ウィーンには国連薬物犯罪事務所(UNODC)の本部があることもあって、世界の薬物・麻薬関連の動向には注視してきた。AFPが最近、「米国における薬物の過剰摂取による死亡者数が昨年、5年ぶりに最低水準だった」というニュースを発信した。一見、朗報だが、その記事の内容を読むと、「米国は不法麻薬との厳しい戦場」ということが分かる。すなわち、世界最強国の米国は実は「内戦中」ということなのだ。

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▲第47代米大統領トランプ氏(2024年11月07日、バチカンニュースから)

 米国疾病対策センター(CDC)によると、薬物の過剰摂取による死亡者数は昨年約27%減少し、10万人を下回って8万391人となり、2019年以来の最低水準だった。しかし、死亡者の半数以上は依然としてオピオイド(麻薬性鎮痛剤)のフェンタニルによるものだ。オピオイド系鎮痛剤フェンタニルの過剰摂取による死亡者数は2023年の約7万6000件から4万8422件に減少したと推定される。

 こうした全体的な改善にもかかわらず、「過剰摂取は依然として18歳から44歳のアメリカ人の主な死亡原因となっている」と報告書は述べている。過去20年間で、米国民100万人が薬物の過剰摂取で死亡したと推定される。オピオイドの流行は、製薬会社が中毒性のある処方鎮痛剤を積極的に販売した1990年代に始まった。

 2期目に入ったトランプ大統領は就任直後、「中国がメキシコ経由で米国に麻薬を大量に密輸しており、時にはコカインや他の物質が混ぜられている」と非難し、中国に20%の懲罰的関税を課したのも頷ける。以下、ドイツ民間放送ニュース専門局ntvのケビン・シュルテ記者の記事(2月9日)を参考に、米国の薬物・麻薬汚染状況をまとめる。

 同記者は「米国の貿易戦争は麻薬戦争でもある」と端的に指摘している。トランプ大統領は就任3週目に、米国の最重要輸出国の3カ国メキシコ、カナダ、そして中国に関税を課した。メキシコとカナダに対しては、関税停止の見返りに、米国への麻薬密輸を阻止するために国境に1万人の兵士を派遣するなどの対策を約束させた。トルドー首相(当時)はまた、カナダがメキシコの麻薬カルテルをテロリストリストに載せ、米国と協力して「組織犯罪、フェンタニルの密売、マネーロンダリングと戦うための特別部隊を設置する」と発表した。

 米国社会では過剰摂取による死亡者数は2000年には1万7000人強だったが、2023年には11万人を超えた。「米国では毎年 40,000 人を超える交通事故死者が出ているが、薬物関連の死亡者数は毎年ほぼ3倍になっている。 主な原因は合成オピオイドだ。鎮痛剤のフェンタニルがそのうち約80%を占めている」という。

 トランプ政権の政府関係者は「フェンタニルだけでも、毎年、かつてないほど多くのアメリカ人が亡くなっている。これは、スーパーボウルでスーパードームに座っている人の数とほぼ同じだ。これはベトナム戦争で亡くなった兵士の数よりも多い。そして、これは毎年繰り返されている」と説明している。このように比較されると、米国社会での薬物・麻薬汚染の現状がいかに危機的か理解できる。中途半端な数ではないのだ。
 
 米国麻薬取締局(DEA)によると、中国は「米国に密輸されるフェンタニル関連化学物質((麻薬用前駆物質)の主な供給源」という。これらは通常、小包配送で米国に送られる。フェンタニルの密輸業者は特定の関税法、つまり、デミニミス規則を悪用してきた。同規則では800 ドル以下の小包の出荷は通関手続きの対象にならない。 SheinやTemuのような中国の格安オンラインストア大手はこの関税の抜け穴を利用してきた。ロイター通信によると、テムだけでも昨年、米国に約300億ドル相当の荷物を送った。ちなみに、海外からの全配送の 90 パーセントがデミ二ミス規則に該当する。慢性的に過負荷状態にある税関当局は荷物が多すぎて配送品のほんの一部しか検査することができない。麻薬カルテルにとって好条件というわけだ(シュルテ記者)。

 それに対し、トランプ大統領はこの規制を解除した。これは、商品の価値に関わらず、中国からの輸入品は関税の対象とすることを決めたのだ。米国はデミニミスルールを廃止することでフェンタニルの氾濫を抑制し、他方で中国との貿易赤字を削減するという目的だ。

 米国の薬物・麻薬事情を放映したドイツのルポを観た時、正直言って驚くというより、「あの米国がどうしてここまでになってしまったのか」と考えざるを得なかった。サンフランシスコの路上に麻薬中毒者がゾンビのように屯しているのだ。誰も彼らをケアしない。

 旧ソ連・東欧共産圏と対立していた冷戦時代、米国は共産党政権下で苦しむ全ての人々にとって希望の地だった。自由になって、米国のような国に住みたいと願っていた。その米国で現在、薬物・麻薬に溺れる国民が増えているのだ。

 繰り返すが、米国の薬物・麻薬の過剰摂取による死者数は、ガザ紛争の犠牲者の数や、ロシアとの戦争によるウクライナ側の犠牲者の数を上回っているのではないか。欧州はウクライナ戦争の停戦のために米国に積極的な関与を期待しているが、トランプ大統領は「ウクライナ戦争は欧州の問題だ」と強調する。トランプ大統領がウクライナの安全問題に無関心だからではないだろう。トランプ氏には米国内の薬物・麻薬戦争という‘内戦‘での勝利が何よりも‘ファースト‘だからだ。