オーストリアのオーバーエステライヒ州で1人の女性医師(リザ・マリア・K、診療医、36歳)が7月29日、診察室で亡くなっているのが発見された。遺書とみられるものが残されていたことから自殺と判断された。コロナ規制の実施とワクチン接種の重要性を訴えてきた医師は新型コロナウイルスの感染が広がって以来、コロナ規制、ワクチン接種に反対する一部の市民から激しく批判され、殺すぞといった脅迫メールを何度も受け取っていた。その女性診療医の突然の死が報じられると、国民に大きな驚きとショックを与えている。

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▲コロナ規制反対者の脅迫メールで自殺に追い込まれた女医師の悲劇を報じるオーストリアの「クローネ日曜版」(7月31日付)

 医師は生前、地元の警察に連絡し、身辺の安全を守ってほしいと要請。警察当局は医師の要請を受け取ったが、脅迫メールの発信先の調査などにはあまり真剣に取り組まなかった。そこで医師はボデーガードを雇ったが、経済的な理由から長くは雇用できず、最終的には治療活動の中断に追い込まれていった。

 医師はメディアに窮状を訴えたが、脅迫メール、憎悪メールはその後も何度も届き、医師は精神的にまいっていたという。医師の知り合いは、「脅迫メールを彼女は真剣に受け取り、かなり悩んでいたことは知っていたが、そこまで追い詰められていたとは理解していなかった」と述べている。

 オーバーエステラヒ州には「ワクチン接種反対」を党の公約に掲げる政党「MFG」が結成され、昨年9月26日の州議会選挙で議席を獲得するなど、ワクチン接種やコロナ規制に強く反対する国民が多いことで知られている。

 オーバーエステライヒ州だけではない。チロル州でも女性ウイルス学者が脅迫メールを受け取っている。テレビで著名なウイルス学者は病院の外に出ると嫌がらせやジュースをかけられるなど危険を感じることが多く、「外出する際はカツラをつけて変装する」という。同学者は、「自分は新規感染者が増加しているので、チロル州もロックダウンを早急に実施すべきだと発言したことがあった。それ以後、脅迫メールなどが送られてきた」という。「ウイルス学者という職業がテロリストの襲撃対象となるとは考えてもみなかった」と語っている。

 また、ウィーンの欧州最大の総合病院AKH病院関係者が昼休みにワクチン接種を国民に訴えるために病院前に集まっていたところ、コロナ規制とワクチン反対者が同集会に向かって暴言を吐き、唾をかける者も出た。注目すべき点は、コロナ規制やワクチン接種義務化に反対する人たちの攻撃対象が政府関係者だけではなく、コロナ感染者を昼夜ケアする医師や看護師たちに向けられていることだ。警察は病院を警備しなければならなくなった。

 ところで、オーバーエステライヒ州は国民党と極右政党「自由党」の連立政権だが、ハイムブーフナー同州自由党党首がコロナに感染し、集中治療室で治療を受けたことがあった。同州党首は生死の戦いを乗り越えてコロナから回復した。自由党は政府のコロナ規制に反対し、ワクチン接種も反対してきた。その自由党の幹部の1人の同州党首が自身の体験からワクチ接種やコロナ規制の重要性を公の場で表明していたならば、今回の女性診療医のような悲劇は起きなかったかもしれない。自由党は同州党首のコロナ感染からの回復後もワクチン接種、コロナ規制に強く反対するコロナ政策を変えていない。 

 コロナ規制反対者はオーストリアやドイツだけではない。欧州各地で見られる。彼らは単にコロナ規制に反対するだけではなく、脅迫メールなどを送り、政治家や医療関係者に身体的な暴力すら行う傾向がみられる。

 ちなみに、オーストリアではコロナ感染の3年間で3人の保健相が職務途中で辞任していった。ミュックシュタイン前保健相は最後の記者会見で、「これ以上保健相を務めることはできない。家族や個人への脅迫に耐えることができなくなった」と正直に述べている。辞任理由は連立政権内でのコロナ政策の対立ではなく、コロナ規制反対者たちからの脅迫だったというのだ。

 憎悪という感情は破壊的エネルギーをもち、感染しやすい。その憎悪メールや脅迫メールをもらった側は動揺するものだ。匿名で相手を脅迫したり、憎悪メールを送ることが相手を傷つけ、時には生命の危険をも引き起こすことが今回の女性診療医の死で改めて明らかになったわけだ。

 昨年12月19日、ウィーン市のリンク通りにはコロナウイルスの感染で亡くなった約1万3400人を追悼するとともに、コロナ患者の看護に従事する医師、看護師、奉仕活動家などに感謝を表明する「光の鎖」(Lichterkette)が行われた。同国ではコロナ規制で支持派と反対派で国民は2分されてきている。

 オミクロン株の新しい亜系統(BA.4及びBA.5)は感染力は強いが、重症化のリスクは少ないといわれている。だが、夏季休暇後の9月以降、コロナが再び猛威を振るうのではないかと懸念されている。

 なお、ウィーン市の中心地にあるシュテファン大聖堂前で1日午後8時半から亡くなった女性医師を慰霊するロウソク集会が行われる。亡くなった医師は、「私にとって患者を救済することが最大の願いだったが、今の状況ではその役割を果たすことが出来なくなった」と嘆いていたという。