、9月1日の朝、モンゴル時間で午前10時にウランバートル国際空港に到着する。その後の数日間、教皇は国内のカトリック信者との会合に加え、教会間および宗教間の対話相手、政府代表者、市民社会の代表者と会い、社会プロジェクトの開始式に出席する。

聖母マリアはなぜ頻繁に出現するか

 世界各地で聖母マリアが出現している。ポルトガルの小村ファティマ(1917年)やフランス南部のルルド(1858年)は聖母マリアの再臨地として良く知られている。世界から毎年、多くの巡礼者が訪ねてくる。そのほか、ボスニア・ヘルツェゴビナのメジュゴリエ(1981年)、そして象牙海岸のアビジャン近くのアウドワンで涙を流す聖母マリアの像などが挙げられる。

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▲ポルトガルのファティマの聖母マリア再臨地で祈るフランシスコ教皇(2023年8月、バチカンニュース公式サイトから)

 例えば、ファテイマでは聖母マリアは3人の羊飼いの子供たちに3つの予言をし、核戦争を含む世界の未来について予言していたとしてメディアでも一時大きな反響があった。聖母マリアが出現したルルドはその泉の水を飲むことで病が癒されることで有名だ。メジュゴリエでは聖母マリアの出現の真偽で久しくバチカンと現地の教会の間で見解が分かれている。

 ローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁の教皇アカデミー「Pontificia Academia Mariana Internationalis」(PAMI)は今年4月13日、「世界各地で報告される聖母マリアの再臨、それに関連した神秘的な現象の信憑性を調査する監視委員会を設置する」と発表した。聖母マリアの出現、啓示、聖痕などのさまざまな事例を分析し、その出現の真偽、意味などを解明するためだ。世界各地で聖母マリアが出現するが、その真偽で疑問が提示され、バチカンからは聖母マリアの再臨地として公認されるのを待っているケースが多いからだ。バチカン側は基本的に聖母マリアの出現を含む奇跡については慎重なアプローチを取り、個々のケースの検証に多くの時間をかける。

 PAMIのチェッチン神父は実際、「聖母マリアの再臨などで語られるメッセージが混乱を引き起こし、恐ろしい終末論的なシナリオを広めたり、教会批判を拡散することも増えてきた。世界のさまざまな地域で報告されている亡霊や神秘的な現象を正しく評価および研究するために、国内外の委員会を活性化する必要がある」と特別監視委員会の設置の意味を説明している。

 バチカンニュースは今月17日、「聖母マリアの出現は本当か、嘘か」というセンセーショナルな見出しで大きく報道していた。神学者でマリア学者のマリアニスト・ジャン・ルイ・バレ修道士は、「これらの現象は一般的に私的啓示と呼ばれるものに該当する。そして、啓示と言うと、神の秘密を指すものであり、神の言葉と秘跡を通じて自己を明らかにしている。したがって、神の言葉に私たちを結びつける強い経験をする人々がおり、この経験を調査し、必要に応じて認める必要が出てくる。なぜなら、これらの経験が教会の牧会に影響を及ぼす可能性があるからだ」という。

 興味深い点は、世界各地の聖母マリアの出現では、その啓示、預言の受け手が多くの場合、枢機卿や司教といった教会の高位聖職者ではなく、小さな村の羊飼いの子供や教養のない貧しい人々だということだ。それゆえに、バチカンや教会側が聖母マリアの出現といった現象に対して迅速にその真偽を決定できない理由となっている。ルルドやファティマでは子供たち、グアダルーペ(メキシコ)では素朴なインディオが聖母マリアの出現を目撃した証人だった。

 カトリック教会では「神の啓示」は使徒時代で終わり、それ以降の啓示や予言は「個人的啓示」とし、その個人的啓示を信じるかどうかはあくまでも信者個人の問題と受け取られてきた。イタリア中部の港町で聖母マリア像から血の涙が流れたり、同国南部のサレルノ市でカプチン会の修道増、故ピオ神父を描いた像から同じように血の涙が流れるという現象が起きている。スロバキアのリトマノハーでも聖母マリアが2人の少女に現れ、数多くの啓示を行っている、といった具合だ。

 ジャン・ルイ・バレ修道士は、「教会はエルキュール・ポワロ(アガサ・クリスティ作の推理小説に登場する架空の名探偵)にも匹敵するような厳密な調査を行っている。真実の証拠は、人々が神の言葉を読み、教会と共に共同体を築き、秘跡を受けるように促すことだ」と強調する一方、「実際のところ、事態はしばしば異なる。教会の指導者が懐疑的な立場を取るのは、教会の民の中で不安が伴う現象や、教会の権威に対する騒動、極端な意見対立と関連していることがあるからだ」と説明する。

