冷戦時代の一時期、ソビエト連邦と中国共産党政権の間で国境紛争(1969年3月)が起きたことがあった。ダマンスキー島(中国名・珍宝島)の領有権を巡って中ソが交戦した。同年8月には新疆ウイグル自治区で武力衝突が起きた(中ソ国境紛争)。米国のニクソン政権は社会主義国家同士の対立を巧みに利用しながら、中国に急接近して国交樹立し、ソ連側に揺さぶりをかけたことがあった。

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▲ロシアの「海軍の日」、海軍パレートを視察するプーチン大統領、サンクトペテルブルクで(2022年7月31日、クレムリン公式サイトから)

 ソ連の後継国ロシアと中国は今日、反米、反西側で結束し、ウクライナ戦争では戦略的パートナーとして同盟関係を深化させている。欧米諸国にとって中ロ関係の強化は安全保障上からみても大きな脅威となる。

 ロシアと中国の関係は2014年、ロシアのクリミア半島の併合以来、一層緊密化していった。4500キロのロシア・中国国境は軍事的対立が解消されたことで、プーチン大統領は対中国国境の動向に神経を使わず、ウクライナ国境沿いに10万人以上の兵力を結集できたわけだ。中国と軍事的紛争があれば、プーチン大統領と言えども、対ウクライナ国境に軍隊を結集し、ウクライナに侵攻するという冒険はできなかったはずだ。

 一方、ウクライナ戦争で米国や欧州諸国の関心がロシアに向かっていることから、中国は台湾、南シナ海により関心を注ぐ余裕が生まれてくる。現在の両国関係をモスクワ・カーネギー・センターの中国専門家アレクサンダー・ガブエフ氏は「政略結婚」と表現している(ドイチュランドフンク=Dlf、2022年7月27日)

 ロシア軍のウクライナ侵攻後、当方はこのコラム欄で「ウクライナ侵攻の勝利者は中国?」(2022年2月27日参考)という見出しのコラムで「プーチン氏は事前に予想してきたこともあって、平静を装っているが、国際銀行間通信協会(SWIFT)の国際決済ネットワークから排除された場合、ロシアの国民経済は大打撃を受けることは避けられない。ロシアが欧米側の制裁で苦しむのを待ち望んでいる国がある。バイデン米政権やEUの本部ブリュッセルだけではない。ひょっとしたら最も喜んでいる国は中国共産党政権だろう」と書いた。

 ウクライナ危機がどのような結末を迎えるとしても、ロシアに対する制裁は長期にわたる可能性がある。原油、天然ガスの輸出先を失ったロシアは中国に買い取ってもらうだろう。必要な工業製品も国際市場で入手できなくなった場合、中国市場から秘かに手に入れて窮地を凌ぐだろう。すなわち、対ロシア制裁が長期化した場合、ロシアの中国依存が強まるわけだ。

 中国税関当局のデータによると、2017年から2021年の間に、ロシアと中国間の商品取引量は75%増加した。中国側はロシアから原材料のほか、兵器を輸入する一方、ロシアは中国から繊維、電化製品、機械を輸入している。中国は主にシベリアと極東に投資し、ロシアはそこで食料を生産し、森林を伐採している。

 両国は経済的には相互補完の関係にある。ロシアには天然ガス、原油など原材料の膨大な埋蔵量があるが、技術、資本、インフラが少ない。一方、世界最大の輸出国・中国の場合は逆だ。ちなみに、中国とロシアは6月10日、アムール川の国境に高速道路の橋を開いたばかりだ。中国の黒河市とロシアのアムール地方の行政の中心地であるブラゴヴェシチェンスクを結んでいる。年間 400万トンの貨物と 200万人の通行者を想定して設計された一大プロジェクトだ。約190億ルーブル(約440億円)の建設費を投じて2年前に完成されたが、開通は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)のため延期されてきた。

 ロイター通信社が5月報じたところによると、ロシアは中国への石油輸出を過去最高の842万トンに増加させた。昨年同時期比で55%多い、ロシアはサウジアラビアを追い越し、中国の最大の石油供給国になったわけだ。ロシアは石油とガスを中国に比較的低価格で提供しているという。これを見ても、ロシアがますます中国依存を強めていることが分かる。

 ロシアは過去、中国に多くの武器を売ってきたが、ウクライナ戦争の長期化でロシア側の武器在庫が不足してきた。そこでプーチン大統領は中国側に密かに武器の供給を要請したが、中国はロシアに対ウクライナ戦争用の武器や弾薬の供給は行っていない。中国が友好関係を有するウクライナへの配慮からだけではなく、欧米側の制裁を破れば、中国側にも経済的ダメージが生じる、といった懸念があるからだという。

 ちなみに、中国の習近平国家元首は、ウクライナの領土保全に尽力し、ロシアに併合されたクリミア半島ばかりか、ウクライナ東部のロシア側の占領地、ルハンシクとドネツク人民共和国をも独立国家として認めていない。ウクライナは、中国の「一帯一路」インフラと貿易プロジェクトの重要なパートナーであり、中継国だからだ。

 ロシアと中国は国連安全保障理事会の常任理事国として国際問題では連携を取りながら、その覇権を拡大強化し、ウクライナ戦争では政略結婚として緊密関係を深めてきたが、ロシアが経済的に中国依存を深めていく中で、中国が政治的にも影響力を行使しようとした場合、大国・ロシアの復興を夢見るプーチン氏の威信が傷つく、といった状況が出てくるかもしれない。

 ウクライナ戦争は中国側に有利な情勢をもたらしているが、ロシアは中国主導の世界秩序に甘んじる意向はないだろうから、両国間の「政略結婚」が破綻し、離婚といった事態も完全には排除できない。


 注:ドイチュランドフンク2022年7月27日のベンジャミン・アイセル記者とゲジーネ・ドルンブリュート記者の記事「ロシアと中国、対等ではないパートナーシップ」を参考にした。