イスラエルのネタニヤフ首相は15日、米Foxニュースとのインタビューでイスラエルがイランの聖職者支配体制の崩壊、体制チェンジをも視野に入れていることを示唆した。一方、米メディアが同日報じたところによると、トランプ大統領はイスラエルのイランの最高指導者ハメネイ師暗殺計画に反対したという。

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▲イラン最高指導者アリ・ハメネイ師(イランのIRNA国営通信から)

 イスラエル軍が「ライジング・ライオン作戦」を開始して16日で4日目に入った。イスラエル側は作戦の最優先目標のイランの核関連・軍事施設への攻撃を続けている。ウラン濃縮関連活動の拠点ナタンズだけではなく、金属ウラン製造のイスファハンやフォルド濃縮施設にも爆弾を投下、多大の被害を与えている。一方、イラン革命部隊(IRGC)の司令官やイラン国軍の指導者ばかりか、核開発にタッチする核物理学者をも暗殺している。ロイター通信によると、殺害された核専門家は14人になるという。イスラエル側はまた、核兵器を実際に使用可能な形で配備、搭載する弾道ミサイルの運用能力の破壊にも力を入れている。

 オーストリア国防省イラン専門家、ヴァルター・ポッシュ氏は15日、同国国営放送(ORF)とのインタビューの中で、「IRGCのトップや軍指導部の暗殺で軍の統制が難しくなっているが、軍指導者の入れ替えは問題ない。しかし、核専門家の損失は大きい」と指摘、「イスラエルのイラン核関連施設の破壊という目標はほぼ達成したのではないか」とみている。

 同氏によると、「イラン・イスラム共和国の安全保障に関する最高意思決定機関・国家安全保障会議のメンバーの半数は殺害された。一方、テヘラン国際空港はイスラエル軍の空爆で破壊されたから、イラン指導者がどこかに亡命しようとしたとしても飛行できない状況だ」と述べ、イラン指導部内で動揺が見られ出したという。

 イランを取り巻く政治・経済情勢は厳しい。イランは、宿敵イスラエルを打倒するためにこれまでパレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激派テロ組織「ハマス」、レバノンの民間武装組織ヒズボラ、イエメンの反体制派武装組織フーシ派に軍事支援してきた。同時に、シリアのアサド政権に対してもロシアと共に軍事支援してきた。しかし、ハマスはイスラエル軍の報復攻撃を受けてほぼ壊滅状況だ。ヒズボラはイスラエル軍によって最高指導者ナスララ師が殺害され、統制が難しくなってきた。そしてロシアと共に軍事支援してきたシリアのアサド政権は昨年12月、崩壊したばかりだ。すなわち、ハメネイ師とIRGCが裨益する国民経済を無視して、外国のイスラム過激派テロ組織を支援してきたが、その結果は無残なものに終わろうとしているのだ。

 外的には1979年のイラン革命から始まった聖職者支配体制は終焉を迎えようとしている。そこでイスラエル軍の「ハメネイ師殺害計画」が飛び出してくるわけだ。イスラエル軍は昨年9月27日、イランが軍事支援するレバノンのシーア派武装勢力「ヒズボラ」の最高指導者ナスララ師を殺害している。聖職者とはいえ、軍部と連携してイスラエルを攻撃する指導者に対しては容赦なく殺害してきているのだ。

 一方、イスラエルの最大の同盟国・米国のトランプ大統領はイランとの協議に拘っているが、イランは今米国との交渉を再開したら、米国側が要求する濃縮ウラン活動を全面的にストップしなければならなくなる。そうなればイラン指導部のメンツはなくなる。だから、現時点では米・イラン両国核協議の再開は難しいわけだ。

 ところで、イランの企業は80%が国有企業だ。経済の大部分は、政府、宗教団体、軍事コングロマリット(複合企業)によって支配されており、純粋な民間企業はほとんど存在しない。そして最高指導者ハメネイ師は数十億ドル規模のコングロマリットを率いる中心的人物でもあるのだ。ハメネイ師の経済帝国は石油産業から電気通信、金融、医療に至るまで、経済の多くの分野をその管理下に置いている。また、イラン革命防衛隊も石油とガス産業、建設と銀行だけでなく、農業と重工業にも組み込んでいるコングロマリットを所有している。要するに、ハメネイ師を筆頭としたイランの聖職者体制は同時に、同国の経済を完全に掌握しているのだ。

 ハメネイ師体制の崩壊はその経済的な恩恵を受けてきた聖職者、軍人、国民にとって存続の危機を意味する一方、絶望的な貧困化にある大多数のイラン国民には聖職者支配体制からの解放となる。

 最後に、ハメネイ師体制の崩壊のシナリオについて少し考えてみたい。トランプ氏はイランの体制転換が中東全域を不安定にし、新たな戦争や紛争をもたらすことを恐れている。トランプ氏は戦争を嫌っている。だから、同氏はロシアのプーチン大統領に電話し、イスラエルとイラン間の戦争を終結するためにロシアの仲介を打診しているほどだ。それではイスラエルが米国の関与なく自力でイランの現体制を崩壊させるというシナリオはどうか。中東では過去、米国の関与なくして戦争や紛争が終結したことがないのだ。また、イスラエル側には、ポスト・ハメネイの明確なビジョンがない。イラン国内からの体制改革の動きはどうか。残念ながら、シリアのように武装した反体制派組織はイランには存在しないのだ。

 以上、少し時間がかかるが、イスラエル軍の攻撃で国力を失った現イラン体制と米国が交渉を再開し、イランの核問題と制裁解除問題で双方が妥協を探る道が現時点では最も好ましいのではないか。