26日のバチカンニュース(独語版)には、カトリック神学者ハンス・キュング氏が設立した「世界倫理財団」に12月からレナ・ツォラー氏が新しい事務局長に就任するというニュースが掲載されていた。同財団は1995年、「世界倫理」を提唱したキュング氏が設立したもので、宗教間の対立を超えて、全ての宗教や哲学が共有できる普遍的な価値観を探ることを目的としている。この考えはキュング氏が主導した「世界宗教代表者会議」で具体化され、1993年に「世界倫理宣言」としてまとめられた。同財団は来年、設立30周年を迎える。

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▲インタビューに応えるハンス・キュング氏(2000年12月、ウィーンのホテルにて、撮影)

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▲共産主義の誤謬を指摘した文鮮明師(「世界平和統一家庭連合」公式サイトから)

 キュング教授は1928年、スイスのルツェルツン州で生まれ、ローマのグレゴリアン大学で学び、ソルボンヌ、パリ、ベルリン、ロンドンなどで勉学し、60年からテュービンゲン大学基礎神学教授に就任。キュング氏はカトリック神学者として世界的な名声を有していたが、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世から教育許可など聖職を剥奪された。その理由は、キュング氏が教皇の「無謬性(むびゅうせい)」に疑問を呈し、その正当性を批判したからだ。カトリック教会は、教皇が信仰や道徳に関する重要な教えを宣言する際に誤りがないとする無謬性の教義を、第1バチカン公会議(1869〜1870年)で公式に定めているが、キュング氏はこの教義に反対し、教皇の無謬性を疑問視した。

 その後、キュング氏は教会内外で宗教間対話や倫理の普遍的基盤を探る活動を通じて、広く評価を受けた。彼はカトリック教会における批判的な声を代表し、神学や宗教哲学の分野で新たな視点を提供した。同氏はその後、宗教の統一を目指して「世界倫理」を提唱。「世界倫理財団」を設立し、世界の宗教界に大きな影響を与えてきた。
 キュング氏は「私はこれまで異なる宗教、世界観の統一を主張して『世界のエトス』を提唱してきた。宗教、世界観が異なっていたとしても人類の統一は可能と主張してきた。キリスト教、イスラム教、儒教、仏教などすべての宗教に含まれている共通の倫理をスタンダード化して、その統一を成し遂げる」と説明し、「宗教間の平和・統合がない限り、世界の平和もあり得ない」と強調している。キュング氏は聖職資格を失った後も「自分は忠実なカトリック神学者だ」と主張し、「神は存在するか」「世界のエトス」など多数の著書を発表し、30カ国以上に翻訳された。同氏は2021年4月、93歳で亡くなった。

 興味深い点は、キュング氏が提唱した「世界倫理」(Weltethos)、「世界のエトス」は、世界基督教統一神霊協会(旧統一教会、現世界平和統一家庭連合)の創設者・文鮮明師が提唱した「世界経典」と多くの共通点を有していることだ。「世界経典」は宗教の宗派間の相違を超え、世界の宗教・哲学に共通に含まれている教えをまとめたものだ。キュング氏の「世界倫理」と文鮮明師の「世界経典」は人類の平和や共通の価値観を提唱している点で似ている。

 「世界経典」は、文鮮明師が提唱した人類の普遍的価値観と霊的基盤を示す文書で、彼の宗教的ビジョンである「神主義(Godism)」を反映している。この経典では、宗教間の調和を目指し、各宗教の教えを統合しながら、神の愛を中心とした平和な世界の実現を目標としている。ただし、宗教の統合は、キリスト教だけではなく、仏教、イスラム教、儒教などの多様な宗教の教えを取り入れている。全ての宗教は神の計画の一部と位置づけているからだ。文師は、理想家庭を神の計画の基盤とみなし、家庭内の愛の実践が、世界の平和に直接的に影響を与えるという思想だ。文師が提唱する神主義(Godism)は、人間の堕落を救済するための神の愛と導きを強調し、神と人類の「父子関係」を中心に据えていることが特徴だ。同師は2012年、92歳で亡くなった。
 
 一方、キュング氏の「世界倫理」も同じように宗教間の共通基盤の探求:宗教的・文化的多様性を尊重しながら、共通の倫理基盤を構築することを目指している。ただし、「対話」を重視:特定の宗教や教義を超えて、すべての人が参加できる倫理的合意を形成するプロセスを重要視している。宗教を超えた視点:宗教を信じる人々だけでなく、無宗教者や異なる哲学を持つ人々にも受け入れられるよう、開かれた言葉で表現されている。

 キュング氏は生前、「バチカンから追放されたが、自分はカトリック信者だ」と述べていた。一方、文師は既成教会から異端視され、さまざまな迫害を受けながらも、キリスト教会の統合、宗教の統一を目指して歩んでいった。激動の時代を迎え、宗教の統合、共通の価値観がますます重要な課題となってきている。それだけに、「世界倫理」と「世界経典」の理念は改めて見直されてもいいだろう。

 最後に、当方は2000年12月、ウィーン訪問中のキュング氏と会見した。確か、国連主導の「文明間の対話」というプロジェクトでキュング氏はその指導的な役割を果たしていた時だ。以下、同氏との会見の中のコメントを少し紹介する(「世界的神学者キュング氏90歳に」2018年3月19日参考)。

 「私が主張する新しいパラダイムとは、対立から協調の世界であり、強国が弱小国家を制圧する世界に代わって公平と平等に基づく世界だ」
 「世界の宗教者が一堂に結集して現代社会が直面している問題を協議することは国連を刷新する意味でも有益だ」
 「共通倫理は誰が決めるのではなく、我々の中に既に刻印されている。嘘をついてはならない、人を殺してはならない、といったモーセの十戒のような内容だ。これは聖書だけではなく、コーランの中にも明記されている。インド、中国の経典にも見出せるものだ」