テヘランからの情報によると、イラン核計画の中心的人物、核物理学者モフセン・ファクリザデ氏が27日、何者かに襲撃され、搬送された病院で死去した。報道によると、ファクリザデ氏の乗っていた車の前に爆弾を荷台に隠していたトラックが接近し、爆発。他の車両からも銃撃を受けたという。イラン当局は暗殺事件がイスラエルと米国の仕業とみて、報復を誓っている。

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▲暗殺されたイランの核物理学者ファクリザデ氏(イラン国営通信IRNA公式サイトから)

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▲暗殺されたイランの核物理学者シャハリアリ博士のGhasemi夫人がIAEA年次総会のサイドイベントで事件を証言(IAEA総会で、2011年9月20日撮影)

 ところで、イランの核開発に関与していた核物理学者が暗殺された事件はファクリザデ氏が初めてではない。イランでは過去、明らかになっただけで3人の核物理学者が殺害され、1人が行方不明だ。ファクリザデ氏は4人目の犠牲者だ(イスラエルのネタニヤフ首相はファクリザデ氏を「イラン核計画の父」として、警戒してきた)。

 2010年1月12日には、テヘラン大学の核物理学者マスード・アリモハンマディ教授がオートバイに仕掛けられた高性能爆弾で殺害された。同年11月29日には、シャヒード・ベンシュティー大学工学部で核物理学の教鞭を取り、イラン原子力庁のプロジェクトにも関っていたシャハリアリ教授がテヘラン北部の爆弾テロ事件で殺された。もう1人の核科学者は負傷。そして11年7月23日には、テヘランの自宅前で同国の物理学者ダリウシュ・レザイネジャド氏が何者かに暗殺されている。また、同時期には同国核物理学者のシャラム・アミリ教授がサウジアラビアへ巡礼に行って以来、行方不明となっている。

 ちなみに、駐国際原子力機関(IAEA)のイラン代表部は11年9月、第55回年次総会でテロで殺害された同国の核専門家の未亡人を招き、核物理学者連続暗殺事件の実態を報告するイベントを開いている。

 イランの核物理学者連続暗殺事件が起きた10年と11年にかけ、IAEAは「イランが不法核開発計画(ミサイル搭載用核弾頭開発活動継続など)の疑いがある」と重ねて指摘していた。今回もウィーンに本部を置くIAEAは今月18日、オンライン形式で定例理事会を開催したが、冒頭演説でグロッシ事務局長はイランの核問題に言及し、「未申告の核関連施設でウラン粒子が見つかった」として、イラン側に説明を求めたばかりだ。要するに、核物理学者暗殺事件はイランの核開発計画で不審な点が見つかった時期前後に起きているのだ。偶然ではないだろう。

 「イラン核物理学者連続殺人事件」について、2通りの見方がある。一つは、イランの核開発計画を懸念するイスラエルがモサド(イスラエル諜報特務庁)を送って暗殺したという「イスラエルの犯罪」説だ。もう一つは、殺害された核物理学者は反体制派活動に近い人物たちだったので、イラン当局がテロに見せかけて粛清した「イラン当局の犯罪」説だ。

 イランのアハマディネジャド大統領(当時)は2010年11月29日、「イスラエルと米国が関与している」と批判した。例えば、独週刊誌シュピーゲルは、ダリウシュ・レザイネジャド氏殺害事件を「イスラエルの犯罪」と受け取っている。その一方、米紙ニューヨーク・タイムズはアリモハンマディ教授殺人事件では「イラン当局が反体制派の核物理学者を粛清した」という説を支持している、といった具合で、メディアでも見方が分かれていた。

 ファクリザデ氏の暗殺に対し、イランのザリフ外相は、「イスラエルが関与した兆候がある」と指摘している。当方は米国のCIA(米中央情報局)の支援を受けたモサドの関与説に同意する。暗殺用の爆弾、車などを用意し、犠牲者の日程を事前に把握し、実行できるのはやはりモサドの関与なくしては考えられないからだ。その意味でザリフ外相の指摘は当たっているだろう。

 看過できない点は、暗殺が行われた時期だ。先述したように、IAEAの年次総会でのグロッシ事務局長が指摘した「未申請の核関連施設でウラン粒子が見つかった」と警告した直後だ。同時に、11月3日に行われた米大統領選でジョー・バイデン氏(前副大統領)がホワイトハウス入りする可能性が出てきたことで、トランプ政権とイスラエル両国の蜜月関係に終止符が打たれるかもしれなくなったことだ。

 トランプ米大統領は2018年5月、国連安保常任理事国(米英仏ロ中)にドイツを加えた6カ国とイランとの間で13年間の外交交渉の末に締結した核合意から離脱を表明した。トランプ大統領曰く、「核合意は不十分であり、イランの大量破壊兵器製造をストップできない。また、同国は世界各地でテロを支援してきた」と主張し、イラン核合意の離脱理由を説明した。トランプ政権は2017年12月、エルサレムをイスラエルの首都と正式に公認し、駐イスラエル米大使館をテルアビブからエルサレムに移転する一方、昨年3月25日には「ゴラン高原はイスラエルの主権」と正式に認める文書に署名するなど、親イスラエル路線を走ってきた。

 一方、バイデン氏は9月の選挙戦でイラン核合意への復帰の可能性を示唆するなど、トランプ政権とは異なった中東政策を実行する可能性が見られることだ(「米国の『イラン核合意』復帰は慎重に」2020年11月26日参考)。

 以上、イランの核物理学者暗殺事件はその実行時期からみて、イランの核計画を絶対に許さないイスラエル側の関与があったと考えざるを得ないのだ。イラン側がイスラエルへの報復を表明しているだけに、米・イスラエルとイラン間は一層緊迫することが予想される。