 同修道士によると、「真正なマリアの出現はすべて同じ方向にある。マリアの使命は、私たちをイエスの帰還に準備させることだ。そこには完全なエスカトロジー(終末論)の側面がある。歴史には意味があり、マリアは私たちの心をイエスの栄光の帰還への希望に向ける手助けをする」と述べている。

 同修道士は、聖母マリアは教会の改革者ではなく、イエスの権威を称える証人という立場からその出現を解釈している。当方は聖母マリアの出現では同修道士とは少し異なった見方だ。「マリアの使命」という視点には同意するが、マリアには昇天後ではなく、生前にイエスの母親としての使命があったはずだからだ。

 なぜ聖母マリアは昇天後も度々出現し、多くは涙を流している姿が目撃されるのか。地上のキリスト者の信仰の欠如を嘆き、涙しているという風に一般には解釈されているが、当方はマリア自身が生前の歩みで涙を流さざるを得ない事情があったのではないか、と考えている。

 <参考資料>
『母の日』と聖母マリア像の変遷」2023年5月14日参考)
『聖母マリアの被昇天』に思う事」2022年8月16日参考)
ボスニアの聖母マリア再臨40周年」2021年6月29日参考)
『聖人』と奇跡を願う人々」2013年10月02日参考)
ファティマ第3予言、暗殺でない」2007年1月25日参考)

ロシアの現状「日露戦争」時と重なる

 ローマ・カトリック教会総本山バチカン教皇庁はウクライナ戦争への独自の和平案(通称「7項目和平案」)を作成済みという。それによると、.Εライナは中立国となる、∨迷臉祥両鯡鶺々宗複裡腺圍蓮砲硫談噌颪箸呂覆蕕覆ぁ↓(その代わり)欧州連合(EU)加盟への具体的なオファーを得る、す駭安保常任理事国(米英仏ロ中)の5カ国にEUとトルコを加えた国がウクライナの主権と領土統合を保障する、ゥリミア半島は戦争が停戦するまでロシアが当分管理する、Ε襯魯鵐好州とドネツク州はウクライナに留まるが自治州とする、といった内容が核となっている。

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▲フランシスコ教皇と会談するゼレンスキー大統領(2023年5月13日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 以上の内容を見れば、イ鉢Δ瞭睛討魯Εライナのゼレンスキー大統領にとって現時点では絶対に受け容れられないだろう。ロシア軍の侵略を容認する一方、ウクライナ東部2州の自治州化は両州がウクライナ領土内に留まるとしても、将来の紛争再発の原因を残すことにもなるからだ。バルカン半島のセルビアとコソボ自治州を思い出すだけで十分だろう。コソボ自治州はセルビアから離脱し、最終的には独立国となった。イ鉢Δ力楕唇討鬟Εライナ側が容認できるならば、戦争は既に停戦できただろう。

 それ以外の和平案はどうか。ウクライナのNATO加盟は戦争中も戦争後もロシアが反対している限り、考えられないし、ロシア側もウクライナのNATO加盟は戦後も認めないだろう。そこで中立国化という案が出てくる。換言すれば、このコラム欄でも書いたが“ウクライナのオーストリア化”だ。北欧の中立国フィンランドとスウェーデン2カ国がロシア軍のウクライナ侵攻を受け、中立主義を放棄してNATO加盟を決断したが、オーストリアはスイスと共に中立国のステータスを堅持している(「ウクライナの“オーストリア化”が浮上」2022年4月11日参考)。

 ウクライナはNATO加盟を断念する代わりに、ブリュッセルにEU加盟を加速化させるというわけだ。EUはNATOとは違い軍事同盟ではないが、ロシアもEU加盟国を侵略するという冒険は難しいから、現実的にはウクライナのEU加盟はNATOの準加盟国化を意味する。問題はハンガリーなど27カ国から成るEU加盟国内でウクライナの早期加盟には抵抗があることだ。そのうえ、ウクライナと同様にEU加盟を申請し、加盟国候補国となっているバルカン諸国から「ウクライナだけを特例扱いするのは許されない」といった声が出てくるのは必至だ。EU本部のブリュッセルの外交手腕が問われることになる。

 ウクライナ側の懸念を払しょくするうえでも、い瞭睛討禄斗廚澄ただし、国連安保常任理事国には戦争の張本人のロシアと、モスクワを支援する中国が入っていることだ。中国側がロシアを説得しない限り、その内容は空文に過ぎない。

 ローマ教皇フランシスコがウクライナ戦争の早期停戦、和平実現に心を砕いてきたことはよく知られている。フランシスコ教皇は5月13日、イタリア訪問中のゼレンスキー大統領と会談した。ウクライナ戦争の和平ではゼレンスキー氏と教皇は決して同一の立場ではない。最大の問題は、ウクライナ戦争の和平調停について語る時、教皇はロシアを戦争の加害国であると明確には非難してこなかったことだ。

