外交は国益を守ることを目標とする。暫定的に譲歩したり、融和的なアプローチをすることがあったとしても、国益を死守するという目標は変わらない。ただ、「国益外交」と呼ばれるものには、他の国の国益との衝突が避けられないものだ。

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▲日仏首脳会談に臨むマクロン大統領と岸田首相(2023年5月19日、首相官邸公式サイトから)

 例を挙げて考えてみたい。ロシア軍のウクライナ侵攻以来、欧米諸国にとってウクライナへの武器支援、人道支援が最大のアジェンダとなってきた。19日から開幕した広島の先進諸国首脳会談(G7サミット会議)では最終日の21日、ウクライナ支援問題が議論される。

 はっきりとしていることは、G7は今後もウクライナへの支援を継続していくことだ。ウクライナのゼレンスキー大統領が広島入りすれば、G7とウクライナ間で追加支援問題が具体的に話し合われる。

 ロシア軍との戦いが始まって以来、ゼレンスキー大統領が変わらずに主張してきたことがある。ウクライナとロシアとの戦争は単に2カ国間の地域紛争ではなく、欧州ばかりか、世界の自由社会と独裁国ロシアとの戦いだということだ。欧米諸国も同意見だ。エネルギーや食糧問題など世界レベルで戦争の影響が出てきていることをみても、ゼレンスキー氏の主張は正しい。それゆえに、といっては語弊があるかもしれないが、欧米諸国は結束してウクライナを支援するが、それは単にウクライナの為というだけではなく、欧米諸国の国益にも合致しているのである。

 欧州連合(EU)加盟国の一国であり、ブリュッセルからEUの異端児と呼ばれるハンガリーのオルバン首相は、「わが国の最大の目標はウクライナ戦争の影響を最小限度に抑えることだ」と強調し、天然ガスの供給を受けるロシアに対して敵対的な政治決定は避けてきた。換言すれば、ハンガリー・ファーストだ。ただ、短期的には成果があるかもしれないが、長期的には、オルバン政権のハンガリー・ファーストは国の評価を落とすことになって、その代価を払わざるを得なくなることが予想される。

 それでは、G7を含む欧米諸国はウクライナ支援で完全に一致しているか、という問題だ。総論では一致できるが、各論では相違が出てきても不思議ではない。例えば、日本の場合だ。ウクライナへの人道・物質支援はOKだが、武器供与はできない。ドイツはウクライナ戦争が始まった直後、日本と同様の立場だったが、ここにきて武器供与を含むウクライナ支援では最大の供与国となっている。
 
 フランスの対中政策を見てみよう。マクロン大統領は訪中し、習近平国家主席と会談し、大型商談をまとめることに成功した一方、中国共産党政権の台湾政策を支持する発言をして物議を醸した。対中政策で厳しい米国はマクロン大統領の「中国の台湾再統合」容認発言に激怒した。「外交は国益を守ること」という原則からいえば、マクロン大統領はフランス大統領として国民経済を支援するという国益重視を死守しただけだ。ある意味で、立派な国益外交だ。それ故に、中国の台湾再統合に反対する米国の国益と衝突したわけだ。

 外交=国益死守にも国や地域によってその適応に相違が出てくる。東方政策の草案者、元ドイツの政治家エゴン・バール氏の言葉を紹介する。バール氏は、「私たちにとってアメリカはかけがえのない国だが、ロシアは不動だ」と述べている( I always cite former German politician EGon Bahr, the architect of Ostpolitik, who said that, for us, America is irreplaceable, but Russia is immovable.)。

 この言葉を解釈すると、欧州にとって米国は当然、かけがえのない友邦国で、議論の余地はない。一方、ロシアは欧州にとって隣国だ。隣人、隣国を選ぶことが出来ない。欧州大陸に位置するロシアはどのような状況になろうとも欧州にとって隣接する国という事実には変化はない。日本の読者に分かりやすく言えば、日本は覇権主義的な軍事大国中国を好きではないといってアジアから追放できない。中国は地理的に見て不動だ。日本は国家安全保障を考える時、中国を無視しては考えられないが、同時に、中国との関係改善の余地を残しておかなければならない。欧州のロシアとの関係と同じだ。それだけに、日本の対中政策が米国のそれと一致しない状況が生まれることも考えられるわけだ。

 欧州にとってウクライナ戦争で対峙しているロシアはこれまで脅威を感じる大国であったし、今後もそれは変わらない。どのような事態が生まれてきても、対ロシア政策は短期的なものではなく、長期的な視野に入れたものとならざるを得ない。その点、米国と欧州の対ロシア政策、ロシア観には当然相違が出てくるわけだ。

 その延長から考えれば、マクロン大統領を擁護するつもりはないが、同大統領にとってウクライナ戦争の行方は国益と密接に関係するが、中国の台湾再統合という問題はフランスの国益の妨げとなる危険性は“目下”少ない、という判断が働いても不思議ではない。

 一方、世界唯一の大国を自負する米国は欧州でも、アジアでもその国益を主張し、そのために関与をし続けてきた。その大国の米国は欧州の対ウクライナ戦争、対中国政策で一致出来ないことが出てきたとしても理解が必要となる。

 国益の相違は外交の世界では当然のことで、今更強調することはないが、世界は今、ウクライナ戦争、中国共産党政権の軍事大国化、台湾再統合など複合的な危機に対峙している。それゆえに、「自由な世界」を標榜する欧米諸国は関係国の国益の相違に対して理解を示す一方、共有する価値観を忘れてはならない。自由は自動的に与えられるものではなく、それを獲得し、守るためには一定の代価を払わざるを得ないからだ。

 最後に、オーストラリアのメルボルン出身の哲学者ピーター・シンガー氏(Peter SinGer)の“効率的な利他主義”を紹介したい。タイム誌で「世界で最も影響力のある100人」の1人に選ばれたことがあるシンガー氏によれば、「利他主義者は自身の喜びを犠牲にしたり、断念したりしない。合理的な利他主義者は何が自身の喜びかを熟慮し、決定する。貧しい人々を救済することで自己尊重心を獲得でき、もっと為に生きたいという心が湧いてくることを知っている。感情や同情ではなく、理性が利他主義を導かなければならない」というのだ(「トランプ氏はシンガー哲学を学べ」2017年2月11日参考)。

 「G7」の地位が揺れてきている。将来は「G20」が世界を代表するという声が聞かれ出した。国の数が増え、世界が多様化している現在、「G7」の7カ国だけでは世界の問題を解決することは難しいという意見は正しい。ただし、議論する参加者、国数が増えればそれだけコンセンサスを探しだすことが難しくなり、混乱するケースが出てくる。

 「G7」が世界から信頼を回復する道はまだある。シンガー氏の「効率的な利他主義」を外交の世界で応用すればいいのだ。シンガー流にいえば、効率的な利他主義外交は国益を放棄することを意味するのではなく、国益を守ることになるからだ。決して理想論ではない。

 身近な例を挙げる。日本は第2次世界大戦後、経済復興を実現して経済大国となった。日本政府はその経済的恩恵をODA(政府開発援助)を通じてアジア・アフリカ諸国を支援してきた。その結果、日本は世界から「信頼できる国」という評価を勝ち取ることができたのだ。