テヘランからのニュースを聞いて「良かった」と感じる一方、「当然の結果だ」と思った。イスラムの服装規定に違反した場合に厳しい罰則を規定したヒジャブ法の施行にストップがかかった。同法が施行されたならば、イラン国内で2022年のような大規模な反政府デモが起きることが懸念されていた。国民経済が停滞し、若者の失業者が増えている今日、反政府デモが起きたならば、それこそ暴動に発展しかねない。今回の決定は、国内の強硬派との権力争いで穏健派のぺゼシュキアン大統領の勝利と受け取られている。

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▲閣僚会議で「米国から国を守るためには結束が必要」と話すぺゼシュキアン大統領(中央)、2025年5月25日、IRNA通信から

 スカーフ直用に関するヒジャブ法は2023年に導入され、議会委員会が昨年再改正し、昨年12月に施行されるはずだった。同法は、イスラム教のスカーフ着用義務に従わない女性に対し、重い罰金、公共サービスの停止、さらに再犯の場合は懲役刑まで規定している。超保守派の監督者評議会はすでにこの法案を可決していた。しかし、ぺゼシュキアン大統領は議会で可決されたヒジャブ(スカーフ)法に拒否権を行使し、国家安全保障会議に判断を委ねていた。

 そしてイランの安全保障問題に関する最高意思決定機関の安全保障理事会が今回、同法の施行を拒否したわけだ。モハメド・カリバフ国会議長は25日、「安全保障理事会はヒジャブ法を実施しないよう指示した」という。同国では議会が決定した法案に対して、安全保障理事会は拒否権を有している。

 イランではハメネイ師を中心とした強硬派とぺゼシュキアン大統領らの穏健派との間で権力争いが展開されている。大統領選で穏健派の代表として当選したぺゼシュキアン大統領は強硬派が作成したヒジャブ法を承認するわけにはいかない。ちなみに、同大統領は昨年7月5日、強硬派の対抗候補者ジャリリ最高安全保障元事務局長を破って大統領に就任したばかりだ。

 今回のヒジャブ法施行停止決定はイスラム強硬派との内部権力闘争におけるぺゼシュキアン氏の重要な勝利だと見ている。同大統領はヒジャブ法に対して、「社会的反発だけでなく、新たな混乱を引き起こす恐れがある」と反対してきた。ヒジャブ法は、強硬保守派の前任者、エブラーヒーム・ライシ大統領(故人)の政権下で策定されたものだ。ソーシャルメディアでは、ヒジャブ法を「女性に対する宣戦布告」として激しく非難する声が広がり、議会が国全体を「巨大な監獄」に変えようとしていると批判されてきた。

 ヒジャブ法に対しては、政府内からも批判の声があった。ハメネイ師の顧問、アリ・ラリジャーニ氏は「私たちにはそのような法律は不要で、せいぜい文化的な説得が必要だけだ」と述べている。また、元政府報道官のアブドラ・ラメサンザーデ氏もSNS「X」で、「この法律を過酷である」と非難し、「このような抑圧的措置は社会内の不満を増幅させるだけだ」と書き込んでいる。

 イランでは2022年9月、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)がイスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去した。このことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がった。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧した。その結果、国内外から激しい批判の声が高まっていったことはまだ記憶に新しい。アミ二さんの死は「女性、生命、自由」というスローガンを掲げて全国に広がった大規模な抗議行動の引き金となった。

 最近では、イランのミュージシャンであるパラストゥ・アフマディさんがヒジャブを着用せず、服装規定に反するドレスを着て歌い、そのコンサートをYouTubeに公開した。その結果、彼女とバンドメンバー2人は逮捕された。

 ヒジャブの着用問題はイランの聖職者支配体制を揺るがす大きな問題となっている。 NGOはこれまでに500人以上が死亡し、約2万人が逮捕され、約140人が死刑を執行されたと報告している。

 一方、イランを取り巻く政治・経済状況は厳しい。イラン最高指導者ハメネイ師とイスラム革命防衛隊(IRGC)が裨益する国民経済を無視して、外国のイスラム過激派テロ組織「ハマス」やレバノンのヒズボラらを支援してきたが、その結果は無残なものに終わろうとしている。

 このような状況下で、国民の抵抗が強く、欧米諸国から批判のある「ヒジャブ法」を施行できるだろうか。現実主義者のぺゼシュキアン大統領が拒否権を行使したのは賢明だ。2022年秋のような国内全土で反体制派抗議デモが広がっていけば、ハメネイ師を中心とした聖職者支配体制が崩壊し、イランが‘第2のシリア’となる可能性が出てくるのだ。