ショルツ独首相が今月14日から3日間、中国を訪問した。同首相にとって首相就任後2回目の訪中だった。いつものように大規模なドイツ経済使節団を引き連れての訪中だった。目的は低迷するドイツ経済を回復するために、同国最大の貿易相手国・中国との経済関係の強化だ。同時に、ドイツ企業の中国市場へのフェアなアクセスを獲得することにあった。例えば、電気自動車(EV)では安価な中国製EVの欧州市場への進出を受け、ドイツの自動車メーカーは苦戦を余儀なくされている。EU側は特別関税をちらつかせながら、北京側の対応を要求している。

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▲中国とロシア両国の情報機関関係者と接触するAfDのマクシミリアン・クラー欧州議員(AfD公式サイトから)

 そしてショルツ首相が訪中からベルリンに帰国すると、立て続けに中国が絡んだスパイ問題が発覚した。ショルツ首相の訪中前にスパイ問題が発覚すれば、中国での経済協力協議がスムーズにいかなくなる恐れがあったはずだ。スパイ問題が訪中後に発覚したのは、ショルツ首相の政治的な判断があったはずだ。決して偶然のことではないだろう。

 ドイツ連邦検察庁は22日、中国の情報機関のためにスパイ活動をした容疑で、ドイツ人の男女3人を逮捕したと発表した。彼らは軍事利用可能な技術に関する情報を入手したとされており、デュッセルドルフとバート・ホンブルクで逮捕された。中国外務省はこれらの疑惑を否定し、「中国のスパイ活動によるいわゆる脅威論だ。新しいものではない。その背後には中国を中傷し、『中国とヨーロッパの協力の雰囲気を破壊する』意図がある」と強く反論している。なお、中国側に伝えられたとされる情報には、強力な船舶用エンジンに使用可能な機械部品に関するものなどが含まれていたという。

 その翌日の23日、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の欧州議会マクシミリアン・クラー議員(47)のスタッフの一人、中国系ドイツ人ジャン・Gが中国のためにスパイ活動をしていたという理由で逮捕されたことが明らかになった。ドイツメディアは極右政党AfD議員と中国系ドイツ人のスパイ活動の関連について大きく報道している。

 ドイツのナンシー・フェーザー内相(社会民主党=SPD)は、「スパイ活動の疑惑は極めて重大だ。もし欧州議会から中国の情報機関に情報が流れるなどのスパイ活動が確認されれば、それは欧州の民主主義への内部からの攻撃だ」と述べた。また、「中国の反体制派を監視する疑いも同様に重い。そのような職員を雇用する者は、その責任を負わなければならない」と強調した。

 ドイツ週刊誌シュピーゲル電子版によると、ドイツ連邦検察庁は22日、ドレスデンでGを逮捕した。Gは中国の情報機関の職員であり、2019年以来、欧州議会のドイツ人メンバー、クラー議員の職員として働いてきた。クラー議員自身は「Gの逮捕は23日午前中に知らされた。他国のためのスパイ活動は重大な問題だ。事実と判明したら、直ちに雇用関係を打ち切る」と述べている。欧州議会側は22日正午には、「事の重大性を考慮して、議会は該当者を即時に停職処分とした」と説明した。

 一方、ロビー組織のLobbycontrolは、クラー議員に対してこの問題での対応の不手際を非難した。「Gに対するスパイ活動の疑いは、すでに2023年に知られていたが、クラー議員は何の措置も取らなかった」と指摘してる。

 ドイツメディアによると、Gは43歳、中国生まれだ。現在はドイツ国籍を持ち、ドイツでの学業修了後は一時事業家として活動していたが、クラー議員が欧州議会に就任すると、Gはブリュッセルのチームでアシスタントとして雇われた。GはAfD政治家の中国旅行にも同行した。少なくともこの時点から、北京当局のために働いていたとされる。
 また、捜査当局は、Gがドイツで中国の亡命中国人組織をスパイ活動していたと非難している。彼は様々な役割で反体制派グループに関与し、中国の反体制派に関する情報を収集し、情報を中国の国家安全部(MSS)に提供していた疑いが持たれている。

 一方、AfDの連邦本部は23日、「クラー氏の職員がスパイ活動の疑いで逮捕されたという報道は非常に心配だ。現時点でこの件に関する追加情報がないため、引き続き連邦検事のさらなる捜査を待たなければならない」という。クラー氏は2022年以来、AfDの連邦執行委員会のメンバーであり、6月の欧州議会選挙で党の筆頭候補者となっている。

 なお、クラー議員はクレムリンとの接触があることが知られている。米連邦捜査局FBIは昨年末、訪米中のクラー議員に対して、クレムリンの関係者からの支払い問題について尋問している。ウクライナ人の親ロシア派活動家オレグ・ヴォロシン氏(Oleg Woloschyn)がクラー議員とのチャットメッセージの中で、クラー議員に協力の見返りとして適切な補償を約束したとされる。

 AfDは移民・難民問題で徹底した外国人排斥、移民・難民反対で有権者の支持を得て、世論調査では野党第1党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)に次いで第2の支持率を挙げてきたが、6月の欧州議会選を控え、ロシア寄りが指摘され、支持率を少し落としてきた。そこにクラー議員のスタッフが中国のスパイだった疑いが発覚して、国民のAfDを見る目が厳しくなってきている。AfDには説明責任が出てきた。

(クラー議員は24日、AfD連邦幹部会で今回の件を説明、スパイ容疑をかけられたGを即解雇すると発表する一方、6月9日に実施される欧州議会選には党筆頭候補者として出馬する意向を明らかにした)