「口は災いの元」という格言があるが、第69回ユーロビジョン・ソング・コンテストで優勝したオーストリア代表、男性歌手JJ(本名ヨハネス・ピーチ、24)はそのことを身に浸みて感じているかもしれない。JJはスペインの日刊紙「エル・パイス」に21日掲載されたインタビューの中で、「イスラエルが大会に参加していることは非常に残念だ。来年はイスラエル抜きでウィーンで開催されることを望む」と語り、イスラエル・ボイコットを呼びかけたのだ。

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▲ドイツのシュタインマイヤー大統領と会合するネタニヤフ首相,2025年5月13日、イスラエル首相府公式サイトから

 JJの発言が報じられると、オーストリア国内で当惑と反発の声が出てきた。JJは「自分の発言が誤解されている」と弁明したが、どのように誤解されたのか、といった説明はない。JJは「ロシアが除外され、イスラエルが除外されなかったことに非常に失望している。両者とも侵略者だ」と述べているのだ。JJは22日、反響の大きさに驚いて発言内容を撤回している。

 その直後だ。ワシントンでイスラエル大使館の2人の職員が親パレスチナの容疑者に射殺されるという事件が起きた。JJは同ニュースを報じるソーシャルネットワークのサイトに‘like‘と書き入れていたのだ。さすがに、殺人を擁護するように受け取られる危険性を感じたのか、JJは‘like‘を直ぐに消去している。

 JJが19日、バーゼルでのユーロビジョン(ESC)から凱旋帰国した時、ストッカー首相、バブラー副首相、マインル=ライジンガー外相ら政府首脳、そしてオーストリア国営放送(ORF)のヴァイスマン会長から熱烈の歓迎を受けた。ストッカー首相はJJに、「あなたの優勝は国民を鼓舞するものだ」と語りかけていた。JJは次期ESCコンテストで司会役を任されるのではないか、といった情報も流れていた。そのような矢先、JJの発言が報じられたわけだ。

 JJの発言に関するストッカー首相の反応は伝わっていないが、政府首脳陣は苦悩を隠せられないだろう。ORFのヴァイスマン会長は22日、「JJの発言はあくまでも彼個人の発言であり、ORFとは全く関係がない。ORFにとって、ESCの焦点は音楽と芸術パフォーマンスにある。EBU(欧州放送共同体)は、政治とエンターテインメントを区別する明確なガイドラインを定めている。EBUは参加国または参加除外国を決定する唯一の機関だ」と述べ、、JJ発言で沸き上がった熱気帯びた論議の鎮静化に努めている。

 なお、ユーロヴィジョンを主催するEBUはロシアに対しては参加を拒否しているが、イスラエル代表の参加は認めている。JJの立場からいえば、ロシアを拒否しながら、どうしてガザで多くのパレスチナ人を殺害しているイスラエルの参加は認めるのか、といったダブルスタンダートへの疑問だ。
 オーストリアのメディアによると、「昨年の歌のコンテストでスイス代表として優勝したネモも、イスラエルを除外することを支持する意見を公然と表明した。最近、歌のコンテストの元参加者70人が公開書簡で同様の意見を表明している」という。どうやら、「イスラエル・ボイコット」を叫ぶ歌手たちはJJだけではないようだ。

 ただ、忘れてはならない点は、ウクライナに軍事侵攻したロシアとイスラム過激派テロ組織「ハマス」の奇襲テロで1200人以上の国民を殺害されたイスラエル側の報復攻撃を同じ次元で論じるべきではないことだ。実際、オーストリア国民議会元議長ヴォルフガング・ソボトカ氏は「イスラエルをESCから除外し、ロシアと同等に扱うというのは完全に見当違いであり、歴史を無視している」と主張している。

 参考までに、ファン・デア・ベレン大統領が23日、日刊紙「クローネン・ツァイトゥング」紙で、「『イスラエル国家に対する揺るぎない姿勢』と『特にガザ問題におけるイスラエルのネタニヤフ首相の現政権』の間は区別されなければならない」と語っている。要するに、「ネタニヤフ政府の行動に対する必要な批判を排除することなく、イスラエル(国家)を支持することが重要だ」というわけだ。

 ちなみに、オーストリアにはナチス・ドイツ軍と連携してユダヤ民族の虐殺(ホロコースト)に関与してきたという歴史的負い目があって、戦後はほぼ無条件にイスラエル支持を表明してきた経緯がある。JJの言動は、戦後から続けてきたオーストリアの国是(国家理念)への挑戦のように受け取られたのかもしれない。