ドイツのロベルト・ハーベック副首相経済相は先日、隣国オーストリアを訪問し、ロシア産天然ガスの供給不足に伴うエネルギー危機対策でホスト国のレオノーレ・ゲウェッスラー環境相と会談、ドイツ・オーストリア両国間でエネルギー不足の際には連帯して援助することで合意した。

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▲ドナウ運河の風景(オーストリア政府観光局サイトから)

 そこまでは良かったが、ハーベック経済相はベルリンに帰国後、新型コロナウイルス(新型コロナ)に感染したことが分かった。同相はウィーンからザッヒャー・トルテ(オーストリアの名産チェコレート・ケーキ)を土産に帰国したのではなく、新型コロナのウイルスを持ち帰ったことになる。

 ハーベック経済相がオーストリアの誰から感染したのかはここでは問わないが、オーストリア滞在中に感染したことはほぼ間違いないだろう。実際、オーストリアでもヴェルナー・コグラー副首相やアルマ・ザディッチ法務相が感染したばかりだ。

 そうだ、オーストリアではオミクロン株の新しい亜系統(BA.4及びBA.5)が猛威を振るっている。14日の新規感染者数は1万2512人で7月に入って以来、1万人台が続いている。ウイルス学者は、この夏、最高7万人にも急増するのではないか、と予測している。

 オーストリア国民は夏季休暇期間の新型コロナの猛威でパニックに陥っているか、というとそうではない。ウィーン・シュヴェヒャート国際空港(VIE)には連日、夏季休暇を海外で楽しもうとする国民で溢れているのだ。

 オーストリアでは6月に入って新型コロナの新規感染者が徐々に増え、6月末にはとうとう1万人の大台に入った。入院患者数や集中治療患者数にはまだ大きな増加は見られないことから、重症リスクが高くないとして、国民の間には今年1月、2月のような緊迫感は見られない。多くの国民は2年ぶりの夏季休暇をいかに楽しむかに関心がいき、新規感染者数が1万台に突入したというニュースを聞いても、危機感が感じられない。

 そのような状況下でオーストリアでは目下、自己隔離などの検疫義務の撤回か否かで議論が沸いている。検疫義務撤廃の最前線には「緑の党」出身のヨハネス・ラウフ保健相が立ち、コロナ対策諮問委員会(GECKO)のチーフメディカルオフィサーのカタリーナ・ライヒ氏も見解が同じだ。特に撤廃を支持しているのは経済界、郵便局、スーパー関係者などだ。

 一方、撤廃反対には、社会民主党が主導するウィーン市議会の厚生問題責任者ペーター・ハッカー氏やテレビでコロナ問題について常に解説してきたウイルス学者のレドルベルガー・フィリッツ氏らがいる。

 撤廃支持者は、「症状もないのに5日間も休まなけれならないとすれば、労働者不足で他の社社員大きな負担をかけてしまう。そのうえ、症状がない人は検査も受けないから、実際の感染状況を掌握することは難しい」と指摘する。具体的には、「症状がなければ、自己隔離ではなく、マスクを着用して職場や工場で仕事ができるようにすべきだ」というのだ。

 それに対し、反対者は、「新規感染者が急増しているのに、対策もなく、自己検疫義務も撤廃するとはあまりにも危険だ」と批判。ウイルス学者の多くは「感染が猛威を振るっている時、対策を緩めるべきではない」と考えている。ハッカー氏は、「実験するわけにはいかない。感染が広がれば、病院入院患者や集中治療患者が増えてくる。病院関係者に一層負担をかけることになる」と指摘する。

 オーストリアでは6月1日よりマスクは病院、介護施設以外は着用義務がなくなったが、新規感染者の急増を受け、ラウフ保健相は夏季休暇後はマスクの着用義務の再導入を考えている一方、65歳以上の高齢者には4回目のワクチン接種を呼び掛け、国民には自己責任でコロナ規制を実施すべきだとアピールしている。

 問題は、オミクロンBA.1に感染し、免疫を得た回復者もオミクロンの新しい亜系統(BA.4およびBA.5)によって引き起こされる症候性疾患に対しては限定的にしか防御できない、というデータが出てきていることだ。ドイツの著名なウイルス学者クリスティアン・ドロステン教授(ベルリンのシャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)は独週刊誌シュピーゲル(6月25日号)の中で、「新系統のウイルスは肺器官まで入っての感染拡大はせず、呼吸器官上部に留まっている。だから重症化はしないが、免疫が出来ないから何度も同じウイルスに感染する」と説明している。

 すなわち、感染回復者もその後何度も感染する危険性があるわけだ。その度に症状がない人が5日間の自己検疫義務のため仕事ができないとなれば、職場や工場で労働者不足が出てくることは必至だ。コロナ禍で苦しんできた国民経済の回復も望めなくなる。その一方、現在の感染状況が続けば、夏季休暇明けの9月以降、コロナの感染拡大は避けられない。

 いずれにしても、自己隔離など自己検閲義務を撤廃した場合、その結果がプラスとなるか、マイナスか、残念ながら誰も100%自信もって予測できる人はいない。