北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長がトランプ米大統領からの親書を受け取ったという。北朝鮮国営中央通信社(KCNA)が23日、報じた。親書の内容については発表されていないが、「素晴らしい内容の書簡が盛り込まれていた」という金委員長のコメントが報じられている。

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▲米朝首脳会談で散歩する金正恩委員長とトランプ大統領(2018年6月12日、シンガポール、CNNの中継から)

 世界最強国の米大統領と朝鮮半島の独裁国家の指導者の間で、この両者のように頻繁に親書の交換が行われたことは過去、なかった。73歳のトランプ氏と35歳の金正恩氏は本当に相性が合うのかもしれない。

 トランプ氏は先日、自身の73歳の誕生日を祝う金正恩氏からの手紙をもらい、「美しい、優しい手紙をもらった」と孫から誕生日プレゼントをもらったように喜びを表明したばかりだ。一方、金正恩氏は今回、「素晴らしい内容……」といった形容詞をつけてトランプ氏からの親書に喜びを露わにしている。独裁者の感情移入したコメントは珍しい。それだけ、トランプ氏の親書の内容が素晴らしかったのだろう。

 「美しく、優しい」書簡と「素晴らしい内容」の親書交換について、部外者の我々は無条件に喜ぶわけにはいかない。美しく、素晴らしいが親書の内容が気になるからだ。書簡内容が未公開で、内容が不明な段階では何も断言できないが、トランプ氏と金正恩氏が置かれている状況、立場から推測できる余地はある。以下、当方が一方的に推測した両者の文通の裏舞台をちょっと覗いてみる。

 トランプ氏と金正恩氏の文通の内容を解くカギは「任期」だ。トランプ氏の任期は1期目はあと1年半余りだ。再選された場合、それに4年間が加わる。一方、金委員長の場合、任期はない。暗殺や事故に遭遇しない限り、父親・金正日総書記や祖父・金日成主席と同じく終身任期だ。すなわち、トランプ氏と金正恩氏の米朝指導者の間には「任期」で大きな違いがある。その違いは独裁者の金正恩氏にとって大きな武器となる。金正恩氏が保有する大量破壊兵器の核兵器より強烈な武器だ。核兵器は保有したとしても使用できないが、「任期」の相違は現実の問題だからだ。

 それではトランプ氏と金正恩氏の未公開の手紙の内容に入る。その前に、トランプ氏と金正恩氏が今、何を最も願っているかを確認する必要がある。トランプ氏は“米国史上最高の大統領”という名誉が欲しいが、具体的には、再選されなければならない。ズバリ、トランプ氏の現時点の最大の願いは再選を果たすことだ。一方、金正恩氏の場合、朝鮮半島の非核化、とはいえ、北の非核化が目標ではないことは明らかだ。それは対話への呼び水に過ぎない。狙いは、対北制裁を解除させ、経済支援を受ける道を開くことだろう。

 両者の最大の願いが何かが明確になれば、トランプ氏の「美しい、優しい手紙」と金正恩氏の「素晴らしい内容の書簡」の中身の輪郭が少し浮かび上がってくる。金正恩氏はトランプ氏の再選が実現できるように最大の支援を約束する一方、トランプ氏は「再選を支援してくれれば、完全な非核化はあくまで外交上の表現に止め、北への経済支援を実行する用意がある」と示唆した内容が記述されていたのではないか。

 もう少し説明すると、金正恩氏のトランプ大統領宛ての書簡では、「大統領閣下の再選が実現できるように、我が国は大統領の任期中は核実験も長距離弾道弾ミサイルの発射も控える用意があります」と約束する。
 トランプ氏の金正恩氏宛ての手紙では、「金正恩委員長、貴殿の申し出を喜んで受け入れます。私が再選を果たした暁には、もはや完全な非核化などの非現実的な要求はひっこめ、対北経済制裁は段階的に解除していきます」という内容が記述されていたのでなかったか。これこそ金正恩氏が「トランプ氏の政治的判断力と格別な勇気」(時事通信)として謝意を表した内容だったはずだ。

 両者は一見、ウインウインの関係だが、実際は金正恩氏がトランプ氏の再選への野心を巧みに利用した作戦勝ちだ。換言すれば、金正恩氏は独裁者の強みをフルに利用し、「任期」制に生きるトランプ氏の弱みを突いたわけだ。

 任期に束縛され、選挙戦に勝利しなければならない指導者から約束されたとしても、トランプ氏は大喜びできないだろう。曖昧な口約束に過ぎないからだ。たとえ友人だとしても、トランプ氏は安倍晋三首相の約束を金正恩氏のそれと同じように大喜びはできない。明日は分からない永田町の住人の約束は独裁者の金正恩氏のそれとは比較できないからだ。

 金正恩氏の戦略は単に米朝関係だけに当てはまるものではないだろう。世界の独裁者が「任期」制の民主選出指導者対策に利用できる処方箋だ。中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領らも利用できることはいうまでもない。

 前回の米大統領選でロシアの選挙介入問題が大きなテーマとなったが、金正恩氏が考案したトランプ対策にはサイバー攻撃は必要なく、民主国家の政治システムの盲点を利用するだけでいいのだ。独裁国家がなかなか崩壊しないのは、民主国家の指導者が次期選挙戦の勝利に腐心するあまり、独裁者の政治に譲歩するからだ。トランプ氏が果たしてその悪習から自由であり得るだろうか。