 教皇の和平外交では、キーウとモスクワは対等の交渉相手だ。だから、フランシスコ教皇が調停役を演じるためにはキーウとモスクワの間で「中立的な立場」を維持することが前提条件となる。一方、ゼレンスキー大統領はフランシスコ教皇との会談後、テレビとのインタビューの中で、「ウクライナには調停者は必要ない」と明言している(「ゼレンスキー氏『教皇の調停不必要』」2023年5月15日参考)。

 フランシスコ教皇は過去、ロシア軍の「ブチャの虐殺」や民間施設への砲撃などを非難したが、戦争がロシアの軍事侵略から始まったという認識が薄く、戦争両成敗といった姿勢が強い。ロシア軍の攻撃で多くの犠牲者が出ているウクライナにとってそのような態度は甘受できないわけだ。

 教皇は6月に入ると、イタリア教会司教会議議長のマテオ・ズッピ枢機卿を教皇特使に選出している。教皇の願いを受け、同枢機卿は6月6日、キーウを2日間訪問し、ゼレンスキー大統領と会談し、6月29日にはモスクワでロシア正教会最高指導者、モスクワ総主教キリル1世と会談した。その後、同枢機卿は7月17日にワシントンに飛び、18日にバイデン米大統領と会談し、教皇の親書を手渡し、バチカンの和平案について協議を重ねた、といった具合だ。

 バチカンのウクライナとロシア間の調停外交について、イタリアのバチカン問題専門家マルコ・ポリティ(Marco Politi)氏は独週刊誌「シュピーゲル」(7月29日号)とのインタビューの中で、「多くの軍事専門家はロシアは既にウクライナとの戦争で敗北していると見ている。ロシア軍の現状は悲惨であり、情報機関も同様だ。モスクワの戦略も不十分だ。民間軍事組織『ワグネル』とその指導者、エフゲニー・プリゴジン氏による『24時間反乱』はロシアの脆弱さを鮮明にした。軍人専門家はロシアの現状をロシアと日本との戦争「日露戦争」(1904〜05年)時と重なると受け取っている。大国ロシアが突然、敗北したのだ。その敗北は劇的な結果をもたらした。ロシア革命(1917年)だ」と説明、「敗戦後、現在のロシアでどのような状況が生まれてくるか分からない。それゆえに、フランシスコ教皇は無条件のウクライナ支持の西側のナイーブで過剰な愛国主義を警告しているわけだ。敗北という屈辱を強いられたロシアは分裂し、壊滅的な結果が生まれてくるかもしれないのだ」と解説している。バチカンが中立に拘る背景が少し理解できた。

“バチカンのクルーニー”は飛ばされた

 英国王室では社会からの批判に対して反論してはならない。王室を出ていったヘンリー王子の批判に対しも、チャールズ国王やウィリアム皇太子は面と向かって反論できない。民主的社会ではフェアではないが、英王室の慣習だ。同じことが、ローマ・カトリック教会最高指導者にして“ペテロの後継者”フランシスコ教皇の立場にもいえる。教会の刷新を目指す教皇に対して、教会内外から批判や中傷が絶えないが、教皇本人は反論したり、論争に加わったりはしない。

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▲“バチカンのジョージ・クルーニー”と呼ばれたゲンスヴァイン大司教とフランシスコ教皇(バチカンニュースから、2020年2月6日)

 だからといって、ローマ教皇は自身への批判や中傷に対し、沈黙して甘受するだけか、というとそうではないのだ。時が満ちたならば、宝刀を抜いて言われなき批判や中傷した人物をバッサリと切り捨てる。

 フランシスコ教皇はその宝刀を前教皇ベネディクト16世(在位2005年〜2013年2月)の元私設秘書ゲオルク・ゲンスヴァイン大司教に対して抜いたのだ。フランシスコ教皇は同大司教をバチカンから追放し、大司教の出身地ドイツに追い払ったのだ。

 ゲンスヴァイン大司教(66)は誰?という読者のために少し復習する。同大司教は“バチカンのジョージ・クルーニー”と呼ばれてきたハンサムな聖職者だ。ドイツのフライブルク大司教区出身で2005年2月以降、前教皇ベネディクト16世の私設秘書として広く知られるようになり、ベネディクトが2013年に生前退位後もその職務を務め、ローマ教皇に新たに選出されたフランシスコ教皇の下でバチカンの教皇宮殿長を一時期務めてきた。ゲンスヴァイン大司教は前・現2人のローマ教皇の秘書として仕えてきた唯一の高位聖職者なのだ。

 問題は名誉教皇だったベネディクト16世が昨年亡くなってからだ。ゲンスヴァイン大司教は職務がなくなった。新しい任務を受けるためにフランシスコ教皇の指令を待ってバチカン内で待機していた。そして人事が明らかになったのだ。

 バチカンは先月中旬、ゲンスヴァイン大司教が7月に故郷ドイツのフライブルク大司教区に戻ると発表した。ゲンスヴァイン大司教の新任地では、「恒久的な固定した任務はない」という。明らかに左遷人事であったことが判明したのだ。

 バチカンニュースが17日報じたところによると、大司教区では「ゲンスヴァイン大司教は洗礼や地域の祝祭礼拝など個別の任務を引き受ける。今秋からは名誉教会参事として、フライブルク大聖堂の定期的な礼拝を執り行うことになるだろう」というのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 故郷に戻ったゲンスヴァイン大司教はイタリアの新聞「Corriere della Sera」のジャーナリストに対して、「まだ自分が何をするか見極める必要がある」と語り、「自分は大司教区ではただ邪魔者になっているだけだ」と呟いたという。

 同大司教の未来について、バチカンにとって重要ではない南米の教皇庁大使として派遣されるか、教皇庁立大学で教鞭を取るのではないか、といった噂が流れていた。実際は、正式な任務もなく故郷に戻ることになったわけだ。イタリアの上流社会との交流を愛し、テニスが大好きなゲンスヴァイン大司教にとって失望する人事だったことは明らかだ。

 フランシスコ教皇によるゲンスヴァイン大司教バッシングが始まったわけだ。その背景をまとめておく。ゲンスヴァイン大司教は今年1月、フランシスコ教皇とベネディクト16世に仕えてきた聖職者の立場から、両教皇の関係や問題などを暴露した本を出版した。同暴露本「Nothing but the Truth」がフランシスコ教皇を批判していることから、バチカン教皇庁内では「大司教の本の出版は教会の統一を破壊する恐れがある」として、本の出版を阻止すべきだという強硬発言すら聞かれた。

 ドイツ人聖職者ゲンスヴァイン大司教の本の狙いは亡くなったベネディクト16世の知られていない顔を読者に伝えるといった穏やかなものではなく、ズバリ、フランシスコ教皇批判に集中していた。

 ゲンスヴァイン大司教とフランシスコ教皇との関係を知る必要があるだろう。同大司教はベネディクト16世が2013年に生前退位し、南米出身のフランシスコ教皇が後継の教皇に選出された後、数年間はフランシスコ教皇の秘書の仕事を継続したが、2020年、フランシスコ教皇は自身の秘書を選び、ゲンスヴァイン大司教を解任する形で教皇庁教皇公邸管理部室長の立場を停職させた。大司教の仕事を名誉教皇となったベネディクト16世のお世話係の地位(私設秘書)に限定したわけだ。フランシスコ教皇の人事について、同大司教は本の中で「大きなショックを受けた」と正直に告白している。

 本の中ではまた、フランシスコ教皇がラテン語のミサなどを完全に撤回した時、ベネディクト16世はショックを受けたこと、フランシスコ教皇のジェンダ―政策に対し、ベネディクト16世が、「社会のジェンダー政策は間違っていると、もっと明確に批判すべきだ」という趣旨の書簡をフランシスコ教皇に送ったが、返答がなかったことなどを暴露し、同大司教は、ベネディクト16世とフランシスコ教皇の関係がメディアで報じられるような兄弟関係ではなく、最初から厳しいものがあったことを示唆し、その責任の多くをフランシスコ教皇に押しやっている。

 バチカン関係者によると、フランシスコ教皇はゲンスヴァイン大司教の本の内容を不快に感じたが、それを口に出すことはなかったものの、忘れていたわけではなかった。人事が下されたのだ。フランシスコ教皇はバチカン内でゲンスヴァイン大司教の顔を見なくてもいいように、ドイツに戻した。それも大司教が既にいるドイツのフライブルク大司教区にだ。その結果、ゲンスヴァイン大司教は公式の固定した任務のない大司教、という惨めな立場になったわけだ。

 フランシスコ教皇は外見は柔和だが、人事では厳しい。ベネディクト16世がドイツから呼んだ保守派の教理省長官ミュラー枢機卿の任期更新を拒否したり、アルゼンチン出身のビクトル・マヌエル・フェルナンデス大司教をここにきて教理省長官に任命するなど、人事を通じて自身の勢力圏を拡大していった。

 コンクラーベで教皇選出権を持つ枢機卿137人のうち、フランシスコ教皇が任命したのは102人だ。残りの35人はベネディクト16世、ないしはヨハネ・パウロ2世(在任1978年〜2005年)によって任命された枢機卿だ。同教皇は任期10年間で次期教皇選出会で自身の路線を継承する教皇が選ばれるように布石を打ってきたわけだ。

 一方、“バチカンのジョージ・クルーニー”と呼ばれ、2人の教皇に仕えたゲンスヴァイン大司教は、70歳をまだ迎えていないのに定年退職者のような、華やかさのない仕事を与えられたわけだ。